ユリカがドタバタとけたたましい足音を立てて部屋を横切っていく。

 八畳のリビングと六畳のキッチン。

 五人の家族が生活するには、あまりに手狭なアパートの一室だった。

「みてみて! ほらスゴイ、お風呂がある! うわぁスゴイ! 夢みたいだよ!」

 興奮したユリカが、懸命に手招きしていた。

 もともとテンカワ一家が暮らしていた部屋は四畳半一間に共同のトイレだけ。風呂は銭湯通いという極貧も極まった環境だった。

 その部屋にアキト、ユリカ、ルリの三人で生活していたのだ。

 それに比べれば、このアパートは天国のように感じられるかもしれない。

 それにしても……少しうるさい。

 ユリカは次にトイレの扉を開けて「水洗、スイセンだぁ!!」と叫び、キッチンに飛び込んで「れーぞーこーっ!」と白い冷蔵庫に頬擦りした。

 なにを見ても大興奮してはしゃぎまわっている。

 ハーリーはいくらか頭痛を覚えていた。

「あの、ちょっと、ユリカさん。近所迷惑ですから、もうすこしその……」

「あうあう、文明の利器ぃ〜!!」

 テレビに抱きついたユリカが持ち前の通る声で叫ぶ。

 ハーリーの器量でどうにかなる人物ではなかった。

「ルリさん、なんとかしてください〜っ」

 助けを求めたルリは、一人でバルコニーに立っていた。

「ルリちゃん、ルリちゃん、スゴイよ! ほらほらっ! ――? どしたの?」

 ルリは太陽の光を浴びながら、ぼうっとした表情で天を仰いでいた。

「私……感動してます」

 嬉し涙をこぼしそうな声だった。

「お洗濯物を部屋の中に干さないでいいんですね。
 お布団を全員分一緒に虫干しできるんですね。
 お花もここで育てられるのですね。――感動です。夢みたいです」

 仲間を発見したユリカが破顔した。

「だよね、そうだよね! わかるよルリちゃん。感動だよね! なんかもう、叫びだしたい気分だよね!」

 これ以上叫ばれたら、アパートから追い出されかねなかった。

「あーもうっ! お茶、お茶にしましょう! 引越しの荷物を紐解く前に一息入れましょうよ! そうしましょう、それがいいです!」

 ハーリーはてきぱきと指示を飛ばし始めた。

「ユリカさん、荷物からコップを探しますから手伝ってください。
 ラピスさん、お湯沸かしててください。
 アキトさん、この部屋は禁煙です! 吸うなら出てってください!
 ついでにお茶菓子を買ってくること。いいですね」

 ルリに対しては命令しないあたりが、ハーリーの複雑な心境のあらわれだろうか。

 煙草を弄ぶアキトの横に寄り添っていたラピスが、ぴょこっと立ち上がった。

「うん……わたし……お湯沸かす」

 単語をぶつ切りにしたような抑揚のない声で言うと、キッチンへと走っていく。

 ラピスはまず、お湯を沸かすための道具を物色することからはじめた。

 キッチンの床に投げだされていたダンボール箱を開けると、中に詰まっている調理器具をひとつづつ取り出して眺めていく。

 しゃもじ―― ダメ。

 泡立て器―― 違うような気がする。

 中華鍋―― いけそう。候補1として脇に置く。

 新聞紙にくるまった出刃包丁―― 光ってる。カッコいいので別にしておく。

 菜ばし―― 違うと思う。

 ミキサー―― ……よくわからない。

 鍋―― よさそう。候補2。

 圧力鍋―― フタ開かない。捨てる。

 分量計―― ちっちゃすぎるかも。

 おたま―― やっぱりちっちゃい。

 やかん―― ……これ?

 無事に正解にたどり着いたラピスは、やかんを手に次の難関に挑んだ。

 お湯を沸かすためには水を汲まなければならない。

 その程度のことはラピスも知っている。

 ならば、いったいどこで水を汲むのか。

 トイレでは水を流す。

 あれで汲むのだろうか。

 ――違う気がする。

 なんとなく、それはやっちゃいけないと思う。

 お風呂はどうだろう。

 シャワーは好きだ。

 温かくて気持ちいい。

 あそこで汲もうかしらん。

 そういえば、ユリカがお風呂があると騒いでいたような気がする。

 ラピスはシャワーを探してきょろきょろと辺りを見回した。

 その目に水道の蛇口が飛び込んでくる。

 ――似ている。

 見た目が、とてもシャワーに似ていた。

 もしかして――

 胸をドキドキと高鳴らせながら、ラピスはそれに近づいた。

 きゅっと栓を回す。

 とたんに水がほとばしった。

 ビンゴ!

 自分の推理力に満足しながら、やかんに水を汲む。

 なんだか楽しい。

 なみなみと水をたたえたやかんを手に、ついにラピスは最後の闘争を開始した。

 火だ。

 水を火にかけるとお湯になる。

 そういうことらしい。

 知識だけだったそれを、ついに自分の手で成す時が来たのだ。

 火。

 それは、必ずここにある。

 推理力を働かせるんだ、わたし・・・

 なにも見落としてはいけない。

 ヒントは必ずある。

 あるはずだ。

 ラピスは冷蔵庫を開けた。

 ひんやりしている。

 これは違う。

 冷凍室。

 いろんなものが凍り付いている――がっくり。

 オーブンのふたを開けてみる。

 上下にヒーターが見える。

 これだ。

 一般常識に欠けるラピスも、機械には強かった。

 一目でそれが加熱するための装置だと看破したのだ。

 ある意味、すばらしい才能だった。

 オーブンの中にやかんを――――取っ手が引っかかって入らない。

 ――なんで?

 数分間、ラピスは首をひねりながらオーブンの前で悩んでいた。

 結果、どうやらこれは違うらしいという結論に達する。

 ならば次は――ラピスの目に電子レンジが止まった。

 あれならやかんも入りそうだ。

 今度こそ間違いない。

 ついにお湯を沸かす時が来たのだ。

 めまいがしそうなほどの興奮に包まれ、ラピスは電子レンジの扉を開いた。

 やかんを中に入れる。

 電子レンジの横に目盛りのついたダイヤルがあった。

 おそらくこれで加熱時間を設定するのだろう

 実に簡単だ。

 ユーチャリスという一線級の戦艦を手足としてきたラピスにとって、この程度の装置など見るまでもなく使い方が理解できてしまう。

 勝利したという確かな感触があった。

「……沸かす」

 ダイヤルに手を伸ばそうとしたラピスの頭の上を、別の誰かの腕が追い越していった。

 その手はすばやく電子レンジの中のやかんを取り出すと、そのままコンロの上に移動させた。

 チチッという火花が散る音がしたと思うと、コンロに火が着く。

 ――なるほど

 妙に納得したラピスは、その腕の主を見上げた。

 物憂げに、くしゃくしゃの煙草を口の端に咥えたアキトがそこにいた。

 嬉しい。

 ラピスはアキトの腰に思い切り飛び込んだ。





機動戦艦ナデシコ 『楔 kusabi』

prologue 1 : 絡まりあう糸






◆◇◆

 目覚めると、ユーチャリスのブリッジだった。

 左胸に人肌の温度と重みを感じる。

 見ると、それはラピスだった。

 小さくせわしない呼吸音を立てながら寝ている。

 薄い胸板も規則正しく上下している。

 ラピスの身体に問題はないと判断し、安堵感に包まれた。

 アキトが微妙に身じろぎしたためだろう、ラピスの頭がアキトの胸の上からずり落ちていく。

 あわててそれを抑えようとして、はじめて自分の体がまともに動かないことに気づいた。

 手も足も己の意思を無視して、微動だにしない。

 ――ゴッ

 鈍い音がした。

 ラピスだった。

 顔面から、ブリッジの床に突っ込んでいた。

「……ひぅ」

 痛そうだ。

 おでこを抑えて、プルプルと震えている。

 アキトは自分の状態を確認した。

 拘束衣で腕と脚を完全に縛り付けられている。

 それを見て、わずかに記憶が蘇った。

 しかしそれでも、なぜ自分がユーチャリスのブリッジにいるのか、そのことがわからない。

「ラピス、悪いがこの服を脱がせてくれないか」

 ラピスが涙目でこちらを見た。

「……アキト……痛い」

「痛いだろうな、そりゃあ。でもガマンしとけ。これ脱がせてくれよ、頼む」

 ラピスはグシュグシュと鼻をすすりながら、アキトの体を転がしてうつぶせにした。

 アキトの体を締め付けていたベルトを一本ずつ苦労して外していく。

 上半身が自由になったところで、自分で拘束衣を脱ぎ捨てた。

「くそ、関節が油切れになってる。大丈夫か、ラピス」

「……痛いよ」

「コブになってるな。冷やしといたほうが――」

「……アキトの手……ひんやりして……気持ちいい」

「あん? ああ、縛られて血行が悪かったからな。油切れだ」

「……これが……好き」

 まあいいか、と思い、額をさすってやりながら現状を整理していく。

 自分は統合軍に投降した。

 それは間違いない。

 完全に身動きを封じられ、ドック艦の一室に幽閉されて地球へと護送されるはずだった。

 そこから先の記憶が、どうにも、もやもやしている。

 自暴自棄になっていた。

 何をしても胸の奥のしこりが、熱をもって自分を焼いていた。

 寝ていても悪夢にうなされた。

 自分の手で殺してきた人々が夢の中で自分を責めたてる。

 正直なところ、殺した人間の顔など一人も知らなかった。

 ターミナルの職員たち。コロニーで生活していた人々。旅行の途中でたまたまターミナルに停泊していた旅客船の乗客。撃沈した戦艦の乗組員。撃墜した機動兵器のパイロット。

 アキトが把握しているのはその程度。

 それは個性をもつ“人”ではなく、抽象化された“人々”だった。

 個人が感情移入できるのは同じ個人が限界である。

 アキトが殺してきたのは個人ではなく集団だった。

 有象無象。

 復讐に駆り立てられていたときの感覚はその程度のものだった。

 しかし復讐の炎が下火になったとき、それが劇的に変化した。

 知らないはずの殺した人々の顔が、一人一人はっきりと浮かんでくる。

 なにを大事にしていたのか、なにを夢見ていたのか、置き去りにしてしまった恋人、家族、彼らの生活のすべて。彼らの――命。

 知らないはずなのに、それらは迫真の現実感をもってアキトを苦しめた。

 アキトの想像力が、それらを生み出していたのは間違いない。

 しかし現実には――アキトの貧弱な想像力など遠く及ばないだけのものをアキトは破壊してきたのだ。

 もう、それはアキト個人が背負える限界を大きく越えてしまっていた。

 つぶれる。

 自分がつぶれてしまう。

 だからアキトは統合軍に投降した。

 自分を投げ出した。

 しかしそれでも、ちっとも楽にならない。

 苦しさはさらに酷くなっていく。

 そして――そしてアキトはすべてから逃げだすことを選んだのだ。




『――――いっそ本当に消えちまおうか。一緒に来るか、ラピス――――』




 ――そうか

 すべてを思い出したアキトはゆっくりと息を吐き出していた。

 腕の中にラピスがいる。

 それだけがいまの現実だった。

 逃げ出した自分に残された唯一のもの。

 ほんのすこしでいい、このままこうしていたかった。

「――その間だけでいいからさ、俺を責めるのはやめてくれよ。あんたたち」

 そう自分につぶやく。

 このあとどうするのか、深く考えようとは思わなかった。

 その行き着く先にまでこの少女を連れていくことは許されない。

 そうしたいが、できない。

 ここまで連れてきてしまったことも、いまとなっては過ちだったとわかる。

 だから、これが自分に許す最後の甘えだった。

 最後の――。









◆◇◆

 ――――。

 どれだけの時間が経過したのだろうか。

 ラピスに貸していた腕がしびれている。

 寝息を立てている少女を起こさないように、できるだけゆっくりと姿勢を入れ替える。

 その小さな体を抱き上げ、オペレータシートまで運んだ。

 ラピスは夢の中でまでアキトを探しているのか、シートの上で腕をもぞもぞと差し出してくる。

 その手を取りたいという欲求を振り捨て、アキトはユーチャリスから去るための準備を始めた。

 手に入るだけのCCを掻き集め、すべて服の内ポケットに突っ込む。

 準備といっても、ただこれだけのことだ。すべて終えるまで、五分とかかりはしなかった。

「ダッシュ」

 ユーチャリスのAIに伝言を残していく。

「後のことは頼む。ラピスをエリナのところに届けてやってくれ。
 あいつなら、ラピスの面倒を最後まで見てくれるだろう。
 『無責任だがすまない。頼む』と俺からの伝言だ。伝えてくれよな」

 ダッシュからの返答を待つ。しかしいつまで待っても、なんの反応もなかった。

「……ダッシュ? どうした、命令の確認をしろ」

『無駄ですよ、アキトさん』

 その声はダッシュではなかった。

 そもそもオモイカネ級のAIは音声を使おうとしない。

 IFSを通じてオペレーターと直接意思疎通できるため、その必要性が低いからだ。

『ダッシュはこちらで制圧しました。もう逃がしませんよ』

 続く音声と同時に、メインスクリーンに映像が表示された。

 ルリの端正な顔がそこに映っている。

 どこか遠くで、ゴンという重い音が響いた。

 艦と艦が接触した音に違いない。

 ナデシコCがいるのだ。

「くっ……」

 追いつかれたという焦燥と同時に、なぜか喜びの感情を感じていた。

 追いついてくれた――。

 その感情に気づいて、アキトは混乱していた。

 自分はそれを望んでいたのだろうか。

 自分を止めて欲しいとどこかで願っていたのだろうか。

『アキト! アキトだ、やっと逢えた! アキト!』

 懐かしい声が胸を締め付ける。

 この声だけは聞いてはいけなかったのだ。

 あらゆる決心が、そのたった一人の声の前に溶け崩れていくのがわかった。

 だから逃げていたのに――――見てはいけないと知りつつ、アキトの視線は彼女の姿を求めてさまよっていた。

 その視線がひとつのスクリーンで止まる。

 ユリカだった。

 二年の年月を越えて、一気にすべての感情が蘇ってくる。

 深く封印していたすべての感情があふれ出てくる。

 ユリカの笑顔は二年前の思い出の中のそれと寸分も違わなかった。

 遺跡に融合され生体の活動を停止していたユリカの肉体年齢は、いまやアキトとほとんど変わらないだろう。

 いや、いまのアキトから見たユリカは、逆に幼ささえ感じる。

 二年前の記憶からそのまま現実に抜け出てきたような、夢の中のような感覚。

 しかし、そのユリカにも、たしかに現実なのだと知れる差異があった。

「ユリカ……おまえ、その髪は……」

 声がかすれていた。

 彼女の腰にまで達する美しい黒髪が、右の肩にかかるひと房が、白く――白磁のような鈍い光沢を放つ白に変色していたのだ。

 ユリカはそのひと房に指を通しながら、あららバレちゃった、というような軽い調子で答えた。

『うん? えへへ、イネスさんに注意されてたんだけどね。
 なんかね、わたしの体の中にあるナノマシンって、普通のとは少し違うんだって。
 遺跡に融合するために、かなり無茶なやつが投与されてるらしくてね。
 遺跡から離れたまま活性化させると命にかかわるかもしれないって……』

 笑って言うような内容ではなかった。

「バカ! なんで使ったんだ、おまえ!」

 ユリカが、ぷうっと頬を膨らませる。

『だって、アキトが逃げるんだもん。
 さっき、アキトがどこかに行っちゃいそうだったから、それを追いかけようと思って、だから……』

「バカ! 死んじまうかもしれないんだぞ!? なに考えてんだ、このバカ!」

『バカじゃないもん! アキトがいけないんだからね。逃げるアキトが全部いけないんだよ!
 バカはアキトだよ、バカっ!!』

「この――」

『バカ! バカバカバカ! バカぁっ!!』

 スクリーンの向こうで、ユリカの体からボソンジャンプの輝きが発せられた。

 通常をはるかに上回る量の膨大で複雑なナノパターンが、全身をくまなく埋め尽くして光り輝く。

「――っ! ユリカ、よせ!」

 ユリカは怒っているような泣き出す寸前のような複雑な表情で言った。

『いま、そっちに行くから。絶対に逃げないで、アキト――』

 次の瞬間、スクリーンの向こうのユリカの姿は掻き消えていた。

 それとほとんど同時にスクリーンのこちら側、アキトとスクリーンのちょうど中間の辺りにボソンアウトの輝きが出現していた。

 まるでそれは、スクリーンの中から、ユリカが実体化したかのような光景だった。

 ナノパターンの輝きが収まったと思ったとき、ユリカはがくりと膝から床に崩れ落ちた。

「お、おい、ユリカ!」

 危ういところで伸ばした腕の中にユリカの体が倒れこんでくる。

 ふっと、懐かしい香りを感じた。

「おい、ユリカ!」

 すごい汗を流しながら、ユリカが頭を持ち上げる。

 それすら、今の彼女にはつらい労働のようだった。

「あ……あは、アキトだ……。アキトがいる……」

 たった一度のジャンプでこれほどまでに憔悴するのか、しかも黒髪の中の白い房の面積がさらに広がっている。

 震えながら顔をあげたユリカの目を見て、アキトは激しい後悔に襲われていた。

「なんで……なんでこんなバカなことするんだ、おまえ……」

「バカじゃないもん。……こうしてアキトを捕まえられたんだから、バカじゃない。
 私、何度でも同じことするよ? アキトが逃げるんなら、何度でも追いかけて、何度でも同じことする……。
 そうしたいから、そうするんだよ……」

 アキトが作り上げていた心の壁が次々と破られていく。

 こうなることはわかっていた。だから逃げ出した。

 しかし結局追いつかれて――そしてこうなることを望んでいた自分を発見してしまった。

 もう、どうすることもできなかった。

 何もかも忘れて、腕の中の女性の体を抱きしめていた。

「もう逃げないで、アキト。せめて私からは逃げないで。それにルリちゃんからも。
 ずっと一緒にいるから逃げないで。お願いだから――――
 一緒にいようよ。みんなで一緒に生きていこうよ。ね?」

 決壊しそうになる感情を懸命に抑えながらアキトは震える声で答えていた。

「――ずるいぞ、おまえ。逃げられないだろう。これじゃ、もう逃げられないじゃないかよ……」

「うん、ずるくていい。ずるいもん、私」

 強く肩を抱かれながら、ユリカは満足したように声を漏らした。

 体力が尽きたのか、すっと瞼が閉じていく。

 その左眼は――深い藍色だった瞳は色彩を失い、まるで水色のガラス玉のような色になっていた。









◆◇◆

「2195年……10月……?」

 ハーリーの呆然とした声が響いた。

 彼を取り囲む多数のウィンドウが、主人の心の動揺を映すように激しく波打っている。

「う……うそだ。冗談だよね。人が悪いぞ、オモイカネ! からかうなよ……僕をからかってるんだよね?」

 ウィンドウにさまざまな字体と言語で「否定」の文字が躍った。

 否定。

 からかっていない。

 本当のことだ。

「だって、いまは2202年だぞ!? なんで……そんなバカな!」

『……確認……した』

 ウィンドウのひとつが独立して漂い、そこにラピスの顔が映し出された。

『……ダッシュも……そうだって……言ってる。……いまは……2195年……間違い……ない』

 だって……まさか……。放心したハーリーがぶつぶつと同じ言葉を繰り返している。

 合流したナデシコCとユーチャリスは、アマノイワトからいったいどこにジャンプしてきてしまったのか、これからどうやって身を隠すのか、そういったことを検討するために情報の収集を開始していた。

 現在の座標はすぐに判明した。

 なにしろ目の前に地球の青い姿がはっきりと見えていたのだから。

 おそらくドック艦のナビゲーターが地球へジャンプするために行っていたイメージングにそのまま引きずられてきたのだろうと推測された。

 しかし、それならば近くにターミナルコロニーが存在しなければならない。

 だが、どこにもそれが見当たらなかった。

 そもそもこれほど地球に近い軌道にターミナルコロニーが存在するはずがない。

 そこで彼らは、近くで見つけた通信衛星を経由し、地球のネットワークに接続したのだった。

 逃走したテンカワ・アキトとナデシコCに対する統合軍の動きはどうなっているのか、それが最も知りたいことだった。

 しかし――

 その結果判明したのは、「地球−木連統合軍などという組織は存在しない」という驚愕の事実だった。

 どこを探しても、統合軍、さらには木連というキーワードを見つけることはできなかったのだ。

 そしてさらに調査を進めることで、ようやく事の真実に突き当たったのである。

「ランダムジャンプ……ですね」

 さしものルリも口調が固い。

 イネス・フレサンジュの前例がある以上、そのこと自体は驚くに値しないのかもしれない。

 しかし、実際に自分たちがその立場に立たされてしまえば、それはもう驚愕以外の何物でもなかった。

「2195年10月1日といえば、アキトさんが火星から地球にはじめてのボソンジャンプを行った日。
 イネスさん――アイちゃんが過去の火星にランダムジャンプで飛ばされた日」

 そして私たちが過去へとランダムジャンプで飛ばされてきた日――

 かすれるように消えたルリの独白は、おそらくそう続くのだろう。

 2195年10月1日。

 あまりにも多くの時間の糸が絡まりあった一日だった。

 ナデシコCに乗艦していた三人の脳裏に、アマノイワトコロニーを壊滅させながら成長していった漆黒のジャンプフィールドの姿がよぎっていた。

 あれを生み出したのはおそらくアキトだ。

 そして2195年10月1日という日に還ることを強く望んだのも――。

 ユーチャリスでアキトに抱きかかえられたまま横たわるユリカが、そんな全員の気持ちを代弁するように言った。

『ずいぶん……遠くまで逃げてきちゃったね、私たち』









あとがき

ようやく逆行完了。
まじめに書くとつらいのぅ。
終わってよかった。
めでたい、めでたい。

 

 

管理人の感想

ぼろぼろさんからの投稿です。

とうとう捕まりましたね、アキト君。

これから逃げ出そうという時に、絶妙のタイミングでユリカ達の登場です。

・・・本気で逃げると、手に負えない奴ですしね、この男(苦笑)

冒頭の引越し風景は、この後の五人という事ですか。

さてさて、過去の世界でこの五人は何をするのですかね?