機動戦艦ナデシコ  アナザーストーリー


世紀を超えて

第109話 なまじ知っているからこそ…




…火星、極冠地区。

その上空に、一機のヘリコプターが飛んでいた。


「…こ、これは一体…。」


…草壁ナツメ。

かつての大戦で独立派のリーダー格であった女性であり、

100年の歳月を経た今は火星臨時政府の代表を務めている。


彼女は今、場を荒らすだけ荒らして消えていった機動兵器の一群を追ってここまで来ていた…。


…。


「どう思う?」

「さあ?…それよりも、そろそろ限界です。…帰還しますよ…。」


…ナツメは、ヘリの操縦者に話し掛けた。

…だが、思うような回答があるわけが無い。…眼下の光景は、それほどに異質だった。


「この時点じゃあ、何も無い氷原の筈なのにねぇ…。」


…そう、この時点で遺跡は氷の下に閉じ込められている筈なのである。

だが、今回は違った。


確かに殆どの地域は氷に閉ざされたままだ。

だが…その中央に巨大な建造物が見える。


「まるで…神殿よね。」

「そうですか?…砲台があちこちから覗いていたり…俺には要塞に見えますよ…。」


…それは、大聖堂を思わせる荘厳な建造物だった…。


だが、ステンドグラスの窓が開かれると、そこから他連装砲塔やミサイルランチャーが顔を出す。

しかも、常時強烈なディストーションフィールドで覆われていた…。


「…どうりで木連や地球連合が落とせない訳だわ。」

「ええ、こっちを狙わないのも問題外だと思ってるんでしょうね。……あの、早く帰りましょう?」


ヘリはナツメの回答を待たずに旋回を始めた。

…砲塔がこちらに狙いをつけ始めているせいだろう。


「…それにしても…。」

「なんでしょう、ナツメ様。」


…ナツメは怪訝そうな顔をしている。


「…一体、誰がここを占領したのかな…って。」

「さて、でも『予言』はかなり以前から流布されていたみたいですし…。」


「…でも、それならおかしいじゃない。」

「…そうですか?」


「だって、それならもう『遺跡』で歴史を好き勝手に変えてるはず。」

「…操れなかったんでしょ。…きっと。」


だが、ナツメの顔は晴れない。…納得がいかないのだ。

第一、パイロットは帰りたいが為に適当に喋っているだけに過ぎない。


「…アレだけの次元歪曲場を展開できるのに…?」

「技術が偏ってるとか…ま、早いとこ帰りましょう…ローターが凍りつきそうです。」


「…そうね。…ここで落ちたら死んじゃうしね…。」

「ええ、それにそろそろ戻らないと…木連から東様や南雲様が来るんでしょう?」


「あ、もうそんな時間?」

「そうですよ!!」


…。


…バタタタタタタタタ…。


ヘリコプターが飛び去っていく…何の成果もあげられなかったが仕方が無い。

そして、はるか地下からそれをモニターする影。


「…ダッシュ…宜しいので。」

『まーね…ナツメさん殺したら木連全軍が攻め寄せてきかねないし。』


黒服で、顔を隠すようにヘルメットを被った女…サレナ・ラズリは自分の背後に鎮座する、

巨大な元ユーチャリスの航行コンピュータ…オモイカネ・ダッシュに話し掛けた。


『そうなったらプチプチ潰すのも面倒だしね。』

「…面倒とかそう言う問題なのですか。(汗)」


『うん。…それに、ミスマル・ユリカと接触してアキトも不安定になってる。…そっちが最優先。』

「はい。…父上の容態は…?」


…サレナは、ダッシュの前にあるアキトの玉座を見た。

だが今、そこに座る者は無い。


『ま、何時も通り記憶の混濁と初期の精神崩壊。…すぐに修正できる。』

「…何時になったら正気を取り戻されるのでしょうね…。」


だが、深刻げなサレナに対し、

能天気な合成音が無慈悲な答えを示す。


『無理無理。…そもそも100年前に流れ着いた時、既に救いようが無い状態だったんだよ?』

「…。」


…暗くなったサレナの表情。

それに目ざとく気付いたダッシュは急いで話題を変えようと試みる。


『あはは、まあアキトの事なんかどうでもいいよ。…ところで。』

「…はっ。」


『…この世界のアキトは、ナデシコから降りたんだって?』

「え?…ええ、そうです。…地球圏のいずこかにジャンプした形跡があります。」


『…ふーん。…こりゃ一悶着ありそうだね。』

「そうですね。…クリムゾン・グループが動いたようです。」


…カツ…。

靴音が大きな広間に響く。


「他にもあるぜ…木連がなんか策を張ってるみたいだ。」

「他にも…西欧各地のチューリップが活発に動き始めています。」


そして、モニターに資料映像が映し出される。


「シルヴァ…クロガネ。…こ、これは…もう完成していたのですか…。」

『ふうん。…これは面白くなりそうだね。…アハハハ…。』


…薄暗い大広間に能天気な笑い声が響く。

モニターは火星のドックに入港する、ナデシコとそっくりな艦影を捉えていた…。



…。




…その日の夜。

火星のとある艦船用ドッグ。


「へぇ…これはまたとんでもない物を造ったんだね…。」

「はっ。…しかし驚きました。…夏樹様の正体が貴方だったとは…。」


…ニィッ


「驚いた?…と言うか、軽蔑したって顔だね。…まあ、八雲君は真面目だし…しょうがないか。」

「…い、いえ。」


…否定しつつ僅かに顔を逸らすのは東八雲。

ナツメが夏樹と言う少女の人生を弄んだ事について、彼が事実多少の嫌悪感を抱いたのは事実だ。


…とは言え、相手は木連の創始者。それに、彼の部隊はここで補給を受けている。

…表立って非難もやりにくい。


…。


「それにしても…考えたもんだよね秋人も。」

「はっ…は、はい。…閣下の慧眼には恐れ入るばかりです。」


…ナツメから話し掛けられ、八雲ははっと我にかえった。


「…ナデシコが跳んだ場合、帰還後の8ヶ月間に木連の有利は薄くなる…だからかな?」

「はい。…ですからこの艦で暴れまわり、ナデシコから『帰る場所』を奪うのが本作戦の概要です。」


…そう言う八雲の背後には、ナデシコと全く同じ姿の戦艦が鎮座している。


「…見た目じゃあ全く見分けが付かないよね。」

「はい。…艦名は『セキチク』…もっとも、同じなのは外側だけですが。」


…この艦…セキチクは先日より世界各地で破壊活動を行っている。

しかも…木連は地球連合内部にスパイの活動網を張り巡らせていた。


「あの艦は間違いなくナデシコである。」


…世界のあちこちからそんな声があがる。

無論、最初は各地に潜んでいたスパイのあげた声だ。


だが、重力波砲…グラビティブラストによる無差別攻撃を受けた人々がそれを信じ、

ネルガルに対する反発が大きくなった。


無論、商売敵たちもここぞとばかりネルガルを攻め立てる…。

…結果はご存知の通りだ。


…。


「それで、次の目標は…?」

「西欧…グラシス中将の部隊を狙います。」


…ここはドッグ横の休憩室。

ナツメは詳しい話が聞きたいと、八雲をここに呼んでいた。


「…理由は?」

「彼が有能だからです。…有能な司令官は少ないほど助かりますから。」


「失態を重ねさせて失脚させる気?」

「ええ、次に司令官になりそうな男はろくでもない奴です。…ほっとけば勝手に自滅しますね。」


「…名は?」

「バール…元サツキミドリ2防衛部隊司令です。…我々はこの男を西欧方面軍の司令に据えたいと考えています。…人望も無いので"我々には"都合の良い人材なのですよ…。」


…ナツメはふーんと言ってコーヒーを口に運ぶ。

背後では、セキチクにチューリップが積み込まれようとしていた…。


「…何を狙ってるの?…バール…噂は聞いてる。…あんな奴が上じゃあ民衆は苦しむわね。」

「…それが狙いです。…良心は痛みますが…まあ、見ていてください…。」


…不敵に笑う八雲。

そして、そこに入ってくる人影が一つ。


「東…チューリップの積み込み終わったぞ。…俺は一足先に地球に向かう。」

「ええ、例のもの…必ず奪取して下さい。…頼みます…全ては木星の民の為。」


「うん…虐げられた我らの痛み…連合の馬鹿共にも思い知らせてやる。」

「そうそう。チューリップの格納庫部分への接続は…?」


「終わっている。…これで物資補給の心配は無いぞ。」

「…そうですか。…それでは…いってらっしゃい。」


そして…南雲が部隊と共にチューリップに消えていく。


「…なんか、策がありそうだね。」

「ええ…南雲さん…昔スパイ活動の為ネルガルに潜り込んで居たそうなんですが…。」


ごそごそ

八雲は一枚の印刷されたメールを取り出す。…それは南雲に当てられた物だった。


「ネルガル潜伏時代に出会った友人からのメールだそうです。」

「どれどれ。」






――南雲君お久しぶり、実はお願いがあってお手紙します。

先日ネルガルが潰れたのは知ってる?…そんな訳で現在
職無しのプーです。(苦)

お姉ちゃんは次の職場が見つかったのにこれじゃあ
不公平だと思うのよね。


…そんな訳で、
部署に残った資材を使って(私的流用じゃないよ)一機のエステを造りました。


砲戦フレームがベースなんだけど、はっきり言ってある意味最強です。

…これを
手土産に、連合に売り込みかけたけど、…あんまり手ごたえ無いんだよねこれが。


このままじゃあ
好き勝手…もといスバラシィ機体を作るなんて夢のまた夢。

よって、協力をお願いします。…南雲君なら
上手く行けばきっとこの子を完全に操れる筈…。


四の五の言わずにさっさと来て下さい。

――レイナ・キンジョウ・ウォンより。


PS:そうそう、どんな機体か言うの忘れてたわね。実は…






…たらーり

流石のナツメも冷や汗をたらす。


「アハハハハハ…強烈ね、南雲ちゃんの彼女…。」

「…いいえ。」


同じく冷や汗たらしながら八雲が応じる。

…そして、洒落にならない一言を発した。


「その当時、(危険な)新型機の実験に借り出され続け…怨んでるそうです。」

「…こ、断れなかったの?」


八雲は目を逸らしながら続ける。

…その額に嫌な汗をにじませながら…。


「正体を見破られ…黙ってる代わりに…だそうで…。」

「あ、アハハハハハ…。(乾)」


「しかも、部品代が足りないとかで、何時もたかられてたとか。(遠い目)」

あは…あはは…アハハハハハハ…あ、アタシ…急用思い出したから、そ、それじゃ!!」


…ダッ

ナツメは走り去った。流石の彼女も、場に蔓延する空気に耐えられなかった様である。(苦笑)


「…血の雨が降りますか…。」


…八雲は額に指を当て、ため息をついた後一気にコーヒーを飲み干す。

そして、何かを振り払うようにガバッと立ち上がると自艦のセキチクに向かって歩き出した。


…。


だが、彼はまだ知らない。
本当の恐怖が既に自艦に忍び込んでいると言う事実を…。



…ガサゴソガサゴソ…。


チューリップを積み込んだ事で実際は必要なくなったセキチクの食糧庫。

…その内部で、不気味に蠢く段ボール箱がある。


…ポイッ


内部から中身の無いサバ缶が放り出される。

そして…もそっ…とピンクの髪が二人分、箱からせり上がって来た…。


「右よーし…左よーし…。」

「…大丈夫かナ?」


…きょろ、きょろ…。


「おーけーおーけー。ラピちゃん…密航完了だよ。…でも、テキトーに遊んだら木星に戻ってね。」

「ウン…でもアキトにも…会いたイ…。」


「気持ちはわかるよー。…でもでも、それじゃあ困るんだよね…コガネも一応木連の一員だし。」

「判ってル…きちんと…向こうには戻るからネ。…連れ出してくれてアリガト。」


…ぺこり。


「いいよいいよ、サフィーちゃんのお姉さんだしね。…この船、悪戯し甲斐が有りそうだし。」

「…ほお…いい度胸ね、コガネちゃん?」


…ビクゥッ!!

ガバッ…二人分の頭がダンボールの中に隠れ、そのままそそくさと部屋の隅に移動する。


「…何をしている!」

「は、箱ォっ!…ただの箱ォっ!!」


…ガタガタガタガタ…

震えながら絶叫する謎の段ボール箱。(笑)


「コガネちゃん…なんでここに人が居るノ…?」
「わ、判んないよぉ…。」


…ふっ

謎の人影はふっと笑うと荒げた声を元のトーンに戻し、優しく話し掛ける。


「ふふふ、大丈夫…怒らないわよ。」

「…え?…あ、舞姉!!」


…もそっと顔を出す影護コガネちゃん。

続いてそおっ…とラピスも顔を出す。


「さて、どういう事かな?…あんたに何かあったら私が真琴に殺されかねないし…それに戦巫女様まで連れ出すなんてね…。」

「いやー、話せば長くなるんだけどね…ラピちゃんがたまには外で遊びたいって言うから。」


…説明は一言で済んだ。(爆笑)

そしてそれを聞いた東舞歌少将は、くらっと来た眩暈を押さえつつ冷静に対応しようと試みる。


「あのねぇ…この船は今から戦争に行くのよ?」

「おお、ナイスたいみんぐ!!」


…ぺしっ。

軽くビンタ。


「ぴぃいいいいいっ…舞姉が叩いた――――っ!!」
「当たり前でしょうがぁあああっ!!」



「万年一人身の行き遅れ予備軍の癖に―――っ!!」
「意味わかって言ってんの!?(怒)」


…バキッ!!

強くパンチ。


「ぐ、グーで叩いたね!!…父さんにされた事も無いのにぃっ!!

「自分の娘を刺す父親があるかーーーい!!」


…とはいえ、この子の父親ならわからないが。(爆)


…。


喧喧囂囂の言い争い。

…一人蚊帳の外なラピスはふと、ある事に気付く。


「…これ…。」


…それは、自分達が食べた覚えの無い桃缶。

しかも…舞歌の手にはフォーク。


…じーっ


「第一…舞姉、何しにここに来たの!?…暇人!!」

「う…う、五月蝿いわね…何だっていいでしょ!!」


…ラピスは舞歌がここに居たわけを確信した。(爆)

そして、ぼそぼそとコガネに耳打ちする。


…。


…ニヤリ。

不敵に笑うコガネ…。


「な、何よコガネ…。」

「…舞姉…太るよ。(邪笑)」


































…。


その後の事は公式記録には残っていない。


…ただ、結果的に戦巫女…ラピスの乗艦が認められた事。

そして…修理の為にセキチクの出航が3日ほど遅れたことだけは事実であった。


「よかったねぇラピちゃん。」

「アリガト…コガネちゃん。」


「…よか無いわよ…。」

「はぁ…先が思いやられそうですね…。」


…用意された巨大チューリップの中にセキチクは消える。
そして、時を同じくして地球圏に2機の機動兵器が現れたのである。


更にその頃、南雲率いる機動部隊は作戦の秒読み段階に入っていた。
…その横にはクリムゾンからの使者…『真紅の牙』の姿が…。



なまじな知識は余計な詮索と横槍を生むのみ。
…だが、今回のそれは完全に『史実』の枠外にある。

地球圏の混乱は加速度的に増していく…。
しかしふと思うが…この戦いに…何の意味があるのだろうか…?


続く


::::後書き::::

BA−2です。

西欧編スタート…とはいきませんでした。(苦笑)

とは言え、すでに先行き不安な出来事が多数…。


それと、西欧編とか言いながら、舞台が西欧に留まらない恐れが高くなってきました。

…でもまあ、気にしないで下さい。(ヲイ)


あ、そうそう…山崎のとこから逃げ出した連中もこの辺りに居ますね。

…いえ、深い意味はありませんが。(爆)


こんなもんですが、応援していただければ幸いです。

では!

 

 

 

代理人の感想

八雲・・・・・・生きてたら生きてたで胃薬のお世話になってそうな生活をしてる事よ(爆)。

まぁ一言だけ。

よく沈まなかったもんだなー、この艦(爆)。