おはこんばんちは。
どうも、ルリです。
ついにもろもろ決着したんで、私達は一路地球に戻ることになりました。
ユリ姉さんとホシノ兄さんの無事も確認しましたし、良かったです。
途中で火星に寄ることにはなってますけど、もうこれで終わりです。
完全にはハッピーエンドに出来ませんでしたけど、
この結末で、全人類は救われたんです。
ヤマサキ博士の選択を、否定することなど誰もできません。
私は…ここまでやり遂げて死んだヤマサキ博士を、悼むことしか出来ません。
夏樹さんを支えることも、おそらく彼女自身が許してはくれないでしょう…。
だから…私達は…。

心の傷を受け入れて、待ってくれている大事な人たちの元に帰るんです。

…温かい人生を…穏やかに生きるために…。


















『機動戦艦ナデシコD』
第九十八話:Dreams come true-夢が叶う-




















〇木星⇔火星間航路・ナデシコC・ルリの部屋──ルリ
私達は地球への簡易的な戦闘終了報告を行った後、
安心と疲れで丸一日ぶっ倒れてしまいました。

本当はすぐにでも詳しい報告をまとめないといけないのですが、
各艦の点呼が正しく取れており、それ以上の確認をしようとすると判断を誤るということで、
艦隊全員が帰還を始める前に丸一日の休みをムネタケ提督に命令されました。

そして目覚めてすぐに戦闘後の確認や詳細な報告書、
人員の点検などを行い、すべて完了してから地球への帰還航行が始まって…。
夜遅くになってから私達は夏樹さんを呼び出して謝罪をしました。
この結果を招いたことも、一晩放っておいてしまったこともあって、
恨み事の一つや二つは覚悟していましたが…。

しかし夏樹さんは、私達を責め立てるどころかお礼を言ってくれました。
私達が命懸けで木星まで守って来てくれたこと、
できることをすべてやって手引きしてくれたことでおあいこでいいと言ってくれました。
…私達は少しだけ気持ちが軽くなった気がしました。

それでも身寄りがなくなってしまう夏樹さんへ、今後の生活の支援をすることは必要です。
元々そういう約束ではあったんですが、必要なら私達が一生分支えてもいいと伝えました。
それだけの権利があり、そして私達はヤマサキ博士に助けられた部分も多分にあるからと…。
でも、夏樹さんは…。

「…とりあえず、今は最低限でいいわ。
 予定通りに戸籍と、遺伝子改造と、部屋と、
 当面の生活費と…変装道具くらいで。
 私もしばらくは穏やかに暮らしていたいから…。
 
 でも心の傷が癒えなくて…身を持ち崩しそうだったら、色々頼るかもしれない。
 あと、正体がバレそうになった時は相談するわ。
 最悪の時はお父様に守ってもらうけどね」

「…そうですか」

「…分かった。
 私達の顔は二度と見たくないって言われても仕方ないもんね…」

「…そんなことないわよ。
 あなた達が自分たちの危険を冒してまで私の願いを叶えようとしてくれたもの。
 ありがと、ね…」

「…うん。こちらこそ。
 でも、頼ってくれたらいくらでも支えるよ。
 連絡用のメールアドレスを経由してお願いしてくれれば、
 代理人を通じて資金や物資、人材も都合するから。
 でっかい企業を興すとかじゃなければすぐできると思う」

「ありがとう、ラピス」

「…あの、夏樹さん」

「…ラズリさん、気にしないで。
 あなたも、思い出したくないことまで思い出すわよ。
 お気遣いはうれしいけど、お互い様ってことでいいでしょう」


「でも…」

「いいの。
 五年前、火星でホシノアキトとユリを許して、代わりに力を借りると決めた時と同じよ。
 ヨシオさんの判断の分はあなた達のせいじゃないもの。
 
 それに…ヨシオさんの決めた道を、
 ヨシオさんが作ったとした平和を、
 そして救ってくれた木連を、私が壊すわけには行かないわ。
 
 …私は大丈夫。
 昨日もアリサが支えてくれたの。
 変装してるだけの私を、実の姉と同じように励ましてくれたの。
 ずいぶん気が楽になったわ。
 
 その時にね、私は恵まれてるって気づいたの。
 一番危ないところでも身を持ち崩しそうになるところを助けてもらえて…。、
 これからの生活だって、頼っていいと言ってくれる人が居てくれて、
 将来に何の不安もないまま戦後を迎えられるんだもの。

 それなのに…これ以上、情けない姿をさらすのは嫌だもの…」

「…はい」

ラピスから姿を変えてラズリさんが出てきたけど、しゅんとするとすぐに引っ込んでしまいました。
夏樹さんが何も言わないのは…ヤマサキ博士の意思を踏みにじりたくないこともありますが、
ラズリを傷つけることは自己満足以上の意味がないからでしょう。
だから冷静になって、距離を置くべきだと考えているんですね。

…やっぱり、そうですか。
夏樹さんはこの戦争で傷ついた人たちを、地球でさんざん見てきました。
家族を失い、身を持ち崩してアルコール依存症にかかったり、急性アルコール中毒で亡くなったり、
そうでなくても職を失い、住まいを失い、避難所生活が長くていまだに再起出来ていない人もいます。
五年で復興こそ進みはしましたが心身、生活、経済の面でのケアはとても完全とは言えません。
ホシノ兄さんやライザさんたちのチャリティー活動だって、寄付と励ましを兼ねて行脚しても、
一時だけのお祭りで立ち直れるほど人間は単純じゃありません…。

一生消えない心の傷を抱えながら生き続けるしかないんです。

そんな状況に置かれながらも反戦に賛同し、戦争と憎しみあいを放棄した人たちが大勢いる。
…夏樹さんはそれを考えると自分だけが特別に助けられる権利があるのが、許せないんです。

木連側はこの戦争の責任を問われて殺された為政者をのぞけばほぼ無傷と言ってもいいです。
木連市民は、火星の侵攻が虐殺だったと気づいて、精神的にはかなり傷つきましたが、
家族を失うような目に遭った人はほとんどいません…。
だから自分が、木連を救う代償としてヤマサキ博士を失う役を背負おうとしているんです。

…ということは、夏樹さんは私達には深くは頼ってくれない可能性の方が高いでしょう。
それでも緊急時に助けを求めることができるようにはしておくべきだということで、
私達は約束を取り交わしました。
そしてある程度、落ち着いたところでお開きになる流れになって…。

「本当に遠慮はしないで下さいね。
 ホシノ兄さんたちは結果的にヤマサキ博士にずいぶん助けられましたし、
 夏樹さんも最低限でも頼ってくれた方が私達も気が楽ですから」

とやや身も蓋もない言い方で、私が伝えると、夏樹さんはくすくす笑って、

「それならこっちも遺族年金くらいの額は貰ってあげるわ。
 …ちょっとだけ、気が楽になるくらいでいいから」

と、わざと少しだけ横柄な言い方で返してくれました。
お互いの気遣いをムダにしないようにと、お互いに納得できるくらいの内容になったようです。
そして…。

「…私、地球には行かないわ。
 火星で降ろしてくれればいいから。
 お父様には直接会うのは難しい人生でも、これ以上遠くに居て心配かけたくないの」

「…分かった。
 それじゃ草壁と協力して火星に戸籍を増やしておくから。
 名前の指定とかあれば教えてね」

「うん。
 …それじゃ残り三ヶ月で気が変わらなかったら、ね。
 もうしばらく、よろしく頼むわ」

「はい。こちらこそ」

私達は丁寧に礼をして、部屋を出ていく夏樹さんを見送りました。
そして私とラピスは一つのベットでまどろみました。
起こった出来事を反芻するように、言葉を交わしていました。

「…うまくいかないことばかりですね」

夏樹さんは私達と和解し続けてくれることを選んでくれました。
でも私達では夏樹さんの心を真に救うことなんてできません。
夏樹さんを救うことができるのはヤマサキ博士だけだったのに、彼はもう居ないんです…。
彼が死ぬにしても、少しだけでも夏樹さんに振り向いてくれるだけで、
夏樹さんは後悔なくその後の人生を生きることができたかもしれないのに…。

「当然だよ、ルリ。
 本当は人間なんて、分かり合えっこないんだから。
 でも『分かり合えない』って理解が出来れば、相手から離れる選択も出来る。
 『人間は必ず分かり合える』って綺麗事を盾にして、
 相手を分からずやに仕立てて、不利にしたり殺したりするのが戦争だもん」

