〇地球・佐世保市・PMCマルス本社─ホシノアキト

快気祝いと助っ人パイロットのみんなの歓迎会から3日ほど経過した。
俺達はさっそく小隊規模の演習を行い、連携を見ていたが…。
やはりアカツキも、自分自身だけではなくエステバリス隊を相当鍛えていたようだ。
リョーコちゃんたちは本当に強くなっていた…終戦間近でもここまでには仕上がっていなかっただろうに。
訓練は実戦とは当然異なるが、腕のいい見本が居るというのはやはり違うんだな。
しかし…。

「ガ~~~~イ!スゥパァ~~~~ンナッパァアアアア!!!」


ドシーン…。

…この男だけは、根っこがまったく変わっちゃあいなかった。
ダイゴウジガイ…俺の心の友よ…。
それ、今やるべきことだったか?
エステバリスをひっくり返してしまって、大きな音が響く。
訓練の終わり際、戻る前に必殺技を見せると言い張ってあの過去の再現をしてしまうとは…。

「ああっ!?関節部がっ!?修理がっ!?」


シーラちゃんが悲鳴を上げている。
俺とユリちゃんも頭を抱えている。
エステバリスの準備はネルガルがしてくれたとはいえ、
当然、修理代くらいはPMCマルスが受け持たなければいけないわけで…。
…こういう、いらんことして損害をだしたら減給くらいしたいところだけど、
俺達は協力してもらっているだけだから、なんていうかそこまでの権限がないんだよね…。
アカツキかエリナに伝えてもいいが、結局治らない気がする、ガイの場合…。
…うーむ。だったら…。

「…ガイ」

「おう!なんだゲキガンフレンド!」

「…エステバリスを無意味に転がした罰として、トラック100週して来い」

「うげぇっ!?」

このPMCマルスのトラックは、一週300メートルある。
その100倍なので30キロ走ることになる。
しかもここは沖縄に近い九州地方で暑い。しかも真夏だ。
普通なら倒れてもおかしくないレベルの罰だ。
今時、こういう体罰なんて論外だが…。
基本的に体育会系気質のガイにはこういう罰が一番堪える。
これくらいしないと、何度もうかつにやらかすだろうからな…。

「…はぁ。
 アキトさん、親友やめた方がいいんじゃないですか?」

「…ちょっとだけ考えたけど、もう少しだけ様子を見ようと思う」

とはいえ親友である前に、今は仕事中で上司だ。
いろいろと配慮しなければならないし、
そうでなくてもパイロット仲間からひんしゅくを買い過ぎる展開は避けてやりたい。
難しいところだ。




















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─テンカワアキト

「ぐあぁああ~~~死ぬかと思ったぜぇ…」

「ヤマダくんおつかれ~。
 ほら、お水」

例のヤマダジロウ…魂の名前はダイゴウジガイ、というあの男はようやく戻ってきた。
ヒカルちゃんがお冷を出しだして労っている。
3時間ずっとぶっ通しで…とまでいくとさすがに熱中症で死んでしまうので、
ホシノは途中何度も休憩と給水を入れてやりつつも、
それでも許すことなく、結局100週走りとおした。

しかし…それでもこんなにしゃべって居られるって、
本当にこいつ体力だけは、ホシノよりあるんじゃないか?

「でも大丈夫~?
 これからアキトくんとさつきちゃんの訓練でしょ?」

「フッ、ダイゴウジガイ様を舐めるなよぉ。
 とっておきの訓練があるんだ」

…嫌な予感しかしないぞ。


















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社─ホシノアキト

俺はリョーコちゃんたちの訓練を見に来た。
パイロット候補生たちをエステバリスシミュレーターで指導しているわけだが…。
この数日でまだマニュアル操作だっていうのに、彼女達はかなりレベルを上げている。
シチュエーションは限定的だが、木星トカゲの機動兵器をうまく想定できている内容だし、
この調子ならもう1週間くらい訓練を続ければかなりいけるんじゃないだろうか。
…訓練カリキュラムから何からリョーコちゃんたちに任せてしまったけど、
それでよかったのかもしれないな…。
そういえば…。

「あれ、そういえばガイたち第二小隊のみんなが居ないけど」

「え~?
 何かぁ、食堂でビデオ講習するって言ってたけどぉ」

…。
嫌な予感しかしないぞ。














〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─ホシノアキト

『レッツゴー!ゲキ・ガンガーーーーッ!』

…やっぱりか。
食堂のカーテンを閉め切って暗くして、食堂用の大型モニターで、
大音量でゲキガンガー上映会をしているガイたちの姿が見えた。

…IFSはイメージが重要なので、ある程度はわかる。
分かるが…。
ゲキガンフレアくらいしか直接的に参考に出来る技はないぞ…。


ぱぁぁあぁぁあんっ!!



…俺がのぞきこんでいたそばから、
ユリちゃんは乗り込んでガイの後頭部をスリッパで殴打した。
ガイは痛みと驚きでふらふらしていた。

「ちゃんと訓練してください!!」

「こ、これも訓練だ!!」

「ガイ…変わった訓練をする時は相談しような?
 な?」

「お…おう…」

俺もそれとなく…それなりにプレッシャーをかけつつ、ガイを諭す…。

「は、はは…」

「…ホシノ、本当に俺達こんなんで大丈夫なのか?」

…生徒のテンカワもさつきちゃんも呆れてるな。
はぁ…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



ガイはひとまず反省文を書かせることにして、
俺がテンカワとさつきちゃんの訓練を見ることになった。
…う~む、やはり腕が良くても教官として優秀かどうかってのは別なんだな。
どれくらい訓練を今後請け負うかは分からないが…。
教官の人員に向いているのは誰か考える必要はありそうだ。
会社はやっぱり大変だな…。






























『機動戦艦ナデシコD』
第二十二話:Deny-否定する-その5






























〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─アリサ

私はついにPMCマルスに到着した。
西欧方面軍からは私を含む5人ほどが訓練に参加することになった。
ホシノアキトとホシノユリは外出中らしく、しばらく食堂で待つように言われ…。
例の『ホシノアキトに瓜二つ』のテンカワアキトに、
ジャパンスタイル・チャイニーズ・ランチをごちそうになっている。
…テンシンハン?って意外とおいしいわね。

私は西欧方面軍の訓練生で固まっていたけど…。
極東方面軍からも10名程度、アフリカ方面軍とアメリカ方面軍はそれぞれ6名ほど。
一部、それなりに年齢がいってる、上官クラスの人間も混ざっているようね。
それに近所の佐世保基地からも10名ほど…。
総勢で40人近くの訓練生で集まっている。

私達の西欧方面軍の面々は、お互いに面識がないけど、
小隊規模の連携も覚える都合上、それなりにチームワークを育まなければいけないんだけど…。

「ねえ?君はホシノアキトファンかな?」

「い、いいえ?」

「良かったぁ!彼相手じゃ歯が立たないからねぇ」

…早速、私の隣の女性の訓練生を口説いているイタリア系の男性の訓練生がいる。
西欧方面ではチューリップの撃破例が1件もないため、どの地域もそれなりに脅威を感じる状態だった。
佐世保は先進国と呼ばれる国の中で唯一、ほとんど木星トカゲの脅威に晒されない場所だ。
そう考えると、訓練で1ヶ月ほど滞在する予定であるとは言っても…。
これは『安全な地域に来て、しかもオキナワでバカンスまでできる』と浮かれてしまう気持ちも、
全く理解できないわけでもない。

…けど、訓練が終わったらエステバリス運営のノウハウを全軍に伝える為に、
それなりに大変になることが分かっているのかしら?
いや、きっとこの男はそれを期待しているのだろう。

つまり自分の軍でエステバリスの訓練の中心になることさえできれば、
自分は最前線に行くこともなくなるかもしれないと踏んでいる。
だからこそこんなに浮かれていられる、と。
…はぁ。

「何暗い顔してるんだい、アリサちゃん?
 可愛い顔が台無しだよ?」

「…すみません、ちょっと失礼します」

彼らが遊び半分ではないことを期待したいところですが…。
訓練や自分たちの話よりも、休みの日にオキナワのどこに行こうかとか、
ホシノアキトのゴシップだったりとか…あんまり話したくないです。
私は食器を返却口に返すと、テレビの見える席に座った。

話題は……へえ、ホシノアキトには妹がいるの。
ふーん…。

「初めまして、ホシノアキトです。
 よろしく」

そんな事を考えていると、ホシノアキトが食堂に現れた。
確かに噂よりずっと子供っぽいというかのんきというか…。
お爺様がおっしゃったように、プレイボーイではなさそうですね。
…本当に最強のエステバリスライダーなんでしょうか?



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



それから私達はホシノユリから訓練の時間の説明を受けた。
1日3時間程度の訓練と、基礎講座を1時間、そのほかはフリー。
週5の訓練で、土日がお休み…という訓練にしてはあまりにもあっさりしている内容だった。
これは人員不足であるという点があるため、またPMCマルスのパイロットの育成もあるためらしい。
午前と午後で半分ずつ訓練せざるを得ない状態であること、
そして教習に使うべきエステバリスの台数が限られている事に起因するとか。
こんなことで、本当に1ヶ月でなんとかなるんでしょうか…。
とはいえ、エステバリスシミュレーターでの訓練も自主的に行っていいということなので、
時間が短い分だけ自分で研鑽、復習して鍛えるべきでしょう。

「それではみなさん、
 明日からよろしくお願いします」

「「「「「「はっ!」」」」」」」


「あ、あのあんまり堅っ苦しくしなくていいよ…。
 俺達軍じゃないし…」

「まあまあ、アキト君。
 彼らも軍から特別に派遣された責任がある。
 エステバリスの普及のためにも、
 気を引き締めてもらわねば困るよ」

「そうですよアキトさん」

「あ、はい…どうも…お義父さん…。



 ……お義父さん!?」


「「「「「ミスマル提督!?」」」」」


な、なぜミスマル提督がここに!?
突如現れたミスマル提督に、
私達訓練生だけではなく、ホシノアキトまで驚いている。

「いや、何。
 PMCマルスの襲撃事件から、各所に連絡をしていたので時間が取れんでな。
 見舞いにも行けなかったので顔を見せに来たんだ。
 流石に…謝りたいと思っていてな。
 …しかしユリには伝えていたんだが」

「あ、ごめんなさい。
 思ったより訓練生が早く到着していたので、
 伝え忘れていました」

…ミスマル提督というあまりに大物の連合軍将校が登場してしまったので、
全員が立ち上がって敬礼をしました。
先ほどまでリラックスして話を聞いていた私のチームの男性も、
流石に緊張して敬礼をしています。
…もっとも制服が崩れているのでそれもあまり意味がなさそうにも思えますが。
そういえばミスマル提督の娘さんでしたね、ホシノユリは…。
こんな小さな会社が地球の運命を握っているというのも不思議ですが…。
まさか連合軍の方面軍を預かる将校の血縁者が二人も集まるというのは不思議なものです。

「お父さん、せっかくですし…。
 一言いただけませんか?」

「うむ。そうだな。
 おほん。
 …PMCマルスの活躍からエステバリスの導入が必要と判断されたわけだが、
 連合軍も人型機動兵器の導入は初めてのことで不慣れだ。
 そこで若い君たちの活躍が期待されている。
 これからの地球での戦いは君たちがカギを握っている。
 ぜひアキト君から多くの技を盗み、そして磨いてほしい。
 そしてその技を、運用を各地の連合軍にしっかり伝えてほしい。
 君たちの健闘を祈る!」

「「「「「「はっ!!ありがとうございます!!!」」」」」」


全員の返事を聞いて、ミスマル提督は静かに笑って頷いた。

「では、今日は解散しましょう。
 お疲れ様でした」

私達はホシノユリに促されて、この日は近場のホテルに帰った。
これからの訓練生活…どうなるか分からないけど、頑張らないと。
部屋に戻って荷物を置くと、同室の女性と少しラウンジでこれからの訓練について、
話し込んでいた。
どうやら彼女も父親が艦長で、無理矢理エステバリスパイロットに推薦されたらしい。
彼女自身も、高校卒業後に通う予定だった専門学校が戦火で焼かれてしまい、
入学が延期されてしまったので、仕方なくと…。
…辛いわね、それは。

「そういえば、隣の男の人達はどうしたの?
 付きまとってくるかと思ったけど」

「…なんでも、オキナワの名所を知りたいとかで、
 パンフレットや雑誌を買いに行ったみたいです」

…。
はぁ、どうなることやら…。
















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・アキトとユリの部屋─ルリ

私はユリカさんに呼ばれて…ナデシコでの訓練が終わってから、PMCマルスに寄りました。
…アキト兄さんと話してから何度か、夕食を一緒に食べたりとかありました。
今日もそうかと思ったんですが…。
私とユリカさんが、居住スペースのアキト兄さんとユリ姉さんの部屋に入ると…。
少し狭い、六畳間でアキト兄さん、ユリ姉さん、
そしてミスマル提督が膝を突き合わせて座っています。
なんでしょう、この重苦しい空気は…。

「あ、ユリカ義姉さんにルリちゃん…。
 ど、どうぞ」

「お父様?どうしたの?」

「…いや、何でもない。
 ちょっとこの間の事を話していただけだ。
 二人が許してくれはしたが、私も気にしていてな…」

…あ、この間の襲撃事件の事を話していたんですね。

「お父さん、気にしないで下さい…」

「しかし…」

「…これからも色々お世話になります。
 その時は遠慮なく言いますから」

「すまん。
 …アキト君、ユリを本当に命懸けで守ってくれたな。
 ありがとう…」

「なんとか…全員生きて戻れましたし…。
 良かったと思います…」

…なるほど、これではなかなか終われないわけですね。
お互いに既に許し合ってるけど、気持ちが収まってないと。
分かり合ってるなら、適当なところで終わっておけばいいのに。
…ちょっと子供っぽい振りでもしますか。

「あの…。
 私、お邪魔ですか?
 帰ってゲームしてていいですか?」

「あっ、いや、ごめん!」

「す、すまん!ルリ君!
 いい大人が子供に気を遣わせてしまったな!」

「私、子供じゃありません。少女です」

アキト兄さんとミスマル提督は慌てて態度を取り繕った。
…はあ、大人っていうか子供っぽい気もしますねこういうの。
でもユリ姉さんだけは微笑んで二人を見ています。
動じませんね、この人。

「じゃあお父様、お話ってなんです?」

「うむ…実はだな…」

ユリさんがお茶を出す中…。
ミスマル提督が話し始めました。

…びっくりしました。

ミスマル提督が私を養子にとってくれると。
事情的にもユリカさんの態度的にも、不自然ではありませんが…。
そんな事を考えていたなんて…。
確かにあの育ての両親が戸籍を持ったままであるというのはゾッとしません。
私を売った時に手にしたお金が尽きたら、何か危険があるかもしれません。
それにアキト兄さんもまだ未成年ですから、私を引き取れないですし。
あの育ての両親もお金が手に入った以上、私を抱えておく理由がありませんし、
今のうちに事が済んでしまう方がずっといい気がします。

反対する理由がありませんね。
でも…。

「…はい。ぜひお願いしたいです。
 私、ユリ姉さんもユリカ姉さんも、アキト兄さんも信頼しています。
 でも…」

「でも?」

「…まだユリ姉さんに、私の実の両親の事を聞いていません。
 知っていると、聞いたので…」

私の発言に、ユリ姉さんがあっと思い出したようにしています。
そうです…実の両親が居るんです。
どんな事情があったのか知りたい…。
愛されていなかったのなら、もう未練はありません。
もし、何かやむを得ない事情があったというなら…。
その両親の元に戻るのも、あり得なくはないです。
もっとも、この二人の姉を超えるような優れた人かはわかりませんが。

「…あの、お父様、ユリちゃん、ルリちゃん…それにアキト君。
 私にいっぱい隠し事してるよね?
 ……教えてくれないの?」

「……ごめんなさい。
 いつかお話しますから…」

「…すまんな、ユリカ」

ユリカさんは悲しそうにユリ姉さんを見ています。
ユリカさんはなんていうか…相手の深いところを見抜くのが得意ですね。
でも…この事は、あまり知られたくない。
特にアキト兄さんの事だけは知られてはいけない…。
実験台にされたことはまだしも…クローン人間であると知られては…。
大事な人に可哀想な子と思われるのは…なんていうかあまり嬉しくありません。
対応をあまり変えてほしくないと思うんです…。

