『機動戦艦ナデシコD』
第九十七話:drop scene-劇の最終場面-その2





















〇木星・都市・機動兵器プラント・通路──ルリ
ついに…。
私達は木連の機動兵器プラントにたどり着きました。
このエリアは酸素があり、宇宙服ではなく装甲服で乗り込みました。
防弾はもちろん対レーザーでブラスター対策すらもされた特別製の装甲服です。
ほぼ全員がこの装甲服を着て、私も身の丈に合わない装甲服を着せられ、
先陣を切る突入班の後ろに控えています。

十分な警戒の元、私達は少しずつ歩を進めていました。
ヤマサキ博士の最期の抵抗がないか、機動兵器の襲撃はないか…。
ブービートラップや毒ガスや火炎などの罠などはないか、レーダーで調べながら慎重に…。
そんなものは全く出てこないとは思いますけど。

ちなみに私をホシノ兄さんと同じバイザーをつけ、黒いマントのような戦闘服を着ているラピスと、
装甲服姿のサブロウタさんと月臣さんが守ってくれてます。
さらに後ろにはアリサさん、そしてサラさん…の変装をしている夏樹さんが居ます。
こんなところまでついてくるのは少し不自然ではありますが、英雄の特権ということで。

「…ルリ、緊張してる?」

「…ええ。
 あんまりこういう荒事の現場に出てくるなんて今までなかったので」

「うん、そうだよね。
 緊張してるとすぐ動けなくなるから、リラックスした方がいいんだけど…。
 自分から動かないで居てくれた方が、こっちは守りやすいから気にしないで」

ラピスは私を安心させるために声をかけてくれて、
そして少しだけバイザーを上げてにこっと笑ってくれました。
でもすぐにホシノ兄さんが集中している時のような、冷たい静かな顔に戻りました。
いつも明るいラピスが…戦闘モードのホシノ兄さんが乗り移ったみたいです。

「…敵襲!」

「艦長、下がってください」

突如、突入班の先頭を言っていた隊員が叫びました。
同時にサブロウタさんとラピスが前に出て、私を守ろうとしてくれています。

突入班全員が対機動兵器の大口径ライフルを構えると、目の前にバッタが現れました。

艦内用の、人数不足を補うための日用お手伝い用の、一回り小さいコバッタ。
しかし、その姿は奇妙でした。
前に出てきたコバッタは──。

小さなマニピュレータが身体から出ており、
ひらひらと小さな白旗をはためかせて降参の意思を表明していたのですから。

『こうさんこうさーん!
 そんな大人数で来られちゃ僕なんてすぐにハチの巣だよ!
 こっちはもう抗戦の意思はないから、お願いだから撃たないでー!』

「「「…はぁ?」」」

あまりにも人間らしく、オモイカネのような意思表示をし始めたコバッタに、
その場に居る人間全員が首をかしげてしまいました。

『ああん、もう!
 銃を下げてくれないんだから!
 ちゃんと説明するから!
 
 僕はヤマサキ博士の共犯者なの!
 
 いいから、全部明け渡すつもりだから、ついてきてよ!』

コバッタが一方的に言うと、背中を向けてぽてぽてと人間と同じ速度で歩き始めました。
突入班の隊員たちは顔を見合わせると、銃を構えたまま移動し始めました。
どうやらレーダーにも火薬や毒物、銃器、ビーム兵器の反応がなかったようです。
そうなれば、もはや付いて行くしかないでしょう…。

…でも。
出迎えたのがヤマサキ博士ではなかった、ということは…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


やや高い天井の、冷たい廊下を歩いて五分ほど経ったでしょうか…。
コバッタが立ち止まって、振りむきました。
…ヤマサキ博士が居ると思われた部屋にたどり着いたんですね。

『ここだよ』

「地球攻撃転送指示のための制御屋…。
 地球へ機動兵器を送るために次元跳躍門の制御を行う部屋だ。
 やはり…ここに、ヤマサキ博士が」

「各員、警戒を解くな!
 レーダーは問題ないか!?」

「はっ!問題ありません!」

「よし、進むぞ!」

突入班はレーダーで異常がないことを入念に確認し、
銃を構えたままドアをくぐろうとしています。
緊張が、こちらにも伝わりますが…。

後ろでサラさんの姿をした夏樹さんが息をのんでいます。
…彼女も、うすうす勘付いているはずです。
望まなかった、最悪の結末を…。

突入班とともにドアをくぐった、その先にあったのは…。

「…自決、したのか」

「これだけのことをしでかしたんだ。
 …幕を引こうとしたらこうなるだろうな」

「…ッ!!!

 …うっ…うう…」

「姉さん、しっかり…」

ヤマサキ博士はこめかみを撃ちぬいて、壁にもたれかかって座り込んでいました。
夏樹さんが静かに崩れ落ちました…。
アリサさんに抱きしめられて、震えています。

夏樹さんはここでヤマサキ博士を抱きしめることは、許されないんです。
身分を偽っている以上、ヤマサキ博士と関係がある様に見せてはいけない。
だからうまく連れ帰って、帰りに時間を作るしかなかったんです。

この結末になった時点で、夏樹さんはヤマサキ博士の遺体に触れる権利すらなくなってしまった。
…どうして、ヤマサキ博士はこんなことを。
ラピスが夏樹さんの生存を、分かりやすく教えてくれていたのに…。

サラさんのフリをしている夏樹さんを、周りがなだめてくれています。
やはり女性にはショックが大きいと思ってくれているようで、誤魔化す必要もなさそうです。

「…艦長、あなたは見ない方がいい。
 サラさんとアリサさんと一緒に、ナデシコに戻って下さい。
 あなた達はこんな凄惨な場所に居るべきじゃない」

「…いえ、構いません。
 彼が自害するのを止められなかった責任は、私達にあるんですから。
 見届けなければ、ならないでしょう」

「…うん」


サブロウタさんが気を遣って私達に帰るように言ってくれましたが、
私達はこの結末を見届ける責任があります…ホシノ兄さんとユリ姉さんの代わりに。
そしてヤマサキ博士を止められなかった責任も…。
夏樹さんも、堪えて最後まで付き合うと場にとどまりました。

突入班の一人が、ヤマサキ博士の検死を行いました。
脳漿を含む血液がばらまかれている状況ですし、
こめかみを撃ちぬいて自殺しているのですから検死の必要などないかもしれませんが…。
こんなむごい死に方をする必要もなかったはずなのに、なぜ…。

…でも。
これで、真実は闇の中に葬られることになりました。

ヤマサキ博士が本当に守りたかったものも。
木連から戦争を奪おうとした真の理由も。

恐らく、あの遺跡ユリカさんが描いただろう、シナリオはここで終わる。

私達を…『ナデシコに関わった人たちを』不幸から救うためだけの、
途方もない繰り返しの果てにたどり着いた、結末。
ヤマサキ博士が木連の罪をすべて背負いこみ、火星の後継者の蜂起は起こらない。
ホシノ兄さんたちが無事に生きていたら…。
ナデシコのみんなも誰一人不幸にならないですべてが終わる。
地球と木連の確執も、なくなるとは言えませんがだいぶ軽くなるはずです。

…ヤマサキ博士の死も、彼女の計算通りなんでしょうね。
本物のユリカさんだったらやらないようなことを…。

…。
夏樹さん…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


この場の現場検証と検死が行われ、ヤマサキ博士の死亡確認と、
ヤマサキ博士以外の人間が居ないことが確認されました。
突入班が隅々までこの施設を確認したものの、罠などは仕掛けられておらず、
それどころか機動兵器もすべてなくなっており、
銃器もヤマサキ博士が握っているもの以外は発見されませんでした。

ある程度の現場検証が終わり、完全に安全であると言うことが分かると、
今度は調査班が大人数で乗り込んできました。

連合軍でも腕利きの、軍内部の不正が行われた時に派遣される人たちです。
そして木連の人たちが一つの班に一人ずつ入っており、
お互いに恣意的な証拠集めをしないようにけん制しつつ、行動をすべて録画しながら調査を始めています。
調査班によると早ければ一日で、どんなに時間がかかっても一週間で調査は終わるそうです。

私達は調査班が入った時点で、一度ナデシコに引き上げることになりました。
ヤマサキ博士の遺体を回収して、この遠征の報告をする必要があったからです。
細かい調査は調査班に任せ、私達を含む艦隊の二割程度はすぐに帰還、
残りの八割は調査班の調査を待って帰還、と言うことになっています。

「…無血開城とはいきませんでしたね」

「…艦長、気にしないで下さい。
 あなた達のせいじゃない」

「…サブロウタ。
 気を遣ってくれてありがと。
 
 何をしても助けられない人はいるって分かってる。
 確かに私たちはできることは全部やったよ。
 命懸けで…。
 
 でもね、サブロウタ。
 あんたならわかるでしょ」

「…ええ」

サブロウタさんは…夏樹さんを死なせたことを後悔しています。
それが自分のせいじゃないと分かっていても、後悔することをやめられない。
私達のおかれた状況と、そうは変わりないです。

夏樹さんが本当は死んでいなくても、
名前も顔も変えて、草壁夏樹としては世の中から消えなければならない以上、
生きていると伝えたところで同じことです。

私達はヤマサキ博士を説得できなかった。
可能な限りの方法をすべて取って、夏樹さんを連れてきた。
それでも、ダメだった…。

…だから私達は消えない心の傷を受け入れて生きていくんです。

胸の奥が、足取りが重たいです…。
一つの命が、自分たちのせいで失われたんですから。
地球に居るみんなに報告するのも、これから夏樹さんに謝るのも…。
私は頬に涙がこぼれて、ぬぐおうとしたところでラピスがそっと涙をぬぐってくれて、
ほんの少しだけ落ち込んだ気持ちが収まったような気がしました…。

「…しかし、ヤマサキ博士は何故、最後まで抵抗をしなかったんだ?
 追い詰められて自決するのは分かるとしても…。
 あそこまで徹底抗戦をしていた男が、
 この土壇場で一人でも道連れにしようとしなかったのは妙だな…」

「…サブロウタ。
 ヤマサキはね、きっと守りたかったんだと思うの…」

「何を…?」

「大切な人たち…。

 自分のふるさと…。

 …それに。

 命を、居場所を、何もかも奪い合うような戦争のない…。
 
 何者にも死ぬことを強要されることのない…。
 
 地球も、火星も、木星も、関係なく、天寿を全うできるような…。


 …温かい未来を」


サブロウタさんは黙り込みました。
ラピスの言っていることが分かったんでしょう。
ヤマサキ博士が、ホシノ兄さんとそう変わらないことを考えていたかもしれないと。

なぜ、ヤマサキ博士が機動兵器の大半を奪って木連の全国民を逃がしたのか。
なぜ、生存に必要なプラントを持たせて、火星に移住できるように仕向けたのか。
なぜ、火星を襲う様子を見せ、木連という国が目指した戦争が最低の侵攻だと教えたのか。
なぜ、たった一人でこの戦争を行えるように仕組み、首謀者として宣戦布告を行ったのか。
なぜ、鳥獣機の登場以降は戦闘で死者が出なくなったのか。

全てがついにつながったんです。
私達を囲む突入班の人の目が見開かれ、息をのんだのが分かりました。
宣戦布告の時、ヤマサキ博士が悪役の姿を真似したことにも意味があると気付いたんでしょう。

木連の人たちにとっては、戦う姿そのものに特別な意味があります。

木連の兵士が、自分たちの信じた正義を貫くためにゲキガンガーを真似したように…。
ヤマサキ博士は自分のすべてが悪であると示して、
全世界の敵になり、徹底的に戦争を主導し、『悪』を貫いた。

それは…。
この戦争における『悪』は、自分をのぞいて誰も居ない。
故に地球も火星も、木連も、裁かれるべきではない。
──裁かれるべきなのはヤマサキ博士一人だけ。

…ヤマサキ博士が考えていたことが、分かったんでしょうね。
木連が当初は戦争を目論んでいたことは変えられないとしても…。
機動兵器に蹂躙された、火星の人たちの、地球の人たちの死を、無意味にしたくないと、
木連全体に戦争を放棄したいと思うきっかけを与えたのは、間違いなくヤマサキ博士なんです。
それが、分かったんでしょう…。

「…本当の英雄は、この人なのかもしれません。
 許されないやり方をしたことに変わりはないかもしれませんが…。
 ヤマサキ博士が木連に正義の戦争などないことを教えてくれなかったら、
 ホシノ兄さんだけじゃ、どうにもならなかったはずです」

「…うん」

「…ねえ、ラピスちゃん」

後ろからサラさん…いえ、夏樹さんの声が聞こえました。
ずっと泣き続けていた彼女も、ついに涙が止まって…それでも悲しそうな顔のままでした。
顔を上げて、ラピスに何かを問いかけようとしています。

「…何?」

「こんなに、満足そうな顔で逝けたなら…。
 …彼はきっと幸せ、だったのよね…?」

「…分かんない。
 でも…」

ラピスは言葉を選んで、ほんの少しだけ黙り込みました。
そして…。

「…ヤマサキは最後まで自分の意思を貫いたんだと思う。
 何があっても、誰に何を言われても、絶対に曲げなかった。
 きっと…自分の命を捨ててもいいって思うほどの…。
 
 …大事なものがあったんだよ」

「…そう、なのね」

「そう、だから…。
 …私達も大事にしなきゃね。

 アキトが目指した…。
 
 太陽系すべての人間が願った…。
 
 そして…。
 

 ヤマサキがすべてを賭けて実現しようとした。


 本当の、平和を…。
 

 私達が…全人類が、守っていかなきゃ…!」


ラピスは天を仰ぐように顔を上げました。
そこには空もなく、高い天井があるだけだったけど…。
これから訪れるはずの、明るい未来を見つめているように見えて、私達もつられて顔を上げました。

…平和。

私とラピスの命も、存在も、人生も、戦争のために造られたものと言っても過言じゃありません。
でも、戦争がなかったら…なにかひどい目に遭っていたかもしれません。
それどころか、そもそも生まれていなかったかも。
どうやっても覆せない、私達の生まれ…。
でも…私達は生きていたからこそ、この平和な世にたどり着けた。

戦争の道具として生まれようと、過ちに道を狂わせようと、手が血で穢れていようと!

誰かを傷つけて生きる道を選び続けなければ…!
生きていればやり直せるんです…!

心の底からそれが信じられたら…心の底から信じる人が居れば…!

…私は、涙がこみ上げるのを堪えられませんでした。

ヤマサキ博士にも、生きていてほしかった。
死刑から免れることはできなくても、せめて夏樹さんのために少しでも生き延びてほしかった。
そして平和な世の中をあなたが造ったのだと、見届けてほしかった。

傲慢な考えだと分かっていても、そう思わずにはいられませんでした。

悪に堕ちても、助けたい人がいた。
世界から、戦争になる原因を追放したかった。
そしてあなたには心の底から信じる人がいたはずなのに…!

ホシノ兄さんと一緒なんですよ、あなたは…!?
どうして、死んだんですか!?

因果律を狂わせないためにヤマサキ博士が戦争を継続したせいで、
この繰り返しの通りに死んだ人にはとてもこんなこといえないですけど…!

完璧なんてありえないと分かっていますけど…!
誰一人逃さず助けられるはず、なんて思いあがってないですけれど!


待ってくれている大切な人を置いていって、死ぬなんて…!


ひどいです!


最低です!


こんなの…!


こんな終わり方って…ないですよ…っ!














〇木星・木星軌道上・ナデシコC・ブリッジ──ルリ
…私達はナデシコに戻って装甲服を脱いで、ひとまず二時間ほどの休憩をとりました。
緊張していたのもありますし、長時間の戦闘で疲労困憊に加えて空腹だったのもあったので…。
精神的な動揺もあったので、シャワーを浴びて気持ちを切り替えて…。
…冷静でいられないのは、まだ変わりないですけど。

そして私とラピスはブリッジに戻り、報告の準備を始めました。
もう眠ってしまいたいほど疲れ切っていましたが、まずは報告しないと。
調査班の詳しい現場検証を待って正式に報告するのが筋ではありますが、
まずは全艦隊で死者が出ることもなく、無事でいることを伝えねばなりませんし、
ヤマサキ博士の事も早めに伝えないといけません。
この遠征は連合軍の歴史の中でも最大規模で、全人類が気をもんでいます。

だから──唯一事情を知っていると思しき、例のコバッタの取り調べをする必要がありました。
格納庫にどうやって作ったのか分からないような頑丈そうな檻に入れられたコバッタ。
内部に爆発物はないということでしたが、
危険がないとはまだ言い切れないのでブリッジから通信での取り調べです。

そしてコバッタはさきほど自分で言った通り、ヤマサキ博士の共犯者だったと証言を始めました。

『僕は古代火星人の造ったバッタで、自我があるタイプなんだ。
 彼らが旅立った後、木星に忘れられていった僕は、古代火星人たちの技術を見守ってきた。
 でも古代火星人の技術を使って木連が地球へ戦争を仕掛けようとしていると知って、
 何とか止めようとしたんだけど僕にはそういう能力がなくて、困ったんだ。
 そこで、ヤマサキ博士を頼ったんだ』

「ヤマサキ博士を?
 どうしてですか?」

『僕は古代火星人の造ったコンピューターが入っているし、技術の使い方も知ってるけど、
 機動兵器を操ったり、制圧したりはできない。
 直接的な介入が難しかったんだ。
 だからヤマサキ博士を頼った。
 彼は科学者でそこそこ話の分かる人だったみたいだから。
 僕は、彼にこういったんだ。
 
 「このままでは木連は、過去の地球以上の最低の虐殺を行ってしまう。
  だから僕と協力して木星の全戦力を奪い、君が戦争を起こしたことにしてしまおう」
 
 ってね』

……。
私は頭を抱えそうになるのを堪えました。
このコバッタは恐らく遺跡ユリカさんが自分の身代わりに置いていったんでしょう。
事件解決のための『犯人役』を演じようとしているのが分かりました。
でも、もう少しキャラ付けを何とかできなかったんでしょうか。
ちょっと幼稚というか、いい加減というかざっくりしすぎてます。
言い方と論理の未熟さが『ユリカさんから倫理と知識を外したような』…。
ユリカさんらしさを感じる、ぽややんとした性格ですね。

しかし、状況的に通らないとは言い切れません。
ヤマサキ博士は死んでしまってますし、死人に口なしです。
それにこのコバッタの処理能力はオモイカネブラザーズを持ってしても解析できないレベルです。
挙句に、捜査協力中にも木連施設内をいとも簡単に操作しているのを見れば、納得は出来るはずです。
ややちぐはぐなところはあるものの、
この戦争を仕組んだのがコバッタとヤマサキ博士、という結論には至ることでしょう。

「…ねえ、あんた」

『ハイ?』

「ここにのこのこ出てきたってことは、死ぬ覚悟はできてる?
 機械だから裁判もしなくていいし、
 壊さないでも後学のためにバラバラに分解されるかもしれないんだよ?」

『はっ…!?』

ラピスがちょっとだけすごみを聞かせてコバッタを見ると、
コバッタから、流れるはずの無い冷や汗がボディに伝ったように見えました。

『ぼ、暴力反対!
 僕ぐらいになれば人格が認められてもおかしくないんだよ!?』

「…はぁ。
 言ってみただけ。
 貴重な証人をこの場でぶっ壊すわけないでしょ。
 とりあえず、あんたは地球に連行するから」

『よ、よかった…』

…ラピスも頭が痛そうです。
八つ当たりしないとやっていられないんでしょう。
遺跡ユリカさんに言いたいんでしょうね、もうちょっとなんとかならなかったのかと。
ヤマサキ博士の決意をずいぶん軽くしてしまうような気がします。
こんなにしまらない結末、あっていいのかと…。
…まあ、ユリカさんらしいとは、やっぱり思っちゃいますけどね…。

「とにかくあんたはしばらくそこでじっとしてて。
 私達じゃ処遇はまだ決めらんないけど、そのうち決まるだろうから。
 逃げ出そうとしたらウリバタケの弟子整備員に捕まったらバラバラにされるよ」

『は、はぁーい』

…ラピスはきつめの警告をして、通信を切りました。
なんか、別の意味でどっと疲れましたね…肩透かしくらった感じです。
そういえば…ラピスの予想ではそろそろ地球側も決着がついているそうですが…。
この遠征の結果を報告するのも兼ねて、連絡をしましょうか。
ユリ姉さんとホシノ兄さんの無事を確認したいです。

…夏樹さんの事は気がかりですが、今は連絡を優先しましょう。
うまくいかなかったことを謝るのも、今はまずいです。
今動くと、注目を集めてしまいます。
報告が終わって、戦闘後の確認もしなければなりませんし…。

「…ルリちゃん、な…サラちゃん大丈夫かな…」

「アリサさんが居るんです、大丈夫ですよ」

いつのまにかラピスが引っ込んでラズリさんが前に出てきてました。
ぽろぽろと涙をこぼして、心配そうにしています。
ラズリさんは、自分の身に起こりえたことが目の前で起こって気が気じゃないんでしょう。
ホシノ兄さんが『黒い皇子』だった頃に起こりえたことですから…。
でも、私達は今は動けません。

…アリサさんに任せておくしかないでしょう。


















〇木星・木星軌道上・ナデシコC・アリサとサラの部屋──夏樹
私は部屋に戻って一時間くらいずっと泣きわめいていたけど、疲れて少し眠ってしまった…。
目覚めてから、また涙がこぼれるのが止まらずに、ふさぎ込んでいた。
五年の時をかけて、ヨシオさんに一目でも会おうとしていたのに、拒絶されて…。
死なれてしまって、私のしたことは全部無意味だった。

分かってる、分かってるわよ…。

こんなことになるかもしれないのを、分かってて乗り込んだもの。
でも…もう私、なんにも残ってない…。
生きててもしょうがないわ…もう…。
…ヨシオさんの後を追いたいけど、そんなことできない。
お父様ともう会えないって分かってても、私がまた本当に死んだらお父様は…。
それにホシノアキトの絶対生存微小機械のせいでそうそう簡単に死ねないっていうし…。

…どうしてヨシオさんが死んで、ホシノアキトが生きてるのよ…。


あの人のせいで私も死ねなくなってるのに!

ヨシオさんが死んだ理由もあの人のせいだっていうのに!

ラズリだって、私を…未来の世界で殺した癖にのうのうと…!

いっそ…ラズリだけでも殺してやれば…。


…ッッッ!!


違う、そんなことは考えてなかったでしょう!?
もう決着したことにをなんで掘り返すのよ!?
ヨシオさんが死んで悲しいからって、今更恨み始めてどうするのよ!!
ヨシオさんが望んでないことを勝手に考えて!

バカなことしか考えられない私なんか…。



私なんか…。

「…姉さん、落ち着いて。
 はい、お水」


「いらないわよぉっ!」


ぱんっ。



私はアリサが差し出したボトル入りの水をはたき落としてしまった。
けど、アリサは揺るがなかった。
心配そうな顔をしているけど、情けを受ける筋合いはないわよ!

「…夏樹さん。
 一人にしておいて欲しいなら…。
 今日は、一人で寝る?」

私は…その問いへの返事を躊躇った。
自分が冷静ではないという自覚があった。
動悸がするのを抑え込めず、浅い呼吸を繰り返していた。

でも、アリサは返事をするまでは立ち去らない気がして…呼吸を整えること終始した。
少しだけ呼吸が整って、状況が見えてきて、今の自分の状態を把握しようとした。

…。
私は一人でここに取り残されたら、正気を保てる気がしなかった。
泣き叫んで、すっきりできるような状態じゃない。
人生をすべて否定されたようにすら思っている。
一人にされたら、もう何もかも終わりになりそうだった。
自殺のための自傷を繰り返すか、ラピスラズリを殺そうとするか…。
それだけは、してはいけない。
それだけは、分かっていた。

「……!!」

私は言葉にできなかった。
首を勢いよく横に振ることしかできなかった。
パニックになってぶるぶる震えている私を、アリサは強く抱きしめてくれた。
少しだけ、私の震えが収まってくれた。

…ちょっと待って、アリサは私が眠っている間、ずっと起きて待っててくれたの?

いつ目覚めるか分からないのに?
私が目覚めたら取り乱すかもしれないからって、じっと待っててくれたの?
どうして、そこまで…。

「アリサ…。
 私を、ずっと看ていてくれていたの…?
 え、えっと…三時間くらい、ずっと?
 どうして…?」

私は自分がこの部屋に戻ってきた時間を思い出して、
今の時刻を確認したら…三時間も立っていた。
アリサはその間ずっと、何もせず私を看ていたってことになるわ…。

「…夏樹さん。
 ほんのちょっとの間だけど…。
 サラ姉さんのフリをして、ここまで来たでしょ…?
 
 …私にとっては、今の夏樹さんはサラ姉さんそのものなの。
 サラ姉さんにしか、見えないの。
 
 不安に震えてる姿も、悲しんでる姿も見たくない。
 何とかしてあげたいって、思うんです」

「…勝手なこと言わないでよ。
 あなたと私は…関係、なんて…」

あくまで私はアリサとの生活を「姿を隠すため」に行っていた。
偽装のために姉妹として過ごした日々が、全く楽しくなかったとは言わないけど…。
そんな風に同情される覚えもない、私の悲しみを安っぽく消そうなんて…!
 
「…そうですよね、
 勝手な言い草だし、夏樹さんの事を考えられてないと思います。
 こんなこと、言っても何しても慰められないとは思いますけど…。
 
 今の夏樹さんは、サラ姉さんです。
 サラ姉さんは…サラ姉さんだったら…。
 
 私に泣きついてもいいんですよ…?」

「何言ってるのよ!?
 わけわからないこと言わないでよ!」

私は再び混乱を起こしそうになって、毛布をかぶって隠れた。
情けないことに私はこんなことでしか逃げられない。逃れる場所もない。
外に出ることも、なにも考えられなかった。
一人で居る勇気もないくせに、アリサを拒絶することしかできなかった。

「…聞いて、夏樹さん。

 ヤマサキ博士が願ってたこと、分かってるんでしょ…?
 …ルリちゃんとラピスちゃんが言った通りなんじゃないですか?
 
 あなただって、ヤマサキ博士は本当は優しい人だって、言ってくれたじゃないですか。
 だったら、割り切らなくていいんですよ…あなたは泣いていいんです…。
 
 一人で泣きたいなら、止めません。
 …でも、一人で居たくないんでしょう?
 
 だったら嘘でもなんでも、泣きついていいじゃないですか…。
 
 姉妹のフリでも、なんでも…。
 
 …放っておけないんです。
 このままだとどこかに消えてしまいそうな夏樹さんを…」

「……うっ。

 うあっ…っ」

私はその身勝手な言葉に、揺れた。
もう身寄りがないにも等しい、世の中のすべてから切り離されてしまった私は…。
この言葉にしがみつくしかないと分かっていた。

そして、アリサがわざわざ自分勝手なセリフを選んで話していることが分かってしまった。
姉の顔で悲しんで欲しくない、という言葉の裏にある、もう一つの意味が分かった。

私を励ましたい、支えたいと本当に想ってくれている。
同情でもなければ、私が死ぬのを止めたいという安っぽい正義感でもない。

ただ、私を…。
本当の姉のように想って、抱きしめようとしてくれている…!
それが分かったら、私は我慢できなくなった。


「ぅ…あ…。

 
 ぅう…ああああああぁーーーーーっ!

 
 アリサぁっ!!
 
 
 私、私は…ぁっ!」



私はアリサを強く抱きしめた。
彼女の胸に縋り付いて、涙を流すことしかできなかった。
こんなのみじめだと思うけど、そうすることしかできなかった。

周囲を騙すために、姉妹として過ごしたこの二ヶ月と少し…。
それは演技ではなくほんのすこしだけだけど、心を通じさせるには十分な時間だったんだと思う。
生まれも育ちも違う私達が、家族の情を通じさせることが出来ていたんだ…。

それに気付いた時、私の感情は弾けていた。 

今の私はサラの代わりでしかない。
それは変わらない。
でも、だからこそ、アリサに抱きしめられて、慰められて、泣きつく資格がある。
大事な姉妹だと、お互い思い込んで…私は受け止められていた。

「うう…ううぅ…」

「…姉さん、もっと泣いていいよ。
 
 あなたの悲しみは私の悲しみだもの…。
 いつだって半分こにしてきたんだから。
 楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、全部ね。

 だから今日も、半分こ」

「うっ、うぅっ…アリサ…」

私は…サラのフリをして抱きしめられて…満たされている一方で…。
こんな風にしてくれる姉妹が、私にも居たらよかったのにと思わずにはいられなかった。
もし、居てくれたら…また何かが変わっていたはずなのに…。

でも、それはあり得なかった。

この悲しみも、後悔も、私の人生。
私には姉妹が居なかったことも…。
過去は変えようがない。

でも、その過去がなければ…。

ホシノアキトたちを許すことも…。
ヨシオさんのために戦う道を選んだことも…。
ヨシオさんを失って悲しむことも…。
奇妙な疑似的なアリサとの姉妹関係も…。
全部なかったの…。

私は振り返る中で、気づいた。
ヨシオさんが居ない人生の方が良かったのか。
今までの人生は、無駄で、無意味で、無価値だったのか。

そう自分に問いかけた。


…そんなことない!



ヨシオさんは私にとって最愛の人。
今も、昔も、変わらずに。
心を燃やしたことを、誇れるような恋をした。

離れていてもずっとずっと愛してきた。

…だから五年もかけてたどり着こうとした。
最後に振り向いてほしかった。
だから死なれてしまったのは、死ぬほど悔しくて悲しいけど…私は拒絶されたんじゃない。
ラピスちゃんが言ってた通り…。
ヨシオさんは私のために、そして木連のために死ぬことを選んだ。

だから…。


だったら…私は…!


「…ぐすっ。
 アリサ…ありがと…もう大丈夫…」

「…本当に?」

私はどれくらい泣いてたのか分からなかったけど…。
声が枯れそうになって、喉がカラカラになっているのを感じて、
顔もきっとひどいことになっているのが分かった。
だって、アリサもひどい顔してるんだもの。涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。
…本当に、一緒に悲しんで泣いてくれたんだ。

「うん…ラピスちゃんの言ってたとおりよね…。
 ヨシオさんは…木連のために…私のために…頑張ってくれてたのに、
 私がダメになっちゃったら、悲しむから…」

「…そうね」

「…アリサ、一緒に寝ていい?」

「…うん、もちろん」

私達は、ぐしゃぐしゃの顔を洗ってから一つのベットで眠った。
この二ヶ月と少しの間、アリサとこうして眠るのは初めてなのに…。
アリサは慣れているようにすぐに眠りについていた。
そして、寝ぼけてか知らないけど…また抱きしめてくれた。
彼女の匂いが心地よくて、私は…母に抱かれて眠った子供の頃を思い出して…。
深く深く眠ってしまった…。

…。
ヨシオさん、泣き虫で、木連女子にあるまじき弱い女でごめんなさい。
でも、危ないところだったけどとどまれたの…。
助けてくれたの、地球人が。
優しいアリサが。

…軽蔑するべき地球人って教えられてきたけど、こんなに優しくて、温かいのよ。

本当にバカみたいだわ。
戦争なんてなくなっちゃって大正解よ。

…もう私みたいに悲しむ人が居なくなる。
ヨシオさんと、ホシノアキトのおかげでね…!

まだまだしばらく私の泣き虫は治らないと思うけど…。
…いつか立ち直って見せるから。
安心してね、ヨシオさん。

私は…この時を境に、少しずつ立ち直っていった。
それでも結局、火星に降りるまで、ずっと夜に泣き続けた。
アリサに迷惑をかけたって謝ったけど、気にしないで居てくれた。
抱きしめてくれた。

…本当に心がずっと軽くなった。

でも、これからの私の人生には…。

愛することのできる男性も、自分の生きる道も、

もしかしたら幸せな未来も、

一切合切ないのかもしれない。

だけど、私はこの運命を受け入れることにした。

ヨシオさんが生きていない、この世界で生き続けることを。
戦争がなくなった世界で平和に生き続けることを。

そして…。

ヨシオさんという、優しくて素晴らしい人を愛することができたことを。














〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ近海・新ナデシコA・医務室──アイ
私はテレビモニターをじっと見ていた。
歴史上あり得ないほどの、それも全世界が認める革命が起こった。

クリムゾン会長と舌戦を繰り広げているバール少将の姿が、テレビに映っている。
今後の追求で、クリムゾン会長たちが木星戦争を仕組んだと明らかになる…。
詳しくは聞かされていないけどこれもラピスとアクアの仕組んだはず。
…私は前の世界でのテニシアン島での出来事を知っているから、
あのアクアが、こんなキーマンになるなんて考えなかった。
っていうか、あの映画を作るきっかけになったのがアクアっていうのも意外だったわ。

ラピスとアクアは、本当に恐ろしいことを考えるわよ…。
あのクリムゾンたちが居なくなった後、世界を牛耳る存在になりそうよね。
しかも彼らとは違って正面から牛耳るかもしれないわ。
やましいところがないからと、堂々と。

今回は私も協力させられて結構、危ない橋を渡ることになっちゃったけど…。
…あんな未来が来るくらいだったら、禁忌だってなんだってやるわよ。
もっともバレるってことはあり得ないんだけど、ね。
ここまでの事をしたんだから、
私だってちょっとくらいホシノお兄ちゃんにお礼をもらいたいとは思ってる…。
けど、そんなことしたらどうなっちゃうかも分かってるから…。
…こういう時、自分の生き方が嫌になるわ。
自分で望んだこととはいえ、貧乏くじばっかりだもの…。

「はぁ…」

「「アイちゃん?」」

「あ、ううん。
 なんでもないの、ママ、お義母さん」

いけないいけない、そんなこと考えてる場合じゃないわ。
こういう気が抜けてる時に限ってトラブルが…。

『ちょ、ちょっと!
 医務室!アイちゃん、居るかしら!?』

「ミナトさん、どうしたの?」

『艦長とユリユリが陣痛始まっちゃったのよぉ!
 は、早く医務室に!』

「「「ええっ!?」」」

そういえば臨月で、もう予定日は明後日だったわ…!
いつ生まれるか分からないって、ナデシコに乗った時に考えてたのに!
うっかりしてたわ…!

私達、無理してナデシコで出撃しない方が良かったかしらね!?
だってテンカワお兄ちゃんとアギトが居れば片付くんだから…。

『『ううーー…』』

ああ、そんな後悔してる場合じゃないわよ!?

「医療班、ストレッチャー二台持って、ブリッジに急行!
 急ぐわよ!!」

お兄ちゃんが復活してめでたい日だけど、
こういうめでたさまで同時に来ちゃって、もう困るわよぅ!
生まれてきた子供に、会う度にこの日のことずっと言ってやるんだから!
急がないと!!

















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ近海・新ナデシコA・医務室──ホシノアキト

「やっときた!
 ほらおにいちゃん、励まして!」

「ユリちゃん!!」

「あ、アキトさぁんっ…ううう、うぐううう…」

「が、頑張って!」

俺は言われるがままに医務室に飛び込むと、ユリちゃんの手を握って励ました。
す、すごい力で握り返されてるけど…ど、どうしたらいいんだ!?
ユリちゃんもユリカ義姉さんも、すごい

「うわぁあああん!アキトぉ!
 痛いよぉおう!」

「が、頑張れよぉ!」

「麻酔かけてあげるからちょっと我慢して…。
 って、二人とも、うろたえてないでしっかりしてよ!?
 お父さんになるんでしょ!?」

しゅ、出産って命懸けっていうけど、ホントだよな…。
っていうか、俺たち、頑張れしか言えないのちょっと情けない…。
分かっちゃいる、アイちゃんに言われるまでもなく、それは分かっている…。
でも、代わってあげられないし、どうしたらいいのか…。

「そうだぞ、しっかりせいっ!」

…お、お義父さん。
言いながらも緊張で顔が赤くなってますよ…。
そういえば、ユリカ義姉さんの出産の無理が祟ってお義母さんは亡くなったとか言ってたな。
その時のことを思い出して気が気じゃないんだろうな…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


数時間の死闘の後、俺たちの子供は生まれた。
俺とユリちゃんの子は双子で、男の子と女の子、
テンカワとユリカ義姉さんの子は、女の子だった。
その場に居た全員がホッとして脱力していた…いや、力尽きていた。

…知識としては知っていたけど、出産ってこうも壮絶なのか。
本当に一つの命が生まれ出るというのはすごいことだ。
…簡単に無くしていいものじゃないよな…人ひとりの命って…。

「あき…とさん…」

「よく頑張ったね、ユリちゃん…」

「アキト…ぉ」

「ユリカ、良かったな…」

「よくやったぞ、ユリカ、ユリ…!」

母子ともに健康だと、診断されてようやく一息ついた。
お義父さんもこの時ばかりは声を張り上げることもなく、静かに泣いていた。

俺は静かに、疲れ切ったユリちゃんを見つめていた。
…俺のせいで本当に苦労ばかりかけてきた。
それなのに、ユリちゃんはこうして笑って俺を見てくれている…。

そして隣のベットに寝ているユリカ義姉さんと、テンカワの姿が見えて、
こうして別人として見つめるしかない悔しさもあったが、
この光景を守ることが出来た嬉しさに震えていた。
…これだけでも、俺は普通の二倍幸せなんだろろうから、これ以上考えないでいい。
ラピスとラズリのこともあるし…はは、また最低なことかんがえてるよ、俺。。

…でも、三人を愛したいと心の底から思っている。
そしてそうしなければ意味がないと分かっていても、
ユリちゃんだけを愛することはできないのは、それはそれで辛いもんだな…。
…最低というか、今度はすごく贅沢なこと考えてるな。俺。

だから今は…せめて今は…ユリちゃんだけの俺で居たい。
それで、いいはずだから…。

「…アキトさん」

「何だい?」

「…ステージに戻って下さい。
 みんなが待ってます。
 私はみんなが居れば大丈夫ですから」

「え…」

俺はもう今日はここに居るつもりでいたから、ユリちゃんの言葉に驚いた。
会場だって、俺が戻らなくても誰も怒りはしないと思うし…。
ここから無事に生まれたって、通話でお礼を言って終わりでも良いと思っていたのに。

「で、でも」

「さっきアキトさんが歌ってる姿を見て、思ったんです。
 いつも半端がな自分が嫌で、嫌々やってたアキトさんが、
 今日はすごく楽しそうに歌ってました。
 本当に楽しそうに…望んでステージに立てるようになったんだなって…。
 …アキトさん、自分のために、みんなのために歌えるようになったんだって分かったんです。

 だから、全力で歌ってきてほしいんです」

「え、えっと…だけど…。
 ユリちゃん、こんな大事な日なのに、
 頑張ってかわいい子供を産んでくれたのに、そんな、こと…」

「そうだぞ、ユリ…。
 こういう時くらい、甘えていいんだぞ」
 
「…一ヶ月も、アキトさんを独占できましたし、いいんです。
 あんなに甘えさせてもらったから…私は大丈夫です。
 
 みんなに応えてあげて下さい。
 あなたの思った通りに、声を届けてあげて下さい。
 
 もうパイロットも、エステバリス操縦教官も、しなくてよくなったんですから。
 英雄としてではなく、一人のアイドルとして…。
 兼業するなら、まだアイドルの方が平和でいいですし、
 アイドルとしてだったら、みんなのために前に立つアキトさんでも安心できます。

 …だから」

ユリちゃんは…俺の心を見透かすように見つめていた。
ユリちゃんが言っているのは…俺がステージ上で感じたことだ。
…確かに、そっちの方が、いいのかもしれない。
英雄として見られるより、単にアイドルとして見てもらえる方が…。

「…英雄としてではなく、アイドルとして、かぁ。
 屁理屈だけど、いいかもしれないね…」

「でしょ?
 …もう、誰も邪魔しませんから、ね?」

「…うん。分かった!
 行ってくる…!
 でも、今日が終わったらまたしばらく休みもらうから!
 ずっとそばに居るからね!」

「はい!」

「…テンカワ、お義父さん!
 ユリちゃんとユリカ義姉さんを頼みます!」

「「お、おい!?」」

俺は二人が止めるのも聞かずに、医務室を飛び出て走り出した。
…もう、俺は英雄じゃないなんて、言えない。言っちゃいけない。
そんなレベルの英雄に、なっちまったけど…。
でも、英雄がしなきゃいけないことからはことごとく逃げてきた。

色々考えたけど…それでいいと俺は思っている。
世の中を、自分の好きに変えようとし続けたら、取り返しがつかない。

もしも過去の英雄に出会うようなことがあったとしたら…。
もっと世の中に関わるべきだと、もっと世の中を自分で変えるべきだと、忠告すると思う。
システムを変えなければ平和を創ることもできない、自分を守ることさえもできないと言うだろう。

それでも命を軽んじてはいけないこと、戦争の真実を追求すること、
戦争の意義を疑って欲しいということを伝える以外はしてはいけない。

いちいち何かが起こるたびに直接介入するようなことがあれば、クリムゾンたちとそうは変わらない。
こんな曖昧なやり方だって影響は小さくないのに、政治家になったりしたらどうなるか。
…俺みたいな頭の悪い人間がしていいことじゃないよ、そんなことは。
俺たちはきっかけを与えることができればいいんだ。
戦争が起こりそうな時に、本当にそれでいいのか考えるきっかけを…。

だから…心のままに歌うくらいでいい。
…心に訴えることだから、その方が厄介だとクリムゾンたちは笑うだろうか。
でもそこから先の事は、みんなで考えればいい。

俺が直接、何かを教えることなんて、何かを決めることなんてできっこない。

…にしても、本当に俺ってやつは…。

「…はは、俺がアイドルかぁ」

昔のナデシコのみんなが見たら、どんな顔をするかな。
俺が、こんなことをしている姿を見たら…。
…笑ってくれるだろうか?

(嬉しそうだね、ふふっ)

…ホシノアキト坊やか。
本当の…この世界の俺の意識…。
久しぶりに声を聴いた気がするな。

お前こそ、楽しそうだぞ?

(そりゃそうだよ、こんないい日なんだから。
 意見が一致してる時は溶け込んじゃってるから、お互い意識しないだけだよ)

それじゃ、今日は意見が違うのか?

(ううん、意見は一緒。
 でも、久しぶりにお話したくなったから。
 
 …でもそろそろ坊やはやめてくれないかなぁ。
 今日は僕もお父さんになれたんだし、
 実年齢者14歳なんだから、坊やって年頃でもないでしょ?)

14歳が親って歳でもないだろ?
まあ、俺と割り勘で21歳ってことでいいだろうけどな。
お前もちょっとは賢くなったよな。

(…テンカワさんこそ。
 すっかり毒が抜けたよね。
 この五年できれいさっぱり)

…ああ。
俺の後悔は、ほとんど取り戻せたからな。
ラズリもずいぶんよくなった…完全には元通りは無理だでも、
全員で幸せになれるように頑張れば、きっといつかは…。

…あと一息だ。

(…ラピスさんとラズリさんにも早く会いたいね)

ああ。
いや…ここからが一番大変だろうな。
こんな劇的な復活して、ユリちゃんの出産があったのに、
急に離婚してラピスとラズリと結婚するなんて、世間になんて言われるか…。
…英雄扱いが終わるきっかけになればそれはそれでいいんだけどな。

(一緒に頑張ろうね)

…そうだな。
それに、お前のおかげで俺は『黒い皇子』にならずにいられるようになった。
感謝しきれないくらい感謝してるよ。

(こちらこそ…ユリさんを救ってくれて、ありがと。
 そのままの僕だったら、ユリさんはきっと…)

俺たちは二人で一人だ。
今更気にすることじゃない、かな。

…歌おう。
ステージに戻って、すべて出し切るぞ!

(おーーーーっ!)

『お帰り、アキト兄ぃ!
 アリーナに戻るんだよねっ!
 私もステージ楽しみにしてたんだから!」

「ああ、待たせたな。
 …張り切っていくぞ!」

俺はブローディアに乗り込み、アリーナに向かった。
ディアがけたたましく話しかけてくるのをなだめながらも…。
また肩の荷が下りたような心地になって、心が軽やかになっているのを感じた。

全てが変わった。

…これからどうなるかは分からない。
分からないが…少なくとも、戦争は起こりにくくはなると思う。
少なくとも、せめて俺たちが死ぬまでは…。
いや…孫の代くらいまでは、戦争が起こらない世の中になるといいな。

…おっと、楽屋に早く行かないと!


















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ近海・新ナデシコA・医務室──ユリ
…アキトさんが、ステージ上で楽しそうに歌ってます。
かっこいい…。
六年前から芸能活動していた頃は、あんまりこういう姿を見れることなかったですけど、
照れくささも何もかも捨てて、自分の出来ることを精一杯して、声を届ける姿…。
すごい、カッコよく見えちゃいます。

「ユリ、何故あんなことを?」

呆然としていたお父さんが、ようやく再起動して私に話しかけてきました。
ユリカさんも、テンカワさんも、私の方をじっと見つめてます。

「ちょっと、話しておきたいことがあって」


ぴっ。


『ユリカ姉さん!?ユリ姉さん!?出産したってほんとですか!?
 おめでとうございますっ!』

『ユリ、ユリカ、お疲れ。
 おめでとね』


「「ルリちゃん!?ラピスちゃん!?」」
「「ルリ!?ラピス!?」」



『ユリちゃぁあん!!ユリカお姉様ぁっ!!
 おめでとぉっ!』


「「「「うわあっ!?」」」」


「「「みぎゃーーーーっ!!」」」



…遠くから、子供たちの鳴き声が聞こえます。
隣の部屋の保育器に入っているはずなのに、思いっきりラズリさんの大声が届いてしまったようです。

「ラズリさん!!声が大きいですっ!
 子供がみんなびっくりして泣いちゃったじゃないですか!!
 …はぁ…ふぅ…」

『あっ、ごめん、なさい…』

ラズリさんは先ほどまでの元気いっぱいな様子から一転して、
急にしおらしくなってしまいました…。
…たぶん、無理して元気なフリをしたんでしょうね。
これは…。

「はぁ…はぁ…。
 ええっと、大丈夫です…。
 ここに通信を入れてきたと言うことは…」

『あ、ミスマルお父様もいるじゃん。
 ちょうどよかった、木星遠征の報告もするよ』

「む、むう。
 報告を受けよう」

二人は連合軍本部の方には既に報告済みらしく、お父さんがこちらに居ると聞いて通信したんでしょう。
それで私達の出産や、アキトさん達の無事も聞いたみたいです。
…しかしお父さんも太鼓姿では決まりませんね。

それからルリとラピス、ラズリさんは静かに報告を伝えてくれました。
ヤマサキ博士は結局、自害してしまって真相は闇の中…とはならなかったようです。
どうやら古代火星人に影響を受けた人格を持ったコバッタが彼をサポートしており、
このコバッタの提案で戦争を奪う算段をした、ということになったようです。

五年前のラズリさんの推測では、
ヤマサキ博士のバックには遺跡ユリカさんが居ると言うことでしたが…。
その方が納得がいくことの方が多いです。
人格を持ったコバッタはカバーストーリーのために置いてったんでしょうね。
…彼が自害しなかった時のために最初から仕組んでいたってことでしょう。

『…ごめんなさい、ユリちゃん、お父様。
 ヤマサキさんを助けられなかった…』

「…仕方のないことだ。
 彼の決めたことを、我々がどうこうできん…。
 真相の究明にはもう少しかかりそうか?」

『いえ、そのコバッタが詳しく説明してくれたこともあって、順調です。
 艦隊の一部と調査班を残して、八割がたは撤退できそうです』

とはいえ、調査するだけ無駄でしょうね。
本物のユリカさんは戦術以外ではポカをすることもありますが、
遺跡ユリカさんは…たぶん完璧に対処していることでしょう。
何しろ古代火星人の遺した、ボソンジャンプを可能にする超高性能演算装置です。
たった一つの証拠も痕跡もなく、どこかに姿を消しているはずです。
彼女については、私達も、全人類もどうしようもできない。

それでいいはずです。

そして全世界がボソンジャンプと手を切ることで、
ようやく本当の世界平和が訪れるんですから…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そしてルリ、ラピス、ラズリさんの三人の報告が終わると、
全員が無事にすべてを終えたことを喜び合って、通信を終えました。

夏樹さんのことは言わなくても分かりました。
サラさんが地球に残っていたこと、DFSをマスターしたこと、
今日の報告中のラズリさんの表情がすこしだけ硬かったことから推測はできました。
木星の遠征に向かっているサラさんのフリをして夏樹さんが木星に向かい、
暗殺されてた振りをして、ひそかに木星にたどり着いたってことでしょう。
…でも、その夏樹さんを残してヤマサキ博士は自害してしまったんですね。

…すべてうまくいく、ってことはやっぱりありえないんですね。

遺跡ユリカさんという人間も運命も改変する能力と、
四万年を超える経験、全知全能をつかさどると言っても過言ではない知識量、
人知を超える計算能力をもってしても、たった一人の男性を救えなかった。

…本当は遺跡ユリカさんも、ヤマサキ博士を死なせたくはなかったと思います。
そうでなければわざわざ、人格を持ったコバッタなんて準備してるはずがないです。
事態をスムーズに収束させるための嘘。
『たった一人の人間が始めた』という建前を守るための、カバーストーリーにすぎません。

でも、ヤマサキ博士は自分を裁いて消えるなんて、まるで…。
……。

「ユリ?」

「あ、はい…。
 なんでも、ないです」

…いえ、今だけは忘れていましょう。
私達にはまだ時間がたっぷりあります。
悔やむのも、何もかも、いくらでもできます…。
自分のせいだと、罪を背負うことなど、ヤマサキ博士も夏樹さんも望んでいないはずです。

自分のするべきことをやり遂げようとして、
自分の願いを叶えたい夢を叶えようとした。
そして自分の愛する人のために、戦争を止めようと戦い続けた。

私達と、ヤマサキ博士たちに、それほど大きな違いはありません。
やり方と、立ち位置が違っただけなんですから。
全員、受け入れてることです。

だから、私は…。
かけがえのない家族との…。
そしてこの新しい命との…。
負い目なく、後悔なく…大切な、幸せな日々を過ごし続けるんです。

「それでユリちゃん、何かお話することがあるの?」

「…はい。
 これから私たちの…離婚と再婚とで、
 いっぱい迷惑かけちゃうと思うので…」

「…そうだな、こんな劇的な出産劇をした後に、
 一年経たずに離婚ではな…世間の目も、さすがに厳しくなるだろう。
 
 しかし安心しろユリ!
 
 私とて、ホシノ君ほどではないが連合軍総司令だ!
 
 お前もラピスもラズリも、まとめて守ってやるぞ!」


「あ、そういうのでなくて」

「「「え?」」」

…ふふ、私もちょっとおかしくなっちゃったんですかね。
自分で思いついておいて、すっごく頭が悪いことだと思います。
でも、良いんです。

…バカばっか。

みんなに言い続けて、私自身がバカだったことに気付いて何年くらい経つでしょう。
バカなところがない人なんてどこにも居ない。
自分の望みを叶えるためだったら、人間バカになっちゃうんです。
それに気付けなくて…大人しくし続ける人生なんて、まっぴらごめんです。


だから──!
私達は、バカでいいんです!



















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・ステージ──イツキ

『場内の皆様、これから二時間程度の休憩に入ります。
 席を離れる際は忘れ物が無いようにお気を付けください…』

「はぁ…ようやく休めます…」

「まったくよね…姉さん…」

私とアサミは、ホシノアキトさんがナデシコに出産を見届けに向かった後、
舞台袖にはけて、これから急遽決まったチャリティーコンサート第二部のスケジュール調整を待ち、
ようやく休憩時間とセットリストの再設定が決定して、舞台から離れることが出来ました。

…急襲した木星機動兵器に対して、命を賭けて出撃しようとしたのもですが、
本当にとんでもないことばかり起こりました。

敵襲、アギト復活、ホシノアキトさんとさつきさん、レオナさん復活、
世界を牛耳る権力者の登場と悪事の暴露、死んだはずのバール少将が証言して…。
挙句にホシノアキトさんのご子息誕生なんて…。
まるで恐怖の大王が来襲したと思ったら急に全知全能の神が撃退して、
ついでに盆暮れ正月がいっぺんに来たような、なんかわけわかんない感じです。

私達は驚いたのと呆然としているのともろもろありますけど、
世界中は興奮と熱狂の最中にいるんでしょうね…。
まさに歴史が変わる瞬間を、全世界の人間が同時に目撃したわけですから。

…正直、平時であればヤラセとしか思えない内容でしたけどね。
あんまりにも調子よく、スムーズに事件が解決してしまったので。
後世の歴史ではほぼほぼ嘘八百だと言われることでしょう。
もっとも全世界の人たちが目撃してしまったこともあって、
それを完全に否定するのは難しいとも思いますが…。

「「イツキちゃん、アサミちゃん!
  ただいまっ!」」

「「さつきさん、レオナさん…!」」

私たちは改めて二人が目の前に現れてくれて、目頭が熱くなりました。
二人の分まで、一生懸命頑張ろう、一生懸命生きようって決意して、今日まで…。
だから今日も突然の敵襲に、命懸けで向かおうとしたのに…。

「おひ、さしぶりです…」

「ううぅ…」

「もうもう、なんなの二人とも。
 嬉しいんだったら笑ってよぉ」

「それに私達、実はずっと近くで見てたんだから。
 …私達のために頑張ってたのに、騙してごめんね」

「「ええっ!?」」

そんな!?
それらしい人は一人も居なかったのに…。
二人とも、特に180センチを超える大柄なレオナさんと同じ体格の人は見かけませんでした。
女性でこの身長ではすごく目立つはずですし、変装では誤魔化せないはず…。

「えへへっ、ウリバタケさん特製のIFS義体を準備してもらってたの。
 ほら、候補生のメイと文っていたでしょ?
 実は私達が遠隔操作してたんだぁ!
 暗殺があったんで警護体制に穴があるって思われたら、
 また襲撃されるかもしれなかったし。
 いざって時、盾になって守れるようにってね」

「もっとも重子はそんなこと抜きで占いで知ってたのよ。
 …っていうか、私達が撃たれた方が都合がいいからって、
 なんか仕込みあったんだろうけど、
 私達にも撃たれるって教えてくれないのよ、もう。
 まあ、ちゃんと先んじてアキト様のナノマシン入れといたから無事だったんだけど」

「そ、そうなんですか…」

アサミは二人のいいように頬を引くつかせてます。私は頭を抱えました。
二人が笑ってるところからすると事情があるんでしょうけど…。
それにしても本人が撃たれるのに、先に言わないっていうのは…。
っていうか、ずっとそばに居てくれてたなんて…。
秘密を守る必要があって、私達の護衛も兼ねてたとはいえ、とんでもないことを…。

「だ…騙された…」

「ごめんって、イツキちゃん。
 今度ごはんおごるから許してね」

ご、ごはんおごるって…それどころじゃないような…。
…はぁ。

「…いいですよ、別に。
 あの一件で私達も心が決まったんです。
 
 ウォルフ先生のいいなりになって、言いたいことも言えないまま、
 縮こまったアイドルを続けていた時よりずっと…楽しかったです。
 
 アイドルの本当の面白さも、誰かを励ます大切さも、
 本当の意味で分かった気がするんです。

 ね、アサミ」

「…うん。
 それに二人が生きてくれてて、ホントに嬉しいです!」

「「あはは!どういたしまして!」」

…本当に夢みたいです。
二人が生きてくれている…そして私達の事をずっと見てくれていた。
照れちゃいますけど、嬉しいですね…成長を見守ってくれていたようで…。


どごーーーん…。


「「「「ええっ!?」」」」



突然遠くから聞こえてきた爆発音に、私達はざわめきました。
な、なんでこのタイミングで!?
まさか例の連合軍副長官が撃ちそびれたはずの弾道ミサイルが…!?


ぴっ!


『ごめん、さつき!
 事情を話す暇ないから省略するけど、
 ちょっとまずって、敵さんの使ってた飛行船が火薬満載でそっち向かってたのよ!
 そっちに墜落する前に北斗に撃墜してもらっただけだから!
 もう心配ないから!
 
 あとで詳しく説明するから、その場は今のことを簡単に伝えといて!
 それじゃ!』

「ちょ、ちょっと重子ぉぉおおお!?」


コミュニケの着信直後、一方的に重子さんが事情を話して通話を切ってしまった…。
な、なんかライザさんとチハヤさんの一件で大変なことがあったんでしょうか?


「…あンの性悪女ァ~~~~~~!!

 こんな少ない情報でみんなが納得すると思ってんの!?

 今度占いで宝くじの一等でも当ててくんなきゃわりに合わないわよぉっ!」


「…でもさ。
 『あれ』をもらえたの、この立場にいたからよね」

レオナさんの言葉で、さつきさんがぴたっと止まった。
かと思ったら、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えて、涙目に…?

「そっ、そうよね!
 これくらいは引き受けてあげなきゃねぇ!」

「…あの、お二人は何をもらったんですか?」

「「ひーみつっ!ねーっ!」」

…二人は顔を見合わせて楽しそうに笑っています。
ま、まあ…いいんでしょうけどね。

その後、さつきさんが全館放送で会場の人たちをなだめて、
かろうじてその場は収まったんですが…場内の警備員の人が少なくて、危ないところでした。

その後、知ったことですが…。
ライザさんの過去の上司であり、チハヤさんの兄であるテツヤという男性が、
この特設アリーナにテロリストをけしかけていて、虐殺を企てたとか、
そのテロリストは北斗さんに一方的に蹴散らされて、その捕縛で警備員が大半会場外にいたとか、
ライザさんとチハヤさんに会場の爆破をほのめかして脅して飛行船に連れていかれたとか、
その爆弾はホシノアキトさんの特別爆弾解体チームによって処分されたとか、
チハヤさんとテツヤさんに何か因縁がありそうな話があったり、
その中でライザさんの両親が死んだり、アオイさんと青葉さんが撃たれたけどナノマシンで平気だったとか、
挙句にその飛行船に火薬が満載されててこの会場に落ちそうだったとか…。

……この人達は、この短時間にどれだけ死闘を繰り広げていたんだろうと思いました。
そうでなくてもあのクリムゾン会長たちがけしかけたらしいあの木星機動兵器だけでも、
結構な戦いだったんですけど…。

…。
とはいえ今回も彼らの活躍で私達は助けられたわけですね。
クリムゾンたちから言わせれば、ホシノアキトさんのせいだ、とか言いそうですけど。

本当に、返しきれないほどの恩が出来てしまいましたね。

「…姉さん」

「うん?」

「…私、もっと上手に歌って踊れるようになりたい。
 一緒に、頑張ってくれる?」

「当たり前でしょ」

…違う。
命を賭けて助けてくれたのに、恩着せがましいことも全く言わず、
それどころか、騙してごめんと謝ってくれるような彼女たちに…。
単に恩を返すなんて発想、間違ってるわよね。

みんなに恩を返せることで…!

私達が、するべきこと、したいことは…!


「もっと、みんなと一緒に輝こう!」


「うんっ!」















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・ステージ──チハヤ
私達がヒナギク改二で戻ってきてから、
二時間程度の休憩を挟んで開催されたチャリティーコンサート夜の部。
私達はこの二時間の間の半分以上を簡易な取り調べで消耗してしまい、
ほとんど休む暇もなくステージに戻された。

ホシノアキト復活祭と化したこの特設会場は二度と起こらないレベルの熱狂に包まれ、
声が枯れてしまう観客を多数出しながらも、三時間の夜の部は無事に閉幕した。

観客とほとんどのアーティストたちは飛行船で帰っていったけど…。
バトルアイドルプロジェクト出身の私達は疲労困憊で、泊まり込むことになった。
全員、前日に先に会場入りした時に使った部屋でぶっ倒れた。

前日から緊張状態だった私とライザは心身ともに疲労していたし、
ゴールドセインツのみんなも銃撃戦やらなんやらで消耗してて、
ジュンと青葉に至っては撃たれて…っていうか、
ダイヤモンドダストナノマシンのせいで死ぬほど食事を取って回復はしてたけど、
たくさん大変なことが起こった上に、身体の修復関係の反動のせいかぐっすり眠った。

…でも、私は体が火照るような感覚を覚えて、午前の四時に目が覚めてしまった。
昨日も全然眠れなくて、もっと眠りたいと思ってるくせに、寝付けなくなってしまった。
起き上がって、深く深く眠っているみんなを見た。
私のせいでひどい目に遭ったのに…。
そんなの感じさせないくらい、どいつもこいつもいい顔して寝ていた。
全部やり切った、満足げな顔で。

…みんなの顔を見て、ああ、終わったんだと…。
私はここに戻ってこれたんだと、実感した。

そして、私を守ってくれた、助けてくれた人たちの無事な姿に、安堵の涙がこぼれた。
全てを失うかもしれなかったのに、元通りになれたんだから…嬉しくないわけがないわよ。

私は風に当たりたくて、またアリーナに戻った。
まだ夜も開けていない空を見ながら、昨日の夜と同じこの場所で…。
急に夜の部をセッティングしたせいで、
撤収作業も後回しになっているステージの上に立った。


またステージで踊りたい。歌いたい。

でも、今は踊らなくていい。

そんな風に思えた。


昨日の夜のようなみじめな、追い詰められた心で踊らないでいい。
声を押し殺して、歌うのを我慢しなくていい。
焦らなくていい、次の機会でいい。

…自由、なんだ。
私は、ついに自由になれたんだ。
クソ兄貴も、クソ親父も、ダメな母さんも、なにもかも…私の前から消えた。
憎しみも、みじめさも、悔しさも、心から失せていた。

無事に済んだ、死んでほしい奴が死んで自由になれた。
嬉しくないわけがない。

あいつをこの手で殺せなかったのは悔しいけど、
片方だけしか叶わないと思っていた私の願い…。

テツヤを殺す道から引き返したい、ライザを守りたいという願いは両方叶った。

私が殺さなくても、天罰みたいにあいつは病気で死んだ。
しかももうあいつの影におびえる必要は無くなった。
あいつの狡猾さから考えるとまだ何か仕掛けられててもおかしくはないとも思うけど…。
この段階でなにも起こっていない以上、あのクソ兄貴の仕込みはすべて潰えたんだと思う。
飛行船に仕掛けられていた仕組みも、テツヤが死ぬ前にあの飛行船が爆発したから無効化されたし、
ライザの推測ではあいつの心臓の鼓動が止まるのと同時に、
数秒前の録画データが送信されるような仕組みがあった可能性があるとか。
前後の状況が分からなければ、私があいつを暗殺している光景として動画が広まる…。

…確かに、完璧な作戦だった。
私が一人で居たら、間違いなく撃っていた。

そしてホシノアキトも、ゴールドセインツも無事じゃすまなかった。
死なないまでも、顔を変え、名前を替え、もしかしたら遺伝子を替えて逃げ延びることになった。
そうならないように、ライザもゴールドセインツのみんなも、ジュンもメグミもカエンも力を貸した。

…安くもない、自分の命を賭けてくれた。
私達みたいななんにも持ってない、みじめな女二人のために。

ううん、分かってる。

そんな風に思って欲しくない、私達にも一緒に笑って欲しいと思ってるだけ。
…そこにはなんの計算も打算も何もないんだわ。
仲間…友達…だと思ってくれてるんだ。
私がついにここまでの人生でまっとうに得られなかった存在に…。

…涙が出た。
こんなに大事な人たちを信じられなかった自分が、バカすぎて泣けてきた。
そんな彼女たちがこれからもずっと一緒に居てくれる。
きっとアイドルやめても一生切れない関係で居てくれるんだと思うと、
今度は嬉しくて嬉しくて泣けてくる。

本当に、彼女たちは奇跡を起こしてしまった。
ホシノアキト顔負けの、あり得ない奇跡を起こして見せた。
絶対に覆せない絶対絶望の仕掛けを、運命を覆した。
私とライザは、人生における最大の壁を乗り越え、無事に元の日常に戻れる。

…こんなに、私なんかが幸せで居ていいのかって思ってしまう。
でも、これからはみんなを裏切らずに、素直に自分の気持ちを…。

「チハヤ」

私が空を見つめていたら、ライザが現れた。
疲れててぼうっとしてたんだと思う。
隣に来るまで全然気が付かなかった。
ライザは私の隣に座って、同じく空を見つめた。

「…ありがとう、テツヤを撃たないでいてくれて」

「…。
 あの時、なんで私を眠らせたのか教えてよ。
 裏切ったわけじゃなくて、私を助けようとしたんでしょ…?
 どうしてよ、私に任せてくれるって言ったのに」

「…ごめんなさい」

「謝れって言ってないわよ、教えてよ。
 謝って済む話じゃないんだから、ちゃんと話して。
 …それとも、私ってそんなに子供っぽいの?」

「…ううん、違うの。
 あなたは、私にとって…。
 最後の希望、だったの」

「希望?」

考えもしなかった言葉を聞いて、私は聞き返してしまった。
ライザは私の方を、じっと見てくれていた。

「あなたなら…。
 人殺しの私では決してたどり着けないところに行けると思ったの。
 だからチハヤが引き返すことが出来たら、私がテツヤを道連れに出来たら、
 あなたはきっと幸せになる道を選べると思ったの…」

「…それだけで?
 あんた、ふざけてるわよ。
 私も、ゴールドセインツのみんなも、ホシノアキトでさえも、
 そんな風には考えてないって、分かってるくせに」

「うん、バカなこと考えてたって思う。
 …でも、私の手は血で汚れ切っているから。
 アキト達にも、ゴールドセインツのみんなにも、
 いつか迷惑をかける時が来るかもしれないって怖かったの…。
 私に幸せな人生をくれた、彼らの人生を壊すくらいなら…って…」

…今度は私は何も言えなかった。
そう、証拠が見つかっていないとはいえ、ライザはテツヤの命令で殺人を犯している。
もしもテツヤがどこかに情報を残していたら…。
なんとなく、そういうことはしていない気がするけど。
自分にたどり着けないように完璧に証拠を消してる方が自然だわ。
今回わざわざ自分を殺す瞬間の証拠を作ろうとしたんだから、そういうことでしょ。

「…それにテツヤって、どうしようもないクズでしょ?
 テツヤの妹のあなたがもし、テツヤを撃たないで居てくれたら…。
 もしかしたら、テツヤも…ああならない未来があったのかもって、思いたくて…」

「…はぁ。
 あんたってホントバカなのね。
 性別も違うのに、比較できないでしょ?
 顔はともかく、性格は母さん似なんだから」

「…そう、よね」

「…でも、あいつの死に顔は穏やかだった。
 もしかしたら父さんがあんなことをしなかったら…もしかしたら…。
 ってそんなことになったら私は存在しないんだから困っちゃうわよ。
 
 あんたも私も、最低の両親が居たから私が生まれてここにいる。
 
 生まれてこなかったら、こんなにバカで優しいひとたちに出会えなかった。
 その事実は絶対に変えられない。
 
 …でも、私自身の未来まで最低の両親に奪わせない。
 
 私たちの命は、私達のものでしょ?
 
 一度きりの人生、幸せに、好き勝手に生きればいいじゃない。
 
 ねえ、ライザ…?」

「…うん」

ライザは一筋の涙を流した。
本当の人でなしだったライザの両親。
環境で変わったのではなく、元々の人間性が最悪で子供を売り飛ばすような…。
ある意味じゃ、あのクソ兄貴以上に救いのない、最低のクズ親。
そのクズ親が最後の最後でライザを助けてくれた。
テツヤもその行動で、自分の考えをズタズタに傷つけられて…。
ライザの代わりに、テツヤを道連れにしてくれたんだ。

でもあの時、ライザが言った通りだと思う。
一時の行動に恩を感じて、罪を帳消しにして、
大事な親だったと今更言うことはできない。
普段の行動が、その人の生き方。
クズが一瞬だけ善人ぶって、やぶれかぶれで命を捨てても、
クズなことには変わりはない。

でも…。
その行動が、ライザを助けてくれたのは事実だから…。
ライザは、泣いてあげているんだ…。

…あの時の、十分の一でも。
ライザの両親が普段からライザを愛していたら。
きっとライザは…。

…ううん。
もう、そんなことはいいんだ。
私達には…もう「もしもの過去」を考える権利なんてないくらい、
幸せな日々が待っているんだから。

もし、再び過去のせいでまた地獄に堕ちるとしても…。
後悔しないって思えるくらい、幸せな日々が。

「…って、メグミに宣戦布告したあんたに、
 こんなこと今更言ってもしょーがない、かな。
 好き勝手やらかすって宣言してるようなもんだし」

「ふふ、そんなことないわよ。
 嬉しかった。
 ありがと、チハヤ」

ライザは本当にうれしそうに笑ってくれた。
…あんたも、結構角がとれたんじゃない、まったく。

「チハヤ、あんたは恋人作らないの?」

「…うん、しばらくいいかな。
 相手探すのも大変そうだし、今まで余裕がなさ過ぎて生活ボロボロだったし。
 アイドルやりながら、もうちょっと人間らしい生活し直すわ。
 みんなともうちょっと遊んでいたいし」

「そう。
 じゃあ…私がジュンとうまくなんとかできたら、
 あなたがゴールドセインツのリーダーお願いね」

「え?」

「…まあ、実際はうまくいかないかもしれないわね。
 しばらくはチャリティーコンサート巡業続いちゃいそうだし、
 あのメグミを出し抜くのは並大抵のことじゃないから」

……ま、まあそうよね。
私はリーダー向けって感じじゃないし。
事実上の補欠ってこと、よね…?

「しっかり事後処理やって、自由を満喫しましょ?
 私達はこれからが大変なんだから」

「…そうね」

今回の出来事で、私とライザだけは『肉親』が死んでいる。
実際、私達が殺したわけではないし、証拠の上からでも問題はない。
でも、この事実は私とテツヤとのつながりを疑われることを意味する。
ライザはともかく、私は身内がテロリストで、それに協力したと思われる可能性は、まだある。
おおむね取り調べが終わったとはいえ、検証が進めば追加で呼び出される可能性もあるし…。
あいつと私の端末の通信履歴は残らないようになってたけど、
「テツヤに会場を爆破されそうになって、私が脅されてライザを連れてきた」
という言い訳が、通らなくなる可能性はまだあった。

ゴールドセインツの活動でそんなヒマなかった、という言い訳もどこまで通用するか…。
…二重スパイってことで何とかなるかしらね。
そうすればなんでゴールドセインツのみんなが助けに来てくれたのかの理由にはなりそうだし…。
重子に相談しようかしらね…。
今回の件もだいぶ占いに頼って決めてたそうだし。

…正直、重子の占いについてはかなり疑ってたけど、
今回の事が占いでほぼ分かっていたってのは、本当におっかないわよね…。
まあその占いをもってしても、テツヤとライザの両親が死ぬってことは読めなかったわけだし。

ええい、なるようになるわよ!

やましいところはちょっとあるけど、今回私達は誰も殺してないんだから!

胸張って、堂々と切り抜けてやる!


きゅるるるるる~~~~…。


「…はぁ、安心したらお腹空いたわ」

「…あんた、しんみりムードをぶっ壊さないでよ。
 まったく本当に難儀な身体してるわよね」

ライザの腹の虫が鳴いて、私はがっくりしながらも
私達は立ち上がると、自販機コーナーに向かった。

そういえばライザはサバイバビリティナノマシン完成型の「ダイヤモンドダスト」じゃなくて、
ホシノアキトと同じ、サバイバビリティナノマシンを入れているって話だったわよね。
それにオペレーター用のIFSも入れてるから、余分に消耗するのかしら。
…もしかして初期型のサバイバビリティナノマシンって、入れてると頭悪くなるのかしらね。
栄養をかたっぱしから奪うから、ブドウ糖を余分に消耗して頭が回らないとか。
……ちょっとだけありえそうよね。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


翌日、私とライザは盛大に朝寝坊したものの、事情が事情だけに誰も責め立てはしなかった。
というか、私達、バトルアイドルプロジェクト関係者はほぼほぼダウンしていた。
夕方になってようやく全員が起き上がり、ナデシコで日本に帰還することになった…。

…そしてアイドル合宿所に戻ってきた私達は、重たい身体を引きずりながらも、
私達の無事、そしてホシノアキトたちの無事を祝って祝杯を挙げた。
ゴールドセインツも、食の恵も、ホシノアキト以外のPeaceWalkersも集まって。

というか無理矢理参加させられた。
助けられた手前、こっちは断る権利が無かった。
私は苦笑したかったけど、やっぱり頬が緩んでしまった。
私は今回の件で、完全に心を許してしまったんだと自覚していた。
この素晴らしいバカな仲間たちと一緒に居たいと、心の底から想ってる。

私は、すべてを失うどころかすべてを手に入れたのかもしれない。
そう思えるほど、この居場所を気に入っていた。
早々と、深酒してふらふらになってしまったけど、
みんなが楽しそうにしているので、本当に幸せな気分でまどろんでいられた。

ちなみにホシノアキトは産休育休の連続取得を宣言して、
しばらく配偶者のユリと再び雲隠れするという連絡が来ていた。
新ナデシコAで逃げ回りながら休むつもりみたいだけどね。
だからこの場にはホシノアキトたちは居ない。

それでも、このホシノアキトオタクの仲間たちは、
復活ライブの映像を何度もループ再生しながら盛り上がっている。
私はいい加減飽き飽きしてるけど、それでもよかった。
隣で酔いつぶれて眠るライザも、幸せそうだった。
…こんなライザを見るのも初めてかもしれない。
いつも隙がないライザが…こんなに…。

…って、よく見るとジュンをメグミと取り合うように、腕を絡めてるわ。
ジュンはジュンで、まんざらでもない顔してるし。
全く…こんな優男のどこがいいんだか。


でも…。
私も、ライザも…。

もう、楽しいことを我慢しなくていい。
もう、苦しまなくていい。
もう、誰も恨まなくてもいい。

最後の最期で、私達が後悔しないようにジュンは頑張ってくれたから…。
ちょっとだけ、気持ちはわかる、かな。

…少し休んだら、またアイドル活動を楽しもう。
それから自分のことを、考えよう。

私達には、時間がある。
敵はまだいるかもしれないけど、今までのような不正を行えるような世の中じゃなくなっていく。
だから…きっと…。

「チハヤ」

「…青葉」

「ほら、そろそろお開きだから。
 お水、飲むわよね」

「ありがと」

私は差し出されたコップの水を一息に飲み干して、ため息をはいた。

「…私、本当にここに居ていいのよね…?」

「何を今さら言ってんのよ?当たり前じゃない」

「…そう言ってくれると思ってたわ。
 ライザをリーダーに置くくらい肝の据わってる連中だって知ってたもの」

「そりゃどーも。
 じゃ、先に部屋に戻ってるから。
 さつきー、毛布持ってきてくれるー?
 三人とも起きそうにないから」

「分かったー」

青葉は本当に何でもないような顔をして、手を振って出ていった。
…恩を着せるどころか、買い物の代金を建て替えたくらいの感覚みたい。

…本当に、元通りの生活に戻るんだ、これから。
私は…。

私にはもったいない、幸せな日々がこれからも…。

…ちょっとくらい、ちゃんとお礼しようかな。
これからも仲良くやってくんだから…ね。

どうなるのかな、これからの世の中…。
…ううん、そんなことを大げさに考える必要なんてない。

今を大事に、一日を大切にしていこう。
仲間たちに助けられた命を、自分を大切に。
そして、自分の出来ることを…出来るだけやっていこう。

普段の行動がその人の生き方なんだから…。
恨むものがなくなったんだから、
誰かのせいにして生き方を決めないでいい。
私が決めていいんだ。

だから自分の納得できる生き方をしていこう。

…ちょっとだけ照れくさいけど、頑張ってみよう。


私は…!



私らしく、生きてみるんだから!




























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
色々ありましたが、すべての決着がつきました。
彼らの今後に幸あれ。といいつつ、次回でちょびっと話が入ります。
おおむねあと二話で話がまとまる予定です。
いやぁ、本当に時間かかりました。
普通はカットするようなところをあえて書く形にしてるもんで時間がかかりました。
というか後半はフラグ管理に苦労して更新頻度落ちがちで課題が多いですねー。
でも、昔の後悔を取り戻せるくらいにはしっかりやれました。
あとは最後まで駆け抜けるだけ!

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!

追伸:ルパン三世新シリーズにおいて、次元役を続けてきた小林清志さん最後の回があって、
彼らの日常感がありつつ、次元らしい一話でとてもよかった…。









〇代理人様への返信
>バールさんも悲しいなあ。
>破れかぶれが格好よくもあるが、やはり悲しい。
バールは今回、時ナデ版からの大幅な変化があるキャラになりました。
逮捕された時に自分を振り返ってこれまでの人生に絶望していたことで、
いい人にはなり切らないんだけど、
無能な自分に失望しながらも悲壮な覚悟を抱き、仇を討つためにできることをしようと。
バールは最後までとことん無能で悪党ですが、それを自覚した時、
皮肉にもクリムゾンに人生を操られていた彼が、自らの意思で動くようになったと。

というかホシノアキトに限らず、
テンカワ君の場合でもどうもクリムゾンを倒すイメージが沸かず、
こういう結末を考えてみました。
なんか、どうやっても直接クリムゾンを倒せるパターンが思いつかないんですよね。

そして、バールは今回は黒アキトの因子を背負わされたキャラになります。
木連のクリムゾンにすべてを狂わされ、五年の寿命、そして何もできず死人として過ごすしかない。
なのでホシノアキト君も手を貸すし、自らの命を賭けてクリムゾンを倒そうとすると…。

…って結構ホシノアキト君、やっぱひどいかなぁ。
まあ、本人も納得してるし、いいのかなぁ。






>あ、テツヤは割とどうでもいいです。ただ死ね。ひたすらに死ね(ぉ
あ、やっぱりそう思います?
今回も別に何一ついいところもなく、同情出来るところもない悪党にはしたかったので(ぉ
何があっても絶対にイイモンにはなれないタイプですね。
ドラゴンボールのフリーザ級に。

テツヤって、やっぱ救えないキャラですし、救っちゃいけないキャラですよねぇ。
今回はほんのちょっとだけ本人の心は救われたけど、






>>決して解けない方程式を押し付けて
>おお、ナデシコOP二番。
>イキだねえ。
ありがとうございます。
アキトという人間は普通、クリムゾンと直接対決をすることがなく、
それどころか直接対話する場面も少ないので、
どういう話をさせようかと考えていたら、このフレーズがぴったり来ました。

劇場版では結局悪意に負けて打ちのめされ、
彼らの並べる「決して解けない方程式」に勝てなかった。
夢を捨てざるを得なくなってしまい、ユリカを救出できても、
自分の人生を取り戻すことができなかった。
そんなアキトが今回はそれすら覆して、言い返す言葉があるとしたらこれだなと。






>>こんにちは、こちら日売テレビです!
>つまり日本を売国する・・・(ry
これ、名探偵コナンで使われてる架空のテレビ局名なんですよね。
日本テレビ+読売、ってことなんだと思うんですけど、
私もその名前を聞くたびに売国してんじゃないかって思ってしまったりしてますw










~次回予告~
さあさあさあさあ、皆さんお待ちかね!
起動戦艦ナデシコDもついにすべての決着がついた!
悲しみに暮れる者、幸せをつかむ者、明日をつかむ者、
全員の生き方を飲み込んで、彼らの人生の門出は、あ、近いぞぉ!
ホシノアキトたちとヤマサキが革命したこの世界の明日はどっちだぁ!?
間もなく三年続くことになるナデシコDも、
御名残り惜しいことではございますが、間もなく終演!
大体決着ついたけど、果たして感動のエンドが来るのかどうかぁ~~~~~!?

更新が滞って来てしまった作者が、ついに完結に導く、と思われる!
超ド級の長さになってしまってフラグ管理やらの再読み込みが大変なナデシコ二次創作!













『機動戦艦ナデシコD』
第九十八話:Dreams come true-夢が叶う-












を、みんなで見よぉうっ!!
























感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想
大団円。とはいかないけど、まあハーフハッピーエンドかな・・・
それ以外に言葉が浮かばない。


>次元
「またうまい酒を飲もうぜ」って最後のセリフがほんとにもうね・・・じーんと来ましたわ。
ついに初期メンバーが全て去っていったんだなあ・・・


※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL