機動戦艦ナデシコ  アナザーストーリー


                            世紀を超えて

                           第44話  別離

 

…その日…月臣弦悟郎は一人、部屋で読書をしていた。

…一時期は、裏切り者とか卑怯者だとか…叩かれ続けて居た陰口も、最近は影を潜めてきている。


「…ふう、やはり平穏とは良いものだ…。」


…故に、彼がゆったりと構えて居たとしても…誰が責められよう?


「しかし…テンカワ達が居なくなって…ここも寂しく…ん?」


…ぶわっ


「…ど、どわわぁぁぁああああっ!?」


ふわふわ…ちょこん


「なんなななななあんんなんなんだ−ッ!?」


…そして…突如として現れた巨大な黒い卵(?)に慌てふためいたとしても…誰が責められよう?

…通常クールな男なので、可笑しさも当社比50%増量だったが…。


…。


「あわわわわ…コレは一体?」


「俺だ。」   「…誰だ?」
「俺だ。」   「俺じゃあ分からん。」
「アキトだ。」 「なんだ、テンカワか…。」



…。


「て…テンカワーっ!?」


…素っ頓狂な声が周囲に響く…。

哀れ月臣…長年積み上げてきたクールな切れ者のイメージは、
今ここに完全崩壊したのである。(爆)


…。


「…確かにテンカワ…それにアムか。」

「ああそうだ月臣、久しぶりだな。」


「久しぶりって…まだ3ヶ月も経っていないが…?」

「…そんな物か?…俺は1年ぐらい経ったような気すらするよ…。」


…黒い卵が割れた時…内部から出てきたのは確かにアキト達であった。

…眠っているアムを別室で寝かせると、急いで現状を話し合う事にする。


そして、数十分後…。


「苦労した様だな…。」

「…そっちもな。」


どうやら、双方愚痴ばかりだったようだ。(汗)


「…しかし、テンカワ…あの卵は一体?」

「…聞くな。」


「しかし気になる…。」

「ブツブツ…俺は…人間だ…人外じゃあない…人外じゃ」


…いきなり下を向いて、ブツブツ呟き出したアキトに引きまくる月臣。

…勿論、聞ける雰囲気では無い。


…。


「…しかし…ここも随分静かになっちまったな。」


ようやくトリップから帰還したアキトは、誤魔化すかのように話題を変える。


「…人の気配が無い事か?」

「ああ、まるで誰も居ない様に感じる。」


「…誰も居ないんだよ…。」

「…!?」


…ガタッ

アキトは無意識に立ち上がって居た!


「…一週間前の事だ…お前が来る前から、連絡の取れなくなって居た仲間から、連絡が入った…。」

「…そんな連中が居たのか…。」

「ああ、独立の事実も知らず、農作物を作って隠れ暮らして居たそうだ…。」

「それで?」

「突然の通信はSOS…そして…皆、向こうに行ったんだ。」


「無事なのか!?」

「…いや、取り入れの手伝いだ。」


…ガタン!…こけるアキト…。(汗)


「脅かすなよ月臣…。」

「はっはっは…済まんなテンカワ…!」


…暫く大笑いをしていた二人だが…突然アキトの気配が変わる。


「…そうか、お前だけか…丁度いい…なら、頼みがある。」

「なに?……言ってみろ…。」

 

…。

 

そして…その日の夜。


「ただいまー、月臣君、留守番ご苦労様!!」


…ナツメ以下、この研究所(既に正式名称と化している)に現在住み付いている連中が帰って来た。


「おお、どうだった?」

「ふふーん、結構沢山貰っちゃった!」


…見ると、後ろの連中は野菜を沢山担いでいる。


「…ところで…良い知らせと悪い知らせがある。」

「なに?…うーん、じゃあ悪い方から。」


月臣は首を振った。


「…いや、両方の話はリンクしているんでな…先ずは良い方だ。」

「うんうん。」


「臨時便で…アムが送られてきた。」

「…エ…。」


…呆然とするナツメ。


「何処!?」

「以前からの部屋に寝かせて」


ドドドドドドド…


月臣の説明が終わるより先に、ナツメはアムの元に走り出して居た…。


…。


そして、アムの部屋

…以前、アキト・ラピスと共に使って居た部屋である。

いま、アムはここに寝かされて居た…。


「アムちゃん!」


凄まじい勢いで部屋に駆け込んで来たナツメ。


「アムちゃん…?」


だが、何の反応も無い。…そこに月臣が入ってきた。


「これが、悪い方の話だ…。」

「…どう言う意味よ?」


「…実は、向こうで酷い目に会ったらしくてな…。」


「酷い目?」

「ああ、それで…その、なんだ…記憶が、混乱しているらしい。


…ここで月臣は、アキトからの依頼を実行に移す事となる。

その、アキトの依頼とは…。


「チョット…記憶が混乱って…どう言う意味!?」

「俺も見たわけでは無いが…想像と現実の区別がつかなくなっているらしい…。」

「そんな…!」

「ああ、だから…適当にあわせてやって欲しいそうだ…。」


その後、月臣は…アキトの「シナリオ」どおりに動く事となる。

…流石に一度、殺しかけた相手だったので…断れなかったらしい。


そのシナリオとは…。

1:…月での事件の後、アムはアキトが居なくなった事を信じられず、昏睡状態に陥る。
2:夢の中で、アムはアキトと共に地球に行く夢を見ていた。
3:…その後、昏睡状態からは抜け出したものの、現実と想像の区別がつかなくなっていた。
4:流石に月の医者もさじを投げ、自宅療養という意味をこめ、ここに連れて来られた。



…子供だましも良いところである。

事情を知らないナツメ達はともかく、アムに気づかれない訳がない。

だが…アキトには一つの秘策があったりするのだが…それは後ほど…。


…。


さて、一度時間を戻す。


…アキトから「シナリオ」を聞いた月臣は…激昂した。


「馬鹿な…お前はアムを置いて行くと言うのか?」

「ああ、俺が生きてる事が知れたら、問題が大きいだろう?」


「でもな、ナツメの事もあるだろう!?」

「…彼女には何も言うな…俺は…死んだ者として扱ってくれ。」


「…そんな我侭が通ると思っているのか!?」

「今に始まった事じゃない…。」


…流石に少しプツンと来た月臣は叫んだ!


貴様ぁッ!!…いいか、ナツメはな…貴様の」

「…もういいだろ?…いくら慕われてても、俺が彼女と共に歩んだら…また戦争が起きるぞ?」

「…ナツメは今でもお前を慕っている!…それに」

「…いいから黙れ!!」


…。


「…すまん、熱くなってしまった。」

「いや…正直、俺も辛いんだ。…でも彼女は、歴史の表舞台から降りられた…。」


「…歴史の表に立っていないアイツは不用だとでも言うのか!?」

「違う…これからは普通の人生を歩んで欲しいんだ…。」


「…物は言いようだな、テンカワ?」

「それに…俺の周囲には、何故か騒乱が集まる…俺の側じゃ幸せになれやしないさ…。」


…正直、月臣としては…「彼女達の気持ちを考えた事はあるのか?」
…と言う疑問で一杯だった。
だが、まあ…この際それは置いておいて、もう一つの疑問の方をぶつけてみる。


「では…何故、アムにまで芝居をする必要がある?」


…アキトのシナリオでは、目覚めたアムに対し、月臣は全てが夢の中の話であったと言い聞かせる事になっていた…。

だが、アムは全て承知なのだし、口裏を合わせてもらうだけで…十分なのでは無いだろうか?


「…彼女の身に起こった一連の事件の事は話しただろう?」

「ああ。何処もかしこも、どうしようもない連中ばかりだな。」


「…あれが全て夢だと言うなら、なんだ悪夢でしたか…で済むだろう?」

「…お前が死んでるとなったら…アムにはその方がよっぽど悪夢だと思うが…。」


呆れ果てる月臣…。


「…大丈夫さ、一時的な物だろ?」

「…テンカワ…お前、自分の事を…何にも分かってないだろ?」


「…俺は…ただの人殺しさ。」

「ただの殺人鬼に惚れるような女じゃ無いのは…お前も知ってるだろうに。」


「…そうだな…。」

「それでも、黙って行ってしまうか?」


…暫く思案していたアキトだが…ゆっくりと頷く。


「そうだ。」

「…そうか、ま…お前の決めた事だしな。」


…そこまで行って、月臣はふっと笑った。


「しかし…無責任な奴だ…何時か天罰が下るぞ?

…もう、下るのは確実だな。…後はそれが何時か…だな…。」


そして、アキトも笑った…。


…。


暫くして…結局アキトは月臣以外の誰とも会うことなく、火星を後にする事となった。


「…では、月で山崎の様子を見てくれば良いんだな?」

「ああ、物のついでだ…頼んだぞ。」


「だが、場合によっては逃がす必要があるかもな。」

「…その時は思いきって逃がしてやればいいさ。」


「…じゃあな…アムちゃんやナツメの事も宜しく。」

「ああ、分かった。…何時かは帰って来いよ?
「…ジャンプ!!」


…そして…アキトは一度、月に向かった…。


「…帰って来そうに無いな…テンカワ…。逃げたか…?」


そんな月臣のぼやきを受けながら…。

続く


−−−その夜・アムの部屋−−−


「嘘…。」
「…残念だが…今までの事は君の妄想と言う訳だ。」

「嘘です!…私は…!!」
「…ゆっくり休むといい…お休み。」


逃げる様に…月臣が部屋を出ていった。だが、アムの心は穏やかでは無い。

…。

目覚めると…心配そうなナツメが抱き着いてきて、白鳥が男泣きして…。
そして…月臣が、信じられない事を言ってきた。


…だが、確かにアムは、昨日までアキトと共にいた…筈だ。


(そうです…私は…あの男に乱暴されかかって…えー、じ、銃で撃ち…。)


…残念だが、アム自身…それ以上の事は思い出せなかった。
余りに辛い現実に、心が付いていけなかったせいである。

だが、皮肉にも…それは月臣の言葉を裏付けているかの様であった…。

…だが、アムは…はっと思いだし、リンクで呼びかけた。


≪アキトさん…聞こえますか!?≫


…返事は無い…。

アムは…ならばと思い、相手を変える。


≪ラピス…ボクです、アムです!!≫


やはり、返事が無い。


…いや…返事が無い事など幾らでもあった。

だが、今回は…その質が違う。


(繋がりが…途絶えた!?)


…アムは、ビールビンで殴られたような衝撃を覚える…。

そう、コレこそがアキトの秘策…「もう居ないからリンク切れてます」作戦だ!!


(…どういう事です…まさか…本当に!?)


…悪い考えと言う物は、何処までも肥大する物である。


(もしかして、本当にアレは皆…夢なんですか?)


…アキトの死で、自分も死んでしまいたいと深層心理で思っていたなら、あれが夢でも納得がいく。

…それが、アムの混乱を加速させる。


(嘘ッ…嘘ですっ!!)


どさっ…


あとずさったアムは、自分のカバンに足を取られて転ぶ…。


「嘘です…だったら…なんでボクだけ!?」


…ふと…違和感に気づいたのはその時である。


「…あれ、これは…?」


…。


「ぷっ…くすくす…アキトさん…お間抜けです…。」


…心底ほっとした様子で、アムが笑う。

…その手に、ピースランドで購入した、ビデオテープとDVDを抱えて…。


「…何時か…迎えに来てくれますよね?」


そして、自室のビデオにテープを入れる。


「…ま、今は休暇だと思って…ゆっくりアキトさんを待つとしますか…。」


…そして、ビデオ鑑賞を始めたアム。


「…あー、やっぱりアキトさんそっくりです!」


頬を赤らめながらアムの見ているアニメ…。

その名は…

 

ラブひな!

 

「でも、声はともかく…アキトさんはもっと格好いいですけどね。」


…ダダダダ!!


「…聞いた事の無いアニメソング!!」


…白鳥乱入!!(ヲイ)


「うおおおっ…こんな物。どこで!?」

「…月です。」


…アムは、アキトや月臣の嘘に暫く付き合う事にした。

…だから、嘘をついた…。


「では、一緒にご相伴に預からせて頂きます!!

「た…食べ物じゃないんですよ?」


…。


…結局、周囲のお子様達も乱入し…上映会は滅茶苦茶にされた。

そこで、アムは持ってきたアニメの殆どを、公共に寄付する事になる…。


…だが、


「…結局、殆ど持って行かれましたか…でも、コレだけはボクのです。


…白鳥のでは見れない、DVDだけがアムの手元に残っていた…。

…アムは、それをこっそり隠す。


…戸棚の奥の二重棚にそのDVD達は隠された。

…良く見ると、この時は戸が半開きで、一巻だけ題名が読み取れる。


『機動戦艦ナデシコ VOL1』


…それには、確かにそう書いてある。

…非常にまずい物がマズイ人に渡ってしまったかも知れない…。


今、彼女の手元にDVDプレーヤーが無いのが唯一の救いか。


…。


そして…これこそ後に、木連で『預言書』と呼ばれる物の原本となるのである…。




::::後書き::::

BA−2です。

…しかし…結局また逃げるのかアキト!ま、前科(ルリ達の時)があるしね…。


さて、最後のアム。

…アキト…無責任の上、阿呆です!

リンクまでぶった切った癖に、妙なところでミスるんじゃない!!
…しかも、本人としては善意でやってるから始末におえない!!

…何時か…アキトも成長するのだろうか!?

いや、それ以前に…『預言書』を何とかしないと拙いぞアキト!!
…でも、存在自体を知らない!!


…実は…今回のサブタイトル…途中まで『預言書を買った女』だったんです。
…でも、今回のメインって訳でもないし…変えました。


…さて…次は月!いい人山崎…再登場!(予定)


…こんな物でも、応援頂けると幸いです。

では!

 

 

 

代理人のツッコミ

 

>…何時か…アキトも成長するのだろうか!?

 

するもんならとっくにしてるでしょう。

 

 

・・・・・・・・・しかし、哀れだな月臣(笑)。