○地球・佐世保市・ユーチャリス研修施設・ブリッジ──ユリ

私とユリカさん、ルリ、そしてラピスは、アキトさんの様子を見ながら、
対策を協議していましたが…今一つ有効な策が思い当たりません。
一応ナデシコのみんなも来てくれてますが、動きが取れないこともあり、ひとまず食堂で待機してくれています。
ユーチャリスの新スタッフの女の子たちは、まだ戦闘になれてないこともあり、
プレハブ寮に戻って休むように言ってあります。
もっとも、アキトさんが心配でずっとテレビにかじりつきになってるんでしょうけど…。
12人の元パイロット候補生たちも食堂で待ってくれてます。
…人がいくらいても何ともならなさそうなのが問題です。

「高周波ブレードはDに対しては有効かもしれないけど、
 あの調子じゃリョーコのおじいちゃんがやっつけちゃいそうだし、
 アキトはそもそも短刀のほうが得意だからあんまり意味がないんだよね」

「…それじゃスバルさんに向かってもらったらどうです?」

「ダメだよルリちゃん。
 リョーコちゃんは別に戦いのプロってわけじゃないんだよ?
 居合道ができるからって、サイボーグ相手に対抗できるわけじゃないんだから」

ユリカさんの言う通りです。
いくぶんか有利になりはしますが、
逆にアキトさんとアカツキさんが持ってったカエンへの対策のほうがよほど有効です。
ただ、そうなるとやれることはあまりなくて…。

「このままだとただ待ちぼうけだよねぇ」

ラピスは頬杖をついてふてくされたようにしていました。
ラピスの言う通りナナフシの時同様、信じて待つしかないみたいです。
…ナナフシの時ほどお祭り騒ぎする時間はありませんし、
ちょっとラピスの事を想うとそんな気分にはとてもなれません。

「ラピスちゃん…。
 ユリカお姉さんはね、ユリちゃんをかばってくれた勇気はすごいと思うけど、
 お姉さんの代わりに妹が爆弾つけたりするの良くないと思うよ」

「もう!しつこいな、みんなして!
 分かってるってば!
 代わる代わる説教して今度はユリカまで!!
 時間がないんだってば!!」

「ラピス、やることがなくなったんですからお説教の一つくらい受けて下さい。
 爆弾の爆発にはまだ時間がありますし」

「うう~~~」

ラピスはここまでに、ウリバタケさん、ホウメイさん、ミナトさん、メグミさん…。
そのほかたくさんの人に、めちゃくちゃ説教されてむくれ顔です。
ユリカさんは作戦の話しあいが終わるまでは、そのあたりの事は黙ってました。
ま、たまにはいい薬です。
次はやらないって約束するたけじゃちょっと足りないかと思ってたので。
普段のわがままっぷり、ユリカさん顔負けのゴーイングマイウェイっぷりを反省するいい機会ですよ、まったく。
それくらいじゃ直りそうもありませんけど。
ちなみにテンカワさんは心配の一言を言ったあたりで、ホウメイさんに連れてかれました。
『ラピスちゃん生還パーティの料理』か『お通夜の料理』かは定かではありませんが、
何かしら仕事が出るのには間違いない、と準備するつもりだそうです。
で、今はおにぎりやサンドイッチなどの軽食を配って、英気を養ってもらってますね。
夜の10時半も過ぎたのに、みんな備えてくれてます。
ホウメイさん、用意周到すぎますね…感謝しかありません、本当に。

「ちょっと待った」

ブリッジに訪れた人物の声に、私は驚いてしまいました。
どうしてあなたが!?
しかしその人物は、あたかも当たり前のようにそこに佇んで…。
これから何をするのか、簡単に想像できます。
…本当に、アキトさんは慕われてますね。
















『機動戦艦ナデシコD』
第四十六話:drama queen-悲劇のヒロイン気取り-その7























〇地球・佐世保市・河川敷──D

俺は体中が熱くなっているのを感じた。
これは参った…。
この日本刀を持った怪物相手に、俺はずっと苦戦している。
しかもこのスバルユウというご老人は、まったく勢いが衰えていない。
俺が全身80%が機械のサイボーグで、相転移エンジンを搭載しているというアドバンテージをゼロにしてくる。
それどころか俺のディストーションフィールドをまとった拳すらも刀で止めてしまう。
そして衝撃波すら繰り出すその腕…。
どんな強度の刀、そして体の構造をしているんだ…!?
こ、これは…。

「どうした、ブリキの化け物。
 さっさと次の出し物を見せんかい」

……そろそろ俺も品切れなんだが。
ホシノアキトの気持ちが分かったな…。

そして、俺は重力波エネルギーラインの接続を感知した。
それも3つだ。
つまりは…。

「修理完了、そしてこっちに向かってるということか」

「なぁ~~~にをとぼけたことをぬかしとるんじゃ?
 そっちが来ないならこっちから行くぞ!!」

「悪いな、ご老人。
 俺の負けでいい」

「はぁ?」

ご老人は首をかしげているが、俺は近くに迫るはずの車両に意識を向けた。
…このスバルユウ相手では車でも逃げ切れるか怪しいが…ここは…。

「俺はもう活動限界だ。
 これ以上戦うと下手すると冷却が間に合わなくて脳が煮えて死ぬ。
 …かといっていくらあんたでも俺を両断することはできまい?」

「はっ、ばれとったか。
 最初の一太刀目がワシの一番威力の高い技だったと」

…でなければ困る。

「かといって人前で機械部分以外を切って殺すのは、
 さすがにあんたでも躊躇ったんだろう」

「ちっ、そこまでバレてしまっては続けるのも馬鹿らしい。
 降参勝ちなんてのは情けないが、受け入れてやるわ」

スバルユウは刀をしまうと、ぶぜんとした表情で俺を見た。
…不満ではあるが納得はしてくれたようだな。
やはり、この手の相手には正直に言うのが正解のようだ。
カエンに付き合わされて映画見ておいて良かった…結局世間知らずだからな、俺達は。
だが…。

「しかし…お主をのがしちゃ、ホシノの坊主が危ないと見た。
 足の一本くらいは失くす覚悟があるんじゃろ!
 文字通り足止めさせてもらうわい!

 機械じゃいくらでも直せるからのぉ!!」

…やっぱり一筋縄ではいかないか。
そんな甘ちゃんじゃないな、このご老人の場合は。
と、言ったところで…エルの小型トラックが見えた!


ばっ!どごぉん!!



俺はエルの小型トラックに飛び乗ると、タイヤがパンクしていないのを確認した。
荷台にはすでにインとジェイが乗り込んでいる。
辛うじて俺の体重の飛び込みに耐えながらも、車体は大きく揺れ、荷台はへこんだ。

「悪いなご老人!
 俺を作った連中は修理してくれるほど優しくないんでな!
 逃げさせてもらうぞ!!」

「待たんか!
 このワシが逃がすと思うたか!!」

だろうな!!
すぐにご老人は走って追いかけてきた。
…かなりスピードが出てるだろうに。

「お、おい!
 ホントにあの爺さんサイボーグじゃないのかよ!?」

「……信じられん」

「実際いるんだから信じるしかないでしょ?!
 でもなんで離せないのよ!?
 今時速70キロ以上出てんのよ!?」

「……そいつは都市伝説でも作ってそうだな、あのご老人は」

エルたちは様子をテレビで見ていたようで、俺を圧倒する実力をもつスバルユウに驚愕している様子だ。
それはそうだ、俺達は本来『人間ではまず勝てない』設計をされていたはずだ。
少なくとも全員、ホシノアキトとヤガミナオ以外の人間なら抵抗にすらならない程度には強い。
俺に至っては多少の銃火器では対応できないほどだ。

…だが現実はどうだ。
インですらアカツキナガレ相手にすらほぼ互角、
ホシノアキトはジェイとインを二人抜き、
俺はホシノアキトとアカツキナガレには圧勝できたが、さらにその上のスバルユウが現れた。
自ら望んで改造手術を受けた訳ではないにしろ、
俺達は戦闘能力の高い人間を作るための実験体として生まれたというのに…。
自分の存在すら否定されたような気分になってくるな…さすがに。

俺達は呆れながらも、カエンの居るホテル・ストーン佐世保に、向かった。
スバルユウは、俺達がホシノアキトのところに直接行かなければ恐らくは止めまい。
俺がカエンのためにエネルギーラインを接続できる距離に近づいたら、
戦意を見せずにカエンの戦いを見ながらご老人と世間話でもしてればいい。
結局スバルユウという人物が寄越されたのは、ホシノアキトをタイムリミットに間に合わせるための足止めだ。
俺をホシノアキトから遠ざけて、カエンの元にたどり着くまで時間を稼ぐのが目的だ。
スバルユウの先ほどの判断を見れば…にらみ合って膠着状態を作ればいい。
カエンとアクア嬢がそこまでの間に、どのような形であれ決着をつけてくれればいいんだ。

……最も、カエンが本当にホシノアキトを殺したいのかは分からないがな。





















〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地──ホシノアキト

俺達はついに、ホテルの最上階にたどり着いた。
ラピスの爆弾のタイムリミットまで…すでに残り一時間を切っている。
カエンの戦闘能力は技術が低いものの、ナオさんとほぼ互角、プラス炎を操る能力ってことだが…。
…ブーステッドマンはもう一人いるらしいし、油断はできないな。

「ホシノ君、奇襲には気を付けろよ」

「お前こそ。
 俺ほど実戦のアンブッシュにはなれてないだろ」

俺達は軽口をたたくように、互いに警句を発した。
緊張感は保ちながらも、味方がいるという安堵感を再認識して動きやすいようにほぐす。
昔はアカツキの皮肉で不器用な軽口が嫌いだったが、気心が知れると心地よいもんだ。
アカツキは本当にシークレットサービスの一流レベル以上の練度を持っているらしい。
ゴートや月臣と組んでいる時と変わらないほど心強い。
この一年くらいの間にどれだけ厳しい訓練をしてきたのか、想像に難くない。

「よお」

「お前がカエンか…!」

部屋を一つ一つ調べていく中で、ようやくカエンの姿を発見した。
ここは天井の高い…ジャズバーみたいなところだな。
ホテルらしくパーティやイベント、結婚式などを行う…見晴らしのいい、広くていい場所だ。
もっとも木星トカゲに襲撃され、人が使わなくなって長い時間が経っており、
ほこりとがれきがそのかつての華やかさを曇らせているようだ。
だが俺とアカツキは息を飲んだ。

人質がいる。

…これは、さすがにまずい。
俺もラピスを助けるために来たが…誰だかわからないが人質がいるとなっては…。
……見捨てる、か?
いやそれは殺人と変わらん…ダメだ…。
だが…。

「…どうする、ホシノ君。
 一応二人がかりなら片方が助けに行くってこともできるが」

「今はダメだ。
 距離がありすぎる、機会をうかがうぞ」

俺達は小声で、カエンから目を離さずに相談をした。
だが俺達の心境など御見通しとばかりに、カエンはいやらしい笑いで俺を見ている。

「この娘はちょっと訳アリでな、人質に使わせてもらってんだ。
 …まさか人ひとりの命を見捨てて自分の妹を助けようとはしないよなぁ?」

「…ああ、そうだな。
 そんな度胸は俺にはない…。
 
 だがラピスの命を諦めるような薄情な男でもない…!」

カエンの隣に居る女の子は、もがいて唸っている。助けを求めているな…。
俺とアカツキは少しずつ間合いを詰めている。
いつでも動けるように、腰を落として、すり足で。

「そうかい…。
 だが俺の手から炎が放たれれば、
 このいかにも燃えやすそうなドレスを着たお姫様も黒こげになっちまうぞ。
 ちなみに爆弾の解除器を持っているのはこの娘だ。
 俺はこの起爆装置を持ってる。
 しかも、この娘の首にはラピスラズリと同じ爆弾付の首輪がつけてある。
 爆破装置の周波数も共通だ。
 
 …つまりお前たちの返事いかんでは、
 俺達はまとめて心中、ラピスラズリも同時に吹っ飛ぶわけだ」

「ち…やっぱ君ら意地が悪いよ…」

…全くだ。
まあ…権力との癒着を盾に裏からコソコソやってくるやつらばかり相手にしてた頃から考えると、
正面からやってくれるだけ親切ではあるけどな…。
カエンの一言で俺とアカツキの緊張は一段と高まった。
自分の命もラピスの命も同時に失うかもしれないわけだからな…。

「カエン…俺を殺したいだけならラピスもその子もアカツキも関係ないだろ。
 俺とやり合って殺す自信があるならやってやる!だから爆弾を解除しろ!」

「おっと…いい挑発だが…。
 必死になって戦ってくれないとこっちもやりがいがない。
 ま、俺とやりあいながらこの子を助けられれば、とりあえずラピスラズリは助かるわけだ。
 …ちったあ骨のある回答が欲しいところだが、腑抜けた返事で少しがっかりしたぜ。
 機嫌を損ねたらどうなるか分かってねぇのかよ?」

「…ホシノ君、こんな時にのけものにするのはちょっとひどくないか?」

「バカ、俺だって本当はお前が居た方が心強いよ。
 このままじゃ戦うのだっておぼつかないんだから言ってんだよ」

…アカツキはジト目で俺を見ているが、それどころじゃない。
だが…どうする!?
カエンの気分次第で俺達は…下手をすると即座に黒こげにされる。
かといって残り時間はもう一時間もない…モタモタしてても同じことだ。
しかし奇襲の機会は失われてしまった…。
カエンを説得するのは無理だろう…あれほどの感情を持つ男だ。
俺に対する憎悪はちょっとやそっとじゃどうしようもない
…どうすれば!





















〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地──カエン

…ったく、冷や汗もんだぜ。
今の俺は炎を出せない。こんな強がりをするハメになるとはな。
いくらこの無抵抗なアクア嬢を人質にしていようと…銃の一つもなければ即座に殺す事はできねぇ。
俺の素の能力は普通の人間とそう変わらない…首を絞めても、かなり時間が必要だ。
…Dがエネルギーラインを接続させてくれねえととてもじゃないが勝ち目がない。
アクア嬢もそれを分かっているから、そわそわと足首を揺らしている。
目の前にいるホシノアキトとアカツキナガレには助けを求めてるようにしか見えんだろうが…。
ま、プラン通り挑発してやるか。
いい感じに奴のどす黒いところを引き出すことが出来れば、それで終わりだ。
ホシノアキトが英雄の器じゃなく、単なる虚栄心の塊だったなら失言の一つや二つ出てくるはずだ。
手元の起爆装置のスイッチを入れればジ・エンド。
そんな小さな男と心中するのはゴメンだが…。
奴の輝きがイミテーションだったとバラして、世間にたたきつけられるのは愉快だ。
ここまでトカゲとの戦争を引っ張った『世界一の王子様』『世界を救う稀代の英雄』が、
実は世間を騙したただの詐欺師で、ネルガルの操り人形で…。
もしかしたらクレイジーな殺戮者だったとすれば、
世間を騙して操ったとんだ極悪人だろうよ。

そうなれば世間じゃ俺達のほうを評価し始めるかもしれんな。
ひょっとしたらもしかしたら地獄の閻魔様も、地獄の沙汰を考えてくれんじゃねえの?
…は、バカバカしい。あの世もこの世もあるかよ。
そんな都合のいいことがあるか。
神も仏もあったら俺達ももうちょっとマシな人生で居られたろうぜ。
それに俺は…別に世間に英雄扱いされたいわけじゃねえしな。
目の前のこのホシノアキトという男の価値を貶めることさえできれば…なんでもいいんだ。

「なあ、ホシノアキト…。


 お前…本当は何人殺したんだよ?」


「な…」

いい顔だ。
呆気にとられたというか、確信をつかれたというか、そんな顔だ。
うまく図星を突けたようだな。

ここだ。
こいつのツボはここにある。
言い返せるわけがない。

あんなサディスティックな笑みを浮かべ、相手を叩きのめす事を楽しみ…。
そして連合軍特殊部隊との死闘の映像を見た時…俺は確信した。
こいつは数限りない修羅場を超え、幾百の屍を乗り越えて生きていたと。
実戦経験の浅い俺達でさえ気づく。
あそこまで丁寧に戦うことが出来る奴は、基本的に行きつくところまで行ってる。
…あのヤガミナオでさえ、片手では済まない程度には殺しをしている。
そこんとこ行くと、ホシノアキトは相当だろうよ。
機動兵器戦も、肉弾戦も、諜報戦も、暗殺業も…なんでもやってるだろう。
でなきゃエルの巧妙なトラップを解除してここまでは来れない。
その途中で何十人、何百人殺してるか、知れたもんじゃない。
そんな男が、芸能界でとぼけた面して目立って、挙句に英雄とは笑えるぜ。
…黙り込んだな。それでいい。

この沈黙は、肯定だ。

こいつもテレビ放映を、たった今もされていることを分かっているはずだ。
ロケハンバトルって事で、シナリオは特にない。
生のホシノアキトとして発言せざるを得ないはずだ。
それでも否定しないというところを見ると…どうやら、嘘がつけないタイプらしい。
まあ、英雄の素質はあるんだろうよ。
それくらい潔癖に居られるってことはよ。
だが…手を血で濡らしたまま、明るく笑って綺麗事ぬかす、偽善者だ。

ここまで来たら癇癪起こして俺を殺すしか道はないだろう。
いや、さっきまでの真っ黒な姿に戻って…挑んでくるかもしれん。
それでいい…お前の殺人を隠すための、綺麗事のせいで踏みにじられた俺達に…。

醜い本性を見せつけてみろよッ!!
















〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地──アキト

俺は…ただ…カエンの言葉に打ちのめされていた…。
カエンの言う通りだ。

俺はどんなことをしてでも…何人殺してでも…ユリカを助けようとして…。
…そのユリカを見捨てていくような偽善者に過ぎない。

この世界に来て、その事を何とか普段は忘れられていた。
ホシノアキトとして生きることに、希望を見出していた。
後ろめたさを覚えず居られる人生を満喫していたとすら言っていい…。

消えた未来だからと言って、罪は消えることがない。
結局、その時に覚えた殺人技を、戦う技術を、
ホシノアキトになった今もまだ覚えてしまっているんだから…。

そんな俺が、どうして…こんなのんきなことばかりして…。
許されるって思ったんだよ…。


『──違うッ!』

「「「「!!」」」」


ラピスの、声だ。
俺の端末に、無理矢理割り込んできたのか…。


『ホシノアキトは誰も殺してない!
 私が保証するよ!!』



「な、何言ってやがる。
 ホシノアキトは自分で否定しなかった。
 普通の人間だったらそんなことをしたことはないって言い返せるだろうが。
 正当防衛以外の、後ろめたい殺しをしたことがあるって証拠だ!」


『違うよ!
 この世界で、ホシノアキトは誰一人手にかけてない!
 私の命を、存在を、魂を賭けて良い!
 今言い返せなかったのは、ひどいことを言われたから!
 単にアキトがちょっと豆腐メンタルなだけなんだから!!』



──詭弁だ。
確かにラピスの言っていることは事実だ。
『この世界で』は俺は殺しを一回もしていない。
『ホシノアキト』は誰も手にかけてない。
だが、俺の魂は元々テンカワアキトであった存在だ…。
ボソンジャンプで生まれ変わろうと、未来という名の過去があったから、
俺はこの世界で戦うための技術を持っていられるんだ…。
その順序を変えることは、誰にもできない。
俺は最低の男だったんだ…。

だが。
失っていいのか、俺は。
ユリちゃんと生きる、穏やかで温かな人生を。
テンカワとユリカが生きる、俺が生きたかった人生を。
ルリちゃんとラピスが、普通の少女のように歩んでいく人生を。
死ぬはずだった仲間たちが、親友たちが生きる人生を。
失っても、いいのか?

──嫌だ。


絶対、嫌だ。
絶対、認められない。
俺はもう、誰も、何も失いたくない!
何者にも奪わせたくない!

…俺はいつからこんなにわがままになったんだ?
『ナデシコ時代のテンカワアキト』でも『黒い皇子』でも…こんな風には考えなかっただろう。
大切な人ほど拒絶する生き方しか選べなかった…自分自身さえも諦めていた。
どうしてこういう考え方が出来るようになったのかはわからないけど…。

許されることじゃないと分かっていても…もう絶対放したくないんだ…。

いや…少なくとも…。
俺がこの場でカエンに殺されたとしても、償いには絶対にならない。
それはカエン一人に対する償いで、しかもラピスを巻き込んでいい話じゃない!
俺がもし償いができるとするなら…。

一刻も早く戦争を止め、一人でも多く救うことだ!

今の地球圏の状態なら、きっとなんとかできる!!

あの結末を迎えることは、もう二度とない!


…そしてカエン。
お前の主張は正しい…。
だが、お前は一番やっちゃいけないことをやった。
俺を殺す目的の為に…ユリちゃんやラピスの命を危険にさらした!
その落とし前はちゃんと付けてもらう!
だから…!

「…そうだ、俺は誰も殺しちゃいない」

「!?」


この世界では、という言葉を飲み込んで、俺は真実を伝えた。
カエンの望んでいないだろう、こいつにとっては不都合な真実を。

確かに、嘘は言っていない。
この世界での事実だ。

今の俺はホシノアキトだ。
テンカワアキトとしては…数限りない殺しをしてきたが、
ホシノアキトとして殺しはしちゃいない。
先ほどまで負い目だったことを、堂々と自分に有利な形で伝えている。
…なんという詭弁、なんという傲慢。
そう自覚をしていても、俺は揺るがなかった。
俺が最後に裁かれるなら…それは仕方ない。
夢を失うのも、ユリちゃんを置いて死ぬのも…認めよう。
だが今じゃない。

今は…詐欺師と言われようと守りたい人達の為に…そして俺自身のために…!

この詭弁を通して見せる!

さらに俺には…確信を持っていることがある。
屁理屈でしかない、俺とラピスの詭弁…。
俺が元々殺人者に堕ちた『テンカワアキト』であり『黒い皇子』であったという、覆せない事実。
そこには覆せないもう一つの事実があるんだ。

「…俺にも、殺したいと心の底から願う相手が居た。
 味覚を失い…夢を失い…俺の大事な婚約者を失った。
 その後二年、死に物狂いで力を得る為に鍛えた。

 あのままだったら、俺は間違いなく憎しみで狂っていただろう。

 だが、ユリちゃんとラピスに救われた…。
 だから…その力を使って、戦争を早く終わらせることを願った。
 

 …夢だったコックを、もう一度目指す事を誓ってな!」


「そ、それを信じろってのか?!」

「お前は信じないだろうがな」

そうだ。
とてもじゃないが、穴だらけで…足りないところがありすぎる話だ。
だが、そこが埋まるところが逆にないんだ。

俺が殺人者だった証拠が、本当にどこにもない。
殺し屋として名が売れているわけでもなければ、活動した期間もない。
被害者や巻き込んだ人間はただの一人も居ない。
カエンは俺の罪を告発しようとしたが…俺がそれを認める以外に、証明するすべがないんだ。
だったら、都合のいい事実だけをつなぎ合わせて言えばいい。
言わなければカエンは手も足も出ないんだ。
……いかん、普段ぼうっとしてる癖に、自分の人生がかかってるとなると結構性が悪いな、俺は。
ホシノアキトとしての俺にも、『黒い皇子』とは別の意味で悪い部分があるのか?

「──仮にだ。
 お前の言う通り、俺が人殺しだったとして…。
 どうしてこんなに堂々と世間に顔を出せる?」

「ね、ネルガルがもみ消したんだろうが!?
 そ、そうだ!
 お前はネルガルに鍛えられたそうだな!
 じゃあその間、ネルガル用の殺し屋として雇われて!
 それで、任期満了後には宣伝用の客寄せパンダとして使われてた!」


「…だったらもみ消すにしても、俺を宣伝に使う必要なくないか?
 元殺し屋を芸能人にしたてるくらいだったら、
 天竜君みたいな少年をスカウトした方が早いし…。
 そもそも俺が芸能人になったのは資金集めのための偶然だったんだ。
 いや、それどころか本当にネルガルの殺し屋だったら、
 ネルガルは俺を手放す必要がないんじゃないか?
 そのまま殺し屋として飼い殺しにするか、証拠隠滅のために殺したほうが現実的だ」

「ああ、そういえばそうだよね。
 しかもこんな強くて、D以外じゃ誰も敵わないようなホシノ君がネルガルの忠実な殺し屋だったら、
 ネルガルはとっくに世界一の企業になってるよ。
 要人暗殺とかで、ライバル企業をピンチに陥れたり、機密盗んだりできそうだよね。
 ま、僕は親父と違ってクリーンな経営を心掛けてるからそんなことしないし?
 ホシノ君には殺し屋なんかじゃなくて、自分の夢を叶えてほしいって思ってるし?
 自分に有利になるように暗殺なんてさせるわけないじゃないか。
 僕とホシノ君は一時的に喧嘩別れしてて、その間に芸能人始めてたわけだし」

「だよなぁ。
 俺がアカツキを頼らないで自分で会社始めたのは喧嘩してたからで、
 エステバリスの購入は商売だから割り切って売ってくれてただけなんだよ。
 えーと、いつだっけ仲直りしたのは」

「確か夏だった、二回出撃した後だよね」

「ああ。
 ……そんなわけで俺達は親友で、対等なわけだ。
 個人としても会社としても対等だ。
 アカツキの親父が生きてたら怪しかったが…。
 アカツキに何か強要されたりしたことは一度もない。
 殺し屋なんてさせるわけがないんだよ。
 
 …とにかく、俺、ホシノアキト個人はまっとうに生きてきたってことだ」


「ぬんがあああああああッ!!」



カエンはついに癇癪を起したように頭を掻きむしり始めた。
話を聞けば聞くほどドツボで、俺を操りようがないからだ。
どこをどうつなぎ合わせても、俺が直接認めない限り殺人者であると証明しようがないからだろう。
素の状態だとカエンの話術にはまってしまうが、こうなるともう大丈夫だ。
…カエンが知らなかったのは無理もない。俺の情報はあまりに少ない。
それにさすがにどんなに完璧にブロックをかけて居ようと、殺し屋は売れすぎると顔が絶対流出する。
三桁の殺人をしていたら間違いなく、流出する。
その量になると殺し屋じゃなくてテロリスト扱いになるかもしれない…。
実際、『黒い皇子』としてはテロリストだったけど。
…例の『カタオカテツヤ』に関しては実行犯が別だから流出しないらしいが、
今は俺が殺し屋、殺しの実行犯だと仮定して話を進めている。
しかし証拠も、痕跡も、噂の一つすらも出てこない。
そうなると俺が自ら認めない限り、逆に俺の潔白が証明されてしまうんだ。

…そうなんだよな。
俺は実年齢では九歳児のホシノアキト…誰も殺してない。これも変えようのない事実だ。
明らかに殺しをしていそうな技術を持ってようがどうあろうが、証拠がない。
完璧にホシノアキトの人生の経歴をたどられたとしても、絶対に見つからない。
ホシノアキトとしての俺は、あまりに人間としての痕跡がなく、俺自身も困惑するレベルの潔白ぶりなんだ。
罪を認めることすら許されてない、というのもちょっと我ながら卑怯すぎるとは思う。
…それはそれで未来の出来事やユリカの事もおぼろげな幻に思えてしまうから、辛いことなんだが。

「…ホシノ君、あんまりいじめてやるなよ」

「知るか。
 人を殺し屋呼ばわりした方が悪い」

…多分俺達、今、相当悪い顔してるな。
意趣返しとしてはこんなところだろうか。
ラピスにまた助けられたな…なにか後でお礼くらいしてやらないと、後が怖いな。
なんか嫌な予感がするけど…ま、まあ今は後だ。

『じゃ、アキトの潔白が証明できたし、私は引っ込むよ。
 さっさとやっつけて私を助けてよ!』

「…ああ、ありがとう」

ラピスが通話を一方的に切ると、俺はカエンを睨んだ。
そして小さく笑って、手に炎を纏った。
…やる気か!

「…そうかい、シラを切るつもりか。
 だがな…お前らが焼死体になる未来に変わりはないぜ!
 このお姫様の爆弾が爆発するか、俺の炎に焼かれるか!
 二つに一つだ!」

「おっと、三つめがあるよ。
 君をここでボコボコにやっつけて、
 華麗にお姫様を助け、解除器を手に入れるって展開だ」


「馬鹿めっ!」


ごあっ!!



!!
カエンが手の炎を一振りすると…部屋に火が燃え移った!
壁を伝うように急速に燃え広がり、部屋の内部を包み込むように…!
しまった!退路を断たれた!!
俺達の居る、この展望室を兼ねたジャズバーは…見る暇がなかったが、
よく見るとかなり燃えやすい木材が不自然に積まれ、下には燃えやすそうなじゅうたんが敷かれている。
…この調子じゃあと10分も持たん!しかもじわじわと真ん中に向かって火が寄ってきている!

「この炎じゃいくらお前らでも脱出できまい!」

「…万事休すってやつか」

俺はぼそっと呟いたが…まだ希望を捨てたわけじゃない。
時間がないものの、カエンを倒す必要はないんだ!
あいつに起爆装置を押されないまま、あの女の子を助けてしまえばいい!
俺とアカツキなら…!

「…どうする、ホシノ君。
 オフェンスは僕がやるかい?」

「ああ…だが、ちょっと準備の時間が欲しいところだな」

「はっ!
 何を持ってきたかしらんが、そんな時間をくれてやるはずないだろ!」

「だろうな」

俺は小さく舌打ちをして構えた。
…隙を作る方法がないわけじゃないが、正面からやるにはリスクがありすぎる。
なにか、もう一つくらい不意をつく方法が必要だ…!


がごんっ…どごーんっ!



「!?なんだ!?
 ドローンが爆発した!?」

突如、爆発音がして、カエンが振り向いた。
俺とアカツキはその様子をみて、動いた!

「今だ!」

俺は爆発音に揺れる中、女の子を担いで逃げた。

「しまっ…」

それとほぼ同時に、アカツキは手に持っていた手りゅう弾を二つ、連続して投げつけた。
一つはカエンの眉間に直撃し、もう片方は投げ返そうとしたが、弾けた!

パーーーーンッ!バシューーーーッ!!

「す、スモークに、スタングレネードッ!?
 ひ、人を馬鹿にしやがって!!」


カエンの姿は見えないが、さすがに面食らって、目をつぶってふらついて煙から出てくる。
何とか目をつぶるのは間に合ったみたいだが、かなり至近距離で喰らったので、
耳はまだ聞こえちゃいないだろう。俺も少しまだ爆音で耳が痛い。

だが…この程度の時間があれば、カエンに勝ち、生き残る準備もできる!
今すぐ逃げ出したいところだが、まずは準備だ!!
それにしても…。

「…ラピスだな、こんな奇天烈なことを思いつくのは!」

この爆発したドローンを送り込んだのは…。
あの用意周到な、俺のかつての共犯者…。

ラピスしかいるはずがない!!















○地球・佐世保市・ユーチャリス研修施設・ブリッジ──ユリカ

私達はユーチャリス訓練施設のブリッジで、アキト君の戦いを見ながら歓声を上げていた。
さっきまで、アキト君の事で息を飲んでいたけど…アキト君とラピスちゃんが二人で、
カエンって人に言い返して、ほっとしちゃった。
やっぱり…アキト君って強いけど、本当に優しいんだ…。
それで今度はラピスちゃんがニヤッと笑ってる。
わ、わるそ~。

「あっはっはっは!
 ざまーみろってやつね!
 カエンはこっちの様子はみえないけど、
 こっちからは動きが丸見えだからね!
 だからあえて爆弾を積んだドローンを送り込んで、
 タイミング良く迎撃システムにわざと撃墜されて隙を作るつもりだったけど、
 やっぱり大成功!

 

 私とユリの命を弄んだ仕返しだよっ!」


ラピスちゃんが得意満面に胸を張ってる…。
ラピスちゃんって根はいい子だし、素直でまっすぐな子だと思うんだけど…。
敵対した…っていうか自分と自分の大切な人を苦しめる人には容赦しないみたい。
ピースランドのルリちゃんの家族…っていうかルリちゃんのお父様にはすごかったもんね。

「……ユリカさん、ユリ姉さん。
 私、ラピスだけはぜったいに敵に回したくないです」

「「うんうん」」

私とユリちゃんはふたりしてふか~く頷いちゃった。
…本当に怖いよ、ラピスちゃん。

「だいじょーぶだよ、みんな。
 少なくとも自分の家族にはどんなことがあっても手を出さないもん。
 アキトの取り合いがあったらわかんないけどね」

「…だから不穏なことを言わないで下さい」

「ルリ、放っといていいです。
 ラピスはあれでもアキトさんに対しては一応分別のある方ですから」

「そうそう、私は別にユリからアキトを奪うつもりはないもん。
 アキトもユリと結ばれてるのが一番幸せみたいだから。
 あ、でも倦怠期に入ったあたりでのつまみ食いくらいは狙ってるけど」

「「ラピス!!」」「ラピスちゃんってば!!」

「あ、つまみ食いじゃないね、つまみ食われだよね、あはは」

「「そこじゃありません!」」「そこじゃないよ!!」


……なんていうかラピスちゃん、
うまくいかなかったらあと一時間で死ぬかもしれないのに、
ホントにどこまでも図太いよね…。
…ラピスちゃん、実験用に誘拐されたんだろうけど、誰が親なんだろ。
どんな育ち方して、どんな親に育てられたんだろ…。
……エリナさん、のせいってことないよね、あの人委員長タイプで真面目だし…。
…ううん、そんなこと考えちゃダメ。
ラピスちゃんは私の妹で…。
アキト君に恋する、普通の女の子だよ、ラピスちゃんは。
…やれることが普通じゃないだけで。
そ、そういうことにしとこっと…。

はあ、ユリカお姉さん…妹がスゴい子ばっかりで参っちゃうなぁ。

「さてこっちからの刺客、第一弾は大成功!
 それじゃ第二弾にご期待だね!」

またまたラピスちゃんの…今度は悪いというかいたずらっぽい笑顔に、
私は不安になりつつも、アキト君とラピスちゃんが助かって誰も傷つかないならいいかと思ってて…。
ちょっとラピスちゃんに染まってきてるっていうか巻き込まれてるなぁって…。


























〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地──カエン

俺は煙の中をかいくぐりながら、何とか一時退避した。
まだ耳がキンキンしやがる…。
辛うじて目を閉じるのが遅れたくらいで、閃光にさらされてた視力も回復し始めてる。
あと少しすれば、何とか立ち直れるだろう。
しかし、Dのエネルギーラインとの接続が何とか間に合ってよかったぜ…。
この状態なら、俺はホシノアキトと互角の能力…アクア嬢を助けるために抜けてる状態なら、
アカツキナガレを殺るのはワケないぜ!
それからなら、ホシノアキトを時間切れに追い込むのは可能だ!
ち…しかしグレネードを投げ返そうとして、起爆装置を落としちまった…。
煙が晴れたら探さねぇと…。


…許さねぇ!!

こんな舐めた真似しやがって!


時間が許す限りいたぶって苦しませてやる!
テレビで見てる連中はフィクションとしか思わねえだろうが、
黒こげになったのを見せたあとに、実際に死んだと伝えて阿鼻叫喚させてやる!



俺が視力を回復するとほぼ同時に、
アカツキナガレの姿がようやく見え始めたが…。
俺は目を疑った。

「!?
 耐火服!?ずっっっるっ!!」


「能力が明らかになってるのになんにも対策しないわけないだろ?
 これでちょっとはこっちが有利になったよ」

…俺はヤガミナオとの戦いで能力を見せちまった自分のうかつさを呪った。
こんなシンプルで効果的な対策を取ってくるとは思わなかっただけに、面食らっちまった。
まさかその辺の消防署で借りてきたのか?
事情はともかく…このレベルの耐火服を装備されちまったら、ほぼ俺の炎を操る能力は無効になる。
…それどころか、この燃え盛るジャズバーから抜け出すのも容易だ。
熱風や炎、煙を吸い込まないような最新マスクも付いてるタイプだ…。
瓦礫対策で分厚くなっており、打撃への耐性も相当なものだろう。
くっ!!起爆装置を盾にできないのはまずった!!

「…だが、俺が起爆装置を持ったら、
 お前らは脱げと言われたら脱ぐしかない立場だ」

「どこにあるんだい?
 さっきまで見せびらかしてた素敵なおもちゃは」

バレバレかよ…。
っ!さっさとアカツキは俺に特攻(トッコ)んできやがった!
炎が大丈夫と分かったら現金なもんだな!
だが、インと互角程度じゃ俺には勝てねぇ。
インはブーステッドマンの中じゃ隠密に力が振ってある分だけ、全体的な能力は抑えられている。
身体能力、戦闘能力が一番低いエルに次いでブービーだ。
それに…アカツキの戦い方は特徴のない戦い方しかできねぇみたいだ。
だったら、こいつを始末してやるだけだ!

「ホシノ君、さっさとそのお嬢さんの拘束を解いて、
 解除装置を受け取るんだよ!
 僕だって何分も持たないんだから!」

「分かってる!」

「させるかよ!
 とっととぶちのめして、耐火服をひんむいて黒こげにしてやらぁ!」

「男の服をひんむきたいとはまったく困った奴だよ!
 そんな奴に触れられたくないもんだね!」

「言ってろッ!」



















〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地──アキト

俺は焦る気持ちを押さえて、縛り付けられた人質の女の子を開放する為に拘束をほどいていた。
しかし、このロープは…中身にワイヤーが入っているらしい、ナイフで切断できない。
いや、うめいているこの子が可哀想だ。
まずは顔の目隠しと猿轡にされてる布を取ってあげないと。

「ぷあっ…ありがとうございます、アキト様」

「!?
 あ、アクア・クリムゾン…!?」

俺はつい…この世界では面識がないくせに、つい名前を呼んでしまった。
…あまりに予想外だったので、つい。

「えっ…私をご存知なんですか!?」

「…悪名高いからね。
 俺の…友達が痺れ薬飲まされてって言ってたから」

「あ、その、あの…ごめんなさい…」

アクアは俺のでまかせの話を聞いてしょぼくれた。
過去の俺の出来事…いやある意味テンカワの出来事でもあるから嘘じゃないんだけど…。
…これで合点が行ったな。

カエンが言っていた「解除器を持っている人物がホテルストーン佐世保に居る」という言葉。
クリムゾンに改造されたのではないかと問うた時の反応。
そして「依頼者は伏せる」と言っていたこと。

すべてつながった。
…恐らくアクアは、クリムゾンの不利になる俺を殺すために送り込まれ…。
そしていつも通りの夢見がちな破滅的ロマンチックをこじらせた死にたがり趣味で、
俺を巻き込んで心中でもするつもりだったんだろう。
ブーステッドマンにこの事件を起こさせたのはアクアで間違いない。
…しかしブーステッドマン達もよくこんな馬鹿げた作戦にのったよ、本当に。

…はぁ、どっとくるな、これは。

だが、とにかく拘束を解いて、事態の収拾を頼まないと。
心中を辞めるように説得できないと結局アクアの思い通りになってしまうから…。

「…とにかく、ここを出てから話を聞かせてくれるかい、アクア」

「わ、私と話してくれますの?」

アクアは俺が呆れた表情をしていること、そして普段の事を知られていることから、
今回の事態を引き起こしたのを俺に気づかれてると分かったようだ。
…なんか昔に比べると聞きわけがいいな。

「ラピスのためだから、ね。
 …君がどうして縛られてるのかも、分かってるつもりだよ。
 色々、聞かないと納得できないよ」

俺はアクアの拘束を根気よく解いていく。
…ったく、こんなに強く結ぶことないだろうに、
ナイフをひっかけないとロープの結び目が固くて取れないよ…。

「…アキト様、
 やっぱり死にたくないですか?」

ぽつりと零した…アクアの言葉に、俺の手が一瞬止まった。
当たり前のことだ。
死にたがりには分からないかもしれないけど。
…アクアのせいで死にかけたあの時、死にそうになった事よりも…思ったことがある。
ぶっちゃけていうと…あの時のアクアの言ってたことが後からスゴい腹が立ったんだ。
…苦労と不幸続きの人生だった俺に対して、幸福すぎて退屈で…。
人を巻き込んで自分の好きに相手を操る、アクア…。
……火星の後継者に協力をしていたこともあって、クリムゾンに対する印象は本当に悪かった。

だけど、このアクアの問いに…何か昔は感じなかった、優しさを感じた。
何でなのかはわからないけど、なんていうか話がすれ違う感じがしないんだ。
アクアに何かあったんだろうか。
俺としちゃ好都合なんだけど。説得できるかもしれないから…。
……何しろ『あの』アクアだからな。
うまくいけばあの悪辣なクリムゾン会長の命令でも無視してくれるかもしれないし。
























〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地──アクア

わ、私は衝撃を受けてしまいました…。
あの、アキト様が私の事を呼び捨てて…あまつさえ、私の事を良く知っていた。
嬉しい…のは半分だけでした。
もう半分は、私がこの事件をしでかしたことを勘付かれてしまったことで…怯えていました。
確かに一緒に心中してしまえば変わらないことですが…。
私は「偶然出会った無垢な少女として」アキト様と出会いたかった。
私とアキト様が恋に落ちることなんて、絶対あり得ないことですが、
そういうシチュエーションが成立すればなんでもよかったんです。
でも……。
アキト様をおびき寄せる為に、
ラピスラズリの命を危険にさらすように命じたのが私と知られてしまえば、
これは無理矢理の心中ですらなく、単なる自爆テロになってしまいます。

──ヘンな話ですが、アキト様と死ぬのを願ったくせに、アキトに嫌われたくないんです。

アキト様に嫌われたまま、死ぬなんて耐えられません。
そんなの…嫌です…。

「…うん。
 死にたくない。
 いっぱいしたい事も、大切な人も、叶えたい夢も…たくさんあるんだ…」

わざわざ手を止めて、私の目をじっとみて、誠実に答えてくれました。
そこには私に、こんな私に必死にお願いしてくれている、そんな気持ちが感じられます。
…心の底では私を軽蔑して、嫌がって、そして…。

心中するなんて何考えてるんだ、一人で死んでしまえ、って思ってるかもしれないのに。

そんな感情はおくびにも出さず、ただ優しく…静かに…自分の気持ちを正直に言ってくれました。
私の機嫌を損ねないように、自分の失いたくないものがあるからと慎重に言っているのではなく…。
私を一個の人間として認め、愚かな行動を責めるでもなく、
諭すでもなく、自分の気持ちをまっすぐ伝えてくれました。

……こんなまっすぐな言葉、生まれて初めて聞いたかもしれません。

私に近づく人達は、お爺様に良い顔をしたがっている人ばかりで…。
そんな人の心はすぐに分かってしまいました。
利己的で、私を利用しようとしてばかりの人達で…。
彼らの心には、私に対しての情は全くありませんでした。
そんな人達に乗っかって幸せそうなフリをするのがどんどん得意になっていきました。
でも、騙されているのが分かってても、人と触れ合えない人生なんてそれこそ…。
幸福に過ごしてるフリは出来た…何一つ不自由のない生活でいられたから、まだ…。
…だから私は利己的な彼らを見習って、利己的なことをして生きて行こうと、
せめて自分のわがままくらいは果たせるようになろうと願っていました。
…でもやっぱり、私みたいな箱入り娘じゃなんにもうまくいかなくて。
自分でもバカなことばかりしてきたって分かってます。

でも、アキト様は初めて心の底から一緒に死にたいって思ってしまいました。

だから私も本気で…生まれて初めて、その場の思いつきじゃないことをしたいと思いました。
クリムゾン家から追い出される覚悟で…。
入念な下準備で資金集めを始めて、状況を作り上げていろんな人と真摯に向き合いました。

幸運にもそこで初めて、
私は『クリムゾン家』のアクアだからという以外の感情を持っている人と、話をすることが出来たんです。

クリムゾングループの孫娘が持ち掛けた、というのはあるにしても…。
『アキト様』を通じて、映画を撮るという仕事を通じて…何かを成し遂げることを目指せたんです。
『アキト様で稼ぎたい』という人はほとんどいませんでした。
私と同じで『アキト様の主演する映画を見てみたい』って気持ちで、出資を決めてくれた人達ばかり。
…こんなに、楽しくて充実した数か月はありませんでした。
そして、あのクリス様とも…だから一緒に映画を撮りたいって…。

…!!

私はもうアキト様に恋をしてない!?
自分の感情の変化に気づかなかったけど…私がアキト様を陥れたとバレた時、
私は…心中する前に嫌われるのが嫌だと思っていたけど…違う!

きっとカッコいいアキト様の姿をもっと見たいだけなんです!

私、結局アキト様と死にたがってたのは、いつもの死にたがりです。
それを本気の恋だと思っていたけど…。
…この人じゃない!
生まれて初めて素直な気持ちをぶつけあった、結婚したいと思った相手は…!

そして…アキト様もやっぱり私なんて眼中にない。
私以外に愛する人がたくさんいるんです…。
一緒に生きていきたいと思う人たちが…今は私も同じです!
だったら…。

「…アキト様。
 生き伸びる為に…その…。
 私を信じて、下さいますか」

「…うん、そういうことならいくらでも」

私の罪を責めるのを…飲み込んで、私を信じてくれると言ってくれました。
…本当に敵いません、この人には。

「代わりに一つだけ、条件を飲んで下さい。
 …厚かましいお願いですけど、その」

「…分かってるよ、映画に出てほしいんでしょ?」

「!!」

「…本当は嫌だけどさ。
 でも…それくらいなら、別にいいさ。
 結局芸能人やっててもそんなに変わらないし。
 
 ……それでも、生きて居たいから」

「…はいっ!」

アキト様は呆れながらも私に笑ってくれました。
私に怒る前に、映画に出てほしいという願いを聞き入れてくれました。
…本当に優しい方。
でも、やっぱり…私の王子様にはなってくれないんです。
悔しいですわ。
それでも、いいんです。
気付きました、私の愛するべき人はこの人じゃないんです!

…私、拘束を解き終わったアキト様の耳元で、小さく呟きました。
助かるための方法がどういう方法なのか。
すべて聞くとアキト様は目を丸くして、苦笑していました。

「ははは、そいつはいいや。
 …分かった、君を信じるよ」

「あ…それと、最後に一つだけ教えてほしいんです」

「なんだい?」

「…あなたを支えてるのは、やっぱり、愛なんですか?」

「…は、ははは。
 そ、そうかも」

アキト様は面食らった顔でずりっと肩を傾かせてしまいました。
…ちょっと唐突過ぎる問い、ですね。やっぱり。

「そうですよね、きっと。
 愛の為に生きるのは、きっと愛の為に死ぬより尊いです」

「…うん」

最後は相手の為に心中…そういうのが最愛って思いこんでました。
でも…それでも…。

「…私も婚約者、作っちゃったんです。
 婚約者を残して死ぬのがロマンチックとも思ったんですけど、
 アキト様の話を聞いてたらそんなにいいものだって思えなくなっちゃいましたわ。
 それに一生懸命なあなたを見てたら死ぬのが惜しくなってきちゃって…。
 この首輪をとりたくて仕方ないんです」

「…死にたがりだったと思ったけど、結構前向きなんだね」

「ええ!
 恋する少女は無敵です!」

自分で首輪をつけてしまったのをちょっとだけ後悔しました。
でも…こうしなかったら、きっと自分の気持ちに気づくこともなかったんでしょうね。
だったら、いいですわ。
もうアキト様に嫌われても大丈夫…私には貫くべき愛があるんです!
でも、後でちゃんとごめんなさいって改めて謝らせてもらいましょう。
それは忘れちゃいけませんわ。

…アキト様って不思議です。
いっしょにいると素直な気持ちになれる気がします。

「じゃ…アキト様、お急ぎください。
 アカツキ様も危ないです」

「分かってる!それじゃ!
 それと逃げる前に耐火服着といて!俺はなんとかなるからさ!」

「はいっ!」

アキト様は、小さく手を振ると、アカツキさんと一緒に戦い始めました。
カエンさんの操る炎を軽々と回避して見せてます。
やっぱりすごい人…。
私が仕組んだことだとあっさり見抜いて、それでも…。
…主犯の私にもこんなふうに笑ってくれて、戦いに行くなんて。
いえ…それだけじゃない。
もう私は死にたいなんて思わないのかもしれません。
きっと…アキト様に魔法をかけてもらったんです。
死にたがりだった私が…生きるための希望を手に入れられるようになる、魔法を…。

…でも、今回は私の出来ることなんてもう、ありませんわ。
私が止めてもやっぱりカエンさんは止まってはくれないでしょう。
最後までアキト様がやりぬくしかありません。申し訳ないことですけど…。

…やっぱり私、スターのあなたは離れてみていたほうが好きです。
そばに居るよりずっと輝いて見えます。
……ふふ。

「もっともっと、これからもずっと。
 カッコいい姿を見せて下さいませ、アキト様」






















〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地・外部──D

俺達ブーステッドマン達と…スバルユウは拮抗状態を保っていた。
一応、

「ホシノアキトのもとに向かわないなら切り捨てないで居てやるわい」

と脅されつつ、ホテルストーン佐世保の前に佇んでいた。
…ここは爆発物を取り扱うということでうまく人払いできているらしく、
ギャラリーはかなり遠目に俺達を見ている。

俺としてはカエンが最後の詰めをするためにエネルギーライン接続ができれば何でもよかったが…。
スバルユウというご老人は、俺達と同じく、カエンとホシノアキト達との戦いを端末で見ている。
…マイクは音声を拾えていないが、どうやらホシノアキトとアクア嬢は和解したようだ。
とぼけた男だと思ったが、意外と察しが良かったようだ。
だが…。

「おかしいな」

「ああ。
 カエンを止める様子がない」

…アクア嬢はあくまでカエンにはそのままやらせるつもりなのか?
アクア嬢本人は、ホシノアキトが持ち込んだ耐火服を着こんで避難の準備をしている。
それに解除装置もアクア嬢が持っていたはずだが…何故何もせず、避難の準備を?
不可解なことが多いな。

「ふ、得物があっても使わんか。
 お上品だのぉ、小僧」

ご老人は若いな、とばかりにナイフすらも拒むホシノアキトを見ながら、
苦笑に似た笑みを浮かべていた。
人体は想像以上に急所が多いからだろうが…。
…それは俺達ブーステッドマンも同じだ。
俺はまだしも、他の半生以下のサイボーグの4人は、下手に刃物を刺されると常人より弱い。
まだ性能テストの段階で放り出された結果…生体部分と機械部分のバランスが悪く、
下手をすると生体部分のダメージが大きくなるところがあるからだ。
…だが、そのおかげでまだ長生きできるというのは、少し羨ましいがな。


ぶぉおおおおっ…キッ!



もう0時が近づき、爆弾の爆発が近づく中、俺達の目の前に一台の車が停まった。
かなりのスピードできたようだが…?

「よおっ、改造人間ズ」


「「「「ヤガミナオ!?」」」」



カエンに叩きのめされて重度の火傷を負ったヤガミナオがそこには立っていた。
しかも、ご丁寧に耐火服まで着てだ。

「悪いな、リターンマッチの為に駆け付けさせてもらったぜ!
 ミナトさん、ちょっと待っててくれ!」

「おっけい!
 無理すんじゃないわよ!」

車を運転してきたミナトという女性を置いて…ヤガミナオは建物内に入っていった。
…すでにホシノアキトがトラップを解除した後だ!
すぐにたどり着かれてしまう!


バシュッ!



だが焦って動こうとした俺の背に、衝撃波が当たって、体が揺らいだ。
…みんなは無事か!?大丈夫…みたいだな。

「D!」

「動くなッ!
 お主ら、ホシノアキトのところには向かわん約束じゃろうが!!」


「…都合のいいことを!
 ヤガミナオを通しておいて…」


「はっ!
 かよわい娘っ子の命を危険にさらした連中に言われたくないのぉッ!」



ご老人はどうやら…意趣返しのつもりらしいな。
さっきのドローンの爆発といい…ホシノアキト陣営は本当に執念深いようだ。
俺達を殺すつもりはないが、逃すつもりも有利にするつもりもないらしい。
それに…なるほど、俺が他の三人を気に掛けてるのがバレたみたいだな。
強度が明らかに劣る三人じゃなく、俺のほうに衝撃波を飛ばしたのは。
もしエルにでも当たったら、即死だったな。

「イン、いい。
 俺はこの場でお前たちを失いたくない」

「だが…!」

「カエンも不利を承知で挑んだ勝負だ。
 …それにこの炎の中、五人だ。
 耐火服は三着と、カエン用の耐火服が一着…。
 抜け出すにしても誰かが死ぬのは間違いない。
 
 …カエンが死ぬかもしれないが、あいつが選んだ道だ。
 
 そうしてでも…あいつは自分の意思を通すつもりだ。
 …変に止めたら、俺達でもどうなるか」

「…」

カエンは何かにこだわっている…。
あれだけ映画に出たいと思って、この仕事を引き受けたってのにだ。
俺達にすらも語らない、何かが…。
…あの時、ホシノアキトに言った言葉が本心なのか?
だが、どうにもそうだとは思えんのだが…。

カエン、できれば帰ってこい…。
もしそれで俺達が裁かれるにしても…理由の一つくらいは聞かせてくれ…。
























〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地・最上階──アカツキ

ち…ホシノ君と一緒にカエンとやりあってるが、やっぱり決定打に欠けるね。
何とかホシノ君はアクアクリムゾンを説得するのに成功したみたいだけど、
それでもこのカエンを止めることができないらしい。
…はぁ、まったく。
この耐火服なしでカエンとやりあってる親友の無鉄砲さにはあきれるよ。
アクアクリムゾンが、嘘をついていたらどうするんだよ。
とはいえ…。

「ちっ、僕も必殺技のひとつやふたつ覚えておくんだったよ!」

「はッ!
 ぼやくくらいなら最初っからでてくるんじゃねェよッ!」

…すでに僕らの戦いは5分続いている。
思ったよりは火の回りは遅いが…だんだんと酸素が薄くなってきた。
ホシノ君は炎をうまくかわしてはいるが、そのせいで有効打を打てる距離に行けない。
カッコつけてアクアクリムゾンに耐火服渡すんじゃないよったく。

「きりがないな…」

「だったら…諦めて爆弾で吹っ飛びやがれ」

僕達は、カエンと拮抗状態にある。
カエンの足元には、例の起爆装置がある。
ラピスと、アクアクリムゾンの首輪が両方同時に爆発するスイッチだ。
…飛び道具の一つくらい持ってくるんだったよ。

「…アカツキ」

「…なんだい」

ホシノ君がカエンに聞こえないくらい小さな声で話しかけてきた。

「良く聞け…あのスイッチを押させるんだ」

「?!
 な、なんだって!?」

「バカ、声がでかい。
 …いいから、俺を信じろ。
 お前はなりふり構わず、突っ込め」

確かに、もうこの場所が燃えつきるまで時間がないが…
何考えてるんだ、と言いそうになるが…いや、何かアクアクリムゾンに聞いたんだろう。
だが…こいつは心臓に悪いね。
見てるラピスも生きた心地がしない展開だろう。

「…責任持てよ!」


ダッ!



間に合わない距離だと分かってて突撃するのは本当に気分が悪い!
まったく!

「遅いぜ!」

カエンは起爆装置を手に取ると、力強くスイッチを押し込んだ!!
っ!!
























○地球・佐世保市・ユーチャリス研修施設・ブリッジ──ルリ

あ、あ、あ、あ……!
カエンがついに起爆装置を手に取って…!


「「ラピスッ!」」「ラピスちゃん!」



「立ち上がっちゃダメっ!!」



ラピスの怒鳴り声に私達は動けなくなってしまいました。
ユリ姉さんと一緒に盾を持ってブリッジの下のほうに隠れていましたが…。
つい振り向きそうになりながら、自分を抑えました。
ラピスが一番、望んでないことをしてしまいそうな自分を…!!


「私の事を想うなら、死んだ先の事を考えて!!
 みんなが私の分まで生きてくれればいいから!!
 だけど、アキトをあの真っ黒いアキトにさせないで!!

 

 お願い!
 アキトを助けてあげて!!」


こ、こんな時にもアキト兄さんの事ですか?!
私達の事と、アキト兄さんの事しか考えてないような言葉に…私は凍り付きました。
ラピスは…自分の存在よりアキト兄さんのほうが大事なんですか!?
アキト兄さんを単純に好きだとばかり思ってましたけど…。
……ラピス、そんなのダメです。
自分のために生き残ろうとしないなんて…。
私達とアキト兄さんを想う気持ちが痛いほど伝わってくるけど…でも…でも…!

だ、だめ…スイッチが押されて…!


「~~~~~~ッッッ!!!」



ラピスの声にならない声が聞こえて、
次に起こる惨事を想像して、私は震えて頭を抱えることしかできませんでした。
爆発とともに…ラピスがこの世界から消えてしまうのが…恐ろしくて…悲しくて…。
でも…。



ピーッ……カチャン…。




古びたおもちゃのような間の抜けた電子音と共に、爆弾付の首輪は、
床に落ちて、小さく音を立てるだけでした。
爆発、しない…?
なんで…?


『な、なんでだ!?なんで爆発しない!?』

『カエンさん、ごめんなさいね。
 貴方に渡して置いたのは、起爆装置じゃなくて解除装置なの。
 本当は私の持ってる方が起爆装置なんです。
 やるならやるでやっぱり自分で引き金引きたくって』

『ンだとぉ!?』

………呆れました。
これって、狂言誘拐…ではなく、狂言の類なんですか。
先ほどまで囚われの姫を演じていた女性は、主犯格だったんですね。

……なんかある意味ラピスに似てます。
こんな事をやらかすのってラピスだけかと思ってたんですけど…。
ラピスのやり口を見抜いて真似したとしか思えないですね、これ。
ラピスと違って人前で堂々と主犯格だと自白するあたりは別物なんですけどね。

『…寄越せッ!』

『はいどうぞ』

!!
再び、起爆装置をカエンが手にしました。
ちょっとだけ緊張しますが…多分大丈夫です。

『…ダメじゃねぇか!!』

『ええ、解除装置が使われた時点で起爆装置の周波数は無効になります。
 もちろん時間経過でもダメですわ、解除装置の意味がなくなりますし』

やっぱりです。
カエンも慌ててるのが分かります。
この女性は「自分で引き金を引きたい」と言いました。
つまり、引くなら引くでカエンに渡すわけがありません。
渡したということは、もう使えないということです。
…はあ、こんな事件を引き起こすだけあって性が悪いです、本当に。

「はー……さすがにちょっと心臓に悪いかったよぉ…」

「…ラピス、後で説教です」


「え!?なんでルリが!?」


「なんでじゃありません!

 あの土壇場で自分の命を軽視するような姉妹を、

 しっかり叱らないほど私は薄情じゃありませんッ!」



「だ、だってあの場面だったら残されたみんなの事考えるしか出来なくて…」


「言い訳しないッ!!」



「う、ううう~~~~」

「わー…私、ルリちゃんがラピスちゃんに本気で怒ったの初めて見た」

「…私もです」

ラピスはユリ姉さんに言われるならまだしも、という顔でこっちを見てます。
当然です。
私のためにあれだけピースランドで頑張ってくれたのに、自分の事は軽視し過ぎです。
私達を想って行動してくれるのはいいです。でも自分の事はどうでもよさそうにしすぎです。
まるでかつての昭和の世界の、家庭の苦労を全部しょい込むお母さんじゃないですか。
自分の意思でしていることでも、自分を軽視するなんてアナクロもいいとこです。
人権を踏みにじられて来た私達マシンチャイルドが、
自ら自分の人権を投げ捨てるなんて論外です。まったく。

「ぱ、パフェでカンベンしてくれない?」


「だめですっ!!
 今回はさすがに許せません!!」



「あうう~…。
 ユリカお姉さま、ユリお姉さまたすけて~~~」

「あはは、ちょ、ちょっと無理かな…。
 ルリちゃんの気持ちわかっちゃうし…」

「ダメです。ルリの気持ちを踏みにじるような真似は許しません。
 …ラピス、そのあとちゃんとアキトさんと一緒に話し合いましょう。
 今回は最後の最後まで諦めなかったから説教はしませんけど、
 やっぱり根本的な考え方に問題があるように感じました。
 アキトさんに負い目をかぶせるようなやり方はダメです」

「うう~~~…今回こんなんばっかりだよぉ…」

ラピスは涙目で、ぐずぐず言ってます。
人を動かす剛腕っぷりが型なしですね。
いい薬です、まったく。

……しかし、なんというか今回、懸念事項がいくつか生まれましたが、
アキト兄さんの件は一段落してくれてよかったです。
殺しをしたことがあるって言われたら、私もつらかったです…落ち着けました。
…本当にアキト兄さんの過去には謎が多すぎます。
今回のあの真っ黒なアキト兄さんの態度。
例の『前世』の話…あの話が本当なら、多分あの人格が…前世の本来の…。

…!?

そうなると、こ、荒唐無稽にもほどがありますけど、でもそうなると納得がいきます!!
現在の技術では、どんな教育技術を持ってしてもアキト兄さんやラピスのような人間は生まれません。
私は例外的にかなり遺伝子操作で頭脳労働に特化した人間になっていますが…。
アキト兄さんの実年齢は私より年下、ラピスに至っては4歳です。
戦闘技術、調理技術などが前世の影響とは本人が言っていたので間違いないですが…。

…前世で戦争に巻き込まれて夢を断たれたと言ってましたが、
その夢を断たれた過程で、何百人も殺すような事があったとすれば…。

…確かに嘘は言っていません、『ホシノアキト』は誰も殺してませんから。

…でも、かといって私には責める権利はありません。
前世があるってことなら、一応、あの世とかあるってことです。
償って…それで生まれ変わったということなら、特に。
…まあ、あんまり宗教信じたくないんで本当は考えたくもないんですけど。

アキト兄さんがその前世の事があったから、
私があの元研究員に暴力を振るうのを止めることが出来た。
殺人に手を染めれば何が起こるか分かっていたから…。

……そう考えてしまうと、私はアキト兄さんを責めることなんてできません。

恐らくは前世の後悔で、
一生懸命に人を死なせないで戦争を生き抜く方法を手にしようとしている、
アキト兄さんを責めることなんて、とても…。

…これはユリカさんには言えそうもないですね。
ユリ姉さんは、多分知ってますね。
アキト兄さん、ほとんどユリ姉さんには頭が上がりませんし、
どっかしらで話してるはずです。

でもそうなると何でアカツキさんがその前世の事を知ってるんでしょう。
確かに親友とはいえ…こういうことを話すでしょうか?
…もしかして前世からの付き合いとか。
ありえないでしょう。
本当に前世というものが存在するとすれば、顔や声、名前まで変わるはずです。
同じ名前、同じ見た目で生まれ変わるってことはありません。
仮にそうだったとしても、人類の人口数を考えればありえません。
60億人いるこの地球、そしてスペースコロニー、月などを含めてしまえば、
70億以上の人類で出会えるのは奇跡に他なりません…。

……!!

アキト兄さんの過去を会社でみんなと話した後、
ラピスが言っていた、謎って…もしかしてこれのことですか!!

アキト兄さんの生きてきた内容と年数が合わないことよりも不自然なこと…!
疑問点が必ず出る、この疑問点を聞けたらアキト兄さんとラピスの秘密を聞けるっていっていた…。
…実験体だったアキト兄さんが、アカツキさんと接触するなどどんなことがあってもあり得ません。

私もエリナさんには接触してもらいましたが…あれも不自然です。
アキト兄さんに関心があるのを見抜き、ネルガルに売られる私を気遣ってくれました。
まるで私を良く知っているように。
…そうなるとエリナさんも、アキト兄さん、アカツキさん、ラピスと一緒ということです。
まさかユリ姉さんも…。
…ラピスがエリナさんとアキト兄さんの養子のように過ごした時期が、
年数的にどうやっても存在しないのとおなじです。
この五人が前世から付き合いがないと、ここまで短時間に関係が進むことはあり得ません。

………聞いて良いものでしょうか。

いえ、今はユリカさんも居ますし、すぐ聞くのはまずいですけど…。
…ただ、直感ですが聞いてはいけない気がします。
ピースランドの時も、私自身の人生の方向性を決めてしまう気がしたのはあったんですが…。
…今回はそれ以上の、なにか人生を揺るがしてしまう、確信を感じます。
あんまり予感とか信じてなかったんですけど、最近割と当たってしまうから…。
…一応、ラピスに一言、相談してからにしましょう。
いきなり聞いて、関係が壊れるのって嫌ですし、もったいぶられるのも嫌です。
とにかく、うまくやらないと…

…!!
そんな事をぼうっと考えていたところで、
私はモニターに映った映像に目を奪われてしまいました。
こ、これは…!

















〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地・最上階──ホシノアキト

俺は…アクアの言う事を何とか信じてみたのがうまくいって良かったと安堵していた。
…まさかこんなことになるとはカエンも思わなかったんだろうなぁ。


「…ふざけんなっ!

 俺が人生賭けてここまでやってきたってのに…!
 バカにしてんのかよっ!
 だったらホシノアキトより先に、
 
 お前から真っ黒こげにしてやらぁっ!!」


「っ!?
 や、やめなさ…」

「やめろ!
 殺すな、カエンッ!!」

カエンはアクアの胸倉を掴むと、もう片方の手に炎を灯して…。
しまった!!
アクアに近づいて逆上する可能性がないわけじゃなかったのに、
カエンを素通りさせてしまった…!
ダメだ、間に合わない!

「死ねェーーーーーーーーーーッ!!」

「おらーーーーーっ!!」


どかっ!!


カエンは、突如現れた影の…ドロップキックに吹っ飛ばされて、転倒した。
だが…耐火服のマスクに隠れて顔は見えないが…その声は!?

「ま、まさかナオさんなのか!?」

「おーう!
 治療が済んだら何とか動けるようになったから病院抜け出してきたぜ!
 ユリさんにも許可はもらった!
 ほれアキト、お前の分の耐火服だ!
 一応予備を持ってきて大正解だったぜ!!」

「すみません!」

俺はナオさんから受け取った耐火服を着始め、
ナオさんとアカツキは、再びカエンと戦い始めた!
…重傷だってのに、来てくれたのか!!
決定打を与えられない状態で困ってただけに、本当に助かった!

「ば、バカじゃねぇのかお前!?
 あれだけやられてまた出てくるのかよ!?」

「今度はお前に黒こげにされないように対策済みだ!!
 お前だってさすがにもう消耗してるだろ?
 これで五分五分だ!」

「流石に中々やるね、ナオ君は!
 どうだい、PMCマルスじゃなくてウチに来ないか?」

「あいにく、俺はアキトに惚れ込んじまったんでな!!
 ネルガルみたいな一流企業を振るのは心苦しいが、止めとくぜ!!」

「そいつは残念だ!
 そりゃっ!!」

「おらぁっ!」



ドガッ!!


「があはっ!?」


おおっ!
カエンの頭に上段廻し蹴りのツープラトン攻撃だ!
初めて組んだ二人とは思えないほど見事なコンビネーション…!
二人の足に挟まれたカエンはふらふらしている…これはさすがに効いたぞ!!


「ぜえ…ぜえ…。
 ふ、ふざけんなよ!!
 どうして、どうしてこう…。
 どいつもこいつも…。
 ホシノアキトに味方しやがる!!」


「どうしてもこうしてもないよ。
 君は戦う相手のセレクトを間違えてるんだから、そりゃ止めに来るさ」

「全くだぜ。
 …それにお前だっていい仲間がいるじゃねえか。
 心配してたぜ、あいつら」

ナオさんは外を指さす…多分他のブーステッドマン達もここに来てるってことか。
…そうか、アクアの策にカエンが一番最初に乗ったんだな。

「うるせえ!
 だからなんだよ!?
 ホシノアキトが人体実験に対する印象を柔らかくしたのには変わりないだろ!?」


「…カエン、俺は…お前が人体実験の犯人の告発を手伝ってほしいといったら手伝うさ」

「!?
 な、なんだと!?」


「…確かにお前の言う通りだよ、カエン。
 俺は人体実験の被害者代表みたいになっちまったけど…。
 そのせいでお前が色々、言いたい事を言えなくなったんだと思うけど…。
 …ただ、その償いができるっていうなら、ちゃんと手を貸すよ」

「み、見下してんじゃねえよ!!
 お前に手を差し伸べられて、それを受け取れってのか!?」

……ダメか。
手を差し伸べる、か…。
そうだな、それは対等じゃない。
カエンは考えすぎなところがあるだろうが…気持ちがすごく分かるよ。
俺も火星でのトラウマで色々心の余裕がなくて…流されるままだった頃…。
こんなふうに言われたら、ちゃんと信じられたか分からない。
テンカワも実際、ユリちゃんにそんな感じだったみたいだし…。
敵視されてる間は、どうしようもないかもしれないな。
…どうしたものか。
時間はもうない…これ以上は残ると危険だが…。

「…アキト、ここは俺が引き受ける」

「ナオさん!?」

「あー勘違いすんなよ、アキト。
 犠牲になろうとか身代わりになろうとかそんなつもりはねぇんだけどさ。
 …ま、ちょっと年上のお兄さんが必要そうな状況だからな。
 お前は優しすぎて説教するの、得意じゃないからな」

……その通りだな。
少なくとも、俺が加害者みたいに思われてる状況じゃ、な。
話し合いにはならんだろう。

「ほれ、お姫様とアカツキ会長、アキトと一緒にさっさと逃げな。
 …こいつには一敗分の借りがある。
 今の俺と、ダメージを負ったカエンなら…互角以上にやり合えるはずだ!」

「馬鹿めっ!逃がすと思ったか!?」

「だろうな!」


ぴぎゅんっ!



俺は持っていた最後の武器、レーザーブラスターを手にして…天井の照明を撃ちぬいた。
小さな照明だったが、カエンに当たると、さすがにカエンも揺らいだ。

「っ!?せ、せこい真似を!!」

「うおおおおおおお!!」


ナオさんはカエンに殴りかかった!
…悪い、ナオさん!
だが、勝算なしに挑むナオさんじゃない!
あのボロボロの状態で、何とか勝つ方法を考え出したはずだ。
それに…カエン、いやブーステッドマンには、致命的な弱点が一つだけある。
動力チューブ以外に、もう一つ。
ナオさんなら気づくはずだ…必ず!
俺とアカツキは燃え盛る部屋を突破した。
アクアはさすがに炎が大丈夫と分かっていても、怖がっていたのでお姫様抱っこしてやっている。
目をつぶっているようで、不安そうに抱き付いてる。

「…ホシノ君、アクア君はちょっとファンにうらまれそうだね」

「…そこで俺の心配をしないのが意外だよ」

「昔だったらそう考えるところだけど、
 今は君の人気を考慮するとね」

…お前、俺がテンカワだった頃…。
ユリカとメグミちゃん、リョーコちゃんに追いかけられた俺を、ニヒルに笑ってたろうに。
はぁ…なんていうか立場が違い過ぎてな。

「ま、ひとまず一段落かな。
 あ、それと…」

「なんだよ?」

「映画出演決定おめでとう、ってところかな」

「……やっぱだめかな、出なきゃ」

…死ぬくらいなら映画出た方がマシってのはマジだが、
加害者のアクアの掌の上でおどってる感じがするよ。
……これ、映画のロケハンのつもりで隠して、殺せたらそれでよし、
殺せなかったら映画でした、でごまかすつもりだったんだろうが…。
…はぁ、ラピスを敵に回してる気分だったよ、今回は。

「ええっ、絶対出てもらいます!」

アクアが弾んだ声で答えた。
俺達は今、完全防護の耐火服を来てるもんだから表情はうかがえないんだよね…。
映画…別にもう芸能界から抜け出しきれないかもしれないのは受け入れてるけど…。
演技がへたくそだから気が乗らないんだよね…。
それに…。

「…一応ね、ちゃんと後で謝りに来てくれると、嬉しい、かな。
 俺は良いけど、ユリちゃんもラピスもカンカンだから。
 じゃないと断られちゃうよ?」

「あら、そんな事言っていいんですか?」

「「え?」」

「私達もたっくさん違法行為しましたけど、アキト様たちもそうですよね?
 これがフィクションとか企画じゃなくてマジバトルってなったら大変ですよ。
 えーっと、まず全部の戦いで決闘罪が成立しますよね。
 日本じゃ試合の形をとらない真剣勝負は禁止されてるんですよ?
 そうじゃなくても暴行罪くらいは間違いなく出ます。
 警察に言わなかったのが私達のせいっていっても、映像で証拠たっくさんありますよね。
 日本中の人で知らない人はゼロかも」

……俺はあんぐりと口を開けてしまった。多分アカツキもだ。見えないが。

「それとスバルユウさんとアキト様は銃刀法違反、
 ラピスちゃんが送り込んだドローンには爆発物取り締まり違反。
 これはエルさんが持ち込んだ爆弾付の首輪と、ここに仕掛けたトラップもそうですけどね。
 カエンさんも廃墟とはいえ放火してますし。
 
 …これ、一応ラピスラズリが許諾して、アキト様名義で始めたことになってます。
 あ、もちろん私達の仕込みですが、これを覆すのは至難の業ですわ。
 このホテルストーン佐世保の跡地も、結構な金額がかかってますわ。
 解体の前に撮影に使うってことで、億単位のお金が必要でした。
 日本でこういう撮影するの危ないから本当は避けたがってたそうですけど、
 佐世保の英雄のアキト様だから特別に、って佐世保市長も許可してくれたんです」

……そういえば、なんでテレビ局がさっさと放映してたのか疑問には思ってたけど、
ラピスが許諾したってことになってたら、筋は通るな…。
このホテルストーン佐世保の廃墟を使うのも…恐らくはだいぶ前から計画されたことだ。
で、俺名義で始まっちゃってたとなると………血の気が引くのが分かった。

こうなっては…どうあってもこれは告発できない。
俺関係の仕事って、ラピスを通すとかなり猛スピードで通るようになりつつあって…。
ラピスが二つ返事すると、本当にその場で番組が始まるレベルなんだよ…。
俺が出る番組は『視聴率ちゃぶ台返し』とあだ名されていて、
ゲリラ的にやってもどうやっても視聴率が30~40%くらいはどの時間帯でもとれてしまうとかで…。
…だからラピス以外の人がラピスの端末で連絡して、って前提をそもそも口外するのが問題になる。
そんなトラブルを口外すれば、信用問題になるし、模倣する奴がでてくるかもしれない。
しかも緊急時だからといって違法行為を連続してやらかしたのは事実で…そうせざるを得なかったとはいえ、
そもそも警察に言わなかったことで、この一日のアクアの計画を告発する立場じゃなくなってる…。
……泣き寝入りするのが一番穏便で安全ってことになるんだよ、これじゃ。
はぁ…ピースランドの国王の気持ちが良く分かるよこれ…。

「そんなわけで、映画を撮るのは決定です!」

…俺はがっくりと肩を落としながらも…ようやく外に出ることが出来た。
はぁ…ブーステッドマン達とリョーコちゃんのおじいちゃんがお出迎えか…。
……これから忙しくなるな、また。
は、ははははは……。



……勘弁してくれ。


























〇地球・佐世保市内・ホテル『ストーン佐世保』跡地・最上階──カエン

俺とヤガミナオは燃え盛るこの最上階のジャズバーで殴り合っていた。
さっきのヤガミナオとアカツキナガレの廻し蹴りに挟まれたのが堪えた…。
視界がぐらぐらしている。
頭部はそれほどいじられてないからな、俺は…。
だが…そんなことはどうでもいい。

「ふざけんなっ!!」


Dと対抗できるスバルユウが現れる!
アクア嬢は勝手にホシノアキトを殺すのを諦める!
ヤガミナオは戦闘不能になったかと思ったら戻ってくる!
ホシノアキトとアカツキナガレは潔白だと言わんばかりに胸をはって逃げていく!


なんでこうなる!?
俺を邪魔するヤツばっかり出てきやがる!
ホシノアキトとアカツキナガレだけだったらどうとでもなったってのに…!
いやホシノアキトスバルユウとヤガミナオはまだいい!結局敵側だ!

だが話を持ち込んだアクア嬢が抜けたらダメだろ!?

『失敗したら』映画を撮るって話であって、『自分で失敗させる』ってのはナシだろ!?
負けるのはともかく、お前が負けさせてどうすんだよ!?

ふざけすぎだろ!?

「ふざけんなっ!」


「ったく…さっきからふざけんなってうるさいんだよ、お前は。
 ガキじゃねぇんだからあ」

「ンだと!?」

ナオのこんな安っぽい挑発に乗っちまうくらいには腹が立っていた。
ホシノアキト…あいつには何か憑いてるのか!?
まるであいつを助けるために誰もが手を貸しているような錯覚すら覚える。
確かに英雄と称され、ちやほやされてる人間ではあるが…。
これだけ速攻をかけて、PMCマルスごと孤立させたってのに、なんでだ!?

「お前こそなんなんだよ!?
 ホシノアキトのために死ねるってのかよ!?」

「そう思ってる部分もあるがな、
 死なない目算もあるからやってんだよ?」

「このクソホモ野郎ッ!!
 さっきから惚れ込んだだのなんだの気持ち悪いんだよッ!」


ガッ!


「ぐあっ!?」


「人生経験が浅いってんだよ、このひねくれもんがッ!

 面白い奴に出会ったら、一緒にやってける道があったら、
 
 自分の責任で、自分の為に、その道を選ぶに決まってんだろッ!」



ナオは俺の大ぶりの右ストレートを、かわして、頭突きを放った。
く、くそっ!!
冷静さを欠いて勝てる相手じゃねぇ…!!

「あのホシノアキトにそこまでの価値があるのかよ!
 殺しを…嘘をついて誤魔化してる、偽善者だろうがっ!!」

「あいつは嘘をつけないっての!
 …ま、確かにそうなると疑問も残るが、あいつがいうなら本当だろうよ。
 それにお前だって、あいつの技術以外に証拠が見つからなかったんだろ!」

……確かにそうだ。
だがだからと言ってアイツを信じる理由にはならねぇよッ!

「英雄だからってついていくような…勝ち馬に乗るような、
 てめえが何を保証できる!?」

「俺はアキトが英雄って呼ばれる前からの付き合いだ!
 お前こそ、アキトを浅く見積もりすぎだぜ!
 ちったあ…落ち着いて話してやればいいだろうがッ!」

「ガキの喧嘩か何かと勘違いしてんのかよ!?」

「ガキの喧嘩と何が違う!
 相手が悪者と決めつけて、好き放題言いたい事を言ってるだけだろッ!
 その上、喧嘩の相手を間違えてるんだから救えないってんだよ!
 確かに見事な手口と計画性だったがな…。
 

 人体実験の加害者にやるべきことをアキトにしてただけだろっ!
 たんなる八つ当たりだろうが!
 
 挙句に途中で癇癪起こして、話し合いに応じてくれる相手にキレるとはな!
 お前のやってることも主張も反抗期の中学生くらいにしか見ないぞ!」


「!!」

ナオのふざけた評価で…俺は完全に頭に来た。
…少なくとも今回の戦いに俺は人生を賭けてる。
アクア嬢みたいに、途中で日和ってしまう真似なんてするわけがない。
それが…例え…。

生まれて初めて叶えたいと思った、俺の夢を砕く事につながるとしてもだ!!


「死ねえええええええッ!!」



俺は右腕に炎を纏って突撃した。
今までとは比較にならない、最後の手段。
…俺が未完成であるために、使うのを躊躇っていた。
せっかく生身の部分が残ってる、大事な腕を犠牲にする一撃…。
これで右手は、永久に使いものにならなくなる。
それでもこいつだけは許せねぇんだよ!!
これなら耐火服ですらも撃ちぬける。
完全にナオの体に到達するには数秒かかるだろうが、普通の拳と思ってよけようとしてない。
気づいてからじゃ遅いんだぜ、ナオッ!
──だが。


がっ!!



俺の拳は、正面から、ナオの両手に抑えられて止まった。
そして、ナオの耐火服の特に分厚いグローブの奥にある、手の皮膚に届く前に…俺は悶絶した。


めきっ!


「ぐああああああああっ!!」


俺は自分の右腕が燃える痛みに耐えている中、
さらに骨が軋み、外れる音を聞いて、痛みに絶叫した。
な、何をしやがった!?

「アキトの必殺技、『矛砕き』。
 …の見様見真似だ!」

な…んだと…ホシノアキトがこの場に残ってたとしても…。
この技で俺の奥の手も破られたってのかよ…!

「お前らブーステッドマンは自分の能力に絶対の自信を持ってるようだが、
 それがお前たちの弱点だッ!
 技術と経験の不足のせいもあるだろうが、
 最後の最後で能力に頼る!
 お前たちは相手を見ることも、技を駆使することも、放棄している…!
 最後の最後で肝心なのは天や他人から与えられた能力じゃない!

 自分の人生を賭けて、学んで、鍛え上げた技と…!

 地道に積み重ね続けた地力なんだよッ!」


がしっ!

俺が悶絶してる間に、ナオは俺を抱えて走り出した。

「なっ、何しやがる?!」

「いいからこの場は逃げようぜ。
 …無理矢理決着付けなくってもいいだろ。
 話し合って気に入らないならまた何でもすりゃいい。
 殺すとかどうとか考えるのやめとけよ」

「ふざけんな!!
 この距離なら火力上げればお前なんて…」

「だろうな。
 だが…」

ナオは走り込んで、熱でガラスの割れた窓際に向かい、Dたちの姿を確認した。

「おーい!D!
 カエンを受け取れっ!」

「なっ!?」

「…ああ!いいぞ!」

「ば、ばかやめ…うわっ!!」

「あばよっ!」


ぶわっ!



俺はナオに投げられてホテルの外に放り出された。
…例の偵察ドローンをブロックする自動迎撃システムも、
最上階の下から登ってくるものと、最上階の上から降りてくるものは迎撃するが、
最上階から落下するものは何もしないわけだ…。
12階という高さだったが…Dは難なく俺をキャッチしてくれた。
…燃えて、炭になっちまった右腕の火も、消えていった。
ナオもどこに隠していたのか、ロープを使って最上階から降りてきやがった。

「ち、畜生……なんで殺さなかった!
 黙って落とせば今の俺なら殺れたはずだ!!」


「…お前なぁ、アキトを悪者にしたいとか思い過ぎて認識が歪みすぎてんだよ」

「ああン!?」


「そーですわ。
 しかも実は一番、アキト様をお気に入りなのはきっとカエンさんなのに」

「んなっ!?」

「ああ、大丈夫です。
 もうテレビ放映は終わってますわ。
 私が連れ出された時点で、放送は切ってますから。
 
 …憎まれ口叩いても、何しても別に問題ないです」

好き放題言ってるナオとアクアに苛立ちが止まらないが…。
とりあえず…。

「…チッ。
 D、いつまで抱いてんだよ!?
 降ろせ!!」

「そうか?
 お前も大怪我だろうに」

「…そういう気遣い要らねぇよ!?」


とはいえ…俺は右手を失った分だけ、やっぱりふらついている。
…ダメージも結構深いしな。

「…どうする、まだやるか、カエン」

「……。
 もう勝ち目がない事くらい、分かってら…」

ホシノアキトの問いに…俺は強がれなかった。
完全に頭に血が上ってたんで、ナオをぶっ殺すことしか頭になかったが…。
…あの場でナオを殺せたとしても、そのあとにホシノアキトと戦っても無理だ。
恐らく…総力戦になったとしても、俺が右腕を失った状態では、
5対3の戦いになっても…俺はほとんどカウントに入らないだろう。
そしてスバルユウとDが互角とはいえ…体力差でDのほうが先に参っちまう。
そうでなくても乱戦になれば、
スバルユウの刀の衝撃波にD以外の俺たち四人は耐えねえ。
一撃の強い範囲攻撃を打たれればどうなるかわからねぇし。
同じ理由で、この場で再度戦い直すのは無意味だ…。
勝てるか分からねぇ戦いで…俺一人が意地を張れば、誰かを犬死にさせる。

そうなっては…意味がない。
負けを認めたくないが…ヤガミナオとDに助けられちまった以上、
言い訳もできねえし…。

何より、当初の作戦が完膚なきまでに失敗しちまってるのが決定的だ。
あくまでもこれはロケハン中の事故死…もしくはテロリストとして自爆に巻き込む形で、
ホシノアキトを暗殺しないと行けなかった。
だが、解除装置が使われてしまい、ロケハンバトルの放映が終わった時点で、
もうすでに映画のロケハンという言い訳は通らなくなった。
…解除装置を俺が押してしまった時点で完全に負けだったんだ。
それでも強行して殺せる状況だったら、続けても良かったが…もうだめだ。
そんな気力も体力も、もうない。

……それでも、いい、か。
結局…俺は自分の夢を捨てなくていいってことだ。
ホシノアキトが気に入らないってのは事実だが…。
……本当に殺したいほど憎んでたかは微妙だ。

もしかしたら…羨ましかった…んだろうな、俺は。

出自もそんなに離れてないのに…。
映画に出るとしたら主演俳優がとても似合う、こいつが。
俺は、クリムゾンの分までこいつを恨むことで気持ちを逸らそうとしてただけか。
ナオの言う通りだ。
クリムゾンに逆らえないからって、八つ当たりでな…。
…。

「俺の…負けでいい…」

「ほ…」

ホシノアキトは胸をなでおろしている。
俺とアクア嬢を睨むでも、怒るでもなく…。
…しかし…こいつある意味じゃやっぱ頭おかしいんじゃねぇか?
自分と妹の命を危険にさらした相手を安堵した表情で見つめるなんてよ…。
…それが英雄の資格ってことか?

「それじゃ、カエンさん。
 どっちにします?」

「…あ?なんだよ?」

「私のお爺様を責める為にアキト様に協力を求めますか?
 それとも、アキト様と一緒に映画に出ますか?」

「…あんたは映画のほうがやりたいんだろ。
 それでいい…」

「あら、嬉しくありませんの?」

…こいつ。
最初っから映画だけだったら素直にうれしいが…。
ずいぶん惨めな気持ちにさせられた上に、右腕まで失っちまったんだよ、こっちは。
…まあ、最初にだいぶいい気分にさせてもらったからいいっちゃいいが。

「…けっ。
 こっちは疲れてんだよ」

「…カエン、その」

ホシノアキトが、申し訳なさそうな顔をしながら俺を見ている。
なんて顔だよ。
勝った側が情けない面しやがって…。
勝ったのに謝るってのはそれはそれで誠実じゃねぇよ。

「…言うな。
 それ以上言われるとこっちは余計に惨めだ。黙ってろ。
 ……映画の話がまとまったら、なじりに行ってやる」

「……うん」

ここまで来ると謙虚さがかえって嫌味だけどな…それでもかまわなかった。
…俺はホシノアキトが嫌いでも、映画出るためなら我慢できると思えた。

だったらいい。

俺は最後までやり切って…ヒールとして役割を全うして、負けたんだ。
正義の味方に…負けたんだ。
このホシノアキトに…。

…だったら、死ぬ事もねぇだろ。
好きなことして…残りの人生を満喫してやるさ…!


ぴぴぴ…。



『アキトさん!』

「あ、ユリちゃん?
 何とか終わったよ。
 ラピス、良かったな」

『うん!ありがとアキト!愛してるよっ!

 ……ってそうじゃないの!!
 ブラックサレナが、勝手に再起動しちゃったのよ!!』

「なんだって!?」


『今、連合軍の基地の中で、かろうじてみんな持ちこたえてるけど、
 アキトとアカツキの力が必要なのよ!
 早く戻ってきて!』

『そういうわけです!お願いします!
 ミナトさんに送ってもらってください!』

「…ホシノ君、どうやらくたくたのまま、
 残業しなきゃいけないらしいね」

「ああ。
 ……勘弁してくれ」

ホシノアキトはこの満身創痍の状態で、何か戦いに出ないといけない理由が出来たらしい。
…ざまあないな。

「…それじゃ、俺はこれで。
 アクア、そういえば君は…」

「…ご安心下さい、アキト様。
 今回は…私が率先して、私のわがままで始まった事なんです。 
 私が人を集め、状況を作り、資金を集めて…。
 名義くらいは借りましたし、お爺様がアキト様を殺したがってたから始めたことですけど…。
 でも今回の事はすべて、このアクアクリムゾンに責任がありますわ。
 …お爺様を責めないでいただけますか?」

「…うん、それはいいよ。
 でも…君はその後、殺されたりは…」

「…大丈夫です。
 私厄介者扱いですけど…さすがにお爺様といえど、血縁者に手をかけませんわ。
 代わりに…失敗したらクリムゾン家を追い出されちゃうことになってます」

「…ごめん」

「アキト様が謝ることありませんわ。
 私のほうがよっぽど極悪です。
 …でも今日限りです。

 これからは映画配給会社『アクアフィルム』の社長として、
 独立独歩でやっていきますわっ!
 ですから、映画出演、ぜひお願いします!」


「…都合がいいっていうか図太いね、アクア君」

「…いや、いいさアカツキ。
 仲直りできるならそれに越した事はないし…。
 どっちみち殺したくないし、罪に問うこともできないんだからさ。
 
 それに、結局…俺達は搦め手ではクリムゾンには勝てない。
 暗殺に手を染めるつもりもなければ…表立って反対運動をするのもまずい。
 仮に世間を味方につけてやっても、きっと犠牲を出すだろう。
 ……正面から企業活動でやり合って勝つしかない」

「ま、そうだね。
 …君となら勝てるさ」

「じゃ、みんな、また後で!
 言い訳はちゃんと聞くからね!」

「ごめんなさい、アキト様ー!
 後日、菓子折り持って謝罪させていただきますからー!」

自信満々にホシノアキトとアカツキは話して、
アクア嬢の声に手を振った応え、車に乗り込んだ。
…ったく、仲良しこよしかよ。

「ミナトさん!
 PMCマルスに急いでください!」

「任せて!
 …それとヤガミ君!
 ホシノアキト君を送ったら病院に連れてくわよ!
 まったく無茶して、ホントに!!」

「……す、すんません。
 いち、いちちち…」

「それじゃ、飛ばすわよっ!」


ぶろろろろろろ…。



ホシノアキトはスゴいスピードで居なくなった。
…騒がしい、おかしな連中だ、まったく。

「…カエン、お前はなぜホシノアキトにやたら執着してたんだ?」

「…なんでだろうな。
 あいつと話してるとそれが分からなくなってきた」

「やっぱりカエンさん、
 アキト様を気に入ってるんですわ」

「バカ、そんなんじゃねえよ」

……だが、ハッキリ言って羨ましいとは思ってる気がするぜ。
ったく、訳が分からねえ…八つ当たりってナオに言われた通りなのかもしれねぇが、
なんか妙にスッキリしちまってる。
変な野郎だ、ホシノアキトは…。

「ふぁぁ~ワシャ、もう帰るぞい。
 老人にはこの時間まで起きとるのは堪えるわい」

スバルユウは、俺達の話を聞いていられないとばかりに
……説得力が全くねえぞ、じじい。

「しかし、ヤガミナオにここまでしてやられるとは思わなかったぜ」

「…あいつらも馬鹿じゃないってことだ」

……俺達も実戦不足だったからな、大概。
まさかしっかりと準備してくるとは思わなかった。
手も足も出ないってことではなかったが…この場合、スバルユウって人間がそばに居たからだろう。
運が悪かったってところか…運も実力の内っていうが、それがあるのがあのホシノアキトってことかよ。
…ったく、あいつが一番優れてるのは能力でも遺伝子でもなく、幸運なのかもな。

「…どう思う、カエン。
 俺は結構、いい奴だったと思うぜ」

「…どうも思わねえよ。
 説教かまされて、ムカついただけだ」

「あいつも気付いたんじゃないか、無意識にだけどさ。
 兄貴風を吹かせたくなったんだろうよ。
 …実は遠い昔に、クリムゾンの研究施設で生まれたってことにさ」

そうだ。
ジェイの言う通り、ヤガミナオは、
血こそつながってないが、同じクローンの実験体であり…兄弟分に当たる。
…あいつは実験体の中では一番年齢が上で、俺も一緒に過ごした記憶がある。
だが、罪悪感を抱いた一人の研究員がヤガミナオだけ保護して、連れて行ったんだ。
俺達もいつか助かる、この暗い場所から抜け出せるって、希望が生まれた…。

…しかし、その希望は幼い頃にはかなわなかった。
ホシノアキトがきっかけで…思わぬ形で俺達は助かった。
……もっと早く、誰かが手を取って普通の人生を送らせてくれるという希望は、叶わなかったんだ。
だからナオを、最初にぶちのめしてやりたかったんだ。
唯一まともに生き延びたアイツを…改造されて身についた力で…!
…だが結局一勝一敗の、トータル引き分けで終わっちまったがな…。

「…だったらよりむかつくし、救われねぇだろ。
 あっちはちゃんと覚えてねぇ上に、久しぶりに出会ったら説教なんてよ」

「ヤガミナオからすると反抗期の弟にでも見えたんじゃない?
 …ま、あんた一人だけが妙に怒ってたってことは、
 やっぱホシノアキトとヤガミナオに、特別思い入れがあるってことじゃない?」

「…はぁ、ったく。
 もう否定する気力もねーよー…」

…そして否定する根拠も、すでに持っちゃいなかった。
生まれて初めて、特別な感情を抱いた相手であることには変わりがないからな…。
ま…恨み言を言うのは後にしておくか。

「…さて、それじゃ私達も行きましょう。
 アクアフィルムの第一作を撮るためにね!
 これから忙しくなりますわ!」

…ついでにアクア嬢もずいぶん張り切ってるな。
ああ…もう怒り疲れてて呆れるしかねぇ。
これからクリムゾン家から放り出される箱入り娘の癖に、やたらたくましいな。
こっちは疲れ果ててどうしようもねえってのに…ったく…。
あ…なんだ?なんか結構な人数が寄ってきたな…ホシノアキトのファンの奴らか?
いや、なんか雰囲気が違うな…。

「あ、あの!」

「あ?」

「サインください!」


「はぁ?」

突然サインが欲しいと言い出した娘が…なんなんだ?
なんか妙に目を輝かせて…。

「カエンさん、あの炎を操るの!
 スゴいカッコよかったです!
 こ、これから映画に出るんですよね?!
 楽しみにしてます!!」


……俺はつい呆気に取られてしまった。
い、いきなりファンが出来た、のか?
結構何人も、囲んできて…ヒールだったってのに…。

…そういえばホシノアキトもあの黒い姿に魅せられてるファンが結構居たっけか。
な、なんだこれ、恥ずかしいぞ…。
こんなむずがゆい中、ホシノアキトはいつも人前にでてんのかよ!?

「「「Dさーん!」」」


「お、おいおい…ちょっと待ってくれ…危ないだろ」

「あんまりDに近づかないで!
 Dは力加減がそんなに得意じゃないんだから!」

…Dを囲う、新規ファンがたくさん…お、おれよりずいぶん多いな。
エルは今回表に出てなかったもんだからあんまり注目されてない…。
いや、Dのマネージャーと思われてるような感じがするな、これは。
ジェイとインまでずいぶん…。
あ、アクア嬢に至っては映画化のプロデューサー気取って、
今回の映画について自信満々に話してやがる…。

……ホシノアキトに人体実験の被害者が軽く見られるのを責めてた癖に、
俺は自分から同じことをしてた、のか…?

見世物になる覚悟で、改造された性能を見せびらかしたってのは事実だけどよ…。
ま、まあ…憧れの映画スターを目指して…俳優業、頑張ってみるか…。
…俺は、炭になり果てちまった右手では字が欠けないので、
色紙を持ってもらって、ちょっと近い距離で書かなきゃいけなくなって…。
う、嬉しがられたから、いいんだろうけどよ…。

……ちょっとだけ、ホシノアキトの気持ちが分かって、
アイツも大変なんだな、と知って…。
やりたい事の為に我慢することの大変さを初めて知った。



…ま、ようやく、生きるための目標と職業と…夢ができて…。
人並みに日の当たる場所に出られたから…いいかな…。



































〇作者あとがき

どうもこんばんわ、武説草です。
ブーステッドマン編、完。です。
逆襲のナオ。
そして開き直るアキト。
どうしたアキト!?お前もうちょっとウジウジしてたんじゃないのか!?
とかいいつつ、ホシノアキトは結構元々変化してたんで、こんな具合です。
さらにミスマル四姉妹もちょっと動きがあったようで…。
アクアは勝手に恋に恋していたことに気づいて、アキトから離れていきますし、
カエンは不満なことだらけではあったものの、何とか夢を掴めそうです。
二人ともちょっと大人になって進む回でした。

アクアたちはどんな映画を撮るのかな?とか考えつつ、
続いて、ヘロヘロなアキト君たちを襲う、ブラックサレナ再び、です。
なんで再起動したかな?HOSを積んでたのかな?
と思いつつ、暴走するロボ、それを止めるにはどうすれば!!
という次回、収拾は付くのか!?

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!














代理人様への返信

>達人は保護されているっ!(違)
タブー中のタブーを思いっきり地上波でやらかす達人ッ!!
色々問題になりそうなスバルユウの明日はどっちだ!?





>だが衝撃波はやりすぎだwwww
それくらいないとディストーションフィールド破れねぇかなって思って、
ついやりすぎましたw

















~次回予告~


ども、ホシノアキトっす。

…映画出演が決まっちゃって、ブルーになってます。
それはともかくとして…ブラックサレナがなぜか再起動を果たして、
しかも乗っ取られたのか、暴れてるそうなんだ。
新型IFSなんて搭載しちゃったのが大失敗だったみたいだ。
戦術や反応までコピーしてたってのは誤算だった…。
けが人や死人を出さずに何とかしたいと思うけどさ…。
何とか持ちこたえてくれよ、みんな!


アキトたちをうまくトラブルで踊らせるとやっぱたのしいなぁと思う作者が贈る、
全世界にアキトのすべてをあけっぴろげに公開してしまう系、ナデシコ二次創作、












『機動戦艦ナデシコD』
第四十七話:Darkness Doll -闇の人形-









をみんなで見ようっ!!
















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代理人の感想 
耐火服ワロスwww
どこに用意してたんだw

そしてスバルの爺さんがマジで人間離れしてた件。
仙人かなんかかあんたは。

そして最後にアクアフィルムとHOSで大爆笑www
いやだよそんなのw


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