○地球・佐世保市・アクアフィルム本社・特設完成試写会場──アクア
もう年の瀬ですわね…。
この年末ぎりぎりになってホシノアキト様主演の映画、
『ダイヤモンドプリンセス三部作』がついに完成しました。
今日は試写会です。
朝からかなりの人数の関係者が集まりました。

私はこの初めての映画で、映画業の目的をほぼ達成してしまったも同然で、
これからのお仕事に身が入るかちょっと不安になってしまうところもありますが…。
でもクリス様には間違いなく次の仕事が来てくれますし。
一流の映画監督の仲間入りができたら喜ばしいことですし。
そうなれば、別に問題ありません。
今まで機会に恵まれなかったクリス様の新作映画を見れるとなれば私も張り切れます。
支え合ってこその夫婦ですもの♪
そしてこのアクアフィルムも当然映画会社ですから、そこそこいい感じの試写室を準備しました。
サイズこそ試写室らしく小さいですがそれでも百名ばかり座れます。
それに音響設備は結構凝ってますわ。フィルムはどうしても限界がありますし。
今回は映画にご出演いただいた方と業界関係者を招いての極秘の試写会です。
PMCマルス関係者はホシノアキト様ご夫妻、そしてラピスラズリと眼上マネージャーだけです。
PMCマルスの他の人たちは、奥ゆかしいことに、

『私達は俳優参加、エキストラ参加したとしてもあくまでも一個人としてファンで、
 部下として、寝食を共にするという光栄をいただいている身なので、辞退させて頂きます。
 公開初日にお金を映画館に払って見に行きます』

…と、あくまでもファンの領分を超えない範疇でのお付き合いということで辞退しました。
とはいえ、公開初日に並んで見に行くというのは結構争奪戦になりそうですわね…。
せっかくギャラもなしに協力してもらっているのですから、
ここに来ている映画関係者の方に、映画館の貸し切りをお願いしてしまいましょうか。
お金は払いたいそうですし、それほど問題にはならなさそうです。

この映画は公開は元旦です。しかも三本すべて。
本来は作品同士で客の食い合いを避けるために一本ずつの公開が望ましいですが、
アキト様のご都合による公開日指定により、クリスマス映画としては出せないので、
すべての同時期の公開映画を喰らうつもりで、出し惜しみなしで行くべきです。

ここも抜かりはありません。

ぶっ通しで見たい人が結構出るはずです。
この合計上映時間が八時間にも及ぶ超大作…。
大晦日の年越し直後、日付が変わった直後に連続上映ナイトショーでぶつけます。
ここで全部通しで見た人が、帰省で集まった親戚中の話題をかっさらいます。
もうアキト様に関心のない人なんてそうはいないけど、
一回見たくらいじゃ全然覚えきれないくらい組み込んだ、
クリス様の設定が気になって仕方なくなるはずですわ。
うふふ、我ながら隙がありません。

…と、第一作の上映が終わりました。

…面白かったという声はあまりありませんわね。
私はいいと思うんですけど…。
アキト様ファンの人は泣いてますけど。

「…すみません、クリス様。
 私の基礎案があまりよくなくて…」

「いや、仕方ないさ。
 私もできる限りうまく成立させようと頑張ったけど…。
 映画としてはあんまり続編をにおわせるのって良くないんだ」

とはいうものの大ヒットしてる長編映画でも続編前提の映画は結構あります。
一作目はクリス様のロマンス成分はともかく、破天荒なSF成分が弱くてちょっと辛いところです。
戦闘シーンは迫力がありますが…中世系ファンタジー+ロボっていうのは難しいですね。
私の考えた部分はどうしても露骨なところがありますから…。
…結婚前に夫婦最初の共同作業でしたが、この調子では惨憺たる結果ですね…。
三本同時上映が吉と出るか凶と出るか…。

「軽食準備してるんで食べてくださーい」

一作目が終わってからの休憩中も…アキト様がちょっと目を赤くしながらも、
サンドイッチやらホットドッグやらを提供してくれてます。
主演俳優がケータリングをするのって、やっぱりちょっと面白いですわ、アキト様。

そして第二作の試写会が始まると…中々の盛り上がりを見せました。

この二作目こそが最初にクリス様の見せてくれた、メモにしたためた部分です。

本当はこれを一作目にしないといけなかったのですが、話がつながらなかったり、
アキト様を主役に据えることが出来なくなるので、急遽一作目を作ることになったのです。
結果としてまとめるために三本分撮る必要がでてしまったのですが…。

日本神話をモチーフにした、土偶を兵力とする、シャーマン軍団。
聖戦ともいうべき戦いです。
初期案では別世界を絡めるというのは考えていなかったそうで、
生き別れた兄弟が、依り代になりうるシャーマンの少女をめぐって戦う内容だったそうです。
ラストシーンも、依り代になるシャーマンの少女が自刃して、悲恋で終わるという内容でした。
そうなる代わりに戦争が完全に終結し、神々に声が届き、未来を目指せるようになると…。
自刃する部分は第一作のラストに流用され、神々の部分は第三作の大和の設定に流用されました。

…そしてこの第二作は一作目のアイアンリザードという名前以上に露骨に、
明らかに木星戦争をテーマにしているという意欲作になっています。
クリス様の手腕が光ります。

世間知らずで無鉄砲だけど臆病なところのあるテンカワさんが、
不幸に見舞われながらも強く成長していく、ボーイミーツガール(再会)な作品。
これはクリス様がかなり入念にナデシコの資料を読み込んだ結果として、
テンカワさんの『ありがちな若者』感を引き出した話が良く転がってくれたので見どころが多いです。
ナデシコの人たちのキャラをよく理解してシナリオを書いてくれてますわ。

そしてホシノアキト様とテンカワさんのユリカさん争奪戦、
このお話では彼女の存在がカギなのでシャレにはなってません。
…しかもホシノアキト様、ボロボロ泣きながらも断らなかったんですわ。

ホシノアキト様ファンが多い中、脚本の差があるとはいえテンカワさんも中々評価が上がりそうですね。
もっとも…ホシノアキト様を倒したとあっては逆に色々アンチも生まれそうですけど…。

そして第二作のラストシーンであっと、一作目の評価が変わりました。

ただ、俳優の配役を入れ替えただけのオムニバスではなかったと分かり…。
並行世界すべてでユリカさんがヒロインであり、世界を動かす存在だったと三作目で分かります。
このダイヤモンドプリンセスという連作が、最後につながります。
すべてを収束に導くのか、それとも破滅に導くのか。
そんな想像が膨らみ、三作目に対する期待を持たせてくれます。

…休憩ののちアキト様の出した軽食を手早く食べ、全員がすぐに席に戻りました。

そして…三作目…。
世界のあっちこっちに行く流れや、登場人物の多さ、
そして同じ顔、同じ名前があちらこちらで出てくるのでかなり混乱しながらも、
キャラの思惑自体はシンプルなので、どのキャラに集中してもいい感じになります。
クリス様もラストシーンはかなり悩んでましたが、
アキト様の希望もあり、ここで破滅に持っていくのは違うと、
明るい方向にもって行ってくれました。
どの世界も首謀者たちは裁かれ、首謀者の目論見に抵抗した者たちは生き残る。
失うものは多かったものの、補う方法を見つけて何とか立ち直っていく…。
こんなの現実にはありえません。
死者と生者がもう一度出会うことなど。
別の文化同士が真っ向から受け入れ合い、そして敵と味方がすがすがしく手を結ぶなど…。
でも、だからこそ見る者の心を動かしてくれる。
救いのない話は…やはり世界を巻き込むのではなく、
個々人で完結する話だからこそ集中できるのかもしれませんね。

私もいい役を貰っちゃったので、ちょっと嬉しいです♪

ルリさんとラピスさんのラストシーンも未来を感じさせていいですわ。
現実的にも彼女たちは子供ながらに非道に巻き込まれ、今も戦争のために利用されている。
そんな彼女たちが、普通の人生を幸せに生きる…。
アキト様が求める未来をそのまま形にしたようなラストだったせいか、
自分の過去をいじくりまわして不服とむくれていたアキト様達も、
ここに関しては百点満点の太鼓判を押してくれました。
インタビューでも、こんな未来が欲しいと語ってくれてます。
…そうなるといいですね、アキト様。
でも、別の映画でもたまーに出てもらったりしちゃったりしますわ♪


パチパチパチパチ……!



上映後、試写会に招かれた人たちは声を上げることもなく、
ただひたすらに手を叩くことしかできないほど…この映画に魅せられたようです。
まだ木星トカゲとの戦いは終わっていません。
人々は戦争が日常になり、生活や大切な人を失くしています。
この映画のように戦争を終えてアキト様が目指す未来…アキト様のあの満面の笑みを見たいと、
自分たちも同じように明るい未来を取り戻したいと…すべての人たちの気持ちが共鳴しました。
今、この時代を生きる誰もが頷く、傑作に…大ヒットを確信しました。

…わ、私…もしかしてとんでもない映画を撮ってしまいました?

……その後、私とクリス様はアキト様達同様、業界関係者にがっつりつかまってしまい、
夕方に終わった映画の試写会の後…終電の時間くらいまで色々聞かれてしまいました…。

一刻も早く自分たちの職場に戻り、記事を書かないといけないでしょうに…。
そ、それほどまでに関心を持ってもらえてるなら結構なことなんですけども…。

「…おい、クソアマ社長。
 残業代出せよ」

カエンさんもインタビューを受けすぎてヘロヘロですわ。
分かってます、そんなことくらい…。
……でも今後街中でからかわれても残業代は出ませんけどね。




























『機動戦艦ナデシコD』
第五十話:Do not surrender!-降参しない!-





























〇地球・日本海上空・ナデシコ・格納庫特設会場──ユリカ
私達はアキト君の映画…っていうか私がヒロインしまくっちゃってるけど…。
この映画の試写会を、撮影協力をした事もあって、ナデシコで行っていいってことになったので、
ウリバタケさんたち整備班のみんなが張り切って爆音上映の設備を作ってくれて…。
映画館を超えるすごくいいステレオで聞いちゃった。


「「「「おおおおお~~~~~~!!」」」」



最後まで見たみんなはすごい歓声を上げてる。
ラストシーンまでの台本はもらってるけど、ラストシーンの撮影には来てないもんね。
実際見るとすごいって思ったんだろうけど。

それにしても…ああ…うっとりしちゃうなぁ…。
いいなぁ、このラスト…。
アキト君もユリちゃんも幸せそうだし、ルリちゃんもラピスちゃんも普通の女の子になれて…。
お姫様のルリちゃんと町娘のルリちゃんが同時に居るっていうのも考えたよね。
ピースランドのご家族も嬉しい設定だし、ルリちゃんの希望も叶うなんて。
それに…えへへ♪
私とアキトが結婚してる設定になってて、もうこれだけでもすっごいことだよ。
キスシーンは残らなかったけど、もうアキトが私を好きなことが広まっちゃうもん♪
最高の思い出になっちゃったかも♪

「ホシノアキトさんが主演だから不安でしたけど、
 いい映画になりましたね」

「ホントね~。
 結構歴史に残っちゃうかもしれないわよ~?
 ルリルリ、お疲れ様ね」

「…はぁ。
 私はめっちゃくちゃ迷惑ですけど、
 楽しかったからいいです、もう」

ルリちゃんは困ったように頬を染めながらもじもじしてる。
本当に表情豊かになったよね、ルリちゃん。

「全くだよ、あたしゃ俳優じゃないしガラじゃないってのに、
 映画の中でもテンカワに説教する役もらって」

「…まあ、いいじゃないのコック長。
 結構現実に即したって意味じゃ、間違っちゃいないんだから」

「うむ。
 …こんな希望を若者に持ってもらえるなら、
 私達も協力したかいがあったというものだ」

みんな盛り上がってる。
うんうん、この映画でまたナデシコのみんなとも仲良くなれたよね!
すっごくよかった!

「…なあ、ユリカ」

「ん?どうしたの?」

アキトは私を呼び止めると、手を取ってくれた。

「え?ど、どしたの?」

「いいから。
 ちょっと…」


「ああーっ!!
 テンカワ君が艦長を連れ出そうとしてるぅ!」


「いっ!?」


ヒカルちゃんが叫ぶと、
アキトは焦ったように私の手を引いて走りだした。
ど、どうしたんだろう。

「どうしたの!?
 そっちはハッチだよ!?」

「いいから、早く来い!」

アキトに言われるままにハッチの方向に向かって…緊急用の外部ドアを開けて見ると…。
すぐそばに、あのブラックサレナ…の白いタイプが置かれていた。

「乗って逃げるぞ、ユリカ!」

「えっ!?
 でも、ナデシコが…」

「ジュンには話をつけてある!代わりに艦長してくれるってさ!
 代金はナデシコ食堂のおごり二十回分だ!」

アキトは私と一緒に、ブラックサレナに乗った。
これも例によって二人の利用のタンデムシート…でもエステバリスのよりずいぶん広いけど。
専用のアサルトピットなのかなぁ。
あ、撮影用に準備したんだっけ、このアサルトピット。

『コラー!?
 テンカワそんなもんどっから持ってきた!?
 このウリバタケ様にいじらせずに持ってくなんていい度胸だなぁオイ!?』

『テンカワー!
 お前、勝手に何してるんだよ!?』

『おやおや、テンカワ。
 突拍子もないのは相変わらずだねぇ。
 明日には戻ってくるんだよ』

「ホウメイさん、すんません!
 ちょっとだけ行ってきます!!」


ごおおっ…ぐわっ!!



アキトがいい終わらないうちにブラックサレナは急加速した…。
うわっ、すっごいG!
結構キャンセルされてるみたいだけど、訓練で乗ったノーマル戦闘機よりずっと早いかも!


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そして私とアキトは佐世保の近くまで飛んで、PMCマルスの方に向かった。
途中、連合軍のレーダーに引っ掛かると思ったけど、何事もなく通過できた。
な、なんか、ナデシコから連れ出されちゃうと駆け落ちみたいでドキドキしちゃう…。
ユーチャリス訓練施設の近くに降り立つと、アキトはようやく話を始めてくれた。

「…あのさ、ユリカ。
 ホシノから言われて、ちょっとアカツキ会長に骨を折ってもらって…。
 このブラックサレナを借りたんだ」

「え?なんて言われたの?」

「…この映画が公開されたら、
 俺たちも何ヶ月か注目の的になって、
 まともにデートなんてできなくなるってさ」

「でも、映画の公開日にはナデシコで火星に行っちゃうんだよ?」

「ば、ばか。
 あのホシノの映画だぞ?
 半年くらいじゃ忘れられてるかどうか…。
 それにナデシコ内じゃ大したデートなんてできないし…。
 だからさ、今のうちにしっかり出掛けようって…」

アキトは恥ずかしそうにそっぽを向きながら、顔を赤くして…。
でも一生懸命に私を誘ってくれて…。

……あれ、ちょっと待って…?
そ、それって!?

「あーっ!
 そ、それじゃ私とラブラブデートしてくれるの!?
 しかもアキトから誘って!?」

「は、はっきりと恥ずかしいこというなよ…。
 …そ、そうだ。悪いか」

「悪くなんてない!
 もちろんおっけーだよ!
 ユリカ、嬉しいっ!」

私は後部座席からアキトの席に飛び込んでアキトを抱きしめた。
アキトはいつもデートしてもキスもしてくれないんだもん。
デート中もちょっと距離があって、腕を組むどころかつなぐのもためらっちゃうし。
もしかしたら結婚までずーっと待つしかないって思ってたのに!
えへへ、アキトが積極的になってくれるなんて感激!
やったぁ!













〇地球・佐世保・PMCマルス本社──テンカワアキト
……俺はユリカに抱きしめられて、顔が真っ赤になって…うう、頭が働かない…。
…ここまでしたのはホシノにそそのかされたのもあるが、
勇気が出ないのを何とかしたいとは自分でも思ってたからだ。

……ホシノから色々言われた。
ユリカに応えられないのは自分に自信がないのが一番の理由だろうし、自分にもそういう経験があると。
だがそのせいで何もしてあげられないまま、婚約者…『テンカワユリカ』を失ったと…。

……この話は、衝撃だった。

あまりにも名前も見た目も似たものカップルがもう一組いたってのは。
しかしそれは置いといてもだ…。
これから死ぬかもしれない戦いに出るのに、何もせずにいたら後悔するぞ、と言われた。
そして俺がユリカに応えられないもう一つの…二番目の理由があるんじゃないかと話された。
ナデシコというプライバシーもへったくれもない空間で、
からかうのが好きなみんなの中じゃ、お前は吹っ切ることができないだろう、と。
少なくとも完全に全員の追撃を断ち切って、二人っきりになって、
ちゃんと態度と行動で示す必要があると。
そうしない限り、火星に向かっている間も、ユリカをずっと待たせるだろう、と。
……ぐうの音もでなかった。

そしてその後ユリさんからもいろいろ言われた。
「待ってくれるからって甘えてると後悔しますよ」と…。
これはホシノと言ってることは同じだが、角度がきつかった。
俺の臆病さでユリカを傷つけている可能性があると少しは自覚しろと…。
他の女の子と恋愛してるでもなく、
相手を好きなわりに何もしないのは人として、男としてどうなんだと。
…い、言われてみると自分に好意を持っている人を、
好き勝手に相手を弄ぶのと同じくらい最低かも…と思った。

思えば、ユリカは俺がひどいことを…たとえ話とはいえ、
『殺すかもしれない』と言った時でさえ、俺を想ってくれてる。
そういうユリカに甘えてるという自覚があんまりなかったことに気が付いて…。
……お、俺って。
だったらいっそ…と思って、
俺はようやく策をめぐらせて、二人っきりになる方法を考えたわけだ。
結局、後でからかわれるのは間違いないし、実行段階でやっぱりやめようかと思ったが、
映画をすべて見終わってそこまでする必要があると決断せざるを得なかった。

…ん?
ユリカも、小さく震えながら、顔を真っ赤にして…。

「…ね、アキト。
 ……私ね、実は結構護衛とかついちゃってるの。
 お父様が連合軍のすごい重役だから…いつもひっそりついてるの」

「…そうなんだ」

……だからデートしてたことがミスマルおじさんに筒抜けだったんだ。
それで運転手のおじさんをけしかけてきたのか…。

「…でもね、ナデシコにはさすがについてきてないの。
 私の所在を示すGPS装置もナデシコに置きっぱなしで…。
 私…今、無防備なんだよ?」

「え…」

「アキト、私を守ってくれる?」

守る、か…。
まだ腕には自信がないけど…いや、そんなのどうでもいいだろ!
守るんだよ、俺が…!

「あ、当たり前だろ!
 ホシノはユリさんを命を懸けて守ったんだ…俺だって!」

「あ、ありがとアキト……あ、あのね。
 あと…アキトにははっきり言わないと伝わらないって、
 ユリちゃんに言われたから、ちゃんとはっきり言うけど…ね?」

「うん?」

「…む、無防備ってことはね。
 ……私の事、お父様たちも気づいてないんだよ?
 居るはずのナデシコに居ないし、報告も遅れるだろうし…。
 お父様も……今、アメリカに居るとかで…。
 

 だ、だからね!
 今日は最後までエスコートしてくれる!?」


…………。
はっ!?
顔が真っ赤なユリカの言葉に、一瞬意識が飛び掛かったぞ!?
ここまで言われて気づかないほど俺もバカじゃない。
き、キスもまだなのに…最後まで…?
い、いや…ユリカの顔を見ると…。
勇気をだしてここまで言ったんだからキスしてくれてもいいよねって顔だ…。


「ま、待ってくれ!?
 それはまだ早いんじゃないか!?」



「わ、私だってそう思ってたよぅ!
 さ、さすがにお父様に悪いって…。
 今日アキトが連れ出してくれたから、たまたまこういう状況になれたから…。


 でも、でも…。
 アキト君の婚約者の話とか、今回の映画とか、他人事に思えなくって…。
 映画の一作目に、私がアキト君にキスしようとして止められるシーンあったでしょ?
 でも、そのあと…死んで、誰かに体を借りないと会えなくなって…。
 キスもできないまま、天国で見守ることしかできなくなっちゃうなんて…。
 もし私だったら後悔してもしきれないって思ったの。
 

 私、後悔したくないの!
 
 だ、だから、お父様を裏切る悪い子になってでも…!
 
 大好きなアキトと、大事な思い出を作りたいの!!
 
 
 

 ………ダメ?」
 
 

ユリカの表情に…一生懸命なお願いに…俺は胸の高鳴りが止まらなかった。
ユリカは…告白の先を、俺に求めてきた…。
俺が先延ばしにしてきた、でも俺も本当はそうしたかったことを…。
ど、どうする俺!?ここで逃げたらさすがに愛想をつかされるぞ!?
で、でも…。


ええい!俺がためらってどうする!?

俺も勇気を出すんだよ!

ホシノとユリさんに言われてから色々調べたろ!!

助けてもらって、勇気をだしてここまで追い込んだんだ!

が、頑張れ俺!



「あ、ああ…。
 ま、かせろ…」

「嬉しい…」

「き、キスだってしてやる…。
 い、いくぞ…目をつぶってくれ…」

「う、うん…」

ユリカが目をつぶってる間に、俺は生唾を飲み込んでユリカの肩をつかんだ。
…が。


ぴぴっ!



『あのアキトさ…!?』

タイミング悪く…いや、白いブラックサレナがここに来たので、ホシノかと思ったんだろう。
さつきちゃんが様子を見にコミュニケをつないだらしく…彼女は絶句したままこっちを見るのを止めない。
し、しまった!
ユリカの肩を掴んでるからコミュニケが切れない!
ユリカは気が気じゃないのか聞こえてないみたいだからいいんだけど…。
ど、どうする!?一度仕切り直すか!?

だ、ダメだ…仕切り直したらもう、今日はそこまで勇気を出せない…。

お、押し切るしかない…!
幸い目が合ってるわけじゃない!気付かないふりだ!

「んふっ!」

「んむっ!」

俺はユリカと唇を重ねると、
ユリカは少しだけ目を見開くと、涙をこぼして俺の目を見た。
俺も今までに感じたことのない満たされた気持ちがあふれ出て…。
気持ちのままに、ユリカを強く抱きしめた。
さつきちゃんを気にする間もなく、俺たちは長い長い抱擁を交わして…。
離れたあと、お互いを見る目が、また少し変わったような気がした…。
…よし、さつきちゃんもさすがにコミュニケを切ってくれてたみたいだ。

「えへへっ!やったぁ!
 アキトにファーストキス、あげちゃった!」

「え…。
 お前、それ本気で言ってるのか?」

「え?なんで?」

ユリカは一筋の涙をこぼして喜んでいたが、
今度はきょとんとして、俺の目を見つめた。
こ、こいつは…!!


「お前なぁ!
 俺が子供のころ、火星で落ち込んでた時に、
 『元気が出るおまじない』って、
 一方的にお前がキスしたんじゃないか!?」


「ええええっ!?
 嘘っ!?

 …………はっ!
 
 ホントだ!」


ユリカはウンウン唸って考えてたが、ようやく記憶にたどり着いて驚いていた…。
…マジで忘れてたのかお前は。

「…えへっ、そっかぁ。
 だから私、こんなに長い間離れててもアキトのことを覚えてたんだ。
 やっぱり私達、結ばれる運命だったんだね♪」

「い、言ってろ…」

…でも今はそんな風に言われるのが、心地よくすらある。
こんな臆病で、未熟で、バカな俺を…好きだと言ってくれるのはお前くらいだもんな…。
最初は刷り込みとか思い込みとかじゃないかってちょっと疑ってたけど…。
俺もこいつのことが…。

それから俺たちは軽い変装をして…タクシーを拾って街に出た。
俺はホシノと違って見られてもあんまり注目されない。
ユリカは…何故だか意外と気づかれないまま、歩けた。
後で聞いた話だけど…ユリカの映画のインタビューを生放送と偽って、
ホシノがテレビ局にかけあって録画の放送を少し前に流してもらっていたらしい。
…ホシノとユリさんに助けられてばかりだな、俺たち。
ホシノと映画のせいでこういうことも急いでやらなきゃいけなくなったが…。
そのおかげで、臆病な俺も、吹っ切るためのいい機会が出来た。
ユリカに…素直な気持ちを伝えられるようになって…。
…いいもんだな、こういうのも。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


その後…。
俺たちは今後、なかなか訪れないだろう、二人っきりの夜を楽しんだ。
熱に浮かされたように、自分たちの置かれたちょっと特殊な環境を忘れて…何もかもが楽しかった。
そ、それに…本当にユリカを最後までエスコートしてしまって…。

……意外に盛り上がっちゃうと、いきつくところまで行っちゃうものなんだなって…。

お、俺だって健全な男子だから…。
ミスマルおじさんにバレたら後が怖いっていうのに…。
…でもユリカの見たことないくらい幸せそうな顔が見れたから、いいか…。

















〇地球・ピースランド・王城・王室──五人の王子の一人・ジャック
僕達は…お父様とお母様と一緒に、ルリお姉様とアキトお兄様の映画を見てます。

すっごい素敵な映画です…。

ルリお姉様がずっと僕たちと暮らしてくれてる世界で…。
でもアキトお兄様が敵に味方に両方いて七転八倒してる感じの…。
ちょっと難しくて分かりづらいところが多いですけど、最後に平和をつかむのがいいです。
ルリお姉様が悪役っぽいところもあるけど、最後には和解して…。
すごく楽しそうで嬉しそうにしてる場面が多いし…。

それに!

やっぱりラピスさん、美人で出来る人って感じで憧れちゃいます!
ルリお姉様との絆の深さも現実と同じな感じで!
ああ…僕、惚れちゃいそうですよぅ…。

「ぐずっ…なんていい映画なんでしょ…」

お母様はハンカチで涙をぬぐうと、そのまま鼻をかんで、うんうんと頷いていました。
お父様も深く深く頷いて居ます。

「ああ…こんな未来がルリとアキト君たちに来れば…。
 …いや、私達も協力して、この未来を引き寄せねば」

「ええ!もちろんです!」

お父様とお母様は見つめ合ってうなずき合いました。
僕たちが気づかない、何か大事なことに気が付いているようですね。
…僕たちも、いつかルリお姉様たちを支えることができるようになるのかなぁ。
またルリお姉様に会いたくなってしまいました。
でもルリお姉様たちはみんな火星を目指していってしまうそうで…。
心配です…。












〇地球・太平洋養生プラント・極東方面軍控室──ミスマル家運転手・元連合陸軍少佐
…私は一人、鼓膜と筋肉を酷使する状況に置かれてしまった。
ホシノアキトさんとユリカお嬢様の出演する…というか主演する映画の、
部外秘コピーテープを、翌日の会議開始までに全部見てしまおうということになり、
ウキウキ気分でせんべいなどを食べながら鑑賞したところ…。
一作目のラストシーンで激怒して大暴れしてしまっている。
この人は、相変わらず娘の事となると抑えが利かなんだな…。


「うおおおおおおおはなせえええええええ!!
 少佐ああああああああああああ!!!」



「お、おちついて下さい、提督!!
 続きが!続きがありますから!!」


「娘が自刃する映像を見せられて落ち着けるかああああああああ!!
 アクア社長を訴えてやるううううう!!!」



提督は創作物と現実の区別がついているタイプだが…。
ユリカお嬢様のことになると本当に見境がない。
しかも、それだけでなく自慢の義理の息子の力が及ばないため、という展開で怒りが抑えられないらしい。
アクアプロデューサーも意地が悪く、アキト君に合わせて感情移入しやすいように、
ミスマル提督まで呼び込んだが…娘を溺愛している提督の手前、
台本は全部渡さず、出演シーンのみの台本を渡したのだ。
このラストシーンを知られると協力してもらえないからだ。
…それでユリお嬢様のお願いで、
普段の軍務中は別のボディーガードがつくんだが、
テープを再生するときは付き添って抑えてほしいと頼まれてしまったんだ…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


提督は十五分ほど暴れたのち、ようやっと落ち着いて水を飲み始めた。
…もうちょっと高齢だったら血管が危なかったかもしれん。

「そ、そうだな…まだ二本もあるからな…挽回するだろう…」

しかし私はユリお嬢様に警告されていた。
二本目も、結構救いがない…。
しかもミスマルの読み違いの別世界のユリカお嬢様も死んでいて…。
アキト君もユリお嬢様もルリお嬢様も悪役、
最後によりにもよって本名のユリカお嬢様が行方不明に。
…当然、提督はまたはじけてしまった。


「うおおおおおおおユリカぁ~~~~~~~!
 どこへ行ったのだユリカぁあ~~~~~~~~!」



「そのへんの部分は一緒に撮影したんでしょう、提督!?」


……この人、映画を見るセンスがないのかどうなのか。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


かろうじて説得を続けて、何とか三本目の鑑賞に至った。
三本目の映画は、ユリカお嬢様をめぐる話の終着点であり、
そしてユリカお嬢様が好意を抱くテンカワ君が戦い抜いてユリカお嬢様を取り戻す。
これについて提督は嫌そうな顔をするかと思ったが、意外にも飲み込めているようだった。
もっとも、現実でもここまで強くなるのを要求している気もするが…。

…そして全部見終わって、滝のような涙を流した。

「そうかぁ…そうだったのか…。
 すべてはこの時のために…悲しみを乗り越えてついに…。
 世界を超えても、死別しても……愛は永遠に潰えぬ…!
 これが伝えたかったのか…!」


先ほどまでのお嬢様たちの扱いに対する怒りから一転して、絶賛になった。
私はこの変化をもたらすほどの大どんでん返しに呆気にとられた。
四人のお嬢様たちの絆を表すラストシーン…。
これは提督にとっては生涯忘れられない絵になっているだろう。
二人の『アキト』君も、強くなりながらも、誰かを殺すことではなく、
今を生きる人たちを生かすことを主眼に置いた戦い方を貫き続ける。
また、都合が良いとまで言えるレベルでの戦後の描き方…。
戦争で大切な人を失った人々の心に、これほど響く戦後の姿はないだろう。
……これは下手すると、世間の戦争に対する態度まで変えかねないのでは?
…すごい映画だな。色々と。

「……日本に帰ったら、アクアプロデューサーに直接礼をいいに行こう。
 素晴らしい映画をありがとうと…帰ったらまた妻と見るぞ」

「…ではお手伝いさんにお願いして、
 仏壇の部屋にテレビとビデオデッキを移動するように伝えましょう」

「すまんな」

…いえ、それより暴れてたのことを謝ってほしいです、提督…。





















〇地球・佐世保・PMCマルス本社・アキトとユリの部屋──ホシノアキト
…俺とユリちゃんは深夜になって、
ようやく試写会に続くインタビュー攻めから解放された。

ま、また大切なものを一つ失ったような気がするが、気にしないことにした…。

あの頃のすべてを失った経験に比べれば、何でもかすり傷だよ…。
…それに俺の人生と主義主張をゆがめることなく乗せた映画だ。
アクアもクリス監督も、ゆがめずに見事に映画として仕上げてくれた。
エンディングも、理想論ではあるけど…救いがあっていい。
この映画くらいでは何も変わらないだろうし。
…ついでにユリカ義姉さんとテンカワの関係も前進したようだし、な。

「まさかこの時期のテンカワさんとユリカさんが外泊までするなんて…」

「うん…。
 ユリカねえ…いやユリカもお嬢様なだけに、
 その辺は結構硬いところがあったのに…」

俺とユリちゃんは二人が相談された計画通りブラックサレナに乗って降り立ち、
そのあとそそくさと外出していくのを目撃したと、さつきちゃんから報告を受けた。
そしてそれからまだこのPMCマルスには戻ってない。
ブラックサレナがここにあるということはナデシコにも戻ってないわけだから…。
当然、外泊していると考えるべきだろう。

二人の性格を考えると、この展開は意外過ぎた。
せいぜいテンカワが外で二人っきりになった後キスして終わりかとおもったのに。

「あ…メールが届きました。
 …映画の事もあって、何もせずに後悔したくなかったそうです。
 ちゃんと最後まで…行きつけたと…」

「!!
 そ、そっか…!」

俺は頬に熱い涙が伝うのを感じた。
映画に触発されて、二人が急に動くなんて思いもしなかった。
あの時、俺が出来なかったことを、テンカワはついに自分の意志で成し遂げた。
しかもナデシコに乗る前に…もう大丈夫だ、あの二人は…!

「良かった…良かった…」

「…アキトさん」

ユリちゃんは俺を抱きしめてくれた。
…ある意味じゃ、完全に失恋したようなもんだからな。
こんなこと、バレバレだ。
ユリちゃんに対して失礼すぎることを考えている…。
でもユリちゃんは、そんなだらしない俺を…支えてくれて、愛してくれてる…。

「まだ全ての決着はついてないけど…。
 二人が結ばれる未来はもう揺るがないよ…きっと…」

「ええ…」

ユリちゃんはそっと指で俺の涙をぬぐうと小さくキスをしてくれた。

「……アキトさん、私が支えますから…」

「…うん」

ユリちゃんは『ユリカの分まで』という言葉を飲み込んで誓ってくれた。
ユリちゃんは俺をさらに強く抱きしめて、俺も強く強く抱きしめ返して…。
お互いの距離がさらに近づいて来た…。


「ユリちゃん…」

「アキトさん…」


ぴぴっ!


『ちょーーーーーっと待った!
 今日はもう遅いからエッチしちゃダメ!
 私が寝不足になるでしょ!バカ!』


ぴ…。



俺とユリちゃんの唇がもう一度触れようとしたとき、
寝ぼけ半分のまぶたのまま、ラピスがコミュニケで警告を入れてきた。
ラピスはインタビューが終わって、夜遅くなってしまったので先に寝ていたんだが…。
……俺とユリちゃんがそういう雰囲気になるのを確認して、怒って止めに入ったんだな。
ラピスは眠っている間、俺の視界と聴覚を傍受できてしまううえに…遮断もできない。
だから夜遅くに、ユリちゃんとイチャつくのを禁止されている。
今日はうっかりそれを忘れて雰囲気に流されてしまった。
怒られて当然だ…。

…俺とユリちゃんは顔を見合わせて、しゅんとした。

「…不自由ですね、私達」

「…イネスさんが見つかったら、直してもらおうか…」

ラピスとのリンクが半端に残っている以上…。
このあたりはナノマシンの施術を行ったイネスさんに頼むしかない。
しかし俺たちはまったく別の身体を手に入れたってのに、なんで半端にリンクが残ってるんだ?
これも何か理由があるんだろうけど…。

「ラピスが眠れても、わ、私達が眠れなくなっちゃいますよ…」

「…お茶でも飲もうか」

俺たちは三十分ほど一緒に時間を過ごしたのち…。
明日の今年最後の仕事に向けて、しっかりと眠った…。
……明日も朝早い。
午前はPMCマルスの大掃除で、
午後からは芸能活動もやりにいかないといけない。
今年最後の芸能活動が、本当に最後の芸能活動になるといいんだけど…。
火星に行っている間になんとかなってほしい。
けど…ここまで起こったことを考えると、それも無理だってわかる…。

……俺自身は評価が高くないんだけど、
祭り上げられてんだよね。芸能人として。

明後日くらいは、ユリちゃんとゆっくりすごして…。
その後はミスマル家への帰省を…。
生まれて初めて帰省というものを体験することになるわけで…。

……火星につくまでにやることも山積みだし、ここくらいはしっかり休みたいな。

「戦いが終わったら…小さな町食堂で一生を終えたいよ…ホント…」

「…完全に町食堂にシフトは無理なんじゃないですか、さすがに…」


い、いや、まだあきらめてないぞ!
俺は!















〇地球・佐世保市・回転ずし屋──ラピス
今日のPMCマルスのお仕事は半ドンで、会社内の大掃除をした。
忘年会でもやろうかって話になったんだけど、
アキトが今年最後の芸能界の仕事で出てったもんだから保留。
で…私とルリはまたもや急襲したピースランドのご家族一行と遊びに出てる。
ピースランドのルリの家族も、ルリが地球から出てナデシコに乗るかもしれないし、
年末に帰省するのも厳しいっていうんで逆に遊びに来てくれたみたい。
ピースランドも年末は書き入れ時で忙しいと思うけど…それでも無理を推してきてくれた。

護衛はめちゃくちゃついてるけど、
プレミア国王は以前ルリとした約束のために来てくれたんだって。
『ピースランド国王のプレミアではなく、ルリの父として遊びに来る』
という約束を果たすために、ルリの生活レベルに合わせてその辺の安い服専門店に入って、
日本の年相応の普段着を整えてルリと遊びに出ることになったの。
…でも。

「うむ…回転ずしのシステム刷新が意外に早いんだな、日本は。
 うちも変えるか」

「あなた、仕事のことを考えるのを止めなさい」

プレミア国王はちょっと仕事人間すぎるところがあるから、息抜きが下手みたい。
私も普段からアキトを観察して仕事に生かそうとしたりするから気になっちゃうのは分かるけどね。

「へー、意外においしい」

「バリエーションが豊かで、注文操作はあるけど、
 作法がないからコース料理ほどめんどくさくないね」

王子たちもえらくご機嫌だね。
子供相手なら回転ずしが一番いいと思って連れてきたのが正解だったね。

「ルリ、つぎ、何頼む?」

「そうですね…ええっと」

私とルリは回転ずしレーンの前に陣取った。
一応、もてなす側だし、私達が一番食べるし。

「…お、おい、お姫様達、まだ食べるのか?」

「二人とも、各々四十皿を超えたぞ…」

護衛の人たちが驚いてる…ほっといてよ、体質のせいなんだから。
ちなみにこの回転ずし屋さんは護衛がしづらくなるということで、時間で貸し切りにしてもらった。
…ルリと私、本当に普通の生活がしづらいから。はぁ。

「ラピスお姉さま、オススメあります?」

「んー。
 いくらでも食べとく?」

…この子、ずいぶん懐いてくれたけど、ちょっと大変だね。
ユリはハーリーを持て余すところがあったって言ってたけど…。
…ちょっとだけ気持ちが分かったね。
あ、でも世間知らずなテンカワ相手にしてる時とそんなに変わんないかな。
アキトの方が大人しくて扱いやすいから。













〇地球・日本海上空・ナデシコ──ジュン
はぁ…ユリカ。
君の事はあきらめてたつもりだったけど…昨日の夕方に、本当の決着がついてしまった気がした。
テンカワみたいな不器用な奴だったら、もしかしたら…と思ってたんだけど。
あのテンカワが無理矢理にでもとユリカを連れて逃避行気味に出ていくなんてね。

「艦長ってば、ほけっとしてると思ったら急展開よね」

「あの映画で思うところがあったんじゃないですか?
 私もいい映画とは思いますけど…。
 あの二人には、特に艦長には他人事に思えなかったはずです。
 アオイさんもそう思いません?」

「うん、ああ…そうだね…」

僕は小さく首を振ると、顔を引っぱたいて気持ちを整えた。
僕はメグミちゃんとそれなりに付き合えてる。
不満なんて全然、ないさ…。

で…。

「やるなムネタケ」

「ありがとうございます…でも…もう少し…ほんのもう少し足りないんです…」

僕の後ろで、ムネタケ副提督とフクベ提督は例のシミュレーションゲームで対戦している。
連合軍に貸し出される予定のユーチャリスを、ムネタケ副提督が艦長になるための条件がある。
ユリカに一回でもこのシミュレーションゲームで勝利する事だ。
僕やユリさん、フクベ提督を相手に、ムネタケ副提督は猛特訓を続けていた。
実際、ムネタケ副提督はフクベ提督相手にはほとんど敵わないものの、
僕やユリさんはもう負け越し続けている。
経験や元々の素質の差があるんだろうとも思うけど…。
それでも、ここまでの200戦、すべての試合でユリカはムネタケ副提督に勝っている。
連合軍学校時代も、教官相手にすら圧勝し続けたユリカの実力は、桁違いだ。
フクベ提督ですらも、かろうじて勝てるものの負け越すくらいなんだ。
ミスマル提督でも勝てないかもしれない…ムネタケ参謀も、ひょっとすると…。
ムネタケ副提督は今までチャンスに恵まれず、
ユーチャリスの艦長の席に相当の執念を燃やしてるそうだけど…。

それに見合うだけの人望も実力もすでにあると僕は思う。
ムネタケ副提督は意外にPMCマルス内部での人気が高い。
頼れる身近な上司として慕われている。
ブーステッドマン達、サイボーグとの戦いでも命を懸けて戦い抜こうとしたことも一因らしい。

…ユーチャリスに乗っていた時の副提督は、どこか焦燥感に満たされてて、荒れていた。
火星の敗北でもかろうじて生き残った副提督が、心身共に失調を来していたのは違いない。
あのブリッジ占拠を模した訓練も…演技には思えなかったけど…。

いや、何かきっかけがあったんだろう。
この人が、ありったけの時間をすべて、
このシミュレーションゲームにぶつけ、
ライブラリの資料を読み漁り、階級もプライドもなにも投げ捨てて、
まるで僕たち新兵のように頑張っている姿は…。

決してユーチャリスという誰もが欲しがる絶対の力を得るためではなく、
自分の道を見つけたような、そんな一生懸命さを感じて…。
人の目をひきつけるものがあるな、って思ったんだ。

…僕がそんな風に評価するのも失礼なことなんだけどね。


ぴぴっ!



『ジュンくーん!ごめんね、遅くなって!』

「…いいよ、別に。
 おかえり、ユリカ、テンカワ」

僕がそんなことを考えていると、ユリカが帰ってきた。
やたらうれしそうなユリカの表情を見て…僕がこの笑顔にしてあげられる可能性はないな、
と悲しいくらい感じてしまった。
いや、この際、それは二の次でいい…。

…今日が最終日なんだ。
ムネタケ副提督がユーチャリスの艦長に就任するためにユリカと勝負できる日は…。
今日がナデシコの今年最後の出撃日…。
明日から大晦日までの間、火星に向かう前に、
ナデシコクルーは一時的に帰省することが許可されている。
逆に言うと今日勝てないということは、ユリカがナデシコで火星に向かってしまうので、
ムネタケ副提督には次のチャンスがない。
ゲームオーバーということだ。

そうなった場合は現在連合軍に貸し出されているユーチャリスの暫定元艦長、サンシキ提督が続投。
ムネタケ副提督は、ユーチャリスへの乗船権利すら失う。
ムネタケ副提督が艦長に就任できれば、サンシキ提督は副艦長でサポートすることになるそうだけど。

……ムネタケ副提督は、焦りの中、今日の出撃が終わるまでの間、
ユリカに勝つ方法を考え出さなければいけないわけだね。

ムネタケ副提督が不適格とはとても思えないし…。
ユリカも手加減してあげればいいのに、と思うけど…。

…ムネタケ副提督、最近は穏やかだけど本当はプライド高い人だから、
手加減されたと気づいたら傷ついてしまうんだろうな…。

「…諦めないわよ、絶対に」


















〇地球・佐世保・ゲームセンター──ルリ
私は普段どんな遊びをしているのかを父と母に問われて…。
…ビデオゲームくらいしか趣味のない私は、ちょっと戸惑いながらも素直に話しました。
女の子らしくないから、ちょっと引かれそうで嫌だったんですけど。
でも、そこはさすがにピースランドというエンターテイメント国の王様、
遊びに関しての目もすごいので、父はむしろ関心すらしてくれたようです。


ばきっ!


『YOU WIN!』



「ぐあぁっ!
 お姫様の方が一枚上手かぁ~。
 対戦ありがとう」

「どうも」

「「「ルリお姉様、すごーい!」」」

対戦相手が、終わり際にあいさつに来てくれました。
普通はこう言うことをしないんですが…。
なんていうか、私が物珍しくて対戦したがる人がめちゃくちゃいます。
で、全員ぶちのめしてます。
私はビデオゲームの対戦台に座って、すでに20連勝です。
元々頭の回転を速めるように調整されているマシンチャイルドの私は、
こと、こういうことに関しては強いです。
もちろん、身体の反射神経は人並みですけど。
ゲーム・スポーツが公式的にスポーツ化される未来があったとしたら、
ナノマシン調整と遺伝子操作をされている私は、
真っ先にドーピングに引っ掛かる自信があります。マジで。

「でもルリ、アキトは使わないの?」

「いわゆる波動昇龍タイプで、つまんないんです」

「…それアキトに言っちゃダメだよ、結構傷つくんだから」

…私が調整したわけじゃないんでそう言われても困ります。
このゲームはあるゲーム会社が作ってる元々の大ヒット格闘ゲームのエンジンを流用し、
元の格闘ゲームのキャラと話題のアニメキャラをクロスオーバーで登場させる特別企画もののゲームです。
そして、あまりに大ヒットした『世紀末の魔術師』のヒットのためコラボレーションが組まれ、
アキト兄さんは実写でアニメですらないのに、
『ミレニアム・マジシャン』という名前で登場することになりました。
さらにライバル役として、この間のテレビ特番で出てきたDさんとカエンさんまで出演してます。
二人はあの戦いで特に目立ったので。
この三キャラが急遽、追加キャラとして入ってました。
ゲームメーカーの人たちは残業に残業を重ねてごくろーさんです。

ちなみに私の持ちキャラはDさんです。
大柄で、動きが鈍い代わりに、その攻撃力防御力は随一、
一度間合いに入ったら問答無用で対戦相手を蹂躙できる、パワー投げキャラです。
アキト兄さん…『ミレニアム・マジシャン』とは相性が悪く…。
そうでなくてもどんな相手でもテクニカルさを要求される、ゲームが面白くなるキャラなんです。
それでもかろうじて絶対に手も足も出ないほどは弱くない、そんな絶妙なキャラです。

このゲームセンターも例によって、護衛の人がいっぱいいます。
今回は私たちが貸し切りにするのもちょっとむりなので、
ゲームセンターに入る人すべてに全員にボディチェックをお願いして、
代わりにゲームの方はすべてフリープレイにしてもらうように計らいました。

…な、なんか派手な遊び方で調子が狂うんですけどね。


びーっ!


「だから何をどうやっても金属探知には引っかかっちゃうの!
 体の中に金属が入ってるんだから!
 いいから入れてよ!」



「いや、しかし…」

入り口でボディチェック要因の人と押し問答している女性が見えます。
…あれ?確か彼女は…。

「…エルじゃない。
 何?私を殺しにきたの?」

ラピスはのしのしと入り口に近づくと、
不機嫌そうに女性に話しかけました。

…思い出しました。
彼女はラピスに爆弾のついた首輪をつけた…エルというブーステッドマンですね。

「バカ言わないでよ。
 ここはゲーセンなんだからゲームしに来たに決まってるでしょ」

「ああ、ここはエルのお気に入りなんだ」

ぬっと大男の…Dさんも現れました。
…自分の使用キャラが目の前に出てくるのは変な感じがしますね。

「……ラピス、目当てはこのゲームみたいですね。
 入れてあげたらどうです?」

「でも…」

「いいです、私がぶっ飛ばします。
 ラピスが危険にさらされた分は私がやり返してやります」

「…おっけ」

ラピスは私がリベンジすると聞くと、
ピクリと眉を動かしてボディチェック要員の人をどかせて、
さらに対戦台の前に待ってた人をどかせて、エルさんと私の対戦をセットしてくれました。
エルさんは無言で、席に座り、私に乱入して、キャラは私と同じくDさんを選びました。

…どうやらエルさんはDさんに好意を持ってて、
このゲームに出ると知って始めたクチのようですね。

ラピスがアキト兄さんを使わないのかと言ったように、
現実の好きを合わせるタイプなんでしょう。

私はゲームそのものが面白くなる方に労力をかけたいので、タイプが違うんですけど。

「お嬢ちゃんだって手加減しないわよ」

「望むところです」

ゲームという遊び…競技には年齢は関係ありません。
若い方が身体能力的には有利になりやすいですが…。
あの戦いで、抜け目ないラピスの端末を一瞬で奪うことができたエルさん…。
私とは違って、身体能力を機械的に上げてるタイプの改造を施されていると推測されますが…。
彼女の能力はいまだ不明です。
アキト兄さんによるとあの巧妙なトラップを仕掛けたのは彼女かもしれないということでしたが、
それ以上の情報が全くありません。
手先が器用なのかもしれませんが…。
ラピスのことを考えると負けられませんね。
今後のスケジュールを考えると再戦も恐らくできないでしょうし。

「お姉さま…」

「負けたら承知しないよ、ルリ」

「任せて下さい。
 ぶっ飛ばしてやります」
 
 
 










〇地球・アフリカ方面上空・ナデシコ・ブリッジ──ムネタケ
ちっ…気が抜けないわね…。
ミスマルユリカ艦長との最終戦…もう後がないわ。
崖っぷちってやつよ…。
今回は運よく互角以上の戦いに持ってこれたわ…。
そう…運が良かっただけ。
艦長の癖を観察しまくって、戦術の勉強を一からやり直して重ねた技術で推測を立てて、
裏をかく…二分の一の賭けを連続で十回当てるくらいの低確率の賭けに、ここまではすべて勝ってきた。
それでも戦力はわずかにこちらが有利なだけ。
このゲームは本来、『ラインハルトの野望』なんだけど、
ラピスラズリのカスタマイズによる…ハックロムというそうだけど、
違法だけど、現行の戦艦に置き換えて、分かりやすいように変えてある。
このゲーム自体がすでに著作権フリーのゲームになってるからいいんだけどね。

で、状況だけど…。
グラビティブラスト搭載艦が一隻、ビームの搭載艦が一隻だけ…。
艦長の持ちコマはグラビティブラスト搭載艦一隻だけ。
ただし、艦載機は艦長の方が多くエステバリス10機、戦闘機20機。
こちらはエステバリス隊が5機のみ。
グラビティブラストは…撃った方が不利になるわね。
発射直後のフィールド展開の強度が弱まる一瞬に、艦載機が生きていたらアウト。

「副提督、ターンをお返しします」

…艦長は戻ってからずっと浮かれた顔をしていたけど、頭はいつも通り冴えてる。
それどころか機嫌が良くて調子がいいみたいね。
昨日勝てなかったのが悔やまれるわ…。
テンカワとの仲をからかって動揺を誘うのも手かと思ったけど…。
実力で負けてるからって駆け引きでもないような形で出すのは卑怯すぎるわね。
少なくとも模擬戦でやっていい事じゃないし…単純にセクハラだわ。
私がターンを返されると、艦長の方の戦力が少し動いた。

…!

「ユリカが正面を取った!」

艦長は私のグラビティブラスト搭載艦の真ん前に、
自軍のグラビティブラスト搭載艦を配置した。

…膠着状態を作るつもり?

いえ、この状況だと…私が上に居るわけだから、
上からグラビティブラストを打ちおろした場合、
重力の乱気流に巻き込まれて、重力に引かれて地面にたたきつけられるわ。
こちらが先手を打てば勝てるわけで…。
しかも同時にグラビティブラストを発射しても結果は同じ。

私に同情して勝ちを譲るつもり?…いえ、これは!?

「…なるほどね」

艦長の意図したことが分かったわ。
普段の艦長だったら絶対にしない行動…私を試しているわけね。

「…フクベ提督、この状況は」

「艦長も本当に追い込まれているようだ。
 こんな手を使うとは…」

「ええ?
 どういうことぉ?」

「この位置取りが、なにか…!
 艦長の船、街を背負ってます!」

そう、艦長は私の方の艦のグラビティブラストの射程に…街を収めていた。
多少射角を変えたところで、結果は変わらない。
……撃っていいはずよ、サダアキ。

そう、これはたかがゲーム。
勝てば、ユーチャリスを…手に入れることが出来るというだけのゲーム…。
勝たなければ、私のお先真っ暗なところだけは…現実と同じだけど…。

でも…。

「どうします、副提督」

「…決まってるじゃない」

……私の結論は、とっくに決まっていた。

「…私の負けよ、艦長」

「ムネタケ副提督!?」

アオイ副長は驚いて私を見たけど…こんなことは最初から決まっていた。
ゲームだと割り切って撃ってしまうことはもちろんできるけど…。
私はあの火星の戦い以降、民間人を撃つなんて考えたくもなかった。
地球に戻るまでのフクベ提督の沈痛な面持ちを思い返した。
精神を病んでユーチャリスを奪おうとした時でさえ、
ブラスターのセーフティを外すどころか、
エネルギーパックすら空にしてハッタリで押し切ろうとしていた。
…撃てない。撃ってはいけないのよ。
シミュレーションゲームだとしても。
それに…。

「…これは、確かにゲームよ。
 でもね。
 実際にこうなったら私は降参するしかないの。
 しかもこの状況を招いたのは私なのよ。
 …この状況で、仮に投降を受け入れられて、全員無事に済んだとしても、負けは負け。
 手柄を受ける権利があるのは、負けた時に責任を問われても受け入れる者だけよ。
 
 艦長に勝つことだけを考えて、勝てるかもと浮かれて追い込んだ結果、
 敵の船がどこに向かっているかも見抜けず、最後の最後で罠にはまって…。
 マヌケな状況に気づいて、手を上げることしかできないわけよ。
 
 …そんな男には、地球で一、二を争う艦を預かる資格なんてないわ」

「しかし!それでは…!」

「…いいのよ、副長」

アオイ副長は私を案じてくれている。
…意外に私を買ってくれてるみたいで、嬉しいわ。
それだけでもここまで頑張った甲斐があるってもんだわ…。

「いえ、私の負けです、副提督」

私が顔を上げると、艦長は困ったように笑顔で頬を掻いていた。

「本当は私がここで投了しないといけないんです。
 ムネタケ副提督がグラビティブラストを撃たなかった時点で、私の負けです。
 確かにゲームのルールにはそう書いてはありませんけど、
 …仮にここで副提督がグラビティブラストを撃っていたとしても、
 逆に提督が敗北になるんです」
 
「え…?」

艦長の言い分に私は首を傾げた。
どう考えてもこの場は私の敗北としか表現のしようがないけど…。

「ゲームとおっしゃいましたよね、提督。
 ゲームだからこそ、現実に起こりえることを…。
 教訓として示せるように作られているんです。
 では、ちょっと状況をセーブして…両方をチェックしてみましょうか」

艦長はコントローラを操作すると、モニターにSAVEの表示が出た。

「まず、私がグラビティブラストで提督の戦力を吹き飛ばした場合です」

艦長の軍のグラビティブラスト搭載艦が、私の戦力をすべて消し飛ばした。
…しかし、その直後民間人を盾にした艦長の軍の行動が批難され、
司令官が裁かれてゲームオーバーになる姿が映し出された。

「私達も教育された通り、
 当たり前のことではあるんですけど敵味方問わず、
 民間人を盾にした時点で軍人失格です。
 
 しかも、この場合は無防備に戦闘の様子を民間人が目撃しています。
 もちろん、軍に通報されればアウトです。
 録画している人は一人や二人いますから」

…そ、それはそうだけど。
このゲーム、そういうところまでシミュレーションするわけ…。
まっとうに戦ってるとこういう状況にならないもんだから、この仕様には気が付かなかったわ…。

「つまり、私が攻撃をした時点で、私がゲームオーバー、
 ゲーム的にも敗北します」

「…じゃあ、私が撃った場合は?」

「この通りです」

艦長が状況をロードし直すと、今度は私のコントローラを使って、
私の軍のグラビティブラストを発射した。
…すると、今度は味方の残ったもう一隻の艦に記録を取られ、通報され、
司令官が民間人虐殺の罪により逮捕され…。
しかも裁判にかけられる前に、暴徒と化した民衆に私刑にかけられ惨殺された…。

……そりゃそうよね。
敵を倒すためと言って、グラビティブラストほどの威力で街一つを消滅させたら。
国際問題になるどころじゃないわ、そんなのは…。
正義もクソもない狂人よ、それじゃ。
抵抗もできない民間人を撃ったら…ただの虐殺なんだから…。

「だから撃たなかったムネタケ副提督が正しいんです。
 副提督はおっしゃいましたよね?
 
 この状況を招いたのはご自分だと。
 手柄を受ける権利があるのは、負けた時に責任を問われても受け入れる者だけと。
 
 私も同じ立場だったんです。

 こういう状況を自分で作って、どっちに転んでも地獄落ちになる…。
 そんな状況を作った責任を負うべきだったんです。
 
 私が投了するしか、穏便に済ませる方法はなかったんです」

「…そんな」

…追い込む前に倒しきれなかったのが原因とも思うけど。
完全勝利しないといけない、というのはうぬぼれもいいところではあるとも思うけど…。

「…こんな状況に追い込むのが正しかったなんて、
 認めるわけにはいかないわ」

「いえ…提督。
 私、正直に言うと今回はもう完全に完封されてたんです。
 だから逃げの一手を打ちながら、状況を整えて、
 あえて最低の策を取って、ムネタケ副提督が撃ってくれるのを期待していたんです。
 私、意地悪ですよね?」

「……意地悪じゃなくて、
 あんたおっそろしいわよ、艦長。
 ゲームとは言え、追い込まれたらそこまでやるなんて」

艦長はシミュレーターでの今までの戦歴からは…戦術の天才といって差し支えない。
判断力、決断までの速さ、戦術の引き出しの多さ、思い切りの良さ…。
すべてが天才的で、悔しがるのさえも馬鹿らしいレベルを持っている。
私が勝てたのはまぐれあたりもいいところで…。
200戦以上の戦いで艦長の癖を知り尽くしてようやく勝てた。
そのうえで、完封されたとしても、さらに覆す方法を思いついているなんて、
本当に敵わないわ…。

「えへへ、ごめんなさいっ。
 あんな追い込まれ方したのは初めてで、これしかないって思ったんです」

「でも…ありがと、艦長」

こんな決着、とても胸を張れないけど…。
でも、まあ…悪くもないわ。

「…よくやったぞムネタケ。
 この短期間によくここまで仕上げた」

「提督…」

「ムネタケ副提督、ユーチャリスと、アキト君の仲間を…。
 そして地球をお願いします!」

「おめでとー副提督」

「「おめでとうございます!」」

……全く、長かったわよ、ここまで。
いえ、ここがゴールじゃないわ。ここがスタート。
まだ通院してる身だし…出来ることをまだ続けていかないとね。
しかも…ユーチャリスに乗り込むのは連合軍の乗組員ではなく、
若い女子だらけのPMCマルスのユーチャリススタッフ……私に扱いきれるかしら…。

……い、胃薬が必要かもしれないわね。



















〇地球・佐世保・ゲームセンター──プレミア国王
……私は呆気に取られていた。
ルリとエルという女性…サイボーグの対戦は圧巻だった。
私は世代的に対戦格闘ビデオゲームというのはあまり経験がないわけだが…。
ビデオゲーム自体は私もやり込んだことがあるので二人のやり取りのすごさは分かる。
手の動きが尋常じゃない。
複雑なコマンドを入力しながらボタンをすさまじい速度でたたく…。
ここまでの対戦では全く見られなかった、超高速の人間離れした戦いが起こっていた。
すでに三本先取の勝負で、お互いに二勝している。
この試合が最後だ。

「ルリ、押されてるよ!」

「ちぃっ、ちょっと黙って下さい!
 もうこっちは手がつりそうなんです!」

すでに20回にも及ぶ対戦で、ルリのちいさな体に限界が近づいていた。
ただでさえゲーム筐体というのは成人男性が遊ぶにふさわしい大きさだというのに、
小柄なルリでは操作が難しい。
それだけではなく、使っている…現実に目の前にいるD…というキャラクターは、
レバーを一回転、ないし二回転させるコマンドの必殺技を持っている。
ルリはかなり工夫して最低限の動きでそれを成立させているが、
これをかなりの高頻度で出すことで優位に立てるキャラだけに、
ルリの体力の消耗は著しかった。

「そろそろ終わりにしてあげるわ!」

エルの叫びに、ルリの身体がこわばった。
現在はエルの方のキャラの体力の方が上回っている。
Dの持つ必殺技、『ヘビーメタル・クラッシュ』は間合いの広い投げ技で、
体力のうち三割以上を一度に奪うほどの威力がある。
ルリの残り体力は二割、エルの残り体力は五割。
つまり、ルリは一度でもこの技を受ければ負ける。
しかし、ルリが勝とうとした場合は二度、この技を決める必要がある。
もしくは体力の六割を奪う超必殺技『ヘビー・D・エンド』を繰り出すしかない。
ただし、この超必殺技は当て身投げ…敵の打撃技を一度受ける必要がある。
が、その場合、投げ攻撃に対しては無防備になるため、
投げを出されるかどうかの二分の一の賭けになってしまう。
エルの方もそんなことは承知の上だ。
しかも操作が複雑なので、不意に出すのが難しい技だ…。

だが、エルは体力分だけの余裕がある。
一度投げられてもチャンスがある上に、多少強引に突っ込んで動揺を誘う手も使える。

…どうするんだ、ルリ。

この状況では、勝ち目など…。


ぐわっ!


「エルが飛び込んだ!?」



…!
多少強引に突っ込んで動揺を誘う手を取ったか!


ガッ!



ルリは落ち着いて対空迎撃の技を使って、落とした。
だが、その直後、焦って近づいて、逆に足払いで転ばされた!
残りの体力は一割を切った!

も、もう駄目だ!

「くっ…!」

この状況の優位さを覆す方法は、ほぼない。
先ほどまでのルリの戦いぶりを見ていれば、絶望的な状況とよくわかる。
エルが二回目の飛び込みを行って来たのを見て、目を背けそうになった…。
だが、その時、ルリは…!


「あきらめない!」


ガッ!


当て身の超必殺を選んだ!
この土壇場でなんとか複雑なコマンドをクリアした!
不意を突こうとしたエルの再度の飛び込み攻撃が災いして、
ルリの技が決まった!

「しまっ…!」

「…勝ちました」


『砕けろォッ!!』


ドゴォッ!!



直後、エルの操作するDが、ルリの操作するDに投げられて宙に舞うと、
KOの表記が画面いっぱいに出て、ルリの勝利を宣言した。

「ああっ!!もうっ!!」

「大人げないですよ」

「ルリの勝ちー!ざーまーみろっ!」

「…ラピスも大人げないですよ」

「子供だもん」

「「「「「ルリお姉様やっぱりすごーい!!」」」」」

「あらあら、ルリって意外とおてんばなところがあるのね」

……やれやれ、ちょっとした波乱だったが、何とか決着がついたようだ。

「もう一回よ!」

「ごめんなさい、今日は勝ち逃げさせてください。
 …家族と過ごせる時間は、もうしばらくありませんから」

ルリは一礼すると、私達と合流して店から出るために、
おしぼりで手をふき、身支度をし始めた。
…まだエルという女性はいら立っているようだな。

「あー腹立つっ。
 捨てゲーまでして勝ち逃げするなんて」

「荒れるな、エル」

「だぁって…Dが負けたの私のせいなんだから…」

「あっちも俺だろう。
 …まあ、同じ人間が二人いるなんてのはありえないことだ。
 ゲームだからあり得るだけの事なんだ。
 あと、あの映画くらいだな」

「ネタバレしちゃだめよ、D。
 映画の内容はオフレコなんだから」

……なんというか奇妙なものだな。
映画と似たような状況のような…。
…とはいえ別に感傷に浸るような出会いでもないのだが。

…それから私達はPMCマルスに戻り、
ユーチャリス訓練施設でしばらく王子たちと戦闘シミュレーターでごっこ遊びをしたのち…。
私達は別れを惜しんで…帰っていった。
地球から出る前にはもう一度、連絡くらいはしようと約束をして…。

別れ際…もしもルリが火星で消息を絶つような事があれば…。
私はすべてを投げ売ってでも、ルリを探しに向かおうと言ったが…。
王様がそんなことを言ったら国の人たちが困ります、となだめられてしまった。

…情けないことだがうなずくしかなかった。

だから私はルリに誓った。
仮に消息が絶たれてしまったとしても…。
絶対に諦めず、何年でも待つし、取れる手段をすべて講ずると。

ルリも、帰れなくなるかもしれないけどその時も最後まであきらめないと誓ってくれた。

そして私達は別れ…。
ルリはユリカさんを待って、合流してもう一つの家、ミスマル家に向かうと告げた。

……無事に帰ってきてくれ、我が愛娘よ…。


















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は映画の公開を目前にわちゃわちゃしつつ、
ムネタケがゲーム対決するそばで、ハイスコアガール・ルリ!
このあたりの設定は、ルリがピースランドで立ち回るころから考えてたネタでした。
えらく時間かかったぁ…私は格ゲー世代だもので。
そして本来ありそうなクリスマスイベントはキャンセルです(とっときたいのもある)。
映画撮影でそれどころじゃなかったんだろうなぁ。
次回、総集編、兼、年末の一時です。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!









〇代理人様への返信
>うん、本当にあんまりメイキングじゃないなw
あんまり映画撮影に詳しくないのもさることながら、
話にしたい内容がこの感じに偏ってるのがなんとも…。
まあ、二次創作は書きたいように書くということで一つ。



>まあアキトがろくでもない奴だとわかればおk(ぉ
どこをどうやってもろくでもないのはぬぐえない!
ろくでなしブルース!(違う




>>「アーパーな映画に決まってんでしょ」
>(爆笑)
>うん、本当にそりゃそうだwwww
処女作からそんなことをしようとしたら自分のキャラが丸出しになるのが創作。
アクアは自分を主人公にした漫画を少女漫画家に描かせようとした経歴どおり、
この辺のキャラは変わってないんでしょうね。
自分を主人公にしないようにしたり、
ちゃんと頭を下げたり骨を折って色々するあたりは成長してますけど、
肝心かなめの部分に関してはまったく流儀をかえないブレなさ。
人を巻き込む、超迷惑お嬢様。








>>俺には映画しかねぇんだ。
>>次につながる可能性があるなら道化にだってなってやる。
>がけっぷちだなあw
>いや本当に崖っぷちなんですけどねこの人たちw
時ナデではブーステッドマン達は崖っぷちというか崖から落ちた後からスタートなんで、
今回は多少でも報われて好きな人生が歩めたらどんなんかなぁ、って書いたらこうなってます。
とはいえ、黒アキトとも通ずるあの報われなさが持ち味だったんですが…。
まあアキト君はなんのかんのやり直しをできる人生を(我々二次創作者によって)歩まされるので、
たまにはブーステッドマン達もこういう風になってもいいんじゃないかと。
それでもどうやっても崖っぷちからスタートなあたりは、まあしょうがないんですが(鬼
















~次回予告~

ルリです。

もらわれっことして実家暮らし、そして研究所暮らしを続けてきたわけですが、
今度は新しい実家が二つ、ピースランドに続いて、今度はミスマル家に行くことになりました。
夏も帰省気味でしたが、今度はマジ帰省です。
ついに正式にミスマル家に入ることになり、
めでたくミスマル姓をいただけることになりました。
見た目ちょっとわかりづらいですけど、結構浮かれてます。
騒がしい生活が続いたので、もうそろそろゆっくりしたいです。ほんと。
…そういえば、私とラピス、どっちがナデシコに乗ることになるんでしょう。
ユーチャリスの事もあるから、どっちか地球に残らないといけないわけですけど…。

ま、私の個人的なことは一回置いといて。
なんか、次回は総集編みたいね。
このシリーズはすでにアニメ一年分の話数に加え、OVA一シリーズ分くらいの話数で、
なが~~~~くなが~~~~~~くなっちゃったからまたちょっとだけまとめるそうです。
え?
作者はBA-2さんの『世紀を越えて』のファンだから、長くなるのも当然だって?
……その割には、壊れ方が足らないんじゃない?
いや、壊れられても、困るんだけど。



つい筆が進むと夜更かししてしまいがちな作者が贈る、
武説草、アウトーーー(デデーーーン)な、ナデシコ二次創作、













『機動戦艦ナデシコD』
第五十一話:depend-頼りにする-



















をみんなで見よー。











































感想代理人プロフィール

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代理人の感想
うんまあ、娘溺愛してるお父さんがあんなもの見せられて心穏やかでいられるはずが無いと思うのw
わかってても来るわ・・・とはいうがあの暴れっぷりはなw
ミスマル提督のインパクトが強すぎて、その後の話が全然頭に入ってこなかったw



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