──私は興奮と熱に浮かされて頬を赤くしていました。
私とアキトさんは一糸まとわぬ姿でお互いに向き合い…。
ベットの上で見つめ合っていました…。
私は腰が引けてしまいそうになるのを、かろうじて抑えています。
これからすることは、とても罪深い事。
でも…そうしなければ私はきっと生きていけません。
今の私にはアキトさんしか見えないんですから…。

「ユリちゃん…ごめん、もう我慢できないんだ…」

「アキトさん…私も…もう…」

アキトさんが私に迫ってきて…。
ああ…ずうっと前からこうしたかった…。
ユリカさんごめんなさい─。
…私…幸せになります…。

そして…私達は…。


















〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─ユリ

甘美な光景が、消え失せて…。
ただ鳥たちのさえずりのみが聞こえてきて、
カーテンからわずかに差し込む光が、私の意識を現実へと引き戻しました。

「夢…」

そう…ですよね…。
私とアキトさんそこまで進んでませんし…。
昨日はアキトさんが、ホシノアキトの人格と入れ替わってて…はぁ…。
そこまで思い出すと私はため息を吐いて起き上がろうとしたのですが…。

「あんっ」

何か刺激があって、変な声を上げてしまいました。
…あれ?布団の下に…。
そうっと布団をのぞき込むと…。

「ちゅっ…ちゅっ…」

…私の乳房を咥えたアキトが居ました。
あの夢はこのせい…ってそうじゃなくて!

「何してんですか!アキトッ!!

 バカーーーーーッ!!」 

バチーン! 

私の声に驚いたのか乳房を離れたアキト。
アキトは目をぱちくりとして状況がつかめないようですが、
私はほぼ反射的に平手打ちをたたきつけていました…。

…勘弁して。

















『機動戦艦ナデシコD』
第九話:deposit-積み重ねていく-


















〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─ユリ

──私はアキトに5分ほど説教をしたところで、ようやく怒りが収まってきました。
アキトは私の平手打ちを喰らって、大きな椛マークが左の頬に刻まれています。
私もちょっと泣きたいところがありますが、べそをかいているアキトを見ると涙が引っ込みますね。
こんな情けない『ホシノアキト』の姿を見れるのはちょっとレアかもしれませんけど、
あんまり嬉しくないです。

「ひぐ…ユリさんひどいよ…。
 そんなに怒らないでもいいのに…。
 いつもこうして寝ていても怒らないのに…」

「む、昔はそうかもしれないですけど今は違うんですッ!」

…ちょっと油断しすぎてました。
ホシノアキトという人間の未熟さ、アンバランスさを知っているつもりでしたが、
ホシノユリがここまで甘やかしているというのは想定外でした。
いえ、普通の育ち方をできてないので仕方ないというのはあるんですが…。
私の育ての親はひどかったとは思いますが、この状態になるよりはずっとマシだとは思います…。

「最近のユリさん、ちょっと冷たい…」

「これが普通なんですッ!」

…アキトさんがいつ戻ってくるかわからない以上、
多少常識を仕込んでおかなければ、やっぱり苦労するのは私です。
正直、アキトさん関係でこんなに苦労するとは全く考えていなかったです。
…はぁ。

「ユリさん、朝のおさんぽ行こうよ」

「はいはい」

今度は子供というか犬っぽいですね。
まあ、アキトという人間を知るにはちょうどいいかもしれません。
…ただ、いろいろ気を付けないといけないですけど。
















〇地球・佐世保市・大公園─ユリ

「ねえ、ユリさん…この帽子暑いよぉ…。
 サングラスかけてたら周りが良く見えないよぉ…」

「我慢してくださいよ…もう…」

アキトは呆れるくらい文句が多いです。
これくらいの変装をしていないとすぐに気づかれてしまうのですが…。
髪の色が見えないように黒のニット帽をかぶせて、
さらにサングラスで目の色が見えないようにしています。
私も長い髪をお団子にしてシニョンキャップをかぶせています。眼鏡もしています。
このシニョンキャップは家にあったものです。
私の育ての両親はどうやら中国系のようで、そのせいで中華鍋の振るい方も知っているみたいです。
アキトさんからの情報で、だいぶ断片的なのですけど。

「ひゃっほー!すごいこげるよー!」

「あ、アキト…お願いだから目立たないで…」

「えーどうしてー?」

アキトはアキトさんが鍛えた体力で全力でブランコをこいでいて、危ない状態です。
そろそろ通勤時間帯なので公園も人通りがあまりないのでまだ良いのですが…。
…頭を打ったらアキトさんに戻るのでは?
と、一瞬考えましたがさすがに危険すぎるので却下しました。

がっちょんっ!

「うわーーーーーっ!?」

「ああっ、やっぱり!」

しゅたっ!

アキトは全力でブランコからぶっとんで、5メートルくらい上空に吹っ飛んでしまいました。
…が、アキトさんのクセが残っていたのか、うまく受け身が取れました。
良かった…。

「おもしろーい!」

アキトは自分のほとんど無意識の受け身にはしゃいでいます。
…あんまりにも危険意識が低すぎますね。

「…いい加減にしないと、おしりペンペンしますよ」

「ひゃいっ!?ごめんなさい!!」

アキトを制止するために子供にふさわしい罰を提示したところ、平謝りしてきました。
何度か実際におしりペンペンされてますね、これは。
適度にこの罰は提示した方がよさそうですね。

















〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─ユリ

私は朝ご飯…半ばブランチですが、ご飯を作ろうと考えました。
ただホシノユリのレパートリーが分からないので、アキトに聞いたところ、
四川本格中華料理の名前ばかり出てくるので…調味料も足りないので、すぐにはできそうにないですね…。
情けないことですが、今日はストックしておいたレトルトの料理を並べることになりました…。

「こういうのあんまり食べたことないけどおいしーねー」

「それはよかった…」

とはいえさすがに情けないので…私もアキトさんが戻ってきたときの為にも、
私も料理の練習をしておきましょうか…いつ戻れるのか分かりませんし。
…ただ四川中華料理というのはさすがになじみがなすぎて困りますが、
鍋の振るい方を身体が覚えているなら、何とかなるかもしれません。
それにしても、ホシノユリは手作り料理にこだわっていたようですね。
この大きな子供の面倒を見ながらでは中々出来ることではありません。
…アキトさんに嫉妬したアキトじゃないですが、
もう少し落ち着いたら見習わないと…。

「あ、ゲキガンガーの時間だ!」

アキトは食事を終えると佐世保の地方テレビにチャンネルを合わせて、
正座でゲキガンガーを見始めました。
…そういえばゲキガンガーグッズが置いてあったりしましたね。
まあ、いいんですけど。
そういえば今はアキトの事ですっかり手一杯になっていますが、
ミスマル提督…ミスマル父さんに、一声くらいは連絡しておいた方がいいですね。
きっと私が逃げるように出ていってしまって、気落ちさせてしまったはずです。
ミスマル家の娘になるという決心はついていますし、
アキトの事が一段落したら挨拶に行こうと考えてます。
少し心細いので…ミスマル父さんの声が聞きたいですし…。
私は端末を手に取って、意を決してボタンを押しました。
















〇地球・東京都立川市・ミスマル提督邸─ユリカ

私はいっぱいに入ってくる日の光にまぶしさで目覚める。
うー…夜更かししすぎちゃった…。
目覚まし時計かけわすれたかな?
と思って見てみると、ちゃんと動いてたけど無意識に止めちゃったみたい…。

「ふあぁぁぁ…」

いくらお休みだからってゲームをしすぎるのは良くないよね、うん。
お肌に良くないし、うら若い乙女が徹夜でゲームなんて人に話せないもん。
目をこすりながら居間に向かうと、お父様の声が聞こえた。

