どうも、ルリです。
前回の話はずいぶん事細かにいろんな人の話をしてくれましたけど、
作者さん、ちょっとは自重できなかったの?
それぞれがそれなりに道を見つけて成功したり、幸せ見つけてたり。
…ま、不幸になってる人がいないんならまずはいいんですけど。

全員が幸せにハッピーエンドを迎えられるように、私も気張っていきましょう。

それじゃ、始めます。
本番スタート。
よーい、ドン。











『機動戦艦ナデシコD』
第八十二話: -Dismiss- いまの場から離れたところへ送る













〇地球・佐世保市・町食堂『星天(せいてん)』・店スペース──ユリ
今日の星天はお休みです。
定休日というわけではありませんが、ルリとラピス、ラズリさんがついに木星に発つ日です。
直接の激励はすでに済んでいますし、昨日の夜遅くにお別れの連絡はしました。
ただ火星に向かうみんなを、こうして静かに見送るだけの時間が欲しかったので無理にお休みにしました。
ここまでで負ける要素はないとは思っていますが…確実に戻れる保証はありません。
ヤマサキも、私達に合わせてくれてはいるでしょうけど、心変わりしないとは限りませんし…。
…それに後でマスコミ屋さんにも顔を見せてあげないといけないですし。
はぁ。めんどくさいです。

「…行っちゃったね」

「…ええ」

ナデシコCとナデシコD、ナデシコ艦隊が宇宙に飛び立つのをテレビ越しに見送って、
私と、アキトさん、テンカワさん、そしてユリカさんは小さくため息を吐きました。
ここまでできるだけ完璧な準備を目指しましたが、心配なことはたくさんあります。
三人の護衛も信頼できる人にお願いしてありますけど、
私達が分断するこの機会を狙ってくる人は必ずいるでしょう。
もっとも、ラピス曰くそれも計算のうちで、逆に敵をあぶりだすために利用しようってことになってます。
…本当に冷や汗のでる計画です、何回思い返しても。

「…それにしても、ユリちゃんには驚いたよ。
 佐世保を発つ前にラズリとキスするんだもんな…」

「ああ…ホント…」

「ちゃんと言ったじゃないですか。
 アキトさんが二股かけるんだから、私もしますって」

「ずっと前のことだろ…冗談だと思ってたんだよ…」

「あは、あはは…」

私は五年前にラズリさん、そしてラピスに初めてキスしたあの後、
すぐにアキトさんにちゃんと私も二股かけるって宣言したんです。
その時は『それじゃラピスを取られちゃうかもね、俺はこのとおり情けないし』って、
いつもどおり情けなさそうにはにかんでました。

そして今回、アキトさんとラズリさん、ラピスがそれぞれ別れのキスをした後、
私も同じように二人を強く抱きしめてキスをしたもので、
アキトさんとテンカワさん、お父さんはびっくりしてしまったんですよね。
一応、お父さんにもそれとなく伝えたはずなんですけど、やっぱり冗談だと思われてたみたいです。
…さすがにキス以上はしてませんし、外部に出すとえらいスキャンダルになるので付き合いはこっそりでしたけど。

「…もうすぐ敵が打って出る頃だ。
 こっちも、二手三手先を打っていかないとペースをつかまれる。
 ラピスの言う通りに動いていくことにはなると思うけど…」

「うん、まだ大丈夫だよ、アキト君。
 …ルリちゃんとラピスちゃんが集めた情報と、重子ちゃんの占い通り、
 敵はルリちゃんたちが引き返せないタイミングを見計らって仕掛けるはずだから。
 少なくとも火星からナデシコ艦隊が離れるまでは準備をしながら様子を見てるはずだよ」

アキトさんが焦っているのをユリカさんは止めました。
ユリカさんの言う通りです。
事実、この数年は敵勢力は私達に手出し出来ていません。
もはや敵勢力は世間を味方につけることもできませんし、力も半減しています。
しかも戦時中の暗躍を暴く風潮が強くなったので、アングラでの暗躍もかなり制約されているはずです。

それに例のカタオカテツヤという男も、どうやら敵勢力には既に属していないそうです。
この五年、危険な攻撃が一切なかったのがその証拠です。
あちらは一刻も早くこちらを消したいはずなのに、ほとんど手を出せていない。
そうなると敵勢力と手を結んでの、あの時のような苛烈な手段を考えるのも難しくなっている…。
けど、敵勢力は私達が地上と宇宙に完全に分断することになったのを見計らって、最後の攻撃を仕掛けてくるはず。

わざわざルリとラピス、ラズリさんがナデシコ艦隊についていくのはそのためです。
ナデシコクルーの一部が同行するのも、PMCマルスのスタッフがアイドル活動で離れてるのもそのためです。
私たちはかつてのようにまとまって動くことが出来ないと印象付けて、敵を誘い出すんです。

もう一つの理由は、夏樹さんをヤマサキ博士の説得に連れて行くため。
こうでもしないと私たちはクルーの選定に関われないからです。
お父さんの力があまりに強くなってしまったので、変に取られるのを避けるにはこうするしかなかったんです。
もっとも、それもかなり苦労したんですが…。

「…ホシノ。
 これが最後になるといいな」

「…ああ。
 だが、今度ばかりは相手も必死だ。
 捨て身でかかってくるとなったら、誰が欠けてもおかしくない。
 俺たちも…ナデシコのみんなも、PMCマルスのみんなも…。
 
 …そうなったら、俺もまともで居られるかは分からない。
 だけど、誰も死ななければどんなに辛くても耐えられると思う。
 
 だから…」

「…アキトさん。
 どんなことになっても、また一人で何とかしようとはしないで下さいよ。
 身を挺してみんなを守ったところで、アキトさんが死んだら意味がないんです。
 …未亡人にはなりたくないです。
 この子も…」

「…分かってる」

アキトさんはもう、私達から離れて戦うなんてことはあり得ないです。
でも、もし私達の命と引き換えなら身を挺して助けようとするでしょう。
恐らく、命を失うとしても、あるいはまた人体実験にかけられてしまったとしても。
…五感を失うようなことになっても、人殺しに成り果てても、
今のアキトさんはきっと、帰ってきてくれます。

でも、あんな目には二度と遭ってほしくない。
夢を砕かれて、ボロボロになってしまうアキトさんの姿を見たくない。
帰ってきてくれるだけではダメなんです。
あんなことあってはいけないんです。


ぎゅっ…。



「…ユリちゃん」

「…アキトさん、ラズリさんとの約束、ちゃんと守ってくれますよね?」

「…うん。
 みんなが無事に生き残って、無事に会えたら…。
 それで子供が生まれたら、すぐに離婚…するんだよね…」

「…最低って言われちゃいますね」

「…実際、最低だよ、俺は。
 …どんな事情があっても、三股かけてるのは事実なんだから。
 誰かをちゃんと選べない、優柔不断で情けない男だ」

「でも、そんなアキトさんだから好きです。
 …だから我慢します。
 いえ、我慢できないから、私もラズリさんともラピスとも浮気します。
 そうすればぜったい、ぜったい大丈夫なんです…」

