機動戦艦ナデシコanother 楔 kusabi  〜 第1話






 蜜柑。

 ひんやりとした感触と、わずかな重みを持つその球体は、アキトの手から、少女へと手渡された。

 清涼な香りが、アキトの鼻腔をつく。

「ありがとう、おにいちゃん! デートしよう!」

 元気のいい屈託のない声と、忍び笑いをもらす、その母親。

 わけのわからない戦いの渦中だというのに、それらの光景は、アキトの心に蜜柑の香りと同じ、爽やかな記憶を刻み込んだ。

 そして壁を突き破りながらシェルターに飛び込んでくる、機械仕掛けの戦闘兵器。

 一緒に避難していた人々の叫び声と、少女の悲鳴。

 アキトは正義の味方になれるはずだった。

 正義の味方になれると信じてきた。

 リフトを戦闘兵器に突っ込ませ、ほかの人たちが逃げ出す時間を稼ぐ。

 しかし、そのアキトが見たのは、待ち伏せていた別の戦闘兵器に殺されていく人々。

 聞こえるのは、恐怖への悲鳴。絶望への絶叫。

 感じるのは、死への恐怖。正義の味方になれなかった自分への絶望。

 少女の死。

 自分の死。

 ごちゃまぜになっていく思考。

 恐怖。正義。敵。悲鳴。蜜柑。絶望。死。少女。叫び。

 ――自分に向けられる無慈悲な砲口。

 恐怖。

 そして、恐怖。

 ――死ぬのか……オレ?




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 アキトは絶叫しながら、飛び起きていた。

 最初に眼にしたのは暗闇だけ。

 恐怖心に駆られて、十数メートルも腰の抜けた体で這いずりながら逃げた。

 逃げる。

 ただひたすら、恐怖だけがアキトを支配していた。

 そのアキトを正気に戻したのは、ただの一陣の風だった。

 頬をなでる涼気は、地下シェルターのそれではありえない。

 混乱したままではあったが、アキトはかろうじて、周りの雰囲気が、それまでの死に満ちて閉鎖された空間ではなくなっていることに気づいたのだった。

 風。

 そして、これは土の臭いか?

 手には、草の痛いような手触り。青臭いきつい香りがアキトの鼻腔にあった。

 落ち着いて聞けば、風になびく、ざわざわという草鳴り、そして虫たちの声もする。

「なんだ。どうなっちまったんだ、オレ。ここどこだよ

 ――ア、アイちゃん! どこにいるんだ、アイちゃん!?」

 アキトは、蜜柑を手渡した少女のことを思い出し、名を呼んだ。

 今の自分と、一瞬前までいたはずの、火星の地下シェルターとの掛け橋。

 少女が見つかれば、このわけのわからない状態から抜け出せる、そんな強迫観念から、アキトは少女の姿を求めていた。

「アイちゃん! いるんだろ。返事をしてくれ、アイちゃん!!」

 しかし、それに答えたのは、アキトが、まったく予想していなかった声だった。

「ここに、アイちゃんはいない」

 闇の中から聞こえてくるのに、ふさわしい声。

 そんな声だった。

 ぞくり、とアキトの背に冷たいものが走っていた。

「なんだ!? 誰かいるのかよ! おい、姿を見せろ! どこにいるんだ!?」

「――おまえの目の前だ。よく見るんだな」

 意外と近くから発せられている声であることにアキトは気づいた。

 そして、もうひとつ気づいたことがあった。

 空と、星。

 地下シェルターからでは、絶対に見えるはずのないものが、そこにあったのだ。

 蒼黒い雲が風に千切れ飛び、上弦の淡い光をたたえる月が姿をあらわした。

 そして、その光に照らし出された人影は、それでもなお暗黒をその身にまとわせながら立っていた。

 アキトの正面、5メートルも離れていない位置で、漆黒のマントと、同じ色の奇妙なバイザーで顔を隠した男が、バイザーごしでありながら、重い圧迫感を感じさせる視線をアキトに注ぎつづけていたのだ。

「なんなんだ……あんた、なにもんだ。ここはどこなんだよ!」

「ここは地球。日本の佐世保だ。俺のことは、このさいどうでもいいと思うがな」

 衝撃がアキトを襲っていた。

 月!

 なぜ気づかなかったのか、その月は、映像だけでしか見たことのない地球の月の姿だったのだ。

 火星の二つの衛星は、とてもではないが、あんな美しい姿ではない。

 ここは地球。

 でなければ、大掛かりなイタズラにでもはめられているかだ。

「地球だって!? オレは火星にいたはずなのに!

 あんたか!? あんたがオレをここまで運んできたのかよ!」

 アキトは、黒尽くめの男に飛びかかっていった。

 頭が混乱して、正常な判断ができなくなっていたのだ。

 そのアキトを、黒尽くめの男は、軽々と投げ飛ばした。

 信じられないほどの距離を飛ぶと、やわらかい土の上を何度も何度も転がり、ようやく動きが止まった。

「――俺に触るな。いま、俺が最も殺してやりたいのは、おまえなんだからな」

 投げられ、地面に叩きつけられた衝撃よりも、男の発する殺気が、アキトの全身を絡め取り、身動きを封じ込めていた。

 蛇に睨まれた蛙。陳腐な表現ではあったが、それが今のアキトの正直な気持ちであった。

「――俺がどんなに望んでも、もう絶対に手に入れることのできないものを、全てその手に持つ男。

 これほど他人を憎いと思ったのは、久しぶりのことだ。

 ……殺してしまうか。どうなろうと知ったことか。どうせ俺の手はもう――」

 壮絶な鬼気が、アキトの全身を叩いた。

「その舌を、引き抜いてやるか――」

「それとも、目玉を刳り抜いてやるか――」

「表皮をすべて剥ぎ取るか――」

 そのひと言ひと言に、たまらない恐怖と戦慄を感じた。

 本気なのだ。

 この男は、本気でそれをやろうとしている。

 いま男の脳裏にあるのは“やるかどうか”ではなく、“どうやってそれを実行するか”であることを、アキトは近い未来に自分の身に降りかかるであろう惨劇に震えながら感じていた。

『なぜ』

 そんな当たり前の問いも、凍りついた喉からは、ついに漏れ出ることはかなわなかった。

 男の体から、ふいに鬼気が消えうせた。

「――やめておこう。奪い取ることができるならば、迷いはしないがな。

 俺の神経系を、回復不可能なまでに破壊し尽くした奴らに感謝することだ」

 その言葉に、アキトは心底安堵していた。

 自分を殺そうとしている男の言葉だ。そうそう信じられるはずもなかったが、鬼気という形で直接さらされていた死の手から開放されただけで、アキトは自分が生き残ったという錯覚をおぼえていたのだ。

 その言葉に秘められた意味など、いまのアキトには考えも及ばなかったとして、当然であろう。

「あんた……あんた、なんなんだ。オレを、どうしようっていうんだよ!?」

「そのまえに、教えてくれないか」

 男は、うってかわって、落ち着いた柔らかな声でアキトに問い掛けた。

「――正義の味方に、なり損ねた気分はどんなもんだ?

 アイちゃんという少女の命を救えなかった気分は?

 自分の無力さを知った気分は?

 ――恐怖を知った気分はどんな感じだ?」

 こんどは言葉という名の刃物を喉元に突きつけられ、アキトは臓腑を締め上げられるかのような衝撃を受けていた。

 アイちゃん。

 砲口。

 悲鳴。

 爆発

 死。

 いろいろなものが、一瞬で脳裏を過ぎっていった。

 そして、最後に感じたのは、清涼な蜜柑の芳香――

「うわっ、、、うわぁぁぁぁっっ!! なんだ、なんなんだよ!!

 手が、手が震えて……うわぁぁぁぁっっ!!」

 絶叫しながら、自分の言うことを聞こうとしない四肢を絶望とともに感じる。

「どうなっちまったんだよ、オレ!? 怖くて……身体が震えて……うわぁぁぁぁっっ!!」

 無慈悲な蹴りが、がたがたと震えるアキトの腹にブチ込まれた。

 胃の内容物をぶちまける寸前でギリギリ耐えながら、アキトはまたやわらかい土の上を転がった。

「――トラウマというやつだ。本当の恐怖を知れば、人はそうなる。

 正義を信じ、自分にそれを貫く力があると、盲目的に信じ込んでいる奴は、とくにな」

 アキトは恐怖と激痛に涙をこぼしながら、男を見上げた。

 月の光による幻視だろうか。

 男の顔に、光るナノパターンのような筋が浮かび上がっていた。

「自分の信じるものを貫きたいか?

 自分の大事なものを守りたいか?

 それには力が必要だ。貫く信念、守りたいものが大きければ大きいほど、強い力がな。

 ――俺はそれをおまえに与えてやれる」

 ぐいっと、アキトは男の手でむりやりに引き起こされていた。

「俺と一緒に来い。力を与えてやる。これからのおまえに必要な力を。

 アイちゃんだけじゃない。おまえには守らなければならないものが、たくさんできる。

 それを守り、信じるものを貫くために俺と来い。

 いまは何も理解できなくてもかまわない。その時が来たら理解できるからな。

 力のない自分を後悔したくなければ――そしてあの絶望をもう一度味わいたくなければ、

 俺と一緒に来い!」

 ムチャクチャだった。

 殺すと脅し、投げ飛ばし、恐怖を与え、腹に容赦のない蹴りを喰らわせるこの男。

 それでも、なぜか、アキトは男の言葉を信じることができた。

 アイちゃんを救えるのか?

 オレは、正義の味方になれるのか?

 ならば――オレは――

 アキトは、小さくうなずいたと思うと、気を失っていた。




 右腕に気を失ったもうひとりの自分を抱えながら、アキトは月を見ていた。

 ――はじめたぞ

 この自分の行動が、歴史にどのような変革をもたらすのか、アキトにわかるはずがない。

 ただ自分にできることを、やってみるだけのことだ。

 自分とユリカの命は、もう3年もないだろう。

 それまでの間に、できることをする。

 そのあとのことは、この過去のアキトの責任だった。

 そんな責任まで、自分が背負うつもりはない。

 自分の大事なものは、自分で守るしかないのだ。

「まあ、がんばることだ、アキト」

 羨望をその声に混ぜながら、アキトは“アキト”に語りかけていた。

 そのふたりのアキトに、突然、蒼い光が投げかけられた。

「ボソンジャンプ!? 誰だ!!」

 その蒼い光は、人の形をとりながら、それでも完全にボソンアウトしてこようとはしなかった。

 影のように揺らめき、アキトの正面に立ちすくんでいる。

 何者かわからなかったが、その蒼い人影からは、敵意よりも、哀願のようなものが感じられた。

 その不確かな輪郭の右手が、前に伸ばされた。

 なにかを手渡そうとしている。そんな感じだった。

「何者だ、おまえ……」

 蒼い人影の手が開かれ、ポロリと何かのかけらが地面に落とされると、光が霧散するように飛び散り、蒼い人影の姿は消えうせていた。

 土の上には、いまの光景が幻覚でないことを証明するように、指先ほどの金色の石片が転がっている。

 蒼い光の粒子をわずかにまとわせながら、それは確かに存在していた。

「どうなってる……こんなことは、前回は起きなかった……」

 すでに歴史が変わろうとしているのか。

 金色の石片を拾い上げながら、アキトはその可能性に思い当たっていた。

 石片は、蒼い光の粒子の最後の一粒を夜の闇の中に投げ入れ、アキトの手の中に収まった。


『――ガァイ! スゥーパァー……ナッパアァッッ!!』

 そう叫び、狭い格納庫の中で見事に横転する機動兵器。

 ――あいたぁ

 格納庫の床から、5メートルほどの高みにある歩道で、アキトは思わず目を覆っていた。

 酷いコントロールだ。

 アキト自身は、中華料理屋をクビになり、幼馴染のユリカと出会ったことで、なし崩し的にナデシコという戦艦のコックに雇われた身でしかない。

 それでも、自分のほうが、うまくあの機動兵器をコントロールできるという自信があった。

 火星から地球に来て一年。長いようで短い、密度の高い日々を送ってきたのだから。

「――ちっがぁーう!! ヤマダ・ジロウは仮の名! ダイゴウジ・ガイが、俺の魂の名だ!

