狂笑が世界を圧倒する。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!
 死して我の前より消えうせよ!
 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!
 貴様が生きているのは、我に殺されるため!
 そうであろうが!
 だから死ね!
 我のために死ね!
 我のために腐れて死ね!
 テンカワ・アキトぉぉ――――――――――――――っ!!」

 圧倒的な殺意と、狂気。そこには人としての感情がすでに消え失せていた。
 宇宙という絶対の虚を埋め尽くす狂気は、さまざまなものを道連れにして荒れ狂う。
 またひとつ、数万人の命と共にL2コロニー・ハヤトセが墜ちた。
 危険域から離脱していた<ブラックサレナ>の横面を、衝撃波がひっぱたく。
 アキトは内臓のきしむ音を聴きながら、<ブラックサレナ>の破滅的な推力を全開、コンマ数秒の驚異的な技術で体勢を立て直した。
 スクリーンには、一個の巨大な火球に成り果ててしまったハヤトセ。そしてそれを背景にして、慣性を完全に無視した鋸の歯のような機動を繰り返す<夜天光>の光跡。
 北辰――
 狂気に墜ちた男が、アキトを滅するために這いずるように蠢いていた。
「北辰、貴様! なぜ巻き込んだ! ハヤトセは、なんの関係もなかっただろうが!」
『――貴様が生きているからよ。のうのうと生きて、ハヤトセなどで燻っておったからよ。なぜ生きている――。死ね。死んでしまえ。我のために死ね。腐れて死ね。まず目玉からがいい。眼孔からどろりと目玉が腐り落ちる感触に怯えろ。次は左腕。骨の髄まで真っ黒に腐れて、ぽとりと地に落ちるさまを残った眼でとくと見よ。次には右脚。ほれ、後ろを振り返ってみるがいい。腐れた脚が、融け落ちて地に転がっておるわ。ゆっくりと腐れ。腐れて死ね。糞のような汚汁を垂れ流しながら腐り落ちろ、テンカワ・アキト!』
 くけくけ、という人とも思えない笑い声が後に続く。
 北辰の言葉は呪詛のようにアキトの心を腐らせようとしていた。それに気づき、アキトはするべきことに辿り着く。
「死ぬのは……オレじゃない!」
 どんっ! という爆発のような火炎を吐き出し<ブラックサレナ>は加速した。
「死ぬのはおまえだ、北辰! 地獄にいけ!」
『地獄か。クカカッ! そんなもの見慣れておるわ。我の左眼は地獄に置き忘れてきたのだからなあ』
 <夜天光>がその場でぐるりと回転を始めた。と思うと肩部のターレットノズルが火炎を残しぐにゃりとひん曲がった。
 ――違う。
 それは北辰と彼の部下たちの得意とした変則機動・傀儡舞の始まり。暴れコマのような不規則な、そして非現実的な機動は、しかしアキトの卓越した未来予測を超えはしない。
 無音の空間で、二つの機動兵器がぶつかりあった。





『Martian Successor −火星の後継者−』
第一話






 ちゃらり〜ん♪

 能天気な音楽と共に「YOU WIN!」の文字。
 闘いに勝利したのはユリカだった。
「ぶいっ!」
 と、お得意のポーズも飛び出す。それを向けられ、俯いたリョーコの肩がプルプルと震えている。
「……て……てめぇはなあ……」
 そしてあっさりと爆発した。
「フザけんなよ、このパープリン女がっ!」
 怒声に驚いた他の客たちが、いっせいにこちらを注視する。しかし、そこで怒りに震えている女性が統合軍の礼服に身を包み、そのうえ胸にはいくつもの勲章が光っていることに気づき慌てて視線をそらした。
「てめ……てめえはなあ、旦那が大変な目にあってるってのに、こんなとこでゲームにトチ狂ってるたぁ、どういう了見だ、えぇ!? 説明してみやがれ!」
「うー。だってぇ――」
 などと甘えた声を漏らすのは、ミスマル・ユリカ。腰まで黒髪を伸ばした二十歳過ぎの女性だった。
「面白いんだよ? すごいでしょ、このゲーム。軍に置いてあった訓練用のシミュレータと遜色ないんだから。なんと! メーカーはネルガル・アミューズメントなんです! 軍に納めたシミュレータをダウンサイズしたんだなんて噂もあるぐらいなんだから」
「知るか、ボケッ! おまえ、新聞ぐらい読んでねえのかよ。昨日のハヤトセなあ、ありゃあ、アキトだぞ!」
 ばんっ! とゲーム筐体のスクリーンをこぶしで殴りつけた。その後ろで、心配そうな表情の店員がうろうろしているのが哀れである。
「コロニーひとつ、ぶっ壊しやがった! 軍事拠点でもターミナルコロニーでもねえ、ただの居住コロニーをだ! 何万人死んだと思ってんだ!」
「あ、あのう、お客様……」
 おずおずと店員。
「うるっせぇ! ぐだぐだ抜かすと、耳から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞコラぁ! それとも裏で薬さばいてるっつう疑いで、査察でも受けてえのかよ、ああ!?」
「いえいえ、とんでもございません! ごゆっくりどうぞ!!」
 哀れな店員はさらに哀れに縮こまって逃げ去っていった。
「リョーコちゃん。職権乱用だよ、それ」
「知るか! それにオレはもう軍の人間じゃねえからな。だから、こいつは職権乱用なんかじゃねえ、ただのハッタリだ」
「へ? それってどういう……」
「その前に答えろ! ユリカ。てめえ、こんなとこで何やってんだ!」
 こんなところ、と指し示したのは、場末のアミューズメントセンターだった。ピコピコという間の抜けた音楽。装飾過剰な光彩。裏通りの寂れた、いわゆる「ゲーセン」である。
「えっとね……」
 困ったな、という表情でユリカが口を開く。
「わたしって、籠の鳥なんだよね」
「ああん?」
「だからね、たとえば、あそこの安っぽいスーツ着た、疲れたサラリーマン風の人」
 そう言ってユリカは、マージャンの台に座り込んでいる風体の上がらない中年男を見た。
「あいつがどうした」
「あの人って、たぶん統合軍の治安部の人なんだと思う」
「なに!?」
 と、慌てて振り返ろうとしたリョーコを、ユリカが制した。
「見ない見ない。それから、あっちの金髪メッシュのサブロウタさん似の男の人」
 肩にギターを担いだ、いかにも貧乏なミュージシャン志望の若者。
「あの人はねえ、ネルガルのSS(セキュリティサービス)の人。これはアカツキさんに確認とったから、間違いないんだ」
 リョーコは内心、驚愕していた。まったく気づいていなかったからだ。そう言われて疑いの目で見ても、まだ一般人にしか感じられない。
「ホントか、それ」
「うーん、たぶんホント。他にも何人もいるんじゃないかなぁ。なんたってわたし、SNOW WHITEだから……」
 白雪姫。そして眠り姫。
 それは遺跡と融合させられていたユリカのコードネームだった。
「だから、か」
「そ。身動きできないんだ。籠の鳥。目覚めた眠り姫は、お城に閉じ込められたままでした、ってね」
「くそっ! 胸糞わりぃ!」
 ゲーム筐体を思い切り蹴っ飛ばす。店員が店の隅で泣いている。
「行くぜ、こんな空気の腐ったような場所にいられるか!」
「あ、ダメ」
 腕をつかんで引っ張ろうとするリョーコを、ユリカは拒否する。
「ちょっと約束があるから、ここから離れられないんだ。まあ、お茶でも飲んで、落ち着こうよ」
 缶ジュースでも買うのかと思えば、ユリカは大き目のバッグから、ステンレス製のポットとカップを取り出した。それも二つ。リョーコと自分の前のゲーム台にそれを置くと、ポットから湯気の立つ紅茶を注ぎいれる。
「おまえ……こんなもん持ちあるいてんのか?」
「いいでしょ。アツアツだよ。お菓子もあるんだ」
 出てくるわ出てくるわ。山のようなスナック類が多少大きめのバッグから、魔法のように出現。
「おまえ……」
「ホラ。座って、座って。で、リョーコちゃんこそどうしたの。いきなり乱入してくるから驚いたよ」
 ぼりぼりとお菓子をむさぼりながらユリカが問う。乱入、とはさっきまで遊んでいた対戦ゲームのことだった。
「……。統合軍を辞めた」
「驚いたけど、それはもう聞いたよ。なんで?」
「ネルガルに……いや、アカツキの奴に引っこ抜かれたんだよ。テストパイロットになって欲しいとか言いやがって」
「へえ」
「おまえ、わかってねえだろ。テストパイロットってのはな、生え抜きのトップライダーにしかなれねえもんなんだ。オレら機動兵器乗りにとっちゃ、ある意味エリートなんだよ」
「ふうん、よかったね」
「なんかムカツクな、おまえ。まあいい。とにかくな、今現在、統合軍で主流になっているステルンクーゲルっていうクリムゾン製の機体、あれが全部一線から外されることになったんだ」
「なんで? たしか配置されて一・二年しか経ってないって……」
「まあな。ピカピカの最新鋭機だったんだがよ、こいつが使いもんにならねえってことを、あるひとりのマシンチャイルドが証明しちまったもんでな」
「それってもしかして……ルリちゃん?」
「あたり。あの機体はEOSっていう戦術コンピュータ支援の操縦システムが搭載されていてな、これが新兵でもそれなりに機体を扱えるってんで人気だったわけだが……」
「ルリちゃんが、メインサーバを乗っ取って、全部動けなくしちゃったから……」
「まあ、明らかな欠陥品だわな。オレとか一部の頑固もんは、自分用にカスタマイズしたエステを使ってたからよ、そん時も問題なく戦ってたわけだ。で、軍部のお偉いさんは考えた。EOSではなく、IFS方式に戻すべきなんじゃないか、ってな」
 ぽん、とユリカが手を叩く。
「そっか。それで落ち目の会長さんが!」
「そう。張り切って新機種の開発を推し進めてるんだな。で、IFSに習熟していてネルガルとも旧知のオレに、テストパイロットのお声がかかったと、まあ、こういうわけだ」
「へえ、よかったね」
「やっぱムカツクわ、おまえ……。地球に着いて一番に顔出してやったってのによ」
「そう、それ。なんで? いきなりどうしたの」
「ん? ああ、まあ、そのなんだ……」
 リョーコは照れたように鼻先をぽりぽりとかいている。
「地球にくる途中で、ハヤトセの事件を聞いてな、アキトがかかわってることに気づいたからよ……」
「わたしが落ち込んでるかもしれないって思ったんだ」
 ユリカはにっと笑った。
「やさしいんだね、リョーコちゃん」
「ぶっ、ぶぅあかなこと言ってんじゃねえ! オレはだな、初めっから、昔馴染みの所には一通り顔を出そうとだな……!」
「うんうん。わかるわかる。リョーコちゃんはいい人だね」
 真っ赤になって反論しようとしたリョーコを押しとどめるように、呼び出し音が鳴り響いた。
「あ、待って。わたしだ」
 ユリカだった。寝ていた二年間の間に、軍用から一般用に技術公開されていたコミュニケを取り出し、受信する。
 浮遊式ウィンドウが表示され、
『プレイ開始 −ERECTRIC SHEEP』
 という文字だけが表されていた。
「んだ、こりゃ。電気羊?」
「へへえ。わたしのゲーム友達。このゲームでネットワーク対戦をやるって約束してたんだ」
 ユリカは喜色満面で、一台のゲーム筐体を指差していた。

『Martian Successor −火星の後継者−』

 それが、そのゲームの名だった。








あとがき

「そういえば北辰を書いたことないなあ」と思ったわけです。
でも「武人」北辰とか「壊れ」北辰とか「ラブリー」北辰とかは他の方がとっくに書かれているようなので、他に何かないかなあ、と
で、「気狂い」北辰に決めました。
復讐者として仇敵を追い詰める、外道で気狂いの爬虫類系。
MXでもライバルとして思い切り気狂って欲しいもんです。

あとまあ、B2Wで「長い!」「わかりづらい!」という指摘をいただいたので、今回は短く簡潔にわかりやすく、を目標にしています。
……と思ってたら、なんか地の文が極端に少なくなったような(笑

たぶん四、五話くらい。のんびりお付き合いいただけると幸いです。
ではでは〜。

 

 

管理人の感想

ぼろぼろさんからの投稿です。

ぞんびー北辰ですか?

これはちょっと意外なキャラですね。

なんかアキトと北辰の立場が入れ替わっているので、中々新鮮です。

MXでは、北辰の登場はあるのでしょうかね?(笑)