広い空間、床には暖かな色調の絨毯、他の部屋と違い調度品は僅かで、大きな窓から取り入れられる柔らかく清清しい早朝の光が部屋を明るく染める、部屋の中央に大きな円形のテーブルがあり、現在そこでこの屋敷の住人が朝食をとっていた。


大きなテーブルには幾つもの皿が並び、その上には様々な食材を使った料理が盛られていた。


その一つ、大人の掌ほどの大きさの赤い色の三日月の形をしたパンに小さな手が伸びる。


「あラピス、私にもスラック頂戴」


「ん」


三日月の赤い色パン、スラックと呼ばれるそれをラピスは二つ取り、一つは自分の取り皿に、もう一つをジュリスに渡す。


「ありがとう」


ジュリスは礼を言い、受け取ったスラックにそのまま噛り付く。


「ラピスはそれが好きですね」


アキトを挟み、反対側に座っていたルリが話しかける。


「うん、甘いから」


スラックを一口サイズに千切りながらラピスは答える。


「あらあら、甘いものばかり食べてたら太りますよー?」


ルリの隣の席で、ホークに刺した野菜を口に運んでいたキャミルが会話に加わってくる。


メイドであるキャミルが共に朝食を取っているのは、ダイオスがそのようなことを気にしない人格だったためだ。そのため執事であるティングルもキャミルの左隣で食事を取っている。


ちなみにダイオスはティングルの隣、さらにその隣にジェイクが座り、ラピスの右にジュリスとなっている。


アキトたちが来て以来、いつもと変わらない朝食の光景。この部屋にモニタなどはない、それぞれが静かに食事を味わい、時々交わされる会話、それらが心地良い空間を作り出す。


「大丈夫、私も、ルリ姉さんも太らない」


ラピスは口に入れていたスラックを飲み込み、先ほどのキャミルのからかいに言い返す。太らないとは、マシンチャイルドは普通の人間より消費カロリーが多いためだ。


「うーん、うらやましい」


「ですねー」


体重を気にする女性同士、ジュリスとキャミルは羨ましそうにルリとラピスを見る。


「ふふふ、でもラピス、あまり食べ過ぎると私たちでも太ることもありますよ?」


「むー」


ルリにまで言われ、ラピスは頬を膨らませ不満を表す。


「ふっ、まあ構わないさ、それよりちゃんと他のものも取るんだぞ」


隣のアキトがラピスの頭に手を乗せ、軽く、ポンポン、と叩きながら注意する。


「――わかった」


アキトに言われ、ラピスは食べずにいた野菜にも手をつける。それを見てアキトも自分のスープを食べるのに戻る。


朝食のため重くなく、あっさりした、だが深い味わいが舌に広がる。


五感が完璧ではないためその本当に細かな部分までは分からない、だがそれでも感じることができる味覚は、ルリとラピスとのリンクにより取り戻して以来、一月以上経つというのに、アキトに例えようもない喜びを与える。


食べ物の味、美味しいという感覚は、人にとってそれほどの意味を持つのだろう。


そんなアキトに、ルリからは微笑が零れた。


ルリは自分が作った料理、ルリも調理を手伝っており、またラピスも最近手伝いだしていた。をアキトに薦める。


一口サイズのオレンジ色の四角いそれは、色が違う以外、地球の卵と殆ど変わらないものを焼いた、ようは玉子焼きである。


簡単なようで奥深い玉子焼き、アキトはそれをしっかり味わう。


目でルリが感想を尋ねると、アキトは冗談ぽく片目を瞑り、軽く笑う。


「旨いよ、良く出来ている」















朝食を終えたアキトたちは昨日から決まっていたように外行きの服装、アキトら三人の物は全てキャミルが用意してくれた、に着替え玄関に集合した。


「そんじゃ車に乗って!」


いつも通りハイテンションにジュリスが号令をかける。


出かけるのは、アキト、ルリ、ラピスの三人と、ジェイクとジュリスのラード兄妹。


運転はジェイクが担当し、ジュリスは助手席、残りの三人が後部座席に乗り込む。


「じゃあ行ってきまーす!」


見送りのキャミルにそれぞれ挨拶をし、ジュリスのみ大声で、車は発進する。




















屋敷から二十分ほど車を走らすと、前方に街が見えてきた。


現在車が走っている道よりも低地にあるため、見下ろすように街の全容が見える。街の右方には山脈があり、左方と街の向こうには広がる大海原、そのため街自体はそれほど大きくはない。


「この街? あんまり大きくない」


窓から顔を出し、吹き付ける風に目を細めつつラピスは街についての感想を口にする。


「この街でも良いんだけど、買い物とかするならもっと大きな街の方が良いでしょ? だからまず駅に行くわ」


そのまま車は街に入っていく。入り口には”ファージへようこそ”とあった。















そのまま街の中央へ向かい車は走る。道路を走る車もまばらで、建物も低く、悪く言えば安っぽい、あるいは家族的で、個人が経営しているような店が立ち並ぶ。


走ること十分、街の他の建物より数段大きな円形のドーム状の建造物にて車は停車した。


「ここが駅ですか?」


車から降り建物内に入った一行、そんな中でルリはアキトとラピスも含めた三人が思っていた疑問を挙げた。


なぜなら、内部は広々とはしているが、駅と言う割には線路もなく、大きなものと小さなものの違いがあるが、透明な円柱の機械が幾つも並んでいるだけだったからである。


そんなアキトたちの疑問に、いつも通りジュリスが答える。ジェイクはどうしたのかというと、面倒くさいそうだ。


「昔は三人が思っていたように線路を走る列車があったんだけど、今は違うんだ」


「どう違うの?」


辺りを物珍しげに、キョロキョロ、と見回していたラピスが尋ねる。


「見て、あの透明な円柱を使うんだ。あれはねボソンジャンプのゲートなの」


「ボソンジャンプだと?」


思わずアキトが声に出す。


「そっ、ここはボソンジャンプステーション、ボソンジャンプによるネットワークで大陸内のステーションならどこへでも跳ぶことができるんだ」


そのままアキトたちに言葉を差し挟ます暇を与えず、さらに続ける。


「でも他の大陸に行くには、許可、パスポートの申請とかね、を貰ってからじゃないと無理よ。それと他の大陸には首都から他の大陸の首都にしか繋がってないの」


とそこで、ジェイクが口を挟む。


「ああ、旅客機も列車も今でもあるが、最近じゃボソンジャンプに負けて寂れてるな。一瞬で目的地に行けるのと、何時間も狭い機内に乗り続けなきゃいけないのとじゃボソンジャンプの方が良いと思うだろう? 若い奴はほぼ全員が遺跡のナノマシンを身体に入れてるし、今じゃ年寄り連中も多くが入れている。新しい物は若い奴から広がるということだ。おまけに近頃じゃ新しく生まれた子供も体調管理の機能が含まれたナノマシンを入れられるようになった」


脇から入ってきたジェイクを一睨みし、さらにジュリスが説明する。


「この街はもう線路もなくし、ボソンゲートだけになってるんだ。線路は場所を取るし、ボソンゲートの維持費は結構安いからね、経済的にも良いのよ。この街の人はもう全員ナノマシンを入れてるしね」


ボソンジャンプがここまで一般に広がっていることは、アキトたちにとっては驚愕することであり、暫くは声も出せなかった。


だがようやく、アキトが疑問に思ったことを尋ねる。


「事故は起こらないのか? ジャンプしたまま戻らないなどの」


それにはジュリスも少し苦い顔をしたが、正直に答える。


「昔は……ボソンゲートが使われだした頃は事故でジャンプしたまま帰ってこなかった人もいたよ――でも最近じゃ数年前に何件かあっただけで、それ以来事故は起こってない。ボソンゲートが使われだしたのは戦争が終わって少しして、もう三十年近く経つから技術的にも熟成されているため事故はまず起こらないわ」


事故があった、それにも関わらずボソンジャンプが使われている。アキトの心に棘が刺さるような痛みが走る。


「事故で、死人がでるような物でも使われるのか?」


それにはジェイクが答える。


「確かに初期の頃は人々も恐れて利用する者も少なかった、だがそれでも瞬間移動できる装置は魅力的だったんだ。事故がまず起こらないほど危険性が薄れれば、広まるのも自然な流れだ。だいたい、数年で数件の事故じゃ交通事故の方が遥かに多いだろう?」


「…………そうか」


アキトが力なく声を洩らす。それを見てジェイクは付け足す。


「――もっとも俺たちのいう技術的に熟成しているというのは、使うぶんだけで、結局はボソンジャンプの本質は分かってなかったがな」


アキトはもう返事も返すことなく、物思いに耽る。


この世界は装置間のみのボソンジャンプしか行われていない、だがそれでもこれほどまでに広まっている。ならば元の世界でアキトたちA級ジャンパーのみが行えた、あらゆる場所へのジャンプ、それはどれほどのものだったのだろう。アキトたちA級ジャンパーが攫われたのは当然の結果だと、改めて思い知らされるようだった。


《アキトさん》


《アキト》


アキトの苦悩を察し、ルリとラピスがリンクで語りかける。普段は傍にいるときは直接声を出す、だがこの場はあえてリンク、心の声を届けた。


《――大丈夫だ、ありがとう》


二人の気遣いに気持ちを落ち着けられ、アキトも二人に対してリンクで礼を言う。


沈んだ空気を察し、ジュリスはことさら元気良く話す。


「さあさあ! 今日は楽しい買い物ターイム、湿っぽいのはこれくらいで行くよ!」


「そうだぜ! 早く行こう、一日は短いんだ、そんな沈んだまま過ごすのはもったいないだろ?」


兄妹からも励まされ、アキトはそれに笑みをもって答えた。


「そうだな、確かにもったいない。ルリちゃんラピス、行こう」


二人に手を差し出す。


ルリ、ラピスは微笑み、その手を取る。


「そうですね、行きましょう」


「うん、アキト行こう」















一行は小さな方のボソンゲートに入った。


ボソンゲートはアキトたち五人を内部に抱えても、まだ幾ばくかの余裕があった。詰めれば十人くらいまで入れるかもしれない。ならば大きいほうはこれの数倍あったから数十人は入れるのだろう。


ジュリスはゲート内に浮かび上がってきたモニタに指を触れ、何やら操作をしている。


「向こうの大きな方は行き先が決まってるの、でこっちが自由にこれで行き先を決められるんだ。最近のはレスポンスが良くなったけど、昔は操作完了からジャンプ開始まで少しかかったんだよね」


「何で向こうは行き先が決まってるの?」


透明な内壁を、ぺたぺた、と触っていたラピスが質問する。


「そりゃ行き先が同じ人たちを一気に送る方が効率が良いでしょ? その駅でのジャンプログから利用客が多い順に固定のジャンプ先が決まるの、この駅じゃ数十人だけど大きな街のなら百人以上入れるわ。長期休暇の時期なら観光地への固定ジャンプ先が増えるとか、複数の固定ボソンゲートを同じジャンプ先に設定したり、年間を通して動的に変わるわ」


「ふーん、でも大きな街でも百人くらいしか入れないのにそれで足りるの?」


「前のグループがジャンプしたらすぐに次が入れるし、それにさっきも言ったけどジャンプ開始までが早くなったからね、こっちの選択式の方も慣れれば操作完了してジャンプまで三十秒かからないわ」


「――うん? もう三十秒経ってない?」


言ってることと違うジュリスに、ラピスが不思議そうに尋ねる。


「……お前、操作ミスッたろ?」


ジト目でジェイクがジュリスにツッコミを入れた。


それにジュリスは、うっ、と一瞬硬直し、画面を操作する指の速度を上げた。


「はいっ! これで完了!」


振り向いた顔は赤くなっていたが、とにかく誤魔化そうと声を張り上げる。


「――まあ、こういう奴がいるから遅れることもある」


ジェイクの容赦ない追い討ちにジュリスは沈み込む。


「俺は気にしてない」


「誰でもミスはありますよ」


「大丈夫?」


沈むジュリスにアキトたちも慰める。


「――いや、そんな大したことじゃないのに、慰められると余計に落ち込むかも……」


そんなことを言い合ってる間にボソンゲート内は光に包まれ、光が消えたときには五人の姿はもうそこにはなかった。


















「――あっ、なんでボソンゲートの操作をIFSでしないの? その方が早くてミスもないのに」


「うん? ああそれはね昔IFS操作式のやつで事故があったからだよ。操作でナノマシンを働かしててそのせいで誤作動したの。今じゃそんなこと起こらないけど、安全のためとかいって、本当は仕様変更の経費をケチってるのよ――それよりこれはどう?」


そう言って、ジュリスは白から薄いピンクへのグラデーションが綺麗な、一着のワンピースをラピスに見せる。


「うーん、ルリ姉さんどう思う?」


ルリは苦笑する。


「ラピス、自分で選ぶ方がいいですよ」


「じゃあ、それ買う」


「はい、お買い上げー! じゃあ次は――」


一行はあれからグラウン大陸でも有数の都市である”ディラン”に来ていた。


現在はそろそろ暖かくなってきた季節、今の内に夏物の服を買っておこうと、先ほどからすでに二時間もこうしている。


その間、永遠とレディース用のフロア、そこで椅子に座り居た堪れない心持で男性二人は、拷問とも思える時間に耐えていた。


「ようアキト、俺はちょっと欲しい物があるから後は任せた」


そう言って、じゃあ、と軽く手を上げて立ち上がろうとするジェイク、だがそれは適わず椅子に引き戻される。


「まあ待て、もう少し我慢しろ、そろそろ終わるだろう、だから待て、行くな――良いな」


最後の方はかつて闇の王子とさえ謳われた、その邪笑ともいえる笑みとともに放たれた。それを受けてはいくら普段から妹による虐めに晒されても、少しも堪えないジェイクといえども首を縦に振るほかなかった。


「――だが、さっきから何回あと少しで終わると、繰り返してると思ってるんだ?」


「いいからあと少しと思っておけ、そう自らに言い聞かせろ」


「なるほど、自己暗示によって精神的安息を得るのか」


「そうだ」


「――悪い、俺はそこまでの高みに届きそうにない……」


「逝くな、まだ逝くな、せめてあの三人の買い物が終わるまで」


「へっ、無茶を言いやがるぜ」


ニヒルに笑い、腕をアキトの肩へ回す。


「分かった、俺はやってやるよ」


「ああ、あと少しだ」


「その通り、あと少しだ――」



そんなことをして男二人が時間を潰していると、ようやく女性三人が帰ってきた。買った物は直接屋敷に送ってもらったため手ぶらだ。


ちなみにあれからさらに一時間が経過していた。















三時間も女性陣の買い物に費やされたのに、アキトとジェイクの方は三十分もかからず終わってしまった。


二人とも服装に無頓着なので、サイズが合えば良いと適当に選んだためこの時間で済んだわけだ。


アキトたちの分も屋敷に送ってもらった後、一行は階下でちょっとした小物類を物色していた。





「ラピス、これはどうだ?」


アキトはラピスにと、掌サイズのコンパクトミラーを見繕っていた。蓋の部分に美しい鳥の細工が彫られた一品だ。


「うん、それ欲しい」


ラピスとしてはアキトが選んでくれた物なら、恐らくまず要らないと思える、この店の一角にある舌をだらしなく出した、緑色の狸と猿の中間の様な置物でも喜んだかもしれない。


と、ジェイクがその置物に寄り、まじまじと見詰める。


「――これ良いな、ジュリス買わないか?」


そう財布を預かるジュリスに、買おうぜ、と誰にでも分かるほどの熱意を込めた視線を向ける。


「買わない」


「マジでか?」


「マジ」


ジュリスに否定され、ジェイクは傍目からも分かるほど落ち込む。この男のセンスの程が窺える光景だ。



「ルリちゃんは――これはどうかな?」


漫才を繰り広げる兄妹を黙殺して、アキトはルリの分も選んでいた。


ルリには貝殻、この世界特有の光を当てると虹色に色を次々と変え、その変わりゆくグラデーションは一度として同じ色がないだろうと思わせるほど、特殊な貝で作られた髪飾りだ。


「ええ、良いですね。ありがとうございます」


ルリもそれを気に入ったのか、嬉しげに笑う。



とりあえず買い物を終えた一行は、そのデパートを後にした。















外に出ると、これからさらに強くなる日差し、その予兆ともいえるここ数日では比較的熱い空気が五人に襲い掛かる。


今五人が出てきたデパート、見上げると天を突こうと伸びる巨大さ、その中ほどから光の帯が他の建物にも伸びている、これは重力制御場の一種で突然天候が変わり、地上を行く人々に影響がないよう雨や雪を誘導し、決められた貯水部に流れるように張られている重力フィールである。今は晴れているためフィールドの展開はされていないが、展開されるとこの光の帯が都市の上空全体を覆うことになる。


またこの重力場の帯は、強すぎる日差しを抑える遮光シールドの役割、暑すぎるときは地上から熱気を逃がし、逆に寒い時は熱が逃げないようにする温度調節の役割も担っている。ただまだこのくらいの暑さでは温度調節は行われない。あまりにも温度を快適に調節しすぎると人体の適応力が落ちるとされ、よほど暑いか寒い日ではなくては温度調節はなされない。


一行は地上を流れる人々に混ざり、ジュリスを先頭に歩き出す。


「今から行くところは、ホテルにあるレストランで少し高いけど、その分味は確かよ」


「デザートは?」


アキトの腕に両手を絡めて歩いていたラピスが、不安そうに尋ねる。


「大丈夫、アイスが絶品!」


そんなラピスに、暑さでテンションが上がったのか、いつもより三十%増の元気さで答える。


お目当ての甘い物の味も保障され一安心のラピス、後ろを歩いていたルリも思わず笑う。


「あれ、電車がありますよ?」


ふと上を見上げたルリ、その視線の先にはビル群を縫うようにモノレールが走っていた。


「ああ、説明が少し不味かったか――無くなりつつあるのは、ある程度以上の長距離用の路線だよ。車もあるように、街中のような短距離には使われてるさ。ほんの少しの距離ごとにボソンジャンプするのもなんだろ?」


ジェイクの説明にジュリスも乗っかる。


「そうそう、観光用とかなら他でもちゃんと走ってるし旅客機もね、完全になくなることはそうないんじゃないかな」


「そうか、まあ電車には電車の味があるしな」


その後も色々話しながら歩くこと十分、一行はディランで一、二を争う味を誇る、ホテル”デュラシス”の七十階にあるレストラン”ダーナ”に到着した。




















レストラン”ダーナ”、その店内は広く、壁一面の強化ガラスの向こうには地上七十階ゆえの絶景が広がり、床や壁は黒で艶やかな輝きを放ち、天井にある無数の光源により店内は明るい、幾つも在るテーブルには様々な客が一時の休息を満喫していた。


「えーと、予約していたジュリス・ラードですが」


「はい、承っております。お席はこちらです、どうぞ」


そういって案内されたのは、他からは少し離れた席だった。


「ではご予約された通りのコースでよろしいでしょうか?」


「ええ、それでお願いします」


「畏まりました」


一礼し店員は戻っていく、動作は洗礼されており教育が行き届いていることを教える。


席に着いた五人。テーブルは円形で、並びは屋敷と同じで、アキトを挟みルリとラピス、ルリの隣にジェイク、ラピスの隣にジュリスとなる。


テーブルに両肘を突き、手の平に顎を乗せてジュリスが残りの四人に話しかける。


「勝手に注文決めちゃったけど、良いよね? そのかわりきっと満足してもらえると思うから」


そう言って、二ッ、と笑う。


「まあ、俺はいいが」


アキトとしては文句はない、傍らの二人も特に不満はないようだ。


「あーん、本当に旨いんだろうな?」


だがこの兄だけは疑わしそうに妹を見る。


「どうせ兄さんに良いものは分からないし、ここに連れて来てもらっただけでも感謝することね」


「ひでえ!」


妹の辛らつな物言いに、心を痛める兄。あくまで見た目だけだが。


「確かに、少なくとも美的センスはありませんね」


ルリもジュリスに加勢しジェイクの心を痛めつける。


「ぐおお!」


肉親以外からの攻めは本当に辛いのか、胸を押さえテーブルに突っ伏する。


「ふっ」


思わずアキトからも笑いが漏れる。


そんな中、ラピスはアキトに選んでもらったコンパクトミラーを取り出し、髪型をチェックしていた。


「どうアキト?」


ん、とアキトがラピスに視線を向ける。アキトには特に先ほどと変わっているように思えなかったが、ラピスが身だしなみに気を使い出しているのを妨げるわけにもいかないと考え、


「ああ、良いな」


とにかく褒めておいた。


褒められたラピスは嬉しそうにアキトの胸に飛び込む。


「おいおい」


椅子に座ったまま飛び込んできたラピスに苦笑しつつも、頭を撫でてやる。


アキトが顔を上げ残りの三人の方を見ると、ルリ&ジュリス連合によりジェイク独立部隊が壊滅寸前に瀕していた。















出された料理は、ジュリスが薦めるとおりに素晴らしい味だった。


オードブルに始まり、スープ、魚料理、肉料理、サラダときて、デザート、それぞれにこだわりをもって調理された数々の品はアキトたちの舌を十分以上に満足させ、至福のひと時を過ごすことが出来た。


今は食後のお茶を飲み、冗談を言い合っている。


「うーむ、確かにいつもの店より旨かった。いやジュリス、お前いつこんな店を知ったんだ?」


「キャミルさんにね、他にティングルさんにも教えてもらった店もあるわよ」


「何で俺には教えてくれないんだ?」


「教えても良さが分からないと思われてるんじゃないですか?」


「私もそう思う」


今度はラピスまで参加してジェイクを虐める。その虐めの対象は微かに涙を浮かべた目をアキトに向け、せめてもの援軍を求める。


だがアキトは援軍要請を無視して、もう一杯お茶をもらう。


「ふー、お茶がうまいなー」


白々しく、夕焼けに染まる街並みを眺め、さらに続く口撃に打ちのめされるこの場にいるもう一人の男を見捨てる。




















とにかく今日は色々とあったが、そろそろ帰ろうとアキトたちはホテルから出た。


と、そこでラピスが、あっ!、と声を上げる。


「どうしたラピス?」


突然声を上げ立ち止まったラピスにアキト以外の者も振り返る。


「――アキトに選んでもらったミラー忘れた」


しょんぼりと俯き、涙を浮かべる。


「レストランで忘れたんですか?」


ルリがラピスの背中を撫でながら尋ねる。


それにラピスは、こくん、と頷くことで答える。


仕方ないですね、と苦笑し、ルリは他の三人に顔を向ける。


「すいませんが、少し待っていてもらえますか? ちょっと行って来ます――さあラピス行きましょう」


ラピスの背中を押して一緒に歩き出す。と、そんな二人をアキトが呼び止める。


「俺も行こうか?」


だがルリは、忘れ物を取りに行くだけだから、とアキトに断る。


アキトも、まあいいか、とそのまま引き下がる。


「早くしろよー!」


「急がなくていいからねー!」


正反対のことを言う兄妹。


アキトもそんな兄妹に苦笑しつつ、中に入っていく二人に声をかける。


「待ってるからな」


そんな待ち役の三人に、二人も手を振り返した。




















チンッ






エレベータが軽い音をたて扉が開く。

「ラピス、ちゃんと見つかりますよ」

通路を歩きながら、落ち込んでいるラピスをルリは穏やかに慰める。

「……うん、必ず見つけ――」















ドォオオオオオオオオン!










突然響き渡る轟音、通路の奥から急速な勢いで風が流れ、それに続いて濛々とした煙も迫ってくる。


「な――何が!?」


あまりにも唐突な事態にルリも満足に思考が働かない。


ほんの僅かな間、何が起こったのか考え、爆発と結論に達した――そのとき煙を突き破り二人の男が飛び出てきた。


男達は二人に構わず駆け抜けようとしたが、片方の男がルリたちの手前で停止する。


「おい、どうした?」


もう一人の男も振り向き、停止した男に強い口調で詰問する。


「待て、見てみろこいつらの瞳を」


訝しげにだが、もう一人の男もルリとラピスを注視する。


「――黄金の瞳、まさかカラム方面から報告にあった実験体か?」


「さあな、だがその可能性はある」


「だが、なぜこんなところに?」


「それは後から考えれば良い」


そう言うと、先に停止した男は、ニヤリ、と笑う。



ダッ



男達から不穏な空気を感じ取ったルリは、ラピスを引っ張り、もと来た道を駆け戻る。


《アキトさん! 二人組みの男に襲われています!》


《アキト! 助けて!》


息をするのも忘れ、全ての力を搾り出しエレベータへ駆けながら、ルリとラピスはリンクを通じアキトに助けを叫ぶ。


《ルリちゃん!? ラピス!?》


リンクから通じるアキトの声も動揺しているようだ、だが今の二人にそんなことを気にする余裕は無い。


ようやく辿り着いたエレベータ、扉が開くまでの僅かな時も待てず、通れるだけの隙間が出来た瞬間、身体を滑り込ます。


エレベータ内に入るざまルリは閉ボタンに手を伸ばす――



ガシッ



扉から差し込まれた腕が、ルリの肩を掴み振り払う。


「かはっ」


振り回された勢いでエレベータ内に身体を叩きつけられ、一瞬息が詰まる。


そのまま扉は再び開き、男たちを招き入れる。


ルリたちに先に注目していた、停止した、男がルリを壁に押し付ける。


「うぐぅ」


押し付けられる腕の力で胸が軋み、うめき声が漏れる。


痛みと苦しさで霞む意識、それがラピスを探す――見つけたラピスはもう一人の男により腹を殴られ崩れ落ちた。


その光景が、ルリの意識を再び引き戻し、全身に力を込める。


「放しなさい!」


強く、怒りを込めた眼差しで自分を捕らえている男を睨みつける。


それに男は、ほぅ、と感心を見せるが、抵抗するルリを馬鹿にしたように笑い、その鳩尾に分厚い拳を突き入れる。


「こほっ」


脳へと駆け抜ける激痛、意識を保つことが出来ず、ルリの視界は薄れていく。


消えていく意識、白く、白く、その中でルリはラピスのこと、そしてアキトへの助けを――















「おい、だがえらく簡単だったな」


「確かにな、まだ実験段階ということじゃないのか?」


「まあそれを調べるのは俺たちじゃない」


「違いない」


黒煙を撒き散らす巨大ホテル”デュラシス”そこより離れる一台の車。


その後部座席には、意識を奪われたルリとラピスが乗せられていた。















「ルリちゃん! ラピス! どこにいるんだ!」


ホテル”デュラシス”、その七十階にあるレストラン”ダーナ”が爆心地だった。


”ダーナ”内は内部が殆ど破壊され、食事を取っていた何人もの客が犠牲となっていた。


黒い煙が割れた外壁から漏れ出し、空を黒く汚す。中にはかつて人であった物、今は黒く炭化し人の形を残すものは少ない。


瓦礫を掻き分け、死体を意に介さず、アキトはルリとラピスを探す。


二人からリンクによって二人の男に襲われていると、助けを求められた。それは爆発があったあとだ、だから二人は少なくとも爆発では死んでない。


だが場所が分からない、こちらからの呼びかけにも答えない。あるいは意識を失っているのか、そのためかリンクの感覚も薄いように思える。


二人はこのレストランに向かっていた、だからここにいる可能性もある、だから、だから、あるいはこの瓦礫の下に――


「アキト――アキト!」


声をかけても気づかず、瓦礫を掻き分け続けるアキトの肩を掴み、ジェイクは声を張り上げる。


微かに我を取り戻し、ジェイクに目を向ける。


「落ち着け、冷静になれ。二人からリンクで呼びかけられたのは爆発のあとだな? なら少なくともここにはいない」


ジェイクは断定する、理由は簡単だ、このレストラン内には生存者は一人もいない、それだけだ。


「もしここにいたら、生きちゃいない。だからこの”ダーナ”に来る前に襲われたんだ」


ジェイクの冷静な声に、アキトも自身を取り戻す。


「――すまん、そうだな、ここには来てない。それより前だ」


こんな時に取り乱すとは、とアキトは自嘲する。


かつて両親を失った、次は守ると約束した少女、次は愛した妻、もはや近しい者を失うことに耐えられない。


アキトは大切な者を守るためなら命を投げ出すことをためらう事はないだろう。


「アキト――これ」


ジュリスの手には、アキトがラピスに選んでやったコンパクトミラー、内鏡は割れ、黒く薄汚れている。


受け取ったそれを強く、強く握り締める。


「必ず助ける。ルリ、ラピス」










あとがき


ルリとラピスが攫われました。


アキトもルリもラピスもこの世界では狙われないと油断していたのも原因ですが、一月も穏やかに過ごせば気も緩もうというものです。なにより、物語の登場人物は事件に巻き込まれてナンボなのですよ。


まあそれは置いといて、今回はアドバイスを考え、ほのぼのとした方面を目指してみました(最後のほうは別)またいつもより描写も頑張りました。

 

 

 

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代理人の感想

ほのぼのさせたあとに急転直下、というのはオーソドックスですが有効ですね。

ただ、構成に文章力が追いついてないんでそこは頑張ってください。

 

 

>朝食を終えたアキトたちは昨日から決まっていたように外行きの服装、アキトら三人の物は全てキャミルが用意してくれた、に着替え玄関に集合した。

やっぱり読みにくいかなぁ。こういう表現のときは

「外行きの服装――アキトら三人の物は全てキャミルが用意してくれた――に着替え」

「外行きの服装〜アキトら三人の物は全てキャミルが用意してくれた〜に着替え」

「外行きの服装(アキトら三人の物は全てキャミルが用意してくれた)に着替え」

など、通常の句読点以外の表現を使ってくれた方が読みやすいです。

 

>ボソンジャンプがここまで一般に広がっていることは、アキトたちにとっては驚愕することであり、暫くは声も出せなかった。

「驚愕すべき事」「驚愕に値すること」かな?

後、ボソンジャンプのパイオニアたる古代火星文明の真っ只中にいるんだし、感心はしても驚きはしないのでは?

 

>その間、永遠とレディース用のフロア、そこで椅子に座り居た堪れない心持で男性二人は、拷問とも思える時間に耐えていた。

明らかに変。「えんえんと」か、「永遠とも思える拷問のごとき時間に耐えていた」などがよろしいかと。

 

>ラピスとしてはアキトが選んでくれた物なら、恐らくまず要らないと思える、この店の一角にある舌をだらしなく出した、緑色の狸と猿の中間の様な置物でも喜んだかもしれない。

読点が乱発された上に修飾語の順序が上手くないのでどこにかかるか分かりにくいです。

「選んだ物なら」の後に「恐らくまず要らないと思える」と置いているので一瞬ここにかかるのかと錯覚します。

「ラピスはアキトが選んでくれた物なら、この店の一角にある舌をだらしなく出した緑色の狸と猿の中間の様な、恐らくまず要らないと思える置物でも喜んだかもしれない。」

こうやって順序を入れ替えるだけでもそれなりに読みやすくなります。

また、「恐らくまず要らないと思える」「この店の一角にある」「舌をだらしなく出した」「緑色の狸と猿の中間の様な」と

一つの文中で「置物」にこれだけの修飾がかかるのは明らかに冗長です。

強調を狙ってわざとやることはありますが、普段からこんなに修飾を乱発すると明らかに重くなるので注意。

 

後「〜〜としては」の後には「かもしれない」「だったろう」などの推測の意味は普通入りません。

推測というのは「他者から見てこう見える」という意味を付加する言葉ですが、「としては」と言うのは

他者から見てどう見えるか、ではなく主体(この場合ラピス)がどう考えるか感じるか、或いは望むかという表現なので

「ラピスとしてはアキトの選んだ物なら何でもいいので、こんな置物でも喜んだかもしれない」はアリでも

「ラピスとしてはこんな置物でも喜んだかもしれない」はナシです。

もいっちょ例を上げておきますと

「私としてはネルガルデパートに撤退して欲しい」はアリでも

「私としてはネルガルデパートに撤退して欲しいかもしれない」はナシです。

 

うーん、上手く説明出来たかいまいち自信が無いけど分かってもらえました?