機動戦艦ナデシコ逆行系SS


彼の名は"混沌"

− 第8章 −




…その日、月面は爆風と黒煙の最中にあった。

クレーターを利用して作られた都市は燃え上がる。

その中心に位置する、巨大な人型によって…。

…。

「中々派手にやっているな。」

怯え、逃げ惑う人々の中…一人冷静にその地獄絵図を眺めている男がいた。

無論それはカオスである。

彼はあの後直ぐに木星圏を強襲、全ての原因であるシンジョウを討ち取る。

残念ながらこの世界のシンジョウはまともな性格の持ち主ではあったが、

カオスにとってそんな事は問題ではなかった。

自艦のブリッジから逃げるシンジョウを追い詰め、

全身を各パーツごとに分解する。

しかも、実況付きでそれは木連全土に流された。

「うわああああっ…私が貴様に何をしたというのだあっ!?」

「何もしておらんよ、何もなぁっ!!…ハーッハッハッハ!」

狂ったように笑いながら懇願する相手を嬲るカオスの姿は、

純朴な木連男女に深い恐怖と憎悪を植え付けていた。

…そして、月へ来いと言う挑発。

討伐部隊が組織された事は言うまでも無い。

…。

「前回は…小規模部隊による奇襲だったな。…此度は、そうはいかんぞ。」

そんな事を言いながら、周囲を見渡すカオス。

このクレーターを攻撃しているのは月臣の乗るダイマジン一機。

だが、その周囲の施設はバッタ達による猛攻を受けていた。

「蟲型は居るな?…お膳立ては整った。…さて、あの甘ちゃんは何処の格納庫だったか?」

アキトがもう少ししたら上がってくる。

ボソンジャンプの実験に参加していたアキトは、

前回とは違いアトモ社(ネルガルの子会社)での実験でここに飛んできていた。

だが、出来ればその前に格納庫を探し出してしまいたかった。

…今回は時間との勝負だったからだ。

「…あれは!?」

ところが…探し出せるか少々不安に思ったその時、彼の視界に懐かしい物が飛び込んできた。

岩に挟まれた人影と、それを引っ張り出そうとする少女の姿。

「…そうだったな。この時お世話になっていたのが…。」

…近づいてみると、案の定である。

岩に挟まれた食堂の主人。…そしてその娘が必死に引っ張り出そうとしていた。

(最早、名も覚えていないが……まあ、いい。)

ぐいっ…と言う音と共に岩が動き、中に挟まれていた人影が必死に這い出してきた。

…カオスは己の怪力に、自分が最早人ではなくなりかけていることを察し…顔を伏せる。

「そ、その…有難う御座います!」

「…ん?」

その声で彼は正気に戻った。…思わず助けてしまっていた事に自身でも驚くカオス。

「え、えーと。何かお礼出来ることはありませんか!?」

「…。」

カオスは失敗したと感じていた。今…半端な善人を演じるわけには行かないのだ。

だが、以外な助け舟が彼女自身から発せられる。

「…あれ?なんだかアキトさんに似てる…。」

「!……テンカワ・アキトを知っているのか。」

「あ、うん。…おじさん、知り合い?」

「…実は今、奴を探しているところだ。」

…下手な演技ではあるが、それなりに効果はあったようである。

「えーと、それなら向こうの格納庫に行ったけど…。」

「そうか…そうだったな…。」

…そして、目的の方向に歩き出す。そんな彼の背中に声が掛けられた。

「おじさん、ありがとう!」

(…このまま行くのは拙いか?)

大丈夫だとは思うが、万一彼女がアキトに接触してこの事を言い出されては敵わない。

…そう、彼の目的の為には彼を良く言う人間が居てはならないのだ。

よって彼は、振り返ると少女に近づいた。

「…そう言えば、さっき…礼が何だとか言っていたな?」

「え?あ、はい。私に出来る事なら。」

ガシッ

「ならば体で支払ってもらおう。(ぺろり)」

「…ヒッ!?」

嫌な笑みを浮かべ舌なめずりをしながら両肩を掴むカオス。

…少女の笑顔は一瞬にして凍りつき、凄まじい勢いで手を振り解くとそのまま逃げていった。

…。

少女の背中が見えなくなった頃、カオスは視線だけ横を向き、ポツリと呟いた。

視線の先では展開に付いていけないでいる怪我を負った食堂の主。

「…男。次からは気をつけよ。親は子を置いて逝くものだが今はまだ早すぎる…。」

「アンタ…一体?」

「さてな。…唯一つ言えるのは、我がいる限り人類は常に怯え暮らさねばならんと言う事実か。」

「…。」

「格納庫は向こうだったな?…妻には娘が狂人に襲われかけた…とでも伝えるがいい。」

「…アンタ…一体何がしたいんだ?」

…その問いにカオスは答える事無く、静かに…格納庫行きのエレベータに消えていった…。

…。

ゴォンゴォン…チン。

エレベータを降りると、確かにそこはシャクヤクのある格納庫であった。

「出来れば連合軍の援軍が来る前に片をつけてくれ!」

「どうして!」

「あれを見ろ、ナデシコ級4番艦シャクヤクだ。」

「またネルガルは連合軍に黙って…。」

…月面フレームに乗ったアキトがネルガルのお偉いさんと何やらもめている。

結構な距離があるのに聞こえてくるその声を、カオスは

「貴様、ここはネルガル関係者以外立ち入り禁止だ!」

と、静止しに来た警備員を実力で黙らせながら聞いていた。

…。

やがて、月面フレームが上方に上がっていく。

それを満足げに見送ったカオスは目をギラつかせつつ、周囲を見渡す。

「さて、腐れたネルガルの脳みそども…やはり随分な数が集まっているな。…ククククク…。」

そして、狂人は闇の中に消えていった…。

…。

一方その頃、クレーター内部では月面フレームがダイマジンの前にせり上がろうとしていた。

まるで手ごたえが無かったのはかえって嫌だったのか、月臣は半ば喜んで敵を迎える。

「来たな。悪の地球人の人型戦闘機め!」

「…やっぱり…人間なのか!?」

ダイマジンのグラビティーブラストと、月面フレームのレールガンが火花を散らす!

そして更に、ダイマジンの腕が本隊から外れて飛んでいく!

「ゲキガン…パーンチ!」

「甘い!」

至近距離からの一撃が月面フレームを的確に捉えた…筈だった。

しかし直撃の瞬間、月面フレームが掻き消える!

「何ぃぃぃっ!…生体跳躍!?地球人め、何時の間に!」

「成功したのはつい先日だぁっ!!」

次の瞬間、ダイマジンの真横に現れた月面フレーム!

そのままミサイルを乱射するも、ダイマジンは辛うじてそれをかわす…!

…。

「おおっ!遂にボソンジャンプを実用化させたのか!」

「彼はいいモルモ…いや、協力者でしたよ。」

「はっはっは、ネルガルの未来は明るい!次なるボソンジャンプ大航海時代は我が社の天下だ!」

同時刻…シャクヤクのブリッジで、上での死闘を横目で見ながら高笑いをあげる一団があった。

ネルガル上層部の人間達と、技術者達である。

今回、アキトはかなりネルガルに協力的であった。

両親の事も、取り合えず水に流されたようだ。

…それだけ、アキトにとってカオスは大きな壁に見えたのだろう。

人権無視一歩手前の実験にも進んで参加していた。

それ故、今回ボソンジャンプ関係の実験は予想以上に進み、

もうある程度の実用化がなされようとしている。

ただ…彼らは気づいていただろうか?

それすらも、とある男の読みの内だったという事実に…。

…。

「しかし、何故彼だけが耐えられるのでしょう?」

「さて?…まあ、成功例が手元にあるのだからいずれは解明されるだろう…。」

上で戦闘していると言う状況の割りに、シャクヤク内部の連中は冷静であった。

それもそのはず。…彼らは戦況が不利になったらさっさとこれで逃げ出す気なのだ。

上での惨劇も、彼らにとっては新製品の実践テスト程度の物に過ぎない。

ただし。だからと言って彼らだけを責めるわけにも行くまい。

彼らにとって被害は数字でしかない。

人の死を数値に換算した時、それは損得勘定の数式に代入される数字でしかない…。

…とは言え、感情的に納得できるかは別問題である。

…ごとっ

ブリッジの隅で何かが転がる音がした。

…その場に居た全員が振り向く。音の出所は薄暗い部屋の隅。

技術者の一人が倒れていた。…そそっかしい事で有名な男だった…。

「なんだ?…振動に足を取られたか?」

仲間の技術者がその手を取り、引き起こそうと力を込める。

…ごとっ

「…え?」 「な?」 「…は…?」 「ひっ!?」

引き上げられた腕…しかし…体が付いて来ない。

…腕だけ。

ぐらっ

戦闘の余波で、僅かに船体が揺れ…。

ごろっ

首から下の無い、首が…転がった…。

…。

「…あああ、ああああ…。」 「なんだ!?…どうしたんだ!?」 「落ち着け!…爆風に巻き込まれたんだ!…そうだろ!?」

…。

今さっきまで、立っていたのは4人。

…今、立っているのは3人。

ぴちゃ…

転がっているのは2人。

…。

「なっ・なっ…なっ!?」 「お、落ち着け!?」 「…で、電気系統のチェックをッ!?」

…ブツッ

「で、電気が落ちたッ!?」 「お、落ち着け!コンピュータが生きてる!照明の電源を落とされただけだ!!」

…声が一つ足りない。

「おい!?」 「だ、大丈夫なのか!?」

…パッ!

恐怖が全身を包んだ瞬間…突然照明が戻る。

「…あ、戻った。」 「何だったんだ?」 「…さあな。」

立っているのは3人。

「しかし酷いもんだ…。」 「ああ、これでは研究の継続も…。」 「出来んだろうな。」

3人は周囲を見渡す。

…酷い殺され方をした死体が転がっていた。

「…新入り…主任……それに取締役まで。」

「酷いもんだな、部長。それと…ん?」

転がっているのは3人。

立っているのも3人。

部屋に元から居たのは、5人。

…ぞくっ。

部長と呼ばれた男の背筋に寒い物が走る。

「冗談でしょ、専務…。俺、オカルト系は大の苦手…。」

…どさっ

「…はひ?」

立っているのは2人。

転がっているのは4人。

ギチギチギチギチギチ…。

「あ、あのー…お宅、どなた?」

「我は俺だ。(ニヤリ)」

…内、一人は狂人。

…。

「さて、そろそろ時間か。」

血みどろの地獄と化したシャクヤク。

その転がった5つの死体を片付ける事も無く、カオスはコンソールに手をかけた。

「…ほぉ…オモイカネに比べて随分素直だ。…扱いやすい方がいいって事か。身勝手な…。」

幸いシャクヤクはマシンチャイルドを必要としないつくりであった。

…厳密に言えば要らない訳では無いが、彼の目的には動くだけで十分なのである。

そして、相転移エンジンに火が灯り…シャクヤクは、初めて飛んだ…。

…。

さて、一方上では月面フレームとダイマジンの決闘が未だ続いていた。

「止めろおおおっ!!そこには戦えない人たちがいるんだぞぉーッ!!」

「我が正義の一撃をくらえっ!!」

既に月面フレームは片腕を失い、ダイマジンも胸のグラビティーブラスト発射口を潰されていた。

お互いに負けられない戦いであった。…どちらも必死である。

「ふっ、これ以上悪魔の兵器を作らせてたまるか!!」

「これは火星のみんなの分だぁあああっ!!」

お互いに飛び道具を使い切り、ほぼ同時に渾身のパンチを繰り出す。

…当たりは月面フレームの方に分があったが、パワーの差でダイマジンがその不利を跳ね除ける!

「「うわああああああっ!!」」

お互い吹っ飛ばされ、クレーターの逆の壁に叩きつけられた。

…しかし、壊れかけた機体を騙し騙し、何とか両者ともに立ち上がる。

「くそぉ…。」

「せ、正義が負けるわけが…。」

…ボゴッ

その時、地面がせり上がり、白い巨体が姿を現した!

「シャクヤク!?…確かまだ未完成の筈じゃ!?」

「おのれ!悪魔の兵器の完成…止められなかったか!」

唖然とする二人を置き去りに、シャクヤクは無理やり上昇を続ける。

壁に艦体が当たる。…歪む装甲。…そして崩れる月面都市。

「お、おい!…なんで皆を巻き添えにするんだよ!?…酷いじゃないか!!」

「さ、流石は悪の地球人。味方の被害もお構い無しとは!!」

唖然としながらも、両者ここは危険と判断しクレーター内部から脱出を図る。

…そして、シャクヤクは彼らの方を向いて…空中に停止した。

…。

シャクヤクのブリッジ。…血みどろの臭気漂うブリッジに、一人の男が佇んでいた。

手にはマイク。…通信開始と同時にこの惨状は彼らに、そして地球圏全土に伝わるだろう。

そうなれば最早、後戻りは出来ない。

それだけは明白である。

だが、混沌の名を持つ男は、何のためらいも無くマイクのスイッチを入れた。

…己自身で決めた事に、躊躇も後悔も無い。

そう、自分に言い聞かせるかのように…。

そして…。

『今までご苦労。これで我が望みが叶う。』

…。

「…な、なんだ!?」

「ああっ、貴様は!!」

その通信に…二人とも唖然としていた。血みどろのブリッジと、そこに立つ怪しい男。

どう考えてもまともな状況ではない。

『困っていたのよ。…我が計画にはこの船がどうしても必要でな。』

「計画だとォッ!?…貴様、もしや悪か!?」

「なにを、する気だ!」

…にやり

餌に魚が食いついてきた。…とでも言いたげな笑みを浮かべ、カオスは嫌に仰々しげに言う。

『くくく。…ならば、見せてやろう!!』

…ぱぁっ!

光と共にシャクヤクが消え、その場にはカオスとその愛機"バグ"だけが残った。

「…け、消してどうするんだよ…。」

「いやいや、悪という物はこう言う場合とんでもない策を練っている物だ。油断はできん。」

呆れるアキトと何か嬉しそうな月臣。

そして、カオスは大宇宙をスクリーン代わりにとある光景を映し出した。

「…なんだこれ?」

「クリムゾンとか言う、我々の協力者の本社だなこれは。…だが、それがどうかしたか。」

…カッ!

光と共に、シャクヤクが現れる。

…しかも…その艦首を真下に向け、全速力で…!!

「…何だあああっ!?」

「ちょっと待てーーーい!!」

…。

閃光が走り、続いて巨大な炎にクリムゾン本社がつつまれた。

…最後に残ったのは、巨大なクレーターのみ。

この瞬間、クリムゾングループ中枢と経営者一族は、南国に逃れていた娘一人を除き全滅したのだ。

最早、全盛期の勢いを取り戻す事は不可能であろう。

「なんて事をするんだ!!」

「き、貴様は鬼か!?」

『さてな?…まあ、貴様らよりは賢いつもりだ。見事に思惑通り動いてくれて、仕事が楽だったぞ。』

…ピキッ

その瞬間アキトと月臣は、自分の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。

そして、怒りのままカオスに向かって突っ込んでいく!

「このおおおおっ!!」

「ゲキガン・パーンチ!!」

『判りやすいな。ゲキガンガー志望者どもは…。』

腕を発射しつつ接近するダイマジン!カオスはそれを両腕で受け止めると、

ダイマジンの頭部に激しい蹴りを見舞った!

「うがああああっ!?」

コクピットに強い衝撃を受け、月臣は脳震盪を起こし落ちていく。

…だが、落ちていくダイマジンの影からレールガンを乱射しつつ、アキトの月面フレームが接近!

『…貴様等、今まで殺し合いをしていたと言うのにな…。』

カオスは冷静にレールガンを受け止めていたダイマジンの腕で防御。

その後、その腕をアキトに投げつけた!

「うわああああっ!!」

…。

二人が体制を整えるのを確認したカオスは、改めて芝居を始めた。

…我ながら悪役がはまっている事に、多少の苦笑は禁じえなかったが。

『くく…無理だ無理だ。…所詮利用される事しか出来ぬ貴様らにはな。』

自嘲の苦笑…それは当のアキト達にとっては侮蔑の笑みにしか見えなかった。

…二人のボルテージは無意味なほどに上がっていく。

『怒ったか?…わかり易い連中だ。』

「んだとぉ…。」

「貴様に見せてやる、俺のゲキガン魂を!!」

『全く、どうしようもないな。…まあいい、教えてやる。…さて、我は何処の所属だ?』

それに対し、二人はほぼ同時に答えた。

「地球連合の犬だ!」 「木星蜥蜴の尖兵!!」

…。(謎の間)

