『アキヤマよ。もうすこし“だいえっと”ってやつをしてみたらどうだ』
 貫禄に満ちた体を揺らして走るアキヤマの後ろを、ツキオミの浮遊式ウィンドウが追いかける。ツキオミの表情はほとんど平静なままでありながら、その口調はあきらかに状況を楽しんでいた。
「よけいなお世話だ。第一、おまえなどにそんなことを言われる筋合いは無い。消えろ、寒気がするぞ」
『十数年ぶりの友との再会じゃないか。つれぬなぁ、おぬしも』
 アキヤマの足が止まった。目の前には古びた鋼鉄製の扉。辛うじて「第16倉庫」というプレートの文字を読み取ることができる。
「友だと。白鳥九十九をその手にかけておきながら、なお、そのような言葉を口にするのか。貴様との友情なぞ、あの時に切り捨てた。いまの貴様は犬だ。ネルガルに尾を振っているのがお似合いのな」
 荒い息を吐き出しながら、扉に手をかける。錆びついているのか、よほどの重量があるのか、アキヤマほどの力自慢をして、その扉はじわりとしか動かない。
「――かあっ!」
 しかしアキヤマはその鋼鉄の扉を一喝と共に押し開いてしまった。
『おおう。あいかわらずのクソ力よな。腹の肉が厚くなった以外に変わりは無いようで嬉しいぞ、俺は』
「やかましい。これからそのよく回る舌を引き抜きにいってやる。待っていろよ」
 そう吐き捨てるアキヤマの眼前には、山のような黒々とした影が居座っていた。
 ダイマジン。
 木連優人部隊により蜥蜴戦争末期に戦線に投入された大型有人機動兵器。その後期型にして全高40メートルに達する怪物めいた機体だった。
 しかもこの倉庫に保管されているのは、戦後に地球連合軍の手により改修を受け、あらゆる面で従来のジンシリーズを凌駕した性能を誇る実験機であり、その戦艦級の製造コストのせいで、たった一機だけ製造され放棄されていたのをアキヤマが引き取ったものだ。
 おそらく現存するスタンドアローン系機動兵器の中でも、最強の部類に入る機体。それがこのダイマジンだった。
「……ただの郷愁だったのだがな。まさか本当に使う日が来るとは思わなかったぞ」
 どこか嬉しさの滲む声を洩らしながら、アキヤマは怪物へと近づいていった。
 
 
 およそ十五分ほど刻を遡る。
 そのときアキヤマは、自室でのツキオミとの邂逅に驚愕していた。
 アマテラスでのアカツキの乱に続いたツキオミの出現は、強固に鍛え上げられたアキヤマの精神にすらヒビを入れてのけたのだ。
『いよう、アキヤマ。久しぶりだな』
 通信機から響いたその声に、アキヤマは懐かしさと同時に怒りを覚えていた。
「ツキオミ……」
 十年以上も昔、木連のエリート集団「優人部隊」において三羽鴉と呼ばれていた三人。それがアキヤマとツキオミ、そして白鳥九十九(シラトリ・ツクモ)だった。
 同期の徒であり、友人でありライバルでもあった三人は、切磋琢磨を繰り返しお互いを高めていける関係であった。その関係はいつまでも続く、アキヤマはそう信じていたのだ。
 しかし戦争という狂気の中でそれは歪められてしまった。
 地球の代表団――後に判明したことだが、それはナデシコという独立愚連隊にすぎなかった――との和平会談の席上、地球への傾倒を示し始めていたシラトリ・ツクモが暗殺されたのだ。
 そしてその実行犯こそがツキオミであった。
 ツキオミがそのような凶行に及んだのは、すべからく木連の益になると信じたため、そう理解していたアキヤマは、ツキオミを許した。木連の未来の為ならばと、涙を飲んだのだ。
 しかしツキオミは、その木連すら捨てた。戦後の混乱期、突然姿を消したツキオミは、ネルガル諜報部の犬と成り果てていた。それを知ったアキヤマは、ツキオミに残していた最後の友情の念を捨てた。
 次に出会うときは仇敵同士、そう心に決めていたのだ。
「……よくも俺の前に顔を出せたものだな、ツキオミよ」
 押さえ込んだ怒りが、しかし溢れ滴る。たまらず握りしめた拳がぎちぎちと異音を発していた。
『なに、少しばかり用事があったんでついでにな。おまえも変わっていない――いや、ちょいと腹まわりが肥えたか。喰いすぎはいかんぞ、アキヤマ』
 旧友に対するようにあっけらかんと笑うツキオミは、アキヤマの知る昔の姿のままだった。
「ふざけたことを。何をしにきた。土下座をして許しでも請いにきたか」
『まさかなあ。なんのことはない、おまえの第三艦隊を奪いに来たのよ。これから俺たちの目指すことに、少しばかり目障りなんでなぁ』
「目指すこと、だと。火星の独立か。堕ちたものだな、ツキオミ・ゲンイチロウ。ネルガルに踊らされるアホウが」
 遠くで爆発音が響いた。
 振動に身を震わせながら、アキヤマはツキオミを睨みつける。その眼光は、並みの肝っ玉であれば軽く踏み砕いてしまうほどの強さだった。
『俺の手のひらで踊っているのはおまえだよ、アキヤマ。第三艦隊を動かすことも叶わず、そこで見ていることしかできんだろう。昔話は、あとでゆるりとしようや、友よ』
 アキヤマは凍りついたように立ち尽くしていた下士官に眼をむけた。
 慌てて下士官は指令所へのコミュニケ通信を行った。しかし、そのウィンドウに表示されるのは目の痛くなるような砂嵐だけ。軍隊において通信が使えなくなるなどというのは絶対にあってはならない異常事態だった。
「何をした、ツキオミ」
『“はっきんぐ”ってやつだよ。なかなかどうして、すさまじい威力だな。艦隊丸ごと掌握してしまうんだから』
「ばかな! 外部からのハッキング対策は万全だ。マシンチャイルドといえど、この基地には絶対に侵入できない。たとえそれが、あのホシノ・ルリであろうとも、絶対に不可能だ!」
『外部からは無理でも、内部からは可能だろうよ。俺にはよくわからん、こいつに訊いてくれ』
 卓上の浮遊式ウィンドウの映像が切り替わった。
『え、えぇ!? ボクですか? 困りますよ、ツキオミさん!』
「マキビ・ハリ中尉……か」
 そこにはアキヤマの部下、マキビ・ハリ中尉の姿があった。マシンチャイルドとしてはほぼ最年長にあたる17歳。まだ歳若いとはいえ、“火星の後継者の乱”においては伝説的存在であるホシノ・ルリのサポートにあたり、その後も一線級の活躍を続けてきた熟達した軍人だ。
 顔立ちこそ幼さが残るが、長い軍歴がそうさせたのだろう、琥珀色の瞳には強い意志の光が宿っていた。
『もうしわけありません、提督。そういうわけです』
 えへへ、と舌を出して笑う。このような状況で笑えるのだから、アキヤマが信頼していただけのことはある。しかし――
「軍を裏切ったというわけだな。きみほどの優秀な人間がなぜだ」
『もうしわけありません。ボクにとって、軍も地球も一番大切なものじゃないから……だと思います。いいえ、はっきりと言えば、地球は敵なんです。ボクからあの人を奪ったんですから』
「ホシノ・ルリのことか」
 ハリはこくりとうなずいた。
『だから地球や軍に対しては謝りません。アキヤマ提督。ボクがもうしわけないと思っているのは、あなたに対してだけです』
「……そうか。ならばしかたがないな。反逆者は銃殺。指揮官としての権限を行使しなければならん。悪く思うな、マキビ・ハリ中尉」
『おいおい、物騒だな、アキヤマ』
 ずずん、という重い衝撃が響き渡った。続いて二度、三度。ツキオミが笑いながら言う。
『いま俺の部下を基地内部に突入させた。さすがに豆鉄砲じゃあ、アルストロメリアには敵わないだろ。ハーリーを排除するのは無理だ、諦めろや』
『すべてのオモイカネ級AIの凍結完了。これでもう、オモイカネのサポートを受ける機動兵器も戦艦も動かせません。いまどきの戦艦はマニュアルで動かせるほど甘くありませんしね。ごめんなさい、提督』
 真顔で謝罪するハリを見ながら、アキヤマは致命的に進行してしまった事態を覆すための方策を模索していた。
 ハッキングに対しハッキングで抗う方策はどうか。
 現在、アキヤマの部下にはマキビ・ハリ中尉を含め二桁に及ぶマシンチャイルドが存在している。それだけの有用性がマシンチャイルドに認められたためだったが、一人のマシンチャイルドにすべての権限が集中してしまうことを恐れたという面もある。
 いかにハリが優秀であろうと、それだけの数で攻めれば必ず陥落するだろう。
 問題は時間だ。
 ハリが陥落するまでの時間は10分か、おそらくは20分ほど。すでに敵機動兵器の施設内への侵入を許した今となっては、その時間は致命的だった。
 ハリひとりを生贄に、火星駐留艦隊司令部が制圧できるのであれば、いい取引といわざるをえない。おそらくハリ自身もその覚悟なのだろう。
 あとは人海戦術しかない。肉弾で機動兵器に抗えるとは思えなかったが、最終的にマキビ・ハリ中尉ひとりを屠ればいいのだ、不可能ではない。人命と使命を秤にかけ、アキヤマは使命を取った。
 下士官に対して素早く命令を下す。
「伝令を頼む。マシンチャイルドは電子戦にて施設内にいる敵マシンチャイルドを排除。全力をもって、オモイカネの管理権限を奪取しろ。同時に全兵にC型装備の着用を命じる。通信兵を伝令役とし、密な連携をもって白兵戦に打って出る。目標は、同様に敵マシンチャイルド、マキビ・ハリ中尉だ。以後の指揮は高杉中佐に引き継ぐ。いけっ!」
 緊張に震える手で敬礼すると、下仕官は廊下に走り出ていった。
『なんだ、おまえが指揮するわけじゃないのか。ずいぶん怠慢な提督だな』
 ツキオミの言葉に、アキヤマは凄みのある笑みで応えていた。
「たったひとつだけ、この基地にもオモイカネに頼らない兵器がある。俺でなければ、操れないやつがな。すぐにそこに行くぞツキオミ。待っていろよ」
 
 
 アキヤマはダイマジンのコックピットを見回した。
 もともとのジンシリーズは機械式に加え、ボイスコマンドでの操縦システムだったが、IFS方式に換装されているそこは、それでもアキヤマに若き日の戦士の昂ぶりを思い起こさせてくれる。
 いまどきの戦術コンピュータ支援のEOS方式に慣れたパイロットでは、この怪物は動かせないだろう。IFS方式ですらなかった頃から血反吐を吐きながら機体特性を覚えこんできたアキヤマだからこそ、この機体の実力を発揮させられるのだ。
 アキヤマはIFSコンソールに両手を乗せた。
 ナノマシンの光跡がアキヤマの頑強な両腕を這い回る。
 そこで、重要なものを忘れていたことに気づいた。
 それは前面のメインスクリーンの上で、忘れるなとでも言いたげに揺れている。
 黒くあちこちが破れた学生帽子。いわゆるバンカラ帽と呼ばれるものだった。
 アキヤマはそれを手にとり、つばを後ろ向きにしてグイと頭を突っ込む。それだけで精神が逆行し、若く無茶ばかりをしていた三羽鴉の時代に還ったような気がした。
「いま行くぞ、ツキオミ」
 吐き出した言葉に反応するように、ダイマジンの巨体が蒼い輝きに包まれた。
 短距離ボソンジャンプ。
 40メートル強の怪物的な巨体が、一瞬のうちに火星駐留艦隊司令部の地表へと出現していた。
「ツキオミ! 来てやったぞ!」
『こりゃまた、凄いのを持ち出してきたもんだな。まだ存在していたのか』
 一機の白銀のアルストロメリアが、ダイマジンの前方に踊り出た。
 ツキオミの機体に間違いない。他にも数機のアルストロメリアが続いていた。
 もっとこい、とアキヤマは考えている。出来るかぎりの敵機をこちらにひきつけることで、施設内で白兵戦を行っている部下の被害を減らすことが出来るからだ。それがアキヤマがダイマジンを持ち出した理由だった。
『こうして見ると、つくづくバケモンだな。俺たちも、よくこんなのを操ったもんだ』
 6メートル級のアルストロメリアをダイマジンと比較すれば、その身長差は7倍にもなる。子供と大人どころか、一昔前の怪獣映画のような光景だった。
『骨董品になにができるか!』
 堪りかねたのか、アルストロメリアの一機が飛び上がった。
『バカタレ! 潰されるぞ!』
 そのツキオミの言葉は正しく真実だった。ゆるり、とでも表現したくなる動きで、それでいて圧倒的な重量と速度をもって、ダイマジンの腕が振り上げられた。
 ただ一撃。
 ディストーションフィールドなどものともせず、破滅の槌はアルストロメリアの機体を押しつぶした。すさまじい爆発の中でダイマジンの巨体は小揺るぎもしない。本物の怪物が炎の中から生まれ出ようとしていた。
『おまえらは施設の制圧にむかえ。こいつは俺ひとりで相手する』
『しかし、隊長!』
『行け。ジンのことなら俺が一番よく知っているからな。それに操縦しているやつとも、つけなきゃならん決着ってやつがある。はやく行け!』
『……。かっこつけて、死なんでくださいよ、隊長』
 ツキオミの白銀のアルストロメリアだけを残し、ほかのアルストロメリアは走り去っていった。
「犬が。飼いならされて、抗える敵かどうか嗅ぎ分ける術も忘れたか」
『おまえもその腹じゃあ、操縦席の中は、ちと狭かろう。すぐにそこから引きずり出してやるからな』
 アルストロメリアが跳んだ。
 ダイマジンの巨体では到底追いきれない動き。前腕部に折りたたまれた巨大な三本爪のクローが展開され、白く陽光を反射し煌めく。
 アキヤマはそれを追尾しようとはしなかった。
 短距離ボソンジャンプ。
 50メートル後方に、ダイマジンの巨体が瞬間移動し、大地を陥没させる。同時に腕部が地に落ちた。いや、落ちたかに見えた腕が巨大な炎を撒き散らし飛ぶ。
 ダイマジンの巨体を見失い動きを止めていたアルストロメリアに向け、その巨大な質量が叩きつけられた。
 ――やったか?
 戦艦を墜とすための“ゲキガンパンチ”を直接叩き込んだのだ、小型の機動兵器に抗う術などない。しかし、そのアキヤマの予想は完全に裏切られた。
『アキヤマ、おまえはボソンジャンプが可能な機体同士の戦い方を理解していないみたいだな』
 ツキオミの通信だった。
『単独ボソンジャンプが可能な機体に対して、飛び道具は無意味だ。有効なのは近接兵器。例えばこの――』
 激しい衝撃にダイマジンが震えた。
『――クローのような』
 ダイマジンの右肩が、アルストロメリアのクローによって背後から刺し貫かれていた。
 小爆発と共に右腕が力を失う。ダイマジンの攻撃力の大半を受け持つ腕の片方が墜ちたのだ、著しい戦力ダウンのはずだった。
 巨体に取り付いたまま、次の一撃を繰り出そうとしたアルストロメリアがいきなり背後に跳ぶ。その後を追うように黒い輝きが疾しる。それはグラビティブラストの光だった。
「くだらん! ダイマジン後期型に死角はない。もっとも、さっさと木連から逃げ出したおまえが知るはずもないだろうがな」
 巨体ゆえに機動性に著しく劣るジンシリーズの弱点を克服するため、ダイマジン型には全方位に向けて複数の小口径グラビティブラスト砲門が増設されていた。そのため、なおさらに旧時代の戦艦に設計思想が近づいてしまったダイマジンは、この機体を最後に開発が停止されてしまったのだ。
 しかし、その最後の狂い咲きとでも言おうか、このダイマジンは確かに強い。個人が扱える兵器としては、ネルガルが推し進めるワンマンオペレートフリートに続く戦闘能力を有している。
 見かたを変えれば、この機体は一人の人間が戦艦を操ることを目的としたワンマンオペレートシップ、ナデシコCと同じ設計思想によって作られたともいえるのだ。しかも、そのナデシコCよりも数年を先んじて、である。
「答えろ、ツキオミ! なぜおまえは木連を捨てた! なぜネルガルの犬になど成り果てたのだ!」
 再びダイマジンがボソンジャンプした。アルストロメリアを追尾し、地を切り裂いていたグラビティブラストが途切れたと思うと、今度はまったく逆の方角から同じ輝きが襲い掛かる。
 それに一瞬で対応して避けきってみせたツキオミもまた、最強クラスのパイロットであった。
『――っ! 逃げたのよ。ツクモを手にかけ、しかもそれが政治的に利用されるための罠であったと知って、のうのうと木連で生きれるものか』
「逃げた、だと。そこまで堕ちたか、ツキオミ・ゲンイチロウ!」
 胸部の主砲が黒い焔を吐いた。
 火星駐留艦隊司令部の倉庫を数棟、この世から完全に消し去ると、それでも足りずに駐機していた大型の輸送機を、尾部のみ残して飲み込んでしまう。
 相転移炉を内蔵したジンシリーズは、その破壊力だけであれば、あらゆる機動兵器の頂点に君臨していた。
『そうさ、逃げたのよ。そして俺は、ネルガルの暗部で生きた。生きる場所などどこでもよかったからな。しかし、俺はそうしてよかったと今では思っている』
「このアホウが! ツクモが墓の下で泣いているぞ!」
 アルストロメリアが蒼い光の粒子を残し消えた。
 続く衝撃と共に感じたのは、落下していく感覚。ダイマジンの巨体が右方向に向けて傾いでいく。
 右足の脇にアルストロメリアの白銀の輝きを見とめ、そのクローの在り処を知ったときには、すでにダイマジンは横転していた。
 内臓がかき回されるかのような激しい衝撃のなかで、ツキオミの言葉だけが確かに聞こえてくる。
『ならばおまえはどうだ。木連が地球に吸収された後は地球連合宇宙軍に身柄を預けた。さらには、その連合宇宙軍が統合軍に統一されても、おまえは未練がましく軍に噛り付いているではないか。おまえは、自分が地球の犬になったとは考えぬのか。地球は、我らの敵ではなかったのか』
 ダイマジンのコックピットはその頭部にある。つまりアキヤマは40メートル近い距離を落下したのに等しい。いかに重力制御などの対ショック機構に守られていようとも、その衝撃のすべてを打ち消すのは不可能なことであった。
 身体の中を貫いた衝撃に悶絶するアキヤマは、それでもツキオミの言葉の意味を考えようと努力していた。
「ぐうっ……俺……が、犬だと……。違う……地球は……もう敵などでは……」
『眼を見開いて世界を見ろ、アキヤマ。地球がいま火星にしていることの意味を考えろ。火星は我ら木連と同じ道を辿らされようとしているのだぞ。おまえもそれは気づいているはずだ。気がついていながら、それを見ようとしないのでは、それこそ犬ではないか!』
 より激しい、直接的な振動がアキヤマを包み込んでいた。
 前面のスクリーンと装甲板が剥ぎ取られ、目の前に火星のナノマシン光に溢れた空が広がった。そして、白銀のアルストロメリア。アサルトピットが展開し、パイロットスーツ姿のツキオミが飛び降りてくる。
「いよう、アキヤマ。ようやくご対面だな」
 ツキオミは懐かしい笑みを浮かべて、手を差し伸べた。
 地球統合軍火星駐留第三艦隊が陥落したのは、2206年10月22日 13時38分のことだった。

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