「…ですよね。
 ホシノ兄さんとヤマサキ博士が創った平和も、
 いつかは利用されて戦争の種に変わるかもしれないんですよね…」

確かに歴史上ありえないほど人類全体が戦争を捨てることを選べた。
それでも軍は解体されないのは間違いないです。

ホシノ兄さんは人殺しを否定しましたが、『抑止力』としての戦力の保持、
自分の身を護るための、いざという時の戦闘は否定していません。

ということはどこかでまかり間違って、
ホシノ兄さんとヤマサキ博士の作った平和のきっかけを、
戦争のきっかけに切り替えるということはあり得ない話じゃありません。
都合の良い解釈で、自分の有利にことを進めるのはあり得ることです。

戦争以前の、舌戦、論戦、政戦…。

そこでうまく動くことで世論を動かし、思想を変え、死者を出して決定的な一撃を作る。
そういうことが起こらないとは限らない…いえ、起こると考えた方がいいでしょう。
どうしたら…。

「…そう簡単にやらせるわけないじゃない」

ラピスは私から視線を外すと、
天井に向けて拳を握って、じっと見つめました。

「ルリ、アイドルも遠征も終わったし、次の仕事が決まったよ。

 私達が戦争の種を少しずつ、少しずつ、一生かけて潰していく。

 そのために何をするべきか、地球に戻るまでの六か月で徹底的に考えるよ。
 アキトたちが利用されずに平和に過ごせるためだったらなんでもするの。
 
 これからやることはクリムゾンたちの考えてたことと、そう変わりはないことかもしれない。
 世の中を、私達の都合の良いように動かすってことだもんね。
 
 あいつらみたいにひどいことはしないつもりだけど、それでも人が死ぬ可能性はゼロじゃない。
 だけど殺すのも、死なせるのも、ゼロに出来るよう努力しなきゃいけない。
 
 それが私達には分かってるでしょ?」

「…そうですね」

…私達は一人の人間が、すべてを諦めてしまう可能性を見ました。
ヤマサキ博士だけじゃなく、ホシノ兄さんがそうなる可能性があったのも込みで…。
大切な人の元へ戻れない、自分の人生を取り戻せないとなったら破滅に一直線になるのは間違いないです。
人を殺してはいけないという法律や倫理ではなく、事実として知ってしまったんです。
『死んだ一人に関わる人たち』にとてつもなく大きな影響を与えます。

いえ、死ななかったとしても、その人の道を、人生を奪うことはあり得ます。
…『黒い皇子』はそうして生まれたんですから。

だから人の道を砕かないように、そして誰も死なせないように努力して、
クリムゾンたちとは違う方法で、クリムゾンたちと同じくらい世界を握る必要があると…。

…大変すぎてやりたくないことが、また降ってきましたね。
でも…そうするしかないのも分かってるんです。

「…そんなことができるのかな。
 できなかったら…」

「できますよ、きっと」

「…どうして?」

今度はラズリさんが、気弱な態度で出てきて、そんなことができるのかどうかを問いました。
ラズリさんは未来のユリカ姉さんだけあって、経験も知識も抜きんでてます。
ラピスもですけど、人間の黒い部分も、ひどいことをする人たちのことも知っています。
人間の愚かしい部分を知り尽くしている、ともいえるでしょうか…。

でも、私は違う結論を導きだしていました。
いつかは平和が崩されると思っているのに、不安は尽きないのに。
ラピスの強い言葉を信じられたのか、私からも前向きな言葉が出てきました。

「…五年前まで、ホシノ兄さんは戦う時はずっと前線に出ようとしてました。
 本当はコックになりたくて、戦いたくないくせに、です。
 
 でも、今はどうですか?
 
 ホシノ兄さんは、今回は戦ってないんですよ、誰とも。
 アギトと戦ったふりして、撃墜されたふりして、雲隠れ。
 あ、さっき届いた重子さんの報告には爆弾騒ぎもあったって話してましたっけ。
 それでも直接的に誰かと戦うってことはほぼゼロに近くなってます。
 
 少なくともホシノ兄さんを救う手順の中では誰も死なせてないんですよ。
 テツヤって妨害者も本人の無理がたたっての病死だったそうですし…。
 
 ホシノ兄さんに影響を受けた人たちが、世間の人たちがホシノ兄さんを助ける側に回ってます。
 ラピスと、ラピスの代理人の仕込みがあるにしても。
 直接命令されたわけでも、忖度したわけでもなく…。
 
 自分たちの意思で、自分たちの命で、自分たちの責任で、平和を選びました。
 
 だからラピスの言う通り、私達の努力は必要ですけど、
 世界中が協力してくれる状態で下地を作って、それから守る手立てを構築していけば、
 ホシノ兄さんが生きてる間くらいはなんとか平和を守れると思うんです」

「それでも並大抵の努力じゃ間に合わないってのはあるけどね。
 
 だって、アキトとヤマサキが世界に対してやってきた意識改革…。
 戦争に対する意識的な忌避感を植え付けることには成功したけど、
 こっからさらに『戦争の種になりそうもの』をぜーんぶ潰してくってことなんだから。
 アキトとヤマサキに続いての、前人未到の領域パートⅡって感じ。
 
 アキトと過ごせる時間もずいぶん減っちゃうかもしんないけど我慢しなきゃ、ね」

「…そう、だね」

ラズリさんはやや弱々しくも、しっかりと頷いてくれました。

「ま、ラズリの不安も分かるけどね。
 あと4、50年くらいはたぶん私達が工夫するだけでもアキトは守れると思う。
 この五年間は怪我もなく無事で居られたし、
 ルリの言う通り、今回だってアキトを助ける手立ての中で、
 明らかに死人が出てもおかしくない状況の中、
 結果論だけどだ~れも死んでないもの。
 協力をうまく募ることが出来れば、状況づくりが出来れば割と簡単にできるかもね。
 今回の事はいい前例になったと思う。
 一度でもできたのなら、二度目、三度目を作ることもできるかもしんないから。
 大部分が重子とアクアに頼りっきりだったのはちょっと悔しいけどね」

「えっ!?
 もしかして協力者ってあのアクアだったんですか!?」

「そ。
 クリムゾンたちも、あんな迷惑娘をこっちが使わないって思うだろうからってね。
 ダイヤモンドプリンセス三部作の時のうっかり超ヒットがあったとしても、
 経緯が経緯だけに、味方に引き込むなんてありえないでしょ?」

「……なんて人にホシノ兄さんとユリ姉さんの命を預けてるんですか」

「いーじゃん、アクアだったらアキトは死なせないし、
 ユリを死なせたらアキトに一生恨まれるからうかつに扱わないし。
 実際大成功だったんだから言わないの。
 それに、今回のことで下地が出来てるってのが分かったからいーのいーの」

ラピスはウインクしてからケラケラ笑いました。
…さすがにうんざりしてしまいましたが、納得するしかありませんでした。

そうなんです、ラピスの言う通りですでに下地は出来ているんです。
十分な仕込みがあったとはいえ、世界を完全に欺いてホシノ兄さんとユリ姉さんを助けられた。
しかもあの二人には直接戦闘は二回程度しかなく、ほぼ誰も傷つけずにです。
努力次第ではこういうこともできるという良い前例になりました。
それに加えて、私達がそれなりに影響力を維持していけば、
悪意を持った人への牽制としてだけなら十分でしょう。

でも、影響力だけでは十年先の保証もできません。
いつかホシノ兄さんが莫大な利権を持っていると批難する人が出てきます。
将来、老いたホシノ兄さんを偽りの英雄として断罪しようとする、向こう見ずな若者が出てくるかもしれません。
あんまりにもでたらめな、歴史上あり得ないほどの英雄譚など後世の人からは信じられないでしょうから。

これを回避しようとすると、かなり積極的に世の中に関与しなければなりません。
戦争の種、戦争の芽を摘んでいくための活動を、表だって、かつ組織だって積極的に…。
戦争を無くす活動を、チャリティー活動程度ではなく、もっと根幹から深く続ける必要があります。
今の流れに乗って世の中を変えていくしかありません。

それこそラピスの言う通り「クリムゾンたちとそう変わらない」レベルで、です。

本当かどうかは知りませんが、クリムゾンたちは戦争と経済を通じて、
人類が破局しないために談合し、戦争を小出しに作っていたようでした。
私達は戦争を起こさない方面で似たようなことをするわけです。
世界へ、人の人生へ関与する以上、大きな差はないんだと思います。

ただ一つだけ違うのは、その活動の中で人が死ぬのを許容しないで、
戦争を起こすのではなく根絶するところだけです。

しかし戦争の種を消し去ろうとすると言うことは、
世界中から貧困と飢餓、差別、犯罪、テロ、格差などを、すべて無くそうとするのと同じです。
…この困難なミッションを達成するのは難しいです。無理ゲーです。
人が死ぬのを許容せずにこれほどのことをしないといけないわけですから。

何しろここまでオートマ化されていて、ほとんどの病気を追放できた世界でさえ、
ライザさんのように人身売買で売られる人がまだいるんです。
アフリカ方面で、軍に頼らずクリムゾンたちの兵器で身を守ろうとする人たちも居ます。
飢餓、国家間の格差はまだなくなっていません。
これだけ反戦、人命尊重の思想が広まろうと、
自分たちが損をするとしたら見て見ぬふりをするかもしれません。

…こういうことを許容せず、ひとつひとつ確実につぶしていくことが、
ホシノ兄さんたちを守ることにつながるっていうことなんですが…。

私達がおばあさんになっても、死んだって完全には終わりはしないでしょうね。
…ああ、『ダイヤモンドプリンセス三部作』のラストのように余裕たっぷりでやれればどれくらい楽か。

もっとも、ヤマサキ博士を助けられなかった以上、
そしてそうしないとホシノ兄さんたちを救えない以上、やるしかないことですが。
そうしないと、一生後悔しますから。

「…だけど、アキトとユリに死ぬまで幸せで居てほしいんだったらそれだけじゃだめ。
 アキトが平穏で居られるためには、
 世界も平穏にしてあげないとダメなの!
 いい、ルリ、ラズリ。
 
 アキト達をこれから助けるのは、守るのは私達なんだよ!」

「…ホシノ兄さんと世界を同じくらいの価値で見積もってませんか、ラピス」

「私にとっては同じくらいの価値だもん。
 アキトだけじゃなくてみんなもそうだよ?」

私はついため息が出てしまいました。
…やっぱりラピスって、明るくても、未来のユリカ姉さんの脳髄が入っていようと、
結局、黒い皇子の半身だったのは間違いないんでしょうね。
きっと誰か一人でも死んだら取り返しのつかないことをやらかしますよ、きっと。
…はぁ、私もせいぜい身を守って長生きしないと。

「で、でもラピスちゃん。
 そんなことしたら、それこそアキト以上に危ないかもしれないよ?

 …。
 確かに完全に安全とは言い切れないけど、目立ってりゃ逆に殺されづらいし。
 物理的な暗殺とかも、ダイヤモンドダストナノマシン入れてりゃ大丈夫だし。
 バズーカとかビルの倒壊に巻き込まれるとか、核ミサイルとかじゃなければそうそう死なないでしょ。
 このレベルの強権ふるうってのも、まあ危ないけど…。
 不正と隠し立てしないで堂々としていれば、ちっとくらいは見逃してもらえると思うしね。
 アカツキとエリナに教わったんだけど、
 
 『商売は独占と濡れ手で粟を目指すから失敗するんであって、
  取引相手と社会に利益が十分あれば大概の事は見逃してもらえるようになる』んだって。
 
 ま、これも未来の世界での失敗経験と、
 現在最強の軍需企業になれたから言えるようなことだけどね。

 だから、まずは『売りたいものを売る』『利益を得る』っていうことよりは、
 『私達に誠実に付き合うとそれに見合った成果が得られる』って信用を得ることから始めないとね。
 『私達に付き合えば濡れ手で粟の商売が出来る』って思うような奴らがこないように。
 
 好感度と信頼度では天井に達してる立場だからこそ、ね」

…。
ラピス、ピースランドに嫁いだりしたら本当に世界を制覇するんじゃないですかね。マジで。
ただでさえホシノ兄さんの威光を利用できる状況で、誠実さを前に出してつつ、
こんな黒い考え方してるだなんて…は、腹黒いです…。

「…ラピスちゃん、本当に無茶はしないでね?」

「じょぶじょぶ、大丈夫。
 私だって地獄に堕ちるつもりはないもんね♪」

…ラピスって信頼は出来ますけど、信用できないんですよね、微妙に。
人が死なないなら、戦争の種にならないなら、
あとでちゃんと助けるなら、なんでもしていいとか考えてそうです。
小悪魔が大悪魔にレベルアップする瞬間を目撃している気がします、マジで。
できるだけ隣に居て、ブレーキをかけてあげないと…。

はぁ…勘弁して。













〇地球・佐世保市・喫茶『ムーンナイト』──ナオ
俺たちは次々に現れる客たちに注文された品を提供していた。
アキトの劇的な復活劇、そして敵をあぶりだした見事な逆転劇から、既に一週間が経過していた。

アキト達の死亡偽装やらなんやらはアクアのせいだと言うことだったが…。
敵をあぶりだしたのはハッカー集団ということだったが、ありゃあラピスちゃんの手腕だろうな。

色んな事があって、一週間前から世の中は反戦、平和主義一色になっていた。
とりあえずは、犯罪やら事故やらの件数も激減して、政治的な方向転換も大幅に行われ始めている。
これはアキトのせいだけではなく、ヤマサキ博士の影響も少なくなかった。

ヤマサキ博士の自決も、例のコバッタが主導したということになっている。
そして木連からこの戦争を奪い取り、一人で責任を背負うためにコバッタの策にのったのだと…。
ヤマサキ博士が本当に達成したかったのは地球と木連の和解だったと。
そういうことになって、戦争の意味を改めて考え直すきっかけが生まれたらしい。

これがなかったらいくら反戦、平和主義が蔓延したとはいえ、
ボソンジャンプの奪い合いのために、火星で虐殺を行った木連との和解は、
十年、二十年では済まないほど先延ばしになることは避けられなかっただろうな。
この点については俺が考えないでも識者も専門家も同意見で、
木連の人たちも、過去に自分たちの先祖が受けた以上の最悪の虐殺を自覚できなかったかもしれないと、
ほぼ全員が思っていた。

木連の無人兵器、機動兵器による侵略行為は、
直接的な戦闘行為よりも殺人の意識はかなり軽くなりがちだ。

直接目にしなければ…。
戦艦を爆発させたとしても死んでいる人の姿が見えなければ、
それはアニメで敵のメカが壊れているのと同じくらいの印象しかないってことも、
火星の軌道上での初戦と、火星内での虐殺映像を比べてみてしまった木連の人たちは自覚した。
だからこそ、タチが悪い戦争の準備の仕方をしていたと、愕然としたんだろうな…。

この木星大戦という戦争で、人類は未曽有の規模の戦争を体験した。
誰も彼も、無関係ではいられない戦争を。
そして…この経験をムダにしないため、失われた命をムダにしないために、
これからの人生を生き、戦争を放棄しようと思えたんだろう…。

…その真相を知る俺たちは、黙っているしかないことだがな。

「ナオさーん、ブレンドひとつ」

「あいよー」

ウエイターとして働いているメティに注文を告げられて、俺は珈琲豆を準備し始めた。
店内では戦争について喧々諤々の話し合いがずっと続いている。
この一週間ずっとだ。
平和を保つためには何をするべきか、
戦争を無くすとは言っても攻撃されたらどうするのか、
企業や政治家、軍、様々な権力との付き合い方、
真実を隠蔽しないためには何をすればいいのかなどなど…。

若い娘どころか小学生でさえも同じだった。
アキトの復活に浮かれている一方で、戦争を無くすことばかり話している。
ついでにアキトを死なせないためにどうしたらいいのかを考えている。

…あいつ、本当に本物の、地上最高最強の英雄になっちまったよな。

「ねー、ナオさん」

「なんだ?」

「そういえば、ナオさんってホシノアキトさんと働いてた頃、
 組み手で勝ったことがあるってホントなの?」

「あー…ああ。
 ホントだぞ。
 五年前、アキトが会社始めたころは五分五分だったからな。
 もっとも知っての通り、火星から戻ってからは、
 マンガみたいに強くなっちまって今じゃ足元にも及ばないけどな」


「「「「えええええーーーーーっ!?」」」」



「うわっ!?」

俺は店の一角で話し込んでいたメティの友達グループに、昔の噂を聞かれて答えたが、
友達グループだけではなく、聞こえていた店内の客たち全員が驚きの声を上げた。
そ、そういや忘れてたけど、アイツに勝った人間ってそうはいないんだよな…。
アキトが強くなる前の話って言っても、レアな話だよな。確かに。

「そこんところ聞かせて聞かせて!」

「おねがーい、ナオさーん!」

「…お、おいおい」

俺はずらっと前のめりにカウンターの前に集まってしまった。
…い、いかん。
こ、こりゃあまた閉店時間まで店を閉めないといけなくなるぞ…。
ただでさえ、俺はアキトが英雄として出世する前から付き合いがある。
そのせいで閉店間際まで語り部みたいなことをやらされることも少なくなかった。
ま、また今日は、収入がへっちまうな。

…ああ、まったく。
厄介な親友を持っちまったもんだぜ…。


















〇東京都・某所・アキトが使っていた隠れ家──サヤカ

「…な、ナガレ君、本当に、良いの…?」

「今更ダメなんてこっちが言わせないよ、サヤカ姉さん。
 …愛してほしいって、好きで居てほしいって、抱いてほしいって。
 言ってくれた時、本当に嬉しくかったんだ」

私はこの期に及んで尻込みしている…自分をバカだと思い知っていた。
私とナガレ君は、エリナがまだナデシコAに乗り込んでいるということで…。
ホシノアキトさん用に準備されたセーフハウスを訪れていた。
ここは本当に優れたセキュリティで、外部に情報が流れない。
ホシノアキトさんが芸能活動中に避難する先として準備されたセーフハウスに、
私達が来たのは…。

あれから、もう一週間かぁ…。
あの事件の跡、ナガレ君は傷はもうほとんど傷は治ってるけど一応検査入院で三日ほど、
私は乱暴されたこともあって色々検査して、無事なのを確認して、心療内科にかかって三日。
それからお父さんの葬式をして…。
遺体がバラバラになってしまったのをかろうじて集めて火葬をして、
少しだけのお骨を骨壺に収めて…本当に、辛かった。

でも、これだけの大事件があったというのに、ホシノアキトさんの復活で、
このネルガル社長誘拐、暗殺のニュースはかなり小さく取り上げられる形になった。
犯人たちと口裏を合わせて証言したのが功を奏した。

ナガレ君がした非殺傷弾による敵制圧についてはなかったことになり、
犯人の要求通り私達を助けにナガレ君が現れた上で、
ネルガルのボディーガード達が助けに入ったものの、
及びムトウ社長…お父さんを吹き飛ばした手りゅう弾と後頭部への銃撃でナガレ君が重傷を負い、
ダイヤモンドダストナノマシンで一命をとりとめた…というカバーストーリーで警察には説明した。

こちらからの減刑の嘆願と犯人グループの家族への支援、保護を条件に、
犯人グループたちは口裏を合わせてくれた。
警察は違法行為があったにも関わらず、私達の証言をほぼ飲み込んでくれた。

お父さんを殺害した相手の装備が過剰であったことも、
ナガレ君がダイヤモンドダストナノマシンで無事であったとはいえ、
通常であれば死亡しているほどの致命的な大怪我を負っていたことも、
お父さんが実際に死んでしまったことも、
こちらにはだいぶ有利には働いてくれた…。

ナガレ君の戦闘行動も、私が乱暴されたことも、
この口裏を合わせで一切広まらずに済んだ…それだけは良かった。

幸い、犯人グループが全員が非殺傷弾で倒されて生存していたこともあり、
今回の戦闘事態が違法行為ではあったものの、

ネルガルとしては書類送検一歩手前で厳重注意の上、
シークレットサービスの責任者が、一時的に拘留を受けることになった。
クリムゾン含む、敵勢力が完全に動きを止めていることもあって、
こちらへの攻撃はほぼゼロの状態で、この事件を切り抜けることが出来た。
そして、ネルガル本社も社長のお父さんを欠いてしまって、再編で大忙しだけど…。
この忙しい中、ナガレ君は、

『僕を信じてくれたお礼をしたいんだ』

とささやいて、優しく連れ出してくれた…。
セーフハウスに到着すると、どこから持ってきたのか、
デリバリーの料理を持ってきて、一緒に食べて…シャワーも浴びて。
ついに…私は…。

目の前に居るナガレ君に、ローブ姿で向き合っている。
ナガレ君は、本当にうれしそうに私を見つめてくれている…。

「…本当に、いいの。
 エリナを裏切って」

「土下座して謝るよ」

「バレちゃったら…」

「バレないように頑張るよ」

「私、もう30歳超えちゃったのよ。
 可愛くないでしょ…」

「可愛いよ。
 それに…綺麗で優しい。
 
 …ずっと憧れてた、絶対に手の届かない人だった。

 だから、絶対に助けたかったんだ」

私は涙が次々にこみ上げてしまって、止められなかった。

ナガレ君はどこまでも私を救ってくれる。
分かってるくせに、それが嬉しいくせに、
自分を卑下する言葉しか出てこない。

ナガレ君を大好きな癖に、言い訳ばっかり出てくる…。

「…顔も知らない人に、乱暴されたのに?
 穢された、私なんかのために…むぅっ!?」

私はまた、言葉を封印されるように口づけされて、身体の力が抜けるのを感じた。
心も身体も、とろけてしまいそうになって…。
ああ…も、もう…私…。

「…そんなの関係ないよ。
 サヤカ姉さんは僕の大事な人だ。
 生きていてほしい、幸せにしてあげたい。
 どんなに言われたって、絶対に離してあげないよ」

「ナガレ…くん…」

私は、もう、我慢できなかった。
大声を上げて泣き出してしまいそうだった。
でも、ナガレ君の気持ちに応えなきゃ…。
言わなきゃ…。

「あり、がと…。
 私も…ナガレ君の事、離してあげない…。
 エリナに何を言われても、絶対…死んでも、離さない…」

「…ありがとう。
 ねえ、サヤカ姉さん」

「…なに?」

「…僕がさ。
 未来から戻ってきた、タイムトラベラーで…。
 サヤカ姉さんが死んだ世界から戻ってきたって言ったら信じてくれるかい?」

「え…?
 な、ナガレ君の言うことだったら信じちゃうわよ…?」

私は唐突な、冗談めかしたようなナガレ君の言葉に、困惑した。
でもナガレ君の目は、真剣だった。
まさか本当なの…?

「…ホシノ君も、エリナ君も…。
 ユリ君も、ラピスもそうさ。
 未来でひどい目にあって、後悔しないように戦ってきた…。
 
 ボソンジャンプの、本当の姿は時間移動なんだ。

 だから…僕は…!」

ナガレ君の目から涙があふれ出した。
いつもの自信に満ちた態度がはぎ取られて、
昔見た優しくて一生懸命だった小さなナガレ君の顔が見えた気がした。


「僕は!
 
 未来では僕が弱かったせいでネルガルをダメにしかかったんだ!
 だから二度と後悔しないように、戦った!
 
 その中で、あの頃に惹かれていたエリナ君を抱きしめた!
 
 でもそのせいで、サヤカ姉さんを泣かせた!
 サヤカ姉さんが死ぬような目には二度と遭わせたくなかった癖に!

 サヤカ姉さんを傷つけたんだ、僕がッ!」



「ナガレ君…」


「だから…。
 あの時、僕に応えてくれて本当に嬉しかった…。
 
 僕のせいであんなことになっても、僕のことを想ってくれてたんだって…。
 僕がサヤカ姉さんを助けたいって気持ちに応えてくれたんだって…。
 サヤカ姉さんが、僕のそばに一生居たいと思ってくれてたんだって…。
 
 …でも、ダイヤモンドダストナノマシンのことを黙っててごめん。
 死なないようにしておいたのに、あんなことを言わせたんじゃ、
 詐欺みたいなもんだよね」

「いいの、ナガレ君。
 嬉しかった、自分に嘘をつかないで、本心で言えたから。
 それに、そうだとしても命懸けで守ってくれたのは変わらないし。
 今も、こうして私の事を…。
 
 ナガレ君、辛かったのね…。
 私のせいで…」

「…ううん、僕はエリナ君が居たから」

「…その支えてくれた、大事なエリナを裏切るのね?
 私のために…」

「…うん」

「エリナ、本当に怒りそうよね。
 ダイヤモンドダストナノマシンがあって、
 そうそう死なないって聞いたらフライパンでボコボコに殴られちゃうかも」

「こ、怖いこと言わないでよ」

「ふふ、ごめんね」

ナガレ君が青い顔をしているのがおかしくて笑っちゃった。
…でも、それでもここで引き下がろうとはしないのがナガレ君がらしいわよね。

私は、黙ってナガレ君を抱きしめた。
こんなに大事なことをたくさん聞いたのに、
私から話すとまた言い訳が出そうで、もう喋るのをやめたくなったから。

ナガレ君も、黙って抱きしめ返してくれた。
私の体温を、肌触りを、香りを味わうようにゆっくりと、そして強く…。

ああ、幸せ…。

「サヤカ姉さん。
 この一回きりで終わりなんて思わないでよ。
 …望んでくれれば、いくらでも付き合うから。
 僕からも誘うからさ」

「…うん」

私は嬉しくて、アカツキ君の胸に顔をうずめた。
こんな幸せなこと…一回だけじゃなく、いくらでもなんて…。

…本当に、死ぬほど幸せ…。
生きててよかった…。

…ごめん、マモルさん、お父さん。

こんな形でしか、心の底から幸せだって言えない人生を送って…。
でも、本当に…私…幸せだから…。

大丈夫、だから…心配いらないから…。

許してね…。












〇宇宙・木星⇔火星航路・会議室──リョーコ
…あたしはサブロウタに連れられて、ゲキガンガー愛好会の上映会に巻き込まれた。
この会議室には50人ばかりのゲキガンガー愛好者が居て、当然主催のヤマダが中心に座ってんだけど…。

「…なあ、あれなんか変じゃねぇ~か?」

「はい?」

あたしが指をさす先には、ヤマダの隣に居るイズミの姿があった。
イズミはこういう催しに出てくるタイプじゃねぇし、ましてヤマダの隣に座るようなことは…。

まあ、ちょいちょい愚痴を聞かせている飲み友達ってのは聞いてるけどよ。
…なんかちらちらお互いに顔を見てるんだよな。二人して。
そのたびに気まずそうに画面を見直してっけど。

…付き合い始めたカップルみてぇだよな。

「…ちょっと、まずそうですね。あれは」

「…やっぱか?」

「ガイ大先輩がゲキガンガーをじっと見てないなんて緊急事態ですよ。
 あとで話を聞いた方がいいかもしれないです」

…だよな。
確定、かもしれねぇな。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


上映会終了後、あたしたちはヤマダとイズミが会議室を片付けるのを手伝った。
他の連中は自分たちの飲食のごみだけをひっこめてとっとと出ていった。
…チャンスだな。

「ねえ、ガイ。
 忘れ物が──」

「…おい、イズミ」

「え?」

イズミはいつものダウナーなおちゃらけモードでもなく、ハードボイルドぶりっ子でもなく、
どこか切れ味の鈍った、普通の…普通の女にしか見えない顔で振り向いた。
これは…片付けを手伝って、しかも『ガイ』呼びだぁ?
ヤマダに合わせて、そんな普通の顔してんじゃねぇよ。

イズミらしくねぇ、らしくねぇよ!

「お前、ヤマダと付き合ってんのかよ」

「「!?」」

「りょ、リョーコさん、突っ込みすぎです」

「っるっせえな。
 別に人の色恋沙汰に首突っ込む趣味はねぇよ。
 だけどヒカルのこともあンだ。
 黙ってるわけにもいかねぇだろ。
 …どーなんだよ」

あたしはじれったくて単刀直入に聞くしかなかった。
サブにまかせておきゃ、もうちょっとうまくやるのかもしれねぇが、
ムカついててそれどころじゃなかった。

「えっ、と、あの、その…」

……。
イズミの真っ赤な顔と、潤んだ瞳で、色恋沙汰に詳しくねぇあたしでも分かった。
ああ、こりゃ行きつくとこまで行ってるな。
一週間前の出撃以前はこんな態度じゃなかった…。
あの出撃の、救助のあたりでなんかあったのか…。
救助の時のイズミの剣幕からすると、イズミが先に好きになったんじゃねぇか。

こいつがしどろもどろになるなんて見たことねぇし。
ヤマダのバカに至っては顔を青くして汗を滝のようにながしてやがるし。

「ぐ…が…」

「…でもガイ先輩、やばいっすよ。
 妻帯者が、独身に手を出しちゃ」

「…サブ、芸能界ですったもんだしたてめぇは、
 そういうこという資格がねぇよ」

「りょ、リョーコさん…。
 ひ、人妻に手を出したことはないっス…」

…どうだか。

「…お前ら、ヒカルの気持ちを踏みにじるようなヤツらだったのかよ。
 最低だな」

あたしは幻滅して、部屋を出ていこうとした。
命懸けで一緒に戦ってきた仲間が…身重で一人地球に残ったヒカルを悲しませてまで、
一時の恋愛ごっこで楽しんでるなんて、ムカついて仕方なかった。

けど、サブロウタがあたしの肩をつかんでを引き留めた。

「んだよ」

「いや、ほら」

サブロウタがイズミの方を見やると、あたしもイズミを見た。
イズミは見たこともないような、純情そうな顔でボロボロ泣いていた。
今時、ガキだってあんなに一生懸命な顔しないだろうにな。

…イズミがどういう境遇だったのか、あたしは知ってる。
婚約者を二人も亡くして、自分が呪われてる女だと自分を嗤って…。
いつも心がどこにあるのか分からないような、悲しい目をしていたイズミが…。
こんなに縋り付くような瞳で、あたしに言い返せないのが悔しくて唇をかんでる。

…あたしは、自分の綺麗事を押し付けてしまったことを後悔した。
イズミが…いままでどれだけ寂しかったのか、苦しかったのか想像できてなかった。

いいことじゃないと、分かっていても…。
こんなに、感情豊かになれたのに、あたしが…。

あたしが、イズミを…苦しめたら…イズミは、二度と…。
…。

「…言い過ぎた。
 悪かったよ、イズミ。
 お前がそんな顔するなんて思ってなかったんだよ。
 ヒカルには黙っといてやるから、泣くなって」

「ひぐっ…うぅ…」

イズミは弱々しく頷いた。
こいつが…こんな態度になるヤツがこの世に居るなんて思いもしなかった。
…人間、分かんねぇもんだな。

あたしはイズミの顔を覗き込んで、両肩に手を置いてなだめた。

「…ヤマダと居ると幸せなんだよな、お前は。
 好きにしてていいから…。
 いや良くはねーんだけど…。
 ああ、ちくしょう、どうしろってんだよ」

「だから突っ込みすぎなんですって…」

「う、うるせーな。
 …ヤマダ、お前はどうなんだよ」

「…あ、あの時…救助された時に、色々あって…。
 イズミがガイって呼んでくれるようになって、
 呼ばれるたびに胸がこう…その…それで、祝杯上げたあと、
 酒の勢いもあって、それで…」

「…最低なのはおめーのほうかよ。
 ああ、殴ってやりてぇけどイズミの手前それもできね~し…。
 ったく…バカな恋愛始めやがって…」

「くす…あんたのがバカじゃない。
 浮気性のサブなんかに引っ掛かって」

「ああ!?
 てめえ、嘘泣きでもしてたのかよ!?
 こっちが下手に出てりゃ余裕ぶっこきやがって!?」

イズミは泣き止んだと思ったら、また見たこともないようないたずらっぽい顔でヘラヘラしてやがる。
この五年見続けた、死んだ魚のような目をしていたイズミは、もうそこには居なかった。

普通だ。人並みに幸せそうな顔してやがる。
あり得ないほど普通に、楽しそうな顔だ。
みじめで不運な自分を嗤う、ハードボイルドぶりっ子の欠片もなにもない。

…あたしは怒鳴っておいて、その顔に毒気を抜かれて脱力するしかなかった。

「…。
 リョーコ。
 ごめんだけど、もうちょっとだけ黙ってて。
 私も…地球に戻るまでの仲ってことで約束したから。
 好きな人が生きててくれるだけでも、私は幸せだから…」

…今度は寂しそうに、しおらしくしやがって。
そんなこと言われたら、黙っとくしかねぇだろうよ。

「はぁ…。
 あたしみたいな恋愛沙汰に弱いヤツでも気づくんだ。
 気をつけねぇとバレてとんでもねぇことになんぞ。
 それくらい気づけよ、十代前半の恋する少女じゃねぇんだから」

「ええ」

「あ、はは…すまねぇな、スバル」

「それじゃ、また。
 ガイ大先輩、刺されないように注意して下さいよ」


「うるへぇっ!!」



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


…。
その後、あたしとサブロウタは、あたしの部屋に戻って酒を飲んだ。
で、そこそこ深酒をしてしまった。

「…あのやろお…。
 ほんっとにバカな真似しやがって…」

「まあ、まあリョーコさん。
 恋愛なんてそんなもんですから」

「うるせぇ、違うんだよ。
 正義マニアの癖に浮気出来るヤマダのクソ野郎も気に入らねぇが、
 イズミが期限付きの現地妻みてぇな扱いされてヘラヘラしてんのが気に入らねぇんだよ。
 …地球についたら、別れた後にどんだけ寂しい思いするか分かってんのかよ」

「…そういえば、そうですよね…」

「…今回のことで『呪われた女』って自分のジンクスを吹っ飛ばして、
 完全に立ち直ってくれりゃ、いいんだけどよ。
 でもあいつが恋愛に不器用なのは分かってる。
 新しい恋を探すのは難しいかもしれねぇな」

「意外と過保護なんですね、リョーコさん」

「茶化すなっ!
 …一番心配してんのは、イズミが我慢強いからだよ。
 元々のアイツは一人で居るのが当たり前って顔してるだろ」

「…そうですね」

あたしの言葉にサブロウタは頷いた。
五年以上の付き合いのあるあたしでなくても、
六か月以上、同じ釜の飯を食ってりゃ嫌でも分かる。
どんな生活をしてて、どんな性格なのか、どういう考え方をしているのか。
本当の夢だったお笑いでも成功できず、素質的に向いてる兵隊を続けるしかない、
そういう人生しかない…そんなヤツだ。
イズミがそんな風に考えてたのは、同じ隊に居たら分かる。
突き放したアイツの生き方が、よくわかるだろうよ。

…そんなイズミが、あんなに柔らかく笑うところを見たら…別れる時の悲しみは…。

「でもリョーコさん、俺たちじゃどうすることもできないのも、分かってんでしょ?
 だったら、せめて…悲しんでる時に、酒でも誘いましょう」

「…そだな」

…確かに今の段階で俺たちが言っても仕方ねぇよな。
ヒカルを泣かせないためにイズミを泣かせるか、なんてのは当事者が決めることだし…。
当たり前のことなのに頭に血が上ってて、つい口出しちまったよ。

「…サブロウタ、お前婚約者とうまくいかなくて別れたんだよな。
 あたしと一緒になるって決める前…。
 その人と別れる時、悲しかったか?」

「…ええ。
 俺は、自分が情けない奴だと思い知りました…。
 芸能界でいろんな人にいい顔して、浮気が当然みたいな女性に出会って、流されて…。
 あいつも、激怒しながらも最初は男の甲斐性って許してくれたんですけど、
 回数が増すうちに、段々無言で無視するようになって、
 そのうち…あいつも浮気するようになって…。
 
 …完全に俺のせいなのに、俺は浮気したあいつを許せなかった。
 不平等なことを考えている自分に気付いて、引き返せなくなってることに気づいて…。
 …俺はあいつにふさわしくないってあきらめがついて別れて…」

「お前、人妻に手ぇ出してねぇって言っても大概爛れてんじゃねぇかよ。
 …若気の至りで誤魔化せねぇぞ、それは」

「…面目ない」

…元々真面目だったって聞いてたが、それが逆に良くなかったんだろうな。
芸能界に居るやつは浮気が普通って言われて信じたらそうしちまうっていう…。
厄介だよな、そういう変な真面目さって。

「…分かってると思うけどよ、サブ。
 あたしは恋愛器用じゃねぇーからな。
 弄んだら何するかわかんねーぞ。
 浮気したらぶっ殺してやるからな。
 別れる気は今んところねぇけど、別れるまでは絶対他の女に手ぇ出すんじゃねぇよ」

「そ、それは当然ッ!
 今度こそ、木連男児に恥じぬ漢になってみせますッ!」

「ならいい、信じてるからな」

…。
実際、こいつを信じられる要素は今んところそんなにねぇ~けど。
まあ、クソ正直なところだけは評価してやるかな。
クズすぎることをしてきても、嘘がつけないから婚約者にバレてんだろ。
今だって、自分の情けない話をちゃんと打ち明けてくれた。

それだけで、あたしは十分なんだよ。



















〇地球・オーストラリア・拘置所

『…』

逮捕から一週間。
クリムゾンは隔離されて収監された。
収監されている間、クリムゾンはため息をつく気力もなく、
ただただ力なく無言でうつむいていた。
連合軍副長官に託した最期の目論見もすべて潰えていた。

「…なんか、可哀想とは思いませんが気の毒ですね」

「食事もだいぶ残しているしな…。
 年齢が年齢だけに、体力が保てるか不安だが、
 死なせるわけにもいかないだろう。
 栄養失調になったら警察病院行きになるだけだしな。
 …事情が事情だけに釈放できないからな」

「ホシノアキトのおかげで、平和になったとはいえ、
 うかつに釈放するとさすがにどうなるか分かりませんしね」

モニターで監視している二人は、クリムゾンを取り巻く状況を振り返りながら愚痴をこぼしていた。
クリムゾンたちの悪事は、たった一週間で次々に噴き出していた。
代理の会社を挟んでたどり着けないように工夫していたとはいえ、
個人として動き、徹底的に証拠を残さなかったテツヤと違い、
組織がらみの行動が少なくないだけに、証拠はかなり残っていた。
元々、力関係でねじ伏せることを躊躇わず、
金を握らせて黙らせたり、様々な脅しをかけることも多い。
元々マスコミに嗅ぎ付けられている情報もあり、きっかけは様々にあった。

そこに追い打ちをかけたのが、ハッカー集団たちの情報と音声データだった。
テレビ局・マスコミに次々にリークされたその内容は、
クリムゾンたちにとっては致命的な証拠にたどり着かれてしまうものばかりだった。
逮捕されたクリムゾンたちは、完全にトドメを刺されて沈黙するしかなかった。

「…しかしまあ、罪状が多すぎて死刑か、良くても終身刑は間違いないだろうな。
 世界的に死刑廃止に向かってるとはいえ、なぁ…」

「そうっすよね…。
 戦争を引き込んで自分の有利になるように調整したってなれば、
 外患誘致罪扱いで普通は死刑ですし、しかも地球全体規模で…。
 委託殺人も相当数あるみたいですし。
 ほら、例のツインツイスターの暗殺未遂事件の時もそうだとかで」

「そういえばそんなこともあったな…。
 あの一件は、さつきちゃんとレオナちゃんが生きてたから、
 あくまで未遂ってことだろうが、
 ツインツイスターのプロデューサーだったウォルフって男も、
 クリムゾンの依頼だったか?
 …やはりあれだけの企業となるとやることがエグいな」

「ネルガルも昔はヤバかったそうですけど、
 アカツキナガレ会長がホシノアキト派だったんでだいぶ変わったそうですけどね。

 …でもそれがなかったら、ホシノアキトは生まれなかったすよね」

「人に歴史あり、愛は正義のみにしてならず、ってところかな」

「…くさいっすよ、先輩」

「うるさい」













〇地球・アフリカ地方・連合軍刑務所・待合室──カズシ
…まだ来ないな、隊長。
あのバール相手じゃ何をするか分からないから一応付き添いに来たが、
さすがに面会してる時にはついていけないからな。
大丈夫だとは思うが…。

「…待たせた」

「…どうでした?」

「ああ…。
 毒気を抜かれちまったよ。
 あの高慢ちきの、イカれた出世欲のバケモンが、
 ああも変わっちまうとは思わなかった」

隊長は…待合室のソファに腰掛けるというよりは、寄りかかる様に座った。
全身の力が、入らないとでも言いたげに…。

「…あいつもクリムゾンに自分の家族を殺されて、
 五年も、ホシノアキトに保護されて…復讐の機会を待って…。
 …そりゃ変わっちまうよなぁ」

…隊長の言葉の、その先は言わなくても分かった。
バールがかつてシュン隊長に味わわせた、地獄の苦しみを…。
家族を奪われる辛さを、悲しさを分かち合ったんだろう。
そして、力なく笑っている隊長の目には涙が浮かんでいた。

「…刑に、服すってよ。
 それしか俺と、俺の家族に…。
 つまらない出世欲に巻き込んだ人間たちに償う方法はない、とさ。
 こちとら、不完全燃焼で五年もくすぶってたんだぜ?
 償う前に殺されたんじゃねぇかって、がっかりしてたのによぉ。
 自分は復讐を完遂して、やり切って戻ってきて、それで…。
 
 あのクソ野郎、また勝手なことぬかしやがって…」

「…勝手な野郎ですね。
 昔と変わらない」

「ああ、変わらねぇよ。
 だけど…よ…。
 
 あいつの涙までは否定しない。

 本気で謝ってくれたことを…。
 墓前に手をついて謝れないことを詫びたのを、
 
 否定する気は、ないんだよ…」

隊長は…顔を伏せて、見えないように涙を流していた。
何度、ぶち殺してやりたいと言っていたか分からない、あのバールが…。
恐らく死刑になることを受け入れ、隊長に謝るなんて…。

「…それにな。
 あの英雄がわざわざ保護して、力を貸してほしいって頼んで…。
 実際にホシノアキトを、あの場にいた人間すべてを助けた。
 理由はどうあれ、バールがそんなことまでしたのが意外だったな…」

「あの英雄にかかったら、なんでもありになるんですね」

「…全くだ。
 五年前に聞いたら耳を疑ってたぞ。
 
 …カズシ、今日も一杯付き合えよ」

「良いんですか?
 肝臓の数値ヤバかったんでしょう?
 墓参り行く前にぶっ倒れるのはナシですよ」

「いいんだよ。
 こんなことで死ぬ俺じゃねぇって知ってんだろう」

「祝杯なのに、ちょっと野暮でしたかね」

「いや…祝杯じゃねぇな…。
 ま、半分はバールの野郎が真人間になった祝杯でいいがな。
 
 …ただ、うまい酒が飲みたいんだ。
 
 今日は…家族の楽しい思い出を、思い出して飲める気がするんだ…」

「朝までお供します、隊長」

──その日、言葉通り俺たちは朝まで飲み明かした。

隊長はしばらく出さなかったアルバムを取り出し、
見返しては泣き、笑い、十数回以上、乾杯を繰り返した。

五年前にバールが失踪して飲むに飲めなかった、
この時のためにとっておいた秘蔵の酒を飲み干した。

最後に、どちらが先に眠ってしまったのかは覚えていないが…。
隊長は晴れやかな顔をして朝日にグラスを揺らしていたのだけは、覚えていた…。

「…ありがとよ、英雄」















〇地球・東京都・アイドル合宿所『大和』・事務所──チハヤ

「みんな、そろそろ出発してちょうだい!
 今日はアメリカでチャリティーコンサートなんだから!」


「「「「「「「「はーーーいっ!」」」」」」」」



あれから一週間が経過していた。
あの事件後、私達は数日の休みを挟んだ後、
再びアイドルとしてチャリティー巡業に復帰していた。
昨日は中国で三日のチャリティーコンサートがあり、日本に戻って一日休んでから、
今またアメリカに発つところだった。
出番は限られているものの、私達の地球上での立ち位置が重要すぎるので、
かなり警護に気を遣ってもらって、私達も神経をとがらせる必要があるので大変。
私達もダイヤモンドダストナノマシンを投与してあるし、
護衛に北斗と北辰さん、さな子さんに、
機体もブラックサレナ改が二機ある状態だから万全ではあるんだけど…。

でも、何事も完璧はあり得ない。
テツヤのようなことを考える奴が出てこないとも限らない。

だから、またユーチャリス級を建造して、継続してアイドル巡業しよう…という、
なんともぶっ飛んだ提案があったとか。
…まあ、それくらい必要になってるわよね。
ホシノアキトたちも新ナデシコAでどっか行ってるみたいだし。

今日はひとまずヒナギク改二で、全員が移動することにはなってるけどね。
相転移エンジンを装備したブラックサレナ改がついているから安心だけど。

私は静かに、次のライブへの高ぶりを感じていた。
アイドルとして再びステージに立てる。
何も、気負いなく。
自分で望んで、ステージに立てるんだから、嬉しいに決まってるわよ!

まだ危ないことはあるかもしれないけど、
みんなと一緒に、また歌って踊れるんだから…!

「…そういえば、あんた達、アキトになんか遺産をもらう予定だったって聞いたんだけど、
 受け取らなかったの?」

移動の道中、ライザがボソッとつぶやいた言葉に、
ゴールドセインツのみんなはびきっと固まった。
…どうしたの?

「えっと、そのーあのー」

「…いいから話しなさいよ。
 私を受け入れてくれた、一緒に死線をくぐり抜けてくれたあんた達のことなんだから、
 やましいことだろうと黙っててあげるわよ」

「えっと…実は…」

さつきは、顔を真っ赤にして、うつむきながら事情を話した…。
私はその内容に驚くというか、呆れ切ってしまった。
ライザの推測ではラピスのせいってことだけど…。
それに乗っかった以上、ホシノアキトも大概じゃない。
ま、まあ…当人たちの希望ならいいのかもしれないけど…良くはないわよね…。
みんなもさすがに気が引けていたから受け取らなかった、というか生きてるのを信じて待ったってことだし。
一応、私もみんなには借りがあるし、黙ってるつもりだけど。

はぁ…こんなこと、バレたらスキャンダルじゃすまないわよ、全く…。












〇宇宙・地球⇔火星間・新ナデシコA・ブリッジ──ホシノアキト
…俺たちは、英雄的にしなきゃいけないことをほっぽりだして育休をとり…。

火星に向かっていた。

この一週間程度、さまざまな取り調べがあって…。
バール少将の保護が誘拐未遂ではないのかとか、爆弾の独断処分とか、テツヤという男の死亡についてとか…。
そのあたりで結構時間が取られてしまってたけど、
ユリちゃんに提案されて、その裏で実はこそこそと準備はしていたんだ。
何とかそっちが一段落したので、今は…。

昨日、突如、ユリちゃんは、

「色々まとまったので、三人を迎えに行きましょう」

と、育休中で雲隠れするということを利用して新ナデシコAで火星に向かった。
俺も一刻も早く会いたいからすぐに頷いた。
それでお義父さんの協力でこっそり宇宙に出ることができたんだけど…。

とはいえ、クルーはかなり少なめにしてある。
エリナやミナトさんは白鳥さんは、地球に残った。
アイちゃんとアイちゃんママのトモコさん、イリス博士、
ウリバタケさんと、整備班と生活班の一部の人たちは、引き続き残った。
あ、あとは…。

「あ、私もいるよん。
 原稿も実はこっそりデジタルで描けるようになってたんだぁ。
 出産もアイちゃんがやってくれるっていうから、
 私もジロウ君迎えにいこーと思って!」

……ってことで、ヒカルちゃんもついてきてる。
みんな、仕事があるだろうに良くついてきてくれたよな。

「っていうか、この火星航路の資金って…。
 もしかしなくても、俺が払わないといけなかったり…」

「はい、当然です」

「がっくり…」

…そりゃそうだよなぁ。
俺を助けるために、新ナデシコAをピースランドで組んでくれてたのはともかく…。
ナデシコの維持費として整備費、部品代、食料費、参加してくれた人の給料などなど…。
合計して軽く数十億円の費用が書かれている請求書をユリちゃんに突き出された。

「う、う、ううう~~~。
 また借金地獄じゃんかぁ…」

「三人に会えるのを三ヶ月も短縮できるんですから、これくらい払ってください。
 今のアキトさんなら一日で返せるからいいじゃないですか」

「そうは言うけどさぁ…ぐすん」

「それに地球じゃ色々落ち着かないんです。
 アキトさんはまた超ド級の英雄になっちゃったんですから、
 この子たちが安全に過ごすためにはナデシコの方がずっといいんです」

「それもそっか…」

「ナデシコ内なら家事も大部分しなくていいので楽ですしね。
 さすがに今はもうちょっと休みたいです」

俺たちはブリッジに持ち込んだベビーベッドに眠る、二人の俺たちの子を見つめた。
もうすぐ…この子たちが健やかに過ごせる日が来る。
俺も少しだけ、普通…にはなれないか。
…俺ってこの子たちに悪影響を及ぼす可能性しかないんだよな。
歴史上あり得ない英雄で、二股男で、やたら強くて不死身で…。

…うう、せめて今のテンカワぐらいの位置で居たかった。

「…それに夏樹さんにも謝りに行かないといけないでしょう。
 ラピスの連絡で、夏樹さんが火星に残るらしいのは聞きましたし」

「…そうだね。
 もっとも、俺がここまでしてきたことを考えると、
 どんな謝り方しても今一つ説得力に欠けるけどね…」

「それはそれ、これはこれです。
 誠意を持って直接謝らないといけません。
 …彼女を支えるのも私達の役目ですから」

「でもユリちゃん、あんまり無理しちゃだめだよ。
 子供を見てる時以外はずっとかかりっきりじゃない?」

「ちゃんと睡眠取れてますし、休む間の片手間で出来るくらいのことです。
 シン・オモイカネに自動化もお願いしてますし、平気です」

…そんなこと言ってるけど、ユリちゃんは疲れている。
子供たちの夜泣きもすごいから…。
俺も一緒に子供をみてるもんだからそこそこうまくやれてるとは思うけど、
負担は少なくないし。

「ラピスとラズリさんのために、頑張ってみます。
 ここまでで五分以上に持ち込めて状況は決して悪くないです。
 …まあ、こういうことは一回こっきりにしておかないと、
 そのうちバレちゃいますからね」

「…そうだね。
 この世界に来てからユリちゃんが初めてそんなことしてるんだからね」

「そうです。
 この一件だけは譲れません。
 影響は小さくないでしょうけど、
 結局最初に考えてた通りにしたって同じです。
 
 だったら、堂々と突き通すまでです!」

ユリちゃんは胸を張って、IFSを操作し始めた。
その黒髪がプラチナブロンドに変化して、瞳の色が金色に変わった。
…そういえば、この作業始めるようになってからユリちゃんすっかり元の体系に戻ったよね。
は、半分はダイエット目的だったりして…。

「…アキトさん、失礼なこと考えたでしょ」

「…ごめん」

…俺たちはボケボケしながら、人の少ないこのナデシコでの旅をつづけた。
火星に行くのも、もう五年ぶりだ。
火星に縁があるのがナデシコ…。
そんで、ナデシコに乗るのはバカばっかな俺たちナデシコクルー。

遺跡ユリカの見てきた世界の中でも、それだけは変わらないんだろう。
楽しい日々…その先にあるのが、常に悲劇だったのも、変わらなかった。
そしてついに今回、俺たちはようやく悲劇以外の結末に至れた。
…ヤマサキと夏樹さんが、俺たちの代わりに悲劇を背負ってくれたから。

ヤマサキを完全に許すつもりはないが、死んでいいとも思えはしなかった。
…だが、ヤマサキの気持ちが分かる分だけ、その選択を責めることもできはしなかった。
俺は…。

「…そういえば、ちょっと聞いたことなんですけど。
 アキトさんが死亡した時にゴールドセインツのみんなが頑張れるように、
 何か『遺産』を残してたとかどうとか、聞いてたんですけど…。
 彼女たちは約束通り半年の間受け取りせずにいてくれたようですけど…。
 
 …一体、何を残してたんです?」

ぎくっ。
俺はあまりにアレすぎることを聞かれて、肩がびくっと動いてしまった。
こ、こんなことは伝えたくなかったが…。

「あ、あの…」

「…いいですよ、アキトさんが自発的にそういうことしないのは分かってます。
 ラピスが勝手にやって、事後承諾でアキトさんに何をするのか教えたと思うんで。
 説教はあの子にしますし」

「うう…」

俺は情けなく呻くしかできなかった。
でも、言わないともっとひどいことになるのが分かっていたから、言うしかなかった。

「…あの、ね。
 ユリちゃん、俺たちって…人体実験すごいされてて、
 体をすごく精密に、遺伝子まで検査されてたよね?」

「ええ」

「そ、その時、生殖機能も調べられたでしょ?
 俺の…生殖機能が正常かどうか調べた時のサンプルの…」

ユリちゃんは、俺の言葉をすべて聞き切らないうちに、すべてを悟ったように目を見開き、
そして眉間に深いしわを刻んで、頭を抱えた。

「…そ、そうですか。
 あ、あの子は~~~~~っ!
 
 もし、アキトさんが生きて戻らなかったら、
 ゴールドセインツのみんなに『アキトさんの子供』を生む権利を与えて、
 敵への逆襲に使おうとしたんですね…。
 
 …最ッ低ですッ!」

「だから言いたくなかったんだよぉ…。
 預かってるのがアイちゃんだから大丈夫だとは思うけど…」

「…はあ、まあ確かにアイなら無茶なことはしない性格ですから、
 安心はできますけど…。
 …廃棄するように言っておいてくださいよ」

「はい…」

ユリちゃんは、ひどくげっそりしていた。
…ユリちゃんだけではなく、俺も話していてげっそりしていた。
ラピスの考えた最低最悪の方法を聞かされて、なんとしても生きなければと、
普段以上に思うようになったのはあるんだけどな…。

ああ、ラピス。
お前、本当にある意味じゃ黒い皇子の俺以上に真っ黒だよ…。
最悪の事態になったら俺の子だろうと、戦力として復讐を企てるなんてさ…。
そうならないように必死で準備してくれたのもラピスだから、責めるに責められないし…。

…ほ、本当に死ねないよな、俺。
俺が死んだら暴君になりかねないラピスを看取るまでは、本当に…。

か、勘弁してくれ…。


















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
決着がついて、夢が叶った者、夢破れた者、それぞれがこれからを生きていく回でした。
アカツキもヤマダもそれでええんかい状態ではありますが、死ぬよりはマシということで(おい
シュンとバールの確執も、静かに決着。
相哀れむ、ではないですが、分かり合える状態になれたようです。

っていうか、ラピスの腹黒度が怖い、本当に怖い。
クリムゾンに代わって世界を制圧する気じゃなければアキトを守れない、
守れなかったらアキトの子供を増やして、最強の戦力を作って復讐するつもりだったと。
今回はそうならなかったのが幸いでしたが、シャレになりませんねぇ…(考えたのお前やろ
ゴールドセインツへの遺産は、元ネタの聖闘士星矢がすべて異母兄弟だったのが由来です、ええ。

次回、アキト達が選んだ、自分たちの未来が明かされ、
伸びすぎなければおそらく最終回になると思われます。
次回といいつつ、二話連続投稿になるかもですが。
丸三年の連載になる日付までに間に合うのかぁ~~~~~!?

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!









〇代理人様への返信
>大団円。とはいかないけど、まあハーフハッピーエンドかな・・・
>それ以外に言葉が浮かばない。
テレビ版の九十九の死のように、彼の死が木連を救う結果になるようにしてみました。
それがなければ、意見がまとまらなかった。
ビターではないが、あくまでハーフハッピーエンドになりそうですね。









>>次元
>「またうまい酒を飲もうぜ」って最後のセリフがほんとにもうね・・・じーんと来ましたわ。
>ついに初期メンバーが全て去っていったんだなあ・・・
本当に、そうですよねぇ…。
次元役にこだわって残り続けてくれた小林さんに感謝。
後任の、初代ゴエモンの息子、大塚明夫さんも期待ですね。
ちなみに私は、弾数が少ないコンバットマグナムを使うことへ意見されたことへの返事、
「うるせぇ、俺はリボルバーが好きなんだよ!」ってセリフが好きです。














~次回予告~
ついに機動戦艦ナデシコD、完結かぁ!?
全ての演目が終わり、すべての登場人物がゴールにたどり着く中、
ホシノアキトとホシノユリはある選択をする。
こいつらはどこまで行ってもバカばっか!
どこまでバカになれるかが見物だぞぉ~~~~~っ!



『時の流れに』に魅せられてもう二十年近く経過してしまった作者が贈る(ゴフッ
色々と自分の中の整理がついたから書ききれた、ナデシコ二次創作!













『機動戦艦ナデシコD』
第九十九話:diamond Princesses-ダイヤモンド・プリンセシーズ-












を、みんなで見よぉうっ!!
























感想代理人プロフィール

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代理人の感想
お疲れ様を言うにはまだ早いですが、ついにここまで来たなと感無量。
まあ勝って兜の緒を締めよとも言いますし、最後まで気をゆるめずに。


>20年
ごふっ(もらい吐血


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