どうも、ルリです。
木星トカゲさんたちもちょっとワケありって感じで、
みんな苦労が絶えない訳ね。
ま、被害者にとってはそんなこと関係ないわけで。
私だって人生を狂わされて逆上してしまったことがあります。
和解はなんとかできましたけど、あんまり近くに居るとまた怒っちゃいそうですし。

でも今が幸せで、これからも幸せでいられそうだから大丈夫なだけなんです。

これからの幸せを考えて我慢できる状況に居られるからマシなだけです。
そこんとこいくと、アキト兄さんって、結構危ういバランス?
とはいえ、こんなところで止まってる場合じゃありません。
ラピスもPMCマルス組と一緒に頑張ってるんで。
でも火星に入るまでの間、メールをたまに寄越しますけど通話してくれません。
ちょっとだけ心配。

それじゃ、今日も今日とて行ってみよー。
よーいドン。





















『機動戦艦ナデシコD』
第五十八話:duet-デュエット-























〇火星・草壁の屋敷・居間──ホシノアキト
俺たちはついに和平会談に至った。
とはいえ、ここでは和平交渉を行うわけにはいかない。
あくまで俺たちは火星に取り残された人を救出する目的でここに来た。
ここで和平をどうこうということはできない。
…あの時、ナデシコで失敗したことを繰り返すつもりは、ない。
とはいえ、草壁がすでに侵略戦争も遺跡の演算ユニットの争奪戦も放棄している以上、
ほとんど目的は達成できたも同然だ。
その先の事はまだ不確定だが、地球の現在の様子を考えればまず大丈夫だろう。
……地球からの情報では、俺のおかげで戦争放棄が進んでることになってるのが不本意だけど。
具体的に地球に伝えるべきことを、草壁さん、そしてフクベ提督と話してもらっていた。

「…というわけで、ヤマサキ博士の一件もあり、
 我々はすでに戦争という手段で地球に対抗する意思はない。
 こちらも機動兵器についての資料を提供し、攻略に役立ててもらうこととしたい。
 …地球の方々を説得出来ない程度のことしかできず、申し訳ない」

「……草壁さん、私もあなたのいうことを信じたい。
 あの一戦で散っていった兵士たちも、死んでいった火星の人々も、
 あなた方が本当に後悔し、戦争を放棄する気持ちになってくれたと知れば、
 報われることだろう…。
 
 ……あのお偉方を説得するにはいささか骨が折れそうだが、私も力を貸そう。
 しかし、敵が電波妨害をしている上に制空権をとられては…」

フクベ提督はひとしきり草壁さんの説明を聞くと頷くが、後半の部分は言葉には勢いがなかった。
確かに相転移砲を撃つにも、大気圏から出る際に狙い撃ちにされては意味がない。
待ち伏せに対抗するのは限度がある。
そう考えるとこの火星を脱出するのは難しいだろう。
すぐに出ていけば敵の戦力補充も間に合わないかもしれないが…。

「それについてはアイ博士からアイディアがあるそうだ」

アイちゃんは…イネスさんの表情になってフリップを持ち出した。
…どっから準備したんだ。
普通にタブレット端末で準備しないあたりがらしいと言えばらしいけど。

「はい。
 現在、レーダーで把握している限り、
 敵はすでに戦力の補充を始めています。
 先ほどまでで9割の敵を撃墜したとはいえ、
 一週間もすれば元の状態に回復してしまうのは間違いありません。
 
 では、どうするか。
 
 かなり古典的な方法にはなりますが、
 ナデシコのバルーンダミーを準備してあります。
 
 敵は熱源と大きさで探知、目視出来る距離になってようやく判別します。
 
 このように、五つのバルーンダミーを一つずつ、時間差を付けて上昇させ、
 敵の混乱を招きつつ、眼をそらし、
 
 手薄になった方面から脱出を図るのが最善と思われます」

「「「「おお……」」」」

アイちゃんの説明に俺たちは感心した。
そういえばイネスさんが、ナナフシのブラックホール弾を浴びた時に、
バルーンダミーの準備があったら避けられたって、後でぼやいてたっけ…。
これはナイスアイディアだ。
人間相手だったら心理戦が必要になるが、単純なAIしか載せていない木星トカゲ相手なら通じる。
ヤマサキが応対を変えてくることもあり得なくはないが、何しろあちらは距離が離れてる。
地球の方面の戦闘を続けながらこっちの状況を正確に把握するのは困難だろう。
この場合、相手が一人だからこそ出し抜けると考えるべきだ。

「それならば地球に向かうのは大丈夫そうだが、
 火星との通信ができねば…」

「そちらも準備があります。
 この度、木連との協力で開発した超高速レーザー通信機があります。
 木星の側にはすでに準備がありますし、
 設計図を地球に送れば、数日中には完成できます。
 
 …それで直接の会談を行っていただければ、
 地球との和平も開けると思います」

そして火星から脱出したい火星の人たち、
木連からの使者を乗せた船も一隻ナデシコに随行することになった。

…これは地球の政府、連合軍、いろんなところの上層部が面食らうんだろうな。
アカツキだって例外じゃないだろう。

「そして、だ。
 一応、私とホシノアキト君の関係について、
 あなた達に話しておくべきだろうとおもう。
 …このままでは納得してもらえんだろうからな」

「…そうだな」

ユリカ義姉さん、テンカワ、白鳥さん、フクベ提督がこちらをじっと見た。
ユリちゃんとアイちゃんだけは目を細めて俺を見つめた。
アイちゃんのお母さんだけは首をかしげていた。

…ついにこの時が来てしまったか。
もうバレてるも同然だが…俺と草壁さんは後ろめたいことがたくさんある。
できれば永久に封印しておきたかったことを、話さなければならないんだ。
そうでなければフクベ提督も白鳥さんも納得してはくれないだろう。
説明しなければ、俺は木連に送り込まれたスパイと言われても、反論できなくなる。
ここで協力を得られなければ、何も意味がない。

…俺は出されたお茶を一気に飲み干して、深呼吸をしてみんなを見つめた。


「ユリカ…義姉さん、テンカワ、フクベ提督…そして白鳥さん。
 俺の、そして草壁さんがどういう関係なのか、教えるよ。
 
 俺が地球でしてきたこと、アカツキとの関係、そしてこの地に至るまでのことも。
 草壁さんが地球に徹底抗戦をしようとしたのを避けた理由も。
 
 ボソンジャンプ…。
 一種のワープ航法によるタイムスリップが発端だったんだ。
 
 俺は……俺の正体は、未来から来たテンカワアキト。
 草壁さんとの争いの末、この世界に流れ着いた。

 ──そしてこの戦争の原因もこのボソンジャンプにある。
 木星にあったという例のプラント、そして火星にある遺跡…。
 ボソンジャンプの技術についての争奪戦にすぎなかったんだ」



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


俺たちの説明を聞いて、彼らはひどく驚いていた。
ボソンジャンプをめぐる、木星との戦争…。
その悲劇的な展開に、救いのない末路に、
初めてこの話を聞いた全員が青ざめていた。
俺と草壁はお互いに仇同士であり、憎しみあってきたと。
その戦いの最中で、ランダムジャンプによって過去の世界に来たと。
俺は元々テンカワアキトで、ユリちゃんがホシノルリだった事実も…。
アイちゃんについても、ランダムジャンプで過去に戻ってしまって、
イネス・フレサンジュとして成人した状態で出会っていたことも。
アイちゃんの事情もあとで聞かないとだが…。
俺と草壁の非道については、この場では一度伏せた。
あんなことをしておいて平和を目指しているなんて、言えるわけがない。

こんなことは独裁者以上の、独善と偽善に満ちた行為だと自覚している。

自分たちの都合の良いように、戦争をゆがめて…挙句に罪がなかったようにふるまうんだから。
俺はそういうつもりがなかったけど、結果的には草壁さん以上に直接的に戦争に関与してしまった。
……やり方も内容も不本意ではあったけれど。

「ぐず…ひっ…ひっく…」

「ユリカ…」

──ユリカ義姉さんは泣きじゃくっていた。
俺がテンカワだと気づいていたんだろうが…。
やはり自分が死んだ未来、そしてそれがもとで復讐者になった俺のことが、
本当だったと知ってショックを感じたんだろう…。
テンカワはユリカ義姉さんをそっと抱きしめて慰めてやっていた。
…そうだ、それでいい。
お前が支えるんだ、この世界のユリカを…!

俺は、二人はそっとしておいて、フクベ提督と白鳥さんに向き合った。

「…俺たちは過去に戻った。
 そして失ったものを取り戻したから、
 ボソンジャンプを封印して、戦争を終わらせてそれぞれの道を進もうと…」

「……私は死んでしまったのですか。
 志半ばで…無念でしたでしょうね…」

白鳥さんは、自分が死ぬ時を思い浮かべて沈痛な面持ちを浮かべていた。
自分の無念さと、残されたユキナちゃんのことを考えた時に、やりきれなかったんだろう。
……だが、そんな未来はもうないんだ。

「…なるほど。納得したよ。
 失礼なことだが、君がもしかしたら木連のスパイじゃないかと疑ってしまったのだ。
 ゲキガンガーが好きで、敵に対抗する術をあまりに知っている。
 そして今日、草壁さんに呼ばれた事…。
 …そう思うにはあまりに条件がそろい過ぎていた。

 ……すまなかった」

「いえ、フクベ提督……気にしないで下さい」

やはりスパイと疑ってくれたか。
気にしてる様子だけど、その方が人間としてまっとうですよ、提督…。

しかし…。
俺はあの時、テロリストとして追われることで大切な人達に危害が及ぶのを恐れて逃げた時…。
フクベ提督に言った言葉を自分に言うべきだったんだな。
生き続けて、償うべきだったんだよ…そして裁かれるべきだった。
償いようのない罪でも…。

「ともあれ、すべては未来…私達にとって過去のことだ。
 …私も失った娘を取り戻した。
 
 私達に遺恨はもう無い。

 そして木連を戦争に導いた政治家たちも軍の上層部も消え去った。
 今、戦争を完全に捨て去る事が、可能なのだ。

 跳躍こそが、我らの未来を奪い去る。

 …古代火星人の技術は私達には過ぎた技術だったのだ」

草壁さんの言ったことに、俺は深く頷いた。
ボソンジャンプという技術は、良くも悪くも革命を起こす。
過去に戻るボソンジャンプは不可能じゃない上に、 しかも今回のランダムジャンプは過去を改変した。

かつての『タイムパラドックスを発生させない』という通説は覆った。

そうなるとボソンジャンプを研究することで、 過去を変えてしまう方法を見つけられる可能性があるわけだ。
…何をどうしてもそれはやってはいけない。
ボソンジャンプの不安定化につながりかねない。
現に、俺と草壁さんも…偶然とはいえ過去を変えてしまおうとしているわけだしな。
偶発的とはいっても、許されていいことじゃない。 …やっぱり俺たちは罪人なのは変わらなさそうだな。


すぱぁぁんっ!


「お待ちください!
 
 
 意義を唱えさせていただきます!草壁閣下ッ!!」



俺たちは突如入ってきた、月臣に驚いた。
そして月臣声を張り上げながら、乗り込んできた。
たった一人だが、恐ろしい熱量で、俺たちに警句を発した。

「「月臣…」」


「跳躍技術こそ、我らが優人部隊の誇り!

 何人もの屍を超えて得た、尊い技術ではなかったのですか!
 
 それをなんという、薄情なことをッ!!」



「…客人の前であるぞ、月臣」


「存じておりますっ!
 しかし、夏樹様の命懸けの嘆願に心打たれ、
 
 私もまた、命を賭けて無礼を承知でここに参上した次第ですっ!」



月臣は堂々と胸を張って草壁さんに啖呵を切った。
…このころの月臣はスレてないからなー。懐かしいや。
月臣の後ろを見ると、おそらく夏樹と言われた、まだ成人はしてないくらいの子がいるな。
……この人がヤマサキの大事な人、か。
さらに後ろには赤い髪の…ユリちゃんが言ってた、北斗か?
ナデシコCの隔壁を素手でぶち破ったっていうが…まだ若いな…。
それに細身で小柄だ。中学生くらいにも見える…。
赤い髪を白い学帽にまとめて、木連優人部隊の学ランの胸元を崩して着ている…。

ユリちゃんは北斗の登場で表情をかなり硬くしてる。
…油断が出来ないな。
俺は膝を立ててユリちゃんをかばえるように構えた。
いや、それよりも…。

「…夏樹、聞いていたのか」

「はい…。
 …ヨシオさんの事も、すべて。
 ひどすぎます、お父様!
 私だけ置いてけぼりで、勝手に全部決めちゃうなんて!
 未来のことも、すべて聞きました。
 

 お父様は自分の思うがままに、ヨシオさんを死なせてまで平和を得る気ですか!?
 
 あなたにとってヨシオさんは、私はその程度の価値なんですか!?」



草壁さんは、うつむいて申し訳なさそうにしているだけだった。
俺たちは自分の罪深さを知っている。
俺まで危険に備えて、構えているのに闘気がなえてしまった…。

「…なんと言われても仕方ないな。
 だが、もはや後戻りはできん」


「跳躍技術が進めば過去にだって戻れるんでしょう!?

 それもしようとしないなんて、許せませんッ!!」
 


……俺はこの夏樹さんの言葉に打ちのめされた。
過去に戻って、やり直す機会を得て、ヤマサキを見捨てて生きようとしていたんだからな…。
この子の気持ちを考えれば、許されないことだ。

「…だが、どうしろというのだ。
 この場の出来事をすべて公表して、木連全体に信を問うとでもいうのか?」

「……それは」

草壁さんの問いに、夏樹さんはうつむいた。
過去に戻れるとあれば、木連の人たちは火星での出来事をなかったことにしようとするかもしれない。

だが、それが出来る保証は今のところない。

何年かかるか分からないものをあてにしていては、戦争の進展によっては地球の軍が火星に襲い掛かってくる。
もしかしたらそこで再び核攻撃が起こるかもしれない。
ましてや地球もボソンジャンプの研究を続けたままだったら、いつ追いつくか分からないんだ。
それでは意味がない…それも分かっているんだろう。

…戦争を終わらせようと思ったらヤマサキという生贄なしにはどうしようもない。

それが分かってしまっているのだろう。
…単独のボソンジャンプでヤマサキを阻止する方法が取れればいいが、
奴が自爆するかもしれない状況に奇襲が得意じゃないテンカワを送り込むのは危険すぎる…。
せめて俺自身がボソンジャンプできればまだ希望もあるんだが…。
…俺が遺伝子改造を受けてテンカワに送ってもらう方法が取れるか?
いや、反撃を受ける可能性があるし、自爆されたら俺もアウトだ…どうすれば。

「夏樹…分かってくれ。
 優人部隊も、どの兵士たちも、木連を救うためには命を捨てられる。
 ヤマサキ博士…いや、ヨシオ君だけを特別扱いするわけにはいかんのだ。
 
 たった一人の犠牲で木連を救える。
 
 …我々は火星で、そして地球で、老いも若きも、男女の区別もなく殺したのだ。
 愛する者を残して死んでいったものもたくさんいただろう。
 その罪を、ヨシオ君はすべて背負って逝こうとしている。
 
 私が代わってやれるなら、代わってやりたかった…」

「でも…っ」

夏樹さんの涙に、俺は胸を締め付けられた。
そうだ……諦められるわけがない。
諦めるわけにはいかないんだ、まだ生きてる人だったら…。
全てをかけても助けたいと、思ってしまうんだよ…!
そうしなければ、肉体が亡びなくても、心が死んでしまうから…!

俺はつい前に出そうになってしまう。
目の前にいる二人が、お義父さんとユリカに重なって見えた。

この二人の姿は、
俺が帰らないまま、そしてユリカが生きて帰れていたらありえた、
お義父さんとユリカの姿そのものだった。

大罪人となった大事な人を、迎えに行きたいという気持ちを抑えられずに、
激情をぶつけることしかできないんだ…。

──俺は、またバカな無謀なことを考えてる。
戦いが続けられる保証のない身体で、木星にヤマサキを助けに行こうと言い出しそうになった。

だが、草壁さんは手で遮って俺を止めた。

少しだけ見えた、にらんだ目が、俺に情けをかけるなと警告していた。
…これ以上、互いに情を掛け合ってはいけないと。
命を賭けたヤマサキの行動を、信念を、穢してほしくないと言いたげに……。

「すまなかった、夏樹。
 だが、これ以上誰も悲しませたくない。
 地球も木連も…そして私もヨシオ君も。
 十分に戦争の愚かさを知ったのだ。
 私の…そしてヨシオ君の信念を、通させておくれ」

「…ずるいよ…お父様……」

夏樹さんはただ、崩れ落ちて涙をボロボロと流していた。
俺は……誰も死なせたくないと思いながらも…。

どうしても、たった一人だけは、死なせないといけないんだと…。

胸が痛んだ。
そして俺にはヤマサキを助ける資格すらも、ないんだって…。

ユリちゃんは俺の戦闘服の裾をしっかりつかんで声を殺して泣いていた。
…ユリちゃんも他人事じゃない。
目の前の二人の姿、この状況の意味、そしてヤマサキという人間を知ってしまったから…。

…もう、俺たちは殺し合うなんて二度とできない。

誰も、もう…傷ついてほしくない…。
ヤマサキすらも生きていてほしいとすら…思い始めているんだ。

「夏樹、泣いている場合か?」

俺たちが感情に揺れていたのを、どうでもよさそうに止める声がした。
黙っていた北斗が皮肉っぽい笑みとともに、夏樹さんに問いかけた。
…なんだ?
穏やかじゃないぞ…!

「月臣にしか詳しいことは話しちゃいないが…。
 外に居る血気盛んな連中は、今か今かと待ってるんだぞ?
 熱狂的な草壁の信者の…直情的なバカどもがな。
 
 ……ナデシコに恐れをなした草壁閣下が、地球に木星を売るという触れ込みでな」

「「「「!!」」」」

俺たちは驚いた。
確かに月臣自身も暗殺に手を染めた時に、そういう風なことを言われたんだろうが…。
今度は堂々と、しかも味方のトップにそういう目を向けているのか!?

