リンク処置の翌日、ルリはラピスが寝かされている部屋に来ていた。ラピスの意識がない間に起こったことを説明するためである。


この屋敷の他の部屋と同じように広い空間、間取りはルリに割り当てられた部屋と同じで、床には厚く繊細な模様を描く絨毯、落ち着いたデザインの質の良い調度品が置かれており、部屋の入り口の反対にある大きな窓から取り入れられる日光が部屋を明るく照らしていた。


ラピスは寝ていたベッドから上体のみを起こし、ベッドの傍らのイスに座るルリと顔を向け合って話していた。





「私が役に立たなかったからアキトは私を捨てたの?」


「ちがいます」


「でも私はアキトの役に立たなかった。こうなったのも私のせい。私はアキトに必要ない」


「ラピス、アキトさんはそんなこと思ってませんよ」


「なんで! だってアキトが感じられない、アキトが私を必要としてるってわからない」


「それはさっきも言ったでしょう。今あなたのナノマシンが停止しているからだって」


「じゃあなんでリンクを変えたの? アキトとの繋がりが弱くなる。身体が治ってもアキトの心が感じられない」


「それは――」










〜 アキト、ルリ、ラピスへのリンク処置前 〜



屋敷の一角のリンク処置が行われた部屋。そこでジェイクがアキトとルリに追加の説明をしていた。


《あー、お前たちのリンクと、ラピスへのリンクで言っとくことがある》


そのジェイクの言葉にアキトとルリは顔を向ける。二人が聞く準備が出来ていることを確認し、ジェイクは説明を続ける。


《まずアキトとラピスのリンクだが、今のままじゃ頭で考えたことだけじゃなく、もっと心の奥底まで相手に伝わっちまう状態だ。こんな状態じゃあお互いにとっても良くないだろう? だからそれを調整して、イメージリンクユニットと同じように頭で考え、相手に伝えたいことしか伝わらないようにしようと思うんだが、それでいいか?》


それはアキトとしても願ったり叶ったりだ。アキトは常日頃からラピスとのリンクが、ラピスに悪影響を与えるのでは、と頭を悩ませていた。もし調整により頭で考え、しかも伝えたいことしか伝わらないのなら、ようはいつでもどこでも話せる電話と同じことだ。


だからアキトはリンクの調整を受けることにした。


《頼む、ラピスのためにもその方が良い》


《ああ、わかった。あと、まだ話はある、いいか? アキトとルリ、お前さんたちをリンクするとルリとラピスにも間接的なリンクが結ばれる》


それには疑問に思ったルリが聞き返す。


《それはどうしてですか?》


《いいか、このイメージリンクユニットというやつは、俺の着けてるのがサーバー側、お前たちのがクライアント側となっている。サーバー側がクライアント側から伝わるイメージを他のクライアントにも伝えることで三人以上でも会話ができるようになっている》


そこで一旦話を止め、アキトとルリに理解するための時間を与える。


少し間をあけた後、再び説明を開始する。


《それで、お前たちの場合もこれに似ている。今からアキトとルリにリンク処置を施すと、アキトとルリが繋がり、またアキトとラピスはすでに繋がっている状態だ。このためアキトを中継して、ルリとラピスも繋がることになるというわけだ》


《そうですか――私はかまいませんよ》


《いいのかルリちゃん?》


《リンクも調整されるそうですし、今更止めることもできないでしょう?》


《オーケイ、ラピスには聞けないが、それはしょうがない。じゃあそろそろ始めるとしよう》










「――アキトさんはあなたのことを思って」


「アキトは私が要らない! 私は捨てられた! 嫌、嫌、嫌、嫌……」


そう言うなりラピスは布団を被り、その後、ルリが何か言葉をかけても返事を返すことは無かった。




















いくら話しかけても反応しないラピスに、仕方なくルリはラピスの部屋を退室し、アキトの様子を見に行くことにする。


部屋に入ると、そこにジェイクではなく、代わりに白衣の女性がアキトの容態を確認していた。


その女性にルリは見覚えがあった。あのイメージリンクユニットの説明をしていた、ジェイクにどこか似た女性だった。改めてよく見ると、ジェイクはアキトと同じくらいの年齢に見えたが、この女性はルリより一、二歳上程度、むしろ少女というべき若さのように思えた。


