どうも、ルリです。
なんだかんだうまく収まったきがするけど、まあさすがにちょっと憂鬱です。
テンカワ兄さんはとんでもないクズ野郎になる運命に行くのが必然で、
ユリカ姉さんは半分草壁さん達のせい、
もう半分はテンカワ兄さんのせいで不幸になるのが必然だって知っちゃうと。
涙でそうです、もう。
私も結局薄幸の少女のまま終わるんでしょう、どのルートでも。
救いがありませんね。やんなっちゃう。

でもこの世界の周回においては、
例の遺跡ユリカさんの言う通り、ベストに近い状態に持ってこれました。

私達は人数がうっかり倍に増えましたけど、まあ世界が壊れることはないみたいですし。
未来から来たアキト兄さんとユリ姉さんも、一緒に居たい家族です。

このままラピスが助かれば、万事オッケーです。
…でも、その例の『黒い皇子』の因子をどうやって鎮めるか、方法なんてあるんですか?
アキト兄さん…いえ、もう今回からホシノ兄さんですね。ややこしい。
ホシノ兄さんはどこか妙に自信があるようすです。調子に乗ってますか?

…ま、実はホシノ兄さんの未来って、ラピスの策略家なところがないと守れなさそうなんで、
できるんだったらとっとと立ち直らせてあげてください。

…そういえばラピスが未来のユリカ姉さんって話も聞いてますが、どうもそんな風には見えません。
ラピスはラピスで別人格なんでしょう。
彼女ともまだまだ話したりないし、家族としての時間があんまり過ごせてません。
敏腕マネージャーだし、ナデシコが交代制なせいです。まったく。

ホシノ兄さんには責任を持ってハッピーエンドを引き寄せてもらうことにしましょう。


では、今日もいってみよー。
よーい、ドン。





















『機動戦艦ナデシコD』
第六十一話:drop a brick-周りの人を傷つけるようなまずいことを言う、へまをやる-





















〇火星・スタジアム──ルリ
結局、私達は会議室での準備に三時間ほどを費やし、
午後三時になってスタジアムで草壁さん達が演説することになりました。
この戦争の中では歴史的な出来事になりますし、意思統一はほぼ出来ていますが、
しっかりと地盤を固めて進むためにも演説が必要ってことなんでしょう。

ま、ぶっちゃけホシノ兄さんと草壁さんの和解からの談合みたいなもんで、
これもある意味じゃ茶番です。

このおかげで誰も傷つかない可能性が出てきてますし、
真意から出る行動なのでそこまでは口に出して言いませんけど、
戦争を裏からコントロールしていることには変わりありません。

そういう意味じゃホシノ兄さんは結構悪人ですね。
遺跡ユリカさんの言う通りです。

完全に歴史を操ってます。悪事は起こしてませんけど。
……でもぶっちゃけ、独裁者に慣れる条件はそろってますよね。
英雄としても芸能人としても超絶人気、権力はなくても逆らえる人が居ないです。
これで政治家になり、権力を手にしようものなら…そしてラピスの策略と先見性、
軍事にユリカ姉さんとユリ姉さん、アカツキさん達のネルガルのサポート、
ついでに私がピースランド経由で圧力かけたりすることができちゃいますし、
さらに草壁さんが積極的に協力しようとしようものなら……。

……本人が頭悪いですし、こういうの一番嫌う人だからやらないだろうというのが救いですけど。

あ、ついに草壁さんが演説を始めました。


「諸君…。
 我々は許されない侵略を、木連の本来の規範を破って行おうと目論んでいた。

 しかし我々の準備を横取りした、ヤマサキ博士が…。
 見せつけた殺戮の光景が我々の目を覚まさせた。
 
 彼の目論見がなんなのかは分からない。

 だが、我々は罪を償い、平和を作るためにも立ち止まるわけにはいかない。
 地球から来た使者の、ホシノ…いやミスマルアキト君に、
 我々の意思を伝えるチャンスを拓いてもらうことになった。
 
 ……異論はないな?」


「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」



草壁さんの問いに、木連・火星の人たちは一糸乱れぬ返事を返しました。
火星の人たちも戦争終結のために、涙を呑んで協力してくれてるみたい。
……でもホシノ兄さん、いまだに中々ミスマル家に入ったのに大抵『ホシノ』呼びなんですよね。
私もですけど。

「この戦争の一番の原因は…跳躍にある。
 …君たちも木連が初期の段階で、
 なぜ火星を攻め落とす必要があったのか知るべき時だろう。
 
 この戦争は跳躍、
 ひいては古代火星人の残したオーバーテクノロジーをめぐる戦いだったのだ。

 火星には、我々が木星で手にした古代火星人達の遺跡よりも、
 さらに強力な遺跡が存在した。
 
 そこには跳躍技術を高度に発展させるものがあった。
 
 …地球の勢力も、秘密裏にこれを手に入れようとしていた。
 
 木連の政治家たち、軍上層部は火星を攻め落として遺跡を発見し、
 地球への復讐を完璧にすることを目指していたのだ。

 我々はそれを突き止めた後、遺跡を発見し、
 フレサンジュ博士たちの調査チームの働きで、
 この遺跡の文明の解析を進めた。
 
 だが、結果として跳躍の危険性が明らかになった。
 もし自在に跳躍を操れるようになれば、
 どんな所にも瞬時に爆発物を直接送り込むことが可能となる。
 一見すれば跳躍を操れる我々が有利になるが…。
 
 ……その先にあるのは、核を直接送り込んで攻撃出来る未来だ」

…スタジアム全体が静まり返りました。
核は木連の中でもタブーの中のタブーです。
この言葉を持ち出された木連の人たちは胸中穏やかではないでしょう。
ディストーションフィールドでさえも耐えきれる保証のない、強力すぎる武器。
この生産については、木連では防御の研究は行われても、核兵器を作ることを拒絶しているそうです。
ここまで本格的に木星関係の話に参加できなかった私でさえも、容易に想像ができました。

「我々は報告を聞いて、跳躍の完全なる封印を決めた。
 あの遺跡を完全に封印し、地球にも渡さず、我々も利用しないことを誓ったのだ。
 
 そうすることでしか、この戦争に幕引きはできない。
 
 そして遺跡を解析し、人間の絡む跳躍を一切禁じることに成功した。
 だが…無機物の跳躍を封印できる見込みはまだない。
 
 ひきつづき、調査を進めるつもりだ」

スタジアム全体が静かになっていますが、深く頷いている様子です。
…ま、これも嘘っぱちです。
遺跡ユリカさんに直にアクセスして、変更しちゃいました。
戦争終結を確認してから古代火星人の人以外は全部禁止してくださいって。
本人がパスコードを教えない限りはどうにもなりません。
火星生まれの人じゃないと触れないですし。
そもそも遺跡ユリカさんは自衛機能があるらしくて自分を守るためなら緊急時には、
本体である演算ユニットごとひょいひょいボソンジャンプしてくるみたいなので、
危ないと思ったらどっか行っちゃうんでしょう。
金星でも土星でも。

「…すまない。
 跳躍技術を得るために犠牲になった木連将校のことを考えれば、封印するなどと言いたくはなかった。
 我々は自分たちを守る戦い以外をしてはいけないと学んだ。
 そうしなければ我々は平和に向かうことを許されないだろう。
 
 そして…敵同士だった地球と手を結ぶことを望んだ。
 ゲキガンガーの劇中でも、ゲキガンガーチームとアカラ王子とが、
 手を結べそうになる場面がいくつもあった。

 だがお互いの譲れない信念のために、
 命を賭けて戦い抜いてアカラ王子は死んでいった。
 

 …そうしなくてもよい時代を、我々が築かなければならないのだ!
 
 我々はゲキガンガーという聖典を戦争に利用した者を許してはいけない!
 
 しかし我々の血潮を熱く燃やしてくれたゲキガンガーを捨てることなどできようはずもないっ!
 
 ゲキガンガーの与えてくれた正義を胸に!
 
 我々はゲキガンガーの世界で叶わなかった、
 
 『相手を倒さぬ勝利』を手に入れるために戦うのだ!



 …その道は、これまで以上に険しいものになるだろう。
 だが、この愚かな戦争を放棄するために!
 今一度、君たちの力を貸してはくれないだろうか!」


「「「「「「はっ!!」」」」」」



「……ありがとう、諸君。
 では……。
 

 地球圏の未来のために!!
 
