〇地球・佐世保市・喫茶『ムーンナイト』──ナオ
俺たちは、全世界的に放映されているチャリティーコンサートを見ていた。
久しぶりに、元気そうなあいつを見て、俺もつい笑っていた。
ああ、ホント不死身だぜ。ホシノアキトって男は。

「きゃーっ!
 ホントに生きてたっ!
 ナオさんの言う通りだったね!」

「ええ、本当ね」

「だろぉ?
 あいつは殺しても死なないって」


うおおおおおおおおおお…!!
きゃあああああああああああ…!!



怒号のような歓喜の叫びが、町中に響いてる。
もう全世界が同じなんだろうな。
英雄の復活に沸くしかないよな、こんなことになったら。
例の投票アプリでも、反戦者の割合は99.99%まで上がっている…。
もはや、メディアがどれだけ煽ろうがこれは揺るがないだろう。
あと一歩…アキトが無事に戻ってきて、木星の戦いがしっかり終われば、きっとなんとかなる。
あっちの戦況は厳しいかもしれんが、本当にあと一歩だ!

アキトが地獄を味わった、あの未来が上書きされて…。
ついに戦争が、なくなる。

時代が、変わるんだ!!

















『機動戦艦ナデシコD』
第九十ニ話:Dismembering the secret-秘密の解体-



















〇地球・東京都・アイドル合宿所『大和』・事務所──眼上

「はいはい!
 それじゃアキト君のスケジュールはばっちり確保してあげるから、
 だからしばらくそっとしてあげてちょうだい。
 もうユリさんだって臨月でいつ生まれるか分からないんだから。
 こんな大事なところで邪魔しちゃ可哀想でしょ?」

『ありがとうございます、眼上さん!
 英雄のためなら各局抜け駆けなしってことでうちの局も納得済みです!
 楽しみにお待ちしてます、はい!』

…ふう、ようやく電話がさばき切れたわね。
アキト君が生きてるって聞いたらみんな現金なんだから…。
もう少しでアキト君のステージが終わっちゃうじゃない。
チャリティーコンサートのにアキト君が映り始めてからという者、
次から次へとアキト君の持ち番組の復帰の約束を取り付けようってテレビ局から連絡が来たわ。
今回の場合、事情が事情だから仕方ないけど…。
死亡によって契約が打ち切られたって扱いになったらと困るって焦ってるのよね。
黙っといたのは悪かったけど、私もアキト君もそんなに薄情じゃないのにねぇ。

…でも、本当に元気そうでよかったわ、アキト君。
佐世保のコスプレ喫茶のみんなも、芸能界もすっかり元気がなくなっちゃってたもの。
ゴールドセインツのみんなも、ファンのみんなもこの二ヶ月くらいはまさに「お葬式状態」だったし。

実は私だけ、アキト君生存を示す『世紀末の魔術師』の広告を打つ関係で、
三日くらい前にピースランドから連絡もらっちゃってたから、生存を知ってたりなんかしちゃってて。
あとでゴールドセインツのみんなに怒られたら困るから黙ってるつもりだけどね、うふふ。

「…いい顔するようになったわね、アキト君。
 ちょっとくらいは、芸能界好きになってくれたのかしらね?」



















〇地球・沖縄・ビーチ──フクベ元提督
私はラジオを聴きながら日光浴を楽しんでいたが…。
ラジオから流れる、例のチャリティーコンサートの音声で、アキト君の生存を知った。
ふふふ…ミスマルから連絡が来たと思ったら、こういうことか。
いや、全く。
相変わらず愉快痛快な男だ。
世界を牛耳っていた連中はさぞ悔しがっておるだろう。

…あの連合軍上層部の老人どももな。
いや、そんなことよりも…。

「…お帰り、英雄」

あの英雄が無事に戻ってきたことを、心から祝おう。
彼は未来の後悔を進む力に変え、世界を平和に導き、革命した…。

この世の誰よりも、幸せになる資格のある男なのだから…。


















〇???


『『『『『『『なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいっ!?』』』』』』』



とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
軍の上層部の人間をも含む、かなりの大企業の要人、政府要人などが集まっている。
クリムゾンを筆頭とする、木連と手を結んで利益を共有するために同盟を結んでいる人物たちである。
だが、彼らは口をあんぐりと開いて唖然としていた。
アキトが生存していただけではなく、アギトがアキト側の勢力の人間だと明かされ、
しかも自分たちがなりふり構わずに仕掛けた虎の子の、木星兵器を呼び出せるチューリップを、
ワレモコウが次々に撃破して、アリーナに向かえない状態が続いている。
考えうる限り、最悪の事態が起こっていた。

『こ…これでは、我らのしたことは…。
 全くの無意味だったというのか…』


『…それどころか平和主義を叩き潰そうとして、
 自らが窮地に陥る行動をとっていたとはな…。
 
 

 忌々しい若造がっ!!
 
 アギトはホシノアキト側が有利になるために造ったクローンじゃないのか!?
 
 こんなタイミングよく、しかも協力者として出てくるわけがなかろうが!?』


『ええい、弾道ミサイルを撃ち込めないか!?』



『ダメだ!
 前回の反省で動かせる弾道ミサイルは準備したが、ネット回線がつながらん!
 ラピスラズリ誘拐の時と同じでネットがパンクしているせいだ!
 衛星回線すらも阻害されて…いや、ハッキングされている!?
 他の回線はホシノアキト復活のニュースやらで前回以上に余裕がない!
 前回と違うのは我らのサーバーも強化してあるから落ちんが…。
 これではどうやっても手が出ないぞ!?』

『もはやこれまでか…!?』





















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・飛行機停泊所

「隊長!総員、準備出来ました!」

「…ご苦労。
 ホシノアキトが復活するという情報があったのは聞いたな…?
 我々、二代目『黄昏の戦団』の思想の正しさを知らしめるため…。
 
 

 あの偽りの英雄と、その信者どもを皆殺しにするぞ!」


「「「「「うおおおおおおおおっ!!」」」」」



雄たけびを上げる、戦闘服に身を包んだ男たち。
彼らは黄昏の戦団──ラピス暗殺のために危険なウイルスを調達した過激派テロリストだった。
かつて捕らえら服役した彼らの血縁者で、その意思を引き継いで五年もの間、戦闘訓練と仲間集めに終始していた。
そしてついに絶好の機会を得て、この場に集まっていた。
銃器を片手に、テロリストたちは歓声を上げてアリーナに向かおうとした。
だが──。


「ずいぶん楽しそうだな。
 祭りでもあるのか?」


「「「「ッ!?」」」」


突如彼らの後ろから聞こえてきた、女性の声。
ハスキーなその声に含まれた、今まで感じたことのない寒気のする殺気を感じ、
二代目黄昏の戦団の戦闘員たちは金縛りにあったように動けなくなった。

そしてその姿が見える場所まで、彼女が歩いてきた時、
戦闘員たちは目を見開いて驚愕した。

「お、お前は──!」

「表世界でも裏世界でも名うてのガードとして名を馳せる女!」

「時に弾丸すら素手で受け止めたと噂され!」

「時に数百人の武装集団を一方的に蹂躙し!」

「時に赤い金色の光とともに物理法則を無視した動きと、破壊を起こし!」

「女でありながらホシノアキト、テンカワアキトと互角以上に渡り合う!」


「『深紅の羅刹』!」


「「「「「スバルホクトだと!?」」」」」


「なぜ貴様がここに!?」



「ずいぶんだな、ホシノが生きてたんだから俺も生きてるに決まってるだろう。
 誰の差し金か知らんが、英雄の帰還の祭りを邪魔するとは無粋な連中だ。
 …なんとなく察しはついている、どこかの誰かにそそのかされたんだろうがな。
 可哀想に」


「「「「「なっ!?
 我らを愚弄するか!?」」」」」


「ええい、かまうな!
 
 どれだけ大げさな噂が流れようと、こちらを委縮させるためのハッタリにすぎん!
 
 これだけの戦力差があって、一人に負けることなどあるか!?
 
 どれだけ鍛えていようと所詮は女だ!
 
 身体のどこかに弾が当たれば、泣いて命乞いを始める!
 
 身ぐるみ剥いで、女に生まれたことを後悔させてやれッ!!」



「あァッ!?」



「ひぃっ!?」



隊長が吐いた言葉に北斗は激昂した。
にらまれた隊長は、失禁した。
北斗を女性として軽く見る、舐めた態度で見るというのは最大のタブーだった。
彼女にとって性同一性障害はコンプレックスであるものの、それ自体はすでに受け入れている。

だが、北斗にとって「女性であったために」直接の実力ではなく、
純粋な体格差で負けたテンカワアキトとの最初の一戦だけは、彼女のプライドをかなり傷つけていた。

北斗は体格差をひっくり返す戦いをするために、
女性向けであるとバカにしていた木連式柔・軟式でさえも習得した。
その甲斐あってホシノアキト・テンカワアキト両名にも最近では勝ち越している。
それでも最初のテンカワアキトとの一戦だけは、消しようのない心の傷として残っていた。
北斗はこの傷を無神経に触れられたことで、誰にも見せたことのない形相で激怒していた。
直後、すぐに北斗は苦虫をかみつぶしたような表情でため息を吐いた。

「アギトの援護に行くことになっていたから、急ぐつもりだったが…。

 お前だけは念入りに苦しむ奴を叩き込んでやる!
 
 それとついでに…。
 
 喜べ、お前らも祭りに参加させてやるよ。
 
 こんな派手な祭りになったんだせっかくだからな。
 だがお前らが参加するのは…。
 
 

 血祭りだがな!!」


「「「「う、うわああああ!!」」」」



二代目黄昏の戦団は北斗の殺気に当てられ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
彼らは百人弱の人数だったが、誰一人として北斗の殺気に耐えられるものは居なかった。
それもそのはずで、この二代目黄昏の戦団は町の喧嘩自慢や、チンピラの延長線上に居る人間が多く、
従軍経験のある教官こそ居たものの、実戦経験はほぼなかった。
そんな素人の彼らでも北斗の殺気を向けられると、
彼女の噂がすべて嘘でも誇張でもないと気づき、逃げ出すしかなかった。
だが──。


「はあっ!」


どごぉぉおんっ!


「「「「うわああああーーーっ!?」」」」


どさどさどさどさっ!?



北斗は固く拳を握りしめ、赤い金色の昴氣をまとい、飛行機停泊所のコンクリートの足場にたたきつけた。
砕けると思われたコンクリートは砕けず、地を伝うように力が走り、黄昏の戦団の戦闘員たちの脚に伝わった。
すると逃げ出していた彼らは、垂直に打ち上げられるように高く打ち上げられた。
建造物の三階程度の高さに上がった後、彼らは次々に地面にたたきつけられた。
ヘルメットや膝ガード・肘ガードなどを装着しているので死ぬような怪我ではなかったが、
骨折や打ち身を負って、悶絶した。

「「「「ぐああああ…」」」」

「な、な、な…」

「昴氣のちょっとした応用だ…。
 俺の昴氣は筋力を強くする効果がある。
 地面伝いに走らせた昴氣で全員の脚力をちょいと強化して、
 ついでに軽く地面を震動させてやったらこんな具合に上にぶっ飛ぶわけだ。
 
 だが…お前だけは外してやったぞ。

 …で?
 
 誰が、誰に?
 
 女に生まれたことを後悔させるって?」


「ひ、ひ、ひぃっ!!」


「お前、男だよな?
 女の俺と違って、ちょっとやそっとじゃ泣かないんだよな?」


「ご、ご、ごめんなさい!
 お許しください!
 命だけは」

「…そうかそうか。
 無礼を詫びる気になってくれたか。
 じゃあ命は取らない程度で勘弁してやる。
 
 だが…。
 
 …死なない程度、なら。
 
 

 生まれたことを後悔するくらいの痛い奴でも、いいよな?」


「いいいいいいっ!?


 が…。
 

 ぎゃああああああああ!?」



北斗が隊長に近づいて腹部にそっと触れると、
隊長は目を見開いて痙攣を起こしながら絶叫した。
もがく隊長を唖然とした様子で戦闘員たちが見つめている中、
北斗は叫び声にいら立っているように隊長を見やった。

「それくらいで喚くな。
 昴氣で刺し傷の感覚を与えてやっただけだ。
 俺の知り合いの、しかも女が五分も耐えられたんだ。
 お前もそれくらい我慢できるよな…?
 
 さて、と」

北斗は隊長から離れると、倒れ込んで怯えている戦闘員たちを睨んだ。

「全員、武装解除してそのまま伏せてろ。
 大人しくしていれば怪我の治療も頼んでやるが…。
 
 ──だが、逆らったらどうなるか分かってるよな?」

北斗の言葉を聞いた戦闘員たちは何度も頷いた。
そして何も言わずに、ナイフ、拳銃、ライフル、手榴弾などの装備を伏せたまま外すと、
両手を頭の後ろで組んでブルブル震えていた。

彼らは完全に戦意を失っており、そうでなくても全員重傷で立ち上がることはおろか、
銃を撃つのもおぼつかない状況で、痛みに耐えながら自分の装備を取り外していた。
もし逆らえば隊長のように幻の痛みを与えられて苦しむことになるのが分かったからだ。

「ち…」

北斗は小さく舌打ちをして、警備員を数名呼べるかとコミュニケで連絡した。
ワレモコウに乗っているアギトたちの実力なら心配はないだろうが、このアリーナに迫る敵の数が多い。
すでにこちらに向かっている増援が間に合うかどうかが怪しい以上、北斗が助けに行く必要がある。

だが、黄昏の戦団を生かしておくのはデメリットがある。
北斗が離れてしまうと、この戦闘員たちが大人しくしているとは限らない。
かといってこの場に北斗が残り、全員を見張り続けるのもアギトの支援を考えると問題がある。
とはいえ北斗自身もこの無抵抗の人間を百人も虐殺するのには抵抗があり、非常時であっても許されない。
あくまで地球上ではボティーガードとして動いているだけの身分であり、
戦闘状態ならある程度仕方ないとはいえ、独断で百人を殺したとなると問題になる。
そんなことは地球で五年も暮らしていれば、北斗も分かっていた。
北斗は折衷案として、一人一人丁寧に昴氣を送り込んで気絶させ始めた。
こうすれば殺さずとも、警備員たちが拘束するだけの時間は稼げる。
応援に来た警備員たちと協力して、戦闘員たちを拘束してからアギトを助けに向かう必要があった。
それでも、かなり時間のロスがあった。

「ったく…。
 本当はこいつら同士でお互いを拘束させれば楽なんだろうがな。
 さすがにそこまでは横着できん。
 さっさと終わらせてブラックサレナ改に乗らなきゃな。
 
 …その前に、あいつらが到着してくれるのを祈るか」






















〇地球・ピースランド・王城・謁見の間──ユリカ
私達は丁寧に護衛されながら、ピースランドの王城の謁見の間に通された。
と、思ったら従者の人が地下への隠し階段を開いて、下に降りるように言われて…。
その先にあるエレベーターでさらに地下に向かった。

「ね、ねえアキト…」

「…こ、これは」

エレベーターのガラスの外が、真っ暗い壁しか見えなかったはずなのに、
急に開けた場所に出てきて…巨大な格納庫が見えた。
そして、その先にあったのは…!


「「ナデシコA!?」」



私達は目を疑った。
ナデシコAは私達が下りた後、
一時はアキト君の実録朝ドラ『なでしこ』の撮影のために貸し出され、
その後はネルガルの研究用に解体しまったと聞いていたのにここに眠っていたなんて…!
従者の人は静かに二ッと笑っていた。

「こちらの格納庫は、本来は国の防衛用の兵器をメンテナンスするために準備されていたのですが、
 いざという時に備えて、ナデシコ級を再度組み立てられるように拡充しておいたのです。
 ナデシコAが解体されてから三年もの間、
 少しずつ部品を毎日他の物資に紛れ込ませて送ってもらい、
 気の遠くなる作業を続けて、秘密裏に作り上げたのです。
 ネルガルの研究所に送られたナデシコAのパーツは、整備の名目でナデシコA’のパーツと少しずつ入れ替え、
 今ではすでにナデシコA’相当のものしか残されていない状態だそうです。
 
 …さて、着きましたよ」

エレベーターが到着すると…ドアが開いて…。
その先に見えた顔に、私はびっくりして、呆けて…目に涙が溜まってくるのが分かった。


「お久しぶりです。
 ユリカさん。テンカワさん」


そう、ナデシコAが復活したってことは、オペレーターが必要になる。
ルリちゃんも、ラピスちゃんも、ライザさんもここには居ない。
そうなったら、誰がここにいるのか。
そんなの、ちょっと考えればわかるよ。

この二ヶ月、会いたくて会いたくてしょうがなかった…。
もう二度と会えないかもって覚悟するしかなかった…。

大事な大事な私の妹!
ユリちゃんが…!

ユリちゃんが私の目の前にいるんだもん!!


「ユリ…ちゃ…。


 ユリちゃぁ~~~~~~~~~んッ!!」


「ユリカさぁーーーんっ!!」


ぎゅっ!



私達は強く抱きしめあった。
大事な姉妹を失わずにいられたことを、喜ばずにはいられなかった。
お互いの大きくなったお腹を見て、涙がこぼれているそばから、笑顔もこぼれてきて…。

「ユリカさんも、テンカワさんも…。
 …お腹の子も、元気そうで」

「うんっ!
 ユリちゃんもね!
 会いたかったよぉお~…うぅぅ…。
 
 …でも、大丈夫だった?
 寂しくなかった?
 ずうっと、ここで隠れてたの…?」

「…はい。
 ずっとここに隠れてました。
 でも寂しくなかったです。
 私が到着した頃にはこの新ナデシコAも完成していたので、
 火星に向かう時とおんなじ感じで暮らしてました。
 アキトさんと二人きりで…静かに…。
 
 世界一の王子様を本当に一人占めして、幸せに暮らせてました。
 だから全然、平気です」

ユリちゃんはいたずらっぽく、嬉しそうにくすくす笑ってた。
…そっか、心配なかったんだ。
だよね、ナデシコAがあれば生活環境は問題ないもんね。
それになんだかんだ一緒に暮らしていても、
ユリちゃんってアキト君と二人きりの時間ってそんなに取れなかったし。
アキト君が食堂に、芸能界に、忙しくて…。
だからユリちゃん、ここまでの分を全部取り返すくらい幸せだったんだ。

アキト君もやっぱり生きてたんだ…。
良かった…。

「あ、そんなことより、早く来てください。
 アキトさんが先行してチャリティーコンサートの会場に乗り込んでるんですが、
 敵襲があって…アギトが戦ってくれるそうなんですけど、撃ち漏らしがあったら大変ですから」

「「え!?アギトって、あのホシノ(アキト君)のクローンの!?」」

「ええと、詳しいことは後です!
 私とアキトさんがどうして生きてたのかとかも、ナデシコAに乗ってからにしましょう!
 日本海のアリーナに急がないと!
 みんな先にナデシコAに乗り込んでるんですから!!」

「「は、はいっ!」」

ユリちゃんは相変わらずしっかり者だから、指示されちゃうとつい背筋が伸びちゃう。
私達は臨月だから走るわけにもいかず、ほんの少しだけ速足でナデシコAに乗り込んだ。

「いつまで待たせるの?
 妊婦が多いんだから、さっさと済ませるわよ。
 この中で誰か産気づいたらどうするつもりよ?」

『エリナ、まかせなさいよ。
 医務室にはアイちゃんとママと、イリスお義母さんの三人体制なんだから、
 全員産気づいたって対応して見せるわ』

「…アイ。
 あんた、段々と昔の面影が出てきたんじゃないの?」

「お帰り、かーんちょ!
 ユリユリ、お出迎えおつかれさま!」

「お久しぶりです、テンカワ夫妻。
 統合軍も今は急に動けない状態ですから、
 休暇をとってこちらに参加させていただきました。
 不肖、白鳥九十九…ぜひお手伝いさせていただきます」

『艦長、ひさしぶりだなぁ!
 ナデシコAも、エステバリスも整備はばっちりできてるぜぇ!
 一ヶ月前から乗り込んで、一人で全部やっといてやったんだから感謝しろよなぁ!
 こちとら連日連夜、徹夜が重なって寝不足だぁ!』

『整備班、地上残留組も今日は追っかけてきましたよ!
 疲労困憊の班長に代わって緊急修理はお任せを!』

『艦長、久しぶりぃ!
 私はパイロット復帰は難しいからエステバリス遠隔操縦で参加させてもらうよん!
 ネットゲームで鍛えた腕前、見せてあげるからね!
 締め切りが延びちゃったから遊びにきたよ!』

「…エリナさん、アイちゃん、ミナトさん、
 白鳥さん、ウリバタケさん、ヒカルちゃん…みんな来てくれたんだ…!
 途中まで飛行機一緒だったりもしたけど…。
 
 それに、ナデシコAの整備班のみんなに…えっ!?
 生活班の人達まで来てくれたの…!?」

ブリッジにたどり着いた私達を…懐かしいみんなが出迎えてくれた!
昨日まで一緒に戦っていたようにすら感じるのに、懐かしくも感じる…。
全員はそろわなかったけど、大切な仲間が…。

木星で戦っているルリちゃんとラピスちゃんも、パイロットのみんなも、
今アリーナに居るはずのアキト君も、ライザさんも、メグミちゃんも、
ジュン君も、ホウメイガールズのみんなも、
プロスさんも、ゴートさんも、ホウメイさんもいない。

でも、何とか参加できる人たちは、頑張って集まってくれた。
身重のエリナさんとヒカルちゃん、ミナトさんまで…。

「…ユリカさん、アキトさんたちを迎えに行くのを手伝ってください。
 どうやら、あっちでトラブルがあったらしいので、
 敵を撃退したらまた追っかけないといけなくなりそうです」

「…うん。
 忙しくなりそうだね」

「ほとんどアキトさんのせいでお祭り状態みたいですからね、世界中。
 アキトさんと私、さつきさんとレオナさん、それにナデシコAの復活まで続いてちゃそうですよね。
 …ドタバタしてて、ホント楽しいです。
 ナデシコAで過ごしてた頃を思い出しますね」

そう…私達って、いっつもドタバタ。
ナデシコっていっつもこう。
出発寸前に焦って乗らなきゃいけない。
大事な人たちを助けに、迎えに行かないといけない状況になっちゃう。

過去も現在も、たぶん未来もそう。
16216回の繰り返しも、ぜーんぶそう。
遺跡の私が見続けてきたひどい歴史の繰り返しの中でもきっと私達はドタバタしながら…。
大事なものを守るために、一生懸命だったんだ。
それが、どんな結果になったとしても、後悔しないために。
でも、今回だけは違うことがあるの…!

世界中がアキト君に味方をしてくれてる!
地球も、火星も、木連も!
敵のはずのヤマサキさんでさえもアキト君を殺そうとはしない!

ラズリちゃんに聞いた、ナデシコAの最後の孤独な戦いでも!
『黒い皇子』の陰惨な死闘でも!
ナデシコCの一隻だけの孤立無援の戦いでもない!

世界中を巻き込んでいるのに、アキト君の味方ばっかり!
敵がいないわけじゃないけどこれくらいだったら対処できるもん!

だから、今度こそ私とアキトが…!
ユリちゃんとアキト君、ラピスちゃんとラズリちゃんが!
幸せな人生を歩み続ける温かい未来、温かい時代が来るの!
せっかく復活したナデシコAだけど、もう二度と乗らないで済むようになるのが一番いいの!


『ハロー、ハロー!

 ハロー・ワールド!
 
 初めまして、こんにちは、お初にお目にかかります!
 
 ナデシコAに搭載されていた「オモイカネ」!
 
 ユーチャリスに搭載されていたオモイカネコピーの「オモイカネ・ダッシュ」!
 
 そしてボクがまったく新しくプログラミングされた、新種のオモイカネ!

 ボクは「シン・オモイカネ」!!
 
 どっちかって言うとビルドベースがブロスとディアに近いからちょっと違うよー!
 
 木星に出征している兄貴分たちに代わって、
 この新?シン?ナデシコAを担当させていただくことになりました!
 
 以後、よろしゅうおねがいしまっす!』


「…はぁ、ずいぶんノリの軽い。
 ダイヤモンドプリンセス作中の『キュッパチ』系ですね」

「あ、あはは、にぎやかでいいよね」

ユリちゃんは、あきれながら髪型をツインテールにセットしてる。
そしてオペレータ用のIFSに手をかざして、髪の色がプラチナブロンドに光り輝いて…。
たくさんの明るい、ちょっと面白いウインドウメッセージが宙にぎっしりと浮かんできて…!

…ナデシコAが、ついに完全によみがえった!!

「……行こう、ユリちゃん!」

「はいっ!」

「みんな、アキト君とユリちゃんのために…。
 ナデシコの思い出に導かれて、集まってくれてありがとうございます。
 
 私達は、昔と同じで『誰かを助けるための』戦い以外はしません。
 『誰かを傷つけて、自分たちだけが得を得る』ような戦いは、もうナシにしちゃいましょう。
 
 この世に生まれてくる命は…知らない誰かのために死ぬために生まれてくるわけじゃない。
 命の取り合いは、どんなことがあっても可能な限り避けないといけないんです。
 
 それが、自分の大事なものを奪おうとする相手であっても…!

 私も、アキトの子供を身ごもって…分かったんです。
 こうして…私の身体の中で長い時間をかけて育っていく、命のかけがえのなさに…。
 
 …失っていい命なんて、そうはないんです。
 この子が誰かに殺されたり、誰かを殺したら…。
 きっと私は二度と立ち直れなくなる。
 
 命を失うというのは…戦争をするということは…殺し合うと言うことは…。
 …そういう人を、幾人も生み出すということなんです。
 
 そんなことは、もう誰にもさせたくありません。
 …絶対にゼロには、できないと分かっていても。
 可能な限り、ゼロに近づけたい。
 
 この願いは、全人類の、この時代に生まれた私達の共通の願いになりつつあります。
 それが…どれだけ続けられるのか、分かりませんけど…。
 できるだけ、守っていきましょう。
 
 私達と…私達の、守りたい人達のために…。
 未来に生きる私達の子供と、同じ時代に生きるかけがえのない人々のために…!

 …アキト君が教えてくれた、大事なことです、から…」

私達には悠長に話している時間はないから今言えることを、簡潔に話した。
艦内のみんなは静かに聞いて、頷いてくれた…。
嬉しいけど…行こう!早く行かないと!

「聞いてくれてありがとう…。

 …それじゃ、頑張って行きましょう!
 
 機動戦艦ナデシコ…。
 
 
 はっしーーーーーーーんっ!」


私の号令とともに、ユリちゃんのIFS操作とミナトさんの操舵が始まって…。
深い深い地の底にあった格納庫の天井が開いて、ナデシコAが空に浮かんだ!

…これが最後。
どんなことになっても、これが私達の、最後の戦い!
そうしなきゃいけない!
そうでなければ、世界が戦争を捨てることはできない!

だから…うん?

…ふふ。
そうだよ。そうだよね。
私とアキトの大事な赤ちゃんも、お腹を蹴って答えてくれてる。

そうなって、欲しいよね!
平和な世の中に生まれて、温かく楽しく育ちたいよね…!

この子のためにも頑張らなきゃ!
ユリちゃんと一緒にお母さんになるんだから!


「…おーい、ユリカー。
 俺、ブリッジから出るタイミングつかめなくて、戦闘配置につきそこねてるんだけど…。
 い、行っていいよな?」

「…テンカワさんのマヌケ」

「ゆ、ユリさん、きついっす…」




















〇地球・東京都・晴海埠頭周辺道路──アカツキ
僕たちは、ラジオでホシノ君のあまりうまくない歌声を聴きながら、
サヤカ姉さんとムトウ社長が居る晴海埠頭に急いでいた。
僕の信頼できる部下二人は、ホシノ君の生存にひどく驚いていた。
そりゃ中々信じられないだろうね。
僕も表立ってはホシノ君に協力しているようには見えないように努めていたし。
僕だってホシノ君が生きてると信じていたとはいえ、生存していると直接聞いてるわけじゃなかった。
僕に連絡が行くだけでも、バレかねないからねぇ。
例の『世紀末の魔術師』の広告が出るまでは確認できなかったんだよね。

「…本当に生きているとは」

「あの状況で生きているとは、どんな手を使ったんだ…?」

「僕の言った通りだろう?
 あの程度で死ぬホシノ君じゃないって。
 どんなことがあってもヘラヘラしながら戻ってくるんだよ」

と言いつつ、僕は心の中で「…昔と違ってね」と付け足した。
…本当に黒い皇子のような性格じゃなくなって良かったよ。
元々の性格とか考えると、下手したらそのままどこかに消えそうだからね、ホシノ君は。

とはいえラピスとその共犯者の考えた計画は大当たりだったね。
僕も結構力は貸したけど、ほぼ理由も計画も聞かされないまま、
資金や資材の提供とか仲介役みたいにしてることが多かったから、
どうなってるのかまでは知らなかったんだけど…。

…あの共犯者のことだから、気づかれずにやってこれたんだろうけどね。

これで…ちょっとは安心して、目の前の出来事に集中できるってもんだよね。
サヤカ姉さんとムトウ社長の命がかかってるんだ。失敗できない。
そろそろ、行かなきゃ。

「プロス、ゴート。
 シークレットサービス部隊をいつでも動かせるように頼むよ。
 僕もしぶといけどあんまり長時間は持たないだろうからね」

「「はっ」」

さて…敵もやぶれかぶれで襲い掛かってくるだろう。
だけどホシノ君が生きて帰ってきた以上…。
年貢の納め時ってことにならないようにしなきゃね…!














〇???──テツヤ

「く…くくくくく……はははははは…!
 やっぱり、そういうことか!
 

 想像以上だぜ、英雄!!


 お前は偽善を見せびらかすだけじゃ飽き足らず、
 こうして喝采を浴びに戻ってくる恥知らずか!!


 …このペテン師がっ!」



俺は眼前のモニターに映る、ホシノアキトを見ながら、笑いが抑えきれなかった。
ホシノアキトが本心から平和を祈っているのは、直接話した俺には分かる。
だがアギトと結託して死を偽装して、世の中を和平に先導して…。
その挙句に戻ってきて英雄としての評価を得ようとしているとなれば、
やはりホシノアキトはとんだペテン師だ。

戻ってこなければ顔でも変えて、望み通り『食堂のオヤジ』で居られただろうにな。
どんな理由があろうと、こうして堂々と戻ってきた以上、そんな気はさらさらなかったと言うことだ。
もしコックと英雄、ついでにアイドルまでを両立しようとしているならとんだサイコパスだぜ。
コックもアイドルも、世の中を動かすことや、政治的な思想まで転換させるわけがない。
かといって、英雄になるならそれ相応の役割を負うはずだ。
無責任に好き勝手に世界を変えておいて、はい、さよならなんてできるかよ。
ノータリンだからそこまで考えられちゃいねぇかもしれねぇがな。
まあ…いいさ。

ホシノアキト、お前の名声は地に落ちる。
史上最高、世界最高の名声を手に入れれば入れるほど…。
わずかな傷が、名声に大きなヒビを走らせるようになるんだぜ。

もっとも…第一の作戦は失敗したがな。
二代目『黄昏の戦団』をけしかけたが、あっちは北斗が蹴散らしたようだな。
やはり奴もいきていたか…だがアギトと手を組んで、
クリムゾンたちが送り込んだ戦力を相手にしていては、こちらには追いつけまい。

ホシノアキトもこちらに気付くまでには時間がかかるはずだ。
その前に決着をつけてやるぜ…!
お…?

「ようやく、主賓が席についてくれたようだな」

俺は咥えていたタバコを踏んでもみ消すと、モニターの先に居る二人を見やった。
大人しく席にぽつんと二人並んで座っている。
ここまで俺の予定通りに動いてくれたんだから、まあ上出来だ。

ゴールドセインツの有象無象もついてきてるかもしれねぇが、ここには入り込んでいる様子はない…。
決着まで邪魔されずに済みそうだな…なら問題はねぇな。
何一つ、障害はない。

ホシノアキトの思惑も、クリムゾンの思惑も、すべてが無効になる。
…それにあの女と…ラピスラズリのことだ、クリムゾンの対策も何か仕掛けてるだろう。
だがそれが失敗して、世界が滅亡寸前まで行って、
ようやく『平和』が犠牲なく成り立たないってことに気づくだろうよ。
全人類…生死は問わねェが、どうやっても地獄に堕ちるだろうよ。

死んで地獄に落ちるか、生き地獄かしか違いはねぇ。

ホシノアキトに関わった人間は誰一人助からねぇ。


………俺も、だがな。

















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・飛行機停泊所──アサミ
絶叫と歓喜の涙が響くアリーナの中で、ホシノアキトさんはついに歌を歌いきって、
次のトリを任されているメグミさんとホウメイガールズの合体ユニット、
『食の恵』にバトンタッチしようとしていました。
ホントにすごい…。

私達なんて前座にもなってないかもしれない。
みんな、機動兵器が迫っているっていうのに自分たちの安全を確信して、ホシノアキトさんを信じている…。
そしてこのステージに戻ってきたホシノアキトさんの帰還を、本当に喜んでる。
ホシノアキトさん自身も、今までよりずっと嬉しそうに、楽しそうに歌って…。

きっと世界中が、このアリーナと同じように熱狂してます…!

戦争を止め、世界中を巻き込んで平和をもたらした、
歴史上でも稀な、生きたまま世界に最も愛された英雄を、
こうしてもう一度目にすることが出来たんですから…!

あれ?
ステージ袖から出てきたのはホウメイガールズだけです。
メグミさんが居ませんね。

『ホシノさん、おかえりなさい!』



おかえりなさーーーーーいっ!




ホウメイガールズのミカコさんが、にっこり笑ってホシノアキトさんに挨拶してくれていました。
ミカコさんも、私達と同じでホシノアキトさんに恩があるから、率先して出てきたみたいです。

『それと、アリーナのみんな、ごめんなさい!
 ちょっとメグミさんがゴールドセインツとPeace Walkersのみんなに付いて行っちゃったんで、
 「食の恵」のステージは第二部にやることになりました!
 
 …それに!
 ホシノさんたちがどうして無事だったのか、聞きたいですよね!』


聞きたいーーーーーーッ!!!



…そう、ですね。
あの瞬間、どうやっても生き残れるはずのないホシノアキトさんが、どうして無事だったのか。
私達もとっても気になってます。
アリーナも興奮冷めやらぬって感じですし、
次のステージは第二部をやることになるから問題ないですし、
このチャリティーコンサートは世界中で生放送をしている状態ですし、
ホシノアキトさんの事情を聴くにはちょうどいい状態になりましたね…。

あ、ホシノアキトさんがはにかんで笑ってます。
あんまり自分の事を人前で話したがるタイプじゃないって聞きますけど、
本当にとってもシャイな人なんですよね…。
英雄兼コック兼エースパイロット兼芸能人兼トップアイドルなんて、ごっちゃごちゃな経歴なのに…。

『あ、あはは…。
 そ、そうだよね…ええっと一応まとめてきたんだけど、
 すっごい時間かかっちゃうから…。
 って、言っても心配かけちゃったし、話さないわけにもいかないよね…。
 
 それじゃあ、じっくり話すから…』

ホシノアキトさんは、舞台袖のディレクターに目線を向けると、
OKが出たのを確認して、静かに話し始めました。
…私達も、息をのんで、発言を聞き取るために集中しました。


『…俺も、今日こんな風に出てくるつもりはなかったんだ。
 俺なんかいなくても世の中が平和をつかんでくれればそれが一番いいと思っていたし、
 ユリちゃんも臨月だし、少なくとも戦争が終わるまでは隠れていようと思ったんだけど…。
 
 平和を崩そうとしている人たちの思惑のせいで、
 もしかしたら、俺のせいでこんなことを考えてる人がいるかもしれないのに、
 ここが襲われてみんなが殺されるかもしれないのに、見殺しにできなかったんだ。
 
 …みんなを、全世界を騙して、死んだふりしてた俺が言うのもなんだと思うんだけどさ』





















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船──チハヤ
…私とライザは、ついにテツヤの指定通りに飛行船に乗り込んだ。
あのアリーナに向かうための、チャリティーコンサート観客が乗って来た一隻の遊覧用飛行船。

テツヤはどうやったのかはしらないけど、コンサートが開催している隙を見てこの飛行船を奪ったみたい。
私達以外は誰も乗っていなさそうだけど…私達が客室に座ると、飛行船はすぐに飛び立った。
アリーナ側で、なにか戦闘が始まっているみたいだけど……みんな、大丈夫かな。
テツヤが仕組んだことかと思ったけど、ライザが言うことにはすでにクリムゾンと手を切ったはずなので、
恐らくクリムゾンたちが何かの理由で襲わせたはずだと言った。
ゴールドセインツのみんなが無事かどうかを問うと、
「こういう時に黙っていられるアキト達じゃない」と妙にハッキリと断言した…。
っていうかホシノアキトが生きてるのはもう必須事項なの?
詳しいことはライザも知らないって言ってたくせに…。

『よう、久しぶりだな、ライザ』

!!
私達は飛行船内の放送で聞こえてきたテツヤの声に驚いた。
私は…自分の怒りと憎しみが再び噴き出してきたのを感じた。
迷いはまだある。
でも、私の生まれて初めて守りたいと思った人達を傷つけようとしたあんたは…!


「出て来なさい、テツヤ!

 約束通り、あんたの命をもらいに来たわよ!」


『おっと、ここまで必死になって手伝ってくれた妹君をねぎらうのを忘れてたな。
 ご苦労、チハヤ。
 
 …ライザ。
 まさかお前が…俺を裏切っただけじゃなく、ホシノアキト側について、
 堂々と本名でアイドル始めてるとは思わなかったぜ?』

「ええ、あなたのところよりずっと待遇がよかったから」

テツヤの問いに、ライザは冗談めかしているように、涼し気に応えた。
アイツは含み笑いのような、押し殺したような笑い声が聞こえた。
…そう、あいつはあの時…こんな風に笑って私を…!

『まあ、色々話してぇこともあるだろ。
 茶でも飲んでゆっくりと旧交を温めようじゃねぇか?』

…悪趣味な奴。
そんなつもりもなければ、話し合うつもりなんて最初からないのに。
でもテツヤと話す機会があって、良かったと思っている自分がいる。
分かり合うことなんて、あり得ないけど…納得できると思う。
アイツを撃たなきゃいけない、撃つべきだって納得して引き金を引けるようになる。
みんなのところに帰れないのは悔しいけど、テツヤを止めることさえできれば、きっと…。














〇地球・東京都・晴海埠頭・倉庫──ムトウ社長
…私は何故、あの時、舌を噛み切って死ねなかったのだ。
私のせいでアカツキ会長が窮地に陥り、サヤカまでここに連れてこられて…。
私を介護するサヤカの顔から生気が失われていくのを見て、何が起こっているのかが容易に想像がついた。
あいつらは私の愛娘を…穢したんだ…。

…こんなことになって、私は何もできずにアカツキ会長が来るのを祈ることしかできないままだ。
だが、私はアカツキ会長がここに来ないのが分かっている。

こういう事態になったら見捨てて、警察に正面から連絡するように伝えてある。
それがどういう結果を招くのか分からない私達ではない。
アカツキ会長が取引に応じなければ、彼らはすぐにでも役立たずの私達を殺す。
躊躇など何もせず、証拠も残さないために遺体をバラバラにして海にでも捨てるだろう…。

そうなっても、恨まないと約束している。
サヤカもそう伝えたはずだ。
…それでも、サヤカまでこんなつらい目に遭わせてしまった。
一矢報いるなんてことも、できない状況だが…。
このままでは死んでも死に切れん…。

…。
私とサヤカは無言でたたずむしかなかった。
犯人グループは、今日アカツキ会長を呼び出したようだったが…。
…時間が来てもアカツキ会長が来なければ私達は今日、殺される。
サヤカの焦燥しきった表情を見て、私は後悔してもしきれなかった。

…ここにだけは来てほしくなかった。
もう命の残り少ない私を助けるために、こんなバカなことを…。
私達を見張っている犯人グループの男が、端末を確認するとともに立ち上がった。

「…喜べ。
 どうやらアカツキはこちらの取引に応じるらしい。
 開放してやろう」

「「!!」」

私とサヤカは目を見開いて犯人グループの一人を見た。
覆面越しで表情はうかがえないが、おそらく歪んだ笑いを浮かべているだろう。
馬鹿な…私達二人は替えが利くかもしれないが、アカツキ会長だけは…。

まさか、前会長が…。
サヤカと婚約していたことをまだ引きずっているのか!?
だとしたら、なんてバカなことを…。
私も、サヤカも納得して生贄にでもなんでもなると覚悟しているというのに!

アカツキ会長が取引に応じたとしても犯人グループが、
本当に私達の命を助けるかどうかは怪しいが…だが、私達はもう従うしかない。

私はサヤカに助けられながら車いすに何とか座り、犯人グループに促されるままに、倉庫内を進んだ。

「…二人とも、待たせたね」

…倉庫の入り口近くに、アカツキ会長が立っていた。
ネルガルシークレットサービスの、フル装備を身に着けて…。
だが、拳銃とサブマシンガンを置くと、手を挙げて無防備に前に出てきた。

「ナガレ君…。
 なんで、来たの…!?」

「…見捨ててほしいって言われても、僕には放っておけないよ。
 世間に血の商人と言われても痛くもかゆくもないけど…。
 
 兄さんの愛したサヤカ姉さんと、その父さんを見捨てるなんてできない。
 
 企業の経営者として間違っていても、
 僕は人でなしにはなり切れないみたいでさ」

アカツキ会長は、言い方は少し緩かったが私達を気遣うように話しかけてくれた。
私達は入口に向かい…アカツキ会長とすれ違う形になりそうになった。
だが…。


『アカツキナガレ!
 そのまま前に進め!
 二人が外に出るまで、そこから動くなよ!
 動いたら、二人を狙撃する!』



「やれやれ、取引する気はないのかい?
 …この調子じゃ、二人が出ていったら狙い撃たれそうじゃないか」

「…アカツキ会長!
 いや、ナガレ君!
 今からでも逃げてくれ!
 
 君が死んでは意味がないのだ!!

 私とサヤカを犬死ににするつもりか!?」

『ええい!黙れ老いぼれ!
 まとめて殺されたいのか!?』

「それは無理な相談だよ、ムトウ社長。
 誰の命も等価だからね。
 僕の命も、君の命も、サヤカ姉さんの命も…。
 
 世界一の英雄のホシノアキトの命だって、価値は同じだよ。
 
 だったら、二人が助かった方がずいぶんマシさ
 それに…僕だってそうそうやられるつもりはないよ。

 僕はホシノ君とやり合えるほどじゃぁないにしても…。
 
 こんな連中に後れを取るほどなまっちょろくない。
 
 信じて外で待っててくれないかい?」

「信じてって…」

サヤカが絶句している…。
それはそうだ。
敵は軽く10人以上いる。
しかも、おそらくはアサルトライフルの類を構えてこちらを狙っているはずだ。
どこから襲い来るかもわからないのに、

「…サヤカ姉さん。
 その…守れなくてごめん。
 僕を守ろうとしてくれた借りは必ず返すから。
 だから、進んで。
 急いでね」

「……っ!」

サヤカはアカツキ会長に言われるまま、足早に走り出した。
…アカツキ会長はサヤカの身に何があったのか気づいていたようだ。
私の車いすを押しているサヤカの嗚咽が聞こえる…。


「撃てーーーーーーっ!!」



ドアを開いて私達が出ると同時に、銃撃音が聞こえて、私達はつい振り向いた。
直後に、アカツキ会長が撃たれる光景が見えると分かっていたのに。
だが、違った!


ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ…!!

ぴきゅんっ!ぴきゅんっ!


アカツキ会長の周りにはディストーションフィールドが展開され、
ライフルの弾丸をいとも簡単に弾き飛ばした!!


「「「ディストーションフィールドだと!?」」」



「個人携行用のディストーションフィールド発生装置さ!
 五年前には完成していたけど、ここぞって時のために秘密にしておいたんだ!
 それじゃ、悪いね!」

アカツキ会長はさっさと逃げ出すと自分の銃を回収し、
敵が呆気に取られて空になった弾倉を外して装填に手間取っている隙に私達を追いかけて来てくれた。


「サヤカ姉さん、外にも敵がいる!
 予備のディストーションフィールド発生装置があるから、背負って!
 でもバッテリーが五分しか持たないから、
 出来るだけ走ってプロスたちの応援が来るまで持たせるんだ!」

「え、ええ!」

サヤカはアカツキ会長が持ってきたディストーションフィールド発生装置…。
どうやらリュックのように背負うタイプのものらしい。

これなら、もしかしたら…!






















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船・ラウンジ──ライザ

「よお」

私達はテツヤに船内放送で案内されるがまま、このラウンジにたどりついた。
そこには、少し老け込んだテツヤがいつも通り気だるそうに腰掛けていた…。
煙草をふかしてブラックコーヒーを手に、考えの読めない狂った笑顔で私たちを出迎えてくれた。
私にとっては、万感の想いと冷めた想いの両方が、胸に去来している。

…チハヤには一応、あの時没収した拳銃を持たせてある。
最後の判断は、彼女にゆだねるしかない。
自分で撃つのか私に撃たせてくれるのか…。

でもテツヤが何の策もなしに、チハヤに撃たせるつもりかしら。
何かあるはず。

でも、この状況でテツヤがどうやって、何を達成するつもりなのかが分からない。
いつものセオリー通りなら、私かチハヤに何かの汚名を被せて殺すはずだけど…。
チハヤにもこれは説明してあるけど…今のところ私も読めない。
だってアキトをどうこうするにも、私達をこんな空の離れ小島でどうしようっていうのよ。
とりあえず私達は、テツヤの前の席に座った。
私達二人分の、冷めきったコーヒーだけが置かれていた。

「…それで、裏切者の私に話でもあるの?」

「あるっちゃあるが、そいつは後だ。
 …俺に聞きたいことがあるんじゃねぇか、チハヤ」

チハヤはむっとした顔でテツヤを睨んだ。
今更話すことなどないって言いたげだけど…。
何度か深呼吸してチハヤは冷静さを保とうとしてから、それでこわばった顔で話し始めた。

「あんた…あの時…あそこまでやる必要、あったの?
 それに、今日のことだって…爆弾を仕掛けるなんてしなくても…。
 みんなを巻き込まなくったって、私はここに来るつもりだったのに…」

「…今更じゃねぇか。
 あン時に言った通りだ。
 
 俺は、俺たちを捨ててた親父だけじゃなく、
 のうのうと普通の幸せを享受してるお前が気に入らなかっただけだ。
 理由なんざそれで十分だ。
 
 そもそもお前、俺がイカレてるって思ってんだろうが?
 イカレの理屈聞いて納得できんのかよ?
 
 二つ目の質問は…あのアリーナにいる連中だってホシノアキト信者だろうが。
 あいつは親父以上に…生きる資格がねぇ、英雄のなりそこないだと思うぜ。
 それを能天気に信じて熱狂して、偽りの平和に酔いしれてる連中は生きてても死んでても同じだ。
 頭が空っぽなんだからな。
 だから巻き込む理由は十分だ。
 
 それに…それだから、お前は素人だと言ってんだよ。
 不確実性を可能な限り潰す、そうしてようやく目的に手が届く。
 1%でも裏切る可能性があるなら、それも潰す。
 お前が裏切らずにここに来なくなる可能性があるなら、な。
 
 …まあ、俺もライザを始末しようとした時、
 心臓を撃たないなんてポカをやらかしてこのザマだがな」

テツヤはぼりぼり頭をかいてから、コーヒーを一気に飲み干すと、たばこをもみ消した。
…テツヤも結構苦労したみたいね、白髪増えちゃって。
自業自得ではあるけど、なんで私に対して怒ってるとか恨んでるとか、
態度からそういう気持ちを感じないのかしら。
なんていうか、いつも通りなのよね、五年前と同じ。

…それは、きっと、だけど。

「あの状況では絶対助からないし、
 取るに足らない私に裏切られるとは思わなかったんでしょ」

「ちげぇねぇな」

…そうよね、そりゃそうよね。
やっぱり、テツヤにとっては自分の思想以外はどうでもいいんだわ。
自分の思想に反する相手でなければ…無視するか手駒にするか。
反する相手だったら出来る限りみじめになるように踏みにじる。

だから私もチハヤも、取るに足らない存在なのよね…。

「…だが、死んだふりしてたホシノアキトの跡を継ごうとするなんて、
 ずいぶん入れ込んだじゃねぇか、ライザ」

「言ったでしょ、待遇がいいの」

「そうかよ。
 もっとも奴さんは今、全世界の喝采を浴びて気持ちよさそうだがな…。
 
 …ライザ。
 ここに来たってことは、裏切りの代価を受けるつもりはあるんだろうな?」

「…ええ」

「ッ!」

私がテツヤに殺されるのを受け入れようとした時、
チハヤは立ち上がって持っていた拳銃をテツヤに突き付けた。
まさか…私を守ってくれようとしてくれるなんてね。

「その前にあんたが私の代価を受けなさいよ!」

「…お前もずいぶんライザに入れ込んだな。
 まさか、このタイミングで銃を握るとは。

 …撃てンのかよ?
 
 ど素人が」

「ば、バカにしないで!」

「チハヤ、無理はしないでいいわ。
 …守ってくれようとしてありがとう。
 でも、いいの」

「よ、良くないわよ!
 私は…!
 私は、この時のために…!」

チハヤは涙をぼろぼろこぼしながら、テツヤを睨んでいる。
でも、その顔は憎しみに染まっているというよりは…。

……そうなのね、チハヤ。
やっぱり、あなたは普通の女の子で居たいのね。
生まれて初めて、命を賭けて守りたいと本気で思えた仲間…友達と生きていたい。
でも、ここで引き金を引かないとみんなを守れないから…。
だったら…。

「ライザ」

「ええ」


ぷしゅっ…。


「えっ…?

 はぇ…。
 
 ねむ…く…」


私が香水…型の麻酔をチハヤに吹き付けると、チハヤはふらついて椅子に再び腰掛けた…。
テツヤが私に合わせてくれたのはチハヤを気遣った、ってわけではないでしょうけど。
私に用があるから、チハヤを利用しただけ。
だったら、チハヤが手を汚すことはないわ。

「どう、し、て…。
 裏切る、の…」

「…裏切らないわ。
 テツヤは私が殺したいの。
 だから、ちょっとだけ眠っていて…」

「ひ、きょう…もの…」

チハヤはすぐに意識を失って机に突っ伏してしまった。
やっぱり長年相棒やらされてるととっさに動けるものね。
もう、嬉しいことではないんだけど…。

「ごめんなさい、チハヤ」

「緊急用の脱出カプセルに入れて、海に落としとけ。
 ガキの時間は終わりだ」

「…ええ」

「ここでもう一服して待っててやるからとっとと追い出せ」

私はチハヤを抱きかかえると、脱出カプセルのある避難所に歩いた。
…テツヤがどういうつもりなのかは知らないけど、
老け込んだとはいえ今更テツヤが大人しくなるなんて考えづらいし、
私と大人しく心中してくれるかどうか…もうひと悶着はありそうよね。

…アキト達に、借りを返すためにもやらなきゃね。












〇地球・東京都・晴海埠頭──アカツキ


ぱんっ!ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ!



「ち…囲まれたか」

僕たちはかなり走ってきたが…。
やっぱり車いすのムトウ社長をかばっての移動ではそれほど持たないか。
すでにディストーションフィールド発生装置の使用時間の五分が経過してしまった。
個人携行の重力波ビームの受信装置まではまだ作れてないのがまずっちゃったよね、まったく。
掩体がコンテナなのでちょっと心もとないが、射角が悪いからそうそうあたりはしないけど。

「持ち弾を非殺傷弾にしたのは良くなかったかな…。
 つい、カッコつけすぎたね」

「ナガレ君…」

「大丈夫、もう少しで応援が…」


ピッ!


『会長!
 申し訳ないです、そちらに向かうのに時間がかかりそうです!
 敵はこちらの応援を読んでかなりの数で待ち伏せをしてまして!』

「…まいったね、そりゃ。
 こっちも何分も持たないよ」

いざとなったら僕はなんとかなるかもしれないけど…二人は…!


ころん…。


僕がコミュニケで会話している間に、グレネードが投げ込まれた。
しまった!
こんな距離からグレネードをうまく投げ込める奴がいたなんて…!
しかも逃げづらいムトウ社長の手前に…ま、間に合わない!


がばっ!


「お父さん!?」

「ナガレ君!
 サヤカを、サヤカを──」

「くそぉっ!」


どぎゃっ!!


「きゃあっ!」

「ぐああっ!」



ムトウ社長が車いすから、最後の力を振り絞って立ち上がって手りゅう弾の上に覆いかぶさるのを見て。
ムトウ社長が、僕に詫びるような視線を向けていたのに気づいて。

僕はムトウ社長に向かってとっさに走りだそうとしたサヤカ姉さんを抱きかかえて、
背中を向ける形で手りゅう弾の破片と爆風からサヤカ姉さんを守った。

ムトウ社長が命懸けでサヤカ姉さんを守ろうとしたけど、手りゅう弾の威力は高くて…。
…ムトウ社長がバラバラに、いくばくかの肉塊と、肉片になってしまった。
僕の背中にも、手りゅう弾の破片と爆風を受けて…あ、頭もちょっと喰らったか…?


「いやぁあああああぁあああぁぁぁぁっ!!

 父さんっ!

 おとうさぁぁんっ!
 
 うわああああああああぁぁあぁぁ…。

 
 
 ………あ」


「う…ぐ…サヤカ姉さん、怪我はない、かな…」

「そん、な…ナガレ、くんまで…」

ムトウ社長がバラバラになったのを見てしまって取り乱していたサヤカ姉さんが…。
一瞬黙り込むほどの怪我をしてるんだね、僕は……。

もう、痛みがマヒしちゃってるな…こりゃ、助からないかな…。
足元にも血だまりが…すごい血だよ…。


あはは、こりゃ…なんてこった…。


参ったよね…。



















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船・ラウンジ──ライザ
私はチハヤを脱出カプセルに乗せて海に落とした後、
再びラウンジに戻ってきてテツヤと少しだけ話をした。

アキトのことを少し話して…私が裏切ったことについて、一応形だけでもと謝った。
私が先に始末されそうになったわけだし、そんなことをする意味もないのだけど。
すると、テツヤはまた苦笑した。

「一般教養まで習ってきたのかよ?
 ったく、何から何までいたせりつくせりってやつだな、PMCマルスってのは」

「…そんなところね。
 で、どうして私にチハヤを追い払わせたの?
 まさか、私に大人しく殺されるためってわけじゃないでしょう?」

「ああ、お前も裏切り者の始末を付けたいやつがいると思ってな」

「え?」


どさっ!


「「うー!?むー!?」」



「あ、あんた達は…!?」

テツヤがラウンジ内に置かれていた大型のスーツケースをふたつ持ってきて、
中身をぶちまけると、人が入っていた。
こ、こいつらは…私を人身売買組織に売り払った、実の両親…!
でも、テツヤがこいつらを連れてきたってことは…。

「…私に、復讐の真似事をしろって言うの?
 今更そんなことするわけがないでしょう?
 テツヤ、あんたを殺して私も死ぬ覚悟でここに来たのに…」

「まあ聞けよ。
 …こいつらのクズっぷりを聞いたらちょっとは気が変わるんじゃねぇか」

「…どういうことよ」

「こいつらはな、お前を売った後…。
 その金で酒におぼれる自堕落な生活を送ってきたんだが…。
 金が尽きて困った時に、仕事もせずに何をしたと思う?

 
 ホシノルリと同じ研究所に!
 
 また、ガキを売ったんだよ!
 
 しかも今度は生まれたばかりのガキを、高値で売ったのさ!
 
 ガキを生むまでの生活を丸々保障されて、死ぬかもしれない実験に使うと知っててな!」


「!!」



私は衝撃を受けた。
準IFS強化体質者にされ、ホシノ家に引き取られた私…。
ホシノルリとも義理の姉妹のような関係になり、アキト達と暮らしてきていた。
まさか、私の両親が愚かしい人身売買をまたやっていて、それが彼らと関係あるなんて…。

「さらに笑えることにな…。
 第一期のマシンチャイルドの研究がおおむね失敗して…。
 研究成果としてホシノルリだけが残って、他のマシンチャイルド候補は行き場がない奴は殺して処分された。
 
 だが、明確に親が分かってるこいつらのガキだけは話がちがうだろ?
 子供の実験が失敗したので、行き場がなければ処分しますがどうしますか?
 と研究員に聞かれて…なんて言ったと思う?
 
 『要らないので処分して下さい』と言いやがったんだよ。
 金は有り余るほどあるくせに、ガキ一匹を引き取るつもりもない。
 

 …こいつらにとっちゃ、ガキは売り物だ!
 
 ガキは金の卵でしかないんだよッ!
 
 挙句、二人目のガキを売って得た莫大な財産すらも、使い切った!!

 
 だから…」

「だから…。
 
 私に…?

 世界を変えた英雄の義妹になった、私に…接触しようとしたの…?

 金の卵、じゃなくて…。
 
 金の卵を産む鶏になった、私を……」

「…ああ。
 こいつらも黙ってる通り、全部事実だ。
 裏も全部取ってある。
 
 お前も、思い当たることがあるんじゃねぇか?
 マシンチャイルド化される時に、研究員の生き残りが驚いてなかったか?
 
 そりゃうまくいくわけだよな、お前の弟だか妹だかはは失敗作とはいえ、
 マシンチャイルド完成品の近似値にはなれたわけだから、遺伝子的に向いてんだよ。
 
 研究員もお前の境遇を聞いたら語る気にはならなかったんだろうがな。
 
 …どうする、ライザ?
 
 本当にこいつらを、殺さなくていいのか?」

私は、チハヤから奪った拳銃を無意識に二人に向けていた。
こいつらは…私を、見たこともない弟か妹を…。

どんな苦しみを背負うか分かってて、売ったんだ!

どうなるか分からない世間知らずだったわけでも!

邪魔だったからってわけでもなく!

ただ、金が欲しくて子供を売って!

私が成功したらまた金を欲しがってすり寄るような、人間のクズ!

許しちゃいけない!

殺さなきゃ、私は…!

ずっとこいつらの、子供で居なきゃいけない!

こいつらを許して、ヘラヘラ笑っていなきゃいけなくなる!

そんなの…嫌だ…!
嫌に決まってるわよ!!


でも…。


「…どうした?
 いつものことだろうが。
 何を躊躇ってんだよ、ライザ」

「…っ!!」

私は銃を向けていた。向けては、いた。

けどセーフティを外せない。

けどスライドを引いて装弾できない。

手が、動いてくれない。


──何かがおかしい。


私の全身が、脳髄が、心が。
この状況の不自然さを訴えかけている。

なんでわざわざ、テツヤがこんな風にお膳立てをするの?
こんな風にこいつらの事を丁寧に調べて、教えてくれるの?

なんでテツヤは、いつも通り『撃て』と命令しないの?
私はテツヤが声を届けられる時は、撃てと言われるまでは撃たない。
どうして、今日だけ私に、自分の意思で撃たせようとしているの…?

怒りと憎しみでぼやけた脳裏が…思考が…少しずつ晴れ渡ってきた…。

……ライザ、考えなさい。
私は、もうテツヤの言いなりになるのをやめたんでしょ?

テツヤはこういう時、何を考える?
テツヤは、どうやって相手を貶める?

そして…。
私を利用してアキトの名声を傷つけるとしたら…。
…。

………!!


ぱぁんっ!


「───ッ!!」



私は銃の弾倉をリリースして、
スライドを引いて銃弾が装填されていないのを確認して、
銃を投げ捨てた。

そしてテツヤの頬を、出来る限りの力で強く平手で叩いた。
心臓の鼓動が激しい。
呼吸が荒くなって、苦しい。

でも、心が闇に堕ちる寸前でなんとか踏みとどまれた。

テツヤの心を知っていたから。

テツヤのやり方をよく知っていたから。

私の人生を、全部否定して利用すると分かっていたから…!


「ふざけないでよ、テツヤ!!

 バカにしないで!!
 
 アンタはこんな親切をしてくれる奴じゃない!!
 
 まして誰も傷つけない、誰の名誉も傷つかないようなことを仕組む男じゃない!!

 アキトの名声を落とすために、
 私を『ホシノアキトの殺し屋』として仕立てようとしたんでしょう!?
 
 アキトが、世界を制覇できた理由が、
 暗殺で作られたものだという証拠を作ろうとしたんでしょう!?
 
 そりゃそうよね!
 事情はどうあれ私が人を殺している場面をしっかり撮れたら大スクープだもの!
 
 尾ひれなんていっくらでもつけられるわ!
 
 いつものアンタらしいやり方じゃない…!
 
 ねえ、テツヤ!!」



私はテツヤの胸倉をつかんで、叫んだ。
…そう、すべてつながった。

冷静になれば、わかる。
テツヤの事を考えればあっさりわかる。

テツヤはいつも通り私に『殺し』をさせようとしていた。
アキトの名声を、これ以上ないほど傷つけるために…。
仮にも義妹として、アキトの跡を継ぐような真似をしようとしたはずの私が…。
そんなことをしたら、ことは私が逮捕されるだけでは済まなくなる。

きっと、世の中の反戦ムードすらも吹き飛ばすくらいの威力がある。
誰よりも強いが、誰よりも殺し合いを嫌う…『ホシノアキト』。
この清廉潔白なという英雄あってこその、今の世の中だから。

だけど私がもう、テツヤの殺しの命令を聞かないと踏んでこんなことを仕向けた。
過去の殺しについては、徹底的に証拠を消しているから証明のしようがない。
だからたった今、こうやって殺させようとした…!
隠しカメラでこの場面を撮影しようとしていたわけよね!

「…く。
 はははは、お前はごまかせねぇか。
 まあ、仕方ねぇな」


「…うぐっ!?」


ばりぃぃっ!!



私は、突如走った電流に体をこわばらせた。
スタンガンを押しあてられた…。

「あが…が…」

「…推測通りだな。
 お前はホシノアキトと同じナノマシンを入れてる可能性があったからな。
 毒は効かないし、銃弾はダメージこそあるが致命傷にはなりづらい、
 刃物も通りづらいし、傷もふさがるのが極端に早い。
 溺れても一時間くらいなら無事でいられる。
 大抵の外部からの加害行動はナノマシンがほぼ防いでしまう、と仮定されているが…。
 
 だが、即効性があって、オペレータであるマシンチャイルドであれば、
 そしてナノマシンを必要とするマシンチャイルドだからこそ。
 通さないわけには行かない、影響をブロックさせるわけには行かない存在が一つだけある。
 
 それが、電気だろ?」
 
……!
盲点だったわ…!
アキトを取り巻く人たちでさえ、誰も気づかなかった、盲点。
私は薄れていく意識の中で、聞こえたテツヤの声…。

で、でもこのままじゃ…。

私、きっと…このまま、だったら…。
利用されなかったとしても、始末されて犬死にじゃないのよ──!

動いてよ、私の身体…!
こんなところで、終われないのに!
せめてテツヤを道連れにしなきゃいけないのに!

みんなを、守れずに…みんなに会えなくなるなんて!

そんなの、嫌なのに…!!




















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船・ラウンジ──テツヤ
さて…状況は悪くねェ。
予定通りにはいかなかったが、ライザを捕らえた以上、利用方法はいくらでもある。
次の準備をしながら、ホシノアキトがどうやって生き残ったのか、言い訳を聞こうじゃねぇか。
そろそろステージが終わってる頃だろうからな。

…ん?着信か?

「どうした?」

『ネズミが入り込んだようです。
 華奢な男と、女が数人。
 姿は見えませんが、ステルスの揚陸艇が近くに居るようです』

「ほう…生け捕れそうならついでに連れて来い。
 無理そうなら殺れ」

『はっ』

二代目『黄昏の戦団』の副隊長からの通信だった。
俺は、奴らに情報と銃器の提供を行う見返りとして、十人ほど戦闘員を借り受けた。
その甲斐があったみてぇだな。
恐らくライザを助けに来たゴールドセインツの連中だろう。
奴らのうち、怖いのはそこそこ鍛えてある青葉だったか…。
練度の低いこの戦闘員だが、女が数名程度ではなんともできねぇだろ。
執念深いのは結構だが、勝てる相手かどうかよく考えて乗り込んでこいってんだ。

「…っ。
 はぁ…はぁ…」

「…もう気付いたか、その見た目は伊達じゃねぇってことかよ」

「おかげさまでね。
 …意識もないまま、犬死になんてごめんだもの」

ライザが目覚めたな…気を失ってまだ三分もたってねぇはずだが。
例のホシノアキトのナノマシンってのはそこまでの効果があるのか。
いや、俺に対する執念…俺をまだ止めるつもりで、気合で目覚めたのかもな。
だが、もう動けるわけがねぇ。

俺がこいつに教えた縄抜けも、手をダクトテープで巻いて不正である以上、それもできねぇ。
…だが、好都合だな。

「ライザ、お前の仲間が助けにきてるぜ。
 …ホシノアキトやナオならともかく、あの華奢な…アオイジュンだったか?
 それとゴールドセインツの数名…。
 いや、さっき落としたチハヤも混じってるようだが…。
 テロリストの戦闘員相手にどれくらい持つか見ものだな」

「…ッ!」

「お前もバカだよなぁ?
 両親を殺すのをやめるにしても、
 俺を撃っておけば、こんなことにはならなかったんだぜ」

「…バカ言わないでよ。
 あんたを撃ったら撃ったで、映像が流れるような仕掛けをしてるはずよ。
 心臓が停止するのと同時に録画されたデータがネットに流れるような仕掛けを…」

「ちっ、手のうちがバレてる相手じゃやりにくくてしょうがねぇな」

「お互い様でしょ。
 それにテロリストの戦闘員といっても、素人同然の連中じゃない。
 装備で劣ってる以上、競り勝てる可能性は高いじゃない」

「だが、お前らの仲間はほとんどが女だ。
 …綺麗な身体で戻れるといいがな?」

俺が言い捨てると、ライザは俺のことをきつく睨みつけた。
…俺と同じで、すべてを憎んでいたお前がそこまで入れ込むとはな。
いや、こいつはもう誰かにすべてを預けて生きちゃいねぇのか。
自分の新しい生き方を見つけて、俺と敵対することを選んだんだな。
俺もなんとも厄介な敵を作っちまったもんだ、ヤキが回ったか。

…自分の思うままに相手を躍らせるのが、俺の楽しみだったが…。
こういう想定外な出来事が起こるのも悪くない。

この世界で…唯一誰の思い通りにならねぇこいつらだからこそ、
俺がこいつらを思うままに踏みにじりてぇんだよ…!

「どのみちことが済むまでは生かしておいてやる。
 お前にはまだ利用価値があるからなぁ。
 ホシノアキトのいいわけでも聞きながら、
 誰が死ぬか見守って待ってろよ」

「…裏切者の接待にしてはサービス過剰じゃない。
 お代は私の命で釣り合うかしら?」

「は。
 そんな高い女かよ、お前が」

「そ。
 ドブネズミに育てられた女じゃ、そんなもんよね」

…口が達者になったな、クソが。
その余裕も…いつまで持つかな、ライザ。

情に絆されて、ホシノアキトに影響されてたら…。
自分の命の安さに見合わない代価を払ってでも助けに来る連中が、
目の前で死んだ時に耐えられるとは思えねぇがな。

…ゲームは始まったばかりだぜ、ライザ?

















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船・通路──チハヤ

「くっ!
 素人に毛が生えたくらいの練度だけど、兵士が乗り込んでたなんて…!」

「カエンが別ルートを探りにいったのがちょっと痛いわね…。
 スタングレネード、もうないの!?」

「ああ、もう!
 もっとたくさん弾薬持ってくるんだった!
 重子、この配分で本当にいいの!?」

「信じなさいって!
 占い通りにやるしかないでしょ、いつも通り!」

私はあわただしい戦闘の中を、盾をもっておろおろすることしかできなかった。
テツヤを倒すためにシークレットサービスになろうとしたこともあったけど、
戦闘訓練をできるところまでたどり着けることもなくクビになってたもんだから…。
…私、どこまでも足手まといだわ。

私が眠らされ、カプセルで海に落とされた後…。
会場まで移動するために使っていたヒナギク改二で、
ゴールドセインツのみんなが追っかけて来て、私を回収してくれた。
私は取り乱して、自分がスパイであったことも、
テツヤからの命令でライザを連れてきたこともすべて洗いざらい話した。
ライザが…私からテツヤを殺す権利を奪った悔しさよりも…裏切りの怒りよりも…。
私を心から気遣ってくれたライザが、テツヤと心中してでも止めようとしているのがわかった。
私も両親の復讐のためじゃなく…。
みんなを守るためにテツヤと相討ちになってでもと考えたもの…。

だから、なんとか助けたかった。
でも、みんなからの返事は「そんなこといいから、ライザを助けるのを手伝え」だけだった。
それどころか、私が怪我をしていないか気にかけて、無事でよかったと言ってくれて…。

……本当に、自分が恥ずかしかった。
もう、とっくに気づいていたんだ。
ライザが話したのかは知らないけど…でも、私がスパイだってことを、全然気にしないでくれた。
アリーナにたどり着く前に、ちょっとでも相談できていたら…きっと…。

「チハヤちゃん、弾をくれるかい!」

「あっ、はいっ!」

私はアオイジュンに弾を手渡した。
彼は一応アイドル兼任の、現役連合軍士官ということもあり、射撃はそこそこ上手で、
持久戦の様相を見せている、この銃撃戦で敵をダウンさせ続けていた。
もっとも非殺傷のゴム弾なので一撃では倒せない。
重傷に近いダメージを負っても、敵は根性を見せてまた撃ってくる。
それでも、段々と敵の数が減って…ついに。

「よし、盾を持ってクリアリングしながら進むよ!」

ついに敵からの攻撃が止んだ。
私達はアオイジュンを先頭にして進み、戦闘員たちを拘束して進んだ。
そして…。

「…このあたりだね。
 生体反応が二つ…片方が男性で、
 もう片方がライザさんと同じサイズ、たぶんここだ」

ジュンは生体反応を確認しながら、少しずつ進んでライザのいる部屋を特定した。
…これなら、もしかしたら!

『よお、有象無象のザコども。
 よくここまで来れたな。
 …だが、ここで仕舞いだ。
 ライザの命が惜しかったら、言う通りにするんだな』

…!
やっぱり、一筋縄ではいかないか…。
ライザを盾にされたら、私達はどうしようもない…。
でも、どうしたら…。

『チハヤ、アオイジュン、青葉。
 この三人が、武装を解除して入室しろ。
 もし従わないなら、ライザの命はねぇぞ』

「…従うしかない、か」

「待って!
 ライザには、アキト様と同じナノマシンが入ってるのよ!
 この飛行船が落ちるレベルの爆弾で自爆でもしないかぎりは…」

『甘いな。
 マシンチャイルドはナノマシンを利用している都合上、
 そのお得意のナノマシンでも、一つだけ覆せないモンがあるんだぜ。
 
 オペレータとして動く都合上、電気だけは防げねぇんだよ。
 電気が通らねぇってことは、
 脳の信号を受け取ってナノマシンを通じて操るIFSが使えなくなるってことだ。
 ナノマシンもバッテリーなしには動かねぇしな。
 
 先ほどスタンガンで試して実証済みだぜ。
 この飛行船内に流れる動力電源につなげば、一瞬で真っ黒こげだろうぜ。
 即死は免れねぇ』

「「「なっ…!?」」」

私達は絶句した。
そういえば、ホシノアキトのナノマシンの話は有名だけど…電気は盲点だった。
考えてみればサバイバルナノマシンは外傷に対して効果が高い。
ホシノアキトの武勇伝の中でも、銃撃や貫手を防いだというのが有名だけど…。
そもそも生物は電気を防ぐのはかなり難しい。
電気ウナギでさえ、自分で電気を出せる癖に外部からの電気には感電する。
ナノマシンが仮に外部からの電気をある程度防御できたとしても、どれぐらい耐えられるか…。
ナノマシンのバッテリーが過充電状態に陥ったらどうなるか…想像できないし。
…何てこと考えるのよ!

「…どうするの、アオイさん」

「…行くしかないよ。
 突然撃たれるってことはないだろうから」

…どうかしらね。
あの人間の屑相手じゃ、何が起こるか…。
せめて私が前に立とうかしら。
と、思ったら非戦闘員に前に出てもらうわけには行かないとブロックされた。
この際あんまり関係ないと思うけど…。

「…入るわよ」

私が二人に守られながら、再びラウンジに入ると、
全身を縛られ、目隠しと、さるぐつわ代わりのダクトテープを口に貼られたライザが、
首に電線のような太い銅線をつながれて、椅子に腰かけていた。
…その先には、たぶん動力電源がつながってるんだと思う。
その隣にはテツヤが…なにかスイッチを持ってる。
ライザを殺すための通電スイッチ…か!

「よお、お早いお帰りだな。
 それに、ガードの二人か」

「…あんた、どういうつもりよ。
 私に嘘をついただけじゃなく、ライザまでそんな目に遭わせて」

「いーや?
 お前に命をくれてやる約束は守るつもりだぜ?
 そこにある拳銃で、好きに撃てばいいだろうが」

テツヤは片手をひらひらしながら私を挑発している。
確かに私が持ってきた、テツヤに渡された拳銃が入口の近くにある…?
どういう、つもり?

「むぅ…!」

ライザが首を横に振っている。
…撃っていいといったライザがなんで?
まさか今更情けをかけるつもり…?
いえ…。

「…チハヤ、撃たないわよね。
 平和を愛するゴールドセインツの一員で居たいんでしょ?」

「両親の仇だからホントは撃ちたい、けど…。
 そう言われても撃てるほど、あんた達を嫌ってないわよ」

「「ほ…」」

アオイジュンと、青葉はホッとしたようにため息を吐いた。
ライザも、必死に首を振っていたのにようやく止まった。
…そう、今の私は最低の両親より仲間を選ぼうとしている。

それにライザが止めるってことは…。
そしてテツヤが私にわざわざ撃たせるってことは、何かあるもの。

「…ちっ。
 ライザを気絶させとくんだったか。
 俺も、詰めがあまく…」

?…テツヤがめまいを…。
何か、予想外のことでも起こってるの?
それとも、私に撃たれることで何か起こせるはずだったのに、失敗していらだってるだけ?

「…だったら、撃つ気にさせるまでだ」


ぱんっ!



「がふっ!?」

「青葉ちゃん!?」

「青葉!?」

「…っ!?」

「ごぷ…肺を…狙う…なんて…」


ばた…。


「嘘…青葉、なんで!?
 テツヤ…私の…仲間を…」

「これで一人…。
 ここからじゃもう助からねぇだろ?
 大事な仲間を失っても、まだ突っ張るつもりか?」

テツヤは、取り出した拳銃で青葉を撃った。
ひょうひょうと挑発を続け…私にもその拳銃を向けている。

やっぱりこいつは…生かしておいちゃいけない…。

「…殺す。
 

 …殺してやる!
 
 
 私の大事な人を次々奪う…あんただけは…!
 
 
 ぶっ殺してやるっ!!」



「まって、チハヤちゃん!
 急げばまだ…。
 …!?
 扉が、ロックされてる!?」

「逃がすわけがねぇだろ?
 

 …お前もな!」


ぱんっ!


「ぐあっ!?」



「あ、アオイ…さんまで…」

アオイジュンも、腹を撃たれて倒れた…。

私を守ろうとして前にでたばっかりに。

私の、せいで…。

…ダメだ。

やっぱり、あいつを…テツヤをやらなきゃ…!
私は…すべてを失う…!
全てテツヤに奪われてしまう!
私の決断がいつも遅いばかりに…二人を死なせてしまう…!

落とし前はつけさせてもらうわよ、テツヤ!

私が怒りと憎しみに燃えて、私の銃を手に取ろうとした時…。
銃をアオイジュンが、手に取って、身体の下に隠した…!?

「だめ…だよ…殺しちゃ、ダメだ…」

「なん…で…よ!?

 どうして撃ったらいけないの!?
 
 もう正当防衛くらいには、なるじゃないの!?」


「そう…正当防衛になる、けど…。

 私達は…平和を願う、平和の使者…でしょ…。
 
 殺したら…取り返しがつかない…。
 
 この人はそれを、狙って証拠映像を…」


ぱんっ!



「あ…」

「あ、おば──」

「…黙れ、一山いくらのザコが」

テツヤは、倒れた青葉の後頭部にとどめを…。
こんな、こんな死に方していい子じゃないのに…。
私のせいでこうなって、でも世界のためにやり返しちゃだめだっていうの…!?

「…アオイさん。
 ライザ…!
 

 ここまでされて、ここまで言われても撃っちゃいけないって言うの!?」


「…そう、だよ。
 世界のことだけじゃない…。
 君みたいな…優しい子が、人殺しになんか、なっちゃ…ダメだよ…」

「ふ、ふざけないでよ!?
 私の気持ちはどうだっていいの!?
 私とテツヤのせいで死ぬのに、どうしてそんな顔で笑えるの!?
 メグミと結婚するつもりじゃなかったの!?」

私は…もう何も分からなかった。
青葉は、私なんかよりずっと生きている価値のある子だし…。
アオイジュンも、普通の両親をもってる、恋した人もいる…人がいい、情けないけど優しい男の人…。

こんなところで消えていい命じゃないのに!!

私とテツヤの方がよっぽど死ぬべきなのに!!


「──まだ生贄が足りねぇか、チハヤ」


私が絶望しているのを、見計らったように。
テツヤは私の目の前で、スイッチを押そうとしていた。

「ま、待って…!」


「おっと、こいつはライザが感電死するスイッチじゃねぇぞ。

 よーく聞けよ、チハヤ。
 
 このスイッチはな…。


 ──お前がここに来なかった時のための、あのアリーナの爆破スイッチだぜ?」




私は──。
仲間の命を、無関係の人たちの命を、そしてあの英雄の命を、握らされてしまった。
個人では絶対に背負いきれないほどの責任を背負わされて…。
この取り返しのつかない状況を、私がすべて作ってしまったことに気付いて…。
砕けそうになる心を抱えて、膝をつかずにいられなかった。


…どうしたら…どうしたらいいのよ!?



































〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
話の展開を整理して、ネタばらしをする予定が、
ネタばらしを挟むタイミングを逃して一話伸びました。
うう~む、プロの人の作品の尺のコントロールのすごさっていうのを感じますよねー。
とはいえ、主人公勢の復活に沸きまくる一方で大ピンチすぎる人が多い!
どうする!?ってな展開になっちまって、早く続きを書かねば!!
いやーやっぱり登場人物多いと大変になっちまいますね。
TV版、劇場版、ゲーム版、時ナデ版に加えて、
ナデDオリジナルの登場人物がいるって言うのは、ちょっとやりすぎたかと…。
でもあと少しでエンディング(だと思う)なので、気張ってやります。

ああ、百話までに終わるのかなぁ!?

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!










〇代理人様への返信
>目覚めろ、その魂(アギト違い)
>まあ来るとは思ってましたがこいつも美味しいところで出て来たなあw
協力者だったのが明かされてしまったので、まあそうなるわなとw
アギトについてはたぶん、次回あたりに色々話が出ます。
というか、今回でアキト生存について語ろうとしたんですが、
話すタイミングがなくて結局分割(いつもの)。
アキト生存への反応、ユリの生存とナデシコA、テツヤVSチハヤ&ライザ、
そしてアカツキの方の話まで進んでしまいました。
ああ、なんていうか本当に群像劇的にやるにしても、
やっぱナデシコTV版くらいの人数じゃないときついんだと改めて気づく羽目に。
軽く2倍か3倍の登場人物がいるので、
脳内メモリが結構パンク状態で仕事忙しいと書くのがキツイ状態になってましたw


>>アキトの食事
>二千四百食わろすwww
>むかしハンターキャッツって漫画で人外レベルの大食漢が誘拐されて、
>周囲の食料品店の売り上げから居場所を察知するという展開がありましたが、
>まさしくそれですなw
はっ!?ハンターキャッツ、電子書籍で買ってたの忘れてた!!
ってことで読み込んでましたけど、まさかルリちゃん的ポジションの子が、大食いとはw
しかも、なんかいちいちドSだし、ブルースリー的なハッカーと戦うし、面白かったですw
ちなみに、あろひろし先生は私も地味に推し作者です。
最近も作品発表してますし、昔の作品の続編を作るためにクラウドファンディングやってたり、
精力的に活動してるので、いまでも楽しみにしてたりします。
(TS作品好きだもんで、TS作品の「ふたば君チェンジ」で引っかかった人)





















~次回予告~
平和ってのは、為政者が自分の統治のすばらしさを示すために作るもんだ。
戦争ってのは、為政者が自分の正しさを示して、利益を上げて支持を得るためにやるもんだ。
色々副次的にいろんな連中が得するようにできてっから、戦争はなくならねぇんだ。

二十一世紀初頭から少し経った頃にはだいぶ減ったが、
宇宙に出てきたらまた土地と鉱物の奪い合いが起こった。

先進国が連合軍を作って、他の途上国の頭をうまく押さえつけて、貧富の格差を是正して、
各国の為政者・権力者がコントロールしやすい世の中を構築してやがったわけだが…。

ホシノアキトが創る『真の平和』ってやつは為政者や利益を吸いたい奴が噛めない。
個人の『良識』に頼って作られる平和だ。
そんなもんが長く続くかどうかは怪しい。

確かに真の平和というのにはふさわしいだろうが…人間の欲望は果てしないモンだ。
国の間の戦争が無くなったら、今度は個人の奪い合い、争いが始まるだけだ。

元々、人間なんてロクなもんじゃねぇ。
戦争で死ぬはずだった人数が、個人間のトラブルで死ぬようになるだけだ。

同じ国に生まれた人間同士の争いが、あるいは同じ血を分けた肉親の骨肉の争いが起こる。
逃れる場所がないだけに、凄惨で、救いようのない争いが始まる。
俺が…俺と同類の…悪鬼が。
俺と同じどうしようもない悪鬼が…数限りなく産まれる世の中になる。

…それが、お前の望む平和なんだぜ?

ホシノアキトよ?











次回、『機動戦艦ナデシコD』
第九十三話:Dismembering the secret-秘密の解体-その2
















綺麗事だけで世の中が回るなら、利益が得られるなら、
それだけで生きていけるなら、誰だってそうしてるぜ?

そうはならねぇんだよ、ノータリンの英雄さんよ。




























感想代理人プロフィール

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代理人の感想
テツヤ老け込んでたのか・・・w
ぶっちゃけ「この世が嫌いなら二度とあの世から出てくるな!」という草薙素子の名言そのままのクソ野郎テロリストなんですがw

キャラが多いのは本当にねえ。
モブか半モブならともかく、メインで動かすとなると数人が限界でしょう。
え、元の時ナデからして多いって? アーアーキコエナーイ(ぉ


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