……でも今はこんな風に想えても、何年か経てばみんな考えが変わってしまうのかも。
…そんなことも考えてます。
倦怠期に入ったらどうしよう。
子供の世話で仲違いしたりはしないかなとか…。

今まで、人が変わり果てる瞬間を目の当りにしてきました。
私自身も、この世界のホシノユリとして生まれ変わることでルリだった頃とはまるっきり変わりました。

…信じてます、私の愛した人たちを。
分かってます、そんなことがもう二度と起こらないのを。
でも、心の動きまでは、どうしようもないんです。

…妊娠してるせいか、ちょっと弱ってるだけですけど。

「…でもユリちゃん、本当に大丈夫なの?
 私…アキトのお嫁さんを辞めるなんてぜったい耐えられないもん…」

「ユリカ…」

ユリカさんは、私とアキトさんを見つめてます。
潤んだ瞳で…。

「…大丈夫なんかじゃないです。
 私、ぜったい嫉妬します。
 アキトさんをいっぱいなじって、困らせると思います。
 その辺のおばさんみたいに、怒鳴り散らしちゃうかも…。

 でも、私の恋は絶対に叶わないはずだったんです。
 ホシノルリのままだったら、何があっても、絶対に…。

 未来のあの出来事の後、無事に居られたとしても、
 アキトさんを看取った後、
 どうしたらいいか分からなくてダメになっちゃったかもしれないんです」

「ユリちゃん…」

「それに比べたら、ずっと、ずぅぅうっと幸せです。
 そうじゃなくても、仮にも『世界一の王子様』ですよ?
 これくらい男の甲斐性ってことで許してあげます。
 
 一緒に居られる時間が半分こでも、三分の一ずつでもいいです。
 結局一緒に暮らすとは思いますし。
 
 それに、PMCマルスを興してた頃もですけど…。
 ラズリさん達が居ない、この一年だけはアキトさんを独占できるんです。
 
 ラズリさんも、ラピスも、この先、何をどうやっても、
 現実世界じゃアキトさんを独占出来ないのにですよ?
 こんな贅沢な生活出来るのに、文句言う気ありません。
 
 …だからいいんです、これで私は十分幸せです…」

「…ユリちゃんだけじゃないよ。

 俺も、ラズリも、ラピスも…。
 絶対に叶わないはずだった恋を叶えた。
 
 遺跡ユリカが起こした16216回の繰り返しの、
 どこにもなかった関係を導き出したんだ。

 奇跡に近い確率を引き当てたんだし、我慢しなきゃいけないことも、
 妥協しなきゃいけないこともたくさんあってもいいじゃんか」

「アキトさんは、そりゃいいじゃないですか。
 私達全員に愛される、つまりアキトさんは普通の男性の三倍は愛されるんですから。
 …私達は三分の一ずつになっちゃうのに」

「うっ…」

「…でもそれくらいは我慢します。
 アキトさんも英雄扱いで大変な目にあってしまいましたし、
 そのせいで助かってる部分もたくさんありますし。
 いまさら関係を崩すつもりもないです。
 せめて今のうちに、できるだけサービスして下さいよ?
 帰ってきた二人もいっぱい労ってあげて下さいね」

「は、はは…分かったよ…」

アキトさんは嬉しそうなんだか情けないんだか分からないはにかんだ顔で頬をかきました。
…なんですかユリカさんとテンカワさん。
「私がアキトさんを尻に敷いてる」と言わんばかりに冷や汗かいて。
こっちはアキトさんのせいで死ぬほど苦労させられてるんです。
これくらい要求して何が悪いんですか。

…敵が仕掛けてくるんだから、そんなにいっぱい時間が取れるは限らないんです。
それくらいはいいじゃないですか。















〇東京都・テレビ局・ゴールドセインツの楽屋──チハヤ
オーディションをくぐり抜けたとはいえ…あっさり入り込めたわよね、私。
も、加入から一週間ほど経つけど…特に疑われることもなかった。
アイツの下準備のおかげとはいえ、どういう手を使ったのかしら…。

──あの時からまったく尻尾をつかめなかったアイツが、あっちから声をかけた。

依頼成功時には接触できる機会を与えるという交換条件で…。
…どこの組織に入ってもうまく立ち回れなかった私は、
こうせざるを得ないとアイツは分かっているから…屈辱だったけど受けるしかなかった。
利用されてるのが分かってても、こうするしかなかった。
相討ち覚悟でアイツを殺さなければ…私は…!!

「…チハヤちゃん、あのお腹痛いの?
 痛み止め飲む?」

「へっ!?
 な、何でもないわよ!?」

私はレオナに声をかけられて、慌てて取り繕った。
…こんな具合に、私は感情的になりがちでどこの組織に属してもすぐに首にされた。
体術はともかくとして、何もかも顔に出るから本当に向いてない。
最初から面接で落とされるか、現場に送られる前にクビ。

…今回ばかりは失敗できないのに。
アイドルとして振舞わないと…集中しないと…。

「ほら、気合入れなさいって」

「ライザ…」

ライザは私に、リーダーらしく励ますようにエナジードリンクを差し出した。
甘ったるいのは嫌いだったけど受け取った。
これ以上不自然に思われたりするのは避けたかったから…。

そう、私がアイツから受けた依頼とは…。
ゴールドセインツに属しているライザの身元調査だった。
アイツは、
「始末したはずのライザが生きていて、しかもホシノアキト陣営にいる」というのが気にかかるらしい。
それどころかホシノ姓まで得て、家族の一員扱いされている不自然さに…。

何より、おそらくナノマシン投与はされているものの、
名前も顔も変えずに本名で活動していることから、本人かどうか怪しんでいるらしい。
しかし、アイツが裏の世界でもマスコミの世界でも同じ名前を使っていたこともあって、
ライザはそれを踏襲している可能性があると…。

…でもアイツ、なんでライザにこだわってるのかしら。
裏切り者を殺したいというのは分からなくもないけど、割に合わないんじゃないかしら。
私に殺されるかもしれないのに、そこまでするかしらね。
そもそもアイツが執心なのはホシノアキト本人のはずなのに…。
…別に私はどうでもいいんだけど…。

「チハヤ…。
 まさかあんたスパイなんじゃ…」

「バカね、私じゃないんだから」


「ぶーーーーーっ!?」


「うわっ!?
 チハヤちゃん!?」



「…なに噴き出してんのよ。
 ジョークよジョーク。
 ほら、私はドラマでアキトを撃ったスパイ役やってたでしょ?」

「けほっ、けほっ…。
 じょ、冗談じゃないわよ…」

私はライザから手渡されたエナジードリンクを飲んでたところで、爆弾発言をされて吹き出してしまった。
私がスパイであることをなじられたせいもあるけど…。
ライザが自分自身をスパイと認める冗句を言ったのが衝撃的すぎて噴き出した。

…でも冗談にしては条件がそろい過ぎてる。
アイツは、起こした事件が二回ともライザを実行犯にしていたと言っていた。
でも、わざわざ再現ドラマしてる俳優を、実際に事件を起こした本物のスパイにやらせるかしらね。
アイツをおびき寄せるって名目にしてもそれこそ冗談にならない気がするけど…。

「先行き不安なチハヤのために、私が占ってあげましょう」


「「「「おおーーーっ!出たぁ!重子のタロット占い!!」」」」



「…いいわよ、そんなの。
 当たるも八卦当たらぬも八卦なんて、あてにならないわよ。
 …それに私、あんまり運がいい方じゃないの」

「いーからいーから、ほらここに座って」

噴き出したエナジードリンクをぞうきんで拭いていたら、
重子が割り込んできて私を占うといった。
…はぁ。
ここで断ってもまた妙に思われるし、やっぱり付き合うしかないのかしらね。
私は座敷に呼ばれてちゃぶ台を挟んで重子と向き合った。
そして重子はタロットカードをシャッフルしてちゃぶ台の上に広げた。
私に三枚ひっくり返すように言うと、カードを見て、小さく頷いた。

「チハヤ、あなた追いかけてる人がいるわね。
 しかも、かなり複雑な関係にある人と…」

「えっ!?」

私は確信を突かれてうろたえるしかなかった。
占いなんて誰にでもありそうなことをいかにもな言い方で信じさせるのが普通。
当たり障りない、誰でも持ってそうな過去を言い当てたようにふるまうだけのはずなのに…。
あまりに的確な問いに、私は揺れるしかなかった。
…私の身の上は、徹底的に洗浄してある。
遺伝子の登録さえ改ざんしてあり、追いかけようがない。
スパイと見抜いている可能性はあるにしても、アイツとの関係を見抜けるはずはないのに…。

「そしてこのアイドル活動をしていれば、会えると思って…。
 いえ、会えるという確信を持ってゴールドセインツに入った。
 …でも、あなたの運勢は良くないわよ。
 このままだと、その先で死ぬかもしれない。
 
 ……それでもやるつもりなの?」

この子たちが占うというだけでこんなに盛り上がる理由は、こんなに当たるから…?

違う。
私をうまく操るためのでたらめ…。
…にしては…あまりにも…。

私は確信を突いた、いや、予言ともいうべき占いに抵抗できなかった。
答えるべきじゃない、でも私のすべてを賭けた戦いを否定されそうになって…。
私は…。

「……あんたには関係ないでしょ。
 私が死のうが生きようが」

「関係ないことないよぅ!
 アイドルグループのメンバー同士、一心同体、一蓮托生なんだから!
 死ぬかもしれないようなことなら、助けなきゃ!」

さつきは、私の言葉に反論した。
でも、分かってる。
助けるなんて絶対にありえないわ。
アイツにすべてを奪われる前の、能天気な私だってそうは思わない。

…グループに入って一週間そこそこの私に、そんなことまでするわけないわ。
しかも、スパイと思ってるかもしれないのに。
そもそも、アイドルグループが一心同体?一蓮托生?
事務所の都合とか、メンバーの好き勝手で離脱するのが普通じゃないの。
どこまで綺麗事いってんのよ、こいつら。
ホシノアキトのファンってこんな奴ばっかりなんだから…。

「…あんたの人生に口出ししたいわけじゃないわ。
 でも、メンバーが一人急にかけるのが寂しいっていうのも、あながち嘘じゃないわよ。
 …無理はしないでね、チハヤ」

…私は返事が出来なかった。
ライザが柄にもなく気を遣っているのは、私を心配してくれているからだと分かった。
そういうタイプじゃない、クールキャラで通ってるライザが…。
もしアイツの部下だったライザだとしたら、こんな心配の仕方をするわけがない…。
…別人かしらね、やっぱり。
そうなると…いよいよアイツも見る目が無くなってきたってことで…。
ヤキが回ってきたってことよね。
だったら私にもチャンスがある…。
確証はないけど、アイツを…。


この手で、殺すことが出来るかも──。














〇地球⇔火星航路・ナデシコC・トレーニング室──サブロウタ

「たああああっ!」

「ほいっとぉ」


「うわあああっ!?」


どさぁっ!



俺はハーリーの突撃をいなして、投げ飛ばして見せた。
…やっぱりこいつは格闘向きじゃないんだよなぁ。

「サブロウタさん!
 真面目に稽古をつけて下さいよ!」

「真面目にやってるさ、お前が思ってるよりずっとな。
 体格差があるとまともにやってもこうなっちまうってことさ。
 せめて今は基礎作りをやって、本格的なのはもう二、三年してからにしな」

「…ううっ!
 サブロウタさんは、また僕をバカにしてぇっ!」

「バカにしてたら稽古もつけてやらねぇってんだよったく…。
 いいか、ハーリー。
 俺がお前くらいの時にどうやって木連式柔を覚えたと思う?
 基礎訓練を何年かやって、組手始める時は同じくらいの体格の同級生と練習するんだよ。
 せめてあと十センチくらいの範疇の相手じゃないとまともにはやれないっての」

「う…」

ハーリーは俺が思ったよりちゃんとした解説をされたせいか、黙り込んだ。
木連式柔を教えてくれって言われて基礎からちゃんと教えちゃいるが、
ガキらしく組手やりたがってしょうがないから現実を教えてやったんだが…。
まあ、もうちょっとかかりそうだよなこいつ。
そもそも格闘向けじゃないし。
ホシノアキトのファンってこともあって強くなりたがってんだけど…。
こういう青いやつだったら火星の木連で磨いてやるのが一番いいんだけどな。

「それにほれ、あっち見てみろ」

「え?」


「でえええええいっ!」


「げほっ!?」


どさぁっ!



俺が指差した先には、月臣さんが居た。
かつての『木連三羽烏』、今はナデシコDの副長だ。
ラピス&ラズリ艦長の護衛を務める月臣さんは、
たまにこうしてナデシコCに乗り込んで、格闘の訓練をしている。
木連式柔家元、免許皆伝の月臣さんだけあって、切れ味はどんどん増している。
およそ二メートル、体重は倍以上離れてる相手を一撃…おっかねぇな、ホントに。

「お前、あれくらいになりたいんだろうが…。
 月臣さんくらいになると、俺が逆立ちしても勝てねぇんだよ。
 あれは才能がかなりないと無理だぜ。
 …昴氣があればまた違うんだろうが、あれこそ達人技だ。
 基礎をしっかりやらねぇやつがどうこう言ったって始まらないんだよ」

「……はぁい」

ハーリーがようやっと納得して、基礎の正拳突きを始めた。
こいつ、才能はないけど根性はあるほうだし、
頭はいいし要領よくやればそこそこ強くなりそうなもんだけどな…。

「もう相手がいないか…。
 おい三郎太、お前が相手をしろ。
 枝織殿は護衛で居ないからな」

「うっ!?
 そ、そりゃないっすよ…」

「お前も腕は鈍らせてないんだろう。
 ハリの相手をしている身のこなしを見ればわかる。

 …ついでにお前の性根も叩き直してやる」

……芸能界で俺の悪い噂と、許嫁とのことをなじってる。
うう、俺だって別に悪気があってやったんじゃないんだけどなぁ。
未だに稽古を欠かしてないのも、許嫁を守れる力をつけたいって昔の誓いで…。

はぁ…あざの一つや二つで済めばいいけどな…とほほ。














〇地球⇔火星航路・ナデシコC・ルリの部屋──ルリ

「ルリ、艦長大変じゃない?」

「全然です。
 アイドルやってるよりはずっと楽です」

私とラピスは同じ部屋でお互いの髪を手入れして、今日あったことを振り返っていました。
一応連合軍の船ではありますが、ナデシコAの元クルーも多く乗船していることもあって、
ナデシコAさながらのドタバタで楽しい日常が続いています。
元々ナデシコDのクルーは木連系の人たちが多いこともあり、ゲキガンガー祭りもたびたびやってます。

ナデシコ艦隊、そして私達のナデシコC、ナデシコDはひとまず火星を目指しています。

既にムネタケ提督の活躍で火星までの制空権を完全に奪取しているので戦闘もないし、
補給も必要ないので本当は寄る必要なんてないんですが、
火星でもナデシコ、そしてアキト兄さんも、私達『jewelry princesses』の人気がすごいので、
しかも五年前の映画のこともあって私もお姫様扱いで、どうしても寄って欲しいと…。
…はぁ、覚悟はしてましたがめんどくさいですね。

え?
どうしてナデシコCとナデシコDの艦長がのんきに一緒の部屋でお話してるのかって?

それは…ナデシコCとナデシコDは同じ艦というだけではなくて、なんとドッキング機構があるからです。
私達もそろそろ『子ども』とは言えない年齢になってきたので別々でも良かったんですが…。
こうして通常航行時は、おおむねドッキングしたままです。
これはとても嬉しいんですけど…でも別の理由があってのことです。
いざという時にオモイカネとオモイカネダッシュを連結して使用することで、
そしてマシンチャイルド三人体制をすることで、過去の電子制圧を超える圧倒的な制圧も可能にしています。
本当はこっそり、局所的に電子制圧をやるつもりではありますが、どうしてもって時の保険です。
マシンチャイルドとして、危険すぎる能力を出すつもりはあんまりありません。
目立ってもめんどくさいことになりますし。
どうしても使う時は『対木星トカゲ用プログラムを使った』って言い訳しようとは思ってます。

「…あ、ラズリがちょっと代わってほしいって。
 
 …。
 ん、ラピスちゃんありがと。
 
 あのねルリちゃん…。
 出発前にもちょっと話したけど…。
 
 …アキトたちにも、私達にも、何も起こらないってことはないと思うの。
 だからラピスちゃんと立てた作戦で、なんとしてもって思ってたんだけど…」

「…やっぱり、怖いですよね」

「うん…」

ラズリさんは素直に頷いてくれました。
私も同じ気持ちです…。

何があっても、どうしても生き残ろうと誓ったけど、
こんな風に敵に手出しをする隙を与えて動きを見ないといけないというのは怖いものです。
例の『カタオカテツヤ』という男も…まだ生きていますし…。

「…ルリちゃん、ごめんね。
 私、本当は一番年上なのにこんなに情けなくて…」

「情けなくていいです。
 強くたって一緒に居てくれなかったら嫌ですから。
 ホシノ兄さんとお同じです」

「くすっ。
 そっか、そうだよね」

ホシノ兄さんはもうただの「情けない食堂のオヤジ」見習いです。
世間が何と言おうと。芸能界に出てようが関係ありません。
戦わないからもう誰にもなんにも文句を言われる筋合いのない、そこらのにーちゃんです。
…私達も、そうなれたらいいですね。
完全には無理でも、普通の女の子らしい生活が出来たら…。
















〇火星・ユートピアコロニー跡地・新火星都市──ルリ
その後──ナデシコ艦隊は何のトラブルもなく火星に到着してしまいました。
本当にナデシコAの火星への旅の再現です。
軌道上での戦いがないことと、艦隊規模であること、
そして火星が私達を思いっきり歓迎してるのは違いますけど。

…で、結局一週間ほど逗留しなきゃいけなくなりました。
火星の復興と繁栄は目覚ましく、五年で地球の先進国の主要都市以上の、進んだ都市を実現していました。
食糧事情も、アイの研究成果の発展で地球の土にかなり近くなって優れた食材が手に入るようになったとか…。

で、私達はナデシコ艦隊のクルーの休息と観光を兼ねて、
木星への旅の前に英気を養うことになりました。
退屈な三ヶ月の長旅からの、
最終決戦なので久しぶりに船から降りられてみんな喜んでます。

そして木連出身者の人たちにとっては、里帰りのようなところもあります。
本当の故郷は木星ですけど。
火星に植民した木連本国の人たちとの五年ぶりの直接の再会に喜びはひとしお。
最終決戦が終わったら、火星に戻る予定の人たちも多いようです。

…まあ、たった一人だけ、サブロウタさんだけは気まずくて待機組になってしまったようです。
こっそり出かけてる時もあるようですが、顔が売れてしまっているので変装しながら。
はぁ、バカ。

そして──。

「…草壁さん、こうして直接話すのは…あの和平会談の時以来、ですね…」

「…ああ。
 君には詫びなければ──」

「言わないで下さい、お互い様です」

…私とラピスは、二人で草壁さんに呼ばれました。
私はかなり複雑な心境ですが…ラピスも、ラズリさんも、
草壁さんと会っておきたかったそうで…。

ちなみに草壁さんは、ラズリさんに一言謝りたいからと呼び出したようです。
でも、ラズリさんすぐに止めました。

「…その辺のことはなかったことにして下さい、草壁さん。
 せっかく忘れられたんですから。
 それに私、アキトとユリちゃんと、ラピスちゃんに幸せにしてもらいましたから。
 全部返してもらいました…ううん。
 いっぱい愛してもらって、アキトと結婚した時よりも幸せです。

 だから…。
 お互いの悪いところも、悪いことも、全部忘れましょう」

「そう、か…」

二人はお互いの人生にこれ以上干渉しないようにと誓い合うように、ただただ静かに黙っていました。
私はいたたまれない気持ちにはなりましたが、何も言えません。
ただ二人を見守ることしかできません…。

「…だが、もう一つある。
 ヨシオ君を、止めに行ってくれる君たちに、お礼を言いたかった。
 ありがとう…。
 ヨシオ君と夏樹を何とか会わせてやって欲しい…。
 約束できないことを頼むのは、心苦しいが…」

「頑張ります。
 …私だって、アキトがどっか行っちゃったら迎えに行きます。
 夏樹さんを手伝うのは任せて下さい!」

…そういえば、夏樹さんはここに呼ばれなかったみたいですね。
ラズリさんと和解はしているそうですけど…やっぱり気まずいのかな…。


ピッ。



『失礼します、草壁閣下。
 そちらにルリ様とラピス様がいらっしゃっているとのことですが…』

「氷室か。
 すまないが、少し時間を…」

『いえ、過激派のデモ抗議がありまして…。
 人数はそれほどいませんが、暴徒と化してこちらに向かっているそうなので、
 できれば場所を変えた方がと…』

「…分かった。
 すまない、無粋な連中が居るようだ」

「いえ、仕方ないです。
 ルリちゃん、行こ」

「はい」

私とラズリさんと草壁さんは枝織さんと数名の警護を連れてナデシコCに向かいました。
木連の極右勢力…かつて地球との徹底抗戦を唱えていた勢力は、まだまだ健在です。
かつて月でミスマル義父さんを暗殺しようとしていた勢力はまだいて、
火星の生き残りの人たちの中でも、ふがいない連合軍に恨みをまだ持ってる人もいます。
それが合流している勢力は、数少ないながらも確かに存在しています。
火星、木連の過激でない人たちでさえも彼らの気持ちはわかるので、
毎回厳重注意か、軽い拘留で済ませるしかないという歯がゆい状態です。
テロ行為に至るケースは少ないですが、全くないわけではないですし…。
今回もそれなりに危険だと判断されたんでしょうね。

…まあ、枝織さん一人で片付いちゃうんでしょうけど、本気なら。

「しかし、草壁って…。
 思ったよりずっと冷静なんだね」

「…私とて木連のために悪鬼羅刹に成り果て、地獄に堕ちる覚悟をしていただけだ。
 恨みもあったが、あれしか方法がなかった。
 言い訳をするつもりはないがな」

「…ラピス、ちょっとは遠慮して下さい。
 わきまえてくれるのは知ってますけど、
 そんな態度で接してるのを誰かに聞かれたら顔が引きつりますよ」

「はいはいっと。
 内容も聞かれちゃいけないもんね。
 …ま、『黒い皇子』のアキトと、地のアキトみたいに全然違うのは分かってたけどさ。
 こうやって直接見るまで信じらんなかったんだ」

ヒナギクでナデシコCに向かっている中、すごく小さな声で交わされた会話に、私は冷や汗が出ました。
ラピスはラズリさんといつの間にか交代して、いつも通りひょうひょうとした態度を見せてます。
…はぁ、こういう時は疲れます。
こういうフォーマルな時はラズリさんに任せてるあたり、ラピスはまだまだ子供なんでしょうね。
…いえ、人のこと言えませんけど、私も。




















〇地球・アフリカ地方・チャリティーコンサート特設会場──ホシノアキト


「「「「「アキト様ーーーーーっ!!」」」」」



…俺はただひたすらに鍋をふるうしかなかった。
何故、アフリカのチャリティーコンサート会場で、俺が鍋をふるっているのか…。
そしてドラマで全裸にならなきゃいけなかったのか…。
全部…ラピスの計画のせいだ。


俺は…俺は…ッ!!



「くううぅぅ…」

「ホシノ、何をアフリカくんだりまで来て泣いてんだよ。
 ホームシックかい?」

「うっさいよ…」

俺はジュンにからかわれてしまった…。
ジュンは器用に追加の食材仕込みをしてくれている。
いや、こいつの場合、本気で心配してるんだろうけどな…。
芸能界で売れっ子になっても、相変わらずジュンはジュンだった。
まあ、なんかメグミちゃんと付き合ったり別れたり繰り返してるらしいけどさ。
変わらないよな、こいつは…。


「うらぁっ!」


ぼうっ!


「「「「「わああっ!!」」」」



カエンが串にささった肉を、自分の炎を出す能力を使ってあぶって見せている。
カエンの能力はDの小型相転移エンジンの重力波がなければ使用できないが、
逆に言うと小型の相転移エンジンさえあれば実現できてしまう。

ディストーションフィールドを屋台につけられるウリバタケさんだけあって、
アイちゃんと協力したらあっさり小型の相転移エンジンを改良、完成させてしまった。
実際、バッタに積まれてるものよりずっと性能がいい。

…で、この見世物と化してるカエンが、こういう興行の時に使うために準備してきたわけだ。
カエンも俳優業が本業だけど、こういうチャリティーには駆け付けてくれる。
最近はヒールとして不動の地位を確立しつつ、チャリティー活動のために人気がすさまじく高い。

「きゃーっ!
 天龍君、こっちむいてぇ!」

「地龍さーんっ!」

天龍君と地龍君も、この中華料理に似合わないギャルソンスタイルの男装で参加している。
そこかしこで黄色い悲鳴が上がっている…。

……なんで俺たちはこんな風にチャリティーコンサートに集まっているかというと…。

ラピスの計画の一環で、俺たちは注目を集めるためにアイドルユニットを組む羽目になってしまっていた。
俺、ジュン、カエン、天龍君、地龍君の五人のアイドルユニット…『Peace Walkers』。
ドラマでアイドルユニットをしている設定になってのでそっちとリンクさせる企画にする案もあったが、
あくまで別企画として進めることにしたらしい。
ちなみにユリちゃんからは「ピースウォーカー?ピースメーカーじゃなくて?」と言われたけど、
ラピスの考えは違った。

「実際に平和を作ったアキトにはお似合いだけど、本当の平和はこれから作るもの。
 アキトは『平和を作った英雄』じゃないの。
 『みんなが作った平和な世の中をゆうゆうと歩くただのコックになる』んだから」

…と、ちょっと嬉しい反面、こんなことしててただのコックもなんもないとは思った。

と、とにかく、俺たちは敵の注目を集めるためにも、
そして元ナデシコ、PMCマルスのみんなの安全のためにも、
こうして目立っておく必要があった。
…絶対にやりたくなかったことだったんだけどな。

で、ブーステッドマン達とライザさんが戦災孤児関係のチャリティーイベントをしているので、
それに便乗する形で、週に一度、世界各国でチャリティーコンサートを開催する運びになった。
…ああ、もう…過労になりそうだ。いや、心労か…。
俺はずっとコックで居たいんだってば…。
カエンもスカウトされた時、俳優一本でやっていきたいと思ってるからすごく渋い顔されたけど、
寄付額が大きくなった方がいいからとしぶしぶ頷いてくれたんだよな。
だから俺もあんましわがまま言わないようにはしてるんだけど…。

