短編集・こんなIFがあったとかいう話。



『変わっても、分かるもの』










「終わったな・・・」

俺は、ユリカが開放される瞬間を目にして、ユーチャリスを発進させようとした。

ぐっ、っと身体が揺らいだ。

確かに今までの戦闘と比べれば普段よりも負担は少なかっただろう。

だが、あの北辰との戦いは、心を酷使していた。

とりあえず、意識を手放して休息する事にした。

─まだ死ねない。

俺には死ねない理由があった。

本来では死んで然るべき俺が、生きる。

ルリちゃんやユリカを護らなければ。

この戦いで、ルリちゃんはきっと危険視されるだろう。

ユリカも、義父さんが護ってくれても、限界がある。

火星の後継者の手は、想像以上に長い。

実際に、警護を受けていたはずの俺達ですら、証拠も残さずに闇に連れて行かれた。

だが、俺は彼女達のそばに居てはいけない。

俺が居ればなお、彼女達は追い詰められるかもしれない。

俺の最後のわがままは、二人のための暗闘だった。

そうだ、その為に─

「火星の後継者を、殺す」

俺の怨恨は消え去る事はないだろう。

心も身体も、存在さえも否定し、抹殺したあいつ等を。

そして、それを容認した世界の全てを。

贖罪でも、何でもない。

俺は立ちあがった。

だが、その後ろに映った、半身とも言える少女の姿を見て、瞳孔が開いた。

ラピスは息を荒げて倒れていた。

その白い肌が、さらに弱々しい色に染まり、汗に滲んでいた。

「おい、ラピス!」

呼びかけてみたが、返事はない。

俺の長時間の緊張状態に当てられたのだろうか。

リンクは、精神の負担さえも共有してしまう。

将来的には感覚を失った俺にすら五感を感じさせるかもしれない、このシステムの最大の弱点。

俺は自分の無神経さに腹が立った。

ラピスは黙って着いて来てくれたと言うのに。

苦痛に耐えて俺の手足になってくれたと言うのに・・・!

何一つ、俺はラピスを理解していなかったのだろう。

戦闘から戻っても声一つかけなかった。

とにかく、ラピスを抱えて医療室に急いだ。

できるだけ負担が掛からないように、歩調だけは丁寧に、早く。

ラピスはA級ジャンパーではない。

戦艦クラスのフィールド・ボソンジャンプを行った場合、

B級ジャンパーはA級ジャンパーほどでないにしろ、大きな負担を受ける。

その為に、医務室で生命維持を行ってから、すぐ治療を受けなければ・・・。

彼女の主治医であるイネスはすぐ近くに居る。

しかし、踏み出せるものだろうか。

しばし躊躇したものの、ラピスの命には代えられない。

そう思って、ユリカも居る、あの場所に向かおうと立ちあがった。

その視界の先にある、医療室のドアすら一瞬見えなくなり、自分の身体の異常を悟った。

「・・・・・ク、目が霞んで来た・・・」

いまいましい現実を吐き捨て、役立たずな自分に苛立つ。

分かっていた事だ。

ラピスから感覚補助を受けている以上、

彼女に異常があれば俺にも何らかの感覚の欠如が生まれてしまう。

身体が思い通りに動いてくれない・・・。

元々壊された身体だ。

感覚がなければなおの事、動いてくれるはずがなかった。

だが、動け!動いてくれ!

今だけでもいいから動いてくれ!

そう願うしかなかった。

願っても、現実は過ぎ去るだけだ。

そして、俺の意識は、暗闇に落ちていった。
















「アキト君、アキト君」

「・・・ぐっ。イネスか。

俺は・・・」

全身に強烈な気だるさと、軽いが確かな痛みが走っていた。

立ち上がる事は出来るだろうが、歩くのには少し辛いな。

これまでの無理が出てきたような感触だ。

「ユーチャリスの前でラピスちゃんを抱えて倒れてたのよ。

無理しないで」

「そうか・・・ラピスは?」

感覚が通常程度に保たれているせいか、彼女に対する危機感が少し和らいだ。

それでも、彼女に何らかの異常があることは覚悟していた。

「無事よ。

ただ、ユリカさんのほうがまずいわね」

「ユリカが」

言いかけて、背筋が凍った。

彼女が、何の異常もきたしていないなどとは思っていない。

─実際、彼女に対する無意味な虐待は目に余るものがあった。

遺跡に融合させられたのも、あまりに危険過ぎる。

だが、一番不安にさせたのは、俺という最悪最低の患者を診ているはずのイネスが、

ユリカに対して危機感を抱いていると言う。

イネスの痛烈な表情がそれを物語っていた。

「・・・いい、アキト君。

落ち着いて聞いてね。

彼女はね、もう死んでたのよ」

「死んで、いただと・・・」

死。

俺の近くに常に横たわっている、いつ来るか分からないもの。

いつか俺に安心を与えてくれそうなもの。

それが、彼女に既に訪れていただと?

俺の見た限りでは目を覚ましていたように見えていたのに?

信じたくない・・・信じられるはずもない!

だが、俺を無視して、いや。

俺を納得させるためなのだろう、彼女は語るのをやめなかった。

「確かにあのユリカさんの身体は本物よ。

ユリカさんと今までのデータを検証してみたらボロボロと出てきたのよ。

知らなかったほうが良いかもしれない真実が沢山ね。

彼らは最初からコントロール・ユニットとしてユリカさんの利用を考えていた。

火星の後継者はユリカさんを制御するのにひどく苦労したみたい。

だけど、結局、彼女を制御するのを諦めてたのよ。

あなたが救出された時点でね。

あなたのイメージを利用する段階では30%の成功率でボソンジャンプを操れた。

代わりにそれ以上の進歩はなかった。

それどころか無理な投薬、ナノマシンの投与によるパンクで脳は既に破壊寸前だった。

だからユリカさんのクローンを作り、

その脳にデジタルな方法で、都合の良い部分だけを抽出した、

人間脳型コンピュータ、とでも言うのかしら。

・・・そんなものに作り変えられていたのよ、ユリカさんは」

彼女が全ての真実を伝えきった瞬間、

俺の現実は、いや、俺の心の拠り所は失われていた。

それこそ永遠に。

ユリカを助けた─事実だけが俺を救うと信じていた。

俺の心は、今の今まで戦い抜けた執念は、彼女の為にあった。

彼女が、生きている。

たったそれだけの事実が欲しくて死んでしまった心と身体に鞭打って立ちあがってきた。

だが、現実はどうだ?

俺を裏切りつづけ、挙句に、自身の存在の根源が無くなってしまうなどと。

信じられるはずなどない。

信じたく、ない。

俺は・・・。

「・・・アキト君、酷な話だと思う。

けど、私には一つだけ言える事があるわ。

あなたがこの事実を忘れたり、乗り越えたりする事は出来ないかもしれない。

でもね、あなたを支えた私も、そしてエリナも、会長も。

生存を知って駆け付けてくれたナデシコのみんなも、あなたに消えて欲しくない。

ユリカさんがあなたの拠り所だったように、二人は私達の希望の拠り所だったのよ。

汚い欲望に包まれた、人間の命をマッチ棒のように扱う戦争の中で自分を通したあなた達が。

・・・もう何も出来ないと思ってるかもしれない。

でも、自分で自分の命を絶とうなんて思わないで。

頼りきって良いから・・・何もかも、何でもするから・・・!」

「イネス」

彼女の言葉をさえぎって、声を絞り出した。

彼女が哀れんで言っているわけではないのは分かっている。

それでも、言わずにいられなかった。

「俺はどうしたらいいんだろうな。

死にたいとは思ってないが・・・。

どうにも、何をどうしたら良いのか分からない。

俺はもう何もかもが・・・嫌になりそうだ」

彼女の優しさを拒絶する事も、ユリカの死を悲しむ事ももはやできない。

俺を支えた執念も、感情も消えうせ、がらんどうにされてしまっていた。

とにかく、感情が戻ってきて欲しくないようにも思った。

全てがどうでも良くなってしまった。

こんな俺ならこのまま消え去れれば良いだろう。

だが、そんな気すらも心は許してくれなかった。

イネスは黙ってうつむいていた。

かける言葉を失っていたのだろう。

俺も、言いたい言葉は無かった。

だが、彼女を安心させられる、言うべき言葉はあった。

その場しのぎの、らしくない、前向きな言葉が。

「安心してくれ、まだ死ぬつもりはない。

ルリちゃんはまだ護れる。

・・・ただ、しばらく考えたい。

黙って消えたりはしない」

「そう・・・」

「少し、眠る」

彼女が少し安堵の表情を見せたところで、俺は眠る事にした。

少し疲れていた。

何もかもを放棄して、ただ寝入りたかった。



昔のように、理不尽さに怒れる俺は、もう居なかった。















それから、数日。

無気力に眠りと目覚めを繰り返すだけの生の中で、体力の急激な衰えを感じた。

どうやら、身体の限界が来たようだ。

・・・いや、俺自身が心底生きる事を辞めたくなってしまっているのだろう。

虚脱の中、俺にルリちゃんが会いに来た。

「アキトさん・・・」

「やあ、ルリちゃん」

特に何かを言う理由は無かった。拒絶する意味も無かった。

護ろうとしていたはずなのに、もうそれすらも出来ない。

俺は全てを否定したいのか・・・?

「・・・随分、痩せちゃいましたね」

「ああ・・・」

濁った瞳を彼女に見せて、力なく俯いてしまった。

彼女の心配を感じる、小さいつぶやき。

大丈夫ですか、とは聞かなかった。

鏡を見てないが、彼女は気休めや嘘を言うような性質じゃない。

・・・かなり酷い顔になってるんだろうな。

次の瞬間、彼女は俺の胸に縋り付いてきた。

「アキトさん・・・アキトさんっ!」

顔を上げなくても分かる。彼女は泣いているのだろう。

アカツキに女泣かせと言われた事があったが、否定は出来ないだろうな。

彼女の背中に力なく手を添えた。

「帰りましょう・・・帰ってきてください!」

「・・・ごめん。

駄目なんだ・・・。

ユリカが居ないだけで・・・こんなになっちゃうんだ。

・・・もう、誰かの為に生きるなんて考えられないんだ・・・」

「・・・」

ルリちゃんは強く、俺の服を握り締めた。

長い嗚咽はしばらくやむ事は無かった。

俺は二度と誰も抱きしめられない手で背をさするくらいしか出来なかった。


ぷしゅ。


ドアの開く圧搾音がなり、ラピスが入ってきた。

ラピスも意識を回復していたのか。

そう思ったら、ルリちゃんはそっと席を外した。

これ以上話せないと思ったのだろうか。

入れ違いに入って来たラピスは、俺の前に立つとしばらくじっと見つめていた。

ほとんど見えてないかすんだ視界に映った彼女は傍にあった椅子に座った。

「アキト・・・久しぶり」

彼女の一言に言い得ぬ違和感を覚えた。

それほど彼女と俺の時間が離れていたわけではない。

いつもの無表情、感情の起伏を感じない声と口調。

しかし、どこか懐かしい。

ずっと昔に聞いた、落ち着ける雰囲気をその吐息に感じる。

久しぶり、と言う言葉がぴったり当てはまりそうだった。

「ラピス・・・だよな?」

「うん・・・ううん」

言葉の矛盾─否定と肯定が彼女の存在を不安定にしている。

彼女にもわからない何かがあるのか?

それとも・・・。

「・・・アキト。ごめんね・・・。

こんなになるまで・・・私のせいで・・・」

彼女の言葉は、俺の中に雷となって走ってきた。

心臓の音が、蠢く溶岩のように聞こえる。

弱った俺の身体を揺らして、一つの可能性を告げた。


「ユリカ・・・?」


イネスの言葉の中に見つけた、可能性の欠片。

冷静に動かないはずの思考能力の中で、可能性が確信に変わりつつあった。

もし、ラピス・ラズリという存在が、例のユリカのクローンであれば・・・。

脳を取り出されたその身体に、壊れかけたユリカの脳が入っていたとしたら?

まさか、まさか・・・。

「私の事・・・わかる?」

「少し・・・」

呆然としていただろう、俺に彼女は問い掛けて来た。

「私ね、あの時、アキトが助かったあの時にね・・・?

頭の中を色々弄られちゃって、記憶が消えちゃってたの。

感情も、何もかも・・・殺されてて。

アキトに助けられたと気もアキトの顔を覚えてて、でも分からなくて。

アキトを助けなきゃ行けない、それしか分からなかった。

ユリカが死んだ時点で、記憶を取り戻した、けど。


もう、テンカワ・ユリカじゃない。


ラピス・ラズリ。

ユリカをベースに作られた、ホシノ・ルリの模造品でしかない。

私の脳がユリカの物だとしても、もう・・・ユリカは戻ってこない・・・」

「もういいっ!無理をするな!」

俺は叫んだ。

咽そうになるのを必死に堪えて、ラピスを・・・ユリカを止めた。

ラピスであろうとするが、わずかにユリカの心が出ていた。

彼女は俺と同じだった。

かつての自分を、今の自分と同じように見て欲しくない、自分を忘れて欲しい。

その為に、自分の死を語る─俺と同じようだった。

「アキト・・・」

「ユリカ、いや、ラピス。

俺は、偽って自分を隠して生きて行こうとした。

皆に忘れて欲しいと思っていた、殺しで穢れた俺を見て欲しくないと思っていた。

思っていたんだ・・・!

だけど、だけど何も分かってなかった!

お前を欲しいと思って居たんだよ、誰よりもっ!

俺はお前が居ないだけでこんなに弱くなっちまう・・・。

お前が居なけりゃ・・・俺は、俺は・・・」

消えて無くなる。

俺は、この一抹の希望に縋り付けないのであれば、死ぬだろう。

彼女が、ユリカでも、ラピスでも良いと思っていた。

同じはずだ・・・。

安っぽい未練だ。

「・・・感情を剥ぎ取られて、私はもう笑えない。泣けない。怒る事も・・・。

それでも、アキトは私を・・・?

こんな私でもいいの?」

「ああ・・」

「・・・ありがとう。アキト」

彼女は、俺の目を真摯に見つめてくれた。

俺のやったことも何もかもを知る彼女が。

許されているような感触・・・そして、彼女がまた口を開いた。

泣いていると言うよりは、涙を流しているだけのような無機質な顔から。

「私はラピスで良いの。

ユリカだった事はアキトだけ知ってて。

今まで支えてくれた分まで・・・支えるから。

あなたの目、あなたの耳、あなたの足に、あしたの手に、あなたを支える全てになる。



私は、アキトの心の鎧になりたい」



俺は顔をくしゃくしゃにして頷いた。

彼女の本当の気持ちを隠した、献身に甘ったれてしまった。

それでも後悔できるほど余裕は無かった。

俺はまさにとどめを刺される寸前だったから。

何とか言葉をひねり出そうとして、掠れて聞こえないような声で応えた。




「ありがとう・・・ラピス」













筆者から一言。

新ラピス・ラズリ説。

ちょっと作中で言えなかったんですが(というか流れに乗せられなかったんですが)、

脳はユリカボディに移植され、残ったラピスボディは、

『ユリカベースのルリ遺伝子先天性コーディネート』という代物です。

そのためにアキトにユリカの面影を感じさせても確信にいたらなかったと言う状態で。

最後にあえてラピスと呼ばせたのは勿論、仕様です。

とゆーか、アキトが変わり果ててるのにそのままでどうするユリカ!と思い立ち、

変わらないのがユリカならこないな設定はどうでしょ?と組んでみました。

ちょっと発想の悪さもあって、話がまとまっているとは言いがたいんですが。

ほら、ラピスがアキトの記憶の中から拾い出したユリカの記憶を使ってるだけかもしれんですし(爆)

あー・・・どなたか同じような話をうまく書いてくれないものか。

この後どうなったって?そりゃ想像にお任せします。それぞれ完結させてください。

私的にはハッピーエンドで、この後、ナノマシンを中和して、

ラピス(ことユリカ)と数年後に結婚、事情を知っている人間に光源氏計画と罵られ、

コウイチロウが殴りこんで、どたばたと終わって欲しいですね。

気が向いたら、連載編も書こうと思ってます。ネタバレしてるとか言うな。

では、また。


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代理人の感想

うーん、残念。

アイデアは面白いんですけどねぇ・・・。

まとまりが無い状態ではにんともかんとも。