〇地球・佐世保市内・PMCマルス社屋・オフィス─ホシノアキト

テンカワとの話し合いから一晩経って、
俺達は給与の制定、社則、危険手当、保険などのルールを再度調べ、
契約書などの会社用の作成に追われていた。
この点について不慣れな俺達を眼上さんもフォローはしてくれたものの、
結局PMCという独特の会社形態については不慣れで、
給料の額についても不明なところが多すぎたため、難航した。
最終的にはエリナに電話をかけて、
ナデシコでの給与支払いのシステムを参考にするため、
FAXで送ってもらわざるを得なかった。本来は社外秘だがな…。
なんで今時FAXかって?
…情けないことだが、ウチの会社にはまだパソコンの一台もないんだよ。
近々まとめて購入する予定だからいいんだけど、
今は原始的に電話とメモを使っていたり端末のアプリでなんとかしのいでいる。
不便は承知だが、さすがに厳しいものがある。
元々備え付けで置いてあった旧型のFAXで少しかすれた書類を見ながら、
基本の契約書や給料の一覧などを…半分くらいは真似で完成させた。
手書きで、当然印刷機もないので下書きしかできていないに等しいのだが…。
明日にはパソコンと印刷機の導入をしないと…って俺は明日芸能活動があるんだった…。
…はあ。
会社って大変だなぁ…。
食堂で料理作っていたいよ…本当にテンカワがうらやましい。

そんなことを考えていると、
一度書類の耳をトントンと整えているユリちゃんがこっちを見た。

「アキトさん、昼すぎてますし、
 出前でもとりましょうか」

「ああ、そうだね」

ここは給湯室くらいしかないから調理には向かない。
居住スペースまで戻ればそれなりにコンロもあるので出来なくはないが、
残念なことに今日は食材がない。
今日は俺とユリちゃん、眼上さん、ナオさんの4人しかいないし、
まだかなり仕事が残っているし、出前の方がいいだろう。
そんなことを考えながら、雪谷食堂のメニューをみんなに見せた。















『機動戦艦ナデシコD』
第十二話:dilatant-膨張する-
















〇地球・佐世保市内・雪谷食堂─テンカワアキト

「テンカワ、皿洗ったらシャッター締めとけ。
 俺は少し寝る」

「うっす」

俺は黙々と皿を洗っていた。
ピークが過ぎて、既に14時か。ようやく昼の部の営業が終了だ。
町食堂を少人数で切り盛りするのはそれなりに体力が要る。
サイゾウさんのレベルでも、体力を温存する必要がある。
そして17時頃に営業を再開し、夜のピークに備えて再度仕込む。
昼の部用の仕込みで足りない分を補てんするだけだから、それほど時間はいらない。
だが…。

ジリリリリリン…。


電話が鳴ったが、サイゾウさんが受話器を取ってくれた。

「はい、雪谷食堂。
 …ああ、ホシノか。
 分かった、出前だな」

ホシノが出前か。
会社に居て自分では作れない状態なんだろうな。

「チャーシューメン大盛りと…レバニラ炒め定食…。
 堅焼きそばと……あ?
 すべて特盛で天津飯、カツ丼、醤油焼きそば、担々麺、肉丼、麻婆定食だぁ?
 …分かった、ちっと待ってろ」

「…サイゾウさん、あいつの会社ってそんなに社員居るんすか?」

「…いや、声の聞こえ方から考えると『すべて特盛』の注文は、
 全部ホシノ一人分みたいだな」

…あいつは。
わかっちゃいたが、大食いにもほどがあるだろうに…。

「テンカワ、お前が全部作れ」

「ま、マジッすか…」

作るのはまだしも届けるのと片付けが入ると…俺の昼休憩時間が消える。
恨むぞ…ホシノ…。











〇地球・東京都内・ネルガル本社・会長室─アカツキ

「へえ、PMCマルスも本格始動ってわけか」

「ええ。
 パイロットと整備士の獲得に難儀したみたいだけどね」

まあ、そうだろうね。
どれだけホシノアキトが人気絶頂とはいえ、
勝てるかどうかも分からない戦いに、IFSを入れてまで駆けつけるファンも居ない。
連戦連勝を重ねれば多少は集まるだろうが、どこまでやれるか…。
ちなみに最近では整備士に関しては、連合軍ですら集められていない。
どんなマジックを使ったのかは分からないけど、なんとかしたんだろう。
とはいえ…あのテンカワアキトだった頃を知る身としては、
彼がお飾りとはいえ会長に就いたっていうのは面白いし、感慨深いものがあるね。

「せっかくだしシャンパンでも送ってやろうかな」

「あら、あんたにしては気前がいいわね」

「まあお得意様だし?」

「素直じゃないわねぇ」

僕だって彼らは嫌いじゃない。
今のやり方が気に入らないだけだ。
ポケットマネーだしそんなに上等なものを贈るつもりはないが、
経営一年生の二人には先輩風を吹かせて、
それなりに経営者ってものを見せてやらなきゃいけないじゃん?

「それはそうと、ナデシコシリーズの進捗は?」

「さすがに芳しくないわね。
 艦船用の資材が集まりづらい状況だし…。
 歴史通りに間に合うのはやっぱりナデシコだけになりそう。
 コスモスはその5か月後、
 カキツバタ・シャクヤクは7ヶ月かかるわ」

「Yユニットは?」

「イネス博士が居ないと…どうしようもないわ」

まったく歯がゆいね。
全ナデシコシリーズで火星航路を取りたいのが本音だ。
木星側が攻勢を強めていないのが幸いだが、裏をかかれないとは言い切れないし。
…やはり切り札を準備せざるをえないだろう。

「 『ブラックプロジェクト』のほうは?」

「ユーチャリスはナデシコよりは小さいの巡洋艦クラスだから、
 船体の方はほぼ完成しているわ。
 もしかしたらナデシコシリーズより先行できるかもしれない。
 でも武装に回せるパーツが確保できていないから、
 カキツバタかシャクヤクのパーツを使わないとすぐには動けない。
 それとアーマード・エステバリスシリーズは既にα版ができているわ。
 追加装甲型とワンオフ型でそれぞれ試作はできているけど、
 追加装甲型は整備の手間が増えて強度が弱りやすく、
 ワンオフ型は予算的に、厳しくなりやすいって問題があるわ。
 …現状だと追加装甲型が有力候補ね。
 ブラックサレナのナデシコへの搭載は何とか間に合うわ。
 この機体はアイディアとコンセプトで成り立っているし、
 技術的に応用が利きやすいから」

