ダイオスの屋敷


その一角にある、十分以上の広さと充実した器具を揃えるトレーニング場。


そこで今、ルリとラピスがダンスらしきことをしていた。


なぜ二人がダンスをしているのか、それを説明するには少し時を遡る必要がある。

























ルリやラピスはマシンチャイルドと呼ばれている。これは常人を遥かに超えた、極めて高い情報処理能力が世間に認められたからだ。


そのため周りの者も、オペレータとしての力だけを求めた。


また二人も周りの者が求める役割は、オペレータとしての自分だと知っていたため、それ以外のことはやろうとはしてこなかった。


だが、二人を生み出した研究は、元々はより優れた人間を生み出すことを目的としていた。ならばオペレータとして以外の、身体的な能力の方はどうなのか?


そのことをアキトは、二人に訓練をつけるようになって実際に教えられた。













二人の運動能力は、どう良く言っても平均より下、悪く言えば、運動神経がないのか? と聞きたくなるほどだった。


持久力がないためすぐにへばる、筋力もなく腕立て伏せをやらせたら十回も出来ない、動きは無駄だらけ、唯一の救いは身体の柔軟性には優れていたことくらいだ。


そのあまりの出来の悪さに、アキトは目を覆い、


元々二人に訓練をつけるのに乗り気でなかったこともあり、訓練初日にして早くもコリャダメだと見切りをつけ、やはり止めるように説得した程だ。


しかし二人の決意はその程度で諦めるほど、軽いものではなかった。



思うように出来ない自分に苛立ち、悔しさで身体を震わせながらも、アキトに続けてくれるように頼んだ。



その決意の強さはアキトにも伝わったのか、仕方ないな、といった感じで訓練は続行されることになった。















さて、改めて二人に訓練をつけることになったアキトは悩んだ。そもそも俺は二人に訓練をつけるのに反対なんだが、という本音を押し殺しながら。


戦闘技能などを教える以前に、今に至るまでにまともな運動をしてこなかった二人には年齢相応の体力が、全くといって良いほど備わっていない。


おまけに動きの無駄の多さ、これはスポーツもやってこなかったため、スムーズに動作を連動させることが出来ないのだ。


それに……戦闘訓練だ、と無駄に力が入りすぎているのも問題だった。


――あの二人はスポーツもろくにやったことがないだろう……ん? 


ここでアキトの脳裏に閃きが走った。そりゃもう頭上に電球が出現したほどだ。


――だが、こんなことを二人が納得するだろうか?


閃いたのは良いが、その考えが突飛なため二人が受け入れるかどうか分からない。


しかし、他に良い考えも浮かばなかったため、とりあえずその閃きを試すことにした。























「ダンスですか?」


「ダンス?」


アキトに新しい訓練としてダンスを行うと言われ、二人は驚き聞き返す。


自分達は戦闘術を教えて欲しいのに、それとは全く関係ない、遊びにしか思えないことをしろと言われ、二人は不満も露にアキトに詰め寄る。


だがアキトも二人がこういう反応をすると予想していたため、予め用意していた理由を話す。


ダンスは全身を使う、動きの激しいものは体力的にも負担が大きい、それにダンスは幾つもの動きを連続して行い、リズム感も必要になる。この動きの繋がりやリズム感は格闘技などでも重要な部分であり、ダンスから学べることは格闘技にも生かせる。


そういうことを二人に説明する。


さらに二人には言わなかったが、戦闘訓練ということで身体に力が入っているのも二人の動きを悪くする原因であったため、とりあえず遊びによって身体を動かすというのが、どのようなものか分かってもらおうという考えもあった。


その説明を受けても二人は、遊んでいる場合じゃないと渋る。


自分たちにいかに体力が欠如していたか思い知らされたところなのだ。


だがアキトは頑として譲らず、最後には結局、渋々といった感じだが、ダンスをすることを了承した。















しかしアキトは、ダンスをすると決めながら、曲も振り付けも考えていなかった。


元々アキトはダンスのことなど興味もなければ、詳しくもなかった。それでなぜダンスをしようと言ったのか……本当に単に思いついたまま実行したのだろう。


その後、


ルリとラピスに白い目で見られ、慌てて誰かダンスに詳しい者はいないかと駆け出すアキトの姿があった。













駆ける駆ける、自分の立場を守るためにアキトは駆ける。


――なんでこの屋敷はこんなに広いんだ?


本当に無駄にしか思えないほどに広い屋敷にアキトは愚痴を溢す。


とりあえずジェイクが見つかったので聞くと、良く分からんというので、何かその後も話が続いていたみたいだが無視して駆け出す。


それからさらに駆けずり回ること十分。


次に出会ったジュリスから、意外にもキャミルがそういうことが好きだということを教えられ、今度はキャミルを探して屋敷を駆け回るアキトの姿が見受けられた。


結局キャミルを見つけてもアキトが気づくことはなかったが、屋敷の管理をしているダッシュに頼めば誰がどこにいるかなどすぐに分かっただろう。


だがダッシュもあえて教えず、間抜けに走り続けるアキトを観察していた。










それでもさらに屋敷中を走り回り、何とかキャミルを発見することが出来た。


しかし、早速ダンスを教えて欲しいと頼むと、


「忙しいので曲とダンサーのビデオを貸しますから、あとは自分たちでやってもらえますー?」


との言葉と一緒に、アキトの腕に着いている腕時計のような装置、小型の端末にキャミルからのデータが送信された。


データを送るなり、それでは、と忙しそうにキャミルは仕事に戻る。


屋敷をティングルと二人で切り盛りするキャミル、自分たちは世話になっているだけで良いのだろうか? と申し訳ない気持ちが沸いたが、とにかくルリとラピスのところに戻ることにする。










ただ、アキトはルリとラピスに踊りをさせたいから、そのための曲と振り付けを教えてくれ、としか伝えておらず。


キャミルもそんなアキトの頼みに、今人気のあるダンサーのビデオを渡した。


このビデオ内でダンサーは、アップテンポな曲に合わせ、複雑な動きを連続して続けていく、


流れるテンポの良い曲、躍動感溢れるダンサー、それらが合わさり見ているものを引き込むような力を生み出す。


そのビデオを見て尚、アキトは二人にこのダンスをさせようとした。


今更止めるのは格好がつかないし、キャミルにもう一度頼みに行くのみ気が引け、もうそのまま行くことにする。


しかしそれでも、こんなダンスを初心者で、尚且つ運動不足の二人にさせようとするアキトの神経はどうなっていたのだろうか?























それから一週間。


その日の踊りを始めて二時間が経過――もちろん、途中に休憩を挟みながらだ。二人の体力で二時間も踊り続けられるはずがない。


ルリとラピスは汗だくで、トレーニング場に流れる音楽に合わせようと必死に身体を動かしている。


何とか振り付けをこなせているが、まだぎこちなさが目立つ。


――ふむ、思ったより……。


そんな二人の様子を眺めていたアキトは内心で感想を洩らす。


「どう、二人の様子は?」


と、アキトの背後から聞きなれた声が聞こえる。


気配で分かっていたアキトは、振り向くことなく答える。


「まあ、見ての通りだ」


顎で指し、ジュリスも二人に顔を向ける。


ルリは左ターンから続いて、左右に軽くスライドするようにステップを踏――むところで動作が止まってしまう。


一方ラピスはそのターンの動作がぎこちなく、次のステップに繋がらない。


「うーん、良いとは言えないね。リズム感が悪いのかな?」


まともに踊れているパートでも、音楽と二人の動作が微妙にかみ合ってない。


それが何か、違和感として感じられ、振り付け通りに踊れていても美しく感じられない。


だが、アキトはそのジュリスの考えを否定する。


「いや、二人ともリズム感はむしろ優れている。最初の日に手拍子でリズムを取ってもらったら、要所を外すことなく最後まで綺麗なものだった」


「えー、じゃあ何であんなに音とズレてるの?」


「単に身体を動かすのが下手なだけだ。身体の動きに集中するあまり、リズムを外す。逆に音楽に合わせようとしたら、今度は動作がぎこちなくなるか失敗する」


それを聞いてジュリスは人差し指を口にあて、うーん? と首を傾げる。


それにアキトは、可愛いとは思うが、何となくキャラに合ってないような気がするな、とジュリスに聞かれたら殴られそうなことを思った。


「じゃあ、二人が運動音痴ってことかな?」


アキトの内心も知らず、続いて思いついたことを尋ねる。


先ほどの失礼な感想をさっさと頭から追い出し、アキトは自分の考えを話す。


「いや、少なくとも踊り始めに比べるとかなり良くなっている。これだけ成長が早いということは、元々の潜在的な力は良いものを持っていると考えて良いはずだ……それにこのダンスの難度を考えたら」


何やら最後の方は声が小さすぎてジュリスに聞き取れなかったが、


そんなアキトの説明にジュリスは、え、これで? とはっきり顔に浮かべて改めて二人を見る。


二人が左右にクロスして位置を入れ替える、そこからさらにターンをしながらもう一度クロスする、がそこで衝突する。


ルリはラピスの頭が腹に入ったため蹲り、ラピスも頭を抱えて涙する。


そんな二人の様子に、これで良くなってるの? とジュリスは目で尋ねる。


それにアキトは遠い目をしながら語った。


最初の二人はそれは酷かった。


一動作だけなら問題なく出来た、だがそれを組み合わせると途端に出来なくなる。


一つの動きをすると、そこで止まってしまい、そして少し間があいてまた次の動きと、繋がりというものが皆無だった。


どうやら一つの動作を終えた後、次の動作の開始までにタイムラグが発生するようだ。


頭でのイメージでは次の動作に移っているのに、身体の方がそれに答えてくれないため、一々意識して動く必要があるみたいでな。


そのせいで、最初は音楽に合わせるどころの話じゃなかった。


複雑な動作をスムーズに連続して行うには、考えてやってたら遅いんだ。


しかし今では、段々身体が無意識で動くようになってきている。


さっきのターンのところなんか、始めたときは無理だろうと思っていたくらいだ。だが今ではあと少しで出来そうなところまで来ている。


はっきり言って、最初が悪すぎたんだ。きっと二人の身体は錆付いていたんじゃないか?


最後の方など明らかに貶しているようなことを言いつつ、そうジュリスに説明する。


「ふーん、じゃあもう近いうちに完璧に出来るようになるってこと?」


「ああ、繰り返すごとに確実に良くなってきている。俺が言わなくても自分でどこが悪いか把握している証拠だ。恐らくイメージ段階では完璧な動きを行えているんだろう、後は肉体がその通りに動けば良いだけだ」


「じゃあ、戦闘術とかも上手くこなせるようになる?」


それに少しアキトは考え込む。


正直、二人に才能が無いほうが良かった。それなら諦めさせることもできたかもしれない。


だが、ダンスの合間に反射神経や動体視力、聴覚や嗅覚といった、神経系や五感の力を計測した。


その結果は、常人をかなり超えた数値を示した。


マシンチャイルド、創られた人間。それは遺伝的に優れるように調整されている。


なら、肉体を使ってこなかったから最初の二人は散々な結果になったが、本格的に訓練を行えば、一人の戦士としても優れた存在になれるだろう。


そうアキトは語る。


何か言おうと口を開いたが、それを止め、そうか、とジュリスは腕を組む。


その後は二人に会話はなく、黙ってルリとラピスの踊りを眺めていた。










良いとこまでいくが、どこかにミスがあり完全に成功しない。


それからさらに数回目。


今回初めて失敗もせず、先ほど衝突したクロスするターンのところに差し掛かった。


こんどはどうだろうか、上手く成功するだろうか?


ジュリスは僅かに緊張しつつも、二人が成功することを期待し注視する。








ルリとラピス、二人が軽やかなステップと共に位置を入れ替える。


飛び散る汗。


部屋の照明に照らされ、キラキラと光を反射する。



キュッ


踏みしめる足が鳴く。



その顔には笑顔、楽しんでいるのが見ているものにも伝わる。



二人が同時にターンに入る。



蒼銀と桃銀、二人の髪が周囲を舞い、光の帯を生む。



交差する軌跡、互いを掠めるように再び位置を戻す。



流れる音楽が最後のパートを刻む。



上気する頬、二人の視線が一瞬からみ、頷く。



同時に腕を掲げ、その場で回転。



タン



軽やかに響く最後のステップと共に流れていた音楽が終わりを告げた。















パチパチパチパチ……


部屋に幾つもの拍手が響く。


いつの間にか、ジェイクやキャミルも部屋に集まってきていた。


さらに空中にダッシュのモニタが浮かび、今の二人のダンスを最初から映し出している。








皆の拍手に包まれながら、ルリとラピスはその場にへたり込んだ。


息は荒く、汗が滴り落ちる。


その二人の元へアキトが歩み寄る。


近づくアキトに、二人も苦しそうにしながらも顔を上げる。


「おつかれさま、二人とも良くやった――思わず見とれたよ」


冗談を口にしながらも、見事最後まで踊りきった二人を労う。


それに返事をしようとして、むせ込み、ルリは再び顔を俯ける。


ラピスも声を出すことが出来ず、そのままゴロンと、床に寝そべってしまう。


息もたえたえの様子の二人に苦笑しつつも、アキトはさらに言葉を続ける。


「こんな調子じゃ、戦闘訓練なんか無理だな」


えっ? と慌ててルリは顔を上げ、ラピスは跳ね起きた。


その表情には焦りと、悲しみが混ざり合い存在した。


自分たちは失格の烙印を押され、願いは適わないのかと二人の心は締め付けられる。


そんな二人の心境が分かり、アキトは優しく微笑む。


「まずは体力をつけるために走りこみだな。しっかり着いて来い」


そう言って二人の頭をゆっくり撫でる。よく頑張った、と語りかけるように。



撫でる手から伝わる暖かさ、それが二人の疲れを癒すように浸透する。



「ああ、でもダンスは楽しかったかな?」



ふふっ、と安堵の笑みを浮かべつつ、ルリは答える。



「ええ、……疲れましたけど」



傍らのラピスも満足そうな顔をしているが、やはり疲れ果てている。



「でも、これからはもっと動かなきゃいけないぞ」



だがさらに続くアキトの言葉、



それには二人とも、ゲンナリと身体を床に投げ出し、何ともいえない顔で天井を仰いだ。








あとがき


次の話を考えてる最中、ルリとラピスの訓練はどうなるんだ? と考えること数分、いかなる脳の働きか、二人がダンスをしている光景が頭に浮かび、それやろうということで今回の話が生まれました。


なお、自分はダンスに詳しくないので適当です。その辺はおかしいところもあるかもしれません。


ついでに話の流れが、ダンスに持っていくために無理やりっぽいかもしれません。

 

 

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代理人の感想

踊りをやってると動きに無駄がなくなるというのは時々聞きますね。

っつーか、基礎体力が足りないならまず地道に走り込みとか腕立て腹筋から始めるのが筋だろうに(笑)。

作者の人と同じく、アキトに電波が降臨したように見えて、読んでて苦笑してました。