おはこんばんちわ、ルリです。
ついにナデシコDも最終局面です。
ヤマサキ博士のこともですが、どうやら地球もえらいことになってるみたいですね。
私達は木連にいるんで詳しいことは知りませんが、
ひょっとしてアキト兄さんとユリ姉さんが戻ってきたんでしょうか。

あ、ちなみに地上と宇宙ルートに分かれるのは第四次スパロボからの伝統ってことで、
作者さんがどうしても入れたい要素だったそうなんだけど、
ナデシコA時代と今回で二回もやらなくてもよかったんじゃない?

そんなことはさておいて、
私達の夢を叶えるために、最後を見届けて行きましょう。

本番、始まります。
よーい、ドン。

















『機動戦艦ナデシコD』
第九十六話:drop scene-劇の最終場面-その1





















〇地球・東京都・アイドル合宿所『大和』・事務所──さな子
…ユリさんの護衛のために同行していた、あの人がいなくなってからもう何ヶ月経つでしょう。
北斗も行方不明、枝織も木星に向かってしまって…。
私はそれからは、アイドルのみんなが戻るまでこの合宿所の管理を任されていました。
こうして誰もいない食堂を掃除しているだけでも…心細くなります。
あの人も、北斗も、二度と帰ってこないのではないかと思うと…。

…いつかこういう日も来ると、覚悟していたというのに。
情けない話です、木連女子として覚悟が足りなかったとしか言いようが…。

「帰ったぞ、さな子」

「!」

私がため息を吐きそうになった時、あの人の声が後ろから飛んできました。
ああ、よかった…!

「お、おい?」

「お帰りなさい!
 あなた…!」

私はつい嬉しくなって、抱き着いてしまいました。
ああ、私はこんなに、こんなにか弱い女だとは思ってませんでした。
これほどうれしい気持ちになったのは、五年前にまた家族で過ごせるようになった時以来です…!

「…ホシノアキト殿を守るために、情報を外に出すわけには行かなくてな。
 すまなんだ、さな子」

「いいんです、このくらい。
 あの、あなた…北斗は?」

「テレビジョンをつけい、元気に戦っておる」

「あ、はい!」

私がテレビジョンをつけると、北斗のブラックサレナ改が…。
それに解体されたナデシコAに、あの英雄の姿も、ブローディアも…!

「よ、よかった…」

「木星の方も、そろそろ決着がつく頃だろう。
 …いよいよ来るな、五年前は考えもしなかった世界が。
 
 我が享受することなど、許されるはずのなかった平和な世が…」

「ええ…」

…私達は五年前までは、地球に対抗することために、
木連のために、命もなにもかも、すべてを捧げる覚悟でいました。

でもこうして暗闘から離れることを許され、
国のためではなく、自分たちのための道を生きていられる。

この人も、私も、北斗も枝織も…。
まだ護衛の仕事は続いていても、外道と後ろ指をさされるような生き方をしなくてもいい。
だから…この人と娘たちと…ただ、温かい日々を生きていられる…。

「この状況になればもはや娘たちも、ホシノアキト殿も問題はないだろう。
 …気がかりなのはヤマサキの方だ」

「ヤマサキ博士…ですか…」

「…奴も腐っても木連男子だ。
 自分の命で木連を救える算段が付いた今、自刃することにためらいはないだろう。
 
 …もはやそんなことはもはや必要ない世の中になったのにな。
 自分の命で、背負いきれぬ罪を贖おうとするよりも…」

…この人は、言いきろうとした言葉を飲み込みました。
もはや言っても栓無きことです。
彼の判断を止めることは私達にはできないからでしょう。
そして…。

私達も同じ立場にあったら、自決するのが分かっていたから…。
でも、だからこそ…死が待つ運命であったとしても生きていてほしい。
わずかでも自分の愛した人とともに時間を過ごしてほしいと願ってしまうのです。

彼も…自分の譲れぬもののために、故郷のために、自ら外道に堕ちることを選んだ…。


情を持った、誇り高い人間なのですから…。



















〇地球・東京都・テレビ局
テレビ局全体を慌ただしくテレビ局員が走り回っていた。
彼らは多重に送信されてきた録音ファイルの出所が謎に包まれていたことに、
そして目の前で起こっている、ホシノアキトとクリムゾンたちの対峙に揺れていた。
ホシノアキトに罵詈雑言を浴びせるクリムゾン達の声と、その音声ファイルの音声、
会話内容までが、目の前の状況に合致していたからだった。
ハッカー集団を名乗る謎の集団が、音声ファイルを提供してきたというが…。


「社長!?
 どうすンですかぁ!?
 こ、これ、ホシノアキトに敵対してきた人たちの情報じゃないすか!?
 スポンサー企業や支援政治家まで…こりゃまずいっすよ!?
 
 今のうちに対応考えとかないと身の危険が…!」

「わ、分かっとるわぁ!?

 いつでも録音ファイルの公開ができるようにスタンバっておけ!
 世間の非難が発生する前にこっちから仕掛けられるようにな!
 
 それと、チャリティーコンサート会場とホットラインがつながっているだろう!?
 
 こっちから生インタビューしてボロを出させてやればいい!
 
 音声ファイルを聞かせれば、こちらに有利なリアクションが得られる!」

「わ、わっかりましたぁ!
 なんか起こるかもしんないと思って現場に女子アナを配置しといて正解だったっすね!」




















〇地球・都内某所・ラジオ局

『え~続きまして…コーナーが変わります!』

『A子と!』

『B子の!』


『『「かしらかしらご存知かしら?のコーナー」でぇ~~~~す!』』


『ついについについに!!
 アキト様だいふっかつ~~~~~!!
 きっと生きてるって信じてた甲斐があるってもんよねぇ~~~~!!』



『もはやみんなラジオなんか聞いちゃいないだろって感じだけど、
 も~~~~今回の放送が最終回になってもいいってくらいとばしていこうかしらねぇ!』

『っていうか、私達も現在進行形で生中継を見てま~~す!
 みんな、実況中継みたいに楽しんでねっ!』

『アキト様のいる会場に、敵対してる人たちのビデオ通話が暴露されちゃったわぁ!
 連合軍副長官に名だたる企業の面々!ついでに汚職が噂されてる政治家さんまで!
 すっごいメンツよね!!
 
 クリムゾンの会長さんがすごい剣幕でアキト様に喰いかかってるけど、
 はてさて、どれくらい持つのか見物って感じぃ!』

『え~~~っとぉ。
 先ほどテレビ局の方からも情報が流れてきてて!
 なんと、匿名のハッカー集団から情報がリークされたらしいの。
 この人達の通話記録を送ってきてくれたんじゃないかって!
 
 もしかしたらこの、ビデオ通話の直結もこの人達が暴いたんじゃないかしら!?』

『えーーーっ!?
 ハッカー集団までアキト様の味方ってわけぇ!?
 でもでもそういうネクラでモテなさそうな人たちってぇ、
 女の子に人気のアキト様を敵視してることが多くなかった?』

『バカねぇ!
 例の投票アプリでも99.999%がアキト様支持なのよぅ?!
 今更、そんな細かいことを気にしてらんないってことでしょ!?』

『まーそりゃそうよねぇ、アキト様ってスキャンダル全くないし。
 それにくらべりゃ、このおじいさんたちってまっくろくろすけだものねぇ』

『ごうがーいごうがーい。
 こちら、チャリティーコンサートに居るC子でーす。
 私は中継を端末で見ながら会場の外にいまーす。
 例のアギト、北斗、そして新ナデシコAの激闘のおかげで、
 チューリップ10基からなる機動兵器艦隊はほぼ片付いてまーす。
 
 …あれ、なんかケムリあげてる飛行船が遠くに見えまーす。
 トラブルの匂いがしてまーす』

『あれま、なんか気になるのかしら』

『でもでも、飛行船の一隻や二隻、
 アキト様達の事だからささーっと止めちゃうわよぅ!』

『でも会場の移動用の飛行船のようですけど、
 今さらなんでこっちに飛んできてんのか分かんなくて不気味でーす。
 まあ、無害だと思いますけどー。
 会場から以上でーす』

『では、みなさま引き続き、ラジオとテレビ中継をお楽しみくださいなっとぉ!』



『かしらかしら!』

『かしらかしら!』



『『ご存知かしら~~~~~!!』』



















〇???
とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
しかし、クリムゾンたちホシノアキト敵対連合とは全く別のプライベート回線だった。
その接続数は一万を超えており、全世界に構成員が存在していた。

『一気に攻め落とすぞ!
 この戦争の黒幕が顔を出した、今が好機だ!』

『この時のために証拠を集め、力を蓄えてきたんだ!』

『英雄を疑ってしまった借りを返す時だぞ!』

彼らはハッカー集団の構成員だった。
五年前にホシノアキトの不自然なトントン拍子の出世と、
不自然なまでの世論の掌握に企業の影を疑い、
ネルガルが送り込んだ、造られた英雄だと考えていた。
そこには木連との癒着があり、そうでなければここまでスムーズな終戦は行われるはずがないと。

ホシノアキトは戦争を利用して英雄の立場を手に入れ巨万の富を得る。

そしてネルガルと関係企業は木連と裏でつながるための工作を行い、
絶対の立場を手に入れての地球圏の事実上の制圧、利益の分配を企んでいた。

そのためにホシノアキトという人間が祭り上げられたのだと。
そうでなければクリムゾン他、
元来地球の既存権益を持っている企業や投資家が損をして、
ホシノアキト陣営だけが利益を得続けることなどあり得ないと結論を出していた。

だがハッカー集団たちは自らの調査で、
その推測がすべてが的外れだと突き止めてしまった。

ホシノアキトがネルガルと通じているのは事実なものの、
当初はエステバリスは実費でネルガルから購入しており、
その後の支援も、「PMCマルスという会社が軌道に乗ってから」支援が行われた。

また、支援直後にアカツキとの決闘があったとの情報を手に入れており、

「経営上の関係で表面上は協力関係であったが、
 人体実験の件からか、元々は敵対関係であった」

という結論に至った。
またこの五年の間のホシノアキトと木連との接触についても、
公的な記録の通信回数と、彼らが調べた通信回数がそろっており、
その内容も疑わしいところはなかった。

現代技術では宇宙空間を通じる通信は回数がかさめばキャッチされる可能性が高い。
地球圏内であればペンダント型通信機のような暗号化技術が有効に働くものの、
木星との通信となると距離があるため傍受が容易で、
どれだけ暗号化しても通話を受信さえできていれば、
記録してあとから解析するのが容易なためだった。
レーザー通信も同様で、既存技術となってしまった今では傍受は可能、
しかも五年前に完成した代物で、それ以前からやりとりがあったとしたら、
レーザー通信でつながりを持っているというのは考えづらい。

どちらかというとクリムゾンたちのほうが、不自然な動きをしていた。
ホシノアキトと木連に対する妨害行為をしている回数も多かった。

ネルガルの敵対企業や、マスコミ、
反ミスマルコウイチロウ派の軍人、政治家だけが、
この活動に熱心になっていた。
当然、ホシノアキトと木連とのつながりを疑うのも彼らだった。
火のない所に煙は立たぬとばかりに、
このハッカー集団たちもこの情報をあてにして調べていた。

だがホシノアキトもネルガルを調べても、
『ホシノアキトのゲキガンガー好き』と、
『火星の超古代異星人のテクノロジーを利用している』以外の、
木連との共通項は見いだせなかった。

通信ログも、活動も、不備がなく、なにもつかめなかった。
最も強力な関係のあるピースランドとのつながりも疑ったが、そちらもほぼ接触をしていない。
火星の開戦からの一年半ほどの帰還を調べても、ホシノアキトもアカツキも、不正をしていなかった。
ネルガルは裏金もなく、むしろ人体実験、不正に厳しくなって、その清算にも積極的だった。
古代火星人の技術も「同じものが根源」であるのは共通であるものの、
完全には同一ではなく、仕組みも長所も全く異なる。
最大出力・性能はネルガルの方が上で、汎用性・生産効率・製品寿命・燃費効率は木連の方が勝っている。
根源が同じであっても、製品としての端末やパソコンの内容やOSの仕組みが異なるように、
あくまで同じ製品ジャンルの、競合他社程度の違いが生じている。
もし完全にネルガルと木星の癒着があった場合は、
「ちょっとだけ手を加えて、違う技術に見せている」ように見えるはずなのにそれがなかった。

しかし、クリムゾンは逆に疑わしいデータが大量に出てくる。
クリムゾンは不正が次々に明るみに出ており後手にまわり、裏金、暗殺疑惑などが多数見つかった。
さらにかなり昔から技術のはずのビッグ・バリア関係の技術も、
突き詰めていくと火星の古代遺跡の技術が流用されていると判明し、
しかもネルガルに比べると明らかに木連技術の流れを汲んだ仕組みであると分析結果が出てしまった。
ハッカー集団の構成員たちはこの分析結果を持って、
クリムゾンがかなり昔から癒着があり、少なくともビッグ・バリアの受注以前に、
木連とのつながりがあったのではないかと逆に疑い始めるきっかけになった。
そうなると「木星の地球侵略」時に、ビッグ・バリアが役に立たなかったと言うことも、別の意味が出てくる。
最初から木連に有利なように、仕様に穴を残した可能性が出てきた。

そして致命的だったのが『木連の火星攻略時に、クリムゾン関係者の火星からの脱出』だった。

火星に木連兵器が攻め込む一ヶ月前から、クリムゾンは火星から関係者を撤退させていた。
この点についてクリムゾンは地球への事業の集中のためと説明したが、
当然のことながら、実際は人材と火星遺跡の研究結果の回収のためだった。

それに一部軍人高官と政治家の休暇および配置換えなども同じ時期に起こっており、
全てが火星から地球への移動が伴うものばかりだった。
この時に移動した彼らが、ホシノアキトの批判の先頭に立っていたことも判明していた。

しかしマスコミはクリムゾンから長年にわたってかなりのスポンサー料を受けており、
クリムゾンへのバッシングはタブーとなっていた。

人体実験の件については、ダミー会社を挟んでいたのを理由にして防いだが、
情報が洩れて世間的にはバッシングを受けた。
それでも火星からの撤退は木連とのつながっている疑いだけはかろうじて防いでいた。

だが、真相をつかみ始めたハッカー集団にとって、
この火星からのクリムゾン関係者の移動、一部軍人・政治家の移動は、
火星での開戦を知り、木連とのつながりがあったという決定的な証拠となった。

この一件から、ハッカー集団は火星から撤退した人間を徹底的にマークするようになったが、
逆にこちらについては決定打がなかった。

クリムゾンたちも尻尾をつかませないための巧妙な防御策を持っている。
どれだけ不利になっても、証拠は確実に消している。
ちなみに木連とクリムゾンたちのホットラインは相当な旧式であり、
誰も使用していない周波数だったのでつかめなかった。

ハッカー集団の捜査は手詰まりとなり、
この後、四年もの間、ほぼ捜査は進まないままになってしまった。
もはや、この捜査はサブ的な活動にとどまるようになっていた。

だが、一年前に急激に状況が変わった。
二つの強力な情報がもたらされ、彼らの活動は再び活発になった。

一つ目は、クリムゾン他の企業の悪行のレポートが、ネット上に記されるようになったこと。

これはテツヤがクリムゾンたちへの対抗策の一つとして準備したものだった。
証拠とは言えない情報であっても、事実から生じた情報であれば、
積み重なっていけば彼らを窮地に追い込むことが可能になる。

テツヤ自身は追い込まれて単身であるため、
情報を送るタイミングさえずらせばいくらでも逃げ切れる。
この利点を生かして次々にレポートを送っていた。
実際に、ハッカー集団たちはこの情報をもとに得た証拠を、
ネット上でリークして少しずつクリムゾンたちの活動領域を狭めた。

そして、二つ目が、決定的な証拠をもたらす情報と、
彼らに致命傷を与えるための指針が書かれたものだった。

まず『クリムゾンたちのプライベート回線』の情報。
彼らのプライベート回線のアドレスを突き止め、ハッカー集団たちに提供した者が居た。

当然、これはオモイカネブラザーズの圧倒的な解析力を駆使して探し当てたラピスだった。
ラピスは木星に発つ半年前にクリムゾンたちのプライベート回線のアドレスを突き止めていた。
これをその場で暴く方法も取れたが、致命傷を与えるために最適なタイミングを計っていた。

そこでラピスが目をつけたのはハッカー集団だった。

ラピスもハッカー集団のやってきたこと、
当初はアキトに敵対しようとしてきたことは熟知しており、
彼らが完全に敵に回ってしまうかどうかを観察し続けたが、杞憂に終わった。
ハッカーたちは、自らの手で真実をつかみ取って、アキトへの対抗意識が薄れ、
クリムゾンたちに疑いの目を向けていることを確認した。

そしてラピスは、彼らが逆に味方になってくれることを確信し、
ハッカー集団たちにこのアドレス情報を与えた。

そして最後に、三つの指針を与えた。

「すぐに攻撃せず、彼らの会話を聞いて、証拠を押さえてほしい」

「資金の提供をするので、大手IT企業を動かして投票アプリを作ってほしい。
 アプリの基本プログラムコードをハッカー集団で作り上げ、
 匿名の投資とともに提供すれば彼らは嫌がらない。
 この投票アプリで、全世界が敵にNOを突き付けられる状況を作る」

「そしてアキトが死ぬようなことがあったら、世の中は大きく動く。
 でも逆転劇が絶対に起こるから、それまでは動かないで。

 全世界がアキトが注目している、奇跡の起こった時…!

 その時に、彼らのプライベート回線を暴く!
 同時に、彼らの会話を録音したうち、ヤバい部分を無編集で各国のテレビ局にばらまく!
 今のうちにテレビ局にホットラインを引いておいて、下準備しておいてね。
 
 逃げ切れない状況で、彼らにとどめを刺して!」

この三つの指針が示されると、彼らは衝撃を受けた。
ハッカー集団たちのパソコンをハックした人物が…。
明らかにアキトの身内であり、強気な文面からラピスであることが想像できたからだ。
また、オモイカネという超スーパーコンピューターと、IFS強化体質者がそろわなければ、
ハッカー集団のパソコンに同時刻にハッキングを仕掛けることなどできないのもその理由だった。

クリムゾンたちがノーマークで放置していた、
「ふざけた戦艦のOS」と「ナデシコのちびっこオペレーター」は、
ハッカー集団にとって、恐ろしい実力と威力を兼ね備えた組み合わせだと共通認識があったため、
その事実をすぐに受け入れて、彼女の要求について思案した。
ラピスが、このハッキングに証拠を残さないのは分かっていた。
そもそもほぼ身動きできないほどパソコンを抑えられてしまった以上、反撃も、相手の特定もできない。

しかし、まさかこんなダーティな方法で接触してくるとは思わなかった。
そしてこんな重大な役割を見ず知らずのハッカー集団に頼むとは思わなかった。

だが彼らはこの戦争を起こしたクリムゾンたちではなく、
最初にアキトとネルガルを疑った負い目があった。
そのため、ラピスが接触したことを外部に漏らす気もなく、ほぼ無条件で合意した。

『けど…あの子はエスパーなんじゃないか?
 こんなに、うまくいくなんて…』

『また疑ってるのかい?』

『や、そうじゃないんだけどさ。
 …やっぱ違うなって』

彼らはログに証拠が残らないように慎重に言葉を紡いでいた。
ラピスがこの場にアクセスしていない以上、
外部にアクセスされても危険はないが十分に警戒していた。

『『『『日陰者の俺たちが、世の中を変えてやるぜ!!!』』』』


ハッカー集団たちはこの作戦の成功に沸いていた。




















〇地球・クリムゾン本社・会長室──クリムゾン会長
私は、目の前のホシノアキト…。
若造の癖に、この世のすべてを変えてしまったこの男を睨んでいた。
ここで我々の事を暴かれたが、まだ終われん。

ホシノアキト復活によるネット回線のパンクが収まり、
ナデシコとブローディアがひっこんでから、
あの会場に弾道ミサイルの雨あられをお見舞いすればよい。
そのために、連合軍の副長官は通話から抜けて準備を始めている。

…それまでの時間稼ぎができればよい!

勝つのは私たちだ!!

『…なぜ、俺たちを目の敵にしてきたんだ?
 あんたらほどの立場があれば、
 俺の影響があったって失脚することなんてなかっただろうに』

「言うに事を欠いてそれか、貴様…!」

私は奴のいいように耐えかねて血圧が上がるのを感じた。
先ほど、我々同盟がホシノアキトへの怨恨のこもった罵声を叫んでいた場面が
全世界に流れされてしまった。

我々がホシノアキトを妨害してきたことも、
殺そうとしてきたことも、口に出てしまっていた。
それがこの窮地を招いている。

ホシノアキトも、それさえなければ『放送事故』か何かだと思い、
勘付かなかったかもしれんが…もはや、手遅れだ。

だが、ただで消えてなるものか!!

ネルガルを伸ばすためだけの偽りの英雄が…!
名声のために一丁前に反戦を煽って、我々の築き上げた世の中を壊したホシノアキトが…!
我らの誇りを、存在意義を踏みにじった、ホシノアキトが…!

この世に生き続けることだけは許せんのだッ!

『貴様のしていることは、
 単なる地球圏のパワーバランスの破壊だ!
 反戦が進んだところで、いつか敵に強力な兵器を作られて一方的に蹂躙されるだけだ!
 それが何を招くか、分かっていないようだな!?
 
 我々が、戦争と企業の利益を、国家のバランスを!
 コントロールしてきたからこそ人類の繁栄があったと言っていい!
 
 我らが戦争を、世の中を調整したからこそ、
 最低限のダメージで人類が存続してきた!


 だが、貴様のバカげたその思想は何だ!?


 貴様の作り出した世の中が、貴様を信じた全人類が、
 将来、取り返しのつかない最終戦争を引き起こすことは明白だ!
 
 歴史は繰り返す!
 変えようがないのだ!
 繰り返すからこそ、コントロールしなければならなかった!
 
 我々のような、優れた人間に!
 地獄に堕ちることもいとわず、命を使いつぶす覚悟のある人間になぁ!

 だからこそ私達は果てしない富を得る権利がある!
 
 だからこそ貴様のような世間知らずの綺麗事しか知らん男を殺す義務があるのだ!!』



私はすでに自分が助かることなどは考えていなかった。
目の前の男が考えもしなかっただろう、我らの崇高なる役割を。

戦争のない世の中を作ることなど夢だ。
争いは人間が生き続ける限り消えはしない。
消えはしないからこそ、コントロールされれば最低限で済む。
それがどれだけの利益を守れるか、どれだけの命を守れるか分からん。
利益もなしに無制限に人間は優しくなれるはずがない。

そして人々が争わない優しい世界には、何も生まれるはずがない!

だからこそ、世界には我々が必要で、ホシノアキトが不要なのだ…!


『違うッ!

 それはあんた達が勝手に初めて、勝手にやったことだろ!?
 「俺を邪魔しろ」って全人類が言ったのかよ!?
 あんた達に「世界をコントロールして下さい」なんて、誰も言ってないだろ!?

 誰も、人を操る権利なんてない!
 
 誰も、人を殺す権利なんて持ち合わせていないんだよ!
 
 この戦争を通じてみんながそれを知った!
 
 建前じゃなく本当にそうしたいと、全人類が願った!
 

 確かに歴史は繰り返すかもしれない!
 この選択が、もしかしたら今までの戦争以上の殺戮をもたらすかもしれない!
 
 
 でも…!
 
 
 だからこそ、全人類が戦いを放棄した瞬間が必要なんだ!
 
 歴史が繰り返すなら、完全な平和をつかんだこの瞬間が!
 
 この歴史が、未来で繰り返せるかもしれないんだっ!!』


『綺麗事を抜かすな、若造ッ!!

 貴様が思うほど世の中は甘くはない!!
 
 仮に戦争を無くすことができたとしても、

 個人の間で、行き詰った者同士が殺し合うだろう!
 
 戦争という敵を憎む場を失った人間が、
 
 日常でどれだけまともになれるか!?』


『あんた…!

 決して解けない方程式を押し付けて、それで満足かよ!?
 自分のしたことに責任を持たずに、人を裁き続けるのが望みかよ!?
 
 あんたの言ってる事は、負け惜しみにしか聞こえないぞ! 

 相手に自分が一番有利になる理屈を押し付ける!
 
 あんたらのしたいことはそれだけか!?
 人の命を取り合うことが正しいことなんてあるもんかよ!
 
 確かに生きてれば殺したいほど憎むことだってある!
 
 誰かと生きて行けば、ぶつかり合うことだってある!
 
 もしかしたら殺さなきゃ気が済まないってこともあるかもしれない。
 
 
 …だけど!
 
 
 誰かの目的のために、誰かの思惑通りに殺し合うなんて!
 
 生き方を、殺し合いをコントロールするなんて!
 
 戦争しなきゃいけない状況に追い込むなんて!
 
 
 絶対に間違ってる!!
 
 
 大切な人を残して逝くようなことも!
 大事な子供を失うようなことも!
 
 
 あっちゃいけないんだよ!
 
 
 人は、みんな誰かの子供なんだから!!』


「全人類を欺いた稀代のペテン師が…!

 貴様にそんなことをいう資格があると思っているのか!?」


『おじい様、勘違いしてもらっては困りますわ!!』


私とホシノアキトが言い争っていると、突如、アリーナ会場にいるアクアの声が響いた。
会場にいる連中を見回すと、私を強くにらみつけている。
…貴様らには分からんだろうが、私のやってきたことこそが『必要悪』なのだがな。
私達が居なければ、もっとひどいことになるというのに。
だがアクアの方を見ると、自信満々に胸を張ってこちらを見ている。

…まさか、お前が!?


『アキト様は、私に騙されたのです!

 私が!このアクア・マリンが!
 
 アキト様になんとしても生きていてほしい!
 
 そしてアキト様が居なくても世の中が平和になるところを、見せてあげたいと!
 
 そう願って、アキト様を騙して保護したのです!
 北斗に説得されたアギトに頼んで…。
 
 全世界を騙し!
 
 アキト様達の死を偽装して、すべてを欺いた!!
 
 おじい様、アキト様の代わりに私の命を差し上げれば気が済むのですか!?
 でしたら差し上げてもいいですわ!
 
 それで手打ちにしてくれるというのであれば!!』


「ええいっ!黙れっ!

 貴様など、もう孫娘ではないと言っただろうがッ!」


『家を追い出されても、勘当されても血のつながりは消せません!
 私は、あなたの孫に生まれた以上、あなたを止める権利と義務があります!

 おじいさま、今からでも自首して下さい!
 
 こんなところで無意味に足掻いて、罪を重くしてどうするんですか!?』


「敗軍の将は大人しく降参しろとでもいう気か!?」


『違います!
 
