機動戦艦ナデシコ逆行系SS


彼の名は"混沌"

− 第7章 −




「予定通りとは言え…白鳥も派手にやるものだな。」



…カオスは高層ビルの屋上から燃え盛る街を眺めている。

スカンジナビアの研究施設から急いで帰還したカオスの目に飛び込んできたのは2機のジンシリーズ。


これはあくまでも地球側の次元跳躍実験を阻止し、研究設備を破壊する為の作戦である。

…だがコロニー育ちに地球の都市構造がわかるはずも無い。



「クク…よもや今破壊している建物が全部民間の物だなど…夢にも思うまい…。」



そう、そしてそれは前回、本人が死ぬまで気付かなかった事実でもある…。


…。


ここは高層ビル屋上、貯水塔の上。

…そこから見える地上の景色は、ちまちまとした蟻の行列のよう。


プチプチと潰れる蟻の行列。

…崩れ落ちたビルの破片が、段々と小石となっていく。


落ちた小石の音はズシ…ンと遠く…。

…挟まれた蟻。

それをもっと小さな蟻が引っ張り出そうとしている。



…遠すぎてその詳しい表情などは見えない。

けれどもしかしたら、それは親子だったのかも知れない。



(…だが。例えそうだとしても我は知らない。…俺には関係ない。)



きっと、探せば似たような光景がそこいらじゅうに転がっている。

それら全てを助ける事は出来ない。そんな事をする気も、暇もない。



(近寄ればきっと同情してしまうだろう。…故に、あれは"蟻"でよい。)



…そんな事を取りとめもなく思いながら彼は跳んだ。

銃声が僅かに響いている。…もう戦闘中なのだ。


真っ直ぐに前を見つめる瞳は、迷い無き心の現われか?

それともただの"逃げ"なのか?


無論、その答えは彼にしかわからない…。




…。




「新入り…新入りー―――ッ!!」



…リョーコの絶叫。そしてボロクズのように崩れ落ちるエステバリス。

既に戦闘は佳境といえる状態であった。


アキトの代わりに補充された女性パイロット。

…しかし彼女は初陣にてジンのボソンジャンプに巻き込まれ、あえなくその命を散らす…。



「ふぅ…真実を知らぬとは哀れな事だな。」



カオスの呟き。それは僅かな憐憫を伴っていた。

きっとリョーコ達は彼女が死んだと思っただろう。


だが…彼女達にとっては名を知る事も無かった補充パイロットでしかないが…。

その正体は木連から送り込まれたスパイ。


それも人工的に作られた存在…だったのである。


次元跳躍に巻き込まれる。それは非ジャンパーなら即死確定だ。

…それを逆手にとって、彼女は木連に帰還するつもりなのだ。



「…もっとも、帰っても口封じに消されるだけだが…。」



結局彼女は人体実験の発覚を恐れた上層部によって抹殺される。

無論、リョーコ達がそれを知ることなど未来永劫ありえない事ではあるが。


…。


僅かな沈黙の後、カオスは再び口を開いた。



「…訂正する。真実なぞ知っただけ不幸…そう考えると奴らは幸せなのだろう。」



そうして、銃を取り出し残弾を確認する。

事態の推移を眺めている時間は終わった。後は実行あるのみ。


…今からやる事は、地球圏の未来にとって有益な事。

故に、一部の人間に激しく怨まれるのはやむなし。


…そして…、





「俺がこうする事によって…あ奴らは、救われるんだ…よな?」





…混沌の名を持つ男はゆっくりとナデシコに向かって歩き出した。

ルリの居ないナデシコは鉄くず同然。…忍び込むのは容易い…。



…。



「…それで、パイロットは?」

「ああ、廊下で冷たくなってた。…こめかみをドスン、酷いもんだったさ。」


…それから数時間後、ナデシコ格納庫の隅で一体の死人が発見された。

純白の学生服風の服装に身を包んだその男は、

コクピットから逃げ出したところを何者かに撃ち殺されたようであったと言う。



「でよ、艦長。…こいつのポケットからこんなもんが出てきた。」

「…どれどれ。…え?」



…ウリバタケから渡されたのは一言で言えば、認識票。


僅かに付着した血痕は、夕日の赤が消してくれている。

怪訝そうにユリカがそれを手に取ると、ウリバタケは早速聞いてきた。



「どうおもう?」

「…どうって。…これに書いてあることが正しければこの人は"白鳥九十九"さん。」


「だな。…そして、だ。」

「…木星蜥蜴の正体は、人間。…けど…だとしたら。」



ユリカは何か考え込んでいるようだった。

そしてウリバタケは、更にコクピットから発見された"ある物"を手渡す。



「…これって、イズミさんの…?」

「ああ、間違いない。正真正銘"あのウクレレ"だ。…多分、連中の所で生きてるんだろう。」


それは、白鳥が彼女の無事を伝える為に持ってきたものだったのだろう。



「残念です。その…白鳥さん?が無事でいたら詳しいお話も聞けたんでしょうが…。」

「ま、そうだな。…今、撃った犯人を皆で探してる。」



…。


その時、逆光に照らされたブリッジの中にこつり…と何者かの足音が響く。

…何時の間にそこにいたのだろう…人影がブリッジの隅に立っていた…!



「撃ったのは我だ。」

「貴方は…あーっ!アキトを酷い目にあわせた奴―ッ!!」



夕日に照らされた狂人。

カオスは、未だ硝煙漂う銃を手にしたまま立っている。


…これで、月臣が友殺しの汚名を被る事もあるまい。

そして、出会う前なのだからミナトが苦しむ事も無い。




彼は誰に対しても極力…そう極力、カドの立たない解決法を取ったのである。



「…てめぇ、何しに来た!」

「一介の違法改造屋は黙っていろ。…ウリバタケさん、アンタの出番じゃない。」



…ぞっとするような殺気がウリバタケを包む。

何だかんだでウリバタケは技術畑の人間、殺意などと言う物を感じる機会はまずない。

故に彼は腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。



(こ、殺される!間違いなく逆らったら殺される!!)

「ウリバタケさんは動かないで!…交渉は、私がします。彼の目的も私のようですし…。」



…そんなユリカに満足したかのようにカオスは鷹揚に頷くと、ゆっくりと語り始める。

だが、出てきた言葉は本来言うべき事では無かった。



「王子様とやらが居なくなっただけで、随分艦長らしくなったな。」

「…そんな事を言う為にわざわざここに来たんですか!?」



予想外の言葉にユリカの声が厳しくなる。…だがカオス自身も驚いていた。

己の口から出てきた言葉…これは"黒い王子様"特有の自嘲癖だったのか?


…気を取り直してカオスは本題を切り出す。



「…単刀直入に言う。もうすぐ木星側からの月面攻撃がある。」

「何故、それを教えてくれるのですか?」


…ギロリッ

爬虫類じみた視線がユリカを貫く。


「答える義務など無い。」

「…。」


「今から最大船速で向かえば間に合う。早く向かうがいい。」

「…貴方は一体何者なんです?」



ユリカは殺気の篭った視線を受け流し、再度質問をぶつけた。

混沌であるはずの男の背中に、冷たい汗が伝う。



「…答える義務は無いと言った。」

「では質問を変えます。…先日よりオペレータが行方不明なんです。…ご存知ですよね?」



カオスは暫し考え込んだ後、おもむろに言い放つ。



「無論。」

「では、我が艦が現状では動けない事もご存知の筈。」


「……別な船を用意する事だな。」

「…何故、貴方はナデシコにこだわるのですか?」



突然…カオスはくるりときびすを返し、首だけ後ろを向いて言った。



「理由はある。…だが、貴様らに教える義理など無い。」

「まって…!」



…何かを察したユリカが去りかけた背中に声を掛ける。

だが、



「…跳躍。」



時既に遅く、光と共に男は消え去った…。



…。



「一体…何がしたかったんだろうなアイツは…。」



…腰を抜かしていたお陰で、一連の出来事を第3者的な視点で眺める羽目になったウリバタケである。

暫しの時が経ち、彼もようやく己を取り戻したようだ。



「さあ。…でも、木星蜥蜴の仲間って訳じゃなさそうですよね?」

「でもよ艦長、捕まった奴の口封じって可能性もあるぜ?」



…ユリカが首を横に振る。


「それは無いでしょう。」

「なんでだ?」


「…私たちが彼らの正体に気付いてない以上、すぐ判る様な場所に死体を置いておきますか?」

「…そうだな。むしろ連中と敵対してると考えてもいいかも知れない。」


…。


「ただし、少なくともこちらの味方って訳でも無さそうよ?」

「エリナさん?」


気付くとブリッジにエリナ・キンジョウ・ウォンの姿があった。

…但し、片足を引きずりながら。



「そ、その足は?」

「…艦長、ただの打撲よ。…それより、アイツは危険よ。」


「へ?」

「実は、さっき艦内に潜んでいる所を見つけてネルガルSSに捕獲指令を出したの。」


「それで、逃げられたんですか?」


…びしっと勢い良く窓の外が指差された。

ユリカが外を覗き込むと、白い布を顔に被せられたタンカがぞろぞろと運び出されていく。



「全滅。…指揮を取ってた私も脛を蹴られて悶絶してたわよ…。」

「…そうですか。」



…。



「で、どうするの艦長?」

「へ?」



突然…情けなそうにしていたエリナが顔を上げ、ユリカに迫ってきた。

一方のユリカは何事かわからずきょとんとしている。


「…月よ。行くの?行かないの?」

「あ、えーと。…騙されてるような気もしますけど、本来なら行くべきだと思います。」


「本来なら?」

「…だって、ナデシコ動けないですし。」


…最初から選択肢なんて無い。

そんな意味合いを込めてユリカは言った。


「確かにルリルリがいないから、オモイカネ扱える奴が居ないしなぁ…。」

「ナデシコを置いてはいけません。…ここは、私達の船なんですから。」


「ふふ、扱える人間が居ないのに?…まあ、それがナデシコの強さなのかもね。」

「ええ。多分そうですよ!」


そして、顔を見合わせて暫し…。



「…ぷぷ…あはははははっ!」

「…ふふっ。」


二人はほぼ同時に笑い出す。

…先ほどまでの暗い空気を一度に吹き飛ばして。


それが、ナデシコの雑草のごとき"強さ"。

だが…カオスがそれをどれだけ大切に思い、またどれだけ危険視しているのか。

…知るものはこの場に居なかった。


…。


そして一方その頃、木連中央部ではシンジョウ・アリトモ中佐が何者かによって暗殺。

犯人から「やったのは我、月へ来い」という犯行声明だけが残される…という事件が発生していた。


そして、物語は月へ…。


続く

































「…でも、オペレータ無しでナデシコが動かないのもまた事実。」

「ええ。…む、エリナさん、何かいい手がありませんか?」


…ユリカが妙に口の端を歪めたエリナの表情に気付く。

そして、待ってましたと言わんばかりにエリナは言った。


「…実はもう、ホシノ・ルリの代わりは用意してあるの。さあ、来なさい!」



























― 後書き ―

BA−2です。・・・今回は終わり方をちょっと変えてみました。

いかがでしたでしょうか?


後、数話でこの話も完結します。

…出来れば最後まで応援いただけるようお願いいたします。


では。

 

管理人の感想

BA-2さんからの投稿です。

うお、白鳥 九十九が殺されてる!!(汗)

思い切った手できましたねぇ。

何気にエリナさんは影で不幸だし(苦笑)

ルリの代わりのオペレータ?

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハーリー?