広がる青空、その下には深い緑に覆われた、緩やかな起伏の山々。





突如その上空に、光と共に白亜の艦が出現した。




現れた艦はそのまま重力に引かれ、下方に存在する森に落ちていく。





轟音と共に墜落、落下の勢いにより木々をなぎ倒しながら暫らく滑り、停止。





僅かな後、多数の羽ばたき音と共に、破壊された森より鳥たちが空に飛び立った。





だが飛び立つ鳥たち、それらの中には地球に存在する鳥とかけ離れた姿をしたものも存在していた。


















「うう…」


薄暗く非常灯に照らされるユーチャリスのブリッジ。


そこの床に意識を失い倒れていたアキトが目を覚ます。訓練の賜物で、意識を失っていたというのにすぐさま完全に意識が覚醒する。


アキトが辺りを見渡すと、すぐ傍にルリが、離れたところにラピスが倒れていた。


立ち上がろうと右手を地面に突くが力が入らず倒れる。


「身体が……」





アキトとラピスはリンクとよばれる技術により繋がりをもっている。


アキトは現在身体に注入された無数のナノマシンの影響で五感を殆ど失っている。だがこの注入されたナノマシンの中に遺跡、古代火星のナノマシンも含まれていた。


技術研究を進めるうちにこの遺跡のナノマシンに、それと同種のナノマシンを持つ別の人物からアクセスできることが分かった。だが現状ではそれを行うのはマシンチャイルドでなければならなかった。





マシンチャイルドと普通の人間の違いにナノマシンの扱い方がある。


普通の人間は身体に注入されたナノマシンをただ使用するだけ。これは元々のナノマシンの機能を発現させるだけである。


だがマシンチャイルドはそのナノマシンをある程度だが自らコントロールすることができた。よりその場に適した状態にナノマシンを最適化することにより、常人と彼女らでは処理速度に圧倒的なまでの差が生まれるのである。


またオペレータ用のナノマシンにはそのための機能が組み込まれているが、マシンチャイルド以外ではナノマシンのコントロールが行えないためパイロット用のナノマシン程度の処理速度も発揮できない。


ルリ、ラピスはそのナノマシンのコントロールもより高いレベルで行えたために、元々の能力も合わさり常識はずれな力を発揮できていたのである。





アキトを助けるためにリンク処置を施した天才的な科学者である、イネス・フレサンジュは、


”マシンチャイルドは生まれつき感覚的にナノマシンのコントロールが分かるのかもしれない”という推論を述べていた。





ラピスはアキトの体内の遺跡のナノマシンの状態をアクセスすることにより調整してきた。今のアキトはその無数に注入されたナノマシン中の遺跡のナノマシンにより僅かならが五感を維持しているだけである。


またこの遺跡のナノマシンは精神に作用することも分かっており、遺跡のナノマシンへのアクセスは物理的にではなく精神的なものである。


実際にはアキトの体内のナノマシンの制御はアキト自身が行っている。だがアキトにナノマシンのコントロールができるわけではない。ラピスがアキトを通じ間接的にコントロールしているのである。


