オ チ コ ボ レ の 世 迷 言

序章  君、去りし後に







「残酷な天使のよ〜に、ちゅ〜ねんよ神話になれ〜」


いかん。自分でも何を口走っているのか良く判らん位、思考が混乱している。
まあ無理もないか。何しろ、数多の修羅場を潜り抜け、人類史上最大の大戦を終えたばかりの俺をして、思わず現実逃避したくなるほど大ピンチだ。

俺の名はオオサキ シュン。
かつては地獄の最前線たる西欧州地区の一軍人であり、木星蜥蜴の圧倒的な武力に半ば絶望しつつも、
民間人の安全と己の意地を守るため、なけなしの知恵と勇気を振り絞る、ごくスタンダードな守備隊長だった男だ。
そう。このプロフィールは、既に過去形によって語られるものであり、昨今の俺の立場しか知らない今の若手士官達が聞けば、
鼻で笑う様な眉唾話として受け取られるのがオチだろう。
嗚呼、知性と良識にあふれ、美酒と雅をこよなく愛するナイスミドルと呼ばれていた頃の俺は、いったい何処へ逝ってしまったのだろう。(泣)
………
……

西欧州苦闘時代。
あの頃の俺は、多少上司に反抗的という程度の、極普通の佐官だった。
いや。生きるだけで精一杯で、不平を鳴らす事位しか、自己表現が出来なかったのかもしれない。
今思えば、アキトと出会ったのは、俺が最も腐っていた時期だ。
だが、そんな無様な俺に向かって、アキトの奴は、

「ここで死ぬのは惜しい人材だと判断した」

とまで言ってくれた。
単にアキトが、碌でもない軍人しか知らないからこそ出た言葉。
今ならそれが、痛いほど判る。
それでも、この一言は、当時の俺を心を溶かし、心の奥底に静めてきた
『誰かに必要として欲い』
そんな人間らしい心を、思い出させてくれた。
しかもアキトは、俺の理想が具現化した様な英雄だった。
何せ、次々とバッタを落とし、次々と戦艦を落とし、次々とチューリップさえも落とし、そして、次々と美女&美少女を落す。
それでいて素顔と言えば、女性に弱すぎる優柔不断なコックの卵。
当初は、遂に気が狂って、病院のベットで都合の良い妄想を見てるんじゃないかと疑った程だ。
俺はアキトに魅せられ、その信頼を得られた自分が誇らしかった。
だが、後にそれは、勝利という名の美酒に酔っ払っていただけの、只の思い上がりだと痛感させられる事に成る。

アキトもまた人間であり、全知全能では無い

そんな当たり前の事にさえ、気付けずにいたのだから。
その代償は、余りに大きく苦い物だった。

メティス=テア

アキトの前では口が裂けても言えんが、あの娘は俺が殺した様なものだ。
俺が部隊内の規律の緩みを、もっと正確に把握していれば………
いや、こんな事、俺が考えても滑稽なだけだな。
なにせ何かの会議の席で、上官の一人がこの事件を指して、
『差し詰め後世の歴史家は、『定められた悲劇』とでも名付けそうですな』と、洩らした時、

この事件が無ければ、俺もアキトを英雄としか見れなっかったかも知れない

という事実に漸く気付き、愕然とした様な男だ。
アキトやナオの様に、彼女の死を悼む資格など有る筈もない。
墓前に手を合わす彼らの姿が、眩しく…いや、羨ましく映った事を、俺は生涯忘れないだろう。
あの日は、彼らの心の中にのみ住む少女が、俺に燻っていた復讐心を捨てさせ、ただ流される日々と決別させてくれた日だ。
何時か、胸をはって君の墓前に立てる漢に成るとの誓いと共に。


ちなみに、この日は俺が後悔と常識を燃えないゴミとして捨た日でもある。
アキトについて行く以上、荷物は軽いにこしたことはない。(笑)

そして、舞台をナデシコに移しての新たなる闘いの幕開け………
この辺りから俺の人生は、まるで開き直ったかの様に激変する。
そう、俺は人類史上最大の大戦と最狂の闘いの渦中に身を投じたのだ。
俺自身の意思で。



佐世保でのダイマジンの襲撃とアキトの月へのジャンプ
木星蜥蜴の正体の発覚とアキトからのナデシコへの試練
シャクヤクの強奪と北斗の登場
ピースランド攻防戦と北斗の意外な正体
クリムゾンの暗躍とサツキミドリ落下事件
カズシの死、偽りの和平会談、ついに語られたアキトの悲しき過去
木連との戦いにピリオドを打った、火星での最終決戦

苦難に満ちた激闘の連続だったが、一遍の悔いさえ無い。
まさに、己を燃やし尽すかの様な充実した日々だった。

さらに、いずれ後世の歴史家達のよって語られるであろう激動の人類史の影にあって、決して正史にて語られる事無き、もう一つの闘い。

ミスマル ユリカ(妄想艦長)
ホシノ ルリ(嫉妬の妖精)
ラピス ラズリ(ストーカー幼女)
メグミ=レイナード(三編み陰謀娘)
エリナ キンジョウ ウォン(地獄、会長を折檻する鬼秘書)
レイナ キンジョウ ウォン(マッドエンジニア)
イネス フレサンジュ(説明オバ…もといお姉さん)
サラ=ファー=ハーテッド(倫理観の無い淑女)
アリサ=ファー=ハーテッド(白銀の戦乙女…だよな確か)
スバル リョーコ(姉御肌純情系)
ホウメイ・ガールズ(しまった。未だに名前と顔が一致しない)

某組織の台頭
某同盟の結成
闘いの合間を縫って行われる聖戦
カグヤ オニキリマル(ポスト ミスマル ユリカを狙う、もう一人の幼馴染)の参戦
最終決戦の最中、北辰との戦闘中に影護北斗(身体は女、心は男な、腐女子泣かせのニクイ奴。しかも小姑+愛人付)が叫んだアキトへの熱き想い。

常識の限界に挑戦する様な、実に楽しい闘いだった。
だが今は、この闘いに関わった事を後悔しまくっている。
何せ戦争も終結し、平和という名の鐘が新たな闘いのゴングを鳴らそうかと言うこの局面で、

失踪しやがったんだよ、あの野郎は!




いかん。いつの間にやら、走馬灯交じりの現実逃避をしていた。




あれから早一時間。
艦長を初め、某同盟+北斗と某組織の幹部クラスは、未だ放心状態にあるが、我に帰るのも最早時間の問題であり、そうなれば………

「か…帰ってきますよあの人は、だってあの人は…」

「ア…アキトは私の王子様…」

「せ…説明しま…」

「わ…私はアキトの目、アキトの…」

くっ。遂に正気に戻りつつある。
落ち着け俺。こういう時こそ、冷静になって状況を整理すべきだ。

まず、アキトが失踪したこの状況で、彼女達に理性的判断を求めるのは愚の骨頂。これは間違いない。
…………って、いきなり絶望的じゃないか。

拙い、拙いぞ。
こんな時、普段なら某組織の存在が、某同盟の八当たりに対する一般人(俺、フィリス君、ハルカ君)の防波堤として役立つのだが、
精的支柱とも言うべき大義名分(アンチアキト)を失った今の状態では、濁流の前の障子紙程の効果も期待できまい。
このままでは、彼女達の嘗て無い程の怒りの矛先が、無差別に撒き散らされるのは必至。
嗚呼、カズシ。お前は何故、俺の残して死んだんだ。

今こそお前の力が必要なのに!



…イセキ…キョクカイ…ゲンエキ…ノコサレシモノ…

むっ。何だ? この頭の隅がチリチリする感覚は。

…フゴウカク…アカテン…ツイシ…シケンハンイ…

良く判らんが、助けて欲しいのは、寧ろ俺の方なんだが。

…ヤクソクノトキ…コトナルジクウ…トクイテン…モウヒトリノエラバレシモノ…

ちょっと待て。
本当にアキトが帰ってくるんだろうな?

…リガイノイッチ…ケイヤク…シンライ…パートナー…

くっ、足元見やがって。
とは言え、背に腹は変えられん。
何より、アキトを取り戻す為には、コイツの思惑に乗るしか無さそうだ。

   パン、パン

頬を叩き、気合を入れる。
コイツの話が本当なら、アキト帰還の為には、地球と木連の和平締結が最低条件となる。
そして、アキトが消えた今、地球と木連の掛け橋となれるのは、彼女達しか居ない。
頼むぞ。この際、嫉妬でも狂気でもなんでも良いから、上手く立ち直ってくれよ。
大きく息を吸い込み………さて、やるか。

「喝!!」

「「「!」」」

「オーペレーター、現状を報告を」

「……は?」

「は?では無い。現状報告だ」

「あ…貴方は一体なにを…こんな時に何を言ってるんですか!」

ん? 妙だな。てっきり北斗顔負けの迫力で負のオーラを撒き散らすものと思っていたのに、
激昂したホシノ君の声から、どこか弱々しく、まるで迷子の幼子の様な印象を受けるなんて………

いや。どうやら、俺自身もどうかしていた様だな。
ある意味、この娘の卓越した能力は、確固たる精神的支柱があるが故の物。
その存在を感じ取れなくなれば、漆黒の戦神の幕僚という仮面は外れ、多感な少女としての素顔を晒すしか無い。

まったく、どうしようもない馬鹿だな俺は。
今、心配すべきは同盟なんて作られた虚像なんかじゃ無く、苦楽を共にしてきた戦友たる彼女達の心だろうに。

すまんな、ホシノ君。それでも…いやだからこそ、このまま進めさせてもらうぞ。
君を含め、俺達にとって、このままアキトが死んだなんて認める事は、精神的な自殺を意味するんだ。
幸い、アキト帰還の為のアテなら、ついさっき出来た。
必ずアキトを取り戻してみせる!………………………………………………………多分。

「こんな時だからだよ、ホシノ君。
 君は、アキトの別れ際の言葉を聞いていなっかたのかね」

チラッと胸を過ぎった弱気を強引に捻じ伏せ、俺は、クルー達の鼓舞とアキト奪回についての説明を始めた。

「そ、それは………」

「『俺が帰るべき場所はナデシコだ』
 アキトの奴はそう言った。
 そして、あいつが約束を破ったことが、これ迄にあるか?」

「ありません!」

無意識の内に裏切ってる事なら、腐る程あるんだがなあ。
い…いかん。横道にそれてる場合じゃない。
此処で一気に畳み掛けねば。

「イネス女史」

「何かしら?」

「説明は要らない。YesかNoだけで答えてくれ。
 アキトと一緒にジャンプしたのは、あくまでもジャンプ演算装置の中枢部分であって、
 遺跡の本体部分もしくは外部装置と言うべき物は、まだ火星にある。そうだな」

「それは………少なくとも現時点ではYesよ。
 無論、火星に残っている部分は只の抜け殻、もしくは、全く関係の無い装置である可能性も否定出来ないけれどね」

何時に無く、覇気の無い…いや、投遣りな感じだな。
それでも、予想通りの答えなのは有難い。
イネス女史を相手に、遺跡の解釈についての矛盾点の指摘なぞ、無謀以外の何物でもないからな。

「結構。ならば、やるべき事は決まっている」

「「「やるべき事?」」」

「そうだ。まず我々がすべき事は」

「「「すべき事は」」」

「慌てず、騒がず、落ち着いて地球に帰ることだ」

「「「それじゃあ、何にもならんだろうが〜!」」」

よ〜し。全員、とりあえず話を聞いてはいる様だな。
つかみはOKというヤツだ。

「まあ、聞け。
 我々が先ず、最優先で行うべき事。それは、アキトの帰る場所を守る事だ。
 その為に必要な第一条件は、ナデシコ及びクルーの安全の確保にある。違うか?」

「だ…だからって、意味も無く帰還するよりも、他に何か出来る事がある筈です!」

「ほ〜、それで艦長は如何するんだ。
 このまま此処に留まって、アキトの奴を探すか?
 アキトはジャンプで消えたんだぞ。
 感傷に浸る事以外に、出来る事があるとは思えんな」

「……………………」

やれやれ。こんな正論一つで意気消沈とは。普段なら、想像すら出来無い所だ。
まして、此処まで言う以上、俺に腹案が在る事位、気付かない艦長じゃ無いだろうに。
さて、ホシノ君の方はどうかな。

「ホシノ君。ラピスちゃん。
 この戦争における真実の総てを発表出来るだけのデータは揃っているかね?」

「「もちろん(です)」」

おっ、こちらは目に意思の光があるな。
何時の間にか、他の娘達の目の色も変わりつつあるし。
どうやら、艦長以外は気付いてくれた様だ。

「エリナ女史。いや、この場合はネルガル会長秘書殿」

「な…何よ」

「ネルガルは、アキトの帰還と、その居場所を確保する為なら、如何なる協力を惜しまない。そう考えて宜しいかな」

「当然よ!」

「僕の意見は無視なんだね………」

今更だぞ、アカツキ。
まあ、自信タプッリに言い切る方も、どうかと思うが。(苦笑)

「艦長、サラ君、アリサ君。
 最悪の場合、君達の祖父や父親に、多大な迷惑を掛ける事に成るが………」

「「お爺様は、それを迷惑などと考える様な人ではありません!」」

「お…お父様だってそうです!」

う〜ん、今だ艦長は本調子じゃないな。
まあ、土壇場まで具体的方法を語りたく無い以上、表立って問質せる立場の彼女の不調は、此方としては寧ろ有難いんだけどね。

「イネス女史。
 この件に関し、貴女にはボゾンジャンプ理論の第一人者として、最大の負担が掛かる事に………」

「はい、はい。
 前置きはその辺にして、いいかげん本題に入ってくれないかしら?」

くっ。説明好きの癖に、他人の講釈に水を挿すとは。
しかも、如何にも手際が悪いと言いたげな顔しやがって。
まあ良い、大事の前の小事だ。

「では、単刀直入に言おう。
 我々は地球帰還後、この戦争の真実を太陽系全土に流布すると伴に、漆黒の戦神死亡説をぶち上げる。
 無論、『表向きには』と言うヤツだ」

「「「なっ………」」」

「皆も何度となく実感させられてきた思うが、このナデシコ艦隊、取り分け漆黒の戦神は、政治家共にとって敵でしかない。
 まして戦争が終結し、後は和平条約の内容を詰めるだけという現状では、尚更だ。
 云わば、今回のアキトの失踪は、政治家共にとっては天の配剤であり、次に考える事と言えば、
 『いかに、木連に対し有利な条件を引き出すか』
 『いかに、バレてしまった百年前の虐殺や、木連からの最初の和平交渉の件を誤魔化すか』
 『恨み重なるナデシコを沈める、良い口実は無いものか』といった所だろう。
 そして、アキトの不在が奴らの耳に入った時点で、これらの実現に向けての行動に移る事は、疑う余地が無い。
 これに先手を打つチャンスは、今を於いて………」

「まどろっこしいわね。
 具体的に如何するのか、要点だけを言ってくれないかしら?」

くっ、またしても。
イラついているのは判るが、他の同盟メンバーが黙って聞いている中、こうもチャチャを入れるとは。
そんなに他人が説明するのが嫉ましいのか、この女は。
よーし、そっちがその気なら、

「そうだな。それじゃイネス女史。まずは貴女に死んで頂こうか」

「「「な!」」」

「無論アキト同様、名目上の物だがな。
 兎にも角にもこの戦争で、ポソンジャンプの有効性及び危険性は明確な物となってしまった。
 そして、政治家達の目から見れば、ジャンプ理論の先駆者であり、自身もまたA級ジャンパーである貴女は、
 アキトや北斗と比べて尚、勝るとも劣らぬ危険な存在だ。
 しかも貴女には、二人の様な圧倒的な戦闘力も無い故、地球政府お得意の『臭い物には蓋』を防ぐのは、極めて困難。
 ならば死んだ事にした方が、今後何かと都合が良い。違うかな?」

なんて、言うだけ野暮なんだろうがな。
何せ、周りの娘達が驚く中、イネス女史だけは、何時ものポーカフェイスならぬ説明フェイス。
どうやら彼女自身、俺と同意見だった様だ。

「確かに。
 状況証拠だけで判断するなら、これまで地球側が行ったジャンプは、総てアキト君が行った事と主張出来なくも無いわね。
 唯一疑わしい先のナデシコの火星への戦艦によるジャンプも、アキト君メイン、私がサブでナビゲートした事にすれば、
 怪我によるジャンプ不能を主張する者を黙らす事が出来るし、疑いの目を艦長から逸らす事が出来る。
 おまけに、八歳以前の経歴が総て不明の私なら、火星出身という以外にも、ジャンパー能力を持つ理由付けなんて、幾らでも可能だしね。
 つまり、私とアキト君の死によって、単独ジャンプの実例は無くなる事に成る。
 しかも、死体も失われたと為れば、無改造でのジャンパーの存在を主張しようにも、それを証明する事は極めて困難。
 まして、火星でのチューリップによるジャンプ時における、展望室へのジャンプシーンのデータを抹消してしまえば、
 火星出身者=A級ジャンパーという推論自体が生まれないかも知れないわね。

 木連側にジャンプデータを求めた場合も同様ね。
 幸い、木連側のA級ジャンパーである万葉嬢のジャンプ事例。東提督生還の裏事情を知るのは、私達とかの提督の側近ぐらいのもの。
 彼女なら上手く隠蔽するでしょうし、バレた所で、ジャンパーの特定は極めて困難でしょうしね。
 だからと言って、和平締結条件として、全ジャンパーの引渡し請求ってのもナンセンス。
 木連でジャンパーと言えば、先ず思い付くのは、地球攻略の尖兵としてジャンパー処置を受けた優人隊。
 かの国のエリート集団であり、今後の木連の要となるであろう彼らを全員引き渡せなんて、無条件降伏の要求も同然だもの。
 無論、それを好都合だと考える様な馬鹿も少なくないでしょうけど、大多数の政治家は、実現前に机上の空論だと気付くと信じたいわね。
 何せ実行した所で、木連に再戦の大義名分を与え、地球内部にも無数の敵対勢力を作るだけで、得る物なんて何も無いもの。

 まあ、どんな形に成るにせよ、将来的に木連との国交が行われる様になれば、
 両者の距離の問題解決の為、チューリップを通してのジャンプ航行が定着する事は、まず間違い無いわ。
 そして、その利点及び欠点が明らかになるにつれ、政府高官達も、当初考えていた様な便利な代物では無いと考えるでしょうし、
 アキト君という先例を盾に、制約無しのジャンプ可能説を唱える者も、いずれは自論を引っ込めざるを得ないでしょうね。
 何せ、肝心のA級ジャンパーが不在の状態では、何を言っても机上の空論にしかならないもの。
 しかも、目の前にB級ジャンパー及びその理論が存在する状態で、犠牲者が続出する様な無茶な研究を進めるなんて、デメリットが多過ぎる。
 おまけに、私の死と戦争のドサクサで、ネルガルが構築してきたジャンプ理論自体が失われた事にすれば研究の取っ掛かりを失うことになるし、
 ほとぼりが冷める頃を見計らって、『あれは漆黒の戦神固有の技能』という噂を流せば、
 彼の半ば神格化された名声と相俟って、それが定説となる事さえ期待できる。

 あっ、そうそう。
 私の今後の身の振り方なんだけど、どうせ別人になるのなら、

 ………おお、漆黒の戦神よ。
     そは、この悲しき戦乱を収めんが為、天が遣わせし荒神なり。
     その力、星さえも砕き、
     その身阻めるもの、この宇宙(そら)に無し。
     その英知は、遍く宇宙の悪事を見通し、
     その微笑みは、万人に安らぎ与えん。
     数多の闘いの果て、戦の元凶たる悪鬼と相対し、
     遂には悪鬼を滅ぼさん。
     役目を終えたその身体、宇宙の闇へと帰参せん。

  な〜んて感じの教義を掲げた、正体不明の新興宗教の教組に成るってのも面白いと思わない?
  彼の神格化を推し進める上での一助になるし、さらには………」

「な…中々魅力的な第二の人生だが、そいつの実行は暫く保留って事にしてくれないか?
 貴女には早急にやって欲しい事が山の様に………」

「理解ってるわよ。
 単に事が事だけに、冗談の一つも口にしていなけりゃ、やってられないだけ。
 で、しがない死人に何をさせようって言うの?」

いいや、目がマジだった。
はっきり言って、ゴート以上にヤバイ目の光り方だった。
高度に発達した科学は魔法と区別が付かないと言うが、この女傑がその方面に走ったりしたら………
嗚呼、禁断のクラスチェンジ。(笑)

「そいつは地球に帰ってから話す。今はそんな事より先に、すべき事があるだろう?」

「あら、何かしら? 」

「地球に着くと同時に、ナデシコクルーは、歓迎の名目で身柄を拘束されるだろう。
 つまり貴女には、地球の索敵範囲内に入る前にジャンプで姿を消し、そのまま隠遁生活をしてもらう事になる。だからその………」

「それって、地球に着くまでにジャンプ能力をマスターしろって言う、婉曲な催促のつもり?」

「い…いや、そのなんだ、俺としては、その……」

いや、まいった。
思わず、シドロモドロになる。
俺としては、せめて地球に着くまでくらい、イリサさんと一緒に居てやってくれという意図だったのだが、
イネス女史には、是が非でもジャンプ能力を習得して貰わなければ為らないだけに、そういう受け取り方をされても弁解の余地が無い。
う〜ん、ここでジャンプより優先すべき事とか言っても、白々しくなるだけだろうし。
さて、どうやって誤解を解けば………

「冗談よ」

  シュイン

やれやれ、杞憂で済んだか。
それにしても、何時の間にブリッジゲートまで移動したんだ。
たしか、説明していた時は、ブリッジほぼ中央に居たはず………
よそう。今更この人の言動に、常識を求めても虚しいだけだ。

「シュン提督」

「ん?」

「有難う。危うく自分に絶望する所だったわ」

ゲート前で振り返り、何時になく照れる…いや、はにかむ様な顔をするイネス女史。
う〜ん、新鮮だ。

「な〜に、あんな事があったばかりだ。少々頭の回転が鈍って仕方も無いさ」

「これは頭じゃなくて心の問題よ。
 本来なら真っ先に考えなきゃいけない事だもの。  ………それじゃ、後、よろしくね」

  シュイン

ふっ。イネス女史も人の子だったんだなあ。
そう言えば、以前フィリス君からイネス女史を称して『泣き虫で甘えん坊』という話を聞いた様な………
まあ良い。これで話を進める上での最大の障害を、感謝される格好で排除出来た。
しかも、意外と義理堅い彼女の事。後で少々無茶な事を押し付けても、笑って承知してくれるだろう。
やはり人間、善意と思いやりだな。

「さて、地球到着後の行動なんだが。
 先ずは地球を上げて盛大に行われるであろう漆黒の戦神の葬儀。こいつをボイコットし、イネス女史の葬儀を行おうと思う」

「どういうつもり? この状況で連合に喧嘩を売ると言うのなら、ネルガルとしては流石に協力しかねるんだけど」

如何なる協力も惜しまない筈じゃなかったのかい?(苦笑)
だがまあ、これでエリナ女史も大丈夫だな。
結構、結構。これで、プロスさんを過労死させずに済むメドが立った。(笑)

「無論、世間の目の注目が葬儀に集まるのを狙って裏工作っていうのも目的の一つだが、
 主目的は、政府に逆らう形でイネス女史の葬儀を行う事そのものにある。
 アキトは使い難い兵器。イネス女史は便利な道具。そんな考え方をする輩にしてみれば、
 『死亡届→イネス女史拘束の為のネルガルの陰謀→自由と言う餌で、自陣営に取り込むチャンス』
 そんな勝手な思惑で、行動を起しても可笑しく無い。
 そこで、政府の思惑を無視した無理な形で強行し、此方がイネス女史の葬式の執行に固執している様に見せる事で、
 彼女の死に、多少なりとも信憑性を持たせようというのが、この企ての目的という訳だ」

「そういう事なら打診はしてみるけど。正直、難しいわね。
 まあ、その件に関しての工作は、此方で行うとして………ねえ、艦長」

「ほえ?」

「この件の交渉、付き合ってくれない?」

「う〜〜〜ん。私でお役に立てるんでしょうか?」

「如何しても葬儀を行いたいという、熱意と生の声を伝えたいのよ」

う〜ん、流石だ。本音は、ミスマル提督という後ろ盾だろうに。
感情的な態度のまま、サラッと嘘がつけるのが彼女の強みだよな。

「えっと。その〜、具体的にはどうしたら良いんでしょう?」

「おいおい、しっかりしろよ艦長。
 いまさら艦長に、一部の隙も無い論理展開なんてもん期待する奴ぁ、このナデシコに居る訳ね〜だろ。
 要は、何時もの調子で捲し立てやりゃー良いだけじゃねーか」

「はあ、そんなもんで」

「ホント、頼むぜ艦長。俺はテンカワの葬儀なんざ、死んでも出たくねーからな」

「あら、そこまで言うのなら貴女も同席してくれる? 歓迎するわよ」

「あっ、それってちょっとイイ感じ。
 交渉の場こそアタシの戦場、命賭けます女ネゴシエーター。
 ポストマルサの女を狙えるコンセプトかも」

「そうですね。リョーコさんも来てくれるなら、私も心強いですし」

「ちょ、一寸待てオレは。そうだほら、この手の事はルリとかの方が良い。な、そうだろ」

「交渉事というのは、イメージ戦略の要素を多分に含みます。
 相手が政府である以上、私やラピスの参加は、警戒心を喚起するだけでマイナスにしか成りません」

「私とルリが妖精。ハーリーは化け物。これが世間の認識だもんね」

「うううっ…差別だ」

いや、この場合は区別とい言うべきだな。
男が妖精を名乗る等と言う暴挙、世間が認めても俺が認めん!
恨むなら自分の性別を恨むんだな、ハーリー君。

「そ…それなら、俺なんて只の足手まといだろ?」

「大丈夫ですよ、リョーコさん。
 『自分には漆黒の戦神の存在が大きすぎ、いまだその死を受け入れられない。
  だからせめて、他の戦友達の菩提位は弔ってやりたい。
  自分は交渉事なんて苦手。だがこれだけは後には引けない』
 参加するだけで、相手がこんな感じに解釈してくれます。
 艦長同様、何時通り話すだけで充分です」

「って、メグミ。そりゃどういう意味だ」

「言葉通りの意味に決まってるじゃない。
 で、どうするの? 嫌なら、その役所はヤマダ君に頼むけど」

「なっ! 正気かエリナ」

「あら、良いじゃない。
 元々、ダメモトな話なんですもの。
 それに、彼なら尻込みする様な事も無いでしょうし」

「だ〜判った。俺が出るから、それだけは止めてくれ」

「ふふっ。宜しくね、女ネゴシエーターさん」

「スバルしい結果を期待してるわ」

「だぁ〜〜〜〜〜」

「あらあら、交渉事に短気は禁物よ」

「そうね。りょうほうのリョーコ(良好)な関係の為にもね(ニヤリ)」

「こんのお〜っ イズミ、テメェは殺す。ぜ〜たい殺す」

「ふふふふ、せめてにネゴシエ(ろ)に弔っていーターだきたいものね。(ポロ〜ン)」

  チャキッ

なっ! どうしてブリッジに銃器を持ち込めるんだ!?
って、対北辰対策に、戦闘要員には武器を所持するように指示したのは俺だったっけ。
まずいな、脳軟化の始まりかもしれん。(苦笑)

「ちょ、ちょとリョーコさん、落ち着いて下さい。
 イズミさんが、ああゆう方だという事は、よく御存知の筈でしょう」

「えーい、離せアリサ。
 今日という今日はカンベンならねーんだ」

「もう、だからって銃は不味いよ銃は。犯罪は殺人だよ」

「うっせーぞ、ヒカル。
 つーか、お前までイズミみたいな事ぬかすんじゃねー」

  ジタバタ、ジタバタ

う〜ん、普段が普段なだけに忘れていたが、エリナ女史は会長秘書。所謂、暗闘世界の住人。
リョーコ君の言葉尻を捕らえ、追い込みながら退路を断っていく話術は、良い意味で憎たらしかったぞ(笑)

それにしても、ある意味、某同盟一の知性派と武闘派の競演か。
あまり想像したくない光景だな。
まっ、元々ナデシコクルーなんて顔も見たく無いと思っている連中しか出席しない会合だ。
彼女の目論見通り、正攻法よりも艦長の理不尽音波攻勢やスバル君の感情的言動といった嫌がらせ……もとい、絡め手の方が効果的かもしれん。
おっ、漸くスバル君が落ち着いたか。さてと、

「まあ、その件は艦長とスバル君に任せるとして。次に行うべき事なんだが、火星に駐屯地を………」

「ちょっと待って!」

俺が漸く本題に入ろうとした時、エリナ女史の半ば悲鳴の様な制止の声が、それを遮った。

「ホシノ ルリ、この会話はブリッジ以外に洩れていないでしょうね」

「はい。シュン提督が例の話を始めた時点で、防諜対策を行っています」

「ふう〜、危ない所だったわね」

はて? 会長秘書の顔をしたエリナ女史が取り乱すとなると、ネルガルに大損させる話って事だよな。
まだ、そんな部分の内容では無い筈なのだが。

「不注意よ、シュン提督!」

「いや、不注意と言われても、俺には何を指しているのか判らんのだが」

「パワーバランスに関わる話を、部外者が居る状況で話す所がよ!」

「部外者って。此処にはナデシコクルーを除けば、北斗と白鳥少佐しか居ないだろ?」

「カグヤ オニキリマルが居るでしょうが!」

ああ、そう言えば。
なんか鳴り物入りで登場したってのに、此処しばらく、ジュン以上に影薄いんで忘れていた。(笑)

「え〜と。別に構わんだろ? 出来れば彼女にも、明日香インダストリーに協力を取り付ける為の掛け橋として協力して貰いたいし」

「その考え方…いえ、認識自体が間違ってるのよ!」

認識って言われても、碌に印象に残って無いんだが。(笑)

「どうせあの言動から、艦長の同類とでも思っていたんでしょうけど、あまりにも甘い考えね。
 アキト君の事となると、公私の区別どころか周りの状況さえ見えない艦長と違って、事、交渉事に関しては、私でさえ舌を巻くリアリストよ、彼女は。
 此方の思惑を事前に知られるなんて、致命傷になりかねないわ」

いや、そんなこと言われても。実際やってる事は、艦長とほとんど同じだし。(汗)

「まだ解って無いみたいね。
 そもそも、彼女がナデシコに乗り込む迄の経緯を忘れたの。
 この一点だけとっても、容易ならざる相手だって事ぐらいは解る筈よ」

そ…そう言えば。
実際アカツキと彼女の交渉も、何を言っても先回りされ、総てが彼女の思惑通りに進んでいた様な………
いや、大丈夫だ。彼女に対し、オールマイティなカードがあるじゃないか。

「その件に関してなら心配は無用だ。
 これは、アキト帰還において必要不可欠な事だからな」

「(ハア〜)まさかシュン提督までが、極楽トンボ並の認識だったなんて………」

いや。自分でもお気楽な話だとは思うが、事の本質は突いる以上、そんな呆れ顔をしなくても良いだろうに。

「彼女の役職は和平親善大使。
 そして、この件に関する明日香インダストリーの全権代理。
 此処までは良いかしら」

出来ればそんな、噛んで含めるような話方はしないで………
いや、よそう。理由は解らんが、今の彼女に逆らうのは危険な気がする。

「良いかしら!」

「はい」

「結構。そして、普段の彼女には、各分野のエキスパート達が補佐役として付いている。
 でも、今回この船には同乗していない。これも良いわね」

そう言えば、あの交渉の時、彼女の後ろに、ホウメイ・ガールズみたいな感じの美女達が控えていたような………
う〜ん、あれがそんな御大層な存在だったとは。

「総ての判断を彼女に委ねたと言わんばかりの人事よね。これが何を意味するか判る?」

「つ…つまりその、明日香インダストリーの首脳陣は、彼女に全幅の信頼を置いていると?」

信じられん、誰か嘘だと言ってくれ。

「そういう事。そして、彼女にとっての最優先事項とは、自社の利益を確保よ。
 おまけに、アキト君に対し都合の悪いことをしていたとしても、
 『これも、二人の愛に課せられた試練なのですね(ハート)』
 なんて、寝言ほざいて誤魔化す様な女なのよ、アレは!」

「な…納得致しました」

いやもう、これ以上無いくらいに。

「結構。ああ、ホシノ ルリ。悪いけど念の為、カグヤ オニキリマルの現在位置及び状況を確認してくれるかしら」

「はい。現在位置はナデシコ食堂。
 どうやらまだ、ホウメイさんの所で炊き出しの手伝いをしているみたいです。
 通信入れますか?」

「薮蛇に成るか………いえ。喩えそう成っても、彼女にフリーハンドを与えるよりマシね。
 テラサキ サユリのコミニュケに、秘匿モードで繋いで頂戴」

「了解」

う〜ん、流石に慎重だな。
とゆ〜か、こんな企業間の陰謀めいた話を、当然の様にホシノ君が理解しているのも問題だよな。
アキトが居ない間、ホシノ君達の親代わりを勤める者と言えば、やはり俺だろう。
彼女が道を踏み外さない様にビシッと………地球に帰ったら言う事にしよう。

   ピコン

『アキトさんは、無事ですか!』

   ピシッ

嗚呼。よりによって、そんな傷口に塩を塗り込む様な事を言うなんて。(泣)

『アキトさん、アキトさん、アキトさん、アキトさん…』

「もう、落ち着きなさい!
 リーダーの貴女が、そんな事で如何するのよ。
 ほら涙を拭いて、現状を報告して頂戴」

一喝しつつ、テラサキ君を慰めるエリナ女史。
う〜ん。始めて会った頃は、如何にもキャリアウーマンという感じで、ああいう慈愛に満ちた顔なんて、想像すら出来なかったもんだったが。
人間、変われば変わるもんだ。
考えてみれば、アキトに関わる女性達は、揃って魅力的な笑顔の持ち主であり、
その笑顔を与えたのがアキトなら、その笑顔を主に向けられるのもまた、アキトなんだよなあ。
差し詰めそれが、某組織の面々の妬みの根源と言った処か。(苦笑)

『す…すみません。
 あの、実はホウメイさんが、ホウメイさんが…』

「そこでまた泣かない。
 それで、ホウメイさんが如何したの?」

『それが………いきなり泣き出したかと思ったら、凄い勢いで調理を始めて。
 それも、涙を拭こうともしないで。
 それで、アキトさんに何かあったんじゃないかって不安になって。
 でも、戦闘中なので、ブリッジに連絡がつかなくて。
 あの、アキトさんは無事ですよね』

「ごめんなさい。
 アキト君は今、トラブルに巻き込まれて連絡できない状況にあるの。詳しい事は後で話すから。
 ああ大丈夫よ、アキト君の事だもの。だからもう、そんな顔しないの…」

そう言えば、いまだ第一種戦闘配置中。
オモイカネの処理速度アップの為、一般クルーへの外部情報が制限されている状態だったな。
と成ると、ブリッジクルー&パイロット以外は、アキト失踪の瞬間を見ていないという事に………
ううっ。こいつは、ナデシコ一般クルー達の恨みを買う事に成りそうだ。

「それで、カグヤ オニキリマルは如何しているかしら」

『それが…カグヤさんの様子も、ちょっと変なんです。
 ホウメイさんが、調理を始めたのと同時に、赤蕪の尻尾の部分の根を抜き出し始めて、
 私が皮剥き機を渡そうとしても、『必要ない』って取り合ってくれないです。
 それもなんか、ホウメイさんよりも鬼気迫ってて、もう取り付く島も無い感じでして………』

エリナ女史の誰何に、テラサキ君の顔が別の意味で曇る。
話を聞くに、どうも向こうでは、ゴートに通じる怖さの光景が繰り広げられているらしい。

「判ったわ。
 ホウメイさんの料理が完成したら、連絡を頂戴。その席で、現状の説明をするから。
 ああそれと、カグヤ オニキリマルから目を離さないでいてくれるかしら」

『えっと。それって、どういう意味なんでしょうか?』

「彼女はほら、明日香インダストリーからの大事な預かりもの。
 だからその…とにかく無事で居て貰わないと困るのよ。判るでしょ?」

『あはははっ、確かにそうですね。それじゃ、判りました』

   ピコン

「師匠と弟子………か。アキト君と最も強く結ばれてるのは、実はホウメイさんなのかもね」

「正直、妬けますね」

「まあね」

眩しい物でも見るかの様な顔で話す、エリナ女史とホシノ君。
気持ちは解らんでもないが、13歳の少女とそう言う会話を………って、考えたらホシノ君の精神年齢は18歳だったな。
いや、迂闊だった。今後は、その辺りも考慮しなくては。

「さて。それじゃあ、今のうちに概要だけでも聞かせて………」

  ピコン

『ブリッジ。聞こえてるかブリッジ。大変だ〜!』

話の腰を折る形で、突如大写しになるウリバタケ班長の顔。
何と言うか、今までの展開が展開だっただけに、ヤマダ並に暑苦しいな。

「落ち着け班長。一体何があった」

『おう、シュンさんかい。
 実はゴートの奴が、いきなりハンガーに現れたかと思ったら、整備班の人間を、次々に殴り倒し始めたんだ。
 それも、『生け贄専用』とか書かれた馬鹿でかいハンマーぶん回してるんで、俺らじゃ手の付け様が無ねえ。
 大至急、ナオを寄越してくれ』

   ピコン

「「「………………………………」」」

「そ…その隊長。
 そんな訳で行ってきますが、俺の居ない間に話を進めないで下さいよ」

心底イヤそうな顔で話すナオ。
まあコイツにしてみりゃ、正しく降って湧いた災難だからな。
しかも、この件に関し蚊帳の外になる可能性まで生まれるとなれば、尚更だろう。
うん、まてよ。考えてみれば、良いタイミングだ。

「いや、俺も行こう。
 なんだかんだ言った所で、あの事件の後のゴートも、多少言動がおかしくなった事を除けば事件前と変わらず、行動にも一貫性があったからな。
 遂に完全に狂ったので無ければ、余程の理由があるんだろう。それを知りたい」

「はあ…そんなもんで」

「それでは諸君、すまんが暫く待っていてくれ」

   シュイン

返事は待たずにブリッジを出る。
『逃げるチャンスは逃さない』
これが、彼女達とつき合う上での鉄則である。(笑) 
そのままナオと連れ立って、エステバリスの格納庫へ向かう。

   メハナイ

よし、ホシノ君の監視は無い様だ。

「なあ、ナオ」

「何です隊長」

俺は、小声でナオに話し掛ける。
ナオも察したのか、小声で返答する。

「お前、アキトの過去って言うか未来を見たよな」

「え…ええ。
 でも、生憎途中退場なんで、先の方ほど曖昧ですね。
 取分け、戦争が終結した辺りからの映像は、殆ど断片的な感じです」

う〜ん、出来ればPrince Of Darknees時代のアキトの記憶が欲しかったんだが。
まあいい、概略自体はコイツも承知している筈だ。

「艦長が遺跡に取り込まれた事は知っているな。俺の狙いはそれだ」

「なっ! 正気ですか隊長」

激昂しつつも、小声のまま話すナオ。
この辺、流石プロだよな。

「落ち着け。
 別に遺跡のコントロールが目的じゃない。
 ある程度まで…そうアクセス権さえ持てれば十分だ。
 それでアキトのジャンプログを見つけるのが、俺の狙いだ。
 幸い此方には、ヤマサキ以上の権威たるイネス女史が付いている。
 危険は最小限に抑えられるだろう」

「成る程。でもそれなら、何故あんなに言い難そうにしてたんすか?」

ふっ、流石にナオにはバレていたか。(苦笑)

「それでも、艦長の危険はゼロじゃないし、
 何より、ホシノ君のトラウマを、露骨に逆撫でする方法だ。
 出来れば、ギリギリまで伏せておき、ホシノ君には結果だけが伝わるようにしたい。
 フォローを頼めるか?」

「正直、キビシイっすね」

まあ、そうだろうな。
ナオ以外にも、既に不審に思っている者も少なくないだろうし。だが…

「だが、今、ホシノ君の前でこんな話をしたら、彼女の心が壊れかねない。
 だから、隠し通すのは無理でも、可能な限り彼女への衝撃が減る形を取りたいんだ。協力してくれ」

「判りました。
 ですが、傷口を広げるだけだと判断した時は、俺の口から彼女達に話します。良いですね」

「ああ、寧ろ有難い。頼むぞ、ナオ」

照れ隠しに手を、ヒラヒラさせるナオ。
気持ちは判るぞ。なにせ俺自身、ちょと赤面物のセリフだったからな。

  シュイン

     ドガシャッ、バキッ、ドスン

とか言ってる内に、格納庫に着いたか。
う〜ん、予想以上に派手な事になってる様だな。

「おお、来てくれたか。早く奴を止めてくれ」

いや班長、そうは言うがな。
ハンマー担いで不敵な笑みを浮かべる怪人になんて、出来れば近づきたく無いんだか。

   シュッ
                      ガシッ
         ゴトン カシュ〜

「ほら、落ち着けゴート。一体何が在ったてんだ」

よ〜し、ナイス押さえ込みだナオ。
特に、さり気無く例のハンマーを視界に入らない位置まで蹴飛ばす心配りが、プロの御仕事って感じでGOODだぞ!

「ええい、離せナオ。
 我が神より啓示を受けたのだ。
 『汝、赤き海のほとりに立ち、汝の友たる戦神を救うべし』と。
 漆黒の戦神再臨の為、俺は死山血河を作らねばならん!」

「それは、そういう意味じゃね〜!」

   バキッ

「ごふっ」

      バタン

はっ。気が付いたら、延髄斬りをかましていた。
ツッコミなんて、ダンディな俺には似合わないのに。
ふっ、周りの奇異の視線が痛いぜ。

「そ…その、隊長」

「ん?」

何やら、怯え顔のナオ。
はて、そこまで異常な事だったろうか?

「た、隊長はその…ゴートの言ってる事が理解できるんで?」

しまった。そう言う受け取り方もあったか。
気が付けば周りの目は、ゴートの同類を見るものに変わりつつある。
まずい、なんとしても誤魔化さなくては。

   ピコン

『これよりナデシコ食堂に於いて重大発表が行われます。
 第一種戦闘配置は解除されますので、手漉きのクルーは、至急ナデシコ食堂まで集まって下さい。
 尚、艦内放送でも放送いたしますので、ナデシコ全クルーが、聞き逃す事の無い様にお願いします。
 繰り返し、お知らせします。これより…』

   パン、パン

『さあて皆、聞いての通りだ。大至急ナデシコ食堂に行こうじゃないか」

   シュイン

ふっ、実にナイスなタイミングだったぞレイナード君。
かくて俺は、そのまま後ろも見ずに食堂へと向かった。




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