部屋に入ってきたルリに気づくと、少女は軽く手を上げながら笑顔で話しかけてくる。


「%#A$VEd◇C」


だがルリには少女の言葉が理解できずに困っていると、そのことに気づいた少女は軽く笑いながら白衣のポケットから何かを取り出し、ルリに渡してきた。


ルリに渡されたそれは、あのイメージリンクユニットであり、少女も装置を耳に着けようとしているのを目にし、ルリも装置を耳に着ける。


ルリが装置を着け終えたのを確認すると、再び少女は笑顔で話しかけてきた。


《よろしくルリ。私はジュリス・ラード。ジェイク兄さんの妹ね》



その挨拶に、どおりで似ているとルリは納得し、自分も挨拶を返す。


《よろしくお願いします、ジュリスさん。あなたのお兄さんにはお世話になりました――あの、ところでジェイクさんは?》


そのルリの質問に、ジュリスは苦笑しながら答える。


《兄さんは今、燃え尽きてるの》










― ジェイクの部屋 ―


部屋に入るとまず見えるだろう、本、本、本。


部屋に備え付けの大きな机を覆い尽くそうと積み上げられた本の山、さらには床、高価な調度品の上にも、そこかしこに様々な本が散乱している。


他の部屋と同じだけの広さがあるにも関わらず、なにか狭苦しく見えるその部屋、


その中でなんとか生活できる程度のスペースが確保されている一角、そこにはイスに腰掛ける白い人の形をしたものがあった。


「真っ白だ……燃え尽きちまったぜ……」


何故かどこからともなく「立つんだジェーイク!」というダミ声も聞こえてくる。










《燃え尽きる?》


不思議そうにルリが聞き返す。


《兄さん、真面目に働くと燃え尽きちゃうんだ》


《はあ、そうなんですか》


意味がわからなかったが、とりあえずルリはそう返しておいた。


するとジュリスは思い出したとばかりに、手をポンと打ち鳴らす。


《ああそうそう、あなた達の艦。あれ、動かして良いかな?》


《動かす?》


《そう、あそこはこの屋敷の敷地内だけど、他の領地に接してるから、艦を退かさないといけないのよ》


《ですが――どうやってですか? あの艦は大破していて自力で動くことは無理です》


《大丈夫、それは私にまかせといて。とにかくあの艦は動かすからね》


今この屋敷に世話になっている身としては、彼らが艦を退かさないと都合が悪いというなら、それを止めることは出来なかった。


《――わかりました。アキトさんが目を覚ましたら伝えておきます》


《うん、じゃあ、早速やりますか――じゃあねルリ》


そう言ってジュリスは部屋から出て行く。



ジュリスが退室した後、ルリはしばらく眠るアキトを眺めていた。




















翌日の朝、ルリが自分の部屋で目を覚まし、とりあえず朝の身支度を終えたころ扉をノックする音が聞こえた。


ドアの鍵を開けると、昨日と同じ様にメイドが食事を持って入ってくる。だが昨日と違い、その耳にはイメージリンクユニットを着けていた。


昨日、食事を持ってきたときは着けていなかったため会話も無く、食事を出してすぐに出て行ったが、今回はルリが昨日ジュリスから貸してもらい、そのままだったイメージリンクユニットを着けると話しかけてきた。


《ルリさんでしたねー。私はキャミル・ターン、この屋敷に使えるメイドですー。どうぞよろしくお願いしますねー》


のんびりとした口調だが、柔らかい笑みを浮かべるその姿は何やら暖かなものを感じさせる。


《あ、はい、よろしくお願いします》


そう言ってルリは頭を下げる。そんなルリの様子を微笑みながら見ていたキャミルだが、言うべきことがあるので口を開く。


《実はルリさんにお願いしたいことがあるんですよー、聞いてもらえますか?》


それにルリは訝しげに見返すが、とにかく先を促す。


《はい、ラピスさんなんですが、実は食事を取られてないんですよー。身体も弱っているのに食事を抜いては良くなるものも良くなりません。ですが私が言っても聞いてくれないので、ルリさんにお願いにきたんですー》


キャミルから知らされたことにルリは驚いた。だがアキトがいない今、自分が何とかしなくては、とキャミルの頼みを了承する。


《わかりました。私が何とか言ってみます》


《では、お願いしますー》















ラピスの部屋、そこでルリはラピスになぜ食事を取ってないのか尋ねていた。


「ほっといて」


ラピスは素っ気なくルリに返す。


「ですが、ちゃんと食事を取らないと、良くなりませんよ?」


「別に良い」


そのラピスの物言いにルリも言葉を強める。


「そんなんじゃ、アキトさんにも迷惑がかかりますよ?」


ルリのその言葉にラピスはキッと睨み返し、枕をルリに投げつける。


「知らない!」


そう言うなり、昨日と同じように布団を被り、その後ルリがいくら話しても無視するところまで同じだった。



仕方なくルリは退室する。


だが、部屋を出るとき、ラピスが「アキト……」と小さく洩らすのが聞こえた。















アキトの様子を見ると、他にやることもないためルリは自分に割り当てられた部屋へと戻った。


備え付けのソファに腰かけ、ラピスのことで悩んでいると、突然ノック音がし、ドアを開けると外には執事が柔らかい微笑と共に立っていて、その耳にはイメージリンクユニットが着けられていた。


