〇宇宙・火星航路・ナデシコ・トレーニングルーム──テンカワアキト
俺達は、例の『翼の龍王騎士』の主武装であるディストーションフィールドソード…。
その破壊力はエステバリスのサイズでナデシコのグラビティブラスト以上にもなるっていう、
尋常じゃない武器を使用可能にするための鍛錬を行っていた。
しかし…それは想像以上にきつかった。

「どうしたテンカワぁっ!
 相変わらずアンバランスな奴だな!」

「くそっ!
 好き勝手にやりやがって!」

俺は北斗ちゃんの猛攻に苦戦していた。
手刀が本当に致命傷になりそうなところに何度も飛んでくる。
これは生きて帰れるか怪しいもんだよ!
しかもその間、全く俺は反撃してはいけない特訓だ。
後ろに控えてる枝織ちゃんも、この後すぐに攻撃に入る。
代わる代わる攻撃が繰り出される中、すでに三十分…。
あの試合の時とほぼ変わらない緊張感の中、俺は特訓を続けている。

…この特訓をしている理由は、俺の感性が研ぎ澄まされていないことが原因だった。
確かに俺は、本当に下手すると世界一に近いかもしれない実力を得たと評価されてはいる。
だが、問題点があった。
殺気を感じるのが下手すぎるんだ。
俺はみんなの攻撃を動体視力と直感、予測で回避しているに過ぎない。
これは通常の、一対一の格闘であれば問題がない。

しかし、一方で多数の敵と戦う場合、問題がある。

つまり俺は目に見える範囲の敵が相手でない場合はあっさり負ける可能性がある。
構えが取れない状態で襲われたら即死…奇襲、暗殺や集団攻撃、武装した敵が現れたらどうしようもない。
昴氣を使用すれば防げるが、構えがとれないと死ぬのと同じで強くても意味がない。

ゲキガンガーに乗らないゲキガンガーチームを敵メカが襲ってきたり、
変身前の変身ヒーローが生身で戦う時にいきなり大ボスが出てきたら困るのと同じだ。

……そういう意味じゃこの間の戦いって運がよかっただけだったってことだよな。

事実、ホシノは遊び交じりの枝織ちゃんの不意打ちをしっかり回避している。
気配や殺気を感じさせない枝織ちゃんも音だけは完全に殺せないので、
ある程度手の内を知られた状態の、五感を失った経験のあるホシノには有効じゃないらしい。

とにかく昴氣を使う上で、俺には欠けてることが多すぎる。
殺気の感知もだが、地の集中力…そして緊張に対する耐性がないと…。
実際、昴氣のコントロールでは北斗ちゃんに完敗している。

…そういう達人めいた戦いについて来いって言われても困るんだけどなー。

「でやっ!」

「さすがに筋がいいな、ホシノ殿。
 だが、武器を自分の体と同じように扱えるようになるには少し遠い。
 まだ武器を使い捨てる対象にしている意識が見えるぞ」

「う、うっす」

「武器はいざとなれば手放す覚悟が必要だ、だが…。
 手慣れた武器を手放すなどという自殺行為は出来るだけ避けねばなるまい。
 自分の手足のように大事に扱うことができねば、
 刀の切っ先に意識を乗せて扱うことなど不可能。
 
 例のDFSという武器には…この意識を乗せる感覚が必要になると我は見切った。
 
 …木連式抜刀術の達人の中には、刀で衝撃波を繰り出す者も居たという。
 
 その境地に二ヶ月でたどり着こうというのだ。
 
 それ相応の覚悟が要ると…」

「…衝撃波を出す人は見たことあるな」


「居るのか!?地球にッ!?」



ホシノの発言に北辰さんはすごい驚いてる。
……そういえばリョーコちゃんのおじいさんそんなことしてたっけか。
Dさん…サイボーグ相手に互角以上に渡り合うとんでも爺さんだったけど…。
…しかしこの北辰さんが俺の未来の宿敵になる予定だったのか。
厳しそうだけどいい人っぽいけどなぁ。

「……あんまり親父を買うな。
 ああ見えてその手で殺した人数は百じゃ効かん。
 それが木連のためになったとはいえ、胸を張れる話じゃない。
 挙句に居場所をなくして地球に逃げてきてるんだ。
 
 ……俺と枝織だって親父ほどじゃないが、かなりの人数を手にかけているんだ」

……口に出てたか。
確かに人を殺すなんて、いい事じゃない。
とても許していいことじゃない。
そうしなきゃいけない場所、時代だって確かにあったんだろうけど…。

「…確かに俺も人殺しは嫌いだ、けど…。
 そうかもしれないけど、でも平和になる未来があって…。
 そうしないでいい人生があるなら、いいんじゃないかな。
 
 ……自分勝手に好き勝手に殺しまくってるわけじゃなかったんだろ?」

「…お前、意外とそういうところいい加減だな」

「いい加減じゃないよ」

俺は首を横に振った。
いつもの俺の、流されながらのその場の思い付きじゃない。
ホシノと出会ってから、何か大事な…かけがえのない、大事な考え方を知った気がするんだ。

「…北辰さんが手にかけてきた人にも人生があったと思う。
 もしかしたらとてもやさしい、生きる価値のある人たちだったかもしれない。
 
 でもそれってさ…戦争とか、生きる上でそうしなくちゃいけなかったり、
 なんか余計な事情があってそういうことになっちゃうわけ、じゃんか…。

 この戦争で…。
 いや、人間って戦争がなくても何か殺し合ってたりするだろ?
 
 それの理由がなくなるなら……。
 そうしなくてもいいようになったら、いいんじゃないかって。
 本当はどこのどいつも、死ぬ必要なんかないんじゃないかってさ…」

「テンカワ…」

「テン君…」

俺は本心で思っていた。
……色々ここまであって、戦ってきて…軍の人たちとも直接話したり、
ミスマルおじさんや、みんなと…木連の人たちと話してきて、分かったんだよ…。

そうそう死んでいい人なんていない。

そして人を殺す必要のある異常な状況や、人を殺す異常な人っていうのは…。
本人の意思と関係なくそういうところに堕とされたりするんだ。

……俺だって人を殺すことがあるかもって思ったことはある。
何か理由があればそうするかもしれないって、思った。
でも…誰かを蹂躙して奪いつくして、なぶって殺す自分は想像できなかった。

その未来をたどったという、ホシノを目の前にして、
話したことが全部真実だと思い知ってさえ想像できなかった。

ホシノも、北辰さんも、殺さなくていい状況になって…。
自分の人生を取り戻すために一生懸命に頑張ってる。

俺も自分の人生のひどさを嘆きたくなることはあるけど、
壮絶すぎる、この未来の俺の人生ほどじゃない…。

俺にはこの二人を、そして命を懸けて失いたくないもののために生きる人を、
無責任に責め立てることなんてできなくなったんだ。
自分だけ綺麗ごとをいう、ガキっぽい立場に居座り続けることなんて…できないよ。

「…見つかるかな。
 戦いに明け暮れた、戦うことしかしらない俺でも。
 そんな平和な世界で、新しい生き方を見つけられるかな?」

北斗ちゃんは少し照れくさそうに笑っていた。
……こんな風に笑えるんだな、この子。

「きっと見つかると思う。
 …見つけようよ、みんなでさ!」

「ふ、根拠もなしに…無責任な奴。
 ま、いいさ。
 少なくともつまらん護衛の仕事よりは…。
 お前とじゃれ合うほうがマシだ。
 
 

 うっかり死んで退屈させるなよ、テンカワァッ!!」



「簡単に死ぬかよ!」

「北ちゃーん、殺しちゃダメだよ!
 艦長さんが泣いちゃうよー!」


「知るかッ!
 ぼやぼやして死んだらこいつが悪いっ!」


はは、なんだかな。
でも…ちょっとだけ、戦うのが面白くなってきたな。
なんかズルで強くなったっぽい身からするとちょっとずるいんだけどさ。

その後ろでホシノと北辰さんが、どこか微笑んで見えたのは気のせいだったか。

すぐに北斗ちゃんの猛攻が始まって、俺は目線を北斗ちゃんに向けるしかなかった。
……まだ平和になるとは決まっちゃいないけどさ。
でも…もう少しだと思うんだ…きっと。

地球も火星も木星も…ほとんどの人が平和を願い始めたんだから…。
それまでは…俺も、もっと強くなってやる!
殺すためじゃなく、守るために!!

……でもさー。
お、俺とユリカとルリちゃんも…。
戻ったらホシノほどじゃないにしても人気出ちゃってそうなんだよな。
うおお……俺までコックの道が遠ざかる…。
なんかもう、今更ホシノに嫌味を言うのもお門違いな気がするし…。
例の遺跡ユリカにはなんにも言えずに出てきちまったし…。

……ああ、無常だ。


















『機動戦艦ナデシコD』
第六十四話:Dried flower-ドライフラワー-その3























〇地球・奥飛騨の秘境・水野家本家の屋敷・大広間──重子
私は本家から呼び出されて、急遽奥飛騨の秘境に向かった。
プライベートジェットまで借りて佐世保から直行することになって…。
でもうちの会社ってそこまですごい余裕があるわけじゃないから、よっぽどの緊急事態なんだわ。
日々修行に励む、私の家の姉さんと他の巫女達が並んで座っている中に、
明日香インダストリーの社長までいる……何か物々しいわ。
山の中を移動するのにだいぶ時間がかかって、もう丑三つ時だっていうのに、
こんなに人が集まっている…ただ事じゃない。

「重子、よくはるばる来てくれました。
 緊急の要件であることは言わずとも分かりますね」

「はい。
 私ごときのために、お手を煩わせて申し訳ございません」

この巫女の中でも長老とも言うべき、前当主の大婆様が私をねぎらってくれました。
…ホント、私ってまんま映画の大和の出身みたいな気持ちになるわ。

「時間がありません、手短に…。
 実は、件の『星の皇子』のことで呼び立てたのです」

「アキト様の?」

私はあまりに意外過ぎる人の名前に驚いて顔を上げてしまった。
アキト様のことで何か、私達に関係することがあるのかしら。

「実は次期当主の占いに彼のことが占いで出たのです。
 それだけなら、気にも止めなかったのですが…。
 
 ここで修行する者全員が、一晩のうちに同じ結果の占いをしたのです。
 ただ事ではないと思い、さらに詳しく占ったところ…。
 
 どうやら『星の皇子』はとてつもない危機を迎えるようなのです。
 
 しかもその危機を乗り越えられなければ地球圏は、
 木星トカゲとの戦争の比ではない、混乱に陥ります。
 
 無論、明日香も水野も無事ではすみません。
 最悪の場合は倒産するかもしれません」

「そんな!?」

大婆様の言ったことが私には信じられなかった。
どんなことがあってもアキト様がそんな破滅的なことを引き起こすなんて考えられなかった。
でもあの純真なアキト様のことだもん…。
スサノオみたいなことになってもおかしくないわ。

「その時に鍵を握るのは、重子、あなたなのよ」

「わ、私ですか!?
 そ、そんな大役を負わねばならないのですか!?」

「あなたは『星の皇子』のためには命を懸けるわ。
 占いで分かっています。
 …そして、これからすぐに起こる出来事に背を向けてはいけない。
 あなたの占術のすべてをつかってでも止めなさい。
 
 …この件に対しては邪道とした方法も、すべて認めます。
 
 そこまでしてもようやく五分の戦いになります。
 いいですね」

「…!?
 は、はいっ!」

私はこの巫女の占いが得意でないので、三女であることもあって、
この修行の地に残ることを許されなかった。
タロットに傾倒したのも、巫女の占いよりもストレートに運命が読めるから。
向き不向きがあると思って、好き勝手に占うことにしたら、
何度か手厳しく言われて破門同然の状態で放っておかれていた。
その私をここまで呼び寄せ、そして邪道とした占術を使ってもいいという。
事態の重大さを思い知っては居たつもりだけど、いよいよね、これは…。

「そして今回…守るべき相手は、

 この地に残った『瑠璃の少女』。
 
 彼女がすべてのカギを握っています。
 間もなく、恐ろしい命の危機に見舞われてしまいます。
 ここを出て、すぐに追いかけるのです。
 
 ただし、これを外部に知らせることは何があっても避けねばなりません」

「ラピスちゃんですか…」

ラピスラズリ。
ルリちゃんと同じ名前を持つあの子…。
アキト様も特別に想ってる子ではあるけど、すべてのカギを握っているなんて。

…でも私の直感が言ってる。
彼女には『何かがある』と。
ただ頭が良くてなんでもできる子ってだけじゃない。
アキト様の過去に、何か深くかかわっているんだとささやいてくる…。

「そして彼女を取り巻く運命を変える必要があります。
 ……奇妙なことに『瑠璃の少女』の運命は二通りあるのです。
 未来が二つに分かれているのではなく、二つ重なっている。
 あなたも占ってごらんなさい」

「は…」

私は躊躇しながらも、タロットを手にして占って見せた。
巫女のみんなは白い目で見ているけど、私にはこれが一番確実なの。

……これは!!

分かる。
二枚引かないといけないのがすぐにわかった。
手早く二枚目のカードを引いて、結果を見つめた。

「…片方は『吊られた男』の逆位置。
 暗示は、
 
 『報われない片思い』
 『自分を孤独へ追いやる』
 『無一文』
 
 もう片方は『運命の輪』
 暗示は、
 
 『関係が好転する』
 『チャンス到来』
 『奇跡が起こる』
 『突如と身を手に入れる』
 
 ……真逆ですね」

「真逆だったら相殺しあいそうなものだけど…。
 困ったことに…違う人の運命がまじりあっているように見えるのよ」

「!?」

「言ったでしょう。
 二つの運命が重なっているの。
 重子、あなた『瑠璃の少女』がある日、突然に、
 急激に性格が変わったと思わなかった?」

「は、はい!
 思春期の頃ですし、ちょっと変わったのかなって…。
 アキト様が居なくてつらいだけなのかもって思ってましたけど…」

「彼女は二重人格なのよ。
 ……でも妙なことに、二つの魂があるともいえる占いが出る。
 何か特殊な体を持っている…死んだ双子の姉妹が一つの肉体に居るかのような…」

「嘘…」

最近、ラピスちゃんの態度がおかしいのは気づいていたけど…。
アキト様が居ないせいだと思ってた。
なんか弱気になったっていうか、私達への態度も変わったし…。
でも目が死んでないし、ムネタケ提督と遊んでたり、
ハーリー君をやたらかわいがっていたりして、
過労で倒れるまでは一時的な不調だと思ってたけれど。
さっきメールでラピスちゃんはかろうじて起きて、
パーティにも参加してたって言ってた。

心配し過ぎないようにしてたんだけど…。
二重人格…それも人格だけじゃなくて魂が二つ?
そんなことを…いえ…。

「依り代…?」

「……!」

私のつぶやきに、大婆様は目を見開いて驚いた。
占っては居ないけど、納得できる…大婆様もこれに気付いているのかも…。
あ、あはは…映画じゃないのよ、重子…そんなことあるわけ…。

「それに、近いのかもしれません。
 ……その片方が、『星の皇子』の運命を変えてしまおうとしている。
 彼女は自分のしている過ちに気付いていながら引けなくなっている」

「そんな…」

アキト様がそんなスサノオみたいな非道をしてるなんて…。
あのラピスちゃんをとても大事にしてるアキト様が……ううん、違う。
アキト様は分かっててそんなことをするタイプじゃない…。
…あの黒い状態だったら分からないけど。

「とにかく、彼女を助けに戻りなさい。
 この場で話したことは誰にも話してはなりません。
 
 ラピスラズリの命を助け…もう一人の人格と、対話をするのです。
 
 対話をして協力を求めるのです。
 『星の皇子』のためにと。
 
 その後の、さらに激動の運命は私にすらも読めないのです。
 
 彼女を何とか説得しなければ運命は変えられません。
 
 …『星の皇子』…あれほどの運命を背負った者は未だかつて見たことがありません。
 世界を変えてしまうほどの運気…そしてその力…希望…心…。
 
 『神の子』とすら呼んでも過言ではありません。
 
 重子…奇跡を起こす彼を、あなたが守り抜きなさい」


「……ッ!!

 分かりました、大婆様!!
 
 命尽きようとも、この使命を全うして見せます!!」



「…ごめんなさい、重子。
 あなたは巫女として認められなかったというのに、
 命を懸けるような大命を与えてしまって…」

「…私が本当の巫女かどうかは関係ありません。
 今はただ、自分のすべきことをするだけです。
 
 それにこの命、とうにアキト様に捧げると誓った身です。
 
 …母様も、姉様も、こんな重子をお許し下さい…」

母様と姉様は黙って小さく頷いてくれた。
……荷が重すぎるけど、いい。
運が悪くても、死ぬぐらいで済むんだから、気が楽だよ。
…アキト様たちが死ぬよりはずっと。

ふふ…こんなことアキト様に言ったら怒られちゃうかな。

でも何が起こっても、後悔するなんてありえないわ。
それくらいのものをたくさんもらっちゃったもの。


でも、その後…佐世保に戻った私を待っていたのは…。

















〇地球・佐世保市・連合軍基地上空・ユーチャリス──ムネタケ
私達は緊急スクランブルがかかって早朝に出撃した。
なんでも日本にユーチャリスが居るせいか、
敵のチューリップは日本を攻めるために集まってきてしまったのよ。
他の地域が無事になるっていうのはいいけど、困りものね。
敵チューリップが迫るのは海上、となると空戦エステバリスしか出撃出来ない。
戦術の幅が狭くなるのでこっちはいい迷惑よったく。
それにラピスラズリはまだ無理が祟って起きられないみたいだし…。

「ハーリー坊や、朝っぱらからだからって気を抜くんじゃないわよ」

「だ、だいじょぶですっ!
 僕がラピスさんに代わってがんばりますからっ!」

「言うわね!
 連戦になるわよ、泣きべそかかずについてらっしゃい!
 エステバリス隊、各機出撃!
 敵はどんどん強くなってるわよ!」

まだ六歳そこそこだっていうのに、結構言うじゃないこの子。
こんな小さい子どもを駆り出さないといけないのはちょっと悔しいけど、
ここまでの戦いで頼れるのが痛いほど分かってる。
サンシキ副長もマシンチャイルドのオペレーティングの効率におどろいていたものね。

『は~~~~い!
 …でもムネタケ艦長~重子が間に合ってないですよぉ~』

「パイロット一人欠けたくらいで押し返されないでしょ!?
 とっととぶちのめしに行くわよ!
 チューリップの数が多くて、佐世保に三日は戻れないんだから!!」

まさかこの期に及んで連続で責め立ててくるなんてね。
ラピスラズリは不調、ハーリー坊やは体力的に持たない…。
まるでこっちの様子を知っているみたいじゃない、全く。

ま、ユーチャリスはナデシコ級に次いで地球圏最強クラスの艦なのには変わりなし。
ハーリー坊やがぐずる前にとっとと蹴散らしてやろうじゃない!














〇地球・東京都・ネルガル本社・会長室──エリナ
私とナガレ君が出社したら、ラピスの方から珍しく連絡してきたので慌てて出た。
アキト君が気にかけていた様子があったし、
気付かなかったけど眼上マネージャーからも何通もメールが飛んできてて、
通話しようと思ってかまえてたら、そのそばからの連絡焦って端末を手にした。

「ラピス?
 元気にしてる?」

『やほーエリナ。
 ちょっと冷たいもの摂りすぎて体調崩しちゃったけど大丈夫だよー』

テレビ通話越しのラピスはちょっと頬がほてっていたものの、健康そうだった。
声も明るいし、これくらいならそんなに気にしなくても大丈夫そうね。

「なにやってるの、うら若い乙女が」

『いいじゃない。
 ちょっと作業が長引いて飲みすぎちゃったの。
 おと…ミスマルおじさんにも怒られちゃったんだからもう言わないでよう』

「ま、元気そうで何よりだよラピス。
 ホシノ君が帰るまでには体調を直しておくんだよ」

『分かってるよー。
 それじゃまたね』

ラピスは元気そうに、手早く会話を済ませて通話を切った。
私達の忙しさを知ってるから気を遣ってるのよね。
ホント出来た子で困っちゃうわ、ちょっとくらい甘えてくれてもいいのに。

「さて、エリナ君。
 例の『翼の龍王騎士』プロジェクトのことでも」

「そうね」

私達は差し当たって、ブラックサレナの工場を流用して、
まだ設計図はできてないけど『翼の龍王騎士』の製造計画を立てた。
アイの言うことには、
『既存技術で出来る中で、コスト度外視で作る、最強のエステバリス』だそうで、
空戦エステバリス十台分と言われるブラックサレナのさらに二倍、三倍かけようということになった。

元々大きさが五割り増し程度だし、ただでさえコストの高い相転移エンジン、
そしてディストーションフィールドソードを装備するので天井知らずに上がっていく。

しかも、ディストーションフィールドソードの制御には二人乗りが望ましく、
さらに二人のアキト君がそれぞれ機体を持つのを想定して、
二台分作らないといけないっていうのも中々ヘビーよね。

片方は原作通り白く装飾の施されたホシノアキト君専用機『龍王騎士』。

もう片方が、装甲の形を切り替えた、
うっすらとした青紫の色をまとう、テンカワアキト君専用機『ブローディア』。

二台は予算的に厳しいという話があったものの、
ルリが話をつけてピースランドに超低金利で融資してくれてかろうじて何とかなった。
……今は稼げてることだし、アキト君にちゃんと請求しようかしらね。
宣伝費ってことでこの極楽トンボはただでくれてやるつもりみたいだけど。

……勝ち続けるつもりだけど、そこまでお気楽には慣れないわ。はぁ。














〇地球・太平洋上空・ユーチャリス・ラピスの部屋──ラピス

「ありがと、ダッシュちゃん…。
 大事な人だから、最後にちょっとだけでもお話したくて…」

『ラピス…』

私はエリナさんとの会話を終えて、私は重たい身体をもう一度ベットに横たえた。
……まだ発症はしてないみたいだけど、心も体もどんどん弱ってるのが分かる。
死にたくないという気持ちを抑えながら、私は死に近づいていく。
お父様との会話もそうだったけど…。
私はダッシュちゃんにお願いして、映像を加工してもらっていた。
声はまだかろうじて出るからそのままだけど…。
この姿を見られたらすぐにでもユーチャリスを降ろされてしまう。

少なくとも、この瞬間だけでも元気だったという証拠を作っておかないと、
どうなってしまうか分からないから…。

半端に生き残って後遺症だけ残って作戦失敗じゃ、
それこそみじめだもん…。

『ラピス、お願いだから治療をしてよ。
 なんとでもなるってば』

「……嫌。
 しつこいよ、ダッシュちゃん」

『ラピスは強情だけど、自分から死ぬようなことをしないよ』

「…だって私、ユリカだもん」

『はぁ…』

ダッシュちゃんは呆れたと言うか諦めたというか、ため息で返してきた。
…事実だからしょうがないじゃない。

「…じゃあダッシュちゃん。

 私から悪夢を取り上げられる?
 
 出来たらちょっとは考えてもいいよ?」

『…意地の悪いことをいうね。
 悪夢の原因は…ユリカの未来のトラウマのせいなんだろうけど…。

 ……精神の治療は、今もって完璧にはできない。

 和らげることは出来ても、フラッシュバックする記憶を消すことはできない。
 ましてや、僕のような機械にはとても…。
 だからひどい目に遭わないように慎重に生きるしかないんだ』

「……そうでしょ?
 心は割れ物…壊れたら強度は下がるし、醜いままなんだよ?
 割れたガラスをベタベタ接着剤でくっつけたって、
 透き通った状態にはならないでしょ?」

『それは優れた表現かもしれないけど、正確じゃない。
 心はガラスじゃないから』

「…へりくつ」

『ラ…ユリカこそ』

「いいよもう。
 …ダッシュちゃんは、ユリカなんてお呼びじゃないんでしょ。
 ラピスちゃんのほうが好きなんだから。
 
 ……私、寝るね」

ラピスはふてくされるように背を向けると…目をつむってすぐに眠ってしまった。
もう疲れ切ってて、眠れてないから本当にすぐ眠ってしまう。
…次に目覚める時は、病を発症してるかもしれない。
どうしたら…でも…。

『…聞こえてないかもだけど。
 君のことも好きだし、心配だよ、ユリカ…。
 
 …だってさ、君がラピスじゃないままでも、
 この二ヶ月の間…悪いことばかりやってきたけど楽しかったんだから…。
 
 僕がコンピューターじゃなかったら、放っておかないくらいに』

「……」

『じゃ、僕は戦闘にもどるよ…。
 じゃあね、ラピス』

ラピスは返事をしなかった。
眠っていたのかもね…。



「…ダッシュちゃん、ありがと。
 お世辞でも…うれしかったよ…」




















〇宇宙・火星航路・ナデシコ・医務室──ユリ
…私とアキトさんは二人してアイに呼び出されました。
アキトさんの体のことです。
一週間ほど様子をみるという話だったんですが、まだ四日くらいですね。
…妙に早いのがちょっと怖いですが、聞かない訳にもいかず、
私とアキトさんは固唾をのんでこの場に臨みました。
アイはうつむきながら言葉を選んでるようです…。
やっぱり…そんなに持たないの、かな…。

「…お兄ちゃん」

「う、うん」

アキトさんも柄にもなく緊張してます。
この世界に来てから、子供の顔、テンカワアキトの顔、黒い皇子の顔と、
ころころ変わるアキトさんの表情が、頼りなく感じます。
こういうところは本当に変わらないんですよね、この人は…。

「…いいと言えばいいんだけど、
 最悪と言えば最悪なの…」

「それって、どういうことですか…?」

「ナノマシンがホシノお兄ちゃんを守ってくれている。
 これは確かなことなんだけど…。
 
 逆に言うと、死ねない身体かもしれないってことなの」

アイはアキトさんのデータを、いくつもウインドウを宙に浮かせて説明し始めました。
冗談にならない状態なのか、いつもの解説癖が嘘のように言葉を濁して…。

「普通の人間の細胞の新陳代謝のスピードがこっち。
 速さは1000倍に加速してあるから。
 で、こっちがお兄ちゃんの方。
 一晩医務室で眠ってもらった時、調べた内容ね」

二つの画面を、私達はじっと見つめました。
…アキトさんの方は明らかに速度が遅いです。
倍…いえ、三倍か五倍くらい…。

「生まれてから四年の成長過程では、成長薬の効果で成人近くまで成長できた。
 …でもカプセルから出された後の五年の人生では歳をとってないに等しいのよ。
 ええと…ユリ、あなたの目から見てホシノお兄ちゃんは変わって見えた?」

「…!
 い、いえ…」

思い返せば…ホシノユリとしての人生の中でアキトの姿は全く変わらなかった!
わ、私は…ど、どうして気づかなかったの!?
確かに若いとはいっても…研究員の人たちも、アキトの身体が二十歳程度まで成長したって言ってたのに…。
その後、すでに三年経過しているのに、顔立ちの変化があまりにもなさすぎる…。
もう少しくらい、変化があってもいいはずなのに…!

……でもホシノルリ側の思考でいくとけっこーブルーですね。
アキトさんが老けづらいって…私ますます老け込んじゃうじゃないですか…。
いえ、そんなことはどうでもいいです。
この際、別になんでもいいんです、そんなことは。

「……俺って、もう人間扱いされないかもね」


ぼそっと言い放ったアキトさんの声が、すごく悲しそうで、顔を見ていられませんでした。
なんていえばいいんですか、こういう時に…。

「じゃあいいじゃない、アキト君は『王子様』でいれば」

「えっ」

アイは意地悪く、イネスさんの顔で微笑みました。
…いえ、満面の笑みです。どちらかと言うと。

「この世界の中でアキト君だけはずーっと変わらない王子様。
 まるで絵本の中から飛び出した、永久不滅、普遍不朽の色男でいればいいの。
 本当に世界をとっちゃうかもね、永遠に」

「…冗談言ってる場合ですか。
 そういう風に冗談かますってことは…対策があるんでしょう」

「あ、バレた?
 つまんないの」

アイは今度は歳相応のいたずらっぽさで微笑みました。
つ、つかれます…マジで…。
アキトさんは唖然としてますが、満面の笑みが出るってことは解決策がないわけじゃないんです。
そうでなければ真剣な話に冗談を混ぜませんし、こんな笑い方しません。

「…ここまでの動きはナノマシンの影響が大きいの。
 だからナノマシンを不活性化して、普通の人に戻せば何とかなる…。
 けど、ナノマシンすべてを止めると動けなくなる。
 ジレンマよね」

「うん…聴覚触覚はかろうじて生きてたんだけど、
 本当に動けなくなっちゃうんだ」

アキトさんはこの世界に来た時のこと、そして撃たれた時のことを話しました。
どっちも生きた心地がしないシーンでしたけど…。

「そしてその大ぐらいもナノマシンのせい。
 致死量のナノマシンだもの、人の何倍も食べないといけないわけ。
 でも食べないと脂肪を使い切って一日で餓死しちゃうかもね」

「こ、怖いこと言わないでよイネスさん…」

また冗談を…はぁ、早く本題に戻ってきてほしいです。

「…で、お兄ちゃんの場合はナノマシンをどうこうしない方がいいと思うの。
 少なくとも世界が平和になるまではね。
 これからまた暗殺されかかったりするかもしれない。
 
 じゃあその後はどうするのか?
 
 単純な話で、老化を遅らせるナノマシンだけを止めるのよ」

「そんなこと…できるの?」

「壊された脳を治すよりは簡単よ。
 そのナノマシンだって、一応作れるからお兄ちゃんの体にあるわけ。
 遺跡ユリカさんの特別性ナノマシンじゃない限りは、どこかで作られたもの。
 勝ち目がないわけじゃないのよ。
 ネルガルに投与されたナノマシンの資料が残ってたら万全よ。

 何年かはかかるだろうけど、
 お兄ちゃんのためとあれば出資者と協力者はいくらでも出てくるし、ばっちり。
 
 …それにね?
 このナノマシンの構造を理解したら、
 女の子の夢、不老長寿だってできちゃうんだから♪
 今度は女の子の夢をかなえたって崇められちゃうかもね♪」

「…じ、人体実験だけはダメだよ」

「わぁかってるわよ!
 お兄ちゃんたちの悲劇を繰り返す私じゃないもん!
 
 

 私は安全が確保できるまでは、自分以外にはしないもん!」



…自分にもやらないでほしいです、マジで。
ただでさえ、ユリカさんと急に一つ違いになって震えてるっていうのに、
これ以上、元・年上の人より先に老いるのは…。


わ、私はまだ老けてないですってば!!



「ま、ナノマシン抜きにしても…。
 お兄ちゃんの体、実験で傷ついたと思ったけど、
 ナノマシンのせいで肉体もDNAもむしろ強化されてるみたいで、
 筋肉がつきづらいのは細胞分裂が遅いからね。
 怪我だけはナノマシンの効果で治るのが早いけど…。
 
 まあ何事もなければ百歳までは生きられるって保証できるわ。
 病気もしない身体なわけだし。
 もしかしたら世界最高長寿の記録を成し遂げちゃうかもね」

「…ほ」

「…アキトさんには約束を守ってもらえそうで、安心しました」

「うん」

私達はようやくアキトさんの体が持つ可能性が高いと知れて安心しました。
…これだけが、今までの心配事でしたから。
でも今は…地球に居るラピスが…。

「それにしても不死身の世界一の王子様って、
 敵対してる相手からしたら最悪よね。
 自分が死ぬまでどころか、子供、孫…。
 下手すると何代か先でも死なないんだから。
 天下を取って、永遠の絶対王政だってできちゃうんじゃない?」

「か、勘弁して…。
 俺はそういう柄じゃないってば…」

「全くです。
 こんなバカに支配されたら地球は終わりです」

アキトさんの事は信頼してますけど、どう考えたって人の上に立つべき人間じゃないです。
人に乗せられやすく、大局を見るのがへたくそで、誰よりも無理して働いてしまいます。
そうなると必然的にアキトさんのカリスマに惹かれた人はブラックな支配体制を築くことが可能になります。
そもそもアキトさんの見れる範囲なんてたかがしれてます。
アキトさんから離れた場所で『王が頑張っているのになんだお前は』と、地獄のような世界が構築されるでしょう。
そもそも王子様って柄でもないし、王様になる未来も似合いません。

小さな町食堂で歳食って腰が痛いとかぶつぶつ言ってるのがお似合いなんです。
そのためだったら私は隣にいるオバサンでもいいです。
……でも子供が出来ても歳をとってもオバサンパーマだけは嫌ですね。
老けるにしてもせめて摂生して綺麗にしましょうか…。
う、うら若き乙女の考えることじゃないですねこれ…。

「ユリちゃん、どうしたの」

「いえ…。
 アキトさんのことで安心したら、ラピスのことが気になって…」

そんなことどうでもいいです…。
ラピス、未来のユリカさんと無事に合流出来て、
色んな事を報告していっしょに将来のことを考えてからですよ…。
まだ離婚する可能性、ゼロじゃないんですし。

「そっか…そうだよな…。
 ラピスともちょっとくらい、話しておきたいけど…。
 過労は大丈夫かな…」

「まったく話せないほどじゃないでしょ?
 デートでどこに行きたいかくらい話してあげたら?」

「そうですよ。
 アキトさん、流されるのはちょっとマシになりましたけど、
 そういう相談はまだ苦手なんですから」

「うう…もう一生治んないってば…これは…」

アキトさんはがっくりと肩を落としています。
性格が素直になっても微妙に不器用なのは変わりませんよね、アキトさん。
…まあ、いいです。
ビデオメッセージとはいえ、
あれだけ堂々と浮気宣言できるんですから、話し始めたらそれなりに言えるでしょう。
一歩を踏み出すのが苦手なだけです。まったく。














〇地球・日本海上空・ユーチャリス・医務室前──さつき

『…そっか、ラピスはまた不調か…』

「ご、ごめんなさいアキト様…。
 珍しく深く眠れてるので…。
 そっとしておいてあげてください。
 目が覚めたら折り返しますから…」

アキト様からの通信が来たので…私が代表して通信を受けた。
ブリッジでは今援軍を頼まれてムネタケ艦長が連絡を受けている。
だからアキト様との通信はムネタケ艦長には知られていない…。
けど、本当は…。

『…ごめんね、さつきちゃん。
 みんなにもよろしく言っておいて』

「はい…」

アキト様との通話を終えて、私はへたり込んでしまった…。
ラピスちゃんに言われて嘘をついているとはいえ…辛いわ…。
アキト様はこっちに戻るまであと二ヶ月近くかかるし、
今知っても逆に心配をかけるだけだもの…。

ラピスちゃんが未知のウイルスにかかってしまって、対処が取れないまま隔離状態になってしまった。
何でも彼女が発症したのは空気感染するタイプのウイルスらしく、
運よくラピスちゃんが部屋に籠っていたこともあって、オモイカネダッシュが感知した時点で換気を中断、
そして防護服を装備した医療班がラピスちゃんを医務室に搬送、クリーンに保たれた集中医療室に隔離した。
本当はすぐにでもどこかに降りて治療を始めないといけないのに、
日本近海の戦いで、チューリップの再上陸を防ぐために、
人命にかかわる戦闘が重なってしまい、降りる機会を失ってしまった。

その上、未知のウイルスであるということもあって、受け入れ先を探すのは困難。
さらに最悪なことに、ラピスちゃんは常に命を狙われる可能性がある。
ナオさんですらも万全の護衛を敷けるとは限らず、
また受け入れ先が意図的にラピスちゃんを死なせる可能性がないわけじゃない。

結果として、私達と同じアキト様ファンの医療班に任せるしかなかった。
ムネタケ艦長にすら、このことは秘密にしてある…。
もし知られれば、すぐにミスマル提督にも話が届く。
そうなっては、助けに来てしまうので、ラピスちゃんを守る手立てがかえって失われてしまうからと、
これもラピスちゃんの判断で止めざるを得なかった。
出撃を中止するわけにもいかないので、命に係わることとはいえ、
ラピスちゃんの判断を、私達は覆せなかった…。

情けないわ…あんな小さな子に言い返すこともできないなんて…。

「さつきさん…」

「な、なに?」

私は医療班の看護婦スタッフに呼び止められてうろたえてしまった。
そしてその話された内容に愕然とした。
このウイルスは半世紀近く前に根絶されたウイルスの亜種である可能性が高く、
もしそのウイルスだったとしたら薬が少ない。
薬を手に入れること自体は不可能ではないものの、
世界保健機関に依頼する必要があり、また感染の経路を説明する必要がある。

つまり、この感染がどこから来たものなのか説明する必要がある…。

で、でも、このウイルスがどこから来たのかなんて…分かるわけないわ。
かといってもたもたしてると、がん細胞を作ってしまう病気だって…。

「……先生が言うには、
 『意図的に、誰かが感染させなければこのウイルスにはかからない』そうです。
 現状の予防接種、衛生状況では自然発生的にはおこり得ないそうで…。
 この二ヶ月、地上から隔離されたユーチャリスから一歩も出ていないラピスちゃんは、
 なおのことかかることはあり得ないと。
 
 誰かが意図的にラピスちゃんに感染させたとしか考えられない、そうです…」

「!?」

私は耳を疑った。
でもこのユーチャリスに乗り込むスタッフはアキト様を慕う人だけ。
…じゃあムネタケ艦長と一緒に乗り込んできた連合軍系のスタッフ?
いえ……それもありえない。
『ラピスちゃんだけ』に感染させる方法をとれるわけがないわ…。

「…ねえ、その病気って、発症まで何日かかるの…?
 ラピスちゃんが過労で倒れてから四日か五日くらいだったと思うんだけど…」

「…それが、一日から三日で…。
 潜伏期間はほとんどないそうです。
 
 …でもその間、過労で倒れたのが五日前で、
 目を覚ました後はラピスちゃんは部屋に籠ってました。
 それからは、ラピスちゃんに直接接触した人は居ません。
 風邪を引いたかもしれないからと食料品を少し持って籠ったので…。
 第三者の手によるものだったとはとても…」

「!?」

嘘…。
ってことは状況証拠的にはラピスちゃんが自分で病気にかかるように仕組んだとしか…。
でも、ラピスちゃんに限ってそんなことをするわけがないし…。

「…一応青葉さん達にもさっき説明はしたんですが。
 犯人探しに出てしまったようで…」

「ちょ、ちょっと待ってよ!?
 まずいじゃない、まだラピスちゃんが意図的に感染させられたって決まってないのに!」

「それは、そうですけど…。
 ……でもウイルス自体は誰かが持ち込まないと入らないものです。
 ラピスちゃんの荷物の中に、紛れ込ませた人が居るのかも…」

「推測でものを言わないでよ!
 このユーチャリスは空の孤島もいいところで、
 逃げ場もないし、チームワークが必要な出撃中でしょ!?
 そんな疑心暗鬼の状態で戦ってたら、どうなっちゃうか分かんないの!?」

「あ…」

「出撃が終わるまでは他言無用よ!
 青葉のバカをとめなきゃ!」

私は急いで青葉を止めた。
まだパイロットの10人の中で、
格納庫のパイロット控室で協議してる段階だったから止められたけど、
かなり不穏な空気が漂っていた。

「…さつき、殺人ウイルスを持ち込んだ人が居るってことは、
 私達全員が全滅する可能性だってあるってことじゃない。
 可及的速やかに事態を収束しないと…」

「そうしないといけないけど、今はやめて!
 この出撃が終わって佐世保に戻ってからにしないと、
 ユーチャリス全体がパニック…いえ、暴動になりかねないわ!」

「そりゃ、そうだけど…」

青葉も言葉を濁した。
ここの誰もが歴史の授業でも感染症の恐ろしさは知っている。
21世紀の前半に、かなり近代的な暮らしをしている中でも感染症対策をめぐって疑心暗鬼になり、
全世界的な恐慌につながり、国家間でも戦争状態に近い状態に追い込まれてしまったことがあった。
人口ウイルスではないか、そうでなくても意図的にばらまかれたものではないか、と。
その終結までに、かなりの時間を要した…。

それがこのユーチャリス内で起ころうとしている。

もし興奮状態で犯人扱いできる人間が居たら、疑いが証明されないまま私刑にかけてしまうかもしれない。
アキト様の大事な義理の妹のラピスちゃんを死に追いやるようなことがあれば、殺すことだってするかもしれない…。
それほどの熱狂を与えている事実を、私達は知っている。

……それを伝えると、私達の間に胸のざわめきを抑え込んで考え直してくれた。

「……分かったわ、さつき。
 私達だけだったら、そこまでにはならないかもしれないけど…。
 他のスタッフが100人同時に暴発したら、止めらんないわよね…。
 連合軍系のスタッフや整備班の人たちも乗り込み人数は50人にも満たないし…」

「…ありがと、青葉」

私達は深く頷いて立ち上がった。
私達だけでも冷静にならないと、もし犯人がいるとしても…。
うっかりすぐに私刑にかけて死なないまでも喋れない状況になっては、
かえってラピスちゃんが助からないんだから…。

「…出撃するわよ。
 医療班にも、ラピスちゃんのことについては口留めはするけど…。
 この程度の隠し方じゃ一晩は持たないわ、きっと。
 それにラピスちゃん自身の体力も、このままじゃ持たない。

 …こういう場合、信頼できるのは、ラピスちゃんのことに詳しくて…。
 ラピスちゃんの詳しい身体データを持ってるはずの、
 ネルガルのエリナさんに連絡を…」

『待った』


「「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」」



私達は突如現れたオモイカネダッシュのウインドウに驚いた。
な、なんで止めるの!?

『ラピスがちょっと前に言っていたけど…。
 もし地上に降りて治療するにしても、ユーチャリスから降ろしてはいけないし、
 今から外部の人を呼ぶのは…特にネルガルに関わる連絡は避けるべきだと』

「なんでよ!?緊急事態じゃないの!?」

『気付かないのかい?
 このウイルスは根絶された、あるはずのないウイルスの一種なんだ。
 
 確かに助かる可能性は上がるかもしれないけど、
 ラピスの病気が暗殺だったという証拠をつかめなかった場合、どうなるとおもう?
 
 僕たちは「ウイルスを持ち込んだ攻撃者」になりえるんだよ』


「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」



私達は唖然とした。
被害者のはずのラピスちゃんと、ラピスちゃんを守るつもりだった私達が、
加害者扱いされるですって!?

『僕たちの間で、何かしらのいざこざがあって、ラピスを殺そうとしたと推測される場合だってあり得る。
 暗殺だったとしても、それを「連合軍に知らせないまま」動いたという責任を問われる。
 順序を間違ったら大ごとになるんだよ?
 
 最低限、連合軍にラピスの状態を伝える、
 その後にネルガルにも連絡をする、
 という手順を踏まなければいけない。
 本当はこの出撃の間だって、黙ってると危険なんだ。
 
 マスコミもアキトの味方だけど、ウイルスの持ち込みには過敏だからね。
 ネルガルに先に連絡して最高の医療チームを最短で動かせる状態にするとしたら…。
 意図して情報を秘匿してウイルスを持ち込んだとなれば、
 今までのアキトの働きすらも吹っ飛ばす批難が来るかもしれない。
 
 ラピスが死んだとして、さらにほかにもう一人死のうものなら四面楚歌だよ。
 
 …これが敵の策だとしたら、もう一人殺すかもしれない。
 
 ラピスはこれ以上、不利になる行動をとっちゃダメだってさ。
 自分だけが、保菌者だと証明できる状況を崩してはいけないと』

「そんな…」


「どうしろっていうのよぉっ!!」


ガンッ!!



「もしこのレベルの感染症にかかって、し、死ぬようなことになったら…。
 滅菌のためにすぐに遺体を火葬しなきゃいけなくなるかもしれないのよ!?
 ただでさえ、この状況をアキト様には伝えてないのに!!
 アキト様だって…そんなことになってたら、ど、どうなっちゃうか…」

レオナが机を強くたたく。
…どうしようもないじゃない、そんなの…。
どうしてラピスちゃんが…。
こんなひどいことにならなきゃいけなかったのよ…。

『…ラピスもこういう日が来るかもしれないって言ってたよ。
 覚悟の上だ…遺書も準備してる。
 でも、まだ可能性がないわけじゃない。
 佐世保までラピスの体力が持てば、もしかしたら…。
 
 諦めちゃダメだよ、みんな!
 
 ラピスだったらみんなに、
 この重要な局面で自分のために逃げださないで欲しいって言うよ!
 
 

 一刻も早く、敵を撃滅して佐世保に戻るんだ!!』



「……分かったわ。
 このまま私達が引き換えしたら…何人死ぬか分からないものね…。
 みんな、やるわよ!
 一分一秒無駄にしないで!最後まであきらめちゃダメだもん!」


「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」



…ラピスちゃんは相変わらずすごいわ。
こんな時でも、判断を誤らないんだから…。
私達は結局、その後、かなり手早く敵を撃滅できた。
あまりにあっけなく終わったので、ムネタケ艦長は唖然としていた。
いつも通りのグラビティブラストの連射に加えて、私達も必死に戦ったから…。

その間は、ラピスちゃんが自分でウイルスを持ち込んだ可能性をなんとか忘れることができた。
…そんなこと、あり得ないと思いたかったから。

そして、あるべき場所にすべて連絡して…。
唖然とするエリナさんやミスマル提督が、最高の防備体制をしいてくれることになった。
……でも薬の生成には最短でも一週間かかるそう。
保険機構への問い合わせもしたけど、やはり経路不明の状況では踏み込めないって…。
そんな状況じゃ、このままじゃ助からない…。

奇跡でも、起こらない限りは…。














〇地球・佐世保市・連合軍基地・ドック・ユーチャリス前──重子

「ど、どうするんですか?!
 パイロットスーツ着てまで入る必要があるんですか!?」


「うるさいわよ!
 こっちは出遅れて気が立ってるんだからほっときなさい!」



私はユーチャリスが戻ってきたので、隔離命令を乗り越えて、
防護服代わりのパイロットスーツを着用、ヘルメットをかぶって入っていった。
宇宙服を兼ねるので、気密性が高く、また薬液による洗浄にも向いている。
酸素ボンベはそれほど持たないけど、高性能のフィルターもあるから。

…まさかユーチャリスの出航に間に合わないなんて。
本家のみんなから大目玉喰らっちゃったわよ…。
さつきは私を出迎えてくれた。
みんなラピスちゃんのことでおろおろしてるみたいだから、
落ち着かなくて格納庫に来てくれたみたい。

「どうしたの重子!?出撃はないわよ!?」

「いいから!
 ラピスちゃんを助けるにはこうするしかないの!」

「えっ!?」

「占いに、カギになることが出たのよ!!
 さつき!
 あなたと青葉とレオナもパイロットスーツとヘルメットを着けさせて、
 ラピスちゃんの部屋の前に集合!」

「ええっ!?」

私はPMCマルス本社で待機してる間もずっと占いを続けてた。
あまりに複雑な運命で、二重になっているラピスちゃんの運命を正確に予知するには、
かなりの回数を占う必要があって、この待機時間があったことがむしろ幸運だった。
体力が尽きるまで何度も、三日という時間をすべて当てて占い続けた。
だから、さつきたちから連絡が来た時、すぐに対応が取れた。
調べるべき場所が、ようやくさっき判明したんだもの!

「オモイカネダッシュ!
 さっさと扉を開きなさい!」

『な、なんでだよ!?
 ラピスのプライベートを侵害しようっていうのかい!?』

「事情はどうでもいいのよ!
 ラピスちゃんがどうして病気にかかったかはともかく!
 
 ここにあるはずなのよ、治療する薬が!!」

『どういう根拠でそんなことを!?』

「占いよ!
 オカルトと笑いたきゃ笑いなさい!
 
 

 もし当たらなかったら、私の命でもなんでもくれてやるわよ!!」



『く、狂ってる…』

「イカレポンチと言いたければ言いなさい!
 それともラピスちゃんが死んでもいいの!?
 

 扉をぶっ壊してでも入るわよ!
 
 時間が惜しいの!」


『で、でも──』

「ほら、どきなさい。
 艦長権限で開けてやるわ」

「ムネタケ艦長!!」

突然後ろから現れたムネタケ艦長に、私は歓喜の声を上げた。
私が何をしようとしてるのか分かってくれて…!

「……事情は分かんないけど、
 あんたがラピスラズリを助けられそうなのは分かったわ。
 でも…いい?
 スタッフの一部は…誰かがラピスラズリを暗殺するつもりでウイルスを持ち込んだと思ってる。
 もしかしたら、ラピスラズリが助かっても…。
 恩を売るためにウイルスを持ち込んで自作自演で解決したとか、
 あんたが疑われる可能性があるのよ?
 それでもいいの?」

「かまいません!だから早く!」

「…じゃ、開けたら私は退散するわ。
 パイロットスーツもないし、
 まだ部屋の空気中にウイルスが残留してる可能性もあるしね」

ムネタケ艦長は、私が即答するとすぐにカードを通して後ろに下がっていった。
…ムネタケ艦長だって疑われるかもしれないのに、手を貸してくれた。

「恩に着ます、艦長!」

私は部屋に入ると、何か怪しい薬剤がないかを探した。
部屋の中は年頃の女の子らしくなく、荷物は少なかった。
でも、衣類やタオル、そして食べ物のごみなどが散乱していて、すぐに何かを発見できる状態ではなかった。
唯一、立てかけてあるアキト様の写真が入った写真盾の周りだけが綺麗に片付いていた。

「重子!?
 マジで家探しするつもりなの!?」

「もちろんよ!
 見つからなかったら、私の責任だから気にしないで全部探して!
 飲み薬、カプセル、ケース、アンプル、なんでもいいからさがすわよ!」

「一応衛生班も呼ぶわよ!
 私達も消毒も必要だから!!」

みんなもすぐに追いついてきて、捜索に加わってくれた。
しかし、ゴミの中まで探さないといけないっていうのは結構大変ね…。
六畳くらいしかない部屋だけど、小さなものを探す都合上、つぶさに見なきゃいけないし…。
一刻を争うっていうのに…。
……!

「ちょっと待って!」

私はあることを思いついて、アキト様の写真の飾ってある場所を探した。
その裏には…。

「あった!!
 きっとこの液体の薬だ…!!」


「「「ええっ!?」」」



「ラピスちゃんは無意識に自分の大事なものの近くに置いたのよ!」

「で、でもそれってつまり…」

レオナはその先にある…ラピスちゃんが自殺しようとした可能性を示唆しようとしたけど、
聞かれていいことじゃないので、黙ってもらうことにした。

「事情はラピスちゃんが助かってから!
 本人に釈明してもらって、それからでいいでしょ!?」

「あ…」

みんなが黙り込んでいる中、私は医療班を呼び出して、丁寧にアンプルを手わたした。
私達がパイロットスーツを衛生班に薬液洗浄してもらって、着替えて一息ついたころ、
医療班はアンプルの中身がぴったりラピスちゃんの病状を解決する薬であることを確認し、投与してくれた。
高熱にうなされていたラピスちゃんは少しだけ症状が落ち着いたみたい。
でも…。

「……何とか、ウイルスは減ってます。
 病状もよくなっていますし、がん細胞も発生してませんが…。
 
 …ラピスちゃんはすでに体力が危険な状態です。
 もしかしたら持ち直さずにこのまま…持ち直す可能性は五分五分…。
 
 …あとは本人の精神力…生きたいという意思にかかっています…」

「そんな…」

私は医師に呼び出されて、話を聞かされたけど…絶望的な気持ちになった。
……ラピスちゃんは十中八九、自殺を試みたはず。
ということは生きたいという気持ちは、もう…。

「…重子さん、あなたはあのアンプルをどこで?」

「それは…」

「……もしかして、あなたがラピスちゃんに、
 あのウイルスを…」

「!!」

ムネタケ艦長の言った通り…こんな風に疑われることは覚悟してたけど…。
このままじゃ私…。

……いえ、むしろ好都合だわ。

この場でラピスちゃんがクルーを危険に陥れる可能性のあるウイルスで自殺を試みたと知られてしまえば、
助かったとしても、それこそ永久に信頼を失うことになってしまう。
そうなるくらいだったら…私は…。

「…ええ、そうよ。
 バレちゃ仕方ないわよね…。
 これはすべて私の自作自演。
 ラピスちゃんの命の恩人になって、
 アキト様に近づくための作戦だったのよ」

「そうですか…。
 では艦長に、今後の指示を仰ぎましょう。
 こういう時は警察に引き渡すのが筋ですが…。
 
 …あなたにはもっとふさわしい罰が待っているでしょうから」

医師は黒い笑いを浮かべていた。
この人…私を憎んでいる。
そりゃそうよね…アキト様に気に入られたくてラピスちゃんの命を危険にさらしたんだから。
…下手したら、この後…リンチにかけられて…。

かまわない。
……それでもいいと、覚悟したのは私だもの。
ラピスちゃんを助けるためにそこまでするって決めたのは私。
助かるかどうか、もう微妙なところだけど…。

…私がユーチャリスに乗り込むのが遅れたせいだから。

このくらいのこと…受け入れなきゃね…。



















〇地球・佐世保市・連合軍基地・ドック・ユーチャリス・食堂──さつき
……あれからしばらくして、重子が逮捕されて…さらに半日が経過して…。
ムネタケ艦長はまだ事情が明らかになっていない、
そしてラピスちゃんにも事情を聴けていないこともあって、
事件としてはまだ表ざたにするつもりはないって。
だから重子を独房に隔離して、ラピスちゃんの回復を待って事情を話してからということらしいけど…。

……私は、重子の供述を信じていない。

アンプル発見も込みで言えば辻褄は合うけど…。
重子はラピスちゃんと隔離されてる状態が明らかに長い。
かといって重子が先んじて渡した荷物にウイルスがあったというのも考えづらい。

…そうなると、やっぱりラピスちゃんの自殺説の方が濃厚なのよね。
占いでラピスちゃんのことを当てた可能性の方がよっぽどあるのが不思議だけど。


ひそひそ…。



「聞いた?
 重子さんがアキト様に気に入られようとしてラピスちゃんを病気にしたって…」

「許せないよね…」


ひそひそ…。



「それも空気感染する感染症よ?
 下手したら私達が全滅してたかもしれないやつを」

「何よそれ。
 そこまでする必要あるのかしら、
 抜け駆けのためにそこまでする?」


ひそひそ…。



……。
元々、性格のいい子ばかりだから罵詈雑言は出てこないんだけど、
あまりにひどいウイルスだったこともあって、
重子への批難はこの半日の間に積もり始めていた。

私は言い返してやりたかったけど…。
根拠がないし、親しい私達が言ったってかばってるだけにしかみえないだろうし…どうしたら…。

「何をうわさ話に翻弄されてるのよ。
 まだなにも確定してないじゃないの」

ムネタケ艦長は、うわさ話で剣呑とした雰囲気になりかかっていたところに喝を入れるがごとく、
全員の前でハッキリと噂を止めるように言った。

「でも、艦長…。
 重子さんは自白したじゃないですか…」

「確かにそうね。
 でも、彼女が誰かをかばってる可能性だってないわけじゃないのよ」

む、ムネタケ艦長…それを言うと、さらに不穏な空気になっちゃいますって…。
今度は犯人探しが始まっちゃうし…それに重子に協力したって疑いもあるのに…。

「いい?
 自白していたとしても、証拠が足りなければ無罪になってしまうの。
 ちぐはぐなことを言っても、証拠と状況が合わなければいけない。
 
 確かに重子は動機は自白したわ。
 でも、手口はまだなにも話していない。
 証拠も何一つ見つかってない。

 ラピスラズリの証言と証拠がそろって、つじつまが合って、
 初めて重子を犯人として認められるわ。
 
 …それまでは、彼女を容疑者として拘留するだけにするわけ」

「で、でも、艦長だって加担してるんじゃないですか!?
 そうしたら、証拠だって消せる…」

「それは無理ね。
 ラピスラズリの部屋はオモイカネダッシュが常に監視している。
 彼女が発症してからは24時間、ラピスラズリの部屋と医務室、
 そこに至るまでの通路もすべて監視・録画している。

 これは艦長権限でさえも覆せないわ。

 この密閉空間での感染症対策のような、あまりに重要すぎる部分に関してはね。
 つまりオモイカネダッシュが虚偽の録画データを準備していない限り、
 証拠の抹消・改竄はありえないということになるわ。
 
 …それでも、まだ彼女を犯人として責め立てるつもり?」

「…それじゃ少なくとも、
 重子さんは犯人本人であるか、
 犯人の誰かをかばってるのは確かじゃないですか」

「そうかもしれないけど…逆に言えば本人の発言以外、決定的な証拠もないのよ。
 状況証拠だけでリンチだので裁いたら、あんた達だって無事じゃすまないのよ?
 分かってんの?」

「う…」

「嘘の供述について責めるにしても、全てが終わってから。
 警察に通報しようにも、情報がまとまらないまま通報すれば、
 マスコミや敵対してる勢力に都合のいいように扱われる可能性だってあるわ。
 ……だから今は保留。
 ラピスラズリの回復を信じて待つほうがよほどマシよ」

ムネタケ艦長の言い分に、全員が黙り込んだ。
本当に根が正直でいい子ばかりだから、言い返せなくなって罰が悪そうにうつむいてる。
釘のさし方が上手ですね、ムネタケ艦長…。
何気に警察には通報させないあたり、悪辣ですけど…。
…ラピスちゃんをあたりがやりそうな手でもありますけどね。

「私だって上司に報告の義務があるってせっつかれてるのよ。
 でも、ウイルスの出所が分からない以上、
 まずはラピスラズリだけが感染しているのを確認、
 誰も発症しないまま数日過ぎて、感染源になるものがないって証明できればいいわけ。
 犯人探しはそれからでも遅くはないはずじゃない?
 
 分かったら今日は全員休みなさい」

「「「「はい…」」」」

全員、食事を取ると、すごすごと自分たちの部屋に戻っていった。
放っておいたら数日で暴動に発展したかもね…。

「ムネタケ艦長、ありがとうございます…」

「そんなのいいから、あんた重子に食事持っていきなさいよ。
 あんたに世話を任せてんだから」

「あ…わ、忘れてましたっ!」

……はぁ、心臓止まるかと思ったわよね。
私は手に持った重子の食事が冷めきってしまったので電子レンジにぶち込んであっため直した…。
そのことを話したら重子は怒っては居たけど、安心して食事を取れる状況になったからいいか、と私を許してくれた。



「…ったく誰も死んでない段階で争ってりゃ世話ないわよ。
 ホシノアキトだってへこむわよ、こんなことで仲間がいがみ合ったり死んだりしたら。
 
 文句言える仲間が生きてるだけ、あんた達は恵まれてんだから…」

 
















〇地球・佐世保市・連合軍基地・ユーチャリス──ラピス
…私は悪夢すら見ることができず、うなされていた。
ああ、このウイルス選ぶんじゃなかったかな…。
こんな四十度近い高熱に何日もうなされてて、辛いよこれじゃ…。
それでも『テンカワユリカとしての最期』を迎える悪夢よりは幾分かマシで…。
私はだんだんと終わりに近づいてきているのを感じている。

さっき、意識もうつつな中で…私に何か薬を注射してくれたことに気付いたけど…。
あれはたぶん特効薬じゃない。
気付けないだろうし…私の部屋に押し入ってまで何とかするみんなじゃないし…。
それにいくら設備が整っても生成に一週間はかかると思うし…。

私の計画でアキトはきっと……。

……でも、ホントに最後の最後までロクでもないことしかしていなぁ、私って…。

アキトに迷惑ばっかりかけてきて…。
ナデシコに乗ってた時だってアキトを無理矢理ヤマダさんの代わりに出撃させて…。
火星でアキトを追っかけて火星の生き残りの人を全滅させちゃうし…。
氷河地帯で間違ってグラビティブラストを撃ってみんなを危険にさらしちゃうし…。
アキトがナデシコから降りる時になんもしないままで…。
ボソン砲の時だって一か八かの賭けにかろうじて勝っただけで…。
相転移砲で木連の兵士も非戦闘員も民間人も一万人以上吹き飛ばして…。
ナデシコのみんながもしかしたら反逆者になるかもしれない状況でも無理に和平交渉に出るし…。
白鳥さんを守り切れなかったり…。
イネスさんとルリちゃんが気を遣ってくれなかったらアキトともくっつけなくて…。
遺跡を外宇宙に投げ捨てて何とかしようとしたけどやっぱりだめで…。
戦後もアキトのアパートに押しかけて迷惑ばっかり…。

今だってアキトのためって言いながらいろんな人を巻き込むひどいことするし…。

うう、私ってどこまでもダメダメじゃない。
振り返ってみると本当にしょうもない…。
悪夢のことがなくたって、こんなバカな私、生きてたってしょうがないよ…。

早く終わってよ…もう…。


『…!!』



え?
なに…幻聴?
誰かの声…アキトのじゃない…。
女の子の…。


『…カ!バカッ!
 
 このっ…!

 
 

 バカユリカァッ!!』



これは…!?ラピスちゃん!?


『バカユリカ!

 アンタはどこまでバカなのよ!?

 そんなどうしようもないアンタが好きだって、アキトは言ってんのよ!?

 悪夢がどうしたっていうのよ!?

 そんなもん、アキトだったらぶっ飛ばせるでしょ!?』



だ、だけど…アキトはこうでもしないと助からないから…。
それにユリちゃんの事だって…。


『助かるわよっ!

 私はあんたの頭脳を借りてアキトを今まで助けてきたの!
 
 私とあんたが居れば、どんな世の中だってアキトを助けられるっての!
 
 
 それにユリがどうしたってぇ!?
 

 いいじゃない、アキトと居られる時間を半分こしてもらえば!
 
 

 ユリカ、気づいてたんでしょ!?

 
 

 アキトのメッセージで、アキトは自分が浮気してでも、最低になってでも、
 
 ユリカを助けてあげたいって、
 
 どうしたって何とかして幸せにしてあげたいって思ってるって!!

 
 

 あんたが逃げたら、死んじゃったら、アキトは本当に悲しむって…!!』



だって、だって…!


『あーーーーーもうっ!!うっさい!!
 
 アキトとおんなじで自分の気持ちに嘘つくし、肝心な時うじうじするんだから!
 
 あんたはだまって助けられてればいいの!!
 
 あんたに任せてたら私までおっちんじゃうじゃない!!

 
 

 身体返しなさいよ、このバカバカバカユリカッ!!』



あ、ちょっと、やめ…ああっ…。

意識が…あ…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



「……ゃん?ラピスちゃん…!?」


「ぜっ…は……けほ、けほ…。
 や、やほ…帰ってきたよ…」

「「「よ、よかった!!」」」

私はひどく息苦しく、けだるい中…目を覚ました。
ユリカから主導権を奪ってから、何日くらいうなされてたかな…。
あのままじゃユリカに巻き込まれて死ぬところだったよ…。

私はアキトと浮気するまで死ねないんだから、ホントふざけんなって感じ。
ああ…でもひっさしぶりにユリカから体を奪い返せた…こんな状態でも嬉しいなぁ…。
だって私まで悪夢に巻き込まれてて精神的に追い込まれてたんだもん。
中々出てこれなくなっちゃうわけだよね…ったく…。
あーあ、アキトやユリと違って、私とユリカは他人同士だからこういう風になっちゃってるのかなぁ…。

「お、お水ちょうだい…喉乾いた…」

「はい!」

…とりあえず体力は戻ってないけど、危機は脱せたみたい。
ああ…でもこのまんまじゃ私もあんまり意識が持たないかな…。

今のユリカって強情で、『黒い皇子』のアキト並みに精神力がある。

自分の運命やアキトに対して弱気な癖に、私じゃ太刀打ちできないかも…。
そうじゃなくても、私の脳の部分が少ないからなんだろうけどね。

ユリカは強がって記憶が偽物だったらどうするのかってアキトに迫ったけど、
私の脳髄のほとんどは間違いなくユリカ。
そうじゃなければ、こんなに色々できる子じゃないもんね、私は…。

…あーあ。ホント貧乏くじだわ。
身体のほとんどは私で構成されてるのに、脳はほとんどユリカなんだもん。
なんか乗っ取られた気分だよ…。
って、そんなことしてる場合じゃない!!
早くユリカのバカな計画を打ち砕かなきゃ!!

「ちょっとごめん、席を外してくれる?
 ダッシュとお話したいの」

「え、は、はぁ」

「あ、それとパイロットの12人を呼んどいて!キノコ提督も!」

「え?で、でも重子さんは…ラピスちゃんを…」


「重子がどうだっていうの!?


 いいから!!


 即刻!!


 早く!!」



「は、はいぃぃぃい!!」



「最近のちょっと弱気なラピスちゃんじゃなくなった…」

「ぼ、暴君復活…」

……そんなこといってると看護婦長、首にするわよ、あんた…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

「ごめんね、私のせいで迷惑かけて。
 誰にも移らないでよかったよ」

「ったく、あんたらしくもないミスねぇ。
 でも助かってよかったわ」

「重子の疑いも晴れて良かったわ…」

私は今回の件について、私宛の荷物をうっかり開いてしまったことが原因だと話した。
本来であれば私はそんなミスを犯すタイプじゃないけど、
アキトのことが恋しくて眠れなくて、過労でオーバーワークしちゃったのが原因で、
警戒すべきところを開けてしまったと嘘をついた。
本当はユリカが、ラピスを殺すテロ組織のメンバーとして偽装した、偽名のダミー戸籍を使ってここに送り付けたもの。

だからそれをそのままアイディアを拝借して、
テロ組織が私に対して暗殺目的のウイルスを送り付けたものの、
誤って特効薬まで含んだものを送ってきたということにした。

実際、暗殺用の毒物を使う場合、解毒薬とセットでなければ意味がないってアキトが教わってたし、
『暗殺者に届けて使ってもらう用』のセットを間違えて送ったとしたら、つじつまが合う。
…ちょっといびつだけど筋は通るからなんとかなるでしょ。

私はさつきたちの報告から、
ユリカが想像しなかったくらいの艦内のトラブルが発生していたことに気付いて、
慌ててそういう事故だったと取りまとめて、全艦に放送して事なきを得た。
…この部分が抑えられれば、殺伐とした状態はなくなる。
それにユリカの計画も半分以上は潰えた。
さて、話が終わって、人払いもしたし、あとは…。

「ダッシュ、ちょっといい?」


『ラピス!?

 ラピスなのかい!?』



ダッシュは、私が呼び捨てたことで元の私であることに気付いて、
嬉しそうなウインドウを表示してくれた。

「うん、『ラピス』だよ。
 『ユリカ』じゃなくてね。
 
 …あんまり時間がないから、短めに言うよ。
 まず、『ユリカ』の計画してたことは全部止めて。
 内容的にあれくらいやる必要もあるかもしれないけど…。
 まだそこまでの事態にはなってないから止めて」

『わ、分かったよ。
 …でもいいの?』


「いいに決まってんでしょ!?

 私がオリジナルのラピスなんだから!!

 私の体と名義で始めたことなんだから私にも決定権あるでしょ!
  
 迷惑すぎる方法でアキトを助けるなんて不届きな真似、許さないんだから!!

 うまくあいつらをクラッシュさせる方法はこうこうこうして、こう!」



『あ…すごい手だね…』

「…はぁ、不本意だけどユリカの能力だからここまでできるんだよね。
 あ…くそう…もう…意識が…」

『だ、大丈夫?』

二ヶ月ぶりにせっかく出てきたのに、もう時間切れ…?
脳のほとんどがユリカだもん、そりゃもたないか…。

「ユリカが、身体のコントロール奪おうとしてるみたいだから…。
 計画の中止、お願いね…。
 あとね、ダッシュ…最後にアキトにメッセージ…。
 ぐ…もう…」

『は、早く…』

「せかさないでよう…。
 
 …ユリカは私が守るから、アキトは安心しといていいよ…。
 
 それだけで、いいか、らっ…」


ガク…。


『ラピス!?
 ラピスーーーーッ!!』


私は再び意識を失って、ベットに倒れ込んだ。
…私は意識が闇に落ちる瞬間、にやりと笑っていた。

あはは…。
もうこれでユリカには手が打てないもんね…。
二ヶ月の準備も全部、パァ。

ざまぁみろって感じ!
聞こえてないだろうけど……アキトに任せとけばいいんだよ、ユリカ。

私は…アキトと一緒に、アキトが望んだ…戦いのない時代を作るの。

黒い皇子時代のアキトよりも、ずっと今のアキトの方が好き。

今のアキトの綺麗事にどこまでも付き合って、それでアキトを救って見せる。

そのせいで恨まれたり死んだりするかもしれないけど…。


…それで最期を迎えるならだったら納得できる。


こんなくだらない終わり方は、絶対認めない。


アキトの心を、また死なせるようなことだけは、絶対に…!!


私は…もう一度ユリカに会いたいって…アキトの願いをかなえる…んだよ…。



そしたら…ユリカと、ユリの百分の一くらいは…私に惚れてくれるかな…?



……あ…もう、だめ………。





……。

















〇地球・佐世保市・連合軍基地・ユーチャリス・医務室──ラピス
…私はラピスちゃんとまた意識が入れ替わって、しばらく経過した。
ラピスちゃんから主導権を奪い返したものの、すぐに力尽きて再び眠ってしまった。
日付を見たら、もうあれから一週間も眠ってたことに気付いて…茫然としていた。
なぜか…この一週間の間、私は主導権を奪ったのに悪夢を見なかった。
それで体力もかなり回復して…とてもすっきりした気持ちで目覚められた。
どうして…?
……私はオモイカネダッシュちゃんを呼ぶと、ラピスちゃんがしたことをすべて聞いた。
私の目論見はすべてつぶされてしまって、テロ組織もこのままだと壊滅するだけの未来になった。
愕然として、私は泣くしかなかった。

「ぐず……ラピスちゃん、ひどいよ…。
 アキトのためだったのに…どうして全部台無しにしちゃうの…?
 このやり方じゃなきゃ、アキトはずぅっと英雄扱いで、
 もしかしたら死んじゃうかもしれないのに…」

『……ユリカ、君は間違っているんだよ。
 君の話した「黒い皇子」だっけ…スサノオみたいになったアキト。
 ユリカを助けるためだけになんでもする、非道の戦士…彼には、君はなれないんだ。
 
 君は「黒い皇子」と同じくらい容赦ない策を打った。
 
 けどアキトを想うたくさんの人が、それを阻んだ。
 …君は間違っている。
 やり方も、考え方も…。
 
 …一つ聞くけど、「黒い皇子」は一人ですべてを成したのかい?
 狂った方法を重ねる彼に、協力者は居なかったのかい?
 ラピスや、ほかの誰かが一緒に居たからできたことじゃないのかい?』

「…そう、だけど…」

『だったら無理だよ。
 僕ひとりしか協力者がいなくて、
 さつきたちにも具体的にやることも、考えてることも何も話してない。

 …君がみんなに計画を話さなかったのは、
 内容がそもそも正当性のない悪事で、自殺で、関係ない人を巻き込むし、
 それしか解決する方法がない状況じゃないから、提案したら却下されるからだ。
 
 助ける方法がまだいくらでもある状況で、
 内容に一切の正当性が認められないやり方を通そうとしたって無理だよ。

 それじゃうまくいかないに決まってるじゃないか』

私は全く反論できなかった。
…私が死んでいさえすれば成立するとは思うけど、
一人で全部やろうとしていたので…不確実なところがたくさんある。
少なくとも一人くらいは巻き込んでおかなければ確実なコントロールはできなかったと思う。
それに計画のための設備建造も、発注も、秘密裏に行ってたけど、摘発されたらどうしようもないし。
そもそもだけど死んでしまっては成功したかどうかの確認ができないし…。
……穴だらけじゃない、よく見ると。

『ユリカ、君の計画は確かにすごいけど、
 100%成功するような性質のものじゃない。
 それだったらアキトと一緒に、出来ることを確実にやるべきだ』

「…はぁ」

私も悪夢がなければそうしてたって言い返そうと思ったけど…。
もうそんな気力もなくて、ため息しかでなかった。


ぷしゅっ。



「ラピスちゃん…」

「…重子ちゃん」

重子ちゃんが現れた。
私が目覚めたと聞いて、重子ちゃんはすぐに顔を出した。
何か聞きたいことがあるみたいだけど…。
ダッシュちゃんと話すために人払いしていたこともあって、すぐに話を始めた。

「…やっぱり、あなたラピスちゃんじゃないのね」

「え…」

私はドキッとして胸をぎゅっと抑えた。
うそ…どこからバレたの?

「あ、ごめん…なさい。
 占いで知っちゃったもんだから…」

「占い…」

そういえば…重子ちゃんが特効薬を見つけたってラピスちゃんに言ってたような…。
…どんな占いなのかな、それ。
そんなことまで分かるなんて、ほとんど予知とか透視とかの類じゃない…。

「それより、どうして自殺なんて…」

「あ、ご、ごめんなさい…。
 重子ちゃんがそのせいで疑われて、みんなを落ち着かせるために、
 嘘の自白までして全部背負ったって…」

「そんなことはどうでもいいの!
 それくらいで済んだからよかったの!
 ラピスちゃんも無事だったし!
 …私はこうして、名誉も体もなにも傷つけられずにいられたんだから」

そんな、ことって…。
アキトと…こんな私にそこまでしてくれるなんて…。
…こんないい子を死なせようとしてただけでも、
私は許されないことを考えてたんだって思い知らされた…。

「…ごめん、ごめんなさい…」

「落ち着いて…ラピスちゃん。
 …いえ、あなたがラピスちゃんでも、何者でも構わない。
 アキト様のために、力を貸してほしいの」

「アキトのために…?」

重子ちゃんはとりみだしそうになった私の肩をつかむと、真剣な目でじっと私を見た。

「…ラピスちゃんのことだから、あの時言った通り、
 私達の命を使ってでも、アキト様を助けようとしたと思うの。
 
 …もしかして今回のことも、その計画なの?」

「…えっと」

「…ごめんなさい、急にたくさん聞いても混乱しちゃうわよね。
 えっと…それじゃまず…あなたが何者なのかを話す前に…。
 私達の命を使ってどんなことをしようとしたかだけは聞かせてほしいの」

重子ちゃんも少し気持ちが高ぶっているのか、まとまらない自分の心を抑えて、
私が起こそうとした悪事について、話してほしいと聞いてきた…。

……そうだよね。
全部聞かないと納得できないよね…。
相変わらず私ってバカ…こんな馬鹿げた計画を白状しないといけなくなっちゃうんだから…。













〇地球・佐世保市・連合軍基地・ユーチャリス・ラピスの部屋──重子
……私は茫然としながらラピスちゃんの計画を聞いた。
こんな、こんなことをかんがえてたなんて…。

ラピスちゃんの計画は…。

ラピスちゃんの目的は、アキト様の英雄としての格をさげることだった。

まず起点としてラピスちゃんがテロリストのウイルスで死んで、
そのウイルスのアンプルの荷物の出所をオモイカネダッシュが突き止め、
私達が報復のためにテロリストを襲撃するように仕向けることだった。

報復目的で、地球でも一、二を争う戦艦を持ち出したとあったら、
さすがのアキト様でも批難は避けられない。

でも国際的なテロリストの本拠地と指導者を撃滅出来たら、
ある程度その責任は相殺される可能性がある。
だから私達は、テロリストと相打ちを演じて、討ち死にする必要があった。
そうすればアキト様は恨むべき相手も失うことになる。

そしてテロリストとPMCマルスとの総力戦を演じさせるために、
あらかじめ裏から手を回して、テロリストにはステルンクーゲル100機と戦艦を譲渡。
これもハッキング関係でどう稼いだのかはわからないけど、ブラックマネーで購入済みらしい。

私達は12対100という圧倒的に不利な状況ながら、
エステバリスとステルンクーゲルの性能差と、
死力を尽くした戦いでラピスちゃんの仇を討つ。

この事件でアキト様の英雄としての格を下げつつ、戦いから離れるきっかけを与える…。

ラピスちゃんを失った衝撃に崩れ落ちるアキト様の姿を見たら、
世間もこれまでの成果を汲んでなんとか許すだろう、と算段を付けた。

そしてムネタケ艦長も独断専行を止められなかったことを責められるものの、
ユーチャリスのコンピューターとPMCマルスの危険行動、脱走ということで片が付き、
かつ、PMCマルスが廃業になるきっかけにもなり、
オモイカネダッシュもユーチャリスから降ろされて、
ユーチャリスが連合軍に接収され、推薦されたムネタケ艦長の船として使われることになる。

…こうして、世間はアキト様が英雄として終わる姿を見届けた後、
同じ艦を扱いながらも華々しく戦果を挙げる、
戦争を終わらた真なる英雄・ムネタケ艦長を崇めるようになる。

……なんて支離滅裂で危険なプランなの。
っていうか単純にテロリストとばっちりじゃない。
いや、同情の余地のない人たちではあるけど…。

「…そんな独りよがりで、危険なプランを考えてたなんてね」

「…幻滅した?」

「ちょっとはね。
 …けど、それくらいしないとアキト様が戦いから降りられないっていうのも、分かってるつもり。
 この事は私達の間だけの秘密にしておくから。
 計画を全部キャンセルしたら、いつも通りに振舞ってればいいじゃない。
 ラピスちゃんのことだからそういう事態だって想定してたんでしょ?」

「で、でも!

 私は、みんなに移るかもしれないウイルスを持ち込んだんだよ!?
 それで、自殺しようとして…。
 しかもそのあとみんなに命を捨てさせようと考えてたのに!
 こんな死にたがりに、最悪の悪党に、そんな価値なんてないのに!
 テロリストに戦力を与えようとすらしていたのに!
 
 

 私の命なんて、助けるだけ無駄足なのに!
 
 
 余計なことしないでよッ!!」



「じゃあなんでラピスちゃんは特効薬のアンプルを捨てなかったの!?

 
 本当に死ぬつもりがあったらもっと徹底するでしょッ!!」



「…!」

ラピスちゃんは迷いがあった。間違いなく。
過労と睡眠不足で判断力が鈍っていたのはあるにしても…。
…万が一を引き当てる人が、もしかしたら居るのかもしれないって。
そう期待してたはずなのよ…。

「本当は誰かに止めてほしかったんでしょ!?
 最悪最低の悪党に成り果てる前に、死ぬ前に止めてほしかったの!
 
 そんな風に思ってなかったかもしれないけど、無意識に助かろうとしたんだよ!
 自分で助かる可能性を残したの!!」

「う…ぅ…うう…」

ラピスちゃんは押し殺すように泣いた。
私はラピスちゃんをぎゅっと抱きしめて、支えようとしたけど…私も泣いちゃった。
こんなつらい判断をしなきゃいけなかった理由が…想像できないけど、
それでも、自分を責めようとしてるラピスちゃんを見てると…守りたくなって…。

「…重子ちゃん、どうして私を助けられたの?
 どういう、占いなの…?」

「…私の占いはね、普通じゃないの。
 未来予知の類に近い…。
 実際、予知能力もちょっとだけあるし。
 映画のラピスちゃんとおんなじでね。
 だから的中率100%なの」

「…ホントのシャーマンなんだ、重子ちゃん」

「うふふ、そうなの」

おっかしいの。
『ダイヤモンドプリンセス』内だとラピスちゃんの役のはずだったのにね。
でも、ラピスちゃんは辛そうにまた涙を流し始めた。

「でも参ったなぁ…計画がおじゃんになった時点で…。
 アキトが助かるか分からなくなっちゃった…。
 なんもうまくいかない…全部中途半端……。
 ほ、ホント…ろくでもない人生だよ…」

「ま、まだやり直せるじゃない…。
 ラピスちゃんは12歳で、先があるんだから。
 それに、方法はアキト様が帰ってから考えれば…。」

ラピスちゃんは首を横に振った。

「……もう無理なんだ。
 その理由が…私の存在そのものなの…」

「どういう…」

「…言っても誰も信じないよ」

「…信じるわよ、私は。

 あなたの中に、二つの魂があるっていうのが分かる。
 ラピスちゃんじゃない…あなたの協力がアキト様に必要だって分かってる。
 だから聞かせて。
 
 どんな奇想天外な話でも。
 どんな夢物語でも。
 
 ラピスちゃんがそれで悩んでいるっていうなら、信じるわ」

「…。
 でも聞いたら引けなくなるよ?
 今度こそ、私のために命を捨てなきゃいけなくなるかも…。
 それでも、いいの?」

「くどいよ。
 …少なくとも死ぬ覚悟まではしてるんだから。
 あなたが言い出したのよ?」

「…後悔しないでよ」

ラピスちゃんは目に涙を浮かべながら、困ったように、でも静かに話し始めた。


────そして話された真実に、私は生涯で最大の衝撃を受けた。


状況証拠でしかないけど…すべてがつながる。
アキト様の強さも、この戦争の真実を知っている理由も…テンカワ君の存在も。
さらにはアキト様の、本来握ってはいけない秘密を知ってしまった…。
そしてラピスちゃんを命に代えても守らなきゃいけない理由が生まれてしまった…。

「…後悔、したでしょ」

「…してないわ。
 してないけど…やっぱりラピスちゃんが死んじゃいけないって分かったわ。
 話してくれてありがとう、ユリカさん…。
 
 これで、本当に死ぬ覚悟が出来た…」

「え…?」

「ユリカさん…。
 

 絶対に、何があっても、アキト様に会わせてあげるわ!
 
 引き裂かれた二人を阻むものを、すべて打ち倒してでも!
 
 私達の命を投げ出してでも!絶対!
 
 だから悪夢が辛くても頑張って生きて!



 アキト様ならきっとラピスちゃんを救ってくれるから!!」



「えっ、えっと、あの…。
 で、でも…ユリちゃんも居るし…。
 そんなことしてもらっちゃったら…」


「それはアキト様とユリさんが決めることでしょ!?

 いいからもう一度会うまで、ちゃんと生き伸びて!
 
 ラピスちゃんだって賛成するわよ、きっと!
 
 話し合いを放棄していい結果なんてありえないでしょ!?
 
 『ダイヤモンドプリンセス』の映画でもそういうシーンたくさんあったでしょ!?」



「そ、そうだけど…その…」


「いいからいいから!
 さー忙しくなるわよー!
 ユリカさん…いえ、ラピスちゃん!任せておいてね!
 

 ばっちり助けてあげるから!」



「あ、あのー…」

ユリさんが、未来のルリちゃんで…。
ラピスちゃんが未来のユリカさんで…アキト様が未来のテンカワ君だったなんてね。
…未来で引き裂かれた二人が、もう一度出会うなんて、そんなロマンスが現実で起こるなんて…。
ありえない、ありえないけど『ダイヤモンドプリンセス』もあながち嘘じゃなかったってこと!

未来とフィクションでは悲恋で終わったスサノオとヒミコの恋を、現実で成就させちゃうのよ!

アキト様だってユリさんだって、そうしたいとぜったい思ってるわ!
最終的な形はどうなるかわかんないけどハッピーエンドに持ってくのっ!


なんてったって────!





『世界一の王子様』にはそれが許されちゃうんだからッ!!




























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回はラピスの目論見が失敗&暴露される回になりました。
病気関係の話は昨今起こってることもかなり影響を受けてますが、
実はかなり今回、元ネタを依存してるメタルギアの方が影響あったりします。
海の孤島で未知の感染症が蔓延して、私設軍隊の内部で不和とパニックが起こるという…。

今回の問題って代理人様が突っ込んだ通りの報連相、
コミュニケーションの不全で起こってる事ではあります、
が、それ以前に病んでると判断を迷う…というかユリカがアキトを想って行動すると、
失敗率が異常に跳ね上がる現象も加味されてて、
黒い皇子因子と合わさって救いのないことになってるという…。

今回は未然に防がれましたが、
今度は重子が暴走気味にラピスに関わり始めそうな展開になっております。
なんというか年頃の女の子の思いの丈が直撃してえらいことになってるっていう。
ああ、ラピスとユーチャリスの行く末はどうなる。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!














代理人様への変身
>ほうれんそうは重要だという話。
ほうれんそうを拒絶した結果として、黒アキトはガチで怒られてた件と同じですね。
上記の通り、あくまでラピスは黒アキトの因子を背負ったユリカであり、
ラピスがアキトの五感を代わる、一部の存在であった過去と合わせて、
不器用で相談が苦手な状態になっちゃってる結果がこれです。

劇場版でもアキトたちがルリちゃんを最初から抱え込んでたら色々と変わった気がします。
もっともその場合はナデシコCという艦の建造機会が失われるかもしれないし、
ラピスという少女の行く末が良い方向に行くのがあまり想定できないし。
ユリカがまともでいて、何か条件がそろわないと本当に悲しい未来しかない。
つらい。


>まー自己満足100%ってんなら別にいいけどさーw
これもアキト君の因子ですね。
そうするしかない、って思いこんじゃってる。
周りもどうにかしたいけど、どうにもできない意固地さ。
しかし、ラピスはアキト本人ではないのではてさて、と。






>>この上、生活を支えることもできぬとなったら、我は…我は…ッ!
>(爆笑)。
>おとっつぁんは大変だw
現実問題として仕事を選ばなければ生き残れる可能性はあるけど、
少なくとも向いてる仕事を選ばないと死ぬ可能性があるのが世の常。
しかし北辰は選択の余地があまりに少ない。
父親としてあるべき姿を改めて取ろうとするとそれなりに収入が居る。
…で、結果としてすべてのプライドをなげうってでも仕事を取りに行くことにと。
北辰…道を究めていればいるほど、不器用になるタイプだった…と。

















~次回予告~
さつきです!
ら、ラピスちゃんにそんな秘密が!?
私達も考えうる方法を駆使して、ラピスちゃんをアキト様に会わせてあげないとね!

そういえば、聞いた?
あの『ダイヤモンドプリンセス』の甲冑騎士、『龍王騎士』がもうすぐロールアウトするんだって!
なんか規格外のブラックサレナ以上の、すっごいすっごいつよい、
新型エステバリスなんだって!ワクワクしちゃうよね!

アキト様が帰ってきたら、盛大にお祝いしちゃうんだから!



さすがに運動不足で若干体調が悪くなりやすいけどそこそこ元気な作者が贈る、
ラピスがアキトで、アキトがルリで、ルリがユリカな、なにいってんだ系ナデシコ二次創作、















『機動戦艦ナデシコD』
第六十四話:Dried flower-ドライフラワー-その3


















何かに目覚めて強くなったりすごくなったりすることはあるだろうけど、
元々優しい人が無理に完全にドライになろうったって、そりゃ無理だよねぇ…。




























感想代理人プロフィール

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代理人の感想
あー、なるほど。
まあ穏当なところに着地してくれて良かった。
というかザマアミロとか言ってますけどラピスだってどっちもどっちじゃアホめw


>ユリカがアキトを想って行動すると、失敗率が異常に跳ね上がる現象も加味されてて

確かにwww
下手に気合い入れると失敗する人いますよね。
自分の好きな時代の小説を書く田中芳樹とか(ぉ


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