もしラピスにもっと力があればその遺跡のナノマシンを通じ、他のナノマシンの調整も行えたかもしれない。だがそれを望むのはあまりに酷なことであった。










「う……」


アキトが目覚めてすぐにルリも覚醒する。二度三度、頭を振り意識をハッキリさせる。



「ルリちゃん」


「あ…アキトさん」


目覚めてすぐなため、ルリの声は気だるげだ。





アキトは右半身の感覚が殆ど無かったが、なんとか立ち上がることに成功する。ルリもそれに続き床に手を突き立ち上がる。

ルリも状況を少しでも把握しようと、薄暗いブリッジを見渡すが、その間に、アキトは右足を引きずりラピスの元にのろのろと歩き出していた。

アキトが足を引きずっているのを目にし、ルリはすぐさまアキトに肩を貸し支える。そのことにアキトは礼を言い、どうにかラピスの元にたどり着いた。





倒れているラピスを抱き起こそうとしてアキトは、ハッとラピスの顔を見る。その顔には汗が浮かび、呼吸は浅く速い。ラピスの体温は異常なほど熱くなっていた。



「ラピス、ラピス、ラピス!」



アキトが声をかけるが、ラピスの意識が戻ることはなく、乱れた呼吸を繰り返すだけ。


「くそっ」


そのアキトの様子にルリも、ラピスの容態の悪さを理解し、アキトに尋ねる。


「アキトさん、ユーチャリスに医療設備は?」


ルリの質問にアキトは、ラピスを腕に抱いたまま口惜しそう答える。



「ユーチャリスに医療設備はない。そんなものは削って戦闘力だけを求めた艦だからな。何か起こったときはボソンジャンプで戻って……」



アキトは自分で口にした答えから、ラピスを助けるのにはジャンプすれば良いことに気づきホッと息をつく。


「ああそうか、ジャンプすればいい」


アキトがそう口にしたとき、


突然ブリッジに明かりが灯り、中空にダッシュのモニタが表示される。


『待ってアキト』『これを見て』


ダッシュはそう言うなり、メインスクリーンを映す。画像には所々に乱れが入っていたが、広がる青空と、遠くには濃い緑に覆われた山々。そして近くには凄まじい力になぎ倒された木々が映しだされていた。


「これは?」


『今この艦の周辺の映像』


「では――え、と、ダッシュ。ここは地球なんですか?」


『よろしくルリ』『でも違う』『他の天体からの観測から』『ここは火星』


そのダッシュの答えには、アキトもルリも眉を顰めた。


「だが空にナノマシンが見えないぞ。それに火星にこんな場所があったか?」


『でも火星に間違いない』『でも重要なのはこれから』『よく聞いて』


ダッシュのその言葉にアキトとルリは、次の言葉を注意して待つ。










『観測された天体の位置情報によると』『ジャンプに入った時代から』『少なくとも万単位』『あるいはそれ以上の過去だと判断できる』





静まり返るブリッジ内。





アキトもルリも、ダッシュに知らされた事実に声も出せない状態であった。



『だからアキト』『ジャンプをしてもラピスを助けることは出来ないと思う』



反応しない二人に、ダッシュはさらに続ける。



黙り込んでいた二人だが、ふとアキトが疑問を口にする。



「……だが、ここが数万年前の火星だとしたら、なぜこんな自然が――」



ある可能性に思い当たり、アキトは目を見開く。傍らのルリも同じことに思い至ったのだろう、アキトと同様にその顔には驚きが浮かんでいた。





「ここはまさか……」





「古代火星……ですか?」





再びブリッジは沈黙する。




















「……じゃあラピスのことはどうしたらいいんだ」



長い沈黙の末にようやくアキトが口を開ける。その表情には深い焦燥がありありと浮かんでいた。



「………………………………」



ルリも何も言えずに、ただ黙っているしかなかった。





だがこの後のダッシュの報告により、事態はさらに動き出すことになる。










『アキト』『艦の近くに生命反応』『スクリーンに出す』


ダッシュの言葉の後、外を映していたメインスクリーンの一角が拡大される。そこには人影が映し出されていた。















「人間?」


ルリの呟きからも分かるよう、そこに映されているのは、自分達と変わらない姿をした人間だった。


スクリーンには乱れが入り、解像度は落ちていたが、それでもその姿は人間としか呼べないものだった。










「まさか――古代火星人か?」


この時代がアキトたちの言う古代火星なのだとしたら、人間がいてもおかしくなかった。


かつてイネス・フレサンジュ。彼女もボソンジャンプによって古代火星に跳ばされたが、その世界の人間に送り返してもらったという事実があった。










「くぅう……」


アキトの腕の中のラピスがうめき声を上げる。汗は尚も止まらず、呼吸も不規則であった。


そのラピスの様子を見、アキトは決意の篭った眼差しで映し出されている人影を見詰めた。










「彼らが古代火星人なら、イネスも助けてもらったんだ、あるいはラピスも助けてもらえるかもしれない」


それは希望的観測。保障などどこにもない、だが、いまラピスを助けるためにはもう方法がなかった。


「アキトさん――それは」


アキトの言うことはどこまでも都合の良い考えのものだ。そのことがわかるルリはアキトを止めようとするが、


「他に方法はない」


「……………………」


そのアキトの強い眼差しに、止めるのを諦める。



「ダッシュ、ユーチャリスは」


アキトの尋ねたいことを察知し、それに答える。



『大破』『機能の殆どに障害発生』『あるいは機能停止』



「そうか……ルリちゃん、ラピスを頼む」


そう言って、ルリにラピスを預けると、右足を引きずり歩き出す。



だが一人ブリッジを出ようとするアキトを、ルリは止める。



「アキトさん、たとえここに残っても危険はあります。それに助けを求めるならラピスも連れて行く方が良いですよ。言葉が通じるとは思えません、どうやって伝えるつもりですか?」



そのルリの指摘にアキトは自嘲的な笑みを浮かべ、ため息と共に言葉を吐き出した。



「そうだな、連れて行くしかないか……」



「ダッシュ、後は頼む」





そしてアキトと、ラピスを抱いたルリは共にブリッジを出て行く。アキトとルリ、二人の表情には不安が浮かんでいた。




















ユーチャリスより出た三人は、人影がいる方向へ歩き出す。アキトは右足を引きずっており、ラピスはルリに背負われている。


足元には草が生え、辺りは墜落の影響のため木々があちこち倒れている。空に在る太陽から降り注ぐ日差しは日本の真夏程度、そのため歩くアキトとルリの身体には汗が浮き出てくる。


会話もせず黙々と歩く二人、頭上を覆う枝と葉を透かし光が降り注ぎ、森の中は美しい色調を見せている。


時間にして十分ほど歩いたころ、木々が疎らになり道が開けてくる。するとアキトが手を上げることで止まるよう指示し二人は歩みを止めた。



二人が止まり少しすると、前方二十メートルほどのところに生えた木の陰より男性が進み出てきた。





白髪をきっちりと整え、柔和に細められた黒い瞳、その顔には深い皺が刻まれており、積み重ねられた年月を教える。照りつける日差しの中、黒いスースを着こなすその姿は――そうまるで執事のような印象を与える老人だった。





「執事さん?」


感じた印象をそのままルリは口にだしていた。アキトも現れたのが、まるで執事のような見た目をしていたため驚いたが、その老人に対する警戒は解かない。


老人はゆっくりとこちらに歩いてくる、だがその足運びには無駄が無く、流れるよう。アキトが彼の気配に気づけたのも、まるで向こうが自分の存在を教えるかのように突如気配を強めたためだ。





アキトは右半身の感覚が殆ど無かったが、何かあった場合にルリとラピスを守るため前に出る。


老人はアキトたちの数メートル手前で止まり、こちらを観察するように眺めてくる。



緊張に強張る喉を震わし、アキトは老人に声をかける。


「俺の言葉がわかるか?」


万が一通じるかもとの可能性、確認のためにそう尋ねる。それに老人は面食らったかのようであったが、気を取り直し話しかけてくる。


「&△FV$#AQ★」


老人から発せられる言葉は、地球のどの言語とも違い、アキトたちには理解できないものだった。





「アキトさん」


ルリがアキトに目で尋ねる。どうしますか、と。


それにアキトは頷くことで返し、再び老人に話しかける。


「頼む、この子は病気なんだ。助けてくれ」



言葉は通じなくても、言葉に込められる感情、想いが伝わることに賭け、必死に話しかける。

ルリも背負ったラピスを老人に見せ、頼む、助けてください、と。




しばらくそんな二人と、荒く息をするラピスの様子を観察していた老人は、懐から通信機のようなものを取り出しなにやら幾つかの言葉を話す。



その機械を再びしまった後、老人はアキトたちに柔らかく微笑む。



「わかってくれたのか?」


「どうでしょう。ですがもう信じるしかないでしょうね」















それから暫く経つと、突然、悪路をものともせず走る大型の車が現れた。こんな場所にも関わらずかなりの速度で迫る車、前方十メートルほど手前で急スピン、アキトたちの目前でピタッと停止する。


