〇地球・佐世保市・アクアフィルム本社・試写室──カエン
俺たちはぐったりと試写室兼休憩室でぐったりとぶっ倒れていた。
…この二ヶ月と少しの間、えらくあっちゃこっちゃ行かされた。
『ダイヤモンド・プリンセス』上映時の舞台挨拶で毎日出張だ。
本当はヒールの俺たちが巡業するのはどうかと思うんだが、
何しろ主演俳優のホシノアキト御一行は火星にランデブー中だからな。
今は火星からは戻ってきてる最中で、主治医も無事発見できたらしい。
相変わらずしぶといというか、運のいい奴。

「皆さま、お疲れ様ですわ。
 冷たい飲み物をお持ちしましたからどうぞ」

「「「「「おー…」」」」」

アクアはニコニコしながらそれぞれの好みの飲み物を持ってきてくれた。
Dは機械部分が多いが最低限の消化器は残ってるし、味覚は死んでないので飲めなくはない。
…意外と面倒見がよくてマネージャーとしては向いてるんだよな、このお嬢は。
会社も拡大しつつある状態でも、わざわざ俺たちに付き合ってる。

「とりあえず、今日で巡業は一時お休みします。
 これから一週間お休みを取った後、
 次の映画のお話が来ているので、その相談に同行してもらいますわ」

「っしゃぁ!
 そう来なくちゃなぁ!」

「カエン、うっさいわよ…」

エルには注意されたが、この嬉しさを抑えられるもんかよ。
こちとら残りの人生の貴重な数か月を費やして、やりたくないことをしてまで掴もうとしたチャンスだ。
次がどんな役でも受ける。
俺自身はヒールとして歴史に名を残したいと思っているが…。
…役者は自分のやりたい役を選ぼうとしたら終わっちまうからな。
それに、俺はまだ役者としちゃペーペーだ。贅沢言うつもりはねぇ。

「まだ内容は未定ですが、
 カエンさんはお望み通りにヒールでの役回りを監督にも希望されてます。
 またそろって共演の形になりそうですわ。
 
 今回は主演がダブルドラゴンの二人、天龍地龍兄弟で、
 クラシックなカンフーバトルアクションものになります」

「まぁたイケメン俳優の踏み台かよ?
 ったく…」

「そう言わないで下さい。
 ハリウッドからも声がかかってるんですが、実績がもう一つくらい欲しいってリクエストです。
 CGによる特殊効果なしで派手な炎のアクションを出来るカエンさんは、
 業界内で注目の的ですのよ?」

「そりゃ期待できるじゃねぇか」

俺の愚痴をフォローするようにアクアに付け加えられてちょっとだけ上機嫌になった。
ペーペーの俺にしてはかなりいい感じで次につながってるんだろう。
まさにホシノアキト、様様って感じだぜ。
シャクだがそこは認めるしかねぇ。

「ただ、アキト様が戻られる前に映画を完成、公開しておく必要があるそうですわ。
 そうしないと戻ってからまた『ダイヤモンド・プリンセス』が再燃しかねないからと」

「……そういやまだ上映してるよな、どこの映画館でも」

『ダイヤモンド・プリンセス』の舞台挨拶が二ヶ月以上続いたように、まだまだ人気は落ちようもない。
しかも全世界的にだ。
公開直後は10シアターある映画館でも8シアターを独占したり、
毎日オールナイトで三部作全部上映したり、まあもろもろとすごいことになっちまったんだよな。
今でも10シアター中、3シアターがエンドレスでやってる上に、まだ満席状態だ。
映画興行収入ランキング一位は確実、アカデミー賞受賞確実、
ホシノアキト自身もノーベル平和賞を受賞するかもしれないという噂が出始めている。
…だから俺たちも全世界に飛び回ることになっちまったんだよな。

「見てる人は見てるものです。
 ですからまた頑張って下さいませ♪」

「へっ、任せやがれ」

アクアの言う通り、プロの目は確かだ。
そうでなかったとしても、俺たちはホシノアキトのことがなくても、話題性込みで売り出せるからな。
日本映画業界はあんまり好みじゃねえが、ハリウッドが俺を待ってくれてるならやってやらぁ。

……いや、アクアの旦那のクリス監督も一応ハリウッド出身なんだけどな。





















『機動戦艦ナデシコD』
第六十二話:Dried flower-ドライフラワー-その1





















〇???
とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
軍の上層部の人間をも含む、かなりの大企業の要人、政府要人などが集まっている。
クリムゾンを筆頭とする、木連と手を結んで利益を共有するために同盟を結んでいる人物たちである。
最も、現在は木連との交信が途絶えており、有用な情報が得られないまま時間が過ぎてしまっていた。
アキトによって引き起こされた彼らの地位の揺らぎが起こってかなりの時間が経っている。
前回の会議では、混乱するこの同盟をクリムゾンの一喝と様子見の重要性を説かれて収まっていた。
…が。


『『『『『『も、もう終わりだ~~~~~~っ!!』』』』』』



すでにそれどころではない状態になっていた。
彼らの持っていた優位性が脆くも崩れ去っていたことに気が付いてしまったのだ。
木連が和解を申し入れ、しかもヤマサキが戦力をほぼ独占、
木連の全市民は火星に封じ込められていると知らされていた。

これを連合軍側は嘘と思いたかったが、この同盟にとっては真実だと分かった。
木連との交信が絶たれた理由がはっきりした。
火星に張り巡らされた電波妨害のため交信ができないとなると納得がいく。

とはいえ、彼らは知らないことだったが木連との盟約をしていた政治家がそもそも、
火星の虐殺を目の当りにした恐慌状態の民衆に殺されてしまったのが原因なので、
電波妨害が解除されたとしても連絡はつかない。
そもそもの問題として木連が和平に傾いていたら、交信を絶ってもおかしくはない。

『ホシノアキトも死なずに出てきた…。
 木連の連中も説得して、主治医を発見して…。
 奴の死を待つというのも望み薄になってしまった。
 お、お先真っ暗だ…』

しかもそれはホシノアキトが連れてきてしまったという。
さらにホシノアキトの主治医発見のニュースは彼らの気持ちを一段と重くした。
唯一の希望だった、ホシノアキトの寿命が短い可能性。
それがわずかでも伸びてしまうのは、この同盟のメンバーの死ぬまでの期間、
ホシノアキトが天下をとり続ける可能性があるという問題が生じていた。
彼らは普段の傲慢さを保つこともできず、ただ深い絶望に頭を抱えるしかなかった。

『……』

例外はたった一人、クリムゾン会長だけだった。
彼だけは別のことを考えている様子だった。

『貴様ら、うろたえているだけで終わるつもりか?』

『『『『『?』』』』』

『……もはや我々も、このままでは無傷ではすむまい。
 だが利益を取り戻すための戦いをしていたからこそ、
 ホシノアキトに手も足も出ないままでいた。
 
 ……では利益も、今の地位も捨てて奴に対して逆襲する選択はどうだ?』


『『『『『なにっ!?』』』』』



『奴を殺すためだけの、策を作る。
 被害も損害も度外視の策でな』

クリムゾンの発言に、一同は驚愕した。
今の立場を捨てる覚悟でホシノアキトを倒そうという発想そのものがなかった。

『ま、待て!?
 そうは言うが、我々がすべてを捨てるようなことをすれば…。
 家族も部下もただではすまんぞ!?』

彼らは重役であり、背負うものは多い。
自分たちがなりふり構わずに行動を起こせば全てを失う者が多い。
そうなってまですべてを賭けることを、彼らはためらった。
とはいえ一番失いたくなかったのは自分の命と地位だったが。

『案ずるな。
 今すぐに、表立ってすべてを捨てさせるつもりはない。
 さしあたっては…情報の提供と資金の提供、そしてあるタイミングで、
 ブロックをかけてもらう必要がある。
 
 だが、ことが発覚すればすべてを失う可能性のある策だ。
 
 これに乗る覚悟があるか?
 
