〇地球・ピースランド・ラピスの部屋──ラピス
私はナデシコが…アキトとユリちゃんが、みんなが、
ついに今日地球に戻ってきてくれるからと、気合を入れて身支度をしていた。
複雑な心境だし…まだ整理がついてないし、アキト達はまだこっちには来ないと思う。
でも、居てもたってもいられなくて…。
とりあえず会う当日になってから焦らないように、とちらないように。
今できることをしっかりやろうと思った。

…自分のしようとした悪事に気付かれてるかもって不安もある。
無事に生きて帰ってきてくれた、まずはそれを喜んでから考えようと思った。

…それでもぬぐえない、いくつかの不安があった。

ラピスちゃんがまだ戻ってこない。
私があのウイルスにうなされている中、私を叱ってから…ずっと。
その少し前にもずっと引っ込んでたけど、今度も…。
一緒の体に居るから消えちゃったってことはないけど不安だよ…。

それにアキトが地球まで数日くらいの距離にいると、
夢の中で会話できるのにできなくなってる…。

あと…一週間ほど前からテレビのアンテナを撤去されて、王子たちと同じ専用端末だけ渡されてる。
ネットはゼロだし、情報源も意図的に絞られている。
…やっぱりなにかあったのかな…。
だから、私は従者さんを呼び出してお話してもらうことにした。
私の問いに、従者さんは少しだけ驚いてため息を吐いた。

「…やはりあなた様には隠せませんな。
 身動きが出来ない状態で心配をかけては療養に差支えると思いまして」

「…!
 あ、アキト達に何かあったの!?」

「いえ、アキト様達は何も。
 …ただ、和平会談の時に地球、木連両陣営からの死角の襲撃を受けてしまい、
 彼奴等はホシノアキト様とテンカワアキト様に撃退されましたが…。
 あなたのお義父様が重傷を負う事態になってしまって。
 どういうわけか致命傷一歩手前だった怪我も、驚異の回復を見せております」

「嘘…」

従者さんは、かなり詳しく情報を付け加えて説明してくれた。
私は…事の重大さが分かった。
いくら奇襲を受けたとはいえ、アキトがお父様を守り切れないことなんてそうそうあり得ない。
それに…表立って、しかも地球の勢力と木連の勢力が、たぶん協力して居たってこと。

なりふり構わず、敵対してる勢力が存在してると世間に知らせてまで、
歴史的な会談に出てきてまでお父様を襲った…。

敵はもう後がない。
外部に知られても攻撃し始めている。
だからこんな手でも使ってきた。
そしてアキトでさえ防げないような方法をとってくる…。
アキトを直接襲うだけじゃなくてアキトの精神を揺さぶりに来ている。

……私の考えていたことは決して大げさじゃなかったのかもしれない。

それが間違いだって分かっていてもなお、そう思わずにはいられなかった。
回復の件はひとまず置いといても…。

「…というわけで、大変申し訳ございませんが情報を伏せさせていただきました。
 療養に差し支えるだけでなく、あなた様がすぐに動かれてしまっては困ります」

「…分かってます。
 お気遣い、ありがとうございます…」

私は唇を噛んで頷くしかなかった。
お父様を…お見舞いしてあげたいけど今はダメ。
私は、アキトが直接こっちにきて、迎えに来てくれるのを待たないと…。

立場上、そうしないと危険すぎる。
私がここに隠れてるってことも気づかれてはいないんだから。
ユーチャリスはうまく私の不在を隠してくれてる。

…悔しいなぁ、アキト達と合流してからじゃないと何も進まないよ。

で、でも…。
アキトに抱きしめてもらえるかもって思うだけで…私…。

「ラピス様、アキト様たちがこちらに来られたら、
 帰還を祝し、映画の大成功を祝う目的で宴席を設けるつもりです。
 素敵なパーティになるよう、私達も力を惜しみません。
 どうか、お楽しみに」

「は、はい!
 楽しみにしてます、従者さんっ!」

この間の映画完成パーティの時はラピスちゃんが出席したし…私が出てもいいよね。
……これからのこともあるし、ちゃんと楽しもうかな。
終わったら、いっぱい怒られちゃうかもだけど…。

…ううん、私はラピスちゃんでいいって誓ったもん。
精一杯、これからも生きよう…。
何があったって、何が起きたって…。

だって…。
もうすぐアキトの戦いが終わるかもしれないけど…。
アキトはまだこれからも狙われる。
そうじゃなくても利用しようとする人がたくさんいる。
私と…ラピスちゃんが守るんだもん!
今度はまっとうな方法で!

アキトとユリちゃんが長生きする、幸せな未来を作るもん!




















『機動戦艦ナデシコD』
第六十九話:Dance!-舞踏会-その1























〇地球・東京都・テレビ局・リフレッシュルーム──眼上
…はぁ、本当に大変だわ。
アキト君とスケジュールの相談をしてたけど…。
アキト君も面倒見がいいわよね、トカゲさんたちの保護までするなんて。
確かにアキト君の言う通り、なかなか手出しできないでしょうし、
トラブルにも向いてるでしょうけど…週刊誌が怖いわね、いろいろと。
ま、この期に及んでアキト君に要らぬ疑いをかける自殺行為、そうそうしないでしょうけど。

…ラピスちゃんの一件は肝が冷えたというか、さすがに自責の念に駆られたわ。

危ない状況だと分かっていたのに…。
寝不足と体調不良でテロリストの荷物を開けてしまって…。
ウイルスにやられるなんて想定してなかったわ。
もっとも、さつきちゃんたちの命をもらってでもアキト君を何とか助けようとしてるって、
危なっかしい話の事もあるし、まだ油断できないけど…。

重子ちゃんがしっかり説得してピースランドで療養してくれてるみたいなので、
一応、もう大丈夫だとは思うけど…。

…でもテレビ局の人たちも無理言うわよね。
全局同時中継で帰還後のインタビューをするために佐世保でのアキト君のスケジュールを押さえ、
さらにその後も、スケジュールを調整してテレビ局に出てほしいって…。
…日本が生んだ歴史上最高の英雄ってなればそうなるでしょうけど…。

「……まさかコスプレ喫茶、芸能界を経由してあんなことになるなんて読めないわよね」

私はぼやくしかなかった…。

「おっ、眼上さんじゃないすか。
 ちーす」

「眼上さん、こんにちは」

「あ、ダブルドラゴンの…。
 こんにちは」

「ついにホシノ先輩が帰ってくるっすね」

「無事でよかったです」

「相変わらず常識はずれよね。
 …そういえば、あなた達の映画の件、順調なの?」

「そりゃモチっすよ。
 ブーステッドマンズの人たちもノリノリで。
 まあ『ダイヤモンドプリンセス』には勝てっこないっすけど」
 
「もう張り合うのが無理だよね、あれは」

天龍君も地龍君も深く頷いていた。
…そりゃそうね。
もう二月には歴代興行収入ランキングをぶっちぎった上に、現在進行形で記録を更新中。
公開から四か月は経過するっていうのにまだ満員御礼。
映画館も、全部のシアターを占有することはないにしても、
大型シアターだと常時三部作が3シアターを占有してるのもザラ。
…そろそろディスク媒体の販売になるのにまだ続くのかしらね。

「それより二人とも、帰還パーティの招待状は来てるわよね」

「ッス。
 言われた通り、内密にしてあるっす」

ピースランドの方から、私達映画のキャストに帰還パーティの招待状が来ている。
これはかなり内密で…ピースランド側が一方的にスケジュールを決めてる。
私達も参加しないわけにはいかないから、こっちが合わせるけどね。

「それじゃまた帰還パーティでね」

二人と別れて、私はアキト君のスケジュールを調整しに再び動いた。
さすがに重子ちゃんとラピスちゃんを欠いた状態での仕事は堪えるわ…。
アキト君、本当にシャレにならないわよねぇ。戦後の事とかどうするのかしら。
このままじゃ戦いからは離れても、いずれ暗殺されたりってこともないわけでもないし。
どうしたらいいのかしら…。
重子ちゃんの占いとラピスちゃんの策略家っぷりも合わせてみんなで話さないと…。


「「「「「眼上さーーーん!!」」」」」


「あなた達はいい加減にしなさい!!

 アキト君はユリさん一筋で誰にも手出ししないんだからやめときなさいって!!」



突然現れた、二百人以上居る、女の子たちに
……名だたる芸能人、アイドル、下は5歳から上は60歳くらいまで…。
私に対してアキト君への贈り物やらラブレターやら…。
…既婚者だって知っててもこれじゃ、本当に困るわよね…。

でも…ちょっと気になることも、実はあるのよね。













〇地球・太平洋上空・ユーチャリス・会議室──さつき

「オモイカネダッシュ、あなたが今回の事を引き起こした件は黙認するわ。
 でも、相談なしにこんなことしなくてもいいんじゃないの?
 私たちもラピスちゃんの事情を知ってたんだから」

『……面目ない』

……私達は重子の占いで、昨日のハッキング騒ぎの真相、真犯人がオモイカネダッシュだと割り当てた。
オモイカネダッシュも、ラピスちゃんを助けた時に重子の占いで助ける方法を探し当てたこともあって、
言い訳せずに重子にすぐに謝った。

…重子、あなたってばその気になれば世界征服できるんじゃないの?

いえ、それもアキト様のために使ってくれてるからいいんだけど…。
ハーリー君も共犯だったけど、本人が乗せられただけだし、
私達が責めるのもお角違いということで不問にすることになった。
とにかく、オモイカネダッシュ、そしてラピスちゃん、アキト様を全員集め、
今後のPMCマルスの方針とアキト様一家の護衛についてどうするか、決定しないといけない。

そして、話題はミスマル提督の暗殺未遂、敵の話題に移った。

「敵がなりふり構わなくなってる以上、
 できるだけアキト様を矢面に立たせないことと…。
 私達自身も、自衛して敵に捕らわれる、傷つけられることは避ける必要があるわ」

「「「「「「「「「「「ごく…」」」」」」」」」」」

私達の命の事は気にしないで欲しいとアキト様には言ってあるけど、
それでも放っておけるアキト様じゃない。
どこから隙が生まれるか分からないわけだしね…。

「パイロットとしてはともかく、格闘だの銃撃戦だのはまだダメだもんね」

『それについては、ウリバタケさんに手伝ってもらって、
 パワード・スーツを作ってもらうことにしようよ。
 あの人だったら嫌がらないよ』

「私達の方が嫌だけど…」

「多少サービスしてでもやってもらうしかない、かな」

「うら若き乙女がごっついパワード・スーツに身を包んでって、
 損な役回りよね」

…あの人、こういう仕事も好きだろうけど女好きでも有名だもんね。
正確な採寸のために、下着か水着で採寸に臨んで欲しいとか言い出すわ、きっと。
でもそれくらいで手に入るなら全然安いわ。
仕事中はそれなりに真剣にやってくれるだろうし。
役得ってことで、ね。

「とにかく合流後ね。
 アキト様は地球に到着したらしばらくはいろんなところに引きずり出される。
 公報だったり、テレビ局だったり。一週間で収まればいい方だわ。
 …まあ、これからも結構大変になるって占いは出てるわ。
 ラピスちゃんの占いのカードも、まだ最悪の方向からは完全には脱してない。
 
 ……ここが正念場よ!」


「「「「「「「「「「「「おーーーっ!」」」」」」」」」」」」」




















〇地球・ピースランド・市街地───ライザ
…周り見てるだけでもため息が出るわね。全く。
この辺はピースランド国内に住む国民の居住区がある。
テーマパーク部分だけで生活しているわけではなく、
あくまで彼ら用の、普通の西欧国家としての生活圏がある。
私はかつてクリムゾンの協力者だった女のフリをしてこの国に潜入した。
彼女は身寄りがなく、クリムゾンを裏切ったので高跳びのためにこのピースランドに国籍を変更していた。
最期は壮絶な拷問を受けて死んで、死亡届は出ていない。
遺体はひそかに…たぶんブタのエサにでもしたんじゃないかしらね?
…そんな女に成りすまして、私はこの国で過ごしている。

そして、この国の平和ぶりに改めて驚かされた。

この国は元々前身がテーマパークだったこともあって、かなりの小国。
それでもかなりの経済大国となって、経済の中立国となって戦争から遠ざかっている。
どうやら木連の攻撃対象から外れてるあたり、クリムゾンの関係勢力もここに頼っているらしい。

…いい気なもんよね、この国の連中。

自分たちだけ汚い商売して戦争や紛争から逃れてるんだから…。
それどころか犯罪だって国内じゃほとんど起こらないそうじゃない。
当り前よね…こんなに豊かで汚いものがない国なんだもの…。

…広くて人口の多い国となれば、戦争がある。
行方不明者が生まれる余地がある。
そして、貧富の格差がある…。

両親に売られた私は、表面上行方不明者として扱われた。

…両親は、マシな生活がしたくて私を売ったんだろう。
けど、その後の最低な…穢れた人生を生きて…死ぬこともできずさまよってきた。
こいつらは…そんな人間が居るなんて全く知らないような幸せな顔をしている。
誰も彼も、他国の血税となるべき金を違法に預けられ、その金を糧にして生きていやがるのよ。

こんな不平等なこと、あっていいわけ…?

……だったら悲鳴を上げさせてやるわよ。
あのホシノアキトを崇める、この国の連中を…!


「……ライラ?」

「ん、ごめんなさい。
 ちょっと辛い思い出を思い出しただけだから」

「そうか…君も大変だったんだね」

ぎゅっと、私を抱きしめた…この男はピエール。
何でも西欧圏のエステバリス小隊に属していたそうだけど、
グラシス中将の孫娘・アリサとの実力差に嫌気がさして休暇を取っているらしい。
そして今の私は…奇妙なことに背格好まで似ている、クリムゾンの裏切者だったライラという女に化けている。

私はこの一ヶ月の間、王城に侵入するためのルートを調べていた。
光学迷彩の類をこちらに送ってもらっているので何とか入念に下調べできたけど…。
その一方で入国してから職に就かずに、ただ浪費を続けてピースランドに居ることで、
恐らく不審がられていることだろうと想像がついた。
出番が来るまでは、バレてはいけない。

だからテーマパーク内で一週間目にナンパしてきたピエールを、うまく隠れ蓑にすることを考えた。
そして結婚を前提に付き合うなら、という条件を出した。
フィアンセが居るから、もしかしたら再び国籍を変更するかもしれない。
そう近所の人に言いふらしておけば、新参者で不審な生活をしている私をある程度カムフラージュできる。

こういうナンパな男ほど、自分の家に引き込んで、
それなりに好きに抱かせてやれば満足して従順になってくれるものだ。
それに土地勘のないこの男であれば私の方が優位。
スパイ活動をする時だけはうまく酔いつぶして、ダメ押しに睡眠薬を飲ませている。
もう、穴はないと言っていい。

…城への侵入のルートはもう確保できた。

あとは…。
今日こそラピスラズリの、居場所をある程度確定させる。
当日、彼女を拉致する時に…目星がつけられないのでは目も当てられない。
何しろあの、エステバリスが歩いて移動しても違和感のないレベルの広く大きい城だ。
潜入出来てすでに五日が経過しているにも関わらず、まだ発見できてない…。
時間はあと三日あるかどうか、ここからが勝負だわ。

「ライラ、今日は何がいいかな?」

「ラザニアにしてくれるかしら?
 マイ・ダーリン?」


ちゅっ。



私はややわざとらしく、抱き着いてキスをして見せた。
この辺はテツヤがよく教えてくれたハニートラップだけど…。
男ってのはベッタベタな方が燃えてくれるらしいわね。

「ほっほぅ、嬉しいねぇ!
 ボク、はりきっちゃうぞ~!」

……バカな男。
引き込んでから、休暇中だっていうのにコキ使ってるっていうのに、この喜びよう。
恋は盲目ってやつかしら……ま、あと数日だけ遊んであげるわ。




















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社──ホシノアキト
俺たちは久しぶりに地球に戻ってこれて、感慨もひとしお…というわけにもいかず。
ドタバタしながら木連の人たちの受け入れ準備を始めていた。
公的な交渉ごとには俺はお呼びじゃないから件数は少ないが呼ばれるだろうが…。
まだ地球内でもこのあたりの話はまとまり切ってない。
だから受け入れだけはしておかないと、芸能界に取っ捕まってえらいことになる。
ら、ラピスに早く会いに行かないといけないっていうのに…。

だが、受け入れは難航を極めていた。

何しろ、人を引き込むにもどうするにも、今本社にはマエノさんぐらいしかいない。
ラピスの護衛もあるのでナオさんさえも本社から抜けてしまって、
残ってるのは留守番のためにシーラちゃんを除くマエノさん一家だけだ。
エステバリスもないし、重要書類はナデシコに持ち込んでいたし、問題はなかったけど…。

案の定、侵入して盗聴器や隠しカメラをびっちり仕込んでいる連中がいた。
プレハブ住宅は建築準備中だし…。

ユリちゃんはこちらに着いた瞬間に、バリバリといろんな発注と、
ユーチャリススタッフのみんなの陣頭指揮を執って準備を始めてくれた。

俺はというと、このPMCマルスの社屋がある、
元倉庫の敷地を貸してくれてる大家さんに平謝りするとこからスタートだった…。


「ひどいじゃないですか!
 仇を討ってくれたと思ったら敵を引き込むなんて!」



「そ、それはそうなんすけど…。
 これも戦争終結のための一歩なんです…」


「分かってます!

 工事も許可してるのは分かってるからです!
 
 けど、けど…!
 
 前置きなしに、落ち着きもしないうちに、
 
 トカゲの人たちを立ち入りさせるなんて非常識です!」


「ほんっっっとごめんなさい!

 俺が全面的に悪いっす!」



俺はもう土下座するしかなかった。
この元倉庫の大家さんは、家族をほぼすべて木星の機動兵器の襲撃で失っており、
両親、夫、叔父や兄弟姉妹を失い、今は一人息子を残して失望の日々を送っている。
その事情を鑑みれば、すぐに受け入れようとした俺の判断はまずかったと思う。
大家さんには数日前に連絡してあったけど、受入日はもっと先だと思っていたらしい。
……たしかに木連も船があることだし、しばらくは船で待ってほしいと言えた。
この点について俺が配慮を欠いたことは言い訳のしようがなかった。

「……失礼します。
 私は、木連の優人部隊の白鳥九十九少佐であります。
 …我々の同胞が、あなたの家族を奪ってしまったことを…謹んでお詫び申し上げます…。
 謝って済む問題じゃないとは分かっています…しかし…。 


 …申し訳ございませんでしたッ!」


「…ッ!!」



白鳥さんは俺が頭を下げるのを止めると、
今度は自分が土下座して見せた。
草壁さんが…火星の人たちにもしてくれたように…。

「どうして…どうしてよぉ…」

大家さんはボロボロ涙を流していた。
誠実すぎる、一直線な白鳥さんが…分かってしまうんだろう…。

「どうしてこんな…真面目そうな、
 優しい人たちが戦争を起こそうとしたのぉ…。
 もっと悪辣に、自分たちが正しいって言ってくれたら、
 わたし…私は…」

大家さんは膝をついて、泣き崩れた。
白鳥さんも同じく涙を床に落として、頭を上げることが出来ずにいた…。

……大家さんはその後、
白鳥さんに家族を奪ったことは許せないが前に進みたい気持ちは一緒だと、語り、
誰も悲しい思いをしないでいい未来を作るために尽力してほしいと手を握って頼んだ。
白鳥さんはただただ深く、何度も何度もうなずいていた。

…こうして、佐世保の人たちと木連の人たちの、ファーストコンタクトが始まった。

「どいてください、ホシノアキトさん!
 押し通りますよ!」

「ま、待って下さい!
 まだ木連の人たちは政府との話し合いが…」


「一言文句を言わないと気が済みません!」



「…ホシノ君、我々も何の覚悟もなく地球に来たわけじゃない。
 謝罪させていただきます、こちらに…」

そしてその後、木連の人たちが来たことを知った佐世保の人たちは次々に恨み事を告げにPMCマルスに現れた。
俺は彼らを止めようとしたが、響き渡る怒号に怯みもせず白鳥さんたちは彼らを引き入れるように言った。
佐世保の人たちは、俺が相手でも…容赦しないと言わんばかりの怒気、殺気を持っていた。

だが、木連の将校たちはそれをすべて受け止め、謝り続けた。
時に殴られ、時に踏みつけられ、それでも必死に謝ってくれた。

「も、申し訳、ありませんでした…」


「謝って許されると思ってんのかッ!
 この人殺しっ!」


バキッ!…ばたっ。


「ぶっ!?
 ぐ…」


「お兄ちゃん!?
 もうやめて、死んじゃうわよ!」


「これ以上はダメだ!
 死なせたら取り返しがつかない!」



「…九十九…頑張ったな。
 俺が代わる…お前は休んでいろ」

白鳥さんは殴り飛ばされても立ち上がろうとしたが、すでに顔中がぼこぼこで前も見えていないような状態だった。
すぐさま俺とユキナちゃんが助けに入って、月臣が前に立って続く拳を受け続けた。

あまりに凄惨な光景が続き…他の文句を言いに来た佐世保の人たちも、
息をのんでその光景を見守っている人が多かった。
それでも十数人の怒りをぶつける人たちが木連将校を殴打し続けた。

俺も間に入って、暴動にならないように必死に訴えかけた。
ここで俺たちが殺し合えば、お互いに徹底抗戦になると、何度も…。
ギリギリの均衡を保って、駆けつけた警察も見守って入るが止めに入らないような、奇妙な状況が生まれていた。
暴力行為があっても積極的に止めに入らず…彼らの誠実さを見極めようとしているようだった。
止まぬ怒号の中、どれくらい経過しただろう。
ついに、殴打する人は最期の一人を残すだけになった…。


ばきっ!


「やりすぎだ!
 もういいだろっ!」

「ま、まだだ…。
 あいつは…あいつは…俺の…!」

「やめろ!
 アキトさんだって、そうしなかっただろ!?
 自分の婚約者を奪われても…!」

「…分かってる!分かってんだよ!
 
 こいつらは兵器じゃねえのも!
 
 同じ血が流れてる人間だってのも!
 
 こんなになってまで償おうとしてくれる、連中だってのも…!
 
 ち、ちくしょう…」



この男の人…握り拳を力なく地面に打ち付けて膝をついた……手を骨折してる…。
殴り飛ばされて倒れてる人は…秋山さんだ。
…顔中が腫れ上がって、見る影もないが…。
そして一人、また一人と意識を失って運ばれてなお、
誠意を見せ続ける木連将校の姿に、佐世保の人たちは最後には逆に謝り始めた。

木連の人たちは黙って引っ込んでいれば、
政府から保護される立場…俺に保護される立場だ。

それをせずに、正々堂々と彼らの恨みを受けた誠実さにうろたえ、
恨みをぶつけた自分たちの心が晴れない、気持ちが晴れるどころか、
一方的に傷つけてることに罪悪感を覚えて始めていた。
そして…。

「す、まなかった…。
 こんなことをしても…あんたらを殺しても…何にもならん…。
 痛かったろう…その心遣いだけで…俺たちは…」

「…ふ…ふみまへん…」

ボコボコに顔を晴らした白鳥さんが戻ってきて…また謝って…。
佐世保の人たちも、もう言葉が出なかった。
俺もただ涙を流すことしかできなかった…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そして、負傷した木連の人たちは、丁寧に救急車で運ばれていった。
俺はユリちゃんたちに後を託して、彼らに付き添った。
その時になってようやく、テレビカメラの存在に気が付いた。
この一部始終…いや、おそらくすべてが記録されたが……悪いようにはしないだろう。
ここまでして、償おうとしてくれた、木連の人たちを…。
俺は…これを止めなかったことは怒られそうだけどな。

でも…。
…俺は婚約者を失ったと吹聴し、その実、ラピスの中に生きていたユリカを取り戻せる状況にある。
そして実際に取り戻そうとしてしまっている…佐世保の人たちも、世間も、すべて欺いてな…。
…木連の人たちの誠実さの足元にも及ばないな。

だが、それでも退くつもりは、もうない。
自分を欺いて、世間に対して誠実になれる俺じゃない…。



……今度こそ、すべて取り戻す!

















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・事務室──ユリ

「何考えてんですか、バカッ!
 死人や後遺症が出なかっただけマシなだけで、
 ほぼリンチを許容しただけじゃないですか!?」

『う、うう…ごめんって…。
 一応、各方面にも謝りに行くから…』

「あったりまえです!
 自分の尻拭いくらいしてください!
 保護すべき客人を殴らせる家主がどこにいますか!
 今日明日はもう帰ってこなくていいですから、ちゃんと決着つけて下さい!
 眼上さんも呼んでおきますから!それじゃ!」

私は病院に行ってるアキトさんにド説教をぶちかまして、端末を切りました。
……ただでさえ、かぐらづきには千人は乗ってきているから準備が大変だっていうのに、
アキトさんは何してんですか、全く…。

「ゆ、ユリユリ?
 白鳥さん大丈夫だって?」

「…命に別状はないです。
 だったら顔もちゃんと戻りますよ」

「ほ…。
 仕事終わったらお見舞いいかなきゃ…」

「ミナトさん、行くことないわよ!
 お兄ちゃんのせいで木連の将校、かなりボコボコにされちゃったんだから!」

「そうはいかないわよ…可哀想でしょ」

「はー…世話の焼ける…私も行くわよ…」

「兄貴分には迷惑かけられっぱなしですね、ホント」

ミナトさんとユキナの会話に、ルリはぼそっとつぶやきました。
…とてもじゃないけど面倒見切れません。
ただでさえ木連の人たちは保険証が出てないから医療費がバカにならないのに、
こんな乱闘騒ぎで大量に怪我人をだして…お金の問題じゃなく、
お互い納得してのサンドバッグを引き受けたとはいえ、人権問題や対木連の扱いの問題になりかねません。
……はぁ、こんなことならあの熱血バカ二人を表に出さず、ここに置いとくんでした。

で、私達は何をしてるかって言うと…。
ナデシコは火星から戻ってかなりボロボロなので、オーバーホールのために連合軍基地ドックに預けてます。
今回はウリバタケさん達整備班達すらも外されてます。
理由はネルガル系の専門スタッフが入って激戦のデータ収集を兼ねており、
それを手早く直されてしまっても問題があるからだそうです。
そしてナデシコのクルーの大半は、帰還報告を兼ねて実家に戻ってます。
家族や友達に英雄扱いされていい気分でしょうね。

ユリカさんはミスマルお父さんに付き添ってます。
撃たれた傷はほぼ完治していますが、一応療養です。
ナデシコがオーバーホールで動けない以上、ユリカさんを無理に引き留める必要はないです。
少佐さんに付き添ってもらって一緒に居てもらった方がいいでしょう。
そろそろユリカさんがテンカワさんとくっつくかもしれないので、
ユリカさんが独身最後の期間くらいはいい時間を過ごさせてあげたいですし。

で、ブリッジクルーの私達は、PMCマルスの社員とユーチャリススタッフのみんなとで、各発注などを行ってます。
ミナトさんは社長秘書の経験がありますし、メグミさんは電話係、
私とルリは経理、PMCマルスの社員のみんなは書類整理と、
私達は多岐にわたる準備に奔走してます。これは受け入れだけで三日はかかりそうです。
千人の受け入れって言うことで、地球でのPMCマルスの大変さがさらに五倍です。
…勘弁してほしいです、マジで。
だからこそナデシコのブリッジクルーのみんなにも手伝ってもらってます。