それに驚いているアキトたちに老人は身振りで乗るように示す。それに従い車のドアを開け乗り込む。中の造りも地球のものと変わらないように見えた。



乗り込むアキトたちに車左の運転席に座る女性が軽く頭を下げる。





肩で切りそろえられた淡い翠の髪、瞳は橙。美しい顔、その口元に優しげな微笑を浮かべている。そして――何故かメイド服を着ていた。





「……メイド?」


「なぜでしょうね」


アキトは困惑気味に、ルリは無表情に、真っ先に頭に浮かんだ言葉を漏らしていた。



そんな風にアキトたちが驚いている間に老人も助手席に乗り込み、車は走り出した。















悪路ゆえに揺れる車内、座席に座り外を眺めていたルリが口を開く。


「これからどうなるんでしょうか?」


それに、隣でラピスを左腕一本で抱き、目を瞑り座っていたアキトは、ただ一言、


「わからない」




「……そうですね」





再び窓の外に視線を戻すルリ、窓ガラスに映るその瞳は不安げに揺れていた。




















車によってついた先は、地球でいう洋風の巨大な屋敷だった。



車を降りたアキトたちは、老人に案内され屋敷に入る。





重厚な扉を開けて入った先には、光に満ちた広大なロビー、正面には上階へとつながる大階段、ロビーより広がる通路には幾つもの扉が並び、その端は遠すぎて霞んで見える。





そのあまりに豪奢な屋敷に驚いたが、とにかく先を歩く老人について行くと、屋敷の一階、東側の一角にある部屋へに案内された。



部屋の中は病院の診察室のようで、白く清潔感に満ちていた。その部屋の奥から男が姿を現す。





くすんだ金髪。翠の瞳。緩んでいるが整った顔。身長はアキトと同程度。見る者に気だるげな印象を与える男だった。





男が近づきルリが背負うラピスに視線を向け、腕を手に取り脈を測る。脈を測りながらもラピスの容態を確認していた男は、手を離し口を開く。



「#H#%FM$」



だがアキトたちには何を言っているのかわからず、困っていると、執事が進み出、男といくつか言葉を交わす。



すると男はラピスを指差し、次に奥のベッドを指差す。


それの意味するところを理解したルリは、ベッドに背負っていたラピスを寝かす。


ルリがベッドから離れると、男はラピスの傍により容態を調べだす。


その様子を眺めていると、老人が声をかけてきた。言っていることは理解できないが、身振りから付いて来るように言っているように思えた。



ラピスのことが気がかりだが、ここで逆らうのも問題があると、部屋から出て行く老人の後に従いアキトとルリは部屋を後にする。部屋から出る時、アキトはラピスを頭だけ振り返り確認する。その顔には心配げな感情が現れていた。




















通されたのは客間とおぼしき部屋。置かれている調度品は、そのようなことに関心がない二人にも素晴らしいもののように思えた。もっともこの屋敷の大きさを考えるとこんな部屋はいくらでもあるのだろうが。



部屋に通されたアキトとルリは部屋の中央にあるイスに並んで腰を降ろす。座る二人の体重を柔らかく支える、抜群の座り心地。



二人を案内したあと老人は一礼し退室する。その動作は洗礼されていて見る者に気持ちのいい印象を与えるものだった。





老人が退室して、僅かな後、先ほど車を運転していたメイドが部屋に入ってきて、二人の前のテーブルに飲み物の入ったカップを差し出す。


お茶を出した後、優雅な一礼と共にメイドは退室した。








残されたアキトとルリ。ルリは出されたお茶を眺める、淡く澄んだ赤色。香る匂いはどこか甘く、紅茶のように見えるそれを僅かに躊躇したが一口、口に含む。



「コーヒーですね」



実際は違うのだろうが、ルリにはそう感じられた。



ルリはもう一口、そのコーヒー(仮)を飲むが、アキトは手をつけなかった。



しばらく二人の間に言葉が交わされなかったが、ルリがコーヒー(仮)を半分ほど飲み終えたころ、アキトは口を開く。










「ルリちゃん、こうなったのも俺のせいだ。すまなかったな」


そのアキトの言葉にルリは眉を顰める。口につけていたカップを離し、アキトに尋ねる。


「なんでアキトさんの責任になるんです?」


「君を助けた後、すぐにユーチャリスにジャンプしていればこんなことにはならなかった」


その言葉を聞き、ルリはすぐには言葉を返さず、両手でカップを持ち、その水面を眺める。カップに広がる波紋が完全に消えるころルリはようやく口を開いた。


「もしユーチャリスが襲われていなかったらどうしました?」


「火星の後継者を撃退した後、ネルガルに任すつもりだった」


「帰ってくる気はなかったんですか?」


「ああ」


「……そうですか」


この後、二人の間に言葉は無く部屋を沈黙が支配した。




















静まり返っていた客間、どれくらいの時が流れたのか、突然ドアをノックする音が部屋に響き渡る


入ってきたのは先ほどの白衣の男。しかし先ほどと違いその右耳には、白く、耳全体を覆う形の機械を装着していた。


さらにその手には同じものを二つ、それをアキトとルリに渡した後、自分の耳を指差す。



「着けろってことか?」


「とにかく着けてみましょう」


二人はそれぞれの耳に装置を着ける。それを確認した男は、アキトたちの対面側のイスに腰を降ろす。




対面に座った男に視線を投げかける。



すると突然、アキトとルリ、二人の頭の中に声が響き渡った。



《聞こえるか? 聞こえたら手を上げてくれ》


突然頭に響く声に驚く二人。だが言われたとおりにアキトは左の、ルリは右手を上げる。


《聞こえるみたいだな。俺はジェイク・ラード、医者だ。それで、こいつはな――》










突然ジェイクの着けている装置からホログラムが映し出される。そこには一人の女性が映し出されていた。





肩のやや下まで伸びた艶やかな金髪。少し吊上がり気味の翠の瞳。目元が吊上がっているためきつそうな印象を受けるが、十分以上に美人な顔。バストは平均程度だが引き締まった体。どこかジェイクに似ているようにも思える。





「この道具は、試作型イメージリンクユニット! 頭に思い浮かべたイメージを同じ装置をつけた相手に伝達するの。注意点はイメージと言っても曖昧なものじゃなくて、確固とした、そう言葉を思い浮かべて相手に伝えたいと思えばそのイメージが翻訳されて伝わるわ」


よく通る元気な声、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「後は言葉と一緒にそれに付属するイメージもある程度は伝わるの。例として上げるなら、ラーメンという言葉を思い浮かべて伝えると、あなたがイメージとしてもっているラーメンの見た目程度ならいっしょに伝わることになるわ」


ここで一旦話を止め、一息ついた。そして悪戯っぽく笑い。


「なぜ私の言葉が二人に理解できたり、ラーメンなんて知っているかは聞かないで。それと私が誰かは後々わかるわ。それではバーイ」


その言葉を最後にホログラムは消え去った。















「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

《……………………………………わかったな?》





《今のは……?》


呆然とだが、アキトはイメージリンクユニットを通じて尋ねる。


《さて、あの子の容態だが》


《誤魔化したいんですね》


ルリの言葉に頬を引きつらせるが、挫けずジェイクは進める。



《いいか! あの子の身体はナノマシンの暴走によって危険な状態だ!》



そう言って、アキトが手をつけていなかったコーヒー(仮)を啜る。



《本来ならあそこまでいったら宿主を守るために一時的に機能を落とすはずなんだが、あの子のナノマシンはそれをせずにリンクを通じて何らかの処理を常に行っている。とにかくあの子の状態について知っていることを教えろ》





気を取り直し、アキトは自分の身体の状態、それを抑えるためのリンクについて、マシンチャイルドがどういった存在かということを説明した。




















《……なるほど。つまりあの子のナノマシンを停止させると、アキト、お前さんのナノマシンが暴走してお陀仏ってことか》


アキトとラピスの状態を理解したジェイクはため息をつきながら、そう語った。


《だがな、あの子を助けるためには一時的にとはいえナノマシンを停止させる必要がある。それが出来ないとなると……》


《俺はかまわん。ラピスを助けるために必要ならやってくれ》


それを聞きルリは声、思念を荒げる。


《アキトさん! 何を言ってるんですか!》


《かまわん、どうせ残り少ない命だ》


そのアキトの言葉に、ルリは怒りに震える。


《……その後、残された私達のことはほったらかしですか?》


《だが他にラピスを助ける方法があるというのか!? ラピスは俺のために……見捨てられるわけがないだろう》


《………………………………………………》










《あー、ちょっといいか?》


アキトとルリの言い争いを、傍目に眺めていたジェイクが声をかける。それには言い争っていた二人も、とりあえずジェイクに注意を戻す。





《ルリだったな? 君もあのラピスという子と同じマシンチャイルドなんだよな?》


その質問にルリは頷く。


《なら君がラピスの代わりを務めればいい。そうすりゃあの子のナノマシンが停止している間も、アキトのナノマシンの暴走を抑えられる。まあ君が嫌なら仕方ないが》


その言葉にハッとする二人。だがアキトはそれに反発する。


《ルリちゃんにそんな《アキトさん!》》


声を遮られ、ルリに顔を向けるアキト。


《これで問題ないはずです。ラピスが助かり、アキトさんも大丈夫。それとも他に手があるんですか?》


それには何も答えられず、アキト左手で顔を覆い、床を見詰める。








《……わかった》


暫く後、現に他に手がないため、アキトはついに折れた。


そんなアキトの様子を見て、ジェイクは微かに口元に笑みを浮かべ語る。


《そう悲観すんなや、良いことは他にもある。この後あの子のナノマシンが復調すれば、ルリとのリンクも合わさり、今までより遥かにお前さんの身体のナノマシンを抑えることができるようになる。そうすりゃ残り少ない命とやらも伸びることにはなるだろうな》


それにはアキトもルリも驚く。


《だが、俺が聞いた話ではそんなことは……》


《そりゃきっと複数のリンクの制御ができなかったためだろうな。俺はこういう分野にかけちゃ他の奴より少しは優れてると思ってるぜ》



それを聞きアキトは、のろのろと長く息を吐き、今度は天井に視線を向ける。


「……そうか」



《ああ言い忘れていたが、この処理をしてもルリがリンク状態に慣れて、あの子と同程度の処理が出来るようになるためには数日かかるだろう。その間はナノマシンの暴走は起こらないとしても感覚は無いだろうな。そんな状態じゃ精神がもたないだろうから、お前さんを薬で眠らすことにするからな》


《……かまわん》















《さて、納得してもらったところで俺からまだ質問がある》



ジェイクは再びアキトのコーヒー(仮)を一口啜り、カップをコースターに戻した後、話を続けた。



《お前たちの艦はいきなりこの屋敷の上空に現れたと聞いたが、一体どこから来たんだ?》


それにアキトは自分たちに起こったことを話す。古代火星人なら起こったことを伝えることに問題はなかった。


《ボソンジャンプによってだ》


《へーボソンジャンプね。……だが俺は何も無いところから突然現れるような艦は知らないし、お前たちの言葉も分からない――大体この装置は人間相手に使うために開発されたもんじゃないしな》



ジェイクの言葉におかしなものを感じたが、とりあえず自分たちの状況を伝えるため説明を続ける。彼らなら自分たちを元の時代に送り返してくれるかもしれないとの考えもあった。





《俺たちは今から数万年先の未来からボソンジャンプの事故によってやって来た》



ジェイクはそれを聞くと顔に驚きを浮かべる、そしてアキトたちに伝わるイメージの声も大きくなる。


《ちょっとまて! ボソンジャンプは時間を越えるのか!?》



彼が驚き聞いてきたことは、アキトたちにとっても意外なことだった。そのためすぐには答えられない。



とりあえずアキトが答えられずにいたため、代わりにルリが尋ねる。


《ボソンジャンプはあなた達が開発したものでしょう? なのに知らないんですか?》



その言葉にジェイクは眉を顰め、今の言葉の内容を理解するためだろうか、口に手を当て考え込む。


少し間を置いた後、またジェイクは話し出した。



《お前たちがどう思っているか知らないが、少なくとも俺たちはまだボソンジャンプをそれほど理解しているわけじゃない》


《ならどうやって、ボソンジャンプを行っているんだ? 遺跡……ボソンジャンプのコントロールシステムはどうやって造った?》










《そこの認識が食い違っているのか……》


ジェイクは腕を組み、天井を見上げる。しばらくそのままでいると、再びアキトたちに顔を戻し、





《ボソンジャンプの制御装置……センターユニット、あれは俺たちが造ったんじゃない。今から三十年以上前に、突然宇宙から降ってきたんだ》





アキトたちにとっては驚愕の事実だった。あまりの驚きに二人は口を開け、思考も停止している。



《それまでの俺たちの技術力はせいぜい宇宙に船を飛ばすのがやっと、ナノマシンの技術だってなかった。だがセンターユニットに残されていたデータやAI、開発ブロックにある機材を調べることで一気にそれが進んだ》



固まっていたアキトたちだが、ようやく思考が働き出した。



そしてアキトは、ふと頭に浮かんだ疑問が思わず口に出た。



「だが、そうなるとイネスはどうやって帰ってきたんだ?」


その疑問にルリが答える。


「……いえ、イネスさんが跳ばされたのがこの後の時代だったとしたら、ボソンジャンプが究明されていて送り返してもらったとしてもおかしくありません」





「ああ……そうか」


ただアキトは深くため息をつく。しばらく目を瞑り黙っていたが、再び眼を開きジェイクを見る。


《なら俺たちを元の時代に送り返すことは……》


《少なくとも現状では不可能だ。なにせ俺たちはボソンジャンプが時間を移動することさえ知らなかったんだ。むしろお前たちより知らないことが多いかもしれない》





《そうか……》



この後アキトとルリは、まだ幾つかのジェイクの質問に受け答えしたが、ジェイクが何も言わなくなると重い沈黙が部屋を支配した。















それから数時間後。



屋敷にある医療施設。そこでジェイクによってアキト、ルリ、ラピスに処置が行われた。




















広い部屋、そこに置かれている家具は落ち着いたデザインだが全て良質の素材によって作られている。部屋の中央にある重厚な執務机、そこに壮年の男が鎮座していた。


白髪が混じった焦げ茶色の髪。深い蒼の瞳。皺に覆われた顔は、だが未だ生気を失っていない。積み重ねられた年月によるものだろうか、彼からは威厳とでもいうべきものが発せられていた。



そしてその執務机を挟んだ反対にジェイクが立ち、男と話をしていた。



「それは本当か」


男の瞳に驚きとは別種の熱が浮かぶ。


「ええ彼らは今から数万年先の未来から来たそうです。ただ消滅する可能性が高いそうで、この時代に来れたのはまだ運が良かったと言ってましたよ」


「…そうか」


それを聞くと男の瞳に浮かんだ熱は冷め、身体を椅子に沈める。


「彼らをここに置いてもらえませんでしょうか。あの子の治療もまだ済んでませんし、他に行くあてもないでしょうから」


男は机に視線を落とし少し考え込んだが、再びジェイクに視線を戻す。


「ああわかった。彼らの滞在を許そう。彼らには君から伝えてやってくれ」


「ありがとうございます」


そう言ってジェイクは部屋から退室した。





ジェイクが出て行った後、男は執務机の隅に置かれている一枚の写真を眺める。


そこには男に似た若い男性と、銀髪に深い紫の瞳の美しい女性、そして女性によく似た銀髪に蒼い瞳の幼い少女が写されていた。





第一話 完





あとがき


代理人様、誤字やらなんやら申し訳ありません。

遺跡は古代火星人が造った。その設定に真っ向から喧嘩を吹っかける本作。はたしてどうなることでしょう。ああ、いくつか本来の設定とは違うところがあるでしょうがそれは見逃してください。

プロローグは場面の移り変わりが激しかったから、時系列の調整が難しかったけど、流れが一本だとまだ楽と言えば楽ですね。

ただ今回の最難関は、言葉が通じない中でいかに意思を伝えるかということです。はっきり言って、言葉の便利さが身に染みました。


最後に感想下さった方、ありがとうございます。

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

いやいやいやいや、面白いですよ。

遺跡だって、古代火星人が作ったとイネスさんこそ明言してましたが、

彼ら本人がそう言ったわけでもありません。

今回のようにイネスさんが説明の無いまま誤解していたら・・・と言うことは十分ありうるわけです。

 

今回は伏線をキッチリ張っていることも含め、可もなく不可もなく、な出来。

強いて言うなら文章がやや固いところですが・・・これは書いてく内に慣れるしかありませんね。

頑張ってください。