〜 一時間後 ナデシコ食堂 〜



『俺が帰るべき場所は・・・ナデシコだ!! 皆が揃っているナデシコだ!!』

   ピコン

「今、見て貰った様な理由により、現在アキトはナデシコに居ない。
 だが、諸君も聞いての通り、必ず帰ると確約してくれている。
 この言葉を信じない訳ではないが、先程の映像の様な状況だけに、アキトの自力帰還は極めて困難だろう。
 そこで、地球に帰還しだい極秘裏に『漆黒の戦神救出計画』を発動しようと思う。
 その腹案は既に出来てはいるが、それを今語る事は出来ない。
 何故なら、本作戦の基本は情報戦。それも政府との化かしあいが中心となるからだ。
 それ故、ナデシコらしからぬ情報統制を引かざるを得ない。
 おまけに、長期に渡って身柄を拘束される事が確実となる上に、様々な妨害が予想される物となる。
 諸君には、これらの事情を理解した上で、熟孝に熟孝を重ね、参加不参加を決定して貰いたい。
 尚、参加不参加表明は、地球帰還の3日前までに、後ほど配布する用紙に記載し、各部署の責任者の元に提出して欲しい。
 以上で今後の方針についての説明を終えるが、何か質問はあるか?」

「……………」

シ〜ンと静まり返るナデシコ食堂。まあ、無理もないか。

「無ければ、ホウメイさんの心尽くしの料理を頂こう。 では、諸君、いただきます」

「「「いただきます」」」

   カチャ、カチャ、カチャ、カチャ…

う〜ん。まるで、お通夜の様になってしまったな。
やはり俺は、扇動者に向いていないらしい。
艦長が本調子であれば、あの天井知らずのテンションで強引に盛上げてくれるんだろうし、ホウメイさんがいれば、一喝して襟を正してくれるんだが。

   パク、パク、パク、パク…

いや、よそう。本来ホウメイさんは、立場的には一介のコック。
愛弟子が消息不明に成った日くらい、手放しに悲しんだ処で誰に攻められよう。

   パク、パク、パク、パク… 

そう。約300人分の火星丼を作り終えた後、ホウメイさんは自室に引篭もってしまっている。
だが、彼女については心配は無用だろう。
必ずや、ナデシコのお母さんたるホウメイさんに戻ってくれる筈だ。
アキトの帰る場所を守る為に。

   パク、パク、パク、パク… 

問題は艦長の方だな。
走り出したら止まらないのが彼女の持ち味であり、暴走したままでも、自爆する前に打開策を見つけだす頭脳こそ、彼女が天才と呼ばれる所以。
だが、それが今回の様に立ち止まったままで居ると、肝心の頭脳の方も止まっちまうらしい。
かと言って、今の艦長にこの計画の骨子を伝えても、起爆剤となる前に潰れちまう可能性の方が高いだろうし………

   パク、パク、パク、パク…

それにしても、この火星丼なんか変だな。
妙に青臭いと言うか、酸味が微妙に違うというか。

「なんか、この火星丼おかしくね〜か。
 こう、ガッツが足りね〜つうか、弛んでるつうかよ〜」

それを言うならコクが足り無い、味のポイントが無いだろう。にしても、流石ヤマダだな。場の空気を全く読んでねえ!

「えっと、ヤマダさんと仰ったかしら?」

「違う! 俺の名前はダイゴウジ ガイ セカンだ!!」

「あら失礼。ではダイゴウジさん。
 貴方、火星を来訪された経験はありますかしら?」

「おいおい、ナニ言ってんだよ。ついさっきまで其処に居たじゃね〜か」

凄いな。あのヤマダのテンションに苦も無く対応していやがる。
カグヤ オニキリマル侮りがたし。確かに、只ならぬ資質の持ち主の様だ。

「残念ですが、そういう意味ではございませんの。う〜ん………そうですわ、ユリカさん」

「な…何かな、カグヤちゃん」

「貴女、この火星丼を、どう思いまして?」

「ちょと変かな〜、なんてその〜 あ、あはははは…」

「では、火星に居た頃と地球に帰ってからの食料品の物価については、どう思われまして?」

「ほえ?」

「あら御免なさい。
 考えてみれば、貴女はレストランのメニューの料金の欄でさえ、まともに眺めた事が無いような方でしたわね」

「え〜と、確かにアンマリ気にした事が無いけど。  でも、それが如何かしたの、カグヤちゃん?」

「(フウ)聞き方を変えましょうか。
 元々の地質が違う為か、いくらナノマシンで改良しても、火星の作物は地球の様には育たず、特に果実関係は壊滅的ですの。
 つまり、火星でトマトと言えば超高級品。にも関らず、火星丼と言えば火星を代表する大衆食。
 これが何を意味するか判りまして?」

臆面も無く箱入り娘な返答をする艦長に、カグヤ君は、さも呆れた様な様な口調で本題を切り出し始めた。
それにしても、こんな少女漫画のライバル役の様な性格の娘だったとは。
ああ、駄目だよラピスちゃん、そんな嬉しそうな顔をしちゃ。此処は喜ぶべき所じゃない。

「火星の火星丼は、トマトを使用していないということですか?
 ですが、それではデミグラスソース自体が作成出来ない筈ですが」

「その通りですわ、サラさん。
 ですから火星の火星丼は、地球の洋食屋で出される様なハヤシラシスモドキではありませんの。
 そのルーツは、火星入植黎明期において、トマトの味に飢えたイタリア系入植者が、赤い色をした食材を手当たり次第に煮込んで、
 外見的にはトマトソース風なパスタを作った処から来ていると言われています。
 つまり、本家火星丼のソースは、赤蕪を煮込んで色をを付け、野菜クズで出汁を取ったスープと合わせ、それにトロミを付けた物なんです。
 ついでに申し上げれば、お肉も8割以上を輸入に頼っていますので、トマト程では無いとは言え高級品。
 大衆食の御値段を保つには、出汁取りに子牛の骨を使う処か、豚骨や鶏ガラでさえ手が出ない上、乗せる具材も魚肉ソーセージが精一杯。
 それが火星の台所事情でしたのよ」

「でもでも、ユリカが食べた火星丼は、ちゃんとハヤシライスの味がしたけど?」

「だから呆れているんですのよ。
 火星で、あれだけアキト様と懇意にしていらした癖に、地球人のままでしかないユリカさんに」

「…………………………」

うあ〜、性格悪。
レイナード君でさえ、そこまでは言わんぞ。
此処まで来ると、髪に縦ロール付けたくなるな。(笑)

「嗚呼、思い出しますわ。
 忘れもしない13年前のあの日、アキト様にねだって、初めて火星丼を食べた日の事を。
 あの日学んだ火星の実態と、創意と工夫でその逆境を跳ね除ける反骨精神こそ、このカグヤの商人としての原点ですわ。
 まあ、折角アキト様に奢って頂きながら、感動の余り碌にその御味を覚えていない事が、今でも悔やまれますが」

「え…今、何て言ったのかな、カグヤちゃん」

「アキト様に奢って頂いた火星丼こそ、私の原点と言ったんですわ」

「ひ、ひど〜い。
 ユリカでさえ、当時のアキトに奢ってもらった事なんて無いのに!」

「あ〜ら、ユリカさんは単に家がお隣と言うだけの存在でしょ。
 まあ、万が一そんな機会が訪れた処で、『なにこれ、マズ〜イ』とか言って、アキト様の繊細な御心を傷つけるのが関の山じゃなくて?」

「違うモン。アキトの奢ってくれる物なら、なんでも美味しいモン」

「あらあら、節操の無い。
 明確な味覚の定義さえ持たない貴女が、今日までアキト様の料理を食していたなんて。
 嗚呼、なんてバチ当りな話でしょう」

「○○○○○○○○○」

「×××××××××」

………
……

やれやれ、女の闘いに突入してしまったな。
まっ、艦長も何時もの調子を取り戻したみたいだし、怪我の功名とでも思えば………って、まてよ。
艦長が、当時のアキトに奢られた経験が無いって事は、今の話を知らなかったって事だよな。
でなきゃ、どんな手を使ってでも奢らせている筈だ。
そして艦長が知らなかったって事は、この話はカグヤ君にとって、今日まで誰にも教えず胸に仕舞い込んでいた、大事な思い出………

畜生、無理しやがって。
彼女もまた、アキトを慕う女傑の一人と言う訳か。

俺は、カグヤ君の評価を大幅に改めると共に、何故か『何時か、彼女と闘う日が来る』そんな予感を覚えた。

ちなみに、この闘いは某同盟・某組織にも飛び火した。(笑)



    〜 5時間後 嘗てナデシコ食堂と呼ばれていた場所 〜



夏草や 兵どもが 夢の跡…か。

恐らく、ナデシコAに於いては最後と成るであろう聖戦は、嘗て無い程大規模な物へと発展した。
誰もがアキトが消えた経緯に、不満を抱えていたのだろう。
何しろ、あのホシノ君までが肉弾戦に参加し、サラ君が備え付けの消火器を振り回し、アリサ君やスバル君に到っては、抜き身の刀を持ち出し、
普段、決して安全地帯から出る事の無いレイナード君までが、率先して矢面に立ち、今、俺の足元に転がっている始末である。
その姿はまるで、見えない何かに挑戦しているかの様だった。

すまんな、アキト。
お前の帰るべき場所は、リフォームする事になった様だ。
まあ、ホウメイさんをゆっくり休ませる為の口実が出来たと思えば、お前も許してくれるんだろ?

想像上のアキトは、何時もと同じ苦笑を浮かべていた。
そう、これは起こるべくして起こった事さ。
聖戦開始直後、閃光と共に散った筈のプロスさんの怨嗟の声なんて、只の幻聴だし、
さっきから俺の右足を掴んでいる何かは、きっとファントムペインだろう。

おっ、なんだ、もう十二時過ぎじゃないか。
さ〜て、部屋に帰って寝るか。

       シュル、シュル
                   スポン

やれやれ。お気に入りだったんだがな、このブーツ。

「ひ、卑怯者〜」

聞こえない、聞こえない。

   カッ、ペタン、カッ、ペタン

う〜ん、やっぱりビッコじゃ歩き難いな。
明日、購買部が開いたら新調する事に………

   カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ
                         ビュイ〜ン

な…何かな、いきなりドアに生えた、このフォークとナイフは。
いや、何と無く予測は付いているんだが、出来る事なら認めたく無い………

「…………………………………」

嗚呼、そろそろ本気でヤバイ。
俺が無言のプレッシャーに負けて振り返ると、其処には予測通りの人物が居た。

「………アー君を如何するの?」

って、違った。北斗じゃなくて枝織ちゃんの様だ。

「えっと、その。何かな、枝織ちゃん。
 そのなんだ、出来れば顔を上げて話して欲しいんだが」

はっきり言って、この娘に俯いたまま話されるとメッチャ怖い。
朱金の筈の昂氣が、何処と無く赤黒く見える処が、恐怖をさらに助長させてくれる。

「アー君を如何するの?」

ううっ、言うんじゃなかった。
上げた顔に宿す目が、完全に人間を見るものじゃ無い。
その光を宿さぬ暗い瞳が、淡々と急所を確認しており、効果的な壊し方を検討している事がハッキリと判る。
これなら、まだ北斗の方がマシ…って、そうだよ、その手があった。

「し…枝織ちゃん。 その、ちょっと難しい話なんで、出来れば北斗に変わって欲しいんだが…」

「北ちゃんなんて知らない!
 だって、アー君が大変だって言うのに、訳の判らない事叫びながら駆け回るのに夢中で、枝織の事なんて頭から無視してるんだもん。
 だから、アー君は枝織が助けるの!」

なぁんてこった!!
まさか精神的には、北斗の方がずっと脆かったとは………
はっ、そうだ。なにも俺が直接交渉しなくても、ブロスさん…は無理として、イネス女史は…着信拒否か。まあ、これは仕方が無いな。
エリナ女史は…フライパン被って気絶してるし、カグヤ君なら………って、居ない!?
そう言えば、話が某組織に飛び火した辺りから姿を見ていない様な………

あ…あの女、騒ぎの当事者の癖に、真っ先に逃げやがったな〜

この時よりカグヤ オニキリマルは、俺の中でハッキリと敵として認識された。
だが、だからと言って、目の前事態が改善された訳では無かった。
ううっ、判っているさ。所詮は只の現実逃避だよ、コンチクシヨー!

「シュンさんだから、もう一度だけ聞くね。
 アー君を助けに行く為には、如何したら良いの?」

くっ、遂に最後通告を出されてしまったか。
まあ、相手が相手だ、仕方あるまい。

「ち、丁度良かった。 俺も枝織ちゃんには、ぜひ協力して欲しいと思っていた処なんだ」

「わ〜い。だからシュンさんて大好き♪」

結局、枝織ちゃんには計画を洗いざらい話す事となったが、とっさの機転から、気絶状態の艦長達を、改めて安らかな眠りに付かせるよう
枝織ちゃんに頼んだので、『ギリギリまで計画を伏せておく』という、初期の目的だけは果たす事が出来た。
まあ、『味方にのみ』と言う但し書きが付くのだが(苦笑)
後は東提督が、上手く此方の意図を汲んでくれる事を祈るのみである。
生まれたばかりの一抹の不安には目を瞑りつつ、俺は愛しき自室のベットの元へと戻った。





   ピピピ、ピピピ、ピピピ、ピピピ…

う〜ん、もう朝か。別に、訪れんでも構わんのだが。
いかん、いかん。あれから一週間も経つのに、こんなネガティブな事で如何する。アキトが居ない今こそ、俺が何とか………

いや、これこそ思い上がりだな。
アキトの帰還を諦める様なクルーなどナデシコには居ないし、アキトが居ない位で潰れる様なクルーも居やしない。
こうして空の酒瓶を量産している俺なんて、きっと最低の軟弱者と認識されている事だろう
そんな自嘲をしている間にも、胃がムカついてくる。

………朝食でも摂りに行くか。

   シュイン

「「「「「いらしゃいませ〜」」」」」

朝のラッシュ時を過ぎている御蔭で、ホウメイ・ガールズの面々が、揃って元気に出迎えてくれた。
生命力に満ち溢れた彼女達の笑顔を眩しげに眺めつつ、俺の指定席であるホウメイさんと駄弁れる位置のカウンター席に座る。

「おはよう、提督。今日もトマトジュースだけかい?」

「おう。レモンをタップリのヤツを頼む」

「はいよ」

   コトン

ここ数日、朝食はこれしか頼んでいない御蔭で、前もって用意しているらしく、すぐに出してもらえる。
ううっ、この酸味が疲れた胃にたまらん。

「アタシが言うのも何だけど、もうちょっと控えたらどうだい。
 もう若くも無い事だし。何より、艦長達に心配を掛けるのは頂けないね」

「何言ってんです。三十にもならない坊ちゃん嬢ちゃん達に心配される程、俺は落魄れていませんて」

「そう言う台詞が出て来る辺りが、トシって奴さね。まっ、ガタガタ言われたくないなら、艦長達の前だけでもシャキとして見せるんだね」

「う〜す」

生返事を返しつつも、俺の頭は別の事を考えていた。
そう、あの嵐の様な聖戦の夜が明けてから今日迄の事だ。
今考えてみれば間抜けの極みの様な話だが、あの後、周囲を探索しジャンプアウト後の現在位置を確認した処、なんと月のすぐ傍の宙域。
つまり、アキト失踪の瞬間はバッチリ観測されていたのだ。
御蔭で俺は、月基地に着くと同時に、零れんばかりの笑みを浮かべた政府高官達の弔辞の応対をしなければならなくなった。
今この瞬間にも、何人かが祝杯を挙げて浮かれているかと思うと、叫び出したい衝動が襲ってくる。
そして、それを抑えるべく痛飲するというのが、現在俺が嵌っている悪循環なのだ。

もっとも、この件については悪い事ばかりという訳じゃない。
ナデシコの修理及びナデシコ食堂の改修を月基地でやって貰えたし、地球帰還までの日程を大幅に短縮する事も出来た。
そう考えれば、寧ろ有難いジャンプアウト先とも言える。
所謂、『禍福は糾える縄の如し』というヤツである。

あれから一週間。
既に艦長達は、本来の自分を取り戻し、その職務をこなしつつ、アキト帰還の為の下準備に入っている。
いや、正確にはアキトが帰って来たら如何するかを夢想し、その内容を巡って、他の娘達と他愛ない喧嘩をしているだけなのだが、
それでも今の俺に比べれば、一歩も二歩も先を歩んでいると言えるだろう。
実際、女の方が精神的にはタフである。最近俺は、それをシミジミ実感している。
それを端的に証明したのが、アキト失踪後の某同盟と某組織の関係だろう。
そう。あの聖戦によって活力を取り戻した某同盟に対し、某組織は目を覆わんばかりに凋落したのだ。
特に幹部クラスの人間のダメージは深刻で、あの時の奮戦が嘘だったかの様に、彼らの目は死んでいた。
何を話してもまともには聞いておらず、能面の様に薄笑いを貼り付け、ただ惰性で仕事をこなしていくだけの存在。
その姿は、三年前、火星キャンプ中に襲撃を受け、巨人軍が壊滅したと聞かされた時の、阪神ファンの症状そのものだった。
『アンチファンもファンのうち』と言うが、あの時ほど彼らが打ちのめされて見えたことも無ければ、
なんだかんだ言いつつも、彼らもアキトが好きなんだなあと実感した事も無い。
何せ、当時の彼らを見る同盟の娘達の眼は、普段からは信じられないくらい慈しみに満ちていたし、
とりわけ、ハーリー君が、ああもホシノ君に優しくされるなど、これが最初で最後の事だろう。
彼の記憶には、それが全く残っていない辺りが、また涙を誘ってくれる。

その彼らも、一昨日辺りから漸く復調しつつある。
だがそれは、彼らがアキトを忘れたからでは無い。彼らが再び、元の彼らに立ち戻っただけの事である。
さし詰め、アキトが居なくても時は流れる…と言った処か。
そんなこんなで、地球到着まで後2日。そろそろ、艦長達に計画の全容を語らなくてはならない。
それは判っているのだが………

「ごきげんよう、ホウメイさん」

「おやおや、今日も早いね。 別に、そんなに気を使わんでもいいだろうに」

「そんな、気を使うだなんて。単に食事を美味しく頂きたいだけですわ」

「まっ、好きにするさね。で、今日は何にする?」

「筑前煮定食を御願いします」

「はいよ」

注文を受けたホウメイさんが厨房奥へと引っ込んだ後、俺とやや離れた位置のカウンター席に座るカグヤ君。
時計は11時を指しているが、彼女にとってはこれが昼食である。
彼女自身は決して認めないだろうが、自分は嫌われていると思い込んでいるのが、その理由なのだろう。
まあ、あれだけ憎まれ口を叩いた以上、そう考えるのが自然なのだろうが、相手はナデシコクルー。
元々、人の好意に敏感である上に、ホウメイさんがさり気無く諭してくれた御蔭で、今ではクルー全員が彼女の真意を理解している。
おまけに月基地滞在中は、彼女が交渉に立ってくれた御蔭で、修理・補給がスムーズに行われたばかりか、
クルー達の歓楽街への外出許可まで下りたのである。
それでいて何誇るでも無い彼女の態度は、自己主張の強い女性に慣れきっていた某組織の面々にとっては可也新鮮だったらしく、
今では一部熱狂的なファン迄いる程だ。
つまり、余計なトラブルを避けるべく、他のクルーとの接触を極力避けようとするその配慮は、全くの無駄なのだが、
ナデシコクルーの真価を知る機会の少なかった彼女が、それに気付け無いのも無理からぬ事だろう。
まあ、食堂の隅っこに転がってる連中には、ワザワザこの時間帯に休憩を取る位『そこがイイ』のだろうし、
彼女の方も『アキト様以外にどう思われようと知った事ではありません』と、極太文字で顔に書いてある以上、あえて真実を語る必要もあるまい。

   ヘンケン

くっ。勝手に話掛けるなと何度も言っているのに。
そうだ! 俺だってアキトの事だけなら、こうも屈託などしない!
俺が酒に逃げているのも、艦長達に計画を告げるのを先延ばしにしているのも、政府高官共のニヤケ顔が頭を離れんのも、
昨日の夕飯のレバニラ炒めの盛りが妙に少なかったのも、
全部、コイツとゴートのせいだ!!

……………ふぅ〜

判っているさ、こんな責任転嫁していた所で、何の解決にも成らない事ぐらい。
おまけに、それももう限界にきている。
遅くとも、今日中には覚悟を固めねばなるまい。
苦杯と化したトマトジュースの残りを飲み干した後、俺は新たな決意と共に食堂を後にした。





   カチャ、カチャ…カチャ、カチャ…カチャ、カチャ…キュィ〜

計画を推し進めるに辺り、先ずは自分の置かれた状況を再確認すべく、自室にて此れ迄の経緯を箇条書きにしてみる。
当然、ホシノ君対策に個人用PCを使用しているし、プリントアウト後はデータも消しておく。
………
……

(フッ)やはりコイツとゴートの所為だな。

   アーク

え〜い、五月蝿い。お前なんかコイツで充分だ。

   ツケタノハ、アンタ

なら、別の名を付けてやる。

   サイトウロクフカ

くぅ〜。ま、まあいい、こんな事態になったのもコイツの所為なら、アキト帰還の目算が立ったのもコイツの御蔭。喧嘩してみた所で得る物等無い。
何しろ、俺達が遺跡と呼んでいる………

   ゲンエキ

五月蝿い、既に留年確定済みだろうが。
まあ、なんだ。兎に角 、この度し難い落零れの正体は、呆れた事に神様の卵だった者らしい。

   カコケイ、チガウ

これ以上邪魔するなら、そのセリフを二年後には吐けなくしてやるぞ。

   ワカッタ

ふぅ、まったく。

馬鹿の繰言を黙らせた後、改めて箇条書きした紙に目を戻す。

@『コイツの名はアーク』

取りあえず、便宜上の名を付けろというので、遺跡から取ってアーク(聖櫃)と名付けた。だが、今ではそれを後悔しまくっている。
いっそ疫病神とでも名付けてやれば………って、メジャーな神様の名前を付けてもコイツを喜ばせるだけか。え〜い、徹頭徹尾厄介な奴め。

A『コイツは、地球人が神様と言う概念を作り出す切っ掛けとなる行為を行ってきた精神的生命体である』

つまり、お空の上ならぬ火星極冠遺跡に住まう存在。(笑)
そして、原則としてコイツの種族の干渉というのは、進化を促す事のみに限定したものらしい。
具体的には、先天的に優れた資質を付与した『先行者』を一定間隔で世に送り出す事で、進化の方向性及びその速度のコントロールするのが、
コイツの仕事という訳だ。

B『コイツの種族が、どういう価値基準を持つ存在かは、地球人には理解出来無い』

と、コイツは主張しているが、良く言えば見守る、悪く言えば管理するのが目的なのは確かだろう。
もっとも、此処数千年の間にコイツが関与した『先行者』達は、才能の上に胡座をかいて自堕落な一生を送り、進化よりも退化を促進させたらしい。
実に良い気味だ。

C『コイツの種族には、基本的に言語が存在しない』

総ての言語を理解する事は出来るが、言語として伝達するのは種族的な特徴故に難しいらしい。
従って俺とのファーストコンタクトは、一方的にイメージ映像を送りつけるという物だった。
『思念波による意思疎通が可能な者に言語など必要無い』というのがコイツの言い分であり、実際、理解し易い便利な情報伝達手段だと俺も思う。
だが、肝心のその内容が、コイツの主観による物というのは、致命的な大問題だ。
実際、俺が映像の矛盾点を指摘し、可能な限りの言語での説…いや解説を求めた所、もうボロの出る事出る事。
もしもコイツの主張を鵜呑みにしていたらと思うと、まさに冷や汗ものである。

D『コイツの与えられた課題は、第三階梯に到達する知的生命体を、三種育てる事である』

嘗て木星において、最初の種族の第三階梯への育成を、僅か二千年で果たしたバリバリのエリートだとコイツは主張している。
正直、何が如何凄いのか俺には全く理解出来無いが、コイツが上役の神様に褒められ、調子に乗った経緯はよく判ったし、
何より、次の生命体を育てるのを大失敗した理由も良く判る話し振り…否、イメージ振りだった。(怒)

E『コイツは追試中だった』

上役に『やっぱ猿なんて使ったのが間違いさ。知的生命体は植物に限る』と、コイツは嘯いたらしいが、
当然、そんな主張は認められず、同じ種族で再挑戦させられる事になったらしい。

F『追試の内容は地球人の育成』

つまり、木星と火星のプラントを作ったのが、最初の種族で植物から進化した、木星人ことバレンシア人。
次の種族が、猿から進化し、進化過程において自滅したイェマド人。
更にその次の種族が、同じく猿から進化した地球人というのが、コイツのこれまでの経歴らしい。
俺が文字通りの意味で『神を呪った』として、いったい誰に責められよう。

G『コイツは通常の神の卵と違い、ある程度未来を予測できる』

実の所、例の火星極冠遺跡とは、事象認識能力を飛躍的に高かめる為の憑依型外部演算装置で、
故郷を旅立つ事になったバレンシア人から、これまでの感謝の印としてコイツが貰った物なんだそうだ。
そんな事もあって、飲んだくれていた頃、俺は、『何故コイツも連れて行かなかった!』とか『余計な事してんじゃ無え!』などと、
今は遠き夜空に住まう彼らへ、何度となくささやかな主張を叫んだものである。
無論、結果は空しいだけだったが。

H『1500年後の破局を避ける為、コイツは規則違反を犯した』

問題の焦点である地球人の未来だが、コイツの予測では自滅を避けられないらしい。
とは言え、それは1500年近くも未来の事。本来なら、俺には何の関係無い話である。
だが、平穏な終焉を迎える筈だった人類の未来は、ある男の誕生によって大きく変わってしまった。
そう。コイツは焦った挙句、とんでもない暴挙に出たのだ。
駆け出しの神であるコイツには、厳重に使用を禁止されている『運命への直接干渉』………
足掻けば足掻くほど不幸になる様に因果律を調整し、簡単には死なない様、生命力・闘争本能・第六器官を先天的に強化した、試作型先行者。
『テンカワ アキト』の創造を。

I『試作型先行者の製作目的は、地球人への警告+幸福量の確保にある』

つまり、ドキュメンタリー映像に時々ヤラセが入る様に、戦争の陰惨さをクローズアップするのが目的であり、
切れ掛かっていた先行者の基本装備『幸運』の在庫も確保できる、正に一石二鳥の策…というのが、コイツの目算だったらしい。
この事実を知った時、俺のコイツへの評価は、バール以下の物と成った。

J『アキトの過去へのジャンプは、コイツにとってもイレギュラーだった』

何せ、コイツが必要としていていた『事実』そのものが無くなったのだから、疑う余地は無い。
ちなみに本来の歴史では、艦長は地球政府の手によって遺跡に組み込まれ、イネス女史は協力を拒んで自殺し、ホシノ君は暗殺されることになり、
怒り狂ったアキトが地球に対し無差別テロを行う事になるらしいが、それでも何故か地球人は、己の過ちを悔いようとしないとコイツはボヤいていた。
その『何故か』が判らない辺りが、コイツの限界と職務怠慢ぶりを如序に表すものだろう。

K『アキトの過去へのジャンプは、コイツにとっても好都合だった』

何しろ、地球人に与えた影響は、前回とは比べ物に為らないものがある。
その上その苛烈な生き様によって、雪達磨式にアキトの身に不幸が集中。
その結果、コイツの懐には、濡れ手に粟の如く幸運が舞い込んだらしい。
そう。アキトが歴史の修正力だと思い込んでいたものは、実はアキト自身が呼び込んだ不幸だったのだ。

L『コイツの不正が発覚した』

何せ相手はあのアキトだ。今更、少々の不幸位じゃ、たいして変わるまい。
それ故、前述までの話ならば、双方にとって結果オーライとさえ言えるだろう。
だが、それがそのまま罷り通るほど、神の審査は甘く無かった。
具体的に言えば、余りにも因果律に影響を及ぼしすぎた為、コイツの不正が発覚。
その証拠物件として、演算装置の中枢部分と試作型先行者が差し押さえられてしまったのである。

M『新たな課題の追加。失敗した場合はアキトが消える』

かくて、コイツはペナルティとして、この世界での因果律変更の皺寄せで滅んだ、とある平行世界の修復を任される事になったらしい。
だが、コイツ自身には、既に定まった歴史を書き換える能力など無い。
そこで、過去へ遡り、その世界で実質的な行動を行う、現地協力者が必要になってくる。
そして、コイツの上役が選んだ、その現地協力者が、何故か俺という訳なのだ。
ちなみに、修正に失敗した場合は、コイツは知的生物の管理者である神様から、物理法則の管理を行う精霊に格下げに成り、
アキトの存在を『無かった事』にした上で、別の神の卵が、この世界の管理を引き継ぐ事になるらしい。
前者は望む所だが、後者は絶対に避けなくては成らない。
つまり、アキトを人質に取られた格好という訳でなのである。

N『俺には前述までの話を秘匿する義務がある』

種族規模の混乱を避ける為であり、万一洩らした場合には、俺の存在も『無かった事』にするとの事だ。
正論だが、これが脅しなのはミエミエである。

O『最低なのはコイツであって、アリシア人では無いらしい』

そう。俺が『いっそ刺し違えてやろうか』などと危険な事を考え始めた矢先、いきなりコイツを殴り突けるイメージが現れたと思ったら、
コイツの上役の思念波が割り込んできたのだ。それも………

『すまない。担当者だと思って、この馬鹿に交渉を任せたのが間違いだった』

『出来ればそんな真似はしたく無い故、如何か秘匿して貰いたい』

『万一そうなった場合でも、せめて魂には何らかの救済措置を取らせて貰う』

『勝手な事ばかり言って申し訳ない。だが、ルールを変える権限は自分には無い』

『テンカワ アキト氏の因果律は、我が種族アリシアの誇りにかけて必ず正常化してみせる』

『この馬鹿は好きに使ってくれて結構。助けると思って、どうか協力して欲しい』

等々、格上の神だけあって明瞭な言語を駆使するばかりか、コイツの上役とは思えない程、真摯な謝罪の念を伝えて来たのである。
今思えば、これがこの件を引き受けた最大の理由かもしれない。
おまけに、明確な形での保障。成功報酬としてアキトの帰還を約束した書面(あくまでも概念的な物)を貰えた事も大きい。
流石、コイツの手綱を握る人物(?)だけあって、中々ツボを突いた心配りである。

そんなこんなで、アキト奪還へ向けての方針は定まった。
だが、漸く前途に希望が見え始めた矢先に、更なる絶望が現れた。それは………

   ピコン

『御機嫌麗しゅう、我がタオ』

って、言ってる側から出やがったなゴート。

「タオは止めろと言った筈だぞ」

『まだ勝手に生け贄を徴用しようとした事を、お怒りなのですか? 確かに少々僭越ではありましたが、我が友…』

「その話も止めろと言った筈だぞ。それより、なんの用だ」

『これは失礼。
 ミスターより地球残留希望者のリストが完成した故、会議室へ来て欲しいとの言付を預かっております。
 誠に僭越とは思いますが、タオの俗世における御役目上…』

「判った。すぐに行く」

『おお、流石は我がタオ。瑣末な事には囚われず目標に向かい邁進するそのお姿、このゴート…』

   ブチ、ガシッ
           ピコン、ピコン、ピコ…グシャ

「はあ、はあ、はあ、はあ……いかんな、また反射的にコミニュケを叩き壊しちまった。
 予備は…後3個か。後で追加を申請して於かねば……… って、違うだろ。順応して如何するんだよ俺!」

そうだ。こんな詰まらん一人ボケ・ツッコミなどしている場合じゃない!
断固抗議あるのみ! 責任者出て来〜い!!

   イマ、ルス

そんな事は判ってる。
だが、オマエの上役のミスだろう。オマエでも構わんから、この状況を何とかしろ。

   ムリ

オマエそれでも神様か!

   マダ、シカクナイ

ああ言えば、こう言いやっがて。一体誰の所為だと思ってるんだ。

   …ディア…シミュレーター…ジュシン…

成る程。ゴートが、ああ成った原因はデイアちゃんにあったのか………
って、誤魔化されるか。喩えそうだったとしても、この件とは関係ないだろう。

   …シコウセイ…ツヨイチカラ…アカイウミ…

(フウ)つまり何か。
オマエの上役が帰る間際『私のミスだ。向こうの世界に渡る手筈が整い次第、なんとかフォローする』と、言っていた件は、
ゴートの思念波受信能力が飛躍的に高まったのが原因で、俺だけに伝わるように指向性を持たせた思念波だったにも関わらず、
アイツにも断片的に伝わっていた事を指していた訳か。

   イエス

なあ。オマエの上役って、上司と言うより教師みたいだよな。

   ガイネン、チカイ

だろうな。なにせ俺の知る限り、やってる事といえば、オマエの尻拭いの連続だもんな。
『馬鹿な子程可愛い』タイプで無ければ、とても勤まらんだろうさ。

    ヘッ?

ゴートが誤解する原因と為った、お偉い神様と協力する俺のイメージを送りつけてきたのはオマエだろうが!

と言いつつ、素早く竜のイメージを固める。………よし、完成。

くらえ、秘剣 竜王牙斬!!

   ギャア〜〜〜〜

ふっ。これぞコイツの上役直伝、イメージ攻撃だ。
コイツの尻を叩く為に、(イメージ的に)そっと耳打ちしてくれたものであり、『何の解決にもならないだろうが…』
と、コイツの上役は言っていたが、謙遜も良い所だろう。
何しろ俺の精神安定の為に、最早欠かせぬモノとなっているからな。
ちなみに、竜王牙斬を使う理由は、アキトの主軸技で最も見た目が派手な御蔭で、イメージングが容易だからである。
かくて、ささやかな報復によって精神的再建を果たした俺は、もう一人の責任者であるプロスさんに抗議すべく、足早に会議室へと向かった。



    〜 15分後 ナデシコ大会議室 〜

「まったく。ゴートとの接触は可能な限り避けたいと、何度も言った筈ですよブロスさん」

「いや〜、それなんですが。ゴート君が、『タオへの御機嫌伺いは、総て自分がする』と言い張りまして、つい。いや、慕われたものですな〜」

「『つい』じゃないでしょう。 それでなくても、俺の立場は日々悪化しているってのに」

「まあ、抑えて、抑えて。 『仲良き事は美しきかな』と言うじゃありませんか。
 それにその〜、提督をタオを呼ぶようになって以来、ゴート君の奇行が目に見えて減りましてねえ。
 つまりその〜、私としましては、提督にはこのままゴート君を導いて頂けたらと、こう思っている次第でして」

なぁんてこった!!
まさか、済崩しにゴートの御守りを押し付ける腹だったとは!
何時になく眼鏡の奥で泳いでいる目が、事態の深刻さをよりリアルに物語っているし。
嗚呼、責任能力の無い奴と責任を取る意思の無い奴では、一体どちらの方が罪深いのだろう。
神よ!………って、祈った所で無駄なんだよな。

   ワルカッタネ

ちっ、もう復活しやっがたか。
まあ良い。この件は、コイツの上役を信じて静観するとしよう。
きっと、何とか……………なると良いなあ。

「取り合えず、本来の目的の方を済ませましょうか」

「本来の?………嗚呼、そうでしたね。こちらが地球残留希望者のリストです」

ん? 今度は顔色まで悪くなった様な。
普段、営業用スマイルを崩さないプロスさんの百面相に一抹の不安を覚えつつも、俺はリストに目を落とした。
………
……

なっ! よりによって、ハルカ君が艦を降りるっていうのか!
まずい、まずいぞ。何しろ彼女は、ナデシコのお姉さんとも言うべき、クルー達の精神的支柱。
アキト不在のこの状況で彼女まで居なくなっては、ブリッジが空中分解しかねない。

「プ、プロスさん!」

「残念ですが間違いではありません。 ハルカ ミナトさんの地球残留願いは、私が直接受け取りました」

「だったら!」

「私が御引止めしなかったとでも思ってるんですか!
 私だって…私だって彼女がナデシコを降りるかと思うと、今からもう不安で不安で…」

遂には身も世も無く泣き始めるプロスさん。
気持ちは判るが、泣いても事態は好転しないし、残された時間も僅かしか無い。

「しっかりして下さい。冗談抜きでナデシコ存亡の危機なんですよ」

「ですがもう、(グシュン)こんな物を渡されてなお御引止めしたとなると(ズリュ)我が社といたしましても、(グズ)企業イメージと言うものが(チ〜ン)」

と、号泣しながらも、ハルカ君の地球残留を伝える用紙を差し出してくる辺り、ホント器用な人だよな。
って、感心している場合じゃない。
俺は引っ手繰る様に用紙を受け取り、問題のその内容に目を通す。
………
……

ぐはぁ、ホシノ君やラピスちゃんまで降ろすつもりか。
しかも、人権問題や教育問題に関する専門用語を並び立てた挙句、地球到着後は自分が引き取り、歳相応の穏やかな生活をさせるつもり…
と、締め括られては反論の余地が無い。
まずい、まずいぞ! いったい如何すれば………

『遅くなってすまん。
 忙しそうな所を悪いが、此方も…………………………といったような状況で急を要する。何とか時間を作ってくれないか』

ううっ、弱り目に祟り目。
って、帰ってきてくれたか、アークの上役! いや、実に良いタイミングだ。
実は此方も……………と、いった訳で、状況は最悪だ。何か打開策は無いか。

『う〜ん、そうだな。
 正直な所、貴公の思念波から受けた印象から考えるに、
 その幼子達にとっては、己の人生よりもテンカワ アキト氏の安否が勝る事が判らぬ女性とは思えん。
 おそらくは、彼女の目を曇らす何かがあったのだろう。まずは、それを探してみては如何かな?』

成る程、言われてみてば確かに妙だな。
如何にもハルカ君らしい言い分と思って鵜呑みにしていたが、改めて読み返すと、アキトの事を頭から無視している様な印象を受ける。
普段の彼女ならあり得ない事だ。
う〜ん、おい。

   ………

おい、たらおい。

   ………

って、オマエだよオマエ。思念波の会話で相手を間違えるわけ無いだろ。

   アーク

え〜い。そんな事より、この一週間のハルカ君の映像をダイジェストで出せ。

   アーク

五月蝿い、オマエで充分だ。

『そのなんだ、オオサキ殿。出来れば名で呼んでやってくれまいか。
 我々アリシア人にとって、他種族によって付けられた名前は、己とその種族とを結ぶ絆の象徴でな。
 地球人である貴公には判り難い概念かも知れないが、ワザと名前を省略するのは手酷い侮辱にあたる行為なのだよ』

くっ、身分不相応な上役持ちやがって。
仕方ない、アーク。

   アイヨ チョイマテ

『すまない。貴公には本当に世話を掛ける』

一々謝るなよ、共にこの馬鹿に泣かされてる仲じゃね〜か。
それより例の件なんだが、……………を……………として、もう一度打診してくれんか。

『なっ!……………で良いのか? 露骨に御都合主義な形になるぞ』

な〜に。良くも悪くも彼女達にとって、アキトの安否に勝るものは無いからな。
御都合主義万歳。上手く行っている分には、その幸運にケチを付ける様なケツの穴の小さな奴はウチには居らんよ。
それよりも………

「あの〜提督?」

うっ、しまった。 つい話し込んじまっていた。

「いや〜、ははははっ。
 いきなり黙り込んだまま身動ぎもされないので、如何かなさったかと心配しましたよ。
 何せ最近の提督は、物憂げと言うか、沈みがちと言うか、その………と、兎に角お疲れの様で、ハイ」

うおおおっ〜!
とか何とか言いつつ、決して此方と目を合わせようとしない辺り、完全にゴートの同類と思われている〜
何故だ! 何故、俺の様なナイスミドルに、こんな根も葉もない疑いばかり掛かるんだ!

    ビーコン、ビーコン、ビーコン、ビーコン………

「第一種戦闘配置だと! いかんな、すぐにブリッジに向かわなくては。
 それじゃブロスさん、そういう事で。 ああ、この件は此方で対処しますんで御心配なく」

   シュイン
              カツ、カツ、カツ、カツ………カツ。

ふう、助かった。後は距離を置きつつ、地道に実績を挙げて信用回復を狙うしかないな。
にしても良かったのか。直接干渉は厳禁なんだろう。

『何、貴公のような協力者に対してなら、ある程度の便宜は黙認されている事だよ。
 実際、この手の機械の誤作動を装うのは、割と良くある手法でね。
 現実にも起こり得るもののそれに便乗している故、因果律への影響も殆ど無い。
 まあ、だからと言って、そう何度も使える手では無いがね』

確かに。こんな事が頻繁に起こったりしたら、怪しさ大爆発だからな。
今後はより一層、身辺に注意を払わねば。

『それと、ゴート氏の件だが、現在様々な角度から少しずつ『貴公と距離を置け』という意味を込めた思念波送っている故、
 その効果が現れるまで、貴公の方からも彼と距離をとって欲しい』

それじゃ時間が掛かるだろう。もっとダイレクトにやる訳には行かんのか。

『いやそれなんだが。何故かゴート氏は、自我意識の安定度と受信能力が高さが極端にアンバランスでな。
 直接思念波を向けた場合、自我崩壊を起こす可能性が高く、迂闊に手が出せん状況なのだ』

く〜っ、そういう事なら仕方ないか。

『すまんな』

あ〜もう、一々謝るなって言った筈だぞ。

『ふふふっ、そうだったな。
 では、そろそろ仕事に戻るとしよう。次に会うのはイネス女史が……を発見してからになるだろう』

おう。例の件、宜しく頼むぞ。

『ああ、そちらの方は何とかする。貴公も乙女達を上手く導いてくれよ』

ふっ、任せろ。アキトとは年季の違う所を見せてやるよ。

   チン

俺達は(想像上の)酒盃を酌み交わすと、それぞれの戦場へと旅立った。




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