機動戦艦ナデシコ逆行系SS

彼の名は"混沌"

− 第2章 −





因果応報とはこの事を言うのだろうか…北辰は味方から裏切られ、

アキトと共に極冠の大地で一斉射撃と言う名の粛清を受けた。


そして…彼らは…。



…。




「くはは…ふははははは…。」




…あれからどれだけ経っただろうか。…火星の大地に乾いた、

いや、狂ったような笑い声が響いている。


「ふはっ、くっくっく……む?」


だが、正気を取り戻したか笑い声を収め…男は起き上がる。

横には自分の愛機が鎮座している。…助かったのだろうか?



「奴らも木連軍人。…卑怯な事に納得せず銃弾を当てなかったのか?…甘い事を。」



…取り合えず、推測を立ててみるがどうも腑に落ちない。

そして全身を包む違和感。…だが、これと言って異常なども無い。


「一体何がどうなっているのか。…む…銃撃?」


…そっと耳を澄ますと、遥か彼方より炸裂音が聞こえる。


「バッタのミサイルか?…だが、あの音だと虫型だとしても初期型の音…どういう事だ。」


…じっと目を凝らす。暗殺者と言う者は視力も良くなければ勤まらないのだ。

…だが、その目に映った物を見て…彼は愕然とする。



「ナデシコAだと!?…何ゆえ今更、しかも飛べる状況ではない筈!」



…思わず愛機に飛び乗る。

センサーを覗くと、ナデシコの周囲は木連式の戦艦や無人兵器に埋め尽くされていた。


「まるで…あの時のようだな…まあ、我ならもう少し上手く立ち回ったと思うが。」


…ふとモニターの端に目が行く。

が、そこで彼は硬直した…!



「跳躍門の前にクロッカスだと!?…まさか…まさか!?」



…考えるより先に体が動いた。


何時ものように機体に火を入れる。…とはいえサレナにエンジンなど付いてない筈なのだが…。

そして見覚えの無い機器を何時ものように起動させ、ハンドカノンを握る。


…だが、これでは錫杖が持てない。…仕方なく片方をショルダーアーマー内部にしまいこむ。

ジェネレーター出力も良好だ。…欲を言えばユーチャリスが居ないのが痛いが…。



「まあいい、何時も通りだ。…違和感があるのが解せんが…それも些細な事よ。」



…訳の判らない違和感に戸惑いつつも、機体は素晴らしいスピードで戦場に迫る。

そう、もし予感が正しければ…ここは…あの日、あの時の…。



「迷っている暇は無い…考えている暇もな。…今は、動くしか…!!」



…。



気付けば、目の前ではナデシコが無人兵器たちと激闘を繰り広げている。

だが、数と言う劣勢は覆しようも無い。


…ブリッジでは懐かしい、もしくは忌々しい顔ぶれが顔をつき合わせて喧喧囂囂としている。

やはり…ここは…そして今は…。


「…フクベ提督がチューリップに入るよう説得しているな…。」


…ふと、視界の端にバッタが一匹入った。…ナデシコのフィールド発生ブレードに取り付いている!

ミサイルをブリッジに見舞おうとしているようだ。



「…落とすべきだな!」



…ゴォッ!!


この時代の無人兵器など、彼の敵ではない!!

轟音を轟かせながら凄まじい勢いでバッタに迫り、錫杖で叩き潰し…その勢いのまま






























…ナデシコのブレードを粉砕した。





























「…なっ?」


…錫杖を振り下ろした体制のまま、彼は固まる。

…自分の行動が信じられない。



「…味方を破壊してどうするのだ?」



ナデシコはブレードを粉砕された勢いのまま、地面から土煙を上げつつ滑り続けている。

これで自力航行は…まず不可能であろう。


「なんでナデシコを落とそうと?…いや、アレがあるから木連は潰されたのだ。当然…って何故?」


…彼の言葉には一貫性が無い。…彼自身、それに気付き始めていた。


無論、行動もだ。…違和感が大きくなっている。…だが、彼にとっては当然の行動をしているだけだ。

…なのに何故こうも心乱れるのか…。



「がああああああっ…もう何がなんだか判らん!!」



…彼は暴れた。…敵と認識されたのか、バッタやジョロが凄まじい勢いで纏わり付いてくる。

倒しても倒しても…当然のようにチューリップから湧き出してきた。


「ぜぇ…ぜぇ…初期の虫型の分際で!…何故こやつ等はこんなにも…む!」


…彼の視界にナデシコと、それを守るように飛び回るエステバリスの姿が映った。

そして…その中には当然…、


『ちくしょう、こんな所で死んでたまるかよーっ!!』


…コック兼パイロット、テンカワアキトの姿が…。

それを見た瞬間、彼の中で…何かが切れた。



…。



…ゴォッ!!


「な、なんだぁっ!?」


…彼はテンカワアキト。職業はコック兼パイロット。

そんな彼の前に、突然"それ"は姿を現した…。




青と白を基調としたツートンカラ―。

片腕にハンドカノン、そしてもう片腕に錫杖を持った"それ"は彼には余りに異質な存在に見える。


だが…もし、23世紀の人間が見たらこう言うだろう。

「ブラックサレナを纏った夜天光」…と。




だが、そんな知識が彼にあるわけが無い。

…彼にとって"それ"は、ナデシコを航行不能に追い込んだ敵でしかない。


「お前…よくもナデシコを!!」

「…テンカワ…アキトだな。」


…ビクッ!

アキトは震えた。…相手は喋った…つまり人間なのだ。


「そうだけど…何者だ…?」


…だが向こうからの答えは、彼の予想の遥か斜め上を行っていた。


「諸悪の根源がぁっ…消え失せろォッ!!」

「はいぃ?」


…言葉の意味を反芻する暇もあればこそ。

アキトのエステは敵の錫杖になぎ払われ、大地を背中で疾走する。


「そもそも貴様が生き延びたからあの戦争が起こったのだ!!…死んで詫びろ!!」

「わ、訳判らない事言うな!!」


…どうやら彼の内部では「テンカワアキト諸悪の根源説」が大手を振っているようである。

だがそれすらも、アキトにとっては訳のわからない事…。


「我が同胞に詫びろ!…死んでいった同郷の仲間達に詫びて死ね!!」

「グワッ!!…何を…一体何を!?」


…ぴたっ

突然"彼"の動きが止まる。…そして、少し言葉のトーンを落として言い直した。


「いや、厳密に言えばこれからそうなるのか。」

「イテテ…って。え、何だって?」


「…お前には、ある特殊な力が備わっていてな。…それが表に出ると…はっ!」

「お、俺に…特別な力!?」


…アキトの瞳がキラキラと光っている…。


どうやらゲキガンオタクで正義漢な少年の心にかなり響いてしまったらしい。

彼は正直「しまった…」と思わざるを得ない。



「俺は、特別なのか!?…ゲキガンガーになれるのか!?」

「…ゲキ…ガンガー…。」



とはいえ、アキトは少々調子に乗りすぎたようだ。

…そのキーワードにより、フラッシュバックするシンジョウの台詞…。



「過去の汚点は必要ない…」
「汚点は消さないと…」
「ゴミは焼却…」
「さぞや扱いやすい民に…」


































「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」



































…彼が気づくと…そこに動く者は彼以外はいなくなっていた。

2万隻を超える大艦隊も…無数の無人兵器ももう鉄くずと化している。


…幸か不幸か、ナデシコとチューリップに大した攻撃は行っていないようだ。

だが、クロッカスは真っ二つになって沈黙している…。



「我がやったのか?…本当に俺がこれを…?」



…ふと気付き、ズタズタになった3機のエステバリスを何気なくナデシコに放り込む。

パイロットの生命反応はある、まぁ…問題は無いだろう…。



「…残る問題は…こやつか。」



…ギギギ…とまともに動かない機体を無理に動かそうとするアキトの姿が彼の視界に入っている。

アキトは激情のままに動く。…それは子供じみていて…それ故に純粋で美しい。



「くそ…負けるか…負けられるか!!」

「無駄だ…お前は無力。…何一つ救えん。」



…かつての自分…それは酷く滑稽で…でも、だからこそとても眩しくて…。



「…俺はゲキガンガーになる!…皆を守ってみせる!…だからぁっ!!」

「そんな正義など、我に言わせればまやかしに過ぎぬ。」



それ故に、彼はテンカワアキトに対し必要以上にこだわっていたのかも知れない。



…。



…だから、試してみようと思った。

テンカワアキトと、その可能性を。



「…腕を磨いて出直して来い。…待っている。」

「…何だと!」



…ゴッ!!


アキトのエステバリスはナデシコ格納庫に吸い込まれていく…。

いや、投げ飛ばされて放り込まれたのだ。


「ふ、我らしくも無い…けど、ナデシコはなんとしてもチューリップに入れないと…。」


…僅かな思案…だが、心配するまでも無かった。

ナデシコはゆっくりと浮上し、出来うる限りの全速力でチューリップに向かう。



「どうやら騙し騙し動かしているようだな。…よくもまあ、中破状態の艦を…。」



チューリップの口が閉じていく。…あの先は八ヵ月後に続いているのだろう。

そして…ナデシコがチューリップに消えるのをぼんやり眺めながら、彼は呟く。



「惜しいな。あれを沈めれば閣下は天下を取れたろう。…が、草壁の天下など認めるわけには…。」



…やはり、言っている事がちぐはぐだ。これではどちらの味方か分かったものではない。

そして、その理由は彼自身も判っていなかった。




…。



「…貴様は何者だ。」


…その時、誰かが彼に問い掛ける。

それは白髪の老人。…悔恨を胸に生き延びていた偽りの英雄…フクベ提督。



「…やはり生きていたんですか。…悪運の強いジジイよの。」

「敬語と侮蔑は混ぜるもんじゃないぞ、若者よ…。」



…彼は愛機から飛び降りる。…それは道化の英雄に対する憐憫か?

はたまた自分に話し掛けてきた無謀な老人に対する敬意か…それは誰にも判らない。



「ふっ…我には礼儀など不要。…だが、お言葉はありがたく頂きますよ、フクベ提督。」

「そうか。…それで…一体君は何者なのだ。…敵か?味方なのか?」



彼は考え込んだ。…一体誰だと言われても困る。…彼自身、自分が誰なのか判らないのだから。

だとしたら答えられるわけが無い。


…いや、それは違う。

自分の名前ぐらい覚えている。…だが、その名が一定しない…。



「俺は…俺だ。…我ではない。…いや、我は我だ。…我以外の誰でもない。」

「…何が言いたい?」


「俺は一人我は一人、我は俺以外に誰も居ない。…なんだ、そういう事か。」

「…さっきから何を言っている?」


目の前の老人は、目の前の男が突然始めた自問自答に妙な重圧感を覚えた。

だが、彼の奇妙な自問自答は止まらない。


「俺は俺で我は我。…だとすれば俺は我だ。…つまり我は俺であるということか。」

「…気でも違っているのか?」


…その考察は多分正しいのだ。

少なくとも、目の前に居る存在は普通のヒトとは思考回路自体が違う存在だったのだから。


「俺は正気だ、いや…元から狂っていた。狂っているのが正気だったのだから我は正気である。」

「…やはり狂っているのか…。」


その時提督の耳を、つんざくような奇声が走り抜ける!



「ふははははははははっ!…そうか、判ったぞ。…何て事だ、これは悪夢よ!」

「…なにが判ったというのだ…。」


…くいっ

彼は突然フクベ提督のほうに向き直ると鷹揚に頭を垂れ…突然顔を上げると自己紹介を始めた。

…何か、吹っ切れたように。



「我は"混沌"…即ち俺は"カオス"だ。」

「…カオス?」


「そう…俺は唯一にして相反する意識。…我が存在は喜劇にして悲劇…有り得ぬ筈の存在なり。我が心は矛盾に支配され、その魂は一つでありながら複雑に絡み合う…。」



…フクベにその言葉の意味は良く判らない。

それに、彼にとって大切な事はそんな事ではない。…だから問い掛ける。



「ならば…君は我等の敵なのか?…味方なのか?…答えて欲しい。」

「…敵にして味方なり。…完全に味方できるもの、それほど多くは無い。」


…少なくとも、それで友軍でない事だけははっきりした。

故に、フクベはこう続ける。



「敵ならばこのまま…ひと思いにやってくれ。…元々死に場を探してきたのだからな…。」



しかし、相手の男…"カオス"の返答は予想外のものだった。

カオスはぺろり…と舌なめずりをすると、こう切り出した。


「…我にとっては死にぞこない一人の事など関係ない。けど…俺はアンタに微妙な感情を持っている。…だから…。」


…ブオッ

フクベは自分の周囲に何かが幕のように張られている事に気付く。


「こ、これは…!?」

「フクベ提督。…火星の惨状を見たままに伝えろ…。」


「で、ディストーションフィールドだとっ!?」

「部下に命令しておいて、自分は飛ぶのが嫌…などとは言うまいな?」



ここまででフクベは自分の身になにが起きるか直感し…思わず叫ぶ。



「…飛ぶ?…地球へか?…わしに生き恥を晒せと言うか!?」

「その通り、無為に死んでいった火星の民への償いの為に…無様に生き延びよ。…無様にな。」



それは彼にとってどう言う意味をもつ行動だったのだろう?



…何にせよ、フクベは消えた。

…最後まで何か口をパクパクさせていたが、カオスにとっては関係の無い話でしかない。



今度の行動は、己の心の中に不快感も違和感も感じなかった。

…混在した心の何処にも、特に反発するところが無かったせいだろう。



「しかし、難儀な事になったものよ…。」



…彼は眼下の氷に己の姿を映す。


テンカワアキト…そう呼ばれた男の顔がそこにあった。

だが、その片目は義眼に置き換わり…時折舌なめずりをする癖が付いてしまっている。


更に、夜天光系の銀色のパイロットスーツの上に黒マントという姿は、

鎧姿の騎士にも見えなくは無いが…はっきり言って不気味でしかない。



「くくっ…はぁーっはっはっは…!!」



…男の高笑い。…だがその声は震え、笑いは乾ききっている。

何故なら…自分の中にかつての宿敵が居るのだから…。



…。



それは些細なミスであったかも知れない。

…死の間際…アキトと北辰の二人は偶然にも時を越えたが、その時…遺跡のシステムが誤認をした。


彼らはデータ化され、過去の遺跡へ。…そしてこの時代に連れて来られたのだが、

再構成される際、彼らは一つの生命体として扱われてしまった…。


…無論、意識も例外ではない。


混在した意識には優先度など無く、それが先ほどからの無軌道な行動と言動に繋がっていた。

まさに彼の内部は今、"混沌"と化しているのだ…。


…。


そして自らを"カオス"と呼んだ男はゆっくりと…何処かへ消えていった。

…自らがここに来た理由…そして自分がこうなったわけを見極める為に…。

続く



― 後書き ―

BA−2です。…いきなりナデシコ中破…ただし極めて大破に近い…です。

…主人公の"カオス"君もいきなり飛ばしてますねぇ…。(ヲイ)


アキトと北辰足しただけですが、双方の気持ちに正反対のところがあるので極めて厄介な男に仕上がりました。

因みに機体も"混ざり物"です。…性能に関しては少々色をつけてますけどね。


連載としては短期で終わらせる予定です。…短い間です(?)が宜しくお願いします。

それでは!

 

 

代理人の個人的な感想

ザ・フライと言うかあしゅら男爵というか(爆)。

男の声で話したり女の声で高笑いを上げたりする所なんかまんまじゃないですか?

 

もしアニメだったら上田祐司さんと山寺宏一さんが交互に喋ったりするんでしょうか。

うわー、見てみたい(笑)。