サイドストーリー集「シーラ」








私は研究者・・・否、開発者の家庭に生まれた。


とは言っても、母親は私が生まれてすぐに死んでしまったのだけれど。


私の生きる道は「楽しい事」を追求する事だった。


小学校に入った時は、遊ぶ事。


中学校に入ったら時は、アニメに夢中だった。


そんなある日、私はロボットアニメが大好きになった。


「ガンダム」とか「マジンガーZ」みたいなメジャーなものじゃなくて、一般には知られていないものが大好きだった。


「レイズナー」とか、「ドラグナー」みたいな、一年番組で続編が発表されていないのが好きだった。


最終回から先が、見えないですむから。


私は、将来のことを考えると不安だった。


だから、続編があるものは嫌いだ。


そんなわけで、私はロボットが好きになったので、今まではろくに行った事のなかった父親の職場についていってみた。


父親は、クリムゾンのロボット研究施設で働いていた。


地位はまあーまあーって言ってたけど。


そんな、12歳、良く居るかもしれない「オタク」少女の私は、進路先も父親と同じクリムゾンにしようと思った。


それなら不安も少ないと思っていたから。


だから、進路先を見るのも丁度いいから、なんて軽い気持ちで私はついてきてしまった。


・・・・これから、想像もしなかった事態に発展していくなんて思いもせずに。






「うわー・・・凄いね」


「まあ、俺の仕事は試作品の設計兼、組み立てだからな」


私は油のにおいがする、暗い工場に来ていた。


この口元にひげを蓄えた私の父親は、昔は好きになれなかった。


強引に私を振り回すし、母親の代わりにされていた気がしてならなかった。


でも、不幸せだと思った事は無かった。


一人娘の私に色々与えてくれたもの。


愛情、物、同い年の友達。


何でも与えてくれる、いい父親に甘えていたのかもしれない。


私は、父親の作ったロボットの頭を触った。


黄色い丸い形をしたどこと無く虫を連想させるフォルム。


『ギッ!』


「わっ、動いた」


「ああ、気をつけろよ。そいつは警護用のロボットなんだから。


あんまり気安く触ると、攻撃されたと認識して反撃してくるぞ?」


・・・結構物騒。


この時点では、後から起きる事態など予想もしていなかった。


だから私は何の気なしに、教わってしまったのだ。


ロボットを、人殺しの道具になりうる物の製造の仕方を・・・。








それから1年ほどたった。


「おい、これをそっちに持っていってくれ」


「は〜い」


私は学校を半ばサボりながら父親のロボットの設計に携わっていた。


もちろん、ただ中途半端に意見を言うだけの子供っぽい役ではなく、


本格的な、設計にも、整備にも、組み立ても、全部出来るような指導を受けたのだ。


ゲーム感覚で、ロボットを動かしてみたりもしていた。


仕事が終われば、ネット上に繰り出してアニメビデオ収集。著作権が切れた、無料のビデオ。


100年以上も前のアニメは熱くて面白い。


1年前とは違って、何でも探すようになったけど。


そんな、世間とはかけ離れた世界に居るけど、平凡な毎日。


楽しい。


私は、クラスメートにも親友にも秘密でこういうことをやっている。


部活もほとんど行っていない。


それが、私の全てのように思えた。







更に1年がたつ・・・だが、予期せぬ事態が起こったのだ。


木星蜥蜴の襲来。


だが、放送されている映像を見て私は愕然とした。


それは、私が父とともに作り上げていたロボット、通称「バッタ」の群れ。


作っている時は愛着すら感じていたそのロボットはなんともいえないまがまがしさを放っていた。


私は父の元に走った。


「・・・父さん!」


「ああ、シーラか」


「テレビで私達が作ったロボットが暴れているのが映ってたよ!」


「・・・それがどうした?」


・・・・・・・・え?


私は信じられなかった。


『それがどうした?』


人の命を奪い、財産を奪い、幸せを、家族を奪っているその光景を・・・?


『それがどうした?』で済ませるの?


「・・・・何で、なんでこんな事を!?」


「俺達は飯を食ってかなきゃいけないんだよ。


生きるためには動物を殺して、肉を喰らう。


それと同じだろ?


とどのつまりは『弱肉強食』なんだよ」


私は顔を青くしていたのだろう。


弱肉強食。


誰も聞いた事があるだろう、自然界のおきて。


それを、この人は、実行して見せた。


確かに、私達は動物の肉を食べて生存している。


けど、同じ人間を殺して食べる食事が美味しいとは思えない。


「・・・・・お父さんの馬鹿ッ!!」


私は部屋を出ようとする。


だがー。





・・・ばきっ。





私の父親である人は、私を殴った。


今まで味わった事のない、痛み。


同時に、大切にされていた頃の記憶がフラッシュバックする。


「・・・分かってないな。


人間の本性がそうなってるから俺はそうしてるんだ。


人間は動物を殺し、自然を破壊し、私利私欲のためなら同じ人間だって殺す。


割と自分勝手に生きてるんだよ、人間っていう動物は。


だからだ。俺はそれを否定する気はない。


肯定する。


自分勝手に生きている人間だから何人死のうが関係ないんだよ。


現に命令だけで動かされて人を殺すやつが何人いる?


・・・そういうもんなんだよ」


私は反論できなかった。


確かに人間は自分勝手で殺しあう愚かな生き物なのかもしれない。


私が見てきたアニメでもそういう事は何度も語られてきた。


私の生きる世界は矛盾と暴力で成り立っていると言えるのかも知れない。


でも、私はー。


「私は・・・私は・・!」


走って部屋を出る。


・・・この事は誰かに知らせなきゃいけない。


「・・・逃げるか。


残念だよ、シーラ。


お前を殺さなければならない」


その言葉に私は身の毛がよだった。


こんな男に育てられー生まれて来た存在だったの・・・私は・・・!


後ろでは電話機を片手に何かを話してるあの男が居る。


逃げなければ、逃げなければ・・・。


「ああ、私だ。何人かこっちに回してくれ。


・・・裏切り、だ。


私の娘だが、処分は任せる。


好きにしてかまわん。


証拠が残らなければどうしてもいい」


私の父親は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪魔だ。


逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ・・・・。


死。


どんな話の中でも死は終わりだ。


明るい天国があろうと永遠に続く地獄があっても、死は終わりでしかない。


自分のやりたい事があっても死んだら何も出来ない。


・・・・でも私が今やりたい事って何?


逃げる事?


父親を恨むこと?


生きる・・・コト?


何がしたいの、私?


私の思考はループにはまる。


何がしたい。


逃げなきゃ。


何がしたい。


逃げなきゃ。


何がしたい。


逃げなきゃ。


・・・・・自分を問いつづける、自分。


体は逃げようと必死に走る。


頭は混乱に沈む。


ああ、壊れそう。


壊れてしまいそう。


いっそ壊れたい。


現実を拒否して死んでもかまわないか。


でもそれは父親の思惑通りではないか。


なら見えない希望を見ようとして逃げつづけるのか。


それもいいか。


終わりを望む事もいい。


今は終わらない悪夢だから。


生きることは死ぬ事。


死ぬために人間は生きてる。


だったら、生きれるところまで生きてみるか。


途中で投げ出すぐらいなら、精一杯生きてから死ぬか。


・・・今のしたい事は生きること、それだけで十分。


今、すべき事は、なんだろう。


逃げる事、それは今やってる。


でも私の力、体力も走力もハッキリいって自信ない。


・・・力?


私の知っている力・・・暴力。


今、私は暴力に押しつぶされそうだ。


精神的に傷つけられ、追い詰められ、更に肉体的にも私は傷つけられようとする。


暴力・・・それに対抗できるのは言葉ではなく、暴力。


大きいおじさん達に勝てる暴力が・・・私にはある?


私が作ってきた、人を殺す道具の「バッタ」。


・・・あれなら?


気が付けば私は自分の工房に向かっていた。


走ってた方向が・・・こっちだった。


利用できるものは利用して、生きる為に動かなければ。





ぷしゅっ。





「・・・これなら」


一匹、完成されたバッタがあった。


父親が参考に一匹くれた。


一台とはいわず、一匹。


この一匹が居るだけで私の生き残れる確率は0%じゃなくなる。


警備システムは所詮、人用。


ディストーションフィールドで体当たりして外に逃げるしかない・・・!





ぷしゅっ。





後ろから人の声がする。


入ってきた。


私の心臓から音量がMAXのアンプのように大きな鼓動が耳まで伝わる。


頭がくらくらする。


だけど私の目は恐らくらんらんと輝いているに違いない。


一握りの希望を手に入れたのだから。


私はバッタの後頭部のコントロール・パネルを開いた。


真後ろにはもう、人の気配が。


・・・・私が女の子だからって侮っているみたい。


チャンスだ。





ががががが・・・。





機関銃をはなつ、バッタ。


男は表情を変えるまもなく肉塊となった。


「・・・ぁ」


私は我に帰った。


興奮していて自分が生きる事しか考えられなかったけど、これでは・・・父親の言ったのと同じだ。


私が、やったんだ。


人を殺してしまったんだ。


ああ・・・。


父親から譲ってもらったバッタで、父親が言うような理論で、人を殺してしまった。


皮肉にしては笑えない。


笑いたくもない。


返り血で私の服は赤の水玉といわず、ペンキをぶちまけたようにほとんどが赤く染まっていた。


手についたぬるぬるするその液体を、そして肉塊となった男を見て。


血生臭さと、内臓の異臭が漂うのを嗅いで。


私は、嘔吐した。


吐いて、吐いて、胃の中が空になるまで吐きつづけた。


のどを通る胃液が痛い。


涙を流していた。


鼻水を流していた。


小便を漏らしていた。


胃液みたいに出尽くしてしまえば止まるんだ、流れてしまえ。


・・・ついでにこの恐怖と悪夢を流して欲しい。


私はバッタにしがみつき、呼吸を整えようとした。


だが、涙だけは止まらない。


呼吸が収まるはずがない。


とにかく、悲しみだけは収まらないんだ。


動いて、「バッタ」。





『きゅいいいん』





この子には擬似感情プログラムを組み込んだ。


可愛い仕草を組み込んだ。


この子だけは、人殺しの道具とは違って欲しい。


でも、私はこの子でさっき人をー。


ー今はこの子しか頼れるものがない。


「・・・あなたを、人殺しの道具にしてしまった事を許して・・・」


『きゅう?』


いつも通りの、返事。


首をかしげる可愛い仕草。


・・・この子には罪はないんだ。


私は人を殺してしまった。


・・・私は罪人だ。


「・・・・あなたを悪党の片棒にしてしまう事を許して・・・」


『きゅううん?』


近づいてきて、心配してくれる動作をしてくれる。


「ああ、いいのよ。大丈夫」


『きゅん!』


嬉しそうに目をちかちかさせる。


・・・さあ、行かなきゃ。


「行こう・・・「バッタ」」


『きゅ!』


背中に即席の取っ手をつけて、私はバッタの背中に掴まった。





ばしゅん・・・。





部屋から出ると凄い勢いで加速を始めた。


外に出る最短のルートに向かう。


途中、何人かの開発社員を轢いた。


恐らく、死んでしまっただろう。


一度人を殺めてしまったのだ、何人でも同じか。





がきゅん・・・。





外へ出ると、一機のロボットが居た。


コードも剥き出しで装甲なんかついていないけど、バッタの二倍くらいの大きさだった。


マシンガンを向けると、こちらに発砲してきた。





ががん・・・ががががん。





うまく回避は出来た。


でも、次によけきれるとは思えない。


バッタから手を離してしまった私は、転げ落ちた。


「・・・くぅ」


・・・ここで終わりなのだろうか。


私の人生はここで終わりなのだろうか。


・・・・・私は、この程度の事しかできない人間なのだろうか。


涙で視界が塞がれる。


目を擦って、逃げるための道を探す。


だが頭を打ったのだろう。


私はふらふらと立ち上がろうとしながらも、回る目に辟易した。


意識が朦朧としている中、私はあるものを見て意識を回復した。





がんっ・・・。





バッタが、ロボットの胸に突き刺さっているではないか。


そのバッタの装甲からどす黒い血が流れ始めた。


・・・パイロットが居たのだろう。


コックピットに一撃したらしく、そのロボットはもう動かない。


バッタも、動かない。


プログラムでは攻撃したものに反撃をする設計にしてはある。


けど、私のバッタはそういう機能は取っ払ってある。


なのに・・・何故?


しかし、私は逃げなければいけない。


逃げなければいけないから、立ち上がった。


「ありがとう」


バッタに一言礼を言って、ゆっくり歩いていった。


そして、研究施設を一瞥し、もう一言、言葉を継いだ。


「さようなら、私の思い出。


私の・・・今までの人生」


・・・私は今までの人生を否定して逃げてきた。


父を否定する事は、即ち今までの人生を否定する事。


・・・・・本当に自分そのものを否定して生きるのは意味があるのだろうか?


「・・・・雨」


夕方の、スコール。


『心地よい夕立に濡れて』


私は、歩きながら雨に打たれた。


『両手広げ深く息を吸った』


自分の血のついた服を真っ白にしてくれる事を、自分の悲しみを、空虚感を洗い流してくれる事を願いながら。


『始まってゆく新しい僕を受け止めていこう』


でも、私は新しい自分を作らなければいけない。


『気がつけば誰かが作ったレールの上がむしゃらに走ってた』


父親に全てを貰っていた「私」じゃない。


『自分の弱さ認められず「願い」だけ響かせて』


「私」が、本当に「私」になる為の、ステップなんだ。


『抱えきれないほどに詰め込んだ荷物なら時の川に投げ捨てて』


私が罪を犯してしまった事を棚に上げるわけじゃない。乗り越えるんだ。


『今日の想いを、今日の全てを解き放てるままに』


父親が私を切り離した。それだけ、それだけが今の事実。


『今、僕は越えていくあるがまま走り出せる閉じたドアの向こう側へ』


ドアを開こう。


私が、閉じこもっていた狭い世界から出よう。


『まだ知らぬ自分を探していく明日へのDISCOVERY』


明日は誰かに見せてもらうものじゃない、見るものなんだ。


私には今、絶望しかない。


けど、絶望を越えた時に希望は見えるんだ。


ー終わらない悪夢はない。


少なくとも目覚める事が出来たんだ。


眠くても、悪夢には沈みたくないんだ。


現実に生きて、悪夢を見ないように、悪夢から逃げよう。


出来るだけ遠くへ。











その夜。


どれだけ歩いただろうか。


何キロも歩いた末、日は暮れ、私は体を支えるのが辛くなってきた。


私は公園で眠ろうとした。


友達の家を頼る事は許されない。


もし頼ってしまえば絶対に迷惑がかかる。


場合によっては関係もないのに殺されてしまうかもしれない。


それだけは、嫌だ。


これは私個人の問題だ。


誰かを無理矢理巻き込みたくない。


だから、草むらにでも隠れて明日、また歩くしかないのだろう。


まだ8時だが、色々な事があって私は限界だった。


もう、泥のように眠ってしまおう。


何も考えたくないし。


そう思って私は誰にも見つからないようにそっと草の下に入ろうとした。


入ろうとした、のだ。


後ろから肩を掴まれた。


警察官だろうか。


なら、あの地獄に逆戻りさせられてしまうかもしれない。


一少女の、妄想に近いかもしれない事実を述べたところで誰も信用してくれない。


後ろを振り向いてみる。


そこには・・・人相の悪い、二人の男が居た。


醜い笑いを浮かべて私を拘束した。


「へへ・・・お前の父親は鬼畜生だな」


ええ、そうよ。


私の父は鬼畜生で悪魔よ。


私を追ってきたあなた達も同類。


命令で人を殺す外道。


私も人を殺してしまった以上、見下す事も出来ない。


「殺すついでに何をしてもいいなんて大盤振る舞いだよな」


「ああ、これは最大級の幸運だぜ?


間違いなく処女だしな。


引きこもりのオタク少女だからな?


なあ?」


どう思おうが構わない。


私は、別に変わった事をしたわけじゃない。


「さあ、精一杯泣いてくれよ?喚いてみろよ!」


抵抗は、出来ない。


二人の成人男性と、中学校も卒業していない少女じゃ話にならない。


そもそも疲れて一歩も動けないんだ。


犯すも殺すも勝手にしなよ。


私が諦めかけた時、一人の男が悪党の二人を吹っ飛ばした。





ごきっ。





凄い鈍い音がした。


「何だ何だ!?」


もう片方の男はその男のほうを向く。




ごきっ





次の瞬間にはその男も殴り飛ばされていた。


「・・・大丈夫か?」


哀れんだの?


男たちの代わりに私を犯したいの?


それとも格好がつけたかったの?


それを問いかけようとした私の意識は途切れた。


・・・気絶したらしい。








父・・・・・。


町を襲うバッタ・・・。


私を殺そうとする男達・・・。


私が始めて殺した、人・・・・。


私を助けるためにその身を犠牲にしてくれたバッタ・・・。


私を打ち続ける、スコール。


眠ろうとした私を犯そうとする男二人・・・。


・・・助けてくれたあの人。


「・・・・・!」


私は目がさめた。


真っ白な、広い天井。


どこの部屋だろう。


一瞬、思考をめぐらせてみると、助けられた事を思い出した。


・・・・ここは警察だろうか?


暴漢に襲われていたとはいっても血まみれの私を警察に連れ込むのは別に不自然じゃない。


でも警察署はそんなに広くない。


なら、ここは何処?


私は、ベットに寝かされていた。


起き上がって、部屋を出てみた。





がちゃ。・・・た・・・た・・・た・・・た。





近くにリビングらしき部屋があった。


そこにはソファでシャツとトランクス姿で爆睡する男の人がいた。


・・・いい印象ではなかった。


時計を見ると11時。


私も疲れていたのだろう。


こんなに長く寝たのは久しぶりだ。


とにかく、昨日助けてくれたらしきこの男の人を起こしてみよう。


「あの・・・起きてください」


「・・・む、ん〜。何だ?睡眠の邪魔しやがって」


・・・・邪魔はないでしょう。


少なくともお礼くらいは言いたいんだから。


「・・・?誰だ?」


連れ込んだのはあなたでしょ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ!


昨日、血まみれの服で暴漢に襲われてた!」


そうそう。


「あ、ありがとうございました」


「別に礼を言われるようなことをした覚えはねえよ」


そう言って立ち上がって大きなあくびをした。


でも、私は一つだけ聞きたい事がある。


それはー。


「・・・私を何で助けてくれたんですか?」


「はぁ?」


「暴漢に襲われてたとはいえ、私は血まみれだったんですよ?」


「あー・・・・」


ぼりぼりと頭を掻く男の人。


「それはだな。何となくだ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?


「何となく?」


「ああ。悪いか?」


聞き返した私に、更に聞き返してきた。


「そうじゃなくて・・・私が人を殺してしまったとか、そう考えたら普通警察とかに向かうと思ったんですけど・・・」


「・・・・・何となくだよ。


少なくとも、血まみれでも人相の悪い男に追われてたら先に仕掛けたのは男の方だって思えたからだ。


・・・・俺ってわがままだからよ。


自分が助けたくなったら助けんのが正しいと思い込んでる馬鹿野郎なんだ。


・・・・・・それとも犯されたかったとか?」





ぶんぶんぶん!





それを聞いて私は首を思い切り横に振った。


「・・・・ならいいじゃねえか」


男の人はそっぽを向いて着替えを始めた。


「ところで、どういった事情なんだ?」


唐突に私に向き返って質問を始める。


「・・・言っても信じてもらえませんよ」


「いいから言ってみ」


しぶしぶ私は全部洗いざらい話した。


バッタ・・・父親・・・ロボット。


全てを。


「・・・へー。そんな事があるのか」


「・・・信じるんですか?」


「ああ、ウソを言ってるようには見えない」


・・・そんな理由で?


「あ、疑ってんなその目は。


じゃあ種明かしをしてやるよ。


・・・人はウソをつくと・・・・・・・余裕がある顔をしてるんだよ」


・・・・へ?


そんな、わけのわからない・・・こといわれても。


「どんな演技のうまいヤツでもな、目が笑ってるんだよ。


・・・ってもこの話をしても誰も理解してくれねえんだけどな」


・・・・・・・・ふーん。


「それにな、そっちの方が自然だと思ったんだよ。


「事実は小説より奇なり」ってことわざは知ってるよな?


血まみれの少女が襲われてるなんて奇妙な光景のほうが信じらんねーんだから」


・・・・そんなもんだろうか。


「じゃ、どうするんだ?もう帰れないんだろ?」


「・・・・・考えてません。


生きたいとしか考えていなかったんです。


・・・・出来ればここにおいてくれませんか?」


・・・・・凄い無理な願い出だとは思うけど、それ以外に方法はなさそうだ。


迷惑がかかるのは承知。


でも、ここを一歩出ただけでも危険なんだ。


この前襲われたときから考えを改めるほかなかった。


・・・・・・話を全部洗いざらい話したんだから危険さは理解しているはず。


「ああ、かまわねーよ」


・・・・即当。


「・・・危険ですが、それは分かっていってるんですか?」


「あー・・・分かってるつもりだけど、そういうスリルが欲しいと思ってたんだよ。


俺はテストパイロットが仕事なんだが、いまいちピンとこねえんだ。


ネルガルの新型のな」


・・・それはロボットの事だろう、多分。


できれば関わりたくないけど・・・それなら。


「あっ、あの。


それなら私もネルガルにいれてください!」


「あ?本気か?」


「お願いします!」


居候をする身で、働かないでずっと家にいることは出来ない。


・・・少なくとも自分の食い扶持くらいはどうにかしたいの。


「・・・・聞いてみる」





ぴっ・・・ぷぷ・・・。





携帯をプッシュする。


でもどこかその動きはぎこちない。


ボタンを押している右手は・・・義手?


時代遅れのロボットハンドに似ていた。


昨日、あの二人を倒したのもこの腕なのだろう。


一般人が一撃で人を倒す事なんて出来ないもの。


「その手は?」


「ああ、これは昔事故で無くしちまったんだ。


流石に本物のほど精巧な義手はまだねーからよ。


感覚が返ってこない分はうまく使うしかねえんだ。


今はIFSがあるからパイロットだけなら五体不満足でもかまわねーしな」


電話が繋がったのか、男の人は話し始めた。


「あー、こんにちは。ヒロシゲです。


入社したいって人がいるんすけど、面接してもらえます?


え?テストパイロットは足りてる?


違いますよ、開発のほうで。


しかも先日までクリムゾンで現役で働いてたっていう実績があるんですよ。


はいはい、よろしくお願いします」





ぴ。





「よし、ついてこい」


「え?もうですか?」


「おう、俺はこう見えてスキャリバリプロジェクトっつう特別企画のメンバーでよ。


性格に問題があっても腕が一流なら参加できるらしいんだ。


それのお陰で特別待遇で自分の好きな時間に出社すりゃあいいんだ」


・・・どんな企画なんだろう、それ。


「おっと、まだ名前を言ってなかったな。


俺はマエノ・ヒロシゲ、18歳、中卒」


・・・・十代だったんだ。


見た目でてっきり二十代後半かと。


「私はシーラ・カシス、14歳です」


「よっしゃ、シーラ。


早速ネルガルに行くぞ」


「あのー・・・まだ血まみれの服のまんまなんですが・・・」


私は服を摘んだ。


こんな格好で町を歩こうものなら速攻で警察官に掴まる。


「・・・忘れてたな。


しょうがねえ、サイズが合わないかも知れんが俺の服で代用してくれ。


Tシャツと短パンで良いか?」


夏の気温設定なので(コロニーなので設定で変わる)簡単に済ませるようだ。


「ネルガルに行く途中になんか適当に服を買ってくか。んじゃ、いくべ」


何故そこで訛るの?








「え〜と、これとこれとこれ!」


「早いな・・女の買い物にしては」


へへん。


私は動きやすい服なら何でも良いのよ。


「でもスーツとかじゃなくていいんですか?」


「いいんだよ。


俺なんか中卒で入社できたんだ。


基本は能力。


性格は後回しが方針らしい」


・・・・果たしてそれでやっていけるもんなのかな?


「おあずかりいたします」


「あいよ」


店員に服を放り投げ、レジに金額が表示される。


・・・下着その他まで買ったから恐ろしい金額になった。


でも、ヒロシゲさんは表情一つ変えずカードを差し出した。


・・・給料がいいのだろうか?


それとも金銭感覚がルーズなのだろうか?


「おら、いくぞ」


「あ、はい」


さっき買った服を持ってネルガルに向かう。


外に出るとじりじりとした熱い空気が待ってた。


・・・これってコロニーの意味があるのだろうか?










「・・・そうですね。あなたの能力がそこまでのものなら、入社してもよろしいです」


どこかかたことしている気がしたが、審査官らしき女の人は私の言った事を全て信じたようだ。


簡単にDNAの照合と、親元に戻れない理由を言ったんだけど・・・。





ぷしゅ。





「どうだ?」


部屋を出るとヒロシゲさんが待っていた。


「・・・ネルガルの人って皆こうなんですか?」


「ああ、基本的にな。


「契約は信頼関係から生まれる」がモットー何だとよ」


・・・すっごいアバウト。


とにかく、私はネルガルに入社した。


ヒロシゲさんがテストパイロットを担当している「エステバリス」の開発に関わる事になるそうだ。


相転移エンジン関連が私の得意分野だけど、流石にバッタに搭載してる型じゃ出力が小さくてエステバリスに積めそうなのはまだできない。


これから、私の新しい生活が始まる事になった。









1ヵ月後。


私は、ヒロシゲさんとの生活になれてきた。


朝、目がさめる。


私は基本的に早起きだ。


長く寝れば寝るほど体調が悪くなる方だった。


朝食・・・居候しているだから作ったほうが良いんだけど一度作ったら、


「二度と作るな」


・・・て怒られた。


・・・・・・よくよく考えれば調理実習以外で料理をした事もない私が急にそんな事をしたらまずい料理が出来てしまうのは当然だ。


・・・・自分で食べて吐きそうになったしね。


仕方なく、冷凍食品なんかで代用するしかないわけで・・・成長期の私はもっと良いものを食べたいけど贅沢はいえない。


料理、覚えないと。


私は着替えを済ませて、朝食を採る。


それからネルガルに出社する。


・・・昼を過ぎてからヒロシゲさんも出社してくる。


体に悪いからよしなって。


食堂で顔を合わせることがもっぱらだ。


で、データ取りをして・・・夜になるまで続ける。


それで平日は終わり。


休日は休日でいつも通り、ネット上に繰り出してビデオ収集。


最近は「住めば都のコスモス荘」がマイブームかな。


それを見て一日を過ごす。


脇でヒロシゲさんもぼーっとそれを眺めてる。


私はふと、聞いてみた。


「あの、いつも一緒に見てますけど面白いですか?」


「・・・・いやなんとなく見てんだ。つまらなくはねーよ」


・・・微妙な感想だ。


最近、ヒロシゲさんを見ていると猫を見ているような気になった。


いつも寝ていて、起きててもボーッとしてる。


それに気分屋で、何となくで行動する事が少なくない。


・・・・・ここのところ、気付いた事がある。


これは、昨日の出来事だ。


一緒に買い物に行っても文句一つ言わないでいてくれるんだけど・・・。


近くで道に迷ってるおばあさんを見かけた。


ヒロシゲさんは迷わず声をかけた。


「婆さん、どうかしたか?」


「実は孫に会いにきたんじゃが・・・道が分からないんで難儀しとる。


交番を探しても見つからず・・・出来れば交番まで連れて行って欲しいんじゃが」


「地図、持ってるか?」


「これなんじゃ・・・」


地図を見ると子供が書いたらしき地図で、何処が何処だかぜんぜん分からない。


・・・こんなものを頼るくらいなら最初から電話で聞けばいいでしょーに。


「よっし、俺が一緒に探してやる。この辺なら警官より断然詳しいぜ!」


・・・・・・・とにかく、極上のお人よしなのだ。


困ってる人がいたら真っ先に助けなければ気がすまないらしい。


それを態度には出さないけど、行動には出るから・・・。


本人は気付いていないかもしれないけど、凄い正義漢。


さっきのお婆さんの話はここまでならいい話で済むけど、送った直後にそのお婆さんの孫の家で、なにやら喧嘩をしている声が聞こえて来た。


何かと思って覗いてみると、そこにはどろどろの人間関係が・・・・。


後味が悪かった。


そんなお人よしのヒロシゲさんだが、その逆のケースもある。


最初から自分で何かしようとしないですぐ人に頼る人には怒る。


これは一週間ほど前の話だ。


「あの・・・ヒロシゲさん?」


「あ?どうした」


同僚の人が話し掛けてきた。


「すいません・・・一緒にキーを探してくれませんか?」


「キーって・・・エステのか!?」


この人はキーを落としたらしい。


これがないとエステバリスの操縦が出来ないばかりか、責任を問われる事もあるそうだ。


「探したのか?」


「い、いいえ。一緒に探して欲しくて・・・」


ヒロシゲさんの目が細くなった。


そして、同僚の胸倉をつかむ。


「少しは自分でやってからこい!人を頼るな!自分の責任だろうがぁ!」


・・・凄い剣幕で同僚に怒鳴り散らした。


確かに、こういう事は自分が責任を持って処理する事ではある。


逆に、探していて困っているときは手を貸す。


・・・・・変かもしれないけど。


でも、ヒロシゲさんは基本的に、良い人だ。


・・・性格に問題あり・・・というより生活スタイルに問題ありだけど良い人だ。


こんな、素性もはっきりしない私を、引き取ってくれた事からもそれは分かる。


一緒に生活していくうちに、ヒロシゲさんと一緒に居ると安心している自分に気付く。


・・・・私はヒロシゲさんに惚れているのだろう。


ソファに座っているヒロシゲさんの横に座りたがっている自分に気付く。


ヒロシゲさんに触れたい自分に気付く。


ヒロシゲさんに抱かれたいと思う自分に気付く。


ヒロシゲさんと感覚を共有したいと思っている自分に気付く。


・・・・・でも私は14だ。


抱いてもらう事は、叶わないだろう。


16になったら・・・誘惑してみようかな。


そんなことを考え始めた14の夏。


スキャリバリプロジェクト一年前に迫った時である。


7月、ヒロシゲさんの誕生日。


私はヒロシゲさんが驚くプレゼントを用意した。


「ヒロシゲさん、誕生日おめでとー!」


「・・・ああ、ありがとよ」


丸い、小さ目のケーキには19本のロウソクが所狭しと並んでいる。


それをボーっとした瞳で見つめるヒロシゲさん。


「誕生日のプレゼントはこれです!」


私が差し出したのは眺めのトッピングされた箱。


「・・・何だ?」


「開けてみてください」


びりびりと包装紙を破って箱を開ける。


「・・・これは!」


驚いてる驚いてる。


そう、私がプレゼントしたのは義手だ。


それも人型に近い、肌色の物だ。


「でも俺の腕につくはずが・・・つく!?」


「へへへ・・・ヒロシゲさんが寝ている間にこっそり見たんですよ。義手の取り外しの金具を」


「しかもちゃんと感覚まで返ってくるし、自由に動くぞ?」


「種明かしをしましょ〜!


それはIFS対応、極少相転移エンジン搭載のオーダーメイドの義手なんです!」


「おお・・・」


「私が1週間かけて丁寧に仕上げました」


擦ったり、指を握ったりして義手の感覚を確かめる。


・・・感覚が返ってくるようにしたのは結構苦労したんですよ。


「ありがとよ、シーラ」


ヒロシゲさんは笑ってくれた。


いつもは滅多に笑う事なんてないのに。


「いいえ、私はその一言のために頑張ったんです。大事に使ってくださいね」


「おう!」


ぐっ、と握手を交わす。


義手だけど、その手は温かい気がした。









そして、スキャリバリプロジェクト発動の日ーナデシコが到着するのは明日となった。


私もヒロシゲさん専属の整備士としてついて行く事になった。


『よーし、これくらいでいいか』


「ヒロシゲさん、ご苦労様です」


私はモニターしている戦艦から終了を伝える。


今日は宇宙での最終訓練日だった。


明日にはナデシコに乗り込む。


だけど、嫌な予感がした。


以前に似ている。


私が研究所を出た日もこんな感じだった。


居ても立っても居られない、そう思ってエステが着艦した時、私はヒロシゲさんを迎えようとした。


「ヒロシゲさん!」


「!後ろ!」


私はヒロシゲさんに突き飛ばされー。






ぱん。





銃声が響いた。





ちりぃん・・・。





薬莢が床に落ちる。


私は銃声が聞こえたほうを向く。


そこにはー。


あの、父親が居た。


「ふはは・・・外したか」


「あ・・・・あんたは!」


私は驚愕の表情を浮かべる事しか出来ず、それを眺めて笑っている父親を凝視した。


「・・・まあ、外したが・・・。


これはこれで面白いかもしれないな」


お・・もしろい?


「お前が逃げる様が面白くてな」


あの時私を殺そうとしたのはそれが目的?


機密が漏れる事じゃなく?


じゃあ、何故今私を殺そうとしたの?


絶望に歪んだ顔をして息絶える顔でも見たかったというの?


「お前みたいに誰かに頼らずに生きることの出来ない女が絶望に沈んで死ぬのを見るのも楽しいかもな」


・・・だから泳がせていたと?


自分の暇つぶしに娘の人生を・・・狂わせる事が出来るの!?


「じゃあ、適当にやれよ。見ているからな、シーラ」


父親は去って行った。


・・・どうやってここに入ってきたかなんて知らない。


だけど、私はあなたを殺したい。


私の、大切なものを奪っていくあなただけは、殺したい。


あの男を追おうとしている私を強い力で引っ張る人が居た。


ヒロシゲさんだ。


「シーラ・・・聞いてくれ」


腹に銃弾を受けて、血が滴っている。


倒れそうなのに、辛うじて立っている。


それを見た私は目を覆いたくなったが、動く事は出来ない。


「・・・遺言、聞いてくれるか?」


私は、小さく頷いた。


私のせいで、撃たれてしまったのだから。


「・・・・・俺はお前のことが好きだ・・・」


・・・残酷だよ、ヒロシゲさん。


そんな一言を言われたら・・・後を追いたくなっちゃうよ。


こんな時に両想いだった事を知らされるなんてー。


でも、私も言わなければいけない。


別れ際なのだから。


「・・・私も・・好きです」


「ふ・・・そうか。


こうなる前に言い出せなかったのが残念だ・・・。


だが、俺はこういう目にあって不幸だとは思わない。


・・・お前に出会えたんだからな。むしろ幸せだった。


・・・ありがとう」


そんな事を・・・言わないで。


あなたが撃たれたのは私のせいなんだよ。


・・・責めてよ、責めてくれないと、私・・・わたし・・・優しさで壊れちゃいそうだよ・・・。


「だが・・だがだ。


俺はこれから死ぬ。


お前を幸せにする事は出来ない。


だから・・・・」


血を流しながら、ヒロシゲさんは私を抱きしめた。


「俺の・・・代わりになれるヤツを探してくれ。


一瞬でもいい。女の幸せを・・・追い求めてくれ・・・・。


俺は・・・お前に出会えて幸せだった。


親も兄弟もない俺に、幸せを感じさせてくれた。


この一年が・・・この一年間が・・・俺にとって、最大の財産なんだ」


・・・・そんな、嫌、嫌だよ。


こんな所で死なないで。


私に、思い出だけ残して死なないでよ。


また一緒に暮らして、結婚して、子供産んで、年とって死のうよ。


私だけ置いていって欲しくないよ・・・。


「私も・・・後を追います・・・」


これしかない・・・私にはもう、ヒロシゲさんしかないんだ・・・。


「だめだ」


断らないで・・・一人にしないで・・・・。


「追います」


「だめだ・・・」


「追います」


「駄目だ!」


その叫びに私は驚いた。


だが、ヒロシゲさんの呼吸が荒くなっているのに気付いて黙った。


「はぁ・・はぁ・・・もうやべえんだよ、叫ばせるな!」


「は、はい」


辛うじて返事はするものの、目は潤んでいるし、声は震えている。


「いいか、誰かに頼るだけの幸せは幸せじゃねえんだ。


俺について来ようとしてもしあの世がなかったらついてくる事も出来ねえんだよ。


・・・終わるのは俺だけでいい。


お前にはまだ生きていける術がある。


過去に生きる必要はねえ、親父の事なんか忘れちまえ。


楽な方に行こうとするな。自分がしたいことをしろ。


苦しくても辛くても求めたものなら掴んでみろ。


たやすく手に入るものは夢でもなんでもない。


ただのあぶく銭と同じだ。


信じろ。


お前自身を。


貫け!


お前自身を!


掴め!


お前の求める、真の・・・幸福を!


魂を燃やして・・・消える・・・その日まで・・・」


ヒロシゲさんの言葉が途切れて来る。


その姿を見て、私の涙は零れ落ちた。


(もう・・・限界かよ・・・最後に、わりぃが・・・)


ヒロシゲさんの考えている事がわかる気がした。


「目・・・閉じ・・・ろ」


「・・・・・・」


黙って瞑る。


その先は、分かる。


最後の、思い出をくれるんだ。


もし、もう少し、時間があったら、ヒロシゲさんの命があと一日あれば・・・。


赤ちゃんが出来たかもしれないのに・・・。






「「・・・・・・」」






出来る限りの力で抱きしめた。


最後の時間。


私にはこの一秒一秒が何時間にも感じられた。


今が永遠に続くなら、続いて欲しかった。


目を開きたいけど・・・開いても涙で何も見えないだろう。


なら、ヒロシゲさんと触れられる最後の時間を味わいたい・・・。


けど・・・その時間の終わりは唐突に来てしまった。


ヒロシゲさんの力が消えていったのだ。


唇を離してしまったのだろう、目を開けた私に、ヒロシゲさんの姿が映る。


涙で歪んでしまうかと思ったが、その姿はいつも以上に鮮明に見えた。


「じゃぁ・・・・な」


抱いていた体が冷たくなっていく。


これは実際に消えているわけではない。


私がそういう錯覚を感じているに過ぎないのだろう。


ヒロシゲさんは私にもたれかかって息を引き取った。


「・・・ねえ、起きてよ。


私を残さないでよ、ヒロシゲさん・・・」


私は泣くしかなかった。


ヒロシゲさんの骸・・・もう、動いてくれないんだ。


生き返るなんてアニメのような話があって欲しい・・・。


ドラゴンボールがあるなら探し出したい・・・。


「一緒に・・・死にたいよ・・・殺せよ・・馬鹿親父・・・・」


一緒に死ねたらどれだけ楽だろうか。


そう思ってしまうがー。


「・・・でも、私はヒロシゲさんの為に生きる。


それが、ヒロシゲさんに出来る最大の恩返しになるんでしょ?」


(ああ、そうだ)


その骸はそう物語っていた。


「・・・生きるよ。


明日がまた地獄でも。


それが、私。


シーラ・カシス」


私は胸を張って生きる。


自分独りでも、誰かに見下されても。


生きる。


それ以上、何が必要?





びーっ。びーっ。




『避難勧告、避難勧告。機動兵器が現われました』




「敵襲?さっきは見えなかったけどー」


今は避難しなければいけない。


サツキミドリはコロニーだ。


連合軍の戦闘機で対抗できるかどうかなんて疑わしいし。


けど、ヒロシゲさんを弔う時間すら・・・私にくれないの?






・・・・ぎゅ。





もう一度だけヒロシゲさんの骸を抱きしめて、寝かせてあげた。


「さようなら、私の・・・・私の、ヒロシゲさん・・・」


私は涙を流しながら走った。









私はヒロシゲさんの御付きでナデシコに乗る事になっていたけど、ヒロシゲさんが亡くなってしまったために、ナデシコには乗らない事になった。


・・・それでいいと思った。


私は傷を癒したい。


避難勧告が解除されて戻ってきた私は、ネルガルの開発部兼テストパイロットをする事にした。


ヒロシゲさんの分は私がやりたい。ヒロシゲさんのしていた事をしたい。そう思ったからだ。


「・・・私だけがここに残された」


ヒロシゲさんが消えた空っぽの部屋。


ヒロシゲさんの思い出なら一杯残ってるけど、ヒロシゲさんが居なければ、空っぽだ。


私も空の空っぽ。


ヒロシゲさんは忘れる事が出来ないだろう。


でも、ヒロシゲさんは自分を見ることを嫌がるだろう。


自分に縛られて生きる道を失って欲しくないだろう。


だから、空っぽであってる。


ヒロシゲさんで一杯になっていたのが昨日の私。


ヒロシゲさんに怒られないような強さを求める、空っぽの、今日の私。


・・・でも、時々思い出しても良いよね?


しばらくして、私はパイロットとしての才能が開花していった。


ヒロシゲさん以上とは言わないが、なかなからしい。


なので、データがとりやすかった。


自分で調整が出来るのだから当然か。


チューンナップもし始め、整備にも詳しくなり、色々と自分に出来ることが見つかってきた。


・・・でも、心の傷口は塞がる事はなかった。


職場に居ても、誰も私を癒してくれる人はない。


心が、カラカラだ。


空っぽのカラカラだ。


・・・休日にやはり、いつものようにアニメビデオを収集する。


それでも心は晴れない。


そんなある日、私は出会った。


「スクライド」に。


ヒロシゲさんのように自分勝手で、自分と暮らす少女を護る少年・カズマ。


復讐に燃え、自分の正義を信じてやまない劉鳳。


どちらも、ヒロシゲさんの面影を持っていた。


これを見るとヒロシゲさんに怒られる気がしたが、私は見た。


そして、その二人について行く二人のヒロインに自分を重ねた。


・・・信念のドラマ。


これに尽きる、アニメだった。


恐らく、私が生きている中でここまで熱いアニメはなかっただろう。


そしてこれからもないだろう。


視聴率は決してよかったとはいえない。


話全体が、世の中に反逆しているものだったからなのだろう。


お互いぶつかり合い、己の能力の限界まで挑む。


それが、この話。


「スクライド」


・・・・・そして寝る間も惜しんで一晩かけて全話を見た。


・・・すると涙が頬を伝っていた。


市外という壁に遮られ、狭い視野しか持てなくなった人々。


生きるために人の命をも奪う能力を操る人々。


・・・・・自分を見せているようだった。


でも私は見つづける。


ヒロシゲさんのもう一つの姿のようなあの二人の行き着く先が知りたかった。


・・・・・・・・・・さらに、決定的な話を見た。


第23話「シェリス・アジャーニ」


自分の母の仇を倒そうとし、返り討ちにされて絶命しかける劉鳳。


しかし、彼は、彼を思うシェリスの能力によって蘇生されるが、逆にシェリスは死んでしまった、という話。


・・・・ああ、あの時私もこんな事ができれば・・・。


出来もしないとは言え、思わずにはいられない。


・・・でもそれは責任を押し付けるだけなのかもしれない。


私は、ヒロシゲさんと生きたかったんだ。


だから意味がないか。


朝日が昇り始めた頃、私はうなだれた。


・・・空虚感が私を包み込んだ。


最終話まで見終わって、彼らに残ったのは・・・・・責任だけだった。


自分が楽に生きないで、辛い道を選ぶ事はこういう事なのだと思った。


私はああは生きられない。


だから、ヒロシゲさんは幸せを求めて欲しかったのかな?


楽に生きないのと幸せにならないのは両極ではない気がしたけど、何となく、理解できた。


私は、立ち上がれるんだ。


幸せを、探せるんだ。


私は、うなだれながらも、眠気の抜けない体を動かそうとしながらも、どこか、心が一杯になった気がした。


ヒロシゲさんが近くに居るような気になれた。


ヒロシゲさんを見つめている気になれた。


ヒロシゲさんが生きているような気になれた。


・・・・私は空っぽにはなれないのかな?


まだヒロシゲさんの面影を求めてる。


・・・・・でも、寂しくない。


この日を境に、私の心は渇かなくなった。


自分の存在意義なんてなくてもいい、思い出だけでも生きていける。


そう思えた。


・・・またこんな事を思ってる。


ヒロシゲさん、私を叱ってよ。


その・・・幽霊でもいいからさ。


後ろにヒロシゲさんの気配がしたような気になったから振り向いた。


でも・・・やっぱり居ないんだ。


死んでから求めるなんて情けないね。


私は、ヒロシゲさんを間接的に殺したのに。


けど、ヒロシゲさんは恨み言も言わず、逆に愛の告白とお礼をくれた。


・・・・・だから。


私はヒロシゲさんができなかった事をしたい。


「スキャリバリプロジェクト」


・・・ヒロシゲさんが参加するはずだったあの企画に。参加したい。


「ナデシコ」


・・・火星に向かう際、連合軍に着物姿で顔を見せ、


たった一隻で火星に到達したという船。乗ってみたい。


そこには、何かヒロシゲさんに繋がってるものがあるのかもしれない。


いや、ある。きっとある。


私は、パイロットとしてはヒロシゲさんよりは弱い。


なら、新兵器の開発の為、現場で見てみたいとか言って乗り込む。


ある程度実績を残せば、あるいは乗せてくれるかも。


そう思った私は自分の得意分野である相転移エンジンの開発に取り掛かった。


エステバリスサイズの、専用エンジンを。


現在のエンジンは、出力が十分高いと言われているけど、ナデシコに積んであるエステバリスのうち二台は、出力が不足していると言う。


相転移エンジンを直接積み込めば、それをさらにパワーアップできるかもしれない。


そう、それなら出来る。


バッタの生産性のみを追及した低出力エンジンを高出力の、大きさは二倍くらいに変更する。


・・・誰も知らないんだよね、バッタが相転移エンジンを積んでいる事。


ナデシコの相転移エンジンは、スペックを見たときに出力は高いけど、サイズを小さく出来ないとあった。


・・・基礎から構造が違うんだ。


けど、私は両方知ってる。


お互いの特性を組み合わせれば・・・出来る!


私は寝る間も惜しんで製作にふけった。


その甲斐あってか、一ヶ月で現行のナデシコのエンジン並みの出力を持ちながら、エステバリスに搭載できるサイズで実現させた。


「おめでとう、君には特別給与が与えられるよ」


社長が笑顔で電卓を叩いた。


・・・そこには見たこともない金額が表示されてた。一生かかっても使い切れないだろう。


使い切れないものを貰っても仕方ない。


「いいえ、それはいりません。代わりに・・・スキャリバリプロジェクトに参加させてくれませんか」


「?いや、火星まで到達し終わった企画に何故?」


「ナデシコに乗り込んでみたいんです。


開発の参考に、是非、乗り込みたいんです!お願いします!」


私の叫びに、驚きながらも、OKを出してくれた。


ついでに、特別給与の半分をくれるそうだ。


開発に対する熱意が気に入ったって。


更に準備の期間に一ヶ月の休暇をくれた。


なら、自分用のエステバリスを作ろう。


実力が足りない分は、機体で補う。


あの親父にまた撃たれないように・・・自分の身を護れるものも作っておこう。


自分が貰ったあの給与でメンバーを集めて作成した「高機動重砲戦フレーム、デンドロバリス」、


「小型砲戦武器レクイエム・レヴォリューション」、「接近戦武器シェルブリット」。


私が身を護るために、人用のシェルブリットも。


一撃だけ、機動兵器でも破壊できる。


銃弾をも返す事の出来るディストーションフィールドを張れる。


・・・親父は私を見ていると言ったから無駄かもしれないけど、やらないよりはマシだ。


そして、私はナデシコに乗る。


「いいですね、触らないで下さいよ」


「ええ・・・でも普通に戦闘が終わってからでも良いんじゃ?」


「ははは。でも格好良いでしょ?」


二人をデンドロバリスに乗せて、自分は町に降り立った。


ここから、私は始まるんだ。








作者から一言。


・・・シーラは意外と重い過去を背負ってます。


この話のコンセプトは「追われている人間が誰かに頼るとどうなるか」と、


「孤独に生きている者は、家族を手に入れれば最後がどうであれ、幸福になれる」です。


・・これ書いてて思ったのは、シーラが本来の性格から遠ざかってる事です。


当初はスパロボのリューネがイメージだったんですけど、書いていくうちにルリ+ラピスみたくなりました。


・・・・・でも結構自分勝手だよなぁ・・・。



改定後の一言。

字が多かったり、行を間違えたのを修正しました。

04年2月28日武説草良雄。



管理人の感想

武説草良雄さんからの投稿です。

う〜ん、人生の岐路に必ずアニメが絡むというのも凄いですね(苦笑)

この外伝を書かれる以上、シーラの父親もいずれは出てくるという事でしょうか?