一人の男がいた。



男の名は《北辰》

自らに流れる血の宿命により、闇の世界で生きることを運命付けられた者。

男は自らを《人にして人の道を踏み外せし外道》と称する。


その働きは、己が言うように非道にして残忍。

助けを請う者の命を奪い、希望を持つ者の未来を奪い、

ただ己の主の命にのみ従う存在。

男の祖国が謳う正義などそこには存在しない。


その狂気に包まれた心の内は誰にも読むことはできない。

そう、男の主でさえも・・・・・・男は何を思い、最後の最後まで外道の道を歩んだのか・・・



















      果たせぬ約束



















「人の執念、見せてもらった」



砂塵が舞う荒野で二機の機動兵器が対峙している。


----火星----あらゆる悲しみの始まった場所。


一人は己の使命を果たすため。


一人は己の復讐にピリオドを打つため。



辺りには誰もいない、自分の部下達は相手の仲間に討ち取られてしまった。


テンカワ アキト、それが相手の名だった。


自分が主の命により拉致してきた火星出身の男。


かつて主の野望を妨げた地球の戦艦「ナデシコ」のパイロット。


己の妻を助けるために、地獄から這い上がってきた男。



『人の執念』、自分はそう言った・・・・・・羨ましかったのだろうか?この男が、テンカワ アキトが。


自分にも愛すべき者がいた。


妻の『さな子』、そして娘の『北斗』


今は亡き、かけがえのない者達。


外道に落ちた自分にとって、たった一つの光であり、安らぎであった。






妻と知り合ったのはいつだったか・・・今となってはもう覚えていない。


気がつけば傍にいて、そのことに安らぎを感じている自分がいた。


『影護』として生まれついたその日から、我は世界の闇に生きることを宿命付けられた。


幼少の頃は毎日人を殺める術を体に叩き込まれ、それらの全てを極めた頃には

誰かの命を刈り取るのが日常となっていた。





その頃の我はただの傀儡、命じられたままに動き、人の命を奪っていく殺人人形だった。


我が『人間』として生まれたのは、おそらくさな子と出会ってからであろう。



その出会いで、我は初めて心を知った。


初めて『人』を感じることができた。


今まで周りにいた者たちは全て闇に生き、殺しを生業とする者達ばかりであったから、

彼女が自分に与えてくるものがなんなのかわからず、かなり動揺したのを覚えている。


なぜ、彼女はこんな自分に尽くしてくれたのか。


出合って間もない頃に一度聞いたことはあるが、その時はうまくはぐらかされてしまった。


それから後は、そんなことは気にしないことにしていた。


彼女といるだけで、闇にいるときにはない安らぎを感じる、それだけで十分と思えたから。





・・・・・だが、それが間違いだったのかもしれない。


時が流れ、さな子と契りを交わした後に子を授かった。


生まれたのは女子であったが、名を『北斗』とした。


この子には自分の血が流れているのだ、忌まわしき『影護』の血が。


それに負けないくらい、強くあってほしいと願ってのことだった。


人を殺める術しか知らない自分が、子を設けたことにたいそう驚いたのを覚えている。


さな子と同じく、我を見つめるその顔に恐怖はなく、無邪気に笑う姿を見て


なんとしても守りたいと思ったものだ。





・・・・・草壁中将から二人を引き渡すように命じられたのは、それから間もなくしてのことだった。


理由は『忠誠心を計るため』。


今から思えば、奴は恐怖していたのかもしれない・・・・手駒でしかないはずの我が

いつ自分に牙を剥くかと。



我が任務を仕損じれば、草壁はその代償として二人の命を奪う。


二人に会えるのは月に一度のみ。


それ以外のときは決して会うことも、声を聞くことも許されなかった。


それから後は、二人の命を救うためだけに人を殺め、


二人に会うためだけに生きる日々が続いた。



気がつけば我の手は血に塗れており、もはや北斗をこの手に抱くことも叶わなくなってしまっていた。


日を重ねるたびに心は疲れ、壊れていく。


・・・・・その内、我は自分のことを『外道』と呼ぶにまで堕ちてしまっていた。


それからは、二人に会うたびに自分がどれだけ道を踏み外したのかを見せ付けられ、

会うたびに二人との距離が遠ざかっていくような錯覚を覚えた。








そして2199年・・・・・・・我は二人を失った。







草壁は一度ナデシコに野望を阻まれ、若手の木連兵達による熱血クーデターによって

木連を追われ、火星に潜伏して2199年に火星の後継者を名乗りクーデターを起こす。


潜伏中、奴はボソンジャンプの研究の為に火星出身の者達を集めるよう我に命じ、我は

命じられるがままに動いた。


そこで出合ったのが・・・・・・目の前にいるテンカワ アキトだった。


我らに未来と希望を奪われ、復讐の鬼と化した奴に火星の後継者は脅かされることになる。





クーデターを開始したところで、我のところに草壁が通信をよこしてきた。


「北辰」


「・・・・・・・・・・何用だ」


「現在の状況は理解しているな?」


「無論、今更なんの冗談だ?」


「冗談ではない、今が一番大事なときなのだ。油断は命取りになる」


「・・・・・我が油断している、と?」


ついつい殺気を込めて睨み付ける、はっきり言って不愉快だった。


木連の闇に生きる我がこのような場面で油断などしようはずがない。


勝利を確信したときこそ、人は最大の隙が生まれる。


そう、狙うのならこの時こそが好機、草壁はそれを我がわかっていないと言っているのだ。



「そうは言っていない・・・・・ただ貴様は何度もテンカワ アキトの捕獲に失敗している。

奴が我々の手に落ちていない、それが敗因になるやもしれんのだ。

さすがにこの失態ばかりは償ってもらわなくては、と思ってな」



そう言って、奴は我に自分の手のひらで転がるものを見せ付けた。


奴の手のひらで転がるもの・・・・・それは、人質として奴のもとにいる妻子に取り付けられた

小型爆弾の起爆スイッチだった。



「貴様!」



思わず叫ぶ我を鼻で笑い、奴は言葉を続けた。


「・・・ふん、今までもそこまでの気迫があれば、テンカワ アキトなんぞに

遅れを取らなかっただろうにな・・・・・まぁいい、今度ばかりはさすがの私も

腹に据えかねた、ということだ。次失敗すれば・・・・・・わかっているな?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・っく!」


「せいぜい頑張ることだ」



我が殺気を乗せて睨み付けているのを尻目に、奴はそう言って通信を終えた。








結局、我はその後成果を上げることはできなかった。

ネルガルの実験体の救出を許し、妖精の奪取もできず、最後には・・・ボソンジャンプでの

火星の強襲を許し、クーデターは草壁の敗北で終わりを告げた。


奴らが妖精に制圧される直前、草壁は我の目の前で二人に付いている

小型爆弾のスイッチを・・・・・・入れた。


「役立たずが」そう言って奴は姿を消したが、我にはもう動く気力すらなかった。


我の生きる糧はいま・・・・・・潰えたのだ。


もう二度と、さな子の顔を見ることはない、北斗をこの腕に抱くこともできない。


絶望が、我を支配した。




だが、それでも何故か体は戦場に向かって動き出していた。


何故?我にはもう守る者は誰もいないのに・・・


そう自問するも、答えは一向にわからぬまま、我はテンカワ アキトと決着をつけるべくここにいる。








・・・・・そう、決着を付けるのだ、この負け犬の人生に。




奴の乗機が腕をしまう・・・・抜き打ち、というわけか。




「抜き打ちか・・・・・・笑止」



我の挑発にも乗らず、奴はただただ集中する。




そして・・・・




「・・・・・・・・勝負だ!」




その言葉を合図に、我らは動き出した。







ギャアン!!



我の搭乗機、夜天光の腕が奴の胸板を打ち抜く・・・・だが、次の瞬間!




・・・・・・・・グシャ!!




夜天光ごと、我の体は打ち抜かれた。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・見事」








意識が遠のいていく中、奴の乗機の装甲が剥がれ落ちる音が聞こえた。






(負けた・・・・・・か・・・)




ただ一人の女のためだけに復讐に身を焦がし、己の全てをつぎ込んだ男。


妻と娘を失った我に・・・・・・・勝てるはずがなかったのかもしれない。




(・・・・・・・・そうか、やはり我は・・・)




やはり我はテンカワ アキト、あ奴を羨んでいたのであろう。


・・・・・・我にはできなかった。


血の為に妻子を犠牲にすることも、妻子の為に血を犠牲にすることも。


結果、妻子も救えず我は敗れ、血は途絶えた。



(ほく・・・・・と・・・・さ・・な・・・・・・・・・・・子・・・・・・・・)








意識が住み慣れた闇の中に消えていく








そんな中我の頭にあるのは、草壁のもとに人質として引き渡される日にさな子と交わしたあの約束。



果たせなかった・・・・・・・・あの、約束。











「あなた・・・・・・・・私のことはお気になさらずに。

でも、この子は・・・・私達の北斗だけは、守ってあげてください」




















(北斗・・・・・さな子・・・・・・・・すまん、さ・・・な・・・・・・・・・・・・・・・)















後書き


みなさん、どうもこんにちわ!

連載の方を書かずに気分転換と言い訳してこの作品を書いているあわしです(汗)



いや、実際気分転換にはなったし、もうすぐにでも「あらもの(抗うものに祝福を)」の

続きは書き終えるんですが、どうしても書きたくなってしまって・・・・・・・



自分で書いといてなんですがこの作品、はっきり言って気に入っちゃいました(自画自賛?)

ずっと前に見たことのある作品(すいません、アクションで見たような気もするのですが、

どうしても名前を思い出せないのです(汗))を唐突に思い出したのが7月10日、

「なら、こんなのもありなんじゃ?」と思い、その日に一気に書き上げてしまいました。

これぐらいのペースで「あらもの」も書けたらなぁ・・・・・・


はじめは逆行物にしても面白いかな?などと思っていたのですが、まだ

「あらもの」の方も全然終わっていないのにそんなことをするのは

さすがに無謀だろうと言うことで、短編にしておきました。

ですが・・・・その内本気で逆行物書いてしまいそうです(汗)

まぁ、その時はあきれずに見てやってください。


今回の作品は

「もしも北辰が時ナデのように卑劣じゃなく、家族の為に外道の道を歩んでるんだとしたら?」

ということを考えて書いてみました。

みなさんに「こんなの北辰じゃねぇ〜〜〜〜!!」って言われそうですが、

なんとなく自分で「ありかな?」などと思ってみたり・・・・・・・


それでは、次回こそは「抗うものに祝福を」でお会いしましょう!

あわしでした〜〜!

 

 

代理人の感想

・・・・おお。

切れ味爽やか、綺麗に落ちてるいい短編じゃないですか!

「あらもの」もいいですが、こう言う短編ももっと読みたいですね。

 

 

・・・・まぁ、書こうと思って書ければ苦労はしないわけですが(をい)

 

 

追記

北辰がなんとなく七夜黄理に似てるかな、と思ったりしてw