「アキト様ーっ!次、ステージですよー!」

「はーい!分かってるよぉー!
 ……はぁ」

ゴールドセインツの番が終わったのか、重子ちゃんが俺たちを呼びに来た。
うう…素人に毛が生えた程度にしか歌えないっていうのに…とほほ…。









〇地球・アフリカ地方・チャリティーコンサート特設会場・控室──メグミ
私達はチャリティーコンサートに度々参加していた。
これは私達も戦災孤児への支援をしたい気持ちがあったのもあったけど、
純粋にアイドル活動としても『Peace Walkers』と『ゴールドセインツ』に対抗するためにも、
同じステージに立っておく必要があるという事務所側の判断もあった。
…まあ、そのせいで観客はすごい増えて行っちゃうことになって。
私達はあくまで日本のアイドルってことで海外の人気はそこそこだったんだけど、
意外とこの活動の影響で人気が爆発してくれてるみたい。
…でもお休みがまた減っちゃって大変なんだけど。

…ライザさんと眼が合った。
ジュンさんが、どうも私じゃなくてライザさんも気になってるみたいで最近はちょっと微妙。
でもライザさんは出自を気にしてて、ジュンさんとはあんまり付き合うつもりがないみたいで…。
むしろ私達にさっさとくっつくようにとけしかけている。
…私もそのつもりでいるんだけど、うまくいかないんだなぁ。
ジュンさんもジュンさんで、私が嫌いになったんじゃなくて、
私がジュンさんを嫌いになってると思っちゃってるし…。
す、素直になれないよぅ…。


こんこん。



「あの、ライザさん。
 あなたに来客が…」

「私に?」

ライザさんは首をかしげながらも、北斗さんに付き添われてドアの方に近づいて…。
…そういえばライザさんは身寄りがなかったっけ…例のカタオカテツヤって人に拾われる前は…。
ってことは…敵の仕込み?カタオカテツヤって人の?
私が考えてる間にドアが開いた直後、横顔だけ見たライザさんが驚きの表情に変わった。

「「ライザ…」」


「…ッッッ!?」



ドアから見えてる人は…年齢的にはもう四十台前半くらい?
…!?も、もしかして!?

「ライザさんのご両親とのことでしたので、
 ボディチェックののち、こちらにお連れしました。
 あなたの活動を見て、もしやと思ってこちらにいらしたそうで…」

「…。
 知らない人です。
 お引き取り、願えますか…」

ライザさんは、二人を追い返そうとした。
でも私には、一瞬の沈黙とライザさんらしくない、
絞り出したような、気持ちを抑えた声の意味が分かった。
ライザさんを人身売買で売った両親が、ここに来たんだ…!
で、でもどうして!?なんで!?


「ま、待ってくれ、ライザ!

 私達が悪かったんだ…自分の子にあのようなことをしたのを後悔したんだ!

 だ、だから…!」


「そうよ、ライザ!

 あの後…私達も間違っていたって思って、八方手を尽くしたの!

 あなたを見つけたいって、必死に…!」


「…ッッッ!!

 
 い、ま…さら…」



ライザさんが…怒りと…たぶん憎しみに、表情を歪ませてる…。
ライザさんの両親は地獄の鬼のようなその表情に、怯えている。
二人だけじゃなく、この控室に居るみんなが、全員絶句していた。
北斗さんすらも、目を細めてライザさんを案じているようだった。


「……あんた達、自分のしたことが分かってるの!?
 
 あんた達なんか、もう親じゃないのよ!!
 
 自分で捨てたんじゃない、私の親でいる権利も、人でいる権利も!!
 
 こっちは何度地獄を見たのか、
 
 どんな目にあってきたか想像できないでしょう!?」


「そ、それは…。
 お、お前がネルガルの実験体として、どんな目にあってきたかは分からない…。
 詫びるだけで済むようなことだとは思っていないが…」

……!
そ、そういえば…。
ライザさんはホシノアキトさんたちと同じネルガルの実験体だったと公表されてる…。
カタオカテツヤって人の部下としてしてきた危険な仕事のことも、その前のことも全然知らない…!
ってことは、単に人体実験の被験者だったとしか知らないのかも…。
ホシノアキトさんやルリちゃんが比較対象だったとしたら、
こんな風にのうのうと出てくるってこともあり得ないことじゃない…。
だって…ルリちゃんがピースランドの家族と再会して、関係が続いてるっていう前例があるんだもん。

あ、ライザさんが…涙を…。
ここで…自分のことを話すわけないにはいかない。
カバーストーリー以上のことを話したら、今、誰かに知れたら、どうなるか…。
だから…何も言えないんだ…あ。

「…今日はここまでにしろ。
 お前らが本当にライザを想ってるならな。
 
 …ボディーガードの俺の連絡先を渡しておく。
 
 次は先んじて連絡してからくるんだな」

「……。
 分かった。
 ライザ、すまなかった…。
 今日は、帰るよ」

「ごめんなさい…ライザ…」

北斗さんに割り込まれると、ライザさんの両親はすごすごと出ていった…。
ライザさんは、へたり込んで取り乱していた。
こんなライザさんを見るのは、ストックホルムで初めて会ったあの時以来だと思う…。

「ひぐ…うぐっ…。
 
 うぅぅ…勝手なことばっかり…。
 
 勝手に謝って…そんなので…。
 
 許されるわけないじゃない…許せるわけ…」


「ライザさん…」

私はライザさんを抱きしめてあげることしかできなかった…。
ストックホルムの時もそうだったけど…。
私みたいな恵まれた人生を送ってる人がライザさんにかけられる言葉なんてなにもない。
だから…こんな風に抱きしめることしかできないんだ。
放っておけない、何とかしたいって気持ちで、
私が勝手に自己満足でやってることだって分かってるのに…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


ホウメイガールズのみんなも、ゴールドセインツのみんなも心配そうに見守っていた。
でもライザさんはものの五分ですぐに立ち直って、お手洗いに立った。
私と北斗さんも、付き添った。
ライザさんは『何をするか分からないからって付き添うことないのに』と苦笑しながらも、
ちょっとだけ声が弾んでいたから、嫌がってはいないみたい。
…あれくらいしか私にはできないけど、よかった、かな?

「ふう…」

ライザさんは鏡の前で、メイクをざっと落として、何度も冷水で顔を洗うと、
いつも通りの、クールさを感じるライザさんに戻った。
…本当に、ライザさんって強いんだ。
辛い目にあってきたからかな…。

「…ライザさん」

「…うん、大丈夫。
 次来たら、ビンタして追い返してやるわ。
 …でも、別の心配事が出来たわね」

「…やはりか」

「え?」

私はライザさんと北斗さんの言ってる事の意味が分からなかった。
何か二人は、ライザさんの両親のことで気づいたことがあったのかな。

「…。
 あれはテツヤが仕掛けたのよ。
 こんな狡猾で、直接的な手段を取れるのはテツヤしかいない。
 
 どこでどうやったのかは分からないけど…。
 私が本当にあの『ライザ』だったのか、調べるためにわざわざね…。
 …もうあんな奴らの事は忘れたつもりだったけど、まさかこんな手を使うとはね」

「え…」

私はライザさんの発言に驚くしかなかった。
…ライザさんの冷静さを失わせるためだけに、ライザさんの両親を探し出したの…?
しかも、そうなったってことは…。

「ってことは…」

「ええ、間違いないわ。

 テツヤは生きてる。

 そして私がライザ本人と気づいた以上…。
  
 ──仕掛けてくるわ」













〇火星⇔木星航路・ナデシコD・夏樹の部屋──夏樹
…私は自室でヨシオさんの写真を見つめていた。
もう十年も前になる古い写真を…。
ヨシオさんの許嫁になったころ、記念に撮った大事な写真。
…私がヨシオさんの許嫁だったことを知る人たちは、みんな口を閉ざしてくれていた。
私の将来のためにも、お父様の地位が揺らぐことが木連の未来にとっていいことじゃないと分かってるから…。

こうして私がナデシコDに乗って木星に向かっていること自体が、本当はかなり危険なこと。
私とヨシオさんの関係が知れたら、私もお父様もただでは済まないかもしれない…。

それでも、こうしないと私は…。

…ヨシオさんは、生きて私達に捕らえられてくれるのかな。
これだけのことをしでかしたんだから、もしかしなくても…。

……。
私のしてる事は、無駄で、無意味なことにすぎないのかもしれない。
自己満足以上の、意味はないのかもしれない…。
そんなのは五年前から分かっていたこと、だけど…。
だけどヨシオさんにもう一目だけでも…。
一分…一秒…だけでもいい。
あの人が、私の目の前で生きていると感じたいの…。

私…ヨシオさんと夫婦にもなれなかったんだもの…。

…一緒に生きるどころか、一緒のお墓にだって入れないんだよ…。

「ヨシオさん…。
 あなたが死ぬなら…私も連れて行って…。
 そんなことは許してくれないと思うけど…。
 
 …放っておかれたからって、諦められないんだよ…私は…」

ヨシオさんにこの声が届けばどれだけいいだろう。
私の声を聴いて放っておけるヨシオさんじゃないから…。
そうしたら…きっと、私は…。


──世界一幸せだって、胸を張って言えるんだから。

















〇木星・都市・プラント制御室──遺跡ユリカ

『ヨシオさん…。
 あなたが死ぬなら…私も連れて行って…。
 そんなことは許してくれないと思うけど…。
 
 …放っておかれたからって、諦められないんだよ…私は…』

「…ヤマサキさん、あんな風に言ってるけど、本当に連れてこないの?
 放っといたら、死んじゃうかもしれないよ?」

「…」

私は夏樹さんの様子を無理矢理覗き込んで、ヤマサキさんに見せた。
夏樹さんがここまでして自分を追いかけようとしていることを知って、それでも引き返さないのか問いたかった。
ヤマサキさんは黙り込んでいた。
私にいら立ちをぶつけたい気持ちを感じる。
でも、それが出来るほどヤマサキさんは子供じゃない。
この五年という時を共有した私に乱暴を働けるような心根の人じゃないんだ…。

「今だったら、納得のいく方法で夏樹さんをさらうことだって出来るんだよ。
 無人兵器を送り込んで、無理矢理連れ帰っちゃえば矛盾はないんだから。
 
 きっと誰も責めないよ。
 
 草壁さんも、アキトも、誰も…」

「…だからって僕の勝手でそんなことできないよ。
 僕の欲望を満たすためだけに、そんな…」

「…ヤマサキさん、これがラストチャンスだよ?
 夏樹さんをさらって、木星で最終決戦をするまでの三ヶ月だけ時間が作れる。
 そうしたら夏樹さんは『生きててよかった』って言ってくれるよ。
 最期が破滅であっても、悔いのない人生だったって言ってくれる。
 
 ……それが分かっててもそうしないの?」

「…ああ」

「…意固地だね。
 死ぬのが、怖いくせに」

「ああ、怖いさ!
 こ、怖いよ、僕は…!」


ぎゅうっ!



ヤマサキさんは、私を抱きしめて…縋り付くようにしがみついて、嗚咽をこぼし始めた…。
たくさんの後悔を、たくさんの過ちを、許しを乞うように。
この過ちを作り出した、張本人の私に…。


「う、う、うぅぅ…っ!!
 
 君がっ、君がやらせたんじゃないか…!
 
 こうすれば木連は助かるって…言ったんじゃないか…。
 夏樹を、死なせるかもしれないって思ってても、

 
 

 君が…こうするしかないって思わせたじゃないか…ぁっ!!」



「…だから、夏樹さんを死なせないためだけのズルをしてもいいでしょ?」


「それが!
 
 それがいけないんだよっ!」



どさっ!!



ヤマサキさんは私を強く押し倒して、馬乗りになった。
拳を振り下ろしたいのに、降ろせない自分が嫌だと叫びたくても叫べないまま…。
私を押さえつけるばかりで、手を振り上げようとしなかった。
私はいくら殴られても死なない身体だし、それくらい全然許せる、けど…。

ヤマサキさんは私を、「人間」として見てくれている。
心を持っているだけの、遺跡の演算ユニットの人間型インターフェースにすぎない私を…。

…そして、ヤマサキさんはそのやさしさと正義感のために、
私を殴ることも、夏樹さんを連れてくることも、できないんだと、分かった…。


「自分のためだけに、絶対的な力を振りかざしてズルをして、何かを手に入れようとする!
 
 なんの苦悩も努力も試練もなしに、人の命を弄ぶ!
 
 それがどれだけの不幸を生み出してきたか、君が教えたんだよ!!
 
 …君が…遺跡である君が辿った16216回の繰り返しの果ての結論が……」



──ヤマサキさんは、病的なまでの潔癖にとらわれていた。。

それは、過去の卑怯な自分への憎しみだと思う。
『黒い皇子』のアキトも持っていた、この感情…。

そう、代えがたい者を失ったらどんな優しい人でも、憎しみで相手を傷つけたり、殺したりは出来る。
それしかないと何度も自分に言い聞かせながら、時に歪んだ喜びを伴いながら果たされる『復讐』。
そして復讐が果たされたのちは、その狂った正義感は自分に牙を剥く。

未来がリセットされて最低じゃなくなったヤマサキさんは…。
かつてボソンジャンプにとりつかれた権力者と同じようなことを嫌った。
それが、たった一人の、そして相思相愛の相手だったとしても…。
……自分の好き勝手にしてはいけないと、自分に呪いをかけている。
何を言っても、決して解けない、呪いに…。

「…ヤマサキさん。
 あなたの命の対価には、夏樹さん一人の命を対価にしても、釣り合ってるよ。
 全人類の命を危険にさらしたことだって…。
 
 五年前から、戦死者は出してないでしょ。
 …ヤマサキさん、あの未来から何人助かったと思う?
 二億六千万、とんで三百五人だよ。
 
 すごいでしょ?」

「…そりゃすごいね。
 木連の人口の何倍になるかな…」

「でしょ…?
 だからヤマサキさんも少しくらい、幸せになる権利があってもいいと思うよ…?
 私がそそのかしたことなんだから」

「…でもやっぱり、数じゃないよ。
 そもそも、だけど…。

 僕は英雄じゃない。
 
 性悪の、ボソンジャンプの女神様にそそのかされて、
 いうがままに働いて、欲しいものを手に入れたのさ。
 悪魔に魂を売ったって方が正しいんじゃないかな」

「…もう、いじわる。
 夏樹さんを泣かせて、死なせるかもしれないって思っても、
 そんな風にはぐらかすんだから」

「…。
 アキト君がボソンジャンプなしで、絶体絶命の状況で頑張ったのにさ。
 僕だけ好きにするわけにも行かないって、いうのもあるよ」

「ずいぶん頑固で真面目なんだね。
 そんな性格だったの、ヤマサキさんって」

「知らなかったかい?
 ぼかぁ、自分だけ特別扱いするのもされるのも嫌いだったんだけどねぇ。
 
 ロクでもないボソンジャンプのために起こった戦争で、
 みんなが自分の正義を信じて戦ってしまっただろう。
 自分の、大切な者のために…だったら僕だってそうしなきゃ。
 
 ボソンジャンプが生み出す不幸を滅ぼせるなら、僕は公共の利益のために命を投げうつさ。

 …夏樹を、死なせるかもしれなくてもね。 
 やれやれ、僕の事を知り尽くしてるふうだったけどさ、遺跡ユリカくんは。
 恋人同士だと思ってたけどついに破局が近いかな」

「ひっどーい」

ヤマサキさんは冗談めかしてるけど、実際に時間の問題だもんね…。
あと三ヶ月、かぁ…。
ヤマサキさんが死ななきゃいけない時が、近付いてる。
…その時までに、ヤマサキさんを説得できるはず、ないもんね。
そもそも私が立てた計画だから…今更なしにはできないって言われちゃうし…。

「…遺跡ユリカ君。
 僕も結局…君の力を借りてめちゃくちゃしてるし、支離滅裂なこと言ってるけどさ。
 でも、ここだけは曲げちゃダメなんだよ。
 
 人類からボソンジャンプという力を奪い、封印するんだから…。
 僕もボソンジャンプなんて絶対の力は使わないんだ」

「…もう分かったよ、ヤマサキさん。
 私が機動兵器をボソンジャンプさせて夏樹さんを連れ去るのもダメってことだよね。
 …私の提案通り戦って、最期まで私と一緒にいてくれるんだね?
 
 じゃ、夏樹さんに比べると役者不足だけど、いっぱいサービスしてあげるからね♪」

「は、はは…。
 お、お手柔らかにね?
 僕も身体が弱くなってきちゃったから、さ…」

「ふふ、どーしよっかな?」

私はヤマサキさんに口づけて、ベットに誘い込んだ。
ヤマサキさんとは何度も夜を過ごしたけど…。
最近のヤマサキさんは目に見えてやせ細って、弱っていた。
五年も無理して戦ってきたから、慢性的に寝不足で…。
…もう、何もしなくてもヤマサキさんは何年ももたないのかもしれない。
でも、私も人間の入力なしだと出来ることも限られちゃうし…難しいんだよね。

…ヤマサキさんには生きててほしかったなぁ。

…いい人ほど、早く死んじゃうってよく言うけどね。
もったいないなぁ…。

こんないい人が死んじゃうなんていやだなぁ。
私の勝手な考えだけど…。
何もかも、私のせいでこうなったんだけど…。


しかも…。
ボソンジャンプという危険なものを葬って戦争を終結させるにしても…。
戦争を永久に葬るには、まだまだたくさん乗り越えないといけないことがある。
地球圏の人類は、お互いの幸せのため、利益を分け合うというには未熟すぎる。
この無茶な要求は、百年先、千年先、一万年先になっても通らないかもしれない。

…その一歩を踏み出すことが、もしかしたら出来るかもしれない。
でも、そのためにヤマサキさんは…。
…ううん、ヤマサキさんと同じような優しい人がきっと、戦争で死んでいったんだ。

そんなことが二度と起こらないように祈り、願い、自分の知らない誰かのために命を捧げる…。
ヤマサキさんの決意を、私がムダにしちゃいけない。




──もう、後戻りはできないんだから。






















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
年末年始を挟んで再び連載再開です。
ちょっともろもろあったり、内容的に再構成しなきゃいけないところが多くて時間かかりすぎたりで。
そろそろ決着になっちゃいそうで躊躇ってるのもありますね。
悲しいけど、話は終わりがあるからいい!
二年前にかつての作品を終わらせ、再度スタートを切った時に、今度こそと誓ったので、
どうなろうととにかく、納得いく形で終わらせなければと。

それで前回言い忘れましたが、ナデシコDのタイトル回収がついにできたんですよね。
Dはダブルだったり、複製だったり、デウスエクスマキナだったり、もろもろの意味を込めてましたが、
100話近く連載して全部の話をD始まりの言葉や分で構成するのは今考えても無茶だったなぁ…。


ってなわけで次回へ〜〜〜〜〜〜〜〜!!











〇代理人様への返信
>あー、あれね、アニメの年末年始や夏休みでよくある総集編w
>まあやってみたかったのはわかるw
ですです。
ナデD26話のライザレポートでもやりました、総集編回です。
とはいえちょっと人数も話数もえらい伸びてしまったので、考えたりまとめたりするのに時間がかかりました。
81話自体もちょっと間延びしてしまった感はあります。
必要だったから書いてみたもののもうちょっとやり方あったかなぁ…。











〜次回予告〜
ホシノアキトっす。
地球からナデシコ艦隊が発って、早三ヶ月と一週間。
そろそろ油断してられない時期になってきたけど、相変わらず俺は食堂と芸能活動の二足の草鞋。
休みは結構もらってるほうだけど、ホントにため息ばっかりでるよ…はぁ…。
次回から、クリムゾン率いる敵対連合との全面対決になっていくんだろうけど収集つくかなぁ…。
…なんていうか、俺ってどこまでも半端な生き方強いられてるよな。うう。

通勤時間が無くなって、電車内で推敲するタイミングを見失ってる作者が贈る、
ホントにこれヤマサキなの?系ナデシコ二次創作、








『機動戦艦ナデシコD』
第八十三話: -die-hard&die-hard- 頑強な抵抗者と頑固な保守主義者











をみんなで見よう!



































感想代理人プロフィール

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代理人の感想
ハーリー君は男の子!
まあしょうがないですよね、サブちゃんだって昔はそんな感じだったんだろうしw
でもお前は爆発して死ね(ぉ





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