〇地球・日本・佐世保市・アクアフィルム本社─カエン
俺たちは昨日の戦いから一応メンテが終わって佐世保に戻ってきた。
アクアの指定通り佐世保に構えた会社の社屋にたどりつくと、まだ疲労が抜けきってない体をソファに預けた。
この社屋も、PMCマルスの社屋よりだいぶくたびれてはいるが、会社としての体裁は整ってる。
…あのメンテ担当の連中、実戦データが手に入ったからってえらくはしゃいでいたな。
ま、あいつらもまたサイボーグ作るのは無理ってことで、暇してたからちょうどよかったんだろうぜ。
しかし…。

「あのアーパーなアクア嬢がどんな映画を撮るつもりなんだか」

「アーパーな映画に決まってんでしょ」

エルが一言で切って捨てた…そらそうだが。
あいつらに勝てなかった手前、俺もまともに俳優やるつもりだが役どころは気になる。
俳優は自分の気に入らない役でも全力で成立させなきゃならねえ仕事だ。

俺には映画しかねぇんだ。

次につながる可能性があるなら道化にだってなってやる。
気に入らない役が続いたって構わねぇ。死んだも同然の日々よりずっとマシだ。

「色々と大変だったが、それなりに満足のいく結果になったな」

Dの一言に、俺たちは深く頷いた。
やりたい仕事に就けたし、ナオもボコった。
最後は負け、しかも片腕を無くしたが、見合うだけのモンはもらえた。
…あの辻斬りジジイのおかげでケチがついたのは否めないがな。
俺たちは備え付けの冷蔵庫の中身で軽い食事をとって、アクア嬢の帰りを待つだけだった。
ぼんやり見てるテレビには俺たちの戦いぶりが何度も放送されてて…。

……想像以上に恥ずかしい。

チャンネルを変えても同じだった。どのチャンネルも話題は同じだ。
アクア嬢が戻るまでずっとこれか…。
た、タブレット端末くらい持ってくるんだったか…。























『機動戦艦ナデシコD』
第四十九話:dramatics -素人による演劇・芝居-

























〇地球・日本・佐世保市・アクアフィルム本社・制作室─クリスマリン
僕はアクアから部屋を貰って、脚本のための資料をまとめていた。
アクアが説得できるかによるんだけど、PMCマルス、
そしてナデシコの人たちにも出演してもらわないといけない。

この映画の必須条件はホシノアキトがメインキャストであること。
そして映画を成功させるために、
大根役者の彼を奮い立たせる、感情を動かせる脇を固めるキャストが必要になる。

彼はどんな有名人と組んでも、どんな絶世の美女と組んでも揺るがない。
照れ屋で恥ずかしがりで、
外部の人間にはくっついていかないというか、
相性のいい人が少ないと言うか…。
アクアの分析通り、彼を動かせるのは近親者、家族だけなんだ。

ここまで調べ上げた彼の過去を…私の考えていたSF作品にミックスする。
この過程を得ることで、初めて成功が近づく。
だが…困ったことに、その作品に直接入れるとホシノアキトは悪人になってしまうんだ。
そういうキャラが一人いる、この人物に当て込むのが一番しっくりくる。

日本神話をモチーフにした敵…これを木星トカゲに近いポジションで描いて、
観客たちにも身近で、物議を醸す可能性のある…だが間違いなく目を止めてしまう話として描く。
そしてホシノアキトの役どころは、スサノオという危うく、
危険な独裁者…その心の奥底は愛を求める人間味のある男。

彼はロケハンバトル中で見せたサディスティックな人格、
そしてあのブラックサレナという自分専用の機動兵器に残した人格は、
まさにその危険な役柄にぴったり合う。
一言で表現するなら『世界一の王子様』が『黒い皇子』になる瞬間があったんだ。

彼には、この役しかないんだ。ぴったり当てはまる。
そしてスサノオが失った婚約者の役は、ミスマルユリカ嬢を当てる。
実際にブラックサレナに残った残留思念のような、
プログラムに吸い出された人格は、ユリカ嬢と婚約者を混同した。

ユリさんもこの点に関してかなりの葛藤があったようだった。
彼らの言葉の端々から出てくる…彼らの戦う理由であり、大事な思い出なんだろう。
この部分を引き出すことさえできれば、
大根俳優のホシノアキトも、素人ばかりの他のキャストも、
十分に感情の乗った、実力以上の名演技を見せてくれるかもしれない…。

……断られるかもしれないが、これは確定で行こう。

そして彼を支える巫女たちにはPMCマルスのパイロット候補生たち、
そしてユーチャリススタッフを当てる。
こちらは人数がいるから、見栄えするだろうね。
はは、またマスコミにからかわれそうだ。

ただ、こうなるとホシノアキトはやはり敵にするべきだが…。
そうなるとホシノアキト主演にするのは不可能になってしまう。
どうしたものか…。

私が5杯目になるコーヒーを淹れようとしたところで、アクアが記者会見を終えて戻ってきた。
アクアにコーヒーを手渡そうとしたところで、アクアは紅茶派だと断った。
そして、私が難航している部分の話を相談してみると、
アクアはあっさりと解決策を提示した。

「だったら数作の連作にしてしまえばいいでしょう?
 ホシノアキト様が主演の映画が一本でもあれば嘘になりません。
 オムニバス的に撮ってしまってもいいですし。
 あと、スサノオ役はテンカワさんと協力して必要な所だけ演じてもらうとか…」

「…そういえば二人いるんだったね、アキトという名の同じ顔が…」

…ややこしいことに、
彼ら二人は同じ顔で性格や趣味嗜好が似通っている。
ホシノアキトの方がぼうっとしてるけどね。
一番違うのは能力と見た目の色くらいだからね…。

「とりあえず、後は交渉が必要でしょうね。
 ひとまず外堀を埋めにかかりますから、明日以降しばらく脚本を練ってお過ごしください。
 会社のクレジットカードを準備しましたので、食事や買いものはご自由にどうぞ」

アクアはクレジットカードを僕に手渡すと、
実家から引っ越すまでの数日、戻れませんと言って出ていった。
……脚本を書く以外は、ブーステッドマンの人たちの面倒を見るのもお願いしますってことか。
ま、まあ人を雇うにもまだ動いても居ない映画のために、この段階で人を集めるのもおかしいか…。

…しかし、この後、僕はかなり消耗することになった。
理由は……呼びたいと思ってなかった人たちが、
どんどん映画の出演に名乗りを上げてきたからだった…。
タレントとしての人気は負けていても、トップアイドルの天龍・地龍兄弟…。
彼らもホシノアキトと縁があるし扱いようがあるが、
他はどうにも…アクアに相談しないと…。

























〇地球・東京都・ネルガル本社・会長室──エリナ
私はナガレ君が昨日の負傷のために病院に行ってる間、
また会長業務を押し付けられて…というかやらないと結局あとで負担が押し寄せるから、
先んじてもろもろな件を片付けている。

…ブラックサレナ関係の事で連合軍に謝ったり、情報が残らないように後始末したり、
サイボーグとのロケハンバトルの事でテレビ局から取材が殺到したり…散々だわ…。

…ナガレ君に労ってもらおうかしら。
ロケハンバトルの時もちゃんと連絡してくれなくてムカついたし、それくらい…。

「え、エリナ君…おはよう」

「遅いわよ」

ナガレ君は疲労した顔で現れた。
病院に行っていたにしては妙に長いと思ったけど…。
案の定、別件でつかまってたらしい。
一応メールで連絡してくれたんだけど、
私も直接対応しなきゃいけないことが多すぎて見れなかった。

──さすがに疲れてきてしまったので、お弁当を食べながら事情を聴いた。

「参ったよ…。
 検査自体は二時間前に終わったんだけど、
 ここに戻るまでにすごい数の電話が来てね…」

「ナガレ君の電話に?」

ナガレ君から詳しい話を聞いてさらに頭が痛くなってきた。
何と、ネルガルの関係会社も次々にアキト君の映画に乗っかろうと色々連絡してきたらしい。
しかもその電話の中には断り切れそうにないほど重要な取引先…。
相転移エンジン搭載艦の製造をお願いしてる明日香インダストリーからも来た。と。
制作会社次第ですが掛け合ってみます、と答えるしかなったとか…。
…頭痛くなってくるわ。

「…娘のカグヤになにかいい役をくれないか、ってさ」

「……み、みんな暇ね」

私はそう返すので精いっぱいだった。
そしてアカツキ君は一応アクアクリムゾン…もといアクアマリンに連絡した。

その後──アカツキ君とオニキリマル社長を挟んでの交渉中、
アクアマリンは爆弾発言をぶつけてきた。

「じゃあ、ネルガルはこのところ勝ちすぎてますし?
 フィクションの中くらいだったら明日香に喰われちゃっていいんじゃないですか?」
 
……どんな理屈なのか、相変わらず頭がおかしいのか、アクアはのほほんと答えた。
アカツキ君は苦笑しながらオニキリマル社長に構わないと言うと、
オニキリマル社長はさらなる要求を繰り出すも、アクアは二つ返事でうなずいた。
自分を追放したクリムゾンを勝たせないあたり、良い性格してるわよ…。

ただ、この一件で明日香インダストリーが先んじていい役をとってしまったので、
他の会社は泣く泣く引っ込む形になった。

……みんなのんきだけど、今って戦争中よね?

ま、中心人物のアキト君が映画撮るからだろうけどね…。


















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社──ルリ
昨日のPMCマルスの長すぎる一日が終わって翌日、
アキト兄さんとアクアの映画製作開始の記者会見が終わりさらに翌日。
午後の八時に私達PMCマルスのメンバーが集まりました。
以前の、『ホシノアキトとホシノユリを何としても生き延びさせる会議』
からだいぶ間が相手の久々の招集となりました。
あの時と違って、エリナさんが居ない代わりにアキト兄さんとユリ姉さんが居ます。
ナオさんも端末からの会議参加をしてます。
さすがにユーチャリススタッフの100名は居ません。
休日を申し付けて休んでもらってます。
無論、ブーステッドマン達との死闘がリアルファイトだったのは伏せるようにと約束して。
これ以上週刊誌に噂が広まっても困ります。
ラピスがユーチャリススタッフの端末をハッキングして、検閲してることは、
この会議に集まっている人間しか知りません。
本当は完全アウトですが、アキト兄さんの立ち位置からすると過剰とは言えません。
過剰な報復や粛清はしませんが、証拠を押さえて解雇くらいはする必要がありますから。
無論、アキト兄さん関係と産業スパイのような事さえしてなければ何も言いません。
ラピス曰く、『アキトのシャワーシーンくらいなら見るのは自由、撮影するのはアウト』
という方針らしく…でも覗いたところでアキト兄さんは普通に気づくので、
事実上、本人がガード出来ないことに関しての取り扱いの話なんでしょうけど。


「え、えーと…。
 なんでこんな会議を?」

「…アキトさん、ちょっとは自覚して下さい」

呆れたことにこの期に及んでも、
アキト兄さんは普通に過ごすつもりでいたようです。
ぼうっとしてたらどうなるか分からないのに。

「今回の議題は、アキト君も一緒に話さないといけないわけ。
 …また次の刺客が来る可能性もないわけじゃないし。
 
 アキト君、いい?
 
 今回は真っ向から彼らが勝負して来たからマシだったのは分かってるわよね。
 もしラピスちゃんが誘拐されてどこかに隠されたらどうするつもりだったの?」

「あ…」

この反応だとアキト兄さんも元々そう考えていたようですが、
思い出すのがだいぶ遅いみたいですね。
戦ってない時や、話が進まない段階でのアキト兄さんの頭の回転の鈍さというのはおっかないです。
頭が悪いのはナノマシン調整の副作用だから仕方ないんですけど…。

「今後は芸能活動中も映画撮影中も、PMCマルス戦闘中に至るまで、
 さらなる警戒をする必要があるわ。
 …今後はラピスちゃんやユリさん、ルリちゃん、
 そしてユリカさんも気を付ける必要がありそうね」

眼上さんの言葉に、全員が頷きました。
私はひそかにピースランドの護衛がついているようですし、
ユリカさんもミスマルおじさんの警護がついてます。
ラピスはアキト兄さんに付きっ切りのことも多いので心配はないんですが…。
アキト兄さんでさえも地上最強じゃないってことが今回明らかになったので、
隙を見せないための警戒が必要にはなります。
それに加えて…。

「あの、アキト様。
 関係者として…私達もなにかされてしまうことも考えられますけど、
 私達112人は全員、狙われて死んでも恨みません。
 それは…覚えておいてください…」

「さつきちゃん…」

「私達は人数が居るので、誰か死んでも遺族を支えるくらいなんとでもできます。
 誰かが人質に取られて、助けられなくても悔やみ過ぎないでほしいんです…」

そう、さつきさんの言う通り、
PMCマルス関係者というだけで殺されることはあり得なくありません。
アキト兄さんは顔が芸能界には広いですが、
家族や仕事仲間以外は交友関係がなく、ぶっちゃけボッチです。
生い立ちがクローンだからしかたないんですけど。
私も近い身の上ですし。
アキト兄さんは申し訳なさそうに深々と頭を下げています。

「アキト自身には警護が要らないけど…。
 私達は今まで以上に気を使わないといけないね。
 
 あ、端末の管理とかもね。
 
 私も今回はかなり不覚を取っちゃったし」

ラピスが言うと、今度は全員が首を横に振りました。あれは防げませんって。
あのエキセントリックなやり方は通常真似できません。
事前に襲撃を知っていたところでブロックもできません。
まずナオさんをボッコボコにできる人を止めるのは無理です。

それから私達は映画撮影に伴う襲撃防止策を協議しました。

結局アキト兄さんだけが撮影に呼ばれるでしょうし、
手薄になるPMCマルスはナオさんの不在をうまくカバーするのが必要です。
スバルさんのおじいさんを呼ぶのも考えましたが、
戦闘民族な人のようでしょっちゅう山籠もりや修行を続けてて、
あんまり一か所にとどまりたくないらしく、危なくなったら呼べとだけ言われてます。
ナオさんの退院は二週間後になるので、二週間の間はミスマルおじさんのお付きの運転手、
連合軍陸戦部隊の元少佐がPMCマルスの警護をしてくれるという話になり、
さしあたっての警備計画が作られました。
テンカワさんはこの元少佐にまたしごかれるというのでげっそりしてますけど。
ユリカさんのために強くなれと言われてしまっているだけに、厳しい事態になってますね。

「はぁ…」

『そうため息吐くなよ、テンカワ。
 保安部も一緒に訓練してもらうんだからさ』

ナオさんの言う通り、保安部の練度の低さが今後致命的になりかねないので、
テンカワさんのついでに訓練してもらうことになりました。

……この時は知らなかったので当然ですが。
まさかナデシコクルーとPMCマルスが全員映画に出ることになって、
警備計画の再作成が必要になってしまって…。
私に至っては、プリンセス役を…。
しかも映画のタイトルになるくらいの役を貰ってしまって…。



……勘弁して。

























〇地球・クリムゾン本社・会長室──テツヤ
「ではおじい様、お世話になりました」

「達者でな」

ホシノアキトの映画発表の記者会見から数日後、
アクア嬢がそれなりに律義に挨拶をしに来て、
クリムゾン会長もそれなりにちゃんと別れの言葉を述べて、アクアは出て行った。
そしてクリムゾン会長はまた愚痴を聞かせにかかった。
それくらい信用してるのは俺くらいだということなんだろうが…。
俺の口の堅さは信用してるが、何か漏らしたら消せる相手だからってのもあるだろうぜ。

「売れない映画監督と、アクア嬢のタッグでは映画も売れないでしょう。
 売れても限度があります」

「…ああ。
 せめてホシノアキトの名声を少しでも落としてくれればいいがな」

とはいえ興行的にはそこそこ成功はするだろうがな。
どんな内容にしてくるのかはちょっとは気になるが…。
事実は小説より奇なりというように、
映画見るくらいなら人間の顛末や裏側を見た方が楽しいがな。
俺自身が英雄もどきを地獄に突き落とすほうが快感だ。
人の好さそうなやつの化けの皮が剥がす瞬間ってのは本当に心地いい。

「とにかく、継続して調査を頼む」

「は」

俺は一礼して会長室を出て行った。
適当なところで切り上げてくれたのはいいが…。
しかし俺も身の振り方を考えないとな…。
クリムゾンがつぶれない限りは安泰だが、この状態じゃつまらん。
それにつぶれなかったとしても規模が小さくなってきたら俺の仕事もなくなるだろう。
今のところはその時が来ないのを祈るが…。
ま、なるようになる。


……しかし、俺はこの時、この『ダイヤモンドプリンセス』という映画が、
考えても居なかった影響を与えてしまうことに、気づくことはできなかった…。




















〇地球・東京都・テレビ局・収録スタジオ──眼上
私は再びアキト君のマネージャーを務めることになった。
ラピスちゃんはPMCマルスの防御計画やらにかかり切りで、
重子ちゃんも映画の方でなぜか呼ばれちゃってるらしくてダメ。
それで私が直々に、久々にアキト君の担当になることになった。
過熱しすぎるアキト君の人気…仕事を断るのも調整するのも難しくなっちゃったし…。
若い子が担当だと舐めてかかる人も居るから。
映画のクランクインに入ったらうまく調整しないと、さすがにアキト君と言えどぶっ倒れるわ。
今だって、しどろもどろにインタビューを受けてるもの。

「今回の映画は実名で登場ということですね。
 しかもご家族、そしてナデシコとPMCマルスの人たちまで巻き込んでの参加ということですが、
 やっぱり入れ込んでるんですか?」

「え、ええ…まあ…。
 知っての通り、俳優としては卵とも言えないような状態でして…。
 アクアプロデューサーが俺に気を使う形で感情移入できるようにと…」


おおおーーーーっ。



番組出演者も観客たちもアキトくんの一つ一つの質問に感心している。
アクアプロデューサーも中々やり手よね。
こんなでたらめな計画や配役じゃ、普通は映画なんて作れないけど…。
アキト君は自分の親しい人に対してだけは心を開く。
だからこそ自分の生き方とリンクする役柄、俳優を配置する配慮によって、
アキト君は演技力ではなく地の自分を出すことになる部分が増える。
…まあ二作目の方はちょっとキャラが違うから不安はあるんだけど。
過去からして意外とダークな部分があるみたいだし、あの悪役も何とかなるのかも。
もしかしたら空前絶後のすごい興行成績を残しちゃうかもね。

「──そういえば、あのロケハンバトルの時、
 味覚を失ったり…婚約者を失ったりしたという話をしていましたが、
 あれは台本…ですよね?」

アキト君はびくっと肩を震わせた。
そして瞳に涙を浮かべてうつむいた…い、いけない!
アキト君は元々嘘がつけないタイプなんだから、そんなこと生放送で聞いたら、
喋れなくなっちゃうじゃない!
司会者の人も聞いたらまずい話題だったと気づいて取り繕ってるけどうまくいかない。
アキト君の性格が子供じみてるところがあるのは知ってたけど、
本当に良くないわ、これじゃ…。
確かに映画の内容を漏らすわけにはいかないから、
そういうプライベートなところ突っつくしかないのはあるけど…言い過ぎだわ。
数分ほど放送事故状態で番組が停止したあと、ようやく落ち着いたアキト君は事情を話し始めた。

「その…あの……あれも、本当のことだったり…して…。
 え、エチュードって言いましたっけ…状況は設定してたんですけど、
 内容については任せるっていう演技方法で…。
 俺もカエンも、ちょっと乗りすぎちゃって…つい自分の事を…」

「そ、そうなんですか…いや、失礼しました」

「い、いえ…」

あのロケハンバトルは、
カエン君たちとのエチュードだったというカバーストーリーをラピスちゃんが組んでいた。
テロリストとしてアキト君を狙うためにラピスちゃんに爆弾のついた首輪をつけて、
それを何とかするストーリーを演じるけど台本はないエチュードだったと。

アキト君もなんとか持ち直して、そのあたりの話をして誤魔化した。
…これじゃまた週刊誌が荒れちゃいそうね。
『王子様には婚約者がいた!?』みたいなのが。
でもアキト君は実験体だったこともあって、その婚約者の足跡をたどるのは難しいだろうけど。
婚約者についてアキト君が詳しく話すのは考えづらいわ…。
私だってラピスちゃんが夏に話してくれたことくらいしか知らないし。

…それにしてもアキト君って考えれば考えるほど謎なのよね。

どうやったってこんな能力を得ることができそうにない。
天才だからとかそういう話には思えないのに…。
ネルガルに鍛えられたとはいっても変よね。
あの地下リングでの試合についてヨーコから聞いたら、

『あんな生傷がまったくない身体で、
 どうやってあの技術を身に着けたのかしら』

って不思議がってたし…。
なんて言うかずっぽりあるべきものが欠落しているような人なのよね…。
年相応じゃない幼い性格なのに、
年相応じゃない技術を沢山もっているっていうか。
でもそんなことを気にしてられないくらい面白いのよ、この子。
色々危なっかしくて放っておけないタイプっていうか。

…ま、いいわ。
私はスカウトするときからそんなこと気にしなくていいって思ったんだし、自分の勘を信じましょ。
























〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・会長室──ホシノアキト
──ついに脚本が決まり、PMCマルスの全員に脚本が配られた。
三作も映画をとるということで、分厚い脚本を全員分くばって…。
俺達はアクアと打ち合わせるために目の前で読んでたわけだが…。

…テンカワが一作目の台本を読見切ったあたりで、
ユリカ義姉さんと俺がラブシーンを演じる部分でキレたのか、
この会長室に殴り込んで、俺に襲い掛かってきた。

俺はちょっとテンカワの露骨なまでの嫉妬心を目の当りにして驚いていた。
…『俺のユリカ』って…そこまで言うか、テンカワ…。
過去の自分とはいえ、リアクションがちょっと意外だった。
こ、この時期にここまで入れ込んでるとは思わなかった…。


「くの!くの!
 こぉの~~~~!!」


ぶんっ!ぶんっ!ぶわっ!



俺はテンカワの拳が迫ってくる中、そんなど素人の拳が当たるかとばかりに軽々避け続けている。
普通は素人の拳の方が予測がつかないので怖いものだが…。
怒り狂ってる場合、冷静じゃないので単純な軌跡でしかパンチが出せない。
俺が一時期半端に黒い皇子に戻った時も、プロスさんに一方的にやられた。
あれとほぼ変わらない。

「あ、アキト、やめてよ!
 私の事で乱暴しないで!」

「…ほっときましょうよ、アキトさんなら別に平気です。
 じゃれ合ってるだけです」

「で、でも…」

…ユリカ義姉さんの声が届いてないってのは結構よっぽどだな。
ここまで入れ込んでるのはいい傾向でもあるが、
フクベ提督に怒った時と同じくらい怒るなんてのは想定外だった。
そろそろ落ち着かないようなら手刀の一発でもくれてやるか…。

「おほほ、テンカワさんって情熱的ですね」

…アクアはのんきに俺とテンカワのじゃれ合いを見てる。
なんでアクアのほうが常識人に見えるほど落ち着いてるんだよ…。
と、横目でアクアを見てると、テンカワの拳が頬をかすめそうになって飛びのく。


どすっ!


「どわっ!?」



と、同時にテンカワはふらついて、応接用ソファの方に飛んでって息を切らせて倒れ込んでいた。
…ちょっと油断してたとはいえ、かすりそうになるとは。
ここまで鍛えた成果が出てるみたいだな。
テンカワが向けたのが殺気や闘気の類じゃなく、
見慣れないガキっぽいだったのもあるが。

「…落ち着けよテンカワ。
 別にキスシーンとかあるわけじゃないだろ」

「だ、だ、だけど!」

テンカワは自分の考えがまとまらないのか、しどろもどろになっている。
…俺と『未来の』ユリカの話を、『死んだ婚約者』と誤魔化してきたからな。
俺とユリカ義姉さんがマジになってしまう可能性を考えて…考えちゃいないなこれは。
脊髄反射的に、俺に対抗心と嫉妬心をこじらせてとびかかってきただけだ。
こ、こんなに頭悪かったっけか…俺は…。
今は別の意味で頭悪いけど…。

「アキト、もうやめてってばぁ。
 …私はアキトの事だけが好きなんだから…」

「うっ…」

目を潤ませたユリカ義姉さんがずいっと近づいて、テンカワはついに動けなくなった。
…ほ。

「全くです。
 ユリカさんを信じてあげるくらいの度量は持ちましょうよ、テンカワさん」

「ゆ、ユリさんまで…」

「こんな大したことないラブシーンで取り乱すなんて。
 キスのひとつもできない意気地なしでいるからですよ」

「うぐっ…」

テンカワはユリちゃんに注意されて轟沈して黙り込んでしまった。

「よろしければラストシーンでキスを入れましょうか?」

「えっ!ホント!?
 もしそうなったら…えへへ~~~」

「ま、待て!?勝手に話を進めるなよ!?」

ユリカ義姉さんはそれを想像してイヤンイヤンとばかりに、
いやめちゃくちゃ嬉しそうに頬に手を当てて首を横に振っていた。


「そうなったら全世界の人が私とアキトの愛の生き証人になっちゃうね♪

 きゃ~~~~~~っ!

 そのあとはもう結婚まで一直線だね!
 
 ねえねえアキト、ハネムーンはどこがいい?

 今の時期じゃ火星は無理かもしれないけど、どこでもいいよ?

 子供は何人作ろうか?

 あ!子供が生まれて、年頃になったらこの映画見せてあげようよ!
 
 すっごい思い出に残っちゃいそう!
 
 うんうん、グッドアイデア!!」


「だから待てってばーーーーーっ!!」


テンカワはついに怒りを俺に向けることなど忘れるほど、
ユリカ義姉さんの妄想の暴走っぷりに引きずられていった。
…結局テンカワは顔を真っ赤にしながら、
ラストシーンでキスはやめてほしいと泣いて頼み込んだ。

『こういう大事なことは人前では避けたい』
『ユリカとはもっと時間をかけて一緒に過ごしたい』
『コックとして半人前すぎて堂々とミスマルおじさんにあいさつに行けない』

…とテンカワにしてはかなり珍しく前向きな返事をしてくれたこともあって、
ユリカ義姉さんもにっこり頷いた。
……テンカワ、恥ずかしさに負けてドツボにハマる感じで言質取られてるぞ…。
本心から出てる感じだし、俺はそれでいいと思うけど…。
…ま、いっか。

その後、アクアは細かいところの演技指導や脚本の変更があり得るので、
大筋の脚本の練習をしながら待ってほしいと説明して帰っていった。
後で俳優のトレーナーが来てくれるので毎日レッスンが始まるというのでげっそりした。

「あー…憂鬱だ…」

「アキト、もう腹くくろうよ」

「…くくりすぎてくくる腹がないよ…」

ラピスが悪い顔でささやく言葉を聞いて俺はさらにげっそりした。
トラウマを思い出しそうなのもあるし…。
特に二作品目は…やりたくないなぁ…。




























〇地球・都内某所・ラジオ局
『え~続きまして…コーナーが変わります!』

『A子と!』

『B子の!』


『『「かしらかしらご存知かしら?のコーナー」でぇ~~~~す!』』



『おひさしぶり、みんな聞いてるかなぁ?』

『何ヶ月か間が空いた気がするけど気のせいなのかしら?』

『やっぱり気のせいなのかしら?』

『そんなわけで、私達のラジオも何気に半年近く続いてこれて、
 うれしーっ!感謝カンゲキ雨嵐、ってやつね!』

『この番組も結構数字がとれるようになって、
 神様、仏様、アキト様~~~~って感じよね!』

『佐世保の方に足向けて眠れないわよね!』

『東京から佐世保に向かって足向けたら北枕になっちゃうからじゃないかしら?』

『そんなことより、今度の映画よ映画!
 予告編、見た!?』

『あ~らいやだわ奥様。
 見てるに決まってるじゃなぁい!
 どこもかしこもアキト様づくめの最近じゃ、
 逃げ場もないわよぅ!
 はい、アンチの皆様、ご愁傷様ぁ~』

『煽っちゃだめよぉ、A子ぉ。
 ま~た剃刀レター来ちゃうんだから!
 ただでさえ、このラジオの一週間当たりのお便り数はなんと一万通!
 チェックするだけで日が暮れそうなのに、
 剃刀をよけてたらどれくらいかかっちゃうかわからないんだから!』

『おお、怖い怖い。
 とにかく予告編みると、どうやら中世系ファンタジー世界みたいよね』

『でもエステバリスみたいな機体…甲冑騎士だっけ?
 それで戦争するみたいな話なんじゃないの?』

『アキト様と言えば神業級のエステバリスの腕前!
 いつ見てもほれぼれしちゃうものねぇ!
 生身でもすごい強いけど、敵なしだもん!』

『そういえば!
 ヒロイン役はお嫁さんのユリさんを差し置いて、
 ミスマル家長女のユリカさんなのよねぇ!
 これはびっくりの配役だったわよねぇ!』

『そうそうそうそう!
 てっきり、ユリさんかと思ったのに!
 二人とも美貌では互角だけど、なにか意図があってのことなのかしら!?』

『それにアキト様には昔婚約者が居たって話があったじゃない!?
 もしかしたらそれに絡む話なのかもしれないわよ!?』

『え~~~~!?
 そんなことあったらどうしましょうかしら?』

『お正月に公開予定っていうんだから楽しみでもう眠れないわ~!
 映画出演を断り続けたアキト様の映画…!
 がっつりお楽しみに、乞うご期待!なのかしら!』

『かしらかしら!』

『かしらかしら!』



『『ご存知かしら~~~~~~~~!』』

























〇地球・東京都・アカツキ邸──アカツキ
僕はまた遊びに来てくれたホシノ君の話を聞いて笑いが止まらなかった。
映画の脚本の内容にも驚いたが、まさかラピスと不倫するのが決まっちゃうなんてね。


「く…はははははは!!
 
 そうかい、ついにラピスに根負けしたかい!
 
 あははははははは!!」


「わ、笑わないでくれよアカツキ…。
 真剣に相談しに来たんだから…」

「笑うなって方が無理だろ、そりゃ。
 くくくく…」

ホシノ君は律義にも僕がこういうことがあったら相談しに来いと言ったのを実行した。
それだけでもこの馬鹿正直な親友のことがおかしくてしかたないのに、
しかもその発端がユリ君がラピスを生かすためにした約束だっていうんだからね。
ユリ君は元々がルリ君だけにそういう譲歩の仕方はしないと思ったんだけど、
やっぱりちょっとぶっ飛んだところのあるユリカ君の妹だけあるよ、本当に。

「…まったく、あきれてものも言えないわよ」

エリナ君は呆れていると言いながらも苦笑交じりの優しい微笑みを浮かべていた。
彼女はラピスの不倫志望を応援していたからね。
親代わり、姉代わりの立場から言えばそりゃまずいんだろうけど、
黒い皇子の共犯者として僕らがしてきた悪行の数々からすればとてもかわいげのあるものだ。
ラピスに救いのない道を歩ませた報いは、どこかしらで清算するべきとは思っていた。
どんな夢だろうと…ラピスの抱いた夢を叶えてやることが出来るのは喜ばしいんだよね。
ホシノ君たちとしちゃシャレにならないことだけどさ。

「…もう踏ん切りをつけざるを得ないとこまで来ちゃったのね、アキト君」

「…う、う…最低な義理の兄貴と蔑んでくれ…うう…」

「いや、最低な兄貴というよりは、
 いっそもう一流芸能人の仲間入りとして祝ってやるべきじゃないかな?盛大にね」

言い出したのはユリ君だろうに、そこまで背負っていじけるのはホントらしくないね。
やっぱりちょっとは甲斐性がついてきたっていうべきか。

「なんとでも言ってくれ…」

「そういえばラピスはどうしたのよ?
 芸能界出てきてるんだから一緒に連れてこなかったの?」

「…ラピスと重子ちゃん、眼上さんはそれぞれ根回しに回ってるよ。
 番宣とか、映画の予告とかそのあたりの交渉に。
 俺はそこんところはからっきしだから」

「ああ、なるほどね。
 だから君だけはフリーになっちゃったのか。
 クランクインはいつだい?」

僕はぶっちゃけこの映画を超楽しみにしている。
先日、脚本が決まったらしく…しかも三本立てだ。
僕もちょい役で、しかも明日香インダストリーに吸収合併させられたネルガルの落ち目の会長役で出る。
アクアのふざけた設定が意外とツボにハマって、乗り気になっちゃったんだよね。
何より、芸能界での活躍や世紀末の魔術師の活動でもさんざん楽しませてもらったけど、
主演俳優になっちゃったホシノ君を見るなんて楽しみじゃないか。
過去のナデシコクルーが見たら爆笑するんじゃないかな、本当。

「もう一週間もないらしい。
 …はぁ、練習が今から嫌だよ…」

「ふふふ、もう諦めなさい。
 試写会は盛大にやるって決まっちゃったんだから」

「勘弁してくれ…うう……自分の人生まで売りに出すなんて思いもしなかった…」

しかしこの情けなさはテンカワ君だった頃よりもすごいよね。
黒い皇子時代だったらどうなっていたか…いやそれ以前にカエンを殺してただろうね。
テンカワ君だったら翻弄されながらも叫んで怒るくらいはした気がするんだけど。
それに…なんて言うか吹っ切れてるんだよね、ホシノ君。
すがすがしいくらいに。
本来の不器用な性格からすると、
こういう自分の心の傷をえぐることをすると激怒しそうなもんだけど…。
狂気はしまい込んでるとはいえ、胸倉つかんで脅すくらいは覚悟してたが、
情けない姿を露呈するばかりだ…いや、喜ばしいことなんだけどさ。
僕の視線に気づいたのか、ホシノ君は困ったように微笑んでいた。

「でも…こんな映画で自分の人生を追体験することになるとは思わなかったけど…。
 悲しい思い出を、悲しいままにしないで…。
 いっそフィクションに閉じ込めてしまった方が、いいんじゃないかって…」

「…無理しなくていいのよ、アキト君。
 たまには弱音くらい吐いても」

先ほどまでのからかいムードと一転して、僕たちはホシノ君を静かに見つめた。
エリナ君の言う通りだ。
自分を納得させるために映画を使おうとしているんだろうけど、
心の傷は深く残っているのに強がるのはいいことじゃないからね。
『黒い皇子』になる前の、僕たちにしがみつくことしかできない頃の、
ボロボロのホシノ君はそうして立ち直っていった。
こういう時くらい、弱気になるのも悪くない。
素直な今のホシノ君ならそうしてくれるだろうしね。

「…強がり、じゃないよ。
 

 ……そ、その…。

 演技でも…なんでもいいから…。
 
 …も、もう一回くらい…。
 
 ユリカと………」


ホシノ君は顔を真っ赤にして、瞳に涙をいっぱいためて、
女の子みたいに弱弱しく、女々しくつぶやいた。
僕とエリナ君はぽかんと口を開けてしまった。

……そ、そのリアクションは想定外だった。

この世界に来てから憎しみに囚われたり、辛い夢を見ることがなくなったそうだが…。
…まさか、そんな純情まっしぐらでユリカ君とラブシーンがしたくて、
納得して演じるつもりなのかい?
ユリ君も許しちゃくれるだろうが…。
そりゃ未練はちょっとやそっとじゃ吹っ切れないだろうけど…。
負の感情の吹っ切り方が変な方向に行ってないかい?

「……アキト君、やっぱり意外と浮気性よね」

「う…うう…」

エリナ君がジト目で顔を真っ赤にしてうつむくホシノ君を見ている…。
元々の性格や性質を大幅に逸脱する、変な素直さを発揮しつつ、
ホシノ君は反論もせずに悶えている。
ホシノ君のためにとはいえ抱かれたエリナ君が言うと、
なんかきっかけを作っといて何言ってんだとは思わんでもないけど、
確かに本人にも素質はあるのかも…。

……純情で深い情あってのことではあるけど、
女性関係にだらしないよね。ホシノ君。


















【第一作:黒龍伝説-Dark Dragon-クランクイン】
〇地球・ピースランド・王城─ホシノアキト
……俺たちはついに撮影に臨むことになってしまった。
ナデシコもPMCマルスも各関係者全員を巻き込み…。
俺たちは第一作の撮影に、ピースランドに赴いた。
アクアがピースランドに交渉に赴いたとは聞いたが…こんなにうまくやるなんて…。
当然のことながら、ナデシコもPMCマルスも、仕事を止めてまで撮影をすることはない。
ナデシコはバリバリ出撃中だし、PMCマルスの訓練も行っている。

じゃあどうやって映画を撮影するのかって?
どうやって大根役者の俺を俳優に仕立て上げるのかって?

それは…。

佐世保にいる間は四六時中、この『黒龍伝説』の『百合の騎士団』として…。
服も食事も、すべて同じ生活を行うという疑似体験によって、
演技ではなく日常として過ごすことですべて身に着ける、ということだった…。
土日のうち、土曜日はピースランドに赴いて撮影を行う。
日曜日だけは全休。この日だけは普段の生活に戻っていい…というルール。
もちろん、俺だけは芸能界に出向いていることが多いんだけど、
佐世保に居る間は副兵長役の地龍君まで一緒についてきて、剣の稽古までしないといけなくて…。
む、むちゃくちゃだ…。

当然ながら、ユーチャリススタッフのみんなはすっごくノリノリで参加してくれてる…。
というか彼女たちだけは日曜日も『百合の騎士団』を続けている。
PMCマルスパイロット兼社員のみんなは俺の事情をよく知ってるからはしゃぐ様子はないけど…。
けど…。

「わー!
 アキト君、ラインハルトみたい!
 かっこいー!」

「…似合ってますか、これ?」

…ユリカ義姉さんに褒められて嬉しいんだか嬉しくないんだか…。
ユリちゃんも熱っぽい視線をずっとむけてるけど…。
ルリちゃんだけは正確に俺に評価を下してくれてる…そう、似合わないんだよ…俺…。
装飾華美な服に加えて、マント…勲章…。
兵長という割に、装飾や配色はどっちかというと王様・王子様系の恰好に思うんだけど…。
……いや、プレミア国王とイセリア王妃の様子からすると二人の指定だな、これ…。
本物のお姫様であるルリちゃんに釣り合うような、王子様感を俺に載せてきたんだな…。
ユリちゃんもユリカ義姉さんも俺と同じような服だけど、
どちらかというと配色も作りも軍服的なデザインになってて、ばりっとしてる。
ルリちゃんは…ダイヤモンドランドという名前に作中でされてるように、
でっかいダイヤをあしらったペンダントと、
細かいダイヤをあしらった髪飾り、そしてイヤリングを付けている。
これは日本円にして時価数億円もするが、
プレミア国王は映画がヒットしたら展示しただけでも元が取れるし、
時折、『世紀末の魔術師』に扮した俺に盗まれるショーをしてもらったりすればむしろ収益が上がってしまうと…。
お、親バカなだけじゃなく経営者として、エンターテインメントの提供者として超一流だ…。
ちなみにルリちゃんが着ているのは助けに来た時の華美さがありながらもかわいらしいドレスではなく、
ダイヤモンドとルリちゃんの可愛さを引き立てるようなシンプルで清いというイメージのあるドレス。
…本当に、ルリちゃんがピースランドに生まれてたらこんな風なお姫様になったのかもな、って思えた。

『アキトー!
 カッコよく撮ってもらいなよー!』

「あ、あはは…」

……ラピスがコミュニケで話しかけてきてる。
ナデシコの出撃は、『黒龍伝説』の撮影中もラピスとハーリー君で回っている。
ユリカ義姉さんがいなくてもジュンとムネタケ提督、
そしてフクベ提督の三人が残ればナデシコはしっかりうごく。
それにしてもムネタケも…ずいぶん変わったよな、ホント。
なんて言うか、えばり散らしてないっていうか、年相応っていうか…。
ユーチャリスを預ける条件として提示したシミュレーションゲームの対戦も、
ユリカ義姉さんにはまだ勝てないみたいだけど、だんだん競ってきてるらしいし。
やっぱ環境って、大事なんだよな…自分でもしみじみ思うけど…。

──そして俺たちの映画撮影は始まった。

俺とユリちゃんの、そしてルリちゃんとピースランドの家族の…。
埋めることのできなかった後悔を埋めるための撮影が…。

























〇地球・ピースランド・王城──ルリ
私達が撮影に入ってから半日ほどが経過しています。
リテイクを最低限にしないととても撮影が終わらないということで、
一応佐世保でもみんな剣術の練習だったり、演技の特訓だったりはしていたので成果はありましたが…。
でも付け焼刃であることには変わりなく、リテイクが連発されてます。
それに甲冑騎士のシーンは、装飾したエステバリスを扱うのでIFSが必要になります。
合成を使う部分もたくさんありますが、乗り込むシーンと初動は実写でやらないといけないです。
しかし…。

「う…うぅ…ぐず…」

「あ、アキト君…大丈夫?」

「だ、だ…大丈夫っす…」

アキト兄さんはユリカさんをまっすぐ見れずにうつむいています。
何度かリテイクを重ねて、真っ赤な目を何とかしながら、
カメラの角度で顔が映りづらい状態にして、かろうじてクリアしました。

……アキト兄さんの婚約者とユリカさんってやっぱりそっくりなんですね。

いつも情けないところが多いアキト兄さんですが、
こんな風に泣いてしまうことは稀です。
私の前で泣いたのは、ピースランドで私がちゃんと家族に別れを告げられた時くらいです。
それほどまでに、大事な人を亡くしたんだ…。

……私がそんな出来事に向かい合ったら、立ち直れるかな。

アキト兄さんを、ユリ姉さんを、ユリカさんを、ラピスを、ミスマルおじさんを…。
そしてピースランドの家族を…。
失ってしまったら…立ち直れるの…?
…無理な気がする。
アキト兄さんだって…立ち直れてるとは言えないんだ…。
こんなアキト兄さんに呆れてるカメラマンや関係者も多いですが…。
私は情けないっていうのをためらってます。

「ルリ、どうしたの?」

「母…」

「ほら、涙を」

母が私の涙をぬぐってくれました。
…私も泣いてしまってたんですか。
家族に慣れたみんなを失うのを想像するだけで、涙が出てきて…。
こんな風に涙を流すなんて…初めてです…。

「…アキト兄さんの婚約者ユリカさんにそっくりだったそうです…。
 底意地の悪い監督です、まったく。
 こんな風に、現実に寄せることないのに…」

「…アキトさんも、大事な人を亡くしたんですね」

あのアーパー爆弾女、本当に許せません。
アキト兄さんを弄んで。
ユリ姉さんも、二人を見て涙をこぼしています。
…この映画のラストじゃないですけど、ユリ姉さんも…。
もしアキト兄さんの婚約者の『ユリカ』さんが生きてたら結ばれることがなかった。
それでも亡くしたくないと思うほど、婚約者の『ユリカ』さんが大切だった…。
だから辛いんですね…。

「…でも、悲しい思い出だけじゃないみたいですよ」

「え?」

母の言葉に、アキト兄さんたちの方を見ると…。
涙を流しながらも、アキト兄さんもユリ姉さんも微笑んでます。
かつての婚約者と重ねて居るというのを謝ってますけど、
それでもユリカさんは目を潤ませながらも二人を抱きしめてます…。
ユリカさんも…二人の気持ちを受け止めようとしてくれてるんですね…。

「ルリ、これから先…どんなにうまく生きてきても、大切な人を失うことはあります。
 そんな時、その人と一緒に生きた記憶が自分を支えてくれてると気づくんです。
 …あの二人の強さはそんなところからきてるのかもしれませんね」

「そう、ですね」

母は知らないことですが…私はその強さの根源が決して明るいものじゃないのを知ってます。
あの黒い姿になったアキト兄さんが、木星トカゲに対して復讐をしようという事実。
ブラックサレナに現れたアキト兄さんの黒い人格も…連合軍にさえ敵対しようとした…。
この世のすべてを呪うかのような、地獄の底のような黒さを持った、深い憎しみを持っていた…。
それをどうやって…あんなとぼけた人格に戻したのか…。
…前世の話が本当なら、それも説明がつきますが…ラピスにやっぱり聞いておくべきだったでしょうか。
でも…私には大概の事を話してくれるラピスがあそこまで言うなら、ただ事じゃないはずです。
あの警句は脅しじゃない…確信をもってます。

「ルリちゃん、ほらそろそろ次の撮影に行くよ。
 もう今日だけで半分くらい撮影したいんだってさ」

「あ、はい…」

私はアキト兄さんに促されて思考を止めました。
これ以上考えても答えは出ません。絶対。
今は演技に集中しましょう。
…私がここでお姫様を演じることで、父と母、弟たちが喜んでくれてるんです。
私はピースランドを離れるしかないと分かっていたから、
みんなと思い出を作ることも…何もしてあげられることもなくて悔しい想いをすると思いました。
でも、本当にわずかだけでも…大切な家族と一緒に、
ここで生まれた王族のようにふるまうことが出来る。
どうやっても自発的にこんな事は言い出せませんし、思いつきませんでした。

……演技でも、何でも、実は私も嬉しかった。

あの時は聞き分けのいい子供を演じるだけで精いっぱいでしたけど…。
家族と居たいと心から思えなかったあのピースランドの日々を取り戻すように、
自ら望んで、週に一度だけのお姫様を…一ヶ月と少しだけ続けました…。

…アキト兄さんには悪いけど、結構マジで嬉しかったです。





















〇地球・アフリカ方面・上空・ナデシコ──ムネタケ
私達はナデシコでアフリカ方面の戦地で転戦し続けてる訳だけど…。

「むう…これは見事なものだな。
 会長直々の指導があったとはいえ、ここまでの連携を可能にしているとは」

「いや~~~皆さん高価なミサイルを節約して快刀乱麻の活躍ですなぁ」

なんか知らないけど元連合陸軍のネルガル社員ゴート・ホーリーと、
同じくネルガルの会計士のプロスペクターが乗り込んでる。
この二人はアカツキ会長の片腕とボディーガードであるという噂も聞くけど…。
どういうわけか今回の映画の配役として出てくるのよね…アクアから人材を求められて紹介したらしいけど…。
それでナデシコを撮影の場所として使うそうなので、先んじて乗り込んで
…度し難いわね。
受けといて今更言うのも馬鹿らしいけど…。
……正直、ちょっと辛いわ、この映画。
まだ木星トカゲとの戦争は終わってないってのに、題材にしようなんて。
しかも私は…あの地獄を映画で再現されて…トカゲの代わりの土偶軍団に蹂躙される役回り…。
…はぁ、ちょっと精神的に堪えるわ…。
まだ精神科に通院してる最中なのに…。

「ムネタケ、顔色が悪いぞ」

「しかし提督…さすがにこの脚本は…」

「いい機会ではないか、ムネタケよ。
 お前は愚痴をよくこぼしていたな?
 『世間はあの地獄を知らずにのうのうと文句を垂れる』と。
 …だったら教えてやればいいだろう。
 それほどまでに火星の戦いが熾烈だったことを。
 我々にとってはほとんど現実と同じなのだからな」

…フクベ提督、少しやけくそになってるわね。
確かに私もそういうつもりではあったけど…。
ホシノアキトの主演映画だったらみんな見てくれるだろうし…。

…もしかしてあの特攻のせいで火星の壊滅を招いたのを、
世間の注目を集めて、あえて暴いてほしいと思ってるんじゃないかしら。
そうだとしても…フクベ提督は私には止められないわ…。
私とフクベ提督の立場が逆だったとしても、私はそうしただろうし。
もしかしたら私があの指示を出したとしたら、首を吊ってたかもしれない。

…せめて役柄通り、私が憎まれ役として観客の目をひきつけるしかないわね。

それにしても…。


『うおおおおおおおおっ!!』



『な、なんだテンカワのやつ荒れてるな』

『なんでもね~。
 今日は映画の撮影でホシノ君と艦長がラブシーンをするっていうんで、
 居ても立っても居られなくて大暴れしてるんだって~』

『男の嫉妬はみっともない…と言いたいところだけど、
 相手があのホシノ君じゃしかたないわよ』

テンカワのエステバリスがバッタどもを蹴散らしている姿がモニターに映り込んでる。
…ま、テンカワも若いから仕方ないわよね。
『あの』ホシノ相手じゃ艦長を奪われたって不自然じゃないわけだし。
けど、付き合ってるくせに噂じゃキスもできないくらいの臆病者だってんじゃ救えないわよ…。
意外と取られちゃったほうが幸せかもしれないわね?

……でもなんか知らないけどテンカワはコック兼任の癖に、
最近じゃ連合軍のエステバリスパイロットよりはやるようになってるのよね。

同僚の腕がいいし、ホシノアキトも直々にコーチしてるってのもあるにしても、
訓練時間じゃ連合軍のパイロットには遠く及ばないのに。
意外と才能があるってことかしらね?
状況がそろえば映画の第二作の展開に近い成長を見せるのかも…。
…バカね、私も。
フィクションに現実が追いつくなんてあり得るわけないじゃない。

『ううう…。
 どうしてこんな、俺ばっかりいじられるんだ…。
 現実ばかりか…映画の中までも…。
 そいでホシノに巻き込まれるところまで同じって…』

『ば~~~~か。
 ぼやいてたって始まらねぇだろ。
 そもそもお前がシャキッとしてねぇのが悪いんだよ』

『ぐ…』

「…あほらし」

テンカワはスバルに注意されてぐうの音も出ないみたいね。
オペレーターのラピスも作中の口癖を自然に出してて…。
ちょうどいつものホシノルリが居る場合だったら「バカ」とか「バカばっか」とかいうところね。

……フィクションというよりは、半分くらいドキュメンタリーよね、今回の映画って。




















〇地球・ピースランド・王城・王室──イセリア王妃
私達は今日の撮影が終わり…次に戻ってくるのは第三作の撮影の時だけとなりました。
もうすぐルリが普通の生活に戻ってしまうのを残念に思いながら、王と静かに夜を過ごしていました。
……アクアの映画に便乗した形にはなりましたが、私達はとても満たされていました。
ルリが生まれたころから一緒に過ごしていたようにふるまい、
この城の中を歩き、私達と話してくれる…叶うはずのなかった、
夢のような時間はあっという間に過ぎてしまいました。

「あなた…ルリも、もうすぐ帰ってしまうんですね」

「ああ…」

王も私も、肩を落とすことしかできません。
もうそんなことは分かり切っているから、本当は口に出すのも苦しいことです。
でも言わずにはいられなかった…。
もうすぐこうして悲しみをかみしめることすらもできなくなるのですから…。

「…正直に言うとな、イセリア…。
 私はこの撮影でルリが私達と一緒に居たいと心変わりをしてくれないかと、期待していたのだ。
 そんなことは絶対にありえないと知りながらも、帰ってきてほしいと未練がましくな。
 
 …傲慢にもほどがあると知っていながらな」

「…私もですわ、あなた。
 そうなったらどれだけ嬉しいかわかりません。
 ……でもあり得ないことです、それも分かっています…」

私達には…そんなことを言う権利すらないのです。
二度目はルリの意思で行われたことであったとはいえ、
ルリを二度も守り切れなかった、私達には…。

「この映画に焼き付けられた…ルリの姿を…。
 胸に抱いて生きていきましょう…」

「ああ…」

王は私を強く抱きしめてくれました。
ああ、プレミア…。
この優しい腕に抱かれる時…いつも考えていたのです…。
あなたの子を…ルリを、王子たちを…私のお腹で育てたかった…。
神様がくれたこの命を呪ったことはありませんが、悔しくて…。
あの子たちが生まれてくれたことだけでも、私は幸せでしたけど…。
それでも…ルリを抱きしめることができなくなったのは、あの子の悲しみは…。
私が自分の体で子供を産めなかったことに始まるのですから…。


トントン…。



「っ、こ、こんな時間に誰だ!?」

「私です、父、母」


「「ルリ!?」」



すでに23時を回って居るので誰も訪ねてくるはずがないと思っていましたが…。
ルリが急に部屋に来て、私達は驚いて抱擁を解いてルリを迎え入れました。

「…どうしたのです、ルリ。
 子供は眠っていないといけない時間ですよ」

「は、はい…そ、その…」

ルリは頬を赤く染めながら、もじもじと言い出せない様子で…。
どうしたのかしら。

「どうした、言ってみろ」

「そ、そのっ…。

 きょ、今日…だけ…二人と一緒に、寝ていいです、か…?」



「「っ!?」」


私と国王はルリらしからぬ願いに、驚いて言葉が出ませんでした。


「や、やっぱり変ですか…11歳にもなって…」


「そ、そんなことありませんっ!!」



私はつい叫んでしまいました。
ルリも、ぴくりと肩を小さく震わせて動きを止めてしまいました。

「母…」

「…あなたがホシノアキトさんに迎えに来てもらう直前に、
 話してくれたことであなたの人生の寂しさを思い知ったんです。

 …子供らしく扱ってもらえず、振舞えずに生きてきたと…。
 
 あなたは私達に抱きしめられて眠ることもできずに…。
 ただ寂しさを抱いてることを見抜かれたら付け込まれるからと、
 自分を守るために心を閉ざして、
 どこでも安心できずに生きてきたと…あの時に分かったんです…。
 私たちを信じられなかったのも…そのせいだって…」

ルリの瞳から水晶のような涙がぽろりとこぼれるのが見えました。
…ルリが心の奥に秘めた、温かさを求める子供らしい部分。
別れる前にしか見せなかった、ルリの本心を…もう一度見せてくれた。
一生分…取り戻せるわけじゃないけど…今は…!

「ルリ、おいで。
 …こういう時くらい、子供らしく甘えなさい」

「…!
 はい…!」

「ほら、あなたぼうっとしてないで歯を磨いてきなさいな」

「あ…ああ」

国王は終始呆気に取られてしまいました。
この人、私に優しくてもやっぱりこういう繊細なことは得意じゃないんです。
でも…そういう不器用なところがあるから、放っておけない。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


私達はベットに横たわると…ルリを挟んで抱きしめました。
こ、こういうのを日本では川の字というそうですが…。

「しかしルリ…急にどうした?」

「…ユリ姉さんに言われたんです。

 『ルリ、ご両親と一緒に寝ないの?
  次に会う時は、もう中学生くらいにになってるかもしれないし、
  そうしたら一緒に寝ようなんて言えないかもしれないよ』

 …って。
 ユリ姉さんは中学生になっても川の字で寝てたそうですけど」

そういえばユリさんも、育てのご両親は排卵能力がなくて、
ルリと同じ…受精卵状態のユリさんを代理出産で、お腹で育てたって…。
……奇妙なものですね、似たような境遇の実験体だった二人が姉妹になるなんて…。
そのユリさんの育てのご両親の気持ちは…分からないでもないわ。
ユリさんも…そういうところにはかなり敏感なんでしょうね…。

「そう言われた時、子供っぽすぎるって迷いもあったんですけど…。
 ……でも言わないと絶対に後悔するって思って…」

「…そうか」

…ルリはまたユリさんに助けてもらったんですね。
ピースランドの事を教えてくれたのもユリさんだったって…。

でもユリさんはどこからこの情報を…?

…遺伝子の調査は最新のスパコンを使っても地球とコロニーを含めると、
100億に近い人類の遺伝子を調べるとかなり時間がかかるので、
ルリがいつ見つかるか分からないというのに…。

……もしかしたらユリさんは何か恐ろしい秘密を握っているの?

「…母?」

ルリが心配そうに私を見つめました…そんなことはどうでもいいです。
ルリもこのことには気づいてるのに言わないなら…。
ユリさんが本当に信頼を置いているということ。
今はただ…。

「何でもないわ。
 大丈夫よ、ルリ。
 今日は私達が守ってあげるから。
 …安心して寝なさい」

「ああ、そうだ。
 何があっても…」

ルリが私達の間に居るという特別な時間を…。
絶対にかなうはずのなかったルリと私達の夢を叶えるだけでいいの…。
ルリはまたひとすじ涙を…あくびとともにこぼすと、
困ったように、今までにないくらい柔らかく、穏やかに笑って…。

「でも…くや…しいです…。
 父と…母と…一緒にベットに入ると…。
 うまれてはじめて…こんなにあんしんできて…。
 こんなにあたたかくて……きもちよくて…。
 もっとこうしてまどろんでいたいのに…。

 もう……だ…め……」

ルリが細くなっていた目を完全に閉じると、すぐに寝息を立てて深く眠り始めました。
私と国王は、そのルリの可愛い寝顔を見て…涙をこぼしました。
ルリとベットを共にするのは、今夜が最後だとルリも私達も分かっています。
寂しさが胸を埋め尽くしていました。
でも…。

ルリはこの城に滞在した時は、従者がドアを開けただけでも体を起こして目覚めてしまいました。
それほどまでにルリは張り詰めた空気の中で生きてきたんです。
そんなルリが私達に挟まれて、こんなに安心しきってくれている…。
ルリがいじらしくて…愛しくて…離れたくなくて。
それだけで私達は救われた気分になっていたのです。

この夜が最後だと悲しむ気持ちが吹き飛ぶほどに…。




















〇地球・ピースランド・王城・客室──ユリ
とんでもなく大きなこのピースランドの王城は、
いざという時に国民全員が避難できるほどの部屋数があります。
今回の映画に際して、私達はその客室の一部を借りて機材を置いたり休憩したり。
今日は撮影が夜遅くまでかかったので泊ってます。
明日ナデシコに拾ってもらって出て行った方が…アキトさんの護衛の観点で楽なので。
それで私とユリカさんは同室を貰いました。
本当はアキトさんと一緒に居たいんですが、夜遅くにいちゃつくとラピスに叱られますし。
…そもそも妹の実家でそこまでするつもりもないですし。
しかし妹の実家っていうのも変な話ですね…ある意味じゃ自分の実家なんですけど…。

「ユリちゃん、本当にアキト君と一緒じゃなくていいの?」

「いいんです。
 …たまには休みが欲しいです、いろいろと」

「そ、そうだよね、いろいろと」

ユリカさんは頬を赤らめて視線をそらしましたが…ユリカさんの想像した夜の生活のせいじゃないです。
アキトさん、ちょっと撮影の内容的に泣くことが多くて慰めたり甘やかしたりしなきゃいけなかったんです。
私も同じ気持ちだから大丈夫だと思ったんですが…。
アキトさんはやっぱり精神的にもろくなってて、だんだんイライラしてしまって……。
はぁ、アキトさんは半分ガキになっちゃったので本当に苦労します。
…いえ、とっちかっていうとこれはユリカさんに普通に嫉妬しただけですね。
頭では分かってても、現実で目の前でラブシーンを演じられると、さすがにむかつきます。

「そういえばルリちゃん、ちゃんと甘えられたのかなぁ」

ユリカさんはぽややんとつぶやきました。
ルリにあえて子供っぽく振舞うことを進めたのは、当然私です。
これがラストチャンスになりそうな気がしたからです。
ホシノルリの人生をたどった身としては、そういう発想すら無かったのをよく覚えてます。
ホシノユリの人生では親にはかなり甘えてた方で、そういう思い出がとっても大事だって思います。
一晩でもそういう思い出が残れば…後悔も、少しはマシになります。

「大丈夫だと思いますよ。
 帰ってこないってことは…」

…で、私が言い終わらないうちに、ドレッサーの前で髪をまとめていたユリカさんが近づいてきました。
またすばやくずいっと。

「…ねえ。
 ユリちゃんってルリちゃんのこと、何でも知ってるみたいだよね。
 私の事もだけど」

「…はい」

「…あのね、ユリちゃん。
 一応…話してくれないのはいいんだけど。
 アキト君も、そのうち話してくれるかもって言ってたけど…その…」

「…心配かけてるのは分かってます」

…さすがにもうそろそろ危ない頃ですね。ばれそうです。
本当はブラックサレナの一件で致命傷にすらなりかねないところではあったんですが…。

今回の映画の脚本は、ほとんど私達の正体を解き明かしてしまっているようなものです。

並行世界、悪人のアキトさん、死んだユリカさん、スサノオと人生が重なる瞬間…。
ラピスのポジションにルリが居たり、その逆にラピスがナデシコに乗ってたり詳細は異なってますが、
逆にあのレベルだと私達の過去だと勘付かれない、
フィクションに押し込んでしまえば気づかれない、
過去を映画化させるとは考えるはずがない…。
そう考えてそのままにして置こうとしたんですが…。

…ユリカさんとルリは私達の過去についてかなり重要なところをに気づいているようです。
二人にはこの映画がヒントを与えてしまう可能性は大です。

「……やっぱり私にも言えないの?
 それとも…私に言えないくらい、これまで以上にひどいことがあるの?
 …ほとんど直感なんだけど…ユリちゃんたちの事を、
 もっとちゃんと聞かなきゃいけないんじゃないかって思って……」

…いえ、これはほぼ気づいていると思うべきでしょう。
演技中のアキトさんが…ユリカさんを通して婚約者を想うというより、
ユリカさん自身を見つめていると気付いてしまったんでしょう。
ただ状況証拠すらもないから確信に至ることができない。
…カエンがアキトさんを追い込めなかったのと同じです。
私達が自白しない限り、絶対に核心にはたどり着けません。
だから黙ってるべきなんですけど、
こんな風に聞かれてしまうと…言わざるを得なくなってしまいます。
アキトさんと同じ部屋にしなかったのは失敗でしたね…。

「…いつかお話します、じゃダメですか?」

「…別にいいよ。
 ユリちゃんとアキト君の事、信じてるもん」

うっ。
そう言われるとやっぱり逆に言わなきゃいけない気分になります。
直接口に出しては言ってませんが、『私はユリちゃんのお姉さんだから』と後ろについてます。
ユリカさんはなんだかんだで相手の意思を尊重してくれます。
人と感性がずれているぶんだけ、完全に理解し合えないというのも受け入れたうえで動きます。
上司として優れているのはそういうところなんでしょうね。
そうじゃなければテンカワさんが自分のラブコールに応えてもらえないことに怒ったりするはずです。
メグミさんみたいに。

「…甘ったれててごめんなさい。
 でも木星トカゲとの戦争が終わったら、必ず…」

「いいってばぁ。
 …二人ともそういう風に約束してくれるから、
 私は安心してられるんだもん。
 だから何があっても生き抜こうね、一緒に」

「はい…!」

私とアキトさんの夢は…私達、全員が生き延びて初めてかなうものです。
一人も欠けちゃいけないんです。絶対に。
そしてミスマル父さんと協力してアキトさんが二度と戦わないでいいようにするんです。
その方が軍もそのほかの企業も助かる人の方が多いでしょうし。
英雄なんて、アキトさんには似合わないんです、絶対に。
……芸能界からは抜けられない感じもしますが、ある程度は妥協します。

「…あとね、ラピスちゃんのことなんだけど」

「ラピスですか…」

「私ね…ラピスちゃんとは仲良くなったつもりだったんだけど…。
 ラピスちゃん、あんまり自分の事を話したがらないの。
 ずーっとアキトアキト、ってアキト君の事ばっか話してるの。
 血もつながってもないのに本当に姉妹みたいだねって言われたこともあるの」

「あ、そ、そうなんですか」

……ラピスはこの世界ではユリカさんのクローンですから、そっくりになるのも当然です。
追いかけてる人物に対する好意の見せ方は似てますね。
ユリカさんと違ってアキトさんを弄んでるところだけは違いますけど。

「でもあの時…爆弾が爆発してそうになった時まで、
 アキト君と私達の事ばっかり考えてて…。
 …あの後、ルリちゃんも説得したみたいなんだけど、
 やっぱりそこだけは変えようがないって言ってたの」

「…そうですね」

ラピスはマシンチャイルドとして作られ、
北辰に誘拐されるまではずっと実験体だったそうです。
私たち第一世代のマシンチャイルドの失敗を踏まえ、
ラピスとハーリー君は失敗しないようにかなり手堅く作られていたようですが…。
ラピスは秘密裏に作られたマシンチャイルドで、この世界でも別の研究所に居たことになってます。
そんな人生の中で、アキトさんとリンクをつないで…アキトさんのすべてを見て…。
そしてアキトさんのために自分の人生をすべてささげてきた…。
この世界に来る前には、命を投げ出す選択すらしました。
そう言うこともあって…ラピスを止めることは難しいです。
私も折れるしかありませんでした。
…本当はラピスの将来の事を考えるとアキトさんと離れるべきなんですが。
アキトさんも私も…事情が事情だけに、強く言えません。

「…アキト君の怪我のリハビリとか、治療の補助で色々あったみたいだけど…。
 ラピスちゃん…危ないところがあるなって…」

「…はい」

「でもラピスちゃん、しっかり者ですごい子だから、
 私じゃどうもできなさそうで…」

「…私もです」

ラピスのしてきたことを…『黒い皇子』のアキトさんとしてきたこと、
ずっと命を懸けてアキトさんを支えてきたことを知られてはいけない…。
今すぐに、私達が未来から来たことを話すよりまずいです。
…教える順序を間違えたら、さすがにユリカさんでも私達を許してくれないでしょう。

「…お父様にお話ししてもらおうかな」

「…それがいいかもしれませんね」

お父さんなら安心して任せられますね。
前の世界でも私を励ましてくれて、父になろうとしてくれた…。
アキトさんとラピスがクローンであることを知ってなお受け入れてくれる…。
お父さんならもしかしたら…ラピスに何か教えてくれるかもしれません。

…ただ、うっかり親バカまっしぐらしないとは限らないんですけどね。
ユリカさんと同じDNAを持ってるってなれば…親もなく育ってきたとなれば…。
ちょ、ちょっとあとで注意しながらもお願いしておきましょうか…。

















【第二作:土偶人形の襲来-Drone Monster Attack!-クランクイン】

〇地球・アフリカ方面・ナデシコ──ラピス
私達は第一作の撮影完了を受けて、ついにナデシコでの撮影を行うことになった。
結局、普段通りのふるまいでいいということもあって、演技のレクチャーはそこそこだった。
…でもクリス監督も苦慮してるみたい。
火星突入前に死ぬ役を誰がやるかでヤマダが手を上げて、細かいシチュエーションまで提案したり、
カグヤがテンカワとのラブシーンが欲しいとだだをこねたり…まあいつも通りなんだけど、
クリス監督はナデシコに乗ってるわけじゃないからこの空気を映画でどう使おうかかなり悩んでた。
ま、私はテンカワのサポート役みたいな位置づけだったけど、不満はないかな。
こういう時、あえて脇に居とけばアキトと浮気してもうまく隠れられるもん。
裏で糸を引いて、目立たない方が利益が多いもんね。
アカツキってそういうところ不器用だから最終的に大損しやすいんだよね。
…ちょっと性格悪くなったかな、私も。


ぴぴっ。



『ひさしぶりだな、ユリカ』

「お父様!」

っと、ミスマルおじさんも撮影に来るんだった
…今回は非常時じゃないから大声出さないわけだけど、
撮影中はマジで大声出す予定だから耳栓しないと…。
…マジに作中の音声ブロック機能作っちゃおうかなぁ。

『それとアキト君。
 少し撮影の前に話がしたいんだが』

「え?あ、はい」

…どうしたんだろ。
何か特別な事はないと思うけど…。

「ルリ、ちょっとだけ代わってくれる?」

「?
 ええ、どうぞ」

戦艦カグヤは実在しないから、戦艦カグヤが登場するシーンもナデシコで撮るから、
ナデシコにルリもカグヤも他の俳優さんも乗り込んでることがあるんだよね。

…さて、私はアキトとおじさんの話を盗み聞きしなきゃ。
アキトとリンクが通ってないのホント不便だよね。



















〇地球・アメリカ方面上空・ナデシコ・ルリとラピスの部屋──ラピス
アキトとミスマルおじさんはアキトとユリの部屋に向かったみたい。
今は畳が敷いてあったから、きっと正座で膝をつき合わせてるんだろうね。

『…あの撮影の一件があってから、どうしても疑問に思っていることがあるんだ。
 君の事は全面的に信用しているが…。
 あの戦い、あの技量を目の当りにして…そしてあの狂気に満ちた態度を見た時…。
 
 …どうも君が人を殺したことがないとは思えなかったのだ。
 君が、何かしら…生きるために、あるいはユリを守るために…。
 誰かを殺してしまったと考えることはあり得ると思った。
 本来はそれでも倫理的に許せることではないが…。
 君は事情が特殊過ぎるから、そういうこともあるかと思ったのだ。
 …木星トカゲに逆襲しようとしたとも話してくれたしな。
 
 だが君はためらいながらもカエン君にはっきりと言った。
 誰も殺したことはないと。 
 
 正直に言ってくれ、アキト君。
 本当に誰も殺していないのかどうか…。
 …私にだけ教えてくれないだろうか』

……!!
あの一件で、おじさんはアキトが人を殺したことがあると気づいた…!
確かに見る人が見れば、
アキトの戦い方もあの『黒い皇子』の態度も…カタギっていうには無理があるし。
態度の方は演技というのも無理はないけど…。
戦い方は特殊部隊とのやり合いをみればバレちゃうし…。
…どうこたえるの、アキト。

『はい…。
 俺…ホシノアキトは、誰も手にかけてはいません』

…嘘はついてない言い方にしたね。カエンの時と同じで。
これなら嘘を見抜けるタイプの相手でも、通じる。
…ただし、この後細かく聞かれると危ないけど。

『……分かった、この件はこれ以上は聞かん』

…うん、ミスマルおじさんもアキトの事を信じてくれたみたい。
私の入れ知恵だったけど…なんとか誤魔化せたみたいだね。
最も…この間の長さを考えると、引っ掛かるところがあったみたいだけど…。
…う~ん、フォローくらいしてあげないと危ないかな、もろもろと。

『すみません…ご心配ばかりかけて…』

『構わんよ。
 君の事は信頼している。
 後ろめたいことだからと隠してるわけでもなさそうだしな。
 それとな、アキト君』

…ミスマルおじさんの声がちょっと低くなった。
何か警句を発しようとしてるような感じだけど…。

『…君の婚約者の事も、十分に聞かされてはいるが…。


 ……だからといってユリカに手出ししたらどうなるか分かってるな?』



………。
少し、絶句しちゃった。
盗聴してる私も、その場にいるアキトも。
…あの演技みたらそう思われても仕方ないよね。

『そ、そ、そんなことしませんよ…』

『わ、わ、分かってくれてればいいんだ…。
 君ほどの男でも…。
 娘を二人ともとられてしまっては死んだ妻に面目が立たん…』

『大丈夫です…』

『君の事は信じているが…その…な。
 気持ちが分からないでもないからな…』

ミスマルおじさんもお嫁さんをなくしてるもんね。
瓜二つの人が目の前に現れたとしたら…。
そりゃ付き合うかどうかはべつだけど放っておけない気持ちになるって分かるんだろうね。
…まあ、アキトの場合はユリカに手を出さなかったとしても、
私がアキトの二人目になっちゃうつもりなんだけどね。
浮気でも二号さんでもなんでもいいもん。
……フォローしてもらえるような根回しだけはちゃんとしないと。
…この後、ミスマルおじさんは必要なしーんだけを撮影して、
テンカワにもいろいろ小言を言いに行ったりして、さっさと帰っていった。
元々多忙だもんね。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


ミスマルおじさんを見送って、今日の撮影が終わった。
部屋に戻った後、ルリに盗聴してたのがバレて注意されちゃった。
まあ、オモイカネがいつも見てるわけだから、
ルリがオペレーター席に居たらバレるよね、それは。
























〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂──重子

「…重子、あんた疲れてるわね」

「そりゃ…ねぇ…」

私は青葉にねぎらわれながら机に突っ伏していた。
あー疲れちゃった。
撮影は言ってる間は出番が少ないんだけど…。
……まさか日本文化に詳しい人に監修してほしいって言われて、
専門家を雇おうとしたところで、カグヤ姉さんに監修要因に推薦されるとは…。
私は確かに詳しいけど…。

「…あんた本当はタロット占いじゃなくて日本の占いを習得してんのね。
 初耳だったわよ…しかもお嬢様とは聞いてたけど、
 カグヤさんとこの会社と縁の深い会社のご令嬢だったって…」

「…あんまし噂にしないでね。
 立場から何から設定にちょっとかぶってるところがあるんだから…」

私はカグヤ姉さんと明日香グループの幹部間での縁があって…。
実は血縁上も遠縁だけど親戚関係にあって、気が合うので親交があったりなんかして…。
しかも私たちは企業向けの今後を占うのを裏の仕事としていて、
外れたことがないってことで各企業にかなり太いパイプがある。
ちょうど作中内のシャーマン、巫女に近い立ち位置に居るわけね。
元々私は三女で、しかも本道の日本式の占いの素質に長けてないので放っておかれてるけど、
タロットだったり他の細かい占いではまったく引けを取らないつもり。

で、ついでに映画の中では送り込まれたスパイみたいな設定になってるけど、
私もPMCマルスの動向について、産業スパイにならない程度でいいので情報を伝えている。
もともとPMCマルスが株式会社じゃないからインサイダー取引とかまではできないし。
…それにカグヤ姉さんの個人的なお願いでテンカワ君のプライベート写真を集めてたりして…。
もうユリカさんと付き合ってるのに、映画と同じようなことまでしないでも…はぁ。
…ホシノアキトに恋をしてる設定になってるのが嫌だってぼやいてたし…。
私に言わないで欲しいわ…。























【第三作:ダイヤモンド・プリンセス-Diamond Princess-クランクイン】

〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・アキトとユリの部屋─ホシノアキト
昨日はピースランドでの撮影が再び行われ、今日は日曜日で全休だった。
俺とユリちゃんはひどい疲労感に見舞われながらも、
充実感と充足感に満たされたまま横たわっていた…二人して無理をしすぎた…。

「ゆ、ユリちゃん…無理しすぎだよ…」

「い、いいんです……わがまま聞いてくれてうれしいです……」

ユリちゃんは息も絶え絶えに、か細い声でうめくように返事をした。
…今夜、俺たちは気持ちが収まらず、ただひたすらにお互いを求めてしまっていた…。

……事の始まりは映画二作目の撮影だった。

俺は…かつての『黒い皇子』のようにユリカを求めるあまりに狂い、
ユリちゃんとルリちゃんを利用し…そればかりかユリちゃんを死なせる役を演じた。

俺たちは気が気じゃなかった。

あのクリスって映画監督に、すべてを見透かされているのではないかと錯覚するほどに。
ユリカが生き返る可能性があったなら、しでかしたかもしれない悪事を書いていた。
あそこまで躊躇なく正面からユリちゃんもルリちゃんも巻き込んだりはしないだろうが…。
…『黒い皇子』のままだったらそうしかねなかったと思うところもある。
俺はユリちゃんを…16歳のルリちゃんを巻き込み…。
自分を支えてくれたエリナを抱き…ラピスを骨の髄まで利用してしまった。

……そんな自分の過去を突き付けられているような気分になっていた。

だが、脳裏にへばりついた罪悪感を打ち払おうと意識するより前に、
ユリちゃんは部屋に戻ってからちょっとした芝居をしようと提案した。

もし二作目の映画で…ユリちゃんが身ごもっていたということがなく、
ラストシーンで息絶えたかと思ったが身重になってないため、
ギリギリ体力が持って、息を吹き返したら…。
その後、黒龍が現れなかったら…というもしものお話だ。

元々映画の撮影でしかないわけだし、付け加えるようにさらにIFを作ろうなんて、
普段ならバカバカしいと思うところだったが、
このままだと三作目の映画を撮れる気がしないと思って、俺はその提案に乗った。

…結果として、俺たちは奇跡の生還でもしたかのようにやたらに燃えてしまい、
ユリちゃんは俺が心配する中、抱くのをやめてほしくないと懇願し続けて、
俺もそんなユリちゃんが愛しくなってしまって…このありさまだった。

…俺たちはようやく落ち着いて、静かに抱き合いながら語り合っていた。

「…こんな風になっちゃうなんて思わなかったです」

「…俺も」

恋愛映画をこういう時間を過ごすための前振りにするカップルは多いと聞くけど…。
俳優の主演男優とヒロインの女優が付き合い始めてしまうような感じで、
俺たちは自分たちの人生と重なる話しを演じてしまったので、なおさら強く感情移入しちゃったんだよね…。
ユリカ義姉さんに引っぱたかれた時も、演技だって分かってても本気で泣いちゃったし…。

「……バカバカしい映画なのに、
 こんな風に惑わされちゃって、情けないです…。
 そのおかげでアキトさんにこんな風に抱きしめてもらえるなら、
 か、構わないんですけど…」

ユリちゃんはぼっと音がするかのように急に顔を真っ赤にして…。
…熱く感じるほどのお互いの体温がさらに熱を帯びてる気がする…。

「…ちょっとは昔よりマシになれたかな」

「ええ。
 臆病からワルになって、ちゃんと丸く戻って。
 素直な性格になって…。
 ……良かったです」

…ホント、二人きりになってるとずっとこんな話ばっかりしてるな。
いつも、今の俺になってくれたことを喜んでくれて…好きだと言ってくれる…。
それで最後は…ユリカの話をして。
…一生こうなんだろうな、ずっと…。

でも今日はちょっと様子が違った。

ユリカ義姉さんの話になった。
二人きりになれる場面が限られてたので話すのが遅れたんだけど。
俺たちの正体はほぼバレてる…けど証拠が見つからないから確信に至ってないだけだと。
結局、戦後に話すのは確実になってしまったと…。

「…いいさ、それならそれで。
 全部話して嫌われちゃったら仕方ないよ」

「……嫌われなくても、気にしそうですね。
 ユリカさんもテンカワさんも、ルリも…」

「でも乗り越えてくれるよ、
 きっと。
 みんな…幸せになれた後だったら、ね」

今まで通り、俺たちがうまく世間の注目をひきつければ、
地球や連合軍側の注目はユリカ義姉さんとテンカワには向きづらい。
俺はもうちょっと…芸能界ら和平のために動く必要があるかもしれないが…。
その間にユリカ義姉さんとテンカワがゴールインするとこまで持っていければいい。
あの調子だったら、もうほとんど心配いらないだろう。
せっかくだし、ナデシコに乗る前にもう一押ししてやるか…。
もろもろ落ち着いたところで真相を話せば、
人生を捻じ曲げてしまうこともないだろうし。
…未来の決まった人生なんて、心地のいいものじゃないからな。
悪いことだけは遠ざけて、二人が選んだ選択を尊重できるようにしなきゃ。
そういえば…ルリちゃんは結局あの二人についていくんだろうか。
なんか…この世界でのルリちゃんを見てると、俺たちについてくる可能性も高そうだけど。
…まあ、それもルリちゃんの選択だ。
ルリちゃんは昔に比べると格段に選択肢が多い。
大切な者が居る、家族がいると堂々と言える。

映画の通りにする必要はないけど、映画を参考にしたっていいし、どっちだっていい。

もうおかしなことにはならないさ…。

なあ……ユリカ…お前、本当に俺たちを見てるのか?
見てるんだったら…盛大に笑ってるんだろうな。
俺が戦争ほっぽって似合わない芸能人ずっとやってて…映画まで撮ってて…。
それで自分の人生を追体験して…こんな変な事ばかりの人生だけど…。

でも…幸せなんだ…大変な今でさえも…。

ここまで何も起こってないんだから草壁も…何か思うところがあるんだ。
…大丈夫だよ、きっと穏やかに戦争が終わってくれる。

だから安心して、見ててくれ…。















○ 地球・ピースランド・特別撮影所──カエン
俺たちは撮影が大詰めになって、ようやく呼ばれた。
敵役の俺たちは撮影パートが少ないので後半になってようやくだった。
実は一作目の出番も、今からようやく撮影だ。
映画ってのは作中のタイムスケジュール通りに撮るわけじゃねえ。
キャストの都合や、壊すもの、演出のために先のシーンを撮ることも多い。
例えば州知事にもなったムービースターの映画では、
派手に横転した車を起こしてもう一度乗り込むシーンがある。
しかしよく見るとその直後走り去る車の側面のへこみが消えてる。
走り去るシーンを先に撮影して、クラッシュするシーンと車を起こすシーンを後に撮る。
一見単純でチープな作り方だが、
映像の流れを追っかけてると意外と気づかないもんだ。
そういうのを繰り返して効率よく撮影し、
こだわりたいところに集中してコストをかける…こういう工夫も大事なんだぜ。

…だが、俺の役どころが微妙に気に入らない。

ホシノアキトに圧勝するシーンってのは小気味いいが、
そのあとテンカワアキトに不意を突かれて負けるってのは情けないな。
神機を吹き飛ばすシーンも気に入っちゃいるが…。
…しかし機械帝国アイアンリザードってのはずいぶん露骨な設定だよな。
ホシノアキトの敵としちゃ向いてるだろうが…。
で、おおむね撮影が終わって、足りないシーンがないかを確認するため、
監督がここまで撮影したラッシュ映像を見るためにロケ車に籠ってるのを待ってる。
本当はもっと時間をかけるべきなんだろうが、この映画は突貫工事もいいところだからな。
俺たちは後半の撮影で演技のレクチャーがそこそこ間に合っちゃいるが、
第一作のクオリティは学芸会に毛が生えたレベルだ。
意外と第二作、第三作は演技が乗ってきてるがな。
…しかし、この状況は…。

「アキト様ー!チャーハン十人前お願いしますー!」

「はいはいー!順番に行くから待っててねー!」

「…主演俳優がケータリングやるってのは初めて見たな」

監督の映像チェックが終わるまでの間…。
腹ペコな俳優陣のために、ナデシコのリュウ・ホウメイシェフと、
ホシノアキト、そしてテンカワアキトが鍋をふるっている…。
料理が次々に繰り出され、舌鼓を打っている連中の多いこと…。
…俺たち四人は半生サイボーグだから食えるが、八割サイボーグのDだけは食べれないんだよな。
だが、妙に穏やかな顔をしてやがるな、Dは。

「…ふ、料理をしてる時が一番楽しそうだな、あいつは」

「…のんきにしか見えねぇけどな。
 映画の中でも同じようなラストにしやがって。
 こんな現実見てねぇ話にするなんざ、気に入らねぇよ」

「けど…どこか救いのある話だと思わない?
 …やり直すチャンスがあるって、いいじゃない…」

ぼそりとつぶやいたエルの言葉に、俺以外の三人は頷いた。
…俺も表立って否定はしなかった。
俺たちはそういうチャンスをもらったしな。
だが、善行だろうと悪事だろうと、魅力的に切り取るのが映画ってもんだ。
この映画はとんとん拍子にうまく解決できるような都合のいいものが登場する。
こんな風にうまくまとまるなんてありえねぇ。
まとまらなくても失うばかりの最後でも、心に響くものが残ればいいんだよ。
こういうイイ子ちゃんな平和を手にするような…希望がある映画がいいって連中には反吐が出る。
…ま、せいぜい俺の俳優人生の足掛かりにさせてもらうぜ。
やるからには全力でやってやらぁ。

「…しかし、うめぇなこれ」

俺は手元の醤油焼きそばを食べながらつぶやいた。
この映画より…戦う事も料理もズバぬけてるホシノアキトのほうが気に入らねぇな…。
…種火を出せとかコンロ代わりにされないだけマシか…。






















〇地球・ピースランド・王城・舞踏会場──ルリ
映画がついに完成し、私達300名あまりの撮影関係者は一同に集まって打ち上げを始めました。
全体的にピースランドとナデシコでの撮影が多く、ほとんどの映像が外部に出回らないまま、
秘密裏のままに撮影はすべて完了しました。
宇宙、火星のシーンや邪馬台国、大和のシーンなどはすべて合成にせざるを得ませんでしたし、
父がピースランドでの撮影を全面的に許可、
エステバリスによるスタジオの高速建築などもあって、
限られた時間でも何とか映画三本分の映像を撮り切ることに成功しました。
…でもすでに三時間も宴会が続いているのに、みんな体力が全然落ちません。
はぁ、さすがにちょっと疲れてきました。


「わー!?みんな、ちょっと勘弁してよ!?」


「「「「アキト様ー!!」」」」


「ほ、ほどほどにお願いします!」


「「「「無礼講でお願いしまーす!」」」」



アキト兄さんはPMCマルスのユーチャリススタッフに囲まれて、溺れそうになってます。
ユリ姉さんもそれを抑えるので精一杯みたいですね…。
いつも以上に、この映画の撮影でアキト兄さんにさらに惹かれてしまったみたいです。
それを見ているウリバタケさんたち整備班のみなさんはゲラゲラ笑いながらも、ちょっとうらやましそうです。
…この人たちがアキト兄さんの立場に居たら、たぶんすぐ破滅しますね。間違いなく。

「…ホシノは相変わらずだな」

「すごいよね…」

テンカワさんとユリカさんもぽかんと離れた位置に陣取って事の成り行きを見ています。
ユリカさんはアキト兄さんにあれだけ迫られる役を演じながらも、
テンカワさん一筋で居られるなんて本当に筋金入りです。
…これだけ似てたら、ちょっとくらい情けないテンカワさんをなじるくらいはしそうなものですけど。

天龍地龍兄弟も主題歌を担当していることもあって、ライブが始まったりしてます。
ナデシコのみんなも、いつも以上にどんちゃん騒ぎです。
アカツキさんたちも遅れて乗り込んできたりして…。
ミスマルおじさんは今日は来れないみたいで残念がってました。
完成試写会も来れないとかでなげいてましたね。

…そういえば、敵役のブーステッドマンの人たちもなんだかんだで談笑してる。
ウリバタケさんとシーラさんに、Dさんがバラされそうになっててちょっとヒヤヒヤしてますけど…。
なんだか…映画そのままじゃないですけど、
ラピスとの一件はまだわだかまりがないとはとても言い切れませんけど、
それでもこんな風に穏やかに居られるというのは不思議に嬉しく感じる部分もあります。
…こんな映画を撮らされるのは不本意でしたが、私もいい思い出が出来ました。
本当は望まないことでも…本当に欲しいものが手に入ることもあるんです。

私は…ナデシコのみんなと…PMCマルスのみんながにぎやかにしているのを、
ピースランドの家族と一緒に穏やかに見つめていたのですが…。

「お姉さま、そういえばラピスさんはどこに…?
 見かけないんですが…」

「え?そういえば…そうですね」

一人の弟が、ラピスがこの場にいないことに気が付きました。
この子はラピスがお気に入りの、ちょっと早熟な子です。
ラピスは…どうしたんでしょう。
こういう場所に居たら、アキト兄さんのそばに居そうなものですが…。

「ちょっと探してきます」

「ルリ、端末かペンダントで呼んでみないの?」

「無粋です、こんなに楽しい夜なのに。
 ちょっと探してきます」

とは言いましたが…何か予感のようなものがしたんです。
ラピスに直接会いたくなるような…些細な気まぐれですけどね…。












〇地球・ピースランド・王城・テラス
私は撮影でも使った、この国を一望できるテラスにたどり着きました。
たくさんの部屋の中から探すのは無理と踏んで、
宴会から離れた、ひっそりと空を見るのに向いているこの場所かと…考えて…。

「ルリ、来てくれたんだ」

そこには会場では見かけなかった、私のドレスに近い…白いドレスを着たラピスが、
二つのグラスをテーブルに置いたまま、たたずんでいる姿が見えました。
無防備に見えるラピスの姿に、周到なラピスらしくないと驚きましたが…。
この城の中は、部外者が入る隙間もありませんし、警護はばっちりです。

「そっかぁ…迎えに来てくれたのはルリかぁ。
 ま、わたしにはお似合いかな」

「どうしたんです、急に」

ラピスは嬉しそうに、でも少し残念そうに微笑んで私を見ました。

「ちょっとだけ期待してたの。
 こうやって一人で要ればアキトが迎えに来てくれるんじゃないかなって、自惚れてたの」

「…それは無理ですよ。
 ただでさえ囲まれてて動けないんですから」

「わかってるよ。
 でもそんな状況でも私を迎えにきてくれたらいいなぁって。
 
 …ルリが来てくれたのが不満ってわけじゃないの。
 ダイヤモンド・プリンセスを動かせるんだから、
 私も捨てたもんじゃないって感じじゃん?」

「…はぁ、姫様役なのは映画の中だけのことですよ。
 私は…ラピスの…家族のためだったら飛んできます。
 いつものことじゃないですか、ラピスが私たちを動かすのは」

そんなに特別なことじゃないです。
ちょっと気になったら迎えに来るくらいします。
でもラピスは本当にうれしそうににっこり笑ってくれました。

「ううん、本当にうれしいよ。
 映画の中とほとんどおんなじに、私と抜け出してくれたんだもん。
 はい、これ」

ラピスはぶどうジュースが入ったグラスをすっと差し出してくれました。
…そこまで合わせなくてもいいですってば。
私はグラスを受け取ると、苦笑が出てしまいました。

「でも、そうですね…あんな風に戦争が終わったらいいなって思います。
 難しいかもしれませんけど…」

「…そう甘くはないよね」

アキト兄さんは一度、暗殺されかかってます。
ナノマシンの過剰量によって助かった…運が良かっただけで、普通は死んでたはずです。
アクアによる公衆の面前での殺害計画もありました。

アクアをけしかけたのは間違いなくクリムゾングループですが
最初の暗殺は犯人はまだ見つかってませんし…暗殺を企てたのが木星トカゲの一味なのか、
政治的思惑があってのことかすらも分かっていません。
こっちもクリムゾンの可能性は高いですが…。

…アキト兄さんはかなり敵が多いんです。
あまりに目立ちすぎて殺せないというだけで。
こういうことが今後もありそうですし、戦争の終結にも関わってきます。
アキト兄さんが何者かに殺されたとして、木星トカゲに暗殺されたと流布すれば、
木星トカゲが人間であるというのを知ったとしても殲滅戦になるかもしれません。
それほどまでに影響力をもってます…この映画も影響がないといいんですけど。

とにかくアキト兄さんを生き残らせることと、
戦争を終えるのはセットでないと意味がありません。

そうでなくても、兄と思える心の優しい人で…ラピスが人生を賭けて守りたいと思ってる人です。

…絶対に生きていてほしいです。

「でもね、ルリ」

ラピスは少しトーンの低い、薄暗い声を発して私を呼びました。
冷たさすら感じる…刃物のような、私を動けなくするような声で。

「…結局、誰かが死なないとこの戦争は終わんないよ。
 最終的に手を取り合うということにはなると思ってるけど…。
 その過程で、アキト以外の…アキトと同じくらい愛すべき誰かが死ぬんだ。
 
 木星トカゲのお偉いさんなり善良な市民なり…。
 地球もそれはおんなじ。
 
 撃つべき時に撃たなければ、全てを失うの。
 
 …もうアキトは誰かを撃てない。
 
 だからもし引き金を引かなきゃいけない時は…。
 

 

 ──私が代わりに引くの」


!!



私の全身を衝撃が貫きました。
明確に、ラピスはこの戦争のうちに人を殺すつもりだと宣言した…!
ダメ…止めなきゃ…1

「そんなことをしてもアキト兄さんも誰も喜びませんっ!
 考えちゃダメです、そんなことを!」
 
「分かってる…。
 でもこのままじゃアキトは戦争終結まですら生きていられるかもわからないよ。
 だから私はアキトの代わりに咎人になることも厭わない。

 …大切なものを失うとしたら、どうしてもそうしなきゃいけないと思ったら、
 きっとアキトも、信念を曲げてでも引き金を引くよ。
 
 そうしないように私が引き金を持っておくの。
 
 …ううん、ユリもミスマルおじさんも、ユリカでさえもそうしなきゃいけないと思ったら、
 間違いなく引き金を引くんだ。
 
 そう言う覚悟かなければ勝てる戦いも勝てないと知っているから」

…私はすぐに反論できませんでした。
ミスマルおじさんも、軍人です。
軍が無ければ戦乱の世が訪れてしまうから、人を撃つこともあるんです…。
ガードのナオさんでさえ、きっとそういうこともあったかもしれません。
…それでも。

「…そんな時が来ないようにするのが先です。
 来てしまったらラピスの言う通りにしないといけないとしても…。
 戦争を終えるために犠牲を出さないことを目指してから言うことです」

「理想論だね」

「理想論とでもなんとでも言ってください。
 …誰かを殺す前提で話をするなんて、ラピスらしくないですよ」

「私は徹頭徹尾こういう思考だよ。
 今まではそうする必要がなかっただけ。
 私だってできれば殺したくないよ。地獄に落ちたくないもん」

…ひょうひょうと言ってはいますが、これも本心でしょう。
ただ、他人の犠牲を出さないためのリソースを割くくらいなら、
アキト兄さんを確実に生き残らせるためにリソースを使おうとしてます。
そんな方法をとっても…結局は…。

「…アキト兄さんに嫌われますよ」

「嫌われてもいいもん。
 アキトの生きてない世の中に未練なんてないから」

…なんか、良くない子供じみ方をしますね、ラピス。
この間の一件で、ラピスが自分の命を投げ出さないように注意したつもりでしたが…。
ラピス、アキト兄さんのために生き残ろうとはしてくれるみたいですが、
その先でどんな極悪人になってでもアキト兄さんを守ろうとしてるようです。

「…ラピス。
 ブラックサレナと戦う時…ユリカさんと二人きりになった時、
 アキト兄さんの黒い姿を見て、なんて言ったか知ってますか」

「ううん?」

「…誰がどんな罪を犯しても…みんなとできるかぎり一緒に居られるように努力するって…。
 私も同じ気持ちです…。
 ラピスがどんな極悪人になってもそばに居たいと思います。
 でも…きっと罪を犯せば、一緒に居られる時間は減っていきます。
 やり返されることだってきっとありえます。
 
 …もし引き金を引くとしても…最後の最後まで悩み抜いてからにして下さい。
 どこにもいかないで下さい。
 ずっと一緒に居て欲しいんです。
 家族としても、友達としても。
 
 私を救ってくれたあなたに…まだなにも返せてませんし…」

ラピスはふっと小さく笑ってくれました。
先ほどまでの冷たくて、凍り付くような顔ではなくなって…。

「ルリがそう願ってくれてれば、
 私も引き金に指をかけそうになった時、ちゃんと迷えると思う。
 …うん、約束する。
 
 引き金を引くなら最後の最後まで悩んでから、だね」
 
「そうですよ。
 ラピスは危なっかしいです、ホント」

「ごめんごめん。
 それじゃ、戦争が終わるまで引き金を引く機会がないのを祈るのと…。
 アキトに黒龍の呪いが来ないように祈って乾杯しようか」

…アキト兄さんの黒い部分を黒龍と表現しますか。
ま、乗り気でいてくれるようならちょっとは安心ですね。

「そのために、色々頼むと思うから、お願いね」

「ラピスはまた私たちにも迷惑かけるつもりですね」

「嫌?」

「いいえ…大切な家族の命がかかってるんですから、いくらでも手伝います。
 私たちならできます、きっと」

「おっけ。
 じゃ、乾杯」


ちぃぃん…。



乾杯の音が小さく響いた。
映画のラストシーンとは違って、お互いのグラスの中身はこぼれなかったですけど…。
…不穏な所はたくさんあるけど、それでも約束してくれたからいいです。

「ちゃんと戦争が終わったら、詳しい話をして下さいよ?
 そのためにも生き残って下さいね、ラピス…」

「……うん」

私たちはぶどうジュースを飲み干した後、ラピスは少し空をみたら会場に戻るそうなので、
先に戻るように言われて、私は一人テラスを後にしました…。
信じてますよ、ラピス…。








「…引き金に指をかけた時、ためらってたら死んじゃうかもだけどね…。
そん時はごめんね、ルリ」
































〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
書けば書くほど膨らみすぎる、文体を気を付けてると時間がかかる。
そんな具合でざっくりメイキング編を書いてました。
あんまりメイキング周りの事は描いてないかも?
ですが、こんなんでええのかな具合で撮影は進んだようです。
次回以降、いよいよ火星に向けて出発!の前に、
この丸一年と少しの間、必死で働いてきたアキト達にもようやっとしばしの安息の時が。
とはいえ、次の一話は休まらないかもしれないですけどw

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!









〇代理人様への返信
>完結おめ!
ありがとうございます。
いや、外伝なのに妙に気合が入ってしまいました。
劇中劇をしっかり作るのがナデシコ的だと思ってやりすぎましたw


>科学と魔術が同居する、ぶっちゃけそのほうが面白いと思います!
>いや、シャドウランとかエストカープとか好きなのよw
こういう作品は結構あれど、両方にある程度詳しくないと作りづらいというか難しいのが難点です。
今回はクロスオーバー的な所もありつつ、文化的な融合で進む内容となりました。



>>何分かかるんだろう
>ワシャアラビアのロレンスを三回も見たんじゃぞっ! あのクッソ長い映画を!
>その内二回は途中で寝ちまったがな!
ウォッチメンも面白かったけど長かったなぁ…w
個人的には90分~120分映画が好きですね。





>・・・いや、マジであの辺りの大作映画は三時間とか四時間とか普通にあるから、
>トイレ休憩ないと死ぬw
>アベンジャーズも三時間あったけど、三時間は耐えられても四時間はドリンク無しじゃないと辛いw
長編映画、しかも連作となると家で見るのも大変だ!!
ちなみにこのダイヤモンドプリンセス三部作だと、
一作目…90分
二作目…150分
三作目…200分以上
な感じですかと思います。
いや、意外と二作目三作目も二時間くらいで収まるかもしれないけど。




>>メイキング
>え、めいKing?(誰が知ってるんだそんな古いシムシティエロゲ)
シュウネンガタリンゾ
ナントゴクトケン!
それはKING。
はさておいて、極秘裏にピースランドで撮影が行われた設定にしてみました。
護衛の問題もあるので、今回はかなりブロックされてる感じですね。
どこまで行く、ホシノアキト。


















~次回予告~

ラピスだよっ!

ついに映画が完成するんで、結構楽しみ。
アキトが出る映画なんて初めてだもん!当たり前だけど!
え?別にいつもとなりにいるから特別じゃないだろうって!
でも芸能人としてのアキトの一番のファンも私なんだから!
それは誰にもぜーったいゆずらない!
ユリは割と芸能人のアキトどうでもいいみたいだし。

さて次回だけど、映画の撮影が終わって、時間は年末に進むみたいなの。
そろそろナデシコで火星に向かわなきゃ!
ってところなんだけど、キノコ提督はまだユリカに勝ててないので焦ってるみたい。
おのおの、忙しかっただけに火星へ出発前に英気を養わなきゃ!
っていっても、火星までの二~三ヶ月くらいは結構暇みたいなんだけど。
アキト、その間どうするんつもりなんだろ。
とにかく、映画の試写会もあるし、色々楽しみだよね!

出来ればリアル年末にこの話を書きたかった作者が贈る、
テレビ本編よりお気楽楽勝楽してもーける!な、ナデシコ二次創作、













『機動戦艦ナデシコD』
第五十話:Do not surrender!-降参しない!-



















をみんなでみてねっ!



































感想代理人プロフィール

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代理人の感想
うん、本当にあんまりメイキングじゃないなw
まあアキトがろくでもない奴だとわかればおk(ぉ


>「アーパーな映画に決まってんでしょ」
(爆笑)
うん、本当にそりゃそうだwwww

>俺には映画しかねぇんだ。
>次につながる可能性があるなら道化にだってなってやる。
がけっぷちだなあw
いや本当に崖っぷちなんですけどねこの人たちw





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