 私は縁を断ったおじいさまでも、死んでほしくないだけです!
 
 このままでは、法で裁かれる前に襲われてしまうかもしれません!』


「やかましい!

 この裏切り者が!!」


……私もヤキが回ったようだな。
あの能天気なアクアに心配されるとは…。
そもそもだが、私を少しでも想う気持ちがあったらホシノアキトを殺すはずだろうが。
いや、殺さんまでも、色仕掛けでもしてスキャンダルでも作ってくれた方がマシだ。
色仕掛けがうまくいって、子供でも作ってたらさぞ燃え上がったろうな。

「それに貴様ら。
 私達の会話で、私達が妨害してきたと思い込んでいるようだが、証拠はあるのか?」

私の発言に、ホシノアキトもアクアも黙った。、
これはブラフというか、単に時間稼ぎにすぎない。
我々の証言が全世界に聞かれた以上、自白とみなされて逮捕されるのは間違いないだろう。

だが、この場のホシノアキトを言いくるめて時間を稼ぐには十分だろう。
この場で、ホシノアキトと私の舌戦に割り込める度胸があるのはアクアぐらいだ。
そしてアクア自身も、私を追い込むことにためらいがある。
なら、ミサイルが飛んでくるまでの時間稼ぎには十分だろう。

我々同盟のホシノアキトに敵対・妨害してきたというビデオ通話を聞かれたものの、
表だった証拠は残していない。
…今回のアリーナへのチューリップでの襲撃や、アカツキの襲撃については別だがな。

それも弾道ミサイルでアリーナが消滅すれば、私の命一つで済む問題ではなくなる。
証拠がどうのこうのという次元の話でなくなれば、どうでもよくなる。
全ては時間が稼げれば問題はない。
…ん?

『こんにちは、こちら日売テレビです!
 クリムゾンさん、あなた方の通話がハッカー集団から送付されてきました!
 今の会話ではなく、この一年ほどのやり取りが克明に記録されたものです!』

「何!?」

『『ええっ!?』』

突如、アリーナに居た女子アナがステージ上に上がってくると、
テレビ局との中継がつながって、この一年ほどの通話記録の…。
主に、聞かれては困る部分が流されていた。

…ツインツイスター襲撃事件のことや、アカツキ暗殺の計画について、暴かれてしまった。
ウォルフを経由したツインツイスター襲撃事件はともかく、
アカツキ暗殺は証拠が残るようなやり方をしてしまっている。
深く探られたらすぐにでも…まだだ!

この場ではアカツキのことなど、証明しようがない!
ほんの少し時間が稼げればよい…!
ホシノアキトのナノマシンで生き延びたとはいえ、少なくとも出てこれるような状況にないはずだ!
だったら、とぼけておけばよい!

「何を言っている?
 そんな会話だけで証明できるか?
 そんなことが起こってるかどうかアカツキ会長に確認を取ってみたらどうだ?」

『しかし、ここまではっきりと発言しているとなると…。
 それにバール少将にラピスラズリさんの暗殺をさせようとしたとか、
 バール少将の暗殺をしたという話も通話内容にはありますが…』

「ふざけるな!!
 そんな証拠がどこにある!?
 ハッキリとした証拠もなしに、会話だけで証明できるものか!!」


『証明できるぞっ!!
 クリムゾン!!』



突如、何年も聞かなかった、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
バカな!?
お前は、あの時に──!!

 

『貴様に逆襲するために地獄から舞い戻った、私が証人だッ!!』


『!?

 バールだと!?

 貴様、なぜっ!?』

『テロリストの襲撃から運よく生き残った私は…!
 ホシノアキトに保護を求め、いざという時の証人として生かされていた!
 
 …私が握っていた証拠を処分するために、
 私の家族を家ごと焼き殺した貴様を!
 
 公衆の面前で裁くためになぁっ!!』


『なんだと…!?』





















〇地球・テニシアン島──バール
…私はクリムゾンたちが映るテレビモニターを前に、
あの会場とつながっているホットラインからコミュニケーターから、
全世界の人間とクリムゾンたちに録音ファイルを聞かせてやった。

ホシノアキト襲撃を頼んだ少佐への依頼前の、クリムゾンとの会話。
そしてラピスラズリがいる廃墟ビルに、木連の船からグラビティブラストを撃たせるように指示をした時の会話を。

クリムゾンが、もし私を切り捨てるようなことがあれば、奴も道連れに出来るように、
常に通話するときは会話を録音して残しておいた。

私とてなにも準備をしていないわけではなかった。

あの時…ラピスラズリ誘拐事件の時に、もし私が普通に逮捕されたのであれば、
自室に置いてある、ボイスレコーダーもクリムゾンの手に渡ってしまうはずだった。
…自宅に残してあるコピーファイルと同じように、焼かれたかもしれない。

だが、そうはならなかった…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


五年前、ラピスラズリ誘拐事件の直後、
私と少佐の密談を艦隊中に流され、私は逮捕された。

自室に戻る権利もなく、戦艦インパチェンスの独房に入れられ、
眠ることもできないまま、ラピスラズリの救出劇の報道が一日中流れるテレビを見つめていた。

そして朝方、私の自宅が焼かれ、
妻と子が焼死体で発見されたニュースを見てしまった。
私は、証拠隠滅を目論んだクリムゾンの仕業だと分かっていた。

悔やんだ。
クリムゾンたちと手を組んでいた以上、
私を切り捨てるとなったら奴らが証拠を何一つ残さないようにするのは明白だった。
私が生きた痕跡をすべて消し去り、場合によっては家族に手を出すと言うことも…。
それが分かっていて、クリムゾンたちと手を結んで出世を続けてきた。

私には出世することしか他人に認められる方法を知らなかった。
誰を死なせてでも、どんな悪行に身を染めようとも、空虚な出世を続けることでしか、
人生の意味を、価値を見出す方法が分からなかった。
この期に及んでその無意味さが分かり、自分が空っぽな人間だと気づかされた。

それでも私をなんだかんだと言いながら好いてくれた妻と、頭は悪いが優しい子供。
二人には、生きていてほしかった。
それしか、残されていなかった。

だが、二人は殺された。
私が殺したも同然だ。

床を何度もたたいて、涙をどれだけ流そうと、時は戻せない。
焼き殺されていなかったとしても私が大罪人として裁かれる前に、
暴徒と化した市民に殺されていてもおかしくなかったかもしれない。
それよりはマシだと、諦めるしかないのか。

軍事行動中にクリムゾンが有利になるための工作を行い、
限りない人間を巻き込んで死なせて出世をした私にはクリムゾンを裁く権利などないと、
すべて飲み込んで奴らに殺されるのを黙って待つしかないのか。

私は無能な自分を心底呪った。
そして虚栄心にまみれて道を誤ったことを悔やんでいた。
首を吊る気力すら、失せていた。
もっとも、こんなところで自害したところで蘇生されるのがオチだろうがな。

あの出撃から丸一日程度経過したころ、異変が起こった。

抜け殻のようになっていた私の目の前が突如真っ暗になった。
艦内で停電が起こるなど、今時あり得ん。
…クリムゾンたちが私まで殺しにきたのかと身構えた。
私が世界中に注目されているこの段階で殺すのは難しいので、
まだ殺しに来ないと踏んでいたが、思ったよりも彼らが早く動いたのかと身構えた。

だが目の前に現れたのは、ホシノアキトだった…。

「な…!?」

「すみません、バール少将。
 お願いがあってお邪魔しました」

ホシノアキトは、小さなLEDランタンを持ち込んで私に話を持ち掛けた。
そして、その手には私の自室にあるはずのボイスレコーダーが握られていた。

…どうも、占いがどうこうとか最初に言っていたのは気になったが、黙っておいた。

そしてホシノアキトが語ったのは…。
今回の出来事でクリムゾンが私を始末して、証拠を消すということに気付いたので、
戦艦インパチェンスをハッキングして侵入、
この独房の監視カメラに、私が眠っている静止画を映し出して偽装。
証拠の確保と私の身柄を保護する約束を取り付けに来たのだという。
証拠になる音声と、証人がそろって初めて決定的な打撃を与えられるからと…。

…私はホシノアキトに、堂々と違法行為をしていることについてなじったものの、
普段から自分が利益を得るためこういうことをしているわけではないと、
申し訳なさそうに、情けなさそうに言っているのを見て、
また、撃たれそうになったのをホシノ兄妹に助けられた件もあるので、一応、信じてやることにした。

「…ここまででクリムゾンは分かりやすい証拠を残していないはずです。
 けど、あなたを失脚させた今回の手段と同じように、
 証拠となる音声があれば逆襲出来るはずだと思ったんです」

「そこまで読んでいたのか…」

「いえ、俺は頭が悪いんで…。
 寝てる最中にラピスに…ああ、えっと違って…。
 ちょっとした助言と占いで」

…またも夢とか占いとか、そのあたりについて問いたいが、
ホシノアキトがあまり頭が良い方ではないのは知っているので、
一度それは置いておいて別の事を問うことにした。

「…私にクリムゾンに復讐する機会をくれるというのか?」

「…そう思ってくれてもかまいません。
 あなたの家族が殺されたのも、知っています。
 …復讐なんて、良くないとは俺には言えません」

「英雄らしからぬことを言うんだな、お前は」

「俺にも色々あったんです。
 …少なくとも誰も死なない意趣返しぐらいなら、手伝います」

私はホシノアキトが目をそらしたのを見て、
この男にも過去にそういうことがあったのだろうと思った。
確かに婚約者を亡くしたとかそういう噂もあった気はしたな。
それが原動力だったとかも、どこかで聞いた気もするが…。

「だが、私が信用に足る人間だと思っているのか?
 今回の事も、お前が撃たれた時のことも知っているだろうが。
 …私を憎んではいないのか?」

「とりあえず今のところ、
 俺も、俺の大事な人も、死んでないですから」

「能天気だな。
 私はお前の一番嫌うタイプの人間だと自負しているが」

「ええ。
 …俺自身はともかく、俺の大切な人を殺そうとしたんですから。
 同じ悪党のクリムゾンに殺されるのがお似合いだと思います。

 …でも。
 大切な人を失って悔やんで、弱さを嘆いて…。
 それなのに無力に、仇に殺されるかもしれない無念は…。
 
 俺も、分かりますから」

ホシノアキトがいつもの腑抜けた表情ではなく、
どこか薄暗い、重苦しい表情で、地獄の底の亡者のような声を聴いて…。

…この男は、私を心底軽蔑し、できれば自らの手で殺したいと本当は思っている。

だが、それを飲み込んで私に接しているのは半分同情しているからで…。
分かったフリをする程度の『同情』ではなく、
自分の身に起こったことと近い出来事が私の身に起こったから言っているのだと分かった。

「…私は何をすればいい。
 何をすれば、クリムゾンを引きずりおろせる?」

「…何もしないで、静かに生き延びて下さい。
 時が来たら、あなたの証言が必要になります。
 ある場所であなたの保護をすることになっています。
 それまでは死人として、静かに過ごして居てほしいんです」

「く、くく…。
 そいつはなんとも、無能の私にはうってつけだな…」

私は苦笑を押し殺すので必死だった。
あまりにも滑稽すぎる。
クリムゾンに手を下すことも、そこまでの役に立つこともできず、
ただ、生きていろと言うのだからな。
無能な私には何もしてほしくない、ただ生きていれば証人になれると。
いい歳をした、仮にも連合軍少将にもなった男が。
本当にお笑いだ、笑うしかないだろう。

「…生き延びるのも、大変なことですよ。
 恨みを抑え込んで病気もせずに居続けるのは、簡単なことじゃありません。

 …それと。
 一応聞いておきますが、クリムゾンを殺すつもりはないんですか?」

「ああ、殺したい。
 …だが、私にそんな資格はない。
 それにお前のやり方に反する方法は取らせてくれないんだろう?」

「…すみません」

「…謝るな。
 私のような卑怯に生きてきた男の、
 人生の最期にはふさわしくないほどの大役だ。
 
 …お前が本当に不正や殺しをしていないのかは怪しいと思い始めているが、
 嘘をつけるほどの頭もなく、裏表がないのも話していて分かった。
 
 それにリスクを過分に背負ってここにきている。
 自ら出向いて真っ向から頼みに来ている時点でクリムゾンよりはまっとうだ。
 クリムゾンに一矢報いて死ねるなら本望だしな。
 信じてやろう。
 
 私を非合法的にかばうような真似をしてしまったとなれば、
 わずかでもお前の名誉に傷をつけるだろうに、
 そこまでかばわせるわけにはいくまい…」

「…はい。
 では、これを」

「…これは?」

「…俺の体内にあるのと同じ、サバイバリティナノマシンです。
 銃で撃たれても、生存できる可能性が高くなります。
 この後、敵に襲われる前に救出に来るつもりではありますが、
 仮に救出が間に合わなくても、蘇生が間に合うようになる可能性を上げるための…」

「…いたせりつくせりだな」


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そして私はホシノアキトの言う通り、連合軍本部への移送中に襲撃された。
助けに来たナオ、北辰、北斗、枝織に、
自殺防止の冷凍睡眠をかけられた状態だったのでなにも気づかないうちに回収された。

というか、実はこの暗殺グループというのが、この四人だった。

実はラピスラズリの一計で、クリムゾンの手の者が暗殺グループに連絡する際に、
自分たちのところに連絡が来るように仕組んで、暗殺依頼を横取り、
連合軍の移送中に襲撃するフリをして私を助けたらしい。
…聞かされた時はなんとも複雑な心境になった。

なんでも、ホシノユリの暗殺事件時も同じ方法で助けるつもりだったが、
それよりも前にホシノユリの育ての親の親族から襲撃を受けて泡を食ったとかどうとか…。

とにかく、私は助けられたあとクリムゾンの所有だった『テニシアン島』に落ち延びた。
この島は現在アクアの所有になっており、別荘地だった。

私はこの別荘の管理人ということで、偽名を使って過ごしていた。
管理人とはいえ内部は清掃ロボットが掃除してくれており、食料品・生活用品は定期便が届けてくれる。
たまに休暇で訪れるアクア夫妻を出迎えるくらいの仕事しかない。
衛星やドローンから捕捉されないよう屋敷から一歩も出ずに、過ごすしかなかった。

歯噛みした。
ハッキリ言って、無為に過ごすしかなかった。

クリムゾンもアクアの監視のためにこの島は時折ドローンで見に来ていたし、
ホシノアキトが死んだことになった時期には、
捜索のためにドローンで生体反応の監視をしており、うかつに動くこともできなかった。
内部の盗撮こそしなかったが、アクアがここにきていない時期に、
生体反応の数が増えていたりしたら一目でバレる。
下手なネット検索も傍受されてしまう。
そうなるとせいぜい、ネットニュースやテレビを見て日がな一日過ごすことしかできない。
無益な、死んでいないだけの惨めな余生を過ごすしかできなかった。

だがこの五年という時を…無為に過ごしてでも待った甲斐はあった。
クリムゾンの、あんな顔が見られるとは。
…証拠が限られていても、私の家族を焼き殺した件も追及できるだろう。


「クリムゾン!
 貴様のしてきたことも、完全には証拠を消せていないはずだ!
 私の証言で、余罪が無限に出てくる!
 
 貴様には似合いの最期だッ!」


『バカなことを…!
 
 貴様も加担したことだろうが!?
 
 貴様、死ぬ気か!?』



…そうとも、もう私には何も残されていない。
命を賭してすべてをぶちまけてやる。

…ついにボロを出したな。
もう、お前も助からない。

く、くくく…!
こんな、こんな…!


こんな胸の空く思いをするなんて、生まれて初めてだ!

いいザマだ!
クリムゾン!!


「ふはははははは!!

 地獄に堕ちるならお前も引きずり込んでやる!

 証拠を消すだけだったら、
 私の妻子を殺す必要はなかったろうが!?
 
 私も人の事をいえる立場じゃぁないがな!!」



そうだ。
私達のような人間が暗躍する時代は終わりだ。
色々と理由をつけて人が死ぬのを容認するような時代は、もう来ない。

これからは─。
癪だが、ホシノアキトの願うような時代が訪れる。
ついに古い時代に、幕を引く時が来ただけなのだろうな。


「くくくく…!
 
 悪党は悪党同士、
 ここらで引導を渡されるのが似合いの最期だ!!」
















〇地球・佐世保市・クリムゾン機動兵器研究所・主任室──シーラ

「うわぁ…めっちゃ囲まれちまってるじゃねぇか」

「あと一歩なのに~」

私とヒロシゲさんは、何とか格納庫に到着したものの、試作品のバッタに手が届かない。
ディストーションフィールド発生装置のバッテリーも切れちゃってるし、
電源が入ってないバッタは遠隔操作できないし…。
ヒロシゲさんの義手のロケットパンチも電源入れるのに向いてないし。
うう~~~。困っちゃったよぅ…。

「走って逃げても撃たれる。
 だが、武器もない。
 …どうする?」

「バッタの電源が入れば何とかなるんだけど~。
 ドローンの一個でもあればいいのに~。
 …あ!」
 
そうだ、この方法だ!
私のコミュニケーターをヒロシゲさんの義手にくくりつけると、
バッタのコンテナと逆に撃ってもらって、喋った。


ばしゅっ!


『ヒロシゲさん、会社の方に逃げよ!』

『おう!』


「撃てえええ!」


ばばばばばば…!


追っかけてきたガードの人は、音声の方を銃撃した。
私達は滑り込むようにバッタのコンテナに近づいた。
…セーフッ!

「行くよっ!」

「扉をぶち破って逃げるぞっ!」


ぶわっ!


私達はバッタに取っ手を取って、無理くり飛び立った。
ディストーションフィールドが弱いから、ちょっと不安だけど…!


「「うわああああああっ!?」」



「「「「ぐはあぁ!?」」」」


ずるっ…どががが…どがーんっ!



「い、いってぇ…」

「いだだだ…」

と、思ってたらディストーションフィールドが発生する前に発進したバッタが、
ガードの人たちを蹴散らすように飛んだ。
私達は少し振り回されて、落下した。
車にはねられたくらいの衝撃はあったのか、ガードの人たちは悶絶してすぐには起きられない。
私達も落下して、腰を強打した。
…で、試作バッタの方は、操縦が利かずに壁にぶち当たって大爆発を起こした。

「って、やべぇっ!?」

「あああああ、可燃性あるよ、あのドラム缶の中身!?」

試作バッタが炎上しているそばに、ドラム缶があった。
延焼したら、この格納庫は…!

「…!
 シーラ、ガードの人たちを連れて逃げるぞ!」

「う、うん!」

「動くな」


私の後頭部に冷たい感触が…け、拳銃を…!
ガード主任の人が…!?

「なにしてやがる!?
 そんなことしてる場合じゃないだろ!?」

「裏切者には制裁を…それがクリムゾンの掟だ。
 …まさか親子ともども、私が殺すことになろうとはな」

「「え!?」」

ま、まさか!?
私のお父さんとお母さんを殺したのは…!?

「あなたが…!」

「ふっ…。
 だが私も、もう疲れた。 
 ここで君たちとともに、焼け死ぬとしよう」

「なんでだよ!?
 何があった!?そこまでする理由があんのかよ!?」

「…先ほど、クリムゾン会長が悪事を暴かれたと情報が入った。
 クリムゾングループも、これでもたなくなるだろう。
  
 …負傷し、シークレットサービスとしては働けなくなった私を、
 クリムゾン会長が直々に社内ガードの主任として任命してくれた。
 
 だがそのクリムゾンもなくなるとなれば…私には、もう行き場がない。
 恩に報いて、最後の任務を果たして死のうと考えていた。
 
 これは運命だ。
 この事態も、この状況も、すべて天が定めたことなのだろう。
 
 シーラ君。
 君の両親の命を奪ってしまったことを…。
 君たちの命を奪ってしまうことを…許してほしい。
 
 私もここで焼かれて、罪を償うとしよう…」

…!
違う!
私が、クリムゾンに入ってでも、
情報が欲しかったのはそんなことを聞きたいためじゃなかったのに!

「おじさん、謝るならまだ──」


どごぉんっ!!



私が言いかけたところで、ついにドラム缶に炎が到達して、大爆発が起こった。
幸い、ヒロシゲさんはステルンクーゲルの試作機の影に入っていたので、爆風はそれほどでもなかった。
でも──。

「ぐあっ!?」

ガード主任のおじさんは、わずかに爆風を受けてしまい、背中を焼かれてしまった。
銃を突き付けられた私はガードのおじさんが影になってギリギリ届かなかった。
おじさんは握っていた銃を落として、私の背中に倒れ込んだ。

「く…。
 
 ふふ…天はよく見ているな…。
 
 悪事の方を許さず、私だけを連れて行こうというのか…。
 
 ……行きなさい。
 
 私は、ここで──」


「バカ言ってないで、しっかり立って!
 
 大した火傷じゃないでしょ!?
 
 PCMマルスのナオさんは、これ以上の火傷を負っても戦ったんだから!
 
 根性出して生きてよ!!」


「…なに?」


「私が聞きたかったのはそんな言葉じゃないの!
 
 ただ、どういう理由で死んだのか、
 殺した人は裁かれたのか、
 
 真実が知りたかっただけなの!
 
 私は、今、十分に幸せだから…!
 
 お父さんと、お母さんが居なくても、幸せになれたって、
 二人に胸をはって生きてるんだから良いの!
 
 お父さんとお母さんに、ちょっとでも悪いと思ってるなら!
 
 一生懸命生きて、自首して償って!
 
 死ぬのはその後に考えてよ!!
 
 
 バカバカバカバーーーーカ!」


「そうだ!

 てめぇの自己満足で勝手に死ぬことの、どこが償いだってんだ!?
 
 運命とか起こったことに全部ゆだねた時点でてめぇの負けなんだよ!!
 
 そういう時代じゃねぇだろ!?
 
 いくらだってやり直せんだよ、クソジジイがよぉ!?」


「な…な…!?」



私は格納庫のシャッター近くのドアに向かって、ガードのおじさんを背負って、引きずって歩いた。
ヒロシゲさんも、ほかのガードの人たちのお尻を蹴飛ばして、逃げるように促し、
無理そうな人は肩を貸して、歩き出した。


「敵を、助けるのか!?」

「敵もなにもねぇだろ!?

 アキトが教えてくれたんだよ、敵だろうと死ぬ必要はねぇってな!

 四の五の考えず、生きてから色々考えりゃいいってよぉ!」


かろうじて、私達は格納庫から逃れた。
また大爆発が起こる前に、少しでも離れておこうとして…。
病院と警察と、消防署に電話して、離れるだけ離れて、へたれ込んだ。

「…シーラ君、力持ちだな」

「わ、ワーキングマザーをなめんなっての…」

私が息を切らしているそばで、ガードのおじさんは苦笑気味に笑っていた。
…ほら、やっぱり大したことないんじゃない。
全然死ぬカンジじゃないよ、もう。

「…治療費、出してあげるからちゃんと病院行ってよ。
 それでちゃんとお父さんとお母さんのこと教えて。
 で、自首してくれるよね?」

「…ああ。もちろん。
 君たちには負けたよ」

「えへへ」

「はは、俺たちゃ人生投げてねぇからな」

…そう、私達は無茶苦茶して生きてきた。
親にさんざん苦労させられてきた。
でも大事なことも、大切な人も、いっぱいいて、いっぱい分かった。
たくさん、楽しいことして、やりたいことを全力で頑張った。
後ろめたいことなんて、なーんもないの。

…だから、憎んでる人も居ないんだ。

争うことが大事なんじゃない。
自分の感情のままに、誰かを傷つけることが大切なんじゃない。

真実を求めてあがくこともある。
でも自分の道を、人生を諦めるような戦いはしちゃいけない。

それで──!
自分の生きたいように生きる!

本当は…誰も死ぬ必要なんてないんだから。

それが…。
ホシノ会長たちが教えてくれたこと、なんだ。

…。

消火活動が続く中…。
…私達は、みんなして端末を眺めていた。

「やっぱ生きてたなぁ、アキト」

「ねー。
 さすが英雄ってカンジだよねっ」


















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・ステージ──ホシノアキト

『クリムゾン会長、あなたを拘束します。
 自害したり、下手な抵抗をするようであればクリムゾングループ全体に影響します。
 潔くお願いします』

『ちぃっ!貴様ら…!

 ホシノアキト!
 
 タダで済むと思うなよ…!』

次々と警察…時には連合軍の陸戦部隊まで入り込んで、
クリムゾンたちは拘束されて、中継から消え去った。
俺たちは呆然と逮捕劇を見つめるしかなかった。

……あっけない。
どうやったのか分からないけど、クリムゾンたちの秘密回線を暴いて、
ついでに通報までやってやってのけたのか…どこの誰が、どうやったんだ。

バール少将を生かしておくっていうのは、
夢の中でラピスがアドバイスしてくれたから俺が直接出向いたんだけど…。
…アクアとこのあたりの連携をうまくやってたのかな。
それにしてもどうやって秘密回線を…テレビ局にも話が行ってたみたいだし。

クリムゾンの捨て台詞が気になるけど…。

『連合軍の副長官を確保!
 秘匿されていた弾道ミサイルのスイッチを操作しようとしていたようです!』

『く、貴様ら!?
 どうしてここに!?』

『匿名で通報がありました!
 こちらのテレビ放送で事実確認ができましたので、直行しました!』

……あ、そういうこと。
画面に映るコンソールには、このアリーナをロックオンしているのが見えた。
ナデシコとブローディア、ブラックサレナ改があれば何とかなるとは思うけど、
核でも積んでたら困るもんな…よかった。

「…今回も君の活躍で地球が守られたな、ホシノ君」

「よ、よしてくださいよ、お義父さん。
 今回は俺、歌って文句言ってるくらいしかしてなかったんすから…。
 …俺を助けてくれた人が、居ただけです。
 顔も知らない誰かが、協力してくれたんだと思います…。
 こんな、情けない俺と…。
 
 未来の平和のために…」


「いや、君が居たからこそ地球も火星も木星も一つになったのだ!

 それは全世界の人間が認めてくれていることだ!」


わああああああああああああああっ!!



お義父さんはばっと日の丸の扇子を広げてあっぱれと言わんばかりの表情だ。
…太鼓叩くカッコしてその扇子は似合い過ぎる。

ま、いいか。
俺が何もしなくても…世界が回る。
そして、平和な世の中を選び取った…。
ホントはみんな戦争なんて嫌だったんだよ、きっと。
ずっと言い出せなかっただけなんだよ。

俺なんてちょっとだけ手を貸したくらいだと思うけど…な。


『ちょっとちょっとお兄ちゃんたち!ミスマル提督!
 早く戻ってきてー!
 
 ユリカさんもユリさんも産気づいちゃってるのよ!!
 
 励ましにこっちに来てーーーっ!!』


「「『ええええっ!?』」」



ざわわわっ!!



俺たちがしみじみと大歓声のなかで空を見つめていたら、
思わぬ出来事が…そ、そういえば二人は臨月でいつ生まれてもおかしくないんだった!
こんなドタバタ動いてたもんだから産気づいちゃったのか!?

「わ、分かったよ!
 テンカワ、そっちは片付いたか!?」

『ああ!
 お義父さん、ホシノ!
 迎えに行くぞ!』

「じゃ、じゃあみんな!また後でね!」


いってらっしゃーーーーーい!!



…アリーナのみんなは、ずいぶん素直に見送ってくれた。
楽しみにしてくれてるのかな…俺の子供……なんか照れくさいな。
だけど…。

「なあ…テンカワ」

「ん?」

「…マイクとコミュニケ、切ってくれるか」

タンデムアサルトピットに無理矢理三人乗りで乗り込むと、
俺は自分に対して、またくだらないことを考えていた。
悪い癖だと思っていても、やめられない癖だった。

「…。
 こんな風に、平和を願う人ばかりの世の中になるとは思わなかったんだ。
 テンカワアキトだった俺が生きた未来の世界…。
 いや、もう時間的には現在だ。
 
 あの世界では、俺は戦いを捨てようとして、捨てられなかった。
 憎しみを、怒りを捨てようと、遺跡を捨てることを選んだくせに…。
 結局最後には戦いを、人を殺すことを選んだ。
 
 …俺のしたことは、どんな人間よりも醜いことだ

 ミナトさんも、ユキナちゃんも、戦争に巻き込まれてすべて失った人たちも…死んでいった人たちも…。
 愛した人の死を乗り越えて、前に進もうとしていた。
 復讐をしたいと思った人もいたかもしれないけど、俺のようなことはしなかった。
 
 だから…」

「…バカ言うなよ、ホシノ。
 ユリカがひどい目に遭わされてて、まっとうな手段で取り返せないってなったら、
 自分の人生を踏みにじられたら、俺だってそうしない自信はないって。
 
 何回も同じようなことを言うなよ」

…ああ、そうだ。
こんなところでもう一度言うようなことじゃない。
お義父さんも、黙って頷いてくれていた。

「ああ、受け入れてるよ。
 …もうあんなことは起こらない。
 俺も、戦わないでよくなった。
 
 テンカワ、お前が…みんなが…。
 俺を助けてくれた、人たちが…。
 戦わないでいいようにしてくれた。
 
 だから…俺はもう戦わない。
 
 …俺、こんなにしてもらっていいのかってずっと悩んでた。
 照れくさくて、俺なんかが、ってずっと思っていた。
 
 でも…今日は素直に受け取れたんだ。

 俺は幸せな気持ちでいていいんだって、
 親になっていいんだって。
 
 そう思えたんだ…」

「…ホシノ」


俺はこんな幸せな人生を享受していいのかとずっと悩んでいた。
この幸せを享受する資格があるのかと。
昔、あんなことをした俺が…。

…昔だけじゃない、今もよくないことはしてきた。

俺が世界を反戦に扇動したことでクリムゾンたち以外にも被害を受けた人はいる。
アクアはかばってくれたが、全世界を騙した事実は変わらない。
Dを延命させるために、クローンに近い禁忌の技術をアイちゃんに造らせてしまった。
本人が納得したとはいえ、バール少将を誘拐監禁したと言われるかもしれない。
クリムゾンたちが必要以上にバッシングされて、彼らの関係者の誰かが自殺してしまうかもしれない。
そうじゃなくても俺の綺麗事に、俺を想ってくれる人たちを利用してしまっている。
ラピスと同じように、命を賭けさせてしまった。昔と変わらずに。

でも、これを回避する方法がないことも分かっていた。
神にでもならない限りは…。
神ではない俺は、荒事から遠ざかることでしか、回避できない。
これからの世の中だったら荒事そのものがだいぶ減るとは思うけれど。

でも俺とユリちゃんは結局ピースランドに残らず、顔も変えず、自分のまま生きると決めた。
かなり重い責任の伴うことだと知っていたのに。

だから俺は、良くないことをしてきた自分を受け入れることにした。
俺のせいで誰かが傷つくかもしれない、俺や大切な人が傷つくかもしれない選択だ。

この選択は、遺跡を破壊せずに外宇宙に放逐したのと似た選択だ。
将来的に誰かに逆襲される、あるいは利用されるかもしれない。

…それでもいいと、何とかできると思えた。
昔と違ってそうならない対策が準備できるうえに、俺だけが背負わなくてよくなったからだ。
この責任を自分ひとりで背負わなくていいことを、助けてもらえることを誇ろうと思った。
そのお返しが出来る方法があるなら、出来る範囲でいいからお返し出来るようにしようと思った。

…ユリちゃんと静かに二人きりで考えたことだった。
そう考えたら、肩の荷はすっと下りた。
肩に責任がのしかかると思ったら、そんなこともなかった。

俺はテンカワアキトだった頃には自分の責任を理解できてなかったんだと思う。
自分の選択が何を招くのか考えずに世間知らずのまま…。
選択しているというより、ひどいことを防ぎたくて流されてたのかもしれない。

今も世間知らずとは言われるけど、悲劇を招くかもしれないとちゃんと分かって、
心の底から受け入れて選択できるようになった。

この選択を、俺が選んだと胸を張っていられる。

だから…。
あの時、叶えられなかった夢を叶えて、
あの時よりも前に進む覚悟ができたんだ。

…はは、本当に俺って変に背負う癖があるのに、微妙に責任感のない奴だったんだなぁ。

「…ああ、悪い。
 めでたい日に、変なこと言ってごめん。
 
 …ユリちゃんたちを励ましに行かないとな」

「…ああ。
 楽しみだな」

「…ふっ。
 ホシノ君、ようやく吹っ切れたようだな。
 この上、ミスマル家の跡取りも生まれるとなると、
 
 

 いやぁ、本当にめでたいなぁ!


 はっはっはっはっはっは!!」



「「は、はは…」」


俺たち二人のアキトは、お義父さんの高笑いに対して苦笑いするしかなかった。
でも…ミスマルお義父さん、喜んでくれてるな。
未来のこと、俺も結構気にしてたもんだから、良かった。

…もっともっと幸せにならなくちゃな!!


























〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船──チハヤ


パンッ!パンッ!



「嘘…銃でも開閉装置が壊れないの!?」

「この特別飛行船、ハイジャック対策でやたら頑丈に作られてるらしいのよ!
 手りゅう弾の一つもあれば…!」

「って、ドアの前にいるみんなを巻き込んじゃうだろ!?」

「みんなダイヤモンドダスト打ってて死なないんだから、
 この際なんとかなるならそうするしかないでしょ!?」

私は意識がもうろうとする中、ライザとジュン、青葉の問答を聞いていた。
この場に持ち込まれたわずかな銃火器…。
私とテツヤの銃で、コントロールボックスを撃ってるみたい。
でも、それも徒労に終わった。
三人はまだ酸素不足の影響は受けてないみたいだけど、私はもう限界が近い…。

く、くそう…。
こ、こんなところでクソ兄貴と心中なんてごめんなのに…!
残り時間も、何分もないはず…。
ここで酸素があったとしてもここを出れなきゃアリーナに墜落して爆死するだけで…。

かといってここを出て、脱出できたとしても、
アリーナに飛行船が落ちるのを阻止できなきゃ意味がない…!
妨害電波が出てるからどれだけ離れたら通信可能になるか分からないのに…!

「ど、どうしたら…!」


「くっ…!なにか、何か方法があるはずだ!

 諦めちゃダメなんだよ!

 僕たちが諦めたら、せっかく助かったホシノも、
 
 あの会場にいるみんなも…!」



「自分の…命の心配を…しなさいっての…」

「チハヤ、喋っちゃだめよ!
 酸素が薄い状態で話したら気絶するわよ!」

…気絶しちゃった方がましな気がするわよ、もはや。
こんな絶望的な状態、どんなに頑張って意識を保っても、頑張った挙句墜落じゃぁ…。


「くそぉっ!
 
 希望はあるんだ!!
 
 だから、時間切れになる前に…!
 
 間に合ってくれ、頼むっ!!」



…希望なんてないわよ、ジュン。
こうして私達が追い込まれたのは…この絶望は必然なんだから。
タイムアップが近すぎて、間に合わないわよ。


「…!
 みんな、扉から離れて!!」


「「えっ!?」」


ぼぉぉぉ…ぼわっ!!
…がらん。


「おらぁっ!」



ドアに一番近かったと思うジュンが叫び、
ライザと青葉が動く気配がした直後、火傷するような熱風が通過した感覚があった。
…そして、空気がこの部屋に入ってくるのを感じた。


「ったく!

 世話を焼かせるんじゃぁねぇよ!
 
 せめてドアを開ける前に呼び出せってんだ!!
 
 このだだっ広い飛行船の中で、
 
 てめぇらを探すのにどれだけかかったと思ってやがる!?」


「よ、よかった、間に合った!!」


「「か、カエン!?」」



「けほっ、けほ…」

私はかろうじて、わずかに入ってきた空気を大きく吸った。
まだ動けないけど、何とか目の前の光景を見つめる余裕が出てきた…。

どうやらカエンがドアを焼き切って、倒してくれたみたい。
噂以上の火力で、この頑丈な金属のドアを…。
ジュンはこれを計算に入れていたから、希望があるって言ってたの…。
確かに戦闘能力…いえ、殺傷能力が高すぎるカエンだけは、
ライザの捜索に専念することになってた。
もし敵と遭遇したら、膠着状態を作るか逃げるかって、話してたわよね…!
酸素不足で余裕がなくて忘れてたわ!

ドアが開いた先の、アイドル仲間の顔が見れてちょっとだけホッとした。
…まだ事態は解決してないけどね。

「みんな!
 あと五分でこの飛行船がアリーナに墜落する!
 火薬が入ってて、爆破されたらアリーナが…!」

「「「「!!!」」」」」

「さっさと逃げるわよ!
 私がテツヤを背負うわ!
 ジュン、チハヤをお願い!
 青葉、このトランク持ってって!」

「え?」

「いいから!
 説明してる時間ないでしょ!!」

私がジュンに抱き上げられている間に、
ライザは青葉に人が入れそうな大きさのトランクケースを渡した。
気を付けるように念押しして…まさか本当に人でも入ってるの?

「あと、テロリストの連中は!?」

「もう拘束してヒナギクに乗せてあるわよ!
 敵であっても人命尊重ってね!」

「オッケー!
 走るわよ!」


「「「「「「おーーーーーーっ!」」」」」



そして私達は、脱出するためにヒナギクに向かった。
間に合って…!




















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船──チハヤ
私達は飛行船の中を走っていた。

「…ジュンさん、ごめんなさい。
 もう走れるから、その…」

「ふらふらの君を降ろすより、走った方が早いよ」

…そうじゃなくてあんたに抱き上げられてると、ナース服のメグミの目が怖いのよ。
確かにこうしていた方が早いとは思うんだけど…。

「…テツヤ。
 悪いようにはしないから、お願いだからじっとしてて」

「…お前はガキのお守りかってんだよ」

…ライザはクソ兄貴を背負って、ずんずん走ってる。
っていうか、聞き分けのないガキじゃない、あんたは。
ライザにお守りしてもらってるのがお似合いよ。

…でも、なんかちょっとおかしいわね。
私よりまだ回復してないっていうか、妙にぐったりしてる。
そのせいでライザも妙に気にしているみたいだし…。

そうこうしているうちに、私達は格納庫…。
というか大型機材の搬入用の出入り口にたどり着いた。
器用にヒナギク改二が車庫入れ状態になっているけど、それでも少し隙間はあった。
正規の方法で乗り付けてないだけに、不安定そうに見える。

「テツヤ、自分で歩ける?」

「…ガキじゃねぇっての」

テツヤはもう武装解除されているし、
隠して持ってるものもないって、私がさっき確認した。
縛ったままだと背負えないってことで、
ほどいてある状態だけど、もう安全だと思う…けど。


…がんっ!ずざ…!


「「あっ…!?」」


テツヤは、身体を回して青葉が持っていたスーツケース二つを蹴り飛ばした。
青葉も不意を突かれたのか、手放してしまった。
しかも悪いことに、この飛行船が先ほどの爆破でバランスを崩していて、
搬入口の方に傾いていてて、スーツケースはヒナギク改二には当たらず、
隙間を滑り落ちようとしていた。

あっ…ライザが、その二つを追いかけて、走った!?

「うぐぅぅ…とまって…!」

ギリギリ二つのスーツケースを止めて、ふんばってブレーキをかけた。
かろうじて落下せずに済んだライザは、振り向いて叫んだ。


「なんてこと、すんのよっテツ…!?」


「死ねぇっ!」


どかっ!


「あぐっ!?」



あ、あのクソ兄貴!
私達が呆気に取られている間にすり抜けてライザに向かって走り込んで、
傾斜を利用して滑って、スライディング気味にライザを蹴りつけた!?
ライザは二つのスーツケースを両手で掴んでるから、抵抗できない…!
ずるずると、さらにギリギリに追いやられて、も、もう落ちそう…!

「…そんなに放したくねぇのか?
 てめぇの外道両親が入ったスーツケースをよ?
 だったら、いいものやるぜ」


ガチャ!


「うっ!?」


「くくくっ!
 
 形勢逆転だなぁ!?
 
 ライザ、スーツケースの中身を説明しておくんだったな?

 動くなよ、てめぇら!
 ライザが死ぬぞ!

 ホシノアキトの『ダイヤモンドダスト』ってナノマシンがあろうと、
 脳の酸素供給が一時間以上断たれたら、死ぬ。
 ライザもてめぇらも不死身ってわけじゃねえんだ。
 
 ってこたぁよぉ…?
 
 てめぇを売り飛ばしたクズ両親の入ったスーツケースともども、海に落ちたらどうなる!?
 
 いくらなんでもこのタイミングで沈んでから、
 救助を頼んで一時間以内に探すのは無理だろうが!?
 
 くくく、即興で思いついたが悪くねぇな!
 
 こいつぁよぉ!」


「あ、あ、あ…!?」



テツヤは二つのスーツケースのポケットからそれぞれ一つずつ手錠を取り出して、
スーツケースのハンドルと、ライザの手首に…!?
しかも自分だけはゆうゆうと立ち上がって、ライザの頭を踏みつけてる…!
分かってたけど…この男、ほんっとに最低だわ…!

「どうした?
 お前ら、放っといたらライザが死ぬぜ?
 さっさと助けにきたらどうだよ…?

 お前の仲間は冷てェな、ライザ」

「みんな、来ないで!
 私はいいから、ヒナギクで行って!
 早くしないと間に合わないわよ!!」

テツヤ…白々しい奴!
私達が近づいたら即座にライザを蹴り落とすつもりの癖に…!
こんな、最悪最低の方法を一瞬で思いついたの!?

「…青葉!
 私の銃を持ってるわよね!?
 まだ弾はある!?」

「あるけど…ここから撃って当たったところで、仕留めそこなったらアウトよ。
 仮に一発で決めても、ライザにあのテツヤって人の身体がのしかかったらアウト。
 非殺傷弾で撃っても同じだし。
 
 …そもそも私達、殺人を禁じてるしね。
 結果が変わらないなら、やる意味もないでしょ」


「それは、そうだけど!」


「チハヤ、いいからやめて!
 みんな、お願いだからこのまま置いてって!

 私は、私を生み出した最悪の両親と、
 私を最悪に育てたテツヤを道連れに出来るならいいから!
 
 みんなを、あのアリーナに居るアキト達を、
 私達を信じてくれた人たちを守れるなら!
 
 私はそれで本望だから!
 
 
 だからお願い、早く行って!!」



ライザはボロボロ泣きながら必死に私達に前に進むように頼んでいる。

でも…そんなことなんてできないわよ…!

私はあなたの事を知りすぎてしまった。
あなたが私を助けようとしてくれたように、私だってライザを助けたいのに…!


でも、私には何もできない…!
どうしたらいいのか、分かんないのよぅ…!


誰か、教えてよぅ!!


「ライザ…!
 そんなこと出来るわけないでしょ…!
 
 バカ言ってんじゃないわよぉっ…!!」















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船──ライザ
私は自分で叫んだこと…私を見捨てることは、実現されないと分かっていた。
チハヤが叫び返した通り…みんな、私を助ける方法を考えて、じっと堪えている。
みんなが私を見捨てることなんて、出来っこない。
私も同じ立場だったら絶対できない…。
でもこのままじゃ、全滅するだけだもの…早く…!

…違う!
私がやらないといけないんだ!
私が、テツヤを一緒に引きずり落とせばいい!

さすがにこの高さから落ちたら、四人とも助かりっこないもの…!
私だけでは死なないわ、こういう場合だって想定してなかったわけじゃない!

だったら…!


じ…じじ…。


「え…?」

私が思い切ってテツヤを引きずり降ろそうと考えた直後、
ハンドルを握っているスーツケースが、少しだけ揺れた気がした。
この音、これは?!

ジッパーの音…!?


「「んむっ!んむっ!」」


「あ、あんたら、何をしてんのよ!?」


私がスーツケースの方を見たら、閉じ込められていた両親が目覚めており、
ほんの少し開いていたスーツケースのジッパーから這い出ているのが見えた。
ガチガチに縛り付けられていて、口もダクトテープでふさがれているのに、もがきながら…。

あのテツヤが、脱出されるようなミスを…ジッパーを閉じ忘れるなんて!?
いえ、もしかしたら…テツヤの身体は…。


「お、おい!?
 
 ま、待て!?」


「「んぐ、んごおおおおおおおっ!!」」


「…!?
 
 や、やめて、やめなさい!!
 
 私はまだあんたらに文句があ…!!」


「「………!!!」」


びゅおっ………………どぽん…!




私とテツヤの制止も空しく、二人はスーツケースから這い出ると、
そのまま搬入口から、自ら転げ落ちて…海に落ちて行った。

この高さから海に落ちたら…。
コンクリートにたたきつけられるのと同じくらいの衝撃を受ける。
その衝撃に仮に耐えたとしても…生きていたとしても…。
あんなに縛られていたら、浮かんで来れない。
まず助からない…わ…。

…ッ!!

「……テぇ……ツ…ヤぁぁぁ…っ!」

「ぐっ…!?」

私は軽くなったスーツケースが揺れて、
手錠のせいで傷ついた手首を、痛めるのを意に介する暇もなく…。
テツヤの足を、私の頭を踏みつけていた足を、退かして立ち上がった。

「…私を蹴り落とすのを忘れるくらい驚いたみたいね。
 私の両親が、身を挺して私を助けるわけがないって…。

 あいつらは小汚い打算で人を食い物にするクズ親だから、
 絶対にそんなことをしないって思ってたから…!」

テツヤは、思いのほか衝撃を受けて放心している様子だった。
愕然としているというか、世界の終わりでも見たような表情…。
あんたのそんな顔を見れるなんて、思いもしなかったわ。

「…あいつらのしたことは、
 こんなことでチャラにできるような罪じゃない。

 クズが一瞬だけ善人ぶって、やぶれかぶれで命を捨てても…。
 
 クズなことには変わりはない…。

 …普段の生き方が、その人の生き方だもの。

 でも…。 
 
 最後の、最期で…。

 私が一番、死んではいけない場面で…。
 
 私が大切な人たちを守りたいと、心の底から願ったこの瞬間に…。
 
 
 私を、助けてくれたわ」



「…あ…あ…う…」


「あんたの負けよ、テツヤ」


テツヤは、ただ力なく膝をついた。
魂が抜けきったように。

…そう、か。

テツヤの心のよりどころ…。
というにはあまりにもどす黒く、濁り切っているものだけど…。

自分の父親に裏切られたことが、
いとも簡単に自分と母親を捨てたことが、
人間への絶望、英雄と呼ばれた人間を貶める人生へつながった。
今、テツヤは…自分の人生を否定されたんだわ…。

…いい。
きっと、まだ立ち直れる。
残っているのは短い時間かもしれないけど、ゼロじゃない。
もしかしたら『ダイヤモンドダスト』を投与すれば、
何とかなるかもしれないし──。

!?

「テツヤっ!?」

テツヤは私が抱きしめようとしたのをすり抜けて、
力なく倒れ込み、搬入口に滑っていき、落下しそうになった。


がしっ!
…ごん…こん…。


「く、くう…」

私は慌ててテツヤの右手を取ったけど、テツヤはずるりと搬入口にぶら下がる形になった。
元々スーツケースを二つ手首にぶら下げている私は、肩が外れそうになった。
男一人背負うならともかく、落下しそうになっているのを止められるはずはない。
それでも激痛に耐えながら、何とかテツヤの右手をつかみ続けた。
両手でテツヤの右手をつかんだら、
私の両手にぶらさがるスーツケースが、
テツヤの頭を軽く挟み込むように当たって、少しマヌケに見えた。

そんなことはどうでもいいわ、どうして、こんな…!


「なにしてんのよ!?

 そんなにショックだったの!?」



テツヤは、呆けている表情のまま、ぶら下がっていた。
黙っていて、口を半開きにしている。
こんなことで精神崩壊起こすなんて、思ってなかったわよ…!


「み、みんな、手伝っ──!?

 テツヤ、やめなさい!

 もう死ぬことないのよ!?」


「…く…くく…。
 死ぬことない、だと?
 
 俺の生きる理由を、お前が奪ったんだよ…。
 
 お前と、お前の両親が…」



テツヤは自分の身体をゆすって、私の手を振りほどこうとしている。
私は耐えきれず、手を離しそうになってしまう。

「いつものあんただったら、私を殺すとかするでしょ!?
 っていうか、私に地獄までついってって欲しいの!?
 だったら、私は…!!」


「違うぜ…ライザ」


テツヤはさきほどまでの呆けた表情ではなく、
今までで一番弱々しく、でも、どこか優し気に…私を見ていた。






















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船──テツヤ
…俺は、力なくライザを見つめた。
精魂尽き果て、何もかも失い…万策尽きた…。
そして、俺に残された時間も、もはやない。

ゲームオーバーなんだよ、すでに…。

「違うぜ…ライザ」

「何が…違うの…」

「お前なんか、もう要らねぇんだよ…。
 …俺の手駒にならないような、扱いづらい女は」

「そんなこと、あとでいくらでも恨み事言いなさい!
 死んだらそれもできないんだから!!」

「…バカ言ってんじゃねぇよ、クソ女が。
 運のいいだけの綺麗事好きなアーパー女と、
 付き合えるかって言ってんだよ」

ああ、扱いづれぇ。
本当につまんねぇ女になりやがった。

俺は…。
ライザに嫉妬している自分に気付いていた。

人間なんて悪い方に堕ちるしかねぇと思っていた。
それが真実だと確信していた。
それを証明するために生きてきたと言ってもいい。

一度堕ちた人間は過去に引きずられて、今も未来も捨て去る。
運よくうまくいって浮かれていい方向に行っても、
そのうち過去を思い出してすべてを捨て去る。
だが…。

ライザは変わった。
俺の元を離れて、日の当たる場所にいることに負い目を感じていたはずなのに…。
アイドルとしてステージに立つアイツには、負い目が見て取れなかった。
そしてホシノアキトの跡を継いで世界平和を背負うつもりで、矢面に立とうとした。
流されるのではなく、自分のやるべきこと、自分のやりたいことを突き通そうとしているのが、
テレビ越しに見てもよく分かった。

本当に、心根を変えやがったんだ。
過去の自分を主観で見て憐れむ、チハヤと同じちっぽけな女が。
誰かに何か言われなければ動くこともできねぇ、奴隷がお似合いだった女が。

…それでも今日、俺に引きずられてすべてを捨て去るはずだった。

あのライザの、クズ両親がトドメを刺すはずだった。
だが、俺の計画をすべて裏切る出来事しか起こらなかった。

必勝の策が、どれもこれも破られた。

ライザも、チハヤも、撃たなかった。
追いかけてくるはずの無いゴールドセインツの有象無象が駆けつけた。
テロリストどもを蹴散らして迎えに来た。
殺したはずのアオイジュンと、青葉が息を吹き返し、
テロ対策で強化された飛行船の設備をカエンが破壊して脱出に成功し、
そして…クズ親二人は、ライザを助けるために命を捨てた…。

俺にとって最後が特に最悪だった。

人間は追い込まれれば本性を表す。
特に自分のことばかり考えている、
自分の行動がもたらす結果の分からねぇような、
大人になり切れてねぇクソッタレはな。

クズと英雄はこの点が同じで、紙一重なんだよ。
英雄なんてそういうバカじゃねぇとなれねぇ。

あのクズ両親は自分の分身とも言えるガキを売るようなキチガイだから、
ライザをキレさせるには十分だと思っていた。

そしてライザも元々自分の考えを持てねぇし、
あの英雄と触れていたならむしろ直情的になってると、俺は踏んでいた。
あの場で銃を渡されたら即撃つと思ってたんだがなぁ…。

だが、それすらも間違っていた。
何もかもが、うまくいかなくなっていた。

俺は、俺がしてきたことがすべて間違いに思えた。

世界そのものに否定された、運命に見捨てられたと感じた。

そして…。
あのクズ両親が、最後の最期で娘を想って命を捨てた。

それは──。

あの日、俺があのクソ親父を殺した日。
俺のすべてが、完全に壊れて狂ったあの日が。
無意味だったかもしれないと、疑うほどの衝撃だった。

どんなクズも、変われる可能性がある。
最後の最期でその命を、価値あるものに変えられるかもしれない。

だから…ライザの言う通りなのかもしれないと思えてしまった。
そして自分の思想の根幹を砕かれながらも…。

…俺はとてもじゃないが、信じられなかった。

自分を変えるなんて、出来るはずがない。
変えられるはずがないんだ…。
変えられてはいけない。


…俺が生涯をかけて突き通した信念を変えてたまるか!!



だから…俺は…。

「俺が今更やり直せると思ったのかよ、ライザ。
 何の得もなく、英雄を、世界を破滅させることを選ぶような…。
 
 俺みたいな救えねぇクズがよ?」

もう、飛行船はだいぶ傾いていた。
ライザもこのまま堕ちたらトランクの重さで海に沈むってのに、
必死に踏ん張っている。

時間はもうねぇ…。


「やり直せるわよ!

 生きてれば、やり直せる!
 
 それが分かったのよ!!
 
 みんなが、
 アキトが、
 あのクソったれの両親が、
 教えてくれた!!
 
 だから…!
 

 ──私と来てテツヤッ!」


…そこまでバカになれるのかよ、ライザ。
俺をかばうために、どれだけ罪を犯すつもりだ?
完璧なお前らだ、俺をここで見殺しにしたくらいじゃ傷つかないだろうにな。

…ホシノアキトたちと、五年の時が、お前をそこまで変えたのか。


…俺も。


もしかしたら…。


あの頃、だったら…。


…けっ。


「はっ…。
 おててつないで仲良くやろうってか?
 そんな下らねぇ生き方するぐらいなら…」


……ありえねぇよ。
羨ましいほどバカな奴だ、ライザ。

そんなことするくらいなら、俺は…!


がしっ。


「な!?」

「ジュン!?」

「ライザさん、一緒に踏ん張ってくれ!」

俺の手を、強く握る手。
それは…アオイジュンの、右手だった。
この状況では、いつ落下してもおかしくないのに…。
いや、アオイジュンだけじゃない。

鎖のように、全員が手をつないで…ゴールドセインツの、全員が俺を…!?

目の前でしでかしたことを飲み込んで助けようってのか!?
ライザの両親が身を投げたのは俺のせいだってのに…!?

本当にキチガイじゃねぇのか、こいつらは!?

「分かったわ…!」

「て、てめぇら…何故だ!?
 そこまでする必要が…」

「時間がないんだから、後にしてくれよ!」


ずるっ…!


「ううっ!?」

「くっ!?」

だが、こいつらの踏ん張りもむなしく…。
ライザの握力が限界を迎えていた。
男一人を、女が引き上げるのは無理だ。
アオイジュンも、片手では無理だぜ…。

「離せよ、英雄気取りども。
 てめぇらがホシノアキトもどきになったからって、
 都合よく奇跡は起こらねぇんだぜ」

全員でこの搬入口まで駆け付けていたら別だろうが、状況的に無理だ。
そして、俺は助ける価値のない悪党だ。
見捨てても、世界の誰も責めねぇだろうぜ。

「諦めてたまるかっ!

 僕は誰も死なせたくないだけだ…!
 
 君みたいなひどい男でもっ!」

「ジュン…!」

…そんなのは、偽善にすぎねぇよ。
衝動的に、思いつきで、ただ憐れんで、助けたいって動いてるだけだろうが。
そんなもんは、信念でもなければ思想でもねぇんだよ。

「ライザさん、手を離して!」

「えっ!?」


──は?


「僕を信じてくれ!
 このままじゃ君も死ぬ!
 それだけじゃなくて時間切れになる!!

 早く!」


信じろったって、お前みたいな女じみた男の細腕じゃどうしようもねぇだろうが。
だが、ライザは一瞬迷って…俺の手を離した。
…!?


びゅおっ!


「ジュン!?」


「「「「「「ジュンさん!?」」」」」


「僕は大丈夫だ!
 海に落ちても衝撃はダイヤモンドダストでなんとかなるから!
 テツヤさんは、僕が守るから!
 
 だから早く飛行船を──!」


アオイジュンは、俺とともに飛行船から落下した。
それどころか俺を抱き寄せるようにして、
自分が海にたたきつけられるのが先になるように、かばって…!?


「何故だ!?
 
 何故そこまでする!?」



頭がどうかしているとしても、自己犠牲にしても、なんにしてもやりすぎだ。
ダイヤモンドダストがあろうと、意識を失ったら死ぬ可能性は高い。
俺を抱えていたら沈んでしまう可能性もある。
うつ伏せで意識を失ってたら一時間でアウトだ。
敵を、それも俺のようなクズを、出会ったばかりの俺を、
こいつが命を賭けてまで助けようとする理由がない。
理解ができなかった。


「僕が助けたいのはあんただけじゃないからだ!

 ライザさんも、チハヤ君もあんたを殺さなかった!
 
 あんたに対して伝えたいことがあるから!
 まだあんたにしてほしいことがあるからだよ!
 
 だったら…ここで見殺しにしたら…!
 
 助けなきゃ二人の心を傷つけるだけだから!」



そんな事のために…?


「あんたにもちょっとでも罪悪感とか後悔とかあるなら…!




 二人のために、生き延びろよぉっ!!」






…バカだな、底抜けに。
俺に残された時間なんて、そうはないのによ。
英雄ごっこも大概にしとけよってんだ。


どぼぉおおん…。


…そうこうしている間に、俺たちは海に墜落した。
叩きつけられながらも、アオイジュンは意識を失わず、
俺を抱えて水上に、向かった。

















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船──チハヤ

「「「「「「…!」」」」」

私達はジュンの決死の行動に、息をのんでいた。
そしてその様子を見ていたライザが、振り向いた。

「二人とも海面に顔を出したわ!
 無事みたい!」


「「「「やった!!」」」」



……なんて方法で、あのクズを助けてんの、あのバカジュンは。
でも…これで、もう少し文句言う時間ができたか、な…。

そして、私達はすぐにヒナギク改二に乗り込んだ。
飛行船をなんとかして、あの二人を助けに行かないといけないから。
どちらも助けなければいけないので、私達は焦っていた。

「青葉、なんとかできる?」

「仮にも撃たれてるんだからちょっとは気を遣ってよ。
 …ヒナギクで体当たりするくらいじゃなんともできないわね。
 今は移動用に使ってるから武装も積んじゃいないし…。
 
 出来るだけ飛ばして、妨害電波の影響から抜け出すしかないわ」

たしかにあと何分もない。
三分ぐらいかしら…。

…?

「ライザ…どうしたの?」

ライザの方を見て、表情がすぐれないことに気付いた…メグミも?
なにか、焦ってる…なんで?

「…早く戻らないと…」

「それは、分かってるけど」

いくら二人が無事とはいえ、クソ兄貴を抱えていたら何分もつか分からないものね。
ライザが焦るのも当たり前…。
しかし私の考えが違ったらしく、
いらだつように、ライザは私を見た。

「違うの、そうじゃないのよ、チハヤ!」

「…チハヤさん。
 たぶん、テツヤさんは肺を患ってるの。
 あの…遠くから見てただけでも分かるくらい、ひどい症状で。
 病名は分からないけど…もう余命がないんじゃないかって…」

「…え!?」

「私も…テツヤの様子が妙だと勘付いてはいたの。
 ここまでやぶれかぶれになるヤツじゃないって。
 でもめまい起こしたり、言葉の端々に出てくる、
 彼らしくない必死さを見て、もう長くないって分かった。
 肺の病気とは分からなかったけどね。
 
 もし肺機能が弱っているとしたら、
 あの部屋の中で、酸素が薄い状態でいたことで負荷がかかって…。
 海に落とされて、呼吸が乱れて…。
 それに、日没近くて水温が下がっている…。
 そんな悪条件じゃ…」

「そんな…」

ジュンがあんなに必死になって、助けようとしたっていうのに、
無駄だったの…?
あいつは、このまま死ぬって言うの…?
私はあいつに言いたいことがたくさんあるのに…!


「…つながった!
 あの飛行船を、破壊して!
 爆薬が積んであるのよ!
 一人残らず避難してるから心配しないでいいわよ!」

「…オッケイ!
 北斗が飛行船を壊しに来てくれるわ!」


「「「「「やったー!!」」」」」



私達の懸念をよそに、飛行船を何とかできる算段がついたようだった。
…もう、心配するはない、わよね…。


「だったら、ヒナギクはテツヤとジュンを助けに行くわよ!
 急いで…!」

ライザが、ヒナギクを操縦をしている青葉に檄を飛ばした。
間に合って…!

一秒でも早く、戻らなきゃ…。
何年も死んでほしいって思ってたあいつを、
ほんの少しでも心配している自分に気付きながら…。

私はまた何もできないでここで座っていることしかできないことに、歯噛みした。

















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島近海・ブラックサレナ改──北斗

『北斗、急いで!』

「うるさい!
 分かってる!」

俺は敵が片付いて休んでいたところを呼び出されて不機嫌だった。
しかも一分一秒を争うというのに、ナデシコAは出産によるオペレータ不在で身動きが取れず、
カタパルトが使えずに時間がかかった。

アリーナにかなり接近した飛行船を撃墜しなければ、
アリーナが全滅するほどの火薬が積まれてるとかでな…。

ったく、俺が居なかったらアリーナ全滅していたところだぞ!?
アキト二人組は出産立ち合いで手が離せない、挙句医務室から走っていたら間に合わない!

電波妨害があったそうだが、本当に意地の悪い相手だったようだな!


「見えたっ!」


俺はブラックサレナ改を水平移動で保ちつつ、DFSの刃を可能な限り長く設定して爆発に巻き込まれないように注意した。
未だDFSの刃を発生させながらの機動はうまくできん。
出来るとしたらどれだけの集中力が必要なのか分からん…。
だが!


ざんっ…どごぉんっ!!



装甲が紙きれ同然になるDFSの刃では、飛行船などちり紙以下だ。
斬る動きすら必要ない。
刃を発生しながらすれ違うだけで十分だった。

さて、片付いたことだしナデシコAに戻るか。
アキト二人組のガキも興味はあるが、
ナデシコAに着艦してしばらくは格納庫にもう少し控えていてやるか。


…はぁ、何か今回は面倒事ばかり押し付けられている気がするぞ。




















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島近海──テツヤ

「はぁ…はぁ…。
 テツヤさん、もうちょっとだ!
 ヒナギクが見えてるんだ!
 もうちょっとだけ頑張って!」

…俺は、意識がもうろうとしていることにいら立った。
着水の衝撃は強かったが意識を保っていられた。
だが…ボロボロの肺では長くは持ちそうもなかった。
さすがに少しばかりはしゃぎ過ぎたらしい。

「…おい、ホシノアキト…もどき…」

「喋らないで!
 体力を消耗してるんだからさ!」

アオイジュンは必死にバタ足で俺が沈むのを防いで、支えてくれている。
相変わらず…無駄な努力が好きだなぁ、お前らは。


どごーん…。



「飛行船が、爆発した!?
 間に合ったんだ!」

ち、やっぱり無理だったか。
…癪なことばっかり置きやがる、今日は厄日だな…ったく。

「…お前ら、いつまでこんなことを続けるんだよ…?
 いつか後悔することになるぜ…?」

なまじ死なない身体であるだけ、拷問される立場になったらえらい目に遭う。
そしてホシノアキトといえど、永久に英雄で居られるはずがない…。
もし少しでも人気が落ちたら、今度は不正を疑われて失脚して…。
誰にも守られなくなって、生き地獄に落ちるのは避けられねぇだろうぜ。

「だから喋らないで居てくれって!
 …後悔はしなきゃいけない時にするよ。
 今はそれでいいじゃないか?
 
 それであんたは…。
 さんざんひどいことした、そうだけど…。
 
 今くらい、ライザさんとチハヤ君のために頑張ってあげればいいじゃないか」

それで相変わらず、これだよ。
能天気極まりねぇよ。
ま…そりゃそうか。
…考えなしに飛び込むようなバカがそこまで深く考えてるわきゃねぇよな。

だが…。

こいつが、あの時に、居てくれたら…。

堕ちる前に、知り合っていたら…。

俺は、もしか、したら…。


…。


それこそ、ありえねぇか。



「…せいぜい、足掻けよ。 
 人を信じて、足元をすくわれて、地獄に落ちないようにな」


「…それって、心配してくれてるのか?」


んなわけねぇだろ。
皮肉だっての、バカが。

…まぁ。

こんな風に…真心で助けられるっていうのも…久しぶりだ…。

俺の最期にはふさわしくはねぇが……悪くはねぇ。


…時間切れ、か。
目の前がまっくらだ。


…せいぜい、頑張れよ。







……英雄。




















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島近海・ヒナギク──ジュン

「メグミ、なんとかならないの!?
 おっ、お願いだから…少しだけでも、いいから…。
 ダイヤモンドダストのアンプルでも、だめなの…?」

「…手遅れです。
 蘇生のための電気ショックが効かないんじゃ…。
 このダイヤモンドダストも、本人の体力がある程度充実してないと効果がでません」

「…クソ兄貴。
 私に殺される前に死んでるんじゃないわよ、バカ…」

……。
テツヤさんの遺体の周りで、ライザさんとチハヤ君が泣いていた。
僕はテツヤさんを助けられなかったことに…うなだれていた。

僕がヒナギクに乗り上げてから、
急に大人しくなったテツヤさんが、息絶えていたことにようやく気付いた。
もっと早く気づいていたら、もしかしたら意識を保たせることができたかも…。

みんなは仕方ないことだと言ってくれるけど…。
僕自身もどうしようもなかったことだと、分かっていたけど…。
それでも、ひどく堪えた。
あれだけ必死になっても、助けられなかった。
しかも僕の不注意で、時間切れになってしまったかもしれないってなると…。
僕のしたことは無意味だったのか、僕はやはり無力な男なのかと…。

それに…僕はやっぱり戦うのには向いてなかったんだな、とも思った。
こんな大悪党が死んでもこんなに堪えるんだから、そりゃそうだよね。
…こんな風に、泣く人が必ず出るんだから。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



その後、ヒナギク改二はアリーナに停泊した。
僕たちは死体袋にテツヤさんの遺体をしまい、会場に来ている警察の人に事情聴取をされた。
状況的に「肺が悪い人を無理に連れ出して、海入れて殺した」と思われるかと思ったけど…。

実はテツヤさんはクリムゾンたちの包囲網にひっかからなかったため、
凶悪事件の犯人として仕立て上げられており、表の警察組織からの捜索対象になっていたらしい。
詳しいことは分からなかったけど、話してる限りはそういうことになっていたみたいだった…。
結局、テツヤさんの直接の死因が病死だったこと、
現場である飛行船が爆発して粉々になってしまったこと、
そして僕たちが捕らえたテロリストたちが、アリーナを襲おうとしたテロリストの一味だったことから、
それにアリーナを抜け出す時に連絡をしていたのもあって、
嘘を言わずとも、すべて事情を話すだけで事情聴取が終わってしまった。

テロリストたちも、テツヤさんが首謀者であり、武器・資金の提供者だと供述したので、
ライザさんとチハヤ君が、会場を爆発させると脅されて身柄を拘束され、
僕たちが助けに行く途中で、今回のような事態になったと…。
その後、かろうじて遺体で発見されたライザさんの両親も、
ライザさんを脅す時にテツヤさんが見せしめに投げ捨てたと言うことになった。

…もっともその流れでホシノたちが個人的に爆弾を処理してたってこともバレてしまい、
結構な騒ぎになったけどね。

もっともそれもなかったらアリーナは爆破されてたし、おとがめなしになった。
警察の人たちも、この状況下では早く動くことはできなかったことは自覚してて、
手早い現場検証も済んで、僕たちの証言をすべて受け入れてくれた。

今回は「英雄たちの暗闘」ということでケリがついた。

…そして、僕たちは再びステージに立たされることになった。
こんな出来事があって、心身ボロボロの状態で…。
僕と青葉君に至っては、消えかかってはいるけど銃創すらあるのに。

「ま~アキト様を前座にしちゃったんだし、
 やらないわけにはいかないよねぇ…」

とは青葉君の弁だ。

…結局、Peace Walkersでまた出ることになるのにね、ホシノも。
それで今は全員がステージ衣装に着替えて、楽屋で休んでいた。

なんか、知らないうちにユリカとユリさんが出産してたってのも大ニュースになってて、
この楽屋もその話題で持ち切りなんだけどね…。
当のホシノは、ギリギリまでユリさんの隣に居たいだろうから、
出番ギリギリでブローディアで駆け付けるんだろうな。相変わらず派手なやつ。

ステージをするにあたって心配なのは、ライザさんとチハヤ君だった。
何とか落ち着いた今、僕は二人に謝ることにした。

「…ごめん、テツヤさんを助けられなくて」

「ジュンさんが気にすることじゃないですよ…。
 …あいつが今までしてきたことの天罰みたいなもんだし」

「そうよ…ジュン。
 …あそこまでしてくれるなんて思ってなかったわ」

「えっと、その…必死、だったから」

…僕は二人に恩を着せたくなくて、衝動的に動いていたことにした。
少しだけ付き合ってたこともあって、ライザさんは僕にとっては別れてても特別な人だった。

…だからライザさんに後悔してほしくなくて、つい頑張っちゃったんだよね、僕は。

チハヤ君の事も、全部聞いちゃった手前、何とかしたかった。
アイドル仲間として、これからの人生で負い目を抱いてほしくなかったのもあったし…。
少なくとも何らかの落とし前をつけられれば、
二人のこれからの人生がよくなると、思えたから。

ライザさんは、僕をじっと見つめた。
…そして涙ぐみながら微笑んでいた。

「…なんかね、テツヤの顔…すっごく穏やかだったの。
 肺がやられてて、苦しかったはずなのにね。
 
 ずぅっと見てきた中で、一番ね。
 
 テツヤは死んで当然の男だったわ。
 どうあがいたって死刑にならなきゃおかしいし、
 恨みを買って私刑で殺されても当然。
 
 誰も愛さない、最低の男…。
 
 でも、あなたはそんな男を必死に助けようとしてくれた。

 もしかしたら、あなたの行動で…。 
 …最後の最期で、テツヤはなにか心変わりしたのかもね」

「…そうかな?」

僕はどうにも信じられなかった。
あんな最低なことをする男が、こんな土壇場で心変わりをするものだろうか。
ホシノの例もあったし、ないとは断言できないから、
何とか助かってほしいと思ってた部分もあったから必死になれたんだけど…。
少なくとも、時間は必要だったと思うけど。

「…ライザ」

「何?
 チハヤ?」

「ちょっとだけ思ったんだけど…。

 あいつ、ライザに説得されてもなびかなかったのに、
 ジュンに助けられて心変わりするなんて、ちょっと疑問で…。
 
 …もしかしてなんだけど。
 
 
 

 あいつ、男の方が好きだったんじゃない?」



「「ぶーーーっ!?」」



僕とライザさんは噴き出してしまった。
そんなことは、ないと思う…状況的にも、何もかも。
ないと…思いたい、んだけど…。
自分の顔立ち、考えると自信ないんだよなぁ…。


「そんなわけないでしょ!?
 
 テツヤがそんな偏った趣味してるわけないわよ!!
 
 この、バカチハヤ!」


「ば…バカァ!?
 
 見捨てられたから見捨て返したはずの男に、
 
 ほいほいついてこうとするあんたよりバカじゃないわよ!!」



「ちょ、ちょっと二人とも…。
 は、話してる内容が隣の部屋に聞こえたら困るんだけど…」

二人が叫んでいるのをみて、焦って僕は制止した…。
しかし、僕の制止なんて紙風船のごとく、
いや空気そのもののごとく役に立たなかった。


「よく言うわよね、バカチハヤ!
 
 あんたが素直になるのが遅くてこんな大事件になったの忘れたの!?」


「ああーーーっ!?
 
 それ言っちゃう!?それ言っちゃうの!?
 
 私だってねぇ!

 自分がバカなことしてた自覚はあるわよ!?
 
 でも言っていいことと悪いことがあるの分からないの!?」


「あんたこそ私の半生のしめくくりをとうとうと語ってる時に、

 思いつきで何言ってんのよ!?」


「私だって同じだわよ!!」


「何よ!?」


「そっちこそ何よ!?」


ぱんっ!


「ハイ!
 おしまいっ!」


突然割り込んできたメグミちゃんが、手をたたいて二人を止めた。
ライザさんとチハヤ君はびっくりして目をぱちくりしていた。

「アイドル続けるんだったら、仲良く!
 自分の気持ちに嘘ついて、つまんないことにならないように反省してよね!」

「「……はい」」

メグミちゃん、本当に強いよね。
…はは。
僕なんて、やっぱり役に立たないよね。

…自分の気持ちに嘘をついてつまんないことにならないように、かぁ。

はは、軍の訓練期間の僕に言ってやりたい名言だね。

「…ありがと、ジュンさん。
 でもバカだよね、あんなクズのために命を張るなんて」

「…本当に馬鹿よ。
 ありがと、ジュン。
 もうきれいさっぱり、心残りはなくなったわ」

はは、そうだよね、僕ってバカ、だよね。
……でも、ちょっとだけでも気が晴れてくれたなら、頑張った甲斐があったかな。
…ん?

「ふふ…」

「え、近いけど、なに、ライザさ────」


ちゅっ!


「「ええっ!?」」



僕はライザさんに唇を奪われて硬直してしまった。
数年前に、一時期付き合っていた時以来の、キス…。
僕は呆気にとられながらも、胸が熱くなる感触を覚えていた。

「な、な、な、な、なに?
 え、え、えと、えっと、えっと…」

「…ジュン。
 今回のことでテツヤのことをすっぱり諦められたら…。
 
 …やっぱり、あなたのこと好きだったって、気づいちゃったわ。
 
 私も素直になろうと思うの。
 自分に嘘をついて、負い目を感じるなんてバカバカしいって、
 メグミの言葉を聞いてそう思ったの。

 …メグミ!
 
 まだ結婚してないんだから、私にもチャンスがあるわよね。
 
 …油断してると、奪っちゃうわよ?」


僕が呆気に取られて、顔が真っ赤になっている気がしている間に、
ライザさんは、メグミちゃんに不敵な笑みを浮かべていた。


「~~~~~~~~~~~~ッッッ!!

 この泥棒猫~~~~~~~~~~ッ!!
 
 待ちなさい、ライザァ~~~~~~~~~~~~ッ!!」


「きゃはははは!!

 メグミ!!
 
 アイドルやるなら仲良くやるんじゃなかったの!?
 
 自分に嘘ついてつまんないことにならないようにした方がいいんでしょ!?」


「それとこれとは別ッ!!

 横恋慕なんて許さないんだからッ!
 
 っていうかそもそもユニット違うんだから、
 仲良くっても無効に決まってるでしょぉっ!!
 
 じゅ、ジュンさぁん!?
 キスされたくらいで、ときめいてなんていませんよね!?
 昔にちょっとだけ付き合ってたからってヨリを戻しませんよね!?
 
 私、浮気なんてしたら一生許さないんだからぁっ!!」


「あ…はい…」


僕はメグミちゃんの圧倒的な圧力を受けながらも…。
表面上では、はっきりと否定しながらも…。
本心ではライザさんのキスにときめいた事実を、打ち消せなかった。

…はぁ。
僕はホシノみたいにはなれないから、メグミちゃん一筋でいこうと思ってるのに…。
うう、スキャンダルだけは起こさないようにって思ってたのに…。
こんな風にドキドキしちゃうんじゃ、抑える自信がなくなってきたよ…。

「…満更でもないでやんの、バカ」

…チハヤ君、聞こえたら怖いから静かにしておいてよ。
メグミちゃんはしっかり者だけど嫉妬深いんだからさぁ…。


…ルリ君が居たら言うんだろうなぁ。










バカばっか、って。




































〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
最終局目にして、意外な登場人物の活躍が見られる回でした。
まさかのバール君復活。
しかもクリムゾンたちにとどめをさす役割をもらう大役に抜擢。
かなり前から仕込んでたので忘れてるかもですが、七十話くらいから読み返すと、
行方不明扱いになってたりします。

ああっ、こんなバールが見れる投稿作品があっただろうか!?いや、ない!!

※別にバールがお気に入りというわけではなく、
 単に意表を突きつつクリムゾンたちの情報を握ってるのが彼だけだったから。
 テツヤが味方になるのはまずあり得ないので、証人として使えるのはバールだけだった。

そしてクリムゾン、散々ホシノアキト君に綺麗事言うなとキレてたくせに、
自分のこととなると綺麗事が混じるあたり、ちょっと同族嫌悪感あるのかも?
とはいえ、傷つく覚悟のないクリムゾンではこの末路が妥当。
バール少将と一緒に、ジエンド。合掌。(死んでない

そして、またまた裏で何が起こってたのかネタバラし、
オリキャラのシーラ君たちもほぼ二十年越しの完結編。
さらにテツヤが大暴れの後、やっぱこうなるかという展開に。
ちょっと冗談めかしてる部分もありますが、チハヤが敵でなくなるためジュンに惹かれる展開がなくなり、
チハヤの因子を持つテツヤがジュンに希望を魅せられてしまうというのは割とマジだったり…。
…ジュン×テツヤとか誰得だよ(真顔)

次回は木星サイドのお話、もろもろとまとまっていくお話になります!
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
















〇代理人様への返信
>OK、てめーはそこで死ね山田w
ガイ呼びではなくヤマダ呼びになってしまったぁーーー!
ガイらしくなさすぎる展開のせいで…w
まさに「ナデシコファンの知っているヤマダジロウは死んだ」!!
いや、この場合は「ゲキガンガーを愛した漢、諸君らの愛したダイゴウジ・ガイは死んだ!何故だ!?」ですかな。




>>最後の決着
>いやー、黒幕の姿がテレビ中継されたらもうおしまいでしょ。
>ガハハ、勝ったな、風呂入ってくる!(フラグ)
ついに終わりが近づいてきたんで、こういう展開になってましたw
しかもただのテレビ中継じゃなくて、
視聴率が全世界的にほぼ100%になってしまってるチャリティーコンサートの中継中にです。
もう、超絶体絶命です。
とはいえ、今回の通り「通話シーンだけが流れる」だけだと別に致命傷じゃなくて、
単に放送事故なんですよね。
なので、バール少将が必要になった次第です。





















~次回予告~
愛、震える愛。
人間は一人では生きられない。
そんな言葉は飽きるほど聞いたぁ~~~~~!
しかし、本当にいつか人は分かり合えるのか!?
分かり合えなかったらまた殺し合いか!?
分け合えばいいじゃない、なぁ~~~んて綺麗事で切り抜けられんのか!?
人間の三大欲求をめぐって、未だに人は死ぬんだぞ!?

だけどそれも何とかできんのか、ホシノアキト!?
めでたいそばでいうのもなんだけど、人は愛だけじゃぁ~生きてけねぇんだぞぉ~~~!

あ、やべ。オリエがこっち見てる。
そろそろ、またナデシコ級にでも乗るかねぇ…。

ついに最終回が近づいて、ウリピーに次回予告を任せなおす作者が贈る、
ちょっとサクサクしすぎじゃん?系ナデシコ二次創作、


















『機動戦艦ナデシコD』
第九十七話:drop scene-劇の最終場面-その2














を、みんなで見よぉうっ!!
ラストDも、もぉうすぐだぁ~~~~~っ!!
























感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想
バールさんも悲しいなあ。
破れかぶれが格好よくもあるが、やはり悲しい。
あ、テツヤは割とどうでもいいです。ただ死ね。ひたすらに死ね(ぉ

>決して解けない方程式を押し付けて
おお、ナデシコOP二番。
イキだねえ。


>こんにちは、こちら日売テレビです!
つまり日本を売国する・・・(ry






※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL