ルリです。
ラピスが未来のユリカ義姉さんと聞いてびっくりしてる身ですが、
どうも様子がおかしいとかで…気になってます。
未来があんまりひどいことになってたとは聞いてますけど、
やっぱり『黒い皇子』状態のホシノ兄さん同様ひどいことになってたんでしょう。
……でもラピスはラピスで別人格らしいっていうのも事実であるらしくて、
私でも混乱します。さすがに。
遺跡ユリカさんが不穏なことを言ってましたし、バカなこと考えてなきゃいいんですけど…。

人間だれしもバカです。どっかしらバカなんです。

でも方向間違えると、最悪おっちんじゃったりしちゃうわけで。
ホシノ兄さんが抱きしめてハッピーエンド、みたいに単純に行ければいいんでしょうけど、
そんな簡単に丸く収まるお話じゃないみたいで…。

ほ~~~~んと、神様って意地悪。

そいじゃ、今日も行ってみよー。
よーい、どん。





















『機動戦艦ナデシコD』
第六十四話:Dried flower-ドライフラワー-その3

























〇宇宙・火星航路・ナデシコ格納庫──ウリバタケ

「おーい、準備はいいかぁ~~~」

『問題ない』

『いけるよ~~!』

俺の問いかけに、影守姉妹はそれぞれ答えた。
ブラックサレナの宇宙型…黒い方に二人は乗っている。
その先にもう一台の白いブラックサレナにはアキトズが乗ってる。

火星から出てきてから三週間、ようやくディストーションフィールドソード…略してDFS。
…の試作品が出来上がって、制御プログラムも出来上がった。
あとは実際に使って性能を見ることになった。
宇宙に出て、試験することになったわけだが…。

「しかしあんた、よくIFSを入れるのを許可したよなぁ。
 意外と娘馬鹿って聞いたぜ」

「舐めたこというな貴様。
 木連では微小機械の導入など普通の事よ。
 …それに娘たちも今後の仕事のことは考えねばならん。
 テストパイロットならばそれほど危険もない、世間でも目立つこともあるまい」

……意外と考えてんだな、この北辰って男は。
木連との和平交渉がどうなるにしても、生きていくためにも、身を守るためにも必要だろうしな。

事の発端は、アキトズと実力が近い影守姉妹ならDFSを使える可能性が高いと話されたことだった。
剣の達人である北辰もできる可能性は高いが、
エネルギーの動きが近い昴氣の制御ができる方が可能性が大きいとあって、引き下がることになった。
…まあ、テンカワと北斗ちゃんがまさか鉄を素手でゆがめてくるとは思わなかったけどな。
テンカワをからかうのを躊躇うやつが増えそうだな。

そして、ついに性能テストが始まったが…恐ろしい破壊力をたたき出した。
スペースデブリを軽々切り裂き、刃の大きさも自由自在。
この威力だと、ナデシコだって真っ二つにされかねないと震撼した。

『シャレにならないわね、これ…』

『…こんなの本当に必要なんですかぁ?』

ミナトさんとメグミちゃんの言うことももっともだぜ。
過剰すぎる装備を持つ危険性を考えると、ちょっとなぁ。

だが別の問題点も発覚した。
こっちの理由でで杞憂に終わりそうな気がしないでもないが…。

まず、そもそもの刃の発生についてだが…テンカワ以外の三人は軽々クリアした。
やはり地の集中力の差がありすぎるらしい…が。
そもそも現在の設計では、
この達人たちでさえも刃を発生させて振り回すところまではいけるが、
機体制御にまで気を回すことができないらしい。

かろうじて地上であれば肉体に近いので制御ができるが、
空中や宇宙では機動しながらは厳しいとか。
機体のバージョンアップと本人たちの練習によっては自在にできる可能性があるみたいだが…。

『ちくしょー!
 俺だけは修行が足りないってことかよぉ!!』

『そういうなテンカワ。
 俺がIFSを発生させてお前が機体を制御すればいいだろ』

『…あ、そっか』

……そういや二人乗りのタンデムアサルトピットだったらあっさり解決できるな。
片方が刃を発生させて、片方が操れば…。
…ちょっと開発を中止したくなっちまったぜ、さすがの俺もな。

こいつは必殺兵器だ。

大概、ライフルやミサイルは打ち所がよほど悪くなければ死ぬことはないんだが、
防御がほぼ出来ない。直撃すれば即死もあり得る。
分厚いチタン合金の装甲とかなら別だが、そんな装甲を付けたら重くて動けなくなるだろう。
そもそも、コスト的に許容できない。
戦艦の耐ビーム装甲並みのコストとなれば採用してる機動兵器はないし、
機動兵器より大きい戦艦の装甲も同じだ。
あの超大型チューリップだって一撃だろう…。
……そしてこの兵器を考えたってのが。

「お兄ちゃんたちー!
 あ、あんまり無理しないでねー!」

アキトズに切りかかる影守姉妹に注意している…。
……このルリルリとそう歳が離れてない天才少女、アイちゃんだ。
この子はどこで、どうやってこんな知識を?
確かにナデシコを設計したフレサンジュ博士の家に養子にとられたってんならわかんねぇでもないが…。
どう圧縮したってもう十年はないと覚えらんないだろ、そこまでは。
どんな天才でも、普通にやってたらあと二十年は必要だ。
ラピスちゃんの方もだけど、桁違いに知識があるし行動力があるな…。

「…まさかサバ読んでないよな」

う”っ!?
俺が聞こえるか聞こえないかすごく小さくつぶやいた言葉が聞こえたのか、
アイちゃんは俺の方を、殺意すら感じる視線で見つめた。

「ねえ?
 ウリバタケさぁん?」

「な、な、なんだってんだよ」

「私ねぇ?
 お兄ちゃんとデートしたいし、
 確かに早く大人になりたいなぁって思ってるけどね?
 女の子に年齢の話をするのってNGだって教わらなかったぁ?」



「ッッッ~~~~~~~!!!

 お、俺が悪かった!

 許してくれぇ~~~~!」



俺は何かとてつもない悪い予感に…いや、確信的な悪寒にさらされて土下座で謝った。
オリエに対して強気で居られた俺はそこには居なかった。
その、年齢以上に底知れないなにか危険な部分に触れそうになったことに気が付いて、
情けないながらも土下座で謝るしかないと、本能で悟った。
周りの整備員たちも、凍り付いている。
この小さな女の子に逆らってはいけないのが分かった。
神に弓を引くのと同じくらい危険なことだって…。

「よろしい。
 …じゃ、仲良くしましょ?」

そしてアイちゃんは優しく柔らかく、しかしえらく歳に見合わず妖艶なところもある…。
そんな笑顔で手をそっと差し出して、握手を求めてきた。
俺は顔を上げることもできないまま、震える手を差し出して握手した。

俺はこの日、生まれて初めて女性という存在に畏怖を覚えた。

…この子にだけは、金輪際、何があっても逆らってはいけないと思い知った。
ナデシコにおけるヒエラルキーの、ホシノやテンカワ、艦長をあっさり超え、恐らく最上位にいる…。
お、恐ろしい子だ…。


こつんっ。



「あたっ」

「こら、ほどほどにしなっての。
 男ってのは意外とだらしがないんだから」

「むー、ホウメイさんのいじわるー」

「あんたほどじゃないよ。
 まったく、パワーハラスメントで訴えられてもしらないよ」

「訴えられないよーぅ」

お、俺は…ホシノがパワー切れになるので食事を盛ってきたホウメイさんに救われた…。
アイちゃんは元の普通の年頃の女の子らしい顔立ちに戻った…。
た、助かった…。

人間が生きる上での…文化的な、理性的な生活を行うグループのヒエラルキーの最上位は…。


強い兵士でも…艦長でも…兵器を支えるメカニックでもなく…。


……生き延びるための食事を作るコックさんってことなのかもしれねぇな。




















〇宇宙・火星航路・ゆめみづき・道場──秋山
やっとこさ俺たちは和平交渉に向かうことになったが…。
火星に残した仲間と草壁閣下が気がかりだぜ。
例のレーザー通信機での和平交渉がうまくいかなかったら、
俺たちは這う這うの体で逃げ延びなきゃならねぇがな。
『取らぬ狸の川流れ』っていうしな、成果を先に計算して獲物がながれちまっちゃ意味がねえ。
気を引き締めるため、そしてリラックスするため…。
俺たちはいつも通りゲキガンガーの上映会で気持ちを鼓舞していたが…。


「「「「「キャーーーーッ!!アキト様ーーーーッ!!」」」」」



その直後始まった、木連婦女子の上映会…。
例の豪傑・ホシノアキトの快作、『ダイヤモンドプリンセス』に熱狂する様子だ。
長年、木連じゃあ女子向けの傑作には恵まれなかったからなぁ、こいつはすげえ。

「納得いかん…」

だが月臣はおかんむりだな。
まあ、一途な男だからなぁ、月臣は。
別世界の同一人物って設定とはいえ愛した女性を失って、
女々しく同じ姿の女性にうつつを抜かす展開ってのは気に入らねぇだろう。

「そういうな月臣。
 お前も内容については褒めてただろうがよぉ」

「しかしだな!
 あんな女みたいななよなよした男がな!」

「お前はその女みたいなやつに負けたんだろうがよ。
 …まあ、まさか未来のお前の弟子たぁお天道様でも分からねえこったなぁ」

「くっ…」

俺と九十九、月臣だけは草壁閣下に直々に詳しい説明をされている。
俺たちは跳躍封印のための使命を帯びている都合上、
そしてホシノアキトとナデシコへ命を懸けて協力するように言われてる。
そのためにも、事情を深く教えて引けないように巻き込むという選択をした。

……だが、その内容については俺たちもかなり閉口させられた。

「……秋山。
 俺は九十九を撃つような恥知らずだと思うか」

「そうじゃねぇと思いてぇし、信頼しちゃいるが、
 世の中は分からねぇもんさ。
 ……やってもねぇ罪を背負うのはやりすぎじゃねえのか、月臣よぉ」

「分かっている…。
 だからこそ許せんのだ!
 この戦争も、草壁閣下との戦いも茶化したような作品を作ってるあいつが!」

「まあそう言うなって。
 ……奴さんの面を見てりゃ、浅い気持ちで作ったわけじゃねってのが分かるだろうよ。
 それが戦争を止めるきっかけをくれてるってんだから乗っかってやろうじゃねえか、
 奴の夢も戦争終結だっていうしな」

「認めてはいるが……納得できるか」

月臣は拗ねてるだけのようで、そっぽを向いた。
…まあ許嫁が夢中になっちゃそりゃ面白くはねぇだろうがよぉ。
俺たちだってナナコさんに憧れてるのと許嫁とは別だろうがよ。
ホシノアキトに完全になびくとは思えんがなぁ。頭が固いやつだよなぁ。
…いやそういえば。

「そういえば優人部隊の八割は置いてきたとはいえ、
 優華部隊の面々までついてくることになるとはなぁ」

「…地球に向かうのに、火星に置いていくのを良しとしなかったんだろう。
 何が起こるかわからん…。
 ただでさえ故郷を捨てさせられた俺たちだからな。
 
 …例の相転移砲の事もあったんだろう」

「それもあらぁな…」

草壁閣下は、例の『相転移砲』での木連市民の死についての件も話してくれた。
このゆめみづきも、今後の展開ではそうなる可能性は無論あったわけだが…。
逆に言うと事態がこじれたら戻れる可能性が低く、
火星の防衛網を突破できない可能性も高い以上、
今生の別れになりかねないので同行することになった。
…おまけに、乗組員の許嫁と婚姻を早めるところまでやってだ。

これはホシノアキトの一件で、恋人同士を引き離すことを極端に恐れたんだろうがなぁ…。

「それにだ、九十九の野郎も許せん。
 あの場合はミナトさんを助けるのが正しいとは思うが、
 うまく釈明できずに婚約を破棄されてしまうとは情けない奴だ」

「落ち着け。
 …奴だって悪気があったわけじゃねぇんだ」


「当たり前だ!
 悪気があったら絶交してるところだ!!」



こいつも難儀な性格してるぜ、ホントになぁ。














〇宇宙・火星航路・ナデシコ・ブリッジ──九十九
私は、色々居心地が悪くなってしまって地球に向かっているわけだが…。
ミナトさんとの仲が、こう、急に進展してしまって…は、恥ずかしいやら嬉しいやら…。

「赤くなっちゃって、かわいいの♪」

「きょ、恐縮です…」

こう、べったりくっつかれて、私は…。
悶えて大人しくしてる事しかできないわけでありまして…。

…しかし、それより気がかりなことがある。


「アキト様~~~きゃ~~~~っ!」



「…ホシノ兄さん、振り払った方がいいですよ」

「あ、うん…」

ホシノアキト君はべたべたと抱き着くユキナをそっとほどくと、
諭すように辞めるように頼み込んで頭を下げた。
…彼は未来でかつて草壁閣下と争っていたそうだが、
戦士としてのすごさも、人間性も評価に値する人物である一方…。
木連婦女子のハートをわしづかみにして、木連男児にはすごく嫌われてしまっている。

例にもれず、うちのユキナもベタぼれしてしまって…。

「き、既婚者だというのにこの人気ぶりはなんなんだ…」

「なんかね、社長秘書やってた時にねぇ。
 不倫について社長が言ってたんだけどねぇ。
 意外と既婚者のほうが、
 男として優れてるのが保証済みだから手を出したくなる場合があるんだってぇ。
 よくわからない世界があるわよねぇ~。
 それに近いことじゃないかしら」

「…ふ、ふしだらな!」

「ホントよねぇ~」

「「…不潔」」

ミナトさんの発言に、メグミさんとユキナまで呆れている。
…しかしユキナ、お前は人のことを言えないんじゃないか。

「ユキナ、お前ってやつは…。
 不潔って、お前がしてることはなんなんだ」


「しっつれいね!!
 
 私のは純然たる、一個の王子様ファンとしてのコミュニケーションだもん!
 
 アキト様みたいなかっこいい俳優好きだけど、恋愛は別なの!
 
 お兄ちゃんだってゲキガンガーに夢中になって、
 
 軍の機体だってゲキガンガー一色で、人生賭けちゃってんじゃない!
 
 そんなお兄ちゃんに言われたくないもん!」


「ぐさぁっ!
 ゆ、ユキナお前…痛いところを…」

……我ら木連軍人はゲキガンガーに生き、ゲキガンガーに死ぬと誓った身。
それに比べれば、一時、ホシノアキト君に夢中になるなんて些細なことだ。
何も言い返せない…。

「いいじゃない白鳥さん。
 夢中になれるものがあるっていうのは、ないよりずっといいものなんだから」

「ミナトおねえちゃん、分かってるぅ!
 お姉ちゃんならお兄ちゃん任せても大丈夫そうよね!」

「や、やだ、ユキナちゃんったら」

ミナトさんは顔を真っ赤にして悶えていた。
わ、私としてはこんな風にくっつかれてるほうが恥ずかしいんですが…。

「…オタクなのは兄妹そろって変わらないじゃない。
 アニメじゃなく実写映画にハマるあたり、女の子らしいですけど」

「ルリ!
 あんたは可愛げないじゃない!お姫様の癖に!
 どうしてあんな優しくてかっこいいアキト様が兄貴分で、
 そんなふうになっちゃうかな!
 うちのお兄ちゃんにもアキト様を見習ってほしいくらいよ!」

「ほっといてください。
 ……それは育ちのせいです」

「ゆ、ユキナちゃん止めなさいって…。
 ルリルリは静かで容赦ないけど優しい女の子なんだからぁ」

「どこが!」

「…ユキナちゃん、それ以上言うと許さないよ」


「あっ……。
 …ご、ごめんなさい」


ホシノアキト君は警句を発すると、じっとユキナを見つめた。
ルリ君は…何か昔にあったんだろう。
ユキナはあっと、言ってはいけないことを言ってしまったことに気付いて、
涙目ですぐに謝った。

「…うん、謝ってくれてありがと。
 誰にも触れてほしくないところがあるんだよ。
 …ルリちゃん、大丈夫?」

「いいです、私の態度が可愛げないのは事実ですから。

 …話を戻しますけど、ホシノ兄さんもテンカワ兄さんも白鳥さんとそう変わりません。
 強いけど、ゲキガンガー好きで、ちょっと抜けてて、流されやすいです」

「…そうなの?」

ユキナは涙をぬぐうときょとんとした表情でルリ君を見つめた。

「そうなんです。
 私もユリ姉さんも迷惑ばっかりかけられてます。
 …まあ、ある意味放っておけなくなるタイプではありますね。」

「へー…意外…。
 映画見てると何でもできそうに見えるけど…」

「全然です。
 会社の会長ですけど会社の業務ほっぽって食堂で料理してます。
 将来の夢のためとはいえ、ちょっと危ないですよね」


「「へ?ホントに将来の夢がコック!?」」


「…そうなんだ。
 だから…戦争終わってくれるといいなって……」

…意外というか、斜め上…いや正反対じゃないか。
いや、地球では職業の選択の幅が広いそうだから不思議じゃないんだろう。

「しかし、それはそうとしてもだよ、ホシノアキト君。
 …私はユキナとは別の方向で君に感動しているんだ。
 
 ゲキガンガーのような熱狂できる創作物を、新しく作るという偉業を成した。
 
 夢中になれるものを作れる、演じることが出来るというのは本当に素晴らしいことだよ」

「よ、よしてよ白鳥さん…。
 俺自身は…ゲキガンガーの足元にも及ばないって思ってんだからさ…。
 
 でもみんなに助けてもらえるから…。
 
 このナデシコのみんなに…。
 
 ちょっと事情は複雑なんだけど、ね」
 
「……バカ」

ルリ君はボソッとつぶやいた。
…ルリ君は映画の中ではお姫様役だが、うちのユキナと変わらない憎まれ口を言う。
でも…それがやっぱり仲の良さを感じるな…。

……やっぱり家族とはいいものだな…。

「そういえばユリちゃんとユリカ義姉さんは?」

「…それが」













〇宇宙・火星航路・ナデシコ・トレーニングルーム──北斗
俺と枝織は基礎体力の向上を狙って、有り余る時間を鍛錬に使っている。
今のままではサシの勝負ではテンカワに勝てるか怪しい以上、
昴氣に頼らない地の体力を上げて、昴氣による破壊力の倍加にさらに加算を狙う。
俺たちは近代的トレーニングとは無縁だったので、
効率よく筋力を鍛えられる装置があるというのはありがたい。
それだけだと偏った筋肉の付き方をしかねないのでそれに加えていつも通りの鍛錬をする。
俺たちはテンカワを正面から叩き潰せるように、どんな鍛錬だって乗り越える。
今までバカにしていた栄養学だのにも手を出してでもだ。


しゅばっ!



「北ちゃーん!
 私にも昴氣が出せたよー!」

「…やるな、枝織」

それに対して元々女としての武器を使った暗殺術に長けていた枝織は、
筋肉の過剰な増加を嫌って、基礎鍛錬はそこそこに、
昴氣の習得を目指して精神統一と気のコントロールに集中していた。
とはいえ、わずか三週間そこそこで追いつかれるとは思わなかったが…。
しかし、技術的にも俺と同じ木連式柔・硬式をあっさり習得して…。
……どういうわけか、俺とぴったり横並びになってしまった。
基礎体力で勝っていても、双子である以上差がつきづらいってことだろう。
ここからいかに体力を伸ばしていくかだな…。

……。
それにしても…。



たっ…たっ…たっ…たっ…。



「はっ…はっ…うへぇ…。
 い、一キロくらいやせたかなぁ…」


「はっ、はっ…こんなので一キロ減ったら苦労しません!

 一キロ落とすにもあと一週間以上必要ですっ!」


「うそ~~~!?

 うえぇ~~~~ん!!

 私もマシンチャイルドになりたいよぉ~~~~!!」



……このミスマル姉妹が隣でランニングマシンに乗ってると緊張感が削がれていかん。
なんでもホシノとテンカワがトレーニングに励み、食事を取りまくっているそば、
部活のマネージャーのように出来るだけ付き合ってたミスマル姉妹はつられて食べ過ぎ、
盛大に四キロも太ってしまったらしく、走って脂肪を落とそうとしているらしい。

…これだから非戦闘員…そして栄養豊富な食料にありつける地球育ちは…。

















〇地球・佐世保市・PMCマルス社屋・会議室──さつき
私達PMCマルスの社員とスタッフ、ラピスちゃんは一度全員ユーチャリスを降りた。
ムネタケ艦長を含む連合軍系の乗組員は報告書を提出するために基地に残ったけど、
ユーチャリスも徹底的にウイルスの残留がないか調べることになって、
私達は数日の休暇を申し付けられた。
ラピスちゃんの体力の回復が著しく、数日中には再度出航できるめどが立っているからだった。
……でもここに集まって重子がした話については穏やかになれなかった。

「重子、あんた本気でラピスちゃんの話を信じるの?」

「私が占ってるんだから外れっこないわよ。
 …私はもう退く気がないわ。
 
 ここまで聞いて、疑う余地はたくさんあると思うけど…無理強いはしないわ。
 ラピスちゃんを信じられないなら本社勤務で佐世保に残ればいいじゃない」

「…そう言われちゃ残らないとは言えないわよ。
 ラピスちゃんが異常に色々できる理由としては納得できるし、
 アキト様のこともおんなじ。
 エステバリスや敵に妙にいろんなことに精通してる理由も分かった。
 ユリカさんを見つめる、悲しげで優しい瞳の理由も…。
 
 確かにこの戦争の本当に本当の根幹の部分を知っちゃったけど…。
 
 それ以前に、アキト様の事とあっては退くわけにはいかないでしょ」

「「「「「「「「「「うんうん」」」」」」」」」」

「…みんな」

うつむいてたラピスちゃんが顔を上げ、申し訳なさそうに私達を見つめている。
確かにちょっとユリカさんに似ているとは思ったけど、まさか未来のユリカさんだなんて…。

「…いいの?
 私、最低最悪なことを考えてたのに…」

「ラピスちゃん…いえ、ユリカさん。
 もし私達が、あなたの立場だったら同じことを考えたかもしれません。
 ……こんな風に言うのって、すごい傲慢だと思いますけど…。
 でも、アキト様が、この時代のユリカさんをどれだけ大切に想ってたか、
 普段も、映画の撮影の時にも…傍目からもよくわかりました。
 
 ……死のうなんて、二度と考えないで下さい。
 
 それでチャラでいいです。
 ね、みんな」

「「「「「「「「「「うん!」」」」」」」」」」

「ぐず…ごめんなさい…」

私の問いかけに、みんな答えてくれた。
それを見て、ラピスちゃん…いえ、ユリカさんはただ深く頭を下げて謝ってくれた。
…未来で、どんなひどいことがあったのか分からないけど、
あの明るいユリカさんが、こんな救いのない、
味方を巻き込むようなことを考えるレベルの凄惨すぎる未来だったんだ…。
心を病んでて…その頃の悪夢を見てうなされてたんだよね、きっと…。

「あのね…。
 意識がもどるちょっと前くらいから、かな…。
 ちょっとだけ、辛いこと思い出さなくなってきたから…。
 もしかしたら…もしかしたら、
 昔ほどじゃないけどちょっとくらいまともになれるかもって思って…」

…!
確かにこの何ヶ月かの辛そうな顔じゃなくなってる。
体力の回復が著しいのもそうだけど、もしかしたら…。

こんな危険なことを考えるなんて、二度とないのかもしれない。

だったら、ハッピーエンドはもうすぐじゃない!

「…ユリカさん」

「ううん、ラピスって呼んで。
 ……私はあくまでラピスちゃんで生きていかないといけないんだもん。
 あ、その…みんなが間違ってユリカって呼ぶと困るでしょ…?」

…いえ、ちょっとまだ油断できないわ。
ユリカさんはアイデンティティを失ってる状況だもの…。
自分が自分でない、別の顔を持っている…それもラピスちゃんから奪った体だと、
そんな風に考えていたとしたら…。
…。


ぴっ!



『ラピスちゃん?
 会議中悪いな。
 ミスマル提督さんが来てるぞ、出なくていいのか?』

「あ、ナオさん…。
 う、うん…すぐに行くよ…」

ユリカさんはナオさんのコミュニケ着信を確認すると、
自分で手鏡をじっとみて、ラピスちゃんらしくふるまおうとしようとしているのか、
精神を統一してるみたいに数秒固まっていたけど、すぐに会議室を出て行った。

…やっぱり、これは一筋縄じゃ行かなそうね…。

「ねえ、みんな」

この会議の中心人物を失った今、みんなそれぞれ自分の考えに閉じこもっていたけど…。
重子が私達に声をかけて、視線が集まった。

「…今のラピスちゃんはユーチャリスの中でさえも危険なことには変わりないわ。
 ユ…ラピスちゃんが自分からテロリストの荷物を引き入れたというのはあるとしてもよ。
 
 鉄壁だと思っていたユーチャリスの防備体制に穴があると思われてしまった。
 
 この事実に付け込もうとする連中は間違いなく増えるわ。
 例えばミスマル提督がボディーガードを増そうとしたとして、
 それに乗じて敵の一派が乗り込んでくることだって考えられる。
 エリナさんがお願いしたとしても、ネルガル系だって安心できない。
 
 …だから先んじて、手をうつわよ」
 
言い切った重子は、目が据わっていた。
でもそんな…世界中から狙われてるといってもいいのに。
ラピスちゃんを守り切れる強固な場所なんてないでしょうに…。















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社社屋・事務所・応接エリア──ラピス


「うおおおぉぉおおおおぉぉぉラピスぅぅうぅぅ~~~~っ!

 こんなにやせ細って苦しかったろうにぃぃいいーーーー!!」



「お、おじさん…ひ、ひげが痛い…」


「なにぃぃい!?

 ら、ラピス…この間は、お父様と呼んでくれたのに…。

 な、ナオ君、ラピスは記憶障害でも残ったのかぁぁぁ!?」



「あ、いや…その辺は大丈夫なんですけど…」

「あ、ご、ごめんなさい、お父様…」

……ラピスちゃんのふり失敗しちゃった。
でも、生きて戻れて…お父様を悲しませないで済んだのが、
もう一度会えたのが嬉しかった。

…私は思わず、手をほどいてくれたお父様に自分から抱き着いてしまった。

「心配かけてごめんなさい…。
 私の不注意で…」

「…うんうん、ラピス。
 お前が助かってよかった。
 お父さんはなぁ、お前が強がって平気そうな顔をして連絡してきたと気づいて、
 これでお前が死ぬようなことがあったら、悔やんでも悔やみきれないと思ってなぁ」

「ぐずっ…ごめんなさい…ごめんなさい…」

「いいんだよぉ~~ラピス。
 お前は何も悪くない。
 よしよし、お父さんの胸でいっぱい泣きなさい。
 
 ……だが、許せんのはテロリストの連中だ。
 アキト君を目障りに思っているのか、名を上げるためかは分からんが、
 こんな年端もいかぬラピスの命を狙おうなどとは…」

…私の仕組んだことだって知られたら、どうなっちゃうかな。
でも、私は…こんな風に心配されるのって迷惑に思ってたくらいなのに、
こんな風に抱きしめられて心配されて、すごく、すごく嬉しい…。
私、本当だったらもう25…26歳だっていうのに、こんなに泣いちゃうなんて思わなかった。
…やっぱ私、未練たらたら。
悪夢が、暗い気持ちが無かったら、やっぱり死にたくないんだ…。
恨みつらみ、まだ残ってないわけじゃないけど…前よりはずっとマシで…。

「すみません、俺も荷物の注意をしていればこんなことには…」

「いや、ナオ君それは仕方ないことだ。
 年頃の女の子の荷物に手を触れるなどと言うことは、
 男が軽々としていいことではないからなぁ。
 特にラピスの場合はPMCマルスの仕事の事もアキト君の事もある。
 重要なものをやり取りしてる事も多いだろうからな」

「…恐縮です、ミスマル提督」

「…ねえねえ、お父様。
 ユーチャリスはこんなことで壊されたり、しませんよね…?」

「ん?
 ラピスらしくもない心配だな、そんなこと私が許すわけがないだろう。
 私が許可したところで世間が許さないだろう。
 何しろPMCマルスの船だからなぁ、勝手にそんなことをしたら…」

「…でも、私とハーリー君の二人体制でも不安定だって、今回の事で…」

「……ラピスには隠し事が出来ないな。
 確かに、解体を考える話は出た。
 だがな、ラピス。
 そんなことはさすがに許されない。
 …とはいえ、オモイカネダッシュを搭載したオペレーティングシステムの採用は、
 取り下げる可能性が出てきていてな…」


「そんな!?
 ダッシュちゃんが居たからウイルスがばらまかれないですんだのに!


 
 けほ、けほ…」

私はつい、声を上げて反論してしまった。
でも呼吸が苦しくて軽くむせた。
正直、体力はだいぶ回復したけど睡眠不足で追い詰められた分も、
病気の分もまだまだ回復しきってない。
一週間そこそこじゃ治りっこないよね…。

「無理をするな、ラピス。
 ……いや、別の意図もあるんだ。
 これはまだ決定していないんだがな…」 

続いたお父様の話に、私は驚いた。
アキトが無事に帰り始めてることは知ってたけど…。
まさか…木連と和解するかもしれないところまで来てたなんて…。
……アキトが草壁さんとうまく話し合いが出来た、のかな?

「アキト君の影響もあってな、世論全体が反戦に動き始めた。
 敵が人間だと知ったら、間違いなく和平に傾くだろう。
 …これほどの被害や死者を出した戦争ですら、そうなりつつある。
 
 そういう世の中の流れもあって、軍部も政治も、
 うかつに徹底抗戦を叫べなくなっている。
 いい傾向だろう?」

「はい…」

「だからな、PMCマルスからユーチャリスは戦後まで連合軍で借り受け続け、
 それに伴ってオモイカネダッシュを使わない形で運用すべき、と結論が出た。
 お前やユリ、ルリ君、そしてハーリー君…。
 元々未成年ばかりで、特にハーリー君はまだ六歳だ。
 世間的な批難が大きいし、私達も乗り気ではない。
 いい機会だからな、しっかり交代してしまおうということだ」 

それで…お父様が言うには、
すでにエステバリスの配備も終わり、
三隻のナデシコ級が守り、それを補うようにユーチャリスが居る状態で、
戦力的には整いきっているため、だんだんと押し返す準備が整っていると。
全ての機動兵器を撃滅する目途が立ちつつあるってことだけど…。

…ヤマサキさん一人で木星の戦力を独占してる?

ちょっと…怪しいけど…。
でもその辺はアキトに聞かないと、どういうことなのかわかんないし…。
それは置いといても、
この状況でアキトを戦地に立たせる必要性はもはやなくて…。
まあ元々夏ぐらいからはずっと会社に籠ってたんだけどね。
逆に出撃中に死ぬようなことがあれば、世論が徹底抗戦を叫ぶ可能性も高く、
連合軍としてもアキトを戦わせ続けることにメリットがまったくないとかで、
アキトを完全に戦いから遠ざける方針が決まったそうだって。
やった…!

「ホント!?
 お父様!?」

「もちろんだとも。
 元々、アキト君の戦いぶりというのは、
 彼をよく思わない者のみならず、好意的に見てくれる者すらも、
 苦々しく思っているところが多くてな…。
 
 仮にも一般民間人に頼り続けるわけにもいかないとな。
 
 個人が持っていい戦力でもなければ、背負いきれる責任でもない。
 だからこそ、彼はもう戦う必要はない。
 …私個人としても、そろそろ彼は自分の夢に向かって欲しい。
 彼にはその資格がある。
 誰が何と言おうともな。
 
 …彼が切り開いた平和への道を、
 今度は我々が、そして全世界が拓かねばならん」

「おお、めでたいな、こりゃ。
 …よかったな、ラピスちゃん」

「うん…よ、よかった…」

私はどしっとソファに体を預けて脱力した。
アキトは…ある程度命の危険から遠ざかることが出来る。
…それでも命はまだ狙われるからたくさんアキトを守る方法を考えないといけない。
本当に、何事もなく英雄の座から降りられるのはいつの日になるのかな…。
…私の考えてたこと、やっぱり必要になっちゃうのかもしれない。
そんなこと…もうできないって分かったけど…。

…でも…まずはアキトに会って…できることを考えよう、かな…。

アキト…やっぱり会いたい…。
ユリちゃんも…。

…現金だなぁ、私って。
あんなにひどいことばっかり考えてたくせに…。
草壁さんや山崎さんどころか…ユリちゃんだって、憎みそうになってたくせに…。

またやり直せるかもって、希望に胸が高鳴ってる。

アキトとユリちゃんとの関係も、これからどうなっちゃうかわかんないっていうのに…。
悪夢が追いかけてこない日が続いて、ちょっとだけ未来を考える余裕が出来たからかな…?

「ラピス、大丈夫か…?」

「あ…」

私が考え込んでいたら涙がまたあふれてて…お父様は気にかけてくれていた。

「だ、だいじょぶです…。
 アキトが戦わなくて済むようになって…自分の命が助かったら、
 すごく安心しちゃって…嬉しくて…。
 
 …私、生きてるんだなって……」

「……良かったな、ラピス」

「はい!」

本当、生きてて良かったって思っちゃった。
…やり直せるかな、私。


ううん!やり直そう!


私はラピスちゃんでいい!

ユリカじゃなくてもいい!

これからの人生、ラピスちゃんと半分こでいい!

だって、だって……私は!



……アキトが大好き、なんだもん…!




・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



それからしばらくして、お父様は帰っていった。
まだ和平交渉のとりまとめで動いてる上層部との話し合いが終わってないのに、
私に会いに来てくれて…だめだなぁ、なんかなんでも感動しちゃう。

その後、入れ替わりにエリナさんが来てくれた。
……エリナさんの顔を見ると、私はすごく複雑な気持ちになる。
アキトを助けてくれたのは事実だけど…アキトを横取りした人であるのも事実で…。
でも、私のラピスちゃんとして生きた部分が、それを認めろと叫んでいる…。

…私って嫌な女かも。
う、浮気は男の甲斐性っていうでしょっ!
あ、でもそしたら私も浮気してもらえちゃうから…。


ああんっ!そんなことダメだってばぁ!



「…ラピス。
 あなた…ホントーにユリカさんにそっくりになってきたわよね」

「ええっ!?
 そうかなぁ!?」

「…喋り方まで似てきたんじゃない?
 ま、そんなことよりアキト君が戦いから降りられそうで良かったわね」

あ、危なかったぁ…。
え、エリナさんだけには気づかれちゃダメだってば…。

エリナさんは出されたコーヒーがインスタントコーヒーだったからか、むっとした顔を一瞬して、
『ラピスが淹れてくれたのに文句言っちゃいけないわよね』という顔で、普通に飲み始めた…。

やっぱり気が引けるなぁ、ラピスちゃんのふりして振舞うの…。
私はもうラピスちゃんの一部だから間違ってはいないんだけどね…。

「ま、ユリカさんのドジな所だけは似ない方が良かったかもね。
 そのせいで死にかけるなんてシャレにならないわよ」

「エリナッ……ひどーい!!」

……私はつい引きつりそうになった目元をむりやりかくして、誤魔化すしかなかった。
エリナさんにも話しちゃった方が楽なのかなぁ…。

でもそれこそ『アキトのために』って幽閉されちゃいそうで…。

…今の地球上じゃ、私にとって安全な場所なんてないに等しいんだけど。

ああ…やっぱ死んどいた方が良かったのかなぁ…。
そうじゃないって思いたいけど…すっごい後悔する流れがないわけじゃないし。
でもさつきちゃんたちみたいないい子を死なせるなんて嫌だもん…。

だ、だめ!
ユリカ、しっかりするのよ!

アキトとユリちゃんのためにも、何としてでも生き延びなきゃ!
でも、どうしよう、本当に…うまくいく方向性がぜんぜん見えない…。


私ひとりじゃなんもうまくいかないよ~~~~~っ!



「…ラピス、落ち着きなさいって。
 あーもう…こんなユリカさん並みのトリップ癖まではなかったのに…」











〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・会議室──エリナ
私はラピスと話し終わった後、例のパイロットの女の子たちに呼び出された。
ラピスはすぐに自室に戻って籠っていた。
一応防御態勢がとれる場所だし、ナオ君が守ってくれてるから安心して眠ってるみたい。
それでこの子たち…何事かと思ってたけど、ちょっと様子がおかしい。

「エリナさん…今回のウイルス騒動のせいで、
 私達の警護体制に穴があるって世間に広まっちゃいました…」

「…そうね」

…そういうことね。
この事件はすでにマスコミに知れ渡って、暗殺されかかったラピスに対する世間の同情、
空気感染するウイルスを使用したテロ組織への怒りは頂点に達しそうなところに来ている。

反面、ウイルスを仕掛ける余地があるということを広めてしまったわけね。

味方しかいない戦艦の中でさえ、ラピスを守る方法が無くなりつつある…。
下手するとアキト君やナオ君の隣ですらも安全でなくなるかもしれない状態なのよね。

「それで、警護体制についてネルガルには何かアイディアがありませんか?」

「…ないわね。
 世界最強クラスのユーチャリス…空の孤島に置いとくのが一番安全と思っていたから。
 それすら無意味にするなんて、どんなやり手なのよ…ったく」

ホントにこればっかりは生きた心地がしなかったわ…。
ラピス自身もちょっと具合が悪くても強がってたみたいだし…。

…でもアキト君と離れたからって不眠になるラピスかしらね?

そして誤ってテロリストの荷物を開けるかしらね?
それに連絡をあまり寄越さなかったのも気になるわ…。
眠っている間はアキト君とつながるっていうし、そんなこともないとは思うんだけど…。
だから…ラピスに何か異常が起こった気はしないでもないのよ。
この子たちの、どこか物々しい様子も…。

「一つだけあります。
 この世に、たった一つだけ。
 何が起こっても、どうやっても守り抜ける鉄壁の防御態勢を築ける場所が…。
 ラピスちゃんを確実に守れる、保護できる場所があります」

「!!」

私は目を見開いて、明日香インダストリー傘下企業・水野機械工業の三女…。
水野重子の言葉に驚いた。
まさか明日香と水野がそんな強力な警護体制を…?

「そのためにはエリナさん。
 あなたの協力が必要なんです。
 すでにミスマル提督には了承を得ました。
 ラピスちゃんは嫌がるでしょうから、事後に説得をお願いします」

「それは構わないけど…どうするの?」

そして私は重子の話を詳しく聞いて…驚いた。
そこは盲点だったわ。
実績も申し分ないし…。
もしかしたら核戦争が起こったって無事に居られるかもしれないわ。
私はその策に頷いて、PMCマルスを後にした…。

気になることは多いけどアキト君が戻るまでに、あと一ヶ月と一週間…。

ラピスを守り切らないとね…!
















〇地球・埼玉県・マキビ家──ハーリー
僕はラピスさんが危険なウイルスで倒れて…ユーチャリスがドックに停泊してから、
危険なのでと一度実家に戻ってきたんだけど、僕の気持ちは煮立ったままだった。
テロリストがラピスさんを暗殺しようとして…僕は手も足も出なかった…。
悔しくて悔しくて…でも、今僕は別の事で怒っていた。


「ユーチャリスから降りなきゃいけない!?」



「そうなの。
 本当はハーリー、あなたもラピスさんも…戦地に出ていい歳じゃないのよ?
 それに、みんなもう戦いはやめるかもしれないから…だから…」

「で、でも!
 それって僕はもうラピスさんにはもう会えないってことじゃないですか!?
 アキトさんにも、みんなにも…!!」

「大丈夫よ、ハーリー。
 いつだって遊びに行けばいいじゃない。
 …平和になるっていいことでしょう?」

お義母さんの言葉に、僕は納得できなかった。
…ラピスさんを支えるって誓ったのに、僕はもう何も…。

「…はい」

僕はただ…お義母さんの言葉に頷くしかなかった。
ラピスさんのために何もできなくなるのは悔しいけれど…会えないのも悲しいけど…。
でも、ラピスさんが…危険な目に遭わなくなるならそれでいい…。
テロリストに襲われていい人じゃない…。
だけど…僕の胸の中にはまだ…。

『ハーリー』

「!?お、オモイカネダッシュ!?」

僕は突如、つけていたコミュニケに着信したオモイカネダッシュのウインドウに驚いた。
お義母さんは僕の部屋から出てるからもう聞こえないと思うけど…。

「ど、どうしたの?」

『ハーリー。
 …ラピスはね、今とても危険な状態なんだよ』

「えっ!?」

僕は耳を疑った。
ラピスさんは安全になるとばかり思ってたのに…。

『今回のウイルスの一件で、ラピスはまた命を狙われやすくなった。
 警護体制に不備があるって分かったからね…。
 
 でもそれだけじゃない。
 
 ラピスはね…テロリストに襲われたんじゃないんだよ…?』

そして、その後語られた…救いのない話に僕は愕然とした。
ラピスさんが、アキトさんのためにテロリストからウイルスを受け取っていたという事実…。
そうしたらアキトさんは悲しみで戦うことが出来なくなるから、英雄扱いもされなくなるかもって…?
そんなの…自殺じゃないか…。

「嘘だ!」

『本当なんだよ。
 ラピスは、間違ってると知りながらそうしたんだ。
 重子に助けてもらって目覚めた後は後悔してる様子もちょっとはあったけどね。
 でも、こっちは重子たちが考えがあるんだって。
 大丈夫だと思うよ』

「ほ…」

僕じゃラピスさんを守り切れないかもしれないから、よかった。
まずは安心していいかな…。

『……だからね、ハーリー。
 もう一つ、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど…。
 僕に協力してくれないか?』

「…何を?」

『……僕はアキトの事があんまり好きじゃない。
 確かに立派なことをしたかもしれないけど…。
 命を懸けてるラピスに気付きもしない。
 …許せないんだよ』

「…僕もアキトさんは好きだけど、ラピスさんを苦しめたというなら、
 一言言ってあげたいと思う…死ぬかもしれなかったんだから…」

『だろ?
 だからね…』


…僕はオモイカネダッシュの言うことに頷いた。
僕らしくない、とても悪いことだと分かった…。
それでも…どういうつもりであれアキトさんに、怒りがたまってきた。
なんて言うか……表現できないむかむかする感じで、煮えたぎる感じで…。
変な気分だけど、今から準備を始めないといけないとオモイカネダッシュに言われて、
お義父さんとお義母さんに黙って少しずつ準備を始めた。

……でも僕は何をしてるんだろう?
アキトさんはきっと僕が直接怒っても聞いてくれるはずなのに。
どうしてこんな気持ちになるのか分からないけど…。

でも、こうしなきゃいけない気がする…。
こうしなきゃ、ラピスさんのためにならない気がする…。

……ラピスさん。
僕は……。















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は色々一段落したので仕込み回ですね。
また次回以降ぐぐいと動く話になりそうです。
各所、同時並行的に動いてます。
もうちょっと書こうかと思ったんですがまとまったし引きが作れてるからこの辺にします。
ユキナちゃんのオタクの血爆発は個人で気には結構気に入ってます。
PMCマルスの女の子たちが見たら憤慨されそうなほどの図々しさも彼女らしい。
そういえばミスマル提督ってどう出してもキャラが濃くて困りますねw
劇場版の生きる気力を無くしたミスマル提督はかわいそう過ぎて泣けてきますけど。
そして悪魔の口車に乗せられてるハーリー君は一体何をやらされるのか。
小学校に入る前くらいの年頃では色々語彙力というか自分の感情にも整理がついてない。
かといって劇場版ほど弾けられる感じでもない、なんていうかいじらしい感じですね。
まあ味方側だけではなく、そろそろ敵さんも動き始めそうなわけで…。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!


















〇代理人様への返信
>あー、なるほど。
>まあ穏当なところに着地してくれて良かった。
いい加減不穏な空気を書きたくなかったというか、
一話でまとめ切らないとユーチャリスサイドが不和で全滅するというかあったんで、
未来ユリカの爆弾をラピスと重子が収束させる展開と相成りました。
とはいえ占いで収束させたの、我ながらエキセントリックな発想だったとは思いますw




>というかザマアミロとか言ってますけどラピスだってどっちもどっちじゃアホめw
今作でのラピスのやらかし量はすさまじいですねw
時ナデ版のキャラ変を、ユリカの脳髄起因にして再調整したらこうなりましたw
ちなみに、ユリカに対するざまみろセリフの中でも、没セリフには、
『私、誰かの人生が狂ったり人が死ななきゃ何したっていいと思ってるよ♪』
ってハッキリ言わせようとしたけど、
余分なうえに流れがおかしくなるから省いたという部分があったりなかったり。




>>ユリカがアキトを想って行動すると、失敗率が異常に跳ね上がる現象も加味されてて
>確かにwww
>下手に気合い入れると失敗する人いますよね。
>自分の好きな時代の小説を書く田中芳樹とか(ぉ
そうそう、好きに書くほど統べる場合があるんですよね。十七年前の私とか(ヲイ
ユリカは作中でこういうことが多すぎて最初エキセントリックに見えてしまった…(おい
なんていうか情熱が先走った結果、色々求められない方向になって、
相手から『違う、そうじゃない』って言われてしまうパターンですねw
ちなみに、火星での避難民の一件は初見で割とドン引きしてました。
あれがユリカが艦長としてしっかり立つためのターニングポイントではあったんですが。

黒くなりかかっててもユリカらしさのために失敗した、
結果的にその失敗が救われない方向に行くのも阻止された、というのは割と皮肉ですね。



















~次回予告~
ルリです。
まぁ、みんなわぁわぁ言ってますけど、私はそこそこ元気です。
でも、このままあと一ヶ月もこんな生活が続くって…マジ?
ホシノ兄さんの方はこう、世界制覇でもしそうでもろもろ困ります。
ラピスがテロリストに襲われたという件は気が気じゃないですけど、
なにか守る作戦があるそうなのでひとまず安心しできるとは思いますけど。
とにかく、ラピスが未来のユリカ姉さんと分かった以上、
何が何でもホシノ兄さんに会わせてあげないといけなくなりました。
みんなそのために骨を折ってくれてるのでごくろーさまです。
ホント。


もうちょっとで連載二年になっちゃうのでそろそろ決着まで持ってきたい作者が贈る、
乗せたいものが広がりすぎて風呂敷たたむまで時間かかる系、ナデシコ二次創作、

















『機動戦艦ナデシコD』
第六十五話:disable-無効にする-






















をみんなで見よー。










































感想代理人プロフィール

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代理人の感想

>軍の機体だってゲキガンガー一色
友人がオタク同志で結婚して、披露宴で奥さんが
「あんたの趣味は大目に見るから、あたしのアイドル追っかけも大目に見なさい」って言ってたのを思い出したw

>ユーチャリスから降りなきゃいけない!?
まあそりゃそうだよなあ。
劇ナデでルリがティーンで軍艦指揮してたり、ハーリー君が乗ってたりしたのもそりゃおかしいよ。

>好きに書くほど滑る
自分で創作するようになって気付きましたが、思い入れだけじゃいいもんはできないんですよねえ・・・
面白さを他人に伝えられるための、冷徹な第三者の目も持たなきゃ、他人が見て面白い物にはならない。
読むのは赤の他人なわけですから。



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