「炎が燃え尽きた後に残るのはなんだと思う?」

 拘束衣でがんじがらめにされた男は、ふいにそんなことをつぶやいた。

 レスターの頬が神経質に跳ね上がる。

 この拘束されている男は、史上最悪のテロリスト、「テンカワ・アキト」なのだ。

 口をきくことさえ、レスターには許されていない。

 レスターはその規則を頑なに守り、口を開こうとはしなかった。

 もちろん、レスターの同僚たちも身動き一つせずにテンカワ・アキトに銃口をむけている。

 この男がどれほどの罪を犯したのか、知らぬ者はいないだろう。

 レスター自身の手で縊り殺してもいい。

 そう思えるほどのことを、この男はやったのだ。

「なあ、炎が燃え尽きると、何が残ると思う?」

 聴く者の神経を逆撫でるような、陰鬱な声。

 テンカワ・アキトは、鋼板の床に横倒しになったまま、顔もあげずに同じ問いを放った。

 人類に残された数少ないA級ジャンパーであるこの男には、「拘束」が意味を持たない。

 なんらかの方法でジャンプ・フィールドを発生させることができるなら、あらゆる状況から逃げ切ることができるだろう。

 薬で眠らせても意味はない。

 夢の中のイメージでも、A級ジャンパーは“跳ぶ”。

 過去にそういった事例が何度か報告されているのだ。

 だからレスターたちの任務は、テンカワ・アキトがジャンプの兆候を見せたときに、射殺することだった。

 殺す以外に、A級ジャンパーを拘束する方法は無いのだ。

 しかし、それもジャンプ・フィールドを発生させるCCなり装置なりがあればの話だ。

 テンカワ・アキトの仲間が、そういったものを彼に近づけない限り、逃げられる恐れは低いだろう。

 テンカワ・アキトは独り言を続けていた。

「燃え尽きるとな、そこには灰と炭が残るんだよ」

 ――気でも狂ったか、この男?

 しかし狂っていなければ、あんなことはできなかったに違いない。そうレスターは思う。

 だからこれは、テンカワ・アキトという男のあるべき姿なのだ。

 殺しても飽き足らない男。

 だから狂ってしまえばいい。

 どこまでも堕ちろ。

「燃え残った炭ってやつは、けっこう厄介なんだ。
 その内部に残った熱は、燃え上がっていたときよりも、どうかすると高かったりする。
 それに残り火は消そうとしてもなかなか消えないんだよ。
 水をかけたくらいじゃ、そうそう消えやしない」

 饒舌、と言ってもいいほど、テンカワ・アキトはよく喋った。

 レスターの中の不快感が増していく。

 テンカワ・アキトの顔面を踏み砕いて、その口に靴の踵を捻じ込んでやりたい。

 凶暴な衝動が渦巻いていた。

「ちょっと前まではさ、俺の中にも炎が燃えていたんだ。復讐心とか情念とか、そういったやつが。
 ――ずいぶん勢い良く燃えていたよ。どうやっても消えなかったし、じつは消すつもりもなかったんだ。
 本当に良く燃えた」

 ギリ、というなにかを擦りつける音が、レスターの右横で発せられた。

 レスターの同僚が、歯噛みをした音らしい。

 殺意のような感覚が狭い室内に満ちているのが、はっきりと感じられる。

 我慢の限界に達しかけているのは、レスターだけではなかった。

「燃えて、燃えて――あとにはなにも残らないはずだったんだ。
 全部燃えちまって、俺も燃え滓になって、風に吹かれたらそのまま崩れてこの世から消えるんだろうなって」

「――っ!! ふざけるな!」

 鈍い音がした。

 テンカワ・アキトの脇腹に、硬い靴先がめりこんでいる。

 レスターではなかった。

 ――それは誰でもない。

 ここではなにも起こってはいけなないのだから。

 だから、いまテンカワ・アキトを殴打しているのは誰でもない。

「貴様が! 貴様があいつを殺したんだぞっ! ふざけるな!
 この世から消えるだと。許すかよ。そんなこと、絶対に許すかよっ!」

 骨と骨がぶつかる嫌な音が立て続けに起こった。

 ひとしきりそれが続くと、その“誰でもない男”は荒い息を吐きながら立ち上がり、部屋から出て行った。

 その背が、小刻みに震えているのがレスターの目に映っていた。

 テンカワ・アキトは顔を冷たい床に伏せたまま、身動き一つしない。

「ところがさ――」

 レスターの背に、ぞくりと冷たいものが走った。

 意識を失ったかと思ったテンカワ・アキトが、まるでなにもなかったかのような平坦な声で言葉を続けたからだった。

 たったいま暴行を受けたというのに、それを意に介した様子がまったくない。

 目の前に転がっているのは、人間とは別の何かかもしれないという異様な思考が、レスターを捕らえていた。

「ところがさ――燃え残ったものがあるんだ。
 それが、俺の中でいつまでも熱くってさ、ちりちりと俺を焼くんだよ……」

 空調機のかすかな音だけが響いた。

 拘束衣で身動きを封じられたたった一人の男が、場を完全に支配している。

 なんなんだこいつは、という悲鳴のような思考がレスターの脳裏で赤く明滅していた。

「なあ。俺の中に残った“これ”――いったいなんだと思う?」








◆◇◆

 ターミナルコロニー『アマノイワト』は、『アマテラス』コロニーが壊滅したあとに建造された、第二のセントラル・ターミナルだった。

 ヒサゴプランで構築されたほとんどすべてのボソンジャンプネットワークが、このアマノイワトを経由することになる。

 それだけに、大規模な施設と多数の職員が常駐し、大きな賑わいを見せる場所でもあった。

 しかしその日、アマノイワトを支配していたのは、引き絞られたような緊張だった。

 それも当然のことだろう。

 アマノイワトの前身であるターミナルコロニーアマテラスは、テロリスト『テンカワ・アキト』と火星の後継者たちによって破壊された。

 そして今日、このターミナルから地球へと護送される男こそが、そのテンカワ・アキトだったからだ。

 あらゆる事態を考慮した警戒体制が、統合軍の主導で行われている。

 そこはまるで戦場のような様相を呈していた。

 しかしそれらの喧騒から遠く離れ、一隻の戦艦が身を隠しながらアマノイワトの様子をうかがっている。

 広大な宇宙に埋もれるように、ただぽつんと浮かぶそれは、なぜか物悲しさをまとわりつかせているように見えた。

「ガードがきついですね。侵入を察知されずにこれ以上探るのはちょっと無理みたいです」

 球体状に集まっていたいくつものウィンドウが、花のつぼみが開くように美しい放物線を描きながら散った。

 その中から姿をあらわした少女は、わずかな疲労の色を見せながら小さく息を吐き出す。

 うつむきかげんの背に、一人では支えきれない重荷を背負っているようだった。

 頭の両脇二箇所でまとめられた青みがかった白銀の長髪が、吐き出す息に合わせて小刻みに揺れている。

「ハーリーくん、あなたは?」

 機械音と共にブリッジ中央部のドームから、シートに座した少年が浮上してきた。

 全身を彩るナノパターンの輝きが、最後の栄華を放っている。

「ぜんっっぜんダメです。
 でもそれも当然ですよ。『電子の妖精』がナデシコCを奪って逃走したんですから、
 相応のプロテクトを施すのはあたりまえでしょうね。
 ――というか、もしかすると電子的な記録は、いっさい残さないようにしているかもしれませんよ」

 ありえますね、と『電子の妖精』ホシノ・ルリはもう一度ため息をもらした。

「本当なら、地球側のターミナルを特定して、そこで待ち伏せるのが最良なんですが――
 どのターミナルを利用するかわからない以上、アマノイワトからジャンプする前に
 襲撃をかけるしかないのかもしれません……」

 それがどれほどの危険を伴うか考えるまでもない。

 せめて機動兵器の支援があれば――サブロウタ、リョーコ、ヒカル、イズミといった、懐かしい人々の顔がルリの脳裏を掠めていく。

 しかし、戦艦を連合宇宙軍から盗み、史上最悪の犯罪者を救おうとしている身だ。

 彼らに助けを請うことなどできはしない。

 ルリが頼めば――いやおそらく頼まなくとも――彼らは自分の人生を投げ出して、ルリたちに協力してくれるだろう。

 だからこそ巻き込むことはできない。

 すでに巻き込んでしまったハーリーに対する悔悟の念は、ルリを苦しめるばかりだった。

「ユリカさん、やはり情報はつかめないようです。
 ここでアキトさんを奪取するしかないと思うのですが、どうでしょうか」

 ルリは艦長席に座っていた長髪の女性に意見を求めた。

 テンカワ・ユリカが遺跡との融合から開放されて三ヶ月が過ぎる。

 二年以上の日々を遺跡に融合され過ごしてきたユリカにとって、この世界は異世界といってもいいかもしれない。

 二年の間に、彼女を取り巻く環境は大きく変わってしまった。

 夫であるテンカワ・アキトは、史上最悪とまで呼称されるテロリストに身をやつしてしまった。

 家族として寝食を共にしたルリは連合宇宙軍の士官として戦艦ナデシコCの艦長に就任した。そして火星の後継者によるクーデターを単身で食い止めた英雄として世に名を轟かせた。

 そのルリも、いまではナデシコCを奪った犯罪者として、世間から糾弾される身だ。

 アキトとのささやかな婚儀を済ませ、新婚旅行へと出発した幸せの絶頂から、次に目を覚ましたときには、そんなわけのわからない環境に放り出されたのだ。

 ユリカが感じているギャップの大きさがいかほどのものか、誰にも理解できるはずがなかった。

 泣き叫び、すべての現実を拒否して自分の殻へと閉じこもってしまう――そんな反応を示してもおかしくはない。

 しかしいまユリカは夫を救い出すためにナデシコCにいる。

 彼女の精神の柔軟さと、芯に宿る気丈さは驚嘆に値するものだった。

「そうだね。ルリちゃんがそれしかないと思うなら、そうするのが一番だと思う。
 きっと大丈夫、なんとかなるよ。私はルリちゃんを信じてるから」

 無責任とも取れる答えだったが、ふしぎとルリにのしかかっていた不安と疲労が、その言葉によって薄らいでいくのがわかった。

 ――なんでだろう?

 おそらく二年のブランクは、戦術家としてのユリカを時代遅れにしている。

 ルリ自身の手で艦隊戦の常識を覆してしまったということも原因の一つとしてある。

 だから、ユリカの言葉に実質的な裏づけなどありはしないだろう。

 それでも、その言葉はルリを落ち着かせた。

 どんな無茶でも、なんとかなりそうな気分になっている自分に驚いてしまう。

「……はい。やってみます」

「でも……ひとつだけ気になっていることがあるの」

 ユリカは微妙に表情を曇らせていた。

「――アキトを捕まえた部隊に被害はなかったらしいね」

「あ、はい、そうみたいです。ユーチャリスごとガニメデ方面の駐屯部隊のひとつに身柄を拘束されたって……それがなにか」

 ユリカの思案顔はますます険しくなっていた。

「うん――アキトを助けても無駄かもしれないなと思って。困ったな……」

 ルリは少なからず驚いていた。

 そんな言葉がユリカの口から発せられるとは信じられない。

 ユリカはさらに物思いに耽り、ぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

「……うぅん、でもそれを引き止めるのが、妻の私の役目だし……
 監禁して……ああして……あんなこととか……えへへ……女の魅力で……
 いっそのことあれを……うわっ、いくらなんでもそんな……でもでもぉ……」

 真剣な表情と、煮崩れたようなニヘラとした表情が、かわるがわるユリカの顔に去来した。

 なにか危険な気配を感じる。

 彼女を正気に戻すためにルリが声をかけようとしたとき、すでにユリカは現実に帰還を果たしていた。

「……うん、ごめん。気にしなくていいよ、ルリちゃん。私がなんとかするから」

 なんとかって、何をするつもりなんだろう。

 訊くに訊けない雰囲気が、ユリカにはあった。

 しかしそれを察したのか、ユリカのほうから話題をふってくれた。

「ねえ、ルリちゃん。復讐心が燃え尽きた後に残るのって、なんだと思う?」








◆◇◆

「なあ。俺の中に残った“これ”――いったいなんだと思う?」

 テンカワ・アキトの声が呪詛のように響く。

「熱くてたまらないんだよ。俺を体の内側から焼きやがるんだ。
 苦しくてさ――どうにもならないんだよ。なあ、なんなんだろうな、これって」

 そんなもの知るか、と叩きつけるように言ってやりたかった。

 しかしレスターの喉は渇ききって言葉を発することすらできない。

 完全に気圧されている。

 引金にかけられた指がひくひくと痙攣していた。

「もう逃げ回るのがイヤになってた。だから統合軍に投降してみたんだよ。
 でも、ぜんぜん楽にならない。どうすりゃいいんだ、俺。
 ――なあ、ラピス。おまえはどう思う」

 ラピス、などという名前の人間はこの場にいなかった。

 いや、ユーチャリスと共に捕獲された少女が、別室に監禁されていたはずだ。

 確かその少女の名が――

「いっそ本当に消えちまおうか。一緒に来るか、ラピス――――
 そうか。つきあわせてゴメンな。
 もっといろんなことをおまえに教えてやりたかったけど……俺には無理みたいだ」

 レスターの不安感は頂点に達した。

 気が付くとテンカワ・アキトを怒鳴りつけている自分がいた。

「おい、きさま……いったいさっきから何を――」

 その言葉を言い終える前に、地面がぐらりと揺らいだ。

 艦の重力制御がまにあわないほどの衝撃。

 レスターはその場に踏みとどまることができなかった。

 肩口から壁に激突する。

 そこには艦内端末が設置されていた。

 激痛にうなりながら、レスターは殴りつけるように端末を起動させブリッジに通信をつないだ。

「なにが起きた! いまの振動はなんだ!」

 しかし帰ってきたのは、パニックを起こした切れ切れの悲鳴のような言葉の渦。

『くそ、制御が――』

『――バカ言うな! 外部との通信は完全に封鎖してあるんだぞ。ハッキングなどできるはずが――』

『おい、あれ見ろ! 光ってやがる――』

『こいつだ! 遺跡へのイメージ伝達が逆流して――』

『遺跡からハッキングされて――』

『馬鹿やろう、逃げるんだよ! 緊急離脱、離脱だ!』

『おい、うそだろ――なんだよ、ありゃあ……つぶれる、つぶれるぞ――』

『ナビゲーターをIFSから引き剥がせ! 早く――』

『ちくしょう! 止まんねえぞ! どうなってんだよぉ!!』

「なにがおきてる! ブリッジ、誰でもいい、答えろ!」

 返事はなかった。

 常軌を逸した怒号が否応なく危機感をあおる。

 レスターはテンカワ・アキトを振り返った。

 ほとんど変化のない格好で、目を閉じたまま床に転がっている。

 ジャンプの兆候は感じられなかった。

 しかしこれらの異常のすべては、この男が原因だ。ただの直感ではあったが、確信に近い。

 レスターはテンカワ・アキトの襟首に手をかけると、その体を無理やり引き起こした。

「きさま、なにかしたのか!? 答えろ、寝てんじゃねぇ!」

 左手の甲でしたたかにその頬を殴った。

 テンカワ・アキトの唇から血が滴る。

 ゆっくりと――ゆっくりと、テンカワ・アキトは瞼を開いていった。

 光が走っている。

 その漆黒の瞳の中に。

 ナノパターンを描きながら、悪夢のように輝きが走っていた。








◆◇◆

「反応ありました。アマノイワトに接近する艦影8。
 おそらく中央の反応がユーチャリスを曳航しているドック艦だと思われます」

 ハーリーの声がブリッジに響いた。

「護衛艦が七隻ですか。たった一人の犯罪者を護送するだけだというのに、ずいぶん大盤振る舞いなんですね」

 ルリの声に自嘲が含まれている。

 この大掛かりな警戒体制を招いた原因の大きな部分を、ルリが占めていたからだ。

 ルリがナデシコCを奪わなければ、火星の後継者残党に対するだけの警戒体制はこれほどの規模にはならなかっただろう。

 強力なハッキング機能と、ワンマンオペレーションシステム。

 二つの実験的な試みが、連合宇宙軍の思惑をはるかに超える能力をナデシコCに与えてしまったのだ。

 おそらく連合宇宙軍と統合軍はナデシコCを恐れている。

 制御しきれないのならば排除したほうがいいと考えているだろう。

 この厳重な警戒体制の本当の意味は、アキトを救うためにのこのこと姿をあらわしたナデシコCを撃沈することにあるはずだ。

 そこまで理解していながら、なおルリは行動を起こすつもりだった。

「ドック艦がジャンプの準備をはじめたとき、護衛艦はある程度の距離を置くはずです。
 そのときがチャンスですね。
 一気に接近して接舷、艦内に突入します。
 アキトさんとラピスを発見したら、ユリカさんのボソンジャンプで――どこでもいい、遠くに逃げましょう……みんなで――」

 ルリはユリカを見た。

 ユリカは小さくうなずき笑った。

 次にハーリーを見た。

 少し不安そうな顔をしている。

「ごめんなさい、あなたまで巻き込んでしまって」

 自分がどんな表情をしていたかに気づいたのか、ハーリーは慌てて首を振った。

「あわわ……いやだなぁ、艦長。そんなこと言わないでくださいよぉ。
 ボク、艦長の行くところだったらどこでもついていきますから。置いていったら、泣いちゃいますからね」

 泣いちゃいますよ? ともう一度繰り返しながら、ハーリーは恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。

「……もう艦長じゃありませんよ、ハーリーくん」

 そう言うルリの表情は、他人よりも部下よりももう少しだけ――ほんの少しだけ身近な者に向ける温かみが増しているようだった。

「あの、えっと……あう……あうあう……じゃあ、その、えっと――ル……ルリさ……」

「……姉さんと呼んでもいいです」

 ハーリーは力尽きたようにがくりとうなだれていた。

「そ、そんな、未来の希望すべてを奪うような呼び方……」

 くすくすとルリが笑いを漏らしている。本当にめずらしいことだった。

「どうぞ、ハーリーくんの気がすむように呼んでもらって結構ですよ。
 アキトさんとラピスを取り戻したら、みんな家族になるんですから。一緒に生きていくんですから」

 はい! と今度こそ元気良くハーリーが答える。

 そんな二人を見つめるユリカの目が、どこまでも優しかった。

 ユーチャリスとドッキングしたドック艦がアマノイワトに接近していく。

 ドック艦の外見は無骨なものだった。

 同じドック艦だったナデシコ二番艦コスモスに比べ、はるかに凶暴な雰囲気を有している。

 おそらくその戦闘力はコスモスを大きく凌駕するのだろう。

 ただのドック艦と思いむやみに近づけば痛い思いをすることになりそうだった。

 ジャンプはやはりドック艦がはじめに行う様子だった。

 巨大なジャンプゲートの前に停泊したネービーグリーンの艦影が、活性化をはじめたジャンプフィールドの光に揺れる。

 いまはドック艦のナビゲーターが、地球までのジャンプに経由するターミナルのイメージングを行っているはずだ。

 そのプロセスが完了すれば、ドッグ艦はゲートに進入する。

 その一瞬がチャンスだった。

「あ、あれ? なんかこれって……あの、艦長、ゲートのジャンプフィールドがなんだか変な感じに……」

 ハーリーが異常に気づき報告するよりはやく、ユリカは「あっ!」と叫びながら立ち上がっていた。

「だめ、アキト! 行っちゃダメ! ルリちゃん急いで、アキトが独りで行っちゃう! 行っちゃうよ!!」

 ルリは驚いてユリカを振り返った。

 ユリカの全身が、ナノパターンの輝きに包まれていた。

 自分たちの見慣れた文様とはまるで違う、それは遺跡の演算ユニットの表面に走っているそれに近かった。

 黒髪の一本にいたるまで光を発している。

 すでにナノパターンというよりも、ユリカ自身が光り輝いているように見えた。

「行かないで、アキト! 待ってっ!!」

 まるでその叫びが引金のようだった。

 アマノイワトのゲートが“歪んだ”。

 巨大な真円のフレームがぐにゃりと内側にひしゃげ、代わりに平面のジャンプフィールドが外部に向けて膨張を開始した。

 漆黒のシャボン玉が膨らんでいく様を見ているようだった。

 そのシャボン玉は、アマノイワトコロニーに喰らいついた。

 貪欲に、とどまることなくコロニーを飲み込んでいく。

「なんだ、あれ……コロニーが……つぶれる……」

 喰いつかれたコロニーが圧壊するようにベコベコとつぶれていく。

 悪い夢を見ているの――?

 ルリは自分の目が信じられなかった。

 アマノイワトコロニーを囲んでいた戦艦が、次々と爆発していく。

 護衛艦もそれに続いて爆散した

 ドック艦と、それにドッキングしているユーチャリスだけが無傷のまま――いや、ドック艦も艦尾からつぶれ始めている。無傷なのはユーチャリスだけ。ドック艦のアームがぐしゃりとつぶれ、ついにユーチャリスだけが漆黒のシャボン玉の前に投げだされた。

「ハーリーくん! 最大パワーで前進! 早く!!」

 なにが起きているのかルリにはまったく理解できていなかった。

 しかし、このままではアキトが手の届かない場所に行ってしまう。

 それだけがはっきりとした確信となってルリを駆り立てた。

「待って、アキト!」

「アキトさん、行かないでください!」

 ユーチャリスがそれに触れた。

 じわり、と漆黒がユーチャリスを侵食していく。

「――アキトさんが……飲み込まれる」

 夢なら覚めて欲しかった。

 アマテラスコロニーではじめてアキトのブラックサレナと遭遇したときよりもさらに現実感に乏しい、悪夢としか形容できない現実。

「待って――」

 ユーチャリスを完全に飲み込んだ漆黒のジャンプフィールドは、その役目を終えたように急激に収縮を開始した。

 ねじれるように回転しながら――重力崩壊を起こした巨星のようにつぶれていく。

「待ってぇ――っ!!」

 ナデシコCは一直線にジャンプフィールドに突っ込んだ。

 最後の瞬間――卵のように圧縮されたジャンプフィールドに触れ、すっとナデシコCの白亜の船体が漆黒に取って代わられ――そしてそのまま消えた。

 後に残されたのは、生命の存在しないアマノイワトコロニーの残骸だけだった。

 ただそれだけが、海原に浮かぶ難破船のように骸をさらしていた。






































 ――ねえ、ルリちゃん。復讐心が燃え尽きた後に残るのって、なんだと思う



 ――なんでしょう……達成感……いえ、後悔、でしょうか



 ――私、思うの。たぶん……そこに残っているのは罪の意識。それだけだよ




機動戦艦ナデシコ 『楔 kusabi』

prologue 0 : 燃え残るもの


あとがき

えと。
その。
ごめんなさい。
書き直すことにしました。
破綻しまくって、手におえませんでした。
長編を纏め上げるスキルが無いことを思い知りました。
というわけで、短編〜中篇のサイズで構成しなおすことにしました。
贅肉は殺ぎ落とすことにしました。
苦手なギャグ要員はバッサリ切りました。
長編を乗り切るために突っ込んだアイテムも切りました。
視点も変更しました。
主役も変えました。
方向性も切り替えました。
でもストーリーの骨格は変えてません。
だからガイはああなるし、ジュンもこうなっちゃうはずです。
似たものを二度も読まされるほうは堪らないと思います。
それでもいいやという奇特な方だけ読んでもらえると幸いです。


いや、もうね……



……逃げます。・ ゚・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・(ノД`)

 

管理人の感想

ぼろぼろさんからの投稿です。

うーん、ギャグを排除ですか。

ま、人それぞれに得手不得手はありますからね。

自分にあったスタイルで、ストーリーを構築するのが最善だと思いますよ?