「そうだね、戦力は多い方がいい。
 ユーチャリスの建造を進めて、カキツバタのほうを遅らせよう。
 シャクヤクは今回は月での建造はしていないけど、
 出航前に沈んだ船のパーツを使うのは、縁起が良くない」

「ゲンを担ぐなんてナンセンスと言いたいところだけど、
 懸命かもしれないわね。
 確かに轟沈したとはいえ火星に到着できたカキツバタがいいわ」

『ブラックプロジェクト』──。
かつてのユーチャリスとブラックサレナの復活を目指すプロジェクトだ。
両方とも一騎当千とはとても言えないが、
そのコンセプトはこの先必要になる可能性が高い。

ユーチャリスはナデシコ級に積んでいる相転移エンジンを使っているくせに小型なので、
物資が載せきれないために長期的な単艦活動には向かないが、
エンジンの能力故にナデシコ級よりかなり小回りが利いて速く動ける。
ジャンプフィールドを使ったボソンジャンプによる奇襲・離脱が持ち味だけど、
そうじゃなくても速力で振り切れるというのはかなりの強みだ。
グラビティブラストはエンジンの大きさが同じなら威力も変わらないしね。
補給はこまめにする必要があるが、乗務員がやや少なくてすむのもいいところだね。

そして強行突破型エステバリス・ブラックサレナだ。
バッテリーの制限が少なく、
装甲の厚みとナデシコ級戦艦並の強力なフィールドによる生存率を高め、
遠距離火器の火力は低いがその気になれば、体当たりだけで敵を粉砕できる思い切った仕様。
本来は試作から進化していったつぎはぎの機体だけど、
通常のエステバリスでは危険な強行偵察や増援に向かうことも出来る。
とはいえ高機動ユニットは今回はオミットしている。
何しろあれが一番高いからねぇ。
航続距離をよほど稼がないといけない状態じゃなければ外すべきだろう。

A級ジャンパーのボソンジャンプを戦術に組み込むのはホシノ君たちが否定するだろうが、
木星トカゲが強力な罠を張って居たら、ボソンジャンプしてでも逃げ帰ってくれなければ困る。
…友人を死なせたくないという気持ちと、敵の情報を持ち帰ってほしい気持ちと、両方だ。
ジャンプフィールド発生装置のナデシコシリーズへの搭載は不可能じゃないが、
何しろイネスさんが居ないからどうしようもない…。
現状はCCでのボソンジャンプで生きて帰ってもらうしかないだろう。

ブラックサレナへの相転移エンジンの搭載もアイディアとしては出たが、同様だ。
ジャンプフィールド発生装置も出来上がらない。
イネスさんが居ないとどうしようもない。

「『ブラックプロジェクト』の方は僕のプール金から出ているし、
 無駄に使い過ぎれば緊急策が取れない可能性が高まるからね」

「それでも利益でカバーできるわ。
 2ヶ月も早くエステバリスが活躍するかもしれない。
 ということは、逆にエステバリスの増産が間に合わないかもね」

…そうだ、ホシノ君の活躍いかんではエステバリス需要が伸びるんだった。
いや、恐らく伸びるだろう。爆発的といってもいい。
何しろ従軍経験のないパイロットが木星トカゲに打撃をあたえるんだから、
そのインパクトは想像を絶するだろう。
しかも一人は一見すればただの顔の良いだけの芸能人。
昔の彼の実力を知る者としては、そんな評価を下すなんて恐ろしくてできないね。
今の彼がどれだけやれるのかは見てから判断しよう。

「…借金してでも、今から増やすべきだろうね。
 エステバリスの工場を」

「そう来ると思って、手は打ったわ。
 既に建設も半分以上進んでいるから…早ければ8月には」

「…さすがにそれくらいのことになるなら一声かけてほしいね」

そういえば…今はほとんど会長職をエリナ君がやっていたんだった。
気付いたらやっぱり足元すくわれそうだ。

「道楽やめてくれたら考えるわ」

手厳しいね。
もっとも、この状況じゃその通りなんだが。












〇地球・佐世保市内・PMCマルス社屋・オフィス─テンカワアキト

俺はPMCマルスに到着して、ホシノに文句を言ってやろうと思っていた。
だが、その見通しはかなり甘かったみたいだ。
…ホシノを手伝っている敏腕プロデューサー眼上さんが、
俺をスカウトにかかった。
なんで芸能プロデューサーがPMCを手伝ってんだ?
それはともかく、ホシノにそっくりである自分の事を失念していたのは事実だ。
パイロットやってたら顔なんて出ないだろうからそんなに気にしちゃいなかったんだよな。

「ええ~~~?
 双子じゃないのにこんなにそっくりで、
 しかも名前が一緒なの?

 エモい…。



 エモすぎるわぁ~~~~~~!


 
 ね、ね。
 
 芸能界来ない?
 ホシノアキト君に並ぶスターになれるわよ、きっと」

…コックになりたいんだけど、俺。
っていうか『ホシノに並ぶ』んじゃなくて『ホシノのおまけ』になるんじゃないかと、
そんな予感がしているけど…。

「まー、テンカワもやってみたらいい経験になるんじゃないか。
 がつがつがつがつがつがつがつ」

「テンカワさんも芸能人になったらマネージャーどうしましょうか。
 …あ、ユリカ姉さんにお願いしようかな。
 ずるずるずる」

「へ~~~。
 双子じゃないっていうとすごい奇跡だなぁ。
 実はクローンだったりしてな?
 はぐはぐはぐはぐ」

…ホシノは大量の特盛品を、
ユリさんはチャーシューメンを、
ナオさんはレバニラ炒め定食をそれぞれ食べながら高みの見物だ。
眼上さんは50歳を超えているそうだ。
しかし10代の少女のように目を輝かせて俺をスカウトしようとしていた。
…10分ほど問答して、断るのが大変だった。
眼上さんはしゅんとしてようやく注文の堅焼きそばを受け取って食べ始めた。
…いかん、本当に昼休憩がゼロになっちまう。

「あ、そういえばテンカワさん。
 この写真とミスマルユリカって名前に覚えはありませんか?
 私のお姉さんなんですけど」

ユリさんが帰り際の俺を呼び止めて、写真立てを見せてきた。
…確かに見覚えはあるし、小さいころの俺がいる。幼馴染…だったっけ。
ただ…どうにも『ユリカ』という名前にいい思い出がない気がしている。
嫌いだった、とも思えないんだが…。
しかしおふくろさんが亡くなったような。
妹なんて見覚えがないし一人っ子だったような気もするけど…。

「うっすらあるけど…会わないと思い出せないかも」

「…そうですか。
 姉さんも、アキトさんを見てテンカワさんと間違えたので、
 やっぱり実際に会わないと分からないかもしれませんね」

まあ、間違えるよな。
色さえ気にしなければ。
…それと、ちょっとしたことをついでにユリさんに頼まれた。
確かに、これは必要になりそうだな。
そんなことを考えながら俺は店に戻った。






〇地球・佐世保市内・PMCマルス社屋・オフィス─ユリ

テンカワさんを見送って、私達はオフィスの設備を整える為に、
業者さんと話し合いの時間を持ちました。内装も整えないと少し古びていますし。
隙間を見て、整備員希望の人達を率いたシーラ・カシスさんと、
パイロット希望のマエノ・ヒロシゲさんとも面接、
必要になるものの選定と買い出しに出かけました。
これだけでも恐らく3日以上はかかってしまうでしょう。
また23時と日付が変わる寸前まで頑張ってしまいました。
一応晩御飯は少し早めに食べたのですが、
牛丼で色気のない食事になってしまったのはちょっと寂しいですね。
で…寝る前にユリカさんに電話して、テンカワさんの事を伝えておくことにしました。

『そっかー…やっぱり会わないとダメかなぁ』

「みたいです。
 ユリカさんもお時間があったら遊びに来て下さいね。
 テンカワさんはそちらに行く用事がありませんし…」

『うん!そうする!
 ユリちゃんも忙しいかもしれないけど頑張ってね!』

「はい!」

どうってことはない姉妹の会話ですが、やっぱりうれしいです。
…今度は、ずっと一緒に居られると思いたい。
私の知るユリカさんじゃなくても…今はこの世界で姉妹として生きられるんですから。
ナデシコに乗れたらきっと…前以上ににぎやかになりそうです。

「ユリちゃん、お風呂あがったよ」

「はーい」

この倉庫、トラック運転手向けに大浴場だったりシャワー室だったりが元々あり、
一族経営だったためここで暮らしていける設備があります。
仮眠室もあるので、通いの人でも泊まり込みもできますし。
今のところは4人ですが、整備員だけで30名以上は居ます。
総勢で40~50人くらいの会社になりそうです。

いろんな準備をしないといけないでしょうね。
洗濯機だったりタオルだったり、洗剤とかボディーソープとか…。
ナデシコの運営ほどは大変じゃなくても、かなり経費が掛かります。
福利厚生の薄い会社に勤めて、ナデシコがかなり恵まれていると思いましたし、
このあたりは特にこだわりたいですね。

…となると、やっぱり『アレ』は必要ですね。
整備員の人と、工務店と…材料も、相談ですね。
明日はアキトさん外仕事ですし、速攻で片付けたいところです。
サプライズはタイミングが命ですから。












〇地球・臨海線付近・大型イベント施設周辺・ファミリーレストラン─ジュン

「あーーーん!
 今日もだめだったよーーー!」

「ユリカ、迷惑だよ」

ユリカは大きな声で叫びながらも、うなだれるようにテーブルにもたれかかった。
彼女はパフェを頼んで、僕はドリンクバーだけ頼んでコーヒーをすすっている。
ユリカは頭をよく使うせいか糖分をよく欲しがる。
僕とユリカは軍のイベントが終わって、イベント施設から離れて駅に向かう…前に、
通りがかりのファミレスで反省会をしていた。
軍関係の人はこんなところにはよらないのでガラガラで、
他には僕とユリカのSPの人が遠巻きに陣取っているだけだ。
ユリカの態度も大声も迷惑にはならない。
僕らもまだ学生気分が抜けてない方だから、こういう場所にはなじみがあるけど、
なんというか女の子と来ると批難の対象になりそうな店に来てしまっている。
…ユリカがここでいいっていうからだけど。

ここ数日の軍関係のスカウトイベントに参加したものの、
ユリカはあまりにも有名すぎてどんな提督でも避けてしまう。
ミスマル提督に取り入るチャンス、と思う人は確かに多いのだが、
いかんせん実力がありすぎるのでシミュレーターでボコボコにされて、
ユリカを部下にしたはずの提督が、自分の実力が露呈するのを恐れているところがある。
ここ数年の戦争っていえば月での小競り合いくらいしかなくて、艦隊戦にすらならないことも多い。
僕のようなペーペーから見ても実力的に今一つな提督が多いのは分かっている。
木星トカゲとの戦いで、有能な人からどんどん前に出されて死んでいるし…。
ユリカって型をめちゃくちゃ知っているのに型にとらわれない、
分かりやすいくらいの天才型だからな…嫌がる人の気持ちも分かる。
それでもマイペースを崩さず明るく向かっていく。
そんな所が放っとけないし、惚れちゃったんだよね、僕は。

「くすん…ちょっと前にネルガルから来たスカウト受けちゃおうかな」

「ネルガルの?例の新造艦の?
 悪くはないだろうけど…」

本当に悪い選択ではないと思う。
何しろ、僕らはどんなに良い待遇でも、
補佐官をやらされるのが関の山の士官候補生だ。
艦を、しかも戦艦クラスを預かることなど士官学校を卒業してもなかなかできない。
20歳そこそこで佐官クラスになるのは並大抵じゃない。
もちろんユリカがミスマル提督の娘で、士官学校主席でもだ。
この数か月の訓練成績は高いが、昇進には値しない。
現場に出てさらに数か月経過して、試験を受けなければいけないだろう。
しかし民間の艦とはいえ艦長にスカウトとなれば話は別だ。
最短で艦長になれたとしても駆逐艦クラスからスタートということも珍しくないし。
何より、新造艦も最終的には連合軍に組み込まれることだろうしね。

「ね?
 それに縁もゆかりもないってわけじゃないの」

「ん?どういうこと?」

「私の秘密、ジュン君に教えちゃう。
 誰にも言っちゃだめだよ?」

…かなりドキッとした。
ユリカがこんな事を僕に言うなんて思ってなかった。
話の流れから言えば、告白じゃないのは分かりきっているけど。
ユリカは顔を近づけて…僕もそれなりに近づけて…。
周りに聞こえないように気を付けながら。

「私ね…妹がいるの」

「えっ!?」

初耳だ。
いや、ちょっと意外すぎる。
というか、姉妹が居たらもう少し大人しくなるっていうか、
世間ずれしなくなるっていうか抑えが効くっていうか。
…ってそうじゃない!

「…まさか隠し子?」

「違うよぉ!
 もう!ジュン君の耳年増!」

…いや、そういわれても。
ミスマル提督には一人娘がいる、っていうのはもう連合の常識だし。

「訳あって試験管ベイビーとして生まれたの。
 ちょっと複雑なんだけど、本当は私のお姉さまになるはずだったの」

…それはなんとも、不思議な関係だ。

「…で、どんな子なの?」

「この子」

僕が落ち着くためにコーヒーをすすっていると、
ユリカはスッとパンフレットを差し出した。
さっきのイベント会場で引き抜いていたとは思ったけど…。
『PMCマルス』と書いてある。
確かによく見るとユリカにそっくりな女の子がいる。

…僕はコーヒーを噴き出した。

「ジュン君、汚いよぅ」

「え、え、えええええ!?」

僕は思いっきりうろたえた。
『PMCマルス』は世間のみならず連合、そして訓練生の間でも話題持ち切りの存在だ。
何しろ今をときめく芸能界のスター、
ホシノアキトがまさかの警備系会社をスタートしたと。
しかも機動兵器まで持ち出して木星トカゲと戦うという。
…あんまりにも無謀すぎて、批難するまでもなく呆れかえる者が多い。
僕も実際呆れてしまっている。
それでも渋谷での子供だましイベントが受けたため、目立っているし期待も大きい。
実際の実力は未知数でも、明るい話題を欲しがっているマスコミに取り上げられる回数がとても多い。
彼らがまだ戦ってもいないのにやっかむ士官や提督も多いらしいね。

「だ、だけどこんな無謀な事…」

「…無謀なんかじゃないよ」

ユリカはスッと雰囲気を静かにして僕を見つめた。
こういう時のユリカはミスマル提督そっくりで、誰も逆らえない重さを感じさせる。
僕はうろたえる事すらできず、動きを止めてしまった。

「…ジュン君に貸したゲームあるでしょ?
 あのゲームで対戦して…私、負けちゃったの。
 10回やって、2回も」

「え…!?」

僕はその言葉の意味が分かる。
あのゲーム…『ラインハルトの野望』はほぼ連合軍の艦隊戦シミュレーターと同等だ。
…ユリカはそのシミュレーターで無敗を誇る。
僕はシミュレーターで50回は対戦しているし、
そのゲームでも200回は戦った。
…しかし1回も勝てたことはない。
そんなユリカに勝てる実力…それがどういうことかといえば…。
恐らく若手士官と比べてもユリカに次いで2位の実力だということだ。
ただ、彼女がユリカの妹だとして一つか二つ下だったとして…。
社検を受けていない限りは、士官学校すら出ていないはずだ。
ゲーム本編をどんなに攻略しようとしても対戦ではそうもいかないはずなのに。
どうなってるんだ?ミスマルの家系の血筋というのは。

「…大丈夫、きっと勝てるよ」

「で…どんな縁が?」

「PMCマルスの主力兵器がネルガル製なの」

確かに縁もゆかりもあるっちゃある…。
理由としては弱い気がするけど…。

「…で、どうするの」

「…うん、やっぱり行く。
 上司なのにあんまりにも気を使われるの、やっぱやだもん」

「そっか…」

ユリカはそうだろうね…普通はそれに乗っかりたい人のほうが多いだろうに。
さて…そうなると僕もついていかないとだろうね。
恋もまだ成就してないことだし。

「ユリちゃんのこと、今はまだ秘密だけど、必ず紹介するからね!」

…芸能人の旦那を持つユリカの妹か。
何か事情が…政治的な理由があって今は公表できないってことなんだろう。
ただでさえスキャンダルと勘違いされそうな気はするし。
テレビで見かけた事はあるけど、なんだかユリカに似ないでクールな印象がある。
ホシノアキトという人の人柄もどうも穏やかなようで、戦うような感じはしないんだけど…。
とにかく、生きて帰ってくれることを祈ろう。
ユリカの泣き顔なんて見たくないからね…。

だけど、この時の僕は気づいていなかった。
負けるとか負けないとかのレベルではなく、
PMCマルスが段違いのスケールを持って、
連合軍全体を震撼させることになるとは全く想像が及ばなかった。
当然と言えば当然だけど…。











〇地球・埼玉県・春日部市内─ホシノルリ

どうも、おひさしぶりです。
ホシノルリです。
…最近、前にも増してアキト兄さんをテレビで見かけます。
でもなんだか無謀なことをし始めようとしていて、見ていて不安です。
別にアキト兄さんを好きとか家族とか、まだ思ってはいないんですが…。
まだ会ってもいないのに死なれてはいろいろ残念です。
この両親と別れる機会が得られなくなるのと、
私の実の親について知る機会がなくなるのが困ります。
…少女としてはこんなに計算高いの、嫌なんですけど、
計算高くないと、私みたいなモルモットの命なんていつ吹き飛ぶかわかりません。
もっとも、アキト兄さんが本当に良い人なのかは分からないんですけどね。

「ルリ、電話」

母がそっけなく私を呼びました。
正直、どんなにひどい親でも私は影響を受けている実感があります。
感情表現だったり、相手を思いやる気持ちというのが少し欠けている自覚があります。
…本当に嫌です。
しかし、電話ですか?
私の存在はあまり公にはなっていないはずなのですが…。

「はい、ルリです」

『ホシノルリね?
 あなた、そこから出たくない?』

何者でしょうか。
私の考えを見透かすかのような内容に少しだけびっくりしました。
名乗りもせず、私を問い詰めた彼女…でも値踏みされている感じがしない。
何ていうか、私の実力を知っているような…。
おかしいことですが、私を信頼しているようにすら聞こえます。

「…はい、そうは思いますけど」

『あなたに頼みたい事があるの。
 もちろん就職のお誘いよ。
 この間社検は受かったんでしょ?』

「そうですけど…」

そうなんです、私はついに受かってしまいました。
社検試験─これを取得すれば未成年でも大卒扱いで成人と同じ扱いを受けます。
…正直に言うと、父に『あと一年で受からなかったら裏に身柄を流す』と脅されました。
ついに父は本性の片鱗を見せつけたんです。
もっとも、私にいくらの資金が使われたのかが分かっているので、
そんなことはするはずがないのは分かっています。
ただ、本当にやる気がないように見せたら…何をされてしまうのかわからない恐怖を感じました。
そのせいで…自分を身売りさせる悪魔の契約書にサインさせられてしまったんです。

恐らくこの電話の主は、父のツテでいうとたぶんネルガル系の会社の人でしょう。
マシンチャイルド研究を未練がましく続けているらしい嫌な会社。
…でも命令や買取の形ではなく『そこから出たくない?』なんて…。

「あなたは私をどうしようっていうんですか?』

…私にはこの電話すら恐怖の対象です。
相手が女性で…それなりにやさしく、誘う形で話してくれているので、
なんとか自分を保てていますが…。

『お仕事のスカウトって言ったじゃない。
 もちろん小さなあなたに手荒な真似はさせないわ。
 仕事は、戦艦のオペレーター。
 あなたはIFSの扱いには長けているでしょう?』

…少年兵みたいなことをやらされないだけマシとは思いますが、戦艦ですか。
研究所での経験もありますし、悪いことではありません。
…この変なプレッシャーから逃れられる、多少扱いのマシな場所に行けるだけでも十分です。

「…受けてもいいです。
 でも私…高いですよ」

当然、お給料の話ではありません。
私という一個の人間の親権と人権を売り渡すのには、
育ての両親はかなり高い額でないと納得しません。

『知ってるわ。
 でも、ちゃんと払うものは払ったの。
 あとはあなたの考え一つよ』

…なるほど、交渉はすんでいると。
まあ目の前で札束を積まれるよりは心苦しくないですけど…。

「では、お願いします。
 …それであなたは誰?」

『エリナ・キンジョウ・ウォンよ。
 それと…』

「なんでしょう」

『あなたのお兄さんに、会ってみたくない?』

!!
私は言葉を失いました。
兄に会う…何があるかわからないけど、会ってみたいと思える人に…。
何故この人はそんなことを考えていたんでしょう。
父は別に話してないでしょうし…研究所の情報でいちいち気に掛けるはずはないですし…。

「あってみたいですけど…なぜそんなことを?」

『ただのおせっかいよ。
 あなたのお兄さんも、会ってみたいみたいだから。
 あ、でも研修終わってからよ?
 ホシノアキトは会社に芸能界に家庭に大忙しだもの』

…それは知ってますって。

『それにね、私も長いことあってないけど妹がいるの。
 外国に行っちゃっててなかなか会えないけどね。
 兄弟姉妹って、たまには顔を突き合わせないと疎遠になっちゃうもの』

「疎遠というか、始まってもいませんし、血縁もありませんけど」

『いいじゃないの。
 そこの仮初の家族よりは、それなりに家族らしくなれるんじゃない?』

…否定できませんね。
アキト兄さんは女性にはもてますが嫌味な人じゃないようです。
少なくとも嫌悪感を覚えるタイプではありませんし、生活ぶりも派手じゃありません。
普通の家庭ではありませんし、兄が芸能人だと面倒も多そうですが、
お金に不自由して私にどうこうさせるみたいなことがなさそうです。
仮に親権はこの親に残ってしまっても、頼れそうな状態ならそっちに移れるかもしれません。
話し合い次第ですが、同居するようなことになっても悪くないです
自分勝手な理屈であるのは分かっていますが、一万倍マシな生活が送れると思います。
…私が戦艦に乗るまでの短い間だけの兄妹関係かもしれませんけど。

「…そうですね。
 ちなみにいつにしますか?」

『もう来てるわよ』

私は窓から外を見ると、端末を持った女性が手を振るのが見えた。
…いつの間に。

「あなたさえよければ今すぐ出てこない?」

『急ですね…』

「嫌?」

嫌なわけがありません。
この声の主のおせっかいさは、利害関係の一致では出ないと思います。
私は育ち上、そういうことには割と敏感になっています。
育ての両親がおせっかいを焼いてくれた事はほとんどありません。
ややたんぱくな研究所の人のほうが数倍マシなレベルです。

『着の身着のままで行っても大丈夫なんですか?」

『下着とパジャマと歯ブラシくらいは持って来なさい。
 お気に入りの机とか、大きいものはある?』

…なんかこの人、手馴れてますね。
妹というのは私と同い年くらいなんですかね?

「いえ、ここには何もありません。
 5分下さい、すぐ行きます」

私は電話を切ると、逃げるように二階へ走った。
ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど…。
私に希望が…芽生え始めた気がしました。

もっとも、それがほんの小さな希望ではなく、
たくさんの出会いと…とても大きな夢と希望を授けてくれる、
長い長い旅の始まりだったとは、この時は思いませんでした。








〇地球・佐世保市内・空港・タクシー内─ホシノアキト

…やっと終わった。
俺は、はっきり言って疲労困憊状態だった。
すでに22時を回っている。
朝から始発で東京に向かい、一日中、いろんな場所を回った。
パイロットスーツでの撮影、エステバリスVRゲームの対戦会(俺はIFSタイプを用意してもらった)、
各種雑誌・新聞社のインタビュー、食べ放題店のコマーシャル撮影などなど…。
そろそろ芸能活動をやめたいんだけど、
奇妙なことにPMCマルスの準備が進めば進むほど注目度が上がってしまい、
エステバリスの準備が整うまではむしろ芸能活動せざるを得なくなってしまっている。
…エステバリスの訓練も料理もしたいんだけどなぁ…。

インタビューでは口下手な俺を眼上さんがフォローしてくれた。
ユリちゃんの考えは眼上さんが良く理解してくれていて、説明には困らなかった。
だけど…なんでか最近ユリちゃんは俺のマネージャー業はやってない。
会社の事が忙しいからなんだろうけど…。

さ、寂しくなんてないやい!


「アキト君、お疲れ様」

「どもっす…芸能界、やめらんないっすね」

「まあねぇ…さすがに戦うようになったら減るでしょうけど」

…減らさないと困ります、眼上さん。
人の命かかってるんだから…。
おや?社屋の電気がまだついてる…。
居住スペースはまだしも、一番上の階はまだ手が入ってないはずなんだけど。

「あれ?まだみんな居るのかな?」

「パーティでもしてるんじゃない?」

…う~む、チームワークを密にするためにも、
こういうことを自主的にするのはいいことなんだけど…。
のけ者にされてる気分だ。乗り込んでみるか。












〇地球・佐世保市内・PMCマルス社屋・オフィス─ホシノアキト


「こ…これは!?」

俺は一番上の階に入って自分の目を疑った。

これは…食堂だ!!

キッチンのほうを見ると、雪谷食堂とほぼ同じレイアウトと機材が整っており、
業務用の冷蔵庫も、火力の高いガス台も、調理用の重たいテーブルもある。
なんてことだ…!

「あ、アキトさん!おかえりなさい!」

「ゆ、ユリちゃん、これって…」

「へっへっへ、どうだアキト」

「お疲れ様、ホシノさん!」

「おつかれー!」

ナオさんが笑いながらこっちを見ている。
いつものスーツ姿ではなく、ねじりはちまきに腹巻までしている大工スタイルだ。
…そういえば日曜大工が趣味って聞いたことがあるような。

いや、ナオさんだけじゃない。
整備員に採用したみんなが、シーラちゃんを中心として、
みんな一仕事終えてテーブルに陣取って、
酒とジュースで一息ついている様子だった。
テンカワは、真新しいレードルや鍋、ボウルなどを洗っていた。

「アキトさん、さすがにこれだけの社員になると、
 外に食べに行ってもらうのも大変ですし、
 あまり忙しくなるとアキトさんも料理できなくなっちゃいますし…。
 だから思い切って食堂を作ることにしちゃったんです」

そうか…確かにここはそれほど町から離れてはいないが、
コンビニや飲食店まで行こうとすると自転車や車でも、
片道だけで10分か15分か使ってしまうな。
昼の1時間の休憩で外出しようというのはそれなりに厳しい。
そう考えると、食事は社内食堂があるのが一番いい。
社内の人数的にも、俺かテンカワが居ればさばける量だ。

だが…理屈じゃないところでも、俺は感激した。

俺はPMCマルスを続ける限り、
コックの仕事は止めて置かざるを得ないと思っていた。
だからサイゾウさんのところで、
『しばらくはこれが最後の調理になるかもしれない』と思って、
精一杯、自分のすべてをぶつけて、気持ちを抑えることにしようと思った。

それなのにユリちゃんは、俺の本当の夢への足掛かりを準備してくれた。
俺に気づかれないまま、一足飛びに…なんてことを思いついてしまうんだ…。

ユリちゃんの心遣いに、俺は…もう…。

「ユリちゃん…ありがとう…」

「あ、アキトさん!?」

人前にも関わらず、ユリちゃんを抱きしめてしまった。
泣いてしまった。
少し茶化すような声も聞こえていたが、もう俺はそれどころじゃない。
嬉しくて嬉しくて…。

「あ、あの!別に大したことじゃないですから?!
 ちょっとサプライズしてみたかったのはありますけど、
 半分は会社のためですし、ね!ね!」

「ご、ごめんね…ちょっとオーバーだったよね」

ユリちゃんがうろたえるのを見て、俺も一度冷静になろうと思った。
…本当に涙もろくて困るな、最近。

「あ~なんかこの食堂暑いねぇ、まったく」

「「「「まったくまったく」」」」

「あ、あの…みんなもありがとう…」

…ナオさんと整備員のみんながすごーく呆れてるのが分かる。

「…バカ」

…いや、ユリちゃんも呆れている。

「…この会社、ほんとに大丈夫か?」

テンカワにまで…。
…いかん、冷静に冷静に…。
気を取り直して…食堂があるならやることは一つだ。

「テンカワ、食材あるか?」

「ああ。仕込みもばっちりだ。
 昼前の雪谷食堂と同じ状態にしてある」

なら、やるしかないだろ。
俺は顔を両手ではたいて、気合を入れた。

「よぉし!
 ホシノ食堂、開店だ!
 みんな、腹は減ってるかい!」

「「「「「「おう!!!」」」」」

みんな元気よく返事をしてくれた。
もう22時過ぎているくらいには深夜だが、
ここまで頑張って食堂を作ってくれて…きっと夕食もまだなんだろう。
この時間まで俺を待っていてくれたのか…!

「…想われてるわね、アキト君」

眼上さんは微笑みをたたえながら、集まったみんなを見ていた。
俺達はまだ、即席の会社で寄せ集めと言われても仕方ないのに、
彼らは俺への期待と信頼を抱いてくれているようだ…。
俺は得難いものを手に入れたんだな、きっと。
応えなければ…!

「ユリちゃん!テンカワ!手伝ってくれ!」

「はい!」

「おう!」

二人は、俺の食堂での初仕事を、快く手伝ってくれた。

──その日、俺は歓喜の中、腹ペコの社員みんなにできる限りの食事を振る舞った。
何度もおかわりをしてくれた。
『うまい』『おいしい』と、何度も聞こえた。
明日もまだ会社の準備に追われるというのに、後先考えずみんな食事を楽しんでくれた。

本当に嬉しかった。本当に楽しかった。
これは夢の前借りでしかないのかもしれない。
それでも、俺は幸せだった。

あの地獄の中でさえ、
自分で調理した料理で人を笑顔にするという夢を見ていた。
どんなに小さくても自分の食堂を持つという夢を見ていた。

二度とこんな時は来ないと思っていたのに。
そんなことをする資格などお前にはないのだと自分に言い聞かせたというのに。




それでも…誰が何と言おうとも…。
俺は…俺の持ち場はこの…食堂なんだ…。
これだけは揺るがない。
過去にとらわれず、こんな風に思えたこと自体が嬉しかった。




・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。




結局、食堂での食事と持ち込まれた酒による宴会で、午前の3時までみんな騒ぎ続けた。
酒を飲んだ連中は食堂の床で爆睡してしまって、
さっそく買ってきた仮眠室のタオルケットが役に立ってしまった。
俺とユリちゃんは片付けを終えて、ようやく居住スペースの自室に戻れた。


「アキトさん、お疲れ様です」

「ありがとう、ユリちゃんもお疲れ様」

ユリちゃんは、俺を再びねぎらってくれた。
ユリちゃんだって忙しかっただろうに。

「アキトさんのあんな顔、久しぶりに見れたかもしれません。
 雪谷食堂でも嬉しそうでしたけど…自分を抑え込もうとしているようにもみえて…」

…やっぱりユリちゃんにはわかるのか。
もう付きっ切りで半年だもんな…。

「でも、今日はそんなふうには見えなくて、良かったなって…」

「…うん。
 あのさ、ユリちゃん…」

俺は、息をのんで自分を落ち着かせた。
…あの時、エリナから電話が来て、言いかけて言えなかったことを言おうと思う。

「俺、肝心な所でいっつもダメだけどさ…。
 こんな風に、ユリちゃんに支えられて頑張って来れたって…。
 夫婦に、ちょっとずつだけどなれてるんだなって、実感してるんだ…」

「…はい」

ユリちゃんの顔が真っ赤だ。
俺もたぶん耳まで真っ赤だ…。

「この数か月…俺達、頑張れたよね…。
 まだスタートラインだけどさ…。
 これから先も、一生やっていけそうな気がするんだ…。
 だ、だからさ…ユリちゃんも俺に、
 ちょっとくらい何か頼んだりしてくれてもいいんだよ?」

…うまく言葉がでない。
けど、言いたい事は伝わっていると思う。
俺の本当に欲しいものをもらった今、何か叶えられることはないか…。
そう考えていた。

「…今は良いです。
 指輪も、もらいましたし。ちゃんと男女の関係にもなれましたし。
 アキトさんは慣れない中でも、精一杯に私を愛してくれています。
 前も言いましたけど、このたくさんの借りはいつか返してもらいます。
 だから、絶対死なないで下さい…」

…この間と同じ、一番難しいけど差し迫ったお願いだ。

「うん。
 できる限り、俺の命も、君の命も守ってみせるよ」

「今は社員のみんなの命も、ですね」

そうだ。
木星トカゲに襲われる人だけじゃない。
俺の仲間も守らないといけないんだ。
ナデシコに乗っている場合はそこまでは考えなくてもいい。
俺以外のパイロットが手練れだし、ナデシコ自体に強力な攻撃と防御がある。
今の状況だと基地と言えるこの社屋も、戦闘中の指揮車両も、守らなければいけない。
…パイロットに不安も多いし。
そうなると…こいつは本当に死ねないな。死ぬつもりもないんだけど。
…しかし最近は忙しいが平和に過ごしているな。
色々危うさは感じているが…いやいいことなんだけどさ…。
こんなだとアカツキには呆れられてそうだ。
俺はユリちゃんに小さくキスをして、布団に入った。

・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

(アキト、もう寝た?)

ん?ラピスどうした?
まただ。眠っているか、意識を失っている時、時々ラピスの声がする。
…さすがにこれは夢とは考えられなくなり始めた。
ラピスのリンクが半端につながっているというのは本当なんだろう。
…しかし、それが目覚めない理由になるんだろうか?

(…わかんない、アキトに起こしてほしいって思ってるけど、
 本当にそばに来てくれたら起きれるかどうかも…)

エリナは行ってないのか?

(来てはくれてるみたい。
 体は動かせないんだけど、音は良く聞こえるから分かるの)

この世界に来た時の俺と同じか…。
すまんラピス。俺のジャンプ時の変化が影響しているのかもしれない。

(ん。いいよ別に。
 私からはアキトの様子、見ようと思えば見れるから退屈はしてない)

そうか…。
……ん?
まさかお前…子供が見ちゃいけないところとか見てないよな?

(……しーらない)

お前…見てるな?
…いや今更っちゃ今更か。
エリナとのこともラピスには筒抜けだっただろうから…。
教育上よろしくないことを見せすぎている気もする…すまん、ラピス。
俺のために、いつも迷惑をかけ過ぎてて…。

(いい。
 どのみち私は『普通の女の子』になんてなり切れないのは分かり切ってるし。
 でもね、ユリの事を見ていると、こんな私でもああいう風になれるかもって思うの。
 あとは私がこれから頑張ること。
 だから…アキトは気にしないでいいんだよ?)

ああ…。
これからだよな、これから…。
…話を変えようか。
ラピス、今日の様子は見てくれてたか?

(うん。
 アキト、とっても楽しそうで私も嬉しかった。
 私も目が覚めたら一緒に働きたいし、
 アキトの料理食べてみたい)

何が食べたい?作ったことないのでも練習しておくよ。

(イチゴパフェかな…。
 あと…ラーメン、食べてみたい)

ラーメンか…。
…そうだ、ユリちゃんにも、
あのレシピのラーメンをそろそろ作ってあげないとな。
あんな立派な厨房を作ってもらえたんだ。
俺だって応えないといけないだろう。

(うん、そのラーメン食べてみたい。
 ユリと…ユリカとの思い出なんでしょ?)

