機動戦艦ナデシコ  アナザーストーリー


世紀を超えて

最終話 ナノマシンの残影





…君の知っているテンカワアキトは死んだ。

そう、彼は言った。


帰ってこないなら追いかけるだけです。

そう、彼女は言った。



…それは正しい歴史。

その調和を狂わす要素のなかった、極めて正常に進んでいたとある世界の話…。



…。



「…アキト、アキト…?」

「ら、ぴ、す?」



黒き復讐者。…結局大切な人を助けることも自分では叶えられない疲れ果てた男がそこに居た。

視界の先は漆黒。窓の外に映える星々の輝きも彼の瞳に映ることは無い。


ここはユーチャリス。


黒き王子の城であり、今は墓標でもある白き戦艦の中…。



…。



「アキト、大丈夫?…心拍数が異常な数値を示していたよ?」


ラピスは彼を心配そうに見つめている。

…彼女はこの世界でも彼のパートナーを務めていた。


遥かなる並列時空。

三千世界の果てまでも、彼らは同じようなことを繰り返しているのだろうか?


…だが、この問いは無意味であろう。

その世界に生きるものにとっては、その世界のみが真実の全てなのだから。




そう。ここは今まで描かれてきた「世紀を超えて」の世界ではない。

…これは遥かな…そして極めて似通った世界で起きた、本当にちょっとした奇跡の話…。





…。





閑話休題、話を元に戻そう。黒き王子はラピスの問いに思考をめぐらせる。

心拍数が異常値を示した?


…何故かはすぐに思い至った。



「酷い夢を見ていたよ。」

「夢?」


「そう、俺が100年前に行って大暴れする話さ。」

「…なんでいきなりそんな夢を。」



黒い王子様は首を横に振るしかなかった。



「さあな。…ま、この手の悪夢は山崎に弄られてからこっち、たまにある事だ。」

「…。」


ラピスは口をつぐむ。何故ならこの世界の彼はもう長くないから。

…全身を切り刻まれ、実験により暴走したナノマシンに侵されたアキトの肉体は最早限界。


ほかにも理由は数あれど、結局彼は何処にも「帰れない」のである。

何処に行っても、既に彼はモルモットとかサンプルとか言う存在としてしか生きられないのだ。


無論、ネルガルも例外ではない。

アカツキやエリナの個人的好意など、企業の論理の前ではチリにも等しい。


…だから彼は世界の全てを避け、宇宙を放浪していた。

宇宙線の都合上太陽圏からは離れられないが、その範囲でも船一隻隠す所など腐るほどある。


それに今積んである分の物資があれば、死ぬまでの時間ぐらいは何とでもなるはずだ。

…だから、彼の心配事は最早たった一つしかなかった。



「…それに何度も言うけど。俺を気にしてる暇があったら、早く身の振り方を考えて欲しい」

「ならこっちも何度も言うよ。私はアキトの目、アキトの耳…一緒に居るのが当たり前。」



黒い王子様・テンカワアキトが助け、見出し…そして共に今まで過ごしてきたこのラピスという少女。

既に滅ぶしかない男に今も付き従うこの子の将来はどうなるのか。


彼はアキトでありながら、今、アキトを恨んですらいた。

…って、自分自身を恨むってどういう意味なんだろう…。



…。



その時、ふと彼は気づく。

時計の針が、眠りについてから2時間しか経過していない…?



「なあラピス。…ところでどうしてここに来たんだ?今日はずっと寝ているといったはずだ。」

「あ、お客さん。」



…えっ?と思ったのも一瞬。

彼が振り向いたとき、その何も映さぬ筈の瞳が銀色のツインテールを捉える。


…。


「ようやく。ようやく追いつきましたよアキトさん。」

「…君は…どうして…。」


少女の名はホシノ・ルリ。

アキトは窓にグッサリ突き刺さったアンカーを極力無視しながら彼女に向き直った。


「…君の知っているテンカワアキトは死んだ。そう言った筈だ。」

「それ、カッコつけてます。…これも二度目ですけど。」


ルリは泣き顔のまま笑いかけるという荒業を駆使しつつアキトににじり寄っている。

…もう逃がすことは無い。

そんな硬い意思が明確に見て取れた。


「…捕まえました。ようやく。」


そしてガシリと…。

この華奢な体の何処にそんな力があるのかと言うくらい強い力でルリはアキトの腕を掴んだ。


そしてそれと同時に安堵のため息を漏らす。

この状態ならもう、例え跳んでも逃げられることは無いのだから…。



「さて、それでは帰ってきて下さい。あ、ラピスも一緒で構いませんよ。」



満面の笑みを浮かべつつルリは言う。…それは勝利を確信した笑みだった。

…だが、黒い王子はしばし無言で停止していた後、どこか凄みのある微笑を浮かべ切り出す。



「君が帰って来いと言ったのは、ユリカの所か?」

「…え?」


…。


アキトの笑いは既に邪笑の域に達している。その、アキトらしからぬ笑い方にひるむルリ。

だが、彼の追及は彼女のそんな疑問を消し飛ばす。


「それとも…君のところなのかな?」

「何言ってるんですか!?」


電子の妖精とまで歌われたその顔は蒼白で…でも頬だけは真紅に染まっていて…。


普段の冷静沈着なイメージをかなぐり捨ててルリは叫ぶ。

その横ではアキトの突然な変化に戸惑うラピスがいた。



…けれども"彼"は止まらなかった。



「まあいいさ。あいつから得たデータから推測してみたけどやはり図星だったみたいだね?」

「…アキト?」


「ああ、ごめんラピス。…けど、お前が俺から離れないなら…何時かばれていた事さ。」

「ばれて?…まさか、貴方はアキトさんの偽者!?」


…絶叫するルリに黒い王子は意地の悪い笑みをこぼす。


「YES!…ではこの際行こうか?」

「…何処にです…。」


「地獄の一丁目。もしくは…本当のテンカワアキトの所…かな?」




…。



カツ…カツ…カツ…。

三人分の足音がユーチャリスの船内を進んでいた。


「さあ、こちらだよ。」

「…ほ、本当にこっちに"本物"のアキトさんが?」


ルリはそう言いながらも彼の手を離そうとしない。

…芝居を恐れているのだろう。…いや、芝居だと思いたいのに違いない。


「私のリンクは…確かに繋がっている…なのに…なんで…?」


そして、その少し先をラピスがゆっくりと二人を追う。


…信じたくは無い、今目の前にいるのがアキトでないなど。

きっと逃げるための芝居なのだ。…彼女もそう思いたかった。


第一、リンクを簡単に繋ぎ直すことなど出来るわけがない。


…なのにこの言いようの無い不安感は何なのだろう?

ラピスは戦っていた。久々に感じる"孤独感"という敵と。


…でもそんな彼女に対し、目の前の"アキト"からの声は未だに届かず…。



「さあ、ここだ。」

「…こんなところに…部屋…私…知らない…。」



不安の募ることばかりが増えていく。

その上部屋の扉を抜けた一行を出迎えたのは…。


…。


「これは、ユーチャリスの中に神殿?…ダッシュも知らない?」

「いいえこれは…一体どういう冗談ですか!」



…墓標、そうそれは正に墓標。

いや、霊安室といった方が正確だろうか?




「…言っただろう?」

「…何を、ですか。」


ルリは嘘をついた。…そう。自分は気づいてしまっている。

ただ、認めたくないだけ。



「君の知ってい「知りません!!」



だから否定する。目の前の全てを。

だって、それを認めてしまえば、

もう、アキトは…帰ってこ

「嘘です!!」


「…何でだい?」


己の思考すら止めようと絶叫するルリにアキトは…、

…いや、アキトの偽者を名乗る男は冷徹に言い放つ。



「じゃあ、見せてあげよう。」



ルリは黒い王子に引きずられ、祭壇中央の冷凍カプセル…いや、それは棺だ。

余りに実用的に作られたその"棺"の前まで連れて行かれた。


…彼の手を掴んだままなのは彼女の方だ。

だが、実際に引きずられているのは彼女の方。

不条理な事実が理不尽な現実を更に際立たせる。



「さあ…ではテンカワアキト殿?」



…プシュー…。


気の抜けた音と共に冷気が周囲を包む。

そして冷気と共に静寂が周囲を包んだ…。



…。



…それからどれだけ経っただろうか?

白い制服に身を包んだ金髪の優男がその部屋に駆け込んできた。


「艦長…!!」

「た、かすぎ…さん。」



…ナデシコC副長、高杉三郎太が見たものは、僅かだが不快に匂う肌寒い部屋と

その中央で呆然とたたずむ二人の少女の姿だった。



「うそ…嘘だよ、アキトは…アキトは…。」

「…たかすぎ…さん。もうし、申し訳ないですけど…かく、かく、確認を、お願い…します…。」


「一体…何が…?」



部屋の中央まで進み出て中央のカプセルの中を覗き込み、サブロウタは…言葉を失った。


「匂うはずだな…こりゃ…。」


それは、死体だった。


抉られ、裂かれ、切られて、

千切れて、砕かれ、更に引き裂かれた肉体。


その瞳は既に無く、頭部は中央から二つに。

どこか無秩序なその体からは、人を支えるべき背骨が無くなっている事が読み取れ、

更に…周囲のあちこちが壊死し、腐り果てていた。


それは、まさしく…ヒトの抜け殻。

だが、一つだけ言える事がある。


「艦長たちがそこまで取り乱すって事は…ご本人…なんですか?」


「…嫌です…嘘です。…私は…私はこんなの認めませんっ!!」
「嘘だよ。…そうだよね…なのに、なのになんでこっちにもリンクが繋がってるのぉっ!?」



…サブロウタの言葉は…彼女たちの制止していた時間を突き動かすのに十分なものだった。

悲鳴か怒号かもつかない奇声が周囲を制圧していく。



(嗚呼、ハーリー。お前はここに来なくて正解だったぞ。…ここは…地獄だ…。)



余りに悲壮な二人の姿を直視できず、サブロウタはふとアキトの遺体に視線を移す。


「…やっぱり…ホントの死体だよなぁ…。」


そこまでぼやいた時点で彼は気づいた。

…自分も"これ"が偽りであることを祈っている事に。


(まともに会った事すらないのにな。…それにしても…。)


酷いもんだと彼は思う。

…どうしたらここまで酷い事を…とここまで考え、また回答に思い至る。


「…そういや、山崎博士のところに居たんだよな。…なら仕方な、えっ!?」


サブロウタの視線が止まる。


…アキトの耳。そこには一枚のタグが縫い付けられている。

そう。縫い付けられていたのだ。



「こいつは…博士のラボの認識票?…え?それじゃあ!?」



…嫌な予感がした。

第一、ユーチャリスの船内にあるここを制御システムから隠す事など出来るのか?


(普通…出来るわけが無い。…だが、だとしたら答えは一つだ。)


…ここは独立したコンピュータで管理し、更に誰も立ち入らせないこと。

だが、様子を見るとオペレータすら知らなかったようだ。


(…つまりここは船を建造したときから一切人の出入りが無かった…?)


けれどもそれは恐ろしい事実を意味する。

…ユーチャリスが出来たとき、既にアキトはこの世のものではなかった事になってしまうのだ。



「じゃあ、あのテンカワアキトは一体誰なんだ!?」



…ぴたっ

絶叫が止む。


サブロウタの叫びに反応した二人のマシンチャイルドは凄まじい勢いで振り向く。


「…そうだ、アキト、あっちのアキトは何処!?」

「そんな!?…こんなにしっかりと腕を掴んで…あ。」


…一声づつの叫びの後、周囲は再び静寂に包まれた。

ルリは確かに"彼"の腕を掴んでいる。

けれど、それはそれだけで。…つまりは。



「いやあああああっ!?」

「腕だけ!?…アキトの体は!?」


…どさっ


思わず取り落とした腕。

…肩口から先の無いそれは床に落ち、砕け散った。


「…え?」

「なにこれ。」

「こいつは…石膏象かよ!?」


…少なくともそれはヒトの物ではない。

砕け散ったその腕には、骨すら入っていなかったのだから。


断片から明滅する光が見える。

…それは蛍の集団のごとく淡く…だが強く輝き、そして次第にその光を弱めて行った。


ラピスの指がそれをすくい上げ…、

そして、その正体を看過したとき…彼女はゆっくりとへたり込む。



「…そっか。アキトは最初から…助かってなんか、いなかったんだ…。」



…。



ちょうどその頃、ユーチャリスから飛び立つ一つの影があった。

黒き王子は城を捨て…その鎧だけを纏い、虚空の闇に向かう。


『…どちらに行くんですか?』

「さあな。」


ナデシコCブリッジに一人残ったハーリーに通信が入ったのは、

サブロウタがルリの捜索に出てから間もなくのことだった。


いくつかの事実を伝えると、彼は何処かへとも無く飛び去ろうとする。


『それで、艦長達にはどう伝えろと。』

「知らん。俺にとっては"覚えている"だけの他人に過ぎない。」


『…それでも貴方は、テンカワ・アキトなんでしょう?』

「一介の補助脳に過ぎない俺がか?…笑わせないでくれ。」


『…本体が亡くなったのは何時なんです?』

「山崎のラボで既に死んだ。…今ここに居るのはその抜け殻に過ぎない。」


そう、ここに居るのはIFS投与の際に構築されたアキトの補助脳。

既に果てた己自身に代わりこの復讐劇を執り行ってきた、アキトの分身



「それは…違う!」

「!」


…光の中から薄桃色の髪を持つ少女が現れた。

続いて銀色のツインテールの少女も。


「…二人とも、跳んできたのか。」

「はい。ブラックサレナ内のイメージはラピスにお願いしました。」


…因みにナビゲートはハーリー。

彼はどうやら、万一の際の時間稼ぎとこのナビゲートを最初から言い付けられていたようである。


「でもどうして…。」

「私はアキトさんを追いかけると決めたんです。」
「私はアキトの目・アキトの耳…。」


「だが俺は、君たちの知っているテンカワアキトじゃないんだ…。」


「関係ないです。アキトさんはアキトさんです。」

「そうだよ、それに私が出会ったのは今のアキト。昔のアキトのほうは知らない。」


…しばしの静寂。それを破ったのは"アキト"の怒っていそうな…それで居て泣き出しそうな声だった。



「…君たちは…これを見ても俺をアキトだといえるのか?」



…。



バキッ!

鉄のごとき拳がアキト自身の顔に突き刺さり、

…顔の右半分ほどが剥がれ落ちる。


その下にあったのはグロテスクな人体標本でも歯車の付いた機械の山でもなかった。


「…アキト…。」

「そんな…。」


それは、強いて言うなら崩れかけた彫像。

ブロンズ像にハンマーを打ち込んだように何もない…。

時折崩れ落ちた部分を光らせるナノマシンの発光だけが、それがかつて顔だったことを物語る。



「…君たちは…これでも俺をテンカワアキトだと認識できるのか…?」



魂の絶叫。それを聞いた瞬間、二人はこのアキトの心を悟った。

…だから、二人はアキトにしがみつく。

特にラピスは…繋がっていながらその本心に気づく事の無かった自分を恥じるように、強く…強く…。



「そうだよ、アキトはアキトだよ!」
「ヒトで無くなったって構いはしません、帰ってきて下さい!」



「…俺は、アキトでいいのか?」

「はい!」「うん!」


彼は恐れていた。誰よりもテンカワアキトであるはずだった。

…けれども、今の彼を何人がアキトだと認識してくれるだろうか?


だから恐れていた。だから帰れなかった。

…けれどもそんな事は杞憂だったようだ。…全ては手遅れだが…。



「そうか。…なら、ちょっと抱きしめてみていいかい?…ちょっと、ぎゅーっ…てするぞ?」

「あ。」「わ…。」


だからアキトは二人を抱きしめる。泣きそうな声で抱きしめる。

胸元に頭を引っ付けてぎゅっと…強く。


…。


…片腕が無いことが悔やまれた。

だって、片腕で二人を止めておくのは難しい。


…。


だが…何故止めておかねばならないのか?


それは

今から起こる事を

自分の存在を認めてくれた彼女たちにだけは、

絶対

見せたく、ないから。




…どさっ




アキトの胸元に押さえつけられたルリとラピスの真ん中あたりをボールのような物が通り過ぎた。


「…?」

「なんでもないよルリちゃん、なんでも。」


不振がるルリに、久々に優しい響きを持ってアキトの声がかかる。

だけど。そう、だけど…。


「アキト…なんで…なんで声が下から聞こえるの?」

「ラピス、どうした…声が震えてるぞ?何も気にすることは無いんだよ。…そう、なにも。」


気にしなくてもいい、という声とは裏腹に腕の力は強く、強くなっていく。

…これだけ押し付けられれば苦しくてたまらない…はずだがそんなに苦しくは無かった。


アキトの体は柔らかかった。…強く抱きとめられ、そのまま二人はアキトの胸に沈んでいく。

5センチ…10センチ…15センチ…。



「あ、アキトさん?…なんか、なんか変です!?」

「あ、そうだ…ちょっとした御伽噺をしようか?」


「アキト、アキト…アキトぉっ!?」

「こらこら。とにかく聞いてくれ。…考えるのに結構時間がかかったんだからな?」


そうして…本当に久しぶりの優しい声で、アキトは自作の御伽噺を語り始めた。


…。


―――昔々。と言ってもほんの少しだけ昔…一人の平凡な男がおりました。
ところが彼はちょっと…いやかなり天然で、でもけして自分を曲げない芯の強いお姫様に見初められ、
その夫となる権利を得て王子様と呼ばれる様になります。

ですが、幸せな日々はそんなに長く続きませんでした。
結婚式の日、二人の乗った船は悪い魔法使いと6匹の使い魔に襲われ、浚われてしまったのです。

男は拷問の末に殺され、お姫様は石に変えられてしまいます。
…男は自分の無力さを呪いながら死んでいきました。
けれどもその所為でしょうか?男の影が突然動き始めたのです。

影は真っ黒な鎧に宿り、白いお城を拠点に悪い魔法使いに戦いを挑みます。
…でも、やっぱり影も男と同じでした。結局ほとんど何も出来ません。
無様な負けを繰り返しているうちに、魔法使いの城はお姫様の妹によって取り返され、
お姫様はその妹たちに助けられます。

影に出来たのは、城から逃げる魔法使いを待ち伏せて切り伏せることだけでした…。



「やめてください…。」

「そうだよ。アキトは頑張ったのに…。」


「まあまあ、取り合えず先を聞いてくれよ。」


アキトの声は明るかった。

…けれども二人にはわかってしまう。


(嗚呼、このヒトは泣いているのだ)


と。



―――お姫様は自分の城に帰りましたが、影には帰る場所がありませんでした。
男はもう居ないので、元居た男の足元もありません。仕方が無いので影はお城に篭っていました。
何故なら影は影であり男そのものではなかったからです。

…そう。例え男と同じ記憶を持っていたとしても…。



容赦なく続く御伽噺。

…きっとアキトは直接語るのが辛かったのだろう。

だからこんな手段を考えたのだ。

そういう意味で、彼は間違いなくテンカワ・アキト本人なのであろう。


けれども彼は気づいていただろうか?

辛い真実を正確に伝えるつもりならどんなオブラートに包もうとも、

結局辛いことは同じだと言うことに…。



―――さて、そんなある日。影はある事に気づきました。
自分が少しづつ鎧から漏れていることに気づいたのです。
お姫様を助けると言う目的を果たした影は、自分自身を保てなくなってきていました。
それから暫くして、男を捜しにお姫様の妹がお城にやってきました。

ですがその時彼女が見たものは…。



「止めてくださいっ!!」



…。



ルリは精神の限界を感じ、自分を押さえつけていた腕を払いのけ立ち上がる。

…手ごたえが、無い。





























「…・・・!!」



























少女の…声にならぬ声が、狭い、コクピットを…揺るがした…。























…。















(…くらい…ここは暗い…。)


それは、ふっと目覚めた。

…それはかつてテンカワアキトと呼ばれたものの残影…。


「ここは…地獄か?まあ、仕方ないとは思うが…。」

「違います。」


…ふと気づくと、彼の横に一人の少女が居た。…多分今まで会った事の無い人。

けれども彼は何故か随分良く知っているような印象を受けた。


「ここは?そして君は?」

「ここはまだ僅かに残存しているアキトさん内部のナノマシンの演算中枢。」


「…人間で言うところの意識の内側…って所かな?」

「ええ、そしてボクは…。」


…今の一言でピンと来た。


「アムちゃんかい?…何時もの夢で出てくる?」

「はい、良かった。一応覚えててくれたんですね。」


…夢の中とは言え良く見知った顔だ。何故今までわからなかったのか…という所で彼は気づいた。

周囲の様子がおかしい。


「…何だか、ノイズが入ってるみたいだな…。」

「ええ、ナノマシンが次々に自己崩壊を始めています。…ここも何時まで持つか。」


…判りきっていたことだった。アキトの体はあの決戦の後急速に崩壊への道を歩んでいる。


「…やっぱり、テンカワアキトの一生は北辰打倒の段階で終わっていたんだな。」

「はい、これだけの数のナノマシンを統合・管理していたのは彼女への想い故でしたから。」


…アムの表情はノイズ交じりでよく見えない。

だが、少しばかり辛そうにしているのはアキトにも流石に判った。


「辛そうだね。」

「ええ、ボクの夢もここまでだなと思うと…。」


それは嘘だ。…アムが辛いのは別な理由。

…けれど、アキトは気づかない。何故ならほかに聞き捨てならない言葉があったから。


「君の夢?」


「はい、正確にはシミュレート。ボクの居た世界に貴方が現れたらどうなっていたかって。」

「…何故そんなことを?」



「ボクが夢を見ちゃいけませんか?」

「え。」



アキトはひるんだ。…彼女の怒りに反応し周囲に稲妻が走る。

だが…ここは彼女の体内だ。確かにそれぐらい朝飯前のはず


「…え?」


アキトは先ほどと同じ言葉を違う意味合いで発した。

…ここは彼女の中?

そう認識している自分自身に驚愕する。


「…まだ気づいてなかったんですね?そう、今のボクも一介のナノマシンに過ぎない。」

「山崎に投与された…かい?」


それは、多少の確信を孕んだ疑問だ。

普通のナノマシンにそんな機能があるわけが無い。


「はい。あの人は保管されていたボクをクリムゾンの研究施設で見つけ、貴方に投与しました。」

「何故。」


「効果不明だったからでしょう。…いいえ、ただの気まぐれ。興味本位のほうが強かったのかも。」


十分にありえる話だ。


「では…一体君は何者だ?」

「貴方はボクの見せた夢で知っているはず。」


「…ならば、あの夢は何処まで本当なんだ?」

「最初の頃、核弾頭が降ってくるまでの流れは殆ど。…それとアキトさん関連以外は人間関係も。」





「最後の方で無茶苦茶な事になってたのは!?」

「もう脳内でもナノマシンが崩壊し始めてたからです!…第一それは禁句…。




最後までどうやっても締まらないのが彼らしい。

だが、それでも時間は戻らない。


「…では、もう一度聞くよ。…俺にこの夢を見せた理由は?」

「…言わなければなりませんか?」



…。



そして、アムはポツリポツリと語りはじめる。


自分が火星独立派に加担し、皆が核で焼かれる中一人捕らえられた事。

…でも、連れ戻されても故郷にすら居場所が無く、結局闇から闇へ。

最後にたどり着いた場所がクリムゾンの研究施設だったということ…。




「ボクに対する実験は多岐に渡りました。」



元から遺伝子改造を受けていた彼女は研究者にとっては生唾物だっただろう。

…後にその成果から、マシンチャイルドが生まれることとなる。



そして当時はまだ最先端の技術だったナノマシン。その制御には超小型で高性能なAIが必要で。

…当時の研究者たちが選んだのは…人間を模す事であった。

最初は比較的彼女の事も考えて行動していた研究者たちも、

段々と慣れるに従って相手を人と思わなくなっていく。



「…何より悪いのは、表面的には紳士的に振舞ってくることです。…何故か判りますかアキトさん?」

「自分自身を…騙す為だろうな。」



その通り…と彼女は言う。

仕方が無いんだ…科学の発展のためなんだ…でも出来る限りのことはさせて貰う。

そう言われながら人を人として扱わない実験が続く。


…彼女の心が限界に達しそうになった頃、とある実験が行われた。ナノマシンの寒冷地実験である。

場所は、火星極冠地区。


アムをコピーしたナノマシンは一斉に極冠の極寒地帯に放り出された。

…そして、その一部が地下に浸透し遺跡にたどり着く…。



「そしてボクは遺跡の誤認により複製され、ボソンジャンプであちらこちらに飛ばされました。」



その一部がクリムゾンに採取され、アキトの体内に至ると言うわけだ。

…だが、それだけではここのアキトに夢を見せていた訳がわからない。


…。


「"この世界の"アキトさん。貴方はボクたちと同じだった。だから夢を知覚できた。」

「どういう事だ?」



…つまり、このアキトの本質はナノマシンであり、他の場合のアキトとは記憶の仕方が違った所為らしい。

普通は何も気づか無いうちに全てが終わっているのだと言うことだろう。



「歴史は危ういバランスで成り立っています。…ちょっとの違いで別な歴史を刻んでしまう。」

「…つまり…時間移動できるものは歴史を操れる?」


「いいえ、それは別な可能性を持つ世界として派生するだけ。…いうなれば平行世界。」

「ボソンジャンプで過去に戻り干渉したまま留まれば、平行世界に移動できたと言えるわけか。」


「そう。そしてボクは探しています。幾千幾万に分かれたボクは皆で探しています。」

「何を?」


「元のボクが幸せに暮らせる可能性を。」

「…その為のシミュレートか!?」


「ボクは舞台を用意するだけ。アキトさんは自分の価値観でそれに対し行動する。…ボクはその後をまたシミュレート。そしてアキトさんはいつかまた選択を迫られる…。」

「まるでゲームだな。」


「…否定はしません。ボクが幸福になれる道筋が見えたら本来の世界で行動を開始します。」

「別な可能性を生み出すだけだぞ?」


…その問いに、彼女はがっくりとうなだれた。…そして、搾り出すように言う。


「…それでもいいじゃないですか…。」

「何故。」


「貴方とのシミュレートで、ボクは幸せになれましたか!?」

「…うっ。」



そういえば100年前をシミュレートしたその結末は結局、

「メインヒロイン中でアムだけが結ばれない」だった。



「あれでもかなり良い方なんですよ!?」

「…あれでか!?」


「ボクは運が無いんです!!」

「自分で言ってどうするっ!」


「計算結果、マキビ・ハリ君の三千万分の一だったんですよ!?」

「何言ってるのか判らん!!」


…確かにアキトにはわからないだろう。

因みに計算に使ったのは抹殺される系列の世界にいるハーリーの幸運データである。


…これがどれだけ恐ろしいことかお分かりになるだろうか?

と言うか、この緊迫した空気がいっぺんで吹き飛んでしまいそうで怖い。(ヲイ)



「ボクはたくさんの世界に散らばっています。…でも、幸せだった世界なんて一つも無かった!!」

「…幾万もの世界全てで?」


「正確な数字が知りたければ桁を3つほど増やしてください。」

「…。」


…アキトは掛ける言葉が見つからなかった。

と言うより、むしろ呆れていた。



「…これは夢だ…性質の悪い悪夢だ…そうに違いない…。」

「あ、判ります?」




がばっ!!


何も無い虚無の空間の中で寝転がったまま話していたアキトが一気に飛び上がる!



「夢!?…これが夢なのか!?」

「はい、そもそも貴方は山崎に浚われたりなんかしていません。」



…ある意味驚愕の事実である。

つーか、そろそろ誰か突っ込んでくれ。(爆)



「ではそろそろ現実的な世界に戻りますか?」

「これが悪夢だって言うならさっさと覚ましてくれ!!」


「そうですよね。ボクだって夢なら楽しい方がいいですし。」

「これの何処が楽しい夢なんだーーーッ!?」



…ぐらっ

アキトの視界が反転する。



「じゃあ、時間も無いことですし…早く目を覚ましてください。」

「どうやればいい?」


「ボクが全部設定しますから安心してアキトさん。…ここで見た事を役立ててくださいよ?」

「…えーと、それって?」


「何もしなくていいですって事です。…それ、ぽちっとな。」



世界が闇から光に包まれ…眩しくて何も見ていられない。

…そして、彼の意識は白く塗りつぶされていく…。





























…。


























「…てください」





「…きてください………カワさ…。」







「起きて下さいよテンカワさん!」

「…え?」



がばっ…

アキトは目を覚ました。…今までのことは本当に全部夢だったのか?



「…あれ?君は?」

「マキビ・ハリ。ルリさんにお世話になってる者です。…って早く起きなくていいんですか?」


…アキトはまだ覚醒しきれない重い頭を軽く振り、周囲を見回す。

何も無い、殺風景な部屋だ。


その中央のベットで自分は眠っていたようだ。

…そして、その横には見慣れない連合軍服の少年が一人。


ここは何処だろうか?


「…いや、違う…ここは?」

「あなたの家のあなたの部屋じゃないですか!…寝ぼけてる暇があるんですか?」



…ハーリーの指差した方向、その壁には何時の間にか一着のタキシードが飾ってあった。

いや、違う…あれを今日のために用意してから寝たのだ。


「あーと、あ、あれはユリカとの結婚式で…。」


「その当日に寝過ごす新郎が居ますか!…早くと着替えて皆さんと合流してくださーい!」

「あ、あ、そ、そうだった!急がないと!!」


…。


そう、今日はアキトとユリカの結婚式。――という事にしました。


ばたばたと着替えたアキトが部屋を飛び出すと、表でルリが待っていた。

あの時同様のちょっとばかりごてごてした衣装。…おそらく本人が選んだものではあるまい。


「おはようルリちゃん!」

「一体何時まで寝てる気なんですかアキトさん?」


視線はかなり厳しい。

…まあ、この場合アキトが悪いのだから仕方ないが。


「うっ…。」
――えーと、確かルリさんの決め台詞は…。
「緊張して眠れなかったんですか?…ホント、ばかばっか。」


「モーシワケアリマセン。」
――あ、拙いですね…言語変換システムが停止しかかってます!
「判ればいいです。…てゆうか、ユリカさんに謝る台詞考え無くて大丈夫ですか?」
――これはぜひ聞いておきたいですね。…ボクにもそういう事言われるような立場に…っと集中しなくては。

…そんなたわいの無いやり取りをしていると、ハーリーがわたわたと走りこんでくる。


「のんきにしてて良いんですか艦長?…テンカワさんも急いでいきましょう?」

「…間に合うんですかハーリー君?」


「ミナトさんの家で車を出してくれます。下まで来てますから急ぎましょう。」

「す、すまない!」


…一向は急いで白鳥夫妻の車に乗り込み、一路式場に向かった。

夏の日差しが眩しい。…今日も良い天気だ…。
――あ、この人が生きてちゃ拙いかも知れ…っ!生命維持が危険域!?

「…ぷんぷん!アキトってば酷い!せっかく私たちの晴れの門出なのに!」

「ご、ごめんユリカ!!悪気は全く無かったんだ!」


「…あったら殺されてます。」

「ルリちゃん、頼むからちょっと静かにしててくれ…。」


…が、お姫様のご機嫌は土砂降りの大嵐。

王子様もご機嫌取りに大忙し。
――エネルギーの30%を存在の維持に…あぐっ…ナレーション訂正が処理し切れませ…


…。



結婚式はつつがなく終わり、皆は空港にやってきた。

…アキトとユリカはこれからハネムーン。――ここで、行かせないように…しなくては…。


けれどもちょっと待ってください。

なにやらアキトは嫌な予感をします。


「…そうだ。ここは夢で見た…?」

「どうしたのアキト?シャトルに遅れちゃうよ。」


「…つーか、もう出発してるっすけど?」
――アキトさんの無意識下へ介入成功…これで勝手にいい方向に行きます。   …羨ましい…です。

…高杉三郎太の無慈悲な突っ込み。

アキトが周囲からボコられたのは言うまでも無い。


「…って!なんで周囲の通行人からまで殴られるんだよっ!?」

「きっと周囲からの妬みですね!」
――と言うよかボクの怒りです!少しはボクの入る余地残してくださいよこの甲斐性なしぃっ…!!


無駄にさわやかな笑みを浮かべるハーリーに少々殺意を覚えるアキト。


「…マキビ君?」

「ああっ!大変、シャトルが爆発してます。」


…その時、アキト達が乗るはずだったシャトルが突然爆発した。

北辰たちの仕業だろう。

けれどもアキト達はここに居る、無駄な労力である。


「…アキトさんの寝坊で助かりましたね。」


軽く冷や汗たらしながらルリが言う。


「でも、シャトル壊れちゃったしどうしよう?」


しょんぼりしながらユリカも言う。


「仕方ねぇだろう?…ま、今度この埋め合わせはきっちりしてやんなテンカワ?」

「そうだねぇ。…ま、その時はネルガル航空のチャーター便を格安で用意させてもらうさ。」


取り合えず元気付けようとホウメイとアカツキがそんなことを言う。

…けれどもそれは良い考えだ。


「そっか!じゃあアキト、新婚旅行はまた今度!」

「…そ、そうだな。じゃあ仕方ないから帰ろうか?」

「そうですね、帰りましょう私たちの家へ。」


…アキト達を囲んでいた人垣が、そのまま空港の外へ移動を始めた。
――あ、アキトさん。事故に何の反応も無い皆さんを少しはいぶかしんで下さいよ。…ボクは楽でいいですが。

「アキト、今日はラーメン作って!」

「あ、ラピスちゃんそれいいね!…でもユリカはチャーハンの方がいいなぁ。」

「私はチキンライスですね。」
――あ、ラピスを入れてしまいまし…!…あ、ボクの方ももう限界が?

にぎやかに一行は車に乗り込む。

アカツキたちも晩飯をたかるつもりなのか皆で乗り込んでくる。


「むう、しかし少々小腹が空いた。」

「お、ゴートさん…ならこいつを食うか?」

「あらウリバタケさんそのリンゴは?」

「エリナさんもどうだ?…近くの木に生ってたぜ。」

「おいおい…それじゃあドロボーじゃないか。」

「会長の言うとおりです、それは拙いですよハイ…。」


そんなやり取りを…アキトは目を細めながら見ていた。
――いけない、6人乗りの筈のクルマに…くtぅ、本当に拙そうですneこれ

「…皆、変わらないなぁ…。」

「どうしたんですかいきなり。」


「ルリちゃん?…ああ、皆変わらないなぁと思ってさ。」

「…アキトさんは、今…幸せですか?」


…唐突なルリの問い。

だが、アキトは自信を持って答えた。






「ああ、俺は今とっても幸せさ。」


――!!



…ルリが微笑む。

いや、回りの皆が微笑んだ気がした。

――yかった…ボクのやったことは無だじゃなかltた…。

…ふと、アキトは窓の外を見る。
――あっ!…背景を単一に変更、10秒ごとに同一の風景をループ!…空いた分のエネルギーは更に生命維持装置に!
代わり映えのしない川べりの一本道。…頭上には輝く粉のような何か。


「あれ?雪かな。」

「違います。あれはナノマシンの残影です。」


キラキラと…それは輝いている。
――駄目ですね…もう、イメージのコントロールも十分にない…ア、機構の50%がダウンシマシた。

「…残影?」

「アキトさんも、ナノマシンは知ってますよね?」
――…エマージェンシー・エマージェンシー…データ領域が原因不明の崩壊を辿っています。繰り返します…


「ああ、よく知っているよ。」

「あれは燃え尽きる前に一瞬燃え上がるロウソクみたいな物です。」


「…ろうそく。」

「はい、ある種のナノマシンは廃棄物にならないように、機能停止直前に自己消滅します。」
――背景描画システムを破棄。動力の9割を二人の維持に。…アキトさん、最後まで保たせて見せますから…。

「そういうのもあるんだ。」

「ええ。その際に一際強く光り輝く…それをナノマシンの残影と呼んでます。」


「残影…か。」

「ボディが消滅する際、物質をエネルギー化することによって生まれる莫大なエネルギーを最後の仕事に振り分けるんです。」
――制御不能になってるうちに全NPCデータLOST…残存メモリは…駄目ですね、これじゃ何が出来るって…。

「…命がけなんだね。」
――な?なんか変なことになってませんか?…あー、この際ボク自身がお相手しましょう!…余計なデータは全削除…と。
「ナノマシンなんてものに命があれば…ですけど。」


「そうなのか、知ってたかアカツキ?…あれ?」
――あ…ボクの個人データから適当にオートで喋らせてたらとんでもない事を口走ってますね。…もう、最後まで行くしか道はないようです…。(汗)
「ああ、アカツキさんはさっき降りましたよ。」


「そっか。」

「ほらほら、そんな事よりあれ見てください。」――ごまかさなきゃ…もうNPCデータは無いんですし!


…ナノマシンの残影。

さっき彼女がそういった現象は彼らのすぐそばまで降りて来ていた。


「…眩しくて何も見えないや。」

「そうでしょうね。」――…すいません、これが今の精一杯なんです…。


「何時もこんな事が起こってたのに、俺は全然知らなかったんだなぁ。」

「生きてるだけで精一杯なんだから仕方ないでしょう?」


「…それもそうだね。・・・えーと、君は。」――今からくりがばれたら意味が無いです!…どうしましょう…!?

「あの、アキトさん!」


「な、何?」

「…もう一度聞きますけど。…今、幸せですか?」――ってボク!なに口走ってますかぁっ!?


…アキトはにっこりと微笑む。


「何度も言わせないでくれよ、俺は幸せだよ。…なぁユリカ。」

「…ユリカさんも先ほど降りられましたが。」
――嘘です。本とはただの嫉妬です。ユリカさんのデータはまだ残存してMASU…れ?

「あ、あれ?…あはは、全然気づかなかった。」

「寝ぼけてるんですよ。…ちょっと眠ったらどうですか?」


…アキトは言う通りにごろりと横になった。――あ、PCの行動制しTEいR?…くっ…生命イ持機能停止。…システム保持を最優先…。



「でも、少し不安だな。…眠ったら嫌な夢を見そうでさ。」

「大丈夫。…悲しいけどもう怖い夢を見ることはありえませんから。」
――そう、もうアキトさんを苦しめる人の届かない場所に行くんですよ貴方は…。

「何が悲しいのかわかんないけどそれなら安心だ…お休み。」

「…はい、お休みなさいアキトさん。…もうあなたを苦しめることの出来る人は居ませんから…。」


そうしてアキトは瞳を閉じた。

そして、静かで…深い深い眠りに付いた…。
――OS以外の全システム破棄!…何とか最後まで…夢を見せてあげられ…ました……でも…。









「でも…もうその瞳が2度と開かれることは無い。」


アキトの横に寄り添っていた少女がつぶやく。

…アキトは…いや、アキトの最後の一部分だった補助脳の断片は、今完全に機能を停止していた。



「それにボクも…消える。」



…アメジストとよばれた少女であった一粒のナノマシンは強い光を放っていた。

残影が…今にも消えようとしている。



「あれは悪夢でしたかアキトさん?…ボクにとってはあれでも結構良い夢だったんですけどね。」



寂しげに言うその言葉はもう誰にも届くことは無い。


…否、彼女自身には届いている筈だ。

彼女と同じ心を持つ幾万幾億の同胞たちには。



「…結構良い所まで行ったんですが…幸福になるにはもう一押し足りない。」


…後は他の自分のどれかが自分のした事を引き継いでくれるだろう。

だから、だからこそ彼女は願う。



「そして、ボクは、出来ればあの人と…幸せになりたかった!」



…一際…一際大きく輝く光。

そしてそれが消えたとき、そこには何も残っていなかった。


「完全消滅」


それは彼女たちの定め。…生まれたときから決定付けられた運命。

遺跡の力を悪用されないよう己自身に掛けた呪いであった…。





ちょうど同時刻

よく似た世界の良く似た2隻の戦艦が 暴走するジャンプフィールドに飲まれ

同じような世界の別な時間軸に跳んでいった


周辺並列世界を合わせ その数およそ数千隻


そのそれぞれが新しい物語を紡ぐ

それに「アム」は人知れず関わったり関わらなかったりしているのだろう


望む確率はまさに奇跡

だが、ゼロで無いのならやる価値はある


そして

その数千パターンのうちの一つで

また似たような戦いが始まる







「ラピス!…ここは何処だ!?」

「ワカラナイ。…アキト!核ミサイルガ!!」


「何だと!?…ちっ、何処のどいつか知らないが…迎撃だ!」

「…了解、グラビティーブラスト…ファイア!」








望む世界はきっとある

幾多もの残影が消えた先

気の遠くなるような繰り返しの先で



大切な人の死を何度も看取るのだろう

自分の死を何度も看取って貰うのだろう

同じ敵を何度も葬るのだろう

同じ苦しみを気の遠くなるほど続けるのだろう


幸せを目指し不幸を繰り返す

それはどうしようもない事実

逃れられない二律背反



世紀を超えて

時空をも超越し脈々と続く物語も

いつかは終わりを迎えるのだろう


けれども

ここでその結末を語ることは出来ない


何故ならまだ誰も

その結末にたどり着いていないのだから





機動戦艦ナデシコ  アナザーストーリー


世紀を超えて


= 未完 =







::::後書き::::


いきなりですが…無念ですがギブアップです。

長らくとまっていたこの連載に、今回大ナタを振るうことにしました。


とまっている連載が可哀想でした。

…でも、最早想定するラストまで書ききる気力が残っていません。

何故なら全てのエピソードを書ききろうとすると、後100話以上はかかってしまうからです。


だから、ここで一応の結末を与えます。


無論、想定していた真のラストとはかけ離れています。

前の話との脈絡もまるでありません。


…故にこの話は夢オチで終わると言う無責任な結末に終わってしまいました。

でも、放り出したまま朽ち果てさせるのは嫌でした。


これは私のSS書き人生の出発点と言えるものでしたから。

何時か次の何かを始めるためにも、これはきちんと整理しておきたかったのです。


…。


そういう訳で「世紀を超えて」は一応の終わり。

…あの世界がどうなったか…についてはパワーゲームの果ては滅びだ。とだけ言っておきます。


読んでくれた皆様、長い間お世話になりました。

今まで存在を知らなかった皆様、お目汚しで申し訳ありません。


それでは、また会う日まで。

では!

 

 

代理人の感想

 

空の小鳥は一羽残らず 
All the birds of the airFell

ため息ついてすすり泣く。
a-sighing and a-sobbing,

鐘の音が響きわたるとき
When they heard the bell toll

かわいそうな 駒鳥のために。
For poor Cock Robin.

 

 

有名なマザーグースの一節ですが、読み終えたときはまさにそう言う気分でしたね。

何せ、ほぼ足掛け三年。

私が代理人稼業を始める前からの付き合いだったSSですから。

無念にも志半ば、不本意なままに終わる事になってしまいましたが、

「世紀を越えて」と言う名のSSがあったことを私は忘れません。

今まで、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも実は感想で「男坂」ネタを考えたのはここだけの秘密(笑)。