−ジュン−

あああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・。


あ。


とうとうやっちゃったよ・・・僕は・・・ボクは・・・ぼくわぁぁ。

これが口から出ていたら気でも触れたのかと思われるんじゃないかってほど心で叫んでるけど、

体はほぼ完璧に硬直しちゃってるし・・・・あああ、眠れない、眠れない、眠れないぃー。

何があったかって、そりゃ・・・・。
















チハヤを・・・抱いちゃったんだよ・・・。


















ストレートな表現は避ける(もう手遅れかもしれない)けど、結果的にそうなった。

僕はチハヤを抱いた。

理由・・・って言うか、何て言うか、経緯を話すと。

地球に帰って男に戻る許可をされて戻ってからマンションで休んでたらチハヤが来てさ。

誰にここを聞いたのか、どうしてここに来たのか、その手に持ってる大きなカバンは何か・・・って色々聞いたんだけど。

・・・ナデシコを出る前にユリカに僕の家を聞いていて、僕と暮らしたいとか言い出したんだよ。

最初はしどろもどろ気味に否定的なことを言っていたんだけど・・・。

涙目で俯き加減の上目遣いで黙られて・・・。

やっぱりその沈黙に耐えられなくてOKを出しちゃったんだよ。

ユリカの押しだけの攻撃よりもこれは痛かった・・・。

良心が傷付くし、何より僕もチハヤが好きだったから・・・。

以前に、勢いでチハヤに好きって告白しちゃったから・・・。

もっと距離をおいて、ゆっくり近づきたかったけどね。

・・・でも一番の問題はその夜だった。

お約束・・・っていうのかな、一人暮らしだったからベットが一つしかなかったんだ。

ソファも無くて布団も一人分だった。

チハヤが風呂から出て来た時にそれを話したら一緒に寝ようと言い出す。

けど、僕は狭いから、と何かと理由をつけて止めさせようとしたんだ。

・・・だけど、僕には勢いがそよ風ほどでも押し切られるほどの反論しか出来なかったよ・・・。

仕方なく、背中合わせでという条件で妥協してもらった・・・けど、そんなに甘くは無かった。

1分もしないうちにチハヤが振り向いて耳元で囁いた。

「抱いて」って。

背中がぞくって震えたよ。

女の子のストレートな誘い文句なんて初めて聞いたから。

ユリカの事も好きだったけど、やっぱり意地だったのかなーと激しく揺れた。

その後?

何度も押し問答して・・・僕なりに頑張ったよ・・。


ああ!それはもう!


この世に生まれて21年!


一番頑張ったんじゃないかってくらい!


ユリカに夏休みの宿題を毎年頼まれる以上に!


ユリカについて行くために両親に土下座して2時間ほど頼み込んだ時以上に!


ユリカに仕事を全部押し付けられてるとき以上にッ!


・・・・・・・・でもやっぱり無駄だった。


こんな時の男の抵抗なんてティッシュか和紙で全開の水道の水を受け止めるに等しい。

そりゃ僕は女顔だし、結構長い事女にされてたよ?


でも僕だって男なんだよ!


ああ、そうだよ、動物的に言えばオスなんだよ!

女の子に抱きつかれて平気なわけじゃない!

え?そんな弱い神経で良くナデシコに居た時チハヤと同室で居られたかって?


僕がロリコンだって言いたいのか君は!


ついでに誰に突っ込んでるのか自分でもわかんないよ!


・・・て、事があって、後は覚えてない・・・訳じゃなくて鮮明に覚えてるけど、我ながら溜まってたんじゃないかって思う。

それでも、僕は・・・僕わぁ・・。

せめて結婚してからがよかったなぁぁ・・・。

ちなみに、僕の真横で眠ってるチハヤ。

どうも、寝ていても僕の腕を放す気は無いらしい。

・・・でも、それ以前に、僕はこの状況だけで・・・動けないし・・・眠れない・・・・・。

結局、僕はそのまま夜を明かす事になった。




































第3話「DRY.HEART DRY.SOUL」


















−チハヤ−

・・・昨日は結構わがまま言っちゃったかな。

でも、私にとってこれは大事な事だった。


裏の世界に居た事のある、人を殺した事すらある私を本当に愛してくれるという保証みたいな物が欲しかった。


・・・ただの単純なわがままって言われるかも知れない。

それでも、これだけは譲れなかった。

両親を殺された、あの日。

腹違いの兄弟であるテツヤの存在を知り、彼の口から父の信じがたい所業を聞く。

私は信じたくなかった。

父が自分の愛した人を、子を捨てて、私達の元に逃げてきた何てことは。

けど、同時に信じざるを得なかった。

殺される前の父は助けてくれとすがっていた。

土下座をして、靴を舐めていた。

・・・そんな父に対する愛着なんて、消えていた。

それでも、母を殺された事は私の中に大きな憎しみの感情を植え付けていた。

テツヤが私一人を残して消え去ると、私は父が残した・・・人から毟り取った汚い金で動き出した。

最初は社会の裏側でテツヤに対する情報を集め、次にネルガルの諜報部に入った。

その時に知った情報は、クリムゾンの暗部・・・テツヤはかなり大きな存在であることを知った。

少なくとも、私一人で太刀打ちできる相手じゃないって分かった。

そして、諜報活動中・・・人を何人も殺した。

人を殺すという禁忌を犯しても、母を、そして私の居場所を奪ったあのテツヤを討つ為に、危険な場所に居つづけた。

そして私はテンカワ・アキトという男を知った。

テツヤが嫌った英雄、そしてテツヤを殺した張本人。

いい様だと思う反面、私はこの憎しみを向ける矛先を失い、今度はテンカワ・アキトを憎んだ。

テツヤの代わりに私の憎しみをぶつけたかった。

それは、短絡的で、どうしようもなく不毛だろう。

多分、ここで私は壊れ始めていた。

人を憎んで、自分を失って・・・このままだったら行き着く先はきっとテツヤと同じだった。

そうならなかったのは、あの出会いがあったから。

テンカワ・アキトを殺すチャンスを手に入れた、あの時。

私の目の前に現れた、一人の女の子が・・・。

ドレスを着ていたし、どこから見てもただの女の子だった。

その女の子が私を止めてくれた。

アオイ・ジュン。

ナデシコに乗っている間はずっと女の子の姿のままだった。

でもあの時のジュンは、姿とは裏腹にとても強く見えた。

私に、テツヤと同じにならないように言ってくれた。

その一言で目が覚めた。

・・・だから、彼の提案に乗ってみた。

私を、普通の女の子に戻してくれそうな気がしたから。

そして、私は、小さくなって・・・彼についていく事になった。

ジュンは、私を許してくれた。

何を言ったってジュンは愛してくれた。

私の醜い心も受け止めてくれた。

久しぶりに私を分かってくれる人に出会えた・・・。

そう思うだけで、新しい居場所を手に入れただけで、私は心から喜んだ。嬉しくなった。

テンカワ・アキトの事も、どうでも良くなるほどに。

・・・いえ、そういえば彼には母の仇を討ってもらったと礼を言ったのよね。

ジュンから彼の事もいろいろ聞いた。

以前に、好きな人を取られたのに、彼の事を本当の意味では憎んでいない。

ジュンはとても優しい・・。

そんなジュンに私の全てをあげたい、そう思ってた。


私の・・・すべてを・・・。


そして・・・絆を、欲した。

だから・・・抱いてとせがんだ。

我ながらズルいって思う。

卑怯だって思う。

彼が断れないのは知ってるのにね。

でも・・・やっぱり、譲りたくなかった。

わがままだって、ずるいって、卑怯だって言われると思う。

だけど、私だって一人の人間で、一人の女。

好きな人が出来たら抱かれたくなる。一緒に居たくなる。

彼の心の中にいつも自分を置いて欲しいと思う。


それこそ、一瞬でも、私の事を忘れないで欲しいくらいに。


私があなたに認められたという証明が欲しかった。

だから、あえてあなたに「私が汚れた女じゃないって思ってるなら抱いて欲しい」とせがんだの。

・・・媚びてる、卑しい女だって思われても仕方ないかもしれない。

それが・・・最期の一手になった。

ジュンはやっぱり「汚れた」とか言って欲しくないみたいなの。

私が好きな分、私が私自身を否定するかのような言葉が耐えられない、そんな人。

私に、自信を持って欲しいと、言ってくれているような気がした。

それほどに、彼は、優しいかった。

だから、私は・・・そんな彼が、ナデシコに居た時以上に好きになった。

たった一夜で、私は骨の髄まで・・・彼の優しさが染み込んでしまった。

これから・・・どれだけ彼を好きになってしまうんだろう・・・?

想像もつかない・・・。














・・・・・・・・・・・・・ジュン。



















私はあなたを愛しています。



















−翌朝−

見晴らしの良い窓から日差しが差し込む。

日が昇り始め、外が明るくなり始め、ジョギングや犬の散歩に出る人がぽつぽつと現われ始める。

そんな朝早く、チハヤは自分の目に光が当たっているのを感じて目を覚ました。

「ん・・・んはぁ・・・っ。

良く眠れたわ・・・」

「それはよかったね・・・」

「きゃっ!?」

突如、隣から酷く陰鬱な声が聞こえて彼女は驚いた。

当然、隣にいるのはジュンだと知っているのだが、

まだ眠っているか、さもなくば目覚めて着替えているのではないかと思ったのだ。

しかしどちらでもなく聞こえて来た声は別人のようであった。

そして、真横で目に隈を作っていた彼の姿はどう良く見たとしても体調が良さそうには見えない。

チハヤは何となく申し訳なさそうに上目遣いで彼の顔を見ていたが、

やがて、自分が腕を掴んでいた為に起き上がれなかった事を認識すると、おずおずと手を離したのだった。

「ご、ごめんなさい。

起きれなかった?」

「い、いやいいんだ。

別に、大丈夫、だから」

片言と、腹話術の人形さながらのおぼつかない不自然な喋りを見せる彼に、チハヤは何となく訳が分かった。

沈黙が十数秒続くと、差支えが無い程度の言葉を探してチハヤが喋りかけた。

「・・・じゅ、ジュン、ごめんなさいね。

二人じゃ少し狭かったわよね?」

「だ、大丈夫・・・だよ・・・」

ふらふらと立ち上がるジュンの姿は頼りなく、そして疲れきっていた。

「あ、朝ごはんくらいは私が作るから−」

「いや・・・その・・・ちょっと昨日・・・帰ったばかりで何も無いんだ・・。

外で食べよう・・・」

「え、ええ・・・」

気まずい雰囲気を解消できないうちに、二人は外出する事になった。

「・・・」

「・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・」

二人は、部屋を出てから言葉を交わせないでいた。

最後の会話からおおよそ一時間−。

どこで何を食べるのかも話さずいたので、半ば散歩のようになっていた。

どちらにせよまだ朝早いので、基本的に飲食店はどこも空いてはいないのだが、

今の二人にはそんな冷静な思考は出来なかった。

顔を合わせずらいのか、お互いに少しそっぽを向くようにして俯いていた。

いや、それどころか少し距離をおいていた。

知り合い以上友人以下同士でも、もっと近くで歩くだろう。

この場合はそれ以上の関係であるが故の気まずさだが、もっと近づいて歩きたいのが本心だろう。

(ジュン・・・)

チハヤは何となく、意識をジュンの方に向けていた為かゆっくりとジュンの方に近づいていた。

一歩。

二歩。

三歩。

やがてジュンに軽く体をぶつける形で密着してしまった。

「あ。

ち、チハヤ・・・?」

「あっ、その・・・ご、ごめんなさい」

「いいよ・・・えと・・・別に全然・・・いいんだけど・・」

「・・・」

「・・・」

どこか、二人はまた居た堪れない雰囲気になる。

とはいえ先程の他人のような間合いが無いだけに、少なくとも気まずさはなくなっていた。

そこに早朝ゲートボールの老人集団が通りかかって二人を茶化したりしていたが、

当然、二人は全く気付いたりはしないのだった。
























さらに一ヶ月ほどして−。

「じゃあ、僕は行ってくるよ」

ジュンは玄関で靴の爪先をトントンとコンクリートの地面に叩きつけて靴を履いた。

すると、チハヤが見送る為に玄関に現れた。

先程まで朝食を作っていたのか、エプロン姿だ。

まるで新婚の夫婦のような調和を見せていた。

「ええ・・・あの・・」

「ん?」

「・・・早く帰ってきて」

チハヤの顔が朱に染まる。

こんな子供じみた台詞を言った事に対する恥ずかしさかどうかは分からないが、

とにかく初々しい様子でジュンを見つめていた。

「あ、ああ・・行ってきます」

「い、行ってらっしゃい・・」

ジュンもまた顔を真っ赤に紅潮させて、足早に去って行った。

「・・・・ふうっ。

どうしてこうなんだろ・・・私ったら・・・」

チハヤは、一週間前のあの日から、ジュンに少し距離を置かれている気がした。

というのも、寝る時こそ一緒なのだが、それ以上の干渉があまり無かったのだ。

自分はジュンが好きなのに、どうしてあの時のようにちゃんと言わないのだろうと密かに悩んでいた。

今も、いわゆる「いってらっしゃいのキス」をしたかったのだが、踏み出せなかった。

「ジュン・・・はぁ・・・」

彼女はどこかおかしい感じがしてならなかった。

『既に実っているはずの恋なのに、こうして溜息をついている私はどうなのだろう』

と、心の底から悩んでいる。

無論、彼女自身が何かアプローチをすればジュンは答えてくれるだろう。

しかし彼女からすればそれは少し不満であり、逆に自分から声をかける勇気がない言い訳にしている。

彼女はひとしきり溜息をつき終わると、台所に戻って朝食の後片付け、食器洗いを開始した。


じゃー・・・かちゃ、かちゃ。


食器と水音が、小さく、規則性の無い合唱を始めると、窓から外を眺めた。

いい天気だった。

もう、梅雨が終わり夏が訪れるだろう。


なのに。


どうして自分の中では土砂降りではないが、曇り時々雨の天気が続くのだろう。

チハヤは、少しわがままな方だった。

とは言っても、極普通の女性であれば思って当然程度のわがままだ。

彼女は普通の家庭に育っていたのだ。

少なくとも表面上では普通に育っていた。

裏の世界に居た時間があったとしても、それは怒りに任せた部分が大きかった。

そういう訳で、彼女は決して特殊な人間ではなく、特に恋愛ではそれが顕著であるという事だ。

ジュンに対してそういう想いを抱いている事に、同時に矛盾も持っていた。

(・・・彼がそういう性格なのは知ってる)

そう、ジュンが消極的なのは既にわかりきって居る事なのだ。

数ヶ月もずっと傍で生活していれば、性格の判断など容易だろう。

にも関わらず、ジュンからのアプローチを望むというのは、わがまま以外の何物でもない。

それは知っていたが、彼女にはどうしても自分を好きだと思うなら、彼から何かして欲しいという気持ちがあった。

最初に抱かれた時の状況から、それは明らかであった。

とにかく、彼女にはそれが不満でならなかったのである。

気付くと洗っていた食器がなくなっていた。

ぼうっと考えている間に全て洗ってしまっていたようだ。

椅子に座って考え込み始めた。

(・・・だめね。

前は彼が四六時中一緒に居たからこんな気持ちにならなかったのかも。

一度抱かれたからかもしれないし、それとも−)

ふう、と小さい溜息を吐いた。

そして付け足すように思った。

(・・・単純に同性の姿形で、私が子供だったからかもしれない)

そうかもしれない。

特殊な状況でなければ−それこそアキコとコウタロウのように、お互いが性転換している状況でもなければ、

同性の相手に迫るどころか、恋をする事など無いだろう。

しかし、チハヤはジュンの優しい所に惚れこんだのだ。

ナデシコに居る時からこの日までの。

だが、この消極的な点はジュンを嫌いになる要因にはなりえなかったものの、

少なからずチハヤの心に負担を賭けていた。

ちなみに決してジュンがドライな関係を望んでいる訳ではなく、彼も初めてユリカ以外の女性に好意を持ち、

本気のお付き合いに発展したので、真面目人間の彼にはどういう付き合いをしたらいいか分からず、

ついでにユリカ仕込みの引っ込み思案で優柔不断な性格(元からかもしれないが)の為に、

彼は自分からアプローチする、という事をすっかり忘れているのだ。

(・・ううん、こんな事じゃ駄目。

言い訳ばっかりしてないでジュンからアプローチしてもらえるようにならなくちゃ)

一度、気持ちを切り替えると、別の事を考え始めた。

少なくとも、最初は自分から行動を起こさねば、これ以上の進展は無いだろうと思い、

今は自分がどう迫るかを思案し始めることにしたようだ。


・・・・そんなこんなで、昼時になり、空腹感を感じるまで考え込んでしまった。


そして、昼食を作る。

一人で食事をとるというのはどうも気が引けたが、空腹感は満たさねばならない。

彼女は簡単にトーストなどをかじって呆けていた。


ぴんぽーーん・・・・。


すると、唐突に彼女を呼び出す電子チャイムが鳴ったのである。

チハヤはトーストを皿において玄関に向かった。

「はーい」


がちゃっ。


ドアを開けると、見知らぬ初老の男女が居た。

誰かと思い、チハヤは声をかけようとするが、二人はここに何者がすんでいるのかを示す札を見た。

「・・・あの、君は?ジュンは居ないのか?」

「え、ええ、はい」

言われるがままに事実を述べるとチハヤはある事実に気付いた。

そこに居る二人は、どこかジュンに似ていたのだ。

すると、はっとチハヤは息を呑んだ。

「あ、あのもしかして、ジュンのお父さんとお母さん・・・ですか・・・?」

「そ、そうだが・・君は?」

「え、えと・・・か、カタオカ・チハヤです」

彼女は緊張していた。

よもや、こんなタイミングでジュンの両親と対面しようとは思いもしなかった。

その為、名前を聞かれたわけではなく、関係を聞かれたにもかかわらず、名前を答えてしまった。

「その・・・ジュンは出かけたんですけど・・」

「そ、そうかね。

ちょ、ちょっと一度締めて良いかな?」

「は、はい、どうぞ」


ぱたん。


どこかおかしな状況だが、一度仕切りなおすようにマンションのドアを閉じる。

そして、完全に音が聞こえないようになったのを見計らって二人は話し始めた。

「どういう事だろうか、母さん。

ジュンはユリカ君一筋で他の女の子に興味を持つ事はなかったはずだが」

「そんな事知りませんよ。

でも悪い子には見えなかったわよ」

「うむ、気立ての良さそうな子だ。

・・・しかし、ジュンがあの子と付き合い始めてるとしたら」

「あまり良い傾向ではありませんねぇ」

「そうだなぁ、ジュンが私達に紹介も無く同棲しているというのも・・・」

二人は唸って考え込む。

しかし、同時に思った。

「・・・とは言え、これはいいことでもある」

「そうですねぇ。

あまりユリカちゃんに執着していても仕方ないって分かったんじゃありませんか?」

「確かに。

いつになったら孫の顔が見れるかどうか心配していたが、これは結構早く見れるんじゃないか?」

「そう考えれば、良い傾向だとも・・・」

「・・・よし、まずは小手調べだ」

「では、入りなおしましょうか」


ぴんぽーん。


二人は意を決すると、今一度チャイムを押しなおした。

すると、すぐにチハヤが出てきた。

「すまないね、チハヤ君。

ジュンの代わりに、色々話してくれないか」

「え・・・は、はい」

否応なしに、彼女は二人を招き入れなければいけない状況に置かれた。


そして。


「どうぞ・・・」


こと。


居間に二人を招くと、チハヤはお茶を出した。

小さい音を立てて湯のみが置かれると、じっとチハヤのほうを見据え、口を開いた。

「率直に聞きたい」

「・・・!」

ジュンの父親が、先手を打つように、そして優柔不断のジュンの親とは思えないほど、

ストレートな切り口で話を始めた。

「ジュンとはどういう関係かね?」

「え・・・と・・・」

「気兼ねしなくていい。

君が思った通りに答えてくれれば良い」

答えるタイミングを間違い、チハヤは口をつぐんでいたが、

それに追い討ちをかけるようにしてジュン父が条件を突きつけた。

気兼ねしなくていい、とはいっても逆にプレッシャーを与える聞き方である。

場合によっては取調べにも見える。

いや、取調べと言っても過言ではないかもしれない。

そして十数秒考えて、チハヤは単純かつ、そのままの答えを返した。

「こ、恋人同士です」

「ほう。

では、どこまで進んでいるかね?」

「ど、どこまで?」

ここでまたチハヤは困る。

これは明らかに父親の発言ではないと思ったのだろう。

そして、やはりジュンの父とは思えないほど唐突で、踏み込みすぎた質問だ。

というよりも、明らかに常識を逸脱した聞き方をする父親である。

これならば、ユリカの父親と言った方がまだ納得できる。

「そうだ、Bかね?Aかね?それともS・・・」


びしっ。


「おうはっ」

先走るように質問を続けていたジュン父に痺れを切らしたのか、ジュン母が延髄にチョップをぶちかました。

静かにしていたが、ジュン母もジュンに似ていない性格のようだ。

「あなた、いい加減にしてください。

そんな質問の仕方がありますか?」

嗜めるようなジュン母の口調に冷静さを取り戻したのか、

ジュン父は頭を抑えながら深呼吸をして気を落ち着かせよう押していた。

「ふ、ふぅ・・・すまん、つい」

「ごめんなさいね、チハヤちゃん。

ジュンにガールフレンドができるなんて初めてのことで興奮したみたいで」

「こ、興奮って母さん、私は動物か?」

「知りません」

ジュン母がそっぽを向くと、チハヤは笑うのを堪えるのに必死であった。

そして、ジュン母が改めて質問してきた。

「チハヤちゃん、ウチのジュンは冷たくしてない?」

「い、いいえ。

とても優しいですよ」

「そう、よかったわ」

チハヤはジュン母が話し始めてから終始リラックスして話せた様子で、会話を続けることができた。

結局、二人は3時間半ほど話し込むことになった。

2人、というのは、ジュン父はまったく参加することが出来なかったからである。

女性同士の話に男性が口を挟むことほど難しいことはない。

ジュン父が居た堪れない時間を過ごし、ジュンの昔話を語り続けたジュン母は満足した様子で腰を上げた。

「あら、もうこんな時間。

そろそろおいとまさせてもらいましょうか」

「・・・ああ、早く行こう」

ぐったりとした様子でジュン父は返事をした。

外に出て二人を見送ろうとすると、ジュン母がチハヤに話し掛けてきた。

「チハヤちゃん」

「は、はいっ」

チハヤは突然声をかけられて、焦って返事をする。

そして、ジュン母は肩を掴んでその目を見据えて言った。

「あの子もユリカちゃん以外の女の子とは初めてのお付き合いだろうから、

どうしていいか分からないで迷ってるかもしれない。

チハヤちゃんもそう思うでしょう?」

「その・・・」

返事に困って、チハヤは口篭もってしまうが、そんな彼女を見て、ジュン母は微笑んで言葉を継いだ。

「それならわがままを言ってあげなさい」

「わがままを?」

「そう。

ユリカちゃんは・・・何ていうのかしら、良くも悪くも人を引っ張るような子なのよ。

自分のわがままでも、何か大きな行動をとる時でも。

自分の気持ちを一切隠さないそんな子。

そして、その子を好きになったジュン・・・。

ずっと、小学生の頃からずっとそう。

他の女の子とも付き合った事の無い、だから要求された事をする事しか分からないと思うのよ。

それしか愛情表現が分からないから要求してあげなさい。それからジュンの気持ちを汲んであげて」

「・・・はい」

チハヤにも何となく、ジュン母の言う事は分かった。

彼女が小さく頷くと、二人は去って行った。

「そうか・・・ついにジュンにも春が来たか・・」

「お父さんたら・・・ふふ」

二人は、嬉しそうに帰路を歩く。

ジュンがユリカを諦めて他の幸せを探す事ができるようになった事に喜び、

いつか生まれてくるだろう、孫の事などに想いを馳せ始めていた。

すると、そこに声がかけられた。

「・・!父さん!母さん!」

「ジュン・・!久しぶりだな」

「あ、うん・・どうしてこんな所に?」

疑問そうな顔を浮かべるジュンを尻目に、ジュン母が微笑みながら言った。

「あなたの家に行っていたのよ」

「ウチに!?」

「驚かせようと思って何にも言わないで来たんだけど・・・」

「あっ、いや、その」

ジュンがあたふたとする様子を見て、二人はその滑稽さに笑う。

「ははは、ジュン。

そんなに慌てる事は無い、チハヤちゃんは中々いい子じゃないか」

「う、お、あ、うぅぅ・・・」

言葉を失い、赤面する。

すると、ジュン父は、彼の肩を叩いた。

「おめでとう」

「あ・・・」

そしてすれ違うように歩いていく。

ジュン母もそれについて行った。

そしてジュン父が振り向いた。

「ジュン、父さんは孫の顔を早く見たいぞ」

「なっ・・・」

「話がまとまったら連絡してくれ。

さて、行こうか、母さん」

「ええ・・・ジュン、また今度」

「あ、ああ・・」

ジュンはぼんやりとしながら手を振るしかなかった。

二人が見えなくなると、フラフラしながら帰宅する。


がちゃ。


「た、ただいま・・・」

「お帰りなさい」

チハヤがジュンを迎える。

「今日、ジュンのお父さんとお母さんが来たわ」

「あ、ああ。

さっきそこで会った・・・急でびっくりしたよ」

「ジュン・・」

「ん?」

ジュンは靴を脱ぎながら、声をかけたチハヤの顔を見上げた。

彼女はどこか浮かない顔をしていた。

何となく何かあるのかと思う。

実際は彼女が頬を赤らめているのだが、いまだこう言うことに疎い彼は気付かなかった。

「・・・今日、疲れてる?」

「いいや?何でだい?」

「・・ううん、ごめんなさい・・・・。

買出し行けなくて・・ご飯できてないんだけど・・・」

そう、実はそうなのだ。

ジュンの両親が来ていた為に、今日買出しに行く予定だったのだが、中止させられてしまったのだ。

「あ・・・じゃ、外で食べよう。着替えてきなよ」

「う、うん・・・」

ぎこちないながらも、チハヤは小さく頷いた。

そんなこんなで、二人は外食する事にした。











街。

夏が近づき、日も長い夕暮れ時。

しかし空が曇っており、今にも雨が降りそうだった。

暗くなりかけた道を歩きながら、ジュンはどこにするか選んでいた。

「さて・・・どうしようか?」

「ジュン・・」

「ん?」

俯きながら、チハヤはジュンに声をかけた。

「・・・帰って来た時の朝も、こんなことしてたよね」

「・・・ああ」

「あの晩のことは・・・その・・ごめんなさい・・無理矢理すぎたかなって・・・」

「あ、いや、そんなんじゃないよ」

ジュンが慌てて否定した。

彼もチハヤの事が好きであった為、多少強引であったとは思っても、嫌々だったとは思ってなかったのである。

「・・・本当?」

チハヤはわざとジュンを疑うように言った。

上目遣いで小さい声で問う彼女はどこか幼い印象を与えた。

「ああ、本当だよ」

「・・・でも、あの後何にも無かったから・・」

「ち、違うよ、僕は別にそんな・・」

「・・・」

「・・・チハヤが積極的だったから、また誘うのかと思ってた・・」

「・・・ジュン」

「・・僕はチハヤの事が好きだよ」

「・・・今度は、あなたから誘って。

あなたが求めたくなったらいつでもいいから」

「・・・ああ」

ジュンの返事で、チハヤは何となく安心した。

自分の事も、ジュンの事もお互いに理解できた気になれて、とても安心できたのだ。

彼女は無言ではあったが、胸の中が潤ったように心地よい気持ちになれた。

しかし、数瞬後に彼女の目の前に現れた顔が、それを打ち砕いた。

「・・・・!」

何故。

何故、そこに居る。

死んだはずなのに。

死んだと知ったからこそ、自分の人生を歩もうと思えたのに。

彼女の頭の中が真っ白になり、その言葉だけが残った。

彼女から3メートルも離れない場所にその人物はいた。

ほんの3メートルである。

「チハヤ・・久しぶりだな」

そこには、忘れられない顔があった。

忘れようとしていた、忘れられれば、この後ずっと見かけなければ自分は幸せなままだったろう、

目の前にに彼女の兄、テツヤがいたのだ。

「どうした?

俺を殺さないのか?

ほら、やってみろよ」


「テェェツゥゥヤァァァーーーッ!!」


ごっ。


彼女は、父と母を殺された恨み、不幸のどん底に叩き落された怒りを露にし、

血を吐くような、地を揺るがすがごとく響き渡る叫び声を張り上げた。

そして、思ったままに、怒りを叩きつけた。

だが−。

「お前の恨みは?そんな?そんな程度か?」

「うっ・・・・ああ・・・」

テツヤの顔面を思い切り殴りつけたチハヤだったが、全く効いていない。

それどころか、殴った方のチハヤの方が異常な感触を感じた。

鉄の壁に拳を殴りつけたような、激痛が走っていた。血が流れていた。

恐らく、骨が折れてしまっただろう。

「チハヤ・・・!」

「こい、チハヤ」

「チハヤは渡さないぞ!」

ジュンがテツヤの前に立ちふさがって、チハヤを護ろうとする。

しかしテツヤは眉一つ動かさずに冷たい視線で見つめるだけだった。

「どけ」

「嫌だ!」

「ジュン・・・退いて・・」

「チハヤ・・・!?」

「お願いだから・・・退いて・・」

「ちは・・・や・・・」

この男の恐ろしさは知っていた。


チハヤの父親であり、彼自身の父であるはずの男を殺し、母親を殺した。


それは彼の人間としての憎しみからの行動だったが、そこに至るまでに歩んだ人生が、

彼を真っ当な人間ではなくしてしまっていた。

その事実を、彼を討つために調べ尽くしていたチハヤは知っていた。

知っているからこそ、今テツヤに逆らう事は出来ない。

特に、勝つ術は無いと分かったからこそ、それは明らかだった。

もし、下手に抵抗すればジュンは死ぬ。

過去の自分を完全否定し、全てを奪ったテツヤに対する憎しみや怒りの気持ちよりも、

現在の自分の存在証明をしてくれた、全てを与えてくれたジュンが殺されてしまう事の恐れが強かった。

故に、不本意ながら逆らうわけにはいかなかった。

そして、チハヤはジュンに言い聞かせるように言った。

「ジュン、お願いだから私を悲しませないで・・・」

「な・・・」

「いい子だ」

「ま、待ってくれ!チハヤ!」


ばんっ。


「う、うああああぁあぁぁーーー!!」

チハヤを止めようとして踏みだしたジュンの右足に銃弾が命中した。

生まれて初めて銃で撃たれた。

熱い。

稲妻の如き銃撃で貫かれた右足に、激痛が走る。

撃たれるという事はここまで痛かったのか、とジュンは頭の中がほとんど真っ白になり、痛みの事しか無かった。

「いいか?これは脅しだぜ?

こいつにあと1ミリメートルでも近づいてみな?

お前は脳髄ぶちまけて無様な姿でこいつの目の前で死ぬぞ?」

完全に優位に立っているテツヤはこれでもかと言わんばかりに憎たらしい笑みを浮かべていた。

その胸中は相手を見下し、優越感から来る愉悦の感情で満ち溢れていた。

涙を流してうずくまるジュンに銃を向け、テツヤは引き金に指をかけたまま、

彼が完全に戦意を喪失するまでを、彼の瞳が絶望の色に染まるまでを待つかのように笑っていた。

「ぐぅ・・っ・・・ぁ・・」

痛みを必死に堪え、ジュンはテツヤを見据えた。

少ないが思考能力は戻ってきた。

だが、どうしようもなかった。

痛みで立ち上がる事は出来ない。

銃も持っていない。持っていたとしても、引き抜く前に撃たれるだろう。

だからと言って、このまま屈する事も出来なかった。

(何か・・・何か出来ないのか・・・!僕は・・・僕は!)

しかし、次の瞬間、彼の思考が完全に停止した。

「お願い・・動かないで・・・」

彼が顔を上げると、チハヤが泣きながらひたすらに懇願していた。


これ以上、動いたりすれば、間違いなく、躊躇無く、テツヤはあなたのの脳天を撃ち抜く。


だから動かないで。


私の事を想うなら。


決して動かないで。


その瞳が、そう言っていた。


それでも、ジュンは引き下がれなかった。

「ち・・・チハヤ!いっちゃ駄目だ!」

「・・・ごめんなさい」

チハヤは、謝っていた。

ジュンをこんな目にあわせた事に対する、踏みこませてはいけない場所に踏み込ませたことに対する謝罪。

彼の言葉には一切返事をしないで、彼女は背を向けた。

「・・・あ・・ちは・・・」

ジュンが絶望の表情を浮かべると、テツヤ満足したように銃をしまい、チハヤを連れて歩いていった。

チハヤの姿が見えなくなると、放心したような顔でジュンはうな垂れていた。

そして、込み上げてきたどうしようもない感情に耐え切れず、再び涙が込み上げた。

「ち・・・は・・・・・・・や・・・」



チハヤが自分を助ける為頼み込んでいたのは分かっていた。



「う」



だが、彼には自分の無力さが、恨めしくて仕方なかった。



「う、う、うう・・・ううっ・・・・」



何も考える事など出来なかった。



「うああ・・」



ただ、涙を流す事しか出来なかった。




「うあっ・・・ぐうっ、ぅあぁあ、っく・・・。





あああああ・・・あぁっ・・!








うわあああぁーーーっ!!」




ぽつ・・・ぽつ、ぽつっ。




ざあああぁぁぁ・・・・。




突然振り出した土砂降りが、うずくまって泣き叫ぶ彼の背中を打った。




痛いほどの激しい雨が、彼を打ちつづけた。




包み込むような優しい雨ではなく、冷たく、痛い雨が。




彼の悲しみを表すがごとく、土砂降りはしばらくやまなかった。













































今、彼には何も無かった・・・。

















































作者から一言。

チハヤ&ジュンの同棲生活。

これはAction史上初の試みだったかもしれない。

ユキナ&ジュンの確立が激しいので。

・・・でも、この後、どう転ぶかは不明ですよぉ(ニヤリ)?

 

 

 

 

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代理人の感想

うげー(ざりざりざり)。←口から砂糖を吐いている

というか、こう言うところでギャグを入れるのは滑りかねない諸刃の剣だと思うのだがどうか。