「ま、待て!?
 俺は夏樹様に事情を聴いた後、
 彼らは俺が話を聞いてくるから待つように言ったはず…」

「俺が先んじて情報を流しておいたのさ。
 戦争を奪われて、力と熱血を持て余した連中が、ぶつける先を提示されて我慢できるか?

 無理だな。
 
 ナデシコの方は人の目があるからまだ襲撃には至っていないだろうが…。
 人気のない草壁閣下の屋敷だったらと踏み込むつもりだ。
 
 草壁閣下が本当に地球の勢力と通じているのか、
 そうでなければ地球の勢力が暗殺を企てているかもしれない…。
 
 どちらなのか見極めたいと思って待っているわけだ。
 もし暗殺を企てていたなら助けるために割って入るつもりだろうな。
 あのブラックサレナとナデシコの奮戦ぶりに驚いていたくせに、
 生身の相手ならどうとでもなると思っているらしい。
 …身の程も知らずに愚かしい考えをしてやがる」
 
北斗は俺の実力を見抜いているのか、その連中くらいなら蹴散らせるだろと言いたげだ。
だが…まずいな。
ここで事を荒立てるとなると、問題が多すぎる。
確かに殺さないで蹴散らすことくらいはできるかもしれないが、
俺たちが敵だったと触れ回られる可能性がある。
…離れているナデシコも危険になるかもしれん。

「夏樹、どうする?
 お前が説得するか?」

「…しないよ」

夏樹さんは俺たちをじっと見ると、先ほどの悲しみに満ちた顔が嘘のように…。
恨みと怒りの視線を向けて…。


「……ヨシオさんを、裏切ることだとしても。
 
 

 私は…あなたを許さない…!

 
 

 全てを奪われて野垂れ死になさいよ……!!」




───俺はその時。
かつての俺が、生まれる瞬間を目にした。



すべてを焼き尽くす憎悪の炎に囚われた、復讐者を…。




















〇火星・草壁の屋敷・居間──テンカワアキト
俺は、恐怖した。
突如豹変した、夏樹さん…年はそんなに離れてないだろうけど…。
そのすべてを憎むかのような瞳に、俺は恐怖した。
…たぶん、そのヤマサキ博士だかヨシオだかってやつの嫁さんだろうけど…。
一人で木星トカゲをけしかけた、ことになってるが…。
…この様子だと、木連の罪を背負うために一人でやったってことか。
ほ、ホシノ以上のトンデモ野郎じゃないか…。


パンッ!



乾いた音が、日本庭園に響いた。
北斗が手にしている、小型の拳銃を見ると…煙が上がっていた。
誰が撃たれた!?

「ぐ…」

「ごめんなさい、お父様…」

夏樹さんの申し訳なさそうな声が聞こえると、草壁さんが右腕を抑えてうめいていた。
…み、味方を撃つか!?
だがその直後、俺に拳銃が投げつけられて、俺は思わず掴んでしまった。


「草壁閣下が撃たれたぞ!
 敵の目的は和平交渉ではなく暗殺だ!
 

 丸腰に見せかけて夏樹様の銃を奪って発砲したぞ!!」


「「「「ええっ!?」」」」


俺はぎょっとして拳銃を落とした。
…な、なんだって!?
みんなも驚いて固まってしまっていた。


「やはり腐った地球の犬かッ!」


「閣下に何をするか貴様ッ!!」


「草壁閣下が地球に我らを売るはずがなかった!
 あくまで口車に載せるつもりだったのだ、地球の卑怯者は!!」



「うぐっ…。
 ま、まて、お前ら…」

草壁さんはうめきながら、かろうじて声を上げようとするが痛みで声がでないみたいだった。
次々に乗り込んでくる、白い学ランみたいな連中が、日本庭園を埋め尽くした。
先ほどまでは草壁さんを疑ってたみたいだが、俺たちが発砲したと認識して、
あっさり心変わりして守りに来たか!?
二十人は居る……こ、これは…!

「…テンカワ、お前はみんなを守って逃げろ!
 こいつらは俺じゃないと分が悪い!」

「アキトさん!?」

「アキト君!?」

「お兄ちゃん!?」

「ホシノ!?
 だ、だけど!」

「お前には防弾服もないし、
 拳銃への対処法はまだ教えてないだろ!
 いいから早く!
 すぐに追いつく!」

「わ、分かった!
 急ぐぞ、みんな!」

俺と白鳥さんはみんなを守りながら、かろうじて屋敷の勝手口から脱出した。
車に乗り込んで妙に待ち伏せが甘いな、と思っていたが、
白鳥さん曰く、正々堂々と正面からじゃないと木連の人たちは嫌がるそうだが…。

…だったらせめて多勢に無勢はやめた方がいいと思うんだけど…。
って、それどころじゃないよ、俺、とばっちりで暗殺犯扱いじゃんか…。
つ、ついて来なきゃよかった…。






















〇火星・草壁の屋敷・居間──草壁
…私は腕にかなり深い傷を負ってしまって、出血で意識がもうろうとしてしまっている。
く……こんなことをしている場合ではないのに、な…。
夏樹は、申し訳なさそうに腕にしっかり圧迫止血を行うと、
北斗と月臣とともにテンカワ…いやホシノアキトの戦いを見ていた。
過激で敵と味方の区別もつかない、愛しい熱血バカの部下だが…。
銃も持たずによく私を守ろうと飛んできたな。

「…あの男は、木連の柔が使えるのか?」

「……ああ。
 師匠は…月臣、君だ」

「なっ!?」

「未来での話だがな」

月臣はぎょっとした顔で私の方を見た。
…私がそそのかしたせいで白鳥を撃ったために、木連に居る資格を失ったとばかりに、
ネルガルの犬に成り下がった月臣がな…まさかあそこまで見事な柔を仕込んだとは…。

「…夏樹」

「……」

夏樹は呼んでも顔をこちらに向けることはなかった。
北斗も私を撃っても悪びれた顔すらしない。
…私はこの二人に撃たれても、何も文句が言えない立場だ。


だが、ここまで…表立って反抗してくるとは…。


北斗は人質のこともあるというのに、思い切ったことを…。


とはいえ夏樹はこのままでは…どうしたら…。

















〇火星・草壁の屋敷・日本庭園──ホシノアキト


バキッ!!


「ぐあぁっ!?」



俺は飛び掛かってきた男の顎に肘鉄を打ち付けると、次の相手に向き合った。
すでに十人ほど叩きのめしているが…。
卑怯なのは嫌なのか、銃はおろか短刀の類すら持っていない。
そして徒手空拳で、一対一の戦いで挑んできてくれている。
…考え方が偏ってるが、こちらとしては助かった。
テンカワを帰したのが悔やまれるな、あいつならいい練習になりそうなのに。
あと十人くらいか…。


「な、なんだ!?
 木連式柔を使うとは、貴様本当に地球出身か!?」



「何を不思議がってる?
 地球にも柔術の流派なんて無数にあるんだぞ。
 その一つが木連の柔術に似てたって不思議じゃないだろ」

……嘘っぱちだけどな。
こういう嘘、俺は苦手だからラピスに考えてもらったんだけど。

しかし…まだ後ろに控えてる月臣と北斗のことを考えると、体力を残しておきたいが。
北斗は五年後の実力ほどじゃないにしろ…隔壁をぶち破る拳というのは勝てる気がしない。
…参ったな。

「適当なところで逃げたいが、どうしたものか…」

ここで逃げ出したところで、追われるのは間違いないし…。
…しかも夏樹さんを説得するのは無理だろう。俺が言ったところでどうにもできない。
だが放っておいていい話でもない…どうすりゃいいんだ。

それに下手すると俺たちは逃げるように火星から出ないといけない。
ボソンジャンプの封印も出来ないままに…。

…最悪の事態が近づいてるな。

こういう時、ラピスに考えてほしかったんだが…。
ユリカ義姉さんだと、ここまでの荒事には向いてない。
ラピスの荒事に強い性格と何が何でも自分の都合を押し通す強引さ、
ユリカの知識力と判断力と自分の意思を通す強引さの組み合わせがあったら、
いい打開策を思いついてくれたかもしれないんだが…。
……考えてみると、どっちも強引なのか。
元々ラピスがユリカの脳髄の影響を受けてるとしても、強引さの種類が違うような…。

って、そういうことを考えてる場合じゃない!!


「でやっ!」


「うおわっ!?」


どしんっ!ざぼんっ!


俺は一人を投げ飛ばすと、受け身も取れず転がって池に落ちるのを見た。
…よし、痛がっちゃいるが溺れても居ないな。

「どけ、お前ら。
 どうやら俺の出番みたいだな」


「ちぃっ!
 邪魔をするな、赤毛のガキが!」


「あァ?」



「ひっ…」

北斗がずいっと前に出た。ここで来るのか!?
背の低い、しかし筋肉質で柔道でもやってそうなごつい男が北斗を止めたが、
不良のごとく軽く睨みつけると、男は実力差が分かったのかあっさりと引っ込んだ。
この程度の殺気をぶつけられただけで引っ込むとはな…。

…だが、この身体の小さな北斗の秘めてる殺気のすごさは桁が違うぞ…!

