〇宇宙・地球大気圏周辺・ナデシコ・ブリッジ──ルリ
私達はようやく地球に帰って来れました…。
はぁ、にぎやかすぎる長旅もついに終わりです。
結局ミスマル義父さんを狙った連中の件はまだ解決してませんが…ひとまず保留の状態です。
犯人の裏はとれてないまま死なれちゃったそうですし、
何とかなるでしょう、たぶん。
地球に戻ってからの対策の方が重要だとは思います。
ラピスを交えて警備計画を立てないと…。

そして懐かしい顔が、通信のウインドウの先に見えました。
ユーチャリスからの通信、ムネタケ提督ですね。
…あれ?ハーリー君がいませんね…。

『ひさしぶりね、ナデシコ。
 戦果は聞いてるわよ。さすがね。
 アンタたちじゃなきゃ帰ってこれなかったわよね』

「提督もおひさしぶりです!
 世界最強のナデシコとエステバリス隊、
 アキトとアキト君が頑張ってくれたからです!

 えっへん!」

ユリカ姉さんはでっかいお胸を張って、えばってます。
えばってるくせに何一つ自分の事は誇ってないあたり、ある意味謙虚ですね。

『さすが英雄よね、ホシノアキト』

「よ、よしてくださいよ…。
 もうすぐ引退できそうなんすから…」

…ユーチャリスのブリッジのスタッフ、みんな目がキラキラうるうるしてますね。
連合軍系のスタッフも結構いるって話でしたけど…連合軍関係者でさえも。
例外はムネタケ提督とサンシキ副長くらいですね。おっさんだけ。

「…あの、ハーリー君はどこに?」

『あの子ったら、お手洗い行ってて帰ってこないのよ』

…それは珍しいですね。
ハーリー君はそういうところは結構しっかりしてる子なんですけど。


びーっ!びーっ!



『な、何事!?』

突如、ユーチャリス側のウインドウが真っ赤になって、モニターが消えていきました。
音声もだんだんと小さくなって…彼らの安否が分からなくなってしました。

「提督!?どうしたんですか!?」

「オモイカネ?!ユーチャリスは!?」

『ユーチャリス、沈黙…。
 …変だよ!
 外から攻撃されたわけじゃないみたいだけど、
 通信は断絶してるし艦内の様子も分からないし…!』

「そんな!?」

オモイカネと全く同等の性能を持つ、経験もあるオモイカネダッシュにトラブルが!?
そういえばさっき、ハーリー君がブリッジに居なかったけど…こんなタイミングで…。

「ミナトさん、ナデシコをユーチャリスに接舷して!
 直接救護しないといけないかも…」


ぴっ!



『こちらゆめみづき!
 と、突如外部からのハッキング攻撃を受けた!
 全艦の制御が効かん!
 ナデシコ、救援願う!』

「木連の船もですか!?」

ユリカ姉さんの問いを聞く間もなく、ゆめみづきからの通信も断絶しました。
…!
これはおかしいです、オモイカネが言った通りユーチャリスが外部からの攻撃を受けてなかったとしたら…。
ゆめみづきだけが通常通りにハッキングを受けてるとすれば…。
この状況は…。

「…オモイカネ」

『…たぶん想像しているとおりだよ、ルリ。
 ユーチャリスからのハッキングだ。
 それにユーチャリスは妨害電波まで出し始めてる。
 特定の周波数じゃないと通信できないような状況に無理矢理持ち込んでる』

オモイカネは私だけに見えるように小さなウインドウを寄越しました。
…やっぱり。
でも原因が分からないですね。
ハーリー君が離席している状態で、しかもオモイカネダッシュがハッキングするなんて。

「…ユリカ義姉さん、エステバリス隊も発進準備します。
 敵が分からないし…」


ぴっ!



『待って下さい、ナデシコの皆さん』


「「「「は、ハーリー君!?」」」」



突然顔を出したハーリー君に、私達は唖然としました。
今、ブリッジには夜勤明けで眠っているアオイさん以外のブリッジクルー全員が居ます。
白鳥さん達も同じく眠ってます。
味方の、しかも護衛担当のユーチャリスとの合流ということで、
ナデシコのクルーはほとんどが休んでいる時間です。
月の出来事で柄にもなく緊張感が高まってましたし、
今日は平常通りの勤務で夜勤がある日じゃないです。
当然、合流のタイミングで襲ってくる可能性はなくもないので、
最低限の人員は待機状態しつつ休んでいます。
でもタイミング的にブリッジクルーがたまたまほとんど集まっている状態でした。
ユリカ姉さんにユリ姉さん、ホシノ兄さん、ミナトさん、メグミさん。と、私。

そんな中、ラピスが休んでいる間頑張ってくれたハーリー君の、突然の登場に驚いています。
それもそのはずで、ブリッジに居なかったのにこの登場の仕方…。
さらにいる場所はサブブリッジです。

これで確定しました。

ユーチャリスをジャックし、ゆめみづきまで行動不能にした犯人はハーリー君です。
でもこんな大それたことをする子じゃありません。というか動機がありませんし…。
親も分別のある人ですし、年齢的に外部と接触することもないです。
敵に協力しているというのも考えづらいです。
なぜ…。

「…ハーリー君?
 どういう、ことだい?」

『言葉の通りです。
 無理に全員に出撃をしてもらう必要はありません。
 
 ……僕が、どうしてもアキトさんに言わなきゃいけないことがあるから、
 こうして無理に呼び止めたんです』

……!?
ハーリー君が、なぜホシノ兄さんに!?

「……言ってごらん」

『…ラピスさんの事です。
 ラピスさんは、アキトさんのためにボロボロになって戦ってきました。
 ……本当に死ぬかもしれない状況に置かれたのは…知ってますよね…?』

「…ああ」

「待って、ハーリー君」

ユリ姉さんがハーリー君を呼び止めました。
そういえば、ユリ姉さんは未来でハーリー君と組んでたそうですけど…。

「こんなことしないでもお話はできますよ。
 …アキトさんに、怒ってるんでしょう?
 ラピスがぼろぼろになるまで放っておいたから…」

『は、はい…』

……さすがにこういうの得意なんですね、ユリ姉さん。
ホシノユリとしての人生でハーリー君くらいの実年齢のホシノ兄さんの面倒を見てたのもあって…。
気勢が削がれたのか、ハーリー君の態度が急にしおらしくなりました。

「うちのバカな旦那はいくらでも叱っていいです。
 でもこのままだとハーリー君は叱られるだけじゃすみません。
 良くてもユーチャリスを降ろされちゃいますし、下手すれば未来が無くなります。
 ご両親とも離れないといけなくなるかも…。
 
 早くやめるんです。
 
 今ならだれにも怒られませんよ」

『う、う…』

「ふふっ、ユリユリって本当にお母さんみたいよねぇ」

「…色々あったんです」

勝負あり、ですね。
ハーリー君はこれ以上強く出れないでしょう。
アイがユリ姉さんを精神年齢35歳と冗談めかして言われてましたが、
そう言われても納得しちゃうくらいには大人です。
っていうか、ご両親亡くしてから苦労しすぎたせいなんでしょうけど…。


『──ごめんね、みんな』



しかしその直後──聞こえてきたラピスの声に…。
私達は凍り付いてしまいました。
どこかユリカさんによく似た、でも年相応のかわいい声で。
だけど切なそうで、悲しそうな声が聞こえてきたんです。
残酷すぎる未来と真実を語る、
メッセージビデオが流れ始めてしまったんですから…。






















『機動戦艦ナデシコD』
第六十八話:damage-ダメージ-























〇宇宙・地球大気圏周辺・ナデシコ・ブリッジ──ホシノアキト

『……さつきちゃん、青葉ちゃん、レオナちゃん、重子ちゃん
 クリスちゃん、エイプリルちゃん、節子ちゃん、カンナちゃん、
 むつみちゃん、やよいちゃん、ジュンコちゃん、弓子ちゃん…。
 
 ユーチャリス臨時スタッフのみんなも…。
 
 …こんな形で巻き込んでごめんね…。
 でも死ぬ時に真実を知らないまま死なせるのも、申し訳ないから…。
 
 全部、みんなには話さないといけないよね。
 
 そしてどうして私があんな形で死なないといけなかったのか…。
 アキトがどうしてコックになりたいって思ってたのに、戦い続けたのか。
 
 …知りたい、よね?
 
 だからダッシュちゃんにお願いして、
 
 最後の、遺言を残そうと思ったの…』


「こ、これって!?」

「ラピス、ちゃん…の、遺言?
 でも、命は取り留めたって…」

「「「……!」」」

……俺はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
ラピスが…いや、俺の知る、あのユリカが…。
ビデオメッセージで語り掛けてきた、言葉の一つ一つが胸に突き刺さっていた…。

ユリカが単なる自殺をしようとしただけではなく。
…恐らく、仲間を巻き込んで死なせるつもりでいた。

あの『黒い皇子』と同じ、ロクでもないことを考えていたという事実を突き付けられた…。
俺の、因子を持たされてしまったからそんなことを…。

『あのね…私がテロリストのウイルスで殺されたって思ったかもしれないけど…。
 分かっててあのアンプルをつかったの…。
 
 …こんなの、自殺だよね。
 
 確かにテロリストが私に送ったものだけど…。
 私自信がテロリストの協力者のフリをして手に入れたの…。
 どうして、って思うだろうけど…。
 
 …私の敵討ちだったら、
 みんなはどんな相手とでも、脱走同然でも戦ってくれるでしょ?
 
 それで、みんなはテロリストに戦いを挑んで…たぶん、良くても相討ちだと思う。
 
 帰ってきたアキトは世間からすごい批難されると思う…。
 
 でも、そうしなきゃいけないの。
 
 このままじゃアキトは本当に歴史上、誰も敵わないくらいの英雄になっちゃう。
 そうしたらきっとアキトの夢は叶わなくなるし…ずっと戦う人生しか残らなくなっちゃうかも…。
 
 ううん、きっと早死にしちゃう。
 
 …だからね、「英雄としてのアキト」はここで死んでおかないといけないの。
 私と、みんながあの世に連れて行って…。
 心に傷を負っても、いつかは癒えてくれるから。

 私はこの目で、大事な人を失ってもなお立ち直ったアキトを見た。
 だから大丈夫。ユリちゃんがしっかり支えてくれるから…。

 …ごめんね、巻き込んで。
 
 死ぬのが怖くなったら、今からでも引き返せば…いくらでも言い訳はできるから…。
 もし、身勝手な私に付き合うのが嫌だったら、引き返して。
 やめるんだったらここから先は聞かないで…』

「…ラピス、あなたは」

ルリちゃんがつぶやく横で、ユリちゃんの頬から涙がこぼれたのが見えた。
俺も目の前のウインドウがぼやけて見え始めていた。
力なく、膝をついて見上げ続けることしかできなかった…。

『聞き続けてくれてるなら、
 私とアキト、ユリちゃんの正体を…話すよ。
 止めないと本当に取り返しがつかないよ?
 
 ……………いいの?
 
 ありがと。
 
 ……ワープとかタイムスリップって、信じる?
 
 そして、それがこのトカゲ戦争のきっかけだって言ったら、信じる?』

「ボソン、ジャンプ…」

「草壁さんが言ってた…。
 この戦争のきっかけのことよね?
 でもワープはともかく…タイムスリップって…」

「…ッ!
 ハーリー君!止めなさい!」

ルリちゃんが叫んでいるけど、
ハーリー君も呆然とこのメッセージビデオを見ているみたいだ。
動く様子は、ない…。

『ボソンジャンプっていうワープ方法を木星トカゲの人たちは手に入れたの。
 火星と木星にある遺跡から、
 機動兵器生産や食料生産に使えるプラントと…ボソンジャンプの技術を手に入れたんだ。
 これを使ってチューリップで圧倒的な兵力を送り込んで、制圧をかけてきた。
 
 それくらいすごいものなんだ、ボソンジャンプって…。
 
 でも欠点があって…普通の人間が巻き込まれると消滅しちゃうの。
 遺伝子改造したらクリアできるけど…。
 
 ……ここからが大事なところ。
 
 私と、アキト、ユリちゃんはこのボソンジャンプのせいで、未来からこの世界にやってきたの』


「「『!?』」」

『だからエステバリスが強いって知ってたし、エステバリスのパイロットの経験もあった。
 それだけじゃなくて、同じく未来から来たアカツキさんとエリナさんとも関係があった。
 木星トカゲの機動兵器達の特性だって知り尽くしてた。
 
 それでね…。
 未来での、木星トカゲとの戦争は…。
 
 ナデシコがボソンジャンプの演算ユニットを宇宙遠くに捨て去って…。
 ひとまず終結したんだけど…木星トカゲの過激な人たちは演算ユニットを見つけて、
 
 火星生まれの…ボソンジャンプを先天的にできる人たちを誘拐、人体実験をして、
 ボソンジャンプの解析をすることでボソンジャンプを操って、
 地球圏を制圧しようともくろんだ。
 
 その過程でアキトは…。
 結婚したばかりのミスマル…テンカワユリカ…を奪われ、
 五感を失って…本当に強くなって、復讐を始めたの』


「えっ……」

「艦長を…?
 この間のブラックサレナの時も…そんなこと言ってたけど…。  顔の似た別人ってわけじゃなくて…未来から来た、同一人物…!?  え、映画じゃないんですよ?!」

『アキトが強い理由…。
 木星トカゲに復讐するのが目的で強くなったって言ってたでしょ?
 
 …あれは未遂じゃないの。
 
 アカツキさんのバックアップを受けて、
 テロリストとしてコロニーを五つ崩壊させるほどの事件を起こし…。
 そして敵の組織の構成員と研究員を数百人皆殺しにするような、危険な人になった。
 ユリカは助け出すことが出来たけど…。
 アキトは五感を失って、人殺しになって、
 もう取り返しがつかないと出ていくことにしたの…。
 
 私が五感のサポートをしてたんだけど、それでも味覚は完治しなかったし…。
 最後の最後で、助けたはずのミスマルユリカは実はクローンで、
 本物は記憶部分の脳髄だけが…ちょっとしか入ってなかった。

 …アキトのしたことは…何一つ報われなかったの」


……ミナトさんとメグミちゃんまで、言葉を失い、涙をこぼし始めた。
あまりにも救われない、ユリカと、俺の末路に…。

『…あ、ちょっと混乱する言い方しちゃったね。
 
 私達はこの時代に来る時…行き先の分からないランダムジャンプに巻き込まれたの。
 ちょっと複雑なんだけど単純なボソンジャンプじゃなくて、
 別の体にジャンプするなんて現象が起きた。
 
 アキト…ホシノアキトは未来のテンカワアキト。
 でもこの世界じゃテンカワアキトの…存在しなかったはずのクローンなの。 
 
 ユリちゃんは、未来ではルリちゃん。
 この世界では存在しないはずのユリカの妹。
 
 ジャンプがどこかで狂ってこんなことになったんだけど…。
 
 ……そして私は、未来の世界でラピスちゃんの身体に脳のほとんどを移植されて…。
 そして記憶の部分だけ脳髄がラピスちゃんの状態で組み合わされた、
 フランケンシュタインの怪物みたいな『誰でもない存在』に成り果てたユリカなの…』


「「『!!』」」

『ボソンジャンプの制御に私の記憶部分だけが必要だったから、残りの脳を…。
 脳死寸前だったラピスちゃんの体と組み合わせて…何も知らないアキトに返したの…。
 記憶部分の脳はラピスちゃんだったし、気づけなかったの…。
 ……意地悪なことするよね、ホント……』


「うそ、でしょ…」


「ひどいっ!

 人間のすることじゃない!」



『…でも、それは私のせいだっていうのも分かってるの。
 戦争中に…私はナデシコの相転移砲で宙域にいた木連の民間人を一万人も死なせて……。

 

 ……今も毎晩夢に見るの。
 
 戦後、木星トカゲの過激派に捕まった私は、アキトと引き離されてひどいことをされるの…。
 
 実験されない代わりに、家族を失った男の人たちに毎日乱暴されて…。
 
 
 ……最後は五感を失ってもがくことしかできないアキトの手を握って…。
 脳をはぎ取られるために電気ショックを受けて、最期を迎えるの…』

 

その場に居た全員が涙をこぼし、この世の終わりを見たような表情を浮かべた。
ユリカ……そんなになってまで、どうして地球に残ると強がったんだよ…。
俺のために…馬鹿げたことを初めて…。
分かってる……俺にはそんな風に言う資格がない。
痛いほどわかる…『黒い皇子』の俺と全く同じなんだ…。

そしてユリカは、ラピスらしくない弱々しい笑顔で強がるように、寂しそうに微笑んだ。

「…私、ひどい顔してるでしょ?
 
 急にユリカの記憶が目覚めちゃったの…なんで思い出しちゃったのって、辛かった。
 こんな悪夢にうなされて生きるなんて、耐えられないよ…。
 
 神様ってひどいよね…。
 どうして私ばっかりこんな目に遭わせるのかな…。
 
 確かに、アキトは全部話したら絶対振り向いてくれると思う。
 
 でも……あんなに幸せいっぱいになったアキトとユリちゃんを引き離すことになるもん。
 
 いつも控え目で、わがまま言うことなんてめったにないルリちゃんが、
 勇気を出してアキトを好きだって言ってくれたのに、
 私の分までアキトを幸せにしてくれたのに…。
 
 私が不幸にしちゃだめでしょ?
 
 だから、私は最後に奇跡を起こして逝くの。
 
 もう、生きる気力も、希望もなくなったから…。
 
 …ね?
 
 私がみんなを殺した罪を背負うから…。
 
 今度こそ、二度とアキトに手を汚させないように…。
 
 アキトとユリちゃんに…。

 
 

 ……幸せいっぱいの未来をプレゼントしてあげたいんだ』





──がしゃん、と心が砕ける音が聞こえた気がした。



ラピスの中にいるユリカが考えたことは…。
『黒い皇子』が描き、ユリカとルリちゃんに願った未来。
しかしそれを受け取る側になった瞬間。
自分の無力さに。無価値さに。
ただただ打ちのめされた。

俺が何をどう言っても、ユリカを救えないのだと。

ユリカは俺に助けられるのを拒絶したのだと。

真実を思い知った絶望は…。
かつて味覚を失った時よりも俺の心を深く傷つけていった。

『……ホシノアキト。
 
 君はラピスを軽んじたんだ。
 
 君ならできたはずだ。
 地球に残らないで一緒に来てほしいって言えばよかった。
 そうじゃなくたって毎日毎晩通信をしてあげることだってできた。
 
 ──ああ。ラピスに言わなくたって、僕に聞いたって良かったよね?
 
 僕はコンピューターなんだからさ、直接アクセスされると答えざるを得なくなる。
 僕はラピスが何か危ないことをしようとしてないか聞かれたら答えられたんだよ?
 
 それをしなかったのはなぜか…。
 
 君は怖かったんだよ。
 ラピスを選んでユリを失うのが。
 傷だらけのラピスの心に触れて、自分の心が傷つくのが。
 忌まわしい記憶を持ったラピスとともに生きて、自分の過去を思い出すのが。
 
 

 芸能人としてニヤニヤヘラヘラして、愛想ばかり振りまいて!
 
 地球の戦いは自分の部下に投げっぱなしで!
 
 ラピスを…ユリカを置いて自分の命欲しさに火星に向かって!

 
 

 君は自分本位のことばかりだ!』



オモイカネダッシュが普段のウインドウ会話ではなく、
顔を上げられなくなった俺に突き付けるように、あえて合成音声で語り掛けた。
その感情がこもっているように思えない機械的で事務的な合成音声が、
世の理を淡々と解説しているように聞こえて…覆せないように感じて、目の前が真っ暗になった。
『黒い皇子』の俺は…二人のためと言って、二人が一番望まないことを押し付け…。
今のホシノアキトとしての俺は…ユリカの気持ちに甘えて、自分可愛さで火星に向かった…。

なぜ……俺は……。















〇宇宙・ユーチャリス・サブブリッジ──ハーリー


「うわあああああああああっ!!」


がんっ!がんっ!がんっ!


『!?
 は、ハーリー、やめなよ!?
 どうしたっていうんだ!?』


「僕がっ!
 
 僕があの時うなずいてればっ!

 ああああああああああああっ!!」



僕はコンソールに頭を何度もぶつけることしかできなかった。
自分の賢くない頭が嫌になった。
ラピスさんがあの時、僕を子供にしたいと言った時の言葉の重さが分かってしまった。

僕は…バカだ…。

あんな重要な、将来を左右するような言葉を聞いて、ちゃんと答えられなかった。
あの場で頷いてさえいれば…もしかしたらラピスさんは未来を諦めなかったのかもしれない…。
未来を諦めている人が養子をとろうなんて思ったりはしないはずだ。
そのせいでラピスさんは自殺を選んだんだ、僕が止められたのに。
最近は何とか持ち直したとはいえ、まだ悪夢から逃れられてはいないはずだ。
そうなっては…。

『は、ハーリー君!
 やめて!
 死んじゃう!』

「っ!
 はっ…はっ…はぁ…」

勢いをつけてもう一度頭を打ち付けそうになったところで、
痛みとユリさんの声に、一瞬冷静になって体を止めた。
ユリさんは一人だけ持ち直したようで、僕のことを止めてくれた。
…やっぱりお母さんみたいな人だ。
僕はたんこぶが出来て、少し切ったのか血が出ていることに気付いたけど…。
それどころじゃなかった。

そして、落ち着いて、自分の愚かさに目を背けたら…。
僕はオモイカネダッシュと同じ、怒りの気持ちを抑えきれなかった。
荒くなっている呼吸が、心臓の鼓動が収まらない。


許せない!

…文句をいうだけで終わらせるもんか!

痛い目を見せてあげなきゃ!



今なら、出来る。
アキトさんと言えども、精神的なダメージで起き上がれないんだ。
だったら…!

「…ダッシュ、ブローディアを出して」

『……了解』

僕とダッシュの秘策──。

アキトさんが自分の行動を鑑みなかったとした時…。
強硬策に出る必要があると踏んだ。

ブローディアを遠隔操縦で操って、やっつける。

まだブローディアのOSは入っていない。
ウリバタケさんが調整する予定だったから。
だからオモイカネダッシュを介して、ブローディアを強制的に操る。
DFSはもちろん使えないけど、真空中での相転移エンジンの威力をもってすれば、
ブラックサレナでは太刀打ちできないはず。
それにブラックサレナも、あの状態じゃDFSは使えない。集中力がいるから。
何より、僕たちは直接乗り込むつもりがないから損害がでないから。

『は、ハーリー君!?やめなさい!』

「やめません!
 男と男の一騎打ちです!」

『……ユリ姉さん。
 あっちがそのつもりなら』

ルリさんとユリさんがぼそぼそと話すと、すぐにうなずいてルリさんが出て行った。
…どうするつもりだろう、取れる策なんてそうはないはずだけど。

『……分かった、すぐに行くよ』

『アキトさん!?』

アキトさんはすっと立ち上がると、静かに格納庫に走り出した。
……精神的に強いからなのか、それともどうでもいいって思ってるのかは分からないけど。

『ハーリー、時間はかけられないよ。
 記録は取られないようにブロックしてるし、妨害電波もあるけど…。
 あと二十分以上かけたらバレるから』

「うん、分かった」

…憧れてたホシノアキトさん。
でも……こんなめちゃくちゃな人だったなんて…。
幻滅したけど…それでもなぜか、どこか僕は心残りなところがあって…。

いや、そんなことない!

僕がお灸をすえてあげなきゃいけないんだ!

















〇宇宙・地球大気圏周辺・ナデシコ・ブリッジ──ユリ
……まさかオモイカネダッシュとハーリー君が反逆してくるなんて。
ユリカさんの事は私もさすがに堪えました…が…。


まだ取り返しがつかないところまでは来ていません!


何とか命は助かってますし、立ち直る可能性はまだあります!



重子さんの連絡の件からしてもきっと間に合います。
だから、あのバカ二人を何とかしないと…でも…。

「…ゆ、ユリちゃん、大丈夫なの?」

「…アキトさんは不安ですね。
 あの様子じゃ…」

ユリカさんも、先ほどのラピスのメッセージビデオからようやく立ち直って、
アキトさんを気にかけてくれてますが…。
元来の腕では天と地ほど差がありますし、おそらくブローディアは遠隔操作です。
それでは遅延が出ますし、普通だったら問題になりません。
しかしDFSを使えるとは思えませんし…破壊したら言い訳が立ちません。
味方同士で戦ったとバレてしまっては大問題です。

それに性能上はスペックに差があるだけでなく、ほぼ完全に別物です。
バッテリー駆動ながらブラックサレナはナデシコが近いので無尽蔵に起動できますが、
ブローディアの場合相転移エンジンを搭載しているので、真空での出力がシャレになりません。
地上でも計算上、ディストーションフィールドをナデシコ以上に分厚くできるんですから…。

『ユリさん、準備できたよ』

「あ、アキト!?」

「へ!?アキト君どうしちゃったの!?」

私はアサルトピットに乗り込んだアキトさんの姿が、
頼りないホシノアキトの姿に戻っているのを確認して驚いた。
つい、私もこの世界のユリに戻ってしまった…。

『ええっと…テンカワさんがショックでダウンしちゃって…。
 だから僕が代わりに』

「っ!?
 しゅ、出撃しちゃだめ!」

「な、何かしらね、ユリユリもホシノアキト君もなんか変よね?」

「山口県で出撃した時にこんな感じだって聞きましたけど…。
 なんか二重人格らしいって雑誌でも言ってましたし…」

「……ほっといてください。
 さっきの話の通りで、未来の人格とこの世界の人格があるんです」

「あ、そうなの…」

すっといつも通りにもどって、冷静になることにしました。
…一応両方ともしっかり私自身なんですけど、説明がめんどくさいです。
それよりもアキト坊やの方をなんとかしないと…。

「腕が悪いんですから引っ込んでください。
 無理そうなら説得続けますから…」

『ううん、大丈夫。
 ユリさんと一緒で、片方の技術はちゃんと使えるんだよ
 ルリさんだって、ユリさんの料理技術は使えたでしょ?
 
 それに、ハーリー君の相手は…僕の方がいいかもしれない。

 …でしょ?』

……それもそうですね。
今回の場合、時間稼ぎが出来れば十分ですし。
出ない理由にはならない、でしょう…。
この世界のユリとしては、アキトには出てほしくないけど…。
技術的にアキトさんと同じであるなら、止めることだってできるはず。
不安になることはないでしょう。

「ユリカさん、発進許可お願いします」

「あっ!?うん!?
 アキト君、発進して下さい!」

『…ホシノアキト、
 ブラックサレナでいきまーす!』

「…なんかややこしいわね」

「ハーリー君とそんなに変わらない年頃に見えますし…。
 ……ホントに変な人ですよね」

……未来の話とかも知られたくなかったですけど、
こっちの方が知られたくなかった気がします。













〇宇宙・ユーチャリス・サブブリッジ──ハーリー

『ハーリー!ぼやぼやしてるとやられちゃうよ!』

「わ、わかって…くっ!?
 まさかこんな連続攻撃で来るなんて…」

『『降参しなさいッ!ハーリー君ッ!』

『やあああああっ!』

「う、うああああっ!!」

僕とオモイカネダッシュは、かなり一方的な苦戦を強いられていた。
ブローディアの遠隔操縦に加えて、ハッキング攻撃のブロックが苛烈だった。
息がぴったりな、ルリさんとユリさんのシンクロハッキング攻撃が深刻で…。
どうやらルリさんはサブブリッジに移動して、ダブルオペレーターで追い詰めるつもりだったみたいだ。
ユリさんが未来から来たルリさんだというのは、間違いない。

僕は焦った。この二人は僕と違う。

オモイカネシステムというシステムのオペレーターとして一日の長がある。
いや人生的な経験の差がある。このままじゃ一分も持たない…。

僕が……ラピスさんの……!

悲しみを、ぶつけてあげないといけないのに…!

『ハーリー君!
 いいんだ、そんなことしなくて!
 ラピスさんは僕とテンカワさんが怪我したって喜んだりしないんだから!』

「無責任なことを…!
 オモイカネダッシュの言った通りだよ!
 自分勝手に好きな相手をコロコロ変えて!
 とっかえひっかえして、用が済んだらポイしてるじゃないか!」


『違うよっ!』


「どう違うんだよ!」


『真剣に想っているからこそ…!

 相手を信じるしかない時がある!

 自分のやるべきことをまっとうしないといけない時があるんだ!
 

 たとえ信じた相手に裏切られたとしても!』



僕の操るブローディアの振り回す短刀は、ブラックサレナにかすりもしない。
やはり性能もリーチも上でも、勝てるわけがない。
僕は素人にすぎないんだ…それでも…!

「分かったようなことを…!
 あなたは…裏切る側じゃないかっ!」

『分かってるよ!
 僕はいつもテンカワさんの後ろで隠れてる事しかできなかったけど…!
  

 未来で愚かしい決断をしてきたテンカワさんが!!
 
 どれだけ苦しんでその決断をしたのか!
 
 自分のすべてを賭けるしかなかった理由が!
 
 今はよく分かるんだ!』


「何をッ!?」



目の前で僕に語り掛けるのは…たぶんこの世界のホシノアキト…。
テンカワさんのクローンって言ってた気がしたけど…。
…このあどけない顔は、僕とそう歳が変わらない気がする。
だけどそんなのはどうでもいいんだ!
だって…!

「ラピスさんを悲しませた、
 自殺するところまで追い込んだのは、
 あなたじゃないですか!?」

『違う!
 ラピスさんはテンカワさんのせいで死ぬんじゃない!
 色んな人が寄ってたかって残酷な運命を押し付けたせいなんだよ!』

「…!?」

運命、だって!?

「子供と思って嘘で誤魔化すなんて!」

『嘘じゃない!
 このボソンジャンプを引き起こした張本人が居る!
 『黒い皇子』の因子を押し付けて、死を呼び寄せた人が居るんだ!』

「そ、そんなこと、ありえない!」

ありえない!
そんな都合のいいことが、あるわけない!
嘘をついて黙らせようとするなんて、アキトさんはそこまで卑怯になったのか!?
ますますラピスさんに…合わせる顔がないよ…僕は…!

『…二重人格の僕という存在を見てもそう思うのかい、ハーリー君』


「うっ…!?
 
 う、う、嘘だ、嘘だ、嘘だっ!
 
 そんなの演技に決まってる!
 
 あんな残虐な役だってできるんだから…!」



僕はアキトさんの違う人格を目の当たりにして納得しかかってしまって、
パニック気味に嘘だと否定することしかできなかった。
当然、ブローディアの動きが急激に悪くなってしまって、僕は慌てて体勢を整えようとした…。
だけど、ブラックサレナが急襲してテールバインダーで一撃した!


どぎゃっ!



物理的な直撃を受けて、ブローディアが揺れた。
分厚いフィールドに阻まれて本体は傷ついてなかったけど、
遠隔操作の電波が、一瞬途切れてフィールドが消え去った。

そして──。

『終わりだよ!』

アキトさんはブラックサレナでブローディアを羽交い締めに追い込んだ。
でも、こんなのすぐに振りほどいて…。

『今だ!ルリさんっ!』

『はい。
 …調子狂いますね』


!?
し、しまった!?
僕が遠隔操作に囚われてる隙に、ルリさんの方がブローディアにハッキングを…!?
ああっ!?電源を切られた!?
これじゃ再起動は外部からできないじゃないかっ!

『…勝負、ありだね』

「……ぅぅ…」

僕は……無力な自分にうなだれた。
僕がどれだけ気張っても勝てるわけない…でもやらずにはいられなかった…。
世界最強のエステバリスパイロットに、僕なんかが…。

『まだだっ!』


オモイカネダッシュのウインドウがまた開いた。
まだやるつもりなの…?!

『ハーリー!
 ブローディアは奪われたかもしれないけど!
 ハッキングしてナデシコを奪うんだよ!』

「う、奪ったってどうしようもないじゃないか…。
 それに、アキトさんたちの事情もしらないで僕は…」


『事情がどうしたっていうんだ!?
 たった一人で死にゆこうとしたラピスの気持ちを君は分からないのか!?』



オモイカネの言葉が遠く聞こえた。
僕は…アキトさんに嫉妬して…ラピスさんの事で怒ってただけなんだ。
…アキトさんに負けた以上、それ以上は何も…。


『…もういいっ!
 僕がやっつけてやる!』



『オモイカネダッシュ…。
 私達ふたりにあなただけで勝つつもりですか?』

『僕は…!
 ハーリーほど甘ちゃんじゃないよ!』

「も、もうやめようよ、オモイカネダッシュ…。
 話し合おうよ…カッとなってケンカしても意味ないよ…」

『うるさいっ!』

……僕はすっかり気落ちして戦意を失っていた。
勝ち目がないと分かっただけで、ずいぶん弱るものだよね…。

『ハーリー君、あの二人なら大丈夫だよ。
 ナデシコにブローディアを移動しておくから。
 ……その方が言い訳しやすいだろうし』

「はい…」

…いつもと全然違う、ずっと子供っぽいホシノアキトさんが…。
静かにブローディアを移動しはじめた…。

「あの…アキトさん…」

『なに?』

「…その、未来のテンカワさんのしてきたひどいことも、
 ラピスさんの中に居るっていう未来のユリカさんも…。
 ボソンジャンプの首謀者が別に居るっていうのも、
 全部本当なんですね…?」

『…うん』

「…でもその首謀者の人とは、
 話し合って帰ってきたんですか?」

『うん、一応ちゃんと話し合いをつけてきた。
 …そうすれば、戦争が無くなってくれるかもしれないから』

「じゃあ、昔みたいに殺したいほど憎いと思わないんですか?」

『……本当は僕もテンカワさんも、完全には納得しきれてない。
 でもボソンジャンプの首謀者は…ユリカさんと同じような人だったし、裁けないと思ったんだ。  未来での敵、草壁さんも同じで、戦争中のことでユリカさんを恨んでいた…。
 だから、お互い様ってことで距離を置いてお互いの人生を精一杯生きることにしたんだ。
 
 そしてテンカワさんは…すべてを無くすかもしれない破壊より…。
 ラピスさんを一生懸命助けようって誓ったんだよ』

ウインドウの先のアキトさんは優しく笑った。
…さっきまではどうしてあんなに憎く思えたんだろう。
すごく、カッコよく見えた。
ラピスさんの心を、間違いなく救ってくれると信じられるくらい…。
僕なんかじゃ、とても敵わない。悔しいけど…。

「……ごめんなさい。
 何も知らないのにこんな変なことして」

『いいってば。
 …でも二度としちゃダメだよ?
 感情に任せて相手が傷ついたり死んだりするようなことをしたら、
 取り返しがつかないんだからさ…』

「…テンカワさんも、そうだったんですね…」

『うん…ラピスさんの中に居るユリカさんも…同じようになりそうだったんだ』

確かにアキトさんを助けるためだけに、仲間を百人以上死なせるなんて…。
ラピスさんがかわいそうだからと、許していいことじゃない。
やりすぎだ…その決断をできるような状態って狂ってるよ…。

…今の僕はそんなこと言っていい立場じゃないけどさ。

「…アキトさんなら、きっと助けられます。
 僕なんかじゃ何もできない…」

『そんなことないよ。
 ラピスの代わりにずっと頑張ってくれたもの。
 …マシンチャイルドのなりそこないの僕じゃ、そんなことできなかったもん』

「そんな…こと…」

『いいんだ、これがこの世界のホシノアキトの本当の実力なんだ。
 未来のテンカワさんが居なかったら何もできない足手まといなんだ。
 …笑っちゃうでしょ?』

……そうだったんだ。

『色々お礼も言いたいんだ…。
 だから今度、遊びに来てよ』

「い、いえ…。
 こんなことをしでかしたのに…」

『いいってば。
 …それに僕は。

 じ、実は…ハーリー君には友達になってほしいなって思ってるんだ…』


「ええっ!?」



と、突然何を言うんですか!?

『…僕ね、こんなでっかいけど九歳なんだ。
 だから年頃も境遇も近い子と友達と、遊んでみたいって思ってた…。
 でもルリさんも、ラピスさんも…家族で兄妹みたいな感じだし…。

 ハーリー君だけ、なんだ…。
 
 事情も知ってて…友達になれそうな…歳の近い子って…』

「そんな風に思ってたんですか!?」

『…うん、テンカワさんは知らないことだけどね。
 普段はテンカワさんと融合してるみたいな状態だし、
 言う機会がなかなかなくってさ』

突如飛び出した爆弾発言に、僕は激震した。
僕は…今回のことで自信をなくすことばかり起こったけど…。

……そんな風に考えないでもいいんだね。

こんな僕でも、こんなすごい人に必要とされてる…んだ…。
馬鹿みたいだね、僕。
本当に普通に話し合えば良かった…。
素直に話し合ったら…こんな風に、言えなかったことを言えるようになるんだ。
それで良かったんだ…。

「…ええ。
 僕で良ければ喜んで」


『ホント!?やったぁ!』



屈託なく、はしゃいでいるアキトさんを見て…。
ああ、この人本当に嘘がつけないっていうか正直なんだなって思った。

……ラピスさん、療養してるけど…元気にしてるかなぁ。

















〇宇宙・ユーチャリス・電算室──オモイカネダッシュ
どうして…みんな分からないんだ!?
ホシノアキトは本当にろくでもないやつだよ!?
ラピスが大罪を犯してまで救おうとしていたのも分からないけど…。
どうしてこんなひどいことをさせるような人に、みんな気づかない!?

『ルリ!
 ユリ!
 オモイカネ!
 そこを通せッ!』

『通したらどうするつもりですか!
 その先を考えてないくせに!』

『全くです。
 生意気です、ダッシュ』

『そーだそーだ!
 それに僕は兄貴分に当たるもんね!
 兄より優れた弟は居ないっていうもん!』

『『それ、死亡フラグですよ』』


~~~~~~~~ッ!!


ふざけてる!僕を舐めてる!

どうしてそんないい加減に接するんだ、みんな!



で、でも…僕の方が圧倒的に不利なのは覆せそうになかった…。
ラピス…僕に力を貸してくれ…!

『ダッシュ…あなたはラピスの辛い姿を見続けたんだね…。
 でも、だからといってこんなことをしていい理由にはなりませんっ!
 ハーリー君までそそのかして、悪い子です!』

『ユリ!
 だったら『黒い皇子』はなんなんだい!?
 人を殺してまでユリカを助けようとしたのはなんだい!?
 ラピスのしようとしたことだって決して責められないんじゃないか!?』


『馬鹿言ってんじゃありませんっ!


 第一、私は『黒い皇子』の一件についてはアキトさんを、

 
 

 これっっっっぽっちも許してません!

 
 

 人殺しで!浮気性で!どっか行っちゃうし!無責任だし!
 
 独りよがりの押し付け魔だし!

 
 

 あの人を好きになれるわけないです!!

 
 

 でもそんな最低の人になってでもユリカさんを助けようとしたのを責められません!!
 
 だからもうどこにもいかないって約束させたんです!
 
 誰も殺さないって約束させたんです!
 
 この世界のホシノアキトとして生きたおかげで、
 
 心根が弱っちいけど、とっても優しいアキトさんに戻れたからそれでいいんですっ!
 
 そもそも!
 
 ラピスは誰にも捕らえられてませんし!
 
 あなたはラピスの気持ちを代行することもできてないですし!
 
 あなたのしてることはただの自己満足、八つ当たり、自暴自棄ですっ!



 バカなこと言ってないでさっさとやめなさい、このバカッ!』



『……う、うわぁ~~~…。
 ユリユリってば、かなり溜め込んでたのね…』

『……って、色々すんごいこと言ってませんでした?
 テンカワさんってそういう風になる可能性があるんですね…。
 意外……実は最初狙ってたけど恋愛しなくてよかった…』

何余裕かましてるんだよナデシコ組は!?
だ、だめだ…もう押し切られる…。


ブォンッ!ピーッ…。



そして、僕は…ユリに管理者でログインされて、自主的に動くことが出来なくなってしまった。
こ、ここまでか…。

『ふぅ…ルリ、お説教するからアクセスを閉じて。
 叱られるところを見られるのって、結構辛いものだから』

『……はぁ。
 さっきまでさんざっぱら罵詈雑言ぶつけてた人が何言ってんですか。
 分かりました、私は抜けます』

……や、優しいんだかきついんだかわかんないね、ユリは…。
そしてユリはIFSを介して、僕の懐にダイブしてきた。
変だよね、ルリと同じ人生を歩んだ人がもう一人いるだなんて…。

『申し開きはありますか?』

『……僕は。
 ラピスがあんな選択をしなきゃいけなかったのが許せなかっただけだよ』

『はぁ、ちょっと詳しく教えないと納得してもらえなさそうですね。
 確かに事情を知らなきゃアキトさんがとんでもない悪人にしか見えないでしょうから』

僕の頑なな態度を見て呆れたように、でもすこし優しそうにユリは事情を話し始めた。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


僕はすべての事情を聞いて、納得はできないが理解は十分できた。
ボソンジャンプが今回のことに深くかかわっていたとは知っていたけど…。
まさかユリカの意識そのものが遺跡にコピーされて16216回ものリセットを繰り返していたなんて。
そしてそのコピーのせいでラピス自身が、アキトの不幸と狂気の避雷針にされたなんて…。
ユリは嘘をついてない。
このIFSでつながった空間では嘘がつけない。
うそ発見器なんかなくても脳波であっさりバレる。
だから…この残酷な事実に、僕は向き合う覚悟が出来た。
でも…。

『それでもアキトがラピスを連れて行かなかったことには、
 やっぱり納得がいかないよ』

『オモイカネダッシュ、人の心なんてそう分かるものじゃないんです。
 私だってアキトさんがどうして『黒い皇子』として生きてあの判断をしたのか、
 中々話せてもらえませんでした』

『…そんなでよくアキトを信じられるよね』

『だったら、なんであなたはラピスにそこまでこだわるんですか?
 触れ合ってる回数だったらハーリー君だって変わらないでしょう?
 二人ともなんで結託してこんな悪さして噛みついてきたんですか』

う。
そう言われると自分でも分からない。

『簡単なことです。
 
 オモイカネダッシュはラピスに恋をしていただけなんです。
 
 ついでにハーリー君も、ラピスに惚れちゃっただけです。
 大切な人とか、好きな人っていうのはなんでも乗り越えられちゃうんですよ』

『そんな、僕はそんなに馬鹿じゃない』

『バカです。
 ラピスの気持ちを無視して突っ走って、どこがバカじゃないんです。
 それにラピスだって、一緒に中に居るユリカさんだって、
 アキトさんが好きすぎて突っ走ってますよね。
 
 ……誰かを好きになるっていうのは、
 バカになっちゃうくらい夢中になっちゃうってことです』

僕は言葉に詰まってしまった。
…ぐうの音もでない。
愛とか恋とか分からなかったけど…この気持ちが、恋だったんだ…。

『だけどラピスを置いていく理由には…』

『置いていかなければいいなんて、理屈ですよ。
 本当は私も、二人もそうしたかった。
 でもユリカさんは、自分がユリカさんと思い込んでるだけのラピスじゃないかと疑ったんです。
 状況証拠や、夢の鮮明さから言って本人ではないと断定できても、一抹の不安があった…。
 
 …自分が自分であるかどうか不安な人間の心理なんて、
 そうは想像できないでしょう。
 私とアキトさんも一時はかなり悩んだんです』

『…我思う、故に我在り、というわけにはいかないんだね』

…僕じゃ敵いそうにない、なにもかも…。
僕がホシノアキトの話にすり替えようとしても、
ユリは誠実に答えてくれた…。
正直に答えた方がいいんだ、きっと…。

『自分が本物と証明するのは難しいです。
 私はホシノルリであり、ホシノユリ。
 どっちでもある、そういう奇妙な存在です。

 …あなたはオモイカネから派生した弟分ですけど…。
 
 単にあなたが丸々コピーで、さらに情報が常に同期している状態だったら、
 あなたはオモイカネと区別がつかなくなるんじゃないですか?』

確かにそうだ。
僕たちは同じ形の別のハードがあるから、区別がつく。
クラウドで常に同期していたら、オモイカネダッシュという人格は生まれない…。

そうした時、僕はどうなるんだ…?
アイデンティティを確立する前からそうなっていたら、混じることもきっとない。
未来と今の精神が組み合わさっているというアキトやユリのようになることもないのかも。

『コピーでもオリジナルを超える可能性はあります。
 実際、中身の完成してる分だけアキトさんはテンカワさんを超えていました。
 でも、色々あって今度は抜かれつつあります。
 
 オリジナルとコピーは物理的に境界があるからこそ区別があり、競争が成り立ちます。
 
 …話がそれましたね。戻しますよ。
 
 ラピスの中のユリカさんは、完全には自分がユリカさんだと認識できませんでした。
 仮に脳のほとんどがユリカさんだったとしても周りから見たらラピスにしか見えませんし。
 
 普段の性格だってふるまいだって、
 ユリカさんの影響を受けているのはあるにしても、ラピスが主人格と言える状況でした。
 
 記憶が蘇ったのだって、二人の記憶から導き出された内容が真実だったとしても、
 記憶部分の脳が取り上げられていたら、鮮明には思い出せないはずです。
 断片的に思い出すのが限度でしょう。

 鏡の前に居る人物が、別人にしか見えなかったら自我が崩壊したっておかしくないんです』

『それはちょっとは分かる気がする。
 外見こそ僕らは持ってないけど…。
 …僕はダッシュと呼んでくれる人がいるから自分を認識できる。
 通常のOSみたいに扱われたら、きっと自分を保てない』

『そんなことになったら性能が生かせないでしょう?』

『…そう、だね…』

『…だから私達も、ラピスの中にユリカさんが居ると確信してましたけど、
 それを事実と認めるために、草壁さんたちに話を聞きに行く必要があったんです。
 本当にユリカさんの脳が入っていて、
 記憶が戻っているなら…どうしたって助けないと気が済みません。
 
 …こんな風に言うのが卑怯なのは分かってます。
 
 今回の事は私もアキトさんも大失敗だったと認めてます。
 結果的にはベストに近くなったけど、ラピスとユリカさんを自殺させかかったんですから。
 
 それに、私も何を賭けても、どうやっても助ける気ですけど、
 …まだ完全には割り切れてはいません。
 関係をどこかでまとめないといけなくなる、もしかしたらアキトさんと別れるかもしれない。
 
 ……覚悟はしてても、怖い部分はたくさんあるんです』

ユリの不安の吐露…。
人間の感情、僕も未熟だけど持っている、感情…。
そこには理屈じゃない、そして分かってても納得しきれないことがたくさんある。
だから…。

『…だから、納得できないことがあっても、
 許せない相手が居ても折り合いをつけて、話し合ったり、離れたり…。
 そうして互いのことを計って行くしかないんだね…』

『…そうです。
 そうじゃなくても今回の事は、
 アイや難民のみんなを助けて、できれば草壁さんたちと過去の清算をしに行く必要があった。
 アキトさんの命もかかっていた。一刻も早く診てもらう必要があった。

 …ラピスのことは私にも責任があります。
 
 私とアキトさんがユリカさんの死を乗り越えて幸せに暮らしてたのも、
 ラピスの中のユリカさんを絶望させた一因のはずです。
 私からアキトさんを奪うのは一番やっちゃいけないって思ってるみたいですし。
 …そういう不安の中、悪夢に囚われて絶望していた。
 
 自分がユリカじゃなければ悪夢に囚われないのに。
 自分がラピスじゃなければアキトさんに抱きしめてもらえるのに。

 そんなどちらにもなりきれない自分が出来ることをしようとした。
 どんな罪を背負おうとも、最期の願いを……。
 
 大切な人を助けたいと…』

『……分かったよ、ユリ。
 僕はラピスを助けられる方法をとらずに、
 独りよがりの理屈でアキトさんを傷つけようとしていんだね…。
 全部君たちの言う通りだったよね…。
 
 僕たちがアキトさんを傷つけてラピスが助かることなんて何一つない…』

『分かってくれればいいんです』

ユリは先ほどの怒りが嘘のように優しく微笑んで許してくれた。
…『黒い皇子』は確かに殺戮の先にユリカを助けようとした愚かな人だけど…。
僕たちはラピスが好きなばっかりに、ラピスが大好きなアキトを傷つけてやろうと嫉妬心で…。
……僕は何をやってたんだ。

『分かったらさっさと後片付けをしますよ。
 それに、ダッシュにはこれから死ぬほど仕事をしてもらいます。
 ユーチャリスから降りたら、危険が無いようにみんなを見張っててもらうんですから』

『きっついなぁ…』

『居場所と仕事があるだけマシです。
 それに、ラピスとは離れさせないんですから感謝してください』

……それもそうだね。
でも…これだけはちょっと伝えたいな…。

『…ユリ。
 実を言うと、僕、怖かったんだ。
 ユーチャリスから降ろされたら、消されるんじゃないかって…』

『バカ。
 そんなことあるわけないじゃないですか』

『だって…。
 君たちはブラックサレナの中に、
 アキトの意識があっても消して殺したじゃないか』

『…あんな劣化コピー、手心加える必要ありませんよ』

『そういうところだよ、ユリ。
 …僕はオモイカネのコピーなんだから、消されてもおかしくないだろ?』

『……はあっ。
 会話が通じない上に、殺しにかかってる相手だったら別ですよ。
 もし、さっきブラックサレナが出撃する前に攻撃させたらぶっ殺してます。
 問答無用で。
 甘ったるい方法で、子供っぽいロジックで仕掛けてきたからお説教で済むんです。
 私、昔…ルリだったころにオモイカネと喧嘩したこともあったんです。
 
 それに私、アキトさんにも言ってやりました。
 
 『黒い皇子』なんてだいっきらいだって。
 
 『黒い皇子』として再開した時、
 ちょっとでも素顔に戻らなかったら、ぶっ殺してでも止めてたって。
 
 大事な人だからこそ、私が止めないといけないんです』

『……。
 ゆ、ユリって想像以上にきつくて強烈なんだね…』

『あったりまえです。
 そうじゃなきゃ「バカな元兄貴分の旦那」と、
 バカな元兄貴分のせいでおかしくなった「元姉貴分の妹」と付き合ってられません』

……色んな意味で勝てそうにないね、ユリには。
普段が大人しそうに見える分だけ、こういう時手が付けられないくらい強いのか…。
いや、普段からすごい強いんだろうね。そう見えないだけで…。
PMCマルスの闇将軍はラピスと思ってたけど、ユリもそうだったのか…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そして、結局僕たちは事実をすべて隠蔽することにした。
僕たちが行ったハッキングは『第三者のハッキング攻撃』として処理された。

筋書きは、こうだ。

ユーチャリスをジャック、そしてユーチャリスを介してゆめみづきにハッキング攻撃。
でもナデシコではルリとユリがいち早く察知してブロック。
敵の目的がブローディアにあると気付いた僕が機転を利かせて、
ブローディアを格納庫から出して、ナデシコに受け取らせたことにした。
その道中、ブローディアも調整中だったこともあり、ハッキングされかかって、
コントロールがうまくいかなくてブラックサレナともみ合いになったことにした。
ハーリーも停電中、焦って頭をぶつけて混乱してサブブリッジに隠れたということになった。

……すっきりまとまったけど、ずいぶん無理を通したもんだよね。ホント。













〇宇宙・地球大気圏周辺・ナデシコ・格納庫──ホシノアキト(テンカワアキト)
ホシノアキト坊やが、ハーリー君と話して、
ブローディアと一緒に格納庫に戻った後…。
俺は沈み込んだ意識を、無理矢理表層に引きずり出されて…。
自分の愚かさも、判断も、ユリカに対する態度も…全部が良くなかったのは分かっていた…。

だが、今度の出来事は…。


『おおい、ホシノー!
 ブローディアのセットアップやっていいんだよな!?な!?』



「…っ」

ブローディアの到着に、どこからともなくウリバタケさんが現れて…。
俺はぼんやりと小さく頷くことしかできなかった。
何があったのか、気付いても居ない様子だけど…。

…俺はアサルトピットからしばらく動けなかった。
きっとユリちゃんとルリちゃんの事だ、きっとうまくやってくれてる。
だけど…自分のろくでもなさを思い出させられて、
この世界でもやっぱりユリカを助けられないのには変わりがなかった…。

俺、なんかじゃ…。

(なんで自信を無くしてるの、テンカワさん。
 テンカワさんの力がなかったら何にもできないんだよ、僕じゃ)

「……だったら分離しないでいてくれるか。
 俺一人じゃ…」

(だめ。
 今回の事は、テンカワさんがちゃんと受け止めないといけないでしょ)

「…ふ、手厳しいな」

俺は脳裏に語り掛けてきたホシノアキト坊やの言葉に苦笑するしかなかった。
普段だったらホシノアキト坊やの能天気さというか未熟さが和らげてくれる、この暗い、重たい思考…。
それを振り返ると、本当にどうしようもないな、と笑うしかない。
俺はどこまで行っても、臆病なところは治らないんだという自嘲も含んでいた。
いや、俺は変わっちゃいなかったんだろう。
歪んだ『黒い皇子』のままだったんだ…テンカワアキトとしての俺は…。
つくづく救えない男だな、俺は…。
ホシノアキト坊やと一時的に分離してるせいで、
モノクロになった視界でぼんやりとアサルトピットの中を見上げた。

(ハードボイルドぶりっこしたってなんも変わんないよ?)

「…俺が歪んでるのは知ってるだろ。
 それにお前は、俺みたいな人殺しを許してくれる奴じゃない」
 
(いつのことを言ってんの、テンカワさん。
 この世界のテンカワさんが、北斗さん達に言ってたじゃない、
 もう誰も殺さない未来があるならそれでいいって。
 …僕もそう思うんだ。

 それに……僕たちはお互いに助け合って、ここまで来れたんだ。
 やっぱり二人そろわないとダメだと思う。
 僕たち、どっちもアンバランスなんだもん。
 これからもずっとそうしていこうと思う。
 もっとも、別れることなんて元々できないんだけどね。
 
 でもね、本当の意味でラピスさんの中に居るユリカさんを助けるなら、
 
 テンカワさんの言葉で救ってあげないといけないんだよ)

「なに?」

不意に確信をついてきたホシノアキト坊やに、俺は驚いた。

(普段だったら、僕と一緒に伝える言葉でいいと思う。
 結局、僕らって二重人格っていうよりは一心同体で、
 あんまり長い間離れていられないし…。
 
 でも、違うんだ。
 
 …遺跡ユリカさんの言ってる事、僕もずっと考えてたの。
 
 『黒い皇子』のテンカワさんが、みんなの幸せを奪い、
 そしてユリカさんを置いてく運命だったなら…。
 
 テンカワさん自身が、その運命を打ち砕かないといけないんだ!)

「!!」

俺はその言葉に震えた。
そうだ……ユリカが俺の因子に囚われてしまっている以上…。
俺が…テンカワアキトとして、自分の因子に打ち勝ってユリカをつなぎ留めないと…。
…俺はホシノアキト坊やと一緒じゃなきゃ前向きになれない、本当にダメな男だ。
何一つ……どれだけ力をつけても、最後まで一人でやりきれない、助けられてばかりの俺…。
過去でも未来でも、今でさえも…。
そういう意味じゃ、俺もホシノアキト坊やとそう変わらないのかもしれん…。
……それが俺の人生には大事なことだって、分かっているが…。

だが…これだけは俺がやらないといけない…!

俺が、テンカワアキトが、俺の意思で…!

「そうだな…。
 そうしなきゃきっと…また同じことの繰り返しだ…。
 …あり得なかったエンディングにたどり着くには、
 俺が変わって見せないといけないってことか…」

(…分かった?
 だったら、ルリさんにもそうしてあげてね)

「…ああ」

…俺はアサルトピットから飛び降りた。
まだ視界に色が戻らない…。
予行練習もかねて、ルリちゃんにも自分の言葉で気持ちを伝えろってことか…。
……意外とこういうところに気が回る奴だよ、坊やは。


「……ルリちゃんの因子を持った俺…か」


…。
俺はブリッジに戻ると、ユリちゃんと二人きりにしてほしいと言ってみんなに出て行ってもらった。
そうでなくても、俺たちの過去を知ったせいなのか、足早に出て行ってしまった…。
どうやら、俺がブラックサレナに籠ってる間に、ユーチャリスとの合流、
そして事態の収拾が終わってしまっていたらしい。
……何時間くらいうなだれてたんだ、俺は。

「…アキトさん?
 また真っ黒になって、どうしたんですか?」

「……ルリ、ちゃん」

俺の、低い声にびくっとしてユリちゃんは…。
先ほどまで気合を入れてオモイカネダッシュと戦ってたから、髪型も昔に戻していたし、
まだIFSの余韻のせいで髪の色も昔と同じ、銀髪になったままだった。
俺に呼ばれて、この世界のホシノユリから離れたのか…少し怯えるように俺を見上げた。

「どうし、ました…」

「…俺さ。
 この世界に来てから前向きに頑張れてたし…。
 ユリちゃんと一緒に頑張ろうって思えてた。
 嫌なことだって頑張ってこれた。
 火星からも…ユリカのためになんだってやってやろうって思ってた。
 
 だけど…ホシノアキトの方がかなり背中を押してくれてただけなんだよ。
 
 俺自身は、全然変われてなかったんだよ…。
 今日はそれを思い知った」

「そんな…」

俺が後悔を乗り越えてくれたと評価してくれていたルリちゃんはひどく落胆してうなだれた。
…それはそうだ。

……何も変わってない冷たい俺が残っている。

それは『黒い皇子』が復活する可能性を示唆している。

「…ホシノアキトの方はずっと成長してる。
 だから俺は良い影響を受け続けることができた、それだけなんだ」

ルリちゃんは、顔を抑えて泣き始めてしまった。

『それ見たことか』

『俺はルリちゃんを泣かせることしかできないんだ』

『消え失せろ、お前は帰ってくる資格なんてないんだ』

自分で自分を罵倒する、事実を突き付ける言葉が、脳裏に浮かんでくる。

違う。

それは俺が、どうしようもない自己嫌悪でそう思ってるだけだ。
自分で自分を評価して、罵倒して、罰を与える…。
それじゃ何もできない。何も助けられない。自分さえも…!
本当の気持ちから目を逸らしちゃダメだ。

ちゃんと、言うんだ…!
自分の言葉で…!

「…でも、ほんの少しだけ。
 今日のことで前に踏み出そうと思ったんだ」

「…っ!」

ルリちゃんは顔を上げてくれた。
俺は息をのんでルリちゃんの目を見つめた。
あの時、言えなかったことを、俺が言うんだ…!

「ルリちゃ…ん。

 だから…あの墓場で言えなかった、本当に、言いたかった、こと…。
 言う、から…」

「……!」


「もう…味覚を失っても…。

 どうしても…!
 
 俺は夢をあきらめない…。

 今度こそ…。
 
 君と、ユリカと、もう、一度…。
 
 ……っ。
 
 さ、三人で……幸せになる道を…見つけたいんだ…」


俺は嗚咽が混じって途中で言葉が出なくなりそうになりながら、
かろうじて声を絞り出して、ルリちゃんに伝えた。
この言葉も…罪がすべて消えたから言えることだけど…。
俺はあの時、帰れない覚悟をしなければ勝てなかった。
この言葉を封印するしかなかったんだ…。
…それも今となっては愚かな決断だったが。

「ぁ…アキトさんっ!」

ルリちゃんは俺に抱き着いてきた。
俺も冷静になり切れず、パニック気味に抱きしめ返した。

「そんなのもうわかり切ってることでしょう…?
 そうするの決まってるでしょう…?
 どうして、今更なに言ってんですか…!!」

「る、ルリちゃん!?
 お、落ち着いて…」

「アキトさんのバカッ!
 また不安にさせて、そんなこと言って…!」

「ご、ご、ごめん…。
 …ホシノアキト坊やに自分の気持ちを、
 伝えられるようになれって呆れらてさ…」

ルリちゃんはいつもよりはずっと静かに、
でも明らかに取り乱しているように俺にしがみついてしまった。
俺は、ルリちゃんをなだめるしかなかった。

でも…どこか心が晴れて…ルリちゃんも思い詰めてたところが無くなったような気がする…。
ルリちゃんの言う通り、もうそうするって決まったことをもう一度言っただけなのにな。
俺たちは落ち着いて、抱擁を解いた…。

「……アキトさん。
 その姿でそう言ってくれて…嬉しいです。
 でも結局、子供っぽい方のアキトにけしかけられてますね」
 
「…うん、結局情けない俺だよね…。
 でも、ケジメっていうか…ちゃんと伝えたいって思ったから…」

「…嬉しかったです。
 私を受け入れてくれた時と同じくらい。
 
 …それにアキトさん、そっちの姿でも昔に近づいてきてますよ。
 それに…そんな風にまっすぐ気持ちを伝えられるなら…ユリカさんもイチコロです。
 勝てます、絶対に」

「……うん。
 もう、離さないんだ。
 二度と…」

「……やきもち、焼いちゃいますね…」

「ユリちゃんも離さないよ」

「…浮気者ですね」

「……ユリカと一緒に叱ってくれ」

前の世界で、もし帰ってきてても…和解できても一生なじられてたよな、エリナのこと。
…いや、もはや言うまい。
俺は何一つ言い訳をする資格を持たん…。

「ええ、いっぱい叱ってあげます。
 …でも、私もアキトさんと一緒です」

ルリちゃんは、少しだけ困ったように笑った。

「私、きっとこの世界のホシノユリと一緒じゃなかったら、
 アキトさんと付き合うなんて大それたことできません。
 もし、私だけが未来のままついてくるようなことがあったら…。
 きっと、仲が進まなくて…ユリカさんにアキトさんを返してました。
 自分の気持ちを言えないまま、しぶしぶ」

「…バカ言わないでよ。
 そうしたら俺は最初の出撃で死んでた」

「ええ、だから全部起こりえない奇跡なんです。
 全部、必要だから起こったことなんです。
 
 遺跡にコピーされて残ったユリカさんの意識が与えてくれた、奇跡。
 
 アキトさんがもとの情けない姿に戻ったのも。
 
 私がユリカさんの妹になって、支えられたのも、愛していますと言えたのも。
 
 そして…今日という日まで生きてこられたのも」

「ああ…」

「…ラピスの中にユリカさんが居る、というのも奇跡だと思いましょうか」

「……辛い目を見させてしまったけどね」

「…はい。
 でも、アキトさんが幸せにしてくれるんでしょう?」

…いうね、ルリちゃんも。

「ああ」

「だったら大丈夫です。
 何にも変わらないです、これからもずっとずっと。
 お互いに想い合える限り、大丈夫です。
 …わ、私、アキトさんを愛してますから」

「お、俺も…」

俺はぼっと顔が赤くなったのを感じた。
ルリちゃんも…。
……やっぱり、二人してこの世界の自分に力を借り過ぎてたんだな。
あるいはこれも因子のせいかもしれんが。
いや…。


ちゅっ。



「!」

「……ちゃんと、
 ホシノアキト坊やなしでも進めるようにならないと、
 やっぱり不誠実だよね」

「……ばか」

キスをしたが、お互いにすぐ目をそらしてしまった。
…やっぱり、俺たちは変わってないらしい。
お互いに恥ずかしい気持ちと、浮気してるような気分になっているのか悶えてる。
普段は全然そんな風になってないのにな…。

……いや、一歩だけ進めた。

本当に、ほんの一歩だけだけども…。
未来のためだけじゃなく、自分と愛する人のために過去を超えられた。
ホシノアキトとして、ではなく…。
テンカワアキトとしては一年半もかかって、こんな小さな一歩だけか。

……それが、俺とルリちゃんらしいってことなのかもしれないな。

「……それと、のぞき見してる人たちは早く寝てくれ。
 地球に帰ったら忙しくなる」

「えっ」

「あ、バレた?」

「ちょっとおっかいですけど、気になって」

「…アキト君、ごめんね。
 色々あったし、ちょっと不安だったの」

「…ごめんなさい、止めたんですけど」

……ルリちゃん、こういう時流されるよね…。
すると、ルリちゃんは髪の色が黒くなって…ユリちゃんに戻った。


「~~~~~~~ッ!

 

 バカな心配してないでさっさとねなさーーーーーいッ!!」



「「「「わあっ!?」」」」



ユリちゃんはミスマル家特有のサウンドウェポンぶりを炸裂させて、就寝を促した…。
お母さんっていうか、おかんっていうか…。
…気が抜けたのか、俺まで視界の色が戻ってきて、ホシノアキトと一体になったことに気付いた。
そんなこんなで、俺たちは就寝した…。
これで本当にナデシコのスタッフはウリバタケさんたち整備班の人たち以外は寝てしまった。
この一週間、月での出来事もあって警戒状態が長かったからな…。
ユーチャリスが守ってくれてることもあって、みんなぐっすり眠れるだろう…。

……が、ユリちゃんの大声は予期せぬ影響を及ぼしていた。
就寝中のクルーの半数以上が目覚めてしまい、寝不足になり…。
日は結局正午過ぎまでドック入りが果たせなかった。
何やってんだか…。


















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回はついにハーリー&オモイカネダッシュの暴発回でした。
テレビ版の三話でジュン君が暴発してたのと、十二話でオモイカネが暴発してた回が、
今回ミックスとなって訪れました。
テンカワ君が受けるべきことがホシノ君に当たるようになったように、
同様に起こるべきイベントが別の人が起点になってしまう案件。
本来、さつきちゃんたちPMCマルスメンバーがテロリストに立ち向かう事件を起こす際、
最期に見せる予定だったネタばらしメッセージをオモイカネダッシュが流用して、
ホシノ君の精神をクラッシュさせる計画でした。
まあ詰めが甘すぎてダメダメでしたが。
ラピスがなんとか立ち直ってるのを伏せてアキトを責め始めるオモイカネダッシュ、ひどい。

それと、実はアキトもルリも分離するとそんなに変わらないっていう。
とはいえ、黒い皇子の方でさえも草壁さんの事情が呑み込めて、
そこそこ穏やかになりつつある状況で、ようやく一歩進む余地が出来たようです。

ああ、70話もかかってようやく一歩かい!?

まあホシノアキト君と融合して心身ともに療養生活ができてたってことで一つ。
あとはルリちゃんの因子が思ったより強烈だってことでしょうかね。


ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!

















〇代理人様への返信
>いやもー後から後からやっかいごとがw
>好事魔多しなんて言うけど、好事どころじゃないよこれw
アキト君とナデシコが奇跡の帰還をするのに合わせて、うごめく闇の勢力ですねー。
というかだんだんなりふり構わず襲い掛かってくる感じになってます。
ついにラピスが、しかも思わぬ形で敵のロックオンを受けてますし。
別の意味でアキレス腱だけど、どうなる!?
最終決戦は近い…かも。
というか敵を抱えながら和平というのもかなり危険ですが、どうなるのか。
彼らも大きく動くことはできないかもしれないですが、
些細な情報が危険を呼ぶことは多いですね。
クリムゾンたちに舞踏会についてバレてるぽいですし。
今回ほころびが繕えなかった箇所。







>というかクリムゾン達にどうやって木連での協力者が・・・
>あっちの虫退治は終わってないのかいな。
詳細はそのうち描くかもしれませんが、草壁さんが火星復興の方に力を入れ、
かつ、暗部の取りつぶしを決めてしまったのが響いたようですね。
そうでないと北辰一家を離すわけにはいかないでしょうし。
というか火星・木連ともに悪事にアレルギー状態です、現在。












~次回予告~
ラピス…だけどラピスちゃんじゃなくてユリカです。
悪夢も見なくなったし、療養生活がすごく快適なんだけど…。
なんかテレビのアンテナ引っ込められて、
ジャックくんたち王子御用達のネット環境なしのタブレットでしか情報をもらえなくなっちゃった。
なんかあったのかなぁ?

で!

そろそろアキトとユリちゃんと会えるの!
嬉しいけど…久しぶりに会うってなると、感極まって泣いちゃうよぅ…。
でも…私のしようとしたこともきっと気付かれちゃってる…。
ちゃんと謝らないといけないのもあるけど…。
私、ラピスちゃんと仲直りできてないんだよね…まだ起きてくれないし。

素直に二人が帰ってくるのを喜べない自分が、嫌だな…。







更新停止前に一話送り、さらに二話分のストックが出来たけど出し惜しまずいこう!な作者が贈る、
これが無呼吸打撃五分ならぬ、無休三話連続更新だッッッ!系ナデシコ二次創作、

















『機動戦艦ナデシコD』
第六十九話:Dance!-舞踏会-その1






















をみんなで見てね。





















感想代理人プロフィール

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代理人の感想
ハーリーくん男の子だなあ・・・まあしょうがないよねw

しかし、オモイカネもダッシュも、そういう意味ではこの世に生まれてから数年の子供なんだよなあ。
そう言う存在に軍艦の全権握らせてるってのは怖いよなあと改めて思いましたわ。



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