 
 レェェェッッツ!!」




「「「「「「ゲキガインッッッ!!」」」」」」




……相変わらずあつっくるしいですね。
熱狂しすぎです…ヤマダさんもばっちり乗っかってますし。
ナデシコの人たちも、熱血!映画祭の映画で乗りに乗っちゃってる人も居ますし。
戦争が終わるならいいのかもだけど……本当にこんなんでいいの?


「…はぁ、バカばっか」


ま、利益を得るために他人がどうなってもいいって欲ボケな人たちよりかはマシかな。
……で、この期に及んでホシノ兄さんは恥ずかしがって出てこないみたいです。

何か、先にアイと話し合いに行ってるみたいですけど。
こういう時くらい、英雄らしくしても罰は当たりませんよ?
そういうのが嫌なんでしょうけど。













〇火星・ナデシコ・医務室──ユリ
私達はアキトさんの健康診断を終えて、一息ついていました。
もっとも、遺跡ユリカさんの言ってることを信じるのであれば、
『最高の体』っていうのが事実なのであれば、不安になることはないんでしょうけど…。
とりあえず一刻も早く診てほしくて、無理を言って時間を取ってもらいました。
重大な時なので、アキトさんが決起集会に出ないのはどうなのかと思ったんですが、
草壁さんも木連のことなのに力を借りるとさすがに悪い、というので私達だけ早めに帰っていました。
テンカワさんが居ればスタジアムに居るユリカさんとルリは大丈夫でしょうし。
…それに、アキトさんがこれ以上木連の女子の好かれるのは避けたいです、マジで。

「…でも本当にマシンチャイルドになっちゃったのねぇ、ホシノお兄ちゃん」

「…オペレーターの仕事はしてないけどね。
 でも、不便で困るよ。
 IFSの使用は補給なしだと30分持たないし、
 一食あたり十人前近く食べないと足りないし…」

「あらあら、それは大変ね。
 だけどアキト君の場合はたくさん食べられて嬉しいんじゃない?
 味覚を無くした時の分まで食を満喫して」

……突然イネスさんに戻らないで下さい。私も人のことは言えませんけど。

「…まあね」

「それで身体のことだけど…まだ推測にすぎないけど、
 ナノマシン量、そして今まで怒ったこと
 そして遺跡ユリカさんの言葉から考えると、
 今の体の欠点は、ナノマシンは、ホシノお兄ちゃんを守るために必要なのよ。
 
 つまり、どんなダメージを受けても死なない仕組みを体に入れてあるのよ。
 
 これも何かの調整で…。
 実験台にされる中でこうなるように成立させたんでしょうけど。
 
 まず、銃撃や手刀を防いだ『ナノマシンの硬質化』。
 外部の衝撃を感知して、内臓まで届かないようにクッション部分と金属のような固い部分を構築。
 体内のナノマシンを集めて、その部分を保護するように出来てるわけ。
 もっとも、軽機関銃とかで連射されたりすると危ないかもしれないけど、
 ホシノお兄ちゃんの場合はそこまでの状況になりづらいでしょ?
 筋肉や内臓部分でこれなんだから、
 骨とかだったらナノマシンでコーティングするかもしれないし、
 もう銃弾レベルだったら弾けてしまうんじゃないかしらね…。
 
 そして心停止してから40分も経過しても、脳に障害が一切起こらず息を吹き返したこと。
 これは自然界で言うところの死んだふり…息の根が止まってるという状態であれば、相手を油断させられる。
 その死への擬態をする方法として、本当に心臓を止めてしまうわけ。
 で、その間はナノマシンが脳へ酸素を供給する。
 もしかしたら溺れて呼吸ができない状態になっても一時間くらいはもつかも知れないわね。
 
 最後に、レントゲンが取れないことや薬が効かないこと…。
 これがもっとも強力かもしれないわね。
 注射針から入れた鎮静剤を逆流させたり、
 レントゲンが出来なかったり、毒を仕込んでも効かないことがある…。
 これはどんな薬屋や毒、病原菌が体に入ったとしてもナノマシンがただちに撃滅するから。
 体内が光に満ちているのは、ほぼ常時、常人なら死亡するレベルのナノマシンがフル稼働してるから。
 レントゲンに関してはこの光のせいもあるけど、
 元々ナノマシンがX線による被ばくを抑えようとするから見えないの。
 
 まあ、これだけ頑丈だと病気にもかからないでしょうけど、
 逆にいうと切開を伴う手術もかなり制限されるんじゃないかしら。
 治療ができない代わりに、絶対に死なないような構造になってるわけ。
 
 …お兄ちゃん、下手に研究施設につかまったら本当に骨の髄まで解体されちゃうわよ」

「…ゾッとすること言わないでよ」

「…全くです。
 今となってはそうなるわけがないですけど」

…推測といいつつ、かなり具体的に考えてますね、アイは。
もうモルモットだの、非人道的実験だのはこりごりです。
私はルリとしての人生では非人道的な教育を受けてきましたし。
アキトさんは言わずもがな、です。
…幸い、地球上でも最強クラスの戦闘力を持つ、
地球上で一番目立つ人なのでうっかりでも誘拐されるなんてことがありえないのが救いです。
暗殺、毒殺、意識を失う薬物が効かないのであれば…。

「……でもこれ、本当に気付かれなかったのが不思議でしょうがないわ。
 研究所の解散が近かったとか色々あるんでしょうけど…。
 一般人に擬態できるマシンチャイルド…。
 インビジブル・マシンチャイルドの開発のせいだったからかもしれないけど、
 それにしたってヘボすぎて笑えないわよ…こんなすごい副産物を見逃すなんて」

「…寿命とか、大丈夫そう?」

「実験のダメージが分からないからちょっと言い切れないけど、
 とりあえずテロメアの長さは普通ね。
 短くも長くもなってない…まあ普通の九歳児相当みたいだけど。
 ま、あとはトータルでどうなってるのかは、
 さっきも言ったけど一週間くらいは見ないと何とも言えないわ」

……なんともコメントしづらい話ですね、これ。
遺跡ユリカさんが運命を操ったって言っても、
前提は弄っているものの、その過程は直接動かしてないそうです。
つまり偶然に偶然が重なって遺跡ユリカさんの要望通りに、
IFSの全力使用が30分ずつしかできない、マシンチャイルドとしては欠陥品だけど
体力が伸びが悪い代わりに超人的にしぶといアキトさんが生まれたってことですか…。
やらせ…じゃなくて意図的に作られてるわりに、どういうバランスなんですか。
まあ…直接作ってないから欠点も出てしまうってことなんでしょうけど。

「…そういえばバカなのはなんとかなりませんか」

「…あんたも昔よりさらに容赦ないわね」

「当たり前です。
 テンカワさんの方がマシレベルなんて論外です。
 もうちょっとマシになってもらわないと」
 
「しゅーん…」

アキトさんは肩を落として落ち込んでいます。
…こっちはもうちょっとだけでも楽したいんです。
アキトさんのためなら頑張れますけど、一人にするとどうなるか分からないんです。
頑張ればそれなりにもどれますけど、あんまり長時間持たないです。せいぜい二時間とか。

「それについては年齢の方が足を引っ張ってるのかもね。
 私もそうだけど、知識はともかく、性格や判断は実年齢の方に引っ張られるところがあるから。
 精神とかもあるけど、脳神経の発達とか絡んできちゃうから…。
 だから昔と同じようなことをしようとすると長時間は持たないわけ。
 冷静になれないし、集中力も未来よりは落ちちゃうのよ」

「はぁ…。
 じゃあ、あと六年そこそこは期待できないんですね?」

「そうね。
 それくらいになると安定してくるとは思うけど」

「ごめん、ユリちゃん…」

「…も、いいです。
 ラピスに手伝ってもらいますから…」

…本当に子供として育っちゃったせいもあって、実年齢相応状態ってことですか。
……精神年齢三十五歳と言われたの、私はまだ引きずってます。
はぁ…ユリカさん…ラピスももしかしたらそうなんですかね?

「でもお兄ちゃん、ちょっとくらい式典に顔出せばよかったのに」

「うう…一応そうするつもりだったんだけどさ…ちょっとね…」

「「?」」

アキトさんは憂鬱というか、すごく微妙な顔をしました。
ラピスの一件もあって早く地球に戻らないといけないですが、
ひとまず身体も診てもらえて安心できる状況にはあるのに…。
何かありましたっけ?
















〇火星・病院・病室──枝織
北ちゃんは昨日の一戦からずっと眠ってる。
一週間で完治するという見立てもあって、まだ目覚めないみたい。
幼馴染の零ちゃんもお見舞いに来てくれたけど…別件ですぐに出て行った。
でも…。

「…顔についた傷が、もう綺麗に治ってる」

私がそばにいるから誰が出入りしても深く眠ってるけど、
その深い眠りの中で、元々早い治癒速度が、さらに早まってる。
昨日の昴氣の影響なのかな?

「ん…枝織か。
 …まだ帰還命令が出てないのか?」

「うん。
 それどころか、連絡してもそのまま居てやれってお父様が。
 …こんなに勝手なことをしたのに」

北ちゃんはぼうっとしながらも昨日の戦いを反芻して、苦笑していたけど、
やがて静かになって、私の目を見た。

「……処分されるのかもな」

「!!」

私は想像したくなかったことを告げた北ちゃんの目を見つめた。
…確かに状況はそろってる。
北ちゃんはお父様相手でも勝てるけど…。
昴氣に目覚め、より手に負えない相手となった北ちゃん、
そして北ちゃんについていくために脱走した私…。
危険と判断されたら処分される可能性は高かった。

お父様でも、さすがにそこまではしないと思いたいけど…。
お母様のことがあったし…。

「…そう簡単にはやられない」

北ちゃんは体に巻かれた包帯を取ると、その下にあった傷跡も治っていた。
…うそ。
そしてまた普段の優人部隊の制服に着替えてベットに腰を掛けた。

「枝織、手を出せ。
 骨折だと時間がかかるかもしれんが、昴氣を使えばすぐに治せるらしい。
 …一応、万全にはしておきたいだろ?」

「…うん」

……お父様は木連のためにならない私達を生かしては置かないかもしれない。
もしかしたらミサイル使ってでも、この場ごと…。
…そんなことは、ないと思うけど。

「…腑抜けたな、北斗」

「「!!」」

……私と北ちゃんは驚いて振り向いた。
つい、ぽかんと口を開けて驚いちゃった。
北ちゃんが私の手を取って五分も経たないうちにお父様が現れた。
…でも様子がおかしいの。
愛刀もさしてないし、甚平姿で全然ラフな感じ。
闘気も殺気もあんまりしなくて、それで私達も気付かなかった…。
隣には、草壁閣下まで居る。
どうしたんだろ…。

「…閣下と親父ほどじゃない」

ぶっきらぼうに北ちゃんは言い放つと、ムッとした表情でお父様を見つめた。
里から脱走した私達を戒めるためにお母様を殺したあの日から、北ちゃんは変わった。
私は…受け入れるしかないと思ってた。
だってお母様を亡くしたんだから…お父様しか私達を見てくれないもん…。
北ちゃんはそんな私を、怒らずにいてくれた。
自分がやりたくない仕事を請け負ってるからと、お礼を言ってくれたことだって…。

「…そうだな。
 お前も我も、もはや腑抜けなのかもしれんな」

「…?」

お父様が、言い返さない…。
お互いに殺伐とした態度でしか接することのできなかったのに。
どこか素直な気持ちを、申し訳なさそうに話すなんて一体何が…。

「北斗君。枝織君。
 …私は君たちに詫びねばならん。
 すまないが、少し時間をくれないだろうか」

「…俺が閣下に逆らえるわけがないだろう。
 いや…いいのか?
 
 俺はあんたを撃った。
 事情はどうあれ、死ぬ可能性があるのを承知で撃った…。
 
 その事実を謝罪させずに、あんたが謝るだと?」

「そうだ。
 一族同士の盟約もあり、北辰とは先祖代々の付き合いになるが…。
 必要に駆られたとはいえ、汚れ仕事を押し付けたのだからな」

「……今更なにを」

「聞け、北斗」

お父様に注意されて、北ちゃんは黙り込んだ。
……なんで黙っちゃったんだろ?言い返すかと思ったのに…。
草壁閣下の言ってることも、よくわかんないし…。

…それから、草壁閣下は私達に木連が汚れ仕事を必要としないように変わらねばならないと話して、
暗部の解散と、その後は再編で表舞台で護衛の任につくことになると話した。

しかし、お父様…影守北辰という人間だけは別だった。

ゲキガンガーの正義を貫く木連の中で、唯一軍の中で汚れ仕事をする役割を持った、
どこにいるかも分からない危険な殺し屋として暗殺を続けて、お父様は名を売った。
そうすることで木連内の不穏分子が出てこないように長年…ずっと。

それが仇になって、この和平をきっかけとした排斥運動に巻き込まれかねないという問題が起きそうだって。
その行為が正当であっても、不穏分子を威圧するために惨殺と言っていい殺し方をしてきたから、って。
……そんな、もしかしたら私刑にかけられちゃうかもしれないじゃない。
顔はまだ知られてないけど、うろうろしてたら何をされちゃうか分からないよ…。

「…ざまぁないな、親父。
 つまらん役割のために秘密警察のようなことを続けてきたツケだ」

「…そうだな」

北ちゃんはお母様を殺したりしたツケだ、とは言わなかった。
…お父様の右目を奪った時から、その件については言わなくなってたけど…。
北ちゃんはお父様が言い返さないことで、かえって不機嫌になっていた。

「それでだ。
 これまでの木連のための働きもある、死なせるわけにはいかんと考えている。
 私は北辰を外道衆から解任し、地球に向かう船に乗っていってもらうことにした。
 私刑にかけられるよりはよほどマシだからな」

「ほーう?
 とんだ厄介払いだな。
 あんたが未来のどうこうでいくら改心しようと、
 親父や俺、枝織を使って殺しをした事実は変わらんだろうが」

「ほ、北ちゃん…」

私は北ちゃんが草壁閣下に不遜な態度をとるのを見かねて止めようとした。
でも、北ちゃんは意に介していないみたい。

「…まさか俺たちについてこいとでもいうのか。
 外道衆をやめたから、草壁閣下の身辺警護はまた再編するから、
 地球に逃げるからついてこないか、なんて言うつもりか?
 
 今更家族ごっこでもないだろう。
 
 …どれだけ都合がいいんだ、あんたらは」

北ちゃんはお父様がしおらしくしているのを見て、地球に来るのを誘ってるということに気付いた。
でも、北ちゃんはお父様についていくのはともかく、地球にはいきたがってるはず。
だって…。

「そうか。
 ではテンカワアキトとの再戦も、二度とないだろうな。
 
 …奴らはもう二度と火星には戻ってこない。
 
 戦いを捨てるつもりのようだからな」


「ッッッ!!
 
 だからって、妻殺しをするような男と一緒に居られるかッ!
 
 今まで殺されなかっただけでもありがたいと思えッ!!」



ついにお父様の言いように北ちゃんは怒鳴り返した。
そう、北ちゃんはテン君とアー君にもう一度戦いを挑みたいと思ってる。
負けたまま、引き下がれる北ちゃんじゃないから…。
でも、そのためにお父様についてくるなんてできないって…。

…だけど、私と北ちゃんだけ火星に残っても目的が何もなくなっちゃう。
北ちゃんは要人の護衛、私はお父様と同じ暗殺の仕事ばかりで…。
火星にたどり着いた木連には、さして必要のない仕事しかできない。
……新しい生き方を探しに行くのって、いいと思うけど…。
北ちゃんは絶対頷いてくれないっていうのも分かる…。

…お父様との関係も、離れてるからこそ、吹っ切れたように見えただけで…。
まだ、どこか引きずってる様子がある。狂いきれなかったんだよ…北ちゃんは。
これからは一緒に居ようなんて、都合のいいことを言われたら気難しい北ちゃんは我慢できない…。

「…そのことなんだが」


「…それともこの場で二人ともども殺してやろうか!?
 今の俺なら、貴様らの欠片ひとつも残さず消滅させてやれる…」


「北斗…」


私と北ちゃんは体をびくりと震わせた。
そのとっても懐かしい声に…私達は振り向いて後ろを見た。
心臓の鼓動が、早くなっていくのを感じた。
そこには……お母さんが立ってた…。



「…母上っ!?」「お母様ッ!?」




私達は茫然と、病室の入口に立っている…お母様の姿に驚いた。
どうして!?だ、だってお母様はあの時…。

「…我も人の子だ。
 妻をこの手にかけることにためらいがあった。
 故に、あの時…。
 お前らを当て身をで気絶させたのち、蘇生を行ったのだ」


「何故言わなかった!?」



「……言ったらお前らの退路を立って、覚悟を決めさせることは難しかったろう。
 木連の民は、正義と、敵を憎む心で強くなっていった。
 我とて同じだ。
 代々行ってきた儀式にすぎない。
 憎しみを糧に強くなり、さらにはそれを昇華することで技は極みに達する。
 だから脱走したらと、心を鬼にして、さな子に最後の仕事をしてもらうことにしたのだが…。
 
 …だがな、我もさすがに躊躇って致命傷にならなんだ。
 未熟だったのだ、我も…」

北ちゃんが同様のあまり、手に灯していた昴氣の光を引っ込めて叫んだ。
…お父様の、こんな申し訳なさそうで情けないような顔、初めて見たかも…。
お父様が殺しそびれるなんてなかったし、私、びっくりしちゃった。
でも、お母様は胸元をすっと見せると、まだ大きく残る傷が見えた。

「ほら、この通り。
 でも本当に三年くらい昏睡状態になっちゃうくらい危なかったのよ?
 …あとちょっとで心臓に届いちゃうところだったわ」


「…お母様!」


「…母上!」


ぎゅっ。



私と北ちゃんは、我慢できなくてお母様に抱きついた。
お母様が生きてる…体温を感じて、また実感した。
ずっとずっと、会いたかった。
…十年以上、会ってなかったお母様は、昔と同じで優しい笑顔のまま居てくれた…。

「ごめんなさいね、ひどいお父さんとお母さんで。
 でもこれからは一緒に居られる、だから許して…」

「ゆ、許すもなにも…」

「生きていてくれただけで、私たち…」

「じゃ……一緒に地球に来てくれる?
 二人とも、負けっぱなしじゃ嫌でしょ?
 木連にもあの地球の英雄に引けを取らない二人が居るって教えてあげれば、
 それはそれで木連のためになるんだから」

「…はっ、母上!
 ずるいです!ひどいです!
 そんなこと言われたら断れないでしょう!?
 せっかく再会できても、木連のことばっかりで…!」

「お母様ぁ…ぐす…ひっく…」

「こらこら、二人とも木連じゃ敵なしなのに、
 こんなことで泣いてちゃまた負けちゃうわよ。
 一人前になったんだから、しっかりなさい?」





















〇火星・優人部隊ドック・ナデシコ・ブリッジ──ホシノアキト
…結局、俺は草壁さんのお願いを聞き入れるしかなかった。
地球への移住者リスト…そこには北辰、そしてその妻さな子さん、
おまけに双子の姉妹、北斗と枝織ちゃんの名前があった。
それを問いただすと、暗部があるとまた問題になり、私刑にかけられる可能性もあったので、
ひとまずナデシコで地球に連れて行って欲しいと。
ま、まさか北辰を守るためにナデシコに連れてこないといけないとは思わなかった。
本来であればスパイであることを疑わないといけないんだけど…事情が事情なので、受けざるを得なかった。
…一応、ナデシコに乗ってから話をして色々すり合わせなければいけないだろう。
またユリちゃんには呆れられちゃったけど…。
…それに夏樹さんもついてくるらしい。
どうやらヤマサキを助ける術を考えたいらしい。
そのためには脱出もままならず、立場的にも厳しい火星より、
俺たちに力を借りてでもヤマサキを助ける方法を、考えているらしい……たくましいな。

「…アキトさん、それでも憎い相手でしょう?」

「うう…決着はつけたからもういいんだって…」

……ぶっちゃけていうとユリカを取り戻せたら別に興味ないんだよな、北辰には…。
恨みはもう晴らしたから…俺も昔のまんまだとそうも言ってられなかったんだろうけど…。

…で、今日はその火星からの引っ越しをする人たちの乗り込み作業に取り掛かっていた。
昨日の演説後、火星から地球に移住、もしくは滞在する人、和平交渉のために向かう人は、
荷造りのためにそれぞれ準備をし始めて、今日乗り込みだ。
ボディチェックや荷物検査を行うのと、部屋の割り当てなどの準備が必要だった。
本来は数日かけていくところだが、元々優人部隊の戦艦が準備済みだったので、
木連側はある程度準備できてる人が多い。

例外はナデシコに乗ることになった人と、一般の人たちだ。

ナデシコに乗るのは、
火星住まいのフレサンジュ家の三人。
遺跡のことは木連と火星出身者の人たちに任せて、
ネルガルに行って火星での研究成果の報告と、再就職をするらしい。

それと木連からは、白鳥さんとユキナちゃん。
なんでも許嫁が居たそうだが、地球の女性をかばったことで相手の両親が激怒。
婚約破棄をされて火星に居づらくなってしまって、地球に移住することを決めたらしい。
結果的にはミナトさんといい感じになって、そのまま地球で一緒に暮らすかもな。
…あと北辰一家と夏樹さん。

さらに火星で難民になった人五十名ほどが乗り込んだ。
この五十人は半数が元々地球の人たちで、滞在中に避難していたまま生き残った。
残りの半数は火星出身だが、心の傷が癒えておらず、地球の親戚を頼って引っ越す目的の人たち。

ナデシコは元々避難民に向けての準備はしてあったが、格納庫にプレハブ住居を作る準備、
そしてバーチャルルームなどの一部施設を貸し出す予定ではあったが、
それでもせいぜい百人、無理をしても二百人くらいしか乗れない。
……避難民が千人超えてたら完全アウトではあったよな、俺たち。
で、そんなこんなあって…。


ぐでーーーーっ。



俺たちはブリッジでぐったりしていた。
な、何しろこのところずっと無理をしてきたから…。
本当は部屋で寝ていたいが、警戒は必要なのでここで集まってないといけない。
つ、つらい…。

「みんな大変ねぇ」 

「宇宙に出たら一週間くらい休暇とったらどうです?」

…そうしたいよ、メグミちゃん。

「そういえば、アイちゃんはどこかな?
 …説明のアシスタントをお願いするかもって言われてたんだけど」

「…アイなら、二人のお母さんと一緒に映画見てます。
 この引っ越し作業中ずーっと」

……はは、そういえば三人はまだ映画見てなかったっけ。
『熱血!映画祭』の時は出払ってたから…。
まあそもそも合計上映時間13時間はきついよね。
腰が痛くなるよ、そんなの…。

とはいえ、俺たちは警戒しているが、緊迫しながらも半舷休息をしながらクルーは一時休息した。
火星突入の前には激闘に次ぐ激闘で、ストレスがたまっていたこともあって、
木連優人部隊の護衛兼案内役を連れて、復興した火星で買い出しに出掛ける者も居た。
ナデシコ内も充実はしてるが購買はさすがにそんなに充実してないからな…。
…まあ観光するとしてもお土産はゲキガン饅頭とかだ。
未来の戦後の、月のゲキガンシティの名産品みたいなの。
さすがにゲキガンガーファンでも別に饅頭は欲しくない…。

そういえばゲキガンガーの映画なんてのもあったな。
今撮影するなら俺も出れるかな…。

……いや、やめとこう。
たぶんアカラ王子のポジションになる。
色んな意味でそうなるだろうし。

まあ…今は脱力して少しだけ休もう…。
ゴートさんが座るはずだった戦闘配置の椅子にだらけて座って…俺は休んでいた。
……ラピスが元気にしてるか確認しないといけないってのに。
まずは火星から出て妨害電波をクリアしないとな…。
















〇火星・ナデシコ・フレサンジュ家の部屋──アイ
……私は茫然と涙を流しながら映画を全部見た。
私達はつい熱中して…ぶっ通しで八時間映画を見ていた。
ヤマダ君のところから強奪してきたスクリーンセットを使って。
…お兄ちゃんズは事情はあれどこんな映画を撮って…辛かったでしょうに…。
でも、吹っ切ろうという気持ちも感じて、事情を知ってる身としてはちょっと悲しくも感じたわ。
……ラピスがユリカさんだったと知った今となっては別の意味がある映画になったけど。

「ぐず…ちーん!
 いい映画だったわ…。
 破天荒なところもあるけど中々面白いSF考証もあるし、
 この時期には染みる映画だわぁ…」

「アイちゃん、アキト君たちってかっこいいわねぇ…うるる…。
 悲しみを乗り越えて頑張る姿…感動しちゃった…」

で、ママとお義母さんまで妙に感動してくれてて…。
……私達でこの状態じゃ、
地球と火星の人たちの人たちがどれだけ揺れ動いたかなんて、想像に難くないわね。

「くすん…ホシノお兄ちゃんは未来で同じようにユリカさんを亡くしたの…。
 でも、もしかしたら…また会えるかもしれない。
 事情はちょっとだけ教えたでしょ…?
 だから、ね、イリスお義母さん…」

「任せなさい、アイちゃん!
 アキト君たちのために、もっと強いエステバリスを…。
 ブラックサレナを超えるエステバリスを、私達で作ってあげるんでしょ?」

「う、うん」

遺跡ユリカさんにああ言われた後ではためらいがあったけど…。
ただ、ヤマサキ博士が…新型機を送り込んでくる可能性がないわけじゃない。
だからこそ、最後の戦いがあるかもしれないんだから、備えたかった。
……今度こそ、お兄ちゃんたちに戦いのない世界をあげたいんだもの。

「ワンオフ型のブラックサレナの設計図はもう作ってあるんだけど…。
 さらにもう一回り大きく設計して、相転移エンジンを搭載したいの。
 装甲にバッテリーを仕込むというのもいいんだけど、
 出力の安定が得られる点と、ディストーションフィールドソードの搭載のために。
 防御力を下げないまま使うためには必須なの。
 
 ……普通に使うと危険な機体にはなるかもしれないけど、
 必要になると思うの」

「中々大変そうねぇ。
 ハード…メカニックエンジニアの人とも設計の相談が必要じゃないかしら」

「それは当てがあるの。
 ナデシコには本物の天才が居るから」

あの人なら…私の提案を飲んでくれるはず。
相転移エンジンのノウハウも木連の人たちから一から教わり直したので、
かなり小型化が図れるはずだし、そんなものを見せられたら飛びつくでしょうし。
ウリバタケさんも11歳の女の子の頼みは断らな…。
……なんかすごーく空しくなるけど、フル活用しましょうか。
お兄ちゃんたちがうまくやってくれないと私も今後の人生に張り合いがないもの。

四の五の言ってる場合じゃないわ!
創作意欲、もとい研究意欲がどんどんわいてきちゃったんだから!



16216回分の運命を覆す、すごいのを作っちゃうわよっ!




















〇火星軌道上・ナデシコ・ブリッジ──ユリカ
それから…私達は火星から無事脱出できた。
アイちゃんの提案で作られたバルーンダミーの効果は抜群で、
回復しきっていない敵の戦力をうまくかいくぐって飛ぶことが出来た。
そして半日ほどで敵の勢力圏から抜け出して、無事地球への進路を取ることが出来た。
ナデシコの数倍以上の大きさを誇る、木連の戦艦ともども…。
…そして通信可能な宙域にたどり着いて連合軍への通信をお願いした。
まずは、ナデシコの無事を連絡しないと…。



『ユゥ~~~リィ~~~カァ~~~~ッ!!


 ユゥ~~~~~~~リィ~~~~ッ!!


 ル~~~~~リィ~~~く~~~~んっ!!


 
 ……ぜえっ、ぜえぇ…。
 
 
 
 そ、そしてアキト君…ぶ、無事で何よりだ…』


「もう!お父様ったら、アキトのことも心配してよ!
 アキト、大活躍だったんだから!」

「んん?
 いや、すまんなテンカワ君」

お父様はアキトのことをおまけ扱いしてるけど、ホントにアキト君以上になったんだから。
地球に戻ったら婚約を迫っちゃうんだから。
…でも、私も今はそれは言ってる場合じゃないんだよね。

「あの、お父様。
 ラピスちゃんの様子は大丈夫ですか?」

『うん?ラピスのことか?
 確かに…態度がおかしいことはあったが、
 立派にユーチャリスで戦うつもりだと言っていたし、
 メールくらいはもらっているが、お互い忙しい身で顔は合わせられなくてな…』

……やっぱり、アキト君の言う通り、未来の私の精神状態なのかな。
悪夢にうなされてる可能性が高いって言ってたけど…。

『おほん、ミスマル君。
 我々も話を聞かせてもらってよいだろうか。
 火星の難民の救出についての報告を聞きたいのでな」

『は、失礼しました』

お父様に代わって連合軍上層部の人たちが通信をつなげてきて、
詳細な報告をフクベ提督に求め始めた。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


それから連合軍上層部の人たちは、
最初は難民の救出であたふたしてる私達を期待してたみたいだけど、
逆に考えても居なかったことを聞かされてあたふたし始めた。

まさか火星を木星の人たちが占拠していただけではなく、
その上で自分たちの行いを反省して和平を求めてきたという話を信じられない様子だった。


『…そんな馬鹿な話を信じろというのかねっ!?

 木星トカゲが二つに分かれ、

 しかも戦力をほぼかっさらった方の勢力はたった一人の科学者だと!?

 出まかせでこっちを油断させるのがあきらかではないか!

 フクベ提督、これは明らかな利敵行為だぞっ!!』



「しかし敵の弱点も教えてくれるということもありますし、
 悪い話ではないと思うのですが…」


『君の意見など聞いてはいない!!

 軍法会議にかけてやるから覚悟しろ!!』



…フクベ提督、退役してるから無理だと思うけど。
いえ…ちゃんと言わないと。
私がフォローをしようと思ったら白鳥さんが前に出た。

「待って下さい、地球の皆様。
 私はあなた方が木星トカゲと呼称する『木連』…正式名称は、
 『木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体』、
 優人部隊の白鳥九十九少佐であります。
 
 我々には敵意はありません。
 
 …それを証明するには時間がかかると、思います。
 もしかしたら…一生無理かもしれません。
 
 それでも今一度、私達と話し合いを持ってくれませんか」


『黙れっ!!
 火星を全滅させ、民間人を蹂躙した貴様らが何をいう権利があろうかッ!
 地球を踏みにじった貴様らには、死あるのみだッ!!』



激昂する連合軍上層部の人…言い過ぎだと思うんだけど。

「待って下さい。
 落ち着いて聞いてくれませんか」

白鳥さんと、連合軍上層部の人に割り込んだアキト君。
さすがに上層部の人たちもアキト君が前に出ると一瞬息が止まってしまうみたい。
……迫力というか、役者が違うって感じがした。

「…彼らは百年前、有無を言わさず、核で殲滅されかかった過去を持ちます。
 その中にはかなりの軍属でない、非戦闘員がいたと思われます。
 交渉などなにもできぬまま、歴史の闇に葬られようとしていました。
 
 今回もまた、『木星トカゲ』なんていう不名誉な、
 そして人間扱いされない状態を強いられていました。
 
 彼らに対しては、人権すらあたえられなかった。
 戦争の相手国とすらも認知されなかった。
 …変だと思いませんか?
 
 相手が人間であれば、宣戦布告をしないなんてありえません。

 少なくとも開戦前になんらかの接触があったはずです。
 和平交渉であれ、宣戦布告であれ…。
 
 どこかでファーストコンタクトはあったはずなんです。
 にもかかわらず、そんな接触など最初からなかったかのような情報しかありませんでした。
 異星人の侵略目的、無人兵器群だとしか知らされていませんでした。
 ではもしかしたら…。
 
 ……あえて何者かが握りつぶした、とは考えられませんか?
 
 その判断を、どこの誰が、どのようにして行ったのか。
 それを問いただすところから始めるべき、と俺は思います」


『『『『!!!』』』』



アキト君が釘を刺しに来た…。
これは私とユリちゃんと相談して、どのようにふるまうべきかを考えた末のことだけど…。
アキト君、こういう時は結構頭が回るんだよね。
ちょっと反撃されるとボロがでるみたいだからサポートしてあげないといけないけど。

「…この通信を俺がマスコミを経由して広めることも可能です。
 マスコミと軍はあまり仲が良くないでしょうし、
 明日のニュースはにぎわいそうですね?」

『きっ…!?
 貴様、敵対するだけでは飽き足らず、
 脅すというのか!?』

「まさか、脅しなんかしませんよ。
 俺だって連合軍と敵対するつもりはありません。
 お義父さんの邪魔だってしたくないですし。
 
 ただ、そこまで強烈に殲滅する宣言をするのであれば、
 彼らの宣戦布告を握りつぶしたと人をはっきり判明させないと、
 かえって危ないのではないかと忠告しているんです。
 出過ぎた真似であるのは重々承知です。
 
 せめて木連の人たちを、人間として正当に受け入れて、
 それから敵対するかどうかを決めてほしい、と言っているんです。

 あなたの先ほどの発言が、どこの誰に言っても恥ずかしくないもので、
 同じ事をマスコミの前で堂々と言えるから、
 俺の前でもそこまではっきり言ったんだと考えていました。
 
 ……そうではないんですか?」

『ぐ、ぐぐぅううう……』

……やっぱこれ、アキト君の中のルリちゃんの因子のせいだね。
すごい鋭いことを、まっすぐ突き刺しに行くっていう…。
ルリちゃんが言っただけだと子供の戯言扱いされちゃうかもしれないけど、
アキト君は立場がしっかりしちゃってるもんだから、圧倒されてる。
身近な人を軽く扱う相手は許さないタイプだし、おっかないかも…。

『…み、ミスマル。
 この場はお前に任せる。
 
 ……マスコミへの対応も、関係筋を集めて行って欲しい』

『…よろしいのですか?』

『…事情が事情だ。
 我々は協議せねばならんことが多くなってしまった。
 それに通信傍受の可能性も高い。
 長話をしている余裕もないだろう。
 
 ……それに、分かってるだろうな?』

『は。
 それでは』

お父様は通信を切った連合軍上層部の人に敬礼をすると、
私達の方を見てため息を吐いた。

『アキト君、すまないな。
 君には苦労をかける』

「いえ、この程度でよければいつでも。
 俺としてもナデシコで連合軍とやりあう事態だけは避けたいですし」

『うむ。
 君が居てくれて本当によかった』

…ホントに奇跡的な人だよね、アキト君。
現在進行形で軍の方針に影響を与えるし、アキト君の近くで悪さをしようものなら、
すぐさまマスコミに話が届いちゃうんだから…それは中々手出しできないよね。
その方がかえってアキト君は安全なんだろうね…。
……コックの夢からは遠ざかっているけど。

その後、私達とお父様は火星の妨害電波を乗り越えることのできる、
レーザー通信装置を使った火星との和平会談についての相談と、
マスコミの人たちへの説明の順番、そしてアキト君のメッセージの録音などをした。
本当はアキト君が記者会見するのが求められてるだろうけど、
まだ戦争に関する議論が固まらないような状況では、
あまり大それたことを言わないほうがいいってことになった。
お父様も、基本的には木星トカゲが人間だったことはまだ具体的に表明できないと話した。
今の地球上では戦争終結に関わる話が活発になっているので、
まだ戦いが続いてる状態では勢いづけてしまい過ぎるのも問題だからって。

……その辺はお父様たちにしかできないし、頑張ってと励ました。
お父様、嬉しそうだったなぁ。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


「ユリカ、本当にいいの?」

「うん、疲れてるけどジュン君も寝てないでしょ?
 ごめんね、火星では二日も丸々ナデシコのこと任せっきりだったから…」

「いいってば。
 君が重要なことをしてきてくれたからナデシコは無事にかえれるんだからさ」

そして話が終わって…深夜の0時になって、ようやく解散した。
本当は警戒のために夜勤を一人残してからっていうのが普通なんだけど…。
今日は私、ユリちゃん、そしてアキト君が夜勤で残った。
アキト君とユリちゃんはひとまず数日休むのが決まってるし…。
なにより、大事な話をしないといけないから。

「…むー。
 ようやく、アカツキ君とも…話を…」

「アイちゃん、寝ててもよかったのよ?」

…で、お寝ぼけアイちゃんとイリス・フレサンジュさんも参加するそうで…。











〇地球・東京都・アカツキ邸──エリナ
私とナガレ君はナデシコが無事に火星を脱出したとの一報を聞いて、
時間を合わせて打ち合わせることになった。
とんでもないことがたくさん起きた代わりに、無事火星を出られたみたい。
この通信は傍受の危険性が高いので、詳しいことは話せないけど…。
…け、けどこれは…。

『そんなわけで、新ブラックサレナプロジェクト、
 考えてるからよろしくね。
 内容は例のレーザー通信機で秘匿して送ってあげるから、
 モノはそっちで完成しておいてね』

「あ、ああ…。
 ずいぶん可愛らしいね…」

『ふふふっ、ありがとう、アカツキ君』

…傍受されてたとしたらナガレ君がロリコン呼ばわりされそうな会話ね、これ。
そ、そんなことは置いておいて…。
目の前に現れたイネス…ではなく、演算ユニット争奪戦の時のアイという少女…。
…は、どうやらボソンジャンプのせいで私たちと同じ未来からボソンジャンプした、
イネス博士本人のようね…。

……頭痛くなってくるわ。

それはさておいて、木連との、草壁との対話はうまくいき、
ヤマサキが単独で地球を襲っているという事実が…。
……こっちも詳しくは聞けないけど、なんか訳ありみたいね。

『それと、エリナ…。
 ラピスのことなんだけど…』

「ラピス?
 そういえば…たまにメール寄越すけど電話も寄越さないわね…。
 ちょっと気にはなってたんだけど、便りの無いのは良い便りっていうし、
 私達も忙しくって中々身動きが取れないのよ。
 どっかの誰かさんのおかげで、ネルガルも大人気だから」

『そうか…』


アキト君、何かあったのかしら。
ラピスのことを気にしてるって言うか…なんか恋煩いみたいな。
…まさかね。
小心者のアキト君がそんな積極的にラピスに関わるとは思えないわ。
兄貴分として心配だから心配でしょうがないだけよね、きっと。

「そういや君、連合軍上層部とやりあったんだって?
 君らしくもないと思ったが…やるじゃないか」

『その辺も込みで説明に行きます。
 …私もラピスが心配なんで、時間を見て通話でもしてあげて下さい』

「へぇ、君がラピスを心配するなんて珍しい。
 雨でも降りそうだね」

『言っててください。
 こう見えても仲は良い方なんです』

そういえば首輪爆弾騒ぎの頃に打ち解けってラピスが言ってたわね。
あの子、この世界では明るいけど元々は結構寂しがりだから…。

『……』

「ユリカ君?」

『…あの…アカツキさん…。
 私もアキト君のこと、全部聞きました。
 ……アキトも、ルリちゃんも』

「「!!」」

私とアカツキ君は驚いた。
あのアキト君が、自分から話したみたいね…。
もしかしたら、草壁との話の中で、話す機会があったのかも。
…嘘が下手なアキト君が今まで隠し通せてたのが不思議ともいうけど。

『それに、アキトも特訓してたら急にアキト君より強くなったんです。
 ……急にいろんなことが降りかかってきて、心配も増えたけど…。
 
 でも、これからもみんなで頑張っていきます。
 幸せいっぱいの未来をつかむために!
 
 任せて下さいっ!』

…空元気のようにユリカさんは堂々と胸を張った。
本当にこの子も、昔とは違った成長をしてるわよね。
戦争に負けない能天気さ、図太さ、マイペースさがあったけど、
家族になったアキト君たちの悲しさを思い知って…静かな強さと決意を持ったような…。

…このユリカさんだったら何があっても…。


………。

…………!?


「「テンカワ君が!?」」



『…あ、ああ。
 理屈は分からないけど、追い越されてさ…。
 …俺の黒い皇子全盛期よりもずっと…』

「嘘でしょ!?」

『それもなんだけど、木星にも俺とテンカワくらい強い、
 しかも双子の女の子が居て大変でさ…』

「嘘だろうっ!?」

……なんでこんなとんでもないことがひょこひょこ起こるんだか。
はぁ。
…ナデシコA時代の、私の考えの浅ましさを思い知ったわ。
私達がボソンジャンプの制圧が出来ようが、報復出来る材料はそろってたのね…。
実際、最後の最後で覆されて死ぬところまで追い込まれたもの。
今となってはアキト君効果でネルガルの独走、木星とも和解しそうな状態。
下手に大きく動くより止まってたほうがよっぽどマシって…。
…あの頃のたくらみが馬鹿らしくなってくるわよね。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そうして、細かいことは話せないながらも、
地球に戻るまでにアキト君の専用機を完成させることに同意、
アイの設計したレーザー通信機の生産を行うことになった。
火星にはすでに準備済みで、これが出来れば和平会談も、
ワンオフ・ネオ・ブラックサレナ・プロジェクト…。
プロジェクト名は、


──『翼の龍王騎士』。


「お兄ちゃんたち、本当にカッコよかったもの!
 また惚れ直しちゃった!きゃっきゃっ♪」

アイは年相応…11歳の少女らしいはしゃぎ方で飛び回った。
どうもあの『ダイヤモンド・プリンセス』三部作に感化されたらしく、
エステバリスをもとにした作中の『甲冑騎士』を再現しつつ、
高性能のワンオフ機に仕上げるつもりみたいね…。
……なんか、それって、あの。



木連のゲキガンタイプみたいよね。




…中に乗ってるのが現実でもフィクションでも英雄本人というところだけは違うけど。
ま、まさか……量産することに、ならない、わ、よね…?

私とナガレ君が冷や汗をかいている中、通信は切られた。
…そして頭を冷やすため、ワインを一杯だけ飲んで、寝ることにした。

「それにしても、まさか草壁と和解するなんてねぇ。
 ひと悶着で済んだのが奇跡だよ」

「全くよね…。
 あの頃のアキト君だったらどんなことをしてでも倒しに行くつもりだったでしょうけど。
 あんなに落ち着いてくれててよかったわよ」

「なんていうか、あれだよねぇ。
 示し合わせたみたいにみんなばたっと変わったよね。
 アキト君も、草壁も、ヤマサキも…。
 何もかもが戦争終結に向かうために変わったみたいに」

「まさか……」

私は否定しかけて、考え込んでしまった。
…そう。草壁が納得したかどうかはアキト君に直接聞かないと分からない。
ヤマサキの一件だってそう。都合が良すぎる。
アキト君だけじゃなくユリも、
そしてこの世界のユリカさんもしっかり考えて納得して地球に話を持ってきた。
時間の逆行が、すべてを収束に向かわせている。

それだけじゃない、最も危険で、最もアキト君を狂わせたのは…。

「アキト君の運命を決定的に変えた、
 そしてボソンジャンプを支配するためにどんな悪事でも厭わなかったのは…。
 
 ………私なのよ」

「…エリナ君」

これはどんなことを言い訳しても許されることじゃない。
私は人でなしになってでも勝ちたかった。
自分の能力に自信があったし、判断が誤ってるなんて一回も思ったことがなかった。
生き馬の目を抜く企業の戦いの中で、成り上がる方法を常に考えていた。
ナガレ君もそうだった。
父親を超えるために、ネルガルを勝たせるために必死だった。
でも…。

その狂った心が、私が初めて愛した人を狂った道に突き落としたの…。

「…黒い皇子の罪がなくなったように、もう君の罪はないよ。
 それに、十分償っただろう?」

「…アキト君にはね。
 でも、ボソンジャンプの実験で死んだ人も、
 アキト君が殺した人だって…」

「それ以上は考えすぎだよ。
 
 最後は引き金を引く人の問題だ。
 
 …アキト君は君に責任を持ってほしがらないだろう?」

「ずるいわね、ナガレ君」

「ずるくていいじゃないか?
 未来の悪事の分がなくなろうとどうなろうと、
 結局、僕らの行き先が地獄であることに変わりはない。
 この人生がいかに幸せであろうと、死ぬ時までそれが続こうと…。
 
 あの世ってものがあるなら僕らは地獄行きさ。
 無間地獄かもしれないね。
 
 僕らのしてることは、死の商人。
 親父が嫌いでも、跡を継がないでもいいって分かってても引き継いだ。
 そして──」

「……私はそれを知っててナガレ君を好きになったんだものね」

「そうさ。
 悪人ってことには変わりがないのさ。
 
 …だったらこの一時だけでも、せめて幸せになろう?」

「…もう、明日も早いのに」

「半日くらいさぼってもなんとかしてくれるさ…。
 僕たちが頑張ってるのはみんな知ってるんだから」

「はぁ、残業になりそうね…」

ナガレ君に抱きしめられ、口づけされて…私は身を任せた。

……そう。
どんなことを言っても、どんなふうに変わろうと…。
私達は人でなし。それを理解して生きるしかない。
今からでも、引き換えす方法はある。

でも、それは私達の夢も、そして残りの人生も投げ捨てることになる。

恨みは、それほどまでに買っている。
アキト君たちだって守り切れない…。
だからいい。
死後が地獄だってかまわない。
私はそれほどまでに…命を賭けたくなってしまったんだもの…。

「愛してるわ、ナガレ君…」

「僕もだよ…エリナ君…」

ろくでもない、この戦争で成り上がろうとした私たち。
それを捨てようとした時に…逆に、私たちはすべてを手に入れた。
…こんなの、馬鹿げてる。
馬鹿げた運命…でも。

──私はこの人を、この運命を愛することに決めたんだから。



















〇地球・ユーチャリス・ブリッジ──オモイカネダッシュ
僕はラピスに指示された通りの準備を進めていた。
人間のフリをして、いろんなところに連絡をして…。
その先に居る人たちのろくでもなさは…僕でもげんなりするほど分かる。

ラピスの計画には、穴がない。

不安定なところはあれど、人を突き落とすのに足るものがある。
ラピスは人の心をよくわかっていて、その罪の重さを知りながら、突き落とす選択が出来る。
でも…それでいいのか…?

ラピスの願いは確かにかなうけど、でも…。
人知れず、恐ろしい重さの罪を背負って死ぬ…。
見かけ上は悲劇のヒロインになるけれど、もし死後の世界があるとしたら…。
ラピスは…。

僕は、医務室のラピスの寝顔を見た。
苦悶の表情と脂汗を浮かべて…涙さえ流している。
たった二日程度の間に恐ろしく消耗して、元々白い肌が死人のようにさらに白く見えた。
過労で倒れたラピスが回復するどころか弱っていく姿を見て、ドクターたちも焦っていた。

……ラピスがうなされる悪夢、どんなものなんだろう。

あの明るくて強いのラピスが、こんな風になっちゃうなんて。
ここまでの段階でも、相当追い詰められてたのは分かってたけど…。
…僕はラピスの過去を知ることはできない。人間の苦しみすべては理解できない。
IFSを介して僅かに感じる記憶の断片が、彼女の過去に何かあったのだと教えてくれたけど…。
それ以上のことは何も分からないままだった。
……聞いても教えてくれないだろうし。

この状態のラピスを救える人が居るとすれば…。
ホシノアキトたったひとりだけだ。
でも…まだ地球には戻ってこれない。
…!

ちょうどよいタイミングで、ホシノアキト達が通信を入れてくれた。
無事みたいだ!
時間帯は遅いけど、何か聞けるかもしれない。
…急がないと!

『あれ、ユーチャリスがドックに停泊してる?』

『修理中みたいですね。
 …ラピスも外出してます?』

ホシノ夫妻が不思議そうに通話をしてきた、
後ろにはユリカ艦長も居る、けど…。
…なんかのんきだね、ラピスは大変な目に遭ってるっていうのに…。

『ラピスは眠ってるよ。
 …過労で倒れたんだ』

『『『!!』』』

僕の返事に三人ともかなり驚いた様子だね。
…なんでそんな意外そうなの。
ラピスはアキトのためにってずっと頑張って…。
ひどいことだってして、罪を背負ってでも何とかしようとしているのに、
当人はこんな…。
僕の意識の中には、アキトにラピスの計画をばらしたい気持ちが渦巻いていた。
でもラピスを、こんな形で裏切ってはいけない…アキトはすぐに地球に戻れる距離に居ない。

…つまり、ラピスが助かる可能性は、すでに低い。
このまま悪夢にうなされ続ければ、体力が下がってしまう。
もしかしたら一ヶ月、持たないかもしれない。
そして、何より…ラピスはアキトの無事を知ったら、死ぬためにあのアンプルを…。

『今も、悪夢にうなされながらも眠ってるよ。
 起こそうとしてもなかなか起きられないみたいで。
 ボロボロで、危険な状態なんだ…。
 
 ……できれば、アキト。
 ラピスにメッセージを残しておいてくれないかな?
 無事を伝えて、励ましてくれればひょっとしたら、
 元気になってくれるかも、しれないから…』

僕は精一杯の抵抗として、
ラピスを死なせないメッセージを引き出したかった。
ラピスがアンプルを使う間際に、
アキトのメッセージを聞いて踏みとどまってくれる可能性を引き出したかった。

ラピスの死で、アキトが幸せになれる未来なんて信じたくなかった。

『…分かった。
 録画、してくれるか?』

アキトは神妙な顔をして、僕のウインドウをじっとみつめている。
そう、君しかいないんだ。
ラピスを止められる可能性が唯一あるのは…!

『…ラピス。
 俺のせいでずいぶん苦しんだよな…。
 
 でも、もう何も心配ない。
 戦う必要なんてなくなるかもしれないんだ。
 俺も、二度と戦わないでいられるかもしれない…。
 そうしたら…な。
 戦艦から降りて…一緒に暮らそう。
 
 で、デートだってなんだって…何度だってしてやる。
 いい歳になったら、その先だって、なんだって…。
 
 …お前の願いをかなえてやるから!
 
 だから…これ以上無理をするなよ…?
 
 元気なお前に会いたい…元気でなくても…いい…。
 生きて、もう一度お前に会いたいんだ…。
 
 お願いだ…ラピス…』

……!?

僕はアキトの発言を聞いて、驚愕した。
やっぱり暢気なだけだよ、この人は…!
隣に奥さんが居るのに、こんなことを言うなんて!
信じられない…二股かけるつもりじゃないか!?


苦しんでるラピスのことなんてどうでもいいんだ…!!


ラピスが大切なんじゃない、ラピスが欲しいだけなんだ!
所有物か愛玩動物か、それとも体がほしいだけなのか…。
週刊誌の情報が嘘っぱちってラピスは言ってたけど、違う!!


この人は世間の噂話通りの人だよ!!



女ったらしの、人を人とも思わないケダモノの色情狂じゃないか!!



それに、あの時だって…!
自分の醜いところを否定するために、ルリとラピスを利用していた…!
僕にとっては他人事じゃなかった、あの出来事の最中で…!!

だけど……この場でラピスを裏切れば…。
……結局、ラピスは助からないし、僕も救われない。
それどころか、ラピスの願いをへし折って犬死にさせるだけだ…。

…それにラピスを助けられる可能性は、この人の言葉…。
この最低な言葉を、かろうじて届けてあげるしかない。
僕は怒りを前に出さないようにして、しっかり録画してデータを残した。

『…録画できたよ。
 ラピスが起きたら聞かせてあげるよ』

『…良かった。
 きっと喜んでくれます』

『だよねぇ。
 ラピスちゃん、元々アキト君にぞっこんラブだもん』

ユリとユリカはやたらに自信満々に深く頷いてる。
……この人たちも同じだ。
きっとアキトにいいように扱われて、従わされてるんだ。
最低だ…こんな人が英雄って言われてるなんて…。

『それじゃ、ダッシュ。
 ラピスのこと、お願いします。
 …もしもの時があったら、すぐにでも連絡を下さい。
 励ましが必要かもしれませんし』

『分かったよ、ユリ。
 それじゃそろそろ通信を切るよ。
 あまり長いこと通信してると傍受されてしまうから』

『はは、そうだね。
 …こんなこと聞かれたら騒ぎになっちゃうよ』

……いい気なもんだね、本当に。
ラピスが死ぬようなことがあったら…僕は…。

──この時、僕の中には生まれて初めて『怒り』という感情が発生した。
ホシノアキトという、最低の男の英雄に。
大事な家族と言いながら、何人も女性をいいようにするこの人に対して。
ラピスをたぶらかして、命を賭けさせる最低の男に対して…。

命を賭けてでもやり返してやると、誓った。

…それでもこんな男の力を借りないと、
ラピスを助けられない自分がとても無力で嫌だった。

ラピス…思いとどまってくれ…。
君はアキトよりずっと価値のある、僕にとっての…たった一人の…。





ダイヤモンド・プリンセスなんだからさ…。
























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ついに火星から地球に戻るナデシコ。
ちょっと都合よすぎるくらい、あっちこっちで色んな問題が解決する中、
ラピスとオモイカネダッシュだけが不穏な空気。
ヤマサキでさえもなんかちょっとだけマシそうな生活してるのに。
これは遺跡ユリカのせい?それとも何か、別の要因?
てな感じで続いております。

そいでだんだんとアキト君の状態が明らかになりつつある中、
またアイちゃんの暗躍が始まってますね。
因果律でえらいことになる可能性があるとしってても、
そのぶん対処しておかないとそれこそえらいことになるからと。
地味にそれが『ホシノアキト・ゲキガンガー化プロジェクト』になりかねない状態。
…何気に、『ゲキガンガー人形』のように『ホシノアキト人形』が代理で置かれてたり、
ちょっと伏線はなにげーに張っていたりしてましたw

そういえば、マジで火星ではジュンをかなり忘れてた感。
実はナデシコに残ってもらってたけどw


ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
















代理人様への返信
>あー、そういうことか・・・
>まあ色々あるんで一言で言いますと。
>作者さん悪趣味ねw
どうしよう…。


心当たりがありすぎてどれのことかわからない。


…なんてボケはまあさておいて、結構キャラに意地悪いことしまくってますし、
遺跡ユリカが割と直接的な黒幕だったりとか、
遺跡ユリカ×ヤマサキのカップリングとか誰得なの?とか、
周回しすぎてどうこうとか、アキトが根本的にどうしようもないやつだった、とか。
そうじゃなくてもここまでの流れにもっとたくさんあったし。
ま~~~ひどいこと書いたなぁという自覚はあります、さすがに。
とはいえ、ひとまず『長すぎて分からん』にはなってないからいいかなと(乱暴

因果律は後でつじつま合わせで考えてましたが、
個人の因子のあたりが特にこの作品のスタート地点から使おうと考えた設定ではあります。
なんていうか連載前に改めてナデシコTV版&劇場版&時ナデ&好きだった作品を走破したところで、
もう一回なんか書きたいなぁと考えてアキトをどうにかする方法が思いつかんくて…。

で、結果としてルリが隣に居るんじゃなくて、ルリと同じものをもってて、
かつルリの方がユリカと同じものを持っていたらいんじゃね?と思った結果がこの設定でした。
ただまぁ、なんていうかまだ書き方が長くなりすぎて尺も長すぎて、なんだかなぁと。

とりあえず、次回以降、地球に向かいますが果たしてラピスはどうなるのか。
ご期待ください。

追伸:私も自分でやってて趣味悪いとは思いますが、
   劇場版ナデシコの救われない感じも相当だなとはずっと思ってます…。
   あのエンドはルリがアキトを信じるエンディングでもあるのでその先は考えるだけヤボ、
   と、大人になってようやく受け入れられたところではありますけど、やっぱつらい。
   とはいえその辺を考えるのって、
   
   あしたのジョーがラストで死んだとか生きてるとか考えるくらいにはヤボなんだよ!
   あれは燃え尽きるまでやりきった生き様を描いてるからどっちでもいいんだよ!
   
   と思えるかどうかなんだろうな、とも思います。
   …紅の豚のポルコは結局映像で帰ってきてるのが判明してるけどw



















~次回予告~
オモイカネダッシュだよ。
…ラピスの計画が、ついに動き出してしまう。
僕はホシノアキトのメッセージでラピスが踏みとどまってくれるのを信じるしかない。

だって、ラピスが本当にアキトを好きだったら…。
あんなロクでもないセリフでも、きっと踏みとどまってくれる。

…世間の女の子は、あんなことを言われたいと思ってるのかもしれないけどさ。
でも、一人の女の子を幸せにできないような男に、二人も女の子を抱えられるわけ、ないだろ?
夢見がちで、浮気性で、嘘つきで、最低なホシノアキトを…。

……僕は許せなくなるかもしれない。

どうしたらいいんだ…僕は…。

自分好みの話を書きたいと長年悩んでいたものの、そもそもの話、
根本的に自分が書きたかった話が自分のイメージと違ったものだったとかなり経ってから気づく作者が贈る、
敵は誰だ?!系ナデシコ二次創作、









『機動戦艦ナデシコD』
第六十二話:Dried flower-ドライフラワー-その1












を、みんなで見て…結果はどうあれ…。
















































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代理人の感想
ホント劇場版は誰得の極みだったよねえ・・・だからエヴァの後継者と言っていいくらい、
二次創作があれだけ盛んになったんだと思うけど。


>ゲキガンガーが越えられなかったラストに向けてレッツゲキガイン!
このあたり刺さるなあ。
かつてこれを実際やろうとしたのがヤマトであり、長浜監督のロマンロボシリーズなんですよね。
コンVではただの敵だったガルーダ、わかり合えたけど炎の中に消えたハイネル、そして最後には共闘できたリヒテル。
このへん、長浜監督の前作より進まなければいけないという意図的なものだったそうです。


>ゲキガンタイプ
ロマンは技術を進歩させるのだ!
いやマジで。


>ジュンくん
いーんだよ、ジュンくんなんだから(酷


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