「どうやら思ったよりは怒っちゃいないみたいだな」

「ああ。
 ハメられたのは気に入らないけどな。
 …どうしてお前は夏樹さんをそそのかした?」

「ほう、ぼうっとしてるようだが気づいたか。
 …俺も訳アリでな」

「恨みか?」

「半分はな…」

「もう半分は?」

「お前に興味があるのと…夏樹が気に入ってるからだよ。


 …さぁ、やろうか!

 地球の英雄!
 
 影でコソコソやるのは、もう飽きた!
 
 がっぷし四つに組んで楽しもうじゃないか!」



……こいつ。
自分が楽しむためにわざわざこの状況を作ったのか?
それに訳アリって、どういうことだ?
いや…だが…。


「ご、ごめん!」


「「「「「「!?」」」」」」」



俺は全力で背中を向けて逃げ出した。
北斗のみならず、その場にいたほとんどの人間は驚いて立ち尽くしてしまった。
…ここやりあっても、どうしようもない。
この場で北斗も月臣も打ち倒すことができたとしても、意味がない。
力を誇示しようが何をしようが、誰も納得しないだろう。
暗殺の濡れ衣は晴れないが…草壁さんが生きている以上、釈明の機会はある。

月臣の白鳥さん暗殺の時とは状況が違うんだ。
今回の場合、北斗が俺と戦いたいからという理由で暗殺ごっこを仕掛けたに過ぎない。

夏樹さんの俺への恨みは本物だが…。
草壁さんを自分で撃たなかったばかりでなく、致命傷を負わせるでもなく、治療した。

まだ迷いがある。

今はひとまず流れを断ち切って、
状況を整理するして、ナデシコの無事を確認する。
全てはそれからだ。
…こういう策に弱い俺はこれくらいしか思いつかないんだよなぁ。


「こ、この状況で逃げる奴があるか!?」


「そんなこと言われてもーーーーっ!」



北斗に抗議をされながらも、俺は逃げた。
北斗自身も闘気がなえてしまったのか追ってこなかった。

…俺はやはり、根の部分ではテンカワアキトなのは変わらないんだろう。
なんていうか…空気が読めないっていうか、微妙に逃げ癖が抜けきってないんだな…。


……はぁ、勘弁してくれ。

















〇火星・草壁の屋敷から数キロ離れた場所──ユリカ
……私達、アキト君を置いて少し離れた場所で待機してるんだけど…。
アキト曰く、『俺だったら無理があったら適当なところで逃げると思うから』と、
ちょっと離れた場所でアキト君が来るのを待ってるんだけど…そろそろ10分くらいかなぁ。

「お兄ちゃん、加勢しに行かないの?」

「…アイちゃん。
 俺もちょっとは特訓してもらったんだけど格闘の実戦はそんなにないし、
 ホシノの言う通り銃を持ち出されると対応しきれないんだよ…」

「でも身のこなしが別人みたいだよ、お兄ちゃん。
 …この時期にそこまで鍛えぬいちゃうなんて、びっくりしたわ」

「アキトさんって意外と人を教えるのが得意なんです。
 パイロットの養成業務もしてたことがあるんですよ」

「へぇ!
 お兄ちゃんってばやるじゃない」

ユリちゃんの言葉に、驚いたようにアイちゃんは振り向いた。
…たまにちょっとお姉さんっぽいというかおばさんっぽい喋りになるよね、アイちゃん。
未来ではボソンジャンプのせいで成人してたっていうけど、実年齢はいくつなんだろ…。

「あ、戻ってきたよ!
 後ろから追っかけてくる人はひとまずいないみたい」

「…木連の人たち、意外と薄情なんだな」

アキトが呆れたようにコメントを残す。
…でも無事でよかった。
だけど…アキトが暗殺犯の濡れ衣を着せられちゃったけど、大丈夫…かなぁ…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



私達はコミュニケでナデシコにドックから一度出て危険を回避することを伝えると、
迎えに来たナデシコに、白鳥さんと送迎の車両ごと乗り込んで帰還した。
その後、一応火星内の放送を確認して、
私達が指名手配されていないことを確認してひとまず安堵した。
…ここで畳み込まれちゃうと、火星から逃げてもアキトがあぶないもん。
よかったぁ。

「…うかつだった。
 草壁さんの方に気を取られて伏兵が居るのに気が付けなかった」

「アキトさん、気にしないで下さい。
 本当に暗殺だったらアウトでしたけど」

帰ってから、ユリちゃんはアキト君を励ましていた。
…でもどうしようかなぁ。
なんて話をしてると、草壁さんからの通信が届いた。
草壁さんも重傷ではあるけど輸血と治療が終わって、話す余裕が出たみたい。

『…娘が、すまなかった。
 一応こちらの過激な将校たちも、説得はしたんだが、
 納得してくれなかった』

「…でしょうね」

ユリちゃんが呆れたようにため息を吐いた。
…夏樹さん、可哀想だけどアキトを暗殺犯にしようとするなんてひどいよ。
で、でも…私のアキトが一人で戦争の罪を背負おうとしたらどうするんだろう…。
ナデシコがあったら迎えに行くって張り切るけど、
ナデシコもなくて、戦力差がすごかったら、私だってできないかもしれないもん。
…でもヤマサキ博士さんを私達が迎えに行こうにも、
ナデシコ一隻じゃ…火星の戦力以上に本拠地には敵がいるだろうし、助けてあげられるかどうか…。

草壁さんは、あの後の出来事を話してくれた。
かろうじて暗殺未遂を第三者の別人が起こしたことにして、収めることに成功したみたい。
ちょっと無理があったけど、アキト君に変装した別人のせいにしたの。
草壁さんは止めようとしたが、重傷のために声が出なかったって。
夏樹さんのことについて広めたくないという草壁さんの希望もあって、
一度、木連と火星の両者のためにも、仕切り直しをしたいと伝えてくれた。
全部聞いた後、アキト君も珍しく眉間にしわを寄せてため息を吐いた。

「…どうするべきなんだ、草壁さん。
 一応、報道の方までは行ってないみたいだけど」

『それがな…。
 今回のことは知っての通りあの北斗の目論見も半分あったんだが、
 まんまとその策にハマってしまったらしい』

「なに?」

アキト君が怪訝そうな顔をしていたけど、
次に出てきた言葉にあっけに取られていた。

『暗殺の件が私の証言で不発に終わると、
 どうやら撮影していた映像を編集して、
 君が「親交を深めるための武道試合」を放棄して逃げ帰ったと広めたらしい。
 

 「我らの友好を妨げ、逃げる卑怯者の言うことなど信用に値しない。
  地球が我らと和平を望んでいるというのであれば…。
  再戦に望め、ホシノアキト!」

 
 ……と、血気盛んな若手の将校が触れ回ってるらしくてな…。
 そろそろ報道が届くかもしれない。
 
 …すまないが、明日、試合に付き合ってくれないだろうか…』

…私達は、ぽかんと口を開けて呆れることしかできなかった。
アキト君曰く、北斗って少年がアキト君と戦いたがってたって言ったけど…。
夏樹さんのほうも、アキト君に怒ってたけど…。

…どうしてそうなっちゃったのかなぁ。

「………。
 か、勘弁してくれ……」

「リメンバーパールハーバー?」

「ユリカ姉さん、そんな二十世紀のヒール扱いの日本人空手家みたいに…」

アキト君とユリちゃんが頭を抱えてる。
わ、私まで頭が痛くなってきちゃった…。



















〇火星・草壁の屋敷・夏樹の部屋──北斗
俺は夏樹につかまって、延々と愚痴を聞かされていた。
ホシノアキトの奴が逃亡してしまったせいで、えらいめにあってしまった。
…あの臆病者にはいら立たされたが、あの場ではああするしかなかったんだろう。


「…何がいい方法を思いついた、よ!
 何もうまくいかなかったじゃない!?」



「そういうな。
 俺の目論見通りに、これであいつらも逃げ場がなくなった。
 どっちに転んでもあいつを殴り殺す機会があるのには変わりない。
 あのバカ連中が拳銃の一つも持たずに綺麗事にこだわって乱闘したのが悪い。
 
 …もっとも、ホシノアキトもあの場で逃げ出すとは思わなかったがな」

俺も熱血バカのしか知らんからあの場で逃げる選択をするとは、
まったく思わなかった。
頭は悪いようだが、バカなりにあの場で逃げる選択ができる程度の冷静さはあるようだ。
それに対して、夏樹は…怒りで顔を真っ赤にしている。
恨みの熟成がまだ甘いのか、こういう感じでしか表現できないんだろう。

「それにあのホシノアキト…技量的に月臣と互角か、それよりは下のようだ。
 俺だったら全力を出さなくとも勝てる。
 試合に持ち込んで、止められる前にとどめを刺せる。
 
 …それなら文句はないだろ?」

俺も二手三手先を読んで熱血バカどもをけしかけて、
もし失敗しても決闘に持ち込む方法くらいは考えていた。
かつて地球と木星の間に戦争を生んだ政治家のやり口と同じで、
いい感じに戦争になるように都合よく事情を切り取った。
マスコミもネタには事欠いていたし、戦争を止められて怒りのぶつけ先を失った連中も、
ちょうどいい仮想敵の出現に沸きに沸いている。
このまま何もせずにナデシコを火星から出すのは嫌がるだろう。

……夏樹と同じようにな。

「…。
 私にはそれ以外に取れる選択肢なんてないもの。
 北斗、あなたを信じるから必ず殺して。
 
 …でも、いいの?
 
 私のせいで、あなたのお父様の言いつけを破って…。
 あなただって人質がいるって…」

「夏樹の命令に俺が逆らえる訳がないだろ?
 確かに俺も人質も、今回のことが露見すればただじゃ済まないだろうが…。
 そうなればお前も裁かれる。
 あのお優しくなった草壁閣下じゃぁ、そこまではできんだろう」

かつての強い軍指導者だった頃の草壁だったら…。
外道衆を積極的に動かす、冷徹になり切れる、野心に燃える男なら話は別だが、
今の情に絆された状態ではどうしようもあるまい。

──それにこれだけ騒ぎになれば、
もしかしたら…呼び寄せられるかもしれないしな。

「…だったら気にすることはないわね」

「ああ、任せろ」

今まで、気がつく機会がなかったが…今日のことでよくわかった。
俺が夏樹を妙に気に入ったのは、俺と同じものを持っていたからだ。
自分の存在を歪め、すべて奪い、自分の生きかたすら決めさせない親を持っている。

草壁も、優しさを得ようが過去を後悔しようが根は変わらん。

犠牲を出しながら自分の正義を貫き通そうとしている。
自分の家族だろうとなんだろうと特別扱いしようとはしない。
あくまで木連の歯車として役立てるつもりでいる。

…そうでなければここまではやらんだろう。
もしそうでないというなら…もう少しやり方があるだろうよ。

とはいえ…。
さしあたっては…。

「…楽しみだ」

あの、ホシノアキトという男…。
どこかあいつに似てる匂いがするが、どうやって狂気を隠しているのやら。

──俺はホシノアキトが実力以上の力を出せる可能性を、夏樹に言わなかった。

奴の底しれない力を、引き出して、その上で勝って見せる。
ここまで隠れ続けた人生に、今更力だの名誉だのには興味はないが…。


生まれて初めて俺の全力を受け切れる奴が来てくれたんだからな!!



















○火星・スタジアム──ルリ
…とんでもないことになっちゃいました。
私たちはアキト兄さんたちが戻った後、リベンジマッチを組まれてしまいましたが、
昨日の火星突入の激戦の疲れもあり一晩置いての試合となりました。
ことの発端が暗殺未遂冤罪ということもあり、穏便な代替案ではありますけど。

「なんかへんなことになっちゃったねぇ」

「…はぁ」

私とユリカ姉さんは来賓席に通されて座っています。
セコンドにはユリ姉さんとミナトさんがついているようです。
テンカワさんとアオイさんのドタバタな決闘の時みたいです。

「ユリカ姉さん、セコンドにつかなくてよかったんですか?」

「あ、あはは…不器用だからやめといて欲しいって、断られちゃって…」

「…そうですね、それは納得です」

…ユリカ姉さんの手先の不器用さは致命的なところがあります。
順序をしっかり守ったり覚えたりは得意なので練習次第、
というのがホウメイさんの評価でしたけど、すぐにセコンドは無理ですね。
テンカワさんは断らなさそうですから、アキト兄さんがくぎを刺した形みたいですね。

そういえば…昨日は色々大変すぎてクルーはほぼ全員ぶっ倒れるように寝てしまいましたが、
アキト兄さんが未来のテンカワさんで、
ユリ姉さんも未来の私だったと、確定しました。

その先についての細かい事情は後でちゃんと説明するとは言われましたが…。
…やっぱりそうだったんですね。
私たちの事情をよく知ってて手助けしてくれていた…。
そしてこの戦争の真実も知っていた理由が明らかになりました。
ボソンジャンプの争奪戦についての話も、
そしてそのせいでタイムスリップしたのも、頷けます。

ただ、そうなるとアキト兄さんがクローンであることが謎になります。
別の肉体を手に入れるって言っても…偶然にしては出来すぎてます。
それに、そうなるとテンカワさんのクローンだった可能性も出てきました。
誰かが仕組まないとこんなに都合よく作れないと思うんです。

…やめましょう、まずはこの場を無事にやり過ごしてから考えましょう。

情報が少なすぎます。
全員に話をしっかり聞いてからにしましょう。
解説席に座ってる、私と同い年くらいのアイって子もアキト兄さんの関係者みたいですし。
ちなみにその隣には、メグミさんが座ってます。
どうやら実況はメグミさんみたいですね。
てっきりこういう賑やかしはウリバタケさんがやると思ったんですけど。

「それでは、今回の親善試合リターンマッチのルール説明を行います」

メグミさんが冷静に渡された原稿を読み上げはじめました。

ルールは三対三の勝ち抜きチーム戦。

試合の決着は総合格闘技のルールをそのまま採用しており、
3ダウンノックアウト、気絶、ドクターストップ、ギブアップ、
セコンドからのタオルストップなどで決着します。

頭突き、金的、目潰し、関節の破壊などは当然反則行為で、
加えて木連式柔の禁じ手関係は全部禁止。

二十世紀から続く古めかしい闘技場の形として残る、
この四角いジャングルを前に観客はすでに沸きに沸いてます。


「地球の根性なしをぶちのめせーっ!」


「逃げ出した臆病者なんかに負けんなよぉーっ!」


「我ら木連男児の心意気を見せてやれぇーっ!」



……ずいぶん好き勝手言ってくれちゃって。
どうやら、この戦いは親善試合というよりは、
戦争を強制終了させられた人のうっぷん晴らしのようですね。
まあ物騒なことも結構言ってますが、ぶっ殺せ、とは言わないあたり、
敵対していたはずの木連の人たちも人の死に敏感になってるらしいです。

アキト兄さん、テンカワさん、ヤマダさんが柔軟体操とウォームアップをしています。
対する木連の三銃士は、通称三羽ガラスと呼ばれる、
白鳥さん、月臣さん、そして秋山さんというゲキガン度高めの三人。

「ホンット、ヤマダ君と瓜二つよねぇ。
 表情が全然違うけど」

「フッ、ミナトさんよぉ。
 奴とはすでに兄弟の杯を交わしたも同然だぜ。
 イチロウ兄さんにゃ悪いが、本物の兄弟以上にガッチリ息が合う。
 いいやつだぜ、あいつぁ。
 もっとも、昨日の敵は今日の友、その翌日にまたこうして戦うことになるとは、
 思っちゃいなかったがなぁ」

…ヤマダさんと白鳥さんは見た目も趣味もまったく一緒で、
ナデシコに乗り込んで挨拶を交わすと即意気投合して、
完全徹夜でゲキガンガー全話を見てたそうです。
目の下にクマが出来てますけど、それでもぴんぴんしてます。
…楽しそうで何より、と言っておきましょうか。


「なにっ!?それは本当か!?」



「ああ、幻の13話、9話、33話、全部見た!
 惜しいことに今日の支度もあるので見れなかったが…劇場版もあるらしいぞぉ!
 ヤマダも重度のゲキガンガーマニアだ。
 地球からゲキガンガーの使者が現れてくれたんだ!!」

「ほほ~~~~そいつぁめでてぇなぁ、九十九。
 ここに集まった連中が聞いたらさぞ喜ぶだろうぜぇ」

……いえ、そもそも熱血バカが今回の対戦相手でした。
どうやら木連という国ができるまえの祖先の時代、
月の独立運動を火星から木星に逃れる時、
唯一残った娯楽のゲキガンガーが木連では聖典らしく…。

……木連男児=ゲキガンガーマニアだそうです。

「…木連の男の人って……バカ?」

「る、ルリちゃん、しーっ…」

…さすがにユリカ姉さんでも止めちゃうレベルの失言ですね、これ。
私も、バカ…。


















○火星・スタジアム──ホシノアキト
……どうしてこう、俺は嵌められる運命にあるんだろう。
かつてパイロットとしてだましだまし戦わされたこともあるし…。
エリナに乗せられてボソンジャンプをさせられたり、シャトルを爆破されて誘拐されたり、
火星のユリカとの最後の痴話げんかの時、
ルリちゃんに全方位に会話と映像を流されて既成事実を広められてしまうし…。
この世界に来てからも、アカツキと戦わざるを得なくなったり、
ラピスに『世紀末の魔術師』にならざるを得ない状況を作られたり、
カエンたちのこともそうだったし、映画もそうだし、挙句にこ、これか…。

い、いいんだ…。
テンカワアキト時代はともかく、今は割と助かることも多いから、いいんだ…。
致命傷にならない範囲ならいいんだ…が。
…一生こういう運命な気がしてならない。

