「しっかし思ったよりも早く済んで助か ったぜー」
 言いながら私服姿のリョーコはかつ丼を勢 い任せに一気にかっ込んだ。
 ここはナデシコBの総合食堂。任務を終え たもの、これから出向くもの、何となく空いた手を持て余して タバコを吹かすものなど、多様な模様が見られる。
「そうですね。このまま行けばアマテラスポ イントでみんなと合流してもまだ余裕がありそうですし」
 こちらは火星丼で同じく私服姿のハーリー が答える。
 タカマゴコロニー処理の任務を終えた彼等 は、次の作戦遂行場所である旧アマテラスポイントへ向かって 現在移動中である。
「でもよ、自分で言っておいてあれなんだが 何でこんなに早く終わったんだ?前のあれは、えーと何つった っけ・・・」
 記憶を辿るリョーコは箸を宙で所作なさげ にうろうろさせる。
「サクヤコロニーですか?」
 ハーリーがその先を続ける。
「そうそう。それ。そんときゃよー、えらい 時間がかかったじゃねーか」
 言いながらそれを思い出したのかリョーコ は渋い顔をする。相当手間のかかる作業だったようだ。
「コロニーの造りが違いますから。仕方ない ですよ」
「造り?」
「はい」
 答えながらハーリーは一旦箸を置いて手首 のコミュニケを操作する。
 すると筒状のコロニーと、球状のコロニー の小さなモデル映像が現れた。
「一般にコロニーには大別して二つの形状が あります。一つは筒状のもの、もう一つは球状のもの」
 ハーリーは一旦球状のコロニーのモデル映 像を消し、筒状のコロニーを残して指差す。
「筒状のものは既に広く知られたものですね 。その安定性と安全性には定評があったんですが、建設に時間 がかかる上に、例えばコロニーに穴が空いてしまったなどの事 故が起こるとその影響がコロニー全体に及んでしまうという欠 点があったんです」
「ふーん。なるほど」
 リョーコは咀嚼しながら頷く。
「そこで考案されたのが、」
 一旦言葉を切って、今度は球状のコロニー のモデル映像を呼び出す。
「この球状のコロニーなんです。これは小さ なブロック状の居住区や研究施設などを連結させて一つのコロ ニーを形作るというものです。これなら分担していろいろな場 所で造れますし、完成後、仮にどこかで事故が起きたとしても その区画を切り離せば大事故は免れます。最近はこの造りのコ ロニーが多いですね」
「はーん。つまりサクヤは筒でタカマゴは球 だったんだな」
 だから例え爆破されても盛大にばらばらに なったりせず、後始末も楽だったのだろう。
「ヒサゴプランで新しく考案、建設されたコ ロニーはたくさんありますから。 地 球から近くはヒコネコロニー、遠くは最も外周を回るイザナミ コロニーまでいろいろですね」
「あー、そういやアマテラスも球状だったな 」
「え?ええ、そう、ですね」
「?どした?」
 言葉を濁らせたハーリーにリョーコは不思 議そうに顔を傾げる。
「え、ええ、その、実は」
 しどろもどろとハーリーは話す。
 以前日々平穏で同窓会じみた集まりをした 時、その説明をしたイネスに向かってユキナが「ふーん?つま り球状のは筒状のと違って秘密が造りやすい構造ってことです ね」と感想を漏らしたのだ。
 それを聞いて思わず渋い顔をするプロスペ クターと、腹を抱えて大笑いするサブロウタがやけに印象に残 っていたのでそれを思い出したのだ。
 それを聞いたリョーコも案の定、
「かかか、ちげえねえ」
と笑った。
 そしてひとしきり笑うと、ふと物憂げな瞳 でハーリーを見た。
「な、何ですか?」
 思わずたじろぐハーリー。
「なあ、ハーリー・・・。本当に・・・この 作戦でケリがつくのかなあ・・・?」
「―――――――――」
 動かしていた箸を止める。
「旧アマテラスも球型。ユキナの言う通りだ 。まさに隠し事にはもってこい・・・。聞けばクーデターが起 こるまでヒサゴプランを動かしていた統合軍トップの准将まで 遺跡ブロックを知らなかったらしいじゃねえか・・・」
 そう言うリョーコの言葉は悲しげな憂いを 帯びている。
「宇宙軍の情報は全部出す・・・。それはお 前と俺がやってきたから間違いねえ。ネルガルは長髪とエリナ だ。隠し事くらいあるかもしれねえが、この期に及んでつまら ねえ嘘はつかねえだろうよ。けど・・・」
 リョーコは一旦言葉を切る。
「問題は連合軍だ。本当に腹割ってくんのか な・・・?」
 仕事の疲れがそうさせているのだろうか。 今のリョーコはとても寂しそうで活気がない。
「で、でもジュンさんは頑張ってくれてます よ?総司令だって・・・、それに・・・艦長だって・・・」
「んなこた言われなくても分かってる!!」
 急に声を荒げたリョーコに周囲の視線が集 まり、しばらくしてまたそれは逸れていく。
 ハーリーはどうしたらいいのか分からずに しどろもどろしている。
 苦しげにリョーコは呟いた。
「分かってるんだけどよ・・・」
 眉根を寄せて何度も首を振る。
「すまねえ・・・。お前に当たるつもりじゃ なかったんだ・・・」
 リョーコは俯き、まだ湯気を上げる食事を 残したまま席を立つ。
 これは・・・この気持ちはきっとつまらな い勘繰りで、杞憂なのだろうと思う。
 そう分かっていても、胸に割り切れないし こりが残る。
 どんなに振り払おうとしても振り払えない 疑心暗鬼が不安を呼び、やがては不信を生み落としていく。
 でも、仲間や身内にまで疑いの目を向けて しまうなんて・・・。
 これが戦争というものなのか・・・。
「あ、あの、リョーコ、さん・・・」
 リョーコは背中を向けたまま頭を抱えてま た何度も首を振った。呼び止めるハーリーの言葉にも答えずそ のままどこかへ歩いて行く。
 そんな自分がどうしようもなく情けなくて 、やがてリョーコの瞳に涙が滲んだ。
 ハーリーには見えなかった。































 同時刻、ナデシコCの銭湯の脱衣所でル リは濡れた髪をタオルで拭っていた。
 驚いたように呟く。
「サブロウタさんが不参加・・・?」 
 お風呂上りの彼女はパジャマ姿で、頬は薄 紅を差したような桃色だ。
 宇宙へ進出し、巨大なコロニーを造るまで になっても、服を脱いでしまえば人間はどこへ行ってもただの 動物である。
 不思議なもので、たったそれだけのことな のに周りにいる人は皆開放されたような顔で仕事に、上司に、 戦争に、愚痴に談笑を交えつつこぼし合っている。
「時期が悪かったのね。彼、先週から有給を とってどこかへ行ってしまったらしいわよ」
 バスタオルを身体に巻いたままのイネスが ビン牛乳片手に言った。彼女はネルガルから派遣された医療ス タッフとしてこの作戦に参加している。
「サブロウタさんはナデシコBにいたんじゃ ・・・?」
「戦後処理ももう一年だもの。いい加減嫌に なってくるのが人情ってものじゃないかしら?」
「サブロウタさんにしてはよく辛抱した、っ てところでしょうか?」
「かもしれないわね。よせばいいのに『遠く へ行きます。捜さないでください』なんて置手紙するものだか らハーリー君の怒りようといったらすごかったらしいわよ」
「無理もありませんね」
 リョーコもさぞかし、と言ったところか。 その様がありありと目に浮かぶ。
「これは帰って来たら」
「拳の一つや二つは免れないでしょうね」
 冗談めかして苦笑しながらイネスは答えた 。
 一気にビン牛乳を飲み干す。
「明日の午前中にはナデシコBと合流できる わ。準備も整っているし後は寝て待つだけね」
 ビン牛乳をゴミ箱に捨てた。
 ごとん、と鈍い音がした。
 もうあれから一年。
 いや、火星の後継者に囚われ、姿を隠して からだから彼女にとっては三年か。
 イネスは感傷の溜息をついた。
「いえ、後一つだけやることが残っています 」
 ルリの言葉にイネスは我に帰る。
「?なにかあったかしら?」
「個人的なことです。でも」
 ルリは洗面所に備え付けられている鏡に映 る自分の顔を見た。
「大事なことです]






























Fantasia 第四話 ラピス・ラズリ































 ルリはパジャマ姿のまま一人、夜のナデシ コCの操縦席に座った。
 明日の作戦に備えて搭乗員は皆早めに就寝 しているため、メインブリッジに人の影はなく、見えるのは青 白い月光と宇宙の海だけである。
 結んでいないストレートの髪が背中とシー トの間に挟まって、ちょっと痛かったので位置を楽なように緩 めた。
 しばらくそのまま星の海をぼんやりと眺め た。
 薄青いブリッジの中、ルリはゆっくりと操 作球へ手を乗せる。
「オモイカネ」
 ぶん、という電子音と共にオモイカネが立 ち上がり、リングボールが広がる。
「アクセス解析は?」
『終了しました。12のサイトを経由し、合計144 のダミーを介してここへアクセスしたようです』
「アクセス元に接続できる?」
『可能です』
「危険度は?」
『認められません。接続を開始しますか?』
「始めて」
『了解。接続を開始します』
 リングボールに記号の螺旋が現れる。
 ルリは目を閉じ、アクセス元へ辿り着くの を待った。
 多分危険はない。そんな気がしていた。だ からパジャマのままだった。
『接続完了。サイトを開きます』
 そしてルリは目を開いた。
 そこに開けていたのは木漏れ日の差す深い 森。小鳥の囀りや獣の遠吠え、笹の擦れ合う音が聞こえる。ネ ット接続であるから分からないが、おそらく土や枯葉の臭いも 立ち込めているのだろう。
 ここが以前ナデシコCへアクセスしてきた 者の場所。ルリの情報に対するイメージが水であるように、こ のサイトの持ち主のイメージは森なのだ。
 パジャマ姿のままルリは森を歩く。
 さくさくと葉を踏む音がする。道を防ぐよ うに倒れていた木々を攀じ登り、風に舞い上がる枯葉に惑わさ れながらルリは歩いた。
 やがて樹齢どのくらいかも分からない森の 主のような巨大な木の下へ辿り着いた。
 その根元には一人の桃色の少女が目を閉じ て静かに佇んでいる。
 少女はルリが来たのに感づいたのか静かに 目を開けた。
「こんばんは。ルリ」
「こんばんは。ラピス」
 ルリとラピスは挨拶を交わした。
 ルリは周囲の森を見渡した。一羽の鳥が木 の枝から羽ばたいて飛び去った。
「ここがあなたの場所?」
「ええ」
「そう・・・。わたしとは違うけど素敵な場 所ね」
「ありがとう」
 桃色の少女は小さく微笑んだ。
「紹介するね」
 ラピスがそう言うと彼女の肩上に弓に矢を あてがった画像が表示された。
「この子はユーチャリスのオペレーションシ ステムのアルテミス」
「アルテミス・・・。じゃあわたしも紹介す るね」
 ルリの肩上に鐘の画像が表示される。
「知ってる。オモイカネ」
「覚えててくれたんだ?」
「うん。・・・アルテミス?」
 ラピスが言うと弓と矢の画像に重なって『 はじめまして。オモイカネ』と表示が現れた。
 オモイカネも『はじめまして。アルテミス 』と答えた。
「この間はごめんね、オモイカネ。ルリとあ なたがわたし達を捜してインターネットに接続するのを待って いたんだけど、防壁にこの子が過敏に反応してしまったの」
『問題ありません』
 オモイカネは答えた。
「待っていた?わたし達を?」
 ルリが訊ねた。
「うん。あなたとオモイカネなら以前のデー タがあるからすぐに見つけられた」
「そう・・・。わたし達はあなた達がどこに いるのか捜しているの。ここはどこなの?」
 イメージフィードバックシステムが表現す る世界は使用者の心象を現す。
 ラピスのこのイメージは彼女のいる場所か ら生まれたものなのだろう。
「ここはどこかの森。わたしにはそれしか分 からない」
「どうして?」
「ジャンプする場所を選ぶのはわたしじゃな くてアキトだから」
「アキトさんが?じゃあここはアキトさんの いる場所でもあるのね?」
「うん。アキトはわたしといる。わたしはア キトの目。アキトの耳。アキトの口。アキトの。アキトの ――――――
 ラピスは人形のように繰り返す。前クーデ ター中にルリと話した時と同じように。
 ラピスはしばらくそれを繰り返し、やがて 金魚のように口をぱくぱくさせるだけになった。
 出てくる言葉がなくなったのだろうか。
 ラピスはそんな自分自身に不思議そうに首 を傾げていた。
 ルリはその様子をしばらく眺めていた。
 ラピスは何度も口をぱくぱくさせ、不自然 に首を傾げたまま、また言葉を語り始めた。
「でも最近分かったことがあったの。わたし はそれをあなた達に伝えたかった」
「分かったこと?」
「わたしはアキトの目。アキトの耳。アキト の口。アキトの。アキトの―――。でも」
 ラピスは傾いていた自分の首を小さな手で ゆっくりと真っ直ぐに直す。
 そしてルリを見て言った。

「アキトの心はアキトのもの」
「えっ」
「だからわたしの心もわたしのもの。わたし はそれを伝えたかった。誰かに伝えたかった。でも誰でもいい とは思わなかった。だからわたしはあなた達を待っていた」
「だからわたし達を待っていた・・・?」
「ユーチャ―――――――、の、―――。で ―――、めて――――――」
 そこで突然画像と音声が乱れ始めた。
「どうしたの!?オモイカネ!?」
『軍の探査コンピュータに発見されました。 逆探知の可能性。危険レベル大。防壁を展開しつつ接続を切り ます。残り10』
「―――ピス?―――ス!!」
 言ってルリははっとした。自分の声も途切 れ途切れになっている。周囲の森の像もジャミングがかって見 える。おそらくラピスからもルリの画像や音声は歪んで見えて いるのだろう。
『残り5』
 だが一方のラピスは変わらず淡々とぱくぱ く口を動かしているだけで、アルテミスを操作する様子もない 。何か言っているのか、いないのか。巨木が、木々が、ラピス が、砂嵐に変わっていく。
『残り0。接続を切断します』
 そしてジャミングすら消え、気が付けば目 の前には再び星の海が広がっていた。
 ルリはオモイカネのシステムを閉じた。
 終了音と共にリングボールが消える。
 後には薄青い星の光だけが残った。
 ルリは目を閉じてリクライニングのシート に身を預けた。
 薄く長く息を吐き、やがて小さく呟く。
「・・・・・・ラピス・ラズリ・・・・・・ ・・・」
 そして翌日の午前、ナデシコCとナデシコB は旧アマテラスポイントにて合流し、クルー達は再会の喜びを ひとしきり味わった後、データ解析を終えたイネスにミーティ ングルームへ呼び出された。































「ナゼなにナデシコ、解決編。『ヒサゴプラ ン』」
 白衣姿で黒板横に立ち、場を仕切るイネス へデスクに座るクルー達は一様な拍手をした。
「皆さん、こんにちは。はじめまして。お久 しぶり。ナゼなにナデシコ解決編を担当させていただくナデシ コC医療スタッフ、イネス・フレサンジュです」
 クルーの面々は、連合軍代表、ホシノ・ル リ、アオイ・ジュン、宇宙軍代表、マキビ・ハリ、スバル・リ ョーコ、ネルガル代表イネス・フレサンジュ、ウリバタケ・セ イヤ、その他整備員、ナデシコB、ナデシコC両戦艦チーフスタ ッフなどである。
「連合軍、宇宙軍、ネルガルから無事データ も集まり、『彼等』ことテンカワ・アキト、ラピス・ラズリを 捜す一連の出来事にも事実上幕が降りることになります。まず 三つの機関から収集したデータを統合し、製作したお手元の資 料をご覧ください」
 言われるままにクルー達は手元の資料に目 を落とす。
 そこには日付の違う二つのサンプルデータ が記してあった。
 6月16日。午前9時25分。テンカワ・アキト 、地球ヨーロッパにて目撃情報。
 同日。午後2時45分。テンカワ・アキト、 月コロニー第三区画にて目撃情報。
 同日。午後10時30分。テンカワ・アキト、 ナムジコロニーにて目撃情報。
 6月25日午前11時55分。テンカワ・アキト 、サネキコロニーにて―――――――。
 同日。午後3時15分。テンカワ・アキト、 ―――――――。
 同日。午後11時25分。―――――――。
「はい。ここまで。この二つのデータは二つ の事実を示し、やがて一つの結論へ至ります。さて、このデー タが示している事実とは何でしょう?・・・ハーリー君?」
「えっ?えっ、と」
 突然指名を受けたハーリーはしどろもどろ しながら答えた。
「目撃情報は・・・あるんですね」
「はい、その通り。事実、この他にもテンカ ワ君に関する目撃情報は三つの機関から他にも数多く提供され ました。ではもう一つは?・・・そうね、じゃあジュン君」
「えっ!?ぼ、僕ですか?・・・えー、ええ とー、あー」
 慌てて資料に目を走らせるジュン。
 そして思い浮かんだことをそのままに口走 った。
「た、短期間の内に随分いろいろな場所へ移 動していますね」
 言って恐る恐る視線を上げてイネスを見る と彼女は満足げに頷いていた。
「そう、このデータが示すのはその二つ。目 撃証言は充分だということ。短時間で常識では考えられないよ うな長距離を移動していること。では、この二つから導き出せ る一つの結論とは何か?・・・・・・分かるかしら?ルリちゃ ん」
 イネスはルリを見た。
 ルリは答えた。
「アキトさんは、ジャンプしている」
 それは昨晩、桃色の少女がルリに言い、こ の資料を見てルリ自身が確信した一つの結論だった。
 イネスは深く頷いた。
「そう、テンカワ君はジャンプできる。自分 の意志で。ユーチャリスには個人で使う分には充分な量のチュ ーリップクリスタルが積んであった。そうね?」
 イネスの視線と言葉を受け、腕組をし、壁 に背を預けて立っていたネルガル代表のウリバタケは頷いた。
「だとしたらテンカワ君を捕まえる、という こと自体最初から無理だったという結論が導き出る。どこへ閉 じ込めたとしても意思一つでどこへでもジャンプしてしまうの だから」
 その結論にしん、とミーティングルームが 静まり返った。
 言われてみればその通りだ。テンカワはあ そこへ行こう、とイメージするだけでその場から消えていなく なってしまう。つまり、単独でのボソンジャ ンプを可能とするテンカワ・アキトはどこにでもいて、どこに もいない存在なのだ。
 その発想は掴み所の無い不可解な不気味さをクルー達に与え た。

「事実、三つの情報機関はこの結論に気が付 いていたようね。半年前を前後にテンカワ捜索の規模は段々と 縮小されているわ」
 そこでイネスは一旦言葉を切り、口調を低 いものにした。
「ミスマル・ユリカが人間翻訳機として機能 し続けていたなら、人間の誰もがジャンプ可能な時代が到来し ていた。それによって人類は新しい世界を実現し、きっと何か を喪失する。草壁春樹がボソンジャンプ技術を巡ってクーデタ ーを起こした気持ちも分からなくはないわ。新しい秩序が必要 だ、彼は確かにそう言っていたもの」
 その言葉にミーティングルームの沈黙は更 に重いものになった。
 確かにイ ネスの言う通りなのかもしれない。
 もしボソンジャンプが一般にも浸透すれば 、今まで大切にしていた何かから知らず知らずの内に手を離す ことになってしまうかもしれないのだ。誰で も知っている歴史や物語が、時に新たなページを開くというこ とは喜びと感謝を、時に孤独と独断を生むということを示唆し ている。ここを離れてどこかへ行ってしまいたい、そ んな願いは誰でも抱くものなのだから。
 その沈黙の中でルリは昨日のラピスの言葉 を思い返していた。
『アキトの心はアキトのもの』
 全くその通りだ。アキトの心はアキトのも の。アキトがその場にいることを望まなければ、彼はその場を 去る。彼の心の思うままに。
 アキトと行動を共にする間にラピスはその ことに気が付いたのだろう。アキトの五感を代替する彼女だか ら。
 やがては彼女も、アキトとは違う自分だけ の心があるということに気が付いた。
 ラピスはそれを誰かに伝えたいと言ってい た。でも誰でもいいというわけではないとも言っていた。
 ルリにもその気持ちがある。漠然としてい て、その正体が何なのかはよく分からないが、誰かに伝えたい 。でも、誰でもいいというわけではない気持ち。
 でも、見つけてもすぐに消えてしまう人へ 伝えるにはどうすれば―――――――。
 前途の途切れてしまった気持ちに心が沈ん でいく。
 他のクルー達も黙り込み、ミーティングル ームを重苦しい沈黙が満たす。
 息苦しさを感じたルリは制服の襟を緩めよ うと首元に手を伸ばし、そこで胸ポケットに一通の手紙が挟ま っているのに気が付いた。
 先日ウリバタケから受け取ったハーリーか らの手紙だ。
 クーデター後、ルリとハーリーは別の部署 に配置されてから互いの近況などを綴った手紙のやり取りをし ていた。
 別に電子メールでも構わなかったのだが、 敢えて手紙という手段を取った。その内容自体は他愛ないもの だが、実際に形となって手に残る、ということが不思議と安心 感を与えてくれたのだ。
 ルリは胸ポケットからその手紙を取り出し て見つめた。
 手紙・・・・・・。
 手紙・・・・・・?
 その時、ルリのイメージの中でいろいろな ものが繋がりを持っていった。
 ボソンジャンプ、テンカワ・アキト、ミス マル・ユリカ、ラピス・ラズリ、マ キビ・ハリ、手紙、油に炙れた紙片。
 やがてその考えが一つの形へにまとまり始 めた頃、ミーティングルームのドアが開いた。
 一人の男が部屋に入ろうとして、露骨に顔 をしかめる。
「う・・・、な、何だ?この重っ苦しい雰囲 気は・・・」
 そう言って一歩たじろいたのは、目立つ金 髪にだらしなく軍服を着崩すタカスギ・サブロウタだった。
「あーっ!!サブロウタ!!てめえ!!」
 リョーコが机を叩いて叫びながら立ち上が った。
「サブロウタさん!!こんな時にどこへ行っ ていたんですか!!」
 続いてハーリーがリョーコに勝るとも劣ら ない声を上げる。
 サブロウタはバツが悪そうに苦い顔をして 、頭を掻きながら答えた。
「も、文句言うなよ。俺だって休暇取る前は こんな作戦あるなんて知らなかったんだからな」
「でもこんな時に不謹慎じゃないですか!! 」
 つかつかと歩み寄りながらハーリーがここ ぞとばかりに文句を言う。
 さすがにカチンと来たのかサブロウタも言 い返す。
「・・・ハーリーお前な、せっかくテンカワ を見かけたから休暇を取り止めてまでわざわざ帰って来たって のにそこまで言うか?」
「生憎ですけどもうそんな情報意味ありませ ん!!今その話をしていたんですから!!」
「は!?意味ないって!?そりゃどういうこ とだよ!!」
 さすがに驚くサブロウタ。
「自分で考えてください!!自業自得です! !」
「な、何だと、こいつ言わせておけば・・・ !!」
 そう言ってハーリーに手を伸ばそうとした サブロウタの前にルリが割って入った。
 ルリは真っ直ぐにサブロウタへ向き合って 言った。
「サブロウタさん」
「は、はい?」
 真剣なルリの口調にサブロウタはちょっと 間抜けな声で答えた。
「本当ですか?テンカワさんを見かけたって ・・・」
 サブロウタは心持ち姿勢を正しながら返答 する。
「え、ええ。休暇先で。ちらっと見かけてす ぐ見失いましたけど間違いないでしょう。・・・いまいち経緯 は分かりませんがその情報にもう意味が無いんじゃ?」
「いえ・・・」
 ルリは思考をまとめるために少し考える。
 やがて一つの結論が出た。
 多分望みはわずか・・・でも、やってみる 価値はある。
 自分の気持ちを確認するように一人何度も 頷く。
 うん、きっと、ある。
 やがて顔を上げ、意を決して訊ねた。
「サブロウタさん。そこはどこですか?教え てください」


























あとがき



 ども、CROWです。読んでくださってありが とうございます。
 これが四話だから次が最終話ですね。
 ・・・うわぁ・・・何だか緊張する・・・ 。( ̄□ ̄;
 後一回、気合入れていきますんでお付き合 いお願いしますです。



>雰囲気押しを選択したようで
 何だか思い込みと勢いで書いたらこうなっ ていました。(^^;
 雰囲気が出ていれば・・・、と思っていた ので形としてそれなりになったようで嬉しいです。

>その中に『山』と『谷』を上手く作るのが コツの一つです
 なるほど・・・です。引きやオチを意識す ることはよくありますけど、『山』はあまり考えてないかもし れませんね・・・。
 『山』と『谷』と『引き』かあ・・・。

>『車田シルエット』
 納得しながら爆笑してしまいました。(^^ ;
 ものすごく分かり易かったです。



でわ、また。CROWでした。


感想代理人プロフィール

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 ゴールドアームの感想。

 第4話、いよいよ盛り上がってきましたね。
 ここまで読んできた感じからすると、このお話は全体として 3話くらいで構成するべきだったような気がします。短編とし て一話にするには少し重く、前後編では今ひとつ収まりが悪い 気がしますので。
 状況の提示>各人の思惑と行動>事件の結末というあたりの バランスでしょうか。
 今回のお話は上の2段階目、事件に関わるみんなが様々な思 いを持って集結していく部分です。細かく突っ込む所ではない ので、細かい感想は最終話の時点で全体を通して語ることにし ます。



 あと、ここで書いていた細かいアドバイスにレスが付いてい るようなのでまとめてもう少しw

 連載にせよ読み切りにせよ大長編にせよ、そして駄作にしろ 傑作にしろ、小説は『読んでもらわねば始まらない』ものです 。そのために大事な物が『つかみ』です。
 漫才でいわれていた『つかみはOK』のつかみですね。
 ライトノベルなら表紙のイラストやオビのあおり文句、文芸 作品なら書評や○○賞受賞作という肩書きなど、とにかくまず 本を手に取らせることから世の中の小説は始まっています。
 ここのような同人サイトの場合、サイトを訪れるという行為 そのものがいわば『本を手に取る』事に当たりますから、その 点を気にしなくていいのはある意味幸いなことです。
 ですが、本番はここからです。
 某ラノベ関係の雑誌でも言われていたことなのですが、昨今 の読者は『とりあえず通して読んでみる』という事をしないと いわれています。頭の数ページを読んで興味を引かれないと、 その時点で投げてしまうというのです。
 批判的な言い方のように思えますが、同時にこれは真理です 。
 本当に面白い小説は、1ページ目から読者の興味を引きつけ て放さない物なのですから。
 このことはこういうサイト掲載の小説においても真理です。 その一番大事な『頭の数ページ』を、まんま時ナデのプロロー グのコピーですませていたり、延々と背景描写に費やしていた りする物が結構あります。
 これでは大半の読者は引きます。いわゆる『時ナデ3次系』 をやるにしても、何らかのひねりは必要でしょう。
 定番プロローグとなっている時ナデのナデCとユーチャリス のチェイスシーンでも、『ランダムジャンプによって主役が何 処かへ消え去った(死んだように見える)』という所から読者 の興味を引いています。背景描写をやるにしても、短い序文の 中に、『どこがオリジン世界と違うのか』を強烈に意識させる 部分が絶対的に必要です。たとえば、

 『無人兵器の火星襲来から始まった地球−木連間の戦争は、 双方に多大な犠牲を出しつつも、木連軍の勝利において決着し た』

 こういう書き出しで始まっているSSがあったとしたら、続 きを読んでみたいと思いますか? 思いませんか?
 これが『つかみ』です。
 面白い小説、SSは読者の興味を引き、掴んだと思わせてお いてウナギのようにするりと抜け出し、最後はきちんと蒲焼き で締めるのが傑作といわれる作品になるのです。
 CROWさんは私の見た限りですが、ある程度習作を重ねる ことによって上達していく方だと思います。私も人のことをい えたものではありませんが、考えて、書いて、読んでください 。たぶんそうすれば絶対上手くなると思います。
 では、これからも頑張ってください。完結編をお待ちしてい ます。

 ゴールドアームでした。



PS

 『サブロータ』は、『サブロウタ』と表記する方がいいです ね。