 ガァイ! 俺の真の名は、ダイゴウジ・ガァイ! だ!!」

 なんだそりゃ、と思いながらも、さっきから面白い人物とばかり出会っていたアキトは、このナデシコという戦艦を気に入りだしていた。

 なし崩しではあったが、けっこう、いい職場かもしれない。実は、給料もそんなに悪くないのだ。

「――おぉい! そこの少年!」

 機動兵器のパイロットが、どういうわけか担架で運び出されていく。

「すまん! あのロボットの中に、俺の宝物があるんだ! とってきてくれぇ!!」

 よく見れば、その左足が、妙な方向に折れ曲がっていた。

 ――痛そ……

 ここ一年というもの、生傷と骨折が絶えたことのない生活だったアキトは、その痛さを身に染みて知っていた。

 了解のサインに手を振る。

 そうして格納庫への階段に向かおうとしたアキトだったが、そのとき1人の少年が真っ直ぐな瞳をこちらに向けて立っていることに気づいたのだった。

「テンカワ・アキト……さん、ですね」

 10歳前後にしか見えないその少年は、敵意のこもった口調で言った。

 蒼い瞳に、黒い髪。几帳面にセットされた髪型が、少年の性格をはっきりと物語っている。

 アキトは、誰だっけと思いながらも、軽くうなずいていた。

「僕は、この戦艦のサブ・オペレーター、マキビ・ハリです。

 ……僕は……僕は、絶対にあなたなんかに負けない!!

 彼女の心を開くのは、この僕。あなたに彼女は渡しません!!」

 その言葉は、強烈な内容だった。

 ただし、言われた方が、何の話だかサッパリ理解していないことと、言ったほうが、小学生にしか見えないことを除けばだが。

「はぁ?」

「きょうは、それが言いたかっただけです。あなたは僕のライバルだ。

 絶対に負けない! 勝負です!」

 なんの? という言葉をアキトに言わせずに、少年は踵を返して立ち去っていった。

「……ヘンなガキ……」

 そうつぶやいたアキトだったが、ア然となるのはそれで終わりではなかった。

 骨折したパイロットの「宝物」を回収するため、機動兵器のアサルトピットを覗き込んだアキトが見たのは、シートの上にちょこんと座っている、伝説のロボットアニメ、ゲキガンガー3の人形だったのだ。

「ヘンな奴しかいないのかよ、ナデシコって……」

 一抹の不安をおぼえてしまうアキトである。

 そのアキトの体を、突然の振動が揺さぶった。

 頭から、機動兵器のアサルトピットの中にズリ落ちながら、アキトはその振動がなんらかの爆発であることに気がついた。

「攻撃……ヤツラが来たのか!」

 アキトの脳裏に、蜜柑の芳醇な香りと共に、一年前の地下シェルターの光景と、アイちゃんの笑顔が蘇っていた。

 右手が、自分の意志とは無関係に震えだす。

 アキトはその手を、左手で押さえ込みながら、叫んでいた。

「オレは――オレは、もう、あの時のオレとは違う! 怖くなんてないんだ!!」

 震える右手の甲に、パイロット用のナノパターンが、白く浮き出ていた。




『――テンカワ・アキト、コックです』

 その言葉に応えたのは、耳をつんざく大音声だった。

「アキト! アキトだ! アキトなんでしょう!?」

 エステバリスのアサルトピットを映すスクリーンの中で、アキトは耳をふさいでひっくり返っていた。

 とんでもない声だ。しかし、アキトはこの感覚をよく知っていた。

『……って、なんでおまえがそこにいるんだ、ユリカ!!』

「なぜなら、わたしは、このナデシコの艦長さんだからです。えっへん!」

 艦長服姿のユリカが、ナデシコのブリッジで胸を張っている。

 アキトの目が虚ろになっていた。当然のことだ。

「コックが、戦えるわけないじゃない! さっさと降りなさいよ!」

 ヒステリックに叫ぶムネタケ副提督を抑え、フクベ提督が口を開いた。

「まちたまえ。そのコックが、なぜエステバリスに乗っているのかね?」

 アキトが拳を握り締めた。

『オレは、ヤツラを――』

「――アキトは私の王子様だもん!

 いつだって、私が危ないときには駆けつけてくれるんだよね?」

『――いや、そうじゃなくて――』

「でもダメ! アキトをおとりになんて、そんな危ない目にあわせられない!」

『――ちょっと、オレの話を――!』

「そうなのね!? アキトは私のために、あえて危険に飛び込もうとしている!

 ああ、そんなアキトを止めることなんて、私にはできないの!」

『――だからオレは――!!』

「死なないで、アキト!! すぐに助けに行くから、10分間だけ持ちこたえて――」

『オレの話を聴けえぇぇっっ!!』

 今度は、ユリカたちブリッジクルーが耳をふさぐ番だった。

『オレは、ヤツラを倒す! おとりなんかじゃない、倒すんだ!

 木星蜥蜴のヤツラを殲滅する!!』

 その迫力に、ブリッジに静寂が満ちた。

『もう、ユートピアコロニーの二の舞なんて御免だ。だからオレは戦うんだ!

 ユリカのためなんかじゃない、オレは、オレのために戦う! 邪魔をするな!』

「できるのかね?」

 フクベ提督の静かな問いに、アキトは即答していた。

『できる!!』

「アキト……カッコいい……」

 瞳を潤ませたユリカが、あごの下で手を組んだ格好で、そんなアキトに見惚れていた。

 その後ろで、さめざめと涙を流すジュンのことなど、もちろん気づくはずもないのである。

「テンカワ機、地上に出ます」

 無機質な声で、オペレータのルリが報告した。

「ふん、帰ってこなきゃいいんだ、あんな奴」

 ルリの後ろのサブ・オペレーター席で、ハーリーがボソッと言った言葉をルリが聞きとがめた。

「あの人のこと、なにか知っているんですか?」

 ハーリーはあたふたと慌てて、顔を紅潮させる。

「い、いえぇ〜! 知りません! ぜんぜん知りませんとも。

 やだな、ルリさん! あははは……」

 笑ってごまかそうとするハーリーを、ルリが怖い眼で睨みつけた。

「ウソつきです」

 ギクッとするハーリー。

「それに私、初対面の相手を、いきなり名前で呼ぶような馴れ馴れしい人はキライですから」

 涙眼になって言い訳をしようとしたハーリーを邪魔したのは、ガイの驚愕した声であった。

「おいおいおい! なんだあいつ! 普通じゃねえぞ!!」

 その言葉通り、アキトの操るエステバリスは、全ての動きが攻防一体となった、高い戦闘技術を感じさせる動きで敵を殲滅していった。

 無人兵器の放つミサイルも、アキトよりは、味方の無人兵器に対しての被害のほうが大きい。

 常にアキトは、敵の集団の中心に占位しつづけた。

 まわりの敵を屠り、同時に盾としながら、戦いを有利に進めていく。

 大胆さと冷静さ。

 両者が微妙なバランスで拮抗しながら、奇跡とも言える、殲滅戦が続いた。

「敵戦力、30%撃破。テンカワ機の損害は軽微です」

 ルリの報告に、ブリッジに感嘆の声が響く。

「最近のコックは、ずいぶんと強いようだな。彼は中華街の出身かなにかかね?」

「冗談はおやめください、提督。カンフー映画の見すぎです。

 アキトは、私と同じ、火星のユートピアコロニーの出身なんです。幼な馴じみなんですから。

 ――私のために、そんなにがんばってくれてるんだよね、アキト?」

「ユリカぁ〜」

「いやあ、ありゃ、ほんとにスゲェぜ? コックなわけがねぇ。

 どっかで秘密特訓でもしなけりゃ、あんな動きはできっこねえんだ。

 くうぅぅっ、燃えるぜ! 秘密特訓か! 俺もやっときゃよかったっ!!」

「いやぁ、コックとしてだけでは、もったいないですなぁ。

 うぅ〜ん、パイロットとしてのお給金をこれだけ追加するとして、はてさて……」

「むぅ」

「へ〜、すごいんだぁ、アキトくんて」

「そうですね。ナデシコの、ほかの人たちとは違うみたい。

 ちょっといいかな、なんて……」

「偶然よ、偶然に決まってるんだから!!」

「テンカワ・アキト。ボクは絶対に負けませんからね!」

「バカばっか」

 いろいろな人物の口から、いろいろな評価が下されるなか、アキトの戦いは終わりに近づいていた。

「敵戦力の70%以上が撃破されました。艦長、ナデシコは発進しなくてもいいんですか?」

 夢見る少女していたユリカだったが、さすがにその言葉には反応した。

「はうっ! そ、そうでした! ナデシコ、緊急発進してください! ミナトさん!?」

「はいは〜い。注水完了。ナデシコは、地下水路から地上に出まぁす」

 というわけで、ナデシコが海面から巨体を浮上させた頃には、とっくの昔に戦闘は終了していたわけである。


「うおおぉっっ!! このやろう! おまえ、スゲエじゃねえか――うごっ!?」

「アキト、アキト、アキト!! おかえりなさい!

 怪我はない? 痛いとこない? 疲れてない? ユリカに何でも言ってね!」

「そのな、ユリカ……」

 エステバリスからリフトでおりながら、アキトが疲れたような声で口をひらいた。

 ユリカは、期待感に瞳をきらめかせながら、うんうん、と首をうなずかせている。

「パイロットの人が――折れた足を、おまえに踏んづけられて、そこでアワ吹いてるんだけど」

 自分の足元でヒクヒクと痙攣する物体に気がつき、ユリカは「ひゃっ!」と跳び上がった。

「ああっ! なんですか!? どうしたんですか!? 誰が、こんな酷いことを!

 ――えっと、あなた、誰でしたっけ?」

 クエスチョンマークを頭の上に点滅させているユリカに、格納庫の入り口から、誰かが助け舟を出した。

「そのかたは、エステバリスの正式なパイロット、ヤマダ・ジロウさんですな。

 左足を骨折されたために、今回は出撃できなかったわけです」

 プロスペクターが、計算し尽くされた笑顔で歩いてくる。

「オ……オレの名は、ダイゴウジ・ガイだ……」

「ふえ?」

「オレの魂の名は、ダイゴウジ・ガ――」

「まあ、それは、こっちに置いておくとしてですね――」

 そっちに置かれてしまったガイは、二の句をつげずに口をパクパクとさせている。

「テンカワ・アキトさん。あなた、じつに興味深い人ですなぁ。

 火星から、どうやって地球にまで来たのか。

 そして、あんな高度な戦闘技術を、どこで身につけたのか。

 こんどは、憶えていないでは済みませんよ?」

 笑顔でそう言うプロスペクターを、アキトも同じだけの意味しかもたない表情で睨みかえしていた。

「えっ? えっ!?」

 突然の緊迫についていけず、ユリカは二人の顔を交互に見比べている。

 足を抱えて床に座り込んでいるガイも、同様である。

 アキトが、ゆっくりと口をひらいた。

「――火星から、どうやって地球に来たのかは、本当に憶えていないんだ。

 気がついたら、地球にいた。

 機動兵器の操縦と、戦いの方法は、地球に来てから、ある男に訓練を受けたんだ」

秘密特訓だな!! やっぱりなぁ、それでこそ、燃える展開ってもんだぜ!!」

 ガイを完全に無視して、プロスペクターは質問を続けた。

「ある男、ですか。

 そのおかた、ずいぶん高レベルの訓練をあなたに課したようですねぇ。

 どなたです? たぶん、名の知れたかたと、お察ししますが」

 アキトが首を横に振った。

「名前はきかなかった。顔も黒いバイザーでいつも隠してたし。

 でも、オレはそんなことはどうでも――」

――謎の覆面コーチか!?

 くああっっ!! なんて羨ましいやつなんだ、おまえってやつはぁ!!

 オレも、謎の覆面コーチから、特訓を受けたかったんだ!

 鉄ゲタか!? タイヤ曳きか!? くうぅ、燃えるっ!!」

 若干一名、ワケのわからないことを言っていたが、それでも、アキトとプロスペクターの水面下の戦いは続いていた。

「ほう、名前もきかなかったと。それはまた、奇特な。それを私に信じろと?」

「信じてもらうしかない。本当のことだ。オレもあいつが誰なのか知りたいぐらいだよ」

「なにか特徴はなかったのですか?」

 アキトはしばらく考えているようだった。

「黒いバイザーに黒いマント。やたらと強くて、背丈はオレと同じぐらい。

 年は二十台の半ばくらいだと思う。

 ――そういえば、なんかの病気らしくて、時々ふらついてたな」

――で、いきなり血を吐くんだな!?

 なんてこった、謎の覆面コーチのすべての条件を満たしてやがる!

 オレにはそいつの正体がわかる!

 テンカワ、そいつは、おまえの生き別れの兄だ!! 間違いないぞ!!

 燃える! 熱血だ!! オレは! オレはぁっ――!!」

「誰かこの人、医務室に捨ててきてください!」

 ぷんぷんとほおを膨らませたユリカが、ガイを指差した。

 青い制服の整備班が、集団でガイを担ぎ上げると、さっさと格納庫から運び出してく。

 たぶん、彼らにしても、うっとおしかったのだろう。やけに手際がよかった。

「オレはぁ〜!! 燃えるぞおっっ――!!」

 そんな声を残し、ガイは退場した。

「――まあ、いいでしょう。最後に一つだけ、質問よろしいですかな?」

 プロスペクターの周囲の温度が、一気に下がったように感じた。

「あなたは、なぜ、このナデシコに、お乗りになったのです」

 あんたに勧誘されたから、とは、当然アキトも答えなかった。

「なんでかな。ユリカと偶然出会って、プロスペクターさんにも偶然出会って。で、木星蜥蜴。

 ――たぶん、オレ、正義の味方になりたいんだと思う。

 そのチャンスが、このナデシコにはある気がするんだ」

 ふむふむ、とプロスペクターがうなずく。

「これはまた、正直なお答え、感謝します。信用させていただきますよ、テンカワ・アキトさん。

 つきましてはですね、コック兼パイロットということで、契約を修正したいのですが――」

 どこからか取り出した電卓を、『ピ・ポ・パ!』と叩く。

「――こんなもんで、どうでしょう」

 ひそひそと、アキトの耳にささやく。

「えっ、こんなにくれんの!?」

 大声を出しかけたアキトを、プロスペクターが制した。

「しっ! お静かに。 当然、危険手当なども含むわけですが、あの腕前ですし、

 こちらとしても、勉強させていただいているわけですよ、はい。

 他のかたには内緒ですよ? なんなら、これぐらいまでOKですが――」

『ポ・ペ・パ!』と、さらに電卓が鳴る。

「うおぉぉっ! マジですか!? やります、やります! 頑張ります、オレ!」

 二人で盛り上がっているアキトとプロスペクターの後ろで、ユリカが寂しそうにつぶやいた。

「アキトのバカぁ……」

 さらにその後ろの廊下の角から、ジュンが「ユリカぁ〜」と人知れず涙を流していることには、やっぱり誰も気がつかないのであった。








あとがき


――うう、始めてしまいました。
本当に最後まで書ききれるのか、不安と緊張のなかの”見切り発進”です。
ちゃんと見切ってからはじめろよという気もしますが、見切ったところで、どうせ半分も書かないうちに、気が
変わるわけで、その場の勢いに任せてしまえといういいかげんさ。
自分にできる範囲で頑張りますので、今後もよろしくお願いします。

以下は、勝手に作った設定の補足とか、いろいろです。
◆ハーリー君
 彼は逆行してきた方です。
 現在12歳。ルリより、いくらか年上ですね。
 目的は、当然ルリ。
 本筋とは、まったく別の世界で、彼は11歳ルリを手懐けようと、虎視眈々と狙っているのです。
 
本筋とは関係ないので、どうやってナデシコAに乗ったのか、なんてことは気にせず、生暖かい
 目で見守ってあげてください
◆ヤマダ・ジロウ……というかガイ
 自分の文体からして、本文に装飾をすることは絶対にないと思っていたのですが、
 ガイのセリフだけは
ないほうが不自然ということに気づき、急遽、飾り付けてしまいました。
 ただもんじゃないわ、おまえ(笑

ストーリーに独自の色が出せるのは、早くても7話以降。
遅いと、14話まで、TV版と大差ないかもしれません(
おいおい
よろしくお付き合いください。
ではでは……。

 

 

代理人の感想

黒アキト、過去の自分に八つ当たりしてます(笑)。

ひどいね、キミも。

で、ハーリーくんは出てきましたけどルリとユリカはどうなってるんでしょうね?

そこらは次回以降かな。

 

>ガイのセリフだけはない方が不自然

どわははははははははは(爆笑)!