自分で選んでる部分もあるからいいんだけどさ…とほほ…。

「…おーい、ホシノ。
 何いじけてんだよ」

「うっせい。
 ちょっと情けなくなってきただけだい」

…ここまで、色々関与してやったので、
テンカワの苦労を減らすことはできたけど、なんか癪になってきた。
…後で俺のナデシコ時代の苦労を滔々と話してやる。

それにしても、うう…色々心配事残ってるのにまたこんな格闘ごっこをすることになるとは…。

…だが。

「アキトさん、緊張してます?」

「…してる。
 正直言うけど…俺は月臣には、試合形式だと勝てないんだよ」

「「えっ!?」」

俺は月臣の方を見ると、愚痴っぽい思考を打ち切った。
そして驚くテンカワとセコンドのユリちゃんに、事情を話した。
俺は月臣の木連式柔の奥義はすべて伝授されたものの…。
『禁じ手』を封じた格闘試合に関しては一回も勝てたことがないと。
それは最後の最後まで覆ることはなかった。
何をどうしても骨身にしみ込んだ、あの技術を上回ることはなかったんだ。
あの墓場での前哨戦で、月臣が刀を持った六連をあっさりと叩きのめしたのがその証拠だ。
武器あり、ルール無用ならまだしも、素手の試合形式じゃ勝てる相手じゃないんだ。
まして全盛期の七割そこそこの力しかない今の俺では、まず勝ち目はないだろう。

「…禁じ手ありなら勝てたかもしれないが、
 あの状況だと相手をいたわらない戦いしかしない前提があったから、
 禁じ手中心の鍛錬をしたからなんだよ」
 
「…そうなんですか。
 でも、別に勝たなくてもいい試合じゃないですか?」

「そうなんだけど…。
 …やるってなるとどうしても勝とうとしちゃうんだよな。
 それに月臣の場合、俺が手を抜くとバレる。
 ちゃんとやる必要自体はあるんだよ」

「…お前、そういうとこ真面目だよな」

……同一人物がいうか、テンカワ。
そして、ついにゴングが鳴った。


カァーーーーンッ!


「「ゲキガン・パァーンンチッ!!」」



二人の、声もそっくりなゲキガンパンチが交錯し、激しく熱い戦いが始まった…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そして、あっという間にラウンドは6までもつれ込んだ。
ガイは一部訓練を一緒に行ったこともあって、さらに体力が増していた。
そのタフさと強さに圧倒されるかと思ったが、白鳥さんの方が技が優れている。
木連式柔は優人部隊でも必修科目だ。
とはいえ、この三人のうちで威力の高い奥義を扱えるのは、
木連式柔の総本家の家に生まれ、免許皆伝を授かったのは月臣一人だけだ。
他の優人部隊の場合は空手に毛が生えた程度にしか使えないわけだ。
当然試合はタフさで優るガイの優勢で進んだ。


「なにやってるのよお兄ちゃん!
 打ち負けちゃだめじゃないっ!」



「し、しかしなユキナ…あいつ、ゲキガニウム合金みたいに硬いぞ…。
 こ、こっちが三倍は打ち込んでるのに、
 びくともしない…」


「情けないこと言わないの!
 地球のそっくりさんに負けたら火星を追い出しちゃうんだからっ!
 ほら、うがいして!」



甲斐甲斐しいユキナちゃんのセコンドサポートを受けながら、
白鳥さんは腫れた顔をさすっていた。
…しかし奇妙なもんだな。
未来ではミナトさんが惹かれた白鳥さんが…。
妹のユキナちゃんに支えながら、ミナトさんがセコンドのガイと戦わされるんだから…。

……しかし俺自身とテンカワよりも似て見えるんだよな、この二人。
表情と性格以外は本当にそっくりだ。
そして、試合は再開したわけだが…。


「ガァイ!スゥパアアアア…」


「!!」



白鳥さんをコーナーポストに追い込んで、
お得意のアッパーカットをぶちかまそうとしたガイ。
しかし…。


「ンナッパァァアーーーッ!!」


ガツンッ!!


「き、決まったぁーーーっ!
 ヤマダさんのアッパーカットが、見事白鳥さんの顎に突き刺さったぁ!!」


「これは立てないわ!
 あのオーバースイングが直撃したら、脳震盪起こしててもおかしくないもの!」


「い…いえ!
 白鳥さん、かろうじて立ってます!」



ガイのアッパーカットが直撃して、
白鳥さんはロープにうなだれてもたれかかったようにロープダウンした。
メグミちゃんとアイちゃんの実況解説が響く中、それでも白鳥さんは立っていた。
だが、ちょっと様子が妙だ…。


「し、白鳥さん、とっさにロープをつかんでたのか!?
 …!そ、そうか!!」

「何だ!?何があったんだよ、ホシノ!?」

「見ろ!」

俺は白鳥さんの背後に、ガイ側のセコンドのミナトさんが居るのが見えた。
すぐに治療やサポートに入れるように備えていたのだが…

「白鳥さんはガイのアッパーカットを防御したら、
 自分が吹っ飛んでミナトさんを押しつぶすと気づいて、
 とっさに防御するんじゃなくてロープを腕にからめて、
 ふっとばないように自分で縛り付けたんだ!」

「なんだって!?」

「う、そ…」

白鳥さんがもうろうとしながらガイを見ていた。
この場合はガイのアッパーカットをかわすか、反撃してつぶすのがベストだったが…。
白鳥さんもダメージが大きすぎて判断力が鈍っていたんだろう。
…それでも、このダメージでまだ戦おうとしている、のか…。

「あた、りまえだ…。
 …女性は…この世の宝なんだ…地球も火星も関係ない…。
 こんな試合のために…私のような未熟もののために…。
 傷ついてしまう女性を出して…たま…る…か…」

ミナトさんは、驚きながらロープダウンする白鳥さんを見た。
そして、白鳥さんはすぐに気絶してしまった。
レフェリーはその姿を見て、カウントをとるでもなく震えていた。
観客たちも同じだった。
白鳥さんがとっさに取った自分の身を犠牲にした行動に、魅せられていた。

そして、ガイは涙を流しながら叫んだ。


「お…。

 俺の負けだぁぁーーーーッ!!
 
 勝つことにこだわって…。
 
 俺のせいで傷つく人に気が付かないで攻め続けるなんて…。
 
 そんなのはヒーローのすることじゃねぇーーーーッ!!
 
 すまねぇ九十九ォーーーーッ!!ミナトさーーーーん!!」



ガイはその場に膝をついて、泣き崩れた。
き、気持ちはわかるが相変わらず激しいな、お前…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


幸い、白鳥さんは介抱するとすぐに意識をとりもどした。
そして、ガイは試合後、白鳥さんに肩を貸して、
ユキナちゃんとミナトさんとともにスタジアムから出て行った。
もっとも、無理はできないのですぐに医務室行きだが…。

「…お兄ちゃんのバカッ!!
 地球の女なんかかばって…!」

「お、おい…ご客人に失礼だぞ、ユキナ」

「いいのよ、白鳥さん。
 …かばってくれてありがとね」

「い、いえ。
 私は、そんな…」

「へっ、胸を張れよ九十九。
 俺はお前みたいなゲキガンガー道を貫ける友達が出来て本当に嬉しいぜ!
 なあ!ミナトさんだって、こいつが最高にカッコイイと思ったろ!?」

「えっ、その……。

 ……うん」

出ていく前の治療時、
ミナトさんに解放されて白鳥さんは顔を赤くしてしまった。
白鳥さんとミナトさん……なんか、すごいいい雰囲気になっちゃってるな。
これ…俺もちょっとぐっと来ちゃうよ…。
こんな…見れるはずがなかった景色が…こんな形で…。


パチパチパチパチ…!


「よくやったぞ九十九ぉーーーー!
 木連軍人、木連男児の鏡だ!!」


「ヤマダァーーー!
 潔くよく負けを認めるとは見上げた奴!
 お前も九十九の猛攻に屈せずよく戦ったぞぉ!
 地球のゲキガンガーマニアの底力、とくと見せてもらったぁ!」


「へっ!あったりめえだぜぇ!」

先ほどまでの、観客の俺たちへの怒りは薄らいで、
ガイと白鳥さんの試合に心を打たれている…。
地球代表として扱われ、卑怯者扱いされて仮想敵扱いされた時はヒヤッとしたが…。

たった一戦の試合で、みんな同じ気持ちになれたんだ。

勝ちにこだわって、自分が友を、仲間を傷つけてしまうことに気が付かなかったと悔いたガイ。
そして自分の身を挺して敵であろうとかばおうとした白鳥さん。

二人の、鏡写しのようなガイと白鳥さんが互いを認め合う姿を見て…。
こんな風に地球と木連が和解できたら、とみんなが思えたんだろう。

……乗り気じゃなかったけど、こんな形の戦いがあるんだな…。

ひょっとしたらこの二人の方が、
俺なんかよりずっと人の心を救えるのかもしれないな…。



そして、第二戦。
本来は勝ち抜き試合だから白鳥さんが続投だけど、
白鳥さんの負傷はそれどころじゃないのでガイと一緒に戦闘終了となって、
テンカワが、秋山さんと対決することになったが…。

こちらは、あっさりと片がついてしまった。

「せやっ!!」

「どぁぁっ!?」

膠着状態が続いたのち、秋山さんが投げに行こうとしたところで、
テンカワはすれ違うようにスライディングを行い、
道着姿だった秋山さんのズボン部分に手を突っ込んで転ばせた。
同時に、転んだ勢いを自分がちょうどいいように立ち上がって加速させ、軽々と宙にうかせた。
さらに自分の体の向きを反転して、足をひっつかんで一本背負いのようにたたきつけた!


木連式柔奥義『地返し』!!


ごあっ!どがんっ!



秋山さんの体はリングにたたきつけられて大きくバウンドしてしまった。
足を引っかけられて前に転ぶ形から、大きく加速をつけて一回転してたたきつけられた。
受け身がとれなければ鼻の骨折や、眉間をたたきつけられてしまうだろう。

テンカワは、加減ができなかったかと冷や汗をかきながらコーナーポストに戻った。
そして、カウントが9になるところで秋山さんは立ち上がろうとしたが、
力尽きてリングにへたり込んでため息をついた。

「…はぁ、こりゃ強烈だ。
 月臣張りの投げとは、参った参った」

そしてカウントが10を刻み、秋山さんは立ち上がれないまま決着がついてしまった。
…ほ、なんとかなったか…だが…。

「……」

次の月臣はどうにもならんだろうな…せめて癖を知ってる俺が相手じゃないと。
そして、俺はテンカワと代わることにした。
テンカワはまだ余裕があるというが、北斗のこともあるし、
俺が戦闘不能になったら脱出の時に困るから、一人は無事でいたほうがいい、
と提案すると引っ込んだ。

「…アキトさん、けがはしないで下さいね」

「大丈夫、月臣は正々堂々としてるから。
 …死なせない戦いも得意なんだよ、あいつは」

月臣という男は…。
敵と判断すれば親友でも殺せる冷徹さを持っているが、
基本的には頭は固いが義理堅く、感情の豊かな男だ。
…いや、感情の豊かな男だからこそ白鳥さんを撃ってしまったのかもしれない。
今も、草壁さんに向かって一礼して…北斗の銃撃から守れなかったことを謝罪している。
そういえば…夏樹さんと北斗の姿がないな。
姿を現すと思ってたんだけど。

もはや俺たちの関係を知っている以上、月臣は俺を殺せない。
元々、素手の戦いで相手を殺すのは自分の武道を穢すと考える方だからな。
……そう考えると、ネルガルのシークレットサービスになったのは、
白鳥さんを撃った時のことがあったから、なんだろうな…。

「…ホシノアキト。
 戦う前に少しいいか」

月臣は俺を呼び止めると、レフェリーが離れているのを確認して頷いた。
……気になることがたくさんあるだろうな。
話したら動揺を誘うのと変わらないことを聞かれてしまいそうだが…。














○火星・スタジアム──月臣
…俺はホシノアキトと草壁閣下がただならぬ関係であることを、
そして跳躍で未来から戻ってきたことを知ったが…。
何故、奴とテンカワは木連式柔を扱い、
そして未来では俺が師匠だったのかを知る必要があると思った。
その理由を問うと、草壁閣下に対抗するために俺が教えたと言われて混乱した。

「なぜだ!?
 何故俺が閣下に敵対するなど…」

「声が大きいって、月臣。
 …事情が複雑なんだ。
 お前は草壁さんにそそのかされて白鳥さんを撃ったんだよ」


「ばっ、バカなっ!!
 試合の前だから、俺を動揺させようとしているんだろう!?」



「…すまん、そうだったらいいんだけど。
 嘘じゃない、草壁さんに直接聞いてくれればわかる。
 ……とにかく、詳しいことはここじゃ言えないけど。
 ボソン…跳躍の一件で問題を起こしていた草壁さんを止めたいという気持ちもあったんだろう。
 俺に協力してくれたのは、この二つが主な理由だった。
 
 …これ以上は言えない。
 言ったら、お前はもっと悲しむだけだから」

俺はホシノアキトの言葉を嘘だと信じたかった。
だが、申し訳なさそうに、俺をよく知っているような態度で語るこいつの態度に真実味を感じた。
会場が俺の上げた大声に反応してざわつく中、俺は草壁閣下の方を見た。

草壁閣下も、ホシノアキトと同じ表情をしていた…。

…嘘では、ないのですね。閣下…。
……。

「…だったら、俺と拳を交わせ。
 そうすればお前に直伝したという木連式柔が本物かどうか分かる。
 ……もし半端だったり、俺が教えたものじゃなかったらどうなるか分かってるだろうな」

「…ああ」

ホシノアキトはただ深く頷いた…。
だったら…

「手加減などしないぞ。
 死んでも恨むな」

「お前らしいよ、月臣」

…ホシノアキトの懐かしそうな顔に、俺はすでに確信を持っている。
それでも…確かめずにいられない。

……俺の存在すら揺るがす、嘘と思いたい言葉が、真実かどうかを…。


















○火星・スタジアム──ユリ
…私はアキトさんの戦いを、こうやって身近に見るのは二度目です。
なんだかんだでちょっと離れた位置だったり、戦いの終わり際だけを見てるくらいで…。
頼りにされているのは分かっていても、ちょっとだけ寂しく思ってました。
……でも、ちょっとだけ後悔してます。


ゴッ!バチッ!



アキトさんと月臣さんの戦いは、始まって十分で…死闘と化してました。
どちらの技も、極まっている、完成されたものです。
そしてその威力は、お互いの肉体を徹底的に痛めつけています。

二人の攻撃は、どちらも一撃必殺。

受ければ一発KOすらあり得る威力があります。
その技が、お互いに届く前に衝突する。
シンクロしてるかのように、全く同じ速度、同じ威力でぶつかり合ってます。

それを十分間、一秒の停止もなく一切止めていません。

数多の拳が、技が交錯する…三ラウンド分を一度に、
しかもこんな緊張感の中でも、二人は全く集中を崩していません。
レフェリーもゴングは全く動けません。ラウンドを止めることすら忘れています。
観客も、テンカワさんもミナトさんも、応援に来てるナデシコクルー全員も。


そのせいで二人の両手足はすでに青あざが無数に刻まれており、
これ以上の続行が不可能としか思えません。
…こんなアキトさんの姿を身近で見たくなんかなかった。
でも…。

もう私は退かない!
退いてはいけないんです!

アキトさんがいつもいつも命を賭けて戦っている時、そばに居られませんでした。
この瞬間、私がアキトさんの傷つく姿から目をそらしてしまったら、
誰がアキトさんを支えるっていうんですか…!

アキトさんと生きることを決めた、この世界にきたあの日からずっと。

ユリカさんの分までアキトさんを支えたいって思ったんです!

ユリカさんと同じ因子の遺伝子で!
ユリカさんと同じくらい愛して、添い遂げて見せると誓ったんです!

だから…。


「アキトさぁぁああんッ!

 負けないで…ッ!」



こんな、負けてもいいようなバカげた試合なんて、
本当はどうでもいいんです。

でも、それでも勝とうとしているアキトさん。
アキトさんが負ける姿を見たくないってだけでここに居る、私。

やっぱバカです、私達。

肝心なところで自分が出ちゃいます。
わがままになっちゃいます。

…私の中に、こんなものが眠っているなんて、気が付かなかった。

ホシノルリとして、最後に通そうとしたわがままと同じ。
最後の最後で遺跡の演算ユニットを壊せなかった、私…。
そのせいでアキトさんが、ユリカさんが苦しんだとしってもなお。
あの夏樹という人の悲しみを知ってなお。

そのバカを引っ込められないんです!砕けないんです!

こんなつまらない、些細なことで始まった試合でも!

あ……。


どかっ!!



ついにアキトさんが、ミリセコンドの競り合いに負けた…。
腹に一撃を喰らって、そして宙に舞ってしまいました。
リングにたたきつけられて、かろうじて受け身は取れていますが、うめいています。
私は反射的にタオルを投げ込もうと、一心に思ってしまいましたが…。

「ま、まだ…。
 まだいけるよ…」

「でも、アキトさん!」

「ここで逃げちゃ…ダメなんだ。
 負けるにしても…前のめりじゃなきゃ…」

私がタオルを投げ入れようとしたのを見て、アキトさんは私を止めました。
レフェリーはようやく目が覚めたようにダウンカウントをとりました。
アキトさんはカウント8で構え直しました…。
そして、再び激しい打ち合いに突入して…!

「だ、ダメですッ!
 ここでアキトさんを守れないと、私っ…!」

再び、私はタオルを手にしましたが、直後見えた光景に我を失いました。


どんっ!


「がはぁっ!?」



アキトさんは打ち合いから、今度は急にすっと外れてしまいました。
そして、拳を音もなく近づけて、震脚を繰り出したんです!

「ワン、インチ…」

相手から三センチだけ離れた距離から繰り出す必殺技。
私がテンカワさんに教えたワンインチブロー。
その場に居たアキトさんも一瞬で覚えました。
ブラックサレナが敵に回った時にもアキトさんが繰り出した、奥の手…。

アキトさんが持っている技術を深く知っていれば知っているほど、
この技は想定外で回避できません。
月臣さんはアキトさんが木連式柔でしか戦わないと踏んで、
乱取り稽古めいた、型の決まった打ち合いを仕掛けてきたようですが、
ここでアキトさんが調子を外してきて、急に対応できなくなったようです。

!!


どんっ!どんっ!どんっ!どごぉんっ!



アキトさんは、月臣さんが吹っ飛ばされてロープに押し込まれ、
ピンボールのように跳ね返ってくるのに合わせて、
おかわりを差し出すが如く、ワンインチブローを繰り返し浴びせ、
またロープに押し込んで…最後の一撃は上方向にワンインチ!?
そ、そんなことできるんですか!?


「ぐごはぁっ!?」



上方向に、アッパーのようなワンインチが繰り出され、
月臣さんは漫画のように上にきりもみ状態で吹き飛ばされてしまって…。
地上三階ほどの高さに打ち上げられてしまいました。お、落ち…。


がしっ!



するとアキトさんはがっしりと月臣さんを受け止め、リングにそっと置きました。
呼吸困難の状態の月臣さんに睨まれていました…。
だ、大丈夫ですか…?

「悪い、月臣。
 やっぱり木連式柔じゃお前には勝てないみたいだ。
 …負けたくなくて、つい邪道に走っちゃて、ごめんな」

「…!!…ぃ!!」

月臣さんは、意識は失ってないようですが、呼吸困難と怒りでパニくってます。
…最後の一発の威力、すごいように見えましたけど、あれは当ててないんですね。
拳に顎を乗せて上に打ち上げた、ワンインチブローじゃなくてゼロインチ投げなんですか。
…このダメージ量だと、あくまで四回打ち出したワンインチのうち、攻撃に使ったのは一回か二回。
それだけみぞおちに直撃させ、呼吸困難を残りはすべて『三半規管を狂わせて立てないようにする』のが目的。
……このリングと言う環境、そして10カウントKOが狙える試合という形式をフル活用したんです。
月臣さんは頭を振っていますが、膝が立っていません。
い、意外とアキトさんってこういう時ずる賢いんですよね。
誰に似たんでしょう?
テンカワさんはこうじゃないですし、私もホシノユリとしてそういう育て方した覚えないですし…。

…もしかしてラピス、ですか?

ともあれ、試合は決着しました。
不意を突いた、あまりにも現実離れした必殺パンチを繰り出したため、
会場は騒然としてます。
ワンインチ自体は技術としては普通にあるんですが、
アキトさんの場合、身体能力と適切な動きで妙に威力が出ちゃうんですよね。
おっかないです。
私は、つい戻ってきたアキトさんを抱きしめてしまいました。
無事でよかった、本当に…!

「…ね?大丈夫だったろ?
 ユリちゃんは…ちゃんと俺のことを守ってくれてたんだよ。
 心も、実際の戦いも、何もかも…」

「……バカっ」

私はバカと言いながらも頬が緩んでしまっているのを感じました。
私が、アキトさんを守れていた、かぁ…。
ラピスと未来のユリカさんには負けます、って言いそうになったけど、
アキトさんが強く抱きしめ返してくれたら、そんなことも言い出せなくなっちゃいました。

今のアキトさんのこういうところ、本当に好きです。

愛情表現がストレートで…この世界のホシノアキトに引っ張られてる感じなんです。
人前で、こんな風にアキトさんにしてもらえるなんて、あり得ないことでしたから。
…けど、アキトさんが、何かに気付きました。
先ほどまでと同じ、張り詰めた緊張した表情で…。

「楽しそうだな?
 俺も混ぜろよ」


北斗が現れ、再び皮肉っぽい表情を浮かべて私達…いえアキトさんを見ました。

その場の空気が凍り付きました。
北斗のただならぬ雰囲気に、本能的に危険を感じたんでしょう…。
私は未来での出来事を思い出して、心臓そのものが凍り付いてしまいました。
全てが解決して、あとは戻るだけという段階になって…。
北斗が現れてすべてを壊した、私がホシノルリとしての最後の時間を思い出して…。

私は蛇に睨まれた蛙のように、身動きが取れなくなってしまったんです。


「さあ、祭りの続きだ」

 


血に飢えた獣の視線が、その場にいた人間たちを釘づけにして…。
再び、すべてが崩壊するかもしれない恐怖に、私は震えることしかできませんでした。

「……ユリちゃん。
 大丈夫。俺を信じてくれ。

 

 ──俺は…もう、死のうなんて考えちゃいないんだからさ!」



「余裕だな?
 …血祭りにあげてやるよ。


 ホシノアキトォォォォッ!!」


北斗の赤い瞳が、雄たけびにも似た叫びが…。
スタジアムの数万人の観客をすべて抑え込んでいました。
北斗の目論見が私には分かりません……でも…。


……アキトさん、死なないで…!
























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回はヤマサキのお嫁さんメインの話となりました。
暗殺ともなればこんな風にはならないわけですが、
草壁さんも娘のこととなると隠蔽したがってしまったようです。
事が事だけに、公にしづらいので、こんなことになってしまったんですが…。

北斗相手に無防備なまま試合始めちゃったよなぁというのはちょっと自分でもツッコミどころです。
最も、草壁さんももろもろあって自分で動かせる人間が少ないようですが。
と言うか北斗は何を目論んでるんでしょうねぇ。

まあ木連の人たちも、もろもろあって人が死ぬようなことは避けたいようです。
草壁さんが暗殺者が別にいるって隠蔽しなかったらそれでも危ないでしょうけど。

う~~~~~~~ん、色々な確執を持ったまま次回に続きそうです。
ホシノルリ時代のユリのトラウマを払うことが出来るかアキト!
未来と言う過去を超えるのは今だぞ!

ってなわけで次回へ~~~~~~!




















〇代理人様への返信
>ヘヴィだなあ・・・
劇場版ナデシコで、アキトだけ苦しんで豹変しているのに、
相変わらず明るいナデシコクルーの対比が結構胸に来たんですよね。
今回はユリカINラピスがそういう立ち位置にいます。

ナデD57話は劇場版のアキトがついに自分に起こった出来事を話し始めたシーンに当たります。

どうしてこうなってしまった…と。
全体としてはテレビ版6話+16話のミックスですが。
そしてこの話では草壁もラピスも、ヤマサキでさえも背負ってるものがあったと…。
こういう時、相手も実はいいやつでした、ではなくて、
相手も同じ人間だった、同じものをもっていた、っていうのがより救いがなくて戦争らしいのかなと。
木連の市民も兵士も心がずたずたです。
戦争の真の形を知ってなお無邪気には居られない。
とはいえ、ここまでテンカワユリカの最後を書いていいのかは割と悩みました。
内容もですが、詳細に書いてて自分でへこんだんで…。
アキトが悩むはずだった分も苦しむはずだった分も、全部ラピスが代わってます。つらい。
後、この世界のユリカの明るさがつらい。
言ってることがなまじ当たってるだけにラピスの方が救われなくてつらい。








>>私は草壁さんを、北辰を、ヤマサキさんを殺したいというどす黒い衝動に駆られていた。
>ヤマサキだけさんづけなのか。殺したいくらい憎んでるのにw
あれ?と思って読み返してみましたが、一応草壁もさん付けですね。
で、北辰だけ呼び捨て…直接的なかかわりが少なかったんでしょうかね。
いや、どっちかっていうとラピス側の記憶に引きずられてるっぽい?
まあユリカの場合はお嬢様育ちで相手を罵倒する語彙力がないせいか、
こういうところですらも乱暴にはなれないんでしょうね。







>>れいげつ
>・・・艦隊の中に民間船混ぜてたらそりゃさすがにあんたらが悪いよ・・・
後方にいるし、グラビティブラスト対策が出来る艦であれば大丈夫、
これまでの戦術データから算出したかぎりでは地球に押し勝てる、
という油断が彼らに判断を誤らせたようです。
グラビティブラスト以上の兵器が長らく出てこなかったから、
木星の方がこの技術に先んじているから、という油断です。
…とはいえ、論外ですね。
しかしこういう時の恨みは論理的ではないものであるのも事実で…。
一度諦めかけた木連の人たちもナデシコの行動で再燃しちゃったのがとどめでしたね。

















~次回予告~
…どうも、ルリです。
バカバカしいと思ってた試合が、ことのほか盛り上がってしまってたんですが…。
あの北斗って少年?は、どうもアキト兄さんにこだわってるだけじゃなくて、
二つ三つ、別の目的がありそうな感じがします。
なんとなく。少女の勘です。
で、アキト兄さんが迎え撃つことになりそうですね。
でも結構ボロボロじゃない?でも今回ばかりは逃げの一手とはいかなそうで…はぁ。
それよりもうちょっと作者さん、分量圧縮できない?できないんですね?…はぁ。

ま、いいけど…。



相変わらず尺の計算が甘くて一話予定が二話かかってしまう作者が贈る、
戦闘描写は割とあっさりだけどそこそこ書いてく系ナデシコ二次創作、









『機動戦艦ナデシコD』
第五十九話:duet-デュエット-その2












をみんなで見よー。




































感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想
うーん、この最大トーナメントの範馬勇次郎感w
いや殺す気でいるあたりよりたちが悪いですがw


>とはいえ、草壁がすでに侵略戦争も遺跡の演算ユニットの争奪戦も放棄している以上、ほとんど目的は達成できたも同然だ。

それら全部握ってるのがヤマサキだと思うと、未だに信用しきれないんだよなあ・・・(ぉ


※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL