『機動戦艦ナデシコD』
第九十話:drastic action-思い切った行動-
















〇東京都・ヒカルの家───ヒカル
私は漫画の締め切りが近いからアシスタントのみんなと一緒に原稿を仕上げている。
締め切りには間に合いそうだけど、みんな顔が青い。
気持ちはわかるし、私も心配だけど…。

「はぁ…」

…みんな意気消沈だよね。
ホシノ君が死んでるってことになって、世間は平和活動がブームになり始めてるけど、
私達みたいな部屋に籠ってる職業だと、そういう影響受けづらいから気分が沈みやすくて…。
原稿終わったらみんなで外に出ようかなぁ、ちょっと深刻だもん。

「先生、アキト様は生きてると思います?」

「断言はできないけど…たぶん生きてるよ。
 うまく言えないけど、そんな気がするの」

「…」

「ほら、原稿仕上げて、晩御飯食べに行こう?
 私がおごってあげるから!」

「「「「…うー」」」」

…やっぱり晩御飯くらいじゃ元気になれないかなぁ。
焼肉でも行こうかなぁ、高くつくし、私はつわりしちゃわないか、ちょっと不安だけど…。

そういえばアクアの漫画を描くことになって専属漫画家になった、あの子、どうしてるかな。
まだ『ダイヤモンドプリンセス外伝・プラチナナイト』のコミックは続いてるし、元気にやってるだろうけど…。
同じ高校の出身で漫研がなかったからこっそり作ってた漫画サークルで競い合ってたけど、
ナデシコに乗ってた頃には先に出世されちゃったから焦っちゃったんだよね。
ま、連載途切れてないし元気にしてれば、ね。

「あースパートかける前に休憩しよ?
 …気分転換にラジオでもつけよっかぁ」










〇地球・都内某所・ラジオ局

『え~続きまして…コーナーが変わります!』

『A子と!』

『B子の!』


『『「かしらかしらご存知かしら?のコーナー」でぇ~~~~す!』』



『みんな~~~!
 元気にやってるかなぁ?
 アキト様のこと、忘れてないよねっ!』


『アキト様関係の思い出話のメールも、

 い~~~~っぱい届いてまぁす!

 それに、平和活動に関するメールもいっぱい届いてます!』


『世はまさに、大平和時代っ!
 
 汝の隣人を愛せよ!
 
 ラブ&ピース!
 
 かの有名な二十世紀の伝説的ロックスターが歌ったように!
 
 人々が奪い合うことも、争い合うこともなく!
 
 世界を一つにしようとしてるんだから!』



『「命も居場所も何もかも奪い合い、失うような時代はもういらない!」
 映画でルリ姫が言って言葉だけど…。
 私達も、ついに自分たちで立ち上がらなきゃいけない時が来たのよね!
 
 トップアイドルの『食の恵』も『Peace Walkers』も、『ゴールドセインツ』も、私達を応援してくれてる…。
 アキト様たちに頼って、平和に酔いしれてた自分とおさらばっ!
 
 でも、アキト様に続いて狙われるんじゃないかしらねぇ?』

『危ないかもしれないけど、きっと大丈夫よぅ!
 根拠はないけど!!』

『そうよねぇ!
 根拠はないけど!!』

『それじゃあ、今日もお便り読み上げていこーっ!

 …え?なに、ディレクターさん?
 緊急だけど聴取率がよくなったから拡大版!?
 今日は次のニュースの時間の分までくれるって!?
 
 …ついに私達の時代が来たわね!!
 
 打ち切り寸前だったのが嘘のように、奇跡の復活からの盛り返し!
 世の中捨てたもんじゃないわね~~~~!』

『でも仕事ばっかで婚期逃しちゃいそうで嫌になっちゃうのかしら。
 あーあ、私にもアキト様みたいな王子様が現れないかなぁ~~~~』

『愚痴らない、愚痴らない!
 そんなわけで、今日はとことんお便り読んで行くわよ~~~~!』

『かしらかしら!』

『かしらかしら!』



『『ご存知かしら~~~~~!!』』














〇宇宙・火星⇔木星航路・ナデシコD・ガイの部屋───ガイ
…俺はイズミに声をかけられて、なぜか部屋までついて来られて、
なんだかよく分からないまま酒を渡された。

ちょっと愚痴に付き合って欲しいってことだったが…。
イズミってのはよくわからねぇ奴だよ、ったく。
今一つ噛み合わない会話をしたかと思ったら急に辛辣になったり、ニヒルになったり…。
少しだけ海燕ジョーっぽさもあるが、性格がどこまでも冷え込んでやがるから付き合いづれぇんだよなぁ。

「…はぁ。
 私はどうも運も才能もなくてね…。
 自分で望んで始めたことは全部裏目に出るのよ」

「んなことねーだろーって。
 パイロットは成功してるじゃねぇか。
 俺たちだって何度も危ないところを助けてもらったろ。
 自信持てよ、イズミ」

「そうかしらねぇ…」

…しかしらしくねぇよな、今日のイズミは。
いつもは突き刺す言葉を吐く分だけ、弱みを見せたがらねぇタイプなんだが。
こんな風に酒に酔って、愚痴を吐くなんてな…。
…まあ、ウイスキーの瓶が二本も転がってるのに、口調が崩れないあたり、すげえよな。

「…婚約者は二人も死ぬし、芸人になる夢は砕かれるし、
 雇われママで働いたこともあるけど受けが悪くて、やめるって言ったらやたら祝われるし…。
 はぁ…」

「…イズミ、いい加減にしろよ。
 愚痴言うのは構わねぇけど、自分を否定すんなよ。
 ヒカルはお前のこと真剣に心配してるし、親友だと思ってるのに、
 自分を大切にしようとしないのは間違ってるぞ。
 確かにちょっと口は悪いかもしれねぇが、俺は良い奴だと思ってる。
 これからのことなんてわかんねえだろうがよ」

「…正論なんて聞きたくないわ。
 女には、ただ自分を受け入れてほしい時があるものなの…。
 弱音くらい、吐かせてよ…」

「…あーったく。
 しょうがねぇな、付き合うよ。
 リョーコとサブロウタも呼んでくる、一人じゃ受けきれねぇよ」

「バカね、あの二人の仲を邪魔するほうが無粋ってもんよ。
 明日の戦い…生きて帰れるか分からないんだから。
 そっとしといてあげなさいって」

「…明日の戦いに備えて眠らないのはどうなんだよぉ?」

「言ったでしょ、正論なんて聞きたくない。
 もう二杯飲んだら、アルコール打消し薬飲んで寝るから…」

「…ああ、悪かった、悪かったよ。
 最後まで付き合うって…」

イズミは本当に寂しいのか、涙をこぼしてる。
…可哀想な奴なんだな。
俺なんかじゃないと酒に付き合ってくれる奴もいねぇし、弱音の吐き方もうまくねぇ。
ヒカルもたまに漫画の仕事の事で、俺が分からないことをいっぱい愚痴る時も多い。
俺が聞いても仕方ないってのによ…女ってみんなこうなのか?

「ヤマダ」

「ガイって呼ぶ約束だろ」

「…ガイ。
 もし…もしだけど…。
 私が死んだら、泣いてくれるかしら…」

「ばっ…」

こいつ、何考えてんだよ!?
縁起でもねぇことを!?

死亡フラグを自分から立てにいくんじゃねぇよ!!

「…そんなことは冗談でも言うなよ、イズミ。
 俺も、お前も、生きて帰るんだ」

「…泣いて、くれないの?」

「泣くに決まってんだろ。バカ。
 けど…二度とそんなこと言うなよ。
 たとえ話でもダメだ。
 仲間を助けるためだったら、自分の命を投げ出してでも助ける。
 最期まであきらんじゃねぇ」

「…うん」


ぎゅっ…。


「お、おい…」

「ぐず…うぅ…ぅ…」

イズミ、ここに来て本当に酔ったのか?
泣き上戸みたいに、抱き着いてベソかくなんて。
…本当は、自分に自信がなくて強がってたのか…?
辛かったんだろうな…。

「ホント…バカよね、ガイは…。
 私なんかでも…命を投げ出してでも助けてくれるなんて言って…。
 身ごもったヒカルを遺して死ぬなんて、最低じゃない…」

「…ああ。
 そんなことになったら最低だよな。
 だからそうならないように、一生懸命やろうぜ。
 死ぬつもりの仲間がいなけりゃ、きっと大丈夫だ」

「くす…言うじゃない、ヤマダ」

「俺はダイゴウジ・ガイだ!」

「じゃ…生きて帰れたら、一生そう呼んであげるわ」

…し、信用できねぇやつだ。
地球でもそんなこと言ってたくせに…。
ま…生きる気になってくれたみてぇだから、良かったかな。

明日の出撃前には、ヒカルにも連絡しねぇとな。
…レーザー通信の回線がパンクしねぇといいが。














〇宇宙・火星⇔木星航路・ナデシコD・サブロウタの部屋───リョーコ

う、う、う、う~~~~!

つ、ついにやっちまった、やっちまった…!

あたしはサブロウタと一緒にベットに入って、お互いの体温を感じる距離にいた。
ついに、いきつくところまで来たオトコとオンナがやること、やっちまった…。
明日の戦いで死ぬかもしれないからって、どうなるか分からないからって、あたしが無理言って頼んだ。
サブロウタは最初こそ礼儀正しかったが…。

「…顔真っ赤ですよ、リョーコさん」

「ば、ば、バカァッ!
 こ、こっちはその、初めてだってのに!
 も、弄びやがって…」

あたしは反論したが、どうやっても細々としか出てこない。
サブロウタは対照的に笑ってやがる…こっちは意識が途切れそうなほど疲れてんのによ。
あたしの脳内ではさっきまでの事がずっとリピートするもんだから…ずっと顔が赤い。
…あたしは経験豊富なサブロウタに翻弄された。
声がかれそうになるまで、意地悪く、そして優しくされて…。

ああ、ホント、ひどい奴だよ、サブロウタは!
こんなことして、夢中にさせといて、いろんな奴をフッってきたんだから!
あ、あたしだって…そうなってたかもしれないのに。

「…いい思い出が、出来ました?」

「…う。
 あ、ああ…。
 …嬉しかった。
 サブロウタがこんなあたしをちゃんと女の子扱いしてくれることも、
 こんな風に、人並みに幸せな気持ちになれたことも…」

「良かった。
 …ちなみに、ちゃんと気持ちよかったですか?」

「…言わせんな!バカッ!」

…分かってるくせにサブロウタは聞きやがる。
腰が抜けてんだよ、こっちは!


ぎゅっ…。


「あ…」

「…帰りも、ちゃんとエスコートさせてもらいます。
 だから、生きて帰りましょう」

サブロウタに抱きしめられて、あたしはまた力が入らなくなった。
こりゃあ…もう、ダメだな。
本気で惚れちまった。もう逃げらんねぇや。
あたしからも逃がすつもりもねぇけどな。
獲物は逃さねぇのがライオンズシックルだ。

「…ああ。
 でもそうなっちまうと、連合軍は寿退社かなぁ…」

「専業主婦っていうのもイメージないですけどね、リョーコさんの場合は」

「おいっ!?
 そりゃどういう意味だよ!?」

「おっと、失言。
 …戦いが終わって、生き残ってから追々決めましょう。
 できれば…俺たちだけじゃなく、ナデシコ艦隊も…。
 全員で生きて帰りましょう」

「んぉ、大きく出たじゃねぇか、サブロウタ。
 …そこまで言ってくれるなら、心配ねぇよな。
 生き残ってちゃんと責任取れよ、サブロウタ」

「もちろんです」

…あたしはサブロウタの腕枕に頭を預けて眠りに落ちた。
きっと明日は、出撃前にめちゃくちゃからかわれるんだろうな。

でも、それでもいい。
恋愛に臆病だったあたしが、一生懸命に追いかけてつかんだ『一番星』。
サブロウタはあたしにとってたぶん、これ以上ないパートナーになってくれる。
あたしの生き方がどう変わろうが、受け入れてくれるんだと思うんだ。

…パイロットの技術は、結局人殺しの技術だと思ってたけど、
でもサブロウタに出会うには、パイロットやってなきゃたどり着けなかった。

だったら、悪くない。
パイロットも、悪くない。
悪くないよ、父さん。

でも寿退社しなくても今の地球の状況からすっと、
きっと連合軍に残ろうとしてもやめることになんだろな。
なにしろ空前の平和ブーム、反戦ブームだ。
あたしも実力と功績には自信があるから、教官として残ることくらいはできるかもしれねぇが、
子供でも出来たら半端に籍を残すのも難しいかもしれねぇからな。
ユリカみたいなポジションならともかく、パイロットってなるとなぁ。

…でも、それもきっと、悪くない。
今からなら、きっと色々始めるのに向いてると思う。

だから…生きて帰んなきゃな…。















〇東京都・渋谷・スクランブル交差点


「「「「「戦争を止めろっ!木連との和解を止めるな!!」」」」


「「「「ホシノアキトの意思を継いで、俺たちが平和を創るんだ!!」」」」



「ご、ご覧ください!
 渋谷のスクランブル交差点は、反戦デモの人々が殺到しています!
 デモ参加の申請を出していた人数を大幅に超える人数が、渋谷の街を埋め尽くしています!
 デモ参加者ではない人までなだれ込んで、大きな渦を起こしております!
 
 すでに三日以上、この時間帯の渋谷…。
 いえ、全国の駅前、学校、職場、町内会に至るまで!
 アフターファイブの時間が訪れると同時に、人々はデモに繰り出しています!
 全国、全世界のすべての場所で平和を目指すための決起集会、平和活動が起こってます!!
 

 お聞きください、この怒号のような平和の叫びを!!
 
 そしてご覧ください、津波のごとく歩く人々の光景を!!
 
 世界は今、心を一つにして戦争を放棄しようとしています!!!」



歴史上、例がないほどのデモ活動が起こっていた。
営業しているはずの店舗は、すべて自分たちの意思で営業を一時停止してデモを支援していた。
通常であれば混乱や暴動を避けるためにこれほど大規模なデモを行う事は推奨されない。
デモ参加者は叫びながらも、あふれる感情をかろうじて抑えて激しく動かず、秩序だった行進を続けていた。
この様子を見守る大量の警察官や、テレビレポーターも、目は離していないものの、
デモを見守るような姿勢で見つめている。

興奮に任せて、判断を誤ってはいけない。
気持ちの高ぶりで、行動を変えてはいけない。
暴動を起こそうとするものを、乗じて窃盗や傷害を起こそうとするものを出してはいけない。
報道がことごとく『徹底抗戦』を促すことに反発しながらも、
ホシノアキトの嫌った暴力を使わず、ただ本心から主張を続ける。
すべてのデモ参加者…もはやほぼ全人類と言っても過言ではない人々の共通認識だった。

全ての国で、徹底抗戦を煽るマスコミに対するカウンターデモが起こっていた。
そしてそれを止める者は、もはや居なかった。


『正義』を謳いながら、『利益』を追い求めて、同胞の命を消耗し続けた見方が居た。

『悪の帝国』だったはずの敵は、自分たちと同じ人間だった。

彼らも、ホシノアキトに魅せられた。

彼らも、戦争を放棄したがっていた。

彼らも、自分の非を認めて、償おうとする心を持っていた。


その事実を、人々は何度も振り返った。
彼らは戦争を知った。
何のためなのか分からない、相手を否定するためだけの戦いに意味がないことを知った。
戦争を継続すれば、また少なからず人が死ぬ。
自分の愛する者を失うかもしれない、自分たちの子供たちも命を失うかもしれない。

なのに。
自分たちの命と人生を踏みにじって、利益を得ようとする人間の言いなりになっていいのか。
まだ敵対する意思を見せようとしていない、木連を裁くのが本当に正しいのか。

人々には木連との徹底抗戦を煽るメディアの言葉が空虚に感じられた。

人々は、ホシノアキトが言った言葉…。
自分の命が絶たれたとしても、『誰も死なないで欲しい』という優しい言葉を、守りたかった。

ホシノアキトはファンの自殺を止めたかっただけではなく、
自分が死んだ時に仇討ちしてほしくないんだろうと、誰もが分かっていた。
ルリもそれを裏付ける言葉で、戦争に傾きそうになった人々を諫めた。

それなのに、まだホシノアキトの名前を持ち出して勝手に報復戦争を画策する者が居る。
早く戦争を再開したいと、言いたげな報道が次々に出ている。
だが。

もし、木連が本当にホシノアキト殺害を企てたとしても。
もし、ヤマサキ博士とアイアンリザードが、裏で木連が糸を引く存在だったとしても。
詳しい追及をせずに、いきなり戦争を始めてしまっていいのか。

そんなこと、あっていいわけがない。

地球と木連。
どちらかが軍事的な攻撃をしたら、軍事的に対応しなければならないかもしれない。
その場合は、戦争続行も、仕方ないかもしれない。
ホシノアキトでさえ、無人兵器を倒して自分も、地球も守ろうとはした。
ならば戦いを止めるための戦いも、あり得るかもしれない…。
それは人々も、理解していた。

だが、ホシノアキトとユリを、その勢力が殺そうとしたのかは不明のままだった。
メディアも、まだ勢力を断定するところまでは出来ていない。
明らかに死んだように見えても、正式な発表ではまだ二人は『行方不明』扱い。

それにもかかわらず、戦争続行を煽るメディア。
ホシノアキトの評価で手のひら返しがあったことが仇になり、
メディアの飛ばし記事程度では、人々は動かなかった。

人々は思った。

『ホシノアキトの死の追及もまだ終わってはいないのに、メディアが戦争続行を叫ぶのはなぜか。
 戦争を止めようと必死になってくれたホシノアキトの命を利用したいと考えているからだ!
 
 ──この戦争を開始するきっかけになった、木連使者の暗殺と同じように!』

地球の人々は、木連をもう一度『木星トカゲ』と呼ぶことを拒絶しようとしていた。

木星戦争のすべてが明らかになった今、世界中が戦いを放棄し始めた。
同じ轍を踏んでしまったら、また自分の大切な人が死ぬかもしれない。
それだけは、嫌だった。


「「「「「もう知らない誰かのために、大切な人を失うのはごめんだ!!」」」」」


「「「「「戦争反対!!
     各国の政府および国連は!!
     戦争続行の意思を表明する前に、
     ホシノアキトとミスマルユリの死への徹底的な追及を行え!!
     戦争継続の判断はそれからでも遅くないぞっ!!」」」」


「「「「「俺たちは納得のいく説明があるまでは何があっても戦地には赴かないぞーっ!!」」」」」


「「「「「戦争支援をするメディアは、情報を精査しろっ!!
     戦争反対の意見も、とりあげろっ!!」」」」」


「「「「「戦争反対をしていたホシノアキトの死を、戦争に利用するなーっ!!」」」」」


人々は、世界は憎しみを捨てて、未来に進もうとしていた…。















〇東京都・テレビ局

「お、お前ら正気か!?
 今後の仕事が無くなってもいいのか!?」

「それはこっちのセリフです!!
 視聴率が3%切っても、まだこんな茶番を続けるつもりですか!?
 うちの局だけ、異常に視聴率低いんですよ!?
 もう他の局は方針変えてますっ!
 スポンサーにだって、私達スタッフや出演者の人たちほとんど全員から嘆願書出してます!
 部長だってそれは分かってるでしょ!?
 ちゃんと聞いてるんでしょ!?」


「「「「そーだそーだ!!」」」」


「だ、だ、だが…」

部長は焦っていた。
彼はクリムゾンたちアンチホシノアキト勢力から金をもらっており、
ホシノアキトをこき下ろす番組を作り続けていたが、
もはやスポンサーも上層部も、そして現場や出演者さえも敵に回った。

元々、ホシノアキトの反対勢力はわずか2%に過ぎず、徹底抗戦を叫ぶ勢力の比率もこれに近い。
世論調査でさえ、この数字は如実に出ていた。
そしてついに、報道番組の権限がある部長だけが、ホシノアキトを認めていないとあぶりだされた。
報道番組のほとんどに口を出すことが出来ただけに、権限は大きかったが、
その権限と立場だけで勝手を通してきた反動で、深い根回しを伴った反対行動に抵抗できなかった。

「君、いい加減にしたまえよ!
 出演者も現場も、君の意向どおりにはやれないと、全員が言ってきた!
 世間の動きもあって、スポンサーも、上層部の意向もほぼそろったんだ!
 
 それとも何か理由でもあるのかね!?」

「あのー、そのー…」

部長は副社長が現場に乗り込んできて、叱責されると言葉に詰まった。
金をもらっている勢力からの仕返しや暗殺はないにしても、詳しい事情を暴露されれば、社会的に抹殺されかねない。
そのため、どうするべきかを本気で悩んでいる状態だった。
──だが、結局部長はすぐに折れた。
既に彼の息のかかったライターの原稿は捨てられ、上司と現場の判断で報道の内容が準備されている。
ここで抵抗したところで、自分の立場が危うくなるだけだと、彼にも分かった。

そしてこのテレビ局で起こったこの状況は、
全世界で同じ状況に陥っているところが少なくなかった…。




















〇???
とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
軍の上層部の人間をも含む、かなりの大企業の要人、政府要人などが集まっている。
クリムゾンを筆頭とする、木連と手を結んで利益を共有するために同盟を結んでいる人物たちである。

この五年ほどホシノアキトに煮え湯を飲まされ続けていた彼らが、
それ以上の苦境に立たされて喚いていた。

『ええい、何故だ!?
 何故、世論の操作がうまくいかんのだ!?』

『世論どころか、政治状況も動かせんぞ!?
 政治家も多少の献金では徹底抗戦を口にしなくなった!
 
 世界中が我らのコントロールから離れている!
 
 各国の職場就業時間終了直後、平和活動をしている者しかおらん!
 一定時間は経済活動が完全に止まっている!
 もはや株価も読めん!』

『治安部隊や軍を出してデモの鎮圧はできんのか!?』

『だめだ!
 暴徒鎮圧の方法をとろうにも数が多すぎる!
 かといって機動兵器を持ちだしたら、死人が出過ぎてこっちの方が国賊扱いだ!』

『軽いバイオ兵器があるだろう!?
 せき込む程度の催涙ガス程度でいいんだ!
 色がついた無害のガスでもいい!』

『それこそ最悪だ!
 あんな人数を鎮圧出来る量を持ちだしたら、足がつく!
 この五年でテロ組織は大方壊滅状態で、「黄昏の戦団」のせいにするのも無理だ!」

『く、くそっ!
 ホシノアキトが死ねば多少はマシになると思ったというのに!』

彼らの悲鳴にも似た叫びが、このプライベート空間にこだましていた。
同時多発的に発生した、和平ブームの動きを止められず、
それによって大きく変動する株価への対応も遅れた。
このような世界の動きは歴史上、例がなく、
既に事態は彼らの追いきれる状態にはなかった。

世界から戦争が消えた日はない。
利益の取り合いと報復に次ぐ報復が繰り返された、人間の歴史。
たった今でさえもヤマサキのアイアンリザードとの戦いが続いている。

しかしこの戦い以降は、それが変わるかもしれない。
人類が戦争を、少なくとも数年は放棄する未来が近づいていた。

それはアキトに敵対してきたこのプライベート空間に接続されている、
『世界を牛耳ってきた者たちの絶対的な優位』が、根本から覆ることを意味していた。

彼らのやり口は、世界が争いを起こしているからこそ成立する。

対立を煽り、敵を作り、奪い合い、自分を正当化し、悪とされたものを踏みにじる。
それが真実だと思い込むように人を追い込んでいく。

時に事件を起こして戦争の引き金を引き、
戦争が起これば莫大な特需を手にすることができる。

直接的な戦争が起こらなくても、情報戦争、経済戦争が起こればよい。
技術革新で競争が起これば、スパイを動かして情報を盗むか、不正を働いてバランスを調整する。
パワーバランスの調整をしながら、インサイダー取引のように株価を先んじて動かす。
そうするだけでも莫大な資金が手に入り、
さらに企業として先行して事業を興しておくことで、利益も権力も倍加していく。
これで力をつけた強力な企業の後ろ盾を得て、政治家と軍人も飛躍を続けてきた。

この同盟は、そうして完璧なサイクルを作って、絶対的な力で地球圏を牛耳って来た。
しかし五年前のホシノアキトの登場以降は、そのやり方が通用しなくなり、
彼らの莫大な資産も権力も、八割以上が失われてしまった。
それほどまでに、ホシノアキトが世界に与えた影響によるダメージは大きかった。

政治家は穏健派にすりよったものの、過去の実績からタカ派であったことから取り入ることはできず、
選挙で敗北する者がほとんどだった。

軍の上層部は、クリムゾンとの癒着が取り沙汰されて失脚したものが多く、
生き残っている者も無理筋でナデシコAを追い込もうとしたり、
バール少将の一件に巻き込まれたために閑職にまわされている。

企業組はもっと悲惨で、ホシノアキトに取り入ってなんとか生き残ろうとはしているものの、
ルリとラピスの執拗なハッキングによる調査で、正体を暴かれて提携させてもらえず、
そもそも問題としてホシノアキトの芸能活動削減が響いて、取れるパイが限られている。
クリムゾンはステルンクーゲルMk3が好調なものの、
かつての主力戦闘機、戦艦、バリアの受注が失われており、かつてほどの力は残っていない。
落ち目状態で終戦を迎えてしまえばどうなるか分からない状態だった。
彼らがアギトの背後組織の存在をつかめていないことも、焦りに拍車をかける原因だった。

そして今回の出来事は、この同盟に属する者たちに致命的な打撃を与えていた。

『…もはやこれまでだな。
 積みだ』

クリムゾンだけは冷静に、だが苦々しさを確実に感じる言葉を吐き出した。
喚いていた他の者たちも、黙り込んでしまった。
もうこの同盟の人間の考えでは世の中は動かない。
どのように動こうと、対立を煽る方法で争いを起こして自分たちの利益を起こすことはできない。
彼らも、分かっていた。
それを認めることは、自分たちの余生も、プライドも、ズタズタにされることを受け入れることだった。

ついに認めるしかない状況が、訪れてしまった。
彼らは力ないため息を吐いて、椅子に体を預けることしかできなかった。
分かっているからそれ以上口にしてほしくないと、クリムゾンに懇願するように全員が沈黙していた。
それでも、クリムゾンは続けた。

『…ホシノアキトが居なくなればいいなどと、浅はかなことを考えた我らの負けだ。

 我々がこの五年で成すべきことだったのは、戦争の種を世にばらまくことだった。
 積み重ねていけば、もう少しマシな結果になったはずだった。
 
 奴が変えた世界を、少しでも壊しておくべきだったのだ。
 情に流されて、ホシノアキトを消すことにこだわった時点で、我らの負けは確定していた。
 
 …ホシノアキトが死のうが、世の中は変わらなかった。
 英雄を失っても世の中は、『報復の戦争』ではなく、『英雄の望んだ夢』を追いかけた。
 それが、本当の意味で自分たちの利益になると気づいてしまった。
 …こうも、短期間で証明されてしまった。
 時間が経てばこの瞬間の事を忘れる時が来る。
 そうなれば地球圏でも争いの火種は起こるだろうが…。

 …我々が生きている間には、無理だろう』

『『『『『……』』』』』

クリムゾンの言葉を聞いた、同盟の面々は声もなくうなだれていた。
自分たちの生涯の、最後の最後で生き方を否定された。
変わった世の中に抵抗することもできず、自分の家族も一族も、これから没落していくのが確定した。
二度と立ち直れない…立ち直れたとしても数十年を要する、打撃を受けている。
五年前までは敗北を知らなかった彼らには、受け入れがたい苦痛だった。

『…だったらどうする?
 
 黙って老いて死ぬのか?
 
 世を儚んで首でも吊るのか?
 
 そんな腑抜けだったか、貴様らは。
 
 人の生き血をすすり、
 
 幾千幾万の命を踏みにじって、
 
 悪魔と言われようと上り詰めたのを忘れたのか?』


同盟の老人たちが、息をのんだ。
自分たちのしてきたことを、思い返した。

どんな手を使ってでも勝利してきた。それだけが望みだった。

巨万の富を得て、なお衰えぬ支配への欲求。勝利への渇望。

だが、それ通用しなくなり、終わる。
これからは敗北しかありえない。

そんなことを、受け入れるのか。
たった一度も勝利せず終わりを受け入れていいのか。

クリムゾンが言葉の裏に隠した挑発に、彼らは気づいた。

最後に、彼らを蹂躙したい。

あのアイドルたちを殺したところで、今さらどう動こうと事態はひっくり返らない。
それでも、勝ちたい。
ホシノアキトの意思を継いだ、彼らに。

それが仮に──。


『歴史に消えない汚名を遺す、虐殺だったとしても…。
 最期の最期に、ホシノアキトの意思を継いだものを殺すしかないだろうが!』


『おお!そうだとも!!』 


『やらないよりはマシだ!
 このまま大人しくくたばってたまるかッ!!』


『ああ、ナデシコ艦隊が戻らぬうちであればこちらにも勝機はある』

『今更足がつこうがどうか関係あるか!』

『アイドル連中だけじゃない、あのネルガルの若造もだ!
 我々の動かせる者をかき集めれば、
 自社のシークレットサービス程度ではどうしようもないだろう』

『負け戦などしたくはなかったが、道連れにしてやる…!』


彼らは今までの落ち込みが嘘のように、覇気に満ちた声を上げて、逆襲の狼煙を挙げようとしていた。
自分たちの命の炎を、蝋燭が尽きる前に一瞬だけ激しい炎を起こすように、燃やそうとしていた。
ホシノアキトへの恨みから解放されたはずの彼らの行おうとする…。
本来向けられるはずのホシノアキトに向けられないそれは、

『復讐』というにはあまりにも的外れで。
『信念』というには空虚な、ちっぽけな意地で塗り固められていた。

自分のしてきた悪事を振り返ることもせずにする、空っぽの戦いは…。
地獄に堕ちる前の亡者の、道連れを求める『最後の悪あがき』にすぎない。

だが、その『最後の悪あがき』は、亡者のそれとは程遠い。

彼らは、弱者ではない。
弱ったとはいえ彼らの持つ力は、いうなれば『巨人の死神』が振るう大鎌に等しい。
高々数十人の個人に対して振るうべき力ではない。
一度振るわれれば、取り返しがつかない破壊と死をもたらす。
自棄で振るわれるにはあまりに危険な大鎌が、
ホシノアキトの消えた世に、すべてを巻き込んで振るわれようとしていた。


『アギトの背後組織のことなどはもはやどうでもいい…!

 我々が死んだ後の世界がどうなっても知ったことかッ!
 
 いつまで続くか分からない平和にすがり、酔いしれたバカどもに見せつけてやるっ!
 
 世界に、後世に、歴史に!



 消えない傷痕を遺してやるぞッ!!』





















〇地球・佐世保市・クリムゾン機動兵器研究所・主任室──シーラ

「…やっぱりまずいかなぁ」

「…まずいんじゃねぇか?」

「うん…黙ってるのも性に合わないけど、
 うっかりすると家のみんなも危ないもんねぇ…」

私とヒロシゲさんは、会社から、ここにとどまるように指示されていた。
どうやらクリムゾンが大きく動くようで、PMCマルスやナデシコに関係の深い私は、
社内謹慎…というか軟禁状態で数日、とどまってる。
まあ、冷食とかインスタントとか食料は備えてあるし、
宅配はお願いしていいってことになってるから不自由してないし、
ステルンクーゲルを造った功績がおっきいから、安全ではあるんだろうけど…。

「いいんじゃね?
 命の危険を冒してまで手伝うこともねぇだろうし、
 俺たち、結局クリムゾンの最近の動向までは知らねぇし。
 危なくなるまでは大人しくしてても」

「うーん…。
 結局、私の両親の事も、技術の事以外はあんまり調べきれなかったから、
 そろそろ辞めてもいいかもって思ってるんだけど…」

「…それ、あんまし言うなよ。
 聞かれてるかもしれねぇんだから。
 契約した時のこともあるから多少は多めに見てくれるだろうけど」

私達は仕事を停止されてて、
帰宅も、外部とのやり取りも禁じられて、二人でFPSゲームに興じていた。
ゲームくらいならネット使ってもいいって言われてるから、ナデシコAのヒカルちゃんも誘ったりして。
平和デモの影響で、締め切りが一週間伸びたとかで、ちょっとだけ時間があるらしいの。
ゲーム内チャットも監視カメラで見られてるし、うかつなことは言えないんだけどね~。

「ガードのおっさんも、部屋の前で一日十五時間は突っ立ってるだろ?
 よく退屈しないよなぁ」

「仲良くなったけど、相変わらずおっかない顔してるよねぇ」

…でも、あの人、どっかで見た覚えがあるんだよね。
もしかしたら…。
…あんないい人が、そんなことするはずないって思うけど…。























〇地球・東京都・ネルガル本社・会長室───アカツキ

「会長ー!
 今日もお願いしますー!」

「はいはいっと」

僕は会社の定時が来ると、広報部の女性主任に呼ばれて会長室を出ていった。
ホシノ君が死んだとされてから、もう三ヶ月近くになるけど…。

僕は彼が生きてるだろうとあたりをつけて、静かにしているつもりだったんだけど、
驚いたことに、うちの会社のほとんどの社員が平和デモや平和活動に積極的になって、
僕まで担ぎ出されてホシノ君の語り部っぽいことをさせられたりするようになっていた。
もちろん僕も、平和活動に付き合わされたりしてるわけだけど…。

…まったく、参るね。
仮にも、僕は『死の商人』と噂された親父の子なんだけどねぇ。
ネルガルだって、その片棒を担がされてきて半世紀近い。
今だって、兵器の製造はしてる。
それどころか地球圏で随一の機動兵器、戦艦のメーカーだ。
「ゆりかごからミサイルまで」の総合商社な側面もあるけど、
結局はクリムゾンと同類もいいところなのにさ。

それなのに、平和活動だって?
死んだ親父が聞いたら、もう一回あの世に行っちゃうんじゃないかな。
地獄でさぞかし嫌な展開だと思ってるんだろうな、これは。
やれやれ…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


…そして僕は、久しぶりにエリナ君の顔を見に戻った。
ホシノ君とユリ君が死んだってニュースを見た時だけは取り乱したエリナ君をなだめに戻ったんだけどね。
エリナ君の実家に戻ると、また大きくなったエリナ君のお腹に、感慨もひとしおだった。

「…ナガレ君」

「エリナ君、よく頑張ってくれてるね…」

「…ばか」

…エリナ君は僕の方が疲れ切ってると気づいているようだ。
はは、僕もいろんなところに引っ張りだこだからね。
抱きしめあった僕たちは、お義父さんとお義母さんへの挨拶もそこそこに、二人だけの時間を満喫した。
これからどうなるか分からないだけに、僕たちをそっとしてくれているのは嬉しかった。

「…ナガレ君、死んじゃダメよ。
 もし死んだりしたら…それでアキト君が生きてたら、浮気しちゃうんだから…」

「う、そ、そいつはおっかないね…。
 そんなことになったら困るよ、僕は…」

……エリナ君、冗談交じりにくぎを刺しにきてるよね。
僕としては全く笑えないんだけどね!!!!!

「そういえば…サヤカさんがもう三日も欠勤してるって…?」

「…うん、僕も心配してるんだけど、ひどく体調を崩しているそうでね。
 大丈夫だとは思うよ、今時治らない病気なんてそうそうないんだからさ」

「ええ…」

サヤカ姉さんはこの三日欠勤している。
本人の連絡だと過労だと言われて少し休むことにしたそうだけど…。
確かにこの三ヶ月は常軌を逸した忙しさだったけど、あの丈夫なサヤカ姉さんが…。
僕は少し心配していたけど、気にしすぎるとサヤカ姉さんの方が気に病むだろうから、
そっとしておくしかなかった。僕自身も会社を離れることが難しかったし。

「…ナガレ君、次に狙われるのはきっとあなたよ。
 ちょっとやそっとじゃ死なないでしょうけど、ちゃんと帰ってきてよね」

「分かってるよ。
 君も、君のご両親も泣かせるつもりはないさ」

「死ぬ気で戻ってこないと、ぶっ殺すわよ?」

「は、は、は。
 そりゃキツイね…。
 妊婦さんは激しく動いちゃだめだけどね」


ぴぴぴ…。


「ん?プロスから…?
 こんな時間に…?」

「何かあったのかしらね…」

本社の事はだいぶまとまってるし、僕の決済が必要なことも片付けてエリナ君に会いに来た。
よほどのことがない限りは呼び出すってことはあり得ない。
ということは…。


『か、会長!!

 ムトウ社長と、サヤカさんが誘拐されました!
 
 会長を呼ぶようにと、連絡用の端末と書置きが残されていました…!』


僕はその時───。
少し前に言われた、サヤカ姉さんの言葉を思い出していた。

「…ナガレ君、私が危なくなったら見捨ててほしいの」

「違うの。
 …ホシノアキトさんだって守れない人がいるかもしれない。
 アギトって人が、襲いに来るかもしれない。
 私が、もしかしたら人質にされるかもしれない。
 今からそこまで考えておかないといけない状況になっちゃったのよ。
 …ナガレ君だって分かってるでしょ?」

「ナガレ君が居なかったらネルガルはどうなるの?
 エリナさんはどうなるの?
 それどころか、地球圏全体の問題にだって関わるのに…」

僕は───。

「…エリナ君、行ってくる」

「…駄目よ!
 行っちゃダメ!
 こういう時には動かないようにするって警護計画立ててたでしょ!?
 ゴートだって、サヤカさんだって、賛成していたのに…。
 ナガレ君だけは、何があっても死んだらダメなのに…」

「…ごめん、エリナ君。
 僕たちは…地獄に堕ちるべき、死の商人だと思うけど…。
 
 だけど大切な人を自分可愛さに身捨てるなんてできないんだ。
 
 僕は、それだけはできない。
 それだけはやっちゃいけない…。
 君にも子供にも…ホシノ君にだって、胸を張れない男に成り下がる。
 
 そうなったら…あの卑怯で、最低の親父と同じになるんだ』

「だ、けど───」

「ホシノ君だったら、こういう時、真っ先に助けにいくだろ?
 例えば、エリナ君が浚われて、ホシノ君が呼ばれた時だったら…」

「ナガレ君はアキト君じゃないじゃないっ!」

…そうだ、僕はホシノ君じゃない。
僕は確かに強くなった、そこらのシークレットサービスでは全く歯が立たないほどに。
それでも…あの不死身の、『世界一の王子様』にはとても敵わない。
だけど…。

「…そうだ、僕はホシノ君にはなれない。

 あの時から、僕はホシノ君をいつか超えようと焦がれた。
 それは叶わなかったけど…。
 でも、僕は…。

 あの甘ちゃんで、どうしようもないくらいのバカなあいつに魅せられたんだよ!
 
 大切な人のためなら、大嫌いな戦いにもためらいなく赴く、あのホシノ君にッ!
 
 あれが、なけりゃ…。
 
 僕はきっと親父と同じ、卑怯な男のままだった…。
 
 人を食い物にすることしか考えられない、
 本当に人を愛することも知らない男になっていた!!
 
 今、ここでいかなきゃ…僕は…」

「ナガレ、くん…」

…僕が、心底ホシノ君…いや『テンカワアキト』に出会った時…。
一見どうしようもない、バカなだけのあの少年に、僕はひどくコンプレックスを刺激された。

僕と違って何も持たぬまま、好きなアニメはゲキガンガーしかない、
ただのガキのまま生きるテンカワアキト…。

彼は人を惹きつけた。
一見伊達男の僕なんかより、本当の意味で深いところで。
最初はバカやってるのが滑稽で面白いだけかと思ってたが、
彼のために命を張って助けに行くユリカ君とメグミ君を見て、僕は呆れる反面ひどくうろたえていた。

恋してるとはいっても、あんな奴のために命を賭けるのかと。

鈍くて、感情的で、責任感は今一つない、せいぜい評価できるのは一生懸命さくらい。
仕事も恋愛もどっちつかずでズルズル続いてるような男。
そんなテンカワアキトのどこがいいんだ?

僕はそんな彼に面白半分でつい突っかかった。
それが裏目に出て、テンカワ君を暴発させてしまったこともあった。

しかし彼がボソンジャンプのキーになると知った時、本当にテンカワ君が『スペシャル』だと気づかされた。
そのころには、パイロットとしても頭角も現し始めた。
素人だったはずの彼が、一流のパイロットたちにかろうじてついていけるようになった。

ボソンジャンプという世界を制覇できる能力を自在に操れる。
そんな彼に対抗して、無謀にボソンジャンプに挑んだ事もあったな…。

そして…戦後に、火星の後継者にすべてを奪われて、脳をいじられ、
ひどい後遺症に悩まされながらも、立ち上がり…。
『黒い皇子』と成り果ててまで戦い抜いた。

あの、才能と無縁そうなバカなだけの少年ではなくなった彼を見て…。
僕は彼にはなれっこない、できっこないと、立場が逆転していたことに愕然としていた。
力がある、金がある、才能もあると思って、なんでもできるとうぬぼれて、
斜に構えて、センスだけで戦って遊び呆けていた僕では…。

…考えてみれば、僕は兄さんの影をテンカワ君に見たのかもしれない。
最初こそ力がなかったが、ひたむきで誰かを愛する心を持っている彼に…。

…だからエリナ君は、僕に振り向いてくれなかったんだ。
本当は僕の方がどっちつかずで、臆病で、感情的で、無責任だった。
…そんなことは、もう遅い。
全て決着してしまった、覆ることはない。
そんな風に、秘書をやめて別部署に移ってテンカワ君を支えるエリナ君を見ることしかできなかった…。

だけど、僕の前にチャンスが転がってきた。
ボソンジャンプで改変されたこの世界に…。
『ホシノアキトが居る世界』にたどり着いた僕は、やり直すことを決意していた。
草壁とヤマサキが戻ってきていた時の備えも兼ねて、ホシノ君を超えることを考え、必死に鍛え続け…。
今の彼では勝てっこないが、ギリギリ追いつけるかもしれないくらいにはなれた。
そして…エリナ君は僕に振り向いてくれた。
ホシノ君の代わりだとは分かっていても、嬉しかった。

偶然にしては、よく出来過ぎているやり直しだとは思ったけど、
それが本当に仕組まれたことだったとはね。
16216回も繰り返されたことの、試しの一回にすぎなかった。
…ユリカ君の意識がコピーされてるなら、彼女の事だからエリナ君に嫉妬して、
ホシノ君から遠ざけるために僕をあてがったのかもしれない。

それでも、僕は幸せだった。
遺跡ユリカ君には…感謝してもしきれないよ。

でも、それもこれも───。

「僕は…ホシノ君に返しきれないほど恩も、貸しもある…。

 …ホシノ君が居なけりゃ、僕たちはこうして夫婦になることもなかった。
 彼に魅せられなければ、ここまで戦い抜くこともできなかった。
 彼が世界を変えてくれなかったら、きっとネルガルも…。
 
 …僕はホシノ君に、すべてひっくり返されたんだ。
 
 革命されちゃったんだよ、何もかも」

「…だから?」

エリナ君は、僕を睨んでいる。
ホシノ君への借りと、僕がサヤカ姉さんと社長と助けに行くのと何の関係があるのかと言いたげに。

「…だから今回も、ホシノ君の心を背負って、行くんだ。
 ホシノ君のせいにするんじゃないよ?
 
 …僕が、心の底から願っていることを、自分の手で叶えるために…。
 
 ホシノ君に、ちょっとだけ力と勇気を借りるだけさ…」

エリナ君は黙ってうつむいてしまった。
でも、僕の頬に触れて顔をぎゅうっとつかんだ。

「…分かったわ。
 じゃ、約束して。
 
 必ず戻ってきて。
 
 核爆発に巻き込まれようが、隕石が直撃しようが。
 私のために生きて帰ってくるのよ?」

「…わ、分かった」

エリナ君らしくない、バカバカしい約束だが、僕にとってはそれだけで十分だった。
こんなバカな理由で、命を賭けることを許してくれる。
僕に対する、本当の信頼だって分かるから。

「あと、本当にナガレ君が死んでアキト君が帰ってきたらマジで浮気するわよ?
 子供だって生んじゃうかも」

「そりゃ困るけど…死んだ後のことは止めようがないから、好きにしなよ。
 そんなことにならないためにも生きて帰らなきゃね。
 …でも、一個だけ頼んでいいかい?」

「なぁによ」

「僕の子と、ホシノ君の子、どっちがネルガルを背負うべき人間になるか、
 墓前に途中経過をこまめに話に来てほしいかな」

「…バカね」

……うん、言っといてなんだけど結構馬鹿なこと言ってるね、僕。
どこまでもホシノ君に対抗心燃やしてるのは変わらないって、バカにもほどがある。
ホシノ君を、これ以上ない最高の親友だと、恩人だと思ってるくせに…。
…僕の愛したエリナ君の心を奪って、捨てたことを未だに根に持ってるんだろうね、僕は。
そうでなきゃ、あんな馬鹿げた決闘を考えないか…。

「ま、まあ、死ぬつもりないからさ。
 そんな約束、要らないんだけど」

「…じゃあとっととサヤカさん助けて帰ってきなさいよ!
 もう子供が生まれてもおかしくない時期なんだから!」

「あ、はは…分かったよ。
 …愛してるよ、エリナ君」

「んむっ」

僕とエリナ君は軽く口づけした。
そして、外に出てプライベートジェットに乗り込んで、すぐに本社に向かった。
多分、クリムゾンか、その協力者の手の者だろうけど…。
ここまで露骨な手に出てくるとは予想外だった

ホシノ君相手じゃないと思って、舐めたやり方をしてきたよね、まったく!
ホシノ君と同じで結構しぶといんだよ、僕らも!
ちょっとやそっとじゃこっちもくたばらないのにさ!












〇地球・東京都・『大和』合宿所・会議室──チハヤ
「それじゃ明日からのチャリティーライブ、
 それぞれの持ち時間は少ないけど、数日連戦になるから体力の消耗に注意して。
 各ユニットのパフォーマンス、演出、抜かりなく行くわよ」

「「「「「おーーーーっ!!」」」」」

けたたましい掛け声で全員が気合を入れている中、私は冷めきっていた。
ホシノルリの放送から一週間ほどが経過して、状況は一変していた。

ライザもあの放送に呼応するように、声明を発表。
ゴールドセインツの一同は明確に「反戦」姿勢であることを示した。

『アキトの意思を継ぐ目的でもアキトの言いなりになってでもなく、
 考え方に影響は受けたものの、あくまで『自分たちの意思として」平和を手に入れたいと思っています。
 アキトを殺した者がいたとしても、その追及は法的に沿った形で続け、
 あくまで殺し合いという非合法を是とする戦争に反対します。
 
 これ以上、どんなことがあっても大切な人を失うようなことは起こってほしくない。
 私達は戦争反対の立場で活動を続けます』

その時、私は耳を疑った。
確かに会議でもそのような方針は話していたし、私も流されるままに頷くしかない状況ではあった。
でも、ライザがこんなことを言うなんて思ってもみなかった。
…嘘をついてるつもりもなさそうな、ずいぶん堂々とした態度で。
ライザは、どうしてこうも変わったのよ…。

それだけでも信じられないのに、
ゴールドセインツの連中も、食の恵も、Peace Walkersさえも、
家族が危険にさらされるかもしれないのに、こんな風に堂々と表立って反戦活動をするようになった。
人気絶頂のアイドルたちの反戦活動に、世の中は色めき立っている。

…違う、明確に彼らの意思が変わり始めている。
地球と木連の戦争が終結し、アイアンリザードという共通の敵を通じて、
すでにこの五年で彼らの心持は変わっていた。

大事な人を失った恨みで育つ報復心ではなくホシノルリとライザの言った通り、
『今ある命を失いたくない』『戦争で失った大切な人たちを犬死ににしたくない』
と思う人がほとんどだったみたいで、
世の中全体が反戦を意識し始め、世論は完全に戦争の継続を拒否していた。

この動きに火星と木連も続いている。
彼らも最初は、地球のメディアによる決めつけのバッシングに激怒して、
一時は本当に戦争を開始しかねないところまで盛り上がっていた。
でもホシノルリの放送後は、火星と木連も感情的な判断を避けるようになり、情報収集に集中した。
徹底抗戦を煽るメディアに反して、劇的なまでの市民の活動はネットを経由して知らされ、
そしてメディアも、スタッフ・芸能人・キャスターのクビ覚悟の、ストライキによって、
誤魔化しきれない、世論を抑えきれないと踏んで、各メディアの上層部も権力者の要請を却下することになった。

この流れに逆らえば、永久に市民からの信頼を得ることが出来なくなる。
今まで世の中の動きを造り続けていたメディアも、ホシノアキト関係で信頼を失い、
全世界で起こっている前代未聞の、全世界的な平和活動を封殺しようとすればそれこそ暴動になりかねない。
権力者たちも、これを受け入れざるを得ない状況になった。

でも、馬鹿げてる。
争いを拒もうとしても、いずれ自分たちの都合で再び争いは始まる。
それはどうやっても覆しようがない。

戦争が起こらなかったとしても、大きな力を持つ勢力が、企みに長じた人間が、
人ひとりくらいなら事故や事件に見せかけて消したり出来る。
そうでなくても、誰かの人生を狂わせて再起不能に追い込むことも、死に追い込むこともできる。
自分にとって不都合な人間を消そうと目論む人間は、消えない。

戦争が終わっても結局裏で人々は争う。
直接的な戦争が終わって『冷戦』という別の戦争が始まるだけなんだから…。
そんなことはその辺の中学生だって知ってる事だわ。

そう、当たり前のことのはず…なのに…。
平和活動が、ホシノアキトの死亡によって不安定になった彼らの気持ちの矛先のぶつけ先を与えていた。
平和を創り、戦争を根絶することで、自分たちが無意味に何かを失わない世の中を作る。
この目的のために、揺るがないほどに人類は心を一つにしていた。

…こんなこと、こんなことあり得ないのに!!

綺麗事がまかり通る世界なんて、あり得ないのに!
勝手な理屈で、残酷な方法で人生を奪い去った連中を、許せるはずがないのに!
被害者になったら、許していいはずがないのに!!


狂ってるわ、誰も彼もが!!
ホシノアキトに狂わされたのよ、みんな……!!


「…チハヤ、大丈夫?」

「…気分悪いから、ちょっと抜けていいかしら」

「付き添うわよ」

「要らないわ」

「チハヤ、付き添ってもらいなさいって。
 顔真っ青よ」

…私は重子に促されて、ライザに付き添われて会議室を出て自室に戻った。
ライザは私が考えていることが分かったのか、介抱してくれた。
そして…。

「チハヤ、しばらくアイドルを休んでもいいのよ。
 あなたの目的はテツヤで、アイドルをすることじゃないでしょう?
 …時が来るまで休んでたって誰も責めないわよ」

「…。
 あんた、恥ずかしくないの。
 元殺し屋が反戦って。
 …全然遠い存在じゃない」

前と同じような問いをしてしまって、私は自己嫌悪に陥っていた。
こんなこと聞いても、ライザは揺るがないのが分かってるくせに。

「…矛盾はしてると思うけど、本心でそうしたいと思ってるから。
 そうしないと、いられないの」

「…本当にイライラさせるわね。
 人殺しの偽善を、すがすがしい言い方で誤魔化すんじゃないわよ」

…綺麗事以前の論理よね、ハッキリ言って。
ライザが本当にホシノアキトたちに恩義を感じて、影響を受けてこうしているなんて信じられないわよ。
もっとも、私があいつらが偽善者だと思ってるからで…信じたくないだけかもしれないけど…。
でも…ライザのことは、なぜか信じられている…助けてくれるって言うのを、真に受けていられる。
…どうして。

「…私はテツヤの力になりたいって思って、本心で殺し屋を続けた。
 選択権があるように見せられて騙されたけど、引き金を引いたのは紛れもなく私。
 
 あなたが言う通りの最低の人殺し、だけど…。
 
 私と同じような思いをする人が、ちょっと減ったら嬉しいとも、考えてる」

「やっぱり偽善じゃない」

「偽善でもやらないよりはマシだと思うわよ。
 …あなたはどうなの?
 
 私と同じ人殺しになってでもテツヤを殺したいんでしょう。
 
 私はあなたの気持ちが晴れるならそれでもいいし、
 元殺し屋の、人殺しの私が止める資格はないけど、
 私の偽善の矛盾を突くなら、チハヤの考えも聞かせてほしいわね」

「それは…」

私は…揺れている自分に気が付いている。
ここの連中のしていることに、そしてライザのしていることを、偽善で無謀なことだと思っている。
でもそれ以上に、チームメイトとなったゴールドセインツのみんなに安心感を得ることができていた。
自分でも気づかなかったけど…ライザにすべてを話したあの夜、それを明確に感じた。
ライザに胸の内をすべて吐き出したら、妙にスッキリしていた。
そして協力してくれると言ってくれたことが、とても嬉しかった。
そんな人と出会えなかったのも…今まで私以上にすさんだ人生を送った人と出会えなかったのも、あるけど。

テツヤにすべてを奪われてから失われた青春…。
普通の女の子らしい生活も、友達も、打ち込む事も失っていた、私の数年。

それが、ここには全てある。

これを失ってまで、最低な両親のためにテツヤを殺すことに意味はあるのか…。
そう思うほど、安心している自分がいる。
でも…。

「…あいつ、私に乱暴したの。
 肉親だって知ってるくせに」

「…そう」

「父さんも母さんも殺されて、乱暴されたあの時のことを…。

 ずっと…何年も…夢に見るの…。

 何も知らないで幸せそうにしてる私が許せなかったのか、
 父さんのすべてを壊したかったのかは知らないけど…。

 私、もう普通には戻れないんだって…。

 普通の恋も、普通の将来も、夢も、希望も…。
 
 何にも、ないんだって…。
 
 あいつを殺さなきゃ…何にも取り戻せないって…」

何で私、こんな話をしてるんだろう…。
ライザはただ、聞いてくれてる。
私は安心してるのか…どうなのか…。
涙が、こぼれているのは…悲しいからなのか、分からないけど…。

「…チハヤ。
 テツヤは殺されても仕方ないクズだと思うわ。
 人間一人を、単に死ぬよりも苦しめて、地獄に落とす。
 周りの人間も、何もかも、完全に壊す。
 世の中の誰もが、二度と認めない存在に貶める…。
 そして私はそれに手を貸してきた。
 
 …あなたがテツヤを殺しても、誰も責めないわ。
 私も責めない。
 
 だけど、人殺しにはなる。
 私と同じ、最低の人殺しに。
 
 …その覚悟だけは出来る?」

「…親が悲しむとか、復讐は何も生まないとか、言わないわけ?」

「あなたが家族にいい思い出がないのも、
 そもそも人並みに思い出がないのも話を聞いていれば分かるわよ。
 …私だってそうだもの。
 
 だからそんなありふれたこと、言わないわよ。
 でも、自分の手が汚れてるって気づく時のことだけ教えておくわ。
 
 普通の…人を殺したことのない人と接した時にね。
 やさしくされた時、恋をした時、体を重ねた時…。
 
 相手に拒絶されてないことに、違和感を覚えるようになるの。
 手に触れる時、心が動いた時…ふっと心の底が冷えてしまうの。
 
 ああ、私はこんな素晴らしい人と一緒に居てはいけないんだ。
 この人は、もっとふさわしい幸せがあるんだ。
 
 …そんな風に、思うようになる。
 
 チハヤ、あなたはそう思ったこと、ある?」

「…ない」

…そんなことなどはなかった。
人を殺したこともない私には、分かりっこなかった。

ただテツヤにすべてを壊されてからの私は…。
自分に価値がない、普通の恋愛も、普通の人生もないんだって思うだけだった。
たまに誘われても、今一つ乗り気になれない。
テツヤを追うことに時間を割かないといけないって、ずっと頭の隅に居座ってて…。
でも、そんな余裕がない状態では、何もうまく修められることはなかった。
だから、私は…。

「そうなりたい?」

「…なりたくは、ない。
 でも…」

…テツヤを追ってきた今までの人生を、そう簡単に捨てきれるものじゃないわ。
でも最低なテツヤを生みだし、さらにゆがめたのは私の父さんで…。
母さんも、ひょっとしたらそんな父さんのしてきたことを知っていたのかも。
二人とも最低で…何も知らなかったのは私だけだったとしたら…。

でも、私がひどいことをされたのも事実で…。
テツヤをこの手で殺したいという気持ちは、まだ収まらない。

「…私が、撃とうか?」

「…もう人殺しだから、一人や二人変わらないって言いたいの?」

「ううん。
 ただ…チハヤは、私よりは幸せになれそうだから…」

…。
そんな風に言ってくれるの、むず痒いな。
嬉しいのかもしれないけど、そんなに明るい話題じゃないから。
実のところ…まだ、迷っている。

ここに居たい…すべてを取り戻せるかもしれない…。
でもテツヤを殺したい気持ちを捨て去ることなんて…。
…すぐに結論は出せそうにない。

「…保留していい?
 アイツに会って、気が変わらないなら撃つ」

「そんな半端な覚悟じゃ、殺されるわよ」

「…一応、アイツは私に命をくれるとは言ったから、信じてみる。
 アイツを信じるのはこれが最初で最後。
 絶対に裏はあると思うけど…」

「分かった。
 …じゃあ、時が来るまで休んでなさい。
 私達も命を狙われるかもしれないんだし、
 ステージじゃディストーションフィールドはあるけど、絶対安全ってことはないから。
 ここで寝ていた方がマシよ」

「…ううん、出るわ。
 離れてる間にライザが殺されてちゃ、私もあいつを殺せなくなる。
 ライブ中に襲われるようなことがあったら、連れて逃げてやるわ」

「…そ」

「…でも、会議の方はこれからも出ないから、後で教えて。
 平和とかどうとか、偽善者に付き合うのは疲れるのよ」

「はいはい」

ライザはすぐに私の部屋から出ていった。
…ライザって表面上クールだけど、面倒見がいいわよね。
私以外にも結構気を遣ってるし…聞き上手だし…。
…なんか、ホシノルリに似ているって評判だったけど、ルリもこうなのかしらね。
まあ、でも…。

…悪く、ないかな。


















〇宇宙・木星宙域・ナデシコ艦隊・ナデシコB───ムネタケ
私達はついに半年の航海を終え、木星にたどり着いた。
火星逗留中に極右勢力に攻撃されかかったことや、ナデシコDの草壁夏樹暗殺事件、
そしてホシノアキト撃墜によるショックで艦隊全体が数日機能不全に陥った事はあったものの、
戦力的な欠けはなく、ほぼ無事に到着できたと言っても過言ではないわ。

この戦力なら、間違いなくアイアンリザードに勝てる。
ナデシコ級と、ユーチャリス級で固められた、間違いなく最強の艦隊…。
しかもルリの説得のおかげで、
地球のため、ホシノアキトのためにも勝って見せると兵士たちの士気は高い。
地球の空前の平和活動に触発されたのもあって、落ち込んでいた彼も、彼女らも、盛り上がっている。
そして…。

『皆さん、お元気ですか?
 ホシノルリです。
 
 ちゃんと眠れましたか?
 ご家族や、ご友人とはお話できましたか?
 
 ついに決戦の時が来ちゃいました。
 地球が、火星が、木星が、太陽系すべてが、
 本当の意味で平和を取り戻せるかどうかは、この戦いにかかっています。
 
 でも、艦隊の皆さんに、一つだけお願いがあります。
 
 どうか、みんな死なないで下さい。
 
 ホシノ兄さんの分まで戦ってくれるのは嬉しいですけど、
 ホシノ兄さんが一番嫌なのは自分のせいで誰かが死ぬことなんです。
 もちろん、できればヤマサキ博士も生け捕りにして下さい。
 
 私達は憎しみで誰かを殺すことをやめなければいけません。
 ヤマサキ博士が全人類を巻き込んだ戦争を、一人で続けた罪は、
 とても償い切れるものではないと思うかもしれません。
 
 それでも私達は、彼に正当な法の裁きを受けさせるんです。
 そうでなければ意味がありません。
 
 憎しみで、独断で、誰かがヤマサキ博士を殺したとすれば…。
 この平和のための戦いも、過去の戦争と同じだったと記録されることでしょう。
 
 木星戦争の真の姿を知るためにも、
 ホシノ兄さんの一件がヤマサキ博士の仕掛けたことなのか知るためにも、
 重要なことなんです。
 
 この一戦が、真の…平和を創る戦いになるんです。
 
 …でも…きっと、どんなに頑張っても、永久の平和は作れません。
 
 いつかこの平和の尊さを忘れてしまう時が来てしまいます。
 現実は映画のように甘くはないです。
 
 でも…。
 できることなら、できるだけ長い平和が欲しいと思ってます。
 ですから、力を貸してください…。
 
 最後にホシノ兄さんの、あの映画の言葉を借りて、激励させてください。
 
 

 …いいですか、ナデシコ艦隊の皆さん!
 
 時は来ました!
 
 人類解放の時が!
 平和をつかむ時が来ました!
 
 これが正真正銘、最後の戦いです!
 最期の戦いに、しなきゃいけないんです!
 
 私達、ナデシコ艦隊は死を恐れませんが…!
 
 同時に殉死は認めませんっ!
 
 
 …全員で生きて帰って来て下さいッ!』




『『『『『『『『うおおおおおおおおおおお!!!!』』』』』』』』



………どいつもこいつも百人力…いえ一騎当千の戦士にでもなったような顔してるわ。
男も女も老いも若きも、ルリの激励の言葉に背中を押されたみたい。

これは効いたわね。
こういう時、一人や二人は浪漫気取って、無意味に特攻やらかすバカが出るもんだけど、
ルリにお願いされちゃ無茶しなくなるわね。

普通は激戦になれば、死人は出るのが当然だけど…。
これなら本当に全員帰ってくるかもしれない。
…作戦を立てる私も腕が試されそうね。

本当は艦隊司令の私が前に出るべきなんだけど…。
…本当にホシノアキトが死んでたら、ヤマサキ博士のせいだったとしたら弔い合戦になる。
それに私みたいなおっさんが激励するより、英雄の妹の、平和を願う言葉の方がいいに決まってるわ。
さて…やらなきゃね。

「ラズリ、予定通り第三艦隊の艦隊指揮は任せるわよ。
 ルリとハーリー坊やは、突出する第二艦隊の支援のため、
 ナデシコCの情報処理能力をフル活用して、戦況を把握することに努めて。
 ラピスはルリたちの情報処理が追っつかない時に援護に出るまでは休んでなさい」

『了解です』

『はぁーいっ!
 ラズリ、了解でーす!

 …っていっても、私とラズリは身体一個だから休めてないんだけどね』

ルリとラズリの返事の後、ぼやくようにラピスがつぶやいた。
こんな二重人格って珍しいけど…大変そうよね。

『全艦に通達するわ、ムネタケ提督よ!
 お姫様達の護衛をしっかりなさい!
 ナデシコC・ナデシコDがダメージを受けて、
 オモイカネシステムの索敵能力が落ちたらこっちのレーダーは半分以上死ぬと思いなさいよ!』

『了解ですっ!
 ダイヤモンドプリンセスたちには指一本触れさせませんっ!』

『近づけやしませんよ!
 これだけのナデシコ級とユーチャリス級の数で倒せない敵など居るはずがありません!
 数百のグラビティブラストで打ち砕いてやりましょう!』


『だったら構わないわ!
 けどフレンドリーファイアだけには気を付けるのよ!
 
 敵はいつもと変わらず無人機動兵器!
 
 手心は無用!
 
  

 あの狂った科学者の野望を、叩き潰すわよッ!』



『『『『『『了解ッ!!!』』』』』』




さて…敵はどうでるかしらね?
本気で来るなら例の『ヤマタノコクリュウオウ』の群れでも出すはずだけど…。
あれを積極的に量産しないのは資源不足という説が濃厚だけど、
ここにアイアンリザードの全戦力があるとしたら、
ナデシコ艦隊の到着するまでに戦いがなかったことから推測すれば、
半年もの間、ノンストップで機動兵器生産を続けていた可能性はあるわけだけど…。
いえ、木連の情報提供によると、木星の機動兵器は百年近く作りためてようやくあの数らしいから、
半年そこそこではどれほどの準備ができているかは不明だわ。
この五年地球を襲撃してきた鳥獣機も、生産するのに時間がかかるとかでだいぶ数は少なかったし…。
まずは、ルリとハーリー坊やの二人に、出来る限りの敵の戦力分析をしてもらうしかないわね。
この戦い、月の攻略戦以上の戦いになるのは間違いないし…。

だけど、こっちには勝算がある。

敵が戦術を知らないど素人の科学者だってバレてる以上、こっちだって対策出来るわ。
五年前は木連の攻撃計画書に従っていたものの、鳥獣機の登場以降はヤマサキ博士の素人戦術。
チューリップ一個ずつで戦力の逐次投入なんてポカをやらかしているくらいだもの。
しかも、こちらの戦力のナデシコ艦隊がすべてナデシコ級とユーチャリス級でまとまってるのが最高なのよ。
何しろ…。


「いい!
 全艦、足並みをそろえるのよ!
 
 何度も全艦訓練でやった通りに、まずはグラビティブラストの雨あられを喰らわせる!
 
 かつての…ビーム兵器主体だった頃の、艦隊戦術が使えるわ!
 
 敵の戦力を、遠距離から徹底的に削いでやろうじゃない!!」


そう───。
火星の初戦ではバッタにさえ、戦艦の主砲級だったビーム兵器が通用しなかった。
あの時から、完全に艦隊戦のセオリーが使えなくなり、武器も実弾兵器で戦うしかなくなった。
ビームはほぼ完全に無効化されて、ミサイルも威力が半減する…。
通常の艦隊でも、かなり近距離の戦いを強いられ、艦載機のパイロットにほとんど捨て身で戦ってもらうしかなかった。
でも、今は違う。
ナデシコ級とユーチャリス級の、暴力的なまでのグラビティブラストが、これだけそろえば───。

かつての大艦巨砲艦隊の戦術で、圧倒することだって可能だもの!!





















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回も動きはあるものの結局幕間回になってしまいました。
キャラ数も多ければ、退場してるのが主人公格ほか二名だけなのでもう話が膨らむ膨らむ。
急に事件が起こってたり、やけくそになり始める人も居たり、
恋愛全開だったり、地球の平和活動が活発になったりで、ちょっとわちゃわちゃしてます。
平和活動の下りは普通は意図的に利用されることも多いし、ちょっとあり得ないかなとは思いつつも、
木星戦争自体が地球全土を巻き込んでるので、そっちも状態的にありえない(地球の全国家VS木連の構図だったし)、
そもそもアキトの英雄ぶりも通常ありえないので、
起こりえないことが起こる条件がそろってるってことでひとつ。
リアリストのルリちゃんは普通に「どんなに頑張っても、永久の平和は作れません」って断言してますけど…。
とはいえ、全人類は戦争の現実を思い知って、誰かに振り回されて命を賭けるのは嫌だ!
と、TV版ナデシコの最終回のアキト達の気持ちと同じになれたのかなーと。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!













〇代理人様への返信
>まあこんな感じかなあと言う回。
>合間回は正直感想書くのが困るw
もうちょっとカットしたいけど、書かないと気が済まない、
書かないとエピソードが書けなくなる、みたいなジレンマの末の決断でした。
まあ、もうちょっとで激闘開始なので。(で今回も幕間回)





>>メガノイド北辰
>あれは結構納得したw
>その後の「我と勝負せよ復讐者」と出てきたのを「お前なんかもういい、邪魔だからどけ」ってアキトにあしらわれたのも痛快。
二次創作では本当に恨まれてるのにまさかの展開ですよねw
でもTV版アキトの性格から逆算すると、確かにあっさり対応しそうな気もします。
本気で怒ったり憎んだりしてても、意外とスッと離れるんですよね。

…うーん、アキトって良くも悪くも大切な人以外にはこだわりがないのかも?













~次回予告~
ラピスだよっ!
さて、皆さんお待ちかねっ。
ここにありますは、猫が押し込められた箱!

箱の中身は生きた猫か死んだ猫か、箱を開けるまでは分からない。
状況的には酸素不足で死んでる時間。だけど死んでるという確証はない。
もしかしたら空気穴があるのかもしれないし、毒が入っていて酸素関係なく死んでるかもしれない。

そう、爆発したシャトルに入ってる人が生きてんだから、
あの状況で生きて立って不思議はないよね?

でも、私は本当にアキトとユリが生きてるかどうかはまだ知らないんだ。
それじゃ、箱を開けてみよっか?
本当に猫が入ってるのか、玉手箱なのか、宝箱なのか、それとも───。

───もしかしたらパンドラの箱なのかもしれないけどね?



次回、











『機動戦艦ナデシコD』
第九十一話:diktat-独裁的な決定-













をみんなで見よーっ!


































感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想
冒頭を読んでてヒカルの碁ならぬヒカルの原稿というフレーズが脳裏に。
はいどうでもいいですねすいません。

幕間回なのでクリムゾン達いきなりアホになったなあくらいの感想しか出ないw


>アキトって良くも悪くも大切な人以外にはこだわりがないのかも?
脚本が統一されてないからキャラがブレて(ry





※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL