〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家

「…アキトさん、本当にこれコスプレ喫茶の給料なんですか?
どうみてもホストかなにかのような…」

「…うん、ここまで稼げるとは思ってなくて…」

ルリは給与明細を前に訝し気な表情を浮かべていた。
アキトは困り顔で頬を掻いていた。
大量のチップをもらい続け、実質時給が3万円にまで膨らんだため、
すでにアキトの月収は500万円を超えていた。

「…とはいえ、エステバリスを購入するのにはまったく足りません」

「どうしよう…」

アキトが想定外に稼げたことは幸いだった。
だが、それでも足りない。
そもそも兵器は高額で、購入は国が行うようなレベル。
民間でネルガルが自前の戦艦を動かすというような行為は、極めて稀である。
PMCや傭兵という職業についても、陸戦兵士の供給が主であり、
兵器を使用する場合でも、軍から払い下げされたものか、貸与されるのが通常である。

「…エステバリスは何もかもが高いですね。
弾薬も性能の事もあってかなり高値で、
導入できたとしても無駄遣い厳禁です」

「…どれくらいするの?」

「…陸戦のエステバリスで10億円、
空戦だと20億円します…」

「ぶっ!?」

「これでもかなり安くなったんですよ。
2000年代ごろだと戦闘機や戦車でこの価格です。
弾薬も、50発のカートリッジひとつで新車が買えます。
…砲戦フレームのミサイルに関しては…計算したくないレベルです」

二人とも大きなため息を吐いた。
ナデシコに乗っているときには考えたこともなかったが、
エステバリスは艦載機としてはかなり高額な方だった。
人型であることが災いして、必要な機能が増大し、
汎用性の代わり『金食い虫』だったのだ。
艦載運営で必要になる各種フレームと、連戦に耐えうる資材、弾薬などを準備した場合、
そのコストは1台運用するだけで戦闘機10台に匹敵する運用コストを必要としてしまっている。
もっとも、新兵でも1台で戦闘機20台以上分の戦果を挙げられる機体ではあった。

しかし、あまりに連合軍が強い時代が長すぎたため、
性能面をくみ取ることよりも賄賂の額や本体の価格面での審査になりやすい。
エステバリスも例外ではなく、正式採用トライアルで即座に却下される価格だった。
安全性と汎用性に劣るが数をそろえやすい、
アスカインダストリー系列、クリムゾングループ系列の機体のほうが納入されやすく、
そのほうが最終的に儲かる。そこが二社の狙いだった。
ネルガルは特殊部隊などに需要があるタイプの機体を多く展開しているが、
兵器商としては二社ほどのもうけはない。
手広い事業展開があってこそ、企業としての体力がもっている。

「…最終的には、
株なりなんなりのマネーゲームを挑むしかないと思います。
それでは確実性がゼロなので不安なんですが…」

「もう、いっそネルガルに身売りしたくなってきたよ…」

「…気持ちは分かりますけど、
それくらいならあきらめましょう」

二人の間に重苦しい空気が漂う。
覆しようのない事実。
アキトの収入が高いとはいえ、月収500万円。
順当にこのまま稼いでも200ヶ月かかる。つまり16年半かかってしまう。
しかもそれで準備できるのは陸戦のエステバリス一台だけである。

「…もう少しだけ、あがいてみよう。
とりあえずあと一ヶ月…貯金と足して、
1200万円まで増やせば可能性はゼロじゃなくなるから」

「…そうですね。
それでもそこから100倍にして、
ようやく陸戦フレーム一台というのは頭が痛い話です…」

二人とも再び大きなため息を吐いた。
まだまだ問題は山積みだった。
















『機動戦艦ナデシコD』
第四話:Domination-支配-
















〇地球・佐世保市・ソフトウェア会社

アキトが目覚めてから3ヶ月が経とうとしていた。
資金準備の期間がそろそろ終わりに近づく中、
ルリはソフトウェア会社を辞職するにあたって、
業務用ソフトウェアの開発を完了し、実務運用での実用テストに差し掛かっていた。
このころになるとルリ自身の残業もゼロに近付き、
会社もだいぶ余裕をもって運用できるようになった。
しかし、懸念事項もないわけではなかった。
パソコンの購入予算を、まだ社長が渋っていたのだ。

「…社長、お願いですから更新してください。
そうしないとこのソフトも宝の持ち腐れですよ」

「いやぁ~?
会社も仕事も回っているし、いいんじゃないの?」

この期に及んで社長は機材購入をためらっていた。
残業がなくなり、残業代を出さなくてよくなり、
経済的な余裕がかなり出ているにもかかわらずである。

「…機材更新しないと、
次のアップデートではメモリ不足でこのソフトも動かなくなります。
動いたとしても、別の業務と並行して動かすのは厳しいです。
社員は負け戦をさせられるのはつらいものですよ」

「…うーむ。
一年後じゃ、ダメか?」

「ダメです」

「…分かった、順次更新しよう」

ルリはため息を吐いた。
この社長が順次更新という半端な案を出したのは問題だった。
順次更新では、間に合わない可能性が高い。
次回のOSのアップデートは半年も先ではない。
それほどまでに、この会社のパソコンは時代遅れになりつつあった。

(…もっとも、どこでも似たような状態なんでしょうけどね)

ルリはかつての連合軍の機体更新がうまくいかなかったことを思い出した。
パイロットたちが戦闘機からエステバリスに乗り換えるのが難しかったこともあるが、
純粋に予算が得られない事が問題になりやすかった。
そこで順次更新ということで対応が行われたが、
結局統合軍・連合宇宙軍の時代にIFSを使用しないステルンクーゲルが実戦配備されるまでは、
主力として戦闘機とエステバリスの混成部隊が使われ続けた。
それほどまでにエステバリスは高価で、かつIFSが忌避されていたのだった。
















〇地球・佐世保市・コスプレ喫茶「サーフェイス」・夜。

コスプレ喫茶、終業後─。
片付けに追われるスタッフが左右する中、
バックヤードで、情けない声が響いていた。

「店長、頼むよぉ~~~~」

「バカ言わないでくれ、うちは金融業じゃないんだから」

「そういうなって~返すアテはあるんだってばよぉ~」

「…マエノさん、どうしたんすか?」

食材の在庫管理を横でしていたアキトは、
店長とマエノと呼ばれた、長髪を後ろで結んだ男性に声をかけた。

「おお!心の友よ」

「誰が心の友すか」

「よく聞いてくれたぜぇ。
いやぁ、妹が私立大学に入るってんで、
入学金を100万くらい用立てなくっちゃいけなくてさぁ~。
返すアテはあるんだけど、
振り込みが遅れるとか言われちまってさぁ」

「…それで店長に100万円を借りようと?」

「無茶は承知なんだけど、家庭の事情で奨学金はとれなくってなぁ。
アキト、お前なら100万くらいどってことないだろぉ?」

「…いえ、俺も100万円はちょっと…。
すぐ返すと言われても…」

「そこんとこ頼むよぉ~」

「すんません、どんなに親しくても口約束での金の貸し借りはしないっす」

マエノはしょぼくれて二人の前を後にした。
アキトも店長も、罪悪感があったものの、
家庭の問題を持ち込まれても対応のしようがないと考えていた。
だがこの時、店長とアキトはさらなる面倒事が待っていたのを想像できなかったのである。
















〇ネルガル本社・会長室─???

「──資金繰りが悪化している?」

「ええ…プール金に手を付けてまでシークレットサービスを動かしているのが、
社長たちにもバレている。
そのせいで私たちの資金調達も押さえやすくなってしまったようで…」

「…マズいね。
こっちのプロジェクトも明らかにされると、
技術面はともかくやろうとしたことまで暴かれたら、木星に勝てない…」

「…ただ、あの二人が戻ってきているなら、
地球の戦況の変化が起こっていないのが不思議だわ」

「そう、そこだ。
僕たちが下準備をしているように、
あの二人はもっと苛烈な策を講じてもいいはずなんだ。
だが木星トカゲの動きは前回とほぼ変わらない。
こちらの時代にくるタイミングがことなっているのか、
それとも何か別の策を講じているのか…」

「…とにかく、私たちも妨害から逃れるしかないわ。
プロスペクターとゴートにも一度こちらに戻るように伝えないと…。

それと、マシンチャイルド関係の研究所…。
ラピスが眠っている研究所の職員の話によれば、
一応、「アキト」という名前はあったらしいわ。
姓はホシノ…生きていれば18歳になるそう。
あのマシンチャイルドの容姿をしている大食いチャレンジャーと合致するわ。

でも…いい加減なものね。

実験体に不向きになったから追い出したそうだけど、
引き取った子がいるらしいという情報がある以外、この二人の情報はすべて不明。
追跡されるのを避けるためか、追い出した後は記録を抹消してあるわ。
…もっとも、クリムゾンの諜報戦闘で研究員がだいぶ殺されてしまった上に、
あまりに危険な研究のため前会長からも予算をストップされていて、
研究自体も相当に縮小されてしまったそうね」

「内容は?」

「…あまりいいものじゃないわ。

人間のクローニング技術…。

ネルガルの遺伝子研究に関わるもので、禁忌中の禁忌。
…最も、この研究自体が、前回存在していなかった。
推測になるけど、マシンチャイルドの量産体制を整えようとしていたようね。
…もっとも、18歳になるマシンチャイルドの実験体が居るなんて、
聞いたこともないけれど」

「それだけじゃない、ラピスラズリの事もそうだ。
何故、彼女は未来の11歳の姿なんだ?
僕たちはこの時代の体に、
記憶ごとボソンジャンプしていたというのに」

「…ラピスの身柄は動かせないの?」

「焦ってはいけないよ。
彼女が意識不明になっている原因も、
あのラピスが僕たちの知るラピスかどうかもそもそも不明なんだ。
研究員の話を信じるなら、
ラピスはこの世界でクローンとして生まれている。
そうだとしたら、いろんなつじつまが合わなくなる。
なら、実験体としてでも管理されていた方がまだ安心だ」

「…北辰があの研究所を襲わなければ、ね」

「ガードは固めてあるが、万全ではないのが口惜しいところだ。
結論は先にしよう。
テンカワ君の居場所が分からない以上、
これ以上は何もできない。
そもそもいつ、未来の記憶がこの時代の体に重なるのか分からないんだ」

「いろんな謎がありすぎて…分からない。
けど、すべての謎を解き明かす必要なんてないわ。
できる限りのことをして、
生きるための道を拓くしかないのよ」

「…ああ、そうとも。
そうだとも」
















〇地球・佐世保市・ソフトウェア会社・夜

「お世話になりました」

「こちらこそ。
助けられっぱなしで申し訳ない」

社長、社員、すべての関係者、従業員に見送られてルリは頭を下げる。
すでに3月も後半に入り、何かと忙しい年度末でありながらも、
八面六臂の活躍を見せ、会社を助けたルリを見送らない者などいなかった。
社内で小さく行われた宴会もそこそこに、ルリは会社を後にした。

(ひどく疲れました…)

この5ヶ月の戦いは、決してルリにとって楽なものではなかった。
自分のできることを最大限に生かして資金を集めることを命題としたが、
結局大した貯金はできなかった。
ルリがこの5ヶ月で貯金に回せた額は、おおよそ30万円。
アキトが稼げていなければ、諦める選択肢しかないレベルだった。
それでも立つ鳥跡を濁さずという気持ちで業務改善のソフトを贈った。
だが本来であれば会社がそれなりにボーナスを出すべきところを、
試用期間ということに甘えてなにも給与を追加しなかった。
ルリは少しくらい辛辣にするべきだったろうかとも思うが、
うかつに深くかかわりすぎれば、提示された課長職につかざるを得ず、
退職できない状態に置かれる可能性は低くない。
それで退職できなければ意味が全くない。

(これからが大変です…。
少しくらいアキトさんと過ごしても罰はあたりません)

─結局ルリとアキトの約束の週一回のデートは、
半日どころか3時間程度で終えてしまうことが多かった。
ルリは明日、アキトとデートをしようと考え、帰宅する。

「ただいま」

「おかえり、ルリちゃん」

「ありがとう…アキトさん」

この5ヶ月、あまりに残業がかさみ過ぎて、
夜の10時でも早く戻れた、と思ってしまうルリだった。
ルリは会社をようやく退職できたことや今後の動きについて話し始める。
クリアするべきハードルはまだ多い。
エステバリスを格納できる場所、
そして機動兵器の所有許可と使用許可の確保が肝心だった。

「以前は自分のエステバリスを持ってきても何も言われなかったけど?」

「…あれはネルガルがなんだかんだ手を回していたからです。
そもそも言ってしまえば窃盗ですし。
エステバリスを無駄にしたくないアカツキさんの意図です。
あの時は監視を続けて、
自分たちのところに戻ってくるならそれもよし、
エステバリスを使って逆襲してくるならバッテリー切れを狙えばよし、です。
アカツキさんは損がないと思って、
あのままアキトさんのエステバリスを持ち逃げさせたわけです」

「…考えてるようなちゃらんぽらんなような」

あの場面でエステバリスがなければどうしようもなかったが、
基本的にナデシコなしに運用できるエステバリスではない。
この点をクリアするのも、PMCマルス運営の課題だった。

「ただ機動兵器のと所有許可、使用許可をもらえたところで、
戦闘許可が下りるかどうかがまた別なのが厄介です」

「え?使用許可がでても使っちゃダメってあるの?」

「動かし方によっては被害が出る可能性があるので。
道路を工事する時にも道路の使用許可が必要な場合があるのと同様に、
この点をクリアする必要があるようです。
…もっとも、ナデシコを出航させる予定があったネルガルのおかげで、
民間でも機動兵器の使用、所有、出撃させる権限についての法律が出来上がっているのは幸いでした」

「…難しいんだね」

ルリは小さくため息を吐いた。
アキトが法律に無頓着なのを時間を見てなんとかしないと、と考えた。
今後、どうなるか分からないにしても、マイナス要素は排除する必要がある。
経営の事はまだしも、戦闘上の細かい法律を覚えてもらわなければ、
保険が降りない可能性も出てしまうのである。

「保険の事もありますし、戦闘記録を取り続けるのも重要になります。
パイロット、整備や管理の他にも、それなりの設備、人員を必要とします。
…作戦の幅を取ろうとすると、どうしても3人以上のパイロットがそもそも必要です」

「俺と、テンカワアキトと、もう一人か…」

「募集はかけてみますが、望み薄ですね。
IFSへの偏見以上に、そもそもパイロットを連合軍が独占してますから」

「…資金の事もだけど、足りないことが多すぎる」

「はい…」

二人の間に暗い空気が漂った。
機動兵器を企業が所持・使用できるという法律があるのは助かったものの、
そこから先のハードルが果てしなく高い。
かといってナデシコに乗り込む他の方法はネルガルへの身売りしかない。
二人には明るい未来が、見えなかった。

「…アキトさん、明日は気晴らしに付き合ってくれませんか?
確かお休みですよね?」

「あ…ご、ごめん。
ちょっと店の大掃除があって行かなきゃいけないんだ」

「そう…ですか…」

ルリは見るからに気落ちした表情でうつむいた。
給料が安いなら断らせることも考えられたが、
破格の給料をもらっているアキトを止められなかった。

「またちゃんと時間は作るから、ね?」

「はい…」

ルリはこの毎週、ごく限られた時間を楽しみにしていた。
週に一度、わずかでもアキトと居られる。
それが今のルリの、たった一つの生き甲斐だった。

「だったら明日は開業の手続きをしたら、もう家で寝ています…。
疲れがまだ抜けきってませんし…」

「…ごめんね」

「気にしてません。
落ち込んではいますけど。
ぶっちゃけていうと疲れていてそれどころじゃないので…。
お風呂、先に入りますね」

ルリはふてくされたようにバスルームに入ってしまう。
彼女は不機嫌な姿を見せたくないと思っているようだった。

(…どうしたものかな)

アキトはルリとの関係に、まだ答えが出せていない。
お互いに進むことをためらっている。
歯がゆい関係だったが、解決する方法も、気概も持てずにいる。

(自分の意思を曲げて自分らしくないことをするのは、
勇気とは言わないもんな…。
「俺らしく」ルリちゃんと付き合って行けるようにならないと…。
でも「俺らしく」ってなんなんだ…?)

アキトはユリカの自由奔放な「私らしく」がうらやましいとすら思った。
ぼうっと考えていると少し眠気が襲ってきたらしく、
アキトはルリには悪いと考えながらも、布団に入って眠ってしまった。






その夜、アキトはユリカの夢を見た。
アキトとユリカとルリが、三人で屋台を引いている夢だった。
アキトは懐かしさと、違和感を覚えた。

(…なんでユリカとルリちゃんが逆なんだ?)

少し背の低くなったユリカがチャルメラを拭き、アキトの隣に16歳のルリが居た。

(…最低だな、俺)

アキトは自分の思い出すら現在に置き換えてしまった夢に、自己嫌悪に陥る。
だがルリが少し申し訳なさそうな顔をして、微笑んだのを見て、アキトは首を振った。

(今は立ち止まる方が良くない…気に病むのはほどほどにしようか…。
ごめんな、ユリカ)

ユリカに目が合う。
ユリカもまた、嬉しそうに微笑んだ。
自分の謝罪を笑って許すかのような、
アキトの胸にひどく突き刺さる笑顔だった。
















〇地球・佐世保市・コスプレ喫茶「サーフェイス」─アキト

今日は店は休みだ。代わりに大掃除することになった。
どうやら店長曰く、
「ホシノさんが来てくれて余裕が出来たので、綺麗に改装することにした」
ということらしい。
…ルリちゃんの事、昨日の夢の事もあって少し帰りたい気持ちがあったが、
あと一ヶ月くらいは在籍することになるので、乗らないわけにはいかなかった。
改装自体も3日ほどあれば済むようなものらしい。
…その間、休みがもらえるなら、ルリちゃんに埋め合わせが出来るな。
もっとも準備の時間を考えると、3日まるまるは使えないだろうが…。

「ホシノさん、マエノさん知らないか?」

そんなことを考えていると、店長から声がかかった。
俺はフロアのモップ掛けをやめて振り返る。

「マエノさんすか?
そういえばまだ来てないみたいっすね」

「困ったなぁ…あの日、お金を貸せなかったから、なにかあったんだろうか」

「…それは、ちょっと困りますね。
見てきます。
家の場所を教えてもらえます?」

マエノヒロシゲ──。
俺と年は変わらないが、このコスプレ喫茶「サーフェイス」で、
かなり荒稼ぎしているが、どうも大家族らしく、
常に金欠状態で居ることが多い人だ。
食事代の貸し借りを求められることが多かったので、
店長に許可をもらってまかない飯をふるまう形に変更し、感謝されたこともある。
大家族ということで、消費期限が近い食材を調理して持って帰っていたりとかもする。

…不安だ。嫌な予感がする。

確かに大金の貸し借りを口約束では絶対にしたくないが、
それで何かあったら寝覚めが悪い。
店長に住所を教えてもらって、
マエノさんを探しに出かけた。
















〇地球・佐世保市・マエノ家─アキト

「…はあ、ルリちゃんに怒られるな」

俺は念のため、銀行に立ち寄り、
100万円を引きだしてからマエノ家に立ち寄った。
すぐに戻しても、残高が減ったのを知られると、
何に使ったか問われるだろうな…。
少し大きい普通の日本家屋─少し古びていたが、リフォームはされているようだった。

「ごめんくださーい…」

「はいー!
…あ!
『白い悪魔』だ!」

元気がよさそうな7歳くらいの少年が、俺を指さして、
フードファイターとして勝手に名付けられた名前を口にする。
…そんなに有名になっていたのか、俺は。

「マエノヒロシゲさんのお家だよね?
店に来てないから心配になって来たんだ」

「ヒロシゲお兄ちゃんねー!
なんか黒い服のおじさんたちに連れられてったのー!」

「え…?」

嫌な予感が的中していたようだ。
…闇金に手を出したのか。
もっとも、奨学金を借りられない身の上ではこういうこともあり得る。
だが…おかしいな。
マエノさんが金の無心をしたのはまだ昨日の事だ。
どんなに早くてもまだ借り入れ段階のはずだ。

「…お父さんかお母さんいる?」

「二人ともねー!
海外でお仕事してるからいないの!
一番上のお姉ちゃんならいるよ!」

「そっか。
じゃあお姉さんを呼んでくれる?」

「お姉ちゃんはずーっと裏で作業してるから、
ついてきてよ!」

作業?
畑仕事でもしているのか?
少年に連れられて家の裏に回り込むと、
町工場と見まがうばかりの正面の日本家屋とあまりに不釣合いな、
車両が何台も入るガレージが存在していた。
…ウリバタケさんの家に来たような気分だ。

ビャーーーーーッ!


バイクのフレームを溶接をしている金髪の女の子がいる。
…何してるんだ?

「シーラお姉ちゃん?お客様だよ」

「はいはい…おろ?
どしたの?
そのビジュアルバンドのメンバーみたいな人は」

古びた水色のつなぎを来た金髪の女の子は、鼻の頭に油を付けて現れる。
おそらくハーフなのだろう、欧米系の白人の見た目でありながら瞳が黒い。
そんな女の子が、俺を見てずいぶんな事を言っている。
…見てくれのインパクトじゃ君も変わりがない様に思うけど。

「しろいあくま!」

「ああ、フードファイターの」

「…フードファイターとして売り出してるわけじゃないから。
そうじゃなくて…」

俺は事のいきさつをかいつまんで話した。
このシーラという娘によると、黒服に連れられて行ってもそんなに不安がらないでもいいという。
マエノさんがしょっちゅう闇金に手を出しては、
車の改造などで自分が返済しているということ語った。
そうするしかこの家庭を養う方法がないということだが、なんて綱渡りをしているんだ…。

「…でも妙なんだ。
金の相談をされたのは昨日で、連れ去られたのが今日。
それで店に何の連絡もなかったから店長が不思議がっていたんだ」

「う~ん…確かに闇金の人もだいぶ仲良くなっちゃってるから、
一週間くらいは利子なしで待ってくれるし、変だね」

…一週間無利子で待ってくれる闇金なんているのか?
いかん、別の場所に突っ込んでいる場合じゃない。

「闇金の人に連絡してみる」

シーラという娘は、俺を少し待たせると電話を掛けて、すぐ戻ってきた。
「…闇金の人、うちじゃないって…。
で、でも…ヒロシゲさんはあの闇金さん以外からは絶対借りないし…」

「シーラちゃん、落ち着いて。
…思い当たる点はない?」

「ぜんぜんない…」

シーラちゃんはどうやらかなりショックを受けたようだ。
彼女曰く、マエノさんは家族愛がすごくあるタイプらしく、
寄り道や外出をする日が少なく、すぐ家に帰り、
そのほかの日は生活費や家族の学費をすべて出すために、
いろんなアルバイトに手を出している。
…就職せず、アルバイターで恐ろしい額を稼いでいるということらしい。
隠し事をせず、開けっ広げに話すマエノさんが、
何も言わずに消えるということはないのだろう。
…だが、闇金でしか金を借りないならなんで店長や俺に金の無心をしたんだろう。

ピピピピピ…。


そんなことをシーラちゃんから聞いていると、
俺の端末の着信音が聞こえた。
すぐさま出てみる。

『あ、ホシノさん!?
マエノさんを誘拐したって電話が…』

「え!?」

『それで100万円を返すようにって…』

「…それで誘拐?」

俺は耳を疑った。
いや、疑わざるを得なかった。
誘拐しにきたのはマエノ家で、誘拐の連絡がくるのがコスプレ喫茶。
一貫性がない。
何より、誘拐する必要性がない。
借金の取り立てで誘拐はリスクが高すぎる。
詳しくは分からないが金を返さないならそれなりに訴えたりできるらしいし…。
いや、それよりいつも借りている場所から借りなかったのも腑に落ちない。

「…とにかく、そちらに行きます。
警察に連絡は?」

『それが…マエノ君自身が「警察にはかけないでほしい」って』

…何かマエノさんに落ち度があったのか?
いや、とにかくコスプレ喫茶に戻ろう。
一度俺は電話を切ると、シーラちゃんを伴ってコスプレ喫茶に戻った。
















〇地球・佐世保市・コスプレ喫茶「サーフェイス」─アキト

店長が先ほど来た電話について語った。
マエノさんが警察に電話してほしくないと言った理由は不明だが、
とにかく一度指定された場所に来てほしいということだった。
…罠、にしても不自然すぎるが。

「シーラちゃん、来ない方がいいかもしれないよ」

「…いえ、ヒロシゲさんとは一蓮托生ですから」

シーラちゃんはつなぎ服のまま俺についてきた。
どうやらシーラちゃんは籍こそ入れていないが、
マエノさんと内縁の妻状態らしい。
詳しくは語らないが、命を助けてもらったことがあるとか。
…それとなく俺とルリちゃんに似ていると感じて、黙ってうなずいた。
















〇地球・佐世保市・キャバレークラブ─アキト

「しかし…本当にここでいいのかな」

指定された場所は、別段変わったところのないキャバレークラブだった。
こういうところが暴力団関係であっても不思議はないが、
誘拐を隠すのに適しているとは思えなかった。

「普通は倉庫とか廃工場とかですよね…」

シーラちゃんの言う事も分かるが、
それはドラマか映画かアニメかの場面設定だ。
別に普通というわけじゃない。
…俺達は意を決して、ドアを開けた。

パーン!パーン!


銃撃の音かと一瞬身構えたが、単なるクラッカーのようだった。
その先には、マエノさんも居た。
居たが…。

『ドッキリ成功』の看板を持っていた。

黒服の男たちと、美人ぞろいのホステスが拍手して出迎えている。

「「「ドッキリでした~~~~!!」」」


…何がドッキリだ。
今時こんなのテレビ局でもやらないぞ。
隣のシーラちゃんも顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
彼女は本当に心配してきたのに、あんまりすぎる仕打ちだ。
誘拐ドッキリなんて、つまらないことを…。

「すまん、アキト…。
ギャラが200万って聞いてつい乗っちまった…」

マエノさんは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
…よく見ると、ホステスの座った席の一番奥に座っている女性は、コスプレ喫茶の常連さんだ…。
美しいが濃い化粧と、ギラギラした服装で特に印象に残っているが、
あまり会話したことないので名前は…だめだ思い出せん。
おそらく彼女の差し金だろう。

「ごめんね~~~驚かせて。
あ、何かのむ?
いつも私をもてなしてくれてありがとうね」

常連さんは暢気に氷とグラスを差し出してきた。
だが…。
シーラちゃんがマエノさんの前に歩いていくのを見ると、
場の空気が凍り付いた。
マエノさんだけが、呆けている。

「…ヒロシゲさん」

「へ?」

「…バカーーーーーーッ!!!」

ババババババババババババババババチンッ!


シーラちゃんのビンタが1秒で16回、マエノさんの頬を打った。
ほとんど目で追えないほど速い…なんだ今のは。
マエノさんは最後の一発で派手に吹っ飛んでしまう。

「ぶふぉっ!?」

「本当に心配したんだから!!ふざけないでよ!!」

「ふゅ…ひゅみまへん…」

マエノさんは腫れあがった頬を押さえることもなく、
ただただ情けなく土下座して謝っていた。
その後もシーラちゃんの烈火のようなお説教が飛び、
マエノさんは何度も何度も頭を下げ続けた。

・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

結局、常連さんはマエノさんにギャラの200万円をしっかり払って、
かつ、俺とシーラちゃんに謝罪をしてくれた。
常連さんはどうやら俺に用があったらしく、
話し合いたいことがあったのでパーティがてらこの席を設けたかったらしい。
マエノさんが最初に金の無心をしたのは、
すでに常連さんとの話し合いが終わっていて、
このドッキリの前振りとして開始していたことらしい。
マエノさんの誤算は、シーラちゃんが付いてくることを考えていなかったことだった。

常連さんは方法があまりに良くなかったと反省して、
俺との用事は一度日を改めることにしてくれた。
名刺を差し出されたが、
あんまり印象が良くないのは変わらなそうだな…。
シーラちゃんは、ひとまず妹の入学資金を確保出来た上に、
今後無理に闇金を使わないで済むだけの預金が手に入ったので、
マエノさんを許すことにしたらしい。
女性ってたくましいな…。
















〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─アキト

「ただいー…」

「アキ…ト…さん…」

──俺は帰宅して、今日の出来事が終わっていなかったことを悟った。
そう、悪い予感はマエノさんではなく自分に対して向かっていたようだ。

ルリちゃんが、涙を流してうつむいていた。
怒っているというべきか、情けないと思っているというべきか。
彼女もまた、感情の高ぶりで震えているようだった。

「何してるんですか!?この大事な時期にッ!!!」


ルリちゃんは怒涛の勢いで俺を問い詰めた。
どうやら開業手続きの帰り、お弁当を買いに行っていたらしい。
だが運悪く、俺がシーラちゃんとキャバレークラブに入店するのを目撃してしまった。
ルリちゃんはショックで家に戻って泣いてしまっていたらしい。

…しかも、だ。

100万円をおろしていることも、
開業手続きの最中、確認してしまっていた。
つまり、俺は、

・仕事と偽ってルリちゃんの誘いを断り
・大事な資金を100万円着服し
・別の女性とキャバレークラブに行った

…ということになってしまったらしい。

考えうる限り、最悪のパターンだった…。
嫌な汗が全身を伝った。

「…あ、あの俺…な、なにもしてないから…」

「…」

「ほ、ほらおろしたお金はここにあるし」

「…ホントはもう100万円、隠し持っていたんでしょ?」

…だめだ、ルリちゃんが冷静さを失っている…。
本当に金を隠し持っていたならそっちを使う、という事実を見失っている…。
いや、彼女の中では「あてつけにあえて100万円をおろした」と、
ストーリーが出来上がっているのかもしれない。
…変に頭が冴えてしまっている自分が、いる。
それでも、状況を打破する言い訳など思いつくことなどできるわけもなく…。

「アキトさんのバカーーーーーッ!

 浮気者ーーーーーーーーッ!

 ユリカさんに謝ってくださーーーーーーーーいッ!!」


「誤解だってばーーーーーーーッ!」






・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。






…結局、俺が泣いて謝るまでルリちゃんは許してくれなかった。
ルリちゃんは段々興奮が収まったのか最終的に、

「アキトさんお酒ダメですし、
女の人と付き合う甲斐性があったら、
私を抱いてくれるはずですから。
単にいつものお人よしだったんですね」

と一人で勝手に納得して、うんうんと頷いていた。
そのしぐさがユリカによく似ていた。
…見た目だけじゃなく、しぐさと思考までユリカに似ることないんだけどな。
そこまで俺の事が分かってても、感情が爆発するとこうなっちゃうのか。
…こんな事はもう二度としないように…相談してから動こう。
そして………ルリちゃんだけは、怒らせないようにしよう。

「あ、明日は時間取れます?
ちょっとくらい、サービスしてくれますよね?」

………勘弁してくれ。
ルリちゃん、とるところはしっかりとるつもりらしい。
俺はもちろん、うなずくしかなかった。
ぎゃふん。
















〇ネルガル秘匿研究所

「実験体が…笑った?」

「バカな。
生まれてから一度も目をあけていないんだぞ?」

「…気のせい、か」

試験管のようなカプセルの中で漂う、ラピス。
彼女の口元が、少し微笑んだように見えた。

(ア…キト…)

ラピスは、未だ夢の中に居た。
















〇作者あとがき

どうもこんばんわ。武説草です。
何が悪いの?貧乏が全部悪いんや…。
というわけで、PMC準備資金繰り編、パート2です。
アキトが勝手に突っ走って情けないことになる展開が割と好きマンです。
それと「時の流れに・reload」のキャラである、
「マエノヒロシゲ」と「シーラカシス」は再構成キャラで登場してもらうことにしました。
再生怪人ではないですが、さすがに弱体化というか調整済みです。
秒間16連発のビンタという、0.2青銅聖闘士分くらいのビンタはご愛敬です。
逆行アキト、だいぶマイルドバージョンが行く末はどこへ?
ユリカ化が進行しつつあるルリは果たしてどうなる?
そもそもPMCマルスを立ち上げてナデシコに乗り込むことはできるのか?
そしてど派手な美人の常連さんは一体何者なのか?
そんなわけで次回へ~~~ッ!





〇代理人様への返信

>カロリーについての言及
うまく吸収出来てしまった場合、
体への影響もさることながら、
普通は消化器官もきっとえらいことになってますよね。
胃もたれでは絶対済まない。
一応ネタは仕込んでいるとはいえ、
ノリでゴールドアームさんのハルナ嬢よりは小食、というレベルに
してしまったのはちょっと反省です。
冷静に計算したら、
4キロのステーキ=通常のステーキが200グラムくらいと考えると、
20人前は食べている計算になりますね、たしかにw
さすがに毎食は食べてないってことでひとつ(どうにもならんわ)。






~次回予告~

変わる、変わる、変わる!
生きていれば人は変わる!
必要とあれば守銭奴にだって人はなる!
コインの音だって聞き逃さなくなる!
金がないのって…本当につらいよ!男はつらいよ!
我を支配するは金か、権力か!
果してアキトは資本主義の下敷きにならずに済むのか!?

「あの、そこまで貧困になってはいないんですけど…」

そんなルリルリはさておいて、
宝くじを買う時は必ず一枚は当たる十枚単位で購入する作者が贈る、
アサルトコンバットパターン5なナデシコ二次創作、


『機動戦艦ナデシコD』
第五話:drillion money-巨額のお金-



をみんなで見よう!























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代理人の感想 
神は言った。
銭の華は血のように赤い!(違)

いやほんと戦争は金食い虫。
戦争で潤う人間がいるのもそりゃ当然ですわー。
黒い幽霊ってアイコンを産み出した石ノ森先生は偉大だった。



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