「…信じる、だからいつか絶対話してね」

ユリカさんは私達を心配しています。
それでも…できればお墓までもって行きたいような秘密ですけど。
…ユリ姉さんは今度は私をまっすぐ見ました。

「…はい。
 ……ルリ、覚悟はいいですか?」

「…はい」

私は息を飲んで次の言葉を待ちます…。
ユリ姉さん自身も、かなり覚悟が必要な話のようです。

「あなたの両親は…普通の人では、ありません」

「…そんな気はしていました」

…この素晴らしい姉と兄が居る今、どんな言葉が飛んできても後悔はしません。
両親が既に他界していてもいいとすら考えています。
もう怖い物はありません。
ただ、あとは…一言だけでも文句を言ってやりたいという気持ちがあるだけです。
こんな風な人生を歩ませた両親に、怒りがないわけありません。
事情を知らなきゃ納得できない。

「ピースランドに赴きなさい」

「…ピースランド?」

…?
両親はピースランドに住んでいるんですか?
テーマパークが国になったという、あのヘンな…。
そのくせ中立国としてとてつもなく強い銀行を持っている国。
…住みたくないですね。

「…国王に手紙を書くんです。
 血液でも、髪の毛でもいいです。
 手紙に添えて送って下さい。
 
 『私はあなたの娘です』と。
 
 そうすれば、赤いじゅうたんを引いて迎えに来てくれます」

「ちょ、ちょっと…!?
 話が飛び過ぎです!!そ、それじゃ私は…!」

「不妊治療のために、試験管ベイビーとして生まれた…プレミア国王の娘です。
 テロリストに受精卵の状態のあなたを奪われて…しまっただけなんです…」

「なにっ!?」

「ええええええっ!?」


「…」

私は肩を落としてしまいました…。
本当に…どうしようもない理由…しょうもない私の人生…。
こういう場合、私は誰に怒ればいいんですか?テロリストですか?
…でも果たしてあの国に生まれていたら、私は幸せになれたんでしょうか?
分からない…ピースランドはおちゃらけた国であると言う事くらいしかわかりませんし…。

「そ、それじゃルリちゃんってお姫様なのぉ!?」

「そうなりますね」

「し、しかし…これはまた驚いたな…。
 アキト君、君たちは一体…」

「…なんか俺達ってトラブルに見舞われる運命らしくって…」

…アキト兄さん、多分ミスマル提督が気にしてるのは、
『なんでこの情報を知っているのか』って事だと思うんですけど。
……いえ、私も頭が全く追いついていません。
はぁ。

「…行きたくありません」

「行ってきなさい。
 後悔しますよ」

「…妙に確信を持って言いますね?」

「…私もそうしましたから」

…そういえば今考えると、ユリ姉さんの境遇は私に似ているんですよね。
ミスマル提督の不妊治療の為に試験管ベイビーとして生まれる見込みだったと…。
育ての親が居て、研究所を出た後、ミスマル提督に見つけてもらえた。
IFSを使うとマシンチャイルド状態になるので姿まで似てしまいますけど。

「その時…どんな気分でした?」

「すごく、嬉しかったですよ。
 生きていると教えてあげるくらいはした方がいいです。
 後の事はそれからいろいろ考えればいいです。
 …それに私達も戦っていればもしかしたら死ぬかもしれない。
 そうなった時…あの育ての両親の元に戻るんですか?」

「…」

私は返事ができませんでした。
…ユリ姉さんも、アキト兄さんの事で両親に接触したんですね。
それでろくでもない人達だって知った…。
おちゃらけたあの国でも…育ての両親よりはマシな人かもしれません。
…会うだけなら、会ってみましょうか。
ユリ姉さんも、断定する割には「行って確認してきなさい」という感じがします。
確かに、見もせず話もせずに断定するのは少し行き過ぎた対応ですね…。

「…分かりました。
 ナデシコの研修が終わったら行ってみます」

「…良かった」

「…気にいるとは思いませんけど、
 戻ってくるまで親権関係の事は保留させてください…。
 …でも、一つだけ心配があります」

「どうしたの?」

「帰りたくなったとして…。
 実の両親が私を離そうとしなかったらどうすればいいですか?」

私がピースランドや両親に馴染めない可能性があります。
いえ、ぶっちゃけて言えばまず馴染めないと思います。
テーマパークに夢を見られるほど、普通の人生を歩んでませんし。
でもまかり間違って自由を束縛されるレベルに愛されたりすることもあり得ます。
そうなった時、取り返しがつきませんよね。
色んな可能性があるのに、片道切符で行くのは危険です。

「その時は『世界一の王子様』が助けに来てくれますよ。
 ね?アキトさん?」

「あ、えっと…うん…。
 ユリちゃんにそういわれちゃうと恥ずかしいな…」

…なるほど、『夢の国』には『世間の夢を押し付けられている王子様』ですか。
あれくらい強いアキト兄さんなら…本当に何とかしてくれる気がします。
それにしてもこんな一言で顔を赤くするなんて、
アキト兄さんってバカな上にウブですよね、ホント。
夫婦とは思えませんね。
でも…。

「その時は頼みます、アキト兄さん」

二人が私を助けてくれる…それがとても嬉しい。
私も勇気を出しましょう。
堂々と、正面から言ってやるんです。
『どうして見つけてくれなかったの、バカ』って。
ふふふ…ちょっとだけ楽しみになってきましたね。


















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・アキトとユリの部屋─ホシノアキト
ルリちゃんの出生の件も…何とかうまく伝えられたな…。
しかしまさかこっちから国王に申告するとは流石に考えていなかったけど…。
でも、もし迎えに行くとしたら…ユーチャリスがないと心もとないか?

「…ふう、君たちには驚かされてばかりだな」

「申し訳ないです」

「しかし…君の妹がピースランドの姫君と知られたら
 またマスコミがざわめきそうだな」

「そうですね…」

…ルリちゃん本人はともかくとしても…。
そうなったらルリちゃんの兄の俺を王子様扱いしかねないよ、マスコミの人達は…。
それに俺の人気…海外での盛り上がり具合が分からないが、
ピースランドの人達がいい印象を持っていると、
俺もルリちゃんのついでにとばかりに引きずりに来かねない……洒落にならん。
い、いや…あの時も最終的にナデシコにルリちゃんを帰したんだ。
……きっと大丈夫…だと思う。

「あ、そういえば質問なんですが」

「どしたのルリちゃん」

「…アキト兄さんは、いいんですか?
 その、あの育ての両親って嫌ですから…。
 私が養子になるなら、
 アキト兄さんも婿養子になってもいいんじゃないですか?」

ビキッ。


俺はつい固まってしまった…その発想はなかった。

「おお!!確かにそうだ!!
 アキト君ならぜひ頼みたいところだ!!」

「うんうん!歓迎だよ!!」

「…それは考えてませんでした。
 いいですね、それ」

…だれも反対しない、四面楚歌じゃないか!?
い、いや…俺も反対する理由はない。
…お義父さんは出生の事を知っているのにそう言ってくれる…嬉しいに決まっている。
だが…。

「…待って下さい。
 俺もお受けしたいと、思いますけど…。
 …まだユリちゃんと式も挙げてないですし…。
 今はそんな場合じゃないですし…」

「む…そういえばそうだな…。
 いやすまんすまん。
 気持ちが先に来てしまった」

「そうですね…。
 今、『ミスマルアキト』になっちゃうと問題がたくさんありそうです」

…なんていうか、今名前を変えると本当に戦う人生に引き込まれそうなんだよな。
そうじゃなくても今結婚式したり改名したりするというのは、
ルリちゃんの件と一緒にマスコミを喜ばすだけな気がするし…。
無事に戦争が終わってからにしたい…本当に…。

「…そうだ。
 この機会だから、大事な話があるんだ」

お義父さんが少し神妙な表情で俺達を見た。
…直近で大事な話はすべてしたと思うんだけどどうしたんだろう。

「…アキト君が死にかけたことで、
 特殊部隊の隊員を殺さずに捕らえてくれたことを、
 私は本当に誇らしいことだと思う…。
 もし次このような事が起こったとして…。
 いや、もちろんこんな事が起こらないようにするつもりだ。
 だがもし起こったとして…相手を殺してしまうようなことがあったも悔やまないでほしいんだ。
 軍とは、兵士とは、判断する上司や上層部を疑わない事を前提として動く。
 …判断を誤った上司が居たとしても、命を賭けてその判断を突き通さなければならない。
 彼らはそれでも本望と思わなければいけない立場なんだ。
 自分を守るために、仮に死なせてしまったとしても…それは仕方のない事だ。
 だから…そうしてでも生き延びてくれ…」

そうか、お義父さんは俺が死ぬかもしれなかったから…。
死ぬくらいなら、兵士としての本分を果たす彼らを殺してでも生き延びてほしいのか…。

「…ユリちゃんと約束しました。
 誰も殺さないと」

人を殺せばまた俺はコックの道を諦めかねない。
俺もそう思うし、ユリちゃんもそう思っている。
なにより…特殊部隊と戦っている最中、
俺はまだ『黒い皇子』に戻る事ができてしまうと感じた。
だから…。

しかし、お父さんは首を横に振った。

「…君のその信念は、見せつけられたよ。
 だがそうしなきゃいけない場面もないわけではない。
 殺すつもりがなくても死なせるすることだってあるだろう。
 …そういう時の心構えの話だ」

「…はい」

人はいつ死ぬか分からない…死ぬ時が戦闘とは限らない。
ガイみたいに、関係ない場面で撃たれる事だってあり得る。
そうでなくても事故で、巻き込んで殺す事だってある。
…アカツキとの決闘も、おそらくはそういう覚悟がいる。
そういう覚悟もなしに、居られる状態じゃないからな…。
…俺はこの部分を、変えることが出来るだろうか。

「君はユリを命に代えても護ると言ったな?
 …だが、今後はそれでは許さん。
 全員で帰ってくるんだ、いいな?」

「…はい」

儚い約束だ。
殺すつもりがなくても死なせることがあるように、
生きるつもりがあっても死んでしまうこともある。
そんな事が分からないお義父さんではない。
…ユリちゃんも、ユリカ義姉さんも、分かりきっている。
分かりきっているが…約束しておかねば、気が済まないことだ。

「…そして、もう一つ約束してほしいことがある。
 ユリカ、ユリ…ルリ君。
 みんなも約束だ。
 
 アキト君は英雄視されているし、
 何かしらの謀略をかけられることもあるかもしれない。
 その為に私が人質にされたり、殺されたりしたとしても…気にしないでほしい。
 無論、悲しんでしまうのは仕方のないことだ。
 だが…私の為に戦いに赴くのは止めてほしい。
 私も将校として、一兵士として、そういう時が来るのは覚悟している。
 敵に逆襲される事はあり得ることだし、敵対している勢力に狙われるのは常だ」

「お父様…」

「…ズルいですよ、お義父さん。
 俺達には死ぬなと言っておいて」

「…子供が親より先に死ぬなどということはあってはならんよ。
 親が一番悲しむ事なんだからな…」

俺の頬に涙が伝ったのを感じた。
前の世界で俺とユリカが乗ったシャトルの爆発の後、
ルリちゃんが一年も立ち直れなかったように、
お義父さんも悲しみのどん底に居続けたんだ。
恐らくはルリちゃんが立ち直った後も、ずっと…。
それを思うと俺は…。

「こら、アキト君。
 泣くところじゃないぞ」

「あ、す、すみません…」

「君は本当に純情だな」

軽く涙を手で拭うと、お義父さんをまた見つめた。
あの時…俺は無力で何もできなかった。
何もユリカにしてやれなかった。
何もお義父さんにしてあげられなかった。
もう二度と、あんなことを起こさせない!
今度こそ…!

「…ユリ?どうした?」

お義父さんがユリちゃんに声をかけた。
隣に居るユリちゃんをみると…泣いているのかと思ったが、
顔色を真っ青にして脂汗を額にびっしりと浮かべていた。
身体を震わせて、危険な状態のように見える…!

「あ、あぁ…ああぁぁぁ……」


「「ユリちゃん!?」」

「ユリ!?」

「ユリ姉さん!?」

俺はユリちゃんの状態を見るが…どうしたんだ!?
熱はない…だが痙攣しているようにも見える…。

「きゅ、救急車!!」

「う、うん!」

ユリカ義姉さんが…端末で救急車を呼んでくれたが…。
ユリちゃんは完全に気を失ってしまった…。
俺が抱きしめているのもむなしく、震えは収まっていない。

いや…これは…?!































〇地球・佐世保市・市内病院・ユリの病室─ユリ

……あ、ここは?
病院…?
あれ、私どうしたんだっけ…?

私は体を起こして、病室を見回した。
個室で、私以外誰も居ない。
何があったんだっけ…。

ええっと…確か昨日アキトと喧嘩して…。
逃げ出したアキトと追っかけっこして…河原で仲直りして…。
そこから意識が途切れたような…。
何があったんだろ…。
テレビがある。つけてみよう…。

「えーこんばんわ。8月5日、7時のニュースです…」

え?!8月!?
た…たしか…アキトと喧嘩したのって10月の何日か…。
1年近く前…!?
そ、それじゃもしかしたらアキトは…!!

「アキト…。




 アキトォーーーーーーーーーーーッ!!」















〇地球・佐世保市・市内病院・診察室─ホシノアキト

俺達は…全員してユリちゃんに付き添ったものの、
医師は体に異常がなく、脳波も正常であることに首をかしげていた。
──やはり身体には異常がないか。
この症状に、俺は見覚えがあった。
俺が『幼い』ホシノアキトに戻った時のことだ。
あの時は、俺が『幼い』ホシノアキト時代にかけられた言葉に近いことを、
ユリちゃんが言ったから呼び起こしてしまったが…。
…もしかしたら、お義父さんの言った言葉は、
ユリちゃんの育ての両親が言った事に近かったのか?
僕の記憶の限りでは、そういう話はしてもらったことなかったから分かんないし。

…うーん、参ったな。
どうするか…。

「アキトォーーーーーーッ!!」


ああっ!?やっぱりか!?

「あ…アキト君…?
 今のユリちゃん、だよね?」

「…ごめんなさい、ちょっと様子見てきます。
 取り乱しているみたいで…」

「…また、秘密?」

「こら、ユリカ。
 信じてあげるんだろう?」

「…はぁい」

ユリカ義姉さんはシュンとして待っていてくれた。
ルリちゃんは心配そうだが、付いてこないみたいだ…。
…一応事情をすり合わせないと、後が大変だぞ…これは…。

























〇地球・佐世保市・市内病院・ユリの病室─ホシノアキト


「あっ…アキト…良かった…」

…俺が部屋に入ると『ユリさん』が泣いていた。
想像通り、この世界のホシノユリの人格が表面に出てきたみたいだ。
俺が無事だったのを知って、ようやく落ち着けたみたいだ。
まるで母のように俺を抱きしめて…嗚咽を零す。
…本当に、安心しているんだ。

「うん…うん…大丈夫…」



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



「…アキト、何があったの?
 あなたちょっと変だよ?」

「…どこから話していいのか分からない。
 落ち着いて聞いてほしいんだけど…」

──それからしばらくして、ユリさんが泣き止むとようやく何があったのか話し始めた。
俺が『幼い』ホシノアキトになってしまった時はすべて「記憶障害」で済ませていたが…。
ユリさんは成長過程は普通なので、年相応だ。
記憶障害と誤魔化したところで見抜かれてしまうだろうな。
…少し迷いながら、ルリちゃんに話したように「前世の記憶」を背負って生まれたと説明した。
その上で芸能界、そしてPMCマルスの話をしたが…。

「…アキト、ちゃんと話しなさい。
 隠し事なんかしても分かるよ?
 前世の記憶があったとしても、
 最新鋭のエステバリスの操縦方法を知ってるなんて、
 あり得るわけないじゃない」

「い、いやだから…アカツキが鍛えて…」

「そもそも、アカツキ会長とツテがあるわけないじゃない。
 私達は実験体だったでしょ?
 研究所出てからの接触じゃ、こんな短期間にそんな風にならない。
 前世が仮にあるとして、その前世からアカツキ会長と付き合いがないと成立しないよ」

…参ったな、これは。
ユリさんは…やっぱりユリカそっくりだ。
性格・感性…顔立ちだけじゃなくそういうところまでそっくりで、隠し事が通用しない。
『幼い』ホシノアキト時代の記憶でもそう思ってはいたが…。
実際に見てみると本当にすごいな…。

…結局、ボソンジャンプの事から戦争のすべてまで洗いざらい話さざるを得なかった。
時間の逆行、そして別の体…このあたりが説明できないからだ。
隠し事が分かるという通り、俺が正直に話すとすべて信じてくれたらしい。
ユリさんは、俺がすべてを聞き終わるとただしばらく泣いていた…。

「ぐず…辛かったのね…アキト…」

「…うん」

すべて聞き終わっても記憶は戻らず、そして俺を『アキト』と呼ぶのをやめなかった。
親は何歳になってもいつまでも子供を子ども扱いするというが…そういうものなんだろうか。
『幼い』ホシノアキトの世話をしてくれたユリさんは、
前の世界で人殺しまでした俺を変わらず見てくれているようだった。

「…それじゃ私は妹みたいなものだったのね?
 なんかヘンな気分…」

「慣れるまで少し時間がかかるし…。
 ちょっとしたら自然に記憶も戻ってくるだろうから、
 気にしないでいいと思うよ、ユリちゃん」

「えっ…は、恥ずかしい…」

俺も『幼い』ホシノアキトになった時もこんなことを言っていたが…。
やっぱり関係が変わっているっていうのは大ごとだよな。

「…ユリさん、今度は僕が護るよ」

「アキト…」

「…それに、君の実のお父さんとユリカお姉さんも居るんだよ?
 会ってくれないかな?」

「あ…」

ユリさんは…ためらいがちに俯いた。

「…だめ。
 会いたくない…」

「どうして?」

「だって…だって…もっと早く会えていたら…。
 お父さんとお母さんはきっと死ななかった…。
 私の実のお父さんは連合軍の偉い人なんでしょ…?
 ネルガルからだって二人を守ってくれたかも…。
 そう思ったら…きっとお父さんにひどいことを言っちゃいそうで…」

「…そうだね。
 でもねユリちゃん」

「え?」

「…二人は君の事を本当に大切に思っているよ。
 ひどいことを言ったとしても…きっと抱きしめてくれる。
 大丈夫…会おうよ」

ユリさんは怯えている…。
実の父親に会えるというのに、自分の感情が爆発したら、
その関係が壊れるのかもしれないと…。
それでも辛うじて小さく頷く。
俺はみんなを呼んでこようとしたが…。

「アキト…。
 別人みたいだけど…やっぱりアキトなんだね…」

「…うん」

「…悔しい…私が一人前にしてあげたかった…」

俯きながら…俺を見つめるユリさん。
…ユリさんを置いて、俺はみんなの元に向かった。






















〇地球・佐世保市・市内病院・ユリの病室─ユリカ

…アキト君の話を聞いて愕然としちゃった。
ユリちゃんは記憶喪失っていうか…二重人格みたいに私達のことを忘れちゃったって。
アキト君のことは付き合いが長いから覚えていたそうなんだけど…。
ちょっとだけショックだった…。
ただ、こういう状態になったのは二度目だし、すぐに治るかもしれないし。
きっと大丈夫…。

「…あなたが、お父さん?」

と考えていたんだけど…なんだか根が深そうにも見えた。
私とお父様をおどおどとしながら見つめている。
以前は髪の色が変わっていたんだけど、今はいつも通り。
しかもなんていうか、凄く柔和で…でも私によく似ているような感じがする。
普段の喋り方や性格や物腰はルリちゃんのほうが似てるのに…。

でもまるっきり覚えてないっていうのはおかしいよ…。
だって…前は14歳になったのに私の事覚えてたみたいなのに…。
やっぱり二重人格みたいなところがあるって事なのかなぁ…。

「ユリ…大丈夫か…?」

「…はい」

…ううん、覚えていないどころじゃない。
私とお父様をまっすぐ見てくれないもの…。

今のユリちゃんは私達を嫌っているんだ……。

根拠はないんだけど、こんな風に私達からそっぽを向いているユリちゃんは見たことない。
よそよそしい、では済まないくらいに…。

「ユリちゃん…今日はもう休む?」

「う…うん…そうしようかな…」

ユリちゃんは静かにアキト君の気遣いを受け入れて、
私達の面会を打ち切ろうとしていた。

…当たり前だよね。
ユリちゃんを見つけることが中々できなかっただけじゃなく…。
いつも肝心なところで、私達は力になれてない。
許してもらってばっかりで…。
これが…ユリちゃんの本音なんだ…。

「……待ってください、ユリ姉さん」

ルリちゃん?

「あなたは言ってくれました。
 私と同じ、親元から引き離された試験管ベイビーの私に…。
 実の親が居るなら会わないと後悔するって。
 会った時、嬉しかったって…言ってくれました。
 
 私も、その言葉で勇気がでました。
 
 突き放すなら突き放すで、
 どうしてそうなっちゃったのか、教えてあげて下さい。
 …親のせいで辛い目にあったなら、
 あなたは責める権利くらいあるんじゃないですか?」

ルリちゃんって…容赦ないね…。
一番してほしくないけど…一番聞かなきゃいけないことをハッキリ言っちゃった。
でも…そうしなきゃきっと私達はユリちゃんと過ごす資格がないと思う。
ルリちゃんは境遇が近いユリちゃんの気持ちが分かるんだ…きっと…。

「…本当に話していいと思うの?
 えっと…」

「ルリです。
 アキトさんの妹です」

「あ…そ、そうね…。
 でも…アキト…」

「いいよ、話して。
 お義父さん…すみません」

「…うむ、分かった」

お父様も小さく頷いて…。
…私にどうしても聞かせたくなかった部分を、話してくれるんだ。

「…ユリちゃん、ちょっと…」

「…うん、うん、分かった。
 それだけは言わないから…」

アキト君はユリちゃんに耳打ちをして、短く何かを伝えた。
…また秘密。
でも…仕方ない。
きっとこれから聞くのは…私が聞いたら泣いちゃうくらいの話。
…気を遣ってくれてるのに、責められないよ…。

「…お父さん、ユリカさん。
 ちゃんと…話しますから…受け止めて下さい。
 私の人生を…」

ユリちゃんの言葉は、重く感じた。
私を動けなくするほどに…。





















〇地球・佐世保市・市内病院・ユリの病室─ユリ

私は自分の半生を振り返った。
別に愛のない家庭に生まれたわけじゃなかったの。
というか結構、甘やかしてもらっていた。
両親は日本語が上手で、日本の風土に良くなじんではいたけど、中国系で…。
帰化して日本名を持っているから、良く調べないと分からないくらいだった。
最後の最後に両親の秘密を知るまでは気にするようなことじゃないと思ってた…。

私は大切に育てられていたと思う。
勉強が分からないといったら親身になってくれる家庭教師をつけてくれたし、
習い事も、趣味も、惜しみなくさせてくれた。
友達に話すと、羨ましがられるくらいに…中学生になってもそれは変わらなかった。
私もお返しにと料理や家事をしっかり覚えた。
将来成功して…両親を幸せにしたいと考えていた。

…けど、一つだけ疑問があった。

両親は在宅勤務をしていたというけど、どんな仕事をしているのかが分からなかった。
パソコンの前に居ることは多かったけど…何をしているのか分からない。
ただそんなことは当時どうでもいいと思っていた。
いい暮らしができるくらいに、恵まれた家庭だと思えたから…。

ただ、そんな暮らしも高校生になった頃に突如終わってしまった。
ある日…家に帰ると、両親と誰かが口論している場面が見えた。

直後…二発の銃声が聞こえた。

急いで部屋のドアを開けると、私の両親は致命傷を負って倒れていた。
私は叫んだ。
でも意味はなかった。
その場にいた黒服の男たちは私を拘束して連れ去ろうとした。

…辛うじて息があったお父さんは、私に言った。

「ユリッ…ネルガルを恨むな…!
 私達がすべていけないんだ!だから…。
 気にするんじゃない!お前はお前の人生を生きろ!
 お前はどんなことがあっても生きてくれ…!
 お前は…お前は…私達が生きた証だ…!」


…私はその時、何のことか分からなかった。
でも私は両親を呼んで泣き叫ぶことしかできなかった。

…その後、目覚めるとネルガルの研究所でナノマシンを投与されていた。
手術台に縛り付けられて、ただ注射をされるだけの滑稽な手術。
手術服のまま、私は呆然と…両親の顛末と、どうしてこんな目に遭っているのかを問うた。
責任者が、詳しく話してくれた。
彼も私の境遇には同情していたらしい。

私はそもそも、あの両親の子供ではなかったらしい。

愕然とした。
私は両親を実の親だと思い込んでいた。
母の顔立ちはよく似ていたし、出産時の写真もあったし…。
疑う余地など全くなかった。
驚くべきことばかり話された。

あの両親は…母さんが妊娠能力はあるが排卵能力がない事を理由に、
本国の子供の多さと出来を競っていた一族からつまはじきにされ、
二人とも一時期自殺すら考えていたらしい。
そこで、ネルガルと悪魔の契約を結んでしまい…。
不正に盗まれた受精卵を使って自分の子供として育てる事になった。
他人の子供でも出産まで行って、どうしても子供を育てたかったと。
普通の温かい家庭を、一族と無関係の土地で築きたかったのだと…。

そしてネルガルとの契約は…私の身柄。
マシンチャイルドとあだ名されるIFS強化体質者を、
後天的に作ることが出来るかどうかを調べるための、実験台として…。
私は普通に育てられ、16歳の時点でネルガルに引き取られる事が決まっていた。

多額の報酬と、生活資金を振り込まれ続け、一生遊んで暮らせる額だったらしい。
それをふんだんに私に、そして普通の家庭を装うために使い続けてくれたとか…。
両親は引き取り段階になって、それを拒絶しようとして殺されてしまった。

両親は間違いなく私を実子のように育ててくれていた。
そしてその為に殺されてしまった…。

私は悔しかった。
ネルガルもこんなやり方しなくても良かったはず。
育ての両親も抵抗しなければ生き伸びれたはずなのに…。

…私は両親を恨むつもりはなかった。
方法が間違っていたとは思う。
でも二人の愛情は本物だったし、私も二人を心から愛していた。
お父さんにネルガルを恨むなと言われたから、恨み切れなかった。

…ただこの事実が、私のIFSを狂わせた。
実験の最中わずか三回目で私のIFSは動かなくなり…。
診断の結果、私は精神的なショックにより、ナノマシン拒絶体質になってしまったと知った。

…その後、投薬で殺されるかもしれないと話されて、
どんなことでもするから、殺さないでほしいと床に頭をこすりつけて頼んだ。
死への恐怖ではなく、生き続けることでしかもはや両親に報いる方法がないと知っていたから…。

その時の研究所の所長が温情ある人だったので、
何とか実験体の世話係として生き延びることができた。
下手をしたら実験体の『生産』までさせられかねなかったけど…。
研究所を出るまで、何とか無事に居られた。

…そこでアキトに出会った。
テンカワアキトというオリジナルの人間がいる、クローン。
当時はA’(エーダッシュ)というコードネームで呼ばれていた。
A’は当時、同い年くらいに見えたけどであった頃はまだ6歳だった。
ひどい教育の為に喋るのも上手じゃなかった。
少しずつ、本当に少しずつ、世話をするなかで成長を見せた。
最終的に、かろうじて小学生くらいの常識と知能を持ち合わせるところに来れた。

A’もナノマシンの量が過剰になりすぎて、大食いになりすぎた。
また、致死量を超えるナノマシンを持っているため、
これ以上の実験ができないということになり廃棄されそうになり…。
私はまたも懇願して研究所からの退所を願い出た。
保護するに当たって、私は婚姻を結ぶしかなかった。
A’に名義を貸しているホシノ家は、A’の引き取りを拒否していた。
私の両親も生きていることになっているから…婚姻なら独立していられるから。

A’には出所時に、
オリジナルであるテンカワアキトの「アキト」と名前を付けた。

…私とアキトは、研究所やネルガルの研究について口外しない代わり、生き延びることを許され…。
両親が私の名前で銀行口座にお金を残してくれていたので、何とか生き延びてこられた。

細々とした生活で、貯金がなくなったらどうなるか分からない暮らしだった。
それでも…アキトが学び続ければ、いつかは…と考える余裕はあった。
研究所から出ていって二年…ずっと…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



そして…。
私は、今ここに居る。
…私がアキトのいう「前世」…ボソンジャンプで未来からタイムスリップし、別の姿を得たと。
本来は、このルリ…目の前に居るこの子だったと…。
この一年近くの時間の中で、私は…その記憶を使って生きてきたってことなんだろうけど。
…想像がつかない。

何とか…私についてはすべて話す事が出来たけど…。

アキトが配慮してほしいと言った通り…。
クローンであるアキトにまつわる事と、
その時にアキトを保護するために婚姻を結んでいたことだけは伏せざるを得なかった。
流石にこれは話してはいけないから…私だって話していい事じゃないと思う。
女の子がそんな風に男の人と結ばれるなんてあってはいけない…。
でも、私はそうするべきだと思った。

アキトは私がたどったかもしれない未来の姿。

もしかしたら…私が実験体として居続けられたら、
アキトも廃棄されるほどひどい目にはあわなかったのかもしれない。
そう考えた時に、私は何としても保護しないといけないって思った。

ユリカさんは、ひざを床について泣いている。
お父さんも、目頭を押さえて震えている…。

「…ひぐっ、ひぐっ…。
 ごめんユリちゃん…ごめんね…。
 私、なんにも知らなかった…そんなことがあったなんて…」

「すまなかった…ユリ…。
 お前をもっと早く見つけてさえいれば…」

…本当に、話して良かったのかな。
二人が泣いている姿を見て…私は罪悪感を覚えた。
…話さずにいられない事ではあったけど、二人を傷つけるつもりなんてなかった。
ただ、知ってほしいことだと思ったから…後悔はしてない。

…ルリが促してくれたから、辛うじて冷静に話せた。
もしこれをお父さんやユリカさんに促されていたら、
もっとひどい口調で怒鳴っていたと思う。
あるいは話す事も出来ず…疎遠な関係になっていたかもしれない。
…ルリに助けられちゃった。こんな小さな子に…。

「…私こそごめんなさい。
 偶然テレビに出ていたから見つかったのに、無理なことを言って…。
 …普通に考えれば、恨むべきは育ての両親か、ネルガルです。
 
 それに二人は私を大切に想ってくれているって…アキトから聞いてます。
 今は私もそう思います…」

この二人は『いつものユリ』じゃないと分かっていても…。
私の話を受け入れてくれた。
それだけでも私を家族と思ってくれている事が、分かる。
もう…二人を責めるのは止めよう。
きっと…大丈夫…。
やっていけるよ、この温かい二人と…。

「その、実験体だったとか…その後の事とか、あまり気にしないで…。
 私を受け入れてくれますか…?
 都合のいいことを言っているとは思うんですけど…」

「!
 もちろんだよ!
 ね、お父様!」

「ああ、そうだとも…。
 ユリ…お前の育ちを聞けて良かった…。
 お前はなかなか話してくれなかったからな…」

…私の中に眠る、前世のホシノルリはどうふるまっていたの?
でも、そんな事はいいかな…。

私はもう一人じゃない。

アキトも立派になったし、
一人で無理に頑張らなくても…生きていけるんだ。
そう考えたら…ホッとして…。

「うぅ……」

「ユリちゃん…」

「ユリ…」

涙がまた…。
あの時、止まってしまった私の人生が…動いた。
止まる前とは違った形だけど、もう大丈夫。
私は…私の人生を生きていいんだ…。

「…ユリちゃん。
 今日はもう休んだ方がいいよ。
 ただでさえ疲れてるんだから。
 明日には退院できるだろうからさ」

「うん、ありがとアキト…」

アキトが気を遣ってくれた。
本当に、全然違う人みたい…。

「アキト、お父さん、ユリカさん、ルリちゃん。
 …みんなまたね」

みんなが胸をなでおろして、病室を出ていった。
なんだか、前世がどうとか、一年足らずで変化した環境とか、新しい家族とか…。
私のほうが別世界に来ちゃったような気分だけど…。
振り返ってみると…ふふ、すっごく嬉しいかも…。

…お父さん、お母さん。
私、良い家族に恵まれちゃったみたい。
きっとこれから…お父さんとお母さんと居た16年と同じくらい幸せになれると思う。
だから安心して…私を見ててね…。

…アキトもなんかすっごいカッコよくなっちゃって。ズルいなぁ、もう。
それにしても…。

「アキトってすごいんだね…。
 ほとんど英雄みたいじゃない」

テレビのどこを見てもアキトの姿が映ってる…。
組まれてる特集の過去の経歴を見ても、コスプレ喫茶、芸能人、凄腕パイロット…。
どんな事をしてきたんだろう、どんな大変なことがあったんだろう。

うーん…。
アキトにもっと話を聞きたーい!

いずれ思い出すんだろうけど、きっと面白いもん。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



いけない、アキトに早く休むように言われたのに、
夢中になってみちゃった。
てへ。





















〇地球・佐世保市・ミスマル家専用車両─ミスマル提督

私達はアキト君を送りにPMCマルスに、
ユリカとルリ君を送りに佐世保基地にそれぞれ向かうことにした。
しかし…。

「ううむ…。
 二重人格のようなものとは聞いたが、ユリカそっくりだな」

「ええ、そうですね。
 いつもと比べるとすっごくそっくりです」

「やっぱり!?
 私もそう思ってたの!」

あの短い時間で、私達はあの立ち振る舞いにユリカと同じものを感じた。
姉妹だから当然なんだが…いつもはどちらかというと…。

「いつもはルリちゃんにそっくりなのに。
 喋り方からなにから、そっくり。
 名前も似てるし…。
 ねえ、アキト君?」

「え、ええ…まあ…」

…これも何か訳アリだろうか。アキト君が言い淀んでいる。
今更なにか隠すこともないだろうが…。

「…ねえ、アキト君。
 本当に身体…大丈夫なの?」

「…今のところ寿命が読めないのがちょっと不安ですけど、
 この3年くらいは異常が出てませんから…。
 でもナノマシンを取り除くことが出来たら出来たで…。
 下手にナノマシンを取り除くと、五感が止まって動かなくなるかもしれないんです。
 一時期歩く事も見ることも困難で…それを治す効果があるんです。
 こういう事情もあって…ナノマシンを全部止めるわけにもいかないんです。
 俺の知ってる、火星にいるナノマシン研究をしている人が見つければいいんですが…」

「…そうなんだ」

…火星か。
確かに火星ではナノマシンの研究が進んでいるが、
だが火星までたどり着くのは骨だぞ。
そもそもその専門家が生きているとは限らない。

しかし、アキト君の寿命が読めないとは…。
…天は二物はくれないということか。
下手をすれば明日にだって倒れる可能性がないわけじゃないのか。
ううむ…今すぐにでもPMCマルスを止めさせたくなってきたが…。

治療ができないならどのみち関係はないかもしれんが…。
せめて安静にさせたいところではあるな。

「…私も、アキト兄さんほど露骨な実験体じゃないですけど、
 同じような遺伝子操作とナノマシン処理を受けてます。
 ユリカさん…あんまり話したくなかったのはこのせいなんです。
 私達がもらわれっこで、血のつながらない兄妹であるというのも…」

「うん、ごめんねルリちゃん。
 …こんなに私を心配して言わなかったんだもんね。
 大丈夫だよ。
 人と違う境遇を持ってても、お姫様だったとしても…。
 何も変わらないよ…私の妹だもん…」

「…はい」

ユリカはユリ君の頭を撫ぜて…。
ルリ君も嬉しそうに頷いた。
…もう、大丈夫だろう。
だが…。

「…アキト君、ネルガルに報復する気はないのか?
 ここまでの事をされて…黙っているのか?」

私の問いに、ユリカとルリ君がぴたりと動きを止めた。
…ここまでの事をしでかして、穏便に済ませていいとは思えん。
アキト君の一件は、ネルガル解体にすら発展しかねない。
クローンで作られ、しかも遺伝子操作までしたとなると…。
恐らく世間に知られれば尾ひれがついて『戦闘用の人間として造られた』と、
非難の対象になるだろう。
ユリの両親の事もそうだ。
育ての両親の事を憎んではいないような関係だったと分かった…。
それだけでも私はずいぶん救われた気分になれた。
だがネルガルは別だ。
ユリの育ての両親をそそのかし、私の子供を奪った上に、
人体実験に使おうとしていたなどと…許していいはずがない。

「…火星に居るナノマシンの専門家も、ネルガルの人です。
 ここで関係が切れれば、致命傷になりかねません」

「…そうか」

「そうでなくても…アカツキの父親の時代の話です。
 この間会長になったばかりのアカツキを責めるのはお門違いですよ」

「…アキト君って優しいんだね」

「エステバリスがなくなったら木星トカゲに対抗するのも困りますから」

冗談めかして言っているが…それも事実だな。
自分を守る武器なしに、生き残ることはできないだろう。
現段階で仮にエステバリスがなくなったとしても、
アキト君レベルの兵士をみすみす手放さないかもしれない。
…そういう意味では、連合軍の訓練を請け負うというのは、
アキト君の代わりになる兵士を発見する可能性が出てくるので良い事ともいえる。
アキト君は将来町食堂を始めたいと言っていたからな…。
連合軍としても、アキト君がPMCマルスで戦うのをやめてほしいというのは総意だ。
一人の兵士に頼るより、優秀な人材を多く持つ方が現実的だしな。

「…わかった。
 君がそういうなら、
 ユリに言われない限りはネルガルを問うことはしないつもりで居よう。
 …計画を仕組んだのはアカツキ会長の父親だ。
 アカツキ会長には借りもあるし、これからの動向で判断しよう」

「…すみません」

「構わんよ。
 今はエステバリスが必要なのは事実だしな」

アカツキ会長がアキト君を助けているのは事実のようだし、
決闘さわぎが収まってから判断するしかないだろう。
それにエステバリス抜きでは、地球は勝てんだろう。
…と考えているとアキト君は眉間にシワを寄せていた。

「…しかし、ちょっと困りました。
 あのユリちゃんだとPMCマルスの仕事がまた滞ります。
 実力はともかく、経験がありませんから。
 明後日の戦闘も指揮者が居ませんし…。
 俺も流石にもう少し休まないと戦えません」

「そういえば…そうだな」

PMCマルスのブレーンはユリだ。
周りから見てもそれは間違いない。
アキト君は戦闘についてはトップレベルだが、
指揮をしながらの戦闘は出来ない。
まして今は負傷の為に、戦闘そのものが出来ない。
ユリが指揮や索敵を行ってくれたからこそ、活躍出来たんだろう。

「…手伝いましょうか?」

む、ルリ君が手を挙げたな。
確かにルリ君はオペレーターをナデシコで担当するという。
実力的な問題はないが…ユリカとナデシコで訓練中だったと思うが。

「私もいくよ、アキト君」

「ユリカ、お前もか!?」

「ユリちゃんがピンチだもん…私が代わってあげたいんです。
 私もエステバリスと小隊規模戦闘は分からないから不安だけど、
 しっかり詰めれば何とかなります!」

「…助かります。
 ありがとう」

…これは意外な展開だ。
いや、アキト君もアカツキ会長に交渉できる立場だ。
そう考えれば不自然なことではない。
うむ…どうにか出来そうだな…。
ユリカも現場の経験を積めるというのは悪いことではないだろう。

「二人とも、油断するんじゃないぞ。
 それにアキト君は今回は出られない。
 …戦力は大丈夫なのか?」

「ええ。
 でもユリカ義姉さんのナデシコからエステバリス隊が協力に来てくれています。
 何とかできそうです」

「…うむ、なら頑張ってきなさい、二人とも。
 アキト君を助けてあげるんだ」

「はい!」
「はい」

ふむ…これは面白いことになってきたな。
ユリカも微妙な立ち位置の妹と義理の弟が居るといろいろ気をもむかと思ったが…。
杞憂だったようだな。
むしろ、ユリとアキト君の為に積極性を持って自分を戦いに投じさせるようになったか。
艦船の戦いではなく、エステバリス小隊の指揮経験というのも今後は必要になるだろう。
しかも今回はエステバリス戦闘の専門家であるアキト君とのチーム。
これはナデシコに乗る以前から見どころが多そうだな…。

…ふふ、楽しみだ。


















〇地球・佐世保市内・PMCマルス本社─ホシノアキト

ユリさんが退院してから、俺は編成について再度考案せねばならなかった。
…何しろ、前回の作戦の人員配置はユリちゃんが決めたことだ。
今回はそれを再現できないので、再配置する必要がある…。
しかもエステバリスの台数が倍だ。
今回はトレーラーのレンタル、そしてトレーラー運転手をスポットで雇う必要性があるな…。
それに…。

『発注はそれくらいでいいの?
 まだ欠けてるんじゃない?』

「うーん、指揮車両の増台も必要そうだけど…オペレーターが。
 ユリちゃんが出来ればいいんだけど…ルリちゃんしかいないんだ」

『ラピスがいるじゃない。
 あの子もリハビリはまだ完全じゃないけど、
 元気だからちょっとくらいなら大丈夫よ。
 あなたに会いたがってるんだから頼ってあげなさい?』

…ああ、そうか、そういう手があったな。
俺も手一杯で、いろいろ頭が回らなかった。
…そして俺はラピスに『自分で』電話をかけるように言われた。
リハビリを手伝っているエリナに頼もうとしたが、

『それくらい自分でやりなさい。
 ラピスだってアキト君に直接頼まれたらやる気が100倍になるわよ?』

…と諭されてしまったので、自分でかけた。
効果は…想像以上だったがな。

さて…訓練に戻るか…と思ったところで…。

「アキトーーーー!ご飯の時間だよーーーー!!」

「あ、あの食堂の開始は2時間後だからね!?」


ユリさんが…マイペースに、二人きりで暮らしてきたタイムスケジュールで食事を持ってきた。
俺自身は食べるつもりがなかったが…。
本格四川料理が大盛りで現れると…つい…。

「い、いただきます」

「めしあがれーっ!」

…食べてしまった。
ユリさんという人は…本当にユリカそっくりだ。
マイペースで、空気を読まないし、自分の行動に対して淀みや迷いがない。

…料理が得意なところ以外は。

ただ…厄介なことに俺はユリさんにしろユリちゃんにしろ、
強く言われてしまうと逆らえないんだよね…情けないくらいに上下関係が固定されてるから…。
とほほ。

…結局、10分ほどで早食いしてまた訓練にもどった。


























〇地球・佐世保市内・PMCマルス本社・食堂─テンカワアキト

俺は食堂で鍋を振るっていた。
今日は俺とホシノ、そしてユリさんが食堂当番だ。
食堂班の子たちは…雪谷食堂のピークに代わりに行ってくれている。
しかし…。

「ユリさーん!麻辣炒め入ったよー!」

「任せてー!」

…なんかホシノとユリさんの雰囲気が違うんだけど。
どーなってんだこれ…。

「はれー、なんかアキトのやつ一味違うな」

「いや、そもそもなんかメニューが変わってませんか?」

ナオさんの言葉にさつきちゃんが答えている…。
そうなんだよな…。
確かにユリさんは鍋を振るえるけど…レバニラ炒めとか、チャーハンとかでやってたんだけど。
なぜかいつも書いてある黒板のメニューが一部消えて、
四川本格中華のメニューがかかれている。
そしてそれをユリさんが捌いている…。

う~ん、ユリさんが二重人格気味って言うのは知っていたけど…三重人格なのか?
ユリカによく似ているし…こっちが本来の性格なのか?
分からん…。

「アキト、テンカワ君には事情バレてないの?」

「うん、だからうまく隠して」

…なんなんだ、コソコソと。



















〇地球・佐世保市内・PMCマルス本社・食堂─ホシノアキト


「…何か思い出した?」

「…だめぇ。
 すっごいおいしいけどなにも思い出せないよ…」

…はぁ。やっぱり特製ラーメンでもダメか…。
もう明日が出撃だから、何とか作戦開始前に戻らないかと思っていたけど…。
…いや、今回は大丈夫だろうけどな。
次の作戦は、山口県の岩国基地周辺のチューリップの撃破…。
チューリップのサイズは佐世保の半分くらいだ。
それに対して俺達の戦力が倍だし…何とかなるだろうが、
ユリちゃんが地形の計算を綿密に何日もかけて考えてくれていたのが失われた。
それはかなり手痛い…。

「…ねえ、アキト。
 私だと役に立ててない?」

「そんなことないよ。
 人が増えてるから食堂手伝ってくれるだけでも大分助かってる。
 ただ、やる仕事の種類が増えてるからさ」

「…ユリちゃんってすごい子なんだね。
 全然私じゃできそうにない」

…無理に戻そうとしたのは良くなかったかな。
気にしているみたいだ…。

「…大丈夫、慌てなくていいよ」

「でも、寂しいでしょ?」

「…うん。
 でも…ユリさんが久しぶりに見られて嬉しいから…」

俺の『幼い』ホシノアキトの部分は、ユリさんを求めていた。
ユリちゃんもユリさんの部分を無意識に継承しているが、
口調や俺に対する態度は前の世界のルリちゃんそのものだから。
『僕』はやっぱりこっちのほうが好きだな…。

「…うん、ありがと。
 で、でも…あの…ユリちゃんとはどこまでしちゃったの…?」

…ユリさんは本当に夫婦になろうとしていた事を教えると顔を真っ赤にしていた。
恋愛経験もあんまりないらしいから…。

「えっと…最後まで…」

「ええっ!?AからCまで!?」

「…う、うん…」

今時そんな風に言わないと思うんだけど…。
改めて言われると恥ずかしいなこれ…。

「…信じられない…もう…そんなことまで…」

「…ご、ごめん」

二人して顔を真っ赤にしてしまった…。
俺はそうしたくてそうしたわけだけど、
ユリさんが知らない所ですごいことをしたと考えると、後ろめたい気持ちになる。
ぶっちゃけて言ってしまえば俺とユリちゃんは知らなかったとはいえ、
ホシノアキト保護のための婚姻を真に受けて…夫婦になろうとして…。
こういうこういう事態も起こり得たって分かっていただろうに。
後悔はないし、すごく良いことだと思っていたけど、
実際こういう風に直接聞かれてしまうと、うろたえてしまう。
うう…なんか情けないな…。

「だ、大丈夫。

 …ね、アキト。
 この10ヶ月くらい、何があったか詳しく話してくれる?
 いっぱい、面白いことがあったんでしょ?」

「…うん」

ユリさんはちゃんとここまでの事をちゃんと知っておきたいんだろう。
確かに自分の人生の一部分が欠けたままというのは気持ちが悪いしな。
もう少ししたらユリさんがユリちゃんの記憶と重なってくれるだろうし、
本当はもう少し、作戦について詰めたいところだけど…。

俺はユリちゃんと話せないのが寂しかったせいか、つい話し込んでしまった。
明日も早くに出なければいけないのに、夜遅くまで。
いつも一緒に居るはずの、一緒に戦い続けたユリちゃんが…。
俺にいろんな事を問う姿というのは、新鮮で、見たことのない顔を見ることができて…。
楽しい気分になれた…奇妙なものだな、本当に…。
そして俺達は短い時間ながら深く眠り…出撃の朝を迎えた。

「…アキト、寝る時におっぱい吸う癖は治ったんだね…」


…仕方ない、覆せないとはいえ…。

『幼い』ホシノアキト時代の癖の一つ一つは…振り返ると本当に情けないな。

ううっ…勘弁してくれ…。



































〇作者あとがき

今回はユリとルリにまつわる話を家族会議風味に書いてみました。
また足止めを食らった感じになってしまいましたが、
このせいでまたもや戦力ダウンをこうむりつつも、ついにラピスが参戦!
そしてアカツキとの勝負も近づいている!
ナデシコのパイロットを扱いきれるかホシノアキト!!
連合軍のパイロット訓練は大丈夫か!
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!












〇代理人様への返信

>うんまあ、ほんとに箸休め回ですねw
ちょっとずつキャラが変化しつつあるのを書いてるとそれだけで一話終わる…。
う~ん、もっとザクザクやるべきなのかなーなどと考えてます。
結局書きたいように書くのが一番いいので、困りごとなんですが。




>しかしクリムゾン衰退かー。
>とすると、テツヤ達もフリーなんかな。
どんだけ落ち目になっても、取引先が大手だと中々終わらないものではありますが、
早くも劇場版ナデシコのネルガルの立ち位置に落っこちそうな状態である感じですね。
テツヤ達はライザのレポート待ちです。




























~次回予告~

どうも、ホシノアキトっす。
なんていうかこの世界に来てからいろんなことをユリちゃんに頼りっきりで、
情けない気はしているんだけどどうしようもないっていうか…。

今回はナデシコのみんなの力も借りられそうで、何とかできそうだけど…。
はぁ…会社って大変だなぁ…。


平成から令和になる中、いつも通りすぎる日常に翻弄されるものの、
それでもいつも通り書き続けるよ作者が書き綴るナデシコ二次創作、







『機動戦艦ナデシコD』
第二十三話:Deny-否定する-その6










を、みんなで見てね。























感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
うーん・・・ちょっと冗長かな、さすがに。
これらの話が全部後で収束するにしても、ちょっと厳しい。

後アキトに別人格があってユリに別人格があって・・・さすがにややこしくないですかこれ。


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