【時刻─19:30】
〇地球・西欧地方・ストックホルム・廃墟街上空・ユーチャリス・ブリッジ──ハーリー
僕たちは、ついにアキトさんやラピスさん達の居ない戦いを始める。
ムネタケ艦長とサンシキ副長は、この作戦は戦力的には負けないと豪語しているし、
途中にアキトさん以上にDFSを操れるというアリサさんとサラさんの居る、シャクヤク隊が増援に来てくれる。
最近はあのDFSの光の翼からついた愛称の『Moon Angels』と呼ばれることの多い、あの部隊が。
なんでも、敵もチューリップが20基からの大編隊だそうで、
こちらも最強クラスの艦船が集まっての総力戦になるって。
…この状況でアキトさん達が居ないっていうのは、冷や汗でちゃうな…。

『こちら、かぐらづき、高杉三郎太です。
 この艦を預かっている秋山艦長が地球の英雄との親善交流をしている間、艦長代理を務めております。
 今回は共同戦線で協力する運びとなりまして、光栄の極みです。
 どうぞ、よろしくお願いします』

「よろしく。
 ナデシコに負けず劣らず、木連も若手将校に恵まれているようね」

『若輩者とは自覚しております、恐縮です。
 しかし、心配ご無用!
 我らは全員、意気軒昂!
 ゲキガンガーを生んだ地球に敬意を示す、熱血ぶりをお見せしましょうッ!』

わあ…!
さわやかでかっこいいなぁ、三郎太さん…。
木連の将校の人ってこういうタイプが多いけど、
三郎太さんは特に、いかにも頼れるお兄さんって感じがする。
僕にもこういうお兄さんが居たら、嬉しいなぁ。

『…時に、ムネタケ艦長。
 ナデシコを操る少女が居るとお聞きしてはいましたが、
 まさかユーチャリスにも、そんな年端も行かない幼児がいるとは…』

「まあ、褒められたもんじゃないのは分かってるんだけどね。
 この子が居て初めてユーチャリスはフルパワーを出せるようになるのよ。
 もっともそろそろ地球も戦力が整ってきたし、
 木連の敵機情報の提供もあって、そこまでする必要もなくなってきたし、
 そろそろこの子も艦を降りてもらうことになったのよ」

『そうですか…それは喜ばしいことです。
 婦女子と、子供は人類の宝ですからね。
 …君、名前は?』

「はいっ!
 ハリです!
 マキビ・ハリって言います!
 ハーリーって呼んでくださいっ!
 よろしくお願いします、三郎太さんっ!」

『おお、元気がいいな。
 君が大きくなったら、また一緒に戦ってくれないかい?』

「もちろんですっ!
 僕、ホシノアキトさんに憧れてるんです!
 僕が出来るのは直接戦うことじゃなくて、オペレーターだけど…。

 それでも尊敬する人や大切な人が戦わないで済む時代が欲しいんですっ!」

『…!
 いや、君は立派だな…。
 君と一緒に戦えることを光栄に思うよ、ハーリー君!』

「ふふ、将来有望でしょう?」

「えへへ。
 僕も三郎太さんみたいな人と戦えるなんて心強いです!
 
 …僕、頑張りますっ!
 
 アキトさんとラピスさんの分まで!」

そう、僕の望む…大切な未来はもうすぐそこまで来ているんだ。
そして…僕ではラピスさんの役には立てないけど…この一瞬、この時だけでも、
ラピスさんが心置きなく、大切な人たちとこれからを語らう時間を…!

僕が作ってあげなきゃいけないんだ!























『機動戦艦ナデシコD』
第七十二話:Dark Prison-闇の監獄-





















【時刻─19:30】
〇地球・ピースランド・王城・王城前広場・ピースランド国用船──ユリ
……ラピスが居なくなってからだいぶ時間が経ちましたが、まだ発見の連絡はありません。
航空機や潜水艦の類がレーダーで捕らえられない以上、そう遠くには行っていないはずですが…。
私も心中穏やかではないですけど、ピースランド国用船についての確認と準備を進めました。

…国用船のスペックは、さすがにシャトルよりはマシってレベルですね。
派手なネオンがついてるだけで特別な装備はそう多くなりません。
一応ディストーションフィールドくらいはついてますが、カトンボ級のフィールドよりは弱いです。
エステバリスより少し弱いくらいですが、大きさ的にこのレベルではそう持たないでしょう。
優れたレーダーがあるので、敵をかいくぐりながら逃げるのには向いているようですが、
重力波ビームがないからエステバリスのエネルギーを補給できませんし、長時間戦闘は危険ですね、これでは…。

充電にいちいち船に戻らないと充電できないなんて致命的です。
空戦フレームは五分も飛んだらバッテリー切れになります。
となるとアキトさんたちのブローディアが頼みの綱ですね…。
相転移エンジンを積んでますが、重力波ビーム装置はついてないので給電できませんし、
電力的にもブローディア一台を支えるだけで精いっぱいでしょう、特に大気圏内では。
でも今日はアキトさんも精神的に安定してるとは言い難いですし、
はぁ、ここからの戦いにいいイメージができないですね…。

「ユリちゃん、ちょっと軽く食べとこ。
 おなか減ってると判断間違えちゃうよ」

「あ、すみません…。
 あとでアキトさんにも持っていきましょう」

私はユリカさんにサンドイッチを渡されて、ゆっくりかみ砕きました。
ユリカさんは本当にこういうところしっかりしてますね。
腹が減っては戦ができません。もぐもぐ。

「…さっきメグミちゃんにも話したんだけど、
 この状況って不自然でしょ?
 私達が明らかに戦力から遠ざけられてるの」

「…不覚でした。
 私も違和感はあったんですけど、ラピスをどうしても説得したかったから、
 余裕が欲しくて提案に甘えてしまったので…」

「しょうがないよ、私もお父様も気づけなかったことだもん。
 …でもね、もっとおっかないことがあるんだよ、ユリちゃん。
 
 敵は私達の動きを読んでた。
 
 ううん、きっと連合軍の上の方にも敵と通じてる人が居る…。
 残念だけど、アキト君のしてきたことって…誰かに割を食わせてることも多いでしょ?」

「…心外ですけど、そうですね」

状況的に、敵が焦るには十分すぎます。
戦争が続いた方が嬉しい人たちが結構いますし。
ここまでのアキトさんの英雄っぷりで、戦争そのものが遠ざかる可能性が出てます。
そうでなくてもクリムゾンは完全に大損を受けてますし、あの会社は元々真っ黒です。
それ以外の企業も、戦争特需で潤う人が居るなんてのはよくある話です。

前の歴史で木連と『停戦』なんて半端なことを言い始めたのも、
二十世紀の米ソの冷戦が長年続いた例にあるとおり、
結局直接的な戦争がなくても特需が発生する可能性があるからです。

もっとも草壁さんの言葉どおりに考えれば、それすらも木連をつぶす目的があり、
そうじゃなくてもボソンジャンプで得られる莫大な富の方を見ている人も少なくなかったでしょう。
…草壁さんもタイミングと方法さえ間違ってなかったら最初から協力できたのかもしれませんね。
さすがにそんなことがあり得る状況ではなかったですけど。

「それだけじゃないよ。
 例のアキト君を撃った事務員さん…今日は給仕さんの恰好してたあの人。
 ピースランドの鉄壁の警備をかいくぐって、ラピスちゃんをさらったでしょ。
 私達を戦力から遠ざけるのと並行して、タイミングを合わせてそんなことをした。
 ってことはここにラピスちゃんを保護していたことを見抜いた人が居る。
 
 ……この事実そのものが、私達がすっごいピンチに陥ってることを示してるの」

「私達の今の準備も、この後の行動も織り込み済みかもしれないってこと、ですね…」

「うん。
 ここに居る人たちの中に内通者が居る可能性もあるけど、
 会場に居る人たちはジュン君以外は離れてなかった。
 ジュン君は絶対に私の家族に手出しなんてしないと思うし、
 会場外からラピスちゃんを追いかけたと考えたほうが自然だし…。
 この城から単独でルリちゃんをさらった人はもう居るでしょ?」

「…ええ」

…アキトさんも言ってましたね。
人が携行できる光学迷彩があれば、この城の性質さえつかんでいればできなくはないって。
そこそこ『できる』諜報員が光学迷彩を装備すればことは済むって…。

「ラピスちゃんがどこで保護されるか分かってたってことは…。
 この王城に、ルリちゃんが幽閉されてたってことも見抜いてたかもしれない。
 保護じゃなくて幽閉だったことを見抜いた。
 そしてアキト君が光学迷彩を使って、国王さんとの真剣勝負に勝ってルリちゃんを取り戻したことも…。
 
 …あり得ないって思うかもしれないけど、そこまで読んでると考えた方がしっくりくるの。
 ナデシコかPMCマルスのみんな、アクアフィルムの人たち、ピースランドの従者の人たち…。
 この中に内通者が居たとしてもそこまで読めてなかったら、
 こんなにうまく行くわけないって、思わない?」

「!!」

私はびっくりして喉にサンドイッチがつまりそうになりましたが、
お茶で流し込んで何とか飲み込みました。
…確かにそうです。
そうでなければ条件は絶対に揃いません。

ラピスをここで保護していると、バレる可能性のある通信が一度だけありましたが…。
それも一週間前くらいの話で、城までの潜入ルートの調査を含めたらそこから準備したって間に合いません。
アキトさんが潜入した時は、前の世界で一度城に入ったことがあるのもあったので、
内部調査は一晩もあれば足りて、ほかの情報もラピスと調べられる部分が多かったですし。

となると、敵は今日より二週間以上前に潜り込んで調査しなければ間に合いません。
しかも光学迷彩を使うというのはアイディアとしても出ても、
最新技術ですから準備できたとしても持ち込んで捕まれば準備した企業がバレて、足がつきます。
だから捕まる可能性が高い状態では使わせないでしょう。
使うとすれば『捕まらない』という確信がある状態だったと推測できます。

ここまで読めてしまっているのであれば…。
…うかつに内通者を使うより、単独犯のほうがよっぽど確率が上がるってことでしょう。
ユリカさんもこういう推理は専門じゃないわりに、さすがの頭の回転ぶりです。

「私達がここでラピスちゃんに会うと先読みできる人、そして安心してるこの時を狙える人。
 そんな悪魔的な頭脳の持ち主がこの誘拐を企てたとしたら、
 単独でラピスちゃんをさらう方法をはじき出してもおかしくない。
 
 運命すらも見通してるんじゃないかと思うくらい人の心をすんごい理解してて、
 その人が受ける、悲しさも必死さも計算して、
 自分の事のように分かっているくせに、相手のすべてを踏みつけて目的を達成する。
 
 …ある意味じゃ、敵の頭脳は、あの計画を考えてたラピスちゃん並みだと思うよ」

私は目を細めたユリカさんの顔を見ていられませんでした。
ラピスが…未来のユリカさんが考えていたあの計画のひどさは私達全員がショックを受けていました。
ユリカさんも、自分がどうしようもない状態になったらああなってしまうことが分かってて、
あえて強い言い方をしています。

「そんな言い方しなくても…」

「ごめん…。
 …ラピスちゃんの考えることは、私の考えることだろうから…。
 きっと私がどうしようもない未来にぶつかったらしちゃうことだから、つい…。
 ちょっと自虐的だったね、ごめんね…。
 …まだ何も終わってないよ、ユリちゃん。
 
 いっしょに、そうならない未来を何とか取り戻そうよ」

「はい…」

私達は強がるしか、お互いを励まし合うことくらいしかできませんでした。
でも、どれだけ強がろうとしても、沈んだ気持ちは跳ね返せないのが分かりました。

…目の前にぶら下がっている、最悪の未来。
アキトさんが16216回どんなにあがいても逃れられなかった『黒い未来』。

それが今まさに現実になりかかっています。
今回、ラピスが死ぬようなことがあれば、
どうあってもアキトさんを『黒い未来』から戻せなくなる。
この世界のホシノアキトという、ルリの因子を持っていても止められないはずです。
分かるんです、アキトさんがそういう人だってことは。

それが分かっているだけに…まず、ラピスが生きていることを祈るしかないんです。
そして、その上で、助けられることを信じないといけないんです。

……どちらも、可能性が低いかもしれないと分かっていても。

「ユリカ、そろそろ機材搬入しておかないと。
 整備は乗り込みながらやるしかないんだから」

「…うん、ありがとジュン君」

ジュンさんが顔を出して、機材搬入の立ち合いに向かうことになりました。
ユリカさんが歩き出そうとして、私もついていこうとした時…。
心細くなってユリカさんの手をつかんでしまいました。

……また誤魔化してますね、私。
本当はラピスの手を握りたい…あの、大切な人の手を握りたいって、思ってて…。
目の前のユリカさんも、もちろん大切ですけど…代わりにしようとしてる。
毎度のことながら…私って最低な妹です。

「…ユリちゃん、大丈夫。
 そんな辛そうな顔しなくてもいいんだよ」

「…でも」

「…ユリちゃん。
 ユリちゃんの王子様は…。
 アキト君はこういう時、どうするかな?」

「え…?」

ユリカさんは私の目を見て、お母さんみたいに優しく問いかけました。

アキトさんが、こういう時、どうするって…?
アキトさんもさっき、状況が絶望的だったからバッキバキに折られかかってましたけど…。
そうおもってたら、ユリカさんは私にしか聞こえないように耳打ちしました。

「…あのね、ユリちゃん。
 どっちがどっちの代わりなんてありえないんだよ。
 
 ユリちゃんとルリちゃん、二人が同一人物だって分かっても。
 どっちかが居れば十分なんて、思えないの。
 
 私には二人とも大事な大事な妹なの。
 ラピスちゃんが、半分は未来の私だって知っても、やっぱり大事な妹。
 
 …誰も欠けてほしくない、死んでほしくない。
 
 …アキト君は、ユリちゃんをユリカの代わりとしか思ってなかった?
 そんなこと、なかったよね…?」

「あ…」

私はユリカさんの言葉を聞いて、涙がこぼれたのを感じました。
そうです…ユリカさんの代わりでもいいと言った私を、
アキトさんは自分を大切にしないとダメだって叱りました。
その上でちゃんと私と過ごして、自分で決めてしっかり私を受け入れてくれました。

ユリカさんの分まで私を愛してくれた。
でもユリカさんの代わりじゃないって想ってくれてました。

その証拠に、遺跡ユリカさんと会った帰りにも『譲れない最愛が二つある』って言ってくれました。
ユリカさんの延長線上にある私じゃなく…あくまで、私という個人を愛してくれて…。

「…きっと二人の王子様になってくれるって、誓ってくれたんじゃない?
 
 世界一の王子様、だもん。
 
 だからユリちゃんは、私もラピスちゃんも大事で、
 私を頼りたいって思ってくれていいんだよ。
 罪悪感なんて感じることないよ。
 
 …一緒に行こう、ユリちゃん」

ユリカさんは理由や根拠なんて何一つ示さないで、
でも確信を持って、アキトさんを信じていると語って…それが真実で、事実であるように話して、
私の手を強く握りしめると、ずんずんと進んでいきました。
引きずられるようについていく私は、茫然としながらもその言葉をかみしめました。

そういう、こと、ですか…。

…。

私って、本当に救い難いバカですね。

何度同じような問いをしたんですか。

何度アキトさんを疑って勝手に落ち込んでんですか。

落ち込む根拠もたくさんありますけど。

でも、私の生きた道にはその答えが何度も出てきたんです。
育ての両親も。ミスマル父さんも、生まれてから一度も会うことがなかったお母さんも。
絶対に捨てたくない、私にとっては大事な親、大事な家族なんです…。
どっちを代わりにするなんて考えはありませんでした。
私があの時に、ホシノユリとして育ての両親の葬式に願った、ありえないこと…。

育ての両親が二人とも蘇生して、ミスマル父さんにいっぱい謝って…。
そのあと、ミスマル父さんが二人を許してくれて…。
でも私とアキトの結婚を、本当に喜んでくれる…そんな夢を描いたんです。
ここまでの人生を見てくれた育ての両親も、遺伝子上の親であるミスマル父さんも。
欲張りと言われても愛してくれる親が二組、どっちも生きていて、
一緒に居てほしい欲しいと思ってしまった。
そんなことは、絶対にありえないと分かるからこそ、思わずにいられなかった。

ルリも、ピースランドの家族と和解した時も、私達とついてくる選択をしても、
ピースランドの家族も、本当は離れたくないほど大事な家族だと言い切りました。
同じ事です。

…そして私がホシノルリとしてアキトさんと火星の後継者と戦った時の願いも同じ。
アキトさんも、ユリカさんも、どっちも欲しかった。
ユリカさんだけ帰ってきて、アキトさんが帰ってこないなんて許せなかった。
失っていないのなら、取り返せる可能性があるなら、どうやっても取り戻したかった。

それがたった一秒だけしか許されないとしても…!

…確かに、今のアキトさんだったら…。
二人とも大事で、二人とも絶対一緒に居たい、
そんな人生が欲しいって言ってくれます、ね…。
子供っぽく、昔じゃ考えられないくらい、わがままに。

今回もおんなじです。
未来の世界のユリカさんとこの世界のユリカさんを天秤にかけたりできません。
二人とも生きていてほしいんです。当たり前です。
だったら…決まってます!


私が、この世界、この人生で願うことは……!



「…ユリカさん。
 私、みんなで…一緒に幸せになりたいです…」

「うん!
 幸せになろっ!
 それで、ラピスちゃんが無事に帰ってこれたら…。
 
 

 ここに戻ってきて、アキトと私、アキト君と、ユリちゃんで!
 
 
 みーーーんなで結婚式挙げちゃうの!

 
 ねっ!いいアイディアでしょっ!」



「ゆ、ユリカさん…っ!」

私はユリカさんの発言…あんまりにもぶっ飛んだ、
最高の未来予想図に大声を上げて泣いてしまいそうになって、食いしばりました。
そして声を押し殺して、何度もうなずきました。

そんな幸せなこと、あっていいんですか!?

あの時…奪われるはずだった未来に、私も一緒にいるなんて…。
た、確かにラピスの中のユリカさんの心境を考えると、
そんなことをするのはちょっとどうかと思うけど…。
本人に話したら逆にやらないと怒られる気もしないでもないですけど…。

「さっきプレミア国王さんとそんな話してたの。
 ……だめ?」

「い、いえっ!
 嬉しいです、最高です、泣いちゃいます!
 で、でもっ、ちょっと後にしましょうか!?」

「あっ、そうだよね!
 ラピスちゃんを助ける方に集中しようね!準備しないと!
 
 あ、でも…こういうのって死亡フラグっていうんだっけ?」


「それは禁句ですッ!」



…。
たまーーーに一言余計なんですよね、ユリカさんとラピスは。
気にするところとか、視点がずれてるっていうか。
死地に赴く前に結婚話すると危ないっていうのは、映画の鉄則ではありますけど…。
…逆張りじゃないですけど、こういっときゃ死なない気もします。なんとなく。

励まされたんだか、悪いゲン担ぎさせれたんだかわかんないですね。はぁ。













【時刻─19:40】
〇地球・ピースランド・王城・大広間──カエン
…ったく、えらいことになったな。
ホシノアキトがずいぶんうろたえてたが、どうなるやら。
まあ、出撃が必要ってのはよくわかんねェが、ラピスラズリが誘拐されたってなりゃ…。
そんなことが出来るのはクリムゾンの連中、そうじゃなくても関係者、だよな…。

「…助かっちゃいないんじゃないかと思うよな」

「…ああ」

俺の問いにDは静かにうなずいた。
あの容赦ないクリムゾンの連中につかまったら命がないだろう。
俺たちは顔が売れたんで処刑されないで済んでるが…。
ラピスラズリの命を奪ってホシノアキトの動揺と怒りを誘うのが目的なら、間違いなく殺るだろうな。
……まあ、あの黒い姿を見る限り、そんなことをしたら逆効果な気がしないでもないが。
黒い姿になったら容赦なく復讐始めるだろうし、そうしなくても全世界を敵に回すようなことになるだろう。
ホシノアキトに力を貸してほしいなんて言われたら、すくなくとも世界の半分は協力するだろうよ。
証拠があろうがなかろうが、クリムゾンをつぶしにかかる。
クリムゾンが噛んでることは明白だから…。

「…」

「どうした、エル」

「それだけかしら…。
 ラピスラズリを殺したところで、
 ホシノアキトが逆襲しにくる以上の効果なんてあんまりないわよね?
 そうなったら確かに英雄の評価に傷はつくかもしれないけど…。
 …戦争以外の出来事で家族を失ったってなれば同情してもらえるし協力も得られる。
 
 しかもその先で狂って犯人探し始めて、そのために権力を得て、エスカレートして…。
 最終的に独裁者になる可能性だってないわけじゃない?
 
 そうなったら、むしろ逆にクリムゾンの連中だってさらに大損を食らうはず…」

……考えて見りゃそうだな。
ホシノアキトがクリムゾンつぶしにかかるのは俺も想像したが、
クリムゾンの重役が全員死ぬくらいで済めばいいが、ホシノアキトがトチ狂って独裁者になったら、
世界征服くらいはできる…しかも軍需産業をほぼつぶしてネルガルだけを残す可能性だってあり得る。
クリムゾンが会社として続かない状況になる可能性の方が圧倒的に高いにも関わらず、
そこまでする理由は何だ?怨恨?…いや割にあわねぇだろ。
最終的に逆襲されるようなことを考えるほど、連中は頭が単純じゃねぇ。
ホシノアキトの黒い部分だって分かってねぇことはねぇだろう。
…理由が分からねぇな。


「そんなことはどうでもいいです!

 おじい様たちのたくらみがどうであれ、私達も手を貸しましょう!」


「「「「「は?」」」」」



俺たちは傍観を決め込もうとしてずっと座っていたが、
アクアはどういう考えか、俺たちをけしかけようと大声を張り上げてきた。
なんだってんだよ…。

「アクア、お前ェ何考えてんだ?
 エステバリスに乗れもしない俺たちがついてったってなんの役にも…」


「それはついて行ってから考えますわっ!
 
 私達、借りが二つもあるんですもの!
 
 ここで一つ分くらいは返しておかないと申し訳ないでしょう!?」



借り…厄介事に巻き込んだのが一つ、映画を撮らせたのが一つか。
分からねぇでもねぇが…巻き込んでほしかねぇな。
何しろ機動兵器の戦闘に巻き込まれる可能性もあるわけだからな。
俺たちが改造されてるとはいっても、人間相手ならまだしも機動兵器じゃな。

「いや、まてよアク…」

「まあそうだな…。
 ここで腐ってても仕方ない。
 帰ってしまうのも気が引ける。
 そうなったら付き合ってやってもいいか」

「そうね。
 後味悪いもの。
 それにクリムゾンの邪魔が出来るかもしれないなら悪くないわ」

「映画の撮影も終わったし、帰っても本を読むか寝るだけだ。
 今日くらいは手を貸そうか、貸しも返せるってなれば十分だろう」

「…ああ」

……ほぼ満場一致かよ。
無謀にもほどがあるだろうが。
だが、一人だけケツまくって逃げたって思われんのも癪だな。

「…しょうがねぇな。
 見逃してもらった借りがあるのも癪だしな…」

「アクア、君が行くなら僕も…」

「クリス様、ありがとうございます。
 でも、あなたはここに残っていてください。
 
 …命を賭けて私のわがままに付き合ってくれた人たちを助けるんです。
 
 それに袂を分けたおじい様との家族喧嘩に巻き込むのは…」

「ダメだよ、アクア。
 夫婦になったんだから、何もできなくても君の隣に居たいんだ」

「クリス様…」

……あーあ、やってらんねぇなこれは。
いちゃつくなら帰ってから二人きりでやれってんだ。
新婚夫婦ってのは見てらんねぇな。















【時刻─19:50】
〇地球・スウェーデン市街地・かぐらづき──高杉三郎太
もうすぐ作戦開始か…。
それにしてもまさか悪の地球人と憎んできた相手が、
こんなに温かく、頼もしく受け入れてくれるなんて思いもしなかったな…。
…木連内部にも、あれだけの虐殺が起こると分かりながら戦争を準備した連中が居る。
人間の善悪は国や勢力で決まるものじゃない…。
個人の善悪が、広がって伝播して歪んで、正義の人間も悪の行動に巻き込まれて行ってしまうものなんだな。

……火星の虐殺はそれに気づけなかった、我ら木連の責任だろう。
そして、この街のように、人々が住めなくなった土地がまだ地球にはたくさんあるんだろう。

だからこそ、俺たちも報いよう。
地球の人々に、火星の人々に。
ゲキガンガーの正義に、俺たちの正義に誓って…。
草壁閣下の言葉通り、アカラ王子と手を結べる未来を…。
『相手を倒さぬ勝利』を手にするために戦う…!

そのためにも、木連の百年にも及ぶ復讐のための兵器をすべて片付ける!
ヤマサキ博士が非道の科学者と知っても、生け捕りにすることを考えなければならないんだ!


ピッ!


『かぐらづき、聞こえるか。
 こちら、今回の連合艦隊の司令、
 戦艦インパチェンスのバール少将だ。
 高杉艦長代理、間もなく作戦開始だ。
 作戦通り、午後8時…2000を持って、攻撃開始とする。
 あの高層ビル上にある休眠状態の小型チューリップへのグラビティブラスト…。
 貴官らの言い方では、重力波砲というんだったか。
 
 あの小型チューリップに、作戦開始の合図となる一撃を放っていただきたい』

「我らの艦がですか?」

『ああ。
 他の敵チューリップはまだ距離がある。
 休眠状態のチューリップを撃破して、敵の出方をうかがいたいのだ』

なるほど…。
確かにたった一基の次元跳躍門といえど、放置して挟撃される形を招くよりは、
先手を打って、相手に警戒をさせるというのも一つの手か。
あちらもかぐらづきが攻撃したとなれば友軍に攻撃されたと勘違いするかもしれない。
断る理由などないだろう。

「はっ、承知いたしました。
 一番槍を頂ける光栄、感謝に堪えません」

『うむ、よろしく頼む』

バール少将は笑みを浮かべて深く頷いて通信を切った。
そうだな、この戦線こそが木連と地球との友好を示す一戦となる。
その先手を取るのが我々木連将校となれば、草壁閣下も喜んでくれるだろう。
中々粋なことを考えるな、バール少将も…。


















【時刻─19:50】
〇地球・ピースランド・ピースランド国用船・格納庫・ブローディア・アサルトピット──テンカワアキト
俺とホシノはブローディアの内部で待機していた。
ちなみにさっきまでホシノと食事を取ってたんだけど…。

「…あっち」

後部座席に座ってるホシノはさっきから気を落ち着かせるためなのか、食べて満腹になったとたん眠りだした。
そして今度はもうもうと体中から汗が蒸発した煙を噴き出させている。
俺はたまらず、アサルトピットを開けて換気をした。
起動しておけば冷房も効くんだけど、さすがにつけっぱなしにしておくのは…。
いや、バッテリーは∞のマークがつくんだけど、ディアを起こすと小うるさいんだよな。

俺もちょっと気持ちが落ち着かない。
ホシノの気持ちを考えると、俺も気が気じゃなくなる。

やっと取り戻したと思ったラピスちゃん…未来のユリカを奪われたんだ。

状況が状況だから絶望的としか思えないけど、一抹の希望も捨てる事なんてできない。
そうなってしまったら…こいつは…。

「ん…」

「お、ホシノ。
 目が覚めたか」

「……ああ。
 まだ、続報はないな?」

「ああ。
 でもこんな時に寝るなんて、佐世保の時といい緊張してんのか?」

「…好きで寝たわけじゃない。
 ラピスの状況がつかめるかもしれないと思って無理に寝たんだ。
 無駄骨だったけどな…」

…そうか、ホシノは睡眠中にラピスちゃんと意識がつながるって言ってたっけ。
そういえばラピスちゃんは自分が寝てる時にホシノが起きてると、ホシノの視界が見られるって言ってたな。
逆もありそうなもんだけど…そっちも見えなかったんだな。

「……せめて生きてるかだけでも確認したかったが、無理だった。
 ここんところ、睡眠中も意識がつながらなくて、
 今日も無理だったか…」

「気を落とすなよホシノ。
 …まだダメだって決まったわけじゃない」

「…分かってる。
 まだピースランド内に居る可能性だってあるんだからな…」

ホシノは涙がこぼれそうになっている目を閉じて天を仰いだ。
見てられなくて、俺は前を向いた。

……ホシノのことを聞いてから『俺がもしユリカを奪われたら、殺されたら』と考えることが多くなった。

ユリカを失って…俺は本当に正気で居られるかどうか分からない。
ホシノのように狂うのかもしれない。
もしかしたらろくでもないことを考えるのかもしれない。
そう思うだけで、背筋が凍る。
あの黒いホシノの狂気を何度も目の当たりにして、その危険さは痛いほど分かる。

そしてホシノという人間の中で、
『ユリカ』という人物がどれだけ大きな存在なのかも、分かってしまう。

どれだけ俺とユリカを守ろうとしたのか…。
自分が得られなかった幸せをつかんで欲しいと思っていたんだろうな…。

ホシノはあり得ない奇跡の繰り返しの果てに戻ってきたはずのラピスちゃんを、奪われた。
こんな状況の中でもホシノは焦燥感に駆られながら、
かろうじて正気を失わずにいられるのが救いだったが…。

「…ホシノ。
 何が起こっても…すべてを投げ出すのだけはやめてくれよ。
 その…敵を追い詰めるだけなら、お前の状況だったらいくらでもできるんだ。
 自分の手で殺すだけが、やり方じゃないだろ…」

「…ああ。
 分かってる…」

…ホシノは静かにうなずいたけど、その中に冷たい闘気を感じた。
怯えてる感情の中に、ラピスちゃんの扱いによってはどこまでも冷酷になれる、危険さが垣間見えた。
……こんな風に、俺は…。

「…テンカワ。
 ちょっと情けないことを言うが…。
 俺がもし、誰かを殺そうとしたら、止めてくれないか…。
 今のお前の力なら…俺がどんなことをしても止められると思うから…」

いや、ホシノは…ホシノなんだな。
まだ怯えの方が割合がずっと多い。
そして自分を冷静に見ることもできるくらいには…。
…大丈夫とは言えないけど、でも…だったら…。

「ああ、殺してでも止めてやる。
 …ホントはアカツキ会長みたいに、甘えんなって言ってやりたいところだけどさ。
 お前にはたくさん助けられた…甘ったれて、トラウマもなくなって、
 臆病さもちょっとはマシになってユリカに好きだと言ってあげられた、お前より強くなれた。
 遺跡ユリカの見てきた未来には、こんな運命はきっとなかったんだ。
 
 ……それくらい、安いモンだよ」

「…ありがとう」

俺が殺してでも止めると言って、安心してくれたのか、
ホシノは怯えも冷徹さもしまい込んで、涙をこぼして笑った。

「…テンカワ。
 お前は、俺の夢だ。

 俺が、なりたかった俺自身なんだ。
 
 世界一の王子様だとか、英雄だとか、映画スターだとか…。
 そんなものは何一つ要らなかった。
 
 お前には、何者からでもユリカを守れる、俺以上の強さがある。
 
 『黒い皇子』として俺が失った、人よりちょっと臆病なだけの穏やかな心がある。
 
 過剰なナノマシンに蝕まれていない、純粋な身体も。
 
 ユリカとの、お互いの好意を隠さないで過ごせる温かい日々も…。
 
 そして、ボソンジャンプにすべてを奪われない世界さえ…。

 …すべて、俺が欲しかったものだ。お前がそのままでいてくれれば…。
 だから、俺がもし…」

「待て、ストップだ、ホシノ」

違う。
まだ破滅的なところがある。
『黒い皇子』はやっぱり死んでないんだ。
言わせちゃダメだ、ここから先は。

「ラピスちゃんはまだ死んだと決まったわけじゃない。
 もしもの話で全部投げ出すなよ、バカ。

 …お前だって、俺ほど恵まれちゃいないかもしれないが、
 だいぶマシになれたんだろ?
 
 だから、二股かけたって、最低な男だって言われたって、
 どんなことしたって二人を幸せにするって誓ったんじゃないのかよ?

 お前とラピスちゃんが二人とも死んだら、ユリさんだけが泣くんだぞ?」

「あ…。
 そ、そうだよな。
 バカなこと、考えてるよな…」

やっぱり余裕がないな…ホシノは…。
いつもは俺よりバカだから、普段はここまで思い詰めない。
……俺が何とかしてやらないと。

「…ホシノ。
 形はどうあれ…まだ助かる可能性があるんだ。
 お前にも、叶えられる夢が、あるかもしれないだろ。
 
 ……ユリさんと、ラピスちゃんと叶えたい、新しい夢が」

「……!」

ホシノは思い出したように、驚いたように俺の顔を見た。
諦めようとしていた自分に気付いているようにも、見えた。

「…ホシノ、諦めるなよ。
 何度も呼びかけろよ、諦めるなよ!」

「ッ!
 ああ…そうだ…!
 そうだよな!」

ホシノは激しく頷いて、また眠る姿勢に…。
もう寝た!?な、なんて奴…。
いや、ちょっとは安心したってこと、だよな。
しかし、やっぱり微妙に違うんだよな、ホシノって人間は俺とは…。
おっかない状態になれるとかじゃなくて、やっぱり自分と同じ人間には見えない。
じゃあなんなんだ、例えるなら…ホシノは…。

…甘やかされて育った、一つ上の年子の兄貴?

………妙にしっくりくるけど、なんか無性に腹が立つな。
本当はホシノのほうがずっと苦労してるはずなんだけどな…。

…苦労しすぎてボケたってことはないよな?

















【時刻─19:50】
〇???──ラピス
う…うう…。
あの給仕の人に眠らされてどれくらい経った…かな…。
まだ夢見てる感じするから、死んではいないみたいなんだけど…。
走馬灯だってまだ出てきてないし…。


『バカユリカッ!
 
 あんたまたやらかしたの!?
 
 なんでアキトから離れちゃうかなぁ!?』



あ、ラピスちゃん…久しぶり…。
やっと出てきてくれたの…。


『久しぶり、じゃないでしょ!?

 あんたバカなの!?』

 
 
そんなに叫ばないでよぅ。
自分がバカなのはもう分かったってばぁ…。
あの場合、ちょっと離れるくらいいいじゃない…。


『ダメに決まってんでしょ!?
 私を守るセキュリティに穴があるってばれたんだから、
 ピースランドの中だって油断しちゃダメに決まってんでしょ!?
 人気のない場所に一人で行くなんて自殺行為以外の何だってのよ!?』



ううぅ…。
だったら、ラピスちゃんもちょっとくらい顔出してくれればよかったのに…。
私達一心同体なんだから、舞踏会の時間をはんぶんこしたって良かったんだよ?

『ふざけてんの!?

 どんだけ私に頼りっきりにするつもり?!

 私がどんっっっだけ辛い目に遭ってたのか、分かってんの!?
 
 あんた…ほんっっっと……!

 
 どうしようもないバカ……ぐずっ…』



──え?
ラピスちゃんの声が…だんだんつらそうな、涙声に変わって…。


『なんで、なんでこうなっちゃうのぉっ!?
 もう…。

 
 

 うぁあ~~~~~~~~~~~ッ!!



 限界だから言ってやるわよッ!

 墓まで持ってくつもりだったけど!
 
 私が消えてでも何とかしようと思ってたけど!
 
 あんたが悪夢にうなされてたらまた何するかわかんないから!
 
 
 私が裏で、無理矢理、あんたの悪夢を全部請け負ってたのに!!
 
 それも今日まで一ヶ月と一週間、ずーっと四六時中だよ!?


 あ、あんたに巻き込まれる形だったらまだマシだったけど…。
 一人で受けると、あんなに生々しいって知らなかった…。
 
 でもそうしなかったら、ユリカはアキトの気持ちを受け取れないって分かってたから!
 
 ここまで我慢すれば、きっと大丈夫だって思ってたから…!
 
 だから、私、わたし…。
 
 あんなひどいこと、いっぱいされても…頑張ったのに…。、
 
 こんな、こんな終わり方…!
 
 
 う、うっ…ううぅ…。

 
 

 うわあああああああぁぁぁぁああ!!』



あっ…あああっ!!

嘘…そんなっ…!?
ラピスちゃんは私とアキトを助けるために、ずっとあの悪夢に、あの地獄に居たっていうの!?
それどころか自分の意識が消滅するかもしれないって瀬戸際にずっと居たの!?
私、そんなことに全然気づかないで浮かれて、アキトとユリちゃんに甘えて、いい気になって…。
挙句にうかつに離れてこんなことになって…!

やっぱり…私、最低じゃない…。
それどころか、完全に疫病神だよ…!
私が居たら、やっぱり誰も幸せにならないじゃない…。
ラピスちゃんが代わりにいた方が、アキトもユリちゃんも幸せになれてたじゃない…。


なんで意識を取り戻しちゃったのよ!私のバカッ!バカユリカッ!



……。

違う…。
すべては前の世界で決まっていたんだ…。
アキトとユリちゃんが語った、遺跡ユリカの言っていたこと…。

因果律とか因子とか…色んな事言われたけど…。
結局、私達は…同じことを繰り返してるだけで…タイミングや方法が違っただけなんだ…。

アキトは最低の、すべてを狂わせる、みんなを殺す人になる。
みんなを巻き込んで、取り返しのつかないことをしはじめちゃう…。

今も、もしかしたらそうなってるかもしれない。
アキトとユリちゃんの関係も、私のせいで終わるんだ。
未来と同じ、アキトが狂って『黒い皇子』になるという結果を持って…。

…私がアキトの因子を持ったから、それを引き寄せた。

このアキトが英雄になるというのも、因果律が関係してる。
『漆黒の戦神』という英雄になる因果律をひきついでいる。
芸能人になるとか細かい過程は違うけど、英雄には違いなかった。

地球と木連が、戦争継続中の『停戦』で止まるように、
この世界も地球と木連は手を結ぶけどヤマサキさんが戦争は継続させる。
そしてそのタイミングはずっと早くなった。

だから…。

アキトとユリカは一緒に戦争を終わらせるために尽力して、火星の後継者に捕らえられた。
私は二人分の因子を持っているから身代わりになった。
そして敵の手に落ちて捕らえられるという出来事も満たした。
数多の繰り返しの中の、繰り返された出来事にすぎない。
歴史の修正力が、因果律の力が、起こるはずだった出来事を引き寄せてしまう。

私達はそこから絶対に抜けられない。

地球の自転を止められないように。
太陽系の公転を止められないように。

そして…一つ前の世界の結末が、私にとどめを刺しに来る。

アキトとルリちゃんを助けるために身を捧げて、脳死に近い状態になってしまうラピスちゃん。
ルリちゃんに撃たれて、クローンごと記憶部分の脳を破壊されて命尽きるユリカ。

その事実に従って、私とラピスちゃんは死ぬ。
…ボソンジャンプがないし、遺跡ユリカがリセットしないって決まったから、
そこから先の出来事はキャンセルされるかもしれないけど…。
でも、私がこのまま最期を迎える可能性が高いのは…分かっちゃった…。

これ…あがいて何とか…なるもんじゃない…よね…。

…ごめん、ラピスちゃん。
覆せっこないかもしれないって、思うけど…。
もし生きて戻れたら、私、ラピスちゃんに全部返してあげる。

私なんて、やっぱり生きてちゃダメなんだ。

あの地獄を見続けるのは、苦しいけど…。
…でもラピスちゃんへの償いはしてあげないと…可哀想だよね。
生きて帰れたら、アキトにラピスちゃんのことお願いして…みんなにごめんなさいして、消えないと…。
ラピスちゃんを幸せにしてほしいって…言ってあげないと…。

あ、はは…乾いた笑いしか出ないや…。
私って、最後の最後まで余計なことしかできなかった。
アキトとユリちゃんは私を幸せにしようと一生懸命にだった、のに…。
自分の嫉妬心に我慢しきれなくて、勝手に一人きりになって、こんなことになって…。


ごめん、アキト。ユリちゃん。ラピスちゃん。


あとこの世界の私達にも謝りたいけど…もう会えないかなぁ…。


情けなくて、本当に…。


消えちゃいたいよ…。


……。

























【時刻─19:55】
〇地球・スウェーデン市街地・高層ビル──ラピス

「う…」

私は…目が覚めて、自分の体の痛さに気付いた。
これは…コンクリートの床…こんなところで座って寝てたからお尻が痛い…。
それと手が痛い…手錠…?
手錠が水道管みたいなパイプの、壁に固定するための金具の部分に引っかけられてる。
とりあえず、縛られてはいないみたいだし…口にガムテープ貼られたりはしてない。
手錠だけ…か。
ドレスも着たままだし…他に身体は何もされてないみたい。
右手を少し上げた状態で、手錠で壁についた排水管の金具に留められてる感じ、か…。

…!

よかった、まずは無事!
まだ終わってない!
だったら挽回できる!希望がちょっとだけ見えてきた!

ほっとして溜息を吐いて周りを見回した。
ここは…どこかの女子トイレみたい。
廃墟ビルかな、ほこりがちょっと溜まってるし…。
敵はとりあえず私を捕まえておきたいみたい。

人の気配もないし、うまくいけば何とかアキトと連絡とって、迎えに来てもらえるかも。
あ、でも監視カメラだけある。
だけどペンダント型通信機で連絡すれば…。

……でも不自然だよね、これ。

私を生かして置いているのも変だけど…拘束が甘いし。
重要な人物って分かっててこんな適当な扱いっておかしいよね。
監禁場所としては適切かもしれないけど…。

「あっ…」

私は冷や汗が頬を伝ったのを感じた。
私からギリギリ手の届かないくらいのところに、爆弾みたいなのが…。
…カウントは二時間後、かぁ。
まだ良かった…十五分後だったら助からない可能性が高いもんね…。
でも余裕がないなぁ…このペンダント型通信機ってGPSついてたっけ。
ユリカの頃だったらお父様がGPS持たせてくれてたんだけどなぁ。
端末もとられてないけど圏外だし、やっぱりペンダント型通信機で連絡を…。


ごぅぅうぅぅぅ…。



…?
窓の外から、戦艦の反重力装置の駆動音が聞こえる?
私はかろうじて立ち上がって、窓から外の様子を見た。

…ユーチャリス!?
それにかぐらづき、あと連合軍の大艦隊!?

し、しかも──。
かぐらづきは明らかにグラビティブラストをチャージして、
このビルに向けて撃とうとしてる?!


う、嘘でしょっ!?

こ、こんなの、こんなの──!?


「あっ、

 あぅ、あ、あ、
 
 あ、あぁ…ッ!?

 し、し、死んじゃうっ…!


 アキトーーーーーーッ!!」




















【時刻─19:59】
〇地球・スウェーデン市街地・ユーチャリス・ブリッジ──ムネタケ
時間が来たわ…さて、作戦開始ね。
敵の数は多いけどこっちもグラビティブラスト搭載艦が二隻あるわけだし…。
そうそう引けは取らないはず。
チューリップも外から回って各個撃破してしまえば問題ないし…。
増援のシャクヤク隊だけでも、下手するとあの敵戦力でも片付けちゃいかねないわ。
手順さえ間違えなければ大戦果が期待できるわね。
手柄は…今更そんなに気にすることもないけどね。
昇進の話もちらほら出始めてるし、ユーチャリスでこれからもやっていけば割と安泰じゃないかしら。

…状況が整っているとはいえがつがつやらないで、
精神的に安定してる状態でやった方がこんなにうまくいくなんてね。
ま、これからもマイペースに行きましょう、無理すると力が発揮できないわ。

「ムネタケ艦長、かぐらづきのグラビティブラストチャージ完了。
 20時ジャストに発射できそうです」

「結構。
 そろそろカウントダウンかしらね」


ピピッ!


『アキトーーーーーーッ!
 
 いやーーーーーー!!
 
 助けてーーーー!!』


私達がグラビティブラスト発射一分前になったのを確認したところで、
ハーリー坊やの持っていたペンダント型通信機からラピスラズリの、らしくない絶叫が聞こえた。
私達は一瞬呆然としながらも、すぐに意識を切り替えて…ハーリー坊やがいち早く立ち直った。


「ら、ラピスさん!?どうしたんです!?」


『は、ハーリー君!?
 な、なんで?
 アキトにつながらないで、なんで…。
 
 え、えっとそんなことじゃなくて…。
  
 今、ユーチャリスにいるの!?


 お、お願い、撃たないで!

 かぐらづきが、ユーチャリスがっ、
 
 グラビティブラストがっ!』


「ラピスさん、どうしたんですか!?
 状況が掴めませんよ!?」



……!
私は、ほとんど直感だったけど、この時起こった出来事に感づいた。
ピースランドに居るはずのラピスラズリがなんで怯えた声で、
ペンダント型通信機で通信してきたのか…。
そして言ってる事から推察すると…。

「通信士、かぐらづきにグラビティブラスト発射中止を連絡しなさい!
 絶対に止めるのよ!
 文句言われたら撃つ前にこっちに通信回すように言いなさい!」

「は?はぁ…」


「ハーリー!
 あんたはあの小型チューリップがある高層ビルの生体反応を調べなさい!
 あのビルに、ひょっとしたらラピスラズリが居るかもしれないのよ!」


「えええっ!?」


『そ、そうです!
 私、誘拐されちゃって!
 助けて下さい、ムネタケ提督ッ!』



『…こちらオモイカネ、反応あり!
 望遠レンズの映像を送るよぅ!』
 
直後、ラピスラズリが窓の奥で、怯えた眼でこっちを見てる姿が映された。
当然、ブリッジは完全に凍り付いた。
通信をかけてきた、かぐらづきの高杉艦長代理も、状況がつかめたのか凍り付いた。

……な、なんてこったってやつね。

もし気づかずにグラビティブラストを発射してたら、
木連の船が、動けないラピスラズリをグラビティブラストで撃ったって言われるわね。
もちろん、ここでラピスラズリがカメラに映らなきゃそんなことは言われなかったでしょうけど、
これが誘拐した敵の手によるものだったら…どこかで証拠映像を取ってるはずだわ。

作戦内容は外部に知られていない。
当然、軍の作戦の詳細を外部に漏らすなんてありえないわけだけど…。
でも、木連の船がグラビティブラストでラピスラズリを殺したと、
映像に残ってしまったら、どんな弁明も説明も意味を成さないほどの批難が集まってしまう。
言い訳のしようがないもの…。
故意であろうがなかろうが、ラピスラズリを殺した事実が残れば、
佐世保での木連将校への暴力事件の比じゃないわよ!?

最悪、木連という国家に対する虐殺が許容される空気すら生まれかねない!
それほどまでにホシノアキトとその家族は聖域になりつつある。
火星と木連の初戦における虐殺の再現が起こりかねないほどの事態だわ!
未然に防げたものの、これでラピスラズリが助けられなかったら同じことになる!
……この反戦の機運が高まっている今、きっと木連を再び敵に貶めたい連中が仕掛けたのよ。


何て最低な手段を考えるのよ!!あんな小さな子にッ!!





















【時刻─20:00】
〇地球・スウェーデン市街地・戦艦インパチェンス・ブリッジ──バール少将
私は時刻を確認して、かぐらづきがグラビティブラストを撃たないのを疑問に思った。
オペレーターにも確認したが、時刻に狂いはない…何故撃たん…?
…裏切るつもりか?

「かぐらづきは何をやっている?!
 作戦開始のためのグラビティブラストを何故撃たんのだ!?」

「は、はあ…緊急事態が発生しているとかで、
 かぐらづきとユーチャリスから入電です」

「回せっ!」

全く、あのマヌケどもは作戦時刻も守れんのか?!
直後通信がつながって、高杉艦長代理とムネタケ艦長の姿が見えた。


「貴様らどういうつもりだ!?
 このレベルの命令違反は軍法会議ものだぞ!?

 特に高杉艦長代理!

 貴官はこの作戦の重要性が分かっておらんのか!?」



『…存じています。
 しかし、あのビルにユーチャリスのオペレーター、
 ラピスラズリさんが居るのが確認されました。
 状況は分かりませんが、誘拐されたそうです。
 
 

 我ら木連男児は!
 
 婦女子、それもまだ年端もいかない少女をっ!
 
 敵を倒すために巻き込むような卑劣極まりない真似はできませんッ!』



『私も同意見です。
 彼女を助ける手立てを考える時間を下さい、バール少将』
 
 

「なに!?」



直後、私達の艦にもユーチャリスのオペレーター、ラピスラズリの拡大映像が届いた。

…な、何故そんなところに!?
いや…まさか…。
クリムゾン会長に頼まれて木連の船に初手を撃たせることにしたが、こういうことか!?
木連にグラビティブラストでラピスラズリを殺害させ、
再度敵として認識させる心づもりだったというのか?!
そうなっていたら…わ、私も責任を問われただろう。
過程はどうあれ、私がトリガーを引かせた事実は記録されてしまっている。
そうなれば、市民に私刑にかけられてしまう可能性だってあった…。

く、クリムゾン会長め…ここで私を切り捨てるつもりか!?
ここまで来るのにかなり力を借りたが、その分返してきたつもりだったが、
この期に及んで…そうは行くか!

「ちぃっ!
 その映像を全艦隊に送信し、事情を説明せよ!
 そしてかぐらづきはグラビティブラストをチャージしたまま迂回し、敵の撃滅に努めよ!
 ユーチャリスはラピスラズリの囚われているビルに接近し、
 敵の攻撃で倒壊せぬように守れ!
 休眠状態の小型チューリップを起こさぬようにつかず離れずな!」

『『はっ!』』

「そして各艦は、かぐらづきに随行し、
 チューリップの各個撃破を目指せ!
 ユーチャリスには敵を近づけるな!!」

「し、しかし艦長!
 グラビティブラストをかすらせるようにして小型チューリップを撃破してはいかがですか?
 そうしなければ、ラピスラズリの安否も…」

「バカを言うなっ!

 グラビティブラストはいわば重力の土石流を作る兵器だ!
 同時に周囲に重力の乱気流が生まれてビルなど紙屑同然に崩壊するぞ!
 かぐらづきとともにビルを迂回だっ!」

私が警告すると、直後、ラピスラズリの映像を見せるウインドウから音声が聞こえてきた。
どうやらユーチャリスオペレーターのマキビハリと通話しているようだが…。
…しかし端末もなしにどうやって通信してるんだ?

『ラピスさん、とりあえず大丈夫ですよ!
 グラビティブラストはストップしました!』

『ぐずっ…。
 よ、よかったよぉ…怖かったよぉ…。
 で、でもここ、時限爆弾もおいてあるの…。
 あと二時間しかない…』

『ええっ!?
 待っててください、ユーチャリスが近づきます、
 どうにかして助けに…ガガ…ザザ…』

ん!?
音声がノイズだらけになり始めたぞ!?

「バール少将!
 休眠状態のチューリップが覚醒しました!
 そしてチャフを使って電波妨害をかけてきました!
 しかもバッタがあのビルを囲むように出現中!」


「なんだと!?」



この用意の周到さ…そして連携…。
間違いない、あのチューリップはクリムゾンが事前に準備したものだ。
しかもそれをある程度コントロールできるということか…。
チャフを拡散したということは、ここからはコントロールはできないだろうが…。
クリムゾンめ、やっかいな方法をとる!

だが私もここまで上り詰めたの立場を失うわけにはいかん!
今後の私の地位のためにも、ラピスラズリを助けなければなるまい!

…ホシノアキトの手助けをすることになるのは業腹だが、背に腹は代えられない。

とはいえ、この絶望的な状況を、どう打開すればいいのだ…。
救出隊を送り込むにもバッタがあの状況では近づけまい。
しかし並みのパイロットがあのビルに近づけばどうなるか…。
エステバリスで戦って、流れ弾がビルに多少でも当たればアウトだ。
ユーチャリスの手練れのパイロットはすでにいない。ナデシコのパイロットもだ。
それにシャクヤクも到着は三時間後になる。

…ええい!何とかならんのか!?

















〇???
とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
軍の上層部の人間をも含む、かなりの大企業の要人、政府要人などが集まっている。
クリムゾンを筆頭とする、木連と手を結んで利益を共有するために同盟を結んでいる人物たちである。
彼らは、連合軍の艦船の通信を傍受しつつ、別角度のカメラから映像を確認して様子を確認していた。

『第一段階は失敗したようだな』

『初手でラピスラズリを殺害してくれるのが一番望ましかったがな。
 一番確実に戦争を継続させる方法になったろうに』

『だがすでに勝ったも同じだ。
 ラピスラズリが死んでいれば諦めもつくだろうが…。
 なまじ絶対に助からないような状況でも、
 生きていると知ってしまえば悪あがきせずにはいられまい』

『敵を殺すより、行動不能者を増やした方が効率よく相手を追い込めるのと同じ原理だな。
 相手が重要な人物ならなおのことだ。
 ミイラ取りがミイラになる。
 ラピスラズリを助けるために倍々ゲームに犠牲者が増えるぞ』 

『最終的にラピスラズリが死ぬのは変わらないままな。
 しかもこれで助けられなければさすがに世間も動揺するだろう。
 助けようとして、犠牲を多数出しても無駄でした、となればなおのことな。
 
 映像以外の他の証拠は一切残さずラピスラズリを死なせれば、
 木連が裏で手を引いていたと情報操作することも可能だ。
 そうなれば、和平ムードも吹っ飛ぶだろう』

『ホシノアキトだけを追い込む計画だったのをここまで有効に使うとは、
 クリムゾン、恐れ入ったぞ。
 ホシノアキトとて右腕として働いたラピスラズリを失えば衝撃は軽くない。
 しかも貴様の言う通り、
 ホシノアキトを操っていたのがラピスラズリだとしたら身動きできなくなるだろう。
 木連と和平が成り立たなくなれば、次の手は打てまい。
 奴がすぐに失脚せずとも、我々が刈り取るのはたやすくなる』

『しかしクリムゾン、こんな意地の悪いことを考えるとは、
 お前の部下は相当イカれているな』

『ああ、貴様らにも無理を聞いてもらった甲斐があるというものだ。
 ユーチャリスのムネタケがラピスラズリを発見した件も有効に使えそうだな。
 奴がラピスラズリを自分で誘拐させ、その上で助けて手柄にしようとしたとでっち上げられる。
 この出来事で地球圏が混乱し、証拠が残らなければいくらでも手は取れる。
 ホシノアキトはアクアから私のことを聞いているかもしれんが、
 証拠もなしに我々に喰ってかかるわけにもいかんからな。
 
 もっとも、この後は奴も追い込まれてそれどころじゃないだろうがな?』

クリムゾンは口元を歪めて愉快そうに肩を震わせた。
彼らの想像は決して大袈裟ではなかった。

ホシノアキト暗殺未遂事件で実行犯たるライザを逮捕できなかった事で、
誰の命令だったのか、どの勢力の仕掛けたことなのか把握できていない。

アキトたちは敵がインと同じ光学迷彩を使った可能性が高いことから、
クリムゾンが仕掛けたことだと確信をもっているものの証拠がなく、それを証明できない。
そのためラピスが死んだ場合、正攻法ではクリムゾンたちを暴くことが出来なくなる。

しかしこの作戦が成功してしまった場合、
ホシノアキトという人間がどのように変化するか、クリムゾン会長は気付いていなかった。

自分の地位を守るため、ビジネスのために敵対する人物の暗殺や、時には虐殺すらしてきた彼も、
敵対する相手を殺すのは常に末端の人物でしかなく、その狂気や殺意に触れる機会は少ない。
死の商人としての狂気は理解しても、人を殺す人間の気持ちを理解してはいなかった。

クリムゾンにとっては人間の命もビジネスの道具であり、商材でしかない。
政財界に通じ、全世界的な影響力を持ち、
人物を見る目がある、ビジネスの外になると勘がにぶる。

彼からは、ブーステッドマン達の戦いの最中のアキトの『黒い皇子』姿も、
単なる演技にしか見えていなかったのだった。

かつて『黒い皇子』と呼ばれたアキトの容赦なさ、執念深さ、そして殺意。

それが全世界を巻き込んで逆襲し、自分がすべてを失うばかりでなく、
何者にもコントロールできない、救い難い戦乱の世を作るという可能性は想像できなかった。

遺跡ユリカが幾度となく見てきた、
愛する者を救うため、そして時には愛する者を失った心を慰めるために殺戮の限りを尽くし、
目的のために非情に徹し、心を失っていく『黒い皇子』の姿を、彼らは想像できなかったのだ…。





















【時刻─20:02】
〇地球・ピースランド・王城・王城前広場・ピースランド国用船・ブリッジ──ルリ
私は先ほどまでずっとラピスを何度も呼びかけていましたが、
そろそろ発進準備をしないといけないということで、一度ブリッジに向かうことになりました。
今すぐに出撃する必要があるかは分からないものの、
いつもと違う戦い方をしなければいけないので、大変です。
特に、オモイカネもなく、オペレーターを必要としないこの国用船では私は役立たずです。
…何とかする方法があればいいんですが。



ピッ!

『ルリさん!?
 応答してください、ルリさんっ!』


「は、ハーリー君ですか!?
 たしか、ホシノ兄さんのペンダント型通信機を預かったと聞いてましたが…」


『は、はいっ!
 ラピスさんが敵に捕らえられたようで、誘拐されて廃ビルに捕まってます!
 そちらから居なくなってるんですよね!?』


!!



ブリッジに集まっていた私達は息をのみました。
思わぬ形でラピスの無事が確認できました。
しかし安堵することなどできません。
ハーリー君から通信でラピスの居場所が分かったということは…。
ラピスが捕まっている廃墟ビルというのは、戦闘区域の中に居るということです。
危険すぎます…!
でも、直後に聞こえてきたハーリー君の報告に、血液が沸騰したかのような錯覚を覚えました。

『ラピスさんは、廃墟ビルに捕らえられて、動けない状態にされていました!
 作戦行動で破壊される予定だった、上に小型チューリップの乗った廃墟ビルにです!
 
 かぐらづきのグラビティブラストによって殺されるところだったんです!
 
 ムネタケ艦長の言うことには、木連がラピスさんを殺したことにして、
 もう一度地球と木連の間を引き裂くためじゃないかって…。
 
 僕たちは作戦から外れて、廃墟ビルに近づいてラピスさんの保護に動いてます!
 何とかこっちに来れませんか!?』


「「「「「!?」」」」」



な、なんてことを考えてるんですか敵は!?
そんなあからさまな手を使ったって世間は…。
…いえ、冷静さを失うかもしれませんね。
テロリストに殺されかかったラピスが、また危険にさらされて殺されたとなれば、
手を取り合おうとした木連が、抵抗できないラピスをグラビティブラストで消し去ったと知れば…。
ホシノ兄さんがフォローしたって聞きはしないかもしれません。
…ホシノ兄さんも私達も身動きできなくなるくらいには打ちのめされますし。
フォローなんてできないでしょう。
そこまで計算して、こんな手を打ってきたんですか!?悪辣すぎます!

「準備はできてます!
 移動しながら詳しいことを聞かせてください!」

『ハーリー、代わりなさい。
 サンシキ副長、指揮を代わって下さい。
 …ホシノルリ?
 ミスマル艦長はいるかしら?』

「あ、ユリカ姉さん、どうぞ」

「はい、ムネタケ提督!
 代わりました!
 …場所はどちらですか?」

ユリカ姉さんは私が渡したペンダント型通信機を手に取ると、ムネタケ提督に細かいことを聞いてくれました。
場所はスウェーデンのストックホルム…作戦行動中なので外部にこういうのを教えるのは本来はご法度ですが、
このあたりは隣にミスマル義父さんがいるので目をつぶってもらう形になりました。
そしてチューリップが20基からの敵が集結しているとかで、
結構厳しい戦いになる中、ユーチャリスが外れているので大変なようですね…。
せめてナデシコが無事だったら何とかなったんですが…。
ここからストックホルムまで、一時間もかかりませんが、
ラピスのそばに仕掛けられた爆弾のカウントが残り二時間を切っているそうです。
そうなると、廃墟ビルの周りにいるバッタをある程度追い払って、
ビルに入って助けに行くことになるってことですから、一刻の余裕もないですね…。

「分かりました、提督。
 ただちにストックホルムに急行します!
 ブローディアのほかにも、僅かですが戦力を確保できてます!
 一時間ほどで到着します!」

『ふふ、相変わらず頼もしいわね、アンタたちは』


「もちろんですっ!
 何てったって、『ダイヤモンドプリンセス』のナデシコとPMCマルスですから!」



……ユリカ姉さん、私達の方が映画より先ですからね?
はぁ…バカ。




















【時刻─20:20】
〇地球・バルト海上空・ブローディア内──ホシノアキト
俺とテンカワはピースランド国用船に乗らず、先行して出発した。
これは焦る俺への配慮と、戦力的な問題からこうせざるを得ない事情とがあった。
ピースランド国用船はロクな武器がなく、お供エステバリスが居なければ守るのもおぼつかない。
レーダーが優れているので敵を感知するのには向いているが、戦闘は極力避ける必要がある。
現地についた後ならユーチャリスの重力波ビームが受けられるしな。
そのため、俺たちが先行して敵がいれば撃破して先に進む、という方式をとることにした。
もし時間がかかるようなら迂回してもらって、敵を避けてもらう。

俺たちか、ピースランド国用船がストックホルムに到着すればまだ希望がある。

恐らく連合軍のパイロットたちでは廃墟ビルを避けて敵を蹴散らす、あるいは引き付けることはできない。
技量的に、俺たちかリョーコちゃん達じゃないと無理だ。ガイは…ちょっと危ないか。
だから、今回はどっちかが先にたどり着けるように確実にする必要がある。

それに、俺の焦りが限界近かった。

ラピスが生きてくれているだけまだいいが、バッタがラピスに攻撃しないかどうか…。
クリムゾンたちの思惑が、地球と木連の間を引き裂き、俺を揺さぶることにあるとすれば、
かぐらづきグラビティブラストでの殺害が失敗した今、バッタで殺すことにためらいはないはずだが。

だがそうしないということは、
俺たちが助けに来たとしても加減した戦闘しかできない状態に追い込み、
あわよくば消そうという心づもりなんだろう。
そうじゃなくてもラピスは時限爆弾で殺すか、救出されそうになったらバッタで殺すつもりだ。
…俺たちはともかく、ラピスだけはなんとしても殺すつもりなのか!?

……クソッ!
俺を直接殺せないからって、こんな手段に打って出るとは…!
かぐらづきのグラビティブラストでラピスが死ななかったから、木連との間はまだ何とかなるが…。
ラピスを失ったら、俺は……!

「…ホシノ、代わるか?
 冷静になれないままじゃ、お前は…」

「……頼む」

テンカワは俺が不安定になったのに気付いて、操縦を代わった。
こういう時はタンデムアサルトピットでよかったと思う。
…だが。

『二人とも、そんなこと言ってる場合じゃないよ!
 敵が来た!
 それも…こ、こんなに!?」

「な、なんだぁ!?」

「ちぃっ!
 奴ら、チューリップを保有していたのか!」

俺がシートに体を預けようとしたところで、テンカワとディアの悲鳴じみた声が聞こえた。
視界でも恐ろしい数が…火星突入の時ほどじゃないが、ぎっしりと空を覆いつくす敵が…!
普通の機動兵器じゃない、こんな密度で現れることはありえない!
しかもこの距離まで気づけなかったってことは、
俺たちがピースランドから出てくるのを予想して待ち伏せてたのか!?
そうなると、ある程度クリムゾンたちは自分たちでチューリップを保有していたことになる…。
木連からチューリップを操る方法を聞き出していた可能性もあるか…。
だ…。

「…俺たちが迂回するわけにはいかないな」

「ああ。
 もしここで逃げれば、俺たちは逃げ切れても、みんなが…。
 …みんなに大きく迂回して貰って、先についてもらおう」

「そうするしかない…。
 だが、大気圏内でここまでの規模で来られると無事でいられるかどうか」

「弱気になるなよ、ホシノ。
 …こういう時のためのブローディアだろ!」

「ふっ、お前も言うな」

「おかげさまでな」

……テンカワがここまで頼もしくなるなんてな。
少なくとも二年は必要だと思っていたのに、急に追いつきやがって。

「蹴散らしてやろう、ホシノ!」

「ああ!
 行くぞ、テンカワ!」

そして、俺たちはピースランド国用船に乗っているみんなに、
迂回コースの提示をした後、まだ遠い敵に備えて準備を始めた。

俺はDFSの刃をイメージして…。
エステバリスのサイズから見てもかなり大ぶりの、10メートルほどの刀を形成した。
テンカワはまだDFSの制御が俺ほどはうまくない。
だが、北辰さん直伝の一刀流の腕は俺と比べてもそう見劣りしない。
だから俺はDFSオペレーターとして後ろについて、戦況を見つめる側としてついているだけでいい。
こんな風に本来の自分を後ろから見るだけになるなんて思いもしなかったが…。

…嬉しいもんだな。


「「どけぇーーーーーーーーッ!!」」



そして俺とテンカワの戦いが始まった。
ラピスを助けに行くためにも、俺たちも無事でいないといけない。
だがそれまでラピスが無事でいてくれるかどうか…。


…今は弱気になってる場合じゃない!


今度こそ、救って見せる!

二度と離さないと誓った!

幸せにするって決めた!

だから最後まで諦めない!




待ってろよユリカ…ラピス…!















〇木星・都市・プラント制御室──遺跡ユリカ
私とヤマサキさんは、ここに持ち込んだベットで一緒に寝そべりながらアキト達の様子を見ていた。
敵のやり口が粘着質で…でもすごい有効に働いてて、驚いた。
こんな方法があったなんて…。

……同時に運命の歯車が、だんだん狂い始めているのが分かった。

このままいけばラピスちゃんはユリカの人格もろとも死んで、アキトはきっと狂う。

ルリちゃんの因子くらいじゃ止められないくらい、ひどいことが起こる。
でも、リセットはしないと決めた。
だから、こうやって見守ることしかできない。
…16216回の繰り返しの中と同じように。

「…遺跡ユリカ君、君だったらラピスラズリの遺伝子をここから弄って、
 ボソンジャンプで脱出させるくらいワケないんじゃないか?
 いや、そうじゃなくてもあの小型チューリップから出てくるバッタを止められるんだろう?」

「…うん、できるよ。
 でも、それはルール違反だよ。
 私はそうしないって決めたの。
 そのルールも、ヤマサキさんがお願いしたら、破るしかなくなるけど。
 ユリカ、お願いされたくないなぁ」

ヤマサキさんは、私を横目で見て問いかけた。
私はあくまでコンピューター、正確に言えばCPUで、ボソンジャンプ用CPU。
自発的にはそういうことが出来ないのが本来の私の機能。
でもその気になれば、自発的にチューリップを介した機動兵器のジャンプも止められるし、
ラピスちゃんにB級ジャンパーになれる遺伝子をボソンジャンプで送って、改変するくらいお茶の子さいさい。
特に今のラピスちゃんの体は、私のナノマシンボディの中にある遺伝子と合致する構造だから…。
ボソンジャンプに必要な遺伝子の部分を変えてしまうくらい、わけない。
そしてそのまま無事に逃がしてあげることも。

でも、もうこの世界では人間のボソンジャンプを禁じるって、アキト達と決めた。
例外は、ここを通過する予定の古代火星人だけ。
だからラピスちゃんを助けるのはルール違反。
それにこの場でボソンジャンプを使ってしまえば…生体ボソンジャンプのことが敵にも味方にも、
きっと世の中全体にも広まってしまう。
そうなったら元の木阿弥だもん。

「お堅いねぇ…。
 この一回くらいは許してあげてもいいんじゃないかい?
 君の繰り返した禁忌の数々に比べれば、この程度のズルなんていいじゃないか」

「だめ。
 アキト達が自分の意思でボソンジャンプの封印を決めた以上、
 アキトが狂うと分かっていても介入しない。
 
 生きた人間が作る歴史を、機械が捻じ曲げるなんてちゃんちゃらおかしいよ」

「それでも前提条件は入れ替える癖に。
 そもそも君はすでに歴史を、世界を捻じ曲げただろう?」

「それだけは変えていいってルールを作ったの。
 …アキトが本当に狂わずに済む世界が欲しかったから」

「僕から見ると、君は運命すら操れそうだけどね」

「私は運命を変える因子は操れるけど運命そのものは操れないよ。
 だから操った後はどうしようもないの」

そう。
傲慢なことだとは思っている。
コピーの人格、コピーの記憶だけど、貰えたそのおかげで、
私は単なるボソンジャンプの演算装置ではなく、『人間』に限りなく近い感性…『心』を手に入れた。



──だが、私はミスマルユリカでもテンカワユリカでもない。
結局『古代火星人の作った遺跡の演算ユニット』でしかないのだ。


人間の感情の温かさ、切なさ、悲しさ、優しさ…心のすばらしさに私は酔いしれた…。
テンカワアキトとテンカワユリカ、ホシノルリという三人の、救われない人生を嘆いた。

こんな結末、あっていいわけがない。

本当は純朴で、戦いを好まず、戦いの似合わない三人が、
皮肉にも、戦いの才能と、戦いを変えてしまう才能を持ち合わせていた。
そのために、救われない人生を強いられることなど、あっていいはずがないと。

そう思った。
戦争を封じ、高度に分かり合うことのできた古代火星人の作った技術は…地球に渡って殺し合いしか生まなかった。
地球人類が彼らの精神性にたどり着くまで、あと何世紀かかるだろう。
少なくとも、ホシノアキトたちが生きている間には無理だろう。
そしてホシノアキトたちは、今回も狂ってしまうだろう。

アキトという人間は情が深い。いい方にも悪い方にも。
ラピスが自分のせいで死んだとすれば、取り返しがつかないだろう。
あっさり諦められる男であれば、その憎悪と執念で自分と世界を変えるようなことはできなかった。

またリセットしたら、もはや因果律は直しようがなくなる。
だから、このままにしておくしかない。
そして今回も失敗するだろう。
『アキト』という人間、そして彼を取り巻く因果律が運命を確定させている。

冷酷に、私の思考回路はこの結論をはじき出していた。
彼らの情報は嫌というほどインプットした。そして結果も見た。
人間であれば一周でも、心を砕いてしまうようなひどい内容を、16216回も。



でも…。
私が抱いたユリカの心が、諦めさせない。
『アキト』が奇跡を起こして、ハッピーエンドを起こす瞬間を待ち望んでる。
ううん、信じているの。
アキトはバカかもしれない、愚かかもしれない。

でも温かくて、愛情深くて、本当はとってもとっても優しいの!

狂うきっかけがあるからダメなだけ!

そんな世の中、ぶっ飛ばしちゃえっ!


やっちゃえアキト!



……冷静になると、私は頭が痛い。
ユリカの人格というのは、いまだに予想がつかない。
アキトの人格は、よくわかるというのに…自分の事は自分ではよく分からないという奴だろう。
しかし、アキトを見つめられるだけでストレスとは無縁で居られるのだけは助かっている。
私がユリカではなく、アキトの人格をコピーしたとしたら、救いのないことになっていただろう…。



…ヤマサキさんが顔を近づけて、私の目をじぃっと見つめた。
真剣な顔で、私を責め立てるような部分も感じる。

「で、遺跡ユリカ君は手をこまねいて、
 愛する人が狂うのを見てるってわけかい?」

「…ううん、信じてるの。
 アキトが二人いるんだから、今度こそユリカを助けてくれるって。

 そ、れ、に!
 
 

 今、私が一番愛してるのはヤマサキさんだもんっ!」

 

私はヤマサキさんに気持ちを伝えた。
これも、嘘偽りのない、一つの真実。
胸がくすぐったい感じがして、とっても幸せな気分になれた。
私は本物の人間じゃないから疑似的なところも多いけど、生きてる感覚ってやっぱり気持ちいい。
…だからデリートできないんだなぁ、この心。
ヤマサキさんはぼっと顔を赤くしてそっぽを向いた。
うふふ、かわいい人だよね。

「そ、そりゃどうも…」

「…ヤマサキさん。
 ちょっと話を戻すけど…。
 この世界では、いろんな出来事が前倒しで進んだから、
 『ユリカ』をめぐる戦いがこの時期に始まっちゃったの。
 
 そしてこの世界では『ボソンジャンプ』ではなく、
 ホシノアキトの運命を握ったものが勝者。
 
 そして今、ラピスちゃんはホシノアキトの運命を、握ってる。
 
 だからラピスちゃんが死ねば、クリムゾンと戦争を望む者たちが勝ち、
 ラピスが助かれば、ホシノアキトと戦争を望まない全世界が勝つ。
 
 …もっとも、ここまでの統計的にクリムゾン達は勝てても狂ったアキトに一年以内に殺されるけどね」
 
「…そいつは何とも救いがたいね。
 相手を追い詰めるつもりで始めたことで、結局は自滅する要因を作ってるんだから。
 何もしない方がずっと幸せだったんだろうね」

「でも、人間は何もしないでいることを選べないよ。
 立って、歩いて行く限りは誰かとぶつかっちゃうんだから。
 その時、相手を見て避けることが出来るのか、ぶつかったからと謝り合うか、
 一方的に文句を言うのか、黙って正面から殴っちゃうのか、
 それとも後ろから刺し殺しちゃうのか。
 そういう選択肢があるかないかくらいの違わないよ」

「そうだね。
 そうに違いない。
 地球も、木連も、隠し事が多すぎた。
 有利になるために、隠れて後ろから刺し殺し続けて来た。
 暴露されたら何もかも失うことに気が付かずにね。
 
 …だからそこんとこいくと、ホシノアキトは開けっ広げだから信頼されてるのかもね」

「あ、それはあるかも」

アキトは元々口下手で、自分のことを話したり人を信頼したりするのが得意じゃないもんね。
ホシノアキトになった今、目立つことが増えて、話す機会も増えて、信頼して身を預ける人も増えて…。
意外とそういうことの繰り返しが、今までにないアキトを生んだのかも。
因子だけじゃないんだね、やっぱり…。

「じゃあ、最後まで見ようか。
 僕は今のうちに軽く食事を取ってくるね」

「ヤマサキさん、のんきー。
 見どころが終わっちゃうかもよ」

「スポーツ観戦じゃないんだから…。
 …それに見逃したってかまわない。
 見届けるべきじゃないか、とは思ってるけど。
 僕だって彼らが死ぬ姿を見たがるほどは悪趣味じゃないさ…」

「そっか、そうだよね」

ヤマサキさんは服を着て、食堂の方に向かった。
私はぼんやりとモニターを見ながら、髪を弄んで待ってることにした。

…ホントに、これが最後の最後だもんね。

救いのない未来になったら、本当に何も残らない…。
アキトも、ヤマサキさんも、そのうち死んじゃうし。
もしかしたら本当に地球も火星も滅んじゃうかも。
私、その後はどうしよう…。

…ううん、私はアキトを信じてる。
あり得ない奇跡を起こしての、最後の一発逆転を信じてる。
それが、きっと古代火星人と同じ道への第一歩になるんだもん!
そう、だって─。


だって、リセットを禁じた、ラストゲームには似合いの舞台だもん。

絶望的、絶体絶命の状態で、ラピスちゃんのいる場所にたどり着けるかどうかも分からない。

でも、小数点以下の可能性も、ゼロじゃない。

勝負は最期の一瞬まで分からない。


だから、挑む価値がある。
私のここまでの悠久の時が台無しになる可能性があっても、賭ける価値がある。

最後まで目を離さないよ、アキト。
だから…!



「──さあ、アキト。


 あなたの決意を、私に示して。


 悠久の時間でもどうしようもできなかった運命を、乗り越えることが出来るって。


 あなたの憎しみによって滅ぼされる歴史ではなく…。




 あなたの愛が動かす歴史があると、私に証明して見せて!」




──運命はすでに私の手から離れている。
強力な因果律に引かれて、ラピスちゃんは死の運命を背負っている。
これを変えることが出来るかどうか…。



……アキト、信じてるから。



























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ついに、賽が投げられました。
テツヤの作戦は底なし沼的に周りが近づけば近づくほど周りが巻き込まれるようなものでした。
アキト達も遅まきながら追いかけるものの、それすらもテツヤは読んでおり…。

そしてユリとユリカ、ホシノアキトとテンカワアキト、ラピスと未来のユリカ、
それぞれが対話するようなお話になりました。
かなりヘビーな状況になってはいますが、まだ終わってない!!てな具合になってますね。

いやぁ、この話は連載のかなり早い段階で思いついてましたが、ようやくお目見えです。
ここまで持ってくのが時間かかったなぁ…。
というか、キャラが戦線離脱も死亡もほぼしてないし、集結しちゃってるので、
キャラを動かすだけで尺が伸びる伸びる。
でも後悔なく書けてはいるので、ヨシ!


ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!


追伸:Actionがサーバーダウン時、情報を検索する中、
   ツイッターでナデシコの作品をバックアップしてる人が居て、
   まとめてるフォルダのキャプチャ画像に私の名前があって、めっちゃ嬉しかったです。
   もうそりゃガッツポーズでした!
   ご愛読ありがとうございます!
   (ツイッターで言えや)(でも武説草ツイッターアカウントはない)

















代理人様への返信
>今回もアキトくんは弱いなあw
>まあ恋愛絡みはgdgdするのがナデシコだししゃーないw
ホシノアキト、テンカワアキト両名ともにずぱっと行ける感じじゃないのが相変わらず。
というか人間はそうそう変わるもんじゃないってことですねw
恋愛に関する覚悟は決まってても別ベクトルからの衝撃にはめっちゃ弱い。
というかホシノアキト君は中身の都合で両極端なのが本当に厄介。
作者的には便利なんですが、ユリとラピスが超苦労する原因になってますw



>しかしアナログとは言っても光学迷彩使われたら大抵のセキュリティは突破される気がするw
>確立した技術なら、対抗技術も何かありそうな気はするんだけどねw
普通は警備に生体反応を調べるレーダーだの、熱源感知器だのは必要ないですしねぇ。
そもそも各国はピースランドに手を出す方がデメリットが多い状況なので、
機械的制御を少なくしてネットをほぼ完全に断絶させたうえで、
属人的にやった方がハッキングの危険がなくていいという設定にしてます。
逆にナデシコみたいな宇宙で活動する機会のある戦艦には生体レーダーがついてることにしました。



















~次回予告~

私の…ラピスラズリという少女の一生は、決して幸福なものではなかった。
選択の余地などない生まれ、そして実験体としての人生、実験中に死亡した後も、
テンカワユリカの脳髄と組み合わされて蘇生され…。
火星の後継者から逃れた後も、テンカワアキトという男を支えるためだけに、利用されつくした。

私はそれでもいいと思った。

記憶の部分を失ったユリカの脳髄の僅かな意識がそうさせたのか。
私自身の、報われない人生がアキトのぬくもりを求めてしまったのか。

今となってはどちらかわからない。
どちらかもしれないけど、確かめるすべはない。

私の望みはただ一つ。

『アキトの願いを叶えたい』

それだけが願い。それだけが夢。
彼に求める、一晩だけの夢すら、本当は叶わなくてもいい。
アキトが幸せだと言ってくれるなら。誰も憎まず優しく笑ってくれるなら。

決して自分に振り向いてくれなくても、構わない。

…アキト。

私はそこまで想えるほど、あなたに温かさをもらったよ。
あの時…あなたとエリナ、アカツキとイネスだけが、私を生まれて初めて人間扱いしてくれたから。
利用している罪悪感なんて感じてほしくないくらい、大切な人たち。

私の心を、命を、存在を賭けてもあなたを助けたいの。
 
…そのためだったら、ユリカに私の人生を全部奪われても構わない。


そう思っていたのに…どうしてこんな…。

だから…お願いだから、

もう誰も殺さないで。

誰にも殺されないで。

私とユリカが殺されてしまったとしても…。


お願いだよ…アキト…。















次回、
『機動戦艦ナデシコD』
第七十三話:Dark Prison-闇の監獄-その2





















この世界で私が笑えるようになったのはユリカの脳髄のおかげだった…。
私なんて、本当は…アキトを支えることしかできない、価値の無い人間だもの…。
だから気にしないで。
でも…優しいアキトのことだから気にしちゃうかな。
ごめんね、アキト…。








































感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想

まさかのバール君大奮闘www

> だが私もここまで上り詰めたの立場を失うわけにはいかん!
> 今後の私の地位のためにも、ラピスラズリを助けなければなるまい!

いやー、笑った笑ったw



>自分の名前のフォルダが
あー、わかるw
確かに嬉しいわそれw





※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL