〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・居住スペース─ユリカ

ユリちゃんが昨晩であった時から不眠不休で事後処理を行って、
倒れるように眠ってしまったと聞いて、タオルケットをかけに行った。
私達が近づいても全く起きる気配がない。
…本当に良く寝ちゃってる、お布団もかけないで。

「流石に疲れ切っちゃったんだねぇ、ユリちゃん」

「そうですね。
 …急に押しかけてしまって申し訳ないです」

「いっ、いえいえ!
 本当に昨日の事は、ありがとうございます!」

ユリちゃんの自室から出てきたところで、社員の女の子が緊張した面持ちで私達を見ている。
そんなに緊張しなくていいのに。
私達もユリちゃんを労うつもりで寄ったけど、深刻に疲れ切ってるなら構わない方がいいから。
PMCマルスのみんなも、だいぶ疲れ切っているけど心労は大丈夫そう。よかった。

「そういえば…どうしてアキト君が危篤になったんだろ?」

「…ユリカさん、聞いてなかったんですか?」

「あの時は気が動転しちゃってた、てへ」

無事で居てくれてよかったけど、詳しいことを聞く余裕もなく、
帰りのタクシーでもルリちゃんの事ばっかり話しちゃったんだよね。
ユリちゃんもそのことを話したがってなかったし、
思ったよりは立ち直ってたから、何か事故かと思ってたんだけど…。

「それは…テロ組織と疑いをかけられて、連合軍特殊部隊が…」

「え?!
 う、嘘でしょ!?」

「い、いえ…」

うそ…。
連合軍の特殊部隊…。
お父様がそんな命令を許可するわけないし…。
でも、あの劇的なチューリップ撃破を見てもそんなことを疑う人が居たなんて…。
それよりもショックだったのは、お父様ですらその襲撃を察知できなかった事と、
この襲撃で、恐らくアキト君が瀕死に追い込まれたということ…。

「そんなの…ないよう…」

私は崩れ落ちてしまった。
のんきにユリちゃんが話したがってない空気に乗っかって、
詳しく聞こうとしなかった自分が恥ずかしかった。
頬を伝う涙をぬぐうことすらためらった。
いつか軍で力ない人を守るために戦うのが夢だった。お父様が目標だった。
それなのに…こんなひどいことを…。

「ど、どうしたんですか?」

「…ユリカさんは、連合軍極東方面軍総司令の、
 ミスマル提督の娘さんです」

「うえ!?
 ちょっと待って…そしたらユリカさんの妹のユリさんは!?」

「…ミスマル提督の娘さんですね」

「ちょ…それじゃなんで連合軍のひとが…」

「ええ、ありえないと思います。
 実の娘の会社にそんな命令するはずありませんし。
 混乱してます、私も」

「…お父様が命じたわけじゃない。絶対に。
 でも…」

簡単に納得していいことじゃない。
お父様にこのことを伝えなきゃ…。
…そういえば、ユリちゃんもそれを気にしていた。
連絡がつかないかどうかって言ってたもん。

「…ルリちゃん、ごめん。
 先にドックに戻ってて。迎えを呼ぶから。
 お父様が大変かもしれない。
 それに、いろいろ聞かなきゃいけないこともあるから」

「はい…。
 無理、しないでくださいね」

ルリちゃんは私を静かに案じてくれていた。
…本当にいい子だね、ルリちゃんは…。

東京に戻らないと…。
その先では…軍も…お父様も……。
…私の信じたものが、崩れてしまうのかもしれない。
でも、そんなのは覚悟していた事。
軍の中にある不条理を飲み込めない者は…すりつぶされてしまうだけだもの。

それでも私、信じてます。
お父様…。
















『機動戦艦ナデシコD』
第十八話:Deny-否定する-その1


















〇地球・佐世保市内・病院・ホシノの病室─ホシノアキト

昨晩の蘇生から、しばらく深く眠っていた。
途中、何度か診察に来てくれた看護婦さんに意識と体調の確認をされたのと、
昼頃にユリちゃんから着信があって、
事務員さんが犯人であることを伝えるために起きた以外は、全部眠っていた。
もう日が沈んでいるか…12時間は眠っていたみたいだな。
面会謝絶…の体ではあるが、意識は戻っているし、
立ち上がるのは少し辛いができなくないくらいの状態だ。
上体を慎重に起こして自分の胸に触れる。
痛みはあるが、体内の状態は悪くないらしい。
…マントを脱いだインナーの生地も防弾効果はないが、頑丈な布ではある。
詳細は分からないが、なんとか生き延びた理由のひとつなのかもしれない。

ピピピピ…。


そんなことを考えていると、
連絡用に置いておいてくれたんだろう、俺の端末に着信があった。

『もしもし、アキト君?
 喋れるかしら?』

「エリナか。
 ああ、なんとかな」

エリナからだ。
俺が撃たれたものの、かろうじて生きていたことで連絡をとりたくなったらしい。
話を聞くと、ラピスが目覚めた件も伝えたかったのもあるようだ。
ラピスの事を先に話したかったが、今回の事件を話した。
PMCマルス連合軍特殊部隊襲撃の件の報道で世間はかなりヒートアップしているらしい。
ミスマルお義父さんも、この件でかなり苦慮するだろう…。
ユリちゃんも黙ってみていたりはしないだろうから、フォローは大丈夫だろうけど…。
うーん、俺の体ってナノマシンの光が体内に充満していて、
レントゲンが取れないから俺も慎重にならざるを得ないんだよな。
うかつに動いては治らないし護衛も難しいし…おとなしくしているしかないだろう。

『…それじゃ、アキト君はしばらくは動けないわけね。
 まったく、スパイに騙されて撃たれて死にかかるなんて。
 相変わらず甘い性格よね』

「面目ない。
 …運が良かっただけだし、気を付けるよ」

『そうね。
 こんな所で死んでラピスを泣かすような事したら許さないんだからね。
 でも助かってよかったわ。
 近々お見舞いくらいは行ってあげるから、
 せいぜい養生なさい』

「ああ、ありがとう」

『…エリナ!早くかわってよぉ!』

そんなことをしていたら、エリナの電話から懐かしい声が聞こえた。
もう半年も…会っていない…。
眠っている間には何度かリンクでは会話していたが、
久しぶりに聞くラピスの肉声だ。

『あ、落ち着きなさいって、ほら』

『…アキト!やっと起きれたよ!
 心配したんだから!』

「すまなかった。
 しかしラピス、お前やっぱり明るくなったなぁ」

『アキトだって!
 昔と全然違うんだもん、びっくりしちゃった!
 会えたら色々たのしいことしようね!
 …リンクが半端なのはちょっと心もとないけど、アキトと私の絆はなくならないんだから!
 体を大事にしないと許さないよ!』

「ははは、わかったよ」

ユリちゃんもだけど、ミスマル家の…ユリカのDNAってこんなに性格に影響を与えるんだな。
考え方はともかく、テンションや活発さが段違いだ。
…あの時の少しずつ成長しはじめたラピスとはまた違うが、俺がもう過剰に心配することはないんだろうな。
俺はあの時…命が持たないと思ったから投げやりなところもあったが、
今は寿命がいつまでもつかわからないにしても、常人とそうは変わらない生活が送れる。
ラピスにはいろいろと返しきれない恩がある。
今度はちゃんと…家族になろう。

「…ラピス。
 俺の視界を眠っている間見れていたから、
 事情は呑み込めているだろうけど、無理はするなよ。
 お前の力をまた借りないといけないことも多いが…。
 お互い、無理をしたらどうなるか分からない身体だ。
 イネスさんが見つかったらいろいろ見てもらおうな。
 それでもし…ふつうに暮らせるくらいの身体なら…。
 いずれ学校に通ったり、色々…出来るようになるからさ。
 俺もコックになって…静かに暮らせるようにな」

『…できるかなぁ、アキトもうなんか世界中の王子様って感じでしょ?
 ファンの女の子たちに追い回されたり、
 凄腕パイロットとして振り回されたりして、
 戦争が終わってもみんな離してくれないんじゃない?』

…否定できん。
さっきテレビで知ったがファンクラブはすでに150万人を超えているらしいしな。
このあたりの対策もいずれ考えないとな…。

『ま、いいよ。
 私も普通で居られる自信は今のところないし。
 あ、それと私も社検受けることにしたから。
 表立ってアキトを手伝えるようにはなるよ』

「…心強いよ、ラピス」

『私はアキトの相棒だもん!
 任せて!』
 
「うん、とりあえず事務員さんが抜けちゃったから、
 お願いするかもしれない』

『…あ、アキトくん。
 マシンチャイルドを事務のおばちゃんみたいに使うのはどうなのよ?』

『いいよ、私は。
 アキトのそばに居られるならそんなポジションでも。
 どんな美女でも30年も経てば事務のおばちゃんになっちゃうでしょ?』

『夢がないわね、もう』

…まったくだ。
そんなことを言いながらもしばらく近況について穏やかに話していたが、
ラピスも検査の時間が近くなってしまったらしく、端末の通話を切った。

…元気そうでよかった。
ここまでずっとラピスに会う余裕がなかったが…今はお互いにリハビリが必要な状況だ。

それに、これからの動きについて考えるのと…課題も多くなってしまった。
体力と技術のバランスが悪いのを何とかしないといけないし…。
社内警備や、あと外部との関係強化だ。怠ると今回の事も二度三度起こりかねない。
眼上さんはそろそろ抜けるって言っていたし、
広報や外部との折衝には人手が必要そうだ。
眼上さんに頼り切りだったのを見直さないと。

それにパイロット候補生のみんなの役割も、今後は重要になりそうだ。
俺とマエノさんが離脱している間はどうしようもないけど。
パイロット適性を見極めて、戦力の増強に努める必要がある。

エステバリスの増台と、俺が壊したエステバリスの事もあるし、
資金がどれくらい必要なのか試算しないと…。
いくら世間が俺達に期待してお金を出してくれるとは言っても、
無神経に使えばいくらあっても足りない…。

…う~~~ん、いかん。俺には解決できなさそうなことばっかりだ。
いやそれでも問題点の洗い出しはできているし、みんなと話して決めればいい。

…家庭的な事も課題がいっぱいだ。
ユリちゃんにいろいろ埋め合わせしないといけないよな、さすがに…。
今回の事で、ユリちゃんが俺のために頑張ってて…俺が死んだら頑張れなくなっちゃうのが分かった。
そうならないためにどうしたらいいのかを考えておかないといけない。
…自殺しようとしたことを叱る必要もあるかな。
もろもろの準備があったとはいえ、
いろんなことを先延ばしにしすぎたせいで、
後悔も大きくなっていたのはあるだろう…。

あとルリちゃんとラピスもこれからどうするのか考える必要がある。
それにテンカワとユリカ義姉さんの関係をどうするか…。
こっちはナデシコ乗る前にある程度進展させたいが、
俺が干渉してもどうしようもない部分も多いし…。

…うーん、こんなに大変なんだな。
家族が居るっていうのは。
両親がなくなってからは孤児として施設で育つ中ではそこまで知り様がなかった…。
施設の仲間とも職員とも、ぎりぎりの生活だったから考えようがなかったし…。
施設から出てからも俺も一人でやってくので精いっぱいだったからなー。
ユリカとは結婚生活すらできなかったからこういう話をできなかった。
探り探りでやってくしかない事ばかりだ…。

「よっ、アキト。
 苦しくないか?」

「マエノさん?歩いてて大丈夫なんですか?」

「お前よりはだいぶましだからな。
 ちょっとだけ痛むし重心がおかしいからふらふらするけど、
 病院てのは暇なんだよ。
 ゲームしようにも片腕がこれじゃな」

「…すみません、俺のせいで」

「だから気にしてんじゃねえよバカ。
 義手ができるまでの辛抱だって」

マエノさんが俺の様子を見に来てくれた。
…俺の心配をしなくてもいいのに。
だけど、考えないといけないことがたくさんあって頭が回らなくなっていた俺にはありがたかった。
だが、そんな気分はすぐにひっこんだ。

「…そういえば、事務員さんが犯人だって?
 俺達も油断があったとはいえ、まさか会社にいる人がな…」

「…ええ、本当に参りました」

…なんとか生きていられたからよかったものの、あの出来事でかなり落ち込んだ。
起きてから見た、眼上さんからのメール連絡によると、

事務員さんはかなりの件数の事務処理を担当してくれていたという。
内容も偽装はなく、たまりにたまった事務処理を片付けてくれた。
優秀である分だけこの期間の会社の外部との連携の情報を見られてしまったのは手痛い。

怪しい経営はしていないから情報としてそんなに危険なものはあまりないが、
会社の内情…特に人員や金銭管理が把握されてしまったのは、
今回の襲撃の規模ややり方には無関係ではなかったはずだ。
第二、第三の襲撃事件が起こり得る…あるいはもっと露骨なやり方をされるかもしれない。
警戒は今まで以上にしっかりしないとどうなるか…。

そういえば、襲撃事件全体の事後処理を徹夜でユリちゃんがしてくれたらしい。
ユリちゃんも色々疲れただろうに相変わらず頑張ってて申し訳なくなるな。

「事務員さんの経歴の偽装があまりに見事すぎて見抜けませんでしたが、
 住所や実家を調べたら別人の家でした。ここはごまかせません。
 今所属している人の家に、抜き打ちで見にいってもらってます。
 眼上さんが洗い出しをしてくれているそうです」

「あのおばちゃん、相変わらずだな」

メールの続きを読んで、マエノさんに伝える。
眼上さんは、書籍を出したりしていて顔が売れている。
今はPMCマルスに協力してくれている都合上、訪ねていっても不自然ではない。
すでにほとんどの社員は裏が取れているらしい。
…さすがに仕事が早い。

「──だが、今後社員を取るのが大変になりそうだ。
 会長としては頭が痛い話だな」

「ええ、ほんとです…」

…信頼できる人間を採用するのは大変だが、
俺達の立ち位置だとスパイが一人いるだけで致命的になりかねない。
その後しばらく、
俺達は自分たちのことだけではなくテレビを見ながらいろんな状況を確認していた…。

テレビによると…どうもPMCマルスへの世間の期待値が上がりすぎているな。
連合軍も俺達に協力してくれたのに、とも思うがこの襲撃事件はことのほか尾を引いている。
平日だっていうのに連合軍基地に押し掛ける人達が見える…一万人規模か、まずいな…。
俺の暗殺未遂についても襲撃そのものと絡んで、
連合軍の仕組んだことじゃないかという疑いがある。
その線はなくはないだろうが、
今は逆に連合軍特殊部隊の人達が、
俺の護衛をしてくれていることから考えれば、別口だろう。

連合軍の高官をそそのかして、特殊部隊で襲撃、この時点で俺が死ねばよし。
死ななければ事務員さんが死んだふりをして油断させて俺を殺す。
分かりやすい筋書きだ。

このプランの利点は、暗殺者が連合軍に加担していたと仮定させることが出来れば、
追及されるのは連合軍になるので、暗殺者の身柄の発見を遅らせることすら可能だ。
…それにまんまと乗せられているんだな。

──それからすぐに、俺の病室に連合軍特殊部隊の隊長が来てくれた。
どうも先の襲撃事件の調査がひとまず終わって、俺への疑いも晴れたらしい。
この隊長だけは俺が木星トカゲの機動兵器の弱点を付けたことを知らされてたらしく、
俺への敵対心が特に強かったんだが、それでも無抵抗の女の子を撃とうとして、
かつそれでマエノさんの腕を切断してしまったことを気に病んでいた。
そのこともあって、見舞いのかご盛りフルーツをもって謝りに来ていた。

「…本当にすまなかった」

「気にすんなって。
 なあ?アキト」

「ああ。
 …でもマエノさん、俺も謝らなきゃいけないところだってのに…」

「バカ言うな。
 お前もナオさんも、命がけで俺達のために戦ってくれたのに謝るなんてどうかしてるぜ。
 …そりゃ確かに、ショックだよ。
 こんな怪我しちゃさ。
 でも本物とそう変わらない義手だってもらえるし、
 連合から慰謝料だってふんだくってやるんだ、いいってば。
 
 …それにこの隊長さんたちだって、やり方はともかく、
 死なせたくない人が居るからこんなことまでしたんだ。
 
 隊長さんもあんまし気に病むなよ。
 誰も死ななくてよかっただろ?」
 
「…そう言ってくれると、私たちも少しは心が軽くなるよ」

「へへっ」

マエノさんは…タフな生き方をしてきたせいもあるのか、本当に気にしてない様子だ。
シーラちゃんが自分の分まで悲しんでくれたから立ち直るのも早かった、とか言ってたな。

「…何か、今できることはないか?
 買い出しでも、なんでも…」

「気にすんなって、アキトはともかく俺はそれくらいできるし」

申し訳なさそうな隊長に…俺は逆に何も頼まないのは悪いと思った。
なにか…そうだ。

「隊長さん、持ってきてくれたこのお見舞いの果物を食べたいです。
 フルーツナイフと、皿とまな板を持ってきてくれませんか?」

「それくらい、お安い御用だよ」

「あ、それと…ちょっと外まで行って8枚切りの食パンを二斤と、
 適当な飲み物と…ホイップクリームを買ってきてくれませんか」

「む?分かった」

「アキト、腹でも減ったのか?」

「ええ、病院食もまだもらえてなくて」

しばらくして隊長さんが戻ってきた。
俺は借りたフルーツナイフで食パンを切り、そのあとフルーツを切り、
ホイップクリームを加えてフルーツサンドイッチに仕上げた。
…うん、なかなかいい出来だ。

「アキト、こんなところでも料理かよ。
 お前らしいな、はむ」
 
「ははは、どうも」

「…ふ、ははは」

「むぐ、どうしました?」

「いや…何かのんきというか、面白いな…君は…。
 …君が、こんな一面を持っているとはな。
 あの時は別人のようだったというのに」

隊長は30代半ばで…かなり軍歴も長いようだ。
作ったそばからサンドイッチをほおばる俺の様子を見て、
小さく笑っていた。

「いろいろ苦労がありまして。
 こっちの方が俺らしいんです。
 隊長さんもどうぞ」

「ありがとう、ぜひ頂こう。
 …うまいな。平和な味だ」

「平和が一番ですよ」

俺は見張っている二人にもサンドイッチを分け…しばらく話していた。
今回の事を引き起こしたと思う、軍への嫌悪感はまだあるけれど…。
ただこういう風に話して、お互いを知ることで今回のわだかまりを失くす…。
ちょっとしたことだったが許し合うこの時間は、なんだか俺の心を満たしてくれた。
ちょうど白鳥九十九と和平交渉につく前の瞬間がこんな気持ちだった気がする。

…誰も死ななくてよかった。
誰か死んでいたらこうもいかなかっただろう。
…いいものだな、本当に。

だが、木星側と和解するとしたら…こんなものじゃないわだかまりが、残る。
死者が限りなく多いからな…。
それでも、俺はひとまず今回の事を終えることができたので晴れやかな気持ちにはなれた。
隊長さんが出ていった後、一息ついてマエノさんとまたしばらく話し込んでいた。
しかし…。

「色々問題は山積みですけど…今は休養ですね」

「だな…」

「料理もそんなにできないし、ユリちゃんもまだ忙しいし、仕事なんてそもそもできない…。
 何にもできないって…胸にぽっかり穴があいたみたいです」

「実際に撃たれて穴があいてんだろーがお前は」

…そういえばそうだった。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



その後、俺はあまりにも堂々と病室内で大量に飲食しているのを、
医師にこっぴどく怒られてしまった。
マエノさんも治療自体はすんでいたが、診察の時間をすっぽかして怒られていた。
…うーん、俺達も暗くなりたくないから話していたかったとはいえ、ちょっと無神経だったか。
これから保護者になるってのに…ルリちゃんに「バカ」って言われちゃうな。






















〇地球・東京都・ネルガル付属病院・ラピスの病室──エリナ

「はい、買ってきたわよ」

「ん、ありがと」

ラピスに頼まれて買ってきたパソコンなどの機材を差し出した。
どうやら彼女はリハビリの為にここから離れられないので、
アキト君と合流するまでの間に情報収集を行ってアキト君を助けたいらしい。

…私は久しぶりに会うラピスの変化に驚いていた。
彼女の知識こそ未来の世界と同じようだけど
この世界ではまだ4歳…成長薬で12歳程度になっているとはいえ、
ユリカさんのクローンとして科学的に『製造』され『教育』されているので、
身体や神経など色んな所が未熟でもおかしくはないんだけど、
未来の世界以上に活発になっている。
性格もずっと明るく、頼み事を進んでしてくる…。
ユリカさんのDNAの影響のすごさに感嘆している。

バリバリバリバリッ!


「…ラピス、丁寧に開けなさい」

「あ、ごめん」

パソコンを包んでいた段ボールやビニールが破かれて、
取り返しがつかない散らかり方をしてしまっている…。

「一応、注文通りの品を持ってきたけどこれで足りる?
 IFS端末じゃなくてよかったの?」

「今はいいや。
 この程度のパソコンでIFS使うと、アシがついちゃうから」

「…あなた、まさかまたやるつもり?」

「うん。
 アキトが撃たれたことの真相を、
 いろんな角度から見ないといけないだろうから」

ラピスは、ハッキングで今回の事を詳しく調べるつもりらしいわね。
IFS端末を使う場合、思考パターンもある程度読み込ませてしまうので、
それなりの対策をしてないとばれてしまうとか。
オモイカネ級コンピューターなしでやるなら、古典的にキーボードを使う方がいいらしい。
保護者としては止めるべきなんだけど…相手のめぼしどころか目的すらわからない以上、
そうしてでも調べる必要はあると、私も思う。

ラピスはパソコンの初期設定を手早くしながら、
私にアキト君の状態について話した。
ラピスはリンクが半端に残っているそうなので、
眠っている間はアキト君の視界を見ていたらしい。
ということは犯人の顔もある程度分かっているはずだけど、
特定には至らないという見解だった。

「あの人、戸籍の偽造だけじゃなくて多分変装用のマスクをつけているよ。
 そうなると特定するのは難しいはず。
 たぶん会社内にも証拠は残してないと思う。
 それに単純にアキトとPMCマルスを殺すためだけに、
 こんな大げさな茶番劇をしないと思うの。
 何か、他にも副次的な効果を狙っている可能性があると思う」

「…鋭いわね、ラピス。
 どこでそんなことを覚えてきたの?」

「甘いよエリナ。
 エリナとアカツキと付き合ってたら嫌でもそういうの覚えちゃうんだから」

そう言えば仕事の合間にラピスの面倒を見ていたせいか、
ラピスはそういう会話を聞いていたわけね…。
…悪影響だったかしら。

「それとユーチャリスのダッシュも起こして置いてくれる?
 流石にこのパソコンだけじゃ足りないから。
 そうすれば世界のどのコンピューターだってハッキングできちゃうよ」

「…めざといわね。
 でも相転移エンジンがついてないから、
 電気代、すっごくなっちゃうわよ。
 フル稼働したら一日で500万円もかかっちゃうんだから…」

「いいじゃない、別に。
 電気代分くらい銀行口座の額、操作しようか?」

「悪魔的手口を使おうとしないの。
 悪い子になるとアキトに嫌われちゃうわよ?」

「む、エリナの意地悪。
 じゃあネルガルのソフト開発手伝うから、
 給料から天引きして」

「仕方ないわねぇ」

ハッキングの違法性自体も問題だけど…。
ラピスのやることを把握できていないことのほうが問題なのよね。
止める方法がほとんどゼロに近いし。
目的が分かっている分だけ、まだいい。
ラピスはアキトの主義から逸れるような余計なことをするつもりはないみたいだし。
何しろ、この子かルリが自分の実力をすべて使うと、
軍事施設を止めるくらい軽いから…。
ルリの二度目のナデシコ地球脱出のハッキングの仕込みも見事だったわよねぇ、ホント。

「見てるだけ~♪
 見てるだけ~♪」

初期設定が終わって、プログラムを鼻歌交じりに組んでいる…。
閲覧権限をすべてクリアするものを作っているみたいね。
…ホント別人みたい。

もっともこの時は気付かなかったけど…。
この判断が利益をすさまじいものにしていたのは、
後から思い知ることになった。



























〇地球・PMCマルス本社・格納庫

シーラはホシノアキトとマエノの負傷のため、PMCマルスが休業中であるにも拘わらず、
格納庫にこもって作業を続けていた。
マエノの負傷で右腕を失くした件で、彼女も義手を作っておきたいと思ったらしい。

「シーラちゃん、根を詰めると倒れちゃうよ」

「ありがとさつきちゃん。
 ちょっと飲み物を飲んだらそろそろ帰るよ。
 さすがに疲れちった」

シーラを心配したさつきが来ると、二人はジュースを飲みながらしばらく話していた。
かけていたラジオの音声が聞こえる…。











『え~続きまして…コーナーが変わります!』

『A子と!』

『B子の!』

『『「かしらかしらご存知かしら?のコーナー」でぇ~~~~す!』』


『今回の話題は、現在日本のみならず、全世界でも話題沸騰!
 『世界一の王子様』ことホシノアキトさんについてのお話でぇ~~~す!』

『かしらかしら?ご存知かしら?
 ホシノアキトはPMCマルスのエースパイロットですって?』

『もちろんもちろんご存知かしら!
 戦艦だって無理やり落としちゃう、すっごいパイロットですって!』

『でもでも、みんなが気にしてるのは?』

『色違いの王子様!名前もおんなじテンカワアキトくんのことよね?』

『でもでも、と~~~~っても情けないの!』

『でもでも、顔と名前だけじゃなくって夢までおんなじ!
 これは運命なのかしら?』

『『かしらかしらご存知かしら~~~~~~!』』














〇地球・PMCマルス本社・格納庫

「…このラジオ番組、センスないわねー」

「さつきちゃん、これは20世紀末期のアニメが元ネタだからこれで忠実なのよ」

「…シーラちゃん、なんでそんなの詳しいの」

「だってオタクだもん」













『かしらかしらご存知かしら?
 PMCマルスはテロ組織に間違えられて襲われちゃったのを?』

『もちろんもちろんご存知かしら!
 ああっ、さすがのアキト様ズも絶体絶命黙示録!
 だけどだけどご存知かしら?』

『PMCマルスのガードをしているナオさんと、
 ホシノアキト様でまさかまさかの逆転劇!』

『それどころか生かさず殺さず生け捕りに!
 そこで、
 
 『ヘイ、ベイビー。
  僕は命を盗まないよ。
  僕が盗むのは美女のハートだけさ』
 
 って歯を光らせて決め台詞!』

『…それって本当にアキト様が言ったのかしら?』

『『かしらかしらご存知かしらーーーーー!』』













〇地球・PMCマルス本社・社屋・食堂

PMCマルス休業にともない、さらに食堂班がほとんどではらって、
それぞれ持ち込んだ弁当を食べることしか出来ない食堂。
カップラーメンをすすりながらナオは聞いていたラジオに呆れていた。

「…なーんかでたらめにひどいことになってるな」

「ナオさんとばっちりですね」

「…青葉ちゃん、同情してくれてんのか?」

「ええ、まあ」

「しっかし、あの戦闘の映像が流出してるってのは想定してなかったぜ…」

「おかげで事務員さんの犯行現場もばっちり撮れたのはよかったんですけどね…」















『かしらかしらご存知かしら?
 アキト様はお優しいの。
 死んだふりした金髪の暗殺者に自らのマントをかけてあげようと…』

『でもでもその瞬間』

『『ばっぎゅーーーんっ!』』

『ぐはぁっ…こんな、こんなところで私の命が尽きようとは…。
 世界中の美女たちよ、残念だが海には行けそうに、ない、ぜ…』


『ああっ!アキト様ーーーーーッ!
 …こうしてこうして美しいアキト様の一生は儚く幕を閉じ…』

『閉じたと思ったその時に!』




『ごうがーい!ごうがーい!ごうがーーーーい!』





『『『アキト様復活ッ!アキト様復活ッ!アキト様復活ッッッ!!!』』』

『かしらかしらご存知かしら?
 アキト様は不死身なの。
 幸運の女神に愛され、息を吹き返しちゃったの!
 あなたはまさか『永遠のもの』を手に入れてしまったのかしら!?』

『ちっちっち。
 きっとアキト様はこういったのよ。
 
 『世界中の美女を…すべて抱くまでは、
  僕は死ねない!死なない不滅の王子様なんだ!!』
 
 ってねぇ』

『…だからそれほんッとーーーーーーにアキト様が言ったのかしら?』

『わかんないわよ、だって私達佐世保には言った事ないもの』

『佐世保バーガーのお店にしか行った事ないもんねえ?』

『『かしらかしらご存知かしら~~~~~~!』』










〇地球・佐世保市内・国道・社用車

カーラジオを聞きながら、眼上は苦笑いしていた。

「…うーん、アキト君の噂に尾ひれつきすぎだわね。
 事実がもとになってるだけにたちが悪いわ。
 英雄視されてるから多少仕方ないんだけど」










『かしらかしらご存知かしら?
 アキト様がどんなに世界一の王子様って言っても認めない人は必ずいるの』

『やっぱりやっぱりどんなに愛される人も、
 愛情の矛先が向かない人には憎まれるのかしら?』

『…そういえば、この間アキト様の悪いところ一つだけ上げたら、
 百万通の剃刀レターがとどいたの、気のせいじゃないんじゃないかしら?』

『一生分全身のムダ毛を処理しても余っちゃう量がとどいちゃったのどうしてかしら?』

『おかげで店頭からは剃刀が消えて大混乱!
 この剃刀転売しちゃおうかしら』

『人の悪意や、自分の好きな人を傷つけるのを許せない気持ちって底知れないからかしら?』

『それでは、「かしらかしらご存知かしらのコーナー」もそろそろ終わりの時間です。
 最後に、一通届いたお便りを読んでみましょう。
 
 ラジオネーム
 『私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足…アキトの嫁の妹』
 さんからです。
 
 過激なお名前…って最後!?

 一体あなたはどなたなのかしらーーーー!?』

『ま、まさか身内?
 ってそんなわけあるはずないのかしら』

『そ、そーよねーーーーー!ないわよねーーーーー!』


『でも、読んでみるといいのかしら?』

『読んでみるしかないのかしら』

『えー何々…。
 アキトを撃った金髪の女性が言っていたことが、私には聞こえました。
 なぜなら私はアキトの耳だから。
 この内容を読んで何か犯人特定のヒントになったらいいなと思います。
 なになに…うげっ!?』

『何を真っ青になっているのかしら?
 あんた、ラジオなんだからリスナーさんには見えないんだからちゃんと言いなさいってば』

『言えるわけないわよこんなのーーーー!
 こんなの読みあげたらファンの人に殺されちゃうわーーーー!』


『どれどれ…うわぁ…ひどいわねこれ』

『あ、あの『アキトの…以下略』さん!
 逆に真実味ありすぎますけど、
 扱いに困るお手紙はやめてくださいねーーーー!』


『こらー、キャラが外れてるわよー。
 やれやれ、果たしてこんなんで仕事になるのかしら』

『はぁ…はぁ…。
 でもね『アキトの以下略』さん、もう少し明るい話題だったら歓迎かしら?』

『私たちってばまた送ってほしいと思っているのかしら?』

『ではでは我らが『世界一の王子様』『優しくておせっかいな勇者様』
 ホシノアキト様と、
 『おっちょこちょいでカッコが付かない王子様』
 テンカワアキト様のご活躍をみんなで見ていきましょ?』
 
『それでは、そんなところで今日はお別れかしら』

『『かしらかしらご存知かしら~~~~~~!!
 それじゃ、また明日、お会い出来たら嬉しいかしら~~~~~?』』

『続きまして…西園G劇場、最終章…』

『あー、ごめんなさい今日は押してるから、また明日』

『はぁっ☆』
















〇地球・佐世保市内・病院


「…ラピス、お前なにしてんだ」

「アキト、知り合いか?」

「知り合いどころじゃないんですけどね…」

























〇地球・佐世保市内・雪谷食堂─テンカワアキト

昨晩の初出撃と襲撃事件から一夜明けて、俺は普段通り雪谷食堂にいる。
ホシノがひとまず無事なものの、
状況が状況なので全社休業になり、俺は再び食堂で働いていた。
いつも通り仕込みをして、営業開始に至った訳だが…。

「テンカワー!
 食材が切れないうちに買い出しに行けーーーーッ!」


「う、うっす!」

…開店前から並んでいた大変な行列に、俺達は苦戦を強いられていた。
原因は…俺だ。
PMCマルスの『二人のアキト』が明るみになったことで、
今話題沸騰のPMCマルスのパイロットが働いている食堂があると聞いて、
野次馬根性丸出しの連中が集まってきた。
…こうなるのが嫌だったんだけどなー。
もちろん取材に来た人たちも多かったがサイゾウさんが、

「お前らも仕事しにきてんなら人の仕事の邪魔をしてんじゃねぇ!
 閉店後にきやがれッ!!」


と一喝するとすごすご去っていった。
…うーん、さすがサイゾウさんだ。
とはいえ俺達も限界が近い。
何しろ、11時の開店からすでに9時間が経過している。
既に20時でピークは普段ならすぎているが、
まるで昼時のピークが9時間続いている状態だ。
普段は客足が途絶えたところで昼の部を終わって、3時間ほど休憩するが、
今日は全く客足が途絶えて居ない。既に本日4回目の買い出しだ。
…自転車に食材を満載して戻った俺は、材料をテーブルに広げる。

「町谷!


 匙足!


 カニ!!
 

 さっさと仕込んでおけェ!」




「ひぃ~~~~ん!」



「終わんないよぉ~~~~!」



「店長、カニはひどいですよ~~~~~ッ!」



上から順番に、

町谷やよい(まちや やよい)ちゃん、
匙足弓子(さじたり ゆみこ)ちゃん、
蟹屋敷ジュンコ(かにやしき じゅんこ)ちゃん。

PMCマルスが休業になるので、食堂担当の彼女達を呼んだ。
今日の雪谷食堂の超満員が原因で、無理を言ってきてもらった。
PMCマルスの食堂で腕は見ているので、大丈夫だと踏んだが…本当に助かる。
何しろ俺とサイゾウさん二人だけの食堂だからな…。
全く人が絶えず、常に満席状態では捌き切れるわけがない。
いつもの常連さんも苦笑いしていた。
…彼らも褒めてはくれたが、あんまし嬉しくない。
ユリカの事も散々からかっていったしな。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



結局閉店時間になるまで人が全く途切れず、
閉店になってからは各マスコミが俺に直にインタビューしていた。
…いろいろとめんどくさいことばかり聞かれてうんざりしたが、なんとか終わった。
やれやれ。

「お嬢ちゃんたち、今日は悪かったな。
 しばらくこんな混雑が続いちまうし、
 すまねぇがPMCマルスが休みの間は手伝ってくれねえか?」

「「「は~~~~い…」」」

今日の分の日給を手渡されて、結構な額が入っているにも関わらず、
返事に力がない…彼女達も疲労困憊なんだろう。
しかし今度は彼女達も調理できない仲間でも連れてくれば、
多少はマシになるということもあり、対策をするみたいだ。

…そうだな。
そうしなきゃいけないだろうな。

彼女達が帰ってから、俺はサイゾウさんの晩酌に付き合わされた。
サイゾウさんもさすがに疲れたんだろうな。
あまり深酒はしない人だが、いつもより酒量が増えていた。
俺達はテレビでPMCマルスの戦闘シーンを、ほぼ編集なしの等倍で流す番組を見ていた。
最近のこの九州地方では、かなり頻繁に再放送が行われている。
…みんなあの感動を何度も味わいたいんだろうな。

「なあ、テンカワ」

「は、はい」

サイゾウさんは少しだけ笑っていた。
疲れていると思っていたが、機嫌がよさそうだ。

「お前、この間のでトラウマがなくなったせいか、
 無駄な力が抜けたんじゃねえか?
 前よりずっと見れるようになってきたぜ」

──初めてサイゾウさんに褒められた。
俺はあのトラウマのせいもあったが…中々調理が上達しなかった。
力んでいると言われても中々抜けなくて…それが辛くて、仕方なかった。
本当に…嬉しかった。
けど…。

「でも…俺、迷惑かけてねっすか…?」

今日の事は、しばらく続くだろう。
これからも…ずっとPMCマルスの女の子たちに頼り切りとはいかない。
俺がいると、取材とかトラブルとか続くかもしれない。
…コックを諦めないにしても、サイゾウさんに迷惑をかけ続けたくなかった。

「バカいうな。
 野次馬も何か月も続かねぇさ。
 ちょっとしたら別のスターに飛びつく。あんまりしつこいなら追っ払うかするっての。
 …店主としての意見で言っても、一見さんが増えるだけじゃ困るが、
 久しぶりに顔出してくれる客も来てくれて、俺は迷惑しちゃーいねーよ。
 繁盛してるのはなんだかんだでいいことだしな」

今日は普段の5倍以上のお客さんが来てくれた。
濡れ手に粟の状況とも言えるが…それでも、
サイゾウさんは繁盛している事はついで程度に思ってるんだな…。
それよりも俺が…立ち直れた事を…。

「…ありがとうございます。
 サイゾウさんのアドバイスがなかったら俺…」

「はん、礼は嬢ちゃんとホシノに言ってやれ。
 俺は料理に集中できてないお前の背中を押しただけだ。
 お前が頑張って、あの二人についていって乗り越えたんだ。
 違うか?」