ちなみにナデシコのオーバーホールが終わるまで二週間、
ユーチャリスはこまめな整備が間に合っているので一週間の整備計画になってます。

その間、ユーチャリス訓練施設にある食堂では
ホウメイさん達とテンカワさんは木連の人たちに料理を振舞ってますが、
千人相手ではフル稼働でもはけるまでナデシコの五倍の時間がかかってしまい…。
普通にさばききるだけでも一苦労の様子です。
木連のコックさんも手伝ってくれてますが、
食材の味に感動して動けなくなって明日まで使い物になりません。
…はぁ、食材の発注一つでもかなり苦労するというのに。
社屋の方の食堂もフル稼働ですが…どれだけ軽減できるか…ああ、考えれば考えるほど頭が痛くなってきます。

早々にラピスを呼び戻したいです、でも舞踏会までは療養のためにそっとしておきたいですし…。

この場合、外部のホテルを取るのが筋ってもんですが、さっきの乱闘騒ぎの通り、
無理に外部に委託するのも危険です。
そもそも敵が混じってるかもしれない人たちを外に自由に行かせてはいけないですし。
危険物を持ち込めないように徹底して、かつ目の届く範囲に居てもらわないと。

……ああ、ほんと…気を遣うことばかりで、早く老けちゃいそうです。

「…社内のボディーガード役が増えたのはいいんだが」

「なんだ、ヤガミナオ。
 我と娘たちでは不満か」

「いや…実力も申し分ないとはいえ、仮にも客人にそうさせてはと思ってな」

「案ずるな、我らはホシノアキト殿にやとわれておる。
 貴殿とは同僚だ」

「ユリさん、お茶をどうぞ」

「あ、さな子さんすみません…」

あれ、そういえば…誰か忘れてるような…。















〇地球・東京都・立川市・ミスマル邸──ミスマル提督
私達は地球に無事に戻ってきて、休養を取っている。
アキト君と木連将校の無茶苦茶な謝罪劇はテレビでも放映されたが…。
かなり過激なので途中から放映を辞めていた。

だが、その後の続報で…最後は分かり合えたようだ。

こんな方法では批難も受けるかもしれんが、歴史的な事件として記憶されるだろう。
身体を張ってくれた木連将校のおかげで、人が人を傷つける生々しさが人の心に刻まれた。
これではますます戦争を盛り上げることなどできんだろう。

……ふ、戦争が終わったら失職しそうだな、我々連合軍は。

「お父様、お茶です」

「うむ、ありがとうユリカ」

「少佐さんもどうぞ」

「ありがとうございます、お嬢様」

「…それで、お父様。
 アキトの事なんですけど」

お茶をすすっていた私は眉をゆがめることしかできなかった。
幾度となくテンカワ君のせいで湯飲みを砕いてしまったが、今度はそうもいかなかった。
何しろ本当に命を救われてしまったし…少佐との戦いをしてもらうところまで来てしまっている。
あとは本当に日取りでしか抵抗できん。

「お嬢様、彼が本当にホシノさんに匹敵するほど強くなられたんですか?」

「もちろんですっ!
 二人で襲い掛かってきた人たちを一瞬で倒しちゃったの!
 それに、ムッキムキに鍛え直してくれたの、アキト君が!」

「ほほう…。
 これはすごい…ずいぶん鍛え直しましたな」

ユリカは端末をすっと差し出すと少佐にアキト君のトレーニング姿を見せた。
……例の昴氣のこともそうだが、だんだんバトル漫画の住人になってるな、あの二人は。
普通の相手ではかないそうもないが…少佐でも危ないかもしれん。
ううむ…そうだ!

「では、ユリカ。
 日取りは一ヶ月後、とびっきりの兵士をそろえてテストしてやる。
 木連との和平交渉もそのころには一段落するだろう。
 …それでいいか?」

「!
 はいっ!」

「では少し、食事でもとろうか。
 ユリカ、支度してきなさい」

「はーいっ!」

ユリカは執務室内の洗面所に向かった。

「そろそろ年貢の納め時ですかな、提督」

「そのことなんだが…例のキリュウの部下の連中を呼べないか?」

「は?
 ……できますが。
 やれやれ、提督も意地が悪うございますな」

「意地が悪いものか。
 本当にあの筋肉と昴氣がハッタリじゃないと、
 技も追いついていると証明するしてほしいだけだ。
 
 ……それに『今の』ユリカを守れるだけの力があるのは確認したいのは本当だ」

「…それもそうですな。
 本当にホシノさんでも今まで通りに外出できるか怪しくなってきました」

「そうだろう。
 ユリカを守りながら敵中突破できるくらいだったらあきらめざるを得まい…」

私はふうとため息を吐いた。
…あとどれくらいかかるか分からないが、
娘たち、娘婿たちが安心して生きられる世の中になるまでは…とてもじゃないが死ねん。

「うう…ユリカ…」

「…アオイ君、居たのか」

「居ましたよ…ずっと…」

アオイ君は最近彼女に振られたせいかユリカにまたくっついてるようだが…。
もはや君の手で守れるユリカではないのだよ、諦めたまえ。
















〇地球・佐世保市・警察署──ホシノアキト
木連の人たちを受け入れて二日…。
俺は警察署で暴動にならなかったからよいものの、と付け加えられてすごい説教をうけてしまった。
本来は暴力事件になるところで、訴訟されなくても逮捕されるのが筋だが、
本人たちの意思があって、事情が事情なので厳重注意で済むが、
これを真似されると困るので謝罪会見までちゃんとやるようにとくぎを刺されてしまった…とほほ。
警察署から出てきたところでばっちりテレビ局や記者の人たちが待ち受けていて、
簡易に事情の説明をして、改めて記者会見を設けるとしたものの、結局二時間くらい捕まってしまった。
うう、初めて責任者としての役割を全うしてる気がする…。
とはいえ、ほとんど同情ムードで居てくれたのが幸いだった。これなら手ひどいことにはなるまい…。

「地球に戻ってこれて良かったですね!
 木星トカゲ…いえ、木連の人たちとの間を取り持つのは大変でしたか?」

「い、いえ…そっちは木連の人たちも乗り気だったので…。
 でも俺も複雑な心境もあって、気苦労が絶えなくて…」
 
「アキト君、それくらいにしてさっさと乗んなさい。
 あなたの人の良さじゃもう二日は帰れないわよ」

「眼上さん…お、お久しぶりです…」

眼上さんはどこから借りてきたのか、
アメリカ大統領の乗るような特殊装甲が使われた護衛車両で迎えに来てくれた。
これはミスマル家の送迎車両とは型がちがうけど同じ系列だ。
テレビ局にも顔の利く眼上さんの登場で記者たちも引っ込んでくれた。
俺は助手席に飛び乗ると、すぐに車を出してもらった…。

「全く、あなたって荒事と手が切れないのね」

「申し訳ないです…」

「ま、いいわ。
 木連の人たちの行動が世間の心を動かしてくれたのは事実よ。
 より一層、和平に弾みがついたわ。
 普通だったら人身御供をだしたとかパフォーマンスと言われかねないところだけどね。
 …でも暗殺騒ぎの事はまだ落ち着いてないし、油断できないわね」

「…ええ」

「自爆テロもありえなくないでしょうね、もはや。
 この車だって、うっかり置きっぱなしにしたら何をされるか…」

眼上さんはこのあたりのことは素人だが50代ということもあって人生経験があるから、
この緊迫した空気を、肌で感じているんだろう。
暴力団の襲撃が可愛く思えるほどの襲撃がありえる。
…狙撃するような殺気はないが、どこから狙われてるか。

「…私程度じゃアキト君は守り切れないわ。
 メディアからの防御はある程度できるけど、アキト君へのアンチ行動、
 そして勢力の攻撃に対しては無防備。
 …私もボディーガード雇わないと危ないかもしれないわね」

「すみません、眼上さんまで巻き込んで」

「いいわよ、あちらさんからしたら私もあなたを盛り上げた一人だもの。
 私は鼻が高いわ、こんなすごい子と仕事が出来て。
 …私が死ぬようなことがあっても気にするんじゃないわよ、アキト君。
 私は十分に楽しんで生きたし、最後の仕事にふさわしいことを出来たんだから」

「眼上さん…」

俺は二の句が継げなかった。
眼上さんは死ぬのを覚悟してくれているだけじゃなく、
俺と過ごした時間、一緒に成し遂げた仕事を本当に誇ってくれている。
…感謝しかできない、俺には…。

「…それよりね、アキト君。

 ラピスちゃんのこと、どうするつもりなの…?」

「…眼上さん、ラピスの…その…。
 秘密を知ったんですか?」

「いえ。
 けど…私の知らないところで、
 さつきちゃんたちの命を賭けてあなたを救おうとしていたみたいなことは聞いたわ。
 …テロリストの荷物の件も、ちょっと疑問が残るところがあるし…。
 
 でも…アキト君のために自分の命も、みんなの命も捨てかねないところがあるのは分かるの。
 
 ……あの子、放っておいたら死んじゃうわよ」

俺は眼上さんの横顔を見て、すぐに目の前の道を見た。
…そんなことは分かりきっている。
ピースランドで…ラピス、そしてユリカと合流して、これからのことを決めないといけない。
これ以上、大事な人達を傷つけないためにも…。

「……それに、アキト君。
 あなた、ラピスちゃんに手を出そうとしていない?」

ドキッとした。
眼上さんは…なんでもお見通しのようだった。
これも、長年スキャンダルを目の当たりにしてきた芸能関係者だからだろうか。

「……」

「どうなの」

「…し、てます」

俺はかろうじてそう答えるのが限度だった。
沈黙を保っても肯定になり、否定しても不自然な声しかでず、結局バレる。
そして、この世界のホシノアキトと分離していない状態だと、
嘘をつく余地がなくなる…特にユリちゃんや眼上さん相手だと…が、ガキ過ぎる…。

「…相変わらず隠し事下手よね、あなた。
 でもあなた、元々ユリさん一筋でロリコンではなさそうだし…もう少し、言い訳を聞かせてくれる?
 地球を出る前のラピスちゃんを見るあなたの目が…一晩前と違っていた。

 ラピスちゃんもそうだった。

 でもあの晩に、ミスマル家で何かあったとは思えなかったし…。
 そのあたりからラピスちゃんの性格が変わってることが増えた。
 二重人格的に、いつも相手を対等にしてくるはずのラピスちゃんが敬語使うことが増えて…。
 
 それがアキト君がラピスちゃんを気にかけた理由だとして…。
 …今までの関係と全く違う、何か重大な秘密があるとにらんだわ。
 
 ……秘密があるならそろそろ話してくれるかしら。
 
 私とあなたの仲でしょう?
 命を賭けるんだから、それくらい聞かせてもらってもいいんじゃない」

「…ごめんなさい、地球を出る前に全部伝えておくべきでした。
 そうしておけば、ラピスのことも…」

「いいから、気にしないで。
 それより…」

「はい…」

俺は眼上さんに目立たない路地に一度停車してもらい、
詳しく事情を話すしかなかった…。
ほぼ洗いざらい、未来での出来事まで込みで。
小一時間かけて話したところで、いつもどおり眼上さんは黙って聞いてくれた。
甘ったれてるな、俺は…。

「……そういうことだったの。
 あなたは、史上最悪のテロリストに成り果てても…。
 ユリカさんを救おうとした未来のテンカワ君だった…。
 そしてラピスちゃんは、ラピスちゃんであり未来のユリカさん。
 
 …納得したわ。
 あなたのしてきたこと、そして想ってきたこと、すべて。
 新造された戦艦のはずのナデシコに対する愛着も、ユリカさんに対する執着も…。
 そして時々寂しそうに、愛おしい目でみんなを見る姿も…。」

「…シャレにもなりませんね。
 最悪になるはずだった男が、最高の英雄に成り上がるなんて。
 そして婚約者を失っても木連の人たちと和解しようとしたと世間を欺いて…。
 ……今はラピスを、ユリカを救おうとしている」

「……悪いことをしたら省みる、それだけでもずいぶん立派よ。
 この戦争を起こしたお偉いさんたちに聞かせてあげたいわ。
 それだけじゃなく、あなたも草壁さんも戦争を止めて人を救おうとしてくれてるじゃない。
 誰も責めないわよ、そんなこと」

「…自虐が過ぎましたね。
 俺もユリちゃんも、二股してでもユリカを助けるつもりで居ますし、
 お義父さんにも世間にもボコボコに言われても突き通すつもりです。
 …ずっとあの『黒い皇子』のままだったらこうは思えませんでした」

「…そこまで吹っ切れてるなら大丈夫そうね。
 それじゃ、そのうちアキト君も芸能人らしくなるわけね」

……そのたとえはどうなんだろう。
俺もスキャンダル扱いされてもなんとかするつもりでは居たけど。

「ま、そこんところのフォローは任せなさい。
 この道25年以上の私ならいい感じにフォローできるわ♪」

「…え、ええ。
 ぜひお願いします…。
 そのためにも、眼上さんには生き残ってもらえるように頑張りますから…」

「あら、嬉しいわね。
 アキト君はあと何年くらい私と世間を楽しませてくれるのかしらね♪」

……勘弁してくれ。
いや、自業自得なんだけど。

「そういえばアキト君、このことって誰に教えてあるの?
 事情が事情だからそんなに教えてないと思うけど」

「えーと…。
 ユリちゃん、ラピス、アカツキとエリナは最初っからこっち側ですし…。
 ユリカ義姉さんとルリちゃん、テンカワに…オモイカネブラザーズ。
 あの様子だとさつきちゃんたちも知ってるみたいですし…。
 木連だと白鳥さん、月臣、秋山さん、北辰さんには草壁さんから教えてあるとかで…。
 地球に入るころにミナトさんとメグミちゃんとハーリー君にもちょっとバレちゃって…」

「なによそれ、そんなに知ってる人が居るの?
 ほとんど公然の秘密もいいところじゃない。
 そんなに知らせてるくせに私には言わなかったの?」

「すみません…なし崩し的なところも結構ありますから…。
 あとはお義父さんにはちょっと言いづらいのもあってまだですし…」

「確かに別れろとは言われないでしょうけど、今後に響きそうよね。
 全部まとまってからじゃないと。
 ま、いいわ。許したげる。

 だったら──もういっそのこと映画にして広めちゃう?
 その方が二股かけても文句言われなくなるんじゃない?」

「か、勘弁してください…」

…と、いいつつ…。
すでにダイヤモンドプリンセスの映画内でも近いことしちゃってるけどな…。














〇地球・佐世保市・PMCマルス本社──ユリ
昨日のトラブルから一夜、ようやくプレハブ住宅の増築が始まったわけですが…。
工期短縮のため、ネルガルから新型重機の導入が入りました。
なんでも、戦後の機動兵器需要の削減に備えて、
ひそかにエステバリスサイズの建設ロボットの開発に勤しんでいたそうです。
元々IFSを用いた重機、そして作業ロボットは元々存在していましたが、
地球ではIFSへの偏見もあって導入が進んでませんでした。
作業ロボットの方も、サイズは三メートル強と小型でしたが、
今回の建設ロボットはエステバリスサイズの6メートル、大型のものになると8メートルあります。
こちらは地球に残ったシーラ整備班長が、ネルガルの開発部とやり取りをして作ったそうです。
コードネームは『建設作業機械・レイバー』昔のロボットアニメが元ネタだそうで…。
でも…。

「…巨大ロボがプラモデル感覚で立てていく住宅っていうのは奇妙なもんだな」

「最終的には溶接するそうですけど、基礎はこう作るそうで…」

マエノさんとシーラ整備班長がぼんやりと建設姿を見ています。
これ、見てる側からすると結構不安で………前途多難です。

「そういやユリさん、アキトのやつはまだ戻らないんす?
 俺もトラブルの件であんまし顔合わせてなくて」

「……トラブルの件で記者会見と、
 政府公報、そのほか芸能活動で一週間は戻れないみたいです。
 はぁ、話がまとまったら一ヶ月ほど休養したいです」

「苦労しますねぇ、ユリさん」

…本当ですよ。
ただでさえナデシコで戻る時もアキトさんの特訓に加え、
ナデシコと木連の人たちとの交流会で、暇そうに見えて実は毎日忙しかったんですから…。
…そんなこんなで、このプラモデル式の住居は組み立て半日、
溶接にもう半日と超スピードで完成し、あとは内装と電気水道ネット回線などの整備だけになりました。
こちらはウリバタケさんを中心に整備班の人たちが大急ぎでやってくれるそうです。
そして二日ほどであっさり完成して、木連の人たちがひとまず地上で生活できる準備が整いました。
戦艦に乗ったままの方が私達は楽ですが…体裁が悪いですし、
そのまま攻撃を仕掛けてくる可能性があると世間に思われても問題です。
このあたりは地球の政府の判断が良かったんでしょう…迷惑かかるのはこっちですけど。
…なんか、私って…。
サツキミドリ二号の件でお葬式に手いっぱいだったユリカさんの忙しさが、 一年半ずうっと続いてる気がします…。
…勘弁してほしいです。
















〇地球・都内某所・ラジオ局

『え~続きまして…コーナーが変わります!』

『A子と!』

『B子の!』


『『「かしらかしらご存知かしら?のコーナー」でぇ~~~~す!』』



『ついに!』

『ついに~~?』

『アキト様帰還の報告が入ってきちゃったわね!
 まさか本当に火星から帰還しちゃうなんてびっくりね!
 しかも主治医のフレサンジュ博士たちを連れて、
 おまけにトカゲさんたちと和解をする道を作っちゃうなんて…。
 お釈迦様でも見抜けねぇ!ってやつね!』

『あんたねぇ…いくつなのよ。
 そんな時代劇みたいな表現、今時しないんじゃないかしら?』

『いいじゃない、古きに親しめ、恋せよ乙女!
 新旧はあくまで目安、良いと思った言葉はどんどん使っていきましょ~!
 
 で、古きに、と言えば…。
 ついに公式的に木星トカゲの正体が『木連』なる、
 100年前の月の独立戦争の独立派の生き残りだって判明してしばらく経つわけだけど!
 まさか小さいながらも国家と十分言えるだけの勢力を蓄え、
 地球を圧倒する戦力を送り込んできたって、こんなフィクションもびっくりの事実が!』

『しかもねぇ、その百年かけて準備して戦力を、
 ヤマサキ博士というマッドサイエンティストが、
 どうやって奪い去ったのか、ぜぇ~~~~んぶ奪って、侵攻作戦を開始しちゃったって…。
 どんなワンマンアーミーなのよ、ヤマサキ博士ってば』

『ワンマンアーミーかは知らないけど、
 今の地球への攻撃はヤマサキ博士がすべてやってるそうよね。
 ほんと、どんな人なのかしらね』

『それに佐世保でアキト様立ち合いの元、
 木連将校たちによる「血の禊ぎ」が行われたってことでアキト様は、
 書類送検一歩手前の厳重注意を受けたそうね。
 これも木連の人たちのゲキガンガー好きの熱血バカが祟ってのことだったそうだけど。
 主犯じゃないにしても木連の人たちは共犯および未遂ってことで本当に気にしてるわけね。
 本当にあっぱれとしか言えない潔さよねぇ』

『ほーんと、私の元カレにも見習ってほしいわよ。
 貸しがたくさんあるのに踏み倒して絶縁するんだから、あったまきちゃう』

『…あんた、男運が悪いんじゃなくて、男の趣味が悪いんじゃない?』

『うっさいっ!
 …こほん。
 それはともかく、アキト様はこのことで各所に謝罪に回って記者会見もしたそうで、
 火星に居る木連総帥の草壁さんも、
 むしろアキト様と木連将校の人たちの行動に感謝すると明言しているわ。
 
 けど、これ以降、こんなことを許してはいけないと地球、火星、木連全部から合意があったわけ。
 アキト様の謝罪会見でもこの辺は伝えられたけど、
 私刑に等しい乱闘騒ぎは、今後平和を目指すうえでは無用ってこと。
 
 今時、体罰だの、修正だの、私刑の暴力だのってのは流行らないだけじゃなく、単純に犯罪なの。
 それだけに、今回の事はアキト様だって下手すりゃ逮捕だったんだから。
 木連将校たちが自発的に始めたとはいえ、これを許しちゃったら、
 「自発的に殴っていいから、死んだって罪に問われない」なんてことが起こっちゃうでしょ?』

『あーそりゃそうなるわね。
 ただでさえ昔から因縁つけて、相手に謝罪要求しながら暴行なんてあることだもんね。
 そうじゃなくたって、言い訳でそういう風に言い出したら死人に口なしにもなりかねないし』

『だから今回のことは、本当に最初で最後ってこと。
 全国の小学生も聞いてたらちゃんと覚えときなさいよ!
 真似したら怒られるのはアキト様なんだから!』

『それもそれで問題だわよ、アキト様に押し付ける輩がでるんじゃないかしら?』

『…それもそうね。
 そういうわけで、平和に向かって行きましょう。
 暴力は今まで通り、どんな理由があってもなし!
 殺し合いなんてもってのほか!
 分かった?
 
 それでは!
 お便りコーナーに戻ります。
 
 映画『ダイヤモンドプリンセス』の感想コーナーは先週お伝えしたとおり、募集を中止してます』

『ここからは、アキト様帰還についてのお話ですが…。
 アキト様の義父、ミスマル提督暗殺未遂事件についての続報です。
 …って暗殺じゃなくて正面から殺しにかかってる気がしないでもないけど。
 どうやらミスマル提督は打ち所が良かったので、自宅療養しているそうです。
 …これも薄氷を踏むような話だったみたいね』

『そりゃーそろそろ好戦的な人たちからすりゃ、和平って許せそうにないもんねー。
 将を射んとする者はまず馬を射よ、
 アキト様を殺せないって踏んでミスマル提督を殺せばって、思ったんじゃないかしらね。
 恨みつらみが消えてないのは地球も木連も居るって…ちょっとおっかないのかしら。
 さらにユーチャリスハッキング事件!
 ユーチャリスが奪われてたらどうなっていたのか、考えるだけで怖いわよ』

『あの船はナデシコ級ほど大きくないそうだけど、
 グラビティブラストが必殺兵器だもんねー。
 それに世界最高峰のコンピューター、オモイカネシステムをハッキングするなんて何者なのかしら?』

『このあたりに関するお便りもいっぱい来てるのよ~。
 まず、ラジオネーム「百合の騎士団入団希望No.4649』さんからのお便り。
 

 「はじめまして、このラジオは第一回から聞いてます。
  そしてアキト様特集が定番になってからすでに三十数回が経過していますが、
  ファンになったのはだいぶ遅いほうで、ダイヤモンドプリンセスの映画を見て深くハマりました。
  映画に負けずドラマティックすぎるアキト様の生きざま、拝見させていただいてます。
  でも、この戦争を終結に導いているという事実に目を向けず、
  悪あがきで邪魔してくる人達がたくさんいるようで残念です。
  
  できればアキト様は戦いから抜け出して、夢であるコックさんになってほしいです。
  
  世界中のみんなが、アキト様がこれ以上不幸な目に遭わないことを望んでます。
  だからこのあたりのことで署名運動でもしようかなと考えてますが、みなさんはどう思います?」

 …だって。
 確かにアキト様過労で死んじゃうかもしれないわね』

『火星突入前の激闘の激しさもすごかったもんねぇ。
 毎日戦闘訓練とかに勤しんでるみたいだし…。
 元々、PMCマルスで激闘してエステバリスの導入のきっかけ作ったり、
 連合軍の人たちのエステバリス教習を始めたり、
 ユーチャリススタッフの訓練も、映画の撮影もしてて、
 その傍ら、コックの仕事と芸能活動もなんだかんだ続けてたもんねぇ』

『…って冷静に考えるとアキト様って会長のお仕事してる暇ないのかしら?』

『本人も頭はあんまりよくなさそうだし、
 ユリさんやラピスちゃんあたりに任せてるんじゃないかしら?』

『たしかこの間ラピスちゃんからのお便りでもそんなこと言ってたわよねぇ。
 天は二物を与えずって奴かしらねぇ』

『人間離れしてるけどね、大概…。
 そろそろなんかこのあたりの法律作ってでもやめてもらわないとあぶないかもね』

『そんなわけで、アキト様を戦いから遠ざける救出作戦のアイディア、
 今後もお待ちしているのかしら?』

『かしらかしら!』


『かしらかしら!』


『『ご存知かしら~~~~~~~~!』』

















〇地球・東京都・テレビ局・スタジオ──ホシノアキト
俺は久々のテレビ局に、ちょっとだけ感慨深くなりつつも、
やっぱり地球帰還で、みんな盛り上がっちゃってて…。
テレビ局でさえ、楽屋も廊下も俺を追いかける人でいっぱいで、
俺は壁を走ってかろうじて逃げ回った。
当然、昴氣を体内に張り巡らせて、身体能力を上げないとこんなことはできない。
……が、反面、俺のパワーアップについても知られてしまうことになって、
また変な噂が立ちそうだ…うう…。
それにテンカワと筋肉量が離れたから、今後はあいつを影武者にするってことができん…。

スタジオに到着してからもこのどんちゃん騒ぎは収まらなかった。
番組の進行台本を読んでるそばから、取り囲まれて質問攻めにあってしまい、
逃げ回って、照明にぶら下がってかろうじて台本を読み切る、ということに…。

ちなみに眼上さんには一度佐世保に戻ってもらうことになった。
眼上さんも暗殺される可能性がないわけではないし、ナオさんに来てもらって護衛してもらいつつ、
先んじて帰ってもらうことにした。俺の帰りはまた考えがあるらしい。

芸能活動が一週間くらい続くので、しばらくはアカツキの家に厄介になることにした。
できればミスマル家に行きたかったが、俺が行くとまた狙われてしまうかもしれない。
そうなった場合、戦い慣れてる俺とアカツキだったらエリナ一人守って逃げるのは可能だが、
ミスマル家の場合はお義父さんとユリカ義姉さんを守りながら、
少佐さんはともかく気心の知れていない護衛と連携して突破するのは難しくなる。
諸事情を考えると、こっちの方がいいんだ。
お義父さんには残念がられたが、アカツキとも話しておきたいことも多いしな…。
…で。

「では最近発刊された『プラチナ・ナイト』の技を再現していただいていいでしょうか」

「あ、はいっす」

…俺はバラエティ番組で、
アクアが企画したダイヤモンドプリンセス外伝漫画『プラチナ・ナイト』の、
必殺技再現を頼まれてしまった。
ダイヤモンドプリンセスの前日談ってことだが…なんて言うかキラキラしてるな、この漫画の俺…。
今、再現された服を着ているが、この服飾も映画劇中よりさらに王子様っぽい。
…これでナイトは無理な気がしないでもないけど。

ま、まあいいや…えーと…。
飛びあがって三回程度回転し、落下とともに斬撃だったよな。
普通に飛び上がるんだとちょっと足りないな…。
そうなると昴氣を使う必要があるな、人前だけど…ショー要素があるからいいか?


「はっ!
 …でやあっ!」


ざんっ!


「「「「おおおーーーっ!?」」」」



「すごい!本当に青白く光って魔法みたいだ!」

「かっこいい…」

人型にされた巻藁を唐竹割に真っ二つにしたら、会場はどよめいた。
…だが、よく見るとアシスタントディレクターは腰を抜かしていた。

「そ、それ…模造の刀で切れるはずがないのに…」

はっ!?

……俺以外には聞こえてないみたいだが、俺ははっきり聞こえてしまった。
どうやら、北辰さんに教えてもらった一刀流の威力と、
うっかり剣の方にも昴氣をまとわせてしまったので、
真剣のように真っ二つになってしまったようだ…。
…あとで口留めしておくか…。


「うおおおおおーーー!?
 さすがアキト様、フィクションを現実で超えてくるなんて!?
 私ももっと真似できないくらいすごい技を考えておかないとー!」



…たぶん漫画の作者だろう、すごい勢いでスケッチしてる人が居るな。
う、うっかりしてた…このあたりユリちゃんか眼上さんが居れば止めてもらえたのに…。
帰ってもらったのは失敗だったか…。

…その後、番組は大盛り上がりになってしまい、スケジュールどおりの収録はできなかった。
番組の監督には「まさか視聴率だけじゃなくてタイムスケジュールまでひっくり返されるとは」と、
苦笑いされてしまった。
どうしろってんだ…うう…。















〇地球・東京都・アカツキ邸──エリナ
アキト君たちが地球に戻ってから一週間ほど経過して…。
私とナガレ君は、アキト君を、戻ってきた祝杯を挙げるために呼び出した。
この半年と少しの間、かなり忙しかったけどその甲斐あってネルガルの立場、株価は揺らがないほどになった。
全部が全部目の前にいる、アキト君のおかげなんだけど。
で…。

「…あのイネ…アイ君?
 君が夜遅くまで付き合えないからってこの時間指定はないんじゃないかい?
 僕もアキト君もかなりスケジュールを早く切り上げないといけなかったんだけど…」

「むー!
 私だけ仲間外れなんてひどいじゃない!
 私は今も昔もお兄ちゃんの命の恩人なんだから!」

「は、はは…。
 俺に免じて許してやってくれ…。
 こんな小さな体で帰りは一生懸命やってくれたんだ…」

「そーよそーよ!
 お兄ちゃん、お酌して!」

「はいはい…」

……未来で『説明おばさん』と裏でささやかれていたイネスは、
この世界で11歳のアイ・フレサンジュになって、
今は年頃の娘らしくわがままぶりを炸裂させて、
仮にも「世界一の王子様」と言われるアキト君に、ぶどうジュースをお酌させている。
アキト君の診察、DFS作成、翼の龍王騎士プロジェクト、地球・火星間レーザー通信機作成など…。
おおよそ二ヶ月くらいで恐ろしく仕事をしてくれたわよね…。
そりゃ労ってもらわないとわりに合わないわよね。
とはいえ、この時代のルリと同じくらいの年頃だからぶどうジュースなのが可愛らしいわね。
アキト君たちもそうだけど、この時代の体に精神が引っ張られるところがあるみたいね。
今日も来るときは保護者の義母のイリス・フレサンジュ博士と、
実母のトモコ・フレサンジュ博士が付き添っていたけど、
彼女たちはネルガルの施設に住み込みで働くことになっており、職場に戻って今も仕事中。

アイはまだ社会人検定である『社検』を取得できていないこと、
そして研究者としての実績がすべてトモコフレサンジュの名義で提出されているので、
緊急措置で火星で働いていたのはともかく、地球だとそれが出来ないので今は保留中。
一ヶ月もあれば社検に受かって、さらにアキト君のナノマシン研究で博士号をとってしまうつもりらしい。
…不可能じゃないけど、昔に比べて元気なせいかアクティブよね、アイは。
もっともトモコフレサンジュ博士はまだ素人同然なので、アイの方が教えてるそうだけど。
…これも一種の経歴詐称になると思うけどね。

「それよりホシノ君、すぐにラピスを迎えに行ってあげないのかい?
 事情が分かった以上、一時だって一緒に居たいんだろう?」

「そうなんだけど…」

「あ、それは私が止めたの。
 精神的な治療とカウンセリングを後回しにして会いに行っちゃうと、
 感情的になって、またなんかやらかしそうでしょ?
 二人に任せておくとどうなっちゃうかわかんないし」

「ああ、そりゃそうか。
 何しろあの『黒い皇子』の因子どうしだからねぇ。
 感情が爆発したら無茶しだすのは間違いない。
 せめてラピスが18歳になるまでは我慢しないと犯罪だからね?」

「お、俺って…」

アキト君は、信用がないんだなと頭を抱えてしまった。
下手すると本当にまずいことしかねないから、このしょうがない人は…。

「諦めなさい、アキト君。
 あなたと私達の間違いは、事実なんだから。
 受け入れるしかないわ。
 
 …それに私達もユリカさんを助けるために、あなたを強くするために止めもしなかった。
 あなたの精神的なケアを後回しにした。
 結果として、あなたはどんどん破滅的な方向に向かってしまった。
 今回の判断はそういう反省でもあるのよ」

「…イネスさん、ありがとう」

二人とも昔の雰囲気を漂わせて小さく頷いた。

「…そうよね、あの時はそうするしかなかったとはいえ、許されることじゃないもの。
 だから今回は繰り返してはいけない。
 ラピスも…ラピスの中に居るユリカさんも、段階を踏んで時間をかけて助けるの」

「…ああ。
 それにピースランドに明日いくことになってるんだ。
 もう、すぐだ…もうすぐ、会えるさ…」

私の言葉に、感慨深そうにアキト君はワイングラスをあおった。
全くお酒弱いくせに、ちょっと無理に飲んじゃうんだから。

「ん…すー…すー…」

「お兄ちゃん…」

アキト君は嬉しそうな顔をして、ぐらっとソファに体を預けた。
隣に座っていたアイは、堕としそうになったグラスを受け取ると、アキト君をそっと膝枕してあげて…。
……こんな場面はさすがにどこにも出せないわね。
アキト君はしずかに寝息を立て始めて、久しぶりに油断してくれてるみたいね。
嬉しかったとはいえ、こんなにすぐに酔いつぶれるなんて…中々ないわね、アキト君も。

「…アイ…いえ、イネス。
 あなたからみてアキト君は…もう大丈夫そう?」

「ええ、大丈夫よ。
 信じられないくらい穏やかで、優しくて、昔よりもずっといい男かも…」

「…そういう意味じゃないと思うよ、イネスさん」

「あら、ごめんなさい。
 …こんなに安定してるなら大丈夫よ。
 子供っぽく甘えて、何にも怯えてなさそうな顔…。
 あの頃だったら考えられないでしょう?
 
 …あとは無事に戦いから抜けられるかどうかね」

イネスはアキト君の頭を撫ぜながら小さくため息を吐いた。
それだけは私達のなかで常に懸念していることだった。
…火星で遺跡ユリカ…遺跡に残留したユリカさんの思念、精神のコピーが言う通りに、
仮にその人間の因子が、運命を左右する何かが存在するとして…。
アキト君の中の因子が、テンカワ君とラピスに分散されたとして…。
16216回という繰り返しに募った因果律は、そう簡単に覆せるのかどうか。
それは未知数だった。
そして…。

「…この状況じゃ、アキト君自身も、アキト君の家族もそうだけど、
 私も、エリナも、アカツキ君も…。
 誰かに殺される可能性がないわけじゃない」

「…そしてその時、ホシノ君が爆発を起こす可能性はゼロではない、ってことだね」

私達は深く頷いた。
アキト君は取り返しのつかないほどの英雄になってしまった。
そしてこれから和平が成ったとしたら…恐らく永遠に語り継がれることになる。
それを防げないとなったら、敵は私達に牙をむいて来る…ミスマル提督と同じように、
アキト君を苦しめるためだけにそんなことを始めるかもしれない。
私はナガレ君と一緒に居ればそれなりに安心だろうけど…絶対じゃないもの。

「ええ…。
 今は全世界が味方してくれるかもしれないけど、
 あの『黒い皇子』に逆戻りしたらそんなことは関係なく…。
 自分の手で相手を叩き潰すと考え始めるかもしれないわ」

「でも…半分くらいは因子が減ったとしたらそこまでなるかしら」

「甘いわよ、エリナ。
 
 …あの明るいユリカさんが、
 未来の惨事とアキト君の因子であそこまで狂うのよ?
 
 …半分もあれば世界を滅ぼすには十分じゃないかしらね」

…世界が戦争に傾くのを止めるほどのアキト君。
そうなれば本当に世界を滅ぼしてしまうかもと…背筋が冷たくなった。
しかも世界最高レベルの戦術家のユリカさんの脳髄を持つラピスが、アキト君と手を組むとしたら…。
……本当にそうなりかねないわよね。『黒い皇子』に完全に戻った場合。
独裁者まで行くかもしれないくらいには…。
最悪、この世界のテンカワ君とユリカさんが止めに入らなきゃいけなくなるかも。
そんなことになったら…。

「それに…この世界のテンカワ君たちやユリ君やラピスを失ったらどうなるかもあるね。
 この世界のテンカワ君たちが幸せになる前に死ねば言うに及ばず…。
 ユリカ君を助けるためにユリ君とラピス、二人の少女の人生をに大きな影響を与え、
 火星の後継者との戦いに利用した償いもまだ済んじゃない。
 
 そう考えた時、彼らを一人欠いただけでも彼は狂うかもしれない。
 僕たちくらいならいいが、彼らを失った場合は未来と同じことが起こるには十分すぎる重さだ。
 あと、これは推測というより、オカルト的な考えにすぎないんだが。
 
 

 もし…ラピスかテンカワ君を失った場合…。
 『黒い皇子』の因子は、
 消滅するんじゃなくてホシノ君に戻ってしまうんじゃないかってね」
 

「!!」

 

確かに推測にすぎない、というかこじつけにすぎない話だけど…。
でもアキト君がありえないほど立ち直り、ラピスの中にいるユリカさんが苦しみ、危険な行動をとらせた。
この事実だけでも個人の因子…運命の動きのようなものがどれだけ影響を与えているのか分かる。
これほど世界に影響を与えるアキト君が、もし再び黒い皇子になってしまった場合…。
世界中が再び憎しみと報復の連鎖に囚われて……考えたくないわね、そんなことは。

「ま、ラピスは今は世界一安全な場所にいるわけだし…。
 テンカワ君はホシノ君超えの肉体派戦士になってしまった。
 どっちかっていうと、
 僕らの方が命の危険からどのように身を守るかってところだろうね」

「…そうね。
 きっかけなしに暴発するアキト君じゃないわけだし…」

「安心はできないけど、悲観的になるのもバカらしいわね」

敵がなりふり構わずに襲ってくるようになってきた以上、危険は今まで以上になる。
でも、そこで歩みを止めてしまえばそれこそ敵の思うつぼだわ。
ここまで踏み込んできたということは、尻尾をつかめる可能性も出てきたということだもの。

まずは…アキト君たちが無事に戦いから降りるのが先決。
ナデシコもユーチャリスも、マシンチャイルドオペレーターなしで動くように改装する予定だし…。
話はそれからだわ。

「それにしても…。
 あなた達がくっつくなんてね~~~」

「た、楽しんでるわね、イネス…」

アイは、イネスのころだったらしないニヤニヤ笑いを浮かべて私達を見た。
…これはこれでおばさんみたいだけど、色恋沙汰に首突っ込むってしなかったのに…。
まだその辺の話はしてないはずだったけど、バレバレらしい。

「意外かい?
 ぼかぁ、エリナ君には目をつけていたんだけどねぇ」

「何言ってんのよ、たくさんいるうちの一人でしょ?
 調子がいいんだから…。
 そりゃビジネス上のパートナーとしての相性は認めてたでしょうけど、
 昔は女だったら見境なしだったじゃない」

「い、いや、僕はホントに…」

「…自業自得」


アイはボソッと何かつぶやいたけどハッキリとは聞こえなかった…。
ま、いいわ。
アカツキ君は誠実な方じゃないけど、お互いに両想いだし。
このところはちゃんと浮気もせずに頑張ってるし。
言葉の真偽はともかく、信じてあげましょうか。














〇地球・佐世保市・海岸沿い


ばきっ!ごっ!


「うおーーーーっ!」


「そんなもんか、九十九!
 腰が入ってないぞ!」


「まだまだぁっ!」



エステバリスが隣にたたずむ中、浜辺で九十九と月臣が殴り合っていた。
佐世保の人たちにサンドバッグ状態にされつつ謝罪した『血の禊ぎ』事件から一週間。
ようやく腫れが引いたが、まだ切り傷は完治しきっていない中、彼らは殴り合っていた。
よく見ると、彼ら以外にも百人近くの人たちが居て、木連将校および、佐世保市民の人たちも一部混じっていた。
その近くにはビデオカメラがもれなく設置してある。
PMCマルスの人々が見守る中、彼らは中々殴り合いを止めなかった。

「……なにやってんだ、こいつら」

「…ゲキガンガーのワンシーンに、夕日をバックに殴り合うっていうシーンがあるそうで…。
 これに憧れて一回やってみたかった人たちが多かったそうで…。
 なんでも木連には海がないそうで、本場の地球で、
 しかも海が近いってことでやってみたくなったそうです。
 まだ怪我も治ってないのにお願いだからこれをさせてほしいって言われて…」

「……そうなんすか。
 コスプレ喫茶に来てる女子たちとやってることはそんなに変わんねえなぁ…」

「全くです…」

マエノのコメントに、ユリはため息をついた。
先の『血の禊ぎ』事件のこともあって、
今回は通報されないようにちゃんと証拠の映像と、見守り、撮影である旨をしっかり説明し、
殴り合う時間をちゃんと指定してまで、市に許可をとってまで実施された『ゲキガンガー夕日の殴り合い再現祭り』。
彼らは再び医務室で治療を受けることになりながらも、その顔は本当に満面の笑みだったらしい…。

「「…勘弁して」」

ユリとルリの呆れたつぶやきに、PMCマルス関係者はうんうん、と深く頷くのだった。




















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ついに地球に戻ってきたナデシコ。
アキト達は相変わらずこの世界でのポジションのせいでもろもろやらされてます。
というか久々の芸能界復帰に、世間も沸騰しちゃってます。
これでも結構我慢してくれてるみたいで本人は災難ですが。

アキト関連のリアクションが各地でとられてますし、
不穏なことし始めてる人は居ますし、ピースランドに向かう時はどうなりますやら。

そして木連関係のいざこざも、ここである程度解消しているようですが、
本当はまだ煮立ってる人の方が多そうですね、もろもろと。
木連の人たちのサンドバッグ禊ぎは、現実的じゃないんだけどあの人たちだったらやりかねないなぁと…。

そして最後のアキトの必殺技再現とゲキガンガー殴り合い再現は、
現実と創作物の区別がつかなくする人と、つかなくなっている人たち、という対比でしたw

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!













〇代理人様への返信
>ハーリーくん男の子だなあ・・・まあしょうがないよねw
なんて言うか、とっても彼らしい弾け方させてみましたw
ただ11歳の彼と同じかそれよりちょい先の弾け方になっちゃったかもですが。
事情が事情過ぎてこうなるのも仕方ないのはありますが。
未来ではどうもルリが微妙に難しい立ち位置なんでやきもきしてる感じでしたが。
ルリ自身もハーリー君を甘やかした理由が微妙に分からんかったし。

…ああ、そうか。
劇場版のルリが妙にハーリー君に対して対応が柔らかかったのは、
実は自分がアキトにしてほしかったことをしていたってことなのか。
恋は叶わなくてもいいからちょっとだけ振り向くくらいしてほしかったと。
なんか儚いな…。





>しかし、オモイカネもダッシュも、そういう意味ではこの世に生まれてから数年の子供なんだよなあ。
>そう言う存在に軍艦の全権握らせてるってのは怖いよなあと改めて思いましたわ。
ネルガル的にはあくまでオペレーターが操作してるからそこがブレーキになる、と踏んでいたようですが、
実際はテレビ版でも反乱起こしちゃいましたしねぇ。
脱出装置が良かったから死人が出なかっただけでかなり大事でしたよねぇ。
というか高性能にするためかワンマンオペレーター可能にするためか、
あるいはワンマンオペレーターする時、本当に一人きりだった場合のコミュニケーション相手のためか、
意思を持たせてしまったのが難点だった気はします。
人格を持った人工知能の導入の難しさの一端を示している事案でもありますが。

ただ、木星との戦争のことがあったからと導入早めてしまったのはどうなん?とも思いますが。
マシンチャイルドの成功例が極めて少ないのにワンマンオペレーターシステムにこだわったのも…。
それが無かったらアキトも勝てなかったからしゃーないんですがw

……ううむ、突き詰めると穴が多すぎるぞ、ネルガルの戦略!!
そんなだから落ち目になるんじゃないか!?
ナデシコの設定に穴があるというよりはネルガルの戦略がまずい気がする…。












~次回予告~
ホシノアキトです。
…ついにラピス…ユリカにもう一度会う日が来た…。
俺は…色々とダメなことばかりしてきたと思う。
でも、戦争が無くなる世の中を望んだら、全世界が賛同してくれた。
まだ敵は全然引っ込んじゃいないけど…。

…それでも、ひとまず戦いを終えられるかもしれない。

俺は決めたんだ。
ユリちゃんと、ユリカを…そしてラピスも…幸せにするって…。
…ラピスはついでみたいだって怒るかもな。

でも、絶対に退かない。

俺がすべきことはすべてしてきた。
逃げてばかりの過去を、すべて清算してきた。
俺の愛した人たちを救って…自分の夢を叶えて見せる。
二度と離さない!離れるものか…!

だって…俺は……!



次回…。












『機動戦艦ナデシコD』
第七十話:Dance!-舞踏会-その2














俺は…もう、誰も殺さない…。
…殺さなくて…いい道を歩むよ…。






















感想代理人プロフィール

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代理人の感想
・・・アホかーっ!
何木連の人間を衆目にさらしとんのだ!?
配慮以前の問題だよこれ!
いやほんと、この事件だけでも普通に戦争再開まったなしやで・・・

>……名だたる芸能人、アイドル、下は5歳から上は60歳くらいまで…。
死んだ祖母(明治生まれ)が尾崎豊の追っかけしてたんですよねえw
当時既に70過ぎで、ファンクラブ最年長だったって自慢してましたよw






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