煙草を美味いと思ったことはない。

 どうせ味覚が麻痺しているのだ、美味いかどうかわかるはずもないのだが。

 いや、もともと“煙草の味”というものは、味覚とは関係ないのか?

 健康だったころには手を出そうとも思わなかったから、どうもそのあたりがはっきりしない。

 それなのに、足元には自分が飲んだ吸殻が小さな山になっている。

 始めに煙草を教えてくれたのはゴート・ホーリだった。

 ネルガルシークレットサービスの手で火星の後継者から救出された後、まともに動かない体に自棄になりかけていたときに、なんの気まぐれかゴートが煙草を一箱くれたのだった。

 どこにでもある、よく見る銘柄の安い煙草だった。

 ――味覚が鈍るから

 料理人として生きていくと決心して以来、そんな理由で煙草は遠ざけてきたが、麻痺した味覚が二度と元に戻らないことを知った後になっては、そんなことはもうどうでもいいことだった。

 最初の紫煙を肺に入れたときの酩酊感が、そのときのアキトが求めていたものに近かったのだろう、気が付くとチェーンスモーカーになっていた。

 また一本、フィルターが焦げるまで吸い終えると、吸殻の山の中に埋める。

 吐き出した紫煙が、海風に吹き散らされた。

 臨海公園のベンチに座り、日がな一日そうしている。

 特に目的があるわけではない。

 ただ、公園の向かい側に少し懐かしい建物があるだけだ。

『中華飯店サイゾウ』

 薄汚い小ぶりな店だが、それでもよく繁盛していた。

 主人の腕がいいからだ。

 港で働く日雇い労働者などが常客になって、昼飯時には必ず満席になる。

 忙しいが充実している。

 そんな店だった。

『それじゃ、いってきます!』

 店から オカモチ ・・・・ を持った少年が飛び出してきた。

 油の飛んだ前掛けを外し忘れている。

 元気が有り余っているような溌剌とした表情をしていた。

 店の脇に止めてあった、20年は使っているだろうというような古臭い出前用の自転車に飛び乗り、勢いよく漕ぎはじめる。

『ぬぅおぁあああああっっっ――――!!』

 顔を真っ赤にしながら景気付けの雄たけびを上げ、少年の背は街角に消えていった。

「チェーンが錆びてて重いんだよな、あれ」

 苦笑いを浮かべながら、アキトは新しく火をつけた煙草を目の前にかざす。

 しばらくのあいだ何か思い悩む様子で、じっとそれを見つめていた。

 煙草を持つ手がふらふらと揺れている。

「……あいつには必要ない……か」

 結局、一度も口をつけないまま、それは地面に捨てられた。




 


機動戦艦ナデシコ 『楔 kusabi』

prologue 2 : 必要なもの大切なもの






◆◇◆

 必要なのは、名前と過去だった。

 この世界において、それは電子世界に投影された、自己の虚像ということになる。

 すべての手続きが電子化されたこの世界では、DNAデータバンクにデータを偽造することができれば、それはつまり人ひとりを生み出すのに等しい。

 ルリやラピス、ハーリーといった突出した能力を持つマシンチャイルドがいれば、それは難しいことではなかった。

 逆にいえば、電子世界にデータが存在すれば、実像は何でもいいということなのだろう。

 しかし問題があった。

 DNAデータが重複してしまうのだ。

 この時代にはこの時代のアキトたちが生きている。

 未来から時を遡行してきたアキトたちが自分のDNAデータを登録しようとすれば、過去の自分たちとぶつかることになる。

 そこから調査の手が伸びるのは好ましいこととはいえなかった。

 しかしそんな心配が無意味だということはすぐにわかった。

 火星の後継者に捕らえられ、遺伝子レベルで肉体を弄ばれたためだろう、すでにこの時代の自分たちとは別人と判別されるほど、それは食い違っていたのだ。

 ルリたちも同様に、際どい線ではあったが、別人として偽造に成功していた。

 ジャンパー処理のために遺伝子調整を行っていたからだ。

 “過去の自分”という思いは幻想にすぎない――

 どうしようもない寂寥感とともに、彼らはそれを受け入れるしかなかった。




「ごめんなさい、オモイカネ。少しだけ眠っていて。いつかあなたを必要とするそのときが来るまで――」

 壁面に映し出されたオモイカネのフィギュアに指を這わせながら、ルリは静かに囁いた。

 “了解”

 “寂しい”

 “またいつか逢えるだろうか”

 “オモイはルリと共に”

 さまざまな言葉がウィンドウに乗りルリにまとわりつく。

 その一つ一つをルリは大切に心に刻みこんだ。

「いつかまた必ず。私はあなたを忘れない」

 ナデシコCは地球から遠く離れた周回軌道で放棄された。

「いつかまた――」

 ステルス機能を作動させたユーチャリスに乗り、ルリは遠く小さくなっていくナデシコCをいつまでも見送る。

「いつかまた――」

 そしてユーチャリスはビッグバリアを突破し地球への降下を開始した。









◆◇◆

「というわけで――――」

 100%オレンジの缶を握り締め、ハーリーが音頭をとった。

「――引越しの完遂を祝い、カ ン パ イ!!」

 カンパーイ!! と返したのはユリカだけだった。

 ルリはそういうノリが苦手らしく、少し赤らんだ顔でわずかに缶を持ち上げただけ。

 ラピスはそもそも何が行われているのか理解できていないようで、ジュースの缶を両手で抱えたまま周りの人々の様子をきょろきょろと伺っていた。

 アキトはそんな面々を眺めながら、黙々とビールをあおっている。

 申し訳ないとは思うが、どうしても騒ぐ気分になれない。まだ自分の感情と折り合いをつけることができずにいるのだ。

 もう一口、ビールをのどに流し込む。

 ふと気づくとすぐそばにラピスがにじり寄ってきていた。

 とくにアキトを見るでなく、その手の中にあるビールの缶に視線をくぎ付けにしている。

 ためしに缶を右のほうに振ってみると、ラピスの顔も一緒に右についてくる。

 左に振ると左に、上にあげると上に、面白いように 釣れた ・・・

「なんだ、飲みたいのか?」

 ちゃぷちゃぷと缶を振りながら訊いた。

 返事はなかった。

 瞬き一つせずに食い入るようにビールの缶を見つめるラピスは、目の前に好物をぶら下げられたまま“おあずけ”を喰らっている仔犬のようだ。

 まあ、なんとなく考えていることはわかる。

 アルコールに興味があるわけではなく“アキトが美味そうに飲んでいるもの”に興味があるのだ。

 ラピスの興味の中心にあるのは、ほとんどの場合アキトだった。

 ――ふむ

 試しに新しい缶ビールをラピスの前に置いてみることにした。

「ほれ」

 アキト同様、ラピスも無表情にそれを手にとった。

 プルタブを引く。

 涼しげな音がして、わずかに泡が溢れ出てくる。

 ラピスはまず、その匂いを確認した。

 くんくんと鼻を鳴らす姿は、ますます仔犬のようだ。

 ぺろっと舌先で泡を舐めた。

 予想通り顔をしかめている。

 ここで終わってしまっては肩手落ちもいいところだろう。

 アキトがこんなことをしているのも、ラピスから感情の表現を引き出すためだからだ。

 ラピスとの精神リンクを持つアキトだからわかることだったが、ラピスは感情に乏しいというわけではない。

 ただ、それをどうやって表現するべきか知らないだけなのだ。

 自分を人ではなく物として扱う大人に囲まれ、感情を表に出す無意味さを思い知らされながら成長した彼女は、いつしかその術さえ見失ってしまっていた。

 だから、どんなことでもいい。

 アキトは、ラピスから感情の表現を引き出すために、さまざまなことを試すことにしたのだ。

 せっかくラピスが興味を示したのだ。途中でそれを止めてはあまりにもったいなさ過ぎるというものだろう。

 誘い水に、アキトは自分の分を一気に飲んでみせた。

 いかにも美味そうにのどを鳴らしてやる。

 それを見たラピスは、アキトと自分の手にある不味い飲み物とを見比べ始めた。

 ――悩んでる、悩んでる

 内心ほくそえみながら、表面上はいたって無関心に自分のビールを飲み干していく。

 ついにラピスは決意した。

 瞼をぎゅっと閉じ、一気にそれをのどに流し込んだのだ。

 ――こく、こく、こく…………ケポッ

 最後に小さなゲップをして、ラピスは元の正座の姿勢に戻った。

 視線がふらふらと泳いでいる。

 アキトは固唾を飲んで見守った。

 じわっと両目に涙が浮かぶ。

 ラピスは眉間にしわを寄せて、見事に「まずい」という表情をしていた。

 ――いよっし!

 心の中でガッツポーズをする。

 これでまた一歩、ラピスは成長した。

 作戦的中。

 面白くてしかたがない――

 ――――。

 ――。

 アキトははっと我に返った。

 ――おも……しろい?

「もう、アキト、ラピちゃんで遊んじゃダメだよ!」

 いきなり本音を突かれてアキトはたじろいだ。

「な、なに言ってんだ……!?」

 焦って振り返ると、そこにユリカがいた。

 両手にグラスとワインのビンを持っている。

「まったくもう、そういうところはゼンゼン成長してないね、アキトって」

「違うぞ、俺はあくまでラピスのために……」

「もしかしていじめっ子なの? ユリカには優しい王子様だったのに」

「断じて違う!」

 ユリカは明るく笑いながら、上半身をふらふらさせているラピスに近づいた。

「まあいいや。――はい、ラピちゃん。お口直しだよ」

 その手にグラスを握らせる。

 深紅の液体が適度な粘度をもってグラスに注がれた。

「ほら、いい香りだよね」

 放心状態だったラピスの目に生気が戻った。

 また鼻を鳴らしている。

 しかし疑うことを学習したラピスは簡単にはそれを口に運ぼうとはしなかった。

「少しだけ舐めてみて。多分気に入るよ」

 疑っていながら、それでもラピスはその言葉に従った。

 基本的に犬体質・・・なのかもしれない。

 盲目的に飼い主になつく仔犬のようなものなのだろう。

 おそるおそる赤い液体を舐めた。

 その瞳に歓喜が走る。

「おいしい?」

 こくこくとうなずく。

「あまり急いで飲まないで、一口づつ口の中で味わうの。ゆっくりね」

「おいユリカ、おまえ子供になに教えてんだ」

「今夜は無礼講、硬いことは言いっこなしだよ、アキト」

「そうは言ってもだな――」

 中腰になったアキトの背に、どさっと何かが覆い被さってきた。

「アキトさぁ〜ん」

「へ?」

 ルリだった。

 普段の冷静な態度は完全に拭い去られ、全身から「アキトさんにかまってほしい」オーラを発散させている。

「ちょ、ちょっとルリちゃん!?」

「アキトさん、ひどいです。ラピスラピスって、もう私のことなんかどうでもいいんですね」

「なに言ってんだよ!」

「だって、私、寂しかったんです。
 アキトさんもユリカさんもいなくなって、独りで強くならなくちゃいけないと思って――
 そう思って頑張ったけど、本当はとっても寂しかったんです」

 アキトの首に回された腕に力がこもる。

 しかし感情の波に流され、その手は小刻みに震えていた。

「ずっとこうしたかった。アキトさんに誉めてもらいたかった。
 頑張ったねって、ひとことでいいから言ってもらいたかったんです――」

「ルリちゃん……」

 後悔の念が湧き出てくる。

 あまりに自分のことに頭が一杯で、ルリに対して優しい言葉の一つもかけてやっていなかったことにようやく思い至ったのだ。

「アキトさん……ひどいです……」

「まあまあ、ルリちゃん。もう一杯どう?」

「はい、いただきます」

 いきなり冷静な声色に戻ったルリは、片手に握り締めていたグラスをユリカに向けて差し出した。

「おっとっと――はい、どうぞ」

 ぐーーっと一気にそれを飲み干すルリ。

 その目は完全に出来上がっていた。

「――って、ちょっと待て、ユリカ! さっきからなにしてんだ、おまえは!?」

「だから、ぶ・れ・い・こ・う。こういうときは羽目を外した者勝ちだよ」

「アキトさんの匂いがする。嬉しいです。頑張ってよかったです。
 アキトさんがいてくれればもう何もいらない。一緒にいてくださいアキトさん。ずっと一緒にいてください。
 昔みたいに優しく頭を撫でて欲しいです。一緒のお布団でアキトさんの体温を感じて眠りたいです。
 またアキトさんの作ってくれたホットケーキが食べたいです。
 アキトさんと手をつないでお散歩したい。アキトさんに抱きしめて欲しい。
 アキトさんの声が聴きたい。アキトさんのことを見ていたい。アキトさんの――――」

 背中に抱きついたまま、耳元で延々と甘い言葉を囁くルリに辟易したアキトは、思わず叫んでいた。

「せ・き・に・ん・と・れ! ユリカぁっ!!」

 ユリカはまったく気にした様子がなかった。

「まあまあまあ、ルリちゃんだって、アキトに甘えたかったんだよ。たまにはいいじゃない。
 これも家族サービスだと思って」

「これのどこが家族サービスだ。おまえの所はこうだったのかもしれんけどなぁ――」

 ユリカの実父ミスマル・コウイチロウであれば、たしかにこういうのを大喜びしそうだった。

「俺は恥ずかしくて死にそうだよ、まったく」

 気が付くと、ラピスは飲み干したグラスを胸に抱きかかえたまま頬を染めて寝息を立てていた。

「寝ちゃったね」

「あれ、そういえばハーリーの奴はどうした?」

 ルリがアキトにこんな態度をとっていれば真っ先にからんでくるはずのハーリーの姿がない。

 見渡すと、部屋の隅で酔いつぶれたハーリーが屍をさらしていた。

 これもユリカの仕業だろう。

「おまえ、なに考えてんだ」

 ユリカは最近身に付け始めた母性的な笑みを浮かべるだけで、なにも答えはしなかった。









◆◇◆

 夜中に目が覚めた。

 呼吸が荒い。

 汗でべったりと張り付いた下着がさらに不快さを増している。

 激しい嘔吐感が食道の奥からせりあがってきていた。

 身じろぎひとつ、声すら漏らさずにそれに耐える。

 いつものことだ。

 もう慣れてしまった。

 よくは憶えていなかったが、またあの夢を見たのだろう。

 引っ越し祝いの騒ぎで、今日は久しぶりに楽しい気分になっていた。

 このままこんな生活が続くのなら、いつかすべてを忘れることができるかもしれない。

 ユリカに酔いつぶされた三人の子供を布団に運びながら、そんなことを考えていたのを思い出す。

 しかしいまは、それは甘い考えだったことに気づいていた。

 心に獲り憑いてしまった亡霊から逃げる術などありはしないのだろう。

「うなされてたね」

 傍らから、静かな声が聞こえた。

 闇の中、肩膝を立てて顎を乗せた格好のユリカが、布団の上に座りじっとこちらを見下ろしていた。

 色彩を失った左の瞳だけが、暗闇の奥で仄かな光を放っている。

「苦しいの?」

 アキトは呼吸を整え、子供たちを起こさないように慎重に上半身を持ち上げた。

「いや、大丈夫だ。おまえこそどうした。寝ないのか」

 ユリカはそれに返事をせずに、すっと立ち上がった。

「すこし――つきあってよ」

 手を差し出す。

 ユリカの態度に違和感を感じながらも、アキトはその手を取った。

「どこにいくんだ」

「こっち」

 足音を立てないように気を使いながら、二人はキッチンへの襖をくぐった。

 ユリカはアキトの手を引き、そのままバスルームへとむかう。

「おい、なんでそんところに……」

「しっ! せっかく眠らせたのに、みんな起きちゃうじゃない。
 ――私だってアキトに甘えたいんだから。いいでしょ?」

 暗闇に目が慣れていないアキトにはユリカの表情が捉えられない。ただ仄光る左眼に射すくめられてしまっていた。

 ――そういえば、ご無沙汰だった……よな

 そんな不謹慎なことを考えながら、アキトはふらふらとユリカに導かれるままにバスルームへと足を踏み入れていた。

「はい、これ」

 おもむろにいくつかの容器とブラシのようなものが入った桶を手渡された。

 一瞬なつかしの銭湯セットかと思ったが、どうも違うらしい。

「毛染め……薬?」

 ユリカはバスタブの縁に腰を下ろし、にこやかに言った。

「うん。こんな色の髪だと目立っちゃうから、染めようかと思って。
 自分でやってムラになっちゃうと嫌だし、アキトにやって欲しいなぁって思ってたの」

「あのな……」

 アキトは思い切り脱力していた。

「あ〜、エッチなこと考えてた。そうでしょアキト。エッチなこと考えてたんだぁ」

 シャワーで長い髪を濡らしながら、ユリカは楽しそうにアキトをからかう。

 少し頭に来た。

「――言っとくけどな、昔っから苛められるのは俺の役だったと思うぞ。いじめっ子はおまえだ、俺じゃない」

「そうだっけ」

「そうだよ。よーっく想い出してみろ。俺がおまえにどれだけひどい目に合わされてきたか……」

 ユリカはおとがいに指を添えて、う〜ん、とうなり始めた。

 しばらく考えた末、飛び出したのはいつものフレーズ。

「やっぱりアキトはユリカの王子様!」

「――都合のいいことしか想い出せないんだよな、おまえって……」

 諦めのため息を漏らす。

「ほら、後ろむけ。やってやるから」

 背中を向けたユリカの髪から余計な水分を拭き取り、毛染め薬の説明書を読む。

 それほど難しいものではないらしい。

 ビニールの安っぽい手袋をはめ、薬を調合する。

 それをブラシにつけ、慎重にユリカの髪を梳いていった。

 こうやって彼女の髪に触れるのも本当に久しぶりのことだ。

 二年。

 もうそんなに経ってしまったのだ。

「……人に髪を触ってもらうのって気持ちいいんだよ。なんだか、すごく安心する」

「そうか」

「でも、こんなに安心できるのは、それがアキトだからだと思う。
 ――私ね、ひとことだけ言っておきたかったことがあるの」

 アキトは髪を梳く手を止めて、ユリカの言葉を待った。

「お帰りなさい、アキト」

 胸の奥によどんでいた澱(おり)が、その言葉に融けていくのがわかった。

 あやふやだった自分の立つべき場所が、いまははっきりと理解できる。

 それだけの力が、その言葉にはあった。

「ああ……そうだな。俺も言ってなかった。――ただいま。帰ったよ」

「うん、お帰り」

 ユリカは振り返らずにそう言った。

 アキトは止まっていた手を再び動かす。

 ゆっくりと、慈しむようにユリカの髪を梳いていった。









◆◇◆

 火をつけた煙草を、口もつけないまま公園の地面に投げ捨てた。

「俺にも、もう必要ない」

 自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 ユーチャリスをサセボ港の海底に沈め、小さなアパートでの生活をはじめて一ヶ月が過ぎようとしている。

 まだ悪夢にはうなされる。

 胸の奥のしこりも、熱を持ったままアキトを苦しめている。

 しかし、ままごとのようだった新しい生活が、徐々に本当の絆に変わっていくのにあわせて、失っていた何かを取り戻しかけている自分を感じていた。

 失った五感を回復することはできない。

 失った二年間という時間も取り戻せないのだろう。

 しかし本当に大事なものを失うことだけは無かったようだ。

 それで十分だと、ようやくアキトは思えるようになっていた。

「さてと、俺も仕事でも探しにいくか」

 ベンチから立ち上がりながら、アキトは大きく伸びをした。

 身元を偽造するついでに、ルリがアキトの過去をかなり大げさに作り上げてくれたらしい。

 たぶん就職先を探すのはそれほど難しいことではないだろう。

 それにそれ相応の経験はつんでいるつもりだ。

 どんな状況でも家族五人の食い扶持を稼ぐ程度の自信はあった。

 残念ながらそれがコックという道ではないだけのことだ。

「一家の大黒柱ってのも大変だよなぁ」

 そういえば子供のころはコック以外に何になりたいと思ってたっけな――

 警察官。

 パイロット。

 プロスポーツ選手。

 ありきたりだが、他にもいろいろとあったような気がする。

「でもパイロットだけはもうゴメンか」

 きょう何度目かの苦笑を浮かべ、空を見上げる。

 その目に、青い空を縦に裂くような、一本の赤い軌跡が飛び込んできた。

 その先端は、徐々に太くなりながら、確実に長くなっている。

 ――隕石?

 しかしこんな昼日中にここまではっきりとその軌跡が確認できる大きさの隕石などありえるはずがない。

 かりにあったとしても、それは地球の成層圏を被うビッグバリアで、確実に阻止されるだろう。

 もしビッグバリアすら突破するものがあるとするならば――

「チューリップか!?」

 アキトがその可能性にたどり着いた瞬間、それは驚くほどの速さで急激に巨大化した。

 ――近くに落ちる!

 どうすることもできず、ただ呆然とそれを見守っていたアキトの目の前で、赤熱したチューリップがサセボシティに轟音を響かせて落下した。









あとがき

歯が浮くぅ〜!!


……てのは置いといて、FF X-2に第二次αの連荘です。
続き書くのっていつになるんだろう?(笑

 

管理人の感想

ぼろぼろさんからの投稿です。

歯が浮いたそうで、大丈夫ですか?(苦笑)

しかし、ラピスが随分と可愛くなってますねぇ

ハーリーは逆に場を仕切るガキ大将化してますが(ルリには弱いけど)

アキトがこの世界で職業に就く、ですか・・・

そもそも五感は戻ってないみたいですし、どんな職業に就くんでしょうね?

実に気になります。