「いえ…ほんとに…俺……っ」

サイゾウさんは俺を想ってくれて、心配してくれて…。
自分では何にも出来ない俺を、助けてくれた。
返しようがないほど…恩がある…。
俺の目から涙がこぼれてしまうが、気にしてられなかった。

「たまねぎ切ってるわけでもねえのにないてんじゃねえよバカ。
 …命を賭けて守ったんだろ?
 あの小さな女の子も、この佐世保も、PMCマルスもだ」

「…俺はホシノを守り切れなかったっす。
 撃たれているのを助けられなかった…」

「だが、見ろよ。
 この時点でホシノもヘロヘロだったろ?
 お前があの場所に居なかったら、ホシノも危なかったんだ。
 あいつも感謝していると思うぜ」

サイゾウさんは、テレビの映像を指さした。
大破したエステバリスからかろうじて降りた…満身創痍のホシノが見える。

…そういえば俺はあれからホシノを見舞いに行けていない。
ユリさんの件の事で、どう話していいのか分からなくなっていたし、
俺はアイツを守る事なんてできないって、あの時思い知った。

…でもサイゾウさんの言う通り、俺もあの作戦には必要だったんだろう。
他の誰かがパイロットになれるならそれでも間に合ったかもしれないが、
あの時点では俺が出撃しなければ佐世保の奪還はできなかったんだ。
…誇っても、いいんだろうか。

「自信持てよ、テンカワ。
 お前はもう臆病パイロットじゃないだろ?」

「…うっす」

…本当にパイロットになっちまったのはなんか悔しいが、
あの時…チューリップが沈んだ時の気持ちを信じたい。
もう…自分の道を見失ったりしない。
俺は、自分で、自分の意志で、自分の力で未来へ進めるんだと…。
そして俺は心強い仲間がいるんだってことを…。

















〇地球・連合軍・横須賀基地・士官執務室

『おい!少佐!
 PMCマルスに特殊部隊をけしかけた件について聞かせろ!』

少佐の耳にインターホン越しの怒鳴り声が届く。
少佐はシーツを被って部屋の隅で震えていた。

「どうして…どうしてだ…。
 あいつらがテロリスト集団だって、バール少将が言ってたのに…」

少佐は心臓の動悸が抑えきれず、
自分を追い込む状況が積み重なっている事で、死刑執行が近づいているように感じた。

「少佐、しゃんとしてくださいよ」

「!?
 お、お前どこから…」

突如現れた男が、物音一つ立てずに少佐のこめかみに銃を突き付けていた。

「自分のしたことには、責任を持ってもらわないと」

「い…嫌だ!僕は死にたくない!!」

「往生際が悪いんですねぇ?
 PMCマルスが無実って知っても、すぐに謝らないからこうなるんですよ?」

少佐は抵抗することすらできず、失禁すらしていた。
男が言うように、始末される前に自首していれば恐らくは暗殺も間に合わなかった。
しかし、自分の正しさ、バール少将の正しさを信じたいと思うあまりに、
判断を誤り自室に篭ってしまったことで、今の危機を迎えている。
もっとも、PMCマルスの襲撃をそそのかしたバール少将も、
このような判断をする心根の弱い男でなければ、少佐を襲撃の命令者に選ばなかっただろう。
すべては、責任を負おうとせずに生きてきた自分のせいだと少佐自身も、
この最後の時になってようやく気付いた。
あまりに遅すぎたが…。

「や、やめ──」

「おやすみ」

ぱぁん!


『!?おい、銃声だぞ!?』

男は銃を少佐に握らせると、通気口から脱出した。
すぐに上官が合い鍵で入室し、少佐の死亡を確認したが…。

「…これは自殺じゃない」

現場検証を進める中、少佐の手元に硝煙反応が少なかったこと、
そのほかの証拠から、明らかに自殺ではないことが判明した。
…しかし、それは別のトラブルをまた引き起こす要因になっていた。






















〇地球・東京都・立川市・連合軍基地・司令執務室─ミスマル提督

…参ったな。
アキト君が撃たれてしまうとは…無事ではいるようだが、
あんな素晴らしい活躍をした彼を守れなかったとは…。
自分を責めたくなる。

…だが今回の事は、
軍人としても義理の父としても失格と言わざるをえないだろう。

ユリカにもユリにも、嫌われてしまっただろうな。
…これは謝って済む事ではない。
力になると言っておきながら、十分な配慮を怠ったのだから…。
こうなるくらいなら無理にでも実子であると公表すべきだったか…。

いや、考えまい。
アキト君を守れたはずだというよりは、自分可愛さから生まれる発想だ。
他にいくらでも方法はあったはずだ。
で、あれば…この事件の責任を負わされてしまうかもしれないが、
それは身から出た錆ということだろうな…。

そんなことを考えていたら、私を軟禁していた兵士が再び現れた。

「ミスマル提督、お待たせしました。
 PMCマルスがテロリスト集団であるという可能性はなくなりましたが…。
 今度はPMCマルスを襲撃する命令を出した少佐が、暗殺されました。
 …あなたが襲撃命令を出すように命じ、口封じをしたかと疑われてます」

「…はあ。
 次から次へと私は疑われているんだな?」

「申し訳ございません。
 暗殺の件はさておいても、今回の事は連合内部でもかなりの不祥事です。
 記者会見で説明をしなければならないでしょう。
 明日の11時に、記者会見の席を設けております。
 資料は準備致しますので、説明をお願いします」

私を陥れたいものが居るのかと思うレベルには…不自然極まりないが、不祥事は不祥事だ。
とはいえ…この段階になってしまうと、ユリが実子であるということを公表するのも、
私から言うのでは逆効果になってしまいかねない。
保身の為に、襲撃した相手を利用した…と言われかねん。
…何ともつらい立場だな、これは。

「分かった。
 できる限り原稿をまとめておこう。
 …しかし、やはり外部との連絡はまだ取ってはいけないのか?」

「は。
 暗殺の件についてはまだ事が済んでいませんので。
 申し訳ございませんが」

…やはり不自然だな。
各所に連絡なしに記者会見を行うというのは…。
とはいえ、現状でこれ以上の不利をこうむるような事をしてはいけないだろう。
…せめて、ユリとアキト君に一言謝る時間くらいはほしいところだが…。
原稿を書き終えても…今夜はどうも眠れそうにないな。

















〇地球・佐世保市内・PMCマルス本社・居住スペース・アキトとユリの部屋─ユリ

「ユリさん、ユリさん…」

「ん…」

私はさつきさんに起こされて、体を起こしました。
布団も敷かずに眠ってしまったので、体の節々は痛いですが…。
それなりによく眠れてすっきりしました。
しかし、外を見るとまだ真っ暗です。
時計を見ても…まだ午前の3時です。
…どうしてこんな時間に。

「…なんですか、こんな時間に」

「ユリさん、お疲れのところ起こしてすみません。
 でも、ラピスって子から連絡が来て…。
 ミスマル提督が、危ないそうなんです」

眠気がぶっとんでしまいました。
ラピスが目覚めた?
しかも彼女の情報でミスマル父さんが危ないと?

「本当ですか!?」


「本当です!
 やっぱりラピスちゃんは妹なんですね?
 できればまだ眠っていてほしかったんですが、
 どうもPMCマルス襲撃事件をけしかけたのが、
 ミスマル提督と疑われているそうで…」

…自分のうかつさが恨めしいです。
確かに会社の事とアキトさんの事であまりに忙しくて力尽きてしまったとはいえ、
私達の半ばわがままで実子であると公表しなかったのに、
そのせいでミスマル父さんが、するはずのないPMCマルスの襲撃を仕組んだと…。
…そうなるとやはり。

「…お父さん…ミスマル提督を陥れると得の有る人がいるんですね。
 このことはアキトさんは?」

「知ってます…けど動いてはいけないですし…。
 どうやら責任を負わせるために、
 11時にミスマル提督に謝罪会見をさせるらしいので…」

「そうですね…。
 でも、この時間なら始発に間に合いますね。
 さつきさん、ありがとうございます。
 …行きましょう、東京に!」

「はい!
 役者不足ではありますけど、
 護衛させていただきます!」

…空元気も良いところですが、今は助かります。
いろんなことがありすぎて、気持ちが弱っていますから。
今回の事は間に合うかどうかすらも…駆け付けたところで、
ミスマル父さんの無実を証明できるかすらもわかりません。
…急がないと!





























〇地球・東京都・立川市・連合軍基地・待合室─ユリカ

私は昨晩からずっと、一睡もせずに待合室で待たされている。
私に対応してくれた士官の人の態度からすると…。
単に待ちぼうけさせて帰らせたいだけなんだと思う。
お父様のおつきの運転手さんに電話をしても、
お父様が戻れないということしかわからないらしかった。

…お父様は絶対ここに居る。

そうでなければいる場所を教えてくれるはずだし、
お父様は作戦行動前には必ず連絡をくれるもん。
ユリカを無視するなんて絶対ありえない。

つまり…状況から考えるとお父様はトラブルに巻き込まれているはず。

本当はこんなところで手をこまねいていていいわけない…。
でも私はアキト君みたいに強くないし…一人きりで乗り込んでしまったのを後悔した。
せめて、ユリちゃんたちの力を借りれたら…。

ううん、だめ。

今回の事は私が…ユリちゃんのためになんとかしなきゃ。
どうにもならないと決まった訳じゃない。
注意深く状況を見定めて…チャンスをうかがおう。

きっと大丈夫…。

お父様も…。

信じてます…お父様…。





















































〇作者あとがき

どうもこんばんわ。
武説草です。
段々と勝手に世間が盛り上がり始めて、
アキトの手の届かないところでの暴走が始まりつつありますね。
ユリカが少しおとなしすぎる感じはしますが、意外と状況によってはこうなりそうな気がしてます。
しかし、少佐が不憫…。
ミスマル提督はこの危機を脱することが出来るのかぁ!
そしてユリカとユリは間に合うのか!
ついでに、アキトは一回休み。
ってな感じで次回に続きます!


そんなわけで次回へ~~~ッ!
















〇代理人様への返信

>えええええええええええええええええええええええええええw
>いやまあそれなりにドラマティックだったからいいけど、
>こんなにあっさり生き返っていーんか、おいw

これ自体が実は仕掛けの一つではあるんですが、
そもそもの話私があんまりこういう辛いシーンの間を持たせられないのが主原因です(爆。
二話連続投稿の形式にしたのはそのせいもあります。

あとは実をいうとTV版の3話「早すぎるさよなら」がベースにあるので、
あまりにあっさり死ぬ→あまりにあっさり復活する、に変形している節があります。
撃たれたのが主人公だし、死ぬわけないからスッと戻ってきてくれないと困るっていう…。
とはいえ今後の話で、その状況そのものが結構ぎりぎりの蘇生だったことは明らかにしますが。

それよりも書いてて、
「ユリのほうがあっさり立ち直ってるけど、これはいいのか?」と、
さすがあんまりだなと思って何度も再計算したんですけど、
「あ、アキトさん生きてるならぜんぜんへーきです」と言わんばかりに、
すっと立ち立ち直っちゃうんですよね。
ただ、それはそれで問題を誘発するようで…?








>>シティハンター劇場版
>あれはシティハンターだからね、しょうがないね。
>なお代理人の中でそれに相当するのがマジンガーINFINITYな模様。
>あれは大きくなった俺たちの為の東映まんが祭りだ。
こういう企画を通してくれるというのは本当にうれしいです。
もう大満足してしまいました。





























~次回予告~

アカツキだ。
まったく、あの二人は昔に比べて特攻バカになりすぎちゃいないか?
特にユリ君。昔はなんだかんだ策をめぐらせるの得意だったとも思ったんだけどねぇ?
真っ向勝負もいいが、君たちはどうも潔癖に正々堂々とやりあって何とかしようとしすぎるよ。
ま、ラピスが結構いい働きしてるからつり合いは取れてるのかもしれないけど。
策を弄する相手とやり合うならやり合うで、良いやり方があるんだ。
まあ、教える前に君たちお得意の『強行突破』といこうじゃないか?
燃えてくるだろう?あ、そういうの別にいいんだね。失敬。

お昼ごはんを外食する時のメニューを選ぶより、話を考える時のほうがよほど思い切りがいい、
ビッテンフェルト的猪突猛進がお得意の作者が送るナデシコ二次創作、







『機動戦艦ナデシコD』
第十九話:Deny-否定する-その2









を、みんなで見てくれたまえよ。






隙があったらゴリ押しゴリ押しィッ! by作者












感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
あらら、暗殺されちゃったか。
・・・何事もちゃんと考えて行動しないとあかんね、うん(何か身につまされた模様)

しかしミスマル提督にとばっちりが来るとは・・・どうなることやら。





>かしらかしらご存じかしら
懐かしいなあw


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