「おい、起きろハーリー。もう着くぞ。おい」
 がくがくと肩を揺さぶられて、ハーリーは 眠りから目覚めた。
 布団に寝かせていた身体をゆっくりと起こ す。まだ意識が覚めきっていないのか、その目はぼんやりとし ている。
「・・・・・あ、・・・サブロウタさん・・ ・。おはようございまふ・・・」
「おう。もうすぐ着くぞ。早く顔洗ってブリッジに上がれ」
 そう言うサブロウタは現地案内役としてナ デシコCに乗船していた。既に軍服で正装している辺り、どう やら随分早くから起きていたようだ。
 一方のハーリーは「ふぁ〜〜〜」と大口を 開けていかにもだらしないあくびをした。
 その様子をサブロウタはやれやれと見てい る。
 現在ナデシコCはそのサブロウタがテンカワを見たと証言し たコロニーへ向かって移動中である。

「サブロウタさんはいいですね・・・。時差 ぼけなくて・・・」
「ちょっと前までこっち時間でいたからな」
「そですか」
 軽く言ってハーリーは船の外の様子を見よ うと窓へ視線を向けた。
 いくら訓練している軍人と言っても、起床 からすぐに顔を洗い、歯を磨いて、軍服へ着替えるというだけ の生活の繰り返しではあまりに潤いがない。
 そういうわけで戦艦の個室窓というのはド ア並に大きく、また部屋の装飾・改装などもほとんど本人の自 由意志に任されている。
 だが、そこに見えていたのは黒い宇宙。ま さに窓一面真っ黒である。
 ・・・・・・まだ寝惚けているのかな?
 そう思ったハーリーは目を擦ってもう一度 見るが、結果は同じで、やはり窓は黒一色だった。
「あれ?もう着くって、サブロウタさん。ま だコロニーの影も見えないじゃないですか」
「いいや、もうすぐそこだ。まさに目と鼻の先ってな」
 意味深な笑みを口元に浮かべてサブロウタ はそう答えた。
「・・・??」
 ハーリーは布団から立ち上がり、窓へ近寄 る。
 やはり真っ黒黒だ。
「・・・定期灯も見えませんけど」
「コロニーに近すぎて逆に見えないんだよ。今この窓から見え てるのはコロニーの外壁だ」
「・・・え」
 思わず声が零れた。
 つまり、今この目に映っているのは星の海 ではなくて、コロニーの壁面?
 呆けるハーリーを端に、続けてサブロウタ は言った。
「でかすぎるんだよ、このコロニー。総質量5億トンだってよ 。ブリッジのメインモニターも見てみな。あっちも真っ黒だか ら」
 窓を黒く染めるコロニーは地球から最も遠い外周を回ってい る。
 その名をイザナミ、と言った。






























Fantasia 第五話 イザナミコロニー





























 それから十数分後、軍服に着替え たハーリーがブリッジに上がってメインモニターを見るとサブ ロウタの言った通り、まさに一面の黒だった。ナデシコCは外 装、内装ともに白と青を基調に構成されている為、その色は更 に引き立って見える。
 ナデシコCの艦長席に座るルリも驚きを通 り越して呆れているようにモニターの黒に見入っていた。
「おはようございます。艦長」
「おはよう。ハーリー君」
 襟元が緩んでいないか確かめながらハーリ ーは挨拶をした。
 今のナデシコCは指定された座標に向かっ て自動航行中である。リョーコ、イネス、ジュンやウリバタケ も既に起き出していて、ブリッジに集まっている。
 ハーリーは皆とも挨拶を交わしてから、改 めてモニターを見やる。
「すごいですね。僕、こんな光景初めて見ました」
「わたしもです。これ、肉眼カメラですよ」
「肉眼でこれですか?」
 つまり、今目の前に見えるものはカメラの 縮小や拡大を介さない、見た目そのままのものである。
「・・・コロニーに近づくまでの映像あるけど、見る?」
「あ、はい」
 答えながら副艦長席に座るとすぐに映像デ ータが送られてきた。
 操作球からシステムを立ち上げると、ハー リーの周囲にリングボールが浮かび上がる。
『おはようございます』
 オモイカネからの表示が現れる。
「おはよ。オモイカネ。さっそくだけど映像データの再生お願 い」
『了解』
 すると周囲のリングボールの色が暗転し、 闇の中にいくつもの瞬きが浮かぶ映像が現れた。
 それはいつも見ている星の海だ。おそらく これは正面カメラからの映像なのだろう。リングボールに浮か ぶ星々は前から後ろへと流れて行く。
 やがて遠くに小さいが定期的に明滅する光 が見えた。近づくにつれ、その光点を中心に光は上下へ伸びて 一本の直線となった。更に中心を同じくして前後左右へ分かれ 、立体感を造り出す。
 徐々にコロニーの輪郭が顕になっていく。
 線は上下左右へと伸びながら互いの距離を 一定の割合に保ったまま円を描き、回転を始める。
 この奥行きと動作を感じさせるコロニーの 形状は・・・。
「筒型・・・?」
 ハーリーは呟いて再生を続ける。
 思った通り、コロニーの形状はよく知られ た従来の筒型のそれだった。普通ならそれだけで特に驚くべき 点はないのだが・・・。
「でっ、か・・・・・・」
 でかい。とにかくでかい。出鱈目にでかい 。
 最初は小さな光点であったそれはどんどん その姿を顕にし、近づけば近づく程にカメラのフレームをその 影で黒く埋める。進めば進むほどに視界は狭くなっていく。少 しずつカメラを染めるその黒は影なのか、闇なのか。
 段々とハーリーの感じていた驚きは不安へ 、未知のものへ対して持つ興味は恐れへすり替わっていく。
 やがて影の闇は正面カメラから左右までも を塗り潰した。
 そこで映像データは途切れた。
 リングボールの色がもとに戻る。だが、メ インブリッジに映る光景は同じ黒だった。
 ハーリーは少し気が滅入るのを感じた。

 艦長席に座るルリの背中を見やった。ナデ シコCの艦長席は副艦長やオペレーターの座席からは頭一つ突 き出た造りになっている。だからこの光景を一番近くから見た のは彼女だったのだろう。
「ハーリー君」
「は、はい!?」
 突然話しかけられてびくっとする。
 そんなハーリーを端に、ルリは真っ黒に塗 り潰されたメインモニターを見つめたままの姿勢で続けた。
「こんな大きなコロニー、どうやって造ったんだと思う?」
「どうやってって・・・。それは・・・」
 以前リョーコに言っていたコロニーの構造 を思い出す。このコロニーは筒型だから・・・。
「ここまで人材と資材を運んで来て・・・それから組み立てた んじゃないですか?」
 自分で言って不自然さを感じた。
 それはおかしい。絶対におかしい。
 ヒサゴプランの考案からクーデターまで約 二年。
 その短期間に人材と資材を今現在地球から 最も遠い外周と言われる場所まで送り、総質量5億トンものコ ロニーを造る? そんな無茶苦茶な話があるものか。
 だが、現にその無茶苦茶な話が現実となっ て今目の前にある。これはどう説明するのか?
 ・・・・・・分からない。
 つまり、このコロニーは自分の常識にはない方法によって造 られたものなのだ。

「か、艦長・・・・・・」
 自分でも情けない声になっているのが分か った。でもあの黒いコロニーは何だか嫌な気持ちを呼び起こす 。肉眼そのままに映るものを何だか恐ろしいものに感じてしま う。開けていた目を閉じてもその気持ちは変わらなかった。
 そしてそれはルリも気付いて、感じている はずだ。
「落ち着いてハーリー君。疑問を一つずつ整理していきましょ う」
「は、はい・・・」
 ルリの冷静な助言にそう答えてはみたもの の、ハーリーの心から怯えは消えなかった。
 いつもなら自分を安心させてくれるルリの 言葉であっても恐れは変わらず心にあった。そんなことは初め てだったので、ハーリーは自分がとても小さなものに感じられ て仕方がなかった。
 ルリは相変わらずコロニーを見つめたまま 言った。
「疑問点は三つあります。一つ、『いつ』このコロニーを造っ たのか。二つ、『誰が』このコロニーを造ったのか、三つ、『 どうやって』このコロニーを造ったのか」
 ブリッジがしん、と水を打ったように静ま った。
 正直、ハーリーは頭が混乱してものを考え られるような状態ではなかった。
 沈黙に息苦しさを感じ始めた頃、
「ボソンジャンプでしょう」
 サブロウタが答えた。
 その横顔はいつになく神妙だ。
「まず、『いつ』ですが、それはミスマル・ユリカが人間翻訳 機であった二年間。次に『誰が』。これは考えるまでもなく『 火星の後継者』と『クリムゾン・グループ』。そして最後の『 どうやって』」
 知らず知らずハーリーは唾を飲んだ。
 サブロウタは続ける。
「遺跡が機能するのなら、一般人もジャンプ が可能です。・・・ここからが鍵だと思うんです。ハーリーの 言っていた『資材』・・・。ジャンプによってどこにでも行け るのなら、どこからでもどれだけでも『資材』の調達と輸送が できる」
 ハーリーは納得して頷いた。
 そうか。だから5億トンなんて資材を手に 入れて運ぶことができたのか。
 でも、それは・・・。
 それをするためには・・・。
「だからかき集められるだけの人材をさらい集めてまとめて飛 ばした・・・・・・」
 そして、もちろん何度も失敗した。だが続 けた。何度も、何度も。
 その裏にどういうことがあったのか。
 ハーリーの脳裏をクーデター中に見たボソ ンジャンプの人体実験結果を記した表がよぎって行く。
 それだけではない。『資材』も地球圏だけから得てきたもの なのだろうか?もしかしたらどこか遠い、誰も知らない星々か ら搾取してきたものなのかもしれない。
 ハーリーにはその発想の全てを否定できなかった。それが空 間移動を可能とするボソンジャンプの可能性なのだから。

 でも、おそらくサブロウタの言う通りなの だろう。その結果が今目の前にあるコロニーなのだ。
「そうですね」
 ルリもサブロウタの言葉に頷いた。
 だが、それには続きがあった。
「わたしもそう思います。でも、こういう可 能性もあるんです」
「えっ?」
 ハーリーは目を見開く。
 サブロウタの言う通りなのではないのか?
 実際に理解も納得もできるのに。
 見ればサブロウタも不可解そうな顔をして いる。
「でも、思い出したんです。ボソンジャンプの別の可能性・・ ・」
「別の可能性・・・?」
 サブロウタは眉根をひそめる。ハーリーも 訳がわからないという顔をしている。
 ルリは思った。
 そうか。前大戦時にナデシコにいなかった 二人は知らないんだ。
 ハーリーとサブロウタ以外のクルー達はお そらくもうそれに思い至っているのだろう。リョーコ、イネス 、ジュン、ウリバタケ、四人とも口をつぐんでいる。
 ・・・・・・言わなければいけないのだと 思う。
 今からあそこへ行くのなら。あそこがどう いう場所なのかをちゃんと知っておかなければいけないと思う 。
 ルリは口を開いた。
「ハーリー君。サブロウタさん。これはあく まで可能性の話で、そして、もう終わったことなんです。まず それをしっかり覚えておいてください」
 ハーリーとサブロウタは一度視線を合わせ 、やがて頷いた。
 ルリはそれを見てゆっくりと話し始めた。
「ボソンジャンプの持つ可能性は空間移動と、時間移動です」
「時間・・・移動・・・?」
 サブロウタの眉根はますます深まり、ハー リーの頭はまた混乱した。
 時間移動?
 ボソンジャンプによって時間移動が可能に なったら、可能になっていたらどういうことになっていたとい うのだろうか?
「『誰が』と『どうやって』はサブロウタさ んの言う通りです。でも、最初の『いつ』が違えば、その意味 は違ってきます」
 ハーリーの心臓がとくん、と不気味な鼓動 をした。何だかその先は聞きたくないような気がした。
「ユリカさんが人間翻訳機であった二年間。もしその間に時間 移動が可能になっていたら。資材を調達する為の『人材』も過 去、現在、未来、そのいつからでも、どこからでも、いくらで も調達が可能になるんです」
 ハーリーはルリの言っていることを理解す るにつれ、自分の手が小さく震え始めているのが分かった。
 でも、止められなかった。想像力が広がっ ていくのも止められなかった。
 『人材』の調達がいつからでも、どこから でも、いくらでも可能になる・・・?
 それは一体どういうことなのだろうか?
 ボソンジャンプによって開かれる人類の新 しい世界。無限の可能性。
 ボソンジャンプの危険性と重要性を説いていたという草壁春 樹はクーデター時にこう宣言した。
『さあ新たなる秩序の幕開けだ!!』
 自らを人にして人の道を外れたる外道と呼んだ片目の赤い義 眼の男は、復讐鬼へこう言った。
『一夜にて、天津国まで伸び行くは、ヒサゴの如き、宇宙の螺 旋』

 そして造られたイザナミコロニー。
 ハーリーは恐る恐る顔を上げた。
 眼に黒いコロニーが映った。
 これが・・・ヒサゴプランの正体・・・。
 ハーリーは背筋に冷たい悪寒を感じた。
 サブロウタを見ると彼も顔を青くして、目 を閉じていた。なんてこった、と首を振っている。
 ハーリーはルリ、リョーコ、イネス、ジュ ン、ウリバタケ、それぞれの表情を見た。
 皆、一様に静かな顔つきでコロニーを見て いた。
 ハーリーにはその姿がとても悲しいものに 感じられた。
 ナデシコCは自動航行のまま、指定された 座標にあるイザナミコロニーへと向かって行った。








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 ゴールドアームの感想

 詳しいことは6話にて。
 ここでは一言だけ。

 はっきりいって、6話と分けた意味無いです、これ。