といかくルリは執事を部屋へと招き入れ、イメージリンクユニットを装着する。


ルリが装置を着けると、執事はルリに向き合い、積み重ねた年月ゆえの落ち着いた笑みと共に自己紹介をする。


《私、ティングル・ザード、この屋敷に使える執事でございます。よろしくルリさん》


《はい、よろしくお願いします。ティングルさん》


とりあえず挨拶を終えたところでルリはティングルに座るように進め、自分もソファに腰を降ろす。


ルリの対面側に座ったティングルは、じっとルリの顔を見ながら優しく尋ねる。


《ラピスさんのことはどうですかな?》


そのことはルリにとって悩ましいことだった。すぐには言葉を返せなかったが、しばらく言うべきか迷ったすえ、ルリは現在の状態を話すことにする。


《だめです、私の言うことを聞いてくれません。アキトさんでなければ無理なのかもしれません……》


そう言ってルリは、自嘲気に笑い続ける。


《アキトさんがいない今は、私がなんとかしなくてはいけないんですけどね……》


そのルリの様子を、ティングルは黙って観察していた。しばらくルリの表情を見ていたが、やがて口を開く。


《たしかに今はあなたがやるべきかもしれませんね――ですが、あなたはあの子のことを本当に心から心配していますか? 義務感からあの子に接しているのではないですかな?》


《――えっ?》


言われたことが意外なことだったのだろう、ルリは呆然とティングルを見返す。


優しげな目でティングルは、ルリを見、さらに続ける。


《心がない言葉が伝わることは難しいでしょう。もう一度、あなたがあの子のことをどう思っているか、考えてみてはどうですかな?》


言われたこと、それにルリはじっと考え込む。その様子を見ると、ティングルはそっと立ち上がり、部屋を出ようとする。


《あ、あの、もう一度ちゃんと考えてみます》


一礼と共に部屋から出るティングルに、ルリは声をかける。部屋を出るティングルの顔には楽しげな、あるいは嬉しそうな笑みが浮かんでいた。















― その夜 ラピスの部屋 ―


夜、だがラピスは眠らず、ただ悲しみに暮れた呟きを洩らし続けていた。


「アキト、アキト、アキト、アキト、アキト……」















夢を見た。


かつて自分の元からアキトとユリカが消えてしまう夢だった。


「なぜ、こんな夢をみたんでしょう――」


ルリはあのころの自分がどういった状態であったか思い出す。大切な人を失うというのがどういったものか。


「ラピスも――同じ気持ちなんですね」




















― ラピスの部屋 ―


「アキトのラーメン?」


ベッドから上体を起こした状態で、ラピスが首をかしげつつ、傍らに座るルリに聞き返す。


「そうです、昔アキトさんが作っていたラーメンです。食べてみたくないですか?」


「アキトが作るの?」


「いえ、私が作るんです」


「要らない」


ラピスはそう言うなりベッドに横になり、ルリとは反対に顔を向ける。


「ですが、アキトさんが一生懸命に考えたラーメンなんですよ。作るのは私ですが、それでもアキトさんのラーメンなんです。本当に興味ないですか?」


「…………………………」


そのルリの言葉にラピスは僅かに反応する。アキトはもう料理をしないため、ラピスはアキトの料理を食べたことは無かった。そのアキトが考えたラーメン、作るのがアキトでなくても興味は確かにあった。


ラピスが反応したのを見てとると、ルリはさらに続ける。


「とにかく作りますからね。せめて出来たものを見てから要らないかどうか決めてください」


そう言うなり、ラピスの返事も待たずに部屋から出るルリ。ラピスは部屋から出るルリの後姿を思わず目で追っていた。















あの後、ルリはティングルに頼んで厨房を貸してもらった。


だが、現在ルリは途方に暮れていた。


その手には小さな紙、テンカワ特製ラーメンのレシピを持っている。いまさらこんなもの見なくても内容は頭に入っているが、それでもルリはこれをこの場に持ってきていた。


「忘れてましたね……ここは地球ではなかったんですよね」


広く立派な厨房、調理器具も食器も磨かれて輝いている、棚には無数の調味料、食材も豊富に揃えられていた。


これで一体どんな問題があるというのだろうか?


「食材も調味料も……どれを使えば良いんでしょうか?」


問題はそれだった。いくら設備が完璧でも肝心の食材のことを知らなければ調理のしようがない。


「……とにかく――食材や調味料の味を確かめることから始めないと……」


今まで出てきた食事も見た目は違ったが、地球のものと変わらない味付けだった。ならこれだけの材料があればこのレシピに必要なものも恐らくあるだろう。


そう考えルリはとりあえず、膨大な数がある棚から調味料を取り出し、少量を手に取り、味見していく。


このときのルリの頭からは、他の人に聞くという考えがスッポリと抜け落ちていた。


ここでは言葉が通じないため、誰かに尋ねるという考えが薄れていたのかもしれない。










奮戦するルリを眺める二つの人影。


ティングルとキャミルだった。


「ああいう姿を見ると、応援したくなりますね」


「そうですねー。と、いうわけで私行ってきますね――あっ、あれ貸してくださいよ」


柔和に笑い、ティングルは懐からイメージリンクユニットを取り出し、キャミルに手渡す。


「はいどうぞ」


「ありがとうございますー。じゃあ行ってまいります」


そう言って、冗談ぽく敬礼し、厨房のルリの元へ向かう。


それを見送るティングルの背後から、ジュリスが姿を現した。


「これはこれは、ジュリスさん。どうしました?」


「うん。あの艦を地下の私の研究所にしまえたから、ちょっと様子を見に来たんだけど……何してんの?」


「見てわかりませんか? 料理をされてるんですよ」


「はあ、でもなんで?」


「実は――」










厨房にて奮戦するルリの元にキャミルがやってくる。


「うー! 水水水!」


なにやら青色の果物を口にしたルリは顔を真っ赤にし、慌てて蛇口を捻り、水を飲む。


《あらあらあら、大変ですねー。大丈夫ですかー?》















ラピスの部屋、そこにジュリスが訪れる。


部屋に入ってくるジュリスにラピスは視線を向けるが、すぐに背けてしまう。


そんなラピスに苦笑しつつもジュリスは傍により、ラピスにイメージリンクユニットを手渡し、笑いかけながら自分の耳を指差す。


それを無視していたラピスだが、いつまで経ってもジュリスが諦めないので、仕方なく耳に装置を着ける。


《ハーイ、聞こえるかな? 私はジュリス・ラード、よろしく!》


頭に響く大きな声に顔を顰めるラピス。


《うるさい》


ラピスの物言いに、ジュリスは続く言葉を詰まらせる。


《……キツイなー。えーと、その……あなたご飯食べてないんだって?》


《関係ない》


《関係あるよー。あなたたちのリンク処置をしたのは、私の兄さんだもの》


そのジュリスのセリフにキッと睨みつけるラピス。


《出て行って!》


そのラピスの様子にジュリスは、ミスった、とばかりに天を仰ぐ。睨みつけてくるラピスに、視線を彷徨わせ、何度か口をパクパクとさせる。そんなことを暫くしていたジュリスだが、どうにでもなれとばかりに再び念を送る。


《とにかくこれを見て!》


言うなりラピスの前の空間にモニタが現れる。そこには厨房にて奮戦するルリの姿が映し出されていた。


《――これなに?》


《あなたのために頑張ってるんでしょうが! あなたがご飯を食べないから、何とかしようとしているんでしょう!?》


「――あっ」


ルリが言っていたことを思い出す。


《こんなに頑張ってるんだから、せめて一口くらい食べてあげなよ――ねっ》


興奮していたジュリスだが、最後には落ち着きを取り戻し優しく声をかける。


だがラピスはそれには答えず、じっとモニタに映るルリの姿を見詰めていた。















色々あって何とか完成したラーメン、見た目と味はどうにかラーメンをしているが、テンカワ特製ラーメンからはかなり離れた味になってしまっていた。


だがこれは仕方ないだろう、ルリは本職の料理人ではないうえ、地球とは違う素材を使ってのことだ。そのことを考慮すると、ここまで出来ただけでも賞賛に値するほどだ。



完成したラーメンを持ってラピスの部屋を訪れたルリは、ベッドの横にテーブルを持ってきて、そこに作ったラーメンと食器を並べる。ルリが食事の用意をしている間、その姿をラピスは黙って見ていた。


「さあ、ラピス――食べてみてくれませんか?」


僅かに声に不安を滲ませながらも、ルリはラピスに自分が作ったラーメンを薦める。


出されたラーメンをラピスはじっと見詰めている。一度ラピスが顔を上げると、そこにはじっとこちらを見詰めるルリの瞳があった。


もう一度、ラピスはラーメンに視線を戻す。


それから、しばらくそのままでいたラピスだが、不意に箸に手を伸ばすと、ほんの数本ラーメンを摘み、口に運んだ。


だまってその様子を見ていたルリは、思わず尋ねる。


「……どうですか?」


ラピスはすぐには答えなかった。ただ黙々と口の中の僅かなラーメンを租借する。それを飲み込むとルリに顔を向けるが、すぐに視線を逸らし俯く。


そして小さな声で、感想を返した。


「……………………………………美味しい」


その言葉を聞いたルリからは、嬉しそうな笑みが零れ落ちる。


そんなルリに恥ずかしそうにしながらも、ラピスは再びラーメンを食べ始める。



ラピスが食べる様子を、ルリは嬉しげに眺めていた。ただ、ラピスが見られているため食べにくそうにしているのに気づくと、慌てて視線を逸らしたが。















「私も――昔、アキトさんが私の前から消えてしまいました」


ルリの言葉に注意を向けるラピス。それはアキトとユリカが攫われたときのことを話しているのだろう。


「あのときの私には、それが現実なのか信じられない気持ちでした。朝、目を覚ますごとに夢じゃなかったのかと期待して……悲しくて、苦しくて、どうにかなりそうでした……」


話すルリに、ラピスは何も言わず、ただ続きを待つ。


「――だから、あなたがどんなに苦しんでいるか――私にも少しはわかるつもりです」


「………………………………」


ラピスは俯き、黙り込む。


ルリは優しく笑いかけながら、ラピスに尋ねる。


「アキトさんと離れたいですか?」


「そんなことない!」


ルリの言葉にラピスは反射的にそう返していた。


「だったら大丈夫です。アキトさんはラピスを捨てませんよ――リンクで繋がっているあなたなら、そのことを良く知っているでしょう?」


「…………でもいまはわからない」


「大丈夫ですよ、それに――」


そこで一旦言葉を切り、ルリは悪戯っぽく笑いながら続ける。


「――もしアキトさんがそんなことを言うなら、私が叱ってあげます」


「…………………………」


そのルリの言葉にポカンと口を開け、驚くラピス。


そのラピスの反応にクスクスと、ルリは笑う。


「だからラピス。アキトさんが起きたときに、あなたが元気じゃなかったら問題です。ちゃんとご飯も食べて、早く良くならないと」


言い終わるとルリは、柔らかく笑い、ラピスを瞳を見詰める。


ラピスもそんなルリの瞳を見詰め返す。


そのまましばらく、静かなときが流れる。


時計の秒針が、二回りするほどの時間が経ったころ、ラピスは小さく、だがはっきりとルリに聞こえるように返事をした。


「――うん」















ルリとラピス、二人がいる部屋から楽しげな話し声が洩れる。


その部屋の様子を外から覘く、三つの人影。



「いやいや、よかったですな」


楽しげに話す中の二人に、満足そうに頷くティングル。


その傍らに立つキャミルも嬉しそうに笑っている。


「ふー、頑張ったかいがあるってもんだわ」


「あらー、ジュリスさんのは強引でしたけどねー」


そのキャミルの言葉にジュリスは、うっ、と声を詰まらせる。


「うー、酷いよ、キャミルさんー! ……何で知ってるの?」


「ははははははは」


「あっ、ティングルさんまで笑わないでよー!」










― ジェイクの部屋 ―


未だ白い屍状態のジェイクが呟く。


「今回、俺全然出番がなかったな……でもアキトよりかマシか……」










その日の夜、テンカワ・アキトが目を覚ました。





第二話 完





あとがき


ふー、何とかできました。今回のために、前回アキトには眠ってもらったわけですよ。この話は、アキトがいては出来ませんから。

とりあえず今回の話の目的は、ルリとラピスの交友ですね。あと、この屋敷のメンバーの紹介もあります。

なお、イメージリンクユニットですが、試作品というところからもわかるように数がないので、回して使ってる状態です。






感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ここでルリとラピスの打ち解ける経緯をちゃんと書くあたり丁寧ですね。

ただ燃え尽き症候群はちょっと余分だったと言うか浮いていたかも。