どうも、ルリです。
52話も続いたこの『機動戦艦ナデシコD』もようやくテレビ版の時系列に戻ってこれたわけね。
でも、私は知らされてないけど衝撃の事実が爆発しちゃったみたいね。
ま、いいんじゃない。
アキト兄さんとユリ姉さんは機嫌いいし。
映画がヒットしたら色々面倒なことになりそうだったけど、
私達はナデシコでしばらく逃亡できるし。
映画の影響なんて、四か月もあれば収束しちゃうんじゃない?
このまま火星に着いて、
「大勝利、希望の未来へレッツ・ゲキガイン」な感じで、
ハッピーエンドでいいんじゃない?

…とはいえ、アキト兄さんとユリ姉さんが未来から来たとなると、
なーんかまだ一波乱ありそうなもんだけど?

じゃ、早速行ってみよー。
これ小説だからオープニングかからないけどね。

















『機動戦艦ナデシコD』
第五十三話:『disappear-視界から消える-』






















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂──ナオ
俺はみんなが帰省する中、一人会社に残った。
親もいないし、ここで警備をしながら年を越して今までここにいる。
もうそろそろ休みの予定だった三が日が終わる。
明日にはみんな戻ってくるだろう。
ユーチャリスは月からさらに三日か四日かかるそうだし、
数日はみんなここでいつも通りの日々を過ごすことになるだろう。
ユーチャリス訓練施設のオモイカネダッシュもユーチャリスに載せ替えることになるしな。

にしても、こういう土地に根付いた生活も安心するな。
親父が死んでから根無し草の生活が長かったが、こういう生活もいいもんだ。
俺はせめて休暇気分だけでも味わいたくて、
酔い過ぎないように一日一杯だけ水割りのウイスキーを飲みながらテレビを眺めていた。
そういえばアキトの映画もやってたっけか…みんなが戻ったら見に行くか。
超満員で見にいけるか怪しいが、ユーチャリスが戻ってきたらラピスちゃんの護衛に就くからな…。
いや、ラピスちゃんのことだからコピーディスクくらいはもらってるはずだ。
後で貸してもらうか。

俺は水割りを飲み干すと、さらに炭酸水をそのままグラスに注いで一気に飲み干す。
そして自分の過去について考えた。

忘れていたあの研究所の生活、ぼんやり覚えている親父の悲しそうな優しい笑顔。
カエンたちが教えてくれた親父は、
研究中に後ろめたいことばかりをして、研究所を出て行ったようだが…。
その後、俺が成人したあたりで死んだ。
事故死だと思ってたが、研究所の連中に消されたのか…。
俺はその時用済みだったのか放っておいてもらえたけどな。

しかし、そうなるとアキトの過去はやはり謎が多すぎる。

ラピスちゃんもだな。
アキトがクローンというのであれば、さらにおかしいことが多い。
IFSの強化体質者として作られたとしたら、
殺人をしたことがない可能性が高まるのはあるにしてもだ。

だが前に考えた通り、あのアキトはどうやっても完成しない。
どんな訓練、どんな生き方をしてもああならない。

最初から戦闘用に作られていたら性格がもっと歪む。
技量もおかしい、あれは実戦なしでは得られないはずだ。
復讐を誓って強くなったとはいっても…訓練やシミュレーションじゃ無理だ、あのレベルは。
傷の少なさも気になる。どうやったって無理だ。

しかし、アキトが言っていた、戦後を迎えられたら話してくれる過去…。
それにはここまで知ることが出来た内容だけじゃない者があるようにも思う。
クローンってところまで教えてくれたんだから、
全部教えてくれたっていいもんだけどなぁ。

「ま…今じゃないってことか」

あいつが二重人格だからといっても飲み込める内容じゃない。
本人に一から説明してもらわないと理解もできないだろう。
俺もあいつもいつ死ぬか分からないが、信じて待ってやるしかないだろう。
さて…そろそろナデシコが月に到着するころか。
さすがに連合軍主体の戦いだから、テレビ放映もないだろうけどな。
結果くらいはニュースでやるだろう。
それ見たら寝るか。













〇地球・佐世保市・雪谷食堂

「サイゾウさん、配達行ってきまっス!」

「コケんなよ、テンカワのチャリなんだから」

サイゾウがピースランドから修行に来たコックの一人を見送ると、
ラストオーダーが過ぎたのでのれんをしまって片づけを始めた。

『えー、続きまして連合軍の今日の戦果です。
 各地ともに損耗著しいながらも、
 エステバリスの配備が進み、少しずつですが押し返しつつあります』

「ったく、トカゲさんもやめときゃいいのによぉ、
 性能が違うんだから」

「この辺は半年前から安全地帯なんだからそう言ってやるなよ」

「おめえらも暇だな、何回その話してんだ」

「へっへっへ、良い話題は何度でも話したくなるもんっすよ、
 親父さん」

サイゾウの言葉に、常連たちは愛想よく笑った。

「そういや、テンカワの奴は本格的にナデシコに乗るんですか?
 せっかく立ち直ったってのに」

「あいつも腕が伸び始めたところだが…。
 不器用で頭が固いから別のところに修行に出したんだよ。
 ま、パイロット兼業ってのも勉強にはなるだろうぜ。
 まだ若けぇし、不器用すぎるからな」

















〇宇宙・月軌道上・戦艦インパチェンス・ブリッジ──バール少将
……禍を転じて福と為す、という日本のことわざがあったか。
今の私にはその言葉がしっくりくる。
あの忌々しいホシノアキトの暗殺が失敗した時に、
私は暗殺を指示させた少佐のことをめぐって、
世間の怒りを回避するための避雷針に仕立てられ、ここに飛ばされたわけだが…。
膠着状態の続くこの月軌道上の戦いの最中で、死を覚悟しなければならなかったが、
ユーチャリスが来てくれたことで状況が一転した。

グラビティブラストという圧倒的な主砲は、
敵の弱々しいグラビティブラストを捻じ曲げ、一方的に攻撃が出来る。

ユーチャリスが来ただけで、膠着状態だった月攻略戦で優位に立てた。
この上、超ナデシコ級コスモスがユーチャリスと入れ替わりに配備される。
そうなればあと一ヶ月もしないうちに攻略は成功するだろう。

そしてその戦果は、すべて私がもらい受けることが出来る!

そうすれば地球内に戻って返り咲くことすらできる!
少佐の一件の疑いも、もうすぐ晴らすことが出来ると言われているしな…。
私が少佐をけしかけたのは事実だが、少佐を殺す命令はしていない。
始末してくれたのはクリムゾンの会長の配下の者だ。
クリムゾン会長と私の密約さえ気づかなければ絶対に気づかれることはない。
となれば足がつくこともありえない。
すべてが私にとって都合の良い展開になってきたな…。

くくく…忌々しいだけのホシノアキトだと思っていたが、
まさか奴の会社の艦が私の指揮下に入ってくれるとはな。
ひょっとしたら昇進すらあり得るかもしれん。
アフリカ方面軍司令官のガトル大将を追い落とすことはできんだろうが、
中将に昇進すれば、かなりの権限を得る。
そうなれば、いつかホシノアキトを追い込む事だって出来る。
…そしてこの瞬間もナデシコとともに、私を、私の指揮下の艦隊を助けている。
後ろから撃たれるかもしれんというのにな。

自分で自分の首を絞めるとはな、馬鹿め。

「ば、バール提督!
 ナデシコ隊が突出しておりますが、援護をしないでよろしいんでしょうか!?」

「かまうな。
 自分たちから望んで突出しているのだから。
 連中は相当の自信家と見える。
 ナデシコという船が、ユーチャリスより優れていると計算してのことだろうが…。
 やはり身分不相応な戦艦を預かって浮かれているのだろう、ミスマル家のお嬢様は」

「し、しかし…」

ホシノアキトを有するネルガルのナデシコ隊…ナデシコの威力は認める。
だが、孤立して戦うとは、まだまだ未熟…。
士官学校を首席で卒業したらしいが、こんなものか。
ネルガルが独自に所有する戦艦ということで、協力戦線は張るが指揮下に入らないと言い出して…。
ネルガルで手柄を立てたところで出世もできんだろうに、そんなことも計算できんのか?
噂通りの能天気さだな、ミスマルの娘。

…!?

「!?
 な、ナデシコがグラビティブラストを…!?」

ホシノアキトの専用機が射線上に居るにも関わらず、ナデシコはグラビティブラストを撃った!?
真っ白い、通常の一回り以上大きなエステバリスは…。
グラビティブラストを背に受けて、そのまま加速を始めただと!?
ナデシコのグラビティブラストに負けないほどのフィールドを使って、
グラビティブラストを加速に利用したのか!?


ドゴオオオォォォン…!



そして、その先に居た、巨大なチューリップを撃破した!?
貫通したぞ!?
た、単なる体当たりだというのに!?
確かにグラビティブラストでの加速に加え、
グラビティブラストそのものもチューリップに攻撃を加えてはいるが…。

な、なんなんだ!?あのエステバリスは!?
















〇宇宙・月軌道上・ナデシコ・ブリッジ──ユリ
……相変わらずアキトさんの戦い方が派手というか型破りすぎて呆れてます。
昔、敵の戦艦を破壊するとき、ナイフでフィールドに亀裂を淹れる方法をとっていましたが…。
今回は思いっきり力技です。
過去、見たことがないレベルの巨大のチューリップがありました。
恐らくコスモスが登場してから撃破されたチューリップでしょう。
このチューリップは、さらに小型のチューリップを出すことのできるというかなり厄介な代物です。
そしてこのチューリップは巨大さゆえに、通常のグラビティブラストが通用しないんです。
かなり強いフィールドが張られているせいか、グラビティブラストそのものに強い耐性を示しました。
そこでアキトさんがブラックサレナで、ディストーションアタックでフィールドの発生装置がある部分をぶち抜いて、
そのうえでグラビティブラストを浴びせる方法をとりました。
しかし、ブラックサレナ単体では加速度が足りず押し込めないということで、
グラビティブラストをブラックサレナが背に受けて、ぶち抜く方式をとりました。
アキトさんを矢じりにしてナデシコという弓で打ち抜いているようなものです。
こんなの到底許せるやり方ではありませんが…コスモスの多連装式グラビティブラストがないなら、
こうするしかないでしょうけど……コスモスが来るまで放っとけばいいのに。
グラビティブラストでバラバラになった巨大なチューリップをしり目に、
アキトさんはナデシコの直掩に戻りながら敵を蹴散らしてます。

『ユリ姉さん、そろそろ代わりましょうか?』

「ルリ、寝てなさい。
 そろそろ夜遅いんだから」

『…じゃ、お言葉に甘えて』

ルリはぺこりと頭を下げるとウインドウを閉じて眠ってしまいました。
私の時と違って成長を気にしてるようなので素直に眠ってくれました。
ナデシコが負けるわけがないと信頼してくれてないとこの状況じゃ眠れませんし。

「第三宇宙艦隊司令官のバール少将から通信入りました」

『ナデシコ、大勢は決した。
 全艦で補給に戻る。
 我々も次の攻撃に備え、戦力を減らすわけにもいかん。
 ナデシコも戻れ』

「了解しました。
 ナデシコ、お邪魔しちゃいます!」

ユリカさんが司令官に元気に礼をすると、ナデシコは戦闘から解放されました。
戦闘に対する意欲は割とあっさりとしているようですが、
コスモスが到着してから確実に勝つつもりなんでしょう。
…あと、ナデシコが目立ちすぎると査定に響くんでしょうね。お疲れ様です。

「ユリちゃん、ドック艦を借りて修理したら、
 コスモスの到着を待って火星に向かうよ。
 コスモスは大きさのせいで足が遅いから明日になるから。
 メグミちゃん、全艦に本日の業務終了を連絡して。
 待機はオモイカネに任せてもう寝よっ!」

「はい」

今日は結果的に結構残業したので、明日は半ドンで昼からです。
この辺はネルガルの労務管理が行き届いてる時期は安心です。
連合軍の指揮下に入ると…まあ、それはそれはブラックです。
今回は私とルリがそろってるからだいぶマシなんですけどね。














〇宇宙・月軌道上・ナデシコ・アキトとユリの部屋──ユリ

「ラピスとの交信が途絶えた?」

「…うん。
 寝ててもお互いの様子が分からないし、会話もできないみたいで…」

翌朝、私はアキトさんの寂しそうな顔を見る羽目になってしまいました。
ラピスとの感覚・精神のリンクはどこでも、どれだけ離れても有効だったようなんですが…。
この世界で半端になったリンクでは睡眠中しか使えないだけでなく、
距離が離れてしまったら不通になってしまうみたいです。
昨日おとといはそれなりに夢の中で話が出来ていたみたいでしたけど…。

「…はぁ。
 大丈夫だとは思うけど心配だな」

「心もとないですね、それは…。
 …まだ個人の通信が生きてる距離ですし、電話してあげてはどうです」

「いや、その…ユ…いや、ラピスからさっきメールが届いてさ。
 このレベルのセキュリティであんまり重大なことを送信すると問題が起こるから、
 ある程度は控えてほしいってくぎを刺されちゃって…」

「…そういえばそうですね」

ボソンジャンプのこと、そしてアキトさんとラピス、未来のユリカさんのことをばらしてはいけません。
暗号化した通信を送るにはオモイカネを通さないといけないですし。
また、その暗号文を作る場合、オモイカネ同士じゃないと解読できないレベルで作らないといけない。
そうなるとユーチャリスが地球に居ない以上、傍受される可能性のある通信をうかつに入れることはできません。
…はぁ、ここに気が付かなかったのは不覚でした。
ホシノルリの頃だったら真っ先に気づくはずでしたけど、
生き方が違うっていうのはここまで響くんですね…。

「だから、俺もちょっと励ましたメールだけ送って、
 しばらくメールも出せないけどごめんって」

「私からも送ります。
 …無理はしないでほしいですね」

…まあユリカさんの場合は、ああ見えて無理する方じゃないから大丈夫です。
戦術や色恋沙汰のほかは意外と常識の範囲内で動いてくれますし。
世間ずれしてるのだけは問題ですけど。
ただ…ラピスの部分で行動するとひどいことになりそうな気もしますけど。
ユリカさんがブレーキをかけてくれるのを望むしかないですね…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そしてその日の午後、コスモスがついに到着して、
私達は火星に向かうことになりました。
当然、このまま月攻略に加勢すると思っていたバール少将は批難しましたが、
連合軍からも了承はすでにとってあります。
連合軍全体からすれば、ナデシコとアキトさんの組み合わせを放置するより、
火星に行ってくれた方が、ナデシコ級を導入した部隊が活躍して、
連合軍の連戦連敗の汚名をそそぐ方が良いと判断したんでしょう。
アキトさんやネルガルに敵対する人たちも火星に行くという自殺行為を、
アキトさんが自ら行ってくれるという事で納得したんでしょうね。

もっとも、火星の後継者に加担してたクリムゾンからすると今すぐにでも止めたいんでしょうけど。
前の世界で私達を引き留めた連合軍の将校、クリムゾンからかなり献金を貰ってたそうですし。
バール少将も命令とあっては負け惜しみの愚痴をぶつぶつ言いながら引っ込むしかありません。
にくったらしいタイプです、全く。
前の世界ではやらかしたことが多すぎて嫌われていたのは分かりますが、
今更ここまで憎むこともないでしょうに。
…地球に戻ったらこのバール少将も身元を洗う必要があるかもしれませんね。
アフリカ系の提督だそうですし、危ないかもしれません。

で、バール少将の長話が終わった後、
ユーチャリスを預かってるサンシキ艦長にご挨拶をしました。
今後はユーチャリスに残りながらも、
艦長の座をムネタケ提督に渡し、副長としてサポートしてくれます。
一目でわかる優しさと柔和さを持つこのサンシキ艦長であれば、
今のムネタケ提督といいコンビになるでしょう。

『しかし、ホシノアキト君がそんなことになっていたとは…。
 生き残りが居るといいな』

「いますよ、絶対。
 俺はユリちゃんのために長生きしたいんです」

…アキトさん、本当にこういうことハッキリ言ってくれるのいいですね。
昔は口下手すぎて、平時だと自分の気持ちを言ってくれませんでしたから。

『しかし、君が地球から抜けるとなると、
 地球はひどく荒れそうだなぁ。
 何しろ私の孫も大ファンだからサインの一つでも貰おうと思っていたが、
 やれやれ地球に戻ったらなだめてやらないといけないようだ』

「でしたら、せっかくですしユーチャリスの見学をさせてあげて下さい。
 連合軍の管轄になってはいますが、民間人の出入りもある程度自由です。
 うちの社員と話が出来ればちょっとくらいは気がまぎれるでしょう」

『すまないな、ユリさん』

「それに地球には頼りになる妹…が一人残ってます。
 彼女に任せておけばきっと大丈夫です」

『それとあのブラックサレナと言ったか…すさまじいな。
 噂では木星トカゲにのっとられて暴走して佐世保基地を壊滅寸前に追い込んだとか…。
 あれほどの威力のあるエステバリスを作れるとは…』

「あれはカスタマイズの工夫が巧だからです。
 アキトさんを死なせないためのカスタマイズで、
 通常のエステバリスの十倍近い予算をかけてくれたんです」

『なるほどな…アキト君を守るのは意義が深いことだ。
 地球の希望そのものだからな。
 ブラックサレナとナデシコがあるならきっと火星から戻ってこれることだろう』

「もちろんです」

とはいえブラックサレナの機体のバランスは相当いびつです。
火器武装も実は通常のエステバリスよりは貧弱ですし。
しかしそのバッテリー量を生かしたジェネレータの強化、
それにともなうフィールド強度の高さは特筆すべき者があります。
フィールド強度と戦闘継続時間の長さで、スタンドアローンでもやっていけます。
グラビティブラストに巻き込まれても大体無傷です。

おとりになってナデシコのピンチを救うこともできるでしょうが、
アキトさんを危険にさらすことが増えるのもよくないです。
難しいところですね…。

そして、私達は火星に向かいました。
…しかし、その前にやるべきことがありますね。
コロニー…サツキミドリ二号を防衛することです。
あのコロニーは木星トカゲから重要拠点とはみなされていなかったようですが、
今考えるとナデシコの戦果についての情報が共有され、
補給を絶つ目的で木星トカゲに襲われた可能性があります。
今回は遠回りをして回避するという方法も取れますが、あれだけすぐに、
しかもサツキミドリのレーダーにかからずに襲撃できたと考えると、
サツキミドリの周辺に隠れている可能性が高いです。
どうにかする方法を考えなければ…。
















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社──さつき

「うわ~~~~~めっちゃよかったよね~~~~~うるうる」


「ば、ばかっ。
 何度言ってんのよ。
 しかもあれはどう考えてもアキト様の過去に近いんだから、
 あんまり茶化すんじゃないの!」

「でもやっぱ染みるわよぉ…。
 あれがアキト様の目指してる未来って感じもするじゃない。
 ま、まあ死んだ人とまた会えるなんてことはないからなんだけど」

私達PMCマルスに勤めてる乙女たちは、年越し直後に映画館になだれ込んだ。
アクア社長がミニシアターに掛け合って、
午前の一時から翌朝十時までの長ロングナイトショーを組んでくれて、
私達は貸し切り状態で夜通しアキト様の雄姿を見て、感動の嵐で大変だった。
その日解散後、各実家に帰省したけど興奮冷めやらぬまま、
家族親戚の集まる中、アキト様関係のことから映画の事まで、ずーっと語らうことになった。
二日目はさすがに体力が尽きて夕方まで寝ちゃった。
三日目も、また親戚の集まりで映画に繰り出して…。
はぁ…楽しいことばっかりで本当に夢みたいだった。
今日はようやく出勤日…でもアキト様が居ないのは辛いけど。
でも!アキト様の分まで頑張るんだから!

「そういえば、今日はユーチャリススタッフのみんなは休みなんだっけ?」

「そーみたいね。
 私達もナオさんがラピスちゃんの護衛に出るからちゃんと見張っててほしいって」

「あ、じゃあ装甲服着とかないと。
 ラピスちゃんもアキト様が地球から出るっていうんで、東京に向かうし」

とはいえ、私達じゃ装甲服着ても役には立たないんだけどね…。
ゴム弾仕様のショットガンと拳銃くらいはあるけど、訓練はしててもプロには敵わないし…。

「そろそろ会見始まるわよ、
 心してみないと」















〇地球・東京都・テレビ局──眼上
私とラピスちゃんは、アキト君が地球から出る前に撮影したビデオを見せながら、
愕然としているマスコミに対しての説明を考えていた。
隣で警護しているナオ君も、いつでも動けるようにしっかり立っている。

『──というわけで、俺は火星に向かいます。
 元々ネルガルが火星に取り残された人を助けに行く計画があって、
 それに便乗する形で、俺の身体を見れる人を探しに行きます。
 
 今日まで、いろいろとお世話になりましたが、
 このような形でメッセージを残すしかなくて、ごめんなさい。
 
 けど、俺が火星に行くって言ったらみんな止めるだろうから…』

アキト君のアンチ記者ですらも口をあんぐり開けてびっくりしてるわね…。
確かに火星に人が残されてるとはいえ、地球を置いていくとは思わないわよね。
でも、アキト君にはこの道しか残されてない。
それが分かるからなおのこと唖然とするしかないんでしょうけど。
──ビデオが終わっても、記者たちは何も言わなかった。
意外ね、こういう時、食って掛かるとばかり思ってたけど。

「う…嘘だって言ってくださいよ!?
 火星なんて、もう誰も生き残ってないでしょう!?」

「生きてます。
 生きてなかったら、アキトもあと何年生きていられるかわかりません。
 それにナデシコなら絶対に帰ってこられます」

ラピスちゃんが、ようやく出てきた記者の言葉を珍しく敬語で否定した。
…でもなにか変なのよね、ラピスちゃん。
ここに来るまでもなんかよそよそしいっていうか…。
私に対して敬語交じりになってるし。

「地球だって、まだ木星トカゲによって危険なことになってるというのに!」

「私達がアキトの分までユーチャリスで戦います。
 連合軍も、コスモス、カキツバタ、シャクヤクのナデシコ系戦艦を手に入れて、
 戦力的にはナデシコ単体の四倍以上の戦力と言っても過言じゃありません」

「し、しかし!!
 ホシノアキトさんが居るからこそ、みんな安心していられたんですよ!?」

ラピスちゃんは、鋭い視線を記者に向けた。
…こ、こんな顔もできるのね、ラピスちゃんは…。


「アキトを英雄みたいに扱わないで!
 
 ユリ…ッ、も言っていたでしょ!
 
 私達はアキトを英雄にしたいわけじゃない!
 
 アキトは小さな食堂でひとりのコックとして生きたいだけなの!
 
 そのために戦争が早く終わるように必死に頑張ってただけ!
 
 パイロットを続けていたのも!
 
 やりたくない芸能人を続けていたのも!
 
 撮りたくない映画を撮っていたのも!
 
 みんなを助けたいという優しさがあったのも、確かにホントだけど!
 お人よしで断り切れなくてっていうのもあったけど!
 アキトはおだてられて浮かれて戦ってたわけじゃないの!
 
 
 本当は戦いたくないけど、
 早く平和になってほしいから頑張ってただけなの!
 
 
 アキトをこれ以上、戦闘マシンみたいに扱うのも、
 英雄に仕立て上げて利用するのも、絶対許さないよ!
 
 
 連合軍の人たちはみんなのために今まで以上に頑張ってくれるし!
 アキトに借しを作ったままじゃ情けないって必死なのに!

 
 
 どうしてアキトにばっかりそんなことをさせるのよ!!」




……!
ラピスちゃんが涙をこぼして…こんな激しい部分を初めて見た気がする…。
あの爆弾首輪の一件でも結構すごかったって聞いたけど…。
ルリちゃんと違って大人しくはないし、気持ちを隠したりはしなかったけど、
いつもひょうひょうとしてて、でも相手に怒ったりするような直情的なところを見せなかったのに。
やっぱり、ラピスちゃんのアキト君への思い入れのすごさは、ケタが違うわ。

でも、ラピスちゃんの言う通りよ。
確かにアキト君は戦っても、芸能界でも、本人が望まない割に成果がとんでもなく大きい。
だから今までは仕方なくやってきたけど…本人の夢をかなえる機会を奪っていいわけがないわ。
それにナデシコ級が複数ある今となってはアキト君をとどめておく理由はない。

アキト君という個人に市民の全信頼を寄せていいわけがない。
まして力を持つのを許容しすぎてはいけないわ。
私は芸能バカだけどそれがどんな悪影響を及ぼすのか、分からないほどバカじゃないわ。
…私個人としては、たまーにテレビ番組で顔出してほしいけどね。

木星トカゲに対抗できるエステバリスのすごさを、ナデシコ級のすごさを教えたアキト君は、
もう戦争内での役割は終えたと言ってもいい。
だからこそ二度目の出撃以降はあんまり戦闘に積極的に参加しなくなったわ。
この人気を政治的な観点で利用したい人間は山ほど居るでしょうけど、そんなことをする必要はない。
ユリさんに続いてここまでしっかりくぎを刺すとなると、うかつなことはできないでしょうね。

……もっとも、危険はまだつづきそうだけど。

「…ね、みんな。
 アキトの映画、見た?
 見てないなら、全部見てあげて…。
 アキトは嫌がりながらも映画撮ってくれたのは…。
 自分の夢が詰まった映画だったからっていうのもあるの…。
 本人が居ないところだし、詳しくは言わないけど…。
 
 …お願い、アキトのことはそっとしておいて」

マスコミの人たちついに黙り込んだわ。
…そうよね、黙り込むしかないわよね。
ここまで色々助けられて、浮かれていたんだから。

「こんなところでも映画の宣伝とは、恐れ入りますね。
 お嬢さん」


ぱん…ぱん…。



小さく拍手をして、一人だけ憎たらしい顔をしてみている記者が居た。
カタオカ…と名札には書いてあるけど…。
確かユリさんがミスマル提督と記者会見した時も突っかかってきた記者…。

「そんなんじゃない、本当に…」

「それにここまで戦争に入れ込んで、
 そっとしておいてほしいとは都合のいい。
 彼に救われた人も多いかもしれませんが…。
 ようやく反転攻勢の機運が高まってきたこの状況で…。
 民衆を映画に感化させて、平和を望むように思想を変えるなんてのは、
 そりゃ利敵行為もいいところじゃないですか?」

「ッ!」

ラピスちゃん、耐えてるわ。
こんな風に批難されて、感情的にぶつかるのは得策じゃない…。
さっきのように強い態度で向かえばてるかもしれないけど、
もし返答を間違えたらアキト君の義理の妹としての訴えではなく、
明確な意思と利益のために計算づくの立ち回りをしているということになってしまうわ。
『ホシノアキトを英雄というくさびから解き放ちたい』という真摯な訴えが崩れては意味がないものね。
この場では、ラピスちゃんが黙って泣いているだけくらいの方がいいのよ。

アキト君は英雄として手に入れられる利益をすべて放棄して、
平和を手に入れることだけを考えている。

そう伝わることが一番いいことなの。
現実的にはネルガルへの利益は大きかったけど…。
でも根源的にアキト君はアカツキ会長のために動いていなかった。
敵対すらしていたから…。

「……いえ、失礼しました。
 ぶしつけな質問をしてしまって、申し訳ない」
 
「…っ…」

記者のカタオカはさすがに状況が悪いと思ったのか、謝罪した。
そうよね、生放送で顔が出ないとはいえ、評判を悪くし過ぎたら致命傷だわ。
ラピスちゃんは文句を言いたいのを我慢して、頷いて矛を収めた…。

やっぱり、ラピスちゃんは超一流の策士だわ。

自分の立ち位置が良く分かってて、自分の気持ちを抑え込んででもアキト君のために…。

でも、ラピスちゃん…今度はラピスちゃんが英雄扱いされかねないわよ。
アキト君が居ない間も戦い続けた少女として…ジャンルダルクみたいに…。
一番最後に死ぬかもしれない英雄に…あとでちゃんと言わないと…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



そして記者会見はその後滞りなく終わり、記者たちは帰っていった。
ここまですればある程度アキト君への英雄視も収まってくれるでしょうけど…。
その後、ナオ君が運転する車の中で私達は話し合った。
ラピスちゃんにこのままやっていると英雄視される可能性があると。
…帰ってきた返事に私は驚いた。

「そこまで計算してたわけじゃないけど、
 アキトの代わりに英雄になる分にはいいんです。
 私自身を身代わりにしてでもアキトを助けたいんです」

「ラピスちゃん!
 そんなことになって死んだりしたらどうするつもりなの!?
 それこそアキト君がおかしくなっちゃうじゃないの!?」

「分かってますよぅ…」

「ラピスちゃん、強がるのもほどほどにしときな。
 …アキトが居なくなってからあんまし寝てないんだろ」

ナオ君の注意に反論もせず、ラピスちゃんはうなだれた。

「分かってます…分かってますけど…。
 止めたらダメなんです…。
 アキトはこのままじゃ…」

「…ラピスちゃんも、アキト君たちと同じで、
 多重人格みたいなところがあるのね。
 喋り方もだけど、考え方もちょっと違うわよね」

「そうなのか?
 喋り方がちょっと変だとは思ったが」

「…うん」

「…それにしても様子がおかしいわよ」

「……眼上さん、それ落ち込んだ人に言っちゃうんですか?」

「言うわよ。
 ラピスちゃんは、普段からアキト君にぞっこんだし、
 命に代えてもアキト君を守ろうとしてるけど…。
 そんな風に悲観的な話し方にはなったりしないわ。
 
 何があったの?
 私にも言えないくらい、重大なことなの?」

ラピスちゃんは拒絶したがってたようだけど、迷いながらも小さく頷いた。
…やっぱりこれは相当根が深い問題を抱えているわね。

「じゃあいいわ。
 アキト君もそうだったけど…訳アリだからって見放したりはしないわ。
 話したくないことを話す必要なんてない。
 
 私はラピスちゃんが輝ける未来を切り開けるようにいっしょに歩きながら頑張る。
 
 ……だからね、ラピスちゃん。
 私もユーチャリスに乗るわ。
 本当はそろそろ休もうかと思ってたんだけど…。
 もうすこし手が必要そうだから」

「!
 そんな、眼上さんがそこまでしなくても!」

「ラピスちゃん。
 今のあなた、頼りない顔してるわよ。
 いつもの不敵で、アキト君でも誰でも手玉にとる強気なあなたはどこに行ったの?
 …あなたが普段通りになる間くらいは付き合ってあげるわ」

ラピスちゃんが戸惑いながら、私を見ている。
…やっぱりこんな風にみると年相応よね、ラピスちゃんも。
だからこそ、私みたいなオバサンが役に立つのよ。

「遠慮しないでいいのよ。
 無理しすぎてる時のストッパーくらいしかできないけどね。
 それに女の子ばっかの職場でムネタケさんも大変だろうから、
 私が居た方がいいじゃない。
 おばさんに任せなさいって」

「…お願いします」

ラピスちゃんはまた戸惑いながら小さく頷いた。
…さて、さつきちゃんたちとも話し合って、ユーチャリスでどういう仕事をするのかまとめないとね。
戦艦運営の訓練は出来てるけど、まだ詰めなきゃいけないところもたくさんあるし。
やれやれ、頑張ってあげないとね。

「…あと、ちょっと佐世保に帰る前にちょっと寄りたいところがあるんです」

「じゃ、私も佐世保に引っ越すくらいの準備はしてこないといけないし、
 また佐世保で会いましょ」















〇地球・東京都・ネルガル本社──アカツキ
僕とエリナ君は正月明けからナデシコのことで各所に飛び回っていたが、
ようやく落ち着いて一度会長室で一息をついていた。
はてさて…ホシノ君たちはついにナデシコで火星に向かったが…どうなるかな。
…色々と納得できないところもたくさんあるけど、
ひとまずイネスさんの所在が過去と同じく火星なのかどうかをはっきりさせたい。
ネルガルの社員データに名前がなかったのが少し不安ではあるけれど。
それに火星の状況について知りたい。
もし草壁達と鉢合わせするようなことがあれば話し合いの機会を持てればとは思うけど…。
脈はありそうなんだけどねぇ、状況的には。
しかしあの独裁者がねぇ…。
いや、僕たちの関心事は別にある。

「ラピス…大丈夫かしらね。
 アキト君と久しぶりに離れてしまって、眠れてなさそうだったけど」

「だよねぇ…。
 ラピスはこっち来てからは結構図太いから心配してなかったんだけどねぇ」

この世界でのラピスは、ユリカ君のクローンということもあり、
割と図太いというかずいずい行く方だったから大丈夫かと思ったんだけど…。
どうやらホシノ君のことが気がかりで大変だったみたいだ。

「それに、なんかすごい違和感があったのよね、さっきの様子も」

「…そっちもちょっと気になるよね」

会見中、何故か敬語で喋ってて…。
ラピスの場合は誰にでもため口をきく、ちょっと悪ガキっていうか子供っぽいところがあったけど、
そういう態度が引っ込んでたから。
前の世界の性格ともちょっと違うし、気になるよねぇ。

「最近はメールはいつも通り届けてくれるけど、あんまり通話したがらないし…。
 何か嫌われるようなことでもしたかしら…」

「エリナ君が?ラピスに?
 そりゃないだろう」

エリナ君はラピスにとっては母親か姉同然だからね。
ホシノ君を挟んで疑似家族状態だった。
ちょっとやそっとで揺らぐような信頼関係じゃない。

「ラピスのことだから弱ってるのを見られたくないんだろうね。
 エリナ君と離れて暮らすのを選んだから遠慮してるのかも」

「もう。
 そんな他人行儀になっちゃうなんて、心外だわ。
 ネルガルが落ち着いたらユーチャリスに乗り込んでやろうかしら」

「ははは、僕も行こうかな」

僕らはふざけあってはいるが、二人同時にネルガルを離れるわけにはいかない。
何しろネルガルの敵はぼんぼん増えてるからねぇ。
クリムゾンを筆頭としたライバル会社の兵器商も落ち目とはいえ、
油断したら追い落とされかねない。
まだ資金的に倒しきれないし、気を抜けないんだ。
…ラピスも、そうそう簡単につぶれるタマじゃない。
周囲の人たちも色々と盛り立ててくれる人たちばかりだ。
ムネタケ参謀とミスマル提督の子が二人となると連合軍もユーチャリスを都合よく扱うには力不足だ。
ユーチャリスはマスコミがびっちりついてくるから目立つし。
それほど不安になることもないだろうね。

「…本当は私たちで引き取ってあげたかったわ」

「…そうだね」

今更いっても始まらないけど…。
僕たちが巻き込んだラピスに、罪を償う方法はそれくらいしかないと思っていた。
でもラピスはホシノ君たちを選んだ。それだけは心残りだった。
彼女が普通の女の子らしく、子供らしく生きる姿をそばで見守りたかった。
ラピスが大人以上に働けるようになった今となってはそんなことは杞憂にすぎなかったんだけど…。
…叶わない夢だって分かると、
なおのこと叶えたかったって思っちゃうよね。はは。

あの黒い皇子と一緒に居続けることが、エリナ君にとってそうだったように。

…エリナ君が僕にとってそういう存在だったように。



















〇宇宙・ナデシコ・トレーニング室──テンカワアキト

「ぐううううううう!?」

「テンカワ、もう二十回だ!」

「む、無理だあああああ!?」


……俺は、悲鳴を上げながらベンチプレスを繰り返していた。
なぜかホシノが、俺に対して猛烈な特訓をするように命令してきた。
ホシノは保安部長、兼エステバリス隊の隊長、兼コックとしてナデシコの役職を担うことになったが…。
一日九時間というやや労働基準法をオーバーした勤務体系ながら、
ホシノは『芸能界のオーバーワークに比べれば天国だ』と苦笑いするだけだった。
で、一日三時間、トレーニングを行うことが決まっているらしいが、巻き込まれた。
理由は唯一パイロットとして出遅れている俺を、改めて鍛えることだそうだが…よ、余計なお世話だ…。
俺の隣でホシノは、俺の三倍の重量のバーベルを、三倍の速度で、十倍以上の回数繰り返している…。
ば、バケモンかよ…。

「うおおおお!!負けるかあああああああ!!」


……で、ホシノに対抗してるのがガイだった。
ガイはさすがに重量では劣っているものの、
ベンチプレス速度や回数ではホシノに負けないほど繰り返してる…。
ど、どいつもこいつも…。

「あ…アキト大丈夫かな…」

「アキトさんなら無理させませんよ。
 バカですけど脳味噌筋肉じゃないですから…。
 

 ………今はまだ。
 そのうちなりそうですけど」


…そういえばホシノ、見た目もそれなりにマッチョだけど、
あの力には見合わないんだよな筋肉の量が…。
どういう体質してんだ…いや今更言うまい。

…あいつ、俺を追いつかせようとしてる気がするけど無茶言うなよな。
見た目が近くても素質も遺伝子も違うだろうに…ったく。

結局、俺はその日、そして翌日は筋肉痛で食堂を休まないといけない事態になってしまった。
俺とガイは筋肉痛にうなされながらゲキガンガーを見て休養せざるを得なくなった。
……ホシノはそんな俺たちをしり目に、休憩時間になったらゲキガンガーを見に来やがって…。

く、くそう…。





















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・会議室──さつき
私達はラピスちゃんに大事な話があるからと呼び出されてこの会議室に集まった。
私達12人の元パイロット候補生の社員だけ呼んだってことは、アキト様関係のことだっていうのは分かるんだけど、
重子がタロットを手にしてため息を吐いているのは気になる。
どうしたんだろ、なんかよくない占いがでたのかな。
…そういえばアキト様の火星行き、あんまりいい目が出てなかったんだよね。
気になっちゃうけど…。

「みんな、お待たせ」


「「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」」



私達は遅れて到着したラピスちゃんの姿に絶句した。
彼女の長かった髪が、エリナさんを思わせるセミロングに変貌していた。
しかも失恋したんじゃないかって…何か決意を固めたんじゃないかって思わせる表情で。

「……この程度で驚いてたらこれから話す内容についていけないよ」

ラピスちゃんの言葉に全員、また息をのんだ。
…ラピスちゃん、私達にあんまり負担をかけることないんだけど、
いきなりここまで言うんだからよっぽど何か重大なことなんだろうと、こっちも覚悟を決めるしかなかった。
でも、ラピスちゃんの口から出てきた言葉は思いもよらない内容だった。

「みんな、ごめんだけど。
 アキトのために死んでくれる?」















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・ユーチャリス訓練施設・大浴場──さつき

「……どう思う?」

「どうって…。
 あんまり、考えたくないなぁって…」

青葉と私はお互いの顔をうまく見ることもできずにため息を吐いていた。
私達12人はユーチャリス訓練施設の大浴場…通称『ユーチャリス健康ランド』に集まっていた。
ユーチャリススタッフのみんなが訓練時以外はプレハブ社員寮に居るということもあり、
訓練してない時はあまり人が集まらないので、密談するには向いてるからとここで話すことにした。
もっともラピスちゃんには密談なんて無理なんだろうけどね…。

「死んでくれなんて、あの子から言われるなんて…」

あの後、ラピスちゃんは私達の命をアキト様に差し出すように要求した。
信じたくはないんだけど、かなり具体的な指示も込みで。

『たぶん確実に死ぬから断るなら断った方がいいよ』

『残るなら遺書は必ず書いて、今週中に持ってきて。
 まとめてピースランドの銀行金庫にしまっておくから。
 持ってこなかったら頭数には入れないでおいてあげる』

『こんなことをお願いしてごめん。
 でも必ず必要になることだから。
 私だけ死なないようにするなんて薄情なことはしないから』

……普段通り包み隠さない正直な言葉で、でもとんでもないことを言い出した。
訳を聞いても今は話せないし、死ぬ時になったら教えるとだけ言われた。
…どうしたのか、問う言葉を挟み込む隙間もなく、
ラピスちゃんは返事だけを要求して、全員の返事が得られたところで、
深く一礼をして会議室を出て行った。
今はこの訓練施設のブリッジに籠って色々オモイカネダッシュとやりとりしてるみたいだけど…。

「必要になるって…どんなふうに私達の命を使うのかしら。
 ……最悪、アキト様の身代わりくらいはやるつもりで会社に入ってきたつもりだけど」

「でもラピスちゃんの言うことって、いつも真実味があるのよね…。
 外れたことがほとんどない、まるで予言のような…。
 神託みたいなものをくれるようにすら思えるのよ」

……それってまるで二作目の映画の『ユリバナ』じゃない。
私たちに命を差し出すように言ったのは『スサノオ』みたいだったけど。
まだ子供のラピスちゃんが…でも子供らしくはないよね、ラピスちゃんは。
今日のラピスちゃんはまた違う意味で子供らしくはなかったけど…。
なんていうか喋りづらそうだった。
記者会見の時と同じで、演技のように感じた。
…なんでだろ。

「私達のシャーマンからはどう見えるの?」

「……あんまり好ましくないわね」

私達は重子の占いには絶対の信頼を置いている。
重子は眉間にしわを寄せてこめかみをぐりぐりと自分でねじっている。
そんな状況の悪さの中、重子は意を決して私達にカードを見せた。
プラスチック製で、お風呂に持ち込めるタイプのタロットカードには死神の絵が描かれていた。

「ラピスちゃんの行く末、『死神』のカードなのよ。
 私達の行く末はあんまり悪くないんだけど、ラピスちゃんだけは『死神』の正位置。
 
 『別れや破談』
 『転職』
 『リストラ』
 『失敗』
 『破産』
 
 を意味するカード。
 
 …それに直接的に死の運命もちらついているみたいなの」

「「「「「そんなっ!?」」」」」


外れない重子の占いがそんな行く末を示しているなんて、絶望的じゃない!!
でも重子は私達を制するように、静かに続きを言い始めた。

「落ち着いて。
 …私達が、ラピスちゃんを助けるしかないわ。
 みんな、言われたことはショックだったけど、
 ラピスちゃんを助けたいとも思ったわよね?」

私達はしきりに頷いた。
ラピスちゃんが寝不足だったり精神的に病んでる様子も見られたから、
自分たちの行く末以上に、ラピスちゃんがそんなことを言い出しすほど追い込まれてる気がして…。

「私達の力が、ラピスちゃんのために間違いなく必要なの。
 パイロットとしても、PMCマルスの社員としても。
 …残念ながら、ラピスちゃんの心を救うことは私達にはできない。
 説得したところで、あの様子じゃどうしようもないわ。
 でも、危ない時に守ってあげることくらいはできるわ。
 ユーチャリススタッフのみんなにも力を借りていけばなんとかできる。
 
 でも…。

 

 そして最後の最後のひと押しには、やっぱりアキト様の力が必要なの!」



重子が死神のカードを裏返すと、星のカードが現れた。
やっぱり…!
アキト様のために命を捨てるように言っていたってことは、
アキト様自身がその運命をはじき返すしか方法はないってことよね!
ラピスちゃんの心を救うのは…やっぱりアキト様しか…!

「…やっぱり、ラピスちゃんは失恋したの?」

「そうみたい…。
 ここまでではそんな様子はなかったし、
 どこで、どう思って失恋したのか全然わからないけど。
 でも、アキト様ならこの死神のカードすらも反転させるわ、きっと!
 
 死神の逆位置は…!
 
 『やり直す余地がある』
 『じっくり進む』
 『決断を急がない』
 『やり直す』

 の意味があるのよ!

 私達がラピスちゃんを支えて、アキト様の帰還を待つわ!
 そこまで持てば、きっと逆転満塁サヨナラホームラン!


 死ぬかもしれない運命にぶつかる前に、死ぬ気でやったろうじゃないのッ!」


「「「「「「「「「おーーーーーっ!」」」」」」」」」



そうだわ、重子の言う通り!
私達、この半年も死ぬほど頑張ってきたつもりだったけど、
まだまだ倒れちゃいないわよ!

アキト様が撃たれた時も!
ラピスちゃんが爆弾首輪つけられた時も!
役立たずだった私達が、今度こそ役に立って見せるわ!



ラピスちゃんにとりついた物騒な死神をぶっ飛ばして!



ついでにアキト様の夢を阻む木星トカゲもボッコボコにして!





あの眩しい人たちの、とびっきりの笑顔をみせてもらうんだからっ!!


















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・ユーチャリス訓練施設──ラピス
私は元パイロット候補生のみんなと話をしてから、
自己嫌悪にさいなまれながら、地球の情勢を洗い出していた。

…やっぱりアキトの映画、悪い影響が出てるみたい。

この映画、戦争反対にも戦争賛美にも見えるような構造のせいで、
右翼左翼勢力どちらにも支持されながらも嫌われてるような奇妙な構造になってるから…。
この戦争の英雄と呼ばれながら、戦争に加担したがっては居ないアキトの半端な立場が、
英雄以上の『象徴』として祭り上げられる状況を招いてる。

単なるファンの熱狂から、戦争に見舞われた人たちの熱烈な共感、
そして戦後に対する希望が膨らむなんて効果は言うに及ばず、
お父様が映画を見に行けない兵士たちのために連合軍内での特別配信までお願いしちゃって、
戦線の士気は思ったより爆発的に上がってくれたみたい。
……志願兵も、エステバリスが少ないのに増えちゃったんだよね、女の子が。
これ、ある意味じゃ最悪の事態じゃない…連合軍も勢いづいちゃうよ。
死ぬかもしれない作戦に投入できるコマが勝手に増えてくれるんだから。
アクアってあの子、とんでもないことしてくれたよね…。

…けど、そんなの自己責任だよ。
影響を受けようが、それは本人の判断でやってること。
映画の影響を受けた子が死のうがどうしようが、
主演俳優をやってるだけのアキトには責任がないもん。
ゲキガンガーが好きな木連の人たちが戦争始めても、ゲキガンガーのせいじゃないし。

アキトは『戦争反対』じゃなくて『戦争離脱』を望んでるんだもの。
ただ、今の世界でも前の世界でも立場的に戦争にかかわらざるをえないだけで、
前の世界で木連の事情を知らないままコックを続けられる立場だったら、
素直にナデシコから降りちゃってたかもしれないもん。
分かるわけないよね、当たり前だけど。

アクアだって世の中を動かそうとして映画をとったわけじゃない。
あれはどう考えても趣味で作った映画だし。
…もっとも、私はそれを利用するつもりだけどね。

でもアクアも、私よりはずっとマシなんだろうね。

私なんて…。
元パイロット候補生の…アキトを大事に想ってくれてる子を利用して、
その優しい心につけこんでタイミングが来たらボロ雑巾みたいに捨てるつもりなんだから。
ひどいことをしてるのが分かってるくせにやめるつもりもない。
…でも、そうでもしないとアキトのこの状況は変えようがない。

私が全部持っていくしかないんだよ、アキトの背負うべき業は…。

プランの修正もしないと…。
ラピスちゃんとして過ごした時間の中で何度か考えた、
最悪の時に使う予定だったプランを引っ張り出して準備しないと。

…天文学的な資金が必要になっちゃう。
でも…何とかしてやらないと…。

アカツキさんとエリナさんに気づかれちゃダメだし…。
銀行口座を操作する手を使うと、間違いなく二人に気づかれちゃう。
それなりに正当な方法で、でもラピスラズリ名義でないダミーの名義でこの額を稼がないといけないの…はぁ。

プランについてはまとまらなかったけど、
各地の情報を集めるのをオモイカネダッシュ君に任せて…。
私はユーチャリス訓練施設の、自室でベットに倒れ込んだ。

どうして本当にユリカの記憶を取り戻しちゃったんだろ、私…。
脳の一部にバックアップの記憶があったとしても、
こんなに鮮明に思い出せるはずがないんだけど…。
もう数日は経ってるのに全然ラピスちゃんに戻れないし…。
…ラピスちゃん、ショックで籠っちゃったのかな。
それとも…私の方が脳の本体だから消えちゃったのかな…そんなの…。
こんなことになるなら、思い出さない方が良かったのに…。
そうしたら、なんの負い目もなくアキトに…。

……駄目だって、そんなことしちゃダメなの、ユリカ。
私はもう…ラピスちゃんなんだから…。

それに…私は元々アキトや草壁さんなんか比較にならないくらいの…極悪人なんだから…。

ユリちゃんがお似合いだよ、アキトには…。
でも…。

未練はそうそうなくならない…。
分かってる、アキトも苦しんでたから…。
私が苦しませたんだ…でも…。
私は気づくとディスクを手にしていた。
アクアにもらった、アキトの映画のマスターディスクのコピーディスク。
記念にとメインキャストのみんなはこれを貰ってる。
ぼんやりと…ほとんど無意識にディスクを再生し始めた。

「アキト…」

そこに映っている、二人のまばゆいアキトの姿。
『ユリカ』をめぐる三つの世界の物語…。
でもどちらのアキトの隣にも、私は居られない。
私はユリカでもユリちゃんでもないんだもん…。

私はラピスラズリ。

またお父様の娘になることはできたけど…。
もう一度アキトには会えないと思う…。

アキトとのリンクもすでに届きはしない。
アキトの声はもう私には届かない。

アキトはリンクがつながっていた間、
夢の中で私に何度も何度も、あの頃に戻ろうと言ってくれた。

とっても嬉しかった。

一緒に居られるだけでそうなれると思えた。
でもそんなことはもうできないんだよ、アキト。

アキトが居なくなってから、私は悪夢しか見れなくなった。
私はあなたが居るからユリカで居られたの。

私はユリカじゃなくてラピスラズリ…。
でも完全にラピスちゃんにもなり切れない、半端な…。


フランケンシュタインの怪物なんだから…。


アキト。


ラピスラズリにとって、いつでもあなたが一番なの。


あなたが振り向いてくれるかどうかは関係ないの。


あなたのためなら何でも差し出しちゃうの。


何でそうしたと思う?


アキトがユリカのために人殺しになったから。


無意識に分かってて、罪悪感でそうしてたんだよ。


…だから今回も、おんなじなの。


私自身がユリカだって気付いても、曲げない。


全部おんなじだよ。


…アキトの映画見てると安心する。眠くなってくる…。


でも、この後…あの地獄に戻るんだ…。


あの終わらない、悪夢に…。


「まだ…生きてなきゃいけないのに…」


逃げたい。死にたい。
まだやらなきゃいけないことがあるのに。
アキトのためにやり遂げなきゃいけないのに…。

でも我慢しなきゃ…アキトもこんな風に悶えてたもん…。
だから…。

「全部背負ってくから…安心して幸せになってよ…アキト…ユリちゃん…」

アキトはもう悪夢を見なくなった。
だからもう、きっと大丈夫。
きっと神様がね、悪いユリカに背負わせたの…。
私のせいで不幸になったアキトが救われるために…。
頑張らなきゃ…。

でも……。
強がるんじゃなかったかなぁ…キスしてもらっとけばよかった…。

きっともう会えないんだから…。
































〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ナデシコ、なんの問題もなく出発。そして月戦闘に突入。
行き先フェイクのために移動したら、思わぬ苦戦でアキトは突撃。
…英雄視されたくないと言いつつこれで目立たないようにしてるつもりか、アキト。
再登場のバールはしぶとく生きてました。
小悪党ほどなんだかんだ生き延びてくるもんです。
そしてついにラピスが動き始めています。
彼女の描いたアキトの生存計画とは!?
パイロット候補生たちは運命に抗おうとするが果たして!?
そいで次回はサツキミドリ二号を救え!そしてユーチャリスの再出航!
久しぶりにあの人も登場するかも!?それともさらに次回かも!?

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!











〇代理人様への返信
>そろそろこいつらが一体何と戦ってるのかわからなくなってきた(ぉ
>木星トカゲ、随分長いこと出てきてねえぞw
二回目の出撃以降、ほとんど戦っちゃいないアキト!
なんだこれ、本当にナデシコ!?な話になっちゃってますねw
TV版は戦いそっちのけで遊んでることも多いけど、
戦争のさなかであるというのは常に意識させられてる感じがありましたね。
そこんとこ行くと、ナデシコDはどこへ行く!?
一応テレビ版の時期に入ったのでそこそこ戦いますが、どうなりますやら。

>>ムドオンカレー
>食感の描写とか嫌な意味でリアルだなと思ってたら、スタッフのコメントであれ実体験が元だと・・・ひいいい。
こわすぎる…。
















~次回予告~
ホシノアキトっす。
地球を離れてからユリカとの通信が途絶えてハラハラしてるけど…。
ユリカのことだから割としぶとくやってるはずだ。
ラピスの分も計算するとなおさら大丈夫だよな。
……そういえば映画の評判、悪いといいな。
…でも売れちゃうんだろうな、たぶん。

サツキミドリ二号の件について、ユリちゃんと話し合ってるけどあんまり打つ手がないなぁ。
うーん…。
あ、今回はムネタケが危ない人じゃないからガイも無事でいられるだろうけど、
とにかく人が死なないように頑張らなきゃ。
火星までの航路に俺も体力を取り戻さなきゃ。
…食欲がまた増えるなぁ。


リモートワーク&外出自粛で体重が二キロ増加しちまった作者が贈る、
実は今回のナデシコではゴートとプロスの立ち位置にホシノアキトとユリが居る系ナデシコ二次創作、








『機動戦艦ナデシコD』
第五十四話:『dermis-真皮-』










をみんなで見て下さい。



「いや~~~出番がないと会計士の仕事がはかどりますなぁ」
「俺にはシークレットサービスの方が性にあっている」

……どうやら今回の二人はナデシコには興味がないようで。









































感想代理人プロフィール

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代理人の感想
ようやく本筋に戻ってきた・・・のかな?まだ飛んだだけだけどw

>グラビティブラストを受けて
ソーラーセイルならぬグラビティセイルかなー。

>英雄みたいに扱わないで
まあこのへんはラピスのエゴですわな。
どう見たって英雄だよあいつw




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