「おお!良かった!
 うむうむ。
 落ち着いたらでいいから必ず顔を出してほしい!」

誰と電話しているのかな?
何か嬉しそうに聞こえるから…昔の友達かな?
戸を開けてみると、お父様は端末を操作して通話を終えていた。

「ふあぁ…お父様おはようございます」

「ユリカ、おはよう。
 だが、御寝坊さんは感心しないぞぉ?」

「ごめんなさい。
 でもお父様が勧めてくれたゲーム、
 すっごい面白いからついやりすぎちゃいました!
 えへへ」

「おお、ずいぶん進んだようだな」

お父様が勧めてくれたゲーム、

「銀河英雄伝説〜ラインハルトの野望〜」

このゲームは20世紀から続く人気シリーズの「信長の野望」シリーズの亜種で、
題材のせいか、特に艦隊戦に的を絞ったゲーム。
このゲームのすごいところは、軍の戦闘シミュレーターとほぼ同等のシステムなので、
ゲーム内で起こった戦闘はほぼそのまま現実の戦闘でも有効な戦術になりえること。
お父様が若い頃、戦艦で士官候補をしていたころ、
オートマ化され過ぎた戦艦で時間を持て余していたのでプレイしたところ、
遊んでいたはずなのに、艦長としての実力をメキメキあげたんだって。
私も士官学校で習った事がそのまま使えることもあって、面白くって仕方なかった。
ジュン君は途中で飽きてしまってやめちゃったけどね。
お父様も才能の有りそうな士官には片っ端から勧めているみたいだけど、
急にゲームを勧められて困惑する人のほうが多いみたい。
初めても簡単なラインハルト編をプレイして終わりの人が多いし。
もっとも、木星トカゲとの戦いでは過去の艦隊戦のままでは対応しきれないので、
私が艦を任される時に有効になるかは、分からないんだけど…。

「ヤン編は難しいですね、お父様」

「うむ。
 限られたリソースで、無茶振りに付き合わされるのがいかに大変か分かるだろう?」

「でも軍人は命令を受けたら拒絶できませんね…」

「うむ…。
 お前も今後、軍に入るなら悩まされることだ。
 よく考えておくことだな。
 それに軍は政治と相性が悪いが、どちらもなければならないものだ。
 ここを折り合いを付ける事が肝要だ。
 どちらも世間から嫌われやすいしな……」

お父様の言っていることは、実際に感じた。
私は「人殺しの娘」と悪口を言われたことがある。
だけど、現実問題として連合軍という地球勢力最大の軍隊を持ってなお、
人は戦争をやめられなかった。
主義主張を通すための戦争…。
不利な立場の国であれば、そういう道を選ばないといけないことは多い。
個人としての私は否定したいけど、
軍人としての私はそれが人類にはどうしても必要なものだと…知ってしまっている。
このギャップを埋めるのに、何年もかかった。

「それはそうと、お父様なにか嬉しい事があったんですか?
 先ほど、明るい声で電話をしてしたようですけど…」

「む?
 おお、そうだ!
 ぜひお前にも聞かせたい事だ!」

お父様はニコニコと笑って私を見つめた。

「ユリカ、お前が…士官学校を卒業する頃に話した事を覚えているか?
 お前には、本当は姉が居たということを」

「ええ、大人になったからと、私の出生をお話してくれました。
 不妊治療で…姉になるはずだった受精卵が、
 テロリストによって奪われたって…」

私の寝ぼけていたはずの脳細胞が活発になり、
次にお父様が言うことを即座に導き出した。

「お父様、見つかったんですか!?
 お姉様が!」

「うむ!
 …テロリストに奪われたのでは、助かっていないと思っていたのだが…。
 だが、生きていたんだ。
 もっとも…受精卵が使用されたのが大分後になってからなので、
 お前から見ると、一歳年下の妹にあたるんだ」

突然の事で、私も思考が追い付かなかった。
姉妹が私にできる。
私は一人娘じゃなくなるんだ。
嬉しさと、ほんの少し怖さのようなものもあったけど…。
でも、お父様がこんなに嬉しそう笑うのは、なかなか見られない。
…お父様、お母様が無くなってから私しか家族が居なくて、
時々寂しそうにしているのを見たことがあるもの…。
私も素直に喜ぼう。

「ほら、この子だよ」

お父様が雑誌を差し出すと、私によく似た女の子が、
静かな微笑みを浮かべて映っている姿が見えた。
とても鋭くクールな印象がありながら、
写真で見たお母様の笑顔の温かさを思い出す、不思議な笑顔。

「最近テレビによく出てた…PMCマルスのホシノユリですか?!」

「ああ。
 私も知って驚いたんだが…。
 どうやらミスマル家の血をこの子も濃く受け継いでいるらしい。
 まさか連合軍とは別に木星トカゲと戦う会社を立ち上げるとは…」

お父様の驚きはもっともだと思う。
木星トカゲは連合軍でも負けが込むほど強い。
物量差を使った飽和攻撃は、損耗を大きくしている。
チューリップがいつ攻撃してくるかわからないプレッシャーの大きさは、
まだ戦場に出ていない私には計り知れない。
…にもかかわらず、木星トカゲと個人で戦うなんて…。

「お父様、大丈夫なんですか?」

「ある程度連携をとって、危険を減らす努力はしようとは思っているが…。
 …この間話したんだが、どうも止められないようだ。
 ユリも、何か譲れないことがあるらしい」

私はやりきれない気持ちを抑えきれなかった。
このままでは、顔を見ないうちに…話す事もないまま…もしかしたら…。
私の妹、ユリちゃん…。
私の想像も出来ないほど、苦労して育ったんじゃないかって、気がする。
どんな子なのかもわからないうちに、木星トカゲと戦って死んでしまうかもしれないなんて…。
せっかく見つかった妹に…こんな無謀な戦いをしてほしくないと思うけど、
でも、危ないから戦わないで欲しい、なんて軍人の娘が言えることじゃない。
それならせめて…。

「…お父様、会いに行きましょう!
 私、後悔したくありません!!」

「そうしたいのはやまやまなんだが…。
 ユリもまだ会社の立ち上げの最中で忙しいそうなんだ。
 落ち着いたら、すぐ連絡をくれると言っているから。
 まずはユリカが落ち着くんだ」

「は、はい…」

私はお父様に言われて、深呼吸をする。
…でも、私は士官学校をようやく春に卒業したばかりで何も成し遂げていないのに、
妹のユリちゃんは、自分で会社を作って戦い始めようとしてるんだ…。
ちょっとだけ…自信失くしちゃうなぁ…。
















〇地球・ネルガル本社・会長室─エリナ

私はアカツキ君にアキト君の事を詳しく話した。
…露骨に落胆しているわね。

「テンカワ君が腑抜けになってしまったのは想定外だね。
 彼は結構根に持つタイプだから、手伝いくらいはしてくれると思ったんだが。
 しかもボソンジャンプもできない、マシンチャイルドのできそこないか。
 …僕の計画の役には立たないだろうね」

「…今のアキト君は、あなたの知るアキト君じゃないわ。
 あなたの言う通り腑抜けかもしれないけど…。
 未来を夢見ることを諦めていないわ」

「ま、それもいいさ。
 腑抜けてしまったならそのままでいたければそれでいい。
 それならナデシコには乗せない方がいいだろう…邪魔だからね」

アカツキ君は冷たくアキト君を戦力外に置いているみたい。
…何が起こるか分からないから、声くらいはかけると思っていたんだけど…。

「失礼します」

「どうしたんだい?」

「それが…監視するように言われたホシノ夫妻の事なのですが…」

会長室に入ってきたネルガルシークレットサービスの若い男…。
アカツキ君に先んじてアキト君たちの様子を見守るように命令した部署の社員ね。
彼は困惑している様子だった。

「どうしたの?」

「いえ、なにか様子がおかしいようで…」

若いシークレットサービスが、端末を見せる。
そこにはブランコではしゃいでいるアキト君の姿があった。

「ぷっ、なんだいこれは。
 まるで子供じゃないか」

「…なにこれ?
 幼児退行でも起こしたのかしら」

「はあ…テレビで見かけるホシノアキトの様子とも違いますし、
 気になったので報告をと…」

若いシークレットサービスは、控えめに報告の理由を告げた。
…この状態じゃ、さすがに危なっかしいわよね。

「良い判断だったわ。
 …少し危険な状態かもしれない。
 プロスペクターを派遣なさい。
 彼ならどんなケースにも対応できるはずよ」

「おいおい、エリナ君過保護なんじゃないかい?
 いくら『アキト君』だからって…」

「忘れたの?
 あの二人は新事業立ち上げのための巨額の資金調達を行ったのよ。
 何らかの勢力…暴力団が接触してきてもおかしくないのよ?」

「…そうきたか。
 確かに急激に隆盛した企業に付け入ろうとする連中は多いだろう。
 しかもハタチにも満たない二人を手玉にとれると判断するかもしれない」

そう。
企業に対してみかじめ料を請求する暴力団は珍しくない。
本来はエステバリスを持っている相手に暴力団がどうこうってことはないんだけど、
あの二人はエステバリスを持っていない。
それどころかアキト君が無力になってしまったら、抵抗も出来ない。

「誘拐程度なら普段のアキト君なら何とか切り抜けるかもしれないけど、
 理由は分からないにしても幼児退行を起こしているなら危険だわ」

私は端末を操作して、プロスペクターに連絡を取った。

















〇地球・佐世保市・スーパーマーケット『ベジータ』─ユリ

私は昼ごはんのあと、
しばらくアキトと話したりテレビを見たりして過ごしていましたが、
家にあった長期出張に備えて置いてあったレトルト食材を使いきってしまったので、
夕食の買い出しにアキトと出かけました。
料理の練習も兼ねて、色々買っておく必要がありますし。
…もっとも、うまく調理できる自信はまだありませんが。

「ユリさ──」

「しっ。声が大きいです。
 目立たないで下さい」

私はアキトさんほど目立つことはありませんが、
ユリという名前をアキトの声で言えば振り向く人も出てきます。
スーパーでも、警戒態勢をとるのは行き過ぎた対応ではありません。
…せめてアキトが普通に対応できればいいんですけど。

「はぁい…」

アキトはしょぼくれながら、そっと袋菓子をカートに入れました。
これを買っていいかどうか聞きたかったんでしょうね。

「アキト、あと二袋くらい買ってもいいです。
 ですから少し大人しくしててください」

「うん」

「…我慢ばかりさせてごめんなさい」

アキトは小さく首を振りました。

「僕こそ、頼りない子でごめんなさい…」

…なんていうか、こっちが悪いことをしているような気分にさせますね。
憎めない子だとは思いますが…この子といると、どうも調子が狂います。
言う事は素直に聞いてくれるのに、常識がない分フォローが難しくて、
ハーリー君より扱いづらいって言うか…。
アキトは薬物で強制的に成長させられ、実年齢がまだ8歳と聞きました。
仕方ないことばかりですが、対応しているとこっちがノイローゼになりそうです…。
はぁ…アキトさん、早く帰ってきて…。
















〇地球・佐世保市・市街地─アキト

僕は買い物の荷物を持ちながら、ユリさんと一緒に歩いていた。
…記憶障害になったユリさんは、ちょっと厳しい。
でも前と一緒で僕をしっかり見てくれている。
大切に思ってくれている。
だからいいんだけど、だけど…。
たまに、僕を見ているはずなのにどこか遠くの誰かを見ている気がする。
まるで僕なんかどうでも良いように…。
記憶障害だった頃の僕を恋しく思っているのかな…そんな気がする。
ユリさんは僕に「大切」と言ってくれた事はあるけど「好き」とは言わなかった。
…恋人同士だったのかな。
分からない…。

「アキト?どうかした?」

「う、ううん。なんでもない」

僕は無力だ…なんにもできない子供だって良く分かってる…。
まだ僕は8歳で、同い年の子と遊びたいって思う。
でも、そんなことをしたらいけないって分かってる…。
僕の見た目は18歳…同じような遊び方をしたらけがをさせてしまうから…。
研究所の暮らしよりずっと幸せだけど、ユリさんに迷惑をかけているって分かってる。
どうしたらいいんだろ…。

──そんなことを考えていたら、目の前にあの人が現れたんだ。

額に汗を浮かべながら、一生懸命に自転車で駆けていく人。
人通りが多い中、出前の岡持ちを荷台に乗せて走っていた、彼。
僕と全く同じ顔をした彼は、僕などに目を向けずに、走り去った。

「あれは…あの人は…」

「アキト」

ユリさんの声に、僕はついびくっと体を震わせてしまった。
怒られるのかな…。

「立ち止まっていると危ないですよ」

「…あ、うん」

ユリさんは何事もなかったかのように僕の手を引いた。
…けど、それがかえって僕の意識を彼に向けさせた。
周りに人が居なくなり始めたところで、疑問をぶつけた。

「…今の人、僕にそっくりだったね」

「…そうですね」

「僕はクローンなんだよね…。
 もしかしたらあの人が──」

「ただの他人の空似です。
 そんなこと、あるわけないでしょう?
 あなたのオリジナルは火星に居るんです。
 …もう、死んでいるはずです」

「だけど、だけど!」

声を荒げたところで、ユリさんは立ち止まって僕の前に立った。

「…仮に、あの人があなたのオリジナルだったとして、
 何なんですか?
 何を話すんですか?
 どうしたいんですか?」

「え…」

ユリさんの問いかけに僕は固まってしまった。
何を話す?どうしたい?考えてもみなかった…。
研究所の人が、それとなく僕をクローンであると言ってたことがあった。
その時は何とも思わなかったけど話す機会があったら、
なんとなく兄弟のようなものになれる気がした。
こんなに、似ているんだから…。

でも…僕は試験管の中で生まれた。
お父さんもお母さんもいるオリジナルとは違う…。
それは分かっていたけど…。

「わかんない…けど…」

「けど?」

「…僕が普通に生まれていたらどうだったのか、知りたいんだ…。
 そうすれば…無力な僕に何ができるのか、
 なにか見えるかもしれないから…」

僕のどうしようもないこの状態から、這い上がる方法がほしかった。
ユリさんに迷惑をかけてばかりの僕が、
「複製品」ではなく「一人の人間」になる方法が、分かる気がした。
知ったところで…生き方まで複製品になってしまうのかもしれないけど…。
辛うじて…兄弟とは言えなくても、ユリさん以外に頼れる人がほしかった。
どんなに小さな縁でも、多くあれば人間らしくなれるような気がしていたから…。

「……。
 あの人は確かにあなたのオリジナル、テンカワアキトです。
 でも…出会ってはいけない」

「どうして!?」

「アキトさんと兄弟だったら、
 『会えない兄弟が会えてよかったね』で終わりです。
 でも、アキトさんの両親も、アキトさんもあなたの事は知りません。
 アキトさんは急に自分と同じ姿をした、
 自分が居なければ生まれなかった命を…背負うんです」

「わかんないよっ!

 それの何がいけないの!?」

僕には分からなかった。
僕は生まれたくて生まれたんじゃない。
大人のせいで生まれた、できそこないの人間だって自覚がある。
オリジナルに責任を背負わせるくらい許されていいと思うのに…。

「自分にも、自分の親にも責任がないことを背負わされるのは、つらいんです。
 …いいじゃないですか、私が居るんだから。
 時間をかければきっと何か見つかります。
 カンニングしてまで無理に見つける必要はありませんよ」

僕は顔が真っ赤になっていると思う。
ユリさんにそんなことを言われたくないって思う。
だって、ユリさんには…。


「そんなの勝手だよ!

 だってユリさんには血のつながったお父さんが見つかったじゃんか!

 僕には何にもないんだよ!?

 ひどいよ!!」



「…あ」

僕がゲキガンガーを見て居た時、
ユリさんが電話をしているのが妙にはっきり聞こえた。
そしてすぐに確信した。ユリさんは自分の本当の家族を見つけたんだって。
凄く羨ましかった。
普通の家庭に育って、僕よりいろんなことができて、
育ての親を失っても本当の家族がまだ居て…。
羨ましかった僕は、聞こえていたのに祝福できなかった。
その時、嫉妬するのを我慢しているだけで精いっぱいだった…。

そして今、ユリさんは呆気にとられているみたい。
でも…僕の気持ちは収まらなかった。
どうしていいかわからなくて、買い物袋を投げ出して走り出した。

「ま、待ってアキト!!」

僕はユリさんの言う事を聞けなかった。

















〇地球・佐世保市・市街地─ユリ

私は走っていくアキトを、かろうじて追いかけています。
…失敗しました、ヒールで来てしまった事を後悔しています。
でもそれ以上に…この時代のアキトさんに負担をかけたくないというエゴで、
アキトの気持ちを踏みにじってしまった事が、大失敗です。
育児ノイローゼではありませんが、
アキトの扱いでストレスが溜まって、苛立って乱暴な物言いをしてしまった…。
私も反省が足りません。
この間、同じことでアキトさんを傷つけたばかりだっていうのに…。
ただ、アキトもまだ迷っているのかいつもの健脚も鈍っている様子です。
まだ頑張れば間に合います。


















〇地球・佐世保市・郊外・河原─ユリ

「ぜえっ…はぁっ…ぜぇ…」

それから20分ほどでしょうか。
私達は…いえ、私が膝をついてダウンしたところで、
アキトはようやく振り向いてくれました。
ここは…ちょうどアキトさんとボソンジャンプしてきた場所ですね…。
アキトは走り続けて少し気が晴れたのか、冷静な表情で…。
いえ、しょぼくれた顔で私を見ています。

「…ごめんなさい、ユリさん。
 また、同じこと繰り返しちゃったね…」

「い…いいんです…けほっ。
 悪いのは…私です…」

「ううん。
 ユリさんが…この場所で、
 クローンだから、できそこないだからっていじけていた僕を…。
 どんな形でも生まれた命を大事にしてほしいって…。
 励ましてくれた時、嬉しくて…もっと頑張ろうって思ったのに、
 こんなことしてちゃだめだよね…」

私は呼吸を整えながらアキトの話を聞いています。
なるほど…そんなことが。
アキトとホシノユリの信頼関係は、本当に深いみたいですね…。

「僕は研究所の外に出るのが夢だった。
 ユリさんが叶えてくれた時は、生まれて初めてうれし泣きした。
 …そこまでしてくれた人なのに、わがまま言ってごめんなさい」

「わがままなんかじゃありません。
 あなたの気持ちは…分かります」

私の過去にダブるこのアキトの人生…。
自分の出生を知りたい、家族に会いたい。
そんな気持ちは私も分かる。
私は何者なのか分からないのは辛いですから…。

「…一緒に、アキトさんに会いに行きましょう。
 クローンってことを知られなければ大丈夫ですから」

「ホント!?」

「ええ」

「やったぁ!!」

アキトはさっきまでの落ち込みが嘘のようにはしゃいで居ます。
…私も気転が効かないですね。
さっきもこういう風に言えばよかったんです。

──そんなことを考えていたらこの時間には人気のないはずのこの土手に、
人が集まっている事に気がつきました。
人相の悪い人達です…5人…いえ6人ほどいます。
…良くない雰囲気です。
アキトに必死に追いつこうとしていたせいで、
彼らの尾行に気がつけなかったようです。

「ホシノアキトと、ホシノユリか?」

「な、なんだよう!」

一人の男が私に迫ると、アキトはとっさに私をかばうように立ちはだかりました。
しかし、男はアキトのみぞおちに向かって拳を打ちつけました。

ドスッ!!

「ぐあっ!?」

「アキト!!」

アキトは腹を押さえてひざをつきました。
男たちはくつくつと笑っています。

「情けない奴だ。
 運動神経はいいらしいがこんなもんか」

「あ、あなたたち何を!?」

「うちの組長がな、
 このシマで会社始めるのに挨拶の一つもねぇって怒ってんだ。
 だから挨拶に来てもらおうと思ってな」

この人達…みかじめ料目的で私達に近づいて来たようです。
…タイミングが最悪です。
アキトではなく、アキトさんならこんな人達わけないんですが…。
っ!
私を人質にするつもりなのか、私の両腕を掴んで車に引きこもうと…。

「はなっ…離してください!!」

「組長直々に会ってくれるそうだからよ。
 ま、悪くおもいなさんな。
 組長に素直にうなずいてくれりゃ、綺麗な体で帰れるぜ」

最ッ低な人達…。
でもここで抵抗すればアキトが…。
アキトは周りの人に囲まれて、踏まれています。
まだけがをするような苛烈なものではありませんが…このままじゃ…。

「アキト!逃げて!

 私は大丈夫だからお願い逃げてーーーーッ!!」

この人達の言うことを聞けば私は無事に帰れる…かはわかりませんが、
アキトは私が連れられた後、怪我無くいられるか分かりません…。
アキトはアキトさんを抱えている状態です。
なんとか無事で居てほしい…。

「オラ、黙れってんだ!」

バチン!バチンッ!

男が私の頬を平手打ちで殴打してきます。
苦痛に、私も涙目になって黙り込むしかありません…。
私は車に乗せられて…。
アキト…無事でいて…。
















〇地球・佐世保市・郊外・河原─アキト

ユリ…さん…。
僕は、もう動けそうにない…。
みぞおちにパンチを喰らって…今も僕の心を折ろうとする男たちに足蹴にされて…。
情けない…。
どうして僕は…何も出来ない…。

「アキト!逃げて!

 私は大丈夫だからお願い逃げてーーーーッ!!」

ユリさんが、僕を気遣っている…無理をして…。
いや…?




ユリカ…?


あれは、ユリカ…。


助けたはずなのにどうして…。


また連れ去られて…。


──まただ。


また、こうなるのか。


ユリカは俺が力がないばかりに、また実験台にされるのか?


そんなのは……お断りだ!





バッ!!

「な、なんだ!?」

男たちは俺が足元から消えた事に驚いて周りを見回している。

「邪魔だ」

バキッ!

俺の拳が一人の男の後頭部に直撃し、昏倒させた。
…情けない威力だ。

「退け…」

「ひ、ひいいいい!!」

「バカ!しっかりしろ!
 相手は一人だ!」

「だ、だ、だけどよぉ!」

この男は俺の殺気をしっかり感じ取れたようだ。
それでも懸命な判断の出来ない数名は、俺に襲い掛かるために迫っている。
…だが、そんな時間はない。
ユリカを連れ去った車を見失ってしまう。

「…俺は退けと言った」

「う、うわあああ!?」

怯えた男が居る場所から包囲を突破し、
俺は車を追った。

「逃がすな!追いかけるぞ!」
















〇地球・佐世保市・郊外・自動車道・自動車内─ユリ

「お、おい!あいつ追ってくるぞ!?」

「な…じ、時速60キロだぞ!!?」

「あ、アキト…」

いえ、違います。
あの動き、そして黒い髪…変装用のサングラスまでしています。
あれは、アキトさん!?
それもボソンジャンプでこの時代に来る前の…!?

「何してるッ!飛ばせぇっ!」

「は、はい!」

私は何が起こっているか把握できないまま、車に揺られていることしかできません…。
ただ、この車のスピードに追い付くほどの速さでアキトさんは追ってきています。
まさか記憶が混濁して、私をユリカさんと勘違いしてるんじゃ…。

「ユリカーーーーーッ!!」

ああっ、やっぱり!?

「事務所まで引き込め!袋叩きにするぞ!」

…若頭といった風貌の男が、見当はずれな事を言っています。
恐らくあの状態のアキトさん相手では、命が何個あっても足りないでしょう…。
アキトさん…殺さずにすむでしょうか…。
















〇地球・佐世保市・市街地─アキト

ち…スピードを上げたか。
さすがに生身では追いつけん。
あそこにあるのは…雪谷食堂。
俺の昔乗ってた自転車があるな…何故だ?
まあ…いいか…。

「テンカワ、お前何してんだ?」

「サイゾウさん、ちょっと行ってきます」

「おま、買い物はどうした!?」

サイゾウさんの言う事に逆らいたくはないが、
悪いが聞いてる暇なんてあるか。
俺は自転車をこぎ出して車を追った。

「おーーーーい!スープの素買ってこいよーーーー!」

「サイゾウさん、買ってきましたけど」

「は?」
















〇地球・佐世保・暴力団本部事務所─ユリ

「ほらっ、さっさと連れてけ!
 おっつかれるぞ!」

「ッス!」

私は男たちに連れられて事務所の中に入りました。
…シンプルですが、妙に凄みのある内装…刀とか仁義の書とか、置いてますね。
組長は余裕の表情で私を見ています。

「PMCマルスのホシノユリ君だね…お噂はかねがね…」

「…こんな小娘ひとり連れてくるのに、大げさじゃありませんか?」

「いやぁ、ホシノアキト君がそれなりに戦えるという噂を聞いたからね」

この組長、紳士ぶってますが指輪やネックレスなどの装飾品の成金趣味がなんだか嫌です。
一見すれば組はそれほど大きくないようですが…今時は事務所を構えるより、
潜伏しやすいようにいろんな拠点に隠れるようにしているそうですから、
ここだけが主軸ではないのでしょう。

「まあ、私達も鬼ではない。
 率直に言おう。
 綺麗な体で帰りたかったら、5000万円…用意してもらおうか?」

「ヤクザさんのみかじめ料にしては少し高すぎませんか?」

「50億集めておいて何を言うかと思えば…」

「これは私が稼いだお金じゃありません。
 …それより、いいんですか?」

「は?何が…」

「ここ…もう危ないと思うんですけど…」

ドゴッ!!

「く、くみちょぉ…」

ドアを蹴破って、アキトさんが来てくれました…。
が、あまりいい格好ではありません。
何しろ、入った瞬間の待ち伏せを警戒してか、
一人の男を首を絞めながら盾にするように入ってきているのですから…。

「ユリカを返してもらおうか」















〇地球・佐世保・暴力団本部事務所前─プロスペクター

私はエリナ秘書の指示で佐世保に到着すると共に、
監視をしていた部下からの連絡で車を飛ばしてきました。
車内で説明された保護対象のホシノアキトさんの状況は、
聞いている私が混乱するほど一貫性がなく、
ホシノアキトさん自身が混乱をしているように思えます。
どうも態度も様子も二転三転しているようで、気がかりですねぇ。
彼は私のかつての友人、
テンカワ博士の息子であるテンカワアキトのクローンとは聞き及んでいますが…。
芸能界で活躍後、幼児退行したかと思えば、
ユリさんを誘拐したヤクザを追いかけて激闘しているとは。
…とはいえ、彼の経歴からすれば幼児退行している姿の方が彼らしいのですが…。

「プロスさん、ここです!」

車が停車すると、私は飛び出て組の事務所に乗り込もうとしましたが…。
…おっと、最初にホシノアキトさんが蹴散らした男たちが追い付いて先に事務所に入っていきますね。
これは応援に行かなければ…と思って事務所に入ると、
既に勝敗は決していたようですね。

ボキッ!

「ぐあぁぁああぁあ〜〜〜〜〜ッ!!

 や、やめてくれぇええ〜〜〜〜〜〜!!」


「アキトさんやりすぎです!もうやめて下さい!!

 死んじゃいますよ!!」

組長の手の指を一本ずつへし折っているホシノアキトさん…。
…いけませんねぇ、過剰防衛じゃすみませんよ。これじゃぁ。

「くっくっく…殺す?
 殺すわけないだろ…生まれたことを後悔するぐらい痛めつけて…。
 二度とお前に手を出さないように教育しなきゃな…」

「私は大丈夫ですから!もうやめて下さいっ!」

「…ユリカ、お前はいつからルリちゃんになったんだ?
 そんな喋り方をするなんて」

「ユリカさんは死にました!

 いい加減に目を覚ましてくださいッ!!」

パァンッ!

「お前…ユリカでもルリちゃんでもないな。
 ならお前は…なんだ?
 ヤマサキの作ったできそこないか?
 それとも…」

パァンッ!

ホシノユリさんが平手打ちを何度も浴びせています。
これは…修羅場ですね。
ホシノアキトさんはどうも何かしらの精神的ショックで混乱をしているようです。
このままではホシノユリさんすら傷つけてしまうかもしれませんねぇ。
いやはや、お二人にはとりあえず無傷で居てほしいのですが。

「…ッッッ。

 いい加減にしろッ!」


「あなたこそ!

 ユリカさんのためじゃなく、

 人を傷つけるのを喜ぶサディストの癖にッ!」


「このッ!!」


「おやめなさいッ!!」


パシッ!

ホシノアキトさんは平手打ちを返そうとしていたようですが、
辛うじて止めることが出来ました。

「邪魔をするなプロス!」

「おやおや、私とあなたは初対面のはずですが?
 まあ、会長達が教えたのかもしれませんけども」

このホシノアキトさんが不自然すぎることばかりしているのは、
何かしら事情あってのことかとは思いますが…。

「ホシノユリさん!」

「は、はい!」

「ご主人を大人しくさせる為に、
 重傷にはならない程度に少し痛めつけます。
 よろしいですか?」

「…お願いします」

ホシノユリさんは深々と私に礼をしました。
了解が取れれば、容赦する必要はありません。
無傷は無理かもしれませんが、
3日以上寝込むようなけがをさせるつもりもありません。

「…殺してやるッ!!」

「…あなた、本当にホシノアキトですか?
 見た目が合致しませんし、やることなすことおかしいです。
 研究所の報告によれば…あなたの心も技術も、
 特徴的な白い髪と同じく…降り積もったばかりの雪のようにまっさらのはずです。
 その力をどこで…いえ、どこかで入れ替わったのですか?」

「俺はッ…テンカワアキトだッ!!」

シュバッ!シュッ!シュッ!シュッ!

っと!
私を襲う鋭いパンチの雨あられ…しかし。
何というか技術的には全く見るべきところがないというか…。
単なる子供の駄々っ子パンチというか、つまらないパンチですねぇ。
チンピラを蹴散らすには十分かと思いますが…。

バッ…ドスンッ!

「ぐはっ!?」

「単調なんですよ、その拳は」

私はホシノアキトさんのパンチをかわし、一本背負いで投げ飛ばします。
私のような護身術しか使えないような半端な者でも、
心得が少しでもあればこの程度の攻撃は防げてしまいます。
このホシノアキトさんは、武術体術の心得はあるようですが、どういうわけかそれを使いません。
まさか、こんな幼稚な攻撃をすることにこだわっているわけではないはずですが…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

ブンッ!ブンッ!

「このっ!このっ!」

──そろそろ10分ほど経ったでしょうか。
先ほどのパンチが、鈍さを伴って来ました。
空振りを繰り返させ、実力差を感じてきたのか、
だんだんと、凶暴性が落ち着いてきたようにも見えますね。
それに伴ってか、だんだんと髪の色が白くなり始めています。
そして──。

「よしなさい!」

ドンッ!

「ぐうっ」

私は体当たりでホシノアキトさんを転ばせます。
この10分の間、時折ホシノアキトさんにダウンを奪う攻撃を放っています。
これは意外に思うかもしれませんが、喧嘩の時に一番辛いのは、
手痛い攻撃を喰らうことよりも、何度も転ばされて起き上がることが辛いのです。
手痛い攻撃は相手の闘志を呼び起こす場合がありますが、
自分の自重を何度も起こすのは、体力が想像以上に必要です。

「分かりましたか?
 思想も技もない力など無力!
 あなたはかなりの技をお持ちのようですが…なぜかそれを使わない。
 本来であれば私の護身術など通用しないであろうあなたが…。
 私ごときに捌かれるような技を繰り出し続けるとは、
 あきれ果てますよ」

「クソッ!」

ホシノアキトさんは、私の言葉が聞こえていないかのように、
猪突猛進という様子で最後の体当たりを仕掛けてきました。

「いいかげんに…しなさーいっ!」

私はフェイントから、全体重を乗せたスライディングでホシノアキトさんを転ばせます。
そのまま、うつぶせの体制をとらせ、頭を両手でホールドする─
いわゆるプロレス技のキャメルクラッチで捕らえ、抑え込みます。

「むぐっ!むぐうぅうぅ!!」

「ユリさん、ちょっと手伝ってください」

「は、はい」

ユリさんを呼ぶと、ホシノアキトさんの前に立ってもらいます。

「人の痛みも分からないような、
 聞き分けのない子には、げんこつをあげてください。
 教育的指導です!」

「で、でも」

「甘やかさない!」

「は…はいッ!」

ゴチンッ!

ユリさんは私の言葉にしたがって、強く拳を固めると、
できる限りの力でホシノアキトさんの脳天に拳をたたき込みました。
ユリさんは加減が分からなかったようで、自分の拳をさすって痛がっています。
もがいていたホシノアキトさんでしたが──げんこつの一撃を受けると、
大人しくなって、べそをかいてますね…。
もう、大丈夫でしょう。

「ぐず…ユリさんひどいや…」

「あ、アキト?!」

「どうやら正気にもどったようですね。
 これで一件落着…とは言えませんね…」

ホシノアキトさんは幼児退行の状態に戻ったようですね。
幼児退行の件から考えてげんこつが一番効果があると思いました。
…とはいえ周りを見るとまさに死屍累々の状態です。
幸い死者は出ていないようですが、このままでは二人も御縄です。
被害者であるとはいえ、やりすぎていますからね。

「お二人とも、どうしますか?」

「え?」

「ぐず、ぐすっ…」

「このまま警察に取り調べを受けるか、
 証拠を隠滅して逃げるか…どうです?」

「あ…証拠隠滅をとっていただけると助かります…」

ユリさんも想定外だったようですね。
被害者意識の方が先に来てしまって、
ホシノアキトさんの暴力沙汰が頭になかったようです。

「とりあえず、現場の処理は一度置いておいて…
 この場に居る人達の今夜の記憶を消し去ってしまいましょう」

「そんなことできるんですか!?」

「お任せください。
 会計士は帳尻合わせが得意なんです。
 彼らには怪我であなたたちへ償ってもらいましょう」

「…すみません、何から何まで」

「いえいえ。
 死人が出て居なければなんとでもなります。
 どうってことはありません。
 ここも監視カメラの類はおいてないですし、良いでしょう」

思い切り隠蔽工作ですが仕事を完遂するには、こういう手順も必要です。
普段は不本意な隠蔽もありますが、今回はいいでしょう。
あのレベルの有名人が暴力団とのトラブル…それも相手を一方的に壊滅させる、
というのはあまりにも問題があります。
今回については明らかに相手の方が悪いですし、ねぇ。

「お二人を先にお送りします。
 後片付けはお任せ下さい」

お二人を部下に守らせながら、事務所を後にしてもらいました。
…いろいろホシノアキトさんの発言や行動は不可解なところがありますが、
会長秘書からあまり踏み込まないように命令を受けていますし、
私が彼らのプライベートを詮索する必要もないでしょう。
何しろ、お仕事ですから。














〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─ユリ

私達はタクシーを拾って家にもどりました。
そして疲れて眠っているアキトを横目に、エリナさんにお礼の電話を入れました。
…が。

『私に信用がないのはいいけどねぇ!
 あんた一人でなんでもできるわけないんだから、
 早めに相談しなさいよね!
 社会人の基本よ、報連相は!!』

「…すみません」

…私、ネルガルの社員じゃないんだけど。
でも、異論を挟める状態じゃなかったから素直に謝りました。
端末を切ると、私も畳に寝転んで今日を振り返ります。
…色々散々な一日でした、まったく。
アキトさんも戻ってきませんし。
シャワーだけ浴びて、眠りましょうか…。

・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

バスルームから出てきた私を、正座したアキトが出迎えてくれました。
…いえ、そんなことは望んでないんですけど…。

「あ、あのさ…ユリちゃん…ごめんね。
 今日は…すっごい迷惑かけてさ…」

「あ…あ…」

いえ…これはアキトじゃありません…。
アキトさん…それもいつもの、私のアキトさんです…!

「…アキトさぁぁあぁんッ!」

私はアキトさんに飛びつきました。
バスタオルがはだけそうになっても、気にしません。
もう会えないかもしれないって、不安だったけど…。
でも…でも…戻ってきてくれた…!
嬉しい…!












〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─アキト

ユリちゃんは俺に抱き付いてぽろぽろと涙を流してくれた。
…ひどいことをたくさん言ったし、
俺が目覚めなかったせいでひどい目にあったというのに。

「アキトさん…っ!
 ぐずっ、アキトさんっ!
 おかっ…んぐっ…おかえりなさい…!!」

「…ただいま」

…俺はいつもこうしてユリちゃんに心配ばかりかけているくせに、
ケロッとして帰ってきて、甘ったれているな。
これじゃホシノアキトと大差ないじゃないか…。

「今日の事全部覚えてるよ…。
 怖かったね…俺のせいでこんな目に…」

「いいんです、いいんです…。
 私はただ、あなたに会いたくて…」

この好意に甘んじているだけではいけないな…。
俺はユリちゃんにキスをした。
ユリちゃんは嬉しそうに俺に何度も口づけを返してくれた。

「ふふ…」

ユリちゃんは静かに俺を抱きしめた。
俺も強く抱きしめ返した。
ユリちゃんのにおいと…石鹸のにおいが混ざって…とても心地いい…。
俺達はしばらくそうしていた…。












〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─アキト

──落ち着いた俺達は、コーヒーを淹れて今日の事を話した。
もう遅かったし、明日で良いのかもしれないけど、
俺がユリちゃんと話したかった。
それに、話して置かないといけないこともあった。

「…それじゃ私達は、ボソンジャンプで二人の意識に割り込んだわけじゃなくて、
 生まれ変わって一からこの世界で育ったって事なんですか?」

「うん、多分そういうことなんだと思う。
 俺達はこの世界のホシノ夫妻の人生を奪ったんじゃなく、
 ホシノ夫妻として生まれ変わって、人生を歩み直したんだ」

感覚というか直感としか言いようがないが、そうとしか思えなかった。
根拠はほとんどない。
だが、そう考えるのが一番しっくりくる。
──というのは、
ホシノアキトの抱いた感情を「理解できる」のではなく、俺は「自分の感情だった」と感じたんだ。
嫌なことがあったり、怒ったりした感情というのはすぐに思い出せるものだし、残留しやすい。
あの時、俺を問い詰めたユリちゃんに対して、本気で怒っていたと今でも思い出せる。
完全に切り離された人格であれば、そんなことはあり得ない。
多重人格者のドキュメンタリーや書籍を読んだことがあるが、
完全に切り離された人格の場合、「身に覚えがなくなる」らしい。
俺も最初はその状態だったので良く分かる。
家に帰ってきて、眠っている最中に急激に意識が馴染んだ。
すべてを思い出したというか、違和感が消滅したようだった。

「…それじゃ、髪の毛が真っ黒になったアキトさんは?」

「これも推測なんだけど…。
 あれは、俺がテンカワアキトであろうとする最後の抵抗だったんだ」

俺のボソンジャンプ前…黒い皇子と揶揄された頃。
それが『テンカワアキト』としての最後の姿だった。
あの姿自体は、数年という短い時間だったが、
俺の無意識はテンカワアキトとしてあの姿を選んだ。

その理由も分かる。
俺は既に意識のほとんどをホシノアキトととしての自分と同調させていた。
黒の皇子時代の技も、経験も、ホシノアキトと共にあった。
俺が正常な状態であれば、全盛期ほどじゃないにしても戦える状態になっていた。
今は「現在活動中のホシノアキト」にほとんど自分のすべてを預けてしまった。

そのため、「ユリカのように俺に助けを求めたユリちゃん」の叫びを鍵として、
緊急的に黒の皇子時代の精神状態を呼び起こしたものの、
技術面は「現在活動中のホシノアキト」に奪われて空っぽになっていた。
それ故にプロスの護身術に叩きのめされるという醜態を演じた。

俺は理性の部分では自分をホシノアキトと認めているが、
本能の部分で俺はテンカワアキトでなくなる事に恐怖を抱いていたんだろう。

「最初にホシノアキトに戻ったのはなぜなんです?」

「『ユリさん』が言ってくれた励ましの言葉が、
 『ユリちゃん』が言ってくれた励ましの言葉に重なって、
 ホシノアキトとしての自我を呼び起こしたんだ。
 ほとんど同じような事を言ったからね…。
 テンカワアキトの人格を目覚めさせたように、
 この世界で8年生きた、ホシノアキトの自我の部分を起こしてしまったんだ」

いくらテンカワアキトの…いわば前世の記憶が鮮明だとしても、
8年という短い人生であっても、ホシノアキトとしての人生が消滅するわけではない、ってことだろう。
…色々重なって最悪のタイミングになってしまったのは良くなかったが。

「今はホシノアキトと溶け合っているというより、
 『ああ、こんなことも言ったね』って思い出してる感じなんだ。」

「つまり人格が分裂していたわけじゃなくて、
 人格の一部分を出しているという形ですね…。
 『テンカワアキトか、ホシノアキトか』というORではなく、
 『テンカワアキトであり、ホシノアキトである』というANDなんですね」

「…それプログラミング用語?
 わかんないんだけど…」

「英語ですよ…あ」

ユリちゃんは何かを思い出したように立ち上がり、
タンスの奥深くから俺の黒マントとブラスター、そして連合宇宙軍の制服を見せた。

「…そういえば、衣服と装備は残ってますよ?
 これはどういう事なんでしょう」

「これも一種の鍵だったんだろうね。
 俺達がこの時代の意識ではなく、
 未来の時代の意識を仮に定着させるための…。
 あの時代の俺達の身体は持ってこなかったけど、
 これがあれば姿が多少変わっていても俺達は自分を認識できるから…。
 ボソンジャンプの制御でそこまでは出来るのかは分からないけど」

「…なるほど。
 そうなると、ボソンジャンプの起点がどこにあるのかが、
 一番の問題になりそうですね」

そうだ。
この世界でのホシノ夫妻は、
ボソンジャンプで生まれ変わった俺達だというのは理解した。
だが謎はまだある。

何故ボソンジャンプでこのような生まれ変わりが起こったのか。
そして誰がこのボソンジャンプをナビゲートしたのか。

…このボソンジャンプに再現性があれば、
ボソンジャンプの威力というのは果てしないものになる。
未来を変えるのみならず、物事の根底を覆せるんだ。
つまり、草壁の計画である「テンカワアキトとホシノルリ」のクローン計画を、
最初から実行済みで過去に戻るというような事も理論上は可能だ。
もっと言えば、社会的立場すら変更できるから独裁者になった状態からのスタートすらできる。
世界に直接組み込まれた人間を作れるのだから…。
何一つ準備もせず、労せずに結果だけを手に入れるということも可能になるだろう。
いや、それどころか…クローンではなく、個人を複製することすら可能だろう。
オリジナルが誰なのか見分けのつかない、本当のコピー人間…。
知識・技術の習得や鍛錬に時間を割く必要すらない、強力すぎる軍団が作れるな…。

──いったい誰なんだ、この世界を変えてしまったのは。

「でも…」

俺が考え込んでいると、
ユリちゃんは、一際暗い表情になって俯いた。

「…ヤクザの人たちをいたぶるアキトさんの姿、
 本当に嫌でした…。
 アキトさんはあの頃、ああいうことをしてきたんですか?」

ユリちゃんの曇った表情が、辛そうな表情が、胸に突き刺さる。
俺の過去の顛末は既に知っているユリちゃんが、
実際に目にすると軽蔑するほどにひどいことだったんだろう…。

「…ああ。
 いや、あんなものじゃない。
 あれはホシノアキトに引きずられたり、
 君との約束をうっすらと覚えていたからあれくらいで済んだんだ。
 もっとひどいことを…数限りなくしてきたよ…」

「そう、ですか…」

「…ユリちゃんは、
 そんな人と居たいとは思わないよね?」

「…分かりません。
 アキトさんは、どうもそういう人だとは思いきれないんです…」

「あれも間違いなく俺の一面だよ…。
 墓場で見た、北辰の事覚えているかい?
 …どう繕っても、あの頃の俺は北辰の同類だったんだ…。
 自分の目的の為には手段を問わない…。
 自分の満たされない心を他人をいたぶる事で満たす、外道だった」

「だから…帰ってこなかったんですか…?」

「…そう、だね」

俺は躊躇いながらもユリちゃんに答えた。
見せてしまったからには、言い訳せずに説明する必要があった。
それで俺達の仲が終わってしまうなら、仕方がない。
ユリちゃんはしばらく黙り込んで考え込んでいたが…。

「…でも、今のアキトさんは、
 昔と違って強いくせに、
 昔と同じでとっても情けないです。
 情けないから…大丈夫です…」

「…今回みたいなこと、二度と無いとは言えないんだよ?」

正直に言うと意識がしっかり固まった気がするから、大丈夫だとは思う。
しかし、一度あったら二度目がある可能性がある。
信用を失わないためには悪事をそもそもしないことが必要だ。
だが、俺の場合いつ暴発するか分からない。
今後の人生すべてに時限爆弾を抱えて過ごすようなことだ…。

「…ひどい人で、私を殴ろうともしましたが、
 私との約束をうっすらでも覚えてて誰も殺さなかったから…。
 安全ではないかもしれないけど、信じていいと思います。
 あの外道のアキトさんも…」

ユリちゃんはまだ迷いがあるようだけど…。
俺の事を信じてくれているんだな…。

「…ありがとう」

「気にしないで下さい。
 今の苦労の分は、そのうちたくさん返してもらいます」

「はは、ちゃっかりしてるね」

「ええ、その方がアキトさんには…いいみたいですから」

…ユリちゃんは強いな、もう立ち直っている…。
冗談みたいなことがもう言えるんだね。

「だから…返し終わるまで…長生きして下さいよ…?」

「…うん」

…いや、俺の考えが浅はかすぎたな。
ユリちゃんは強いんじゃない。
たくさんの不安に負けないように強くふるまっているだけなんだ。
彼女は静かにうるんだ瞳を向けていた。
確かに…俺の体がどれくらいもつのかは未知数だ。
人体実験により、ナノマシンの体内保有量はすでに致死量を大幅に超えている。
そう考えればいつ死ぬのかもわからないような身体だ。
長生きすると約束はできないが…。
そうじゃなくても死にたがりみたいな事ばかりしているからな…。

「既にあと2、3回生まれ変わらないと返しきれないくらいは、
 苦労かけてるからね」

「ホントですよ」

俺達は小さく笑った。
普通に生活できている以上、寿命は一度忘れていい。
俺が今、出来ることをしよう。
戦いの準備だけじゃなく…。
ユリちゃんに喜んでもらえることが少しでも出来るように…。

「おやすみなさい、アキトさん」

「おやすみ、ユリちゃん」














〇地球・佐世保市・雪谷食堂

昨日、ユリを誘拐した男たちが食事の為に来店している。
だが全身がボロボロの上に、求人誌を広げていた。

「ちくしょー…何があったかぜんっぜん思い出せねぇ…。
 いてーよぉ」

「俺達、やっぱりこの町を出ないとマズイかな…」

「ったりめーだろ…幹部からなにからパクられちまったんだ…。
 好き放題しても後ろ盾がねーんだから…俺達もパクられちまう」

「俺達はまだ正式に組にはいってねぇし、
 未成年だから厳重注意で保釈してもらえたけどよぉ。
 リーダーのカシラもパクられちまって散々だぜ…」

プロスペクターは、証拠隠滅のための状況づくりをした。
結果として「組の内部抗争があり、殴り合いの喧嘩で全滅状態」だった、
という結論が出されるような状態にして、通報した。
警察関係者は不自然とも思いながら、嬉々としてガサ入れをすることが出来、
また暴力沙汰での逮捕、そこから余罪の追及と立て続けに行えた。
この男たちも後ろ盾がなくなったことで、市民からの報復もあり得た。
立場上、彼らは組への試用期間での採用状態だったらしい。

「俺、高校中退だからよ…。
 もう一回入らないとさすがに再就職難しいよな…。
 バイトして金溜めて一旗あげるのも、なんか目標がねぇからやりづれえし…」

「学費くらいはバイトで稼がないとだし…」

「勉強なんてしたくねーよー。
 くそー」

「はいー、麻婆定食とコロッケ定食、
 サンマのかば焼き定食と、ラーメンセットおまちどうっす」

アキトが剣呑な話を聞かなかったふりをしつつ、
男たちの前に定食を次々に置いた。
だが、アキトの顔にトラウマを無意識下に抱かされた為か、
男たちは一斉に硬直した。

「おう…あ」

「あ」

「あ」


「「「「ああああああああああああ!!!!」」」」

男たちは食事も食べず、料金も払わず、
脱兎のごとく店から走って逃げた。

「なんで逃げてるんだ俺達!?」

「知るかーーー!」

「昨日のこと、食堂のあいつとなんか関係あるのかな!?」

「あんなとぼけたヤロー知るかーーーー!」

アキトは男たちが走り去るのを、
店の戸から顔を出して見送ることしかできなかった。

「…なんなんだあいつら」

取り残されたアキト。
その後ろでサイゾウが静かにサンマの蒲焼定食をとった。

「…アキト、お前の今日のまかない飯、この残りの3つな」

「な、納得がいかない…」

「あいつらが逃げたのは…。
 昨日のお前のドッペルゲンガーみたいなやつが、
 何かやらかしたんじゃねえか?」

「いい迷惑っすよー…。
 俺の自転車、結局放置自転車扱いされて、
 引き取り料2000円もとられたんすから…」

「ホシノアキトといい、
 お前に似ているヤツが佐世保に多すぎないか?
 似ているヤツが世の中3人は居るって言うが」

「…ホントにいい迷惑っすよ」












〇地球・佐世保市・アパートの一室・ホシノ家─ユリ

私は布団に入って、今日の事をずっと考えていました。
…アキトさんのあんな姿を、あの頃見ていたら、
私はアキトさんを追いかけられたでしょうか?
…正直、自信がありません。
でも、今は何故だか大丈夫な気がしています。
確信みたいなものを持っているような…。

アキトさんが人格の変化を受け入れて落ち着いたから?
アキトさんが復讐を本当に終えたから?
それとも…アキトさんはもうユリカさんを振り切ったから?

…どれも、微妙に違う気がします。

いえ…私はもしかしたらアキトさんを『理解』したのかもしれません。

ユリカさんも付き合い方が微妙に軸がずれてはいましたが、
アキトさんの本質をよく理解して、見抜いていたんだと思います。

ユリカさんならあのヤクザをいたぶるアキトさんを見たら、
「やめて」じゃなくて「だめだよ」って注意すると思います。
理論はすっ飛ばして「アキトはそういうことをしたくないから」って、
アキトさんの本心を見抜いて、
周りから見たら決めつけのような言い方で止めるはずです。
きっとアキトさんは止まってくれます。

昔の私やメグミさんやリョーコさんが出来なかった事です。
アキトさんとの関係が探り探りの私達では気づかないことに、
一足飛びに気付くんですから…。

そんなユリカさんにほんの少しだけ、近づいたのかもしれません。
思い込みや無鉄砲な信頼ではなく…「アキトさんは大丈夫」と、
アキトさんの基準が無意識に見えるようになりつつあるのかもしれません。

…しかしユリカさんと私が持つミスマル家の遺伝子ってどんなものなんでしょう?
私の感性や精神状態に、ここまで影響を与えるとは思ってませんでした…。
まあ、私も生まれ変わっちゃったから仕方ないですけど…。
そういえば、私もいつか自分がホシノユリであると自覚する時は来るんでしょうか?
何か鍵となるキーワードやシチュエーションがあるはずなのですが…。
…労せず、卓越した料理技能を手に入れるのはアキトさんに悪い気がしますけど。

そのほかのいろんな不安も尽きませんが…。
アキトさんが帰ってきてくれて良かった…。
ホシノ夫妻の人生を奪ったという責任を抱かなくて良くなったのも嬉しいところです。
後はいろんな事が残ってはいますけど、
アキトさんとも、もっと…いろんなことを…。
…頬が赤くなっちゃいますね。

「…もう朝ですか」

私は熟睡出来たのか、夢を見ずに朝にたどり着いてしまったようです。
いえ…時計を見ると既に11時を回っています。
私達も今までの疲労に加えて、昨日の出来事や会話が重かったんでしょう。
アキトさんの作るおいしいご飯、早く食べたいです。

「あんっ」

また変な声を出してしまいました。
…まさか。

「ちゅっ…ちゅっ…」

「アキトさんまでなにやってんですかーーーー!!

 バカーーーーーーーーッ!!!!!」

バチーン!

布団をめくると、私の乳房を咥えたアキトさんが居ました。
私はほぼ躊躇なく平手打ちをたたきつけました。

「…ごめん、ユリちゃん。
 完全に無意識だった」

アキトさんは静かに土下座で平謝りしてくれてます。
…まだちゃんと謝ってくれてるので、お説教まではしませんが…。
なんか情けなくなって泣けてきます。

「勘弁してくださいよもう…」

…こういうの、せめてちゃんと夫婦の営みするようになってからにしてほしいです。

ホント……勘弁して…。









































〇作者あとがき

どうもこんばんわ、
「上手い書き方ができない時は物量で押し込め」
が座右の銘の武説草です。
座右の銘はさておいても、つい筆が乗ってしまって量がマシマシになってすみません。
気付いたらつい書いてしまい、気づいたら徹夜してしまっているアレです。
今回はこんな感じで詰め込んでみました。
ちまっとした小ネタもあったりなかったりしますが、伏線だったりなかったりします。
今後ともどうぞご期待ください。
そんなわけで次回へ〜〜〜ッ!

追伸
職場の名簿に「カタオカテツヤ」という名前があって吹き出しそうになりました。

追伸2
ハードオフでゲキガンガーOVAの特典ディスク(レコード風)を買おうとしたら、
店員さんがマジのレコードと勘違いして数分問答になってしまいました。











〇代理人様への返信

>うわー・・・この展開はさすがに想定してなかった。
今後もいい意味で意表をうまくつけていればいいかななんて。

>受精卵
 なるほど、そう言うことか。
 あいしーあいしーハイシーオレンジ(古)
ちょっと前に自販機で買ったビンのハイシーオレンジが古すぎて、
固形物が浮かんでいるのにビビって吹き出しそうになったの思い出しました。
当然捨てて泣き寝入りしてしまいましたが…。


>「D]
 “D”は『デザイナーズチルドレン』のD… “D”は『Dolem』のD…そして…『できそこない』のD…(ぉ
今回書いてる途中は気づかなかったんですが、
「できそこない」って単語を増やして入れてましたね。無意識に。
他の「D」…意外と「デビルマン」かもしれません(スパロボDDネタ)






〜次回予告〜

正社員、契約社員、派遣社員、アルバイト、パートタイマー、日雇い労働。
ありとあらゆる職種職場にそこかしこで、真価を発揮できぬまま、信管を咥えた不発弾が眠っている。
トカゲにおびえるくすぶった不発弾『テンカワアキト』は、誰もが気がつかぬ規格外の、核弾頭。
この核弾頭をスカウトに向かうはホシノユリ。
そしてついについについに出会った!二人の『アキト』!
かつての自分に向き合ったホシノアキトは、何を語る?
困惑と迷いに揺れるテンカワアキトの爆発を、ああ君は見たか!?

ブックオフとハードオフにちょくちょく通いながらCDを探すのが好きな作者が送る、
己のリベンジとリバイバルに挑むためのナデシコ二次創作、


『機動戦艦ナデシコD』
第十話:detection-発見- 

をみんなで見よう! 






















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代理人の感想 
テンカワアキトくん不幸www
しかも次回、不幸が更にやってくる模様w

しかし中の人?はどうなるんだろうなあ。
ユリの方にもいるんだろうし。


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