誘導レーンに導かれ、ナデシコCはイザ ナミコロニーへ辿り着いた。
 イザナミコロニーを管理・運営するスタッフ達と挨拶を交わ し、人探しをしているという旨を伝えるとコロニーへ入ること を許可してくれた。
 サブロウタに案内されて、クルー達はコロニー内部へと通じ るエレベータに乗った。
 エレベータの表示が上部から中核へと向かっていく。
 皆、静かにその時を待った。
 やがて、扉が開く。
 突然、一陣の風が駆け抜けた。
 ルリは思わず軍服のストールを手で押さえる。
 そして顔を上げ、コロニー内部を見た。
 そこに広がっていたのは、地平線もおぼろげな壮大な緑の森 と、湖の薄青。見上げれば青空に白い雲が浮かび、鳥達の群れ が飛び去って行く。他にも岩が剥き出しの峡谷や、遠方に望む 巨大な山脈から流れ出る河々、蔓に巻かれた廃墟のような建物 郡、いつのどの時代ともしれないものたちが至る所に混在して いた。
「ここが、イザナミコロニー・・・・・・」
 知らず知らずの内にルリはそう呟いていた。
 他のクルー達も圧倒されたように周囲を見渡している。
「・・・これからどうします?」
 サブロウタの声に我に返る。
「・・・テンカワさんを見かけたという所に案内して下さい。 でもその前に」
 言いながらルリはある場所を指差す。
「あの森へ行ってみたいと思います」
「森ですか?あそこはまだ整備されてなくて、人の入れるよう な所じゃないですよ」
「入れるところまでで構いません」
「分かりました。・・・他の皆さんはどうします?」
 サブロウタは他のクルー達に尋ねる。
 クルー達は少し考えて、そして答えた。




























Fantasia 最終話 広がる空と流れる時の狭間で































「皆さん行っちゃいましたね」
「考えようによっちゃ、このコロニーにはそれこそ何でもある ってことだからな。俺達にとっちゃ何でもないものに見えても 他の奴らには何か背景のあるものに感じられたのかもしれない な」
 ハーリーとサブロウタ、そしてルリの三人は山林をそぞろに 歩いている。
 話し合った結果、最終的なテンカワ捜索はこの三人に任され 、他のクルー達は建物や湖などそれぞれの思うままにどこかへ 行ってしまった。
 ルリは何かを確かめるように、森を歩きながら所々で立ち止 まって周囲を見渡したり、木々の幹に触れて目を閉じたり、土 の臭いを嗅いだりしながらゆっくりと歩いている。
「何だかそう言われるとここって一つのユートピアみたいです 」
「そんな気はするな。でも、ここはそんないい場所なのか?」
「・・・違うと思います」
 このコロニーが造られた経緯を聞くととてもではないがそう とは思えない。
 確かにここには何でもあるのかもしれない。だがここは人類 の夢見る理想郷というよりも、逃れの町だ。空間移動と時間移 動の技術を用いられていたとしても世界の全てがあるは思えな い。
「サブロウタさん。聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「このコロニーの名前、イザナミって何か由来があるんですか ?」
 タカマゴやサクヤは知らないがアマテラス などはどこかで聞いたことのある名だ。多分何かから引用して いるのだろう。
「ああ。古事記に出てくる神様の名前だ」
「こっ?」
 思わず間抜けな声が出た。
「サブロウタさん。どうしてそんなの知ってるんです?」
「お前な、俺だって元木連の軍人だぞ?その くらい知ってる。イザナミってのはイザナキって神と結婚して 国と神を生む創造の神だ」
「うまく想像できないんですけど」
「俺にも詳しいことはよく分からん。ただイザナミの身体は完 成していたがどうしても未完成なところがあったらしい」
「未完成、ですか?」
「人によって解釈のしようが違うからそのまま原文を言うぞ。 『吾が身は成り成りて、成り合はぬ処一処あり』だそうだ。『 火星の後継者』と『クリムゾングループ』の誰がイザナミって 名付けたのか知らないが、」
 言いながらサブロウタは足元に転がっていた石を蹴飛ばした 。
「お似合いだぜ。このコロニーにはよ。・・・そうだ、ついで にもう一つ」
「何です?」
「以前、ユートピアってコロニーが火星にあったのを知ってる か?」
「・・・知ってます」
 知っているもなにもそこはテンカワ・アキトとミスマル・ユ リカが過ごし、連合軍と木連との戦争中にチューリップが落ち て壊滅したコロニーだ。
 前にハーリーが資料でそのことを見た時、ユートピアという 言葉の意味が『どこにもない国』だと知っていても性質の悪い 皮肉みたいな名前だと感じたのを覚えている。
 そこで育ったテンカワはやがてナデシコに乗って木連との戦 争に身を投じることになり、後に終戦。恋をして、婚約した。 新婚旅行のシャトルは爆破され、クーデターに巻き込まれた。 そして復讐鬼と化して再び姿を現し、果てに流れ着いたのはお そらくは彼自身も関わらされたであろう忌み深いイザナミと呼 ばれるコロニー。
 それは運命と言うにはあまりに過酷で、意思と言うにはあま りに悲惨だ。だが、そんな彼の人生を無常の一言で済ませてし まっていいのだろうか?
 彼を知らない人はそれでいいのだろう。その場合においては 無知は罪ではない。これまでが幸福であったのならそれを喜び 、これからもそうであるように生きていく。咎めるような理由 は何もない。
 だが彼をよく知り、共に生きた人はどうす ればいいのか?罪悪感とは違う悲しみに苛まれる人は?そんな 人を近くで見る人の孤独は?
 確かにこのコロニーは下法によって造られた。だがユートピ アコロニーもイザナミコロニーも誰かが一人で造ったわけでは ない。それは多くの資源と多くの時間が費やされ、ようやく造 り上げられた一つの体系だ。そこに至るまでの過程に過ちがあ ったからといって、生まれる結果の全ても過ちなのか?
 例えば今このコロニーにいる人達にその建 設までの経緯を話して聞かせるとしたらどうだろう。その際に 全てを話さず一部でも隠蔽することを嘘や欺瞞と罵れるのか?
 噛み合わない経験と解釈が痛みと悲しみばかりを残していく 。
 サブロウタが呟くように言った。
「正直言うとそういう名前付けるのってあんまり好きじゃねえ んだ。後から聞くと皮肉みたいに聞こえるからな。でも・・・ 」
 サブロウタは彼らしくない憂いを帯びた口調で言った。
「何かを造ろうって思った最初の誰かの意思は完全に否定でき ないよな・・・。またそれが結果を見るとやりきれなかったり するんだけど・・・」
 ハーリーはちょっと顔を上げてサブロウタの横顔を見る。
 そういえば彼はイザナミコロニー建設の経緯を聞き終わった 後、ひどく強く打ちひしがれているように見えた。
 そうだった。今がどうであれ、彼は元木連の軍人で連合軍を 相手に戦争をしていたことに変わりはないんだ。ナデシコと交 戦したという記録もある。『遠くへ行く』と彼は書き残してこ のイザナミコロニーへやって来た。もしかしたらそれはただの 冗談や伊達ではなかったのかもしれない。
 三人は森を進む。
「・・・人は」
「あ?」
 サブロウタは虚を突かれたような声を出した。
「人は住んでいるんですか?このコロニー」
「あ、ああ。多くはないけどな。でかい湖とか見えただろ?あ の辺りに港町を作ったり、山のふもとで村を作ったりして暮ら してる」
「何だか・・・たくましいですね」
「・・・そうだな。未開もいいとこのコロニーだから、ここで 何か新しい事業を起こそうとしてる奴もいる。中にはすねに傷 持つ奴とか、戦争やクーデター絡みで後ろ暗いものを持っちま った奴とかも結構いたりするんだぜ」
「えっ。だ、大丈夫なんですか?ここ・・・」
 ちょっと怯えてハーリーが言った。
「大丈夫、なんじゃないかな・・・。みんな、ここへ何かを探 しにか、創りに来た奴等ばっかりだから」
「何かって何です?」
「新しい自分、新しい人生、ってやつさ」
「・・・そう、ですか。・・・そうですね」
「何気取ってやがんだお前はよ」
 サブロウタはにやにやと笑った。いつもの 彼らしい笑みではなかったが、そうしようとする意思はハーリ ーにはよく分かった。
 だからハーリーは、
「自分だって」
と、言い返してやった。
「サブロウタさん」
「あ、はい」
 いつの間にかルリがすぐ近くにいてサブロウタに訊ねた。
「そろそろ行きましょう。テンカワさんを見かけたという場所 はどこですか?」
「もういいんですか?」
「ええ」
 答えながらルリは一度森へと振り返った。
 その視線の先には、樹齢どのくらいかも分からないほど巨大 で、森の主であるかのような巨木がそびえ立っていた。































 サブロウタがテンカワを見かけたという場所は、ルリにとっ て思いもかけない場所だった。
 目の前の路上には彩り豊かな野菜や果実、食用の肉などが溢 れるほどに並び、それを競りにかける人々の声でうるさいほど に騒がしい。
「サブロウタさん」
 ルリは自分の声が少し震えているのを感じていた。
「本当に、ここなんですか?」
「ええ。やかましい場所でしょう?ちらっとですけど、この人 込みの中にテンカワとあのちっこいのがいたんですよ」
「そう、ですか・・・。そうなんですか・・・」
 髭面で中年太りの露店商のおやじに声をか ける。
「あの」
「おう。らっしゃい!!何が欲しいんだ、お嬢ちゃん」
 活気のある声が返ってきた。
「この人を見かけませんでしたか?」
 そう言ってテンカワの写真をおやじに見せた。
「人捜しか。・・・ああこいつなら知ってるぜ」
「ほ、本当ですか!?」
 ハーリーが身を乗り出す。
「この辺りじゃ有名な奴さ。昼間だってのに真っ黒い服を着や がってよ。んで、桃色のちっちゃいお嬢ちゃんを連れてんだ」
「・・・・・・」
 ルリは黙って、だが真剣な眼差しでその話を聞いている。
「いつもそいつはふらっと現れてはいろんな道具や食料を買っ ていくんだ。ああ、そういえば食べ物は連れの譲ちゃんに食べ させて味を聞いたりしてたな」
 その話を聞きながらルリは今までの一年間を思い返していた 。
 自分にできる範囲のことは全てやってきた。来れるところま で来た。ずっとテンカワとラピスを捜し続けた。
 そしてふと、自分はなぜそうまでして彼等を探し続けるのか と疑問に感じる時があった。テンカワ・アキトは大切な人だ。 今だって彼をどう思うと聞かれればそう答えるだろう。
 では、その感情を元に自分は彼をどうしたいのか?
 彼の傍にいたい?彼にユリカの元に戻って欲しい?彼が彼自 身を許してあげられるようにしたい?
 自分にとって彼が大切だという気持ちは何?
 友情?親愛?恋心?
 その疑問はただの杞憂なのだと割り切ることも切り捨てるこ ともできなかった。
 もしかしたら、捜していたのはいつしか見失っていた自分の 心でもあるのではないか?
 そんな自問自答を繰り返して、考えて、悩んで、行動するこ の一年は長く苦しかった。
 そうしている内にラピスと出会い、彼女はアキトの心はアキ トのものだと言った。彼女の心も彼女のものだと言った。
 苦痛を募らせる距離を埋めたくて、過去を 喜ばない今の自分を変えたくて、このコロニーに辿り着いた。 空間と時間の果てにあるようなそのコロニーにはいろいろなも のがあった。今の自分にできる範囲外にあったものは憎しみと 悲しみばかりではなかった。
 そして、ほんの一瞬だけどそんな現実なら受け入れていいよ うな気がした。全ての痛みが消えることはない。でも、それで も、という希望は預かり知らない外の世界にもあった。

 願うという感情を外の世界に見い出し、内 にある心がそれに震えた。
 
そして、どこにいても自分の心は やはり自分のものだということを思い出せた。
 テンカワとラピスの心も いつか変わっていくだろう。だからここから先は彼等 に委ねよう。その先でまた会えるのか、もう二度と会えないの か、それはルリにもラピスにも、そしてテンカワにも知れない 。それは自分達だけでなく、どこにいる誰にとっても当たり前 の自由。
 そんな風に感じたのは他でもない自分の心。
 全てが嫌になってしまったのなら逃れる場所はここにある。 全てに疲れてしまったのなら休む時間もある。
 だから自分にできるのはもう、ここまで。
 ・・・ああ、そうだ。後一つあった。今の自分にできること 。その為にここまで来たんだった。
 他人の心の全てを変えることはできそうにないけど、全く無 力だとは思わないから。
 すべては伝わらないかもしれない。でも伝えようとすれば、 何かは必ず伝わるはず。
 ルリはポケットから一枚の紙を取り出す。
 油に炙れたしわしわの紙、テンカワ特製ラーメンのレシピを 手に持って、おやじに差し出した。
「おやじさん。お願いです。今度その人が来たら、この紙を、 渡しておいて下さい・・・・・・」
 おやじは手を伸ばてその紙を受け取る。不審げにレシピとル リを交互に見る彼の表情にやがて驚きが浮かんだ。
「・・・・・・え?」
 何が起こっているのか最初ルリにも分からなかった。おやじ は困惑したようにルリの顔を見ている。
「・・・あ」
 やがてルリは自分の頬を何かが伝っていくのに気付いた。
「え?あ、あれ?変・・・。どう―――して―――」
 慌てて軍服の袖で頬を拭う。だが一度堰を切った涙はルリの 戸惑いとは関係なく溢れ続ける。
「あ、あれ?あれ・・・?なぜ?」
 何度も何度も袖で拭っても涙は止まらない。やがて膝ががく がくして身体に力が入らなくなってその場にへたり込んでしま った。
 どうして?どうして涙が出るの?今までず っと出なかったのに。泣きたい時に泣けなかったから自分は涙 の出ない娘なんだって思っていて、それを受け入れていたのに 。そんな自分が変だって思って寂しくても、そういうものなの なら仕方がないって、割り切っていたはずなのに。
 おかしい。今の自分は変だ。どれだけ拭っても涙は出るし、 ぺったり地面にお尻をついちゃってるし、鼻の奥がつーんとし て何度もぐずってしまう。止めようとしても止まらないし、い やそもそもどうやって止めればいいのだろう?涙の止め方なん て教わったことも聞いたこともない。
 どうしよう?どうしよう?
 あ、まずい。鼻水まで出てきそう・・・。
 右にハーリー、少し離れた左後ろにサブロウタが膝を下ろし た。ハーリーが背中越しにポケットティッシュを渡してくれた 。
 ルリはそれを受け取ってぐずりながら何度も鼻をかみ、涙を 流した。
 でも、どうして?それが他人の目の前なの に、少しも恥ずかしくないなんて。
 旅の末に分かったのはどれほど手を伸ばしても届かない空が あるということ。どれほど叫んでも時は常に流れ去っていくと いうこと。それは今の自分にとって痛いくらいに残酷なことな のに。
 なのに、頬を流れる涙を暖かいと感じてしまうなんて・・・ 。

 そんな自分を見守ってくれる少年と青年の 間でルリはいつまでもいつまでも泣き続けた・・・。

























あとがき


 どうも、CROWです。
 ゴールドアームさんや感想掲示板での皆さんの指摘で足りな かったと感じた部分を加筆しました。
 これが今の自分の精一杯です。
 読んでくださった方、ありがとうございました。
 CROWでした。

感想代理人プロフィール

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 ゴールドアームの感想

 完結、お疲れ様でした。
 いよいよ総括しての感想ですが……



喝!



 ええ、雰囲気は出ていました、確かに。
 ですが、小説としては完璧に『不可』の判子が押されてしま います。
 ものすごく厳しいことをいいますが、覚悟して聞いてくださ い。



 4話あたりまでは先を期待させてくれていたのに、いきなり 謎っぽいコロニーの中に楽園があって終わり。これでは何を伝 えたかったのかが全くわかりません。
 平たくいえば『オチ』が付いていないのです。

 もしこれを完成型の物語としたいのなら、これは絶対全部ま とめて1話の短編にするべきでした。元々それだけの分量しか ありませんし。ですがこの点はすでにある程度指摘済みですの で割愛します。
 で、何よりいけないのが、根本的なところで『物語』になっ ていない点です。
 物語の『結末』は、それまでの『展開』から導き出されるも のでなくてはいけません。ですが今回の結末は、そもそも結末 になっていません。
 キャラクターの『行動指針』と『目的』がまだ十分に語られ ていない上に、キャラクターの行動と作者の語りたい内容が明 らかに齟齬をきたしています。
 5話と6話の内容からすると、この『イザナミコロニー』が 話の中心となるべきもののように思えます。ですが、このコロ ニーの設定は、主人公であるルリをはじめとするナデシコクル ー達のの行動目的と何ら重なりません。
 劇場版の一年後、ルリ達に下ったある任務。そこに接触して きたラピス。
 読者はここから『何が起こるのか』を期待して続きを待って いたと思います。
 ところがそこに、唐突に謎めいた巨大コロニーが出てきて、 それについて考察してハイ終わり、では読者はとうてい納得出 来ません。
 このコロニーは、『舞台』でしかありません。これで終わり というのは、芝居に例えると幕が上がり、役者が舞台に立って 、『これが芝居の舞台です』とよく出来たセットを指し示し、 それだけで幕が下りてしまったようなものです。
 しかも下りてきた幕には『完』の文字が。
 こんな芝居があったら間違いなく客は怒ります。



 4話までは続きを期待させていただいただけに、少し残念で す。
 『起承転結』及び『小説は人の行動を通して何かを語るもの だ』という言葉を贈る事で、感想を締めさせていただきます。
 ゴールドアームでした。