 私はすでに準備を始めている。
 私だけの仕込みでも成功する可能性はあるが、確実にするにはお前らの力が要る。
 
 ……どうだ?手を貸してはくれないか?』

彼らにはクリムゾンの言葉が悪魔のささやきに聞こえた。
全てを失う覚悟でホシノアキトを倒そうという誘い。
だが、彼らの中には確かにホシノアキトを対する憎悪が芽生えていた。
どんなことをしてでも、あの男を殺したいという明確な殺意が。

『……そうだな。
 私達が失脚しようとも、家族を逃がす方法もある。
 最悪会社は買収されれば社員たちは無事に済むからな』

『軍縮が起こったら我ら連合軍上層部とて無事に済むか怪しいものだ。
 それに木連がボソンジャンプや遺跡のことをバラす可能性が高い現状では、
 どのみち私の場合は失脚する可能性が高い。
 
 ……その前に奴を殺る』

『政治の方面もガタガタにされるだろう。
 …この二ヶ月で、反戦勢力に追い抜かれている。
 次の選挙ではどうなるか分からんしな…』

クリムゾンは次々に策に賛成するのを見て口元を歪めた。

『…勝負はナデシコが戻るまでの残り二ヶ月の間だ。
 その間にすべて準備を行う。
 資金の供給、そしてナデシコとユーチャリスの動き…できれば内部情報までな。
 
 

 …奴のアキレス腱を切ってやる!』




















〇地球・佐世保市・連合軍基地内ドック・ユーチャリス・リフレッシュルーム──さつき

「ラピスちゃん、まだ目覚めないの?」

「もう三日目よね…?」

「しかも日に日に弱ってるなんて、本当に…」

私は青葉とレオナと一緒にリフレッシュルームでコーヒーをすすりながら沈んでいた。
他のクルー…ムネタケ提督たちと連合軍系のクルーは報告のために一度基地に降りて報告書を書きに、
100人のユーチャリススタッフはせっかくの三日休みとあって、家族に会いに向かった。
二ヶ月ほどはずっと戦い続けてて中々街に繰り出せなかったから、この時にと。
眼上さんはアキト様関係のことでまたでなきゃいけなくなった。
エステバリス整備の要だから抜けられなかったシーラちゃんは本社を守るマエノさんに久しぶりの再会。
でも私達PMCマルスの初期メンバーの12人だけは違った。
一日ごとに入れ代わり立ち代わりで、四人ずつ残っていたし、ナオさんに至っては一度も降りない。
プロ意識がすごすぎてそれには敵わないけど、連絡係、相談係として控えておく必要があったから。

「…アキト様に失恋したみたいって話になりはしたけど、
 それともちょっと違う弱り方よね」

「そう、なのよね…。
 なんかうなされてる感じで、トラウマでもあるのかな…」

「何かのせい、っていうより…心の病、かな…。
 アキト様が居てくれたらもうちょっとマシなのかもしれないけど…」

お医者さんからは『寝不足』『過労』という診断が下っていたものの、
ムネタケ提督が『何か心を病んでそうなところがあるかもしれない』って話してた通りなのかも。
火星での激戦…映画さながらの負け戦によってムネタケ提督も精神的に病んでたことがあるから、
そんな気がする、と言ってたし…。
でもムネタケ提督、何か含むところがありそうな感じもしたから…。


ぴっ!!



『……変な心配の仕方しないでよ』


「「「ラピスちゃん!!」」」



噂をすれば影、ラピスちゃんは目覚めたのか久しぶりに顔を見せてくれた。
診断をしても話しかけても起きられず、
かといって深く眠っていないようなひどい状態で眠っていたラピスちゃん。
目のクマはまだ深々あるし、髪の毛もぼさぼさでとてもいい状態には見えない。

『心配かけてごめんね。
 でも、とりあえず戻ってこれたから』

「…うん、ひとまず安心したよ。
 あ、ラピスちゃん…。
 アキト様が火星から無事に出たって連絡が来て…」

『…!良かった…』

ラピスちゃんは一瞬、すごくうれしそうな顔をした後、
本当に安堵したかのように脱力した。
…心配で眠れなかっただけだと思いたいけど、でも…。


ぴっ!



『PMCマルスの皆様、おひさしぶりですわね!
 アキト様のご無事が確認できたそうで、
 映画成功のお祝いを兼ねて、お祝いをしましょうか!』

「あ、アクアさん…まだアキト様戻ってきてないでしょう!?」

『いいんですのよ!
 戻ってきたらメインキャストをそろえての、
 盛大なお祝いをしますから!
 空前絶後の大ヒットをしましたし!アカデミーはもらいましたわ!』

「で、でもラピスちゃんが体調悪いですし…」

『なんてことないよ、大丈夫。
 ちょっとしんどいけど、一時間だけ顔出すから。
 みんな、私に気遣って楽しいことを先送りにしちゃだめだよ?』

ラピスちゃんはいつもは見かけないくらい、柔らかく優しく微笑んだ。
無理して…本当にこの子は…。

『そうですわ、ユーチャリスはまた飛び立たないといけないんですから、
 それにラピスさんも皆様が過剰に心配されてしまっては、
 逆にしっかりお休みになれませんわ』

『そうそう、私が社員の福利厚生や楽しみを邪魔しちゃダメだよね。
 せっかくギャラもなしに映画に出てくれた優しいみんななのに』

『眼上さんにもすでに連絡はしています。
 私もそちらに乗り込みますわ♪』 

……ここまで言われちゃうと、私達も断れないよね。


その後、しばらくしてPMCマルスの屋上で宴会を催した。
ユーチャリスは連合軍基地内ということもあって、会場としてはまずいから。
アクアさんが寄越したケータリングスタッフのために会場設営をマエノさんとシーラちゃんを呼んで行い、
その上で宴会を始めた。
ちょうど休みの最終日で、門限を決めていたので戻ってくるタイミングに開始。
案の定、超盛り上がってしまい、アキト様の無事を喜んでくれてる人ばかりだった。
遅れてナオさんに守られてラピスちゃんは現れた。
一時間だけ、という約束で、珍しく大人しく椅子にちょこんと座って私達を見守っていた。

……ラピスちゃん、嬉しそう。

やっぱり具合は悪くてもアキト様の無事が嬉しいんだね。
みんなが喜んでる姿を見て、優しく微笑んでくれて…。
でも、どこか…不安定なところが一瞬見えてしまった。
なんでだろ…。

「あ、そうだ。
 さつき、重子はまだ戻らないの?
 門限すぎてるじゃない」

「え?
 あ、聞いてるけど…明日の出航までには戻るって。
 なんでも、ちょっと実家に戻らないといけない用事があるとかで。
 どうしても外せない用事があるってさ」

「へえ。
 あの子の実家って言うと、もしかして巫女の仕事かな。
 大変よね、マジにシャーマンしてる子は」

私は青葉に呼び止められて返事をした。
青葉は茶化すように言ったけど…。
……ただ、ちょっと不安なのよね。
あの子の占いの的中率って尋常じゃないから…。
実家でその辺のことをしてるとしたら、まさか…。

「それじゃ、私は先に帰るから。
 みんな、楽しんでってねー」


「「「「じゃあね、ラピスちゃん!!」」」」



「あっと、お疲れ様、ラピスちゃん」

もう完全に重役扱いで見送られていくラピスちゃん…。
実際重役だけどね。
……ま、大丈夫よね。
病んでるってなると…色々不安だけど、二ヶ月くらい持つわよ、きっと。
今日だって大人しくしてたけど、食事だっていつになくがっついて食べてたし。
体力だってすぐに回復できるかも。
その調子じゃ私達に命を賭けさせるような真似をさせるのだって無理だし…。
あんまし夜更かしし続けるとさすがに私達でさえ頭が回んなくなるし、うん。
大丈夫…よね…。


「……最後の晩餐にしては上出来じゃないかな?
 みんなに会えないのは残念だけど…」


















〇地球・佐世保市・連合軍基地内ドック・ユーチャリス・ラピスの部屋──オモイカネダッシュ

「ナオさん、ごめんね。
 ナオさんまでパーティーを途中で抜けさせて」

「いいって。
 ま、確かに若い子ばっかりのパーティーを抜けたのは残念だけどな。
 だが、男が少なすぎるってのもちょっと居心地がなぁ」

「ナオさんらしいね」

「そんなとこさ。
 じゃ、いい夢見ろよ」

「ありがと、またね」

そんなことを言いながら、ラピスはナオさんと別れて一人部屋に入ると…。
ベットに腰掛けて祈るように指を組みながらうつむいていた。
どこか落ち着かない感じで、迷っている様子がある。
……計画通りなら、ラピスはこの後…。

「……」

『ラピス、迷ってるならやめようよ。
 君が進んで犠牲になったところで、多くの問題が解決する代わりに、
 二度と解決しない問題が増えるだけだよ。
 …君の想ってるアキトを傷つけるって分かってるくせに』

僕はあえてラピスが嫌がる事実を突きつけた。
…とはいっても、本当にあのアキトがそんな風に思ってるかは分からないけど。
ラピスが居なくなったら、ルリに手を出すと思うし…。
するとラピスは、辛そうに表情を少しだけしかめてポロリと涙を流す。
どこか、大人に怒られた時の大人しい子供のように…。

「分かってる…分かってるよぉ…。
 ぐすっ…。
 でもアキトを確実に助ける方法はこれしか…」

『確実性がどうだっていうんだよ、ラピス。
 人間が関わる以上、100%はありえないんだよ?
 運やタイミングだってある。
 ここで君が死んで、うまくいかなかったらそれこそ犬死にだ。
 君がアキトを本当に信じているっていうなら、
 アキトを待って一緒に出来ることを話し合って決めるべきだ。
 
 君は、アキトを信じられないのかい?』

「うっ…。
 うぅう……」

ラピスは顔を抑えて、嗚咽をこぼしながら悲しんでいた。
ただ、なにか…アキトのことじゃない、何か別のことを考えてるようにも見えた。
でも、もしかしたらもう一押し…もう一押しで、ラピスは踏みとどまってくれるかもしれない。
…よし、このタイミングだ。

『…ラピス。
 俺のせいでずいぶん苦しんだよな…』

「!!」

ラピスは、アキトのメッセージを録画したウインドウが現れると、
目を見開いてそのアキトと見つめ合った。
…やっぱりだ、アキトだけだよ…ちゃんと止められるのは…。
どうしてラピスは…こんな奴に。

『でも、もう何も心配ない。
 戦う必要なんてなくなるかもしれないんだ。
 俺も、二度と戦わないでいられるかもしれない…。
 そうしたら…な。
 戦艦から降りて…一緒に暮らそう。
 
 で、デートだってなんだって…何度だってしてやる。
 いい歳になったら、その先だって、なんだって…』

「!!」

ラピスは驚愕して…いや、今度はまた大粒の涙を流して…。
……どうしてだい、ラピス。
二股かけられるって分かって、そんなにうれし涙を流すなんて。
いや、失望も半分ありそうだ。
満面の笑みって感じじゃない…。
僕だってそれくらいは分かるさ。
 
『…お前の願いをかなえてやるから!
 
 だから…これ以上無理をするなよ…?
 
 元気なお前に会いたい…元気でなくても…いい…。
 生きて、もう一度お前に会いたいんだ…。
 
 お願いだ…ラピス…』

「アキト……」

『ラピス、君が眠っている間に届いたメッセージだよ。
 …君は本当に想われてるんだ。
 だから…』

ラピスは…アキトの懇願に、心を動かしてくれたようだ。
…それが偽りの、ラピスの将来を辛いものにするかもしれないものでも、この際、構わない。
まずはラピスが死なないところに行きついてくれれば、なんでもいい。
その後に、誰かに協力してもらってアキトの悪事を暴いてやればいいんだから。
そう、これでいいんだ…。
……!?


『ラピス!?
 何をしてるんだい!?』



「……今ので決心が固まったの。
 アキトのために…やっぱりやらなきゃ…」

『ダメだよ、ラピス!!』

「……やっと死ねる」

ラピスは例のアンプルを躊躇なく手に取っていた。
次に起こる事態に、僕は目をふさぎそうになるのを必死で我慢して、説得を続けようとした。
けど…ラピスはアンプルを開けて、中身をすぅっと吸い込んで…。
アンプルを、ダストシュートに投げ込んで…。
ただベットに倒れ込んで、泣きながら深呼吸を続けていた。
死への恐怖を抑え込むように。

『ラピス…どうして…?
 アキトを信じられなかったの…?』

僕の言葉に、ラピスは小さく首を横に振った。

「アキトは信じてるよ…。
 何があっても私をきっと救ってくれようとする…。
 
 …アキトって、あんなことを言ってくれる人じゃないの。
 
 ホントはね。

 でも……。

 私を助けるためだったら、何でもしてくれる。
 ユリちゃんを捨ててだって助けてくれるんだ。
 私の王子様…。
 
 昔っからそうなの…。
 
 でもね…アキトとユリちゃんの間を引き裂いて、
 私がのうのうとアキトの隣をとっていいわけないから…」

『…だから君は叶わない恋だからってあきらめて、
 恋した相手を助けて死のうっていうのかい!?
 それが、アキトのしてほしくないことだって知っているのに!?』
 
「…そんなアキトだから、助けなきゃ」

…ラピス、おかしくなっちゃったのかな。
どこか不安定で、目の焦点が定まっていない…呼吸も浅くて…。

「…ね、ダッシュちゃん。
 これから症状が進んだら、ちゃんと喋れなくなっちゃうでしょ?
 ……これからのことをもう一度確認したいの。
 それから、私たちの秘密のこと、
 ちゃんとみんなに教えるためのメッセージの録画を」

『……。
 分かったよ。
 それが僕に対する遺言でも、あるんでしょ?』

「うん、お願い。
 …でも聞いたらみんな嘘だって笑っちゃうかなぁ」

『命を懸けたラピスのメッセージ…誰も笑いやしないよ』

「そうかなぁ?
 年頃の女の子が考えた妄想って言われても仕方ないような内容だよぉ?」

……そうして、ラピスは全てを語り始めた。

………。

!!
そんな…!?
僕はすべてを聞いて、疑うどころか辻褄が合うことばかりだと思った。
アキトという人間が、なぜあんなに強いのか、最近発売されたエステバリスを扱えるのか、
そしてテンカワアキトとユリカという人間に肩入れするのか…すべてわかる気がした。
まさかラピスが…未来のユリカだったなんて…。

「……はぁ、疲れちゃった。
 メッセージの録画ありがとね。
 疲れたけど…全部話したらすっきりしたよ、ありがとダッシュちゃん」

『あ、ああ…うん…』

「……今日はちょっとくらい眠れるかも。
 全部、やらなきゃいけないことが終わったんだもん…。
 ダッシュちゃん、これからは私の部屋に誰も入れちゃダメだよ?」

『…分かってる。
 おやすみ、ラピス』

ラピスは言い切ると、すぐに瞼を閉じて深く眠り始めた。
これまでの悪夢にうなされていたのが嘘のように、かわいいいびきを立てながら…。
……ラピスの言っていることはすべて本当だと思う。
これから死ぬ予定の12人のPMCマルスのパイロットたちも、納得してくれると思う。

でも、納得してるから死んでもいいなんて暴論だ。
守るべきもののために戦って死んでいく、兵士っていうのはそういう人たちなんだろうけどさ…。


それでも、こんなのってないだろう!?



どうして、アキトはラピスを連れて行かなかったんだ?
ラピスが本物のユリカかどうか分からないから確認してほしいって言ったとはいえだよ。
ルリが残ったって問題はなかっただろ!?
事情があるかもしれないけど、そんな大事があったのに一緒に居ようとしないなんて!!

本当に大事だったら、近くに居させるに決まってるじゃないか!?

……でも、こんなことを考えてても、もう遅いのかもしれない。
ラピスはアンプルを使ってしまった。
早ければ翌朝にでも発症する、凶悪なウイルスを…。
……ラピスを暗殺するのを目論んだテログループが、暗殺者に渡したつもりのアンプルを、
まさかラピス本人が受け取って使ったなんて夢にも思わないだろう…。

このウイルスの致死性は極度に高い。
かつて撲滅されたウイルス…進行して行くと最終的にはがんを誘発するものだ。
今のラピスの体力では特効薬があったとしても回復しないだろう。

このウイルスの治療は難しい。
何しろ現在の治療技術が優秀だったとしても、単なる風邪かインフルエンザに見えない。
様子見をしていくにも、その期間の間にガンに変異する可能性が高いんだ。
だから、僕は空調管理のシステムで通報をすることになってる。
『未知のウイルスが発見された』『一時空調を隔離』『防護服をまとった医療スタッフの到着を待て』…。
この内容によって、ラピスは医務室に完全隔離される。
僕もウイルスについては感知できるが病状や内容までは分からない。
ウイルスを解析するまでの時間で、ラピスは…。

……希望があるとすれば、あれしかないけど。
でも、誰も気づくことはできない。
僕が教えたら、ラピスは僕を許さないだろう……僕はどうすれば。

……許せないのはアキトだよ。

心変わりしたんじゃないかって、僕は思うけど…そこまで深くは人の心が分からない。
今はユリと言う奥さんが居るからって、放っておける神経が許せない。
『ダイヤモンド・プリンセス』のスサノオの方がまだマシに思えてきた。
ひどい目に遭ったユリカ…そして自分の勝手に巻き込んだラピス。
この二人を放っておくなんて…!
分からないことがあまりにも多いけど、これだけは言える。

アキトのせいで命を投げ出してラピスは死ぬんだ。


僕は…彼を許せない。


何が何でも…あの二股野郎に、思い知らせてやらなきゃ!!
















〇宇宙・火星航路・ナデシコ・アキトとユリの部屋──ホシノアキト
今日は休みをとって体を休め、
明日からはこれから地球に向かうにあたって色々な準備をすることになった。
アイちゃんから『ワンオフ・ネオ・ブラックサレナ・プロジェクト』の件、
テンカワが急成長したことについて、そして俺の体の件など、
多岐にわたる準備を必要とする状況であるのを確認して、昨日はアカツキとの会議を終えた。
…ラピスの件も不安はあるものの、地球から連絡が来ていない以上、
過労である以外の話を突っ込むことはできない。
長時間の通話は傍受される可能性があるし…ラピスの正体を話すことはできない。
それにラピスも、俺のメッセージを聞いたらすべてを察してくれるだろう。
あれ以上の通話は傍受される危険が大きすぎたから、
次はレーザー通信機の完成を待ってからにしなきゃな。

…なんてことを考えつつも。
俺とユリちゃんはひさしぶりにのんびりとした時間を過ごすことが出来ていた。
地球に戻ってからの大変なことは置いといて、無事に戦いから抜けられた先のことを考えていた。
店を持つにしてもどうするのか、地球に戻れたら和平が固まるまでしばらく休みをとるかとか、
将来のこと、たまにはちゃんと遊びにいこうとかも込みで。
平和な時が来た時を夢見る話をたくさんできた。

こういう夢を語る場面というのは今までのユリちゃんとの夫婦生活ではあまりなかった。

戦争が終わるか不安が大きすぎてどうしようもなかったし、
テンカワとユリカ義姉さんのことで手を回しているとか、
限られた時間でユリちゃんとコミュニケーションをしなければいけないとか、
そうでなくても芸能活動が忙しすぎて、本来抜けるべきだった夏からもずっとかかり切り。
そんな余裕もスケジュールもなかったんだよな。
…それでもコックの仕事はしようと思ってるあたり、わがままを通してる気もするけど。

そんなこんなでこの狭苦しい部屋の中で、俺たちは珍しく将来設計を話し合う機会が生まれた。
…テンカワ時代、ラーメン屋台で一旗揚げようっていう時期の無謀さを改めて思い知ったけど。

無謀と言えば…ヤマサキの無謀な行動のせいで割を食った夏樹さんの事だ。
夏樹さんとヤマサキの一件はまだ心残りがあるが、手伝えることがあれば手を貸すつもりだ。
だから今はそっとしておこうと思う。
会話するにも、俺たちから話すとどうもよくない気がするし…。

…で、だ。それはそれとして。

…俺はすごーく困っていた。
地球に向かうナデシコの中で、ただでさえちょっと浮いてる北辰…。
かつての宿敵であり、俺とユリカを捕らえる実行犯だったこの男は。

……何か相談事があるらしく、俺たちの部屋を訪れていた。

粗茶などを出しつつ、俺は複雑な心境を露呈しないように気を遣っていたが…。

「…我が、未来における貴殿の宿敵だったことは草壁閣下から聞いている。
 呼び捨ててくれてもかまわん。
 何なら、ぞんざいに扱ってくれてもいい」

「いや、そうもいかないですよ、北辰…さん…」

そんな空気を察したのか、北辰は申し訳なさそうに切り出した。
俺はどうもこの男が苦手だった。
というのは…どこか自分に似てるように見えた。
自虐的で不器用なところが、似ている気がしてならなかった。
…割と似た者同士、なのか?

「それよりも、相談があるなら早くしてくださいよ。
 私達だって休みなんです。
 時間がもったいないですから」

「す、すまん。
 …折り入って頼みたいことがあるのだ、ホシノアキト殿」

……うーん。
印象は悪くないっていうか、真剣すぎて印象が違い過ぎる。
仕事として、自分の生きる道として外道を続けて来ただけで、
こっちが素なのかも…やっぱり北辰も人の子ってことか?
外道を名乗り、非道を尽くしていても木連のために戦ってきたっていうし。
…分かんないもんだな、人間なんて。

「恥を忍んで頼みたい…。

 我を…」

「?」

北辰は背筋をただすと、俺の目をじっと見て、すぐにその場にひれ伏した。
いわゆる、土下座で。
一応畳だから土下座ではないんだけど。


「……雇ってくれいっ!!」


「「はい?」」



呆気にとられる俺たちをしり目に、
北辰は今までに見たことがないくらい情けない顔で眉間にしわを寄せて悩ましそうに話し始めた。

「……我は、草壁閣下に恩赦をもらい、このナデシコで地球に向かうことを許された。
 だが暗殺稼業からなにから汚れ仕事をして生きてきた身の上、
 足を洗って生きることを決めたはよいが、
 年齢的にも今までの職業から考えても就ける仕事が限られているのだ。
 
 火星の職業紹介の仕事に従事した者にも相談したが、ここがまず引っ掛かるという。
 かといってお手伝いだのアルバイトだのではとても家族三人を養うことなど不可能だ…。
 
 しかも木連出身とあっては、現状では目立った仕事をすることも難しい。
 地球では土地勘もない、知識面でも文化面でも離れた地球で生きるには、

 どこをどうやってもホシノアキトに職業の世話をしてもらうしか方法がない。
 閣下と話し合った結果、これしかないという結論に至ったのだ…。
 ……すまん、ホシノアキト殿」

………俺は切実すぎるこの北辰の悩みを笑えなかった。即答もできなかったが。
かつて…俺がパイロットとして働いていた時に与えた損害で重すぎる借金を背負った時の苦労。
それが思い起こされて、非常に重たい同情をしてしまった。
ユリちゃんはぽかんと口を開けて唖然としている。
北辰のイメージとかけ離れてる発言で驚いているんだろう。
……まさか家族を養うために恥を忍んで土下座までするとは思わなかったよ、俺も。


「故に頼む!

 妻と娘たちにこれまでの非道を詫びねばならんのだ!

 この上、生活を支えることもできぬとなったら、

 我は…我は…ッ!」



俺は他人事とはとても思えなかった。
借金に追われた苦難の時代に加え、そして黒い皇子として非道を重ねた未来…。
俺はあの時、結局逃げることしかできなかった。
北辰はその末の和解を選び、情けない姿をさらしてでも生きようとしている。
自分と家族の運命をなんとかするため、頭を下げて頼み込む北辰は、ある意味では立派だとすら思う。
だけど、ホント草壁さんも人が悪いよ…。

「はぁ…草壁さんも言っておいてくれればいいのに」

「無理もないんじゃないですか?
 アキトさんだって土下座されなかったらちょっとは嫌がったでしょう?」

「そりゃまぁ…」


「命も賭ける、どんな汚れ仕事でもやる!
 だから頼むっっっ!!」



「ほ、北辰さん、落ち着いてって…。
 汚れ仕事から足を洗うんでしょ?
 家族のためにも、そういうことはやめたほうがいいってば…。
 ……でもどうしようかなぁ」

俺は割と真剣に北辰のために何か仕事を紹介したいと思ったが…。
何かいいアイディアがないか考えたが、どうも思いつかない。
この場は保留することにして、何か仕事を紹介することは約束した。
出ていくときもぺこぺこと頭を下げる北辰の姿を見て、
元々しぼみかかっていた北辰への憎しみが、完全にしぼんでしまった。

「…アキトさん、相変わらず人がいいですよね」

「…同情したのユリちゃんだって気づいてたでしょ。
 俺だって黒い皇子時代の罪が何とかなって味覚がないままでも戻ってくるって場合、
 ああいうこと言わなきゃいけなかったかもしれないんだから…」

「ま、いいです。
 私はアキトさんの生き方に付き合いますよ」

ユリちゃんは相変わらずやれやれ言いながらも俺の考えに合わせてくれた。
……本当に俺、ユリちゃんが居なかったらどうしてんだかな。

そしてその後、テンカワ、ユリカ義姉さん、
そしてルリちゃんを交えて話をしたものの、やはり決まらない。

「ぶっちゃけ、私ら職安の人じゃありませんし、
 転職アドバイザーでもありません。
 素人が口突っ込んじゃ危ないんじゃないですか?」

「ルリちゃん、それはそうなんだけどさ…」

ルリちゃんの冷徹なツッコミは確かなんだが…とはいえ問題が結構デリケートなんだよな。
俺も無下に断るのは抵抗があるし、そもそも木連との和平が決まっていない段階で、
北辰一家や夏樹さんを放逐するなんて非道、出来っこない。
万が一にも木連の出身とバレたら命の保証がないし、そうなってはまた外道に戻ってしまうかもしれない。
そうじゃなくても草壁さんもさすがにそれは怒るだろう。
娘と部下を俺がいい加減に扱ったら、外交問題にしてでも怒ってくるだろうし…。
…俺自身も後味が良くない。

「…まあ、ある意味恨みのある人の生殺与奪権があるわけです。
 慎重に、何かちゃんとした仕事を…」

「ホシノ兄さんのツテでお笑い芸人でもしてもらいますか?
 体を張ってもらうやつを」

ユリちゃんの、容赦ないながらも世話をしようという姿勢に対し、
ルリちゃんは復讐がてらひどい目に遭わせる選択を提案してきた。
…ダメだって、そんなのは。

「……さすがにそれは可哀想だって。
 道化に仕立てるなんて趣味が悪いよ…木星トカゲが人間ってばれたら、
 地球の人たちの怒りまでぶつけられかねないし…。

 

 …………体を張る芸人の北辰なんて、ちょっとだけ見てみたいけど」



俺の個人的興味は置いておいて、
俺たちは三十分くらい考え込んでも結論が出なかった。

和平が固まるまでは外に出すわけにはいかないので選択肢がどうも狭い。
とりあえず本格的な仕事をする前に、しばらくはPMCマルス内で働いてもらうことになるだろう。
何しろパイロットをやらせれば解決するとは言っても、それは脅して命を賭けさせる仕事をさせることになる。
かといって俺に代わってエステバリス操縦教官にしたら、たぶん怖がられる。
というかエステバリス向けの操縦技術じゃないんだよな、格闘専門だから。
じゃあ敵対相手の掃除ではなく、掃除のスペシャリストに?……いや、ダメだろう。


錫杖の代わりにモップとはたきを持った、
割烹着姿の北辰がうろついてたら爆笑して仕事にならない。



洗濯などの生活班も同様だ。事務作業も恐らくダメ。整備班は論外。
せいぜい保安部がいいところだろうけど…これもパイロットと同じ理由で却下だ。
食堂班も、刃物の取り扱いはうまいかもしれないけど、たぶん訓練に時間がかかりすぎる。
…うーん、八方塞がりだ。

スキル的には奥さんのさな子さんには生活班のお願いができそうなのに…困ったな…。
…北斗と枝織ちゃんも最終的にはなにかお願いするかもしれないけど。
しかしあの北辰にあんな美人の奥さんと子供が居るっていうのは不思議だ…。
北斗と枝織ちゃんはやっぱり北辰の子供って分かる殺気放つけどさ。


ぴっ。



『ホシノおにいちゃーん。
 ちょっと相談があるんだけど』

「アイちゃん?悪いけどちょっと後に…」

『ディストーションフィールドソードなんだけど、
 お兄ちゃんって短刀の二刀流しかできないでしょー?
 あの制御ってすごく難しいから一刀流に切り替えた方がいいと思うんだけど』

…ああ、そういえばそんな話をしてたな。
例の『翼の龍王騎士』はディストーションフィールドソード…。
ディストーションフィールド収束装置の使用を前提とした初めての機体になる。
うまくやれば『ダイヤモンド・プリンセス』劇中内の、翼をまとったような状態を再現できる。
しかしあまりに制御が難しく、俺も両手に同じ制御を出来る可能性が低い。
一刀だってそれなりに大変だろう。それに劇中では龍王騎士は一刀流だ。
だから、一刀流に切り替えた方がいいという提案だったんだろうが…。

「だけどアイちゃん…。
 一刀流にしようにもリョーコちゃんに教わるくらいしか方法がないよ?
 でもリョーコちゃんは『自分でやるくらいしか覚えてない、教えられない』ってさ。
 リョーコちゃんのおじいさんに弟子入りするんだって地球に戻ってからだし。
 一刀流の使い手なんて、そうそう………」

俺はじっくり考えた結果、ある可能性に至った。
未来での出来事…墓場での戦いのことだ。

『木連式抜刀術は殺人剣にあらず…』

そして、未来での俺独自の二刀流を作らなければいけなかった理由だ。
そうだ!どうして気が付かなかったんだよ!!


「居た!
 とびっきり参考になりそうな人が居たよ!!」



──かつて激闘した北辰。
あの頃の北辰と生身でやりあったことは何度もあった。
そしてその見事な抜刀術…俺も何度真っ二つにされそうになったことか。
六連一人一人では相手にならないが、北辰と一対一では危険が多かった。
独自の小太刀二刀流を身に着けるまでは、逃げるので精いっぱいだった。
あれさえあれば…!

「北辰…さんに教わろう。
 …絶対に必要になることだし!」


「「「「ええっ!?」」」」



こうして、俺たちの問題は一石二鳥で解決することになった。

北辰の仕事は『剣術指南役』だ。
俺とテンカワ、二人が習うことにすればいい。
一朝一夕には身に着けられないだろうが、武道として木連式柔と似通っているところも多い。
二ヶ月も時間があれば、ディストーションフィールドソードのとっかかりをつかむことが出来るだろう。
この技術習得は、どんな大金を払っても中々できるものじゃない。

期間、タイミング、状況、全てがベストだ。

地球に戻るまでの間に機体が完成し、俺とテンカワも仕上がる。
そうなればどんな状況にも対処できる…!
行けるぞ!

「テンカワ、帰りも特訓漬けになるな…」

「…いいよ、別に。
 俺もお前に負けないくらい強いし、
 ちょっとやそっとじゃ潰れないさ」

「よし、俺もなんとか体力をそこまで伸ばさないとな」

『翼の龍王騎士』自衛手段としては過剰だが…必要ないとは言い切れない。
クリムゾンだって最後の賭けをしてくる可能性もある。
そうなった時に取り返しがつかない事態にならないようにしないといけない。
完全に木連との和平が達成させられるまで油断はできないんだ。
人体のボソンジャンプを封印した今…そうでなくとも俺自身が単独でボソンジャンプできない今では、
英雄扱いだけじゃなく木連との板挟み状態になった今、かなり危ない立場だ。
下手すると地球側からも今まで以上に敵対されかねないんだ。
…救いなのは地球全体がこの戦争の起こりを疑問視し始めてくれたことだ。
マスコミ、世論も市民運動も全てがこの部分に注目しつつある。
俺自身の命を危うくする一方で、味方になってくれる人も相当数いる。

…だが、俺はそれに対して罪悪感を感じている。

婚約者を失ったと触れ回っていたくせに、実はラピスとしてユリカが生きていた。
俺の気持ちに同調してくれた、戦禍で大事な人を失った人たちを騙しているに等しい。
…これは下手すると詐欺に近い。
それを知ったのが後になってからとはいえだ。
助けられる可能性がある…そしてそれを実行しようとしている。

俺がラピスに呼びかける以外の方法をとろうとしなかったのは、
ヤマサキと夏樹さんの件とこの罪悪感によるところが大きい。

…前の世界のことは、その程度でそそげるような罪じゃないがな。

だが…。
もしユリカの心がズタズタのままで…。
俺の、『黒い皇子』の因子ですでにラピスが狂っているとしたら…すでに手遅れなのかもしれない。
なにか、どうしようもない、救いがたいことを考え始めて、実行しているかもしれない。
止めるためには、ラピスを拘束して監禁するしか方法はないだろう。

…それでもラピスがそこまでもくろんでいるという確証は今のところないんだ。

そして俺にはそれを止めるために強権的に動く資格も、彼女を咎める資格もない。
俺が彼女に何か疑いの目を向けた瞬間、ラピスは本当に絶望する。
彼女が死ぬかもしれない行動をとるとしたら、そうしてでも止めないといけないかもしれないが…。
離れた場所から、こんなことを推測で行うなんて危険すぎる。
…今は信じるしかない、ユリカを、ラピスを…。

「…アキトさん、アキトさん?」

「ん、あ、ごめんね」

「…ラピスのことを考えてたんですか?」

「うん…。
 ……信じてるけど、心配だなって」

「…そうですね。
 アキトさんの立ち位置がどんどん危険になってる今…。
 もしかしたらなにか対策をとろうとしてるかもしれません…」

「…うん。
 俺がユリカを助けるために、どんなことでもしようとしただろ?
 
 もしかしたら命を懸けてどうにかしようとするかもしれない。
 …そう思ったら気が気じゃなくてさ…。
 
 今のラピスが、ユリカがそういうことをしないとは言いきれないから」

さっきまでの話とは無関係に黙り込んでしまったのか、ユリちゃんは俺をのぞき込んできた。
…もうなんて言うか、ユリちゃんとの関係は二重三重に深すぎて見え見えなんだろうな。
俺もつい正直に話してしまう。

「…そうだよね。
 ラピスちゃんの気持ち、ちょっとだけわかるもん…。
 アキトが危ない状態だったら、私…」

「…ユリカ」

…俺たちの関係も、もうすべて話してしまったからな。
どんな血縁関係でも家族関係でもありえないほど深い部分を知られてしまった。
俺がどんなにひどい男かってことも、人殺しをしたことも。
…まさかそういう運命にあるって言われるとは思わなかったけどな。

「ラピスは大丈夫です」

ルリちゃんがはっきりと発言した。
妙に強い自信を感じた。

「なんでだい…?」

「…未来のユリカさんのほうはちょっとわかりませんけど。
 ラピスはラピスで別人格のはずです。ホシノ兄さんたちと違う部分もあるかもしれないです。
 あのラピスは確かにどうしようもない時だったらホシノ兄さんと同じ判断をします。
 爆弾首輪の時だってそうだったし。
 
 でもラピスは…言ってました。
 この際だから言っちゃいます。もう隠すことでもないですし。
 ホシノ兄さんと浮気することに命を懸けているって」


「「「「「!!」」」」」



あいつはルリちゃんにまでそんなことを…。
…いや、この世界でのラピスらしさはそうだ…。
大人しいのに俺に執着してたあのラピスとまるで違う、ユリカの特性で変化したような性格で…。
でも、そこには『ユリカらしさ』は感じなかった。似ているが種類が違う。
感じ的にはユリちゃんと同じで、ユリカの因子を受け継いでる形に近い…。
ということは…。

「ユリカとラピスは俺たちとは違って、全く別の遺伝子を持つ人間同士が混ざった状態から、
 さらにボソンジャンプで再構成された人間だから…。
 …ラピスの人格はあくまで別人格だから判断基準が違うかもって?」

「そうです。
 今まで私達に対して行動してきたラピスも、未来で明確に存在していた人間です。
 ユリカ姉さんの記憶部分の代わりに居座っていたラピスの記憶部分…。
 未来のユリカ姉さんの脳髄をフル活用してホシノ兄さんを守る、ラピス本人。
 彼女が今までは主人格として体を使ってきましたが、今はユリカ姉さんが主人格だとして…。
 確かに、未来の出来事から立ち直れていないのであれば危険はあるかもしれません。
 
 今はラピスの人格が眠っているかもしれませんが、
 でもホシノ兄さんが浮気覚悟で助ける気でいると知って飛び起きているかもしれません。
 
 ラピスは知っての通り、業突張りのわがまま娘です。
 ホシノ兄さんを助けるためならなんでもする、でもその見返りは欲しがるタイプです。
 未来のユリカ姉さんを助けたら、見返りがとんでもない量になるって分かってるはずです。
 
 確かにホシノ兄さんのために死ぬ必要があれば合意するでしょうけど、
 そうでない場合は…。
 
 ……死に物狂いで這い上がってきますよ、ラピスの場合」

……俺たちはそのルリちゃんのリアルすぎる予想に、茫然とするしかなかった。
ルリちゃんは聞いてないことだが…爆弾首輪騒ぎの時に、
ラピスをユリちゃんが立ち直らせるために一回だけ公認浮気を許可する一幕があった。
その時の現金な立ち直りっぷりを聞いて苦笑するしかなかったが、
今回に関してはそれがラピスの生存を助けてくれる可能性がある。

大胆な予想だが、納得できる。
俺はラピスの強さを知っている。
ユリカの因子や性質を受け継いでいるかもしれないが、別の種類の強さだ。
…ひょっとしらたひょっとするな。

「はは…そうだね。
 確かにあの『ラピス』の場合、そうしかねないよね」

「そうです。
 ラピスはめちゃくちゃな方法でいつも活路を開くんです」

「そっか…そうだよな。
 そういう意味じゃ結構ラピスはナデシコ向けだったんだよな、やっぱり」

「ええ、ホントに向いてます。
 彼女の場合」

…この旅についてきたら、本当に騒がしい旅路になったろうな。
ナデシコを降りるかもしれない今となっては…それもなくなるんだろうけど。

「…ごめん、弱気になって。
 大丈夫だよな、何かトラブルがあったらユーチャリスから連絡が来るはずだし」

「ええ、心配しすぎです。
 それにユーチャリスはそもそもマシンチャイルドなしでの運用実績があります。
 ラピスが不調とあれば、ハーリー君ともども降りられるんですから」

…そっか、そういえばそうだ。
ユーチャリスに乗ってるみんなには悪いけど、そういう対策だってとれるじゃないか。
地球内もカキツバタとシャクヤクが稼働している状況だ。
無理に出撃回数を増やさなくてよくなりつつあるはずだ。
考えすぎ、だったな。
こっちから過干渉しても、かえってラピスに怒られるし。

「…よし、俺たちは俺たちで準備をしよう。
 悩むのはそれからでも遅くない」

「ああ」

「うん!」

「「はい」」

「ずいぶんお兄ちゃん前向きになったわよね」

…とにかく、これからだ。
後悔のないようにやり抜くしかない。
昔とは状況が違う、なんとかなるかも…。

「…でも結局ホシノ兄さんは、
 ユリ姉さんと未来のユリカ姉さん、
 最後にラピスと三股になるんですね」


「う"っ"!!」



……ルリちゃん、考えたくなかったことを言わないで欲しいなー。
周りから見たら二股で済むんだろうけど…いや…考えまい…。


「…アキト?
 アキトは二股しないよね?」


「ああ、うん…しない…と思う……」



…自信を持てよテンカワ!!

お前がある意味最後の希望なんだから!!

俺はまともな『テンカワアキト』が、

歴史上一人もいないなんて認めたくないんだから!!

……自分で決めたこととはいえ。



勘弁してくれ……。




























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は地球側がどんなことになってんの、という話を中心に書きました。
PMCマルスの女の子たちは比較的影が薄いので、たまに出てこないと忘れられそうで。
とはいえ、いろんな人がこうキレてしまっているっていうのはやはりまずいわけですねぇ。
そして今回は北辰が割と情けない、しかし切実な悩みを抱えて亡命してくる展開。
異文化に溶け込むためにけっこー時間がかかりそうだと北辰も考えていたようです。
何のかんのあって、外道を止めた北辰にも幸あれ。
でもなんでか微妙に性格が違うのかは何かあるんでしょう。
普段に比べれば若干短いですが、分量描くことに麻痺しがちなので、
本格的に事件が起こる回を後に回して投稿です。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!




追伸:この話を書いてたらスパロボDDガチャでラピス出ました。
















代理人様への返信
>ホント劇場版は誰得の極みだったよねえ・・・だからエヴァの後継者と言っていいくらい、
エヴァはどんどこ救いがたい方向に行くのはなんとなく分からんでもなかったけど、
ナデシコはテレビ版があのラストになっただけに、その後は悲しい話にしてほしくなかったなって…。
若さに任せて戦争そのものに喧嘩吹っ掛ける彼らが、間違っているとは思いたくなかった。
そっちの方が現実だと言われればそうかもしれないけど、
くだらない大人の都合を押し切って、どんなろくでもない状況でも明るく押し通す、
最後の最後まで『私らしく』のナデシコで居てほしかった…。

ただ映画『JOKER』を見てると夢破れた、何も持たないが優しい男が堕ちる様子という点において、
アキトの場合、色々状況は違うけど近いことは起こってもおかしくないなとは思いました。





>二次創作があれだけ盛んになったんだと思うけど。
なんとかしたくなっちゃいますよね、シンジ君とアキト君の末路。周りの人たちも込みで。
とはいえ、何とかしようとしてるのにかえってギスギスしちゃう作品も多かったな…。
Actionだけでなく、逆行エヴァ&スパシン系を一時読み耽ったりしてましたけど、
バリエーションが豊かで楽しかったんですけど、
ホームーページサービスが終わって消滅したところも多いですし寂しい…。
でもたまに読み返したくなって、そして再びなんとかしたくなっちゃったんで…。
……また戻ってきちゃったんですよねぇ、私も。





>>ゲキガンガーが越えられなかったラストに向けてレッツゲキガイン!
>このあたり刺さるなあ。

自分たちの間違いを認めた木連が、再起するための演説はこれしかない、と書いたセリフでした。
祖先の憎しみで月を蹂躙しようとした月臣が、ゲキガンガーのセリフをなぞることしかできなくて、
その奥にある慈悲の心をくみ取れなかったシーン、今見るとちょっとゾッとします。
昔は『状況といってることがあってねぇ!』って突っ込むだけだったんですが、だいぶ印象が違いました。

今回の場合は、
ゲキガンガーをなぞることしかしてこなかった彼らが、
ゲキガンガーを超えるために走り始めようとしてる、
新しい熱血の形を見つけようとしている、
熱血クーデーターで分裂するはずだった木連が本当の意味で一つになろうとしている、
そんなシーンを書きたくて…。





>かつてこれを実際やろうとしたのがヤマトであり、長浜監督のロマンロボシリーズなんですよね。
>コンVではただの敵だったガルーダ、わかり合えたけど炎の中に消えたハイネル、そして最後には共闘できたリヒテル。
>このへん、長浜監督の前作より進まなければいけないという意図的なものだったそうです。
そしてこの道はすでに偉大なる先駆者が四十年前に通過した道だッッッ!!
さすがだ…。
今を生きる私たちには、当時その作品を作った人の見てきたものは分からないけれど、
伝えたかったものはどこかで道が通じていて、完全に同じものは作れはしないけど、
自分に出来る形で、違う形で描くことになるのかもしれませんね。
まだまだ先があるなぁ、これは…。





>>ゲキガンタイプ
>ロマンは技術を進歩させるのだ!
>いやマジで。
最先端技術を作り出す人たちのハートの中には、SFへのあこがれがある。
サッカー選手の心の中にはキャプテン翼にあこがれたサッカー少年の頃の夢がある。
そういうのって、なんかこう、胸が熱くなりますよね。
私はそういうことはできなかったけど、物語を作るハートは失えなかったなぁ…。

そしてそして今作では、
ゲキガンガーを愛した木連の人たちが生んだゲキガンタイプに対し、
そしてホシノアキトを愛したアイの作り出す、真・ブラックサレナ。

熱血、漢の文化で革命されたナデシコ世界を、もう一度革命するには!
愛、女性の文化で革命するしかないのだッ!!

……それでいいんか、私は。
(うまい具合の熱さはかけないことに気付いて方向転換した)





>>ジュンくん
>いーんだよ、ジュンくんなんだから(酷
ジュンくんみたいな人が居ないと世の中は回らない。
でも、本人ももうちょっとシャキッとしたら運命は変わる…のか?
ああ、ジュン。
お前ってやつは、本当に。
































~次回予告~

私が…ユリカでなくなったあの時。

ラピスラズリとなったあの瞬間から、何も叶わない人生が始まった。

アキトとエリナの間に居る、子供として振舞う人生は続かなかった。

アキトのパートナーとして生涯を共にする夢も、潰えた。

アキトを助けて人生を終えるという、最後の願いさえも。


このボソンジャンプで変化してしまった、ナデシコAの時代でさえも。


私はアキトの隣を奪うことを諦めた。

アキトとユリちゃんの幸せを願えなくなりつつある自分に失望と絶望を抱いていた。

そしてアキトのそばで、せめて義理の妹として生きる夢でさえ。

私の心を蝕む悪夢が奪い去っていた。

何一つ、叶わない願い。


…だからたった一つだけ、叶えられる願いをかなえる。
アキトとユリちゃんが、これ以上戦わなくて済むように。
二度と、誰も『英雄』なんて両手を上げて褒められるような人にならないように。


……二人を苦しませるのは、ホントに嫌だけど。


でも、これしかないんだ、私には。


救われないあのアキトが、救われる奇跡を起こして私は逝くの。



今わの際に、見るのが…せめて優しい夢であれば…。



私は笑って逝けるよ。























『機動戦艦ナデシコD』
第六十三話:Dried flower-ドライフラワー-その2























…ホントはね、アキトにキスしてほしかった。
でもそんな資格は、私にはないんだもん…。





























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代理人の感想
ほうれんそうは重要だという話。
まー自己満足100%ってんなら別にいいけどさーw

>この上、生活を支えることもできぬとなったら、我は…我は…ッ!
(爆笑)。
おとっつぁんは大変だw


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