「「…はい?」」

『ククク…ククク…まだ気付いておらなかったのか、この…間抜けどもが!!』

額に手を当てながらのその侮蔑で、ようやく二人は答えに行き着いた。

…カオスの望む答えに。

「「…貴様が諸悪の根源かぁっ!?」」

『ようやく気が付いたのか。…遅いわ馬鹿者ッ!!』

…。

「そうか。…あの時アイちゃんが死ななきゃならなかったのも…。」

『そう、我のせいだ。』

「シンジョウ中佐にあんな死にざまを与えたのは…。」

『貴様らの怒りを利用する為。』

「ガイを殺したのは…!」

『直接ではないが…な。』

「100年前、我らが月から追い出されたのも…。」

『それも、我が策の一つ。』

「ユリカがしつこいのも…。」

『この際それも俺のせいでいいが。』

「白鳥が戦死したのも!!」

『ああ、我が手を下した。』

…。

「「全部お前の所為か!!」」

『クックック…その通りよ!』

…ジャキッ!

所々火花が散る機体だが、英雄志願の二人には丁度いい程だった。

今まで考えもしなかった"事実"に彼らの中の"正義"が反応していたのだ!

『一つ言う。現実では正義が勝つとは限らん。』

「「いいや!正義は勝つ!!」」

…チラリと横を見ると、既にTV局が撮影を開始していた。

予想通りとは言え、そのスクープに関する執念には頭が下がる思いだ。

(細工は隆々、後は仕上げを…)

そして、杓丈を構え、二人の機体が直線に来る位置に移動する。

…生き残るならそれで良し、ここで死ぬならそれも良しだ。

既に自分の行動と宣言は地球圏全土に流されている事だろう。

万一を考え、明日には自動的に一部始終がネットを介して全世界に配信されるようにしてある。

…既に大勢は決している。

後は、いかにして幕を引くか。…それだけである。

『愚か者どもが!…消え失せよ!!』

そして、全力を持って杓丈を放とうとしたその瞬間!

『アキトっ、無事だった!?』

「…ゆりか!?」

…。

その声に反応し、投擲しようとしていた杓丈を思い切り地面に叩きつけるカオス!

そしてそのまま反作用によって、バグは天高く舞い上がり…。

その下を強力な重力波が突き進んでいった…!

「こ、これはっ!?…馬鹿な!?」

着地し…急ぎ背後を向く。

そこには、思ったとおり…いる筈のない物の姿があった。

「何故あれがここにいる!?」

「ナデシコ参上、ぶいっ!!」

その純白の船体は、間違いなくナデシコ。

だが、ルリの居ない今…ナデシコを操れる者は居ない筈だ。

前日の調査で、ルリはピースランドから出ていない事を確認している。

だとしたらどうやって動かしていると言うのか?

…。

「…くっ、止むをえん。ブリッジを破壊して止める!…ユリカ、許せとは言わぬ!」

…カオスはナデシコが居ない計算で木連に攻撃していた。

このままでは両者のパワーバランスが崩れる。…だが、それでは意味が無いのだ!

「公平でなくば怨恨が残る。…我が読み、甘かったか!!」

一瞬のうちに杓丈を大上段に構え、ブリッジを潰すべく跳躍するカオス。

これだけはしたくなかった…それが本音だが、今までの苦労と憎まれ役を無駄には出来ない!

「…覇あああっッ!!」

…想定外の速度にフィールドも間に合わない。

必死に指示を飛ばすユリカ。…だが、その命令が口から出終わる前に全ては終わっているだろう。

ゴートがこちらを睨みつけている。…だからどうという事も無いが、彼にはそれしか出来ないのだ。

ミナトが必死に舵を取ろうとしている。…だが、遅い。

エリナは顔面蒼白だ。…それ以上何をしようと言う訳ではない。…いや、出来ないのか?

メグミは居ない。…アキトを迎えに出るべく先走ったのか?…運の良い事だ。

ユリカの横に誰かいる。…副長…名は思い出せない。

プロスも居ない。…ナデシコに進入した日のことを思い出し、憂鬱になった。

…だが、そんな感傷は切っ先を鈍らせる要素にならなかった。

そして、杓丈がブリッジを叩こうとした瞬間!

怯えた目と、薄桃色の髪。

「ら、らぴっ!?」

全力で杓丈を引き戻そうとする。…幾らなんでもこれは無いだろう。

…否。確率としてありえた事だ。どうしようもない計算違い…。

だが、全力を込めた一撃。しかも直撃直前の攻撃を完全に外す事など不可能だった。

僅かに速度が鈍った後、杓丈は無慈悲にナデシコにめり込み、窓を割り…室内に侵入し…!

「止せ、止まれ…ごぉっ…ぐあああああああっ!!」

…そして、信じても居ない神に彼が祈った時、望みはかなえられた。

…。

…ゴォッ!!

僅かな耳鳴りがした。…瞬間、カオスは機体ごと右に吹き飛ばされた。

そして杓丈はその腕から離れて縦ではなく横方向に振られ、

ナデシコクルーの頭の上を通過した後、地面に落ちた。

カオスはフィールド発生ブレードに叩きつけられ、バウンドする。

更にそこへ幾つもの影が飛来し、体当たりで機体を地面に叩きつける!

「ガハッ…た、助かった…のか?」

…即座に機体を立てなおし、ナデシコのブリッジを見た。

そこには、道を塞ぐように立ちはだかる6つの機影と、ブリッジ前で停止する赤い影…。

「…は、はは…何と、もう、完成して。…いや、試作機か!」

六連・そして夜天光。

見覚えがあるかと言えば、あまりに見慣れた機体だ。

…壊れたブリッジからぱたぱたと手を振る小さな影に僅かに頷くと、夜天光はすっと近寄ってきた。

だが、全身から立ち上る波動が炎のオーラのように立ち昇る。

…そんな錯覚を覚えるほどの怒りをたたえていた。

「…若いな。己の怒りを表に出すなど、暗部失格だ。」

「死ね。…ラピスは…我が娘は好きにさせぬ…!」

それを最後に、一気に距離を縮める北辰&六人集!

だが、カオスは苦笑していた。

(やれやれ、そんなに感情を剥き出しにしては勝てるものも勝てぬ。)

…即座に体制を立て直すと、傀儡舞で迫る六連を一気に叩きのめす!

そのリズム、攻撃順などは己で考えたもの。…この時点での不完全な物などものの数ではない!!

「甘い。…その程度だったか…!!」

「…クッ…ようやく探し出した物を…こんな所で!」

…そして、バグの拳が夜天光の胸部に吸い込まれようとしたまさにその時。

「…父様。…頑張って。」

「……!」

その瞬間、夜天光がバグの腕を取り、投げの体勢に移行していた。

カオスが萎縮したのか、北辰が奮起したのか、それはわからない。

…。

だが、その一言がこの戦闘の流れを変えた事は確かだった。

「オオォォォォォおおっ!!」

「今度は貴様が冷静さを失っておるようだな!」

何故そんなに心乱れたのか。…カオスには判らない。

だが、北辰には不幸だったが実力差は思った以上に大きかった。

数発ほどミサイルを食らった物の、夜天光はバグの手で崖に叩きつけられ、

更にそこへハンドカノンの連射が襲う!!

「地力の差も見えぬか。…発!」

「お前こそ、周りが見えていないぞ!!」

ズシッ!!

ダイマジンの足がバグを押しつぶした!

…ハンドカノンを足の裏に押し付け、足ごと破壊し脱出するカオス!

だが、飛び上がったその先に凄まじい勢いでレールガンが浴びせ掛けられる!!

「俺たちが力を合わせりゃ、お前ぐらい…!」

「…お前達だけでは無理だ。」

…カオスは内心にやりとしていた。

引き出したかった台詞をようやく引き出せたのだ。

最早ネルガル・クリムゾンともこの戦乱で上層部の大部分を失っている。

…今なら損得無しの本当の和平がなりうるだろう。

もっとも、その為には"共通の敵"が必要だったわけだが。

(…ようやく、か。…さて、ではこれで最後だ!!)

…その瞬間、バグの純白の鎧が割れる。

その中は…。

「うわっ、何だあれは!?」

「…侮るな月臣。あれは全て蟲型のミサイル…。」

『父様、威力が全然違う。…気をつけて。』

『アキト―っ、頑張れーッ!』

「…はっ。ナデシコ!?」

…そこまでで全ての通信は途絶えた。

…。

約一時間後、ようやく煙が晴れた。

…全機でブリッジの壊れたナデシコを庇った所為か、ナデシコ以外は全壊していると言ってもいい。

逆に全員で盾にならなかったら、

ようやく気密が保たれていると言う状況下のナデシコではひとたまりも無かっただろう。

「…なあ、アンタ。」

「なんだ。」

ズタボロの機体から降り、アキトと月臣が宇宙服姿で並んで座っている。

…暫く無言の二人であったが、不意にアキトが話し掛ける。

「なんで、ナデシコ助けてくれたんだ?」

「何故だと?」

「いや、だって…敵だったわけだし。…向こうのおっさん達はナデシコに知り合いが居たみたいだから判るけどさ…。」

「…ふっ、知りたいか?」

「ああ、知りたい。」

その瞬間、月臣は勢いよく立ち上がると、ポーズを決めながら言った。

「俺は木連軍人!女性は慈しむべき物なり!!」

「…ぷっ。」

「何がおかしい!!」

「いや、だって…く、くくくくく…あーっはっはっは!!」

…笑い声は月面いっぱいに響くかと思えるほどだった。

だが、それこそは偏見が解けた瞬間。

それからおよそ一月後。

地球連合と木星連合の間で和平が結ばれた…。

それは近年まれに見る公平かつ実務的な内容で、

人々は未来の世界秩序に大いなる希望を見たと言う…。

そして、それから約2ヵ月後。

火星極冠に、地球と木星から選びぬかれた精鋭部隊が集まっていた…。

続く

…。

「言いたい事はそれだけかね。」

『これ以上の交渉は無意味と思うがな?』

…ここは連合軍総司令部。

不慮の事故死を遂げたガトル大将に代わり、フクベ提督がその指揮を取っている。

…ここ数ヶ月、保身しか考えない上級将校が相次いで変死を遂げていたが、

その為に司令部は実務的で優秀な幕僚が集結していた。

そこに何かの意図を感じる物は居たが、確証はつかめないでいる。

「…全人類に対するボソンジャンプの全面禁止。見返りは無し。…これで納得せよと?」

『嫌なら滅んでもらう。』

「判り易い悪役だな君は。」

『お褒めに預かり光栄至極よ。』

…ここまで言って、フクベはため息をついた。

「…なぁ、君の本当の望みは何なのだね?…君の言っている事は余りに不可解だ。」

『狂人にまともな答えを期待するのか。』

「ホントに狂ってる奴は、己を狂人などとは言わんよ。」

『…。』

…フクベは再びため息をつく。

「そうか。言えないならそれもいい。…だが、条件は飲めんよ。」

『…だろうな。ならば決戦だ。我は火星極冠の"都市"に居る。』

「わざわざ、自分の場所を教えるのか。」

『……地球、木星…全戦力を連れて来い。さもなくば我は討ち取れぬぞ。』

…ブツリ

通信が切れたのを確認したフクベは三度目のため息をついた後、茶をすする。

「あの男…何が悲しくて憎まれ役ばかり買って出るのだ…。」

そして、窓の外を見る。

地球と木星の軍人達が手を取り合い、共に酒を飲み、楽しげに語らっている。

「…この難題、君のお陰で片付いた。…さて、ではワシも最後の幕引きを手伝うとしよう…。」

 

 

― 後書き ―

 

BA−2です。…早い物でもう8話です。

遂に彼の目的が明らかになりました!

・・・いや、バレバレだとか言わないでください。(汗)

現実でも敵対する2つの勢力を結びつけるのは、更に強大な共通の敵でしょう。

こう言うのも有りでは無いでしょうか。

それではこんな物ですが応援宜しくお願いします。

では!

…なお、次回最終話!(予定)

 

 

管理人の感想

BA−2さんからの投稿です。

さて次はとうとう最終話ですね。

九十九は殺されたのに、月臣は生き残ってます(苦笑)

・・・サブと源八郎はこのまま出番が無いのでしょうか?

ついでに草壁も(爆)

個人的にはユキナちゃんには出てきて欲しいですね〜