…ああ。
振り切れない思い出だけど…今はそれをとりもどしてから、進みたいんだ。

(それじゃ…楽しみにしてるから。
 頑張ってね、アキト。
 じゃあ、私もひと眠りしてるから。
 おやすみ)

意識がない状態でも寝るのか?
いや…それはそうか。
ノンレム睡眠ってやつに入るとなかなか起きないっていうし。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


しばらくして、目が覚めた。
4時間も眠れてはいなかったが、起床時間がずれすぎると面倒臭い。
それに今日から仕事が一つ増えたしな。
食堂の食材がだいぶ減ってしまった。市場に買い出しにでも行くか。
俺はユリちゃんを起こさぬように気を付けながら、自転車で走り出した。

…が。

「しまった…寝ぼけてて変装忘れていた…」

…俺は市場で早々ファンや興味本位のおじさんおばさんに捕まってしまい、
いろいろおまけやお土産をいただいてしまい…。
お礼とばかりに世間話に付き合っていたら昼を過ぎてしまい、
重役の自覚がない、とユリちゃんにこっぴどく叱られてしまった…。
重役出勤という言葉があるが、フラフラしていていいわけないもんな…。

「アキトさん、買い出しは当番制か配達にしますから…。
 無防備にあんまり動かないで下さい」

「…うっす」

…相変わらず俺はうかつな夫で、
賢い妻のユリちゃんには頭が上がらない。
とほほ。
















〇作者あとがき
どうもこんばんわ。
武説草です。
今回は前回に引き続いてスカウト&下準備回になりました。
今まではアキト&ユリのほぼ独壇場でしたが、ついにナデシコの面々が、
そして会社としての活動が、表立ってきます。
最初2~3話くらいで進めようとおもった話が、
コスプレ喫茶→芸能活動編で急激に広がってしまい、なかなか収拾がついておりませんw
普通は省略するような話を、書きたいから書いてしまいましたw
本当はユリが言っていたように資金集めもマネーゲームで解決する予定でしたし、
ユリカとミスマル提督の登場ももう少し後でした。
キャラが勝手に動いているというよりは、書いておきたい話がどんどこ増えているというか。
そんなわけで次回へ~~~ッ!


追伸:
一昨年くらいにホームページ作成技術を得たのでHTMLを打ち込むようにしていましたが、
冷静に考えると置き換え機能を使って改行を探してbrタグで全置換えしてしまった方が、
よっぽど早いということに気づいて1時間くらいの短縮ができるようになりました。(原始的な人)


















〇代理人様への返信
>パトレイバーかよwww
>と笑ってたらやっぱりパトレイバーでした。
>まあ実写パトのイベントであんな危険なスタントはやってなかったと思いますけどw
日本において8メートル程度のロボットによる活動を考えたら、
あれが一番リアルかなーとおもいつつ、好きなので採用しました。
ダイガードにすると、ちょっと違いますし…。
とはいえ今後の運用は08小隊とかホワイトディンゴとかに寄っていきそうですけど。
PMCという設定はメタルギア好きだから入れてみたりです。
(ネイキッドスネークとソリッドスネークが同時に居るみたいな設定にしちゃいましたけど)
スタントについては仮にも22世紀末ですし、これくらいやらないと盛り上がらないかなとw
とはいえ、いろいろな問題が吹き出そうですね~。





>まあホシノアキトもテンカワアキトも見てて尻を蹴飛ばしたくなると言うか、
>「もうちょっとどうにかせえ」感強いですなあw

テレビ版初期準拠で丁寧に書こうとすればするほど、
分析を進めれば進めるほど、
なぜかどんどこどんどこ意気地なしになっていくという不思議な現象が…。
(ホシノアキトについても成長しているはずの部分がかなり弱っているので同様)
何か抵抗しないといけない出来事が襲い来ないかぎり、自発的に動けてない印象が大きいですね。
うじうじ度、テレビ版の50%増し(二人だと100%で倍)でお送りしました。





>その中で超マイペースなナオさんが割とマジで癒しw
正直、こんなにおいしいキャラをうまく扱えなかった昔の自分をひっぱたきたいくらいです。
やることが決まってるのにやることなす事今一つ集中できていないダブルアキトに対して、
行き当たりばったりなのに超マイペースで、いろいろ割り切った行動をとれるナオさん。
いいキャラですよね、なにかと。
それにしてもナオさんの日曜大工が趣味という設定を使ったのは我ながら珍しかったかも。





>>かしらかしらご存知かしら~♪
>懐かしいなおいw
実はこの話を書いている時に最終回までウテナを見てて、気に入ってしまったので入れてみたり…(バカ)。


>>中の人などいない!
>なるほど、二重人格と言うよりはペルソナ、躁鬱みたいなものか?
>二重人格というのは、互いの人格が互いを別人と認識しているのが条件)
>とはいえさすがにあのレベルは珍しいなあw
>何か適切な名称があるのかもですけど。
二重人格について再度調べておくべきかと思って、『解離性同一性障害』のwikipediaを見たところ、
むしろ二重人格のほうに該当する可能性がちょっとありそうでした。
今回のアキト君の場合、

・関係性のストレス
・安心していられる場所の喪失

あたりが該当しますが、 今回の場合は強烈なストレスによる一時的な解離とも言えますし、
ただ過去の状態を引き出しているだけ、という風にも取れますし…。
解離性同一生障害については各人において症状がだいぶまちまちで、呼び名がなさそうですね…。
深く知るなら解離性同一性障害よりは心理学のほうに偏るべきなのかもしれません。
(ボソンジャンプの影響もある設定ですが、書く前に調べるべきでしたね…)














~次回予告~
情けないながらも会社を立ち上げたホシノアキトの下に集う、社員たち。
そして過去よりはやや丁寧にスカウトされるルリの姿と、
ナデシコの影が少しずつ見え始める中!
ついに迫るPMCマルスの初出撃の時!

「なんか、すごいことになっちゃったぞ」

経営者の自覚があるのかないのかわからないホシノアキトのぼやく姿を、ああ君は見たか!?

「主人公が出撃するのが10話以上経ってからって…ロボットアニメとしては落第だよな…」と、ぼやく作者が送る、
ロボットアニメなら主人公を1話で機体に乗せるべきと思っているナデシコ二次創作、

『機動戦艦ナデシコD』
第十三話:double-seater-二人掛け-
をみんなで見よう!














最終話で変身する魔法少女が居るんだから、
2クールの第1話でロボットにのる主人公がいてもいいんだよ!!

…という気持ちでお送りしまっす。
























感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
ユリカはなあ。確かにこんな風に色々持てあまされてこっち来たんだろうなあとw
まあ本人が軍になじめなかったというか、自分探ししてたのも大きそうですが。
参謀としてはめっちゃ有能な人材だと思うんですよね。



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