機動戦艦ナデシコ逆行系SS


彼の名は"混沌"

− 第5章 −





「艦長…起きて下さい艦長…。おーい、艦長ー。」


火星での惨憺たる敗北から八ヶ月。

…ナデシコは今しがたチューリップを抜けて来たところである。


展望室ではアキト・イネス・ユリカの3名が仲良く並んで眠っていた。

そして…その周囲に広がる光景は"何時か走った草原…"



…。



『艦長、敵です。おーい、かんちょー…。』


いち早く現実に復帰したオペレーター・ホシノルリがユリカ艦長に話し掛けるが、

当の艦長さんは夢見ごこち。


「うーん、アキト―…。」

『艦長、敵です。…それと。』


…むくっ

予想外の反応に、ユリカがいきなり起き上がる。



「それと?」

『…寝たふりですか艦長。(汗)』


「え、だってルリちゃん…せっかくアキトと二人きりだったのに…。」

『イネスさんは眼中に無しですか……ま、いいです、報告を続けますが…。』


…こほん。

ルリは咳払い一つして続けた。


『…不審人物です。』

「…え?」



…。



…ぬっ。


ユリカの前には迫るバッタの映像…だが、それは彼女の眼には入らない。

…ユリカはその斜め後ろ30度ほどに立っている男を呆然と見ていた。



「えーと…どちら様でしょうか?」

「…見てわからんか。」


…銀色のパイロットスーツに黒マント。その上バイザーで顔を隠し、あまつさえ腕には錫杖。

その上、ニヤリといやらしい笑いを浮かべこちらを見下ろしている…。


「あのー。判りませんが―?」

「そうか、だが我には関係ない。……さて、起きろ!」




…メリィッ!!




突然、寝ていたアキトの頭が嫌な音を立てて床に押し付けられる!

しかも、足蹴だ…!


「おごぉっ!?」

「痛いか?…苦しいか?」


…ユリカが呆然とする中、頭部狙いのストンピングは続く。



「お前は無力だ!いざと言う時には何も出来ず、逆恨みしか出来ない人間のクズだ!!」

「…ぐゥッ!?…お前は…お前はあの時のぉッ!?」


目を覚ますと同時にこんな状況に追い込まれたアキトは目を白黒させながらも反撃を試みる。

…だが、あっさりいなされた上に鼻まで潰される始末。


「悔しいか?腹立たしいか?…だが、お前はあの幼子を助けられたか!?」

「…あ、いちゃん?…ゴォァッ!?」


「ネルガルに両親が消された時、親の死骸に擦り寄るしかなかったのは何処のどいつだ!?」

「…とうさ、ガァッ!?…か…さん!?」


…かつての自分の不甲斐なさが憎らしいのか、カオスは執拗に踏みつけ…いや、蹴り飛ばし続ける。

だが、やられる方にとってはただ理不尽であるのみ…。


「アンタな…ガハッ!……一体何なんだ!?」

「ふん、己の才覚にも気付けん阿呆に名乗る気は無い!…そらぁっ!!」


…ゴスッ!


必死に起き上がろうとするアキトに、カオスの踵落としが決まる!

カオスは無論かなりの手加減をしているが、この時代のアキトにそれが判る筈も無い。


「あぐ、ぐは!……いきなり現れて…俺になんの恨みがあるんだ!?」

「別に。…ただ、哀れなだけだ。」


「別に」の部分と共に、急に攻撃が止まり…カオスは2〜3歩後ろに下がる。

これで落ち着いたか、アキトがようやくまともな言葉を発した。


「何がだ。」

「2度も奇跡を起こしておいて、まだ己の才覚に気付かんのか?…鈍いにも程がある。」


はっとして、アキトは己の両手を見る。

…だが何の変化も見受けられなかったか、疑わしげな眼をカオスに向けた。


「別に何にも…。」

「戦う力だとでも思っているなら…それは愚かな事だ。…お前は何時からここに居た?」


「…え?」

「くくっ…そこまで言って判らんとは…話にならぬ。」


…さっ

身を翻したカオスにアキトが噛み付く。


「なんだ!?逃げるのか!?」

「…身の程知らずな。」


…バキッ

カオスの鉄拳が、アキトを展望室の壁まで吹き飛ばす!



「そういう台詞は、相手より強くなってから言え。…さもなくば負け犬の遠吠えでしかない…。」



…そんな一言と共にカオスはボソンの光に包まれ…アキトの反論を許す事無く掻き消えた…。



…。



「…イタタ…ホントに酷い目にあった…。」

「相手の動きを見る限り、生きてるだけでも幸運ね。…誰なのか説明できないのが悔しいけど…。」


…あれから少しして目覚めたイネス。

彼女の治療を受けながら、アキトは先程の事を思い出していた。



ナデシコがチュ−リップに飛び込んで…何時の間にか意識をなくしてて…ふと気付くと、

…手ひどく足蹴にされて、罵られて、殴られて…そのくせ相手はオバケのように掻き消えた…。


はっきり言えば、訳がわからない。


「…でも。アイツ…俺に力がある…みたいな事を言ってたな…。」

「そうなの?…ふーん、興味深いわ…。」


…ぱたぱた…おたおた…。


「…それに、アイちゃん…火星時代に出会った女の子なんだけど…あの子の事も知ってた…。」

「ふーん。じゃあ、意外と近しい人だったのかもね。」


…ぐるぐる…わたわた…。


「…なあ、ユリカ…鬱陶しいぞ…。」

「あー、ようやくアキトが私を見てくれたぁ。」


…さっきから無視され通しで欲求不満が溜まっていたユリカが、アキトに抱きつこうとする…が。


『…艦長。』

「おあっ…ルリちゃん、何時からそこに?」


…通信(最大音量)に遮られた。


…。


『最初からずっと呼びかけてましたが?』

「あはははは、そうだったね…。」


ジト目で睨むルリにちょっと引きながら、ユリカは必要最低限の威厳を取り繕う。


「…それで、何かあったの?」

『…ここ、敵中のど真ん中です。…映像出します。』


…ぱっ


迫るバッタの映像。しかも先程の物と同じ。

…という事はコレ、危機を即座に伝える為にルリが特別に用意した物だったのだろうか?



「でえええええっ!…ルリちゃん、フィールド張って後退、その後グラビティブラスト!!」

『了解。』



…その結果がコレでは無意味だったとしか言いようが無い。

しかも今回は…。


「グラビティブラスト、発射しま…」






…。(黒煙)







「…畜生!…あいつの所為でグラビティブラストも使えないなんて…!!」


アキトが格納庫に急いでいる。

…あの後、グラビティブラストは火星でのダメージが大きすぎて使用不可である事がわかった。


しかも、ブレードが折れているのでフィールドの強度も3割を切っている…。

…更にここは宇宙空間。破損した外壁から漏れ出す空気も馬鹿に出来ない。


戦闘宙域では修理もままならない…このままでは程なくクルー全員即死だ!



「アイツ…きっと木星蜥蜴だ、きっとそうだ!…今度こそ絶対倒してやるっ!!」



既に3人娘は出撃していた。アキトは怒りの赴くままに戦場に向かう。

それこそ、今回カオスが彼の前に姿をあらわした理由とも知らず…。



…。



「ふぇえええっ、バッタのフィールド、強化されてるーっ?」

「はん!…全部叩き潰すだけだ!」


「どけどけーっ!!」


「のあっ!?…テンカワッ!?」

「凄いテンションだよねぇ、リョーコはどう思う?」


「…どう思うったって…あ、あの馬鹿!」


…敵の中心に無謀な特攻をかましたアキトが一気に囲まれタコ殴り状態に陥る!

リョーコ達が敵の猛攻で助けにもいけない中、突然…周囲のバッタ達が爆発四散する!


「誰だ!?」

「我だ。」


…がばっ


アキトが振り向くと、そこにはハンドカノンで次々と敵機…しかも連合軍、木連双方を撃破し続ける青と白のコントラストの機体!


「…貴様!」

「あいも変らず特攻特攻…ご苦労な事だ。」


…もう片方の腕でホールドしていた見慣れない青のエステバリスを無造作に投げ捨て、

カオスはふっ…と、不敵な笑みを浮かべる。


「…どうした、かかってこんのか?」

「…。」


…アキトの視線は、投げ捨てられたエステバリスに釘付けになっている。

彼はナデシコに乗るまで戦争というものには基本的に無縁だったので、エステバリスが戦闘不能になるまで破壊されたところを見た事が無かったのだ。


あちこちスパークし、内部機構が所々剥き出しになったそのボディ…。

アキトの思考の中で、それは己の機体とダブっていた。


(殺られる…!?)

「…戦う前から萎縮するか、臆病者。」


…!


相手の物言いにかっとなったアキトは、心の中の不安を押し隠すように突っ込んでいく!



「誰が臆病者だぁああっ!!」

「…目の前の阿呆に決まっておる。」



…一直線に突っ込むアキトは、当然ハンドカノンの狙い撃ちに合い、弾き飛ばされる。



「ぐぁっ!?」

「ナデシコは…本当にいいところよの。…だが、それ故…。」


「それだからなんだってんだ!?」

「ぬるい。ぬるすぎる。…あそこはナデシコ保育園か?」



…カオスはぶるぶると震えるエステを見ていた。…恐らく中では怒髪天をついているのだろう。

だが、そうでなければ意味が無い。


「馬鹿にするなぁっ!!」

「貴様の甘ちゃん加減には吐き気がする…怒鳴る暇があるなら撃って来たらどうだ。」


「言われなくとも!!」

「…敵に言われたとおりに実行するのか?」


「黙ってろォッ!!」

「黙るのは貴様だ、ガキが…!」


…当たるを幸いにライフルを乱射するアキト。

だが、相手は一瞬で肉薄すると、エステの腕を取り…思い切り振り回す!


「うわああああっ!?」


…バギッ…と嫌な音がして、アキトは吹き飛ばされた。

ようやく体勢を立て直すが、片腕がもげてしまっている…。


「畜生…なんだってこんなに圧倒的な…。」

「…ぬるいといっておる。…お前は自らの幸福を自覚しておらんから気付かないんだ。」


…ぎりぃっ

アキトの歯軋りが聞こえた…ような気がする。


「うるさい!…俺の…俺の何処が幸福だってんだ!?…小さい頃から親無しと言われ、火星じゃあバッタに殺されかけ、ようやく手にした職場からは追い出される!」


アキトの怒鳴り声は収まらない。


「なんだか判んない内に乗り込む羽目になったナデシコじゃユリカが五月蝿いし、第一俺は本来パイロットじゃない!コックなんだ!!」
































「舐めた事を抜かすな。…小僧。」
































…。

その場が一気に静まり返る。


今まで戦闘を続けていた木星側も地球側も、突然の一喝に動きを止めこちらを見ていた。

…恐ろしい事に無人兵器もだ。


「親無し子?そんな物はこの時代たくさん居る。…バッタに殺されかけた?…本当に死んだ人間がどれだけ居るか知っていてそんな事をぬかすか?」

「…なっ!?」


「乗り込む"羽目に"か?ならば次の日にでも降りよ。」

「いや、だってコックになる事になったんだし…。」


「コック?…本来パイロットではない…だと?…笑わせるな!」

「何ィっ!?」




「…敵に、そんな事が関係あるとでも思ったか?」

「あるわけ…ある訳無いだろ!それくらい判る!!」


「判るなら、足手まとい一人が味方にどれだけの負担を強いるか考えてみろ!」

「………!」


…カオスは、びくりと固まるエステの挙動を見逃さなかった。



「そもそも、ユリカが五月蝿いとか言うが…艦長に特別扱いを受けてこその現状だろう?」

「…んなっ!?…それは訂正しろぉ!!」


「ほぉ。…サツキミドリで補充は来た筈。パイロットはそこで辞めても良かった筈だ。」

「人手が…人手が足りてないんだから仕方ないだろ!?」



くくく…カオスは腹の底からの笑いを押さえきれない。

…既にアキトの反論は、ただ負けたくないから反射的に噛み付いているという低レベルなモノ。


もう少し…もう少し追い込めば望む結果が生まれる事だろう。



「…子供だな。そうだとしたら普通、コックは辞めさせるぞ?…普通の艦長ならな。」

「ち、厨房も人手不足なんだぞ!!」


「…その手の部署は、軍隊において最初に減らされる。…食は最悪、レーションで事足りる。」

「ナデシコは軍隊じゃない!!」


「だが戦艦だ。…お前がコックを兼任できたのは、艦長の個人的な好意に過ぎない。」

「出来るからやらせてくれてるんだ!…ユリカは…あんな奴は関係ない!!」


…ゴォッ!

その言葉に対する返答は…強烈な蹴りだった。



「もう一度言う。…ふざけるな。」

「ひっ!?」



…相手からの強烈な威圧感に、思わず悲鳴が出る。

先ほどまでの余裕とはうって変わった、怒りを押し殺した声…。


「パイロットも、コックも…必死になってその道のみを一心に追い続けて、初めて開花する。」

「俺はどっちも必死にやってる!!」


「不可能だ。…同じ才能をもっている者と比べれば、半分以下の実力しか身につかぬ。」

「そ、そうだとしても両立させて見せるさ!!」



…カオスは愛機のメインカメラで戦場を見渡す。

戦いはまた再開されていた。


何時果てるとも無い闘争の中、カオスは探していた物を発見する。



「ならば、我を止めてみよ。」

「…は?」



…ブン!


無造作に投げつけられる錫杖。

それは、凄まじい勢いで戦場を駆け抜け…狙い違わず命中した!


…。


「…あああっ!」

「あの速度なら、お前がパイロット専門にしておれば止められた…かもな。」


…串刺し。

そうとしか言いようの無い、凄惨な光景が広がっている。



錫杖に貫かれるエステバリス…それだけならまだ良かった。

だが、その鉄塊はアサルトピット中央を的確に貫き…機体の機能は完全に停止している…。


しかもそれは、



「…い、イズミさん…。」

「今ごろは死んだ二人の婚約者と仲良く語らって居るだろうな。」



…。



…ギン!


刺すような殺気…それを感じ、カオスは予想通りとほくそえむ。

だが、そんな相手の心境を知らないアキトは、怒りのままに殴りかかってきた…!



「うわああああああっ!…ゲキガン・フレアぁぁッ!!」

「現実で起こり難いからこそ、奇跡は物語として足りえる。それが判らぬなら…我には勝てぬ!」



…強固なディストーションフィールドでコーティングされたエステ。

だが、カオスの機体は軽く防御体勢をとっただけでそれを押し返した。



「まぁけぇるぅかぁぁぁぁぁっ!!」

「…気合で勝てるなら、俺もあんな事にはならなかったな。」


出力全開のエステとまだまだ余力を残すカオスの機体。

苦笑するカオスを知ってか知らずか、アキトは気合を乗せてフィールドを展開させ続ける。


「ジワジワ押してる…行ける、行けるぞ!!」

「…何処へだ?」


…バキィッ!!

軽く腕を払うカオス…だが、既に負荷が限界に来ていたアキトのエステには致命的だった。


…重力波のエネルギーを受ける回路は焼き切れ、吹っ飛ばされた衝撃でバッテリーの殆どが死んだ。

更に、スラスターに異常が発生し方向転換もままならない…。



…。



「くそおっ…なんで勝てない!?」

「お前が弱いからだ。…それ以外に何がある。」


…ちゃきっ

ハンドカノンの銃口がアキトのエステバリスを捉える。

…まともに動けないアキトは良い的としか言いようが無い。


「…終わりだ。…まあ、ここで終わっておくのも悪くは無いか…。」

「じ、冗談じゃない!」


…動かない機体を必死に立て直そうとするアキト。


急いで出てきたために、今着ているのは何時もの黄色い制服。

…もし、気密が失われたらそれだけで致命傷になる。


「…念仏は唱え終わったか?」

「…ひっ!?」


…びくりと体を振るわせた時、ポケットから何かが転がり出てくる。

青い石…それは…。



「あの時無くした形見のペンダント…の宝石?でもなんで?」



…チューリップクリスタル。

それはボソンジャンプの媒体であり、一度使用すると消滅してしまう。


よって、そこにあるのはアキトが"無くした"石であるわけが無い。

だが、突然出てきた"それ"はアキトにとって希望そのものに見えた。


アキトはぐっ…とそれを握り締める…。


なんだか力が湧いてくるようだった。

無論錯覚だ。そう思っただけで実際何の力が出てきたわけでもない。

…だが、己を奮い起こすのには十分すぎる。



「おおおおおっ…いくぞォッ!!」




































「この世界、ゲキガンガーほど上手く出来てはおらぬ。」


































…アキトの雄叫びとカオスの機体からの打撃はほぼ同時だった。

何時の間にか接近してきたカオスは、アキトの機体を見つけたばかりの希望もろとも薙ぎ倒す!



「ぎゃわっ!?」

「…最後の最後での逆転勝利など、普通なら起こりえない。」



…続けざまの裏拳でエステの頭部を粉砕したカオスは、コクピットに銃口を突きつけ言った。

アキトは無様に鼻血を垂らしながらも必死に相手を睨んでいる…。


「…まだまだぁっ!…それにこう言う時は…!」

「…最大のピンチに援軍か。…ほぉ、本当に来たようだな?」



…わざとらしく手を振るカオス。

その視界の先では連装式グラビティブラストで敵を粉砕するコスモスの姿。



「どうだぁっ!…木星蜥蜴なんかに俺たちは負けない!」

「…それ。」



ぽいっ…と軽く投げられるアキトのエステバリス。

…それは密集するバッタの群れに向かっている。



「のぁっ!?…く、来るなぁ!?」

「…ふ。心強い友軍が助けてくれるようだぞ?」


…キラッ


「…え?」

「まあ、なんだ…貴様は所詮一兵士ということだな。」



…意味のわからない会話。

だが、そんな事より問題なのはコスモスの主砲が、アキトがいるにも関わらず発射された事だ。



「そんなぁぁぁあああっ!?」

「…無人兵器1000と臨時パイロット一人。…どちらを選ぶかは自明の理というものだ。」



…戦場では同士討ちもままある事…と嘯きながら、アキトの機体の盾になるカオス。

そして攻撃が止むと同時にそのまま"跳んで"一瞬のうちにコスモスを八つ裂きにした!



…。



大宇宙の片隅で散華するコスモス…。

あちこちで大爆発が起こる中、大量の脱出艇がわらわらと沸いて出た。



「…た、たった一撃で…?」

「どんな艦も内部から破壊すれば脆い。…懐かしいな。」


…ドン

カオスは、アキトのエステを爆発したコスモスの方に押しやる。



「さて、ではお前の英雄的素質…のようなものでも見せてもらうぞ?」

「…なんだとォッ!?」


…ドォン!

ハンドカノンが脱出艇を一隻爆破する。



「さあ、抵抗できぬ友軍を嬲る外道…貴様は誰か一人でも救えるか?」

「…な、な…な、なななな…。」


…ひとつ、またひとつと塵に帰っていく脱出艇。

アキトは何とかしようともがくが、アキトの機体自体がズタズタで動ける状況ではない。



「畜生!…あいつを止めないと…でも!」


(…そろそろ、頃合か…されば最後の一押し)



カオスはくるりと背を向けると、ナデシコに向けてハンドカノンを向ける。



「さて、貴様の仲間には消えてもらう。…仲間の冥福でも祈っておけ。」

「…止めろォォォォッ!!」



…そっとアキトから視線を外し、カオスはハンドカノンの狙いをつける。

先ほどからボソン砲の要領で敵内部に飛ばしていたが、今回その必要は無い。


…アキトが止められればそれで良し。

止められず沈んだとしても…少なくともカオスの半分には納得のいく結果となる。



(頼んだぞ…まあ、我はどちらに転ぼうが…)



…ドォン…ドォン…!

フィールドを失ったナデシコに向かう砲撃!


最初の一撃は核パルスエンジンの一基を破壊、2発目は僅かに掠めただけで宇宙に消えた。

3発目が折れたブレードに飛び込み、4発目は右舷の相転移エンジンを大破に追い込む!

5発目、6発目は装甲を剥ぎ取っただけで終わったが、

7発目がグラビティブラストの発射口に飛び込み、内部で大規模な爆発を引き起こした!




「…まだ黙っている気…か…?」



アキトの方を向くカオス。だが、そこどころかレーダーに映る範囲に彼の姿は無い。

…思わず、頬が緩んだ。




「おおおおおおおおおっ!!」

「…そうきたか!」


…ガシィッ!

機体の周囲にボース粒子が増大したと思った途端、エステの腕がカオス機の顔面を殴った!



「…そうだ…それでいい…。」



エステバリスから光が消える。…バッテリーを使い果たしたのだろう。


カオスは殴られた勢いのまま、身動きせずに流されていく。

満足げな顔…そして、見えなくなった所で跳ぶか?と考えていた時…通信が入ってきた。




…。



『こんにちは。』

「…む、妖精…?」


…ナデシコのブリッジは凄まじい喧騒に包まれていた。ルリの周りには誰もいなかった。


傍目から見れば、突然瞬間移動したアキトが圧倒的な敵機を撃退したようにしか見えない。

他のクルーは全員窓に張り付いて叫んだり、飛び跳ねたりしているようだ。


『妖精じゃなくて少女です。…私はホシノ・ルリ。』

「…知っておる。ようく知っているさ。で、何用だ?」


…内心の冷や汗を隠しながら、努めて平静を装って言う。

何故、この機体に通信が入れられたのだろうか?


『…貴方は何故かコミュニケを持っていました。…それを通して話をしてます。』

「…さすがだね。…遺伝子細工の芸術品だけの事はあるな…。」


…カオスは腕を見る。…黒い王子様がユーチャリス内部で使用していたものだ。

だが、基本構造はこの頃から変わっていない。…それを見破ったのはさすがと言うしかないが。


『そんな事まで…ま、いいです。本題です。…イズミさんは何処?』

「…何のことだ?」


『とぼけないで下さい。…貴方がどさくさ紛れにエステから放り出したことは見てました。』

「…良いタイミングだと思ったのだがな…。」



因みに流したルートの先には、試験航海中のかんなづきがいる。

優人部隊ならば酷い扱いは受けないであろうと言う配慮からの行動であった。



『目立たないように行動するって事は、動きを知られたくないって事。』

「…くくく、小細工が裏目に出たか。報告されては無意味だな…。」


だが、ルリは以外な事を口にする。


『いえ、それは誰にも言ってません。…イズミさんは戦死扱いです。』

「なに?」



『…口止め料代わりに教えて欲しい事があるんです。』

「…言ってみろ。」



…それを聞くと、ルリは一際小さな声でポツリと呟いた。


『私の両親…知りませんか?』

「…何故、俺に聞くんだ…?」


冷や汗が止まらない。…全てを見透かされているようで気味が悪い。

…まさか彼女も?…と、勘ぐった所で相手が再度聞いてきた。


『…貴方はナデシコクルーのプライバシーに詳しいみたいですから。』

「何故、そう思う…。」


『イズミさん、婚約者の事誰にも話した事が無いはずです。…私もさっき調べて初めて知りました。』

「…適当に言っただけやも知れぬぞ?」


…うそぶいてみるものの、相手はそれで更に確信を深めたようだ。


『目を逸らすのは都合が悪い証拠です。…ほんと』

「馬鹿ばっか…か?」


…かぁ…と耳まで赤くなるルリ。


『そ、そうです。…さて、ヒトの口癖まで知っているなら、私の両親ぐらい教えてください。』

「…両親などおらぬよ。」


…そう、彼女の記憶にある両親など存在しない。

所詮は刷り込み用のデータでしかないのだから。


だが、長い間ある種の確信をもってそれを求めていた者に、そんな事が通用するわけも無い。


『教えてくれないなら、イズミさんの事ばらします。』

「…必死だな姫君。…だが、我がおいそれと話すと思うか?」


…無表情。だが、その鉄面皮の奥に流れる人並み以上の激情を彼は良く知っていた。

傾向と対策を考えつつ、カオスは次の言葉を待つ。


『教えてくれたら…私、木星蜥蜴に寝返ってもいいです。』

「…それはまた。」


…苦笑しながらも、カオスはその提案について少しばかり考えていた。


彼女にとって、自分のルーツとはそこまでの物なのだ。

…だとしたら、自分はどうすべきなのか?



『…先ほどの返答からすれば、貴方は私の過去も知って…』

「…俺は木星蜥蜴では無いぞ。」


…びくっ

震える小さな体。


『…じゃあ、なんなんです。』

「さてな。……交渉は次の機会に。さらばだ姫君。」



『ま、待って!』

「…識別の為に我が愛機の名を教えておこう。…蟲(バグ)と言う。」


『バグ?』

「そう。あってはならぬもの。…この世界のバグそのものよ。…我同様にな。」



…プツン

途絶えた通信。…相手は既にレーダーからも掻き消えた…。



…。



それから暫し。

ルリはふらふらと通路を歩いている。


「…父…母…。」


さっきは思わず"木星蜥蜴に寝返る"等と言ってしまったが、内心半分以上本気だったように思う。

実際、地球にたいした未練は無い。…最近、この馬鹿ばかりの船には少々愛着を持ってしまったが。


…とは言え、その不用意な一言が予想外の収穫をもたらしてくれた。

彼は木星蜥蜴でも地球連合でもないと言う事。


…これは自分以外殆ど知ることの無い情報と言う武器になりえる。

カオスだけではない。…地球連合…ネルガル…あるいは木星蜥蜴にも効果があるかもしれない。


そしてまた…彼は間違いなく自分のルーツを知っているという確信もある。

だが、どう動くにせよまだ情報が足りない。…もう少し聞き出さねばなるまい…。



「交換条件が要りますね。…手土産を…作らないと…。」

「そうね。私も協力してあげましょうか?」



熱病に冒されたようにブツブツと独り言を言っていた所、横から突然話し掛けられた。

…鳥肌が立つ。…冷や汗がなだらかな背中を伝っていく…。



「…い、イネスさん!」

「説明しましょう。貴方は今非常に焦っているわ。…まあ、当然ね。敵機との密通。しかも情報の隠匿。更には寝返るとか不穏当な会話を聞かれ…。」


…がばっ

イネスに飛びつき口を押さえるルリ。


「…い、イネスさん…あの…私は…。」

「はいはい…ホシノ・ルリ?…大丈夫、私も協力するって言ってるのよ。」


…これまた予想外の展開にきょとんとするルリ。

彼女のやろうとしているのは利敵行為だ。…それを助けると言う話は普通無い。


「私もね、彼に興味があるの。…だから。」

「そう、ですか。」


「…それに彼はボソンジャンプを使っていたわ。…普通、生き物は跳べない。にも拘らずね。」

「テンカワさんがさっき使ったのも?」


「ええ。…これで一つ仮説が出来たわ。…ボソンジャンプは普通生命体が跳ぼうとすると…」

「…説明はまた今度。…でも確かに不思議ですね。…判りました、協力お願いします。」



…コツ…コツ…とルリが去っていった後、イネスはふと天を仰いだ。

その目は限りなく憂いを秘め…。


「寝ている間の艦長とアキト君を眺めていた彼の瞳。どうしようもなく優しくて…悲しげだった。」


…そして、一瞬にして悪戯っ子のような目に変わる。



「興味あるわね。…絶対に彼の謎を解き明かしてみせる!」



…。


…混沌の名を持つ者が引き起こした事態は、状況を更に混沌とした物に変えていく。

事態は好転しているのか悪化しているのか…それはまだ誰にも判らないことだろう…。



そして、遥かな宇宙を漂う放浪者はぼそっと呟く。



「迷わず進めテンカワアキト。…後のお膳立ては…俺が…。」



かの名はカオス。混沌なる者。

…その真意を推し量れる者はいない…。

続く

― 後書き ―

ナデシコ良いとこなし。…そして、A級ジャンパー一足早く覚醒です。

…今後アキトは一体どうなってしまうのでしょうか?


そして、ルリとイネスが怪しい動きを始めました。

彼女達がどう物語に絡むのか…カオスに消されない事を祈ります。(ヲイ)



さて、こんなのですが応援宜しくお願いします。

では!

 

 

代理人の個人的な感想

前回が北辰サイド中心だったからか、

今回行動に関してはアキト面が出ずっぱりの印象がありますね。

(一応北辰面も出てはいますが)

アキトを焚き付けて・・・・次は十三話あたりに飛ぶんだろうか(謎)。

 

 

しかし傍から見るとつくづく怪しいねこのヒトは。