時の流れに・reload


最終話「おとしまえ」






私はシーラ・カシス。

ナデシコという特殊な戦艦の中で、
私は馴染めていたのか馴染めていなかったのか、今となっては分かりませんが…。

…ナデシコを降りたことでひとまず落ち着いた生活に戻り、元気に暮らしている状態です。
ネルガルの元で、開発部で日常を過ごしています。

しかし、ナデシコという「最強にして謎多き戦艦」について、レポートを残して置こうと思います。

「けじめ」?というか「おとしまえ」?のようなものです。
このレポートは、いずれどこかに公開されることでしょう。
私がなんらかの理由で急死しても、
少なくとも、ネット上に保存してある以上、なんらかの形で誰かが見つけるでしょう。


──読んでいただく前に、
数々の「ナデシコに関する俗説」が流布する中で、
私のレポートを読んでくれている事、心より感謝申し上げます。

文章が下手なのは、目をつぶって下さいね。



ナデシコリポート~英雄のその後~




皆様がご存知の通り、
テンカワアキトさん、そしてテンリョウアキコさんは、全世界が認める英雄です。
二人はボソンジャンプ事故で死亡─ということが公式記録で残されています。

しかし、その後、同様のジャンプ事故が立て続けに起こったのです。

ミスマルユリカさん、
スミダコウタロウさん、
スミダシェリーさん、
スミダマリーさん、
テンリョウアイさん…。

彼らは、次々にボソンジャンプで消え去ってしまいました。
ランダムジャンプとささやかれましたが、
ナデシコでも有数のマルチ(マッド)サイエンティスト・イネス女史の『説明』によれば、

「通常、ボソンジャンプは、
1.チューリップ・クリスタルによるジャンプ
2.チューリップ・クリスタルを媒体にしたジャンプフィールド発生装置によるジャンプ
3.チューリップを介したジャンプ
4.遺跡周辺におけるジャンプ

の4つしかありません。
しかし、状況から見て、もう一つジャンプする可能性があると推測できます」

─それは?

「遺跡が自主的に彼らを呼びよせた可能性です。
考えても見なさい?
ボソンジャンプはあくまで媒体を必要とするものの、
『何もない場所』に移動できるのよ?
それじゃ遺跡が本気になったらジャンプができる体質の人間の元に、
チューリップ・クリスタルを送りつけるなりすればいくらでもジャンプさせられるじゃない」

─確かに。
 しかし、遺跡の演算ユニットは、超古代火星人の人工物で、意思はないのでは?

  「意思がないとは断定できないわね。
何しろ、ジャンプする人の意識を解析できる演算機よ?
人間的な思考を持っていても不思議はないわ。
オモイカネ級コンピュータでも実装可能だもの」

─知りませんでした。

「まあ、不勉強を怒るつもりはないわ。
説明する機会がある方が、やりがいがあるもの」

─それで、彼らの行き先は?

「そうねぇ…『里帰り』なんてありそうじゃないの?」

─里帰り?

「もしかしたら彼ら、宇宙人かもしれないじゃない?
本当は、彼らが真の『木星トカゲ』だったのかも」

─御冗談を。

「そうね。考えられることがもう一つあるわ」

─なんです?

「ボソンジャンプが時間移動なら、
彼らが平行した別の宇宙…IFのナデシコから現れた、とは考えられない?」

─どういうことでしょう。

「…お時間はあるかしら?
すこーーーーし長くなるけど、聞く覚悟があって?」

…。
このあと、インタビューの担当者は、休憩を挟みつつ、
都合2時間の講義を受けることになったそうです。
要約すると、イネス女史の推測では、

・英雄とその身近に居る人間は、平行する「同じような世界から」訪れた。
・何らかの理由で、その世界に一度戻る必要が出来た
・遺跡は、同じような世界からの要請で、彼らを呼び出した
…荒唐無稽極まりませんが、ないとは言い切れないと私は思います。

私は、こう思うのです。

「テンカワアキト」と「テンリョウアキコ」は平行世界の同一人物である。

…別にイネス女史の荒唐無稽な考えに染まった訳ではありません。

ただ、ナデシコの屋台骨と言うべき二人が、
奇妙なほど同じ動きをできた理由にこれ以上説明が付くものはないのです。
通常、優れた技を共有したりすることはよくあることです。
しかし、二人が操る「同一の技」は、他の人がまったく真似ができない技です。
二人が放ったDFSを利用した技…マイクロブラックホールを放つ技などの事です。
そう、技量的に二人と同格の木連の英雄でさえも、
その技がどれだけ強力か知っても真似をしなかったのです。
いえ、真似できなかったのかもしれません。
「その技は同一人物しか使えない」ということになります。

…自分で考えてて、むちゃくちゃな事だとは思います。
が、可能性としてはゼロではないと思います。

あ、そういえばボソンジャンプで消えた彼らのその後ですが…。

あまりに突然の出来事でした。
テンカワさんが艦長と帰ってきました。
しかし、艦長は別人のような性格になっていましたし、
帰ってきた直後にテンカワさんと婚約をしました。
数多の女性を口説き落としたテンカワアキトのあっけない婚約。
肩を落とした女性も多かったと思います。

ええ、分かってます。

彼らは今も死亡扱いです。
しかし私はこの目で見ました。
テンカワさんが世界で目撃されている映像記録をあなたも見たことでしょう。

この二人は、この世界のどこかで生きています。

彼らの生存を望むもの、死亡を望むもの、どちらも居ることでしょう。
ただ彼らはこの世界で、戦わず、安心して暮らしたいだけなのです。
死亡扱いで居るのは、ごまかすためのブラフではありません。

「もう二度と戦わない」という意思表示なのです。

彼らを利用しようとするなら、
手痛いしっぺ返しが来る事くらい、想像できますよね?
この点については、
テンカワアキトの家族であるホシノルリもこの内容を公開することを許可してくれました。
既に散見される数々の書籍でも「生存説」「死亡説」が流布されています。
もっとも、「ナデシコに乗っていただけ」という私の言う事を真に受けても真に受けなくても、結構です。
…なにしろ、テンカワさんと私は、『ボソンジャンプの先で何が起こったのか』を聞いてはいません。
私には教えてくれないくらいには、少し遠い間柄ですので…。




え?
テンカワアキトとミスマルユリカだけじゃなく、
テンリョウアキコ達の話?




…これについては、少し暗い話になります。

テンリョウアキコは、余命が少なかったのです。
彼女は人体実験を重ねられた影響があったそうです。
誰に?という話題には触れられませんでした。

触れられませんでした、というのは彼女の顛末は、手紙でしか知らされなかったのです。

突如、ナデシコのクルー全員に届いた手紙。
すべてボソンの粒子に包まれて、目の前に落ちてきたそれ。

そこには、以下のように書かれていました。

『みんなに、ご心配をお掛けしてすみません。
私は大丈夫です。
ボソンジャンプしたあと─すぐにみんな追ってきてくれました。

───ただ、その後、検査を繰り返したことで明らかになった事もお伝えします。

私の命は─もう、3年も持たないそうです。
かつてとある組織に人体実験をされ、五感をはく奪されました。
…私の妹、アイちゃんは天才です。
アイちゃんのおかげで、私は五感を完全にとりもどし、
一時は何の影響もなく過ごす事ができました。

しかし、それが私の命のカウントダウンを早めていました。
もう少し抑えればあと10年は持ったかもしれないみたいですが、
少しナデシコで無茶をしすぎてしまったようです。

…こんなことまで書いてしまうのは忍びないです。
それでも、お世話になったみんなに、
お別れを言わないという事に、耐えられませんでした。
ごめんなさい。

でも、これは私が望んだことです。
後悔など、ひとかけらもありません。
気にしないで…というのも無理でしょうけど、
愛する人と、本来過ごせなかった時間を取り戻せました。
かつての仲間たちも、帰ってきた私達を、笑顔で出迎えてくれました。
私は、幸せものです。とても幸せです。
残りの人生を、最後まで楽しみます。
…みんなにはもう会えないけど、みんなも幸せになって下さい。
本当にありがとう。
─テンリョウアキコ」

一枚目の手紙はすべてこのように書かれていました。
二枚目の手紙は、全員にそれぞれ、伝えたい事を別々に書いてました。

…ナデシコに乗っていた時のアキコさんは、何というか不器用で、
手紙を送ってくれるようなタイプではありませんでした。
彼女は死期を悟って変わったようです。
…いえ、彼女は後悔を残したくないと思っただけなんでしょう。

…ちなみに、私の手紙には、体を気遣ってくれる言葉がありました。
私も人体実験をされたほうで、決して長生きできる体ではありません。
でも、私もアキコさんに負けずに、残りの人生を幸せに生きようと思います。

え?アキコさんに会いたくないのかって?
会いたいですが…きっと、アキコさんたちは帰る場所があったんでしょう。
手紙だけがボソンジャンプしてきたことからも、それは想像ができます。
…いえ、もしかしたら彼女はもうボソンジャンプなどできないのかもしれません。
かろうじて、手紙だけを届けてくれたのかもしれないです。
そうであるならば、私達には止められないことです。
ただ、彼女の余生が幸せであることを祈るのみです。





これが私の知る限りの──二人の英雄の顛末です。





…私の、いえ、ナデシコ全クルーが思っていたかもしれない、二人の印象。
二人の英雄は「めっぽう強いが、常に背水の陣で戦っている人」というものがあります。
あれだけの力を持ちながら、危うさを抱えて生きているようなところがある─。
ただ、彼らの平凡さ、人間臭さというのは、かなり感じていました。
当然ながら、あの二人も個人的な夢がありました。

あの二人は、ただの一介の料理人で居たかったのです。
戦争が終わらなければ、その夢が叶わないと、知っていたのです。

今後、英雄が生まれない世の中になる事を祈りながら、この文を書いています。
この文に少しでも共感してくれたなら、お願いしたい事があります。
英雄はどんなに強くても、どんなにすごくてもやはり人間です。
英雄に役割や願望を押し付けないで下さい。

あなたは英雄が居ると思ったらそっとしておいて下さい。

誰だって英雄になれます。…嫌味や綺麗ごとじゃないですよ?

遺伝子の研究が進んだ現在、
どんな人間にも才能が必ずあるのは周知の事実です。
とはいえ、二人の英雄は、単に才能に恵まれたのではありません。
戦争があったから自分が『欲しくない才能』を使わざるを得なかっただけなんです。
そうしなければ死んでしまう状況だっただけ、だと思うんです。
それを仲間たちにも、してしまっただけだと思うんです。

これから太平の世が訪れるとしたら、きっと不要になる『欲しくない才能』。

自分の夢を砕き、生きる道を狭めてしまう、『恐るべき才能』。

才能の大小はともかく、全人類が持ち合わせているであろう、

自分の夢に向かえなくなるレベルの『才能』がある。

あの二人は、それが顕著だっただけだと思うのです。

…それでも、あなたはこの二人の英雄に憧れますか?

私は、ゴメンです。

それでは、みなさん。

──お幸せに。




シーラ・カシスより。












































時の流れに・reload-完-














































作者あとがき

「時の流れに・reload」リタイアです。
当時、未熟すぎる作品をご覧いただいた皆様、申し訳ございません。
事のいきさつをお話させていただきますと、
新しい話を思いつき、かなりの分量を書いた末、こちらの連載が始まる前に、
改めて完結できなかった自分の作品を何とかしようとしました。
しかし内容的に、多少いじくるだけではどうしようもない状態だったので、再構築が必要だと思いました。
そのため、一度自分の物語に決着を付けなければならないと、考えました。

エンドマークなしにしておくには、物語が可哀想かと思ったんです。
初めて創作に関わった頃の作品だったからこそ、です。

次の連載については、したいと思っています。
あくまで「リメイク」ではなく完全なる「再構築」です。
新たに思いついた話とミックスして、再駆逐してみたいと思います。

ただ、結果的に連載作品2つに分けて再構成ということになってしまうので、
覚悟が必要でしたが、別分野でなんとか戦ってきた結果、
書ききれるという確信が生まれたので、挑もうと思います。

ですので、
改めてよろしくお願い致します。

PS:
アキコは寿命について設定するつもりはなかったのですが、
投薬による回復をした場合、どうなってもこうなるしかないなぁと思いました。
…そう考えると、やはり遡行による過去の身体に入る形式が一番いいんだなぁ…。









感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
投稿ありがとうございました。お久しぶりです。

放置していたSSを十年以上も経ってから、形だけでもちゃんと締める。
勇気の要ることだったと思います。
その勇気溢れる行動に敬意を。



追伸

当時登録した辞書がまだ生きており、「むせっそうよしお」とタイプしたら「武説草良雄」と一発で変換できました。
やって来た事の痕跡はどこかに残